説明

摩擦材

【課題】相手材攻撃性を抑え、かつフェード特性を向上させた上、摩擦材中の銅金属イオンの溶出による環境汚染を抑えた摩擦材を提供する。
【解決手段】繊維基材、摩擦調整材および重金属材料を少なくとも含む摩擦材であって、ヒドロキシアパタイトの少なくとも1種と、1〜10体積%のゼオライトとを配合したことを特徴とする摩擦材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒドロキシアパタイトを配合した摩擦材に関し、特に自動車、鉄道車両、産業機械などに用いられる相手材攻撃性を抑え、かつフェード特性も向上し、摩擦材中の重金属の溶出による環境汚染を抑え得る摩擦材に関するものであり、より具体的には前記の用途に使用されるブレーキパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキやドラムブレーキなどのブレーキ、或いはクラッチなどに使用される摩擦材は、摩擦作用を与え、かつその摩擦性能を調整する摩擦調整材、補強作用をする繊維基材、これらの成分を一体化する結合材などの材料からなっている。そのうちの繊維基材には、金属繊維、無機繊維、有機繊維などの種類があり、それぞれの特徴があり、通常2種類以上のものが組み合わされて使用されている。
【0003】
一方、摩擦材の摩擦特性を調整する材料としては摩擦調整材及び固体潤滑材があるが、これらにも無機系と有機系とがあり、それぞれの特徴があり、通常2種類以上のものが組み合わせて使用されている。そして、摩擦調整材としては、例えばアルミナやシリカ、マグネシア、ジルコニア、酸化クロム、石英等の無機摩擦調整材、合成ゴムやカシュー樹脂等の有機摩擦調整材を、固体潤滑材としては、例えば黒鉛や二硫化モリブデン等を挙げることができる。
また、充填材として、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、金属粉、バーミキュライト、マイカなどが用いられている。
そして、これらの成分を配合してなる摩擦材の相手材攻撃性を抑え、耐フェード性、耐摩耗性を改善した非石綿系摩擦材として種々の配合の摩擦材が提案されている。
【0004】
特許文献1は、無機充填材の一成分として家畜及び魚類の少なくとも1種の焼成骨粉を摩擦材全体の15〜25体積%と、隆起風化造礁サンゴを粉砕して得られる炭酸カルシウムの粉末を摩擦材全体の5〜20体積%併用して配合した摩擦材が開示され、得られた摩擦材は、気孔率が高いのでフェード特性が向上し、耐摩耗性が大きく、相手材攻撃性が抑えられることを確認している。
特許文献2には、焼成骨粉と廃摩擦材を600℃以上の温度で熱処理して有機成分を除去した後粉砕して得た複合材粒子が廃摩擦材全体の10体積%以上配合され、焼成骨粉を摩擦材全体の3体積%以上配合した摩擦材は、やはり、気孔率が高く、フェード特性が向上することが開示されている。
特許文献3は、無機充填材の一成分として家畜及び魚類の少なくとも1種の焼成骨粉を摩擦材全体の5〜65重量%配合した摩擦材もフェード特性が向上することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−171042号公報
【特許文献2】特開2005−200569号公報
【特許文献3】特開2003−160780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの摩擦材は、それぞれ、それなりの改善された性能を得ているがフェード特性の点で十分満足できるものではなかった。
ところで、摩擦材のフェード特性は、摩擦材の気孔率に大きく影響を受けるため、気孔率を高くすることができる材料が充填材に対して求められている。すなわち、摩擦材の気孔率を大きくすると、ブレーキをかけたときに発生するガス圧を下げることができるため、フェード特性が向上できる。このため、摩擦材の気孔率を大きくできる材料が依然として求められている。
更に、摩擦材中に含まれる銅等の重金属は、ブレーキ制動により摩耗粉として空気中に放出されるが、近年、サンフランシスコ湾やバルト海の銅汚染の原因として疑われており、その因果関係が米国の地球環境グループやスウェーデン環境保護庁(EPA)などで調査されている。
【0007】
