説明

摺動式等速自在継手

【課題】自動車や産業機械に使用する摺動式等速自在継手において、取り扱い時に外側継手部材と内側継手部材が容易に分離せず、しかも取り扱い時の利便性を向上することが可能な構造ものを安価に提供する。
【解決手段】外側継手部材と、内側継手部材と、外側継手部材と内側継手部材との間でトルクを伝達するためのトルク伝達手段とを有し、トルク伝達手段が外側継手部材の内部に形成したトラック溝に沿って移動可能な摺動式等速自在継手である。外側継手部材の開口端部に、内側継手部材とトルク伝達手段とを含む内部部品の外側継手部材からの抜けを規制する抜け規制部を有する。抜け規制部が接着性のある樹脂が塗布硬化されてなる樹脂突起部にて構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や各種産業機械に用いられる動力伝達装置である等速自在継手に関し、特に摺動式等速自在継手に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動式等速自在継手は角度変位だけでなく軸方向変位(プランジング)も可能で、その例として、トリポード型等速自在継手、ダブルオフセット型等速自在継手、クロスグルーブ型等速自在継手などが挙げられる。
【0003】
自動車のエンジンからの動力を車輪に伝達するドライブシャフトはシャフトとその両端に取り付けた摺動式等速自在継手および固定式等速自在継手からなり、一般的にインボード側(トランスミッション側)の等速自在継手に、摺動式等速自在継手が用いられる。
【0004】
ドライブシャフトを車両に取り付ける際に、自動車メーカーの組立工程や組立方法によっては、摺動式等速自在継手において、外側継手部材より、外側継手部材の内部に収納されている内部部品が引っ張り出され、この引き出しによっては内部部品が外側継手部材より脱落することがある。このため、自動車メーカー等から内部部品の脱落防止構造(抜け止め)を付加すること求められることがある。そこで、従来には次の特許文献1〜特許文献7等に記載するように種々の抜け止め構造(抜け止め手段)を備えた摺動式等速自在継手が提案されている。
【0005】
特許文献1〜特許文献3では、外側継手部材の開口側端にクリップ溝を設け、このクリップ溝に丸型や異形形状のクリップを装着している。すなわち、クリップと内部部品の干渉により外側継手部材から内部部品の抜け乃至分離を防止している。
【0006】
特許文献4では、抜け防止プレートを継手内部の潤滑剤(グリース)を保持するブーツを利用して固定する構造である。特許文献5及び特許文献6等では、抜け防止プレートに折曲片や爪等を設け、外側継手部材の開口端部の外周側に設けた係合溝に折曲片を係合させるとともに、外側継手部材のトラック溝の内側に爪を入り込ませるものである。
【0007】
特許文献7では、外側継手部材の開口側端面を加締める(塑性変形させる)ことで、外側継手部材のトラック溝のローラ案内面を隆起させている。そして、この隆起と内部部品を干渉させ、抜け乃至分離を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭61−24528号公報
【特許文献2】実開平5−54824号公報
【特許文献3】特許第3979779号公報
【特許文献4】特開2007−64397号公報
【特許文献5】実開平2−87128号公報
【特許文献6】特許第3021565号公報
【特許文献7】特開平11−336782号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記特許文献1〜3に記載のものでは、外側継手部材にクリップ溝を機械加工にて加工する必要があり、しかも、クリップ溝に別部品であるクリップを嵌合させる工程を必要とする。このため、部品点数、機械加工の工数および組立工数の増加を招き、生産性の低下及び高コスト化を招くことになる。
【0010】
