説明

摩擦材

【課題】スコーチ処理を施すことなく、初期の耐フェード性と制動力の向上を図り得る表面層を備える摩擦材を提供する。
【解決手段】繊維基材と摩擦調整材と樹脂結合剤とを有する原料混合物を加熱加圧成形することで得る摩擦材1であって、基層Aと表面層Bとを有し、表面層Bを構成する原料混合物に発泡剤を含有させる。そしてその発泡剤を加熱加圧成形によって発泡させることで表面層Bの気孔率を基層Aの気孔率よりも高くした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のブレーキ、クラッチ等に使用される摩擦材に関し、詳しくは、初期の耐フェードに優れる摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のディスクブレーキやブレーキライニングなどに用いられる摩擦材のほとんどは、繊維基材と摩擦調整材と樹脂結合剤とを有する原料混合物を加熱加圧成形することで得られる。しかし樹脂結合材は、400℃以上の高温下において分解してガスを発生するために、ガスがフェードの原因になっていた。その対策の一つとして従来、スコーチ処理が知られていた。スコーチ処理は、摩擦材の表面に焼き入れを行うことで、樹脂結合材等の有機成分を炭化させてガスの発生を抑制する方法である。しかしスコーチ処理は、製造工程が増加し、製造コストが高くなるという問題があった。しかも摩擦材の平面度を悪化させるという問題があった。
【0003】
また従来、特許文献1,2に記載の摩擦材も知られていた。特許文献1に記載の摩擦材は、初期から高い制動力を得るために、有機成分を5%以下にしかつ金属酸化物を含有させた表面層を形成していた。特許文献2に記載の摩擦材は、本発明の課題とは異なるが、摩擦材全体に発泡剤を有するフェノール樹脂が含有され、その発泡剤の発泡によって気孔率が30〜60%になっていた。
【特許文献1】特開平3−163229号公報
【特許文献2】特開平2−189343号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、スコーチ処理を施すことなく、初期の耐フェード性と制動力の向上を図り得る表面層を備える摩擦材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するために、各請求項に記載の通りの構成を備える摩擦材を開発することができた。
すなわち請求項1に記載の摩擦材によると、基層と表面層とを有し、表面層を構成する原料混合物に発泡剤を含有させ、その発泡剤を加熱加圧成形によって発泡させることで表面層の気孔率を基層の気孔率よりも高くした。
【0006】
したがって本発明によると、初期における耐フェード性と制動力が向上する。耐フェード性が高くなる理由は、表面層の気孔率が高いために、樹脂結合材などの有機物から発生するガスが表面に溜まることを抑制できるからである。しかも気孔率が高いために、単位体積当たりの有機物の量が小さくなることで、有機物から発生するガスの量が少なくできるからである。制動力が向上する理由は、表面層の気孔率が高いために表面層の圧縮変形率が高くなり、表面層の相手材(ロータ等)への面当たりが良好になるからである。さらに本摩擦材によると、表面層をスコーチ処理を施すことなく形成することができ、しかも既存の成形工程時の熱を利用して発泡剤を発泡させることもできる。
【0007】
請求項2に記載の摩擦材によると、表面層に含有される発泡剤は、アルカリ金属炭酸塩または重炭酸塩であり、かつ120〜250℃において発泡する粉末材料である。したがって発泡剤は、アルカリ金属炭酸塩または重炭酸塩であるために安全性に優れている。しかも120〜250℃において発泡するために、既存の成形時の熱によって発泡する。また発泡剤は、粉末材料であるために、製造工程での取り扱い性に優れ得る。
【0008】
請求項3に記載の摩擦材によると、発泡剤の添加量は、表面層の原料全体中の5体積%以上、20体積%以下である。したがって発泡剤の添加量を5体積%以上含んでいるために、初期の耐フェード特性と制動力とを十分に高くすることができる。ところで発泡剤の添加量が多いと、気孔率増大のために強度が小さくなるが、本発明では基層を有している。したがって基層によって表面層が機械的に強度が保持されるため、表面層に含ませ得る発泡剤の添加量を5体積%以上にすることが可能になっている。ただし発泡剤の添加量は、成形性から20体積%以下にすることが好ましい。
