説明

接合膜付き基材の製造方法および接合方法

【課題】被着体との接合に供される基材の材質や接合プロセスによらず、被着体に対して高い接合強度および高い寸法精度で安定的に接合することを可能にする接合膜付き基材を効率よく製造可能な接合膜付き基材の製造方法、および、基材と被着体とを効率よく接合する接合方法を提供すること。
【解決手段】接合膜付き基材1は、基材2と、基材2上に成膜された接合膜3とを有するものであり、任意の被着体に対して接合するのに用いられる。接合膜3は、エネルギーを付与されることにより、接着性を発現する特徴を有している。この接合膜付き基材1は、基材2の表面に、減圧雰囲気下において物理的エッチング法による下地処理を施す下地処理工程と、この下地処理工程後、雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、基材2の下地処理を施した領域に、プラズマ重合により接合膜3を形成することで製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接合膜付き基材の製造方法および接合方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
2つの部材(基材)同士を接合(接着)する際には、従来、エポキシ系接着剤、ウレタン系接着剤、シリコーン系接着剤等の接着剤を用いて行う方法が多く用いられている。
例えば、従来のインクジェットプリンターが備える液滴吐出ヘッド(インクジェット式記録ヘッド)では、樹脂材料、金属材料、シリコン系材料等の異種材料からなる部材同士が、接着剤を用いて接着されている(例えば、特許文献1参照)。
このように接着剤を用いて部材を接着する際には、液状またはペースト状の接着剤を接着面に塗布し、塗布された接着剤を介して部材同士を貼り合わせる。その後、熱または光の作用により接着剤を硬化させることで接着が完了する。
【0003】
ところが、部材の接着面に接着剤を塗布する際には、印刷法等の煩雑な方法を用いる必要がある。例えば、接着面の一部の領域に対して選択的に接着剤を塗布する場合、塗布の位置精度や厚さを厳密に制御することは極めて困難である。このため、このように接着剤を用いた接着方法では、前述の液滴吐出ヘッドの部材同士を高い寸法精度で接着することは困難である。その結果、プリンターの印字精度を十分に高めることも困難であった。
【0004】
また、接着剤の硬化時間が非常に長くなるため、接着に長時間を要するととともに、硬化中に部材同士の位置がずれてしまったり、硬化中の加熱により熱膨張率差のある部材同士の接着界面に熱応力が残留し、液滴吐出ヘッドの変形、損傷を招くおそれがある。
さらに、部材の構成材料によっては、接着強度を高めるためにプライマーを用いる必要があり、そのためのコストと手間が接着工程を複雑化している。
【0005】
一方、接着剤を用いない接合方法として、固体接合による方法がある。
固体接合は、接着剤等の中間層が介在することなく、部材同士を直接接合する方法である。
このような固体接合によれば、接着剤のような中間層を用いないので、寸法精度の高い接合体を得ることができる。
【0006】
しかしながら、接合可能な構成材料に制約があるため、部材が限定されるという問題がある。一般に、接合可能な材料は、シリコン系材料や一部の金属材料に限られており、しかも、同種材料同士の接合しかできない。
また、部材同士を接合する工程を減圧雰囲気下で行う必要がある上に、僅かなパーティクルでさえも接合を妨げる要因となり、さらには、高温(700以上800℃以下程度)の熱処理を伴うなど、接合プロセスの難易度が高く、作業効率が著しく低いことが課題となっている。
【0007】
これに対し、特許文献2には、ポリオルガノシロキサンで構成された接合膜を用いて部材同士を接合する方法が提案されている。この方法によれば、接合膜が気相成膜法で成膜されるため、接着剤に比べて接合膜の膜質や厚さを厳密に制御し易い。このため、寸法精度の高い接合体が得られる。
ここで、気相成膜法としては、プラズマ重合法等が挙げられている。プラズマ重合法によれば、部材表面を清浄化しつつ接合膜を成膜することができるので、接合膜の密着性を高めることができる。部材に対する接合膜の密着性は、そのまま接合体の接合強度を左右することになるため、接合強度の高い接合体を得る上で重要である。
しかしながら、部材の材質によってはこの密着性が著しく低くなる場合がある。この場合、接合体の接合強度も低くなり、接合界面の剥離等を招くこととなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−254660号公報
【特許文献2】特開2008−307873号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、被着体との接合に供される基材の材質や接合プロセスによらず、被着体に対して高い接合強度および高い寸法精度で安定的に接合することを可能にする接合膜付き基材を効率よく製造可能な接合膜付き基材の製造方法、および、基材と被着体とを効率よく接合する接合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、下記の本発明により達成される。
本発明の接合膜付き基材の製造方法は、基材と、
該基材上に設けられ、シロキサン結合を含む原子構造と、前記シロキサン結合に結合し有機基からなる脱離基とを含む接合膜と、
を有し、
前記接合膜にエネルギーを付与することにより、接着性が発現し、被着体に対して接合可能になる接合膜付き基材を製造する方法であって、
前記基材の表面に、減圧雰囲気下において物理的エッチング法による下地処理を施す下地処理工程と、
前記下地処理工程の後、雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、前記基材の前記下地処理を施した領域に、プラズマ重合により前記接合膜を形成し、前記接合膜付き基材を得る成膜工程と、を有することを特徴とする。
これにより、被着体との接合に供される基材の材質や接合プロセスによらず、被着体に対して高い接合強度および高い寸法精度で安定的に接合することを可能にする接合膜付き基材を効率よく製造することができる。
【0011】
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記物理的エッチング法は、イオンミリング法であることが好ましい。
これにより、基材の母材の変質・劣化を最小限に抑えつつ、基材の表面に生じた被膜の除去を効率よく行うことができる。
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記イオンミリング法は、イオンとしてArイオンを用いることが好ましい。
