説明

採尿保存液とこれを用いた採尿保存方法

【課題】 採取した尿検体に添加混合することにより、尿検体の細胞変性や細菌汚染を長期間確実に防止でき、採尿から尿細胞診等の検査まで日数を要する場合でも確実な判定を可能にする採尿保存液を提供する。
【解決手段】 必須成分として300〜600g/Lの低級一価アルコール、100〜500g/Lのポリアルキレングリコール、1〜30g/Lのホルムアルデヒド、2〜20g/Lの酢酸、30〜200g/Lのブタンジオールを含む水溶液からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿細胞診検査、尿生化学検査、一般尿検査等の各種尿検査に使用する採尿保存液と、この採尿保存液を用いた採尿保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
尿中に排出される生体細胞の性状は、腎・尿路系の疾患を診断する上での非常に重要な指標となり、また腎・尿路系のスクリーニング、腎・尿路系疾患の進行状況観察と治療法決定、治療効果の判定、薬物に対する適性(毒性)の判定等にも利用される。そして、尿細胞診検査では、一般的に尿検体を遠心分離機にかけて含有細胞を沈渣させ、上澄みを捨てて沈渣物をスライドグラスに塗抹し、染色を施して顕微鏡による観察を行う。
【0003】
しかるに、尿検体中の細胞は自己融解や尿中細菌の攻撃等で数を減じると共に、細胞変性や細菌汚染を生じ易いことから、採尿後の時間が経過するほど、尿細胞診による判定が困難になる。そこで、尿検体中の細胞数減少と細胞変性を抑えるために、採取した尿に固定化剤としてエタノール−酢酸、グルタルアルデヒド等を加えることが行われている。また同様目的で、クエン酸とEDTA(エチレンジアミン四酢酸)を加えたり(特許文献1)、これらに更にフッ素化合物を追加する(特許文献2)といった提案もなされている。
【特許文献1】特開平4−118557号公報
【特許文献2】特開平5−249104号公報
【0004】
しかしながら、前記従来の固定化剤を用いても、尿検体の細胞変性や細菌汚染を確実に防止することは困難であり、一般的に細胞診検査が可能なのは採尿からせいぜい2日程度でしかないから、採尿から検査まで日数を要する場合には対処できなかった。従って、例えば離島や山間部、未開地等の尿細胞診技術を備えた医療・検査機関が近在しない地域では、現地で採取した尿検体を当該機関へ輸送して検査に供することができず、被験者自らが当該機関に出向く必要があるため、非常に不便である上、病気等の身体的理由や経済的理由で受診できないことも多々あった。また、医療・検査機関においても、尿検体をある程度の数量に達するまで保管して一斉に検査するような手段を採用できず、スケジュール的に非常に煩雑になり、検査に多大な労力を費やすという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述の情況に鑑み、採取した尿検体に添加混合することにより、該尿検体の細胞変性や細菌汚染を長期間確実に防止でき、もって採尿から尿細胞診等の検査まで日数を要する場合でも確実な判定を可能にする採尿保存液と、これを用いた採尿保存方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1の発明に係る採尿保存液は、必須成分として300〜600g/Lの低級一価アルコール、100〜500g/Lのポリアルキレングリコール、1〜30g/Lのホルムアルデヒド、2〜20g/Lの酢酸、30〜200g/Lのブタンジオールを含む水溶液からなるものとしている。
【0007】
また、この請求項1の採尿保存液におけるブタンジオールとして、請求項2の発明は1・3ブタンジオールを含有する構成を、請求項3の発明は1・3ブタンジオール及び1・4ブタンジオールを含有する構成を、それぞれ採用している。
【0008】
更に、請求項4の発明に係る採尿保存液は、400〜600g/Lのエタノール、200〜400g/Lのポリエチレングリコール、2〜10g/Lのホルムアルデヒド、2〜10g/Lの酢酸、40〜100g/Lの1.3ブタンジオール、20〜100g/Lの1.4ブタンジオール及び残余の水より構成されるものとしている。
【0009】
一方、請求項5の発明に係る採尿保存方法は、採取尿に対して請求項1〜4のいずれかに記載の尿細胞診用保存液0.1〜1容量倍を混合することを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の発明に係る採尿保存液によれば、該保存液が特定の組成を有するため、採取した尿検体に添加混合することにより、該尿検体の細胞変性や細菌汚染を長期間防止でき、採尿から尿細胞診等の検査まで日数を要しても確実な判定が可能になる。
【0011】
請求項2の発明によれば、前記採尿保存液の必須成分であるブタンジオールとして1・3ブタンジオールを含有することから、尿検体の細胞変性や細菌汚染を長期間確実に防止できる。
【0012】
請求項3の発明によれば、前記採尿保存液の必須成分であるブタンジオールとして1・3ブタンジオール及び1・4ブタンジオールを含有することから、尿検体の細胞変性や細菌汚染をより長期間確実に防止できる。