【0009】
請求項4に記載の摩擦材によると、表面層の厚さが、0.5〜2.5mmである。請求項5に記載の摩擦材によると、表面層の圧縮変形率が、基層の圧縮変形率の1.2倍以上になっている。したがって表面層の相手材への面当たりが向上し、初期の制動力が十分に高くなる。
【0010】
請求項6に記載の摩擦材によると、表面層の気孔率が、15%以上、30%未満になっている。したがって気孔率を15%以上にすることで、十分に初期の耐フェード性と制動力とを得ることができる。そして30%未満にすることで、表面層の成形不良を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明にかかる摩擦材は、繊維基材と摩擦調整剤(充填剤)と樹脂結合剤とを有する原料混合物を加熱加圧成形することで得られる。図1,2に示すように本摩擦材1は、厚み方向に原料の異なる層を複数有しており、例えば基層Aと表面層Bの二層、あるいは基層A、表面層B、裏面層Cの三層を有している。表面層Bは、ディスクロータなどの相手材に最初に摺接される層であって、表面層Bの原料混合物として発泡剤が含まれている。
【0012】
発泡剤は、重炭酸塩あるいはアルカリ金属炭酸塩等であって、重炭酸塩として炭酸水素ナトリウムなどが含まれる。この発泡剤は、摩擦材の成形加熱時に分解してガスを発生する(発泡する)材料であって、発泡温度は、例えば120〜250℃、150〜200℃である。発泡剤は、製造工程の取り扱い性の点から固体、粉末材料であることが好ましく、発泡剤の添加量は、表面層の原料混合物全体の1体積%以上、5体積%以上、20体積%以下であることが好ましい。
【0013】
なお特許文献1記載の摩擦材に含まれている発泡剤は、解決課題が異なっているために摩擦材の全体に含まれている。そして発泡剤の添加量は、換算した結果、摩擦材全体の0.009〜5体積%以下であると推測できる。これに対して本発明に係る摩擦材は、発泡剤を表面層のみに有しており、発泡剤を加熱成形時に発泡させることで、表面層Bの気孔率が基層Aに比べて高くなっている。そして表面層Bは、基層Aによって裏側から支持されているために、気孔率が十分に高くされ得る構成になっている。
【0014】
表面層Bの厚さは、初期の耐フェード性と制動力の観点と成形性の観点から、0.5〜2.5mm、1〜2mmであることが好ましい。一方、基層Aの厚さは、5〜15mm、7〜10mmであることが好ましい。表面層Bと基層Aには、原料混合物として繊維基材と摩擦調整剤(充填剤)と樹脂結合剤が含まれている。
【0015】
繊維基材としては、金属繊維、無機繊維、有機繊維が適宜含まれている。金属繊維は、銅繊維,鉄繊維などであり、無機繊維は、ガラス繊維,アルミナシリカ繊維などである。有機繊維は、アラミド繊維,アクリル繊維などである。これら繊維基材は、一種を単独で使用することもできるし、二種以上を組合せて使用することもできる。繊維基材の配合量は、層全体の5〜30体積%であることが好ましい。
【0016】
摩擦調整剤(充填剤)としては、金属粉末、無機質摩擦調整剤、有機質摩擦調整剤が含まれる。金属粉末は、鉄、銅、黄銅、錫、亜鉛などである。無機質摩擦調整剤は、黒鉛(グラファイト),硫化アンチモン,二硫化モリブデン,水酸化カルシウム,硫酸バリウム,無機高硬度材(酸化ジルコニウム,珪酸ジルコニウム,アルミナ,シリカ,マグネシア等),雲母(マイカ),カオリン,タルクなどである。有機質摩擦調整剤は、カシューダスト,ゴム粉(NBR,SBR,イソプレンゴム等)などである。摩擦調整剤の配合量は、層全体の20〜70体積%、40〜60体積%であることが好ましい。
【0017】
樹脂結合剤は、熱硬化性樹脂であって、例えばフェノール樹脂,イミド樹脂,ゴム変性フェノール樹脂,メラミン樹脂,エポキシ樹脂などを使用することができる。樹脂結合剤は、一種を単独で使用することもできるし、二種以上を組合せて使用することもできる。樹脂結合剤の添加量は、層全体の10〜30体積%であることが好ましく、さらに好ましくは15〜30体積%である。
【0018】
基層Aの原料には、発泡剤が含まれていないことが好ましい。裏面層Cは、例えば断熱材(インシュレータ)である。
【0019】
