放射線スペクトル計測システム
【課題】励起用のX線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる放射線スペクトル計測システムを提供する。
【解決手段】立ち上がり時間検出モジュール26は、比例計数管11から出力されるパルス信号の立ち上がり時間と予め設定されている設定値とを比較する。パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については、波高分析モジュール23でデータとして取り込まないように処理させる。励起用のX線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くする。
【解決手段】立ち上がり時間検出モジュール26は、比例計数管11から出力されるパルス信号の立ち上がり時間と予め設定されている設定値とを比較する。パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については、波高分析モジュール23でデータとして取り込まないように処理させる。励起用のX線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、X線等の放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムは、図5に示すように、放射線を吸収し、放射線のエネルギーに応じた電荷を出力する放射線検出器1、この放射線検出器1から出力された微少な電荷を増幅する前置増幅器2、増幅された電荷を波形整形する波形整形モジュール3、放射線の波高を分析する波高分析モジュール4、データ収集、表示および保存用のコンピュータ5等から構成されている。
【0003】
この種の放射線スペクトル計測システムでは、通常、放射線検出器1として比例計数管、半導体検出器、シンチレータ等が用いられる。比例計数管は、他の放射線検出器と比べるとエネルギー分解能等の性能は劣るが、安価で寿命が長いことから、比較的安価なシステムで使用されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
前置増幅器2は、放射線のスペクトルを計測する装置では、高S/Nが得られる電荷増幅型の増幅器が用いられることが多い。ただ、パルスの数のみが問題で、パルス波高の分布があまり問題とならないようなアプリケーションに用いる放射線スペクトル計測システムでは、電流増幅型の前置増幅器が用いられる場合もある。
【0005】
波形整形モジュール3は、電荷型の前置増幅器2を用いる場合、後段の処理に都合が良いように、パルスの形状を変えるモジュールである(例えば、非特許文献1参照。)。
【0006】
波高分析モジュール4は、システムの目的により、波高がある範囲のパルスのみの数をカウントする場合や、パルスの波高の分布データを取得する等の処理を行う。
【特許文献1】特開平5−28958号公報(第2頁、図1−2)
【非特許文献1】Glenn F.Knoll 放射線計測ハンドブック 第3版 日刊工業新聞社 P663〜P664
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の比例計数管を用いて放射線のエネルギー分布を取得するシステムに、単一のエネルギーを持つ放射線を入射した場合、図6に示すようなパルスの波高分布が取得できる。横軸は、比例計数管の内部のガスに放射線が吸収された際にガスに移行したエネルギーに対応した波高値であり、縦軸は、度数・頻度である。
【0008】
理想的には、単色(同一のエネルギー)のX線が入射した場合、同じ波高の信号aが出力され、δ関数的なスペクトルになるのが好ましいが、実際は、生成するイオン対の数や増幅度に統計的な誤差が生じるため、得られる波高分布としては一定の幅を持った波高分布bとなる。この他、入射したX線のエネルギーが一部欠損し、本来あるべき波高値よりも小さい波高となる事象が見られ、この場合、波高分布は、本来あるべき波高値付近のピークに加え、ここより小さい側に略一様に分布した形となる。以降、このピークより小さい側の略一様な分布をテール分布cと称す。
【0009】
比例計数管は、用途として主に放射線のエネルギーの分別に使用されるが、統計誤差により幅を持つことにより、違ったエネルギーを持ったX線同士を分別する能力(エネルギー分解能)が制限される。
【0010】
また、テール分布cが存在すると、比例計数管に異なる複数のエネルギーを持つ放射線が入射する場合、エネルギーの高い放射線に由来するテール分布cと、エネルギーの低い放射線に由来するピークが重なることとなる。
【0011】