特許文献4〜特許文献6であっても、別部材(別部品)である鋼板などを加工したプレートが必要であり、部品点数の増加によるコスト高、及び組立工数の増加による組立性の低下(生産性の低下)を招く。さらには、特許文献5,6は外側継手部材にプレート固定用の溝等を加工する必要があり、さらなるコスト高および生産性の低下を招く。
【0011】
特許文献7では、抜け防止用にクリップやプレートが不要でコスト面等で優位である。ところで、外側継手部材のトラック溝の摺動面はトルク伝達による荷重を負荷する部分であるので、一般的な等速自在継手では熱硬化処理が施される。このため、加締め後に熱硬化処理を行えば、内側継手部材が硬化した部分に対して無理に挿入されるため、内側継手部材に傷付が生じるおそれがある。また、内部部品と外側継手部材の隆起部の干渉代を適切に管理しなければならす、加工の困難性が生じる。逆に、熱処理後に加締める場合は、外側継手部材の加締め部近傍を非硬化とするとともに、外側継手部材の摺動面を、非硬化層を設けた分長くする必要があり、重量増加やコスト面で不利になる場合がある。
【0012】
このように、抜け止め構造の部品を追加する場合は、部品が少なく形状が簡素なこと、外側継手部材などの加工が出来るだけ少ないことなど、経済性が求められる。また、内部部品への損傷が発生しない抜け止め構造が求められる。
【0013】
そこで、本発明は斯かる実情に鑑み、自動車や産業機械に使用する摺動式等速自在継手において、取り扱い時に外側継手部材と内部部品が容易に分離せず、しかも取り扱い時の利便性を向上することが可能な構造ものを安価に提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の摺動式等速自在継手は、外側継手部材と、内側継手部材と、前記外側継手部材と前記内側継手部材との間でトルクを伝達するためのトルク伝達手段とを有し、前記トルク伝達手段が前記外側継手部材の内部に形成したトラック溝に沿って移動可能な摺動式等速自在継手において、前記外側継手部材の開口端部に、内側継手部材とトルク伝達手段とを含む内部部品の外側継手部材からの抜けを規制する抜け規制部を有し、この抜け規制部が接着性のある樹脂が塗布硬化されてなる樹脂突起部にて構成されているものである。
【0015】
本発明の摺動式等速自在継手によれば、樹脂突起部にて構成される抜け規制部によって、内側継手部材とトルク伝達手段とを含む内部部品の外側継手部材からの抜けを規制できる。しかも、抜け規制部は、接着性のある樹脂を塗布硬化させてなるものであるので、抜け止め構造のための機械加工、及びクリップやプレート等の装着作業を省略することができる。
【0016】
樹脂突起部を外側継手部材のトラック溝に設けるのが好ましい。トラック溝に樹脂突起部を設けることによって、トラック溝に沿って移動するトルク伝達手段がこの樹脂突起部に干渉する。
【0017】
樹脂突起部は、硬化後の硬度がショア硬度Dで40以上となる樹脂を用いることができる。このような硬度であれば、通常の使用状態において、内部部品が樹脂突起部に接触乃至衝突しても樹脂突起部が損傷するのを有効に防止できる。
【0018】
前記接着性のある樹脂に、少なくとも、1液型接着剤、2液型接着剤、紫外線硬化型接着剤、あるいはホットメルト型接着剤から選択される接着剤であるようにできる。樹脂として、一般的に使われている接着剤を用いることができる。しかしながら、作業性の面で金属表面に塗布した際に流れ落ちない粘度をもち、速乾性のタイプが好ましい。このため、前記した接着剤が好ましい。
【0019】
摺動式等速自在継手として、円周方向に向き合ったローラ案内面を有する3つのトラック溝が形成された外側継手部材と、半径方向に突出した3本の脚軸を有する内側継手部材としてのトリポード部材と、前記脚軸に回転可能に外嵌されたトルク伝達手段としてのローラとを備えたトリポード型とすることができる。
【0020】
また、内径面にトラック溝が形成された外側継手部材と、外径面にトラック溝が形成された内側継手部材と、前記外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝との間に介在されるトルク伝達手段としてのボールと、このボールを収容するポケットを有するとともに外側継手部材と内側継手部材との間に介装されるケージとを備え、ケージの外周面の曲率中心と内周面の曲率中心とが、継手の角度中心に対し、軸方向に逆方向にオフセットしているダブルオフセット型であってもよい。