摩擦材の製造方法は、先ず、各層の原料を別々に混合機で混合し、各層の原料混合物を得る。混合機としては、アイリッヒミキサー、ユニバーサルミキサー、レーディゲミキサーなどを利用することができる。次に、各層の原料混合物を予備金型内に層状に重なるように投入し予備成形する。そして予備成形品を成形用金型によって加圧加熱成形する。加圧加熱成形における成形温度は、120〜250℃、成形圧力は、100〜1000kgf/cm2、成形時間は、2〜15分である。次に、成形体を140〜400℃で2〜48時間硬化させる。
【0020】
したがって表面層に含まれている発泡剤は、加熱加圧成形時において発泡する。そのため表面層は、基層に比べての気孔率が高くなる。好ましくは基層の気孔率の101%以上、120%以上、140%以上、200%以下になる。そして表面層は、基層に比べて圧縮変形率が高くなり、好ましくは基層の圧縮変形率の104%以上、250%以上、300%以下になる。
【0021】
摩擦材は、例えば図1,2に示すようにパッド3の摩擦材1として利用できる。すなわち摩擦材1の裏面に裏板2を接着することで、パッド3を成形することができる。
【実施例】
【0022】
以下に、本発明の実施例を具体的な数字を用いて説明する。実施例に用いた基層Aと表面層Bの原料混合物は、図3に示す原料成分と配合量から構成した。基層Aの原料混合物には、発泡剤が含まれておらず、表面層Bの原料混合物には、発泡剤である炭酸水素ナトリウムが含まれている。表面層Bの発泡剤の添加量は、B1〜5の順に多く、B6〜8の順に多い。そして表面層B6〜9の順に有機物の添加量が少なくなっている。
【0023】
摩擦材としては、基層Aのみ、あるいは表面層B1〜9のみを有する単層の摩擦材と、基層Aと表面層Bとを有する二層の摩擦材とを準備した。二層の摩擦材は、8mmの基層Aと、2mmの表面層Bを有している。基層Aのみからなる摩擦材の1つには、スコーチ処理を表面に施した。これら摩擦材の製造方法は、先ず各層の原料をそれぞれアイリッヒミキサーによって5分間乾式にて混合して原料混合物を得る。次に、各原料混合物を単層、あるいは二層の状態にて予備成形型内に投入し、予備成形体を得る。そして予備成形体を成形温度160℃、成形圧力200kgf/cm2、成形時間10分の条件において加圧加熱成形して成形物を得、成形物を230℃、3時間の条件において硬化させる。
【0024】
次に、摩擦材の特性評価試験を行い、試験結果を図4にまとめた。各特性は、以下のように試験する。
<気孔率> 基層Aのみ、あるいは表面層Bのみを有する単層の摩擦材の気孔率を測定する。
<圧縮変形率> 基層Aのみ、あるいは表面層Bのみを有する単層の摩擦材に対して荷重1.5tを負荷して圧縮変形率を求める。
【0025】
<成形性> 基層Aのみ、あるいは表面層Bのみを有する単層の摩擦材における成形後の亀裂を目視レベルにて観察し、下記の評価にて成形性単体を評価する。基層A8mmと表面層2mmを有する二層の摩擦材における成形後の亀裂を目視レベルにて観察し、下記の評価にて成形性(A8mm+B2mm)を評価する。○:良好、△:使用可能限界、×:成形不良
<初期のμ> 基層Aと表面層Bを有する二層の摩擦材を成形し、JASO C406に従って第一効力を測定し摩擦係数を算出する。
【0026】
<フェード時の最低μ> 基層Aと表面層Bを有する二層の摩擦材を成形し、JASO C406に従って第一フェード時における平均摩擦係数の最も低い制動中の瞬間摩擦係数を測定する。
<総合判定> 総合判定は、下記の四段階にて評価する。◎:成形性(A8mm+B2mm)が良好で、初期のμが0.39以上で、フェード時の最低μが0.24以上、○:成形性(A+B)が使用可能限界以上で、初期のμが0.39以上で、フェード時の最低μが0.24以上、△:成形性(A8mm+B2mm)が使用可能限界以上で、初期のμが0.39以上で、フェード時の最低μが0.22以上、×:それ以外
【0027】
図4に示すように気孔率は、基層Aに比べて表面層B1〜4,B6〜8の方が高くなった。そして表面層B1〜4の順で高くなり、表面層B6〜8の順で高くなった。したがって表面層Bは、発泡剤を原料として含んでいるために気孔率が高くなり、発泡剤の添加量が多いほど気孔率が高くなることがわかる。圧縮変形量は、基層Aに比べて表面層B1〜4,B6〜8の方が大きくなり、表面層B1〜4の順に大きくなる。したがって表面層Bは、発泡剤の量が多いほど圧縮変形量が大きくなることがわかる。
【0028】