本来制動用の摩擦材に要求される主要特性は、安定した摩擦特性、耐熱性、耐摩耗性などである。これら要求特性のうち摩擦特性については、従来の技術でほぼ満足できるレベルまで改良がなされ、とりわけ繊維質を基材とする摩擦材は良好な性能を示す。しかし、最近はフェード特性が良好で相手材攻撃性が小さく、ノイズ性も向上し、更に低コストの摩擦材の供給が強く望まれている。しかも、特により高い温度域まで安定した高温時における摩擦性能の維持、ならびに耐摩耗性の向上が強く望まれている。その上、フェード特性が良好で相手材攻撃性が小さく、摩擦材から重金属イオンが溶出して環境を汚染することの少ない摩擦材が強く望まれている。
【0008】
本発明は、上述の特性を備えた摩擦材を提供するため、無機充填材の一部に従来使用されておらず、しかも性質の優れた材料を配合することにより、その大きい気孔率を利用して、良好なフェード特性が得られるとともに、高温域に至るまで安心した摩擦性能と耐摩耗性を確保した上、摩擦材に使用される銅のような重金属イオンを吸着することが可能で、雨水等で溶出して環境を汚染することを抑制しうる摩擦材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、気孔率が一定の範囲にある多孔質材料であり、重金属イオンなどに対する選択性と高いイオン交換能力があり、摩擦材のフェード特性も向上させることのできるヒドロキシアパタイトに着目して、本発明の課題を達成した。
すなわち、本発明は、下記の手段により、上記の課題を解決した。
(1) 繊維基材、摩擦調整材および重金属材料を少なくとも含む摩擦材であって、ヒドロキシアパタイトの少なくとも1種と、1〜10体積%のゼオライトとを配合したことを特徴とする摩擦材。
(2) 前記ヒドロキシアパタイトが、摩擦材全体の1〜20体積%配合されていることを特徴とする上記(1)記載の摩擦材。
(3) 前記重金属材料が銅であることを特徴とする上記(1)又は上記(2)記載の摩擦材。
(4) 0.5〜2体積%のゾノライト型合成含水ケイ酸カルシウムを更に含む、上記(1)〜(3)のいずれか1に記載の摩擦材。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、得られた摩擦材は、ヒドロキシアパタイトの少なくとも1種およびゼオライトを配合したものであり、それから得られた摩擦材は、気孔率が適切な範囲にあり、発生する有機潤滑ガスをも吸着するのでフェード特性が向上し、耐摩耗性が大きく、相手材攻撃性が抑えられた、優れた特性を有する。
更に、無機充填材の一成分として配合したヒドロキシアパタイトは重金属イオンを吸着するため、重金属による汚染の低減が可能となる。また、ゼオライトを含むことで重金属イオンの吸着特性が向上される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
本発明の摩擦材において、無機充填材として使用するヒドロキシアパタイトは、Ca10(PO(OH)あるいはCa(POOHの化学組成を有する。ヒドロキシアパタイトの摩擦材全体における配合量は1〜20体積%であることが好ましい。上記範囲であれば耐摩耗性を有し、相手材攻撃性を抑え、フェード特性向上の特性を得る事ができる。また、本発明で使用しうるヒドロキシアパタイトとしては、鉱物として産出されるヒドロキシアパタイトや焼成骨粉のような天然ヒドロキシアパタイトでもよく、合成した純度の高いヒドロキシアパタイトでもよい。ヒドロキシアパタイトの粒径はクラック防止などの成形性の観点から4〜100μmであることが好ましい。また、気孔率は、耐摩耗性の観点から15〜25%であることが好ましい。
【0012】
本発明で使用されるヒドロキシアパタイトを得るには、魚骨や牛骨から製造する方法があり、600℃〜1200℃の温度で骨の有機物を燃焼させ、無機成分のヒドロキシアパタイトを得る。この骨から作製したヒドロキシアパタイトには鉄、マグネシウムやストロンチウムなど様々な微量元素が不純物として含まれ、品質は一定していない。主成分はCa2+欠損型水酸アパタイトである。天然のヒドロキシアパタイトを得るには、リン鉱石を化学的に分離することにより、化学組成がCa(POOH等の結晶が得られる。結晶は六方晶系であり、六角柱状、六角板状である。比重は3.1〜3.2、屈折率は1.632〜1.646、モース硬度は約5である。
【0013】
純度の高いヒドロキシアパタイトは沈殿法あるいは加水分解法により合成することができる。一般にカルシウムイオンを含有する懸濁液の中にリン酸イオンを含む水溶液を徐々に滴下して粒子の小さい結晶性の低いヒドロキシアパタイトを合成する。その後、約800℃で焼成し結晶性の高いヒドロキシアパタイトを合成する。乾式法ではカルシウム化合物とリン化合物をアパタイトのCa/P比である1.67で混合し、1200℃程度で加熱して結晶性を向上させたヒドロキシアパタイトを合成することもできる。