これにより、イオンと基材との化学的相互作用がより小さく抑えられるとともに、基材の表面に生じた被膜の除去の効率を高めることができる。
【0012】
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記下地処理工程における減圧雰囲気の圧力は、10kPa以下であることが好ましい。
これにより、多大なエネルギーの消費を防止しつつ、基材の母材の露出面が劣化するのを防止して、基材と接合膜との密着性を高めることができる。
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記基材の構成材料は、非シリコン系材料であることが好ましい。
これにより、本発明の効果がより顕著なものとなる。
【0013】
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記非シリコン系材料は、金属材料であることが好ましい。
これにより、基材と接合膜との密着性を特に改善することができる。
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記プラズマ重合は、シラン系ガスと酸素ガスとを含む処理ガスを用いて前記接合膜を形成するものであることが好ましい。
これにより、基材と接合膜との間に酸素原子が介在し易くなり、両者の間の密着力をより大きくすることができる。
本発明の接合膜付き基材の製造方法では、前記成膜工程における雰囲気圧力は、前記下地処理工程における減圧雰囲気の圧力の5倍以下であることが好ましい。
これにより、成膜工程における基材の汚染を最小限に抑えることができる。その結果、最終的に、強固に接合された接合体を得ることができる。
【0014】
本発明の接合方法は、接合膜を介して基材と被着体とを接合し、接合体を得る接合方法であって、
前記基材の表面に、減圧雰囲気下において物理的エッチング法による下地処理を施す下地処理工程と、
前記下地処理工程の後、雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、前記基材の前記下地処理を施した領域に、プラズマ重合により、シロキサン結合を含む原子構造と、前記シロキサン結合に結合し有機基からなる脱離基とを含む接合膜を成膜し、接合膜付き基材を得る成膜工程と、
前記接合膜付き基材の前記接合膜にエネルギーを付与するエネルギー付与工程と、
前記接合膜のエネルギーを付与した領域と前記被着体とが接するように、前記接合膜付き基材と前記被着体とを重ね合わせて接合体を得る積層工程と、を有することを特徴とする。
これにより、被着体との接合に供される基材の材質や接合プロセスによらず、基材と被着体とを高い接合強度および高い寸法精度で安定的に接合することができる。
【0015】
本発明の接合方法では、前記被着体は、前記接合膜付き基材と同様の構成のものであり、
前記エネルギー付与工程において、前記被着体が有する前記接合膜にエネルギーを付与し、
前記積層工程において、前記接合膜同士が接するように、前記接合膜付き基材と前記被着体とを重ね合わせて接合体を得ることが好ましい。
これにより、特に密着力の大きな接合体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】接合膜付き基材が備える接合膜のエネルギー付与前の状態を示す断面図(部分拡大図を含む)である。
【図2】接合膜付き基材が備える接合膜のエネルギー付与後の状態を示す断面図(部分拡大図を含む)である。
【図3】本発明の接合膜付き基材の製造方法の第1実施形態を説明するための図(縦断面図)である。
【図4】下地処理を施す前の基材を示す断面図(a)と、下地処理を施した後の基材を示す断面図(b)である。
【図5】下地処理を施した基材に対して接合膜を成膜した状態を示す断面図である。
【図6】本発明の接合方法の実施形態を説明するための図(断面図)である。
【図7】本発明の接合方法の実施形態の他の構成例を説明するための図(断面図)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の接合膜付き基材の製造方法および接合方法を、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、接合膜付き基材が備える接合膜のエネルギー付与前の状態を示す断面図(部分拡大図を含む)、図2は、接合膜付き基材が備える接合膜のエネルギー付与後の状態を示す断面図(部分拡大図を含む)、図3は、本発明の接合膜付き基材の製造方法の第1実施形態を説明するための図(縦断面図)である。なお、以下の説明では、図1〜図3中の上側を「上」、下側を「下」という。
【0018】
(接合膜付き基材)
まず、本発明の接合膜付き基材の製造方法により製造される接合膜付き基材について説明する。
図1に示す接合膜付き基材1は、基材2と、基材2上に成膜された接合膜3とを有するものである。このような接合膜付き基材1は、接合膜3に発現した接着性を利用して、所望の被着体に接合可能なものである。この接合の結果、接合膜3を介して基材2と被着体とを接合してなる接合体を得ることができる。
【0019】
以下、各部の構成について詳述する。
基材2は、接合膜3を支持するものであり、その形状は特に限定されないものの、例えば基板状(シート状)のものである。
基材2の構成材料としては、特に限定されないが、例えば、各種樹脂系材料、各種金属系材料、各種シリコン系材料、各種ガラス系材料、各種セラミックス系材料、各種炭素系材料等が挙げられ、これらの各材料の2種以上を組み合わせた複合材料を用いることもできる。
【0020】
接合膜3は、図1に示すように、シロキサン(Si−O)結合302を含むSi骨格301と、このSi骨格301に結合する脱離基303とを有するものである。このような接合膜3は、その原子構造がランダムであるため、アモルファスと同様の特性を示し、変形し難く強固な膜となる。これは、接合膜3の原子構造の結晶性が低い(非晶質である)ため、結晶粒径における転位やズレ等の欠陥が生じ難いためであると考えられる。このため、接合膜3自体が接合強度、耐薬品性、耐光性および寸法精度の高いものとなり、最終的に得られる接合体においても、接合強度、耐薬品性、耐光性および寸法精度が高いものが得られる。
このような接合膜3にエネルギーが付与されると、脱離基303がSi骨格301から脱離し、図2に示すように、接合膜3の表面および内部に活性手304が生じる。そして、これにより、接合膜3の表面に接着性が発現する。かかる接着性を利用して接合膜付き基材1と被着体とを接合することができる。
【0021】