【0021】
さらには、外側継手部材の内径面に、軸線に対し周方向の一方にねじれたトラック溝と周方向の他方にねじれたトラック溝とが交互に設けられ、内側継手部材の外径面に、周方向の相反した向きにねじれたトラック溝が交互に設けられたクロスグルーブ型であってもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の摺動式等速自在継手では、内側継手部材とトルク伝達手段とを含む内部部品の外側継手部材からの抜けを規制でき、取り扱い時に外側継手部材と内部部品が容易に分離せず、取り扱い性に優れる。しかも、抜け止め構造の抜け止め用クリップ等の別部材を必要とせず、かつ、抜け止め構造ための機械加工、及びクリップやプレート等の装着作業を省略することができる。このため、組立性の向上及び低コスト化を図ることができる。また、使用する樹脂が少量であっても、抜け止め機能を発揮する抜け規制部を構成でき、低コストにて抜け規制部を形成できる。しかも、外側継手部材の開口端部に樹脂突起部を設けることになるので、摺動式等速自在継手としての内部部品の摺動範囲を損なわない。
【0023】
内部部品と樹脂突起部とが大きな衝撃力で衝突して、樹脂突起部を潰すことになっても、内部部品は損傷しにくく、樹脂突起部の残部を除去すれば、内部部品や外側継手部材等の使用が可能である。また、突起部は樹脂部材であるので、この突起部を削り取れれば分解することができ、しかも、この場合、容易に突起部を削り取ることができ、また、補修・点検が終了した後、再度、内部部品を外側継手部材に組み込んで、突起部を形成すれば、抜け止め機能を有する摺動式等速自在継手を組み立てることができる。
【0024】
外側継手部材のトラック溝に樹脂突起部を設けることによって、トラック溝に沿って移動するトルク伝達手段がこの樹脂突起部に干渉して、外側継手部材から脱落することを有効に防止できる。
【0025】
硬化後の硬度がショア硬度Dで40以上となる樹脂を用いることによって、樹脂突起部が損傷するのを有効に防止でき、安定した脱落防止機能を発揮する。また、塗布した状態で流れ落ちない粘度をもち、かつ速乾性のタイプの接着剤を用いることによって、安定して樹脂突起部を形成することができる。しかも、使用する接着剤として、一般・工業用で広く使われているもの、つまり市販のものを用いることができ、低コスト化を図ることができる。このように、市販の接着剤を用いれば、接着剤を塗布する際には、自動の樹脂塗布機等を利用することができ、自動化と塗布品質の安定化とを図ることができる。
【0026】
摺動式等速自在継手として、トリポード型、ダブルオフセット型、及びクロスグルーブ型等の種々のタイプのものに対応することができ、これらの各タイプのものにおいて、安定した脱落防止機能を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の第1の実施形態を示すトリポード型の摺動式等速自在継手の縦断面である。
【図2】前記図1の摺動式等速自在継手の横断面図である。
【図3】前記図1の摺動式等速自在継手の要部拡大断面図である。
【図4】前記図1の摺動式等速自在継手を用いたドライブシャフトの断面図である。
【図5】他のトリポード型の摺動式等速自在継手の縦断面である。
【図6】前記図5の摺動式等速自在継手の横断面図である。
【図7】前記図5の摺動式等速自在継手の要部拡大断面図である。
【図8】本発明の第2の実施形態を示すダブルオフセット型の摺動式等速自在継手の縦断面図である。
【図9】本発明の第3の実施形態を示すクロスグルーブ型の摺動式等速自在継手の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。以下では、本発明を前輪駆動の自動車用ドライブシャフトに備えられる摺動式等速自在継手に適用した実施形態について説明する。