成形性は、表面層B5,9において×(成形不良)になり、表面層B8において△(使用可能限界)になった。したがって発泡剤の添加量が多すぎることで、成形性が悪化することがわかる。表面層B4では、単層において△になったが、二層において○(良好)になった。したがって摩擦材は、基層Aを有することで表面層Bの成形性が向上し、これにより表面層Bに含有し得る発泡剤の添加量を多くできることがわかる。
【0029】
初期のμは、基層Aのみを有する単層の摩擦材に比べて、基層Aと表面層B1〜4、B6〜8を有する二層の摩擦材の方が高くなった。そして表面層Bの圧縮変形量が大きいほど、初期のμが高くなることもわかる。したがって圧縮変形量が大きいほど、すなわち発泡剤の添加量が多いほど、初期のμが高くなることがわかる。そして表面層B3,4,8を有する摩擦材は、A+スコーチ処理の摩擦材と同程度の初期のμを得ることがわかる。
【0030】
フェード時の最低μは、基層Aのみを有する単層の摩擦材に比べて、基層Aと表面層B1〜4、B6〜8を有する二層の摩擦材の方が高くなった。そして表面層B1〜4の順および表面層B6〜8の順でフェード時の最低μ高くなった。したがって発泡剤の添加量が多いほど、気孔率が高くなり、気孔率が高いほど、フェード時の最低μが高くなることがわかった。そして表面層B3,4,6〜8を有する摩擦材は、A+スコーチ処理の摩擦材と同程度のフェード時の最低μを得ることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、産業機械、鉄道車両、荷物車両、乗用車などに使用されるブレーキパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等に利用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】摩擦材を有するパッドの側面図である。
【図2】摩擦材を有するパッドの側面図である。
【図3】実施例に係る各層の原料混合物の原料成分と配合量をまとめた図である。
【図4】実施例に係る摩擦材の評価結果をまとめた図である。
【符号の説明】
【0033】
1・・・摩擦材
2・・・裏板
3・・・パッド
A・・・基層
B・・・表面層
C・・・裏面層



【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材と摩擦調整材と樹脂結合剤とを有する原料混合物を加熱加圧成形することで得る摩擦材(1)であって、
基層(A)と表面層(B)とを有し、前記表面層(B)を構成する前記原料混合物に発泡剤を含有させ、その発泡剤を前記加熱加圧成形によって発泡させることで前記表面層(B)の気孔率を前記基層(A)の気孔率よりも高くしたことを特徴とする摩擦材(1)。
【請求項2】
請求項1に記載の摩擦材(1)であって、
表面層(B)に含有される発泡剤は、アルカリ金属炭酸塩または重炭酸塩であり、かつ120〜250℃において発泡する粉末材料であることを特徴とする摩擦材(1)。
【請求項3】
請求項1または2に記載の摩擦材(1)であって、
発泡剤の添加量は、表面層(B)の原料全体中の5体積%以上、20体積%以下であることを特徴とする摩擦材(1)。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の摩擦材(1)であって、
表面層(B)の厚さが、0.5〜2.5mmであることを特徴とする摩擦材(1)。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の摩擦材(1)であって、
表面層(B)の圧縮変形率が、基層(A)の圧縮変形率の1.2倍以上になっていることを特徴とする摩擦材(1)。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の摩擦材(1)であって、
表面層(B)の気孔率が、15%以上、30%未満になっていることを特徴とする摩擦材(1)。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−63519(P2008−63519A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−245382(P2006−245382)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】