なお、脱離基303とSi骨格301との結合エネルギーは、Si骨格301中のシロキサン結合302の結合エネルギーよりも小さい。これは、シロキサン結合302の結合エネルギーが、約430kJ/molと他の結合種と比べてもかなり大きいからであり、したがって、接合膜3にエネルギーが付与されると、Si骨格301が破壊されるのを防止しつつ、脱離基303とSi骨格301との結合を選択的に切断し、脱離基303を脱離させることができる。
【0022】
また、このような接合膜3は、比較的無機材料に近い構造を有していることなどから、流動性を有しない固体状のものとなる。このため、接合膜3の厚さや形状がほとんど変化せず、接合体の寸法精度は従来に比べて格段に高いものとなる。
なお、接合膜3が固体状であるため、接合膜付き基材1は、保存または流通等の観点で取り扱いが容易であるという利点もある。
【0023】
また、接合膜3においては、特に接合膜3を構成する全原子からH原子を除いた原子のうち、Si原子の含有率とO原子の含有率の合計が、10原子%以上90原子%以下程度であるのが好ましく、20原子%以上80原子%以下程度であるのがより好ましい。Si原子とO原子とが、前記範囲の含有率で含まれていれば、接合膜3はSi原子とO原子とが強固なネットワークを形成し、接合膜3自体が強固なものとなり、被着体に対して、特に高い接合強度を示すものとなる。
【0024】
また、接合膜3中のSi原子とO原子の存在比は、3:7以上7:3以下程度であるのが好ましく、4:6以上6:4以下程度であるのがより好ましい。Si原子とO原子の存在比を前記範囲内になるよう設定することにより、接合膜3の安定性が高くなり、被着体に対してより強固に接合することができるようになる。
また、接合膜3中のSi骨格301の結晶化度は、45%以下であるのが好ましく、40%以下であるのがより好ましい。これにより、Si骨格301は十分にランダムな原子構造を含むものとなり、より非晶質的な特性を示す。このため、前述したSi骨格301の特性が顕在化し、接合膜3の寸法精度および接着性がより優れたものとなる。
【0025】
なお、Si骨格301の結晶化度は、一般的な結晶化度測定方法により測定することができ、具体的には、結晶部分における散乱X線の強度に基づいて測定する方法(X線法)、赤外線吸収の結晶化バンドの強度から求める方法(赤外線法)、核磁気共鳴吸収の微分曲線の下の面積に基づいて求める方法(核磁気共鳴吸収法)、結晶部分には化学試薬が浸透し難いことを利用した化学的方法等により測定することができる。
このうち、簡便性等の観点からX線法が好ましく用いられる。
【0026】
また、Si骨格301の結晶化度を測定する際には、接合膜3に対して上述の測定方法を適用すればよいが、接合膜3にエネルギーを付与した後に測定しても、ほぼ同様の測定結果が得られる。
また、接合膜3は、その構造中にSi−H結合を含んでいるのが好ましい。このSi−H結合は、プラズマ重合法によってシランが重合反応する際に重合物中に生じるものであるが、このとき、Si−H結合がシロキサン結合の生成が規則的に行われるのを阻害すると考えられる。このため、シロキサン結合は、Si−H結合を避けるように形成されることとなり、Si骨格301の原子構造の規則性が低下する。このようにして、プラズマ重合法によれば、結晶化度の低いSi骨格301を効率よく形成することができる。
【0027】
一方、接合膜3中のSi−H結合の含有率が多ければ多いほど結晶化度が低くなるわけではない。具体的には、接合膜3の赤外光吸収スペクトルにおいて、シロキサン結合に帰属するピークの強度を1としたとき、Si−H結合に帰属するピークの強度は、0.001以上0.2以下程度であるのが好ましく、0.002以上0.05以下程度であるのがより好ましく、0.005以上0.02以下程度であるのがさらに好ましい。Si−H結合のシロキサン結合に対する割合が前記範囲内であることにより、接合膜3中の原子構造は、相対的に最もランダムなものとなる。このため、Si−H結合のピーク強度がシロキサン結合のピーク強度に対して前記範囲内にある場合、接合膜3は、接合強度、耐薬品性および寸法精度において特に優れたものとなる。
【0028】
また、Si骨格301に結合する脱離基303は、前述したように、Si骨格301から脱離することによって、接合膜3に活性手を生じさせるよう振る舞うものである。したがって、脱離基303には、エネルギーを付与されることによって、比較的簡単に、かつ均一に脱離するものの、エネルギーが付与されないときには、脱離しないようSi骨格301に確実に結合しているものである必要がある。
【0029】
なお、プラズマ重合法による成膜の際には、原料ガスの成分が重合して、シロキサン結合を含むSi骨格301と、それに結合した残基とを生成するが、例えばこの残基が脱離基303となり得る。
かかる観点から、脱離基303には、H原子、B原子、C原子、N原子、O原子、P原子、S原子およびハロゲン系原子、またはこれらの各原子を含み、これらの各原子がSi骨格301に結合するよう配置された原子団からなる群から選択される少なくとも1種で構成されたものが好ましく用いられる。かかる脱離基303は、エネルギーの付与による結合/脱離の選択性に比較的優れている。このため、このような脱離基303は、上記のような必要性を十分に満足し得るものとなり、接合膜3の接着性をより高度なものとすることができる。
【0030】
なお、上記のような各原子がSi骨格301に結合するよう配置された原子団(基)としては、例えば、メチル基、エチル基のようなアルキル基、ビニル基、アリル基のようなアルケニル基、アルデヒド基、ケトン基、カルボキシル基、アミノ基、アミド基、ニトロ基、ハロゲン化アルキル基、メルカプト基、スルホン酸基、シアノ基、イソシアネート基等が挙げられる。
これらの各基の中でも、脱離基303は、特に有機基であるのが好ましく、アルキル基であるのがより好ましい。有機基およびアルキル基は化学的な安定性が高いため、有機基およびアルキル基を含む接合膜3は、耐候性および耐薬品性に優れたものとなる。
【0031】
ここで、脱離基303が特にメチル基(−CH)である場合、その好ましい含有率は、赤外光吸収スペクトルにおけるピーク強度から以下のように規定される。
すなわち、接合膜3の赤外光吸収スペクトルにおいて、シロキサン結合に帰属するピークの強度を1としたとき、メチル基に帰属するピークの強度は、0.05以上0.45以下程度であるのが好ましく、0.1以上0.4以下程度であるのがより好ましく、0.2以上0.3以下程度であるのがさらに好ましい。メチル基のピーク強度がシロキサン結合のピーク強度に対する割合が前記範囲内であることにより、メチル基がシロキサン結合の生成を必要以上に阻害するのを防止しつつ、接合膜3中に必要かつ十分な数の活性手が生じるため、接合膜3に十分な接着性が生じる。また、接合膜3には、メチル基に起因する十分な耐候性および耐薬品性が発現する。