【0014】
本発明の摩擦材には、フッ素、塩素あるいは炭酸等のヒドロキシ基以外の元素を含む他のアパタイトを含んでもよい。例えば、フッ素燐灰石(CaF(PO)、塩素燐灰石(CaCl(PO)、水酸燐灰石(Ca(OH)(PO)あるいは炭酸燐灰石(CaF(CO、CaCl(CO、Ca(OH)(CO)等が挙げられる。これらの他のアパタイトの配合量としては、摩擦材全体に対し1〜20体積%であれば配合することができる。
【0015】
本発明の摩擦材には更に、1〜10体積%、好ましくは3〜6体積%のゼオライトを含む。これにより、重金属イオンを吸着する効果をより一層高めることができる。
【0016】
また、本発明の摩擦材は、ゾノライト型合成含水ケイ酸カルシウムを含むことが好ましい。これにより、フェード特性に加え、クリープグー音の抑制効果を得ることができる。摩擦材におけるゾノライト型合成含水ケイ酸カルシウムの含有量は、0.5〜2体積%が好ましい。
【0017】
本発明の摩擦材を製造するには、繊維基材、摩擦調整材、潤滑材、充填材、結合材等の摩擦材用諸原料を配合し、その配合物を通常の製法に従って予備成形し、熱成形することにより製造することができる。上記において、繊維基材としては、例えば芳香族ポリアミド繊維、耐炎化アクリル繊維等の有機繊維や銅繊維、スチール繊維等の金属繊維、チタン酸カリウム繊維やAl−SiO系セラミック繊維等の無機繊維が挙げられる。
【0018】
上記以外の充填材としては、摩擦材に通常用いられる充填材が使用できる。無機充填材としては、例えば銅やアルミニウム、青銅、亜鉛等の金属粒子、バーミキュライトやマイカ等の鱗片状無機物、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、酸化鉄、硫化鉄等が挙げられる。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
有機充填材として、例えば、ゴムダスト、メラミンダスト等が挙げられる。これらは1種以上を組み合わせて用いることができる。前記した充填材の配合量は、摩擦材組成物全体に対して好ましくは30〜80体積%、より好ましくは40〜70体積%である。
【0019】
結合材としては、例えばフェノール樹脂(ストレートフェノール樹脂、ゴム等による各種変性フェノール樹脂を含む)、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂を挙げることができる。また、摩擦調整材としては、例えばアルミナやシリカ、マグネシア、ジルコニア、酸化クロム等の無機摩擦調整材、合成ゴムやカシュー樹脂等の有機摩擦調整材を、固体潤滑材としては、例えば黒鉛や二硫化モリブデン等を挙げることができる。摩擦材の組成としては、種々の組成割合を採用することができる。すなわち、これらは、製品に要求される摩擦特性、例えば、摩擦係数、耐摩耗性、振動特性、鳴き特性等に応じて、単独でまたは2種以上を組み合わせて配合すればよい。
【0020】
ディスクブレーキ用パッドの製造工程は、板金プレスにより所定の形状に形成され、脱脂処理及びプライマー処理が施され、そして、接着剤が塗布されたプレッシャープレートと、耐熱性有機繊維や金属繊維等の補強繊維と、無機・有機充填材、摩擦調整材及び結合材等の摩擦材の原料を配合し、撹拌により十分に均質化した原材料を常温にて所定の圧力で成形(予備成形)して作製した予備成形体とを、熱成形工程において130〜200℃、成形圧力10〜80MPaで5〜20分間熱成形して両部材を一体に固着し、140〜250℃の温度で2〜48時間アフタキュアを行い、最終的に仕上げ処理を施すことからなるが、それまでの工程は従来法と同一である。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0022】
実施例1〜3及び比較例1〜2
〔摩擦材の配合〕
無機充填材であるヒドロキシアパタイトの配合割合を10体積%とし、比較例として硫酸バリウムを用いたベース材に基づいて、摩擦材の配合を行った。天然ヒドロキシアパタイトとしては平均粒径が10μm程度のものを使用した。合成ヒドロキシアパタイトとしては平均粒径10μm程度の第3リン酸カルシウムを使用した。配合内容を表1に示す。結合材としてはストレートフェノール樹脂を使用した。
