説明

摺動ユニット及び摺動方法

【課題】 乾燥摩擦条件下であっても、大気中において、耐摩耗性を向上させると共に摩擦係数を低減することができる摺動ユニットを提供する。
【解決手段】互いに摺動する摺動部材B,Dのうち、少なくとも一方の摺動面に硬質炭素被膜fが形成された一対の摺動部材B,Dと、該一対の摺動部材B,Dの摺動面間に電圧を印加する電圧印加手段Eと、を備えてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも一方の摺動面に硬質炭素被膜を形成した一対の摺動部材を備えた摺動ユニット及びこれらの摺動部材を摺動させる摺動方法に係り、特に、乾式下において、耐摩耗性を向上させると共に摩擦係数を低減することができる摺動ユニット及び摺動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車産業などの我が国の基幹産業において、トライボロジーは重要な役割を担っている。例えば、自動車産業においては、現在、地球環境保全のため、自動車からの排出される二酸化炭素の削減を目指してさまざまな取り組みが行われており、その一例としてハイブリットシステムなどのエネルギー効率の良い動力源の開発が良く知られている。しかし更なる低燃費を目指すためには、動力源の開発だけでなくエンジン内部および駆動系における摩擦によるエネルギーの伝達ロスの低減が重要な課題となる。
【0003】
このような課題を鑑みて、動力系機器における摺動部材の摩擦係数の低減化、耐摩耗性の向上を図るべく、摺動部材の摺動面を被覆する新たなトライボロジー材料としての非晶質炭素材料(DLC)などの硬質炭素材料が注目されている。
【0004】
このような硬質炭素材料を利用した摺動部材の一例として、基材上に被膜を有する摺動部材であって、その被膜の最表面に、ビッカース硬さがHv1000〜5000のダイヤモンドライクカーボン、メタル入りダイヤモンドライクカーボン、窒化炭素からなる層を備えた摺動部材が開示されている(特許文献1参照)。
【0005】
またこの他にも、相対向して摺動する二つの部材のうち少なくとも一方の部材の摺動面に非晶質窒化炭素膜(a−CN膜)が被覆されており、乾摩擦において摺動面が摺動し合う摺動部が実質的に窒素ガス雰囲気となるように構成した摺動装置が開示されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2004−169137号公報
【特許文献2】特開2002−339056号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載したような硬質炭素材料を摺動部材の摺動面に被覆した場合であっても、流体潤滑状態に近づけるべく、摺動部材の摺動面間に潤滑油等を供給しながら摺動部材を摺動させることが一般的である。しかし、このような場合、摺動部材に作用する面圧や摺動部材を取り巻く温度を含めた環境により潤滑油の特性も変化し、それに伴い摺動部材の摩擦摩耗特性も変化してしまう。そして、油の清浄度の悪化、給脂不良などにより、摺動面において油膜切れが発生し、さらには乾燥摩擦に近い状態に陥る虞もあり、この場合には摺動材料の相互表面に凝着が発生しやすくなり、摩擦係数は高くなってしまう。
【0007】
また、引用文献2に記載の装置の如く乾摩擦においてa−CN膜を被覆した場合には、窒素雰囲気下では、摩擦係数が0.009という非常に低い値を示す。しかし、自動車を含む一般的な機械構造体は大気中で使用されるため、大気中において優れたトライボロジー特性を発揮することが求められるが、このa−CN膜を被覆した摺動部材を大気中において摺動させた場合には、摩擦係数は0.15と低摩擦にならない。