【0013】
請求項4の発明に係る採尿保存液によれば、該保存液が特定の組成を有するため、採取した尿検体に添加混合することにより、該尿検体の細胞変性や細菌汚染を1週間以上もの長期間にわたって防止でき、採尿から尿細胞診等の検査まで日数を要しても確実な判定が可能になる。
【0014】
請求項5の発明に係る採尿保存方法によれば、採取尿に対して上記の採尿保存液を特定割合で混合することから、該尿検体の細胞変性や細菌汚染を長期間防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の採尿保存液は、必須成分として低級一価アルコール、ポリアルキレングリコール、ホルムアルデヒド、酢酸、ブタンジオールをそれぞれ特定濃度範囲で含む含む水溶液からなり、採取した尿検体に添加混合することによって該尿検体の細胞変性及び細菌汚染を長期間防止する作用を持つ。しかして、このような作用は、各成分の尿保存液中の含有量(濃度)が少な過ぎても多過ぎても充分に発揮できなくなる。
【0016】
上記の低級一価アルコールとしては、エタノール、イソプロピルアルコール等が挙げられるが、特にエタノールが好適である。そして、この低級一価アルコールの採尿保存液中の含有量は、300〜600g/Lの範囲、特に好ましくは400〜600g/Lとする。
【0017】
上記のポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレン・プロピレングリコール等が挙げられるが、特にポリエチレングリコールが好適である。そして、このポリアルキレングリコールの採尿保存液中の含有量は、100〜500g/Lの範囲、特に好ましくは200〜400g/Lとする。また、ポリアルキレングリコールの平均分子量は、特に制約されないが、500〜5000程度がよい。
【0018】
上記のホルムアルデヒドは、防腐剤として細菌の繁殖を防止する成分であり、通常はその水溶液であるホルマリンの形態で他の成分と混合される。このホルムアルデヒドの採尿保存液中の含有量は、1〜30g/Lの範囲、特に好ましくは2〜10g/Lとする。
【0019】
上記の酢酸は、従来より尿検体用の固定化剤成分としてエタノールと共に使用されている成分であるが、この採尿保存液においても2〜20g/Lの範囲、特に好ましくは2〜10g/Lの割合で含有させる。
【0020】
上記のブタンジオールは、本発明の採尿保存液における最も特徴的な成分であり、その存在によって尿検体の細胞変性及び細菌汚染の防止作用が飛躍的に向上する。しかして、このブタンジオールとしては、1.3ブタンジオール及び1.4ブタンジオールが好適であり、特に1.3ブタンジオールと1.4ブタンジオールとの併用が推奨される。
【0021】
ブタンジオールの採尿保存液中の含有量は30〜200g/Lの範囲とするが、最適には40〜100g/Lの1.3ブタンジオールと20〜100g/Lの1.4ブタンジオールの両者を含むのがよい。
【0022】
本発明の採尿保存液を製造するには、通常、イオン交換水又は精製水に所定量の低級一価アルコールを加えて混合したのち、他の成分であるポリアルキレングリコール、ホルムアルデヒド、酢酸、ブタンジオールの各所定量を任意の順序で添加して充分に攪拌混合し、好ましくは濾過によって固形異物を除去した上で、所要の容器に充填すればよい。
【0023】
本発明の採尿保存液は採取した尿検体に対して容量比で0.1〜1の割合で混合すればよい。なお、標準手法では、予め採尿保存液3mlを入れた検体容器に、採取した尿を約7ml加え、数回軽く振ってから保管する。
【0024】
かくして、本発明の採尿保存液を混合した尿検体は、細胞変性や細菌汚染が長期間防止されるため、採尿から尿細胞診等の検査まで日数を要しても確実な判定が可能になる。従って、尿細胞診技術を備えた医療・検査機関が近くにない地域でも、現地で採取した尿検体に本発明の採尿保存液を混合した形態で当該機関へ輸送して検査に供することが可能となる。また、医療・検査機関においても、保管した尿検体を定期的に一斉検査する手法により、検査能率を高めることができる。
【0025】
なお、本発明の採尿保存液として最も好結果が得られるのは、400〜600g/Lのエタノール、200〜400g/Lのポリエチレングリコール、2〜10g/Lのホルムアルデヒド、2〜10g/Lの酢酸、50〜100g/Lの1.3ブタンジオール、20〜100g/Lの1.4ブタンジオール及び残余の水よりなる組成である。すなわち、このような組成によれば、後述する実施例で示すように、これを混合した尿検体の細胞変性や細菌汚染を1週間以上も防止することができる。
【0026】
尿細胞診検査においては、前記の採尿保存液を混合した尿検体を遠心分離器にかけ、含有細胞を沈渣させて上澄みを捨て、沈渣物をスライドグラスに塗抹し、常法に従って乾燥後に1〜2回のアルコール固定を行い、染色を施して顕微鏡による観察を行う。染色については、種々の細胞染色法があるが、鮮明さの点からパパニコロウ染色が好適である。しかして、本発明の採尿保存液は、尿細胞診検査に限らず、例えば尿蛋白の定性及び定量、尿糖の定性及び定量、ウロピリノーゲン定性、尿潜血の定性及び定量の如き一般検査や、沈渣検査、尿生化学検査等の他の種々尿検査に供する尿検体にも同様に適用できる。
