説明

放電イオン化電流検出器及びガスクロマトグラフ装置

【課題】過剰な量の溶媒のピークのテーリングの影響を抑制することで、溶媒ピーク直後の微量な目的試料の定量性を向上させる。
【解決手段】低周波放電プラズマの作用で生起される試料由来のイオンを収集するためのバイアス電極8に、直流電圧に代えて励起用低周波交流電圧よりも周波数の高い交流電圧を印加する。バイアス電圧を交流とすることにより実効的な検出感度は相対的に下がるが、過剰な量の溶媒イオンに対する感度の低下が溶質イオンに対する感度低下よりも格段に大きいため、溶媒に対する溶質の選択比が改善する。それによって、溶媒ピークのテーリングの影響を抑制でき、目的試料の定量性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてガスクロマトグラフ(GC)用の検出器として好適な放電イオン化電流検出器、更に詳しくは、低周波バリア放電を利用した放電イオン化電流検出器と、該検出器を用いたガスクロマトグラフ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
GC用の検出器としては、熱伝導度検出器(TCD)、エレクトロンキャプチャ検出器(ECD)、水素炎イオン化検出器(FID)、炎光光度検出器(FPD)、フレームサーミオニック検出器(FTD)など、様々な方式の検出器が、従来から実用に供されている。こうした検出器の中で最も一般的に、特に有機物を検出するために使用されているのはFIDである。FIDは、水素炎により試料ガス中の試料成分をイオン化し、そのイオン電流を測定するものであり、6桁程度の広いダイナミックレンジを達成している。しかしながら、FIDは、(1)イオン化効率が低いため十分に低い最小検出量が得られない、(2)アルコール類、芳香族、塩素系物質に対するイオン化効率が低い、(3)危険性の高い水素を必要とするため防爆設備等の特別な設備を設置する必要があり、取扱いも面倒である、といった欠点を有している。
【0003】
一方、無機物から低沸点有機化合物までを高い感度で検出可能な検出器として、パルス放電イオン化電流検出器(PDD:Pulsed Discharge Detector)が従来知られている(特許文献1など参照)。PDDでは、高圧のパルス放電によってヘリウム分子などを励起し、その励起状態にある分子が基底状態に戻る際に発生する光エネルギを利用して分析対象の分子をイオン化する。そして、生成されたイオンによるイオン電流を検出し、分析対象の分子の量(流量)に応じた検出信号を得る。
【0004】
上記PDDでは一般的に、FIDよりも高いイオン化効率を達成することができる。しかしながら、それにも拘わらずPDDのダイナミックレンジはFIDに及ばず、1桁程度以上低いのが実状である。
【0005】
こうした従来のPDDにおけるダイナミックレンジの制約要因は、イオン化のためのプラズマの不安定性やプラズマ状態の周期的変動であると考えられる。これに対し、プラズマ状態を安定化・定常化するために、低周波交流励起誘電体バリア放電(以下「低周波バリア放電」と称す)を利用した放電イオン化電流検出器が提案されている(特許文献2、3など参照)。低周波バリア放電では、表面が誘電体で被覆された電極が放電に用いられるため、金属電極を使用した場合のような熱電子や二次電子などの放出が少なく、プラズマの安定性が高いという特長を持つ。また、低周波高圧によりへリウム等を励起することで、ガス温度の非常に低い(殆ど発熱がない)非平衡プラズマが生成されるため、ガス配管内壁材料の加熱による不純物ガスの発生が抑えられ、さらに高い安定性が得られる。プラズマの安定化はイオン化効率の安定化、さらにはイオン化電流出力の低ノイズ化をもたらすことになる。
【0006】
上記の低周波バリア放電を用いた放電イオン化電流検出器では、試料をイオン化する励起源は主として準安定状態ヘリウムである。準安定状態ヘリウム及びその放射の励起能力は高いため、殆どの化合物をイオン化することが可能であり、幅広い化合物に対する高感度の検出器として都合がよい。例えば、この放電イオン化電流検出器をGC用検出器として用いた場合、一般的なFID検出器と比較して10倍以上のモル感度係数を有する。
【0007】
しかしながら、低周波バリア放電を用いた放電イオン化電流検出器は、励起能力が高いが故に次のような問題がある。GCでは、カラム入口に設けた試料気化室内に試料溶液を滴下し、その試料溶液を気化させてキャリアガスに乗せてカラム中に送り込むような試料導入法がよく用いられる。その場合、カラム出口から出て来るガスには、分析目的である試料成分に比べて遙かに多量の試料溶媒が含まれる。放電イオン化電流検出器では、高い励起能力によって、こうした試料ガス中の試料溶媒も効率良くイオン化される。このような過剰量の試料溶媒イオンはイオン検出用の電極付近に滞留し易いため、クロマトグラム上では試料溶媒のピークの裾が大きくなる傾向(ピークテーリング)にある。そのため、クロマトグラム上で試料溶媒ピークの直後に微量の目的成分のピークがあった場合、該目的成分ピークが試料溶媒ピークのテーリングに隠れてしまい、その目的成分の定量分析が困難になるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第5394092号明細書
【特許文献2】国際公開第2009/119050号パンフレット
【特許文献3】特開2010−60354号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、試料溶媒に対する溶質(試料成分)の検出上の選択比を高めることで、試料溶媒のピークのテーリングに溶質のピークが重なった場合でもその影響を軽減することができる放電イオン化電流検出器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る放電イオン化電流検出器は、