【0029】
図4はドライブシャフトを示し、このドライブシャフトは、シャフト51の一端を、インボード側の摺動式等速自在継手52(本発明に係る摺動式等速自在継手を介してディファレンシャルに連結し、他端を、アウトボード側の固定式等速自在継手53を含む車輪用軸受装置(図示省略)を介して車輪に連結している。自動車等の車両に組付けた状態で車両の外側となる方をアウトボード側(図面左側)、自動車等の車両に組付けた状態で車両の内側となる方をインボード側(図面右側)という。
【0030】
固定式等速自在継手53は、一般的に公知とされているゼッパジョイントを示しており、外側継手部材55と、外側継手部材55の内側に配された内側継手部材56と、外側継手部材55と内側継手部材56との間に介在してトルクを伝達する複数のボール57と、外側継手部材55と内側継手部材56との間に介在してボール57を保持するケージ58とを主要な部材として構成される。内側継手部材56の孔部内径56aとシャフト51の端部51aはトルク伝達するために、スプライン嵌合により結合されている。
【0031】
外側継手部材55はマウス部61とステム部(軸部)62とを備える。マウス部61は一端にて開口した椀状で、その内球面63に、軸方向に延びた複数のトラック溝64が円周方向等間隔に形成されている。そのトラック溝64はマウス部61の開口端まで延びている。内側継手部材56は、その外球面65に、軸方向に延びた複数のトラック溝66が円周方向等間隔に形成されている。
【0032】
また、マウス部61の内部には潤滑剤であるグリースが封入されるが、グリースの流出と外部からの水や砂など異物の浸入を防止するためにブーツ70が装着される。ブーツ70はマウス部端とシャフトにバンド71で固定される。
【0033】
インボード側の摺動式等速自在継手52は、図1〜図4に示すように、内周に軸線方向に延びる三本のトラック溝72を設けると共に各トラック溝72の内側壁に互いに対向するローラ案内面72aを設けた外側継手部材73と、三本の脚軸74を有する内側継手部材としてのトリポード部材75と、前記脚軸74に回転自在に支持されると共に前記外側継手部材73のトラック溝72に転動自在に挿入されたトルク伝達手段としてのローラ76とを備える。この場合、ローラ76は脚軸74の外径面に周方向に沿って配設される複数のころ69を介して外嵌されている。
【0034】
外側継手部材73は一体に形成されたマウス部77とステム軸78とを備える。マウス部77は一端にて開口したカップ状で、その内径面に、軸方向に延びる3本の前記トラック溝72が形成される。トリポード部材75はボス79と前記脚軸74とを備える。脚軸74はボス79の円周方向三等分位置から半径方向に突出している。
【0035】
ボス79の内径面には雌スプライン80が形成され、シャフト51のインボード側の端部51cがこのボス79に挿入されて、シャフト51の端部51bに設けられた雄スプライン81がボス79の雌スプライン80に嵌合し、これによって、シャフト51とトリポード部材75とがトルク伝達可能に結合する。
【0036】
また、マウス部(カップ部)77の内部には潤滑剤であるグリースが封入されるが、グリースの流出と外部からの水や砂など異物の浸入を防止するためにブーツ90が装着される。ブーツ90はマウス部端とシャフトにバンド71で固定される。
【0037】
ところで、この摺動式等速自在継手には、図1〜図3に示すように、内側継手部材(トリポード部材75)とトルク伝達手段(ローラ76)とを含む内部部品1の外側継手部材からの抜けを規制する抜け規制部2が設けられている。
【0038】
この場合の抜け規制部2は、外側継手部材73のトラック溝72のローラ案内面72a、つまり、トルク伝達部材の摺動面における継手開口側に設けられる樹脂突起部2aである。この樹脂突起部2aは、接着性のある樹脂材を塗布して硬化させたものである。したがって、外側継手部材73に対して内部部品1が継手開口側へ摺動した際には、樹脂突起部2aにローラ76が当接して、内部部品1の外側継手部材73の開口部からの脱落が防止される。なお、図1から図3に示す樹脂突起部2aは半球状としているが、実際の形状は、液体の樹脂を硬化させたものであり、だれなどで歪(いびつ)になる。