【実施例】
【0027】
実施例1
95%エタノール水溶液 ・・・・32.0l
ポリエチレングリコール(平均分子量約1500) ・・・・25.0ml
38%ホルマリン ・・・・ 2.0ml
98%酢酸水溶液 ・・・・ 1.0ml
98%1・3ブタンジオール水溶液 ・・・・10.0ml
イオン交換水 ・・・・30.0ml
上記の各成分を混合して充分に攪拌したのち、混合液を濾過器に通して異物を除去し、採尿保存液を調製した。
【0028】
実施例2
95%エタノール水溶液 ・・・・40.0ml
ポリエチレングリコール(平均分子量約1500) ・・・・25.0ml
38%ホルマリン ・・・・ 1.0ml
98%酢酸水溶液 ・・・・ 1.0ml
98%1・3ブタンジオール水溶液 ・・・・10.0ml
精製水 ・・・・23.0ml
上記の各成分を混合して充分に攪拌したのち、混合液を濾過器に通して異物を除去し、採尿保存液を調製した。
【0029】
実施例3
95%エタノール水溶液 ・・・・33.5ml
ポリエチレングリコール(平均分子量約1500) ・・・・25.0ml
38%ホルマリン ・・・・ 1.0ml
98%酢酸水溶液 ・・・・ 0.5ml
98%1・3ブタンジオール水溶液 ・・・・ 7.3ml
98%1・4ブタンジオール水溶液 ・・・・ 2.7ml
精製水 ・・・・30.0ml
上記の各成分を混合して充分に攪拌したのち、混合液を濾過器に通して異物を除去し、採尿保存液を調製した。
【0030】
実施例4
95%エタノール水溶液 ・・・・50.0ml
ポリエチレングリコール(平均分子量約1500) ・・・・25.0ml
38%ホルマリン ・・・・ 0.5ml
98%酢酸水溶液 ・・・・ 0.5ml
98%1・3ブタンジオール水溶液 ・・・・ 6.7ml
98%1・4ブタンジオール水溶液 ・・・・ 3.3ml
精製水 ・・・・14.0ml
上記の各成分を混合して充分に攪拌したのち、混合液を濾過器に通して異物を除去し、採尿保存液を調製した。
【0031】
〔細胞保存性試験〕
上記実施例1〜4で調製した各採尿保存液について、その3mlを予め収容した検体容器を多数用意し、各検体容器中に採取した尿7mlを加えて2〜3回軽く振った上で尿検体として保管した。そして、この保管から1〜8日の各日数経過した尿検体を、尿細胞診検査の手法に準じ、各々遠心分離器にかけ、上澄みを捨てて沈渣物をスライドグラスに塗抹し、アルコール固定及びパパニコロウ染色を施し、顕微鏡で細胞を観察して細胞変性の度合と細菌汚染の状況を調べた。また、採尿保存液を加えなかった無添加の尿検体と、本発明の採尿保存液に代えて市販の採尿保存液を同量加えた尿検体についても、同様にして細胞変性の度合と細菌汚染の状況を調べた。その結果を次の4段階で評価し、表1に示す。
【0032】
〔保存性試験の評価〕
◎・・・・・保管前の初期状態と同様で検体として全く問題なし。
○・・・・・僅かに変化が認められるが、検査に支障なし。
△・・・・・かなり変化があって判定精度は落ちるが、検査は可能。
×・・・・・変化が著しく、検体として使用不能。
【0033】
【表1】

【0034】
上表の結果から、本発明の採尿保存液の添加により、尿検体の細胞保存性が無添加のものや市販の採尿保存液を加えたものに比較して向上し、とりわけブタンジオールとして1・3ブタンジオールと1・4ブタンジオールを併用した実施例3,4の採尿保存液による効果が大きく、特に実施例4の採尿保存液によれば保存8日後でも保存前と変わらない状態を保ち得ることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須成分として300〜600g/Lの低級一価アルコール、100〜500g/Lのポリアルキレングリコール、1〜30g/Lのホルムアルデヒド、2〜20g/Lの酢酸、30〜200g/Lのブタンジオールを含む水溶液からなる採尿保存液。
【請求項2】
ブタンジオールとして1・3ブタンジオールを含有する請求項1記載の採尿保存液。
【請求項3】
ブタンジオールとして1・3ブタンジオール及び1・4ブタンジオールを含有する請求項1記載の採尿保存液。
【請求項4】
400〜600g/Lのエタノール、200〜400g/Lのポリエチレングリコール、2〜10g/Lのホルムアルデヒド、2〜10g/Lの酢酸、40〜100g/Lの1.3ブタンジオール、20〜100g/Lの1.4ブタンジオール及び残余の水より構成される採尿保存液。
【請求項5】
採取尿に対して請求項1〜4のいずれかに記載の尿細胞診用保存液0.1〜1容量倍を混合することを特徴とする採尿保存方法。

【公開番号】特開2006−329700(P2006−329700A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−150841(P2005−150841)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【出願人】(390016506)日本ケミコート化成株式会社 (1)
【Fターム(参考)】