【0008】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、乾式下(乾燥摩擦条件下)であっても、大気中において、耐摩耗性を向上させると共に摩擦係数を低減することができる摺動ユニット及び摺動方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、乾燥摩擦条件下で大気中において、摺動面に硬質炭素被膜を形成した摺動部材を摺動させたときに、摺動部材が低摩擦とならないのは、この硬質炭素被膜の摺動面が摺動時に酸化して硬質炭素のグラファイト化が阻害されることによると考えた。そして、発明者らは、このような考察に基づいて多くの実験と研究を行うことにより、乾式下で大気中においてこの摺動面間に電場を作用させると、硬質炭素被膜の耐摩耗性が向上するばかりか、その電場の作用させる方向によっては、硬質炭素被膜の摺動面の酸化が抑制され、低摩擦の状態を維持することができるとの知見を得た。
【0010】
本発明は、本発明者らが得た上記の新たな知見に基づくものであり、本発明に係る摺動ユニットは、互いに摺動する摺動部材のうち、少なくとも一方の摺動面に硬質炭素被膜が形成された一対の摺動部材と、該一対の摺動部材の摺動面間に電圧を印加する電圧印加手段と、を備えることを特徴としている。
【0011】
本発明の如き摺動ユニットは、摺動面間に電圧を印加することにより、乾式下において硬質炭素被膜を形成した摺動部材の耐摩耗性を向上させることができる。また、このような電圧印加手段が摺動面間に印加する電圧は、正負いずれの電圧を印加しても、摺動面の摩耗を低減することができる。
【0012】
また、前記電圧印加手段は、硬質炭素被膜が形成された一方の摺動部材が他方の摺動部材に比べて電位が低くなるように、前記一対の摺動部材に接続されていることがより好ましい。このように摺動時において、一対の摺動部材のうち硬質炭素被膜が形成された一方の摺動部材を他方の摺動部材に比べて電位を低くする(負の電圧を印加する)ことにより、硬質炭素被膜が形成された摺動面の酸化を抑制することができ、酸化による被膜のグラファイト化が阻害されることを防止することが可能となる。その結果、硬質炭素被膜の摺動面に生成されたグラファイトが摺動時に固体潤滑剤として作用するので、大気中において乾式下(乾燥摩擦条件下)で摺動部材の摩擦係数を低減することができる。
【0013】
そして、潤滑油、グリースを供給する必要がなく、このような乾式下で摩擦係数を極めて低い値まで低減することができるので、このような摺動ユニットの適用範囲は、極めて広範である。
【0014】
さらに、このように接続された電圧印加手段は、摺動面間に印加する電圧が100V〜300Vの範囲のうち任意の電圧となるように、設定可能であることがより好ましい。電圧印加手段が印加する電圧が100Vよりも小さい場合(後述する実施例いうところの負の印加電圧−100Vよりもさらに高い負の電圧を印加した場合)には、印加電圧が0Vまでは摺動部材の摩擦係数を低減することはできるが充分であるとはいえず、この電圧が300Vよりも大きい場合(後述する実施例いう負の印加電圧−300Vよりも低い負の電圧を印加した場合)には、摺動面間の電位差が大きくなるため放電が発生する虞がある。また、このような電圧範囲に設定可能であるならば、電圧印加手段の電源の種類は特に限定されないが、この範囲となるように安定した電圧を印加させるためには、直流電源を用いることがより好ましい。
【0015】
また、この摺動部材に形成された硬質炭素被膜は、摺動時において摺動面がグラファイト化し、且つ、耐摩耗性を得ることができるような表面硬さを有する炭素被膜であれば特に限定されるものではないが、より好ましくは、この被膜は、非晶質炭素被膜(DLC被膜)、窒化炭素被膜(CN被膜)、またはダイヤモンド被膜である。
【0016】
別の態様としては、この摺動ユニットの硬質炭素被膜は、非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)であって、前記のような接続をされた電圧印加手段は、電圧が200V前後となるように設定可能であることがより好ましい。このような被膜を用いて、被膜を形成した側の摺動部材の電位が他方の摺動部材の電位よりも低くなるようにして、摺動面間にこの範囲の電圧を印加させることにより、長時間に亘って摺動部材を摺動させたとしても、安定して摺動部材の低摩擦状態を維持することができる。