一般に、エネルギー分散型の分析装置においては、測定したい元素が出す特性X線よりもエネルギーが高いX線を試料に照射する。このエネルギーが高い励起用のX線は、周辺の構造物より散乱を受け、測定したいX線共々、比例計数管に入射する。従って、励起X線の散乱によってできるテール分布cにより、測定したい放射線の検出下限が制限されることとなる。
【0012】
例えば、油等に含まれる硫黄量を測定するためのSメータに使用される比例計数管では、検出に用いる硫黄の特性X線のエネルギーが2.3keVであることから、4〜7keV程度のエネルギーのX線を試料に照射して硫黄原子を励起し、その硫黄が発生する2.3keV特性X線を比例計数管で計測する。この場合の波高分布には、図7に示すように、励起用の高いエネルギーのX線が試料で散乱して比例計数管に入射してできる波高分布dと、測定したい硫黄の発生した2.3keVのX線が作る波高分布eができる。すなわち、2つの波高分布が重なった分布となるが、測定したい硫黄の量が少なく、2.3keVの波高分布eの高さが低いと、励起用のX線が作る波高分布dのテール分布cに埋もれてしまう。従って、このテール分布cが存在すると、硫黄の測定下限を低くできない問題がある。
【0013】
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、励起用の放射線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる放射線スペクトル計測システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、放射線検出素子を用いて放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムにおいて、前記放射線検出素子から出力されるパルス信号をデータとして取得して放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測手段と、前記パルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については前記放射線スペクトル計測手段でデータとして除外するように処理させる立ち上がり時間検出手段とを具備しているものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、放射線検出素子から出力されるパルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については放射線スペクトル計測手段でデータとして除外するように処理させることにより、励起用の放射線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態を、図面を参照して説明する。
【0017】
放射線スペクトル計測システムでは、図2に示すように、放射線検出素子あるいは放射線検出器としての比例計数管11を用いて放射線のスペクトルを計測する。
【0018】
この比例計数管11は、材質として例えばSUS(ステンレス)を用いて管状で密閉構造に形成された陰極としての外囲器12を備えている。
【0019】
外囲器12内には、放射線としてのX線を吸収し、電離する例えばNe、Ar、Kr、Xeといった希ガスを主成分とし、数%の分子ガスを添加したX線吸収ガスであるガス13が封入されている。
【0020】
外囲器12内の軸心には、陽極14が配設され、この陽極14の両端が絶縁物15によって外囲器12に保持されている。陽極14は、この陽極14付近の電界強度を大きくしてガス増幅率を大きくとるために径を小さくしている。
【0021】
外囲器12の側面には放射線入射口としてのX線入射口16が形成され、このX線入射口16がX線入射窓17で閉塞されている。このX線入射窓17の材質は、X線の透過率に優れた例えばBe(ベリリウム)が用いられている。
【0022】
外囲器12の一端には、陰極である外囲器12と陽極14とが接続されたコネクタ18が配設されている。
【0023】
そして、比例計数管11は、入射したX線のエネルギーを、比例計数管11の内部のガス13が吸収すると、光電効果等により電子、および入射X線よりも低いエネルギーを持つX線が発生する。電子は、周囲のガス13と衝突し、このガス13を電離してエネルギーを失う。入射X線よりもエネルギーが低いX線は、再度ガス13に吸収され、電子、さらに低いエネルギーのX線が発生する。結果的に、X線のエネルギーはガス13の電離に消費され、入射X線のエネルギーに応じた数のイオン対(電子とイオンのペア)ができる。
【0024】
このイオン対は、比例計数管11の内部の電界により、電子は中心の陽極14へ、イオンは陰極である外囲器12へ引き寄せられる。電子が陽極14付近まで達すると、強い電界により電子雪崩が起こり、電子数は増加しつつ、陽極14へ収集される。一方、電子雪崩の際に出てきたイオンは、陰極である外囲器12の方向に移動し、最終的に陰極である外囲器12で収集される。この荷電粒子の移動により、電気信号が形成される。