上記の配合材料を、通常の工程である、撹拌、予備成形、熱成形(150℃、成形面圧40MPa)、加熱(アフタキュア250℃、2時間)、研摩等の工程を経て、摩擦材完成品を得た。
【0023】
【表1】

【0024】
〔イオン吸着量の測定〕
摩擦材に配合されたそれぞれのヒドロキシアパタイトにおける銅イオン吸着効果を確認するために、下記の(1)〜(8)の手順で試料を作製しICP発光分析を行った。結果を表2に示す。
ICP試料作成手順
(1) 表1の配合割合で作製した摩擦材を粉砕した。
(2) 粉砕したそれぞれの摩擦材10gをフラスコに準備し、蒸留水を100mlになるまで加えた。
(3) 銅のイオン化を促進させるため、硫酸(HSO)と硝酸(HNO)でpH3に調整した。
(4) pH3に調整後、常温で1週間放置した。
(5) 安定化させるため、水酸化ナトリウム(NaOH)でpH7に調整した。
(6) pH7に調整後、常温で一週間放置した。
(7) 実施例及び比較例のそれぞれの溶剤をろ過した。
(8) ろ液を10倍希釈し、ICP試料とした。
ICP発光分析では、溶液中の銅イオンの量を計測した。
【0025】
【表2】

【0026】
表2に示すように、本発明の摩擦材に配合したアパタイトは摩擦材中のCuイオンを除去することができる。比較例(ベース材)の硫酸バリウムを配合した摩擦材に比べ、本発明のヒドロキシアパタイトを配合した摩擦材は約5倍の銅イオンを除去することができる。
【0027】
〔摩擦材評価〕
1)気孔率の測定
実施例及び比較例によって得られた摩擦材に対して、気孔率の測定(オイル含浸法、JIS D4418)を行った。その測定結果を表3に示す。
2)フェード特性
テストピース慣性型のスケールテスターを用いて性能試験(JASO C406に従う)を行い、第1フェード試験時における、最低μを測定した。結果を表3に示す。
3)パッド摩耗量の測定
テストピース慣性型のスケールテスターを用いて性能試験(JASO C406に準拠)を行い、パッドの摩耗量を測定した。
4)ロータ摩耗量の測定
更に性能試験終了後に、ロータの摩耗量を測定し、ロータ攻撃性(相手材攻撃性)を評価した。結果を表3に示す。今回の摩擦材の目標値はフェード率85%以上、ロータ摩耗量7μm以下である。
5)クリープグー音の測定
実車により平坦路前進でクリープグー音試験を行い、下記の感応評価を行った。結果を表3に示す。
大:グー音発生率70dB以上
中:グー音発生率65dB以上70dB未満
小:グー音発生率65dB未満
【0028】
【表3】

【0029】
表3から本発明の摩擦材は良好なフェード特性が得られるとともに、摩擦性能と耐摩耗性も確保されることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の摩擦材は、ヒドロキシアパタイトと特定量のゼオライトを配合したものであり、気孔率が高く、フェード特性も向上し、ノイズ発生が少ない優れた特性を有する。更に、ヒドロキシアパタイトは銅金属イオンを吸着しやすいので、摩擦材中の銅金属による環境汚染を抑えることができる。また、フッ化物イオンのような陰イオンについても吸着性があるため、有害イオンの放出を抑えることができる。従って、乗用車、荷物車両、鉄道車両、産業機械などに使用されるブレーキパッド、ブレーキライニング、クラッチフェーシング等に特に有用なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材、摩擦調整材および重金属材料を少なくとも含む摩擦材であって、ヒドロキシアパタイトの少なくとも1種と、1〜10体積%のゼオライトとを配合したことを特徴とする摩擦材。
【請求項2】
前記ヒドロキシアパタイトが、摩擦材全体の1〜20体積%配合されていることを特徴とする請求項1記載の摩擦材。
【請求項3】
前記重金属材料が銅であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摩擦材。
【請求項4】
0.5〜2体積%のゾノライト型合成含水ケイ酸カルシウムを更に含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の摩擦材。

【公開番号】特開2010−285558(P2010−285558A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−141260(P2009−141260)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】