【0017】
この硬質炭素被膜を摺動部材に成膜するにあたっては、真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング、イオンビームミキシングなどを利用した物理気相成長法(PVD)により成膜してもよく、プラズマ処理などを利用した化学気相成長法(CVD)により成膜してもよい。また、DLC被膜の一種である非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)を形成する場合、窒化炭素被膜(CN被膜)を成膜する場合には、より安定した低摩擦特性を得るためには、被膜形成とイオン注入を同時に行うダイナミクスミキシング法によるイオンビーム法により、この被膜を形成することがより好ましい。また、このような成膜時において硬質炭素被膜中に、Si、Ti、Cr、Fe、W、Bなどの添加元素を含有させてもよく、このような元素を添加することにより、被膜の表面硬さを調整することもできる。
【0018】
また、このような一対の摺動部材は、乾式下(乾燥摩擦条件下)において摺動させたとしてもアブレッシブ摩耗を抑制すべくグラファイトが固体潤滑剤として有効に作用するに好適な表面粗さであれば特に限定されるものではないが、この硬質炭素被膜の摺動面およびこの摺動面と摺動する他方の摺動部材の摺動面の表面粗さは、鏡面に近い方がより好ましい。
【0019】
さらに、硬質炭素被膜を摺動部材の表面に形成するにあたっては、摺動部材の基材とこの被膜との間の密着力を高めるために、ケイ素(Si)からなる中間層を設けてもよく、さらにこのケイ素の代わりに、クロム(Cr)、チタン(Ti)またはタングステン(W)を用いてもよい。
【0020】
さらに、この硬質炭素被膜を形成する基材は、摺動時において硬質炭素被膜との密着性を確保することができるような材質および表面硬さであれば、鉄、非鉄金属等と特に限定されるものではなく、この摺動部材と摺動する他方の摺動部材も、この硬質炭素被膜に対して極端に表面硬さが低く、摺動時に摩耗し易いものでなければ特に限定されるものではない。
【0021】
本発明は、上述した組合せ摺動部材の好適な摺動方法として以下に示す摺動方法をも開示する。本発明に係る摺動方法は少なくとも一方の摺動面に硬質炭素被膜が形成された一対の摺動部材の摺動面間に、電圧を印加しながら、乾式下において少なくとも一方の摺動部材を摺動させることを特徴としており、電圧の印加にあたっては、硬質炭素被膜が形成された一方の摺動部材が他方の摺動部材に比べて電位が低くなるように、摺動面間に電圧を印加することがより好ましい。
【0022】
本発明の如き摺動方法は、乾式下において、一対の摺動部材の耐摩耗性を向上させるばかりでなく、酸化による被膜のグラファイト化が阻害されることを防止することができ、その結果、摺動部材の摩擦係数を小さくすることができる。また、乾式下において低摩擦化を図ることができるので、潤滑油、グリースなどの給脂不良による焼き付け等の問題が発生することなく、この摺動部材を適用した機器の長寿命化を図ることができる。さらに、このオイルレスによる摺動を行うことにより、機器及び機器周りのクリーン化を図ることができる。
【0023】
さらに、印加電圧は、100V〜300Vの範囲内にあることが好ましく、前記硬質炭素被膜を、非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)として、前記電圧を200V前後の範囲内にあることがより好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る摺動ユニットによれば、乾式下であっても、大気中において、摺動部材の耐摩耗性を向上させると共に摩擦係数を低減することができる。この結果、この摺動ユニットを車両の動力機器に適用した場合には、摩擦抵抗によるエネルギー損失が少なくなるため、車両の燃費を向上させることができる。
【0025】
さらに、本発明に係る摺動ユニットは、乾式下において摺動部材の摩擦係数を低減することが可能であるため、この摺動ユニットを適用した装置、機器のオイルレス化を図ることができる。