【0025】
次に、図6に示したようにスペクトルのテール分布cができる原因について説明する。
【0026】
テール分布cができる原因は主としては、比例計数管11の内部で、吸収したX線のエネルギーがガス13に移行する際、エネルギーの一部しかガス13に移行せず、本来よりも少ない数のイオン対しかできないケースがあるために起こる。X線のエネルギーの一部しかガス13に移行しないモードとしては、次の2種の原因が考えられる。
【0027】
図3に示すように、第1の原因として、X線が陰極である外囲器12付近で吸収された場合、発生した電子やX線が、全てのエネルギーをガス13に与える前に、陰極である外囲器12に衝突するケースがある。この場合、X線のエネルギーの一部は陰極である外囲器12に吸収されてロスになるため、生成するイオン対の数が小さくなってしまう。
【0028】
第2の原因として、X線が比例計数管11の内部のガス13で吸収されずに、金属の陰極である外囲器12で吸収される場合も、ガス13で吸収された場合と同様に、二次電子は発生する。しかし、ガス13よりも金属の方が、電子の阻止能が非常に大きいため、ほとんどの場合は陰極である外囲器12の内部で電子は全てのエネルギーを失う。しかし、X線が吸収されたのが、陰極である外囲器12の内面の表面付近だった場合は、発生した電子が陰極である外囲器12中で止まりきらずにガス13中に出てくる。ガス13中に出てきた電子は、エネルギーを陰極である外囲器12の内部を走る際に一部失うため、ガス13に落とすエネルギーは入射X線の一部であるため、生成するイオン対の数は、本来よりも小さくなる。
【0029】
このように、テール分布cを形成するパルスが発生するプロセスは複数存在するが、いずれも、X線のエネルギーは、陰極である外囲器12の近辺でガス13に移行されている。従って、陰極である外囲器12の付近でX線が吸収されたのかどうかを判断することができれば、比例計数管11より出力されたパルス信号について、一部X線のエネルギーが欠損してできた可能性があるのかどうかが判断できる。
【0030】
次に、上記の判断を行う原理について説明する。
【0031】
比例計数管11の内部のどのあたりでX線が吸収されたかについては、図4に示すように、比例計数管11から出力されるパルス信号の立ち上がり時間を観測し、立ち上がり時間が短いパルス信号P1であれば、陽極14からの距離が近い位置であることがわかり、また、立ち上がり時間が長いパルス信号P2であれば、陽極14からの距離が遠い位置であることがわかる。以下に、その理由について述べる。
【0032】
X線を吸収して生成したイオン対は、比例計数管11の内部の電界により、電子は中心の陽極14へ、イオンは陰極である外囲器12へ引き寄せられる。すでに述べたとおり、電子が陽極14の付近まで達すると、強い電界により電子雪崩が起こり電子数は増加しつつ、陽極14へ収集される。一方、電子雪崩の際にできたイオンは、陰極である外囲器12の方向に移動する。この荷電粒子の移動により電気信号が形成されるのであるが、比例計数管11の出力信号は、主として、電子雪崩でできたイオンが陰極である外囲器12へ移動することによる寄与により形成される(Glenn F.Knoll 放射線計測ハンドブック 第3版 日刊工業新聞社 P203〜P208 参照)。
【0033】
このことから、一見、比例計数管11から出力されるパルス信号の立ち上がり時間は、イオンの流動速度のみで決まると考えがちである。しかし、入射X線により最初にできるイオン対は、X線のエネルギーとガス組成で決まる範囲内に広がっていることから、入射X線により発生した電子が、陽極14付近の電子雪崩が起こる領域へ到達する時刻も、広がりを持つことになる。この広がりにより、パルス信号の立ち上がり時間が、イオン流動速度のみで決まるパルス立ち上がり時間よりも長くなる(Glenn F.Knoll 放射線計測ハンドブック 第3版 日刊工業新聞社 P203〜P208 参照)。
【0034】
一般的に、比例計数管11は、図2の通り、陽極14と陰極である外囲器12で、陽極14は細い金属線、陰極である外囲器12は金属の筒の構成をとるが、陰極である外囲器12に近ければ近いほど電界強度が弱いため、電子が陽極14に到達する時刻の広がりは、X線が吸収されてイオン対ができた位置が陰極である外囲器12に近いほど大きくなり、結果的に、パルス信号の立ち上がりが遅くなる。従って、立ち上がり時間の長いパルス信号を除外すれば、テール分布cを形成するパルス信号を排除できることになる。
【0035】
