説明

探針、片持ち梁、走査型プローブ顕微鏡、及び走査型トンネル顕微鏡の測定方法

【課題】AFMを用いることで表面が金薄膜104で覆われた尖鋭部103と被測定試料
201との間の距離をトンネル電流が流れる距離にまで近接させることが出来るようにな
り、印加電圧−トンネル電流の関係の面内分布が測れるようになった。しかし、尖鋭部1
03からの電界により被測定試料201中のバンド構造が歪められ、精密に測定を行うこ
とが困難であった。そこで、被測定試料201中のバンド構造をより精密に測定するため
の探針を提供する。
【解決手段】尖鋭部103を覆うように形成された金薄膜104を、さらに酸化シリコン
等からなるトンネル絶縁膜105で覆う。AFMの接触モードで尖鋭部103と被測定試
料201との距離が極めて近くなった場合でも、尖鋭部103を覆う金薄膜104と被測
定試料201との間にはトンネル絶縁膜105分の絶縁物が介在するため、被測定試料2
01のバンド構造を乱さずに測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、探針、片持ち梁、走査型プローブ顕微鏡、及び走査型トンネル顕微鏡の測定
方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被測定試料の表面形状を測定するための装置として、原子間力顕微鏡(以下AFMとも
言う)が知られている。AFMとは、被測定試料の表面での原子の並びから受ける原子間
力を検出できるよう形成された尖鋭部を探針の先端に設け、尖鋭部を被測定試料と近接さ
せることで受ける原子間力を制御信号として尖鋭部と被測定試料との距離を制御しながら
被測定試料の表面を走査する装置である。
【0003】
特に、探針の尖鋭部を被測定試料と近接させて測定する方法を接触モードの測定と呼び
、尖鋭部と被測定試料との間はトンネル電流が流れる程度に接近する。
【0004】
AFMを用いることで得られる制御信号を基として、被測定試料の表面形状を知る技術
が公知とされている。例えば特許文献1として、AFMでおよその位置合わせを行い、更
に尖鋭部と被測定試料との間に流れるトンネル電流値を一定にするよう尖鋭部と被測定試
料との距離を制御し、被測定試料の表面形状を測定する技術が公知とされている。
【0005】
さらに、尖鋭部と被測定試料との間に電位を与え、電位を掃引することで尖鋭部と被測
定試料との間に流れるトンネル電流と電位との関係を知る技術が例えば、特許文献2、3
、4で公知とされている。
【0006】
測定により得られたトンネル電流と電位との関係から被測定試料の電子分布を知ること
ができ、例えばトンネル電流が流れ始める電位から、尖鋭部と、被測定試料の特定の位置
との間での仕事関数差を知ることができる。ここで、尖鋭部に仕事関数が既知の金属を用
いた場合には被測定試料の特定の位置での仕事関数を知ることが可能となる。
【0007】
【特許文献1】特開昭62−130302号公報
【特許文献2】特開平3−210465号公報
【特許文献3】特開平3−277903号公報
【特許文献4】特開平4−361110号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記した特許文献1の技術では、被測定試料に絶縁性のパーティクルが
付着していた場合等には、絶縁性のパーティクルにはトンネル電流が流れないため、尖鋭
部はトンネル電流を維持させるようパーティクルに接近し、場合によっては衝突してしま
うおそれがある。
【0009】
また、尖鋭部がAFMの接触モードで制御可能な程度に被測定試料と接近すると、尖鋭
部から被測定試料に流れ込むトンネル電流が過大となり、被測定試料のバンド構造が乱さ
れてしまい、被測定試料のバンド構造や仕事関数を知ることが困難になるという問題を有
している。
【0010】
上記した特許文献2、3、4の技術では被測定試料と尖鋭部との間にトンネル電流が流
れるという記述しか例示されておらず、探針の構造については全く開示されていない。そ
のため、特許文献2、3、4の技術を用いても、被測定試料のバンド構造の乱れを抑えて
測定することは困難である。