【実施例】
【0026】
以下に、本発明を実施例により説明する。
(実施例1)
本発明に係る摺動ユニットの一対の摺動部材のうち、硬質炭素被膜を形成した一方の摺動部材として以下に示すディスク試験片を製作し、この摺動部材と摺動する他方の摺動部材として、以下に示すボール試験片を製作した。
【0027】
<ディスク試験片>
硬質炭素被膜を成膜する基材として、直径50mm、厚み0.3mm、円部表面(摺動面)が鏡面状態(100面方位)となる、ディスク形状のシリコンウェハSを準備した。そして、図6に示すようなイオンビームミキシング装置10(日立製作所製)を用いて、このシリコンウェハSの円部表面に非晶質窒化炭素被膜(硬質炭素被膜)を成膜した。具体的には、図6に示すように、シリコンウェハSの円部表面が支持台13上に配置された純度99.9999%のカーボンターゲットTと対向するように、真空チャンバ11内のホルダ12にシリコンウェハSを保持させた。その後、真空チャンバ11内の圧力を1×10−7Torr以下とし、その後窒素ガスを導入して1×10−5Torrに調整した。そして、アルゴンイオン源15から(1kV,100mA)アルゴンイオンgaをカーボンターゲットTに照射し、カーボンターゲットTをカーボンスパッター粒子scにすると同時に、窒素イオン源14から加速エネルギー0.5KeVで窒素イオンgnをシリコンウェハSに向けて照射して、成膜を行った。尚、この成膜時には、ホルダ12と共にシリコンウェハSを回転させ、成膜時間を90分間とし、シリコンウェハの円部表面に厚さ100nmの非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)を形成した。
【0028】
<ボール試験片>
直径8mm、表面が略鏡面状態のステンレス鋼(JIS規格:SUS440C)からなる球形状のボール試験片を製作した。
【0029】
<摩耗試験>
図1に示すボールオンディスク摩擦試験機50を用いた。尚、本発明に係る「一対の摺動部材」はディスク試験片とボール試験片を示しており、本発明に係る「電圧印加手段」は、後述する試験機50の直流電源Eを示している。
【0030】
摩耗試験を行う事前準備として、ボール試験片Bをアセトンとエタノールで各10分間超音波洗浄した。その後、ボール試験片Bを試験機50の本体から取り外したボールホルダー35に固定し、光学顕微鏡(図示せず)を用いてこの表面に傷が無いことを確認後、これらをデシケータ(図示せず)内に投入し、ボール試験片Bを乾燥させた。一方、ディスク試験片Dの表面に形成したa−CN被膜fの表面(摺動面)の埃などの異物をハンドブロー(図示せず)で取り除いた。
【0031】
次に、ディスク試験片Dをディスクホルダー44に保持させると共に、ボール試験片Bが固定されたボールホルダー35をX−Yステージ31と一体となるように試験機50の本体に取り付けた。平行板ばね32に接着したひずみゲージ33を用いて、ボール試験片Bがディスク試験片Dのa−CN被膜fの表面に対して付加される荷重の値が1.0Nの荷重が付加されるようにX−Yステージ31を調整して、これらを当接させた。
【0032】
そして、ディスクホルダー44下部にカーボンブラシ46を当て、直流電源Eを用いて、ディスク試験片Dとボール試験片Bとの摺動面間に電圧をDC−50V(負の電圧)を印加した。この負(−)の電圧とは、ディスク試験片Dがボール試験片Bに比べて電位が低くなるように電圧を印加した場合の符号を示しており、本実施例においては、ボールホルダー35はポリエチレン樹脂材34によって、ディスクホルダー44はゴムシート45によって電気的に絶縁され、さらにディスク試験片Dを回転駆動させる側の部材、ボール試験片Bを押し付ける側の部材、及び、直流電源の一端は接地さているため、本実施例のDC−50Vの電圧を印加した場合には、ボール試験片が0V、ディスク試験片Dが−50Vの電位となる。
【0033】