次に、図1に、放射線スペクトル計測システムを示す。この放射線スペクトル計測システムは、比例計数管11、この比例計数管11から出力された微少な電荷を増幅するための高S/Nが得られる電荷増幅型の前置増幅器21(チャージアンプ)、電荷型の前置増幅器21を用いる場合に後段の処理に都合が良いようにパルスの形状を変える波形成形手段としての波形整形モジュール22、システムの目的により波高がある範囲のパルス信号のみの数をカウントする場合やパルス信号の波高の分布データを取得する等の処理を行って波高を分析する波高分析モジュール23、データ収集、表示および保存用のコンピュータ24(波高分布データ収集を行うマルチチャンネルアナライザー)を備えている。そして、これら前置増幅器21、波形整形モジュール22、波高分析モジュール23、コンピュータ24によって、比例計数管11から出力されるパルス信号をデータとして取り込んで放射線としてのX線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測手段25が構成されている。
【0036】
そして、前置増幅器21から出力するパルス信号の立ち上がり時間を測定し、その立ち上がり時間が予め設定されている設定値よりも長ければ、そのパルス波高データを取得しない旨を示す信号を波高分析モジュール23へ送出する立ち上がり時間検出手段としての立ち上がり時間検出モジュール26を備える。この立ち上がり時間検出モジュール26の具体例としては、A/D変換器27で前置増幅器21の出力をデジタル信号に変換し、立ち上がり時間検出モジュール26の例えばFPGA、CPDL等を用いた演算器により電気信号の強度の時間履歴から波高および立ち上がりを求め、その結果、求めた立ち上がり時間に応じて、波高分析モジュール23に対してパルス波高データを取得しない旨を示す信号を送るかどうかを判断する。
【0037】
この例における立ち上がり時間検出モジュール26の演算器に必要な処理速度であるが、前置増幅器21の出力の立ち上がり時間は、比例計数管11のガス13の組成、比例計数管11の寸法、入射X線のエネルギー等により変わるが、おおよそ0.1μ〜1μsの範囲であることから、A/D変換器27のサンプリングレートとして100MSPS程度は必要である。
【0038】
このように、比例計数管11から出力されて前置増幅器21で増幅されたパルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも短いパルス信号については波高分析モジュール23でデータとして取り込ませ、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については波高分析モジュール23でデータとして取り込まないように処理させることにより、励起用のX線が作る波高分布のテール分布cの影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施の形態を示す放射線スペクトル計測システムのブロック図である。
【図2】同上放射線スペクトル計測システムの比例計数管の断面図である。
【図3】同上比例計数管において放射線のエネルギーがガスに全部移行ない原因を説明する説明図である。
【図4】同上比例計数管から出力される立ち上がり時間が異なるパルス信号のグラフである。
【図5】従来の放射線スペクトル計測システムのブロック図である。
【図6】単色のX線が入射する場合の波高分布を示すグラフである。
【図7】一般的なX線による特定の物質量計測時の波高分布を示すグラフである。
【符号の説明】
【0040】
11 放射線検出素子としての比例計数管
21 前置増幅器
22 波形成形手段としての波形整形モジュール
25 放射線スペクトル計測手段
26 立ち上がり時間検出手段としての立ち上がり時間検出モジュール
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、X線等の放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムは、図5に示すように、放射線を吸収し、放射線のエネルギーに応じた電荷を出力する放射線検出器1、この放射線検出器1から出力された微少な電荷を増幅する前置増幅器2、増幅された電荷を波形整形する波形整形モジュール3、放射線の波高を分析する波高分析モジュール4、データ収集、表示および保存用のコンピュータ5等から構成されている。
【0003】
この種の放射線スペクトル計測システムでは、通常、放射線検出器1として比例計数管、半導体検出器、シンチレータ等が用いられる。比例計数管は、他の放射線検出器と比べるとエネルギー分解能等の性能は劣るが、安価で寿命が長いことから、比較的安価なシステムで使用されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