【0011】
そこで、本発明では従来のこのような問題を解決し、AFMの接触モードで安定するよ
うに被測定試料と尖鋭部とが近接した場合でもバンド構造の乱れを抑えられる探針、片持
ち梁、走査型プローブ顕微鏡、及び走査型トンネル顕微鏡の測定方法を提供することを目
的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
<構成1>上記課題を解決するために本発明の探針は、探針と被測定試料間に働く原子
間力を制御信号として前記探針と前記被測定試料との距離を制御する距離制御部を有し、
前記探針と前記被測定試料との間に、電圧を掃引するように印加することで発生するトン
ネル電流と、印加電圧との関係を測定する測定装置に用いられる探針であって、前記探針
は前記被測定試料に近接する側の端部に、導電部と前記導電部を包むよう配置された絶縁
部からなる尖鋭部を有し、前記導電部は、導体、又は導体を被覆されてなり、前記導電部
と前記被測定試料との間に流れる前記トンネル電流が検出されるよう形成され、前記絶縁
部は前記測定装置から前記導電部に印加された電圧に対し、前記トンネル電流が前記測定
装置により測定し得る電流強度が得られる厚さを有し、且つ前記被測定試料のバンド構造
に与える影響を抑制しうる厚さを有しており、加えて前記原子間力を制御信号として帰還
制御を行う場合に副次的に発生する応力による磨耗に対して耐性がある絶縁皮膜を用いて
形成され、且つ前記探針には前記測定装置により印加された電圧を前記尖鋭部の導電部に
導くための導電機構が形成されてなることを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、前記尖鋭部の前記導電部と前記被測定試料との間に、前記測定装置
から前記導電部に印加された電圧に対し、前記トンネル電流の強度が前記測定装置により
測定し得る厚さを有し、且つ前記被測定試料のバンド構造に与える影響を抑制しうる厚さ
を有する前記絶縁部を設けているため、測定精度を保ち、且つ前記被測定試料のバンド構
造に与える影響を抑えて前記被測定試料の前記バンド構造を抽出できる探針を構成するこ
とができる。
【0014】
また、絶縁部は副次的に発生する応力による磨耗に対して耐性がある絶縁皮膜を用いて
いるため、測定に起因する探針の磨耗量が抑えられ、再現性の高い測定を行うことができ
る探針を得ることができる。
【0015】
<構成2>また、上記した本発明の探針は、前記絶縁皮膜は、酸化シリコン、窒化シリ
コン、酸化ハフニウム又はチオール系自己組織化膜からなることを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、耐磨耗特性に優れ且つ容易に形成可能な前記絶縁皮膜を形成するこ
とができ、再現性の高い測定を行える探針を得ることができる。
【0017】
<構成3>また、上記した本発明の探針は、前記導体は、表面状態が大気中で安定して
いる貴金属である金、ルテニウム又は白金からなることを特徴とする。
【0018】
この構成によれば、金、ルテニウム又は白金は表面状態が大気中でも安定しているため
、前記導体の表面に寄生生成物が出来にくいため、仕事関数の値をより精密に算出しうる
探針を得ることができる。
【0019】
<構成4>また、上記した本発明の片持ち梁は、前記原子間力により撓むよう弾性を有
する片持ち梁であって、前記片持ち梁の固定端部は前記片持ち梁を支える支持体と固定さ
れ、前記片持ち梁の自由端部は前記尖鋭部を備えた前記探針を固定してなり、又前記尖鋭
部と前記被測定試料間に働く前記原子間力を、前記原子間力により生じる前記片持ち梁の
撓み量として検出するための撓み検出部を備えてなり、更に前記片持ち梁は導体、又は導
体を被覆されてなり、前記支持体と前記探針とは電気的に接続されていることを特徴とす
る。
【0020】
この構成を用いることで、前記尖鋭部と前記被測定試料間に働く前記原子間力を、前記
原子間力により生じる前記片持ち梁の撓み量として検出することができる。測定が困難な
前記原子間力を測定が容易な撓み量に変換して抽出することができるため、前記尖鋭部を