【0032】
このような特徴を有する接合膜3の構成材料としては、例えば、ポリオルガノシロキサンのようなシロキサン結合とそれに結合した脱離基303となり得る有機基とを含む重合物等が挙げられる。
ポリオルガノシロキサンで構成された接合膜3は、それ自体が優れた機械的特性を有している。また、多くの材料に対して特に優れた接着性を示すものである。したがって、ポリオルガノシロキサンで構成された接合膜3は、基材2に対して特に強固に被着するとともに、被着体に対しても特に強い被着力を示し、その結果として、基材と被着体とを強固に接合することができる。
【0033】
また、ポリオルガノシロキサンは、通常、撥水性(非接着性)を示すが、エネルギーを付与されることにより容易に有機基を脱離させることができ、親水性に変化し、接着性を発現するが、この非接着性と接着性との制御を容易かつ確実に行えるという利点を有する。
なお、この撥水性(非接着性)は、主に、ポリオルガノシロキサン中に含まれた有機基(例えばアルキル基)による作用である。したがって、ポリオルガノシロキサンで構成された接合膜3は、エネルギーを付与されることにより接着性が発現するとともに、表面以外の部分においては、前述した有機基による作用・効果が得られるという利点も有する。したがって、このような接合膜3は耐候性および耐薬品性に優れたものとなり、例えば、薬品類等に長期にわたって曝されるような部材の組み立てに際して、有効に用いられるものとなる。
【0034】
また、ポリオルガノシロキサンの中でも、特に、オクタメチルトリシロキサンの重合物を主成分とするものが好ましい。オクタメチルトリシロキサンの重合物を主成分とする接合膜3は、接着性に特に優れるものである。また、オクタメチルトリシロキサンを主成分とする原料は、常温で液状をなし、適度な粘度を有するため、取り扱いが容易であるという利点もある。
【0035】
このような接合膜3の平均厚さは、1nm以上1000nm以下程度であるのが好ましく、2nm以上800nm以下程度であるのがより好ましい。接合膜3の平均厚さを前記範囲内とすることにより、接合体の寸法精度が著しく低下するのを防止しつつ、基材2と被着体とをより強固に接合することができる。
すなわち、接合膜3の平均厚さが前記下限値を下回った場合は、十分な接合強度が得られないおそれがある。一方、接合膜3の平均厚さが前記上限値を上回った場合は、接合体の寸法精度が低下するおそれがある。
【0036】
さらに、接合膜3の平均厚さが前記範囲内であれば、接合膜3にある程度の形状追従性が保たれる。このため、例えば、基材2の接合面(接合膜3に隣接する面)に凹凸が存在している場合でも、その凹凸の高さにもよるが、凹凸の形状に追従するように接合膜3を被着させることができる。その結果、接合膜3は、凹凸を吸収して、その表面に生じる凹凸の高さを緩和することができ、接合体の密着性を高めることができる。
なお、上記のような形状追従性の程度は、接合膜3の厚さが厚いほど顕著になる。したがって、形状追従性を十分に確保するためには、接合膜3の厚さをできるだけ厚くすればよい。
【0037】
(接合膜付き基材の製造方法)
次に、上述した接合膜付き基材1を製造する方法(本発明の接合膜付き基材の製造方法)について説明する。
この製造方法は、基材2の表面に、減圧雰囲気下において物理的エッチング法による下地処理を施す下地処理工程と、この下地処理工程の後、雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、基材2の下地処理を施した領域に、プラズマ重合により接合膜3を形成し、接合膜付き基材1を得る成膜工程とを有する。以下、各工程について順次説明する。
【0038】
<1>まず、基材2を用意する(図3(a)参照)。そして、基材2を減圧雰囲気下に置き、物理的エッチング法による下地処理を施す(下地処理工程、図3(b)参照)。
ここで、基材2を構成する前述したような材料では、特に大気雰囲気下において、材料表面が様々な変性を伴う。例えば、金属材料では、大気中の酸素や水分と母材である金属とが反応し、表面に金属酸化物の被膜が形成されている場合が多い。また、この被膜は、純粋な金属酸化物ではなく、他の吸着物質も含んでいる場合がある。したがって、基材2の表面に形成された被膜は、その構成が一定ではないことから、その表面に成膜される接合膜3との密着性を不安定化する一因となっていた。すなわち、基材2の構成材料や被膜の状態によっては、接合膜付き基材1において基材2と接合膜3との密着性が著しく低い場合があった。
【0039】
そこで、本発明では、前述したように、基材2を減圧雰囲気下に置き、物理的エッチング法による下地処理を施すこととした。これにより、基材2の表面に被膜が形成されていたとしても、この被膜を除去することができるので、基材2の母材を露出させることができる。また、この物理的エッチングは、減圧雰囲気下で行われることから、露出した母材の表面では、その露出状態が長期にわたって維持されることとなる。換言すれば、母材が露出した後、その露出面に再び被膜が形成されてしまうのを防止することができる。その結果、基材2に露出した母材と、後述する成膜工程において成膜される接合膜3とが、直接接することになり、基材2と接合膜3との間で安定した強固な密着性を実現することができる。
【0040】
ここで、減圧雰囲気の圧力(気圧)は、大気圧より低ければよく特に限定されないものの、1×10−5Pa以上10kPa以下程度であるのが好ましく、1×10−4Pa以上1kPa以下程度であるのがより好ましい。圧力が前記下限値未満である場合、それ以上減圧しても母材の露出面の状態はそれほど変化せず、むしろ減圧するのに多大なエネルギーを消費するおそれがあり、一方、圧力が前記上限値を超える場合、母材の露出面が劣化し、接合膜3との密着性が低下するおそれがある。
【0041】
また、物理的エッチング法としては、例えば、イオンミリング法、電解研磨法、FIB(Focused Ion Beam)法、ミクロトーム法、各種ブラスト法等が挙げられる。これらの物理的エッチング法によれば、物理衝撃により基材2の表面を確実に剥離し、母材表面を露出させることができる。なお、物理的エッチング法では、化学的エッチング法等と異なり、化学的相互作用を利用するものではないので、エッチングにおいて被加工物の材質の影響を受け難い。すなわち、基材2の材質によらず、その表面の被膜を確実に除去し、母材表面を露出させることができる。
【0042】
このうち、イオンミリング法が好ましく用いられる。イオンミリング法によれば、母材の変質・劣化を最小限に抑えつつ、被膜の除去を効率よく行うことができる。
イオンミリング法に用いるイオンとしては、例えば、N、Ar、Kr、Xe、O、SF、CF、Cl等が挙げられるが、このうち希ガスイオンが好ましく用いられ、Arイオンがより好ましく用いられる。