このように電圧を印加した状態で、乾式下(乾燥摩擦条件下)で大気中において、モータ41を駆動してプーリ42を回転させ、ベルト43を介してディスクホルダー44のディスク試験片Dがボール試験片Bに対して、相対速度(摺動速度)が12.6mm/sとなり、摩擦繰り返し数が15000サイクルとなるように、ディスク試験片Dを15000回、回転させた。また試験は、気圧1atm、室温25〜30℃、湿度18〜29%RHの雰囲気条件下で試験を行った(表1参照)。尚、湿度は、前記範囲となるように、真空チャンバ(図示せず)内にシリカゲル(図示せず)を配置した。
【0034】
そして、試験終了後、このディスク試験片Dを試験機50から取り出して、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、a−CN被膜fに形成された摩耗痕の断面積を求めて、この被膜の比摩耗量を算出した。この結果を、表1及び図2に示す。
【0035】
(実施例2〜4)
実施例1において製作した試験片と同じ試験片を製作し、摩耗試験を行った。実施例1と異なる点は、摩耗試験において実施例2〜4の順に印加した電圧をDV−100V,DC−200V,DC+50Vにした点である。実施例2〜4についても、実施例1と同様に、a−CN被膜の比摩耗量を算出した。この結果を、表1及び図2に示す。
【0036】
(比較例1)
実施例1において製作した試験片と同じ試験片を製作し、摩耗試験を行った。実施例1と異なる点は、摩耗試験において、摺動面間に電圧を印加しなかった(印加電圧をDV±0Vにした)点である。この比較例1についても、実施例1と同様に、a−CN被膜の比摩耗量を算出した。この結果を、表1及び図2に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
(結果1)
図2及び表1に示すように、実施例1〜4(順に◇,△,▽,□)のいずれの場合の比摩耗量も、比較例1(●)の場合の比摩耗量(2.89×10−8mm/Nm)よりも、少なかった。また、実施例1,2,4(◇,△,□)の場合の比摩耗量は、ほとんど変わりなく、実施例3(▽)の場合の比摩耗量が最少量であり、1.10×10−8mm/Nmであった。
【0039】
(評価1)
結果1から、摺動面にa−CN被膜が形成されたディスク試験片と、ボール試験片との摺動面間に電圧を印加しながら、乾式下において摺動部材を摺動させると、印加電圧が正負いずれの場合であっても、a−CN被膜の比摩耗量が低減されると考えられる。さらに、印加電圧がDC−100Vを越えた値であるDC−200Vには、ディスク試験片の比摩耗量が最少量となっていることから、印加電圧がDC−100V以下の場合、または、印加電圧がDC+100以上の場合には、耐摩耗性がさらに向上すると考えられる。但し、印加電圧を大きくしすぎると摺動面間が放電するので、このような放電を防止するためには、印加電圧は、DC−300V以上、または、DC+300V以下にすることが好ましい。
【0040】
(実施例5)
実施例1と同じディスク試験片とボール試験片とを製作した。以下の試験を行った点が実施例1とは異なる。
【0041】
<摩擦試験>
実施例1と同条件で、ボールオンディスク摩擦試験機50を用いて試験を行ったものであり、図1に示すように平行板ばね32に接着したひずみゲージ33を用いて、15000サイクルの試験終了間際1000サイクルの摩擦係数を測定し、この摩擦係数の平均値を平均摩擦係数μとした点である。この結果を図3に示す。
【0042】
<酸素原子含有量測定試験>
EDS(エネルギー分散型X線分析装置)を用いて、試験終了後のボール試験片の表面の移着膜の成分分析を測定した。具体的には、ボール試験片の表面にディスク試験片から移着した移着膜の厚みを先述したAFMを用いて測定した。次ぎに、EDSを用いて分析によって得られたエネルギースペクトル図から、OKαピークの積分強度Iを求め、移着膜に含まれる酸素原子数の評価値とした。また、この分析精度を上げるために、移着膜の分析前後にAuを成分分析し、エネルギースペクトル図のAuMαピークの積分強度IAuを用いて、酸素原子の積分強度IをI/IAuに補正すると共に、EDS分析時の特性X線有効発生深さRSXは、次式により求め、さらに、この値を用いて補正をおこなった。