前置増幅器2は、放射線のスペクトルを計測する装置では、高S/Nが得られる電荷増幅型の増幅器が用いられることが多い。ただ、パルスの数のみが問題で、パルス波高の分布があまり問題とならないようなアプリケーションに用いる放射線スペクトル計測システムでは、電流増幅型の前置増幅器が用いられる場合もある。
【0005】
波形整形モジュール3は、電荷型の前置増幅器2を用いる場合、後段の処理に都合が良いように、パルスの形状を変えるモジュールである(例えば、非特許文献1参照。)。
【0006】
波高分析モジュール4は、システムの目的により、波高がある範囲のパルスのみの数をカウントする場合や、パルスの波高の分布データを取得する等の処理を行う。
【特許文献1】特開平5−28958号公報(第2頁、図1−2)
【非特許文献1】Glenn F.Knoll 放射線計測ハンドブック 第3版 日刊工業新聞社 P663〜P664
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の比例計数管を用いて放射線のエネルギー分布を取得するシステムに、単一のエネルギーを持つ放射線を入射した場合、図6に示すようなパルスの波高分布が取得できる。横軸は、比例計数管の内部のガスに放射線が吸収された際にガスに移行したエネルギーに対応した波高値であり、縦軸は、度数・頻度である。
【0008】
理想的には、単色(同一のエネルギー)のX線が入射した場合、同じ波高の信号aが出力され、δ関数的なスペクトルになるのが好ましいが、実際は、生成するイオン対の数や増幅度に統計的な誤差が生じるため、得られる波高分布としては一定の幅を持った波高分布bとなる。この他、入射したX線のエネルギーが一部欠損し、本来あるべき波高値よりも小さい波高となる事象が見られ、この場合、波高分布は、本来あるべき波高値付近のピークに加え、ここより小さい側に略一様に分布した形となる。以降、このピークより小さい側の略一様な分布をテール分布cと称す。
【0009】
比例計数管は、用途として主に放射線のエネルギーの分別に使用されるが、統計誤差により幅を持つことにより、違ったエネルギーを持ったX線同士を分別する能力(エネルギー分解能)が制限される。
【0010】
また、テール分布cが存在すると、比例計数管に異なる複数のエネルギーを持つ放射線が入射する場合、エネルギーの高い放射線に由来するテール分布cと、エネルギーの低い放射線に由来するピークが重なることとなる。
【0011】
一般に、エネルギー分散型の分析装置においては、測定したい元素が出す特性X線よりもエネルギーが高いX線を試料に照射する。このエネルギーが高い励起用のX線は、周辺の構造物より散乱を受け、測定したいX線共々、比例計数管に入射する。従って、励起X線の散乱によってできるテール分布cにより、測定したい放射線の検出下限が制限されることとなる。
【0012】
例えば、油等に含まれる硫黄量を測定するためのSメータに使用される比例計数管では、検出に用いる硫黄の特性X線のエネルギーが2.3keVであることから、4〜7keV程度のエネルギーのX線を試料に照射して硫黄原子を励起し、その硫黄が発生する2.3keV特性X線を比例計数管で計測する。この場合の波高分布には、図7に示すように、励起用の高いエネルギーのX線が試料で散乱して比例計数管に入射してできる波高分布dと、測定したい硫黄の発生した2.3keVのX線が作る波高分布eができる。すなわち、2つの波高分布が重なった分布となるが、測定したい硫黄の量が少なく、2.3keVの波高分布eの高さが低いと、励起用のX線が作る波高分布dのテール分布cに埋もれてしまう。従って、このテール分布cが存在すると、硫黄の測定下限を低くできない問題がある。
【0013】
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、励起用の放射線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる放射線スペクトル計測システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、放射線検出素子を用いて放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムにおいて、前記放射線検出素子から出力されるパルス信号をデータとして取得して放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測手段と、前記パルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については前記放射線スペクトル計測手段でデータとして除外するように処理させる立ち上がり時間検出手段とを具備しているものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、放射線検出素子から出力されるパルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については放射線スペクトル計測手段でデータとして除外するように処理させることにより、励起用の放射線が作る波高分布のテール分布の影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の一実施の形態を、図面を参照して説明する。