【0043】
特にArイオンを用いた場合、イオンと母材との化学的相互作用がより小さく抑えられるとともに、イオンの質量が比較的大きい等の理由から被膜除去の効率を高めることができるので、母材の変質・劣化を特に小さく抑えつつ、基材2の母材の均一な清浄表面を露出させることができる。
なお、イオンミリング法におけるイオンの加速電圧は、特に限定されないが、0.5kV以上15kV以下程度であるのが好ましく、1kV以上10kV以下程度であるのがより好ましい。
【0044】
また、放電電流は、100μA以上1000μA以下程度であるのが好ましく、200μA以上800μA以下程度であるのがより好ましい。
また、イオンミリング法における被膜の除去レート(ミリングレート)としては、10μm/時間以上300μm/時間以下程度であるのが好ましく、30μm/時間以上200μm/時間以下程度であるのがより好ましい。
【0045】
また、物理的エッチング法を適用するという観点からは、基材2の構成材料が非シリコン系材料であるのが好ましい。非シリコン系材料で構成された基材2を用いることにより、本発明の効果がより顕著なものとなる。すなわち、非シリコン系材料で構成された基材2に物理的エッチングを施すことにより、基材2と接合膜3との密着性において、顕著な改善が図られる。
【0046】
また、非シリコン系材料の中でも、特に金属材料を用いた場合、基材2と接合膜3との密着性を特に改善することができる。金属材料で構成された基材2では、表面に金属酸化物からなる被膜を形成されている場合が多く、この被膜が接合膜3との密着性を阻害する。そこで、物理的エッチングを施すことにより、金属材料の組成によらず、基材2と接合膜3との密着性を特に高めることができる。
【0047】
<2>次に、基材2の下地処理を施した領域に、接合膜3を形成する(成膜工程)。
接合膜3はいかなる方法で作製されたものであってもよく、プラズマ重合法、CVD法(特にプラズマCVD法)、PVD法のような各種気相成膜法や、各種液相成膜法等により作製することができる。これらの中でも、プラズマ重合法によれば緻密で均質な接合膜3を効率よく作製することができる。また、プラズマ重合法で作製された接合膜3では、エネルギーが付与されて活性化された状態が比較的長時間にわたって維持される。このため、接合膜付き基材1を被着体との接合に供する場合、その作業効率を高めるという観点で有用な接合膜付き基材1が得られる。
【0048】
ここで、プラズマ重合法により接合膜3を製造する方法について説明する。
プラズマ重合法は、強電界中に原料ガスとキャリアガスとの混合ガスを供給することにより、原料ガス中の分子をプラズマの作用により重合させ、重合物を基材2上に堆積させる成膜方法である(図3(c)参照)。この方法によれば、プラズマの作用により基材2表面が活性化、清浄化されるため、基材2の種類によらず基材2に対する密着性の高い接合膜3を成膜することができる。すなわち、プラズマ重合法により成膜された接合膜3を用いることにより、最終的に、強固に接合された接合体を得ることができる。
【0049】
原料ガスとしては、例えば、メチルシロキサン、オクタメチルトリシロキサン、デカメチルテトラシロキサン、デカメチルシクロペンタシロキサン、オクタメチルシクロテトラシロキサン、メチルフェニルシロキサンのようなオルガノシロキサン等が挙げられる。
【0050】
一方、キャリアガスには、例えば、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガス等が用いられる。
また、強電界は、電極に高周波電圧を印加することにより形成されるが、この高周波電圧の出力密度は、0.01W/cm以上100W/cm以下程度であるのが好ましい。
【0051】
また、成膜は減圧下で行われる。この際、<1>の下地処理工程を終えた後、基材2の雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、減圧状態を維持したまま本工程に移行する。これにより、基材2において下地処理工程で露出した母材表面が汚染されたり新たな被膜が形成されたりするのを防止しつつ、母材表面上に直接接合膜3を成膜することができる。その結果、基材2と接合膜3との密着性を確実に高めることができ、最終的に、強固に接合された接合体を得ることができる。
【0052】
ここで、接合膜3を成膜する際の雰囲気圧力は、前述した下地処理工程における雰囲気圧力の5倍以下程度に抑えるのが好ましく、3倍以下程度に抑えるのがより好ましい。これにより、本工程における基材2の汚染を最小限に抑えることができる。その結果、最終的に、強固に接合された接合体を得ることができる。
なお、この雰囲気圧力は、具体的には大気圧より低ければよく特に限定されないものの、1×10−5Pa以上100kPa以下程度であるのが好ましく、1×10−4Pa以上10kPa以下程度であるのがより好ましい。圧力が前記下限値未満である場合、それ以上減圧しても母材の露出面の状態はそれほど変化せず、むしろ減圧するのに多大なエネルギーを消費するおそれがあり、一方、圧力が前記上限値を超える場合、母材の露出面が劣化し、接合膜3の成膜前に、基材2の表面の活性化状態が劣化するおそれがある。
【0053】
原料ガス流量は、0.5sccm以上200sccm以下程度であるのが好ましく、1sccm以上100sccm以下程度であるのがより好ましい。一方、キャリアガス流量は、5sccm以上750sccm以下程度であるのが好ましく、10sccm以上500sccm以下程度であるのがより好ましい。
処理時間は、成膜する接合膜3の厚さに応じて適宜設定されるものの、1分以上10分以下程度であるのが好ましく、4分以上7分以下程度であるのがより好ましい。
また、基材2の温度は、25℃以上であるのが好ましく、25℃以上100℃以下程度であるのがより好ましい。
以上のようにして接合膜3、および基材2と接合膜3とが強固に密着してなる接合膜付き基材1(図3(d)参照)が得られる。
【0054】
ここで、基材2と接合膜3との密着性について説明する。
図4は、下地処理を施す前の基材2を示す断面図(a)と、下地処理を施した後の基材2を示す断面図(b)である。
図4(a)に示すように、下地処理を施す前の基材2は、母材21と、その表面に存在する被膜22とを有している。
【0055】
このような基材2に対して下地処理を施すことにより、図4(b)に示すように被膜22が除去され、母材21が露出した状態となる。基材2が金属材料で構成されている場合、この母材21は金属材料の単体である。よって、母材21の表面には、金属原子が露出しており、露出面は金属原子の終端化されていない結合手(ダングリングボンド20)で覆われていると考えられる。
【0056】