備えた前記探針と前記被測定試料との距離を制御する前記距離制御部へ前記原子間力を制
御信号として与えることができる。
【0021】
そのため、前記撓み量を制御する帰還制御が可能となり、前記尖鋭部と前記被測定試料
との距離を制御することができる。更に、同時に前記尖鋭部と前記被測定試料との間の距
離を計測することができる。
【0022】
また、前記片持ち梁は導体、又は導体を被覆されてなり、前記支持体と前記探針とを電
気的に接続してなるため、前記支持体から前記探針に電圧が伝えられる。前記探針は、前
記尖鋭部へ電圧を伝えるための前記導電機構を有しているため、前記支持体に電圧を印加
することで、前記尖鋭部に電圧を伝達することができる。
【0023】
<構成5>また、上記した本発明の片持ち梁は、前記撓み検出部は、前記自由端部側に
あり前記探針の裏面に位置する光反射部を設け、光線を前記光反射部に照射し、前記光反
射部により反射された前記光線の投影位置を検出することで前記片持ち梁の変形量を抽出
する光てこであることを特徴とする。
【0024】
この構成によれば、前記片持ち梁の前記自由端部側に設けられた前記光線の前記反射手
段に前記光線を照射し、前記光反射部により反射された前記光線の前記投影位置を検出す
る前記光てこを用いることで、前記片持ち梁の動作に影響を与えることなく前記片持ち梁
の変形量として表される前記尖鋭部と前記被測定試料との距離を抽出する片持ち梁を得る
ことができる。
【0025】
<構成6>また、上記した本発明の走査型プローブ顕微鏡は、構成4に記載の片持ち梁
を用いた走査型プローブ顕微鏡であって、前記尖鋭部と前記被測定試料間に働く前記原子
間力を制御信号として前記尖鋭部と前記被測定試料との距離を各測定点において少なくと
も測定中は前記距離が保持されるよう制御可能であって、且つ前記被測定試料の表面方向
に沿って前記尖鋭部と前記被測定試料とが相対的に移動可能であることを特徴とする。
【0026】
この構成によれば、前記片持ち梁に固定された前記探針の前記尖鋭部と、前記被測定試
料間に働く前記原子間力を制御信号として、前記尖鋭部と前記被測定試料との距離を測定
中は制御又は固定した状態を保ち、非測定の場合は前記被測定試料の表面方向に沿って前
記尖鋭部と前記被測定試料とが相対的に移動可能であるため、前記被測定試料内にある測
定すべき領域の電流−電圧特性測定を行う局所電流−電圧特性測定装置を得ることができ
る。
【0027】
<構成7>また、上記した本発明の走査型プローブ顕微鏡を用いた測定方法は、構成4
に記載の片持ち梁に固定された前記探針を用いて、前記測定点の少なくとも一部の測定点
について前記尖鋭部と前記被測定試料との間に流れるトンネル電流を測定し、被測定試料
の局所的なバンド構造を抽出することを特徴とする。
【0028】
この測定方法によれば、前記被測定試料の局所状態密度又はバンドギャップを調べるた
めに前記尖鋭部と前記被測定試料との間の電位を振り、前記電位に対応するトンネル電流
を測定する。前記トンネル電流は、ポテンシャルエネルギーがトンネル電流を発信する側
と同じポテンシャルエネルギーを受信する側が有していて、且つ受信する側のポテンシャ
ルエネルギーにあたる準位に空きがある場合、前記空きの準位密度に比例した量だけ流れ
ることができる。従って、この測定方法を用いることで一点若しくは多点で局所状態密度
又はバンドギャップを調べることができる。
【0029】
<構成8>また、上記した本発明の走査型プローブ顕微鏡を用いた測定方法は、前記尖
鋭部と前記被測定試料との距離を制御する信号を用いて前記被測定試料の表面形状を同時
に測定することを特徴とする。
【0030】
この測定方法によれば、前記被測定試料の形状と、バンド構造との相関を得ることがで
きる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明を具体化した実施例について図面に従って説明する。
【0032】
(実施形態1)
図1(a)は、本発明に係る探針を備えた片持ち梁の構造を説明するための斜視図、図
1(b)は本発明に係る片持ち梁の拡大断面図である。以下、図1(a)及び図1(b)
を用いて探針、片持ち梁及び支持体の構造について説明する。