【0017】
放射線スペクトル計測システムでは、図2に示すように、放射線検出素子あるいは放射線検出器としての比例計数管11を用いて放射線のスペクトルを計測する。
【0018】
この比例計数管11は、材質として例えばSUS(ステンレス)を用いて管状で密閉構造に形成された陰極としての外囲器12を備えている。
【0019】
外囲器12内には、放射線としてのX線を吸収し、電離する例えばNe、Ar、Kr、Xeといった希ガスを主成分とし、数%の分子ガスを添加したX線吸収ガスであるガス13が封入されている。
【0020】
外囲器12内の軸心には、陽極14が配設され、この陽極14の両端が絶縁物15によって外囲器12に保持されている。陽極14は、この陽極14付近の電界強度を大きくしてガス増幅率を大きくとるために径を小さくしている。
【0021】
外囲器12の側面には放射線入射口としてのX線入射口16が形成され、このX線入射口16がX線入射窓17で閉塞されている。このX線入射窓17の材質は、X線の透過率に優れた例えばBe(ベリリウム)が用いられている。
【0022】
外囲器12の一端には、陰極である外囲器12と陽極14とが接続されたコネクタ18が配設されている。
【0023】
そして、比例計数管11は、入射したX線のエネルギーを、比例計数管11の内部のガス13が吸収すると、光電効果等により電子、および入射X線よりも低いエネルギーを持つX線が発生する。電子は、周囲のガス13と衝突し、このガス13を電離してエネルギーを失う。入射X線よりもエネルギーが低いX線は、再度ガス13に吸収され、電子、さらに低いエネルギーのX線が発生する。結果的に、X線のエネルギーはガス13の電離に消費され、入射X線のエネルギーに応じた数のイオン対(電子とイオンのペア)ができる。
【0024】
このイオン対は、比例計数管11の内部の電界により、電子は中心の陽極14へ、イオンは陰極である外囲器12へ引き寄せられる。電子が陽極14付近まで達すると、強い電界により電子雪崩が起こり、電子数は増加しつつ、陽極14へ収集される。一方、電子雪崩の際に出てきたイオンは、陰極である外囲器12の方向に移動し、最終的に陰極である外囲器12で収集される。この荷電粒子の移動により、電気信号が形成される。
【0025】
次に、図6に示したようにスペクトルのテール分布cができる原因について説明する。
【0026】
テール分布cができる原因は主としては、比例計数管11の内部で、吸収したX線のエネルギーがガス13に移行する際、エネルギーの一部しかガス13に移行せず、本来よりも少ない数のイオン対しかできないケースがあるために起こる。X線のエネルギーの一部しかガス13に移行しないモードとしては、次の2種の原因が考えられる。
【0027】
図3に示すように、第1の原因として、X線が陰極である外囲器12付近で吸収された場合、発生した電子やX線が、全てのエネルギーをガス13に与える前に、陰極である外囲器12に衝突するケースがある。この場合、X線のエネルギーの一部は陰極である外囲器12に吸収されてロスになるため、生成するイオン対の数が小さくなってしまう。
【0028】
第2の原因として、X線が比例計数管11の内部のガス13で吸収されずに、金属の陰極である外囲器12で吸収される場合も、ガス13で吸収された場合と同様に、二次電子は発生する。しかし、ガス13よりも金属の方が、電子の阻止能が非常に大きいため、ほとんどの場合は陰極である外囲器12の内部で電子は全てのエネルギーを失う。しかし、X線が吸収されたのが、陰極である外囲器12の内面の表面付近だった場合は、発生した電子が陰極である外囲器12中で止まりきらずにガス13中に出てくる。ガス13中に出てきた電子は、エネルギーを陰極である外囲器12の内部を走る際に一部失うため、ガス13に落とすエネルギーは入射X線の一部であるため、生成するイオン対の数は、本来よりも小さくなる。
【0029】
このように、テール分布cを形成するパルスが発生するプロセスは複数存在するが、いずれも、X線のエネルギーは、陰極である外囲器12の近辺でガス13に移行されている。従って、陰極である外囲器12の付近でX線が吸収されたのかどうかを判断することができれば、比例計数管11より出力されたパルス信号について、一部X線のエネルギーが欠損してできた可能性があるのかどうかが判断できる。