通常、ダングリングボンド20は、活性が高く、経時的に他の物質と容易に結合することで消滅するが、減圧雰囲気下ではその寿命が長くなる。このため、本工程において、ダングリングボンド20と接合膜3とが結合し、両者の密着性が高くなると考えられる。
本工程では、ダングリングボンド20の一部に水酸基等が結合していても、特に差し支えない。なお、本明細書では、ダングリングボンド20のみが存在している状態や、ダングリングボンド20と水酸基とが混在している状態を、「活性化状態」という。
【0057】
また、図5は、下地処理を施した基材2に対して接合膜3を成膜した状態、すなわち接合膜付き基材1の構成を示す断面図である。
基材2と接合膜3との間は、ダングリングボンド20と接合膜3中の原子とが化学的に結合し、両者の間に強固な密着性を生み出していると考えられる(図5(a)参照)。
また、図5(b)は、基材2と接合膜3との接合界面における化学結合の状態を模式的に示す部分拡大図である。なお、図5(b)には、基材2の一例として金属材料で構成されたものを図示しており、「Me」は金属原子を示している。
【0058】
図5(b)に示すように、基材2と接合膜3との接合界面に生じた化学結合は、金属原子と酸素原子との間に生じた共有結合である確率が高いと考えられる。このような共有結合は、理論的には他の結合、例えば水素結合や分子間力等に比べて、基材2と接合膜3との界面に生じ得る最も大きい結合力を有している。このため、本発明によれば、接合膜3の成膜後に、基材2と接合膜3との密着力を高める処理を別途施す必要もなく、成膜直後から強固な密着力を発揮させることができる。
【0059】
なお、図5に示す接合メカニズムは、Si−Si接合、Au−Au接合、陽極接合等のいわゆる直接接合とほぼ同じメカニズムである。したがって、本発明によれば、かかる直接接合と同等以上の優れた密着力が得られる。
また、従来は、基材と接合膜との密着性を高めるために、接合膜付き基材と被着体とを貼り合わせた後、加熱処理を行うことで、接合体の接合強度の向上を図っていた。すなわち、加熱処理により、基材と接合膜との間の密着力を増強する必要があった。しかしながら、加熱処理に伴って基材や被着体に熱影響が及び、基材や被着体が耐熱性の低いものである場合には、接合体の品質が低下するという問題を生じていた。
【0060】
これに対し、本発明によれば、上述したように接合膜3の成膜後にはすでに、基材2と接合膜3との間の密着力が最大に発揮される。このため、加熱処理等を伴う密着力増強処理は不要であり、基材2や被着体に生じる熱影響を避けることができる。その結果、耐熱性等を考慮することなく、基材2や被着体の構成材料を自由に選択することが可能になる。また、加熱処理を伴わないので、基材2や被着体における熱歪の発生も防止することができる。
【0061】
なお、上述した直接接合は、一般に基材と被着体との重ね合わせ作業も減圧雰囲気下で行う必要があり、作業性が著しく悪いという問題があったが、本発明によれば、重ね合わせ作業は大気雰囲気で行うこともできる。これは、基材2の活性化状態の寿命が短くても、その表面に接合膜3を成膜することで、接合膜3の活性化状態の寿命を相対的に長くすることができるからである。すなわち、接合膜付き基材1は、接合膜3にエネルギーを付与することで活性化させ、被着体との接合に供されるが、接合膜3の活性化状態の寿命は比較的長いため、大気雰囲気下でもある程度、活性化状態を維持することが可能である。したがって、大気雰囲気下でもダングリングボンド20や水酸基に基づく強固な接合が可能になる。
【0062】
さらには、接合膜3は比較的柔軟性に富んでいるため、仮に接合界面に異物等が存在していたとしても、異物を包含するようにして接合への影響を回避することができる。このような効果は、例えば固体接合(直接接合)のような従来の接合方法では得られないものであり、例えばクリーンルームやクリーンベンチ等の大規模な設備が不要である、あるいは、クリーン度を下げることができる、といった接合工程の簡略化の観点から有用である。
【0063】
また、プラズマ重合における処理ガスには、原料ガスおよびキャリアガス以外に酸素ガスを添加するのが好ましい。これにより、基材2と接合膜3との間に酸素原子が介在し易くなり、前述した基材2と接合膜3との間の接合を担う化学結合、例えば金属原子と酸素原子との間に生じる共有結合が形成され易くなる。その結果、基材2と接合膜3との間の密着力をより大きくすることができる。
この場合、酸素ガスの濃度は、処理ガスの3体積%以上30体積%以下であるのが好ましく、5体積%以上20体積%以下であるのがより好ましい。
【0064】
(接合方法)
次に、接合膜付き基材1と被着体とを接合する方法(本発明の接合方法)について説明する。
図6は、本発明の接合方法の実施形態を説明するための図(断面図)である。
この接合方法は、前述した接合膜付き基材の製造方法により製造された接合膜付き基材1の接合膜3に対してエネルギーを付与するエネルギー付与工程と、接合膜3のエネルギーを付与した領域と被着体とが接するように、接合膜付き基材1と被着体とを重ね合わせて接合体を得る積層工程とを有する。以下、各工程について順次説明する。
【0065】
<3>まず、接合膜付き基材1を用意する。
次いで、接合膜付き基材1の接合膜3の上面31にエネルギーを付与する(図6(a)参照)。エネルギーを付与すると、接合膜3の上面31に接着性が発現する。
接合膜3の上面31にエネルギーを付与する方法としては、上面31を活性化し得る方法であれば、いかなる方法であってもよく、例えば、エネルギー線を照射する方法、加熱する方法、圧縮力(物理的エネルギー)を付与する方法、プラズマに曝す(プラズマエネルギーを付与する)方法、オゾンガスに曝す(化学的エネルギーを付与する)方法等が挙げられる。
【0066】
なお、エネルギー線としては、紫外線、X線のような電磁波、電子ビーム、イオンビームのような粒子線等が挙げられる。
このうち、波長126nm以上300nm以下の紫外線を照射するのが好ましい。かかる紫外線によれば、接合膜3の特性の著しい低下を防止しつつ、より短時間に接着性を発現させることができる。
また、紫外線を照射する時間は、特に限定されないが、0.5分以上30分以下であるのが好ましく、1分以上10分以下であるのがより好ましい。
【0067】
一方、接合膜3を曝すプラズマには、大気圧プラズマが好ましく用いられる。大気圧プラズマによれば、減圧手段等の高価な設備を用いることなく、容易にプラズマ処理を行うことができる。また、このプラズマ処理には、接合膜3の近傍でプラズマを発生させるダイレクトプラズマ方式の他、被処理物とプラズマ発生部とが離間したリモートプラズマ方式またはダウンフロープラズマ方式による処理も好ましく用いられる。ダイレクトプラズマ方式によれば、接合膜3の近傍でプラズマを発生させるため、プラズマ処理を効率よくかつ均一に行うことができる。また、リモートプラズマ方式やダウンフロープラズマ方式のように被処理物とプラズマ発生部とが離間している場合、被処理物とプラズマ発生部とが干渉しないため、被処理物(接合膜3)をイオン損傷から避けることができる。