【0033】
図1(a)に示されるように、酸化シリコンからなる厚さ1μm、長さ150μm、幅
20μm程度の寸法を有する片持ち梁101は、厚さ500μm程度のシリコン単結晶か
らなる支持体102と接合されている。
【0034】
シリコン単結晶からなる探針100は、一端が支持体102に固定されている片持ち梁
101の他端側に配置されている。
【0035】
そして、一端が片持ち梁101と固定された探針100の他端には尖鋭部103が形成
されている。尖鋭部103の先端角度は10°程度であり、微細構造の観測に優れた構造
を有している。
【0036】
また、片持ち梁101の、探針100を固定している領域の裏面は、光反射部106と
して機能する。光反射部106に例えばレーザ光線を照射し、その反射光の振れを検出す
ることで、原子間力による片持ち梁101の撓みを片持ち梁101の動作に殆ど影響を与
えることなく抽出することができる。
【0037】
また図1(b)に示されるように探針100、片持ち梁101、支持体102、尖鋭部
103には支持体102に印加された電位が片持ち梁101、探針100を経由して尖鋭
部103に伝達されるよう、金薄膜104で覆われている。金薄膜104を用いた場合に
は、膜厚として10nm〜100nm程度の膜厚を有することが好ましい。10nm以上
の膜厚であれば電気的な寄生抵抗値はトンネル電流の測定に対して無視し得る程度の値に
抑えることができる。また、100nm以下の膜厚であれば片持ち梁101の撓み動作に
与える影響を抑えることができるため好ましい。なお、金薄膜の形成方法としては、例え
ばスパッタ法等を用いることができる。
【0038】
図1(b)に示されるように尖鋭部103に位置する金薄膜104は、例えば酸化シリ
コン膜からなるトンネル絶縁膜105により覆われている。トンネル絶縁膜105は、支
持体102に印加された電位が直接被測定試料に印加されることによる被測定試料中のバ
ンドの曲がりを抑制するよう設けられている。トンネル絶縁膜105の厚みは、被測定試
料のバンド構造の曲がりを抑制し、且つトンネル電流の測定を行う場合にトンネル電流値
を測定困難な値にまで落とすことがないよう選択され、例えば1nmから2nm程度の膜
厚を選ぶことができる。
【0039】
尖鋭部103を有する探針100を用いてトンネル電流・電圧測定(以下STMと言う
)を行うことで、被測定試料のバンド構造に与える電気的な影響を抑制することができ、
被測定試料のバンド構造を忠実に反映したSTMを行うことができる。
【0040】
本実施形態では、トンネル絶縁膜105として酸化シリコン膜を用いているが、これは
窒化シリコン、酸化ハフニウム又はチオール系自己組織化膜等、接触モードでのAFM測
定に副次的に発生する応力による磨耗に対して耐性がある絶縁皮膜であれば特に制約はな
く、トンネル絶縁膜105に用いている酸化シリコン膜に代えて用いることができる。
【0041】
また本実施形態では、支持体102から尖鋭部103に電位を伝えられるよう用いてい
る金薄膜104を用いているが、これは金薄膜に代えて金同様表面状態が大気中で安定し
ている貴金属であるルテニウム又は白金等の薄膜を用いても良い。
【0042】
また、探針100を形成する材質は単結晶シリコンに限定される事は無く、例えば窒化
シリコン等の材料を用いても良い。
【0043】
(実施形態2)
図2は、実施形態1で説明した探針、片持ち梁、及び支持体を用いたAFM/STMの
構成図である。以下、図2を用いてAFM/STMの構成を説明する。なお、Z軸は被測
定試料の測定面に対して法線方向に取っている。
【0044】
被測定試料201は、X、Y、Z各方向に移動可能な導電性を有するステージ202上
に配置される。ステージ202は、X、Y、Z方向に対して独立に変位可能なピエゾ駆動
装置203上に配置されている。
【0045】
Z軸サーボ回路208は、レーザ光源206と、4分割フォトダイオード等の検出素子
を有する光学系207からの信号を制御信号として動作し、片持ち梁101の撓み量を一
定に保つようステージ202の高さを制御する。この制御方法はAFM測定装置の構成及