【0030】
次に、上記の判断を行う原理について説明する。
【0031】
比例計数管11の内部のどのあたりでX線が吸収されたかについては、図4に示すように、比例計数管11から出力されるパルス信号の立ち上がり時間を観測し、立ち上がり時間が短いパルス信号P1であれば、陽極14からの距離が近い位置であることがわかり、また、立ち上がり時間が長いパルス信号P2であれば、陽極14からの距離が遠い位置であることがわかる。以下に、その理由について述べる。
【0032】
X線を吸収して生成したイオン対は、比例計数管11の内部の電界により、電子は中心の陽極14へ、イオンは陰極である外囲器12へ引き寄せられる。すでに述べたとおり、電子が陽極14の付近まで達すると、強い電界により電子雪崩が起こり電子数は増加しつつ、陽極14へ収集される。一方、電子雪崩の際にできたイオンは、陰極である外囲器12の方向に移動する。この荷電粒子の移動により電気信号が形成されるのであるが、比例計数管11の出力信号は、主として、電子雪崩でできたイオンが陰極である外囲器12へ移動することによる寄与により形成される(Glenn F.Knoll 放射線計測ハンドブック 第3版 日刊工業新聞社 P203〜P208 参照)。
【0033】
このことから、一見、比例計数管11から出力されるパルス信号の立ち上がり時間は、イオンの流動速度のみで決まると考えがちである。しかし、入射X線により最初にできるイオン対は、X線のエネルギーとガス組成で決まる範囲内に広がっていることから、入射X線により発生した電子が、陽極14付近の電子雪崩が起こる領域へ到達する時刻も、広がりを持つことになる。この広がりにより、パルス信号の立ち上がり時間が、イオン流動速度のみで決まるパルス立ち上がり時間よりも長くなる(Glenn F.Knoll 放射線計測ハンドブック 第3版 日刊工業新聞社 P203〜P208 参照)。
【0034】
一般的に、比例計数管11は、図2の通り、陽極14と陰極である外囲器12で、陽極14は細い金属線、陰極である外囲器12は金属の筒の構成をとるが、陰極である外囲器12に近ければ近いほど電界強度が弱いため、電子が陽極14に到達する時刻の広がりは、X線が吸収されてイオン対ができた位置が陰極である外囲器12に近いほど大きくなり、結果的に、パルス信号の立ち上がりが遅くなる。従って、立ち上がり時間の長いパルス信号を除外すれば、テール分布cを形成するパルス信号を排除できることになる。
【0035】
次に、図1に、放射線スペクトル計測システムを示す。この放射線スペクトル計測システムは、比例計数管11、この比例計数管11から出力された微少な電荷を増幅するための高S/Nが得られる電荷増幅型の前置増幅器21(チャージアンプ)、電荷型の前置増幅器21を用いる場合に後段の処理に都合が良いようにパルスの形状を変える波形成形手段としての波形整形モジュール22、システムの目的により波高がある範囲のパルス信号のみの数をカウントする場合やパルス信号の波高の分布データを取得する等の処理を行って波高を分析する波高分析モジュール23、データ収集、表示および保存用のコンピュータ24(波高分布データ収集を行うマルチチャンネルアナライザー)を備えている。そして、これら前置増幅器21、波形整形モジュール22、波高分析モジュール23、コンピュータ24によって、比例計数管11から出力されるパルス信号をデータとして取り込んで放射線としてのX線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測手段25が構成されている。
【0036】
そして、前置増幅器21から出力するパルス信号の立ち上がり時間を測定し、その立ち上がり時間が予め設定されている設定値よりも長ければ、そのパルス波高データを取得しない旨を示す信号を波高分析モジュール23へ送出する立ち上がり時間検出手段としての立ち上がり時間検出モジュール26を備える。この立ち上がり時間検出モジュール26の具体例としては、A/D変換器27で前置増幅器21の出力をデジタル信号に変換し、立ち上がり時間検出モジュール26の例えばFPGA、CPDL等を用いた演算器により電気信号の強度の時間履歴から波高および立ち上がりを求め、その結果、求めた立ち上がり時間に応じて、波高分析モジュール23に対してパルス波高データを取得しない旨を示す信号を送るかどうかを判断する。
【0037】
この例における立ち上がり時間検出モジュール26の演算器に必要な処理速度であるが、前置増幅器21の出力の立ち上がり時間は、比例計数管11のガス13の組成、比例計数管11の寸法、入射X線のエネルギー等により変わるが、おおよそ0.1μ〜1μsの範囲であることから、A/D変換器27のサンプリングレートとして100MSPS程度は必要である。