【0039】
樹脂突起部2aの樹脂材として、例えば、1液型接着剤、2液型接着剤、紫外線硬化型接着剤、あるいはホットメルト型接着剤等の接着剤を用いることができる。1液型接着剤としては、シアノアクリレート系瞬間接着剤(東亜合成製アロンアルファ)等であり、2液型接着剤剤としては、二液主剤型アクリル系接着剤(電気化学工業製ハードロックSGA)等であり、紫外線硬化型接着剤としては、変性アクリレート一液性無溶剤紫外線硬化性樹脂(スリーボンド製3065E)等であり、ホットメルト型接着剤としては、変性オレフィン系ホットメルト接着剤(東亜合成製アロンメルトPPET)等である。すなわち、樹脂突起部2aの接着剤としては、作業性の面で金属表面に塗布した際に流れ落ちない粘度をもち、速乾性のタイプが好ましい。このため、前記した接着剤が最適となる。
【0040】
ところで、接着剤の塗布には、器具(ヘラ、コーキングガンなど)を利用した手作業による簡易塗布手法と、大量生産に対応するために専用の設備を使用した塗布方法などがある。このため、本発明では、これらの方法を接着剤の材質等に応じて、適宜選択して使用することができる。また、一般的に接着剤を塗布する場合、表面処理を施すことが望まれる。具体的には、洗浄や研磨で異物を取り除く、金属では防錆剤や油分・酸化物を除去する、などがある。このため、本発明においても、可能ならば、このような表面処理を施すようにするのが好ましい。
【0041】
また、接着剤の硬化は、重合や硬化剤などとの化学反応、溶媒の蒸発等にて行われる。このため、本発明の接着剤においても、用いる接着剤に応じた種々の硬化方法を採用することができる。なお、接着固定の強度向上のため、接着剤塗布部位に浅い凹所(鍛造加工時に形成できる程度の深さであって、例えば0.1mm程度の深さ)を設けるのが好ましい。
【0042】
また、この実施形態では、3つのトラック溝72の各ローラ案内面72aに樹脂突起部2aを設けるようにしている。各樹脂突起部2aの高さ寸法H(図3参照)としては、ローラ案内面72aとローラ76との間の隙間よりも大きければよいが、ローラ76との干渉時の樹脂の変形等を考慮して決定することができる。この場合、樹脂突起部2aの高さとローラ76との接触面積の大きさとで抜け抗力が相違することになり、接触面積を大きくしたり、樹脂突起部2aの高さを高くしたりすることによって、抜け効力を大きくすることができる。
【0043】
また、樹脂突起部2aは自己で摺動面の金属表面に密着し、ローラ76との干渉に対して変形効力がある硬度を必要とする。そして、この硬度としては、硬化後においてショア硬度Dで40以上が好ましい。
【0044】
具体的に、樹脂突起部2aを直径が3mmの半球体とした場合、一つの樹脂突起部2aの体積は7mm3(比重を1とすると、重さは0.007グラム)となり、この場合、全体として6箇所においてこの大きさの樹脂突起部2aで内部部品1を受けることになる。すなわち、極小量の樹脂で内部部品1の脱落を防止できる。
【0045】
このように、樹脂突起部2aとしては、通常の使用状態において、内部部品1の脱落を防止できる範囲で、高さ寸法H、ローラ76との接触面積、硬度、設ける個数等によって、種々選択することができる。
【0046】
また、樹脂突起部2aを形成するための樹脂塗布は、外側継手部材73に内部部品1を組み付けた後に行うのが作業上好ましい。また、この等速自在継手には、耐久性向上のため、継手内部に潤滑剤(グリース)を封入するが、樹脂硬化後にグリースを封入するのが好ましい。
【0047】