び動作として公知のものである。
【0046】
CPU210からの信号に基づき、電圧源204より支持体102に印加された、例え
ば三角波状に変調された電圧は、片持ち梁101を経由して、探針100、尖鋭部103
を通して被測定試料201に印加される。当該電圧が印加された場合の電流値は電流計2
05により検出され、CPU210に伝達され記憶及び処理が為される。CPU210は
電圧値と電流値を元として信号処理を行い、CRT211に信号処理結果などを表示させ
る。
【0047】
X,Y走査回路209は、上記した測定を規定された面内について測定するためにCP
U210からの信号に基づき、ピエゾ駆動装置203をX,Y方向に駆動することでステ
ージ202上の被測定試料201をX,Y方向に駆動する。
【0048】
上記した構成を用いることで印加電圧と、トンネル電流と、X,Y座標との関係を面内
分布として得ることが可能となる。
【0049】
(実施形態3)
実施形態2で説明した構成を用いて各測定点におけるトンネル電流の測定方法を以下に
説明する。同様の測定を規定された面内で多数回行うので、1点分の測定方法について説
明する。図4は、本測定方法を実行するためのフローチャートである。なお、Z軸は被測
定試料の測定面に対して法線方向に取っている。
【0050】
まず工程1として、レーザ光源206と光学系207からの信号をZ軸サーボ回路20
8で処理し制御信号として片持ち梁101の撓み量を一定に保つようステージ202の高
さを制御する。この処置により、尖鋭部103と被測定試料201の距離は規定された面
内について一定に保たれる。
【0051】
次に工程2として、後述する電圧の印加による電磁気力による変位を避けるためZ軸サ
ーボ回路208のサーボを停止し、ステージ202の高さを一定値に保持する。この処置
により、後述する電圧の印加による電磁気力に起因する尖鋭部103と被測定試料201
との間の距離の変化を抑えることができる。なお、この工程は必須のものではなく、測定
条件等によっては省略し、サーボを掛けた状態で以降の工程を行うことができる。
【0052】
次に工程3として、尖鋭部103に例えば三角波状に変調された電圧を印加し、尖鋭部
103と被測定試料201との間に流れるトンネル電流を測定する。
【0053】
ここで、トンネル電流を測定し処理することで得られる物理量の一例として有機発光体
の最小空分子軌道を求める例について説明する。
【0054】
図3(a)及び図3(b)は、導電性基板301上に有機発光体302を被覆した被測
定試料201を用い尖鋭部103と被測定試料201との間に電圧を掛けた場合のバンド
図である。図3(a)に示すように、導電性基板301上に形成された有機発光体302
のバンド構造は、最高被占分子軌道(図3にはHOMOとして記載)と最小空分子軌道(
図3にはLUMOとして記載)を含んでいる。
【0055】
尖鋭部103に電子のポテンシャルエネルギーを上げるよう電圧を印加していくと、尖
鋭部103を被覆した金薄膜104からトンネル絶縁膜105を介してトンネル電流eが
有機発光体302中にトンネル現象により流れ込むようになる。トンネル電流は、同一の
エネルギー準位を有する状態に流れ込むので、トンネル電流が流れ始めた電圧を有機発光
体302の最小空分子軌道のポテンシャルエネルギーとして扱うことができる。
【0056】
金薄膜104は、フェルミ準位(図面ではF.L.と示す)未満のエネルギーに対応し
た準位は電子により埋められ、フェルミ準位以上のエネルギーに対応した準位には電子が
存在しない典型的な金属の電子分布を有している。
【0057】
図3(a)では、測定に対して被測定試料201に与える影響を軽減するため尖鋭部1
03の金薄膜104を覆うようにトンネル絶縁膜105を介在させた場合のバンド図を示
している。印加された電圧が直接被測定試料201に掛かることによる分子軌道の乱れを
抑制するようトンネル絶縁膜105を形成しているため、有機発光体302中の分子軌道
情報を高い精度を持って求めることを可能としている。
【0058】
図3(b)では、尖鋭部103からトンネル絶縁膜105を除いた探針100を用いた