【0068】
また、減圧雰囲気中でプラズマ処理を行った場合、接合膜3の内部に意図せず閉じ込められたガスや経時的に発生したガス等が、接合膜3の外部に強制的に引き出されるおそれがある。このような現象が起こると、接合膜3に損傷が生じ、接着性の低下を招くとともに、屈折率の上昇幅が意図せず変化してしまうこととなる。
これに対し、大気圧下でプラズマ処理を行うことにより、損傷を与えることなく接合膜3に接着性を発現させることができる。
【0069】
接合膜3の上面31にエネルギーが付与されると、上面31には、前述した活性手304が生じる(図2)。この活性手304は、ダングリングボンドや水酸基、またはこれらが混在したものである。前述したように、接合膜3に生じた活性手304(活性化状態)の寿命は、基材2の活性化状態の寿命に比べて相対的に長いため、接合膜3の活性化状態は大気雰囲気下においてもある程度の時間保持されることとなり、作業性あるいは接合強度の観点から有用である。
【0070】
<4>次に、接合膜付き基材1との接合に供される被着体4を用意し、図6(b)に示すように、接合膜3と被着体4とが密着するように、接合膜付き基材1と被着体4とを重ね合わせる。これにより、接合膜付き基材1と被着体4とを接合し、図6(c)に示す接合体5が得られる。
活性化状態にある接合膜3と被着体4とが密着すると、両者の間に前述したような化学結合が形成され、強固な密着力が発現するが、この密着力は時間経過とともに徐々に大きくなるものであるため、重ね合わせた直後では密着力がそれほど大きくない。このため、重ね合わせた直後では、接合膜付き基材1と被着体4との位置をずらすなどして、微調整を行うことが可能である。このような微調整は、接合膜3において特別に行い得るものであり、一方、前述した直接接合では、重ね合わせた直後からほぼ最大の密着力が発現するため、このような微調整を行うことは不可能である。
なお、被着体4は、いかなる材料からなるものでもよく、例えば前述した基材2と同様のものが用いられる。
【0071】
ここで、図7は、本発明の接合方法の実施形態の他の構成例を説明するための図(断面図)である。
図7に示す接合方法では、被着体4として、基材40と、基材40の表面に設けられ、前述した接合膜3と同様の接合膜41とを有するものを用いている。すなわち、被着体4は、前述した接合膜付き基材1と同様のものであり、本構成例は、2つの接合膜付き基材1同士を接合する例であるともいえる。
【0072】
したがって、接合膜3にエネルギーを付与する際には、図7(a)に示すように、接合膜付き基材1が有する接合膜3と、被着体4が有する接合膜41とに、それぞれエネルギーを付与する。そして、図7(b)に示すように、エネルギーを付与した面同士が接するように、接合膜付き基材1と被着体4とを重ね合わせる。これにより、特に密着力の大きな接合体5が得られる(図7(c)参照)。
なお、この場合、被着体4の製造に際しても前述した接合膜付き基材の製造方法が適用できる。その結果、基材40の母材と接合膜41とが直接接することになり、基材40と接合膜41との間で安定した強固な密着性を実現することができる。
【0073】
以上のような本発明の接合方法は、種々の部材同士を接合するのに用いられる。
具体的には、トランジスター、ダイオード、メモリーのような半導体素子、水晶発振子のような圧電素子、反射鏡、光学レンズ、回折格子、光学フィルターのような光学素子、太陽電池のような光電変換素子、半導体基板とそれに搭載される半導体素子、絶縁性基板と配線または電極、インクジェット式記録ヘッド、マイクロリアクター、マイクロミラーのようなMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)部品、圧力センサー、加速度センサーのようなセンサー部品、半導体素子や電子部品のパッケージ部品、磁気記録媒体、光磁気記録媒体、光記録媒体のような記録媒体、液晶表示素子、有機EL素子、電気泳動表示素子のような表示素子用部品、燃料電池用部品等の接合に際して、本発明の接合方法が適用可能である。
【0074】
以上、本発明の接合膜付き基材の製造方法および接合方法を図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
例えば、前記実施形態では、基材の上面全体を覆うように接合膜を設けているが、接合膜は所定の形状にパターニングされていてもよい。
また、本発明の接合膜付き基材の製造方法および接合方法では、それぞれ、前記実施形態の構成に限定されず、任意の目的の工程が1または2以上追加されていてもよい。
【実施例】
【0075】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.接合体の製造
(実施例1)
<1>まず、基材として、縦20mm×横20mm×平均厚さ1mmの基板(ステンレス鋼製)を用意した。
次いで、基材表面にArイオンミリング法による下地処理を施した。なお、下地処理の処理条件は以下に示す通りである。
【0076】
<処理条件>
・真空度 :5×10−4Pa
・加速電圧 :3kV
・放電電流 :500μA
・ミリングレート:100μm/時間
【0077】
<2>次いで、基材の下地処理を施した領域に、平均厚さ200μmのプラズマ重合膜を形成した。なお、成膜条件は以下に示す通りである。
<成膜条件>
・原料ガスの組成 :オクタメチルトリシロキサン
・原料ガスの流量 :50sccm
・キャリアガスの組成:アルゴン
・キャリアガスの流量:100sccm
・高周波電力の出力 :100W
・高周波出力密度 :25W/cm
・チャンバー内圧力 :1Pa(低真空)
・処理時間 :15分
・基板温度 :20℃
【0078】
これにより、基材および接合膜からなる接合膜付き基材を得た。
このようにして成膜されたプラズマ重合膜は、オクタメチルトリシロキサン(原料ガス)の重合物で構成されており、シロキサン結合を含み、ランダムな原子構造を有するSi骨格と、アルキル基(脱離基)とを含むものであった。また、Si骨格の結晶化度を測定するため、プラズマ重合膜の一部に波長405nmの紫外線を600秒間照射した後、X線回折法により結晶化度を測定した。その結果、プラズマ重合膜の結晶化度は30%以下であった。
【0079】
<3>次に、得られたプラズマ重合膜に以下に示す条件でプラズマ処理を施した。
<プラズマ処理条件>
・プラズマ処理方式:ダイレクトプラズマ方式