【0043】
【数1】

【0044】
ただし、A:平均原子量,ρ:密度,Z:平均原子番号,V:加速電圧,移着膜の物性値には炭素原子の値を用いた。ボール試験片に生成した移着膜の厚さtが特性X線有効発生深さRSXよりも大きい場合には、I/IAu/1.1とし、厚さtが深さRSXよりも小さい場合には、I/IAu/tとして、単位移着膜厚あたりの酸素原子含有量を評価した。また、厚さtが深さRSXよりも小さい場合には、特性X線有効発生領域にボール試験片も含まれるため、ボール試験片を分析したときのOKαピークの積分値をIから減算した値を用いた。この結果を図4に示す。尚、図4の縦軸は、後述する無印加時(比較例3)I/IAu/tを基準にした数値である。
【0045】
(実施例6,7)
実施例5において製作した試験片と同じ試験片を製作し、実施例5と同じく摩擦試験及び酸素原子含有量測定試験を行った。実施例5と異なる点は、摩擦試験において、実施例6,7の順に印加電圧をDC−100V,DC−200Vにした点である。これらの試験結果を図3及び4に示す。
【0046】
(比較例2,3)
実施例5において製作した試験片と同じ試験片を製作し、実施例5と同じく摩擦試験及び酸素原子含有量測定試験を行った。実施例5と異なる点は、摩擦試験において、比較例2は印加電圧をDV+50Vにし、比較例3は摺動面間に電圧を印加しなかった(印加電圧をDC±0Vにした)点である。これらの試験結果を図3及び4に示す。
【0047】
(結果2)
図3に示すように、実施例5〜7(◇,△,▽)の負の電圧を印加した場合の平均摩擦係数μは、比較例2(■)の如く正の電圧を印加した場合、比較例3(●)の如く無印加の場合の平均摩擦係数μに比べて、小さかった。また、実施例5〜7の順の(◇,△,▽の順の)負の電圧の値がさらに小さくなる(電位差が大きくなる)に従って、平均摩擦係数μは小さくなり、電圧が最も小さい実施例7の場合(▽)は、平均摩擦係数μが最小値0.056となった。
【0048】
(結果3)
図4に示すように、実施例5〜7(◇,△,▽)の負の電圧を印加した場合の移着膜に含まれる酸素原子の割合は、比較例2(■)の如く正の電圧を印加した場合、比較例3(●)の如く無印加の場合の酸素原子の割合に比べて少なかった。また、実施例5〜7の順の(◇,△,▽の順の)負の電圧の値がさらに小さくなる(電位差が大きくなる)に従って、移着膜に含まれる酸素原子の割合は少なくなり、比較例2(■)の如く正の電圧を印加した場合は、移着膜に含まれる酸素元素の割合は増加した。
【0049】
(評価2)
結果2から、摺動時において、硬質炭素被膜が形成されたディスク試験片をボール試験片に比べて電位を低くなるように負の電圧をこれらの部材に印加すると、平均摩擦係数μが減少し、さらに、結果3から、負の電圧をこれらの部材に印加すると、移着膜に含まれる酸素原子の割合が、減少するものと考えられ、摺動時における平均摩擦係数μと移着膜の酸素元素の割合には相関関係がある。
【0050】
すなわち、結果3に示したように、負の直流電圧を印加することにより、ディスク試験片の硬質炭素被膜が形成された摺動面の酸化が抑制され、摺動時の酸化による被膜のグラファイト化の阻害が抑えられると考えられる。その結果、硬質炭素被膜の摺動面に極端に阻害されることなくグラファイトが生成され、このグラファイトが摺動時に固体潤滑剤として作用するので、結果2に示すような、大気中において乾式下(乾燥摩擦条件下)で摺動部材の摩擦係数を低減することができたものであると考えられる。一方、正の電圧を印加したときは、摺動面の酸化が促進されることにより、摺動面のグラファイト化が阻害されてしまい、その結果、摩擦特性が劣化したものであると考えられる。
【0051】
(実施例8)
実施例5と同じディスク試験片とボール試験片とを製作した。実施例5と同じ雰囲気及び摺動条件で摩擦試験を行った。実施例5と異なる点は、摩擦繰り返し数15000サイクルのなるまで1000サイクル毎に摩擦係数を測定した点である。これらの試験結果を図5に示す。