場合のバンド図を示している。尖鋭部103の表面部に形成されている金薄膜104が直
接有機発光体302と接触するため、有機発光体302のバンド構造が歪められてしまう
。そのため有機発光体302と金薄膜104との間に流れるトンネル電流は求められず、
有機発光体302中に形成された三角状のポテンシャル303をトンネルするトンネル電
流が観測されてしまうため、最小空分子軌道等の測定が著しく困難となる。
【0059】
次に工程4として、トンネル電流の測定を終えた後、ピエゾ駆動装置203を駆動させ
て探針100を持ち上げ、次の測定点がある場合には(「全ての測定点について測定終了
?」でNOの場合)次の測定点に探針100を移動させ、ステップ1の動作を行わせる。
そして全ての測定点を測定した場合(「全ての測定点について測定終了?」でYESの場
合)、測定を終了する。
【0060】
ここで、被測定試料201と尖鋭部103との間の距離を一定に保つようZ軸サーボ回
路208を制御する信号には被測定試料201の表面形状の信号が繰り込まれているため
、CPU210によりZ軸サーボ回路208からの信号を処理することでSTM信号と同
時にAFM信号を得ることができる。
【0061】
次に、上述した実施形態1〜3の効果について説明する。
【0062】
(1)探針100の尖鋭部103を金薄膜104で覆い、更にトンネル絶縁膜105で
覆うため、被測定試料201と尖鋭部103とをAFMの接触モードで近接させた場合に
被測定試料201のバンド構造の乱れを抑えて測定することができる。
【0063】
(2)トンネル絶縁膜105の材質として、酸化シリコンを用いることで測定に起因す
る探針の磨耗量が抑えられ、再現性の高い測定を行うことができる。また、酸化シリコン
に代えて窒化シリコン、酸化ハフニウム又はチオール系自己組織化膜を用いても同様の効
果が得られる。
【0064】
(3)探針100の尖鋭部103を表面状態が大気中で安定している貴金属である金薄
膜104で覆ったため、表面電位が安定しており、トンネル電流と、印加電圧との関係を
再現性良く調査することができる。また、金薄膜104に代えてルテニウム又は白金の薄
膜を用いても同様の効果が得られる。
【0065】
(4)探針100を弾性を有する片持ち梁101に固定することで、探針100に形成
された尖鋭部103に係る原子間力を測定可能な撓み量に変換して抽出することができる
。そのため尖鋭部103と被測定試料201との距離で定まる原子間力を直接制御する帰
還制御が可能となり、印加電圧と、トンネル電流との関係を再現性良く調査することがで
きる。また、原子間力を直接制御する帰還制御信号を処理することで同時に、被測定試料
201の表面形状を調査することができる。
【0066】
(5)片持ち梁101の、探針100を固定している領域の裏面を、光反射部106と
して機能させ、例えばレーザ光線を照射し、その反射光の振れを検出することで、原子間
力による片持ち梁101の撓みを片持ち梁101の動作に殆ど影響を与えることなく抽出
することができる。
【0067】
(6)X,Y方向に走査可能なステージ202に被測定試料201を載せて、トンネル
絶縁膜105を表面に有する尖鋭部103を備えた探針100を用いてX,Y方向に走査
するようステージ202を駆動し、印加電圧とトンネル電流との関係を測定することで、
被測定試料201のバンド構造の乱れを抑えて面内分布を計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】(a)は第1の実施形態に係る探針を備えた片持ち梁の構造を説明するための斜視図。(b)は第1の実施形態に係る片持ち梁の断面図。
【図2】第2の実施形態に係るAFM/STMの構成図。
【図3】(a)はトンネル絶縁層を形成した場合のバンド図、(b)はトンネル絶縁層を形成しない場合のバンド図。
【図4】第3の実施形態に係る測定方法を実行するためのフローチャート。
【符号の説明】
【0069】
100…探針、101…片持ち梁、102…支持体、103…尖鋭部、104…導電部
としての金薄膜、105…絶縁皮膜としてのトンネル絶縁膜、106…光反射部、201