・処理ガスの組成 :ヘリウムガス
・雰囲気圧力 :大気圧(100kPa)
・電極間距離 :1mm
・印加電圧 :1kVp−p
・電圧周波数 :40MHz
<4>次に、被着体として、前記基板と同様の基板を用意した。そして、接合膜にプラズマ処理を施してから1分後に、プラズマ重合膜と被着体とが接するように、接合膜付き基材と被着体とを積層した。これにより、接合体を得た。
【0080】
(実施例2)
被着体として用意した基板についても、実施例1に示すような下地処理を施すとともにプラズマ重合膜を形成するようにした以外は、実施例1と同様にして接合体を得た。
(実施例3)
プラズマ重合の処理ガスとして、原料ガスおよびキャリアガス以外に酸素ガス(10体積%)を含むガスを用いるようにした以外は、実施例1と同様にして接合体を得た。
(実施例4)
プラズマ重合の処理ガスとして、原料ガスおよびキャリアガス以外に酸素ガス(10体積%)を含むガスを用いるようにした以外は、実施例2と同様にして接合体を得た。
【0081】
(比較例1、2)
下地処理を省略した以外は、それぞれ、実施例1、2と同様にして接合体を得た。
(比較例3、4)
Arイオンミリング法による下地処理を省略し、代わりに酸素プラズマ処理による下地処理を施すようにした以外は、それぞれ、実施例1、2と同様にして接合体を得た。
(比較例5)
基材と被着体とをエポキシ接着剤により接着するようにした以外は、実施例1と同様にして接合体(接着体)を得た。
【0082】
2.接合体の評価
各実施例および各比較例で得られた接合体について、それぞれ接合強度を測定した。
接合強度の測定は、各接合体において基材と被着体とを強制的に引き剥がしたとき、剥がれる直前の引っ張り力を測定することにより行った。また、接合強度の測定は、接合直後と、接合後に−40℃〜125℃の温度サイクルを50回繰り返した後のそれぞれにおいて行った。
その結果、各実施例で得られた接合体では、接合直後および温度サイクル後のいずれにおいても、十分な接合強度(10MPa以上)を有していた。特に実施例3、4は実施例1、2に比べて接合強度が高く、とりわけ実施例4はその傾向が顕著であった。
【0083】
一方、各比較例で得られた接合体のうち、比較例1、2、5については、接合直後および温度サイクル後のいずれにおいても十分な接合強度(10MPa以上)が得られなかった。
また、比較例3、4については、接合直後は十分な接合強度(10MPa以上)を有していたものの、温度サイクル後には接合強度が10MPa未満に低下した。
【符号の説明】
【0084】
1……接合膜付き基材 2……基材 20……ダングリングボンド 21……母材 22……被膜 3……接合膜 301……Si骨格 302……シロキサン結合 303……脱離基 304……活性手 31……上面 4……被着体 40……基材 41……接合膜 5……接合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
該基材上に設けられ、シロキサン結合を含む原子構造と、前記シロキサン結合に結合し有機基からなる脱離基とを含む接合膜と、
を有し、
前記接合膜にエネルギーを付与することにより、接着性が発現し、被着体に対して接合可能になる接合膜付き基材を製造する方法であって、
前記基材の表面に、減圧雰囲気下において物理的エッチング法による下地処理を施す下地処理工程と、
前記下地処理工程の後、雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、前記基材の前記下地処理を施した領域に、プラズマ重合により前記接合膜を形成し、前記接合膜付き基材を得る成膜工程と、を有することを特徴とする接合膜付き基材の製造方法。
【請求項2】
前記物理的エッチング法は、イオンミリング法である請求項1に記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項3】
前記イオンミリング法は、イオンとしてArイオンを用いる請求項2に記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項4】
前記下地処理工程における減圧雰囲気の圧力は、10kPa以下である請求項1ないし3のいずれかに記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項5】
前記基材の構成材料は、非シリコン系材料である請求項1ないし4のいずれかに記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項6】
前記非シリコン系材料は、金属材料である請求項5に記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項7】
前記プラズマ重合は、シラン系ガスと酸素ガスとを含む処理ガスを用いて前記接合膜を形成するものである請求項1ないし6のいずれかに記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項8】
前記成膜工程における雰囲気圧力は、前記下地処理工程における減圧雰囲気の圧力の5倍以下である請求項1ないし7のいずれかに記載の接合膜付き基材の製造方法。
【請求項9】
接合膜を介して基材と被着体とを接合し、接合体を得る接合方法であって、
前記基材の表面に、減圧雰囲気下において物理的エッチング法による下地処理を施す下地処理工程と、
前記下地処理工程の後、雰囲気圧力を大気圧に戻すことなく、前記基材の前記下地処理を施した領域に、プラズマ重合により、シロキサン結合を含む原子構造と、前記シロキサン結合に結合し有機基からなる脱離基とを含む接合膜を成膜し、接合膜付き基材を得る成膜工程と、
前記接合膜付き基材の前記接合膜にエネルギーを付与するエネルギー付与工程と、
前記接合膜のエネルギーを付与した領域と前記被着体とが接するように、前記接合膜付き基材と前記被着体とを重ね合わせて接合体を得る積層工程と、を有することを特徴とする接合方法。
【請求項10】
前記被着体は、前記接合膜付き基材と同様の構成のものであり、
前記エネルギー付与工程において、前記被着体が有する前記接合膜にエネルギーを付与し、
前記積層工程において、前記接合膜同士が接するように、前記接合膜付き基材と前記被着体とを重ね合わせて接合体を得る請求項9に記載の接合方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−256261(P2011−256261A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−131333(P2010−131333)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】