このように、本発明の摺動式等速自在継手では、内側継手部材(トリポード部材75)とトルク伝達手段(ローラ76)とを含む内部部品1の外側継手部材73からの抜けを規制でき、取り扱い時に外側継手部材73と内部部品1が容易に分離せず、取り扱い性に優れる。しかも、抜け止め構造の抜け止め用クリップ等の別部材を必要とせず、かつ、抜け止め構造ための機械加工、及びクリップやプレート等の装着作業を省略することができる。このため、組立性の向上及び低コスト化を図ることができる。また、使用する樹脂が少量であっても、抜け止め機能を発揮する抜け規制部2を構成でき、低コストにて抜け規制部2を形成できる。外側継手部材73の開口端部に樹脂突起部2aを設けることになるので、摺動式等速自在継手としての内部部品1の摺動範囲を損なわない。
【0048】
また、市場でのドライブシャフトの補修等で、摺動式等速自在継手を分解する(内部部品1を外側継手部材73から抜き出す)場合、突起部2aは樹脂部材であるので、この突起部2aを削り取れて分解することができ、しかも、この場合、容易に突起部2aを削り取ることができる。また、補修・点検が終了した後、再度、内部部品1を外側継手部材73に組み込んで、突起部2aを形成すれば、抜け止め機能を有する摺動式等速自在継手を組み立てることができる。すなわち、樹脂突起部2aを有する摺動式等速自在継手では補修・点検が容易となる。
【0049】
なお、内部部品1と樹脂突起部2aとを大きな衝撃力にて衝突させることによって、樹脂突起部2aを潰して、内部部品1を外側継手部材73から引き出するようにしても、内部部品1(この場合、ローラ76)は損傷しにくく、樹脂突起部2aの残部を除去すれば、内部部品1や外側継手部材73等の使用が可能である。
【0050】
外側継手部材73のトラック溝72に樹脂突起部2aを設けることによって、トラック溝72に沿って移動するトルク伝達手段(ローラ76)がこの樹脂突起部2aに干渉して、外側継手部材73から内部部品1が脱落することを有効に防止できる。
【0051】
硬化後の硬度がショア硬度Dで40以上となる樹脂を用いることによって、樹脂突起部が損傷するのを有効に防止でき、安定した脱落防止機能を発揮する。塗布した状態で流れ落ちない粘度をもち、かつ速乾性のタイプの接着剤を用いることによって、安定して樹脂突起部を形成することができる。しかも、使用する接着剤として、一般・工業用で広く使われているもの、つまり市販のものを用いることができ、低コスト化を図ることができる。このように、市販の接着剤を用いれば、接着剤を塗布する際には、自動の樹脂塗布機等を利用することができ、自動化と塗布品質の安定化とを図ることができる。
【0052】
ところで、前記実施形態では、抜け規制部2を構成する樹脂突起部2aが半球体形状であったが、図5〜図7に示すように、周方向に延びる半円柱状の樹脂突起部2bであってもよい。この場合の樹脂突起部2bも、前記半球体状の樹脂突起部2aと同様、接着性のある樹脂材を塗布して硬化させたものであり、使用する接着剤も同様である。
【0053】
樹脂突起部2bにおいても、高さ寸法H、ローラ76との接触面積、硬度、設ける個数等によって、種々選択することができる。従って、この図5〜図7に示す樹脂突起部2bでもって抜け規制部2を構成しても、前記樹脂突起部2bにて構成した抜け規制部2と同様の作用効果を奏する。
【0054】
ところで、摺動式等速自在継手には、前記したトリポード型等速自在継手以外に、図8に示すダブルオフセット型等速自在継手や図9に示すクロスグルーブ型等速自在継手がある。
【0055】
ダブルオフセット型等速自在継手は、軸線に平行な複数の直線状トラック溝112が円筒状内周面(内径面)114に円周方向等間隔で形成された円筒形状の外側継手部材110と、その外側継手部材110のトラック溝112と対応させて軸線に平行な複数の直線状トラック溝122が球面状外周面(外径面)124に形成された内側継手部材120と、外側継手部材110のトラック溝112と内側継手部材120のトラック溝122との間に介在してトルクを伝達する複数のボール130と、外側継手部材110の内径面114と内側継手部材120の外径面124との間に配され、円周方向等間隔に形成されたポケット142に収容したボール130を保持するケージ140とを主要な構成要素としている。そして、ケージ140の外周面140aの曲率中心と、ケージ140の内周面140bの曲率中心とが、継手の角度中心に対し、軸方向に逆方向にオフセットしている。