【0038】
このように、比例計数管11から出力されて前置増幅器21で増幅されたパルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも短いパルス信号については波高分析モジュール23でデータとして取り込ませ、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については波高分析モジュール23でデータとして取り込まないように処理させることにより、励起用のX線が作る波高分布のテール分布cの影響を低減し、測定したい元素の測定下限を低くできる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施の形態を示す放射線スペクトル計測システムのブロック図である。
【図2】同上放射線スペクトル計測システムの比例計数管の断面図である。
【図3】同上比例計数管において放射線のエネルギーがガスに全部移行ない原因を説明する説明図である。
【図4】同上比例計数管から出力される立ち上がり時間が異なるパルス信号のグラフである。
【図5】従来の放射線スペクトル計測システムのブロック図である。
【図6】単色のX線が入射する場合の波高分布を示すグラフである。
【図7】一般的なX線による特定の物質量計測時の波高分布を示すグラフである。
【符号の説明】
【0040】
11 放射線検出素子としての比例計数管
21 前置増幅器
22 波形成形手段としての波形整形モジュール
25 放射線スペクトル計測手段
26 立ち上がり時間検出手段としての立ち上がり時間検出モジュール
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線検出素子を用いて放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムにおいて、
前記放射線検出素子から出力されるパルス信号をデータとして取得して放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測手段と、
前記パルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については前記放射線スペクトル計測手段でデータとして除外するように処理させる立ち上がり時間検出手段と
を具備していることを特徴とする放射線スペクトル計測システム。
【請求項2】
放射線検出素子は、比例計数管である
ことを特徴とする請求項1記載の放射線スペクトル計測システム。
【請求項3】
放射線検出素子の出力を増幅する前置増幅器を具備し、
立ち上がり時間検出手段は、前記前置増幅器から出力されるパルス信号の立ち上がり時間を検出する
ことを特徴とする請求項1または2記載の放射線スペクトル計測システム。
【請求項1】
放射線検出素子を用いて放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測システムにおいて、
前記放射線検出素子から出力されるパルス信号をデータとして取得して放射線のスペクトルを計測する放射線スペクトル計測手段と、
前記パルス信号の立ち上がり時間を検出して予め設定されている設定値と比較し、パルス信号の立ち上がり時間が設定値よりも長いパルス信号については前記放射線スペクトル計測手段でデータとして除外するように処理させる立ち上がり時間検出手段と
を具備していることを特徴とする放射線スペクトル計測システム。
【請求項2】
放射線検出素子は、比例計数管である
ことを特徴とする請求項1記載の放射線スペクトル計測システム。
【請求項3】
放射線検出素子の出力を増幅する前置増幅器を具備し、
立ち上がり時間検出手段は、前記前置増幅器から出力されるパルス信号の立ち上がり時間を検出する
ことを特徴とする請求項1または2記載の放射線スペクトル計測システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【公開番号】特開2009−79969(P2009−79969A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248655(P2007−248655)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(503382542)東芝電子管デバイス株式会社 (369)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(503382542)東芝電子管デバイス株式会社 (369)
【Fターム(参考)】
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