【0052】
(実施例9,10)
実施例8において製作した試験片と同じ試験片を製作し、実施例8と同じく摩擦摩耗試験を行った。実施例8と異なる点は、摩擦試験において、実施例9,10の順に印加電圧をDC−100V,DC−200Vにした点である。これらの試験結果を図5に示す。
【0053】
(比較例4,5)
実施例8において製作した試験片と同じ試験片を製作し、実施例8と同じく摩擦試験を行った。実施例8と異なる点は、摩擦試験において、比較例4は印加電圧をDV+50Vにし、比較例5は摺動面間に電圧を印加しなかった(印加電圧をDC±0Vにした)点である。これらの試験結果を図5に示す。
【0054】
(結果4)
図5に示すように、実施例8(◇)の如く電圧DC−50Vを印加したときは、摺動部材は低摩擦の状態を摩擦繰り返し数約7000サイクルまで維持し、その後摩擦繰り返し数の増加に伴い摩擦係数は増加した。さらに、実施例9(△),実施例10(▽)の如く電圧DC−100V,DC−200Vと負の印加電圧を大きくするに従って、低摩擦の状態が長くなり、実施例10(▽)の如く電圧DC−200Vを印加したときは、試験終了時まで低摩擦の状態は維持されていた。一方、比較例4(■)の如く正の電圧を印加した場合の摩擦係数は、摩擦繰り返し数が2000サイクルまでは減少したが、その後摩擦繰り返し数の増加に伴いすぐに増加した。比較例5(●)の如く無印加の場合の摩擦係数も、摩擦繰り返し数が2000サイクルまでは減少したが、その後摩擦繰り返し数の増加に伴い摩擦係数は少しずつ増加した。そして、比較例4(■)及び比較例5(●)は、実施例9(△),実施例10(▽)の如く、低摩擦状態を維持することができなった。
【0055】
(評価3)
結果4から、負の電圧を印加すると摺動部材は低摩擦の状態となり、その印加電圧を大きくするに従って低摩擦の状態を長い間持続されると考えられる。これは、先の評価2に示すように、負の電圧を印加するに従って、ディスク試験片の硬質炭素被膜が形成された摺動面の酸化を抑制され、摺動面のグラファイト化を阻害され難くなる結果、摺動部材の摩擦係数を低減することができたものであると考えられる。そして、10000サイクル程度まで低摩擦状態を維持するためには、印加電圧をDC−100V〜−300Vにすることが好ましく、最小の印加電圧で、低摩擦を持続させる場合には、DC−200V前後がより好ましい。
【0056】
以上、本発明に係る摺動ユニットまたは摺動方法のいくつかの実施例について詳述したが、本発明は、前記の実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【0057】
たとえば、本実施例では、ステンレス鋼のボール試験片を用い、その相手材の基材にシリコンウェハに非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)を用いたが、少なくとも一方の摺動面に非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)が形成された一対の摺動部材の摺動面間に、電圧を印加しながら、乾式下において摺動部材を摺動させることができるのであれば、その基材、相手材の材質及び形状は、特に限定されるものではない。また、実施例では、非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)を用いたが、摺動時に摺動面がグラファイト化するのであれば、非晶質炭素被膜(DLC被膜)、窒化炭素被膜(CN被膜)、またはダイヤモンド被膜などの硬質炭素被膜であっても、同じ効果が得られることは、当業者ならば、容易に想到することができるであろう。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明に係る摺動ユニットおよび摺動方法は、耐摩耗性を維持しつつ、摺動部材の低摩擦化を図ることのできるので、自動車の動力機器には好適である。また、潤滑油の管理が必要な箇所、グリースなどの給脂が定期的に必要な箇所であって、低摩擦化が必要な摺動部を備えた機器に対して、オイルレス化を図ることができるので、特に有効に利用することができる。また、潤滑油、グリースなどの汚れが問題となる、食品系の加工装置、半導体製造装置などには、特に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明に係る実施例の摺動ユニットを説明するための図。