【0056】
この等速自在継手は、内側継手部材120、ボール130およびケージ140からなる内部部品1が外側継手部材110に軸方向摺動自在に収容された構造を具備する。また、内側継手部材120の軸孔126にはシャフト51の一端がスプライン嵌合により連結されている。なお、このシャフト51の他端には、固定式等速自在継手(図示せず)の内側継手部材がスプライン嵌合により連結されている。
【0057】
外側継手部材の円筒形状の内部には潤滑剤であるグリースが封入されるが、グリースの流出と外部からの水や砂など異物の浸入を防止するためにブーツ170が装着される。ブーツ170は外側継手部材の開口側端部とシャフトにバンド71で固定される。
【0058】
この場合も、外側継手部材110のトラック溝112に、樹脂突起部2cからなる規制部2を有する。この場合、樹脂突起部2cは、図例では、図1に示す樹脂突起部2aと同様、半球体形状を成すものであるが、図5等に示すように、半円柱形状のものであってもよい。
【0059】
また、クロスグルーブ型等速自在継手は、図9に示すように外側継手部材10、内側継手部材20、ボール30およびケージ40を主要な構成要素とし、内側継手部材20、ボール30およびケージ40からなる内部部品1を外側継手部材10に軸方向変位可能に収容した構造を具備する。
【0060】
外側継手部材10は、軸方向に延びる複数の直線状トラック溝12が軸線に対して交互に逆方向に傾斜した状態で内周面(内径面)14に形成されている。内側継手部材20は、軸方向に延びる複数の直線状トラック溝22が軸線に対して外側継手部材10のトラック溝12と反対方向に傾斜した状態で外周面(外径面)24に形成されている。
【0061】
ボール30は、外側継手部材10のトラック溝12と内側継手部材20のトラック溝22との交差部に組み込まれて両者間でトルクを伝達する。ケージ40は、外側継手部材10の内径面14と内側継手部材20の外径面24との間に介在してボール30をポケット42で保持する。
【0062】
このようなクロスグルーブ型等速自在継手であっても、外側継手部材10のトラック溝12に、樹脂突起部2dからなる規制部2を有する。この場合、樹脂突起部2dは、図例では、図1に示す樹脂突起部2aと同様、半球体形状を成すものであるが、図5等に示すように、半円柱形状のものであってもよい。
【0063】
このため、図8に示すダブルオフセット型等速自在継手であっても、図9に示すクロスグルーブ型等速自在継手であっても、前記図1や図5等に示すトリポード型等速自在継手と同様の作用効果を奏する。
【0064】
このように、摺動式等速自在継手として、トリポード型、ダブルオフセット型、及びクロスグルーブ型等の種々のタイプのものに対応することができ、これらの各タイプのものにおいて、安定した脱落防止機能を発揮する。
【0065】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、樹脂突起物として、前記各実施形態では、外側継手部材の全トラック溝に設けるようにしたが、全トラック溝に設けなくてもよい。すなわち、図1等に示すトリポード型等速自在継手の場合、トラック溝72の一対の案内面72a、72aのうちいずれか一方に設けるようにできる。また、図8に示すダブルオフセット型等速自在継手や図9に示すクロスグルーブ型等速自在継手の場合には、任意の適数個のトラック溝に設けるようにできる。
【0066】
各実施形態では、樹脂突起物をトラック溝に設けていたが、トラック溝以外の外側継手部材の内径面に設けてもよい。例えば、図1等に示すトリポード型等速自在継手の場合、樹脂突起物2aとして、ローラ76以外の内部部品1であるトリポード部材75が当接するものであってもよい。また、図8に示すダブルオフセット型等速自在継手や図9に示すクロスグルーブ型等速自在継手の場合、ボール以外の内部部品である内側継手部材が当接するものであってもよい。このように、樹脂突起物がトラック溝に設けられない場合であっても、樹脂突起物は抜け規制部としての機能を十分発揮することができる。