…被測定試料、202…ステージ、203…ピエゾ駆動装置、204…電圧源、205…
電流計、206…レーザ光源、207…光学系、208…Z軸サーボ回路、209…X,
Y走査回路、210…CPU、211…CRT、301…導電性基板、302…有機発光
体、303…三角状のポテンシャル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
探針と被測定試料間に働く原子間力を制御信号として前記探針と前記被測定試料との距
離を制御する距離制御部を有し、前記探針と前記被測定試料との間に、電圧を掃引するよ
うに印加することで発生するトンネル電流と印加電圧との関係を測定する測定装置に用い
られる探針であって、
前記探針は前記被測定試料に近接する側の端部に、導電部と、前記導電部を包むよう配
置された絶縁部からなる尖鋭部を有し、
前記導電部は、導体、又は導体を被覆されてなり、前記導電部と前記被測定試料との間
に流れる前記トンネル電流が検出されるよう形成され、
前記絶縁部は前記測定装置から前記導電部に印加された電圧に対し、前記トンネル電流
が前記測定装置により測定し得る電流強度が得られる厚さを有し、且つ前記被測定試料の
バンド構造に与える影響を抑制しうる厚さを有しており、加えて前記原子間力を制御信号
として帰還制御を行う場合に副次的に発生する応力による磨耗に対して耐性がある絶縁皮
膜を用いて形成され、
且つ前記探針には前記測定装置により印加された電圧を前記尖鋭部の導電部に導くため
の導電機構が形成されてなることを特徴とする探針。
【請求項2】
前記絶縁皮膜は、酸化シリコン、窒化シリコン、酸化ハフニウム又はチオール系自己組
織化膜からなることを特徴とする請求項1に記載の探針。
【請求項3】
前記導体は、表面状態が大気中で安定している貴金属である金、ルテニウム又は白金か
らなることを特徴とする請求項1に記載の探針。
【請求項4】
請求項1に記載の距離制御部に用いられる、前記原子間力により撓むよう弾性を有する
片持ち梁であって、前記片持ち梁の固定端部は前記片持ち梁を支える支持体と固定され、
前記片持ち梁の自由端部は前記尖鋭部を備えた前記探針を固定してなり、又前記尖鋭部と
前記被測定試料間に働く前記原子間力を、前記原子間力により生じる前記片持ち梁の撓み
量として検出するための撓み検出部を備えてなり、更に前記片持ち梁は導体、又は導体を
被覆されてなり、前記支持体と前記探針とは電気的に接続されていることを特徴とする片
持ち梁。
【請求項5】
前記撓み検出部は、前記自由端部側にあり前記探針の裏面に位置する光反射部を設け、
光線を前記光反射部に照射し、前記光反射部により反射された前記光線の投影位置を検出
することで前記片持ち梁の変形量を抽出する光てこであることを特徴とする請求項4に記
載の片持ち梁。
【請求項6】
請求項4に記載の片持ち梁を用いた走査型プローブ顕微鏡であって、前記尖鋭部と前記
被測定試料間に働く前記原子間力を制御信号として前記尖鋭部と前記被測定試料との距離
を各測定点において少なくとも測定中は前記距離が保持されるよう制御可能であって、且
つ前記被測定試料の表面方向に沿って前記尖鋭部と前記被測定試料とが相対的に移動可能
であることを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【請求項7】
請求項4に記載の片持ち梁に固定された前記探針を用いて、前記測定点の少なくとも一
部の測定点について前記尖鋭部と前記被測定試料との間に流れるトンネル電流を測定し、
被測定試料の局所的なバンド構造を抽出することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡を用
いた測定方法。
【請求項8】
前記尖鋭部と前記被測定試料との距離を制御する信号を用いて前記被測定試料の表面形
状を同時に測定することを特徴とする請求項7に記載の走査型プローブ顕微鏡を用いた測
定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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