【図2】実施例1〜4と比較例1における印加電圧とa−CN被膜の比摩耗量の関係を示した図。
【図3】実施例5〜7と比較例2,3における印加電圧と摩擦係数の関係を示した図。
【図4】実施例5〜7と比較例2,3におけるボール試験片の表面に生成された移着膜に含まれる酸素原子の割合と印加電圧の関係を示した図。
【図5】実施例8〜10と比較例4,5における摩擦繰り返し数と摩擦係数との関係を示した図。
【図6】実施例に係るディスク試験片の表面にa−CN被膜を成膜する装置の概略図。
【符号の説明】
【0060】
10…イオンビームミキシング装置,11…真空チャンバ,12…ホルダ,13…支持台,14…窒素イオン源,15アルゴンイオン源,31…X−Yステージ,32…平行板ばね,33…ひずみゲージ,34…ポリエチレン樹脂材,35…ボールホルダー,41…モータ,42…プーリ,43…ベルト,44…ディスクホルダー,45…ゴムシート,46…カーボンブラシ,50…ボールオンディスク摩擦試験機,B…ボール試験片,D…ディスク試験片,E…直流電源(電圧印加手段),S…シリコンウェハ(基材),T…カーボンターゲット,f…a−CN被膜(硬質炭素被膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに摺動する摺動部材のうち、少なくとも一方の摺動面に硬質炭素被膜が形成された一対の摺動部材と、
該一対の摺動部材の摺動面間に電圧を印加する電圧印加手段と、
を備えることを特徴とする摺動ユニット。
【請求項2】
前記電圧印加手段は、硬質炭素被膜が形成された一方の摺動部材が他方の摺動部材に比べて電位が低くなるように、前記一対の摺動部材に接続されていることを特徴とする請求項1に記載の摺動ユニット。
【請求項3】
前記電圧印加手段は、前記電圧が100V〜300Vの範囲のうち任意の電圧となるように設定可能であることを特徴とする請求項2に記載の摺動ユニット。
【請求項4】
前記硬質炭素被膜は、非晶質炭素被膜(DLC被膜)、窒化炭素被膜(CN被膜)、またはダイヤモンド被膜であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の摺動ユニット。
【請求項5】
前記硬質炭素被膜は、非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)であって、前記電圧印加手段は、前記電圧が200V前後となるように設定可能であることを特徴とする請求項2に記載の摺動ユニット。
【請求項6】
少なくとも一方の摺動面に硬質炭素被膜が形成された一対の摺動部材の摺動面間に、電圧を印加しながら、乾式下において少なくとも一方の摺動部材を摺動させることを特徴とする摺動方法。
【請求項7】
前記摺動方法は、硬質炭素被膜が形成された一方の摺動部材が他方の摺動部材に比べて電位が低くなるように、摺動面間に電圧を印加することを特徴とする請求項6に記載の摺動方法。
【請求項8】
前記電圧は、100V〜300Vの範囲内にあることを特徴とする請求項7に記載の摺動方法。
【請求項9】
前記硬質炭素被膜は、非晶質窒化炭素被膜(a−CN被膜)であり、前記電圧は200V前後の範囲内にあることを特徴とする請求項8に記載の摺動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−70565(P2007−70565A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−261998(P2005−261998)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】