【0067】
なお、トリポード型等速自在継手の場合、前記実施形態では、ローラが1つのシングルローラタイプであったが、ローラが1つのダブルローラタイプであってもよい。
【符号の説明】
【0068】
1 内部部品
2 抜け規制部
2a、2b、2c、2d 樹脂突起部
10 外側継手部材
12 トラック溝
14 内径面
20 内側継手部材
22 トラック溝
24 外径面
30 ボール
40 ケージ
72 トラック溝
72a ローラ案内面
73 外側継手部材
74 脚軸
75 トリポード部材
76 ローラ
110 外側継手部材
112 トラック溝
114 内径面
120 内側継手部材
122 トラック溝
124 外径面
130 ボール
140 ケージ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外側継手部材と、内側継手部材と、前記外側継手部材と前記内側継手部材との間でトルクを伝達するためのトルク伝達手段とを有し、前記トルク伝達手段が前記外側継手部材の内部に形成したトラック溝に沿って移動可能な摺動式等速自在継手において、
前記外側継手部材の開口端部に、内側継手部材とトルク伝達手段とを含む内部部品の外側継手部材からの抜けを規制する抜け規制部を有し、この抜け規制部が接着性のある樹脂が塗布硬化されてなる樹脂突起部にて構成されていることを特徴とする摺動式等速自在継手。
【請求項2】
前記樹脂突起部は前記外側継手部材のトラック溝に設けたことを特徴とする請求項1に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項3】
前記接着性のある樹脂に、少なくとも、1液型接着剤、2液型接着剤、紫外線硬化型接着剤、あるいはホットメルト型接着剤から選択される接着剤であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項4】
前記樹脂突起部は、硬化後の硬度がショア硬度Dで40以上となる樹脂を用いたことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項5】
円周方向に向き合ったローラ案内面を有する3つのトラック溝が形成された外側継手部材と、半径方向に突出した3本の脚軸を有する内側継手部材としてのトリポード部材と、前記脚軸に回転可能に外嵌されたトルク伝達手段としてのローラとを備えたトリポード型であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項6】
内径面にトラック溝が形成された外側継手部材と、外径面にトラック溝が形成された内側継手部材と、前記外側継手部材のトラック溝と内側継手部材のトラック溝との間に介在されるトルク伝達手段としてのボールと、このボールを収容するポケットを有するとともに外側継手部材と内側継手部材との間に介装されるケージとを備え、ケージの外周面の曲率中心と内周面の曲率中心とが、継手の角度中心に対し、軸方向に逆方向にオフセットしているダブルオフセット型であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の摺動式等速自在継手。
【請求項7】
外側継手部材の内径面に、軸線に対し周方向の一方にねじれたトラック溝と周方向の他方にねじれたトラック溝とが交互に設けられ、内側継手部材の外径面に、周方向の相反した向きにねじれたトラック溝が交互に設けられたクロスグルーブ型であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の摺動式等速自在継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−72814(P2012−72814A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−217024(P2010−217024)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)