a)少なくとも1つの表面が誘電体で被覆された一対の放電用電極と、該放電用電極に周波数が1kHz〜100kHzの範囲である低周波交流電圧を印加する電圧印加手段と、を含み、前記低周波交流電圧の印加により前記放電用電極間に生起される放電により所定ガスからプラズマを発生させる放電生起手段と、
b)前記プラズマの作用によってイオン化された試料ガス中の試料成分に由来するイオン電流を検出するための、イオン収集用電極及びバイアス電圧印加用電極から成る一対の検出用電極、並びに、前記バイアス電圧印加用電極に前記低周波交流電圧よりも高い周波数の交流バイアス電圧を印加する電圧印加手段、を含むイオン電流検出手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
即ち、従来の低周波バリア放電を用いた放電イオン化電流検出器では、FIDと同様に、イオン電流を検出するためのバイアス電圧として絶対値が数十V〜200V程度の直流電圧を用いていたのに対し、本発明に係る放電イオン化電流検出器では、イオン電流を検出するためのバイアス電圧として極性が正負交互に切り替わる交流電圧を利用する。バイアス電圧を交流電圧とすることにより直流バイアス電圧を用いた場合に比べて実効的な電荷収集効果は下がり、溶質に対する検出感度は低下するものの、それ以上に、溶媒に対する検出感度が下がる。これは、イオン収集用電極とバイアス電圧印加用電極との間の電場の極性が反転することで、過剰であるためにイオン収集用電極付近に滞留し易かった溶媒由来のイオンの滞留が解消されるためであると考えられる。その結果、試料溶媒に対する溶質(試料成分)の検出上の選択比が高まる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る放電イオン化電流検出器では、従来のこの種の放電イオン化電流検出器に比べて試料溶媒に対する溶質(試料成分)の検出上の選択比が高まるため、溶媒の大きなピークが出現した直後に微量の目的試料のピークが存在するような場合であっても、溶媒ピークのテーリングの影響を抑制し目的試料の定量分析の精度や感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施例による放電イオン化電流検出器の概略構成図。
【図2】バイアス電圧として直流電圧及び交流電圧(正弦波電圧)を用いた場合の実測例によるクロマトグラムを示す図。
【図3】図2に示した各クロマトグラムを標準物質ドデカンの感度で規格化して再表示したクロマトグラムを示す図。
【図4】バイアス電圧として交流電圧(40kHz、200Vp-p)を印加したとき、100ppmのヘプタンがn−ヘキサン溶媒に溶解した試料を実測して得られるクロマトグラムを示す図。
【図5】バイアス電圧として直流電圧及び交流電圧(正弦波電圧)を用いた場合の、溶媒(n−ヘキサン)に対する溶質(100ppmヘプタン)の化合物選択比の実測例をまとめた図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施例による放電イオン化電流検出器について図1を参照して説明する。図1は本実施例による放電イオン化電流検出器の概略構成図である。
【0015】
本実施例の放電イオン化電流検出器では、誘電体から成る円筒管1の外壁面に、それぞれ所定距離離して、金属(例えばSUS、銅など)製の環状のプラズマ生成用電極3、4、5が周設されている。円筒管1の下部には、反跳電極6、バイアス電極8、及びイオン収集電極9が、アルミナ、PTFE樹脂などの絶縁体7を間に介挿して配置されている。円筒管1の内部からその円筒形状体の内部に掛けて連続的にガス流路2が形成されている。プラズマ生成用電極3、4、5とガス流路2との間には円筒管1の壁面が存在するから、誘電体であるこの壁面自体が電極3、4、5の表面を被覆する誘電体被覆層として機能し、誘電体バリア放電を可能としている。円筒管1の上端はガス供給口となっており、このガス供給口に供給されたプラズマガスがガス流路2中を下方に流れる。
【0016】
3個のプラズマ生成用電極3、4、5のうち、中央の電極3には励起用高圧電源11が接続され、この電極3の上下に配置された電極4、5はいずれも接地されている。このように高電圧が印加される電極3を2つの接地した電極4、5で挟む構造とすることにより、プラズマ生成用電極4、5の間にプラズマを生成することができる。励起用高圧電源11は低周波の高圧交流電圧を発生するものであり、その周波数は1kHz〜100kHzの範囲、さらに好ましくは5kHz〜50kHzの範囲とするとよい。また、交流電圧の波形形状は、正弦波、矩形波、三角波、鋸歯状などのいずれでもよい。
【0017】
ガス流路2中にはその下端から細径の試料導入管10が挿入されており、試料導入管10を通して測定対象である試料成分を含む試料ガスが、ガス流路2中でバイアス電極8付近の位置に供給される。円筒管1の下端に位置する反跳電極6は接地されており、プラズマ中の荷電粒子がイオン収集電極9に到達することを防止する。これによって、ノイズを低減し、S/Nを改善することができる。バイアス電極8はイオン電流検出部20に含まれるバイアス交流電源21に接続され、イオン収集電極9は同じくイオン電流検出部20に含まれる電流アンプ22に接続されている。バイアス交流電源21は励起用高圧電源11による低周波の高圧交流電圧よりも高い周波数の交流電圧を発生するものである。
【0018】
この放電イオン化電流検出器による検出動作を説明する。
図1中に矢印で示すように、ガス流路2中にプラズマガスが供給される。プラズマガスは電離され易いガスであり、例えばヘリウム、アルゴン、窒素、ネオン、キセノンなどのうちの1種又はそれらを2種以上混合したガスを用いることができる。図1中に示すように、プラズマガスはガス流路2中を下向きに流れ、プラズマ生成領域を通過し、さらに下向きに流れ、試料導入管10を通して供給される試料ガス(図1中の点線矢印で示す)と合流して電流検出領域を通過し、最終的に外部に排出される。
【0019】
上述したようにプラズマガスがガス流路2中に流通している状態で、励起用高圧電源11は駆動され、励起用高圧電源11は低周波の高圧交流電圧をプラズマ生成用の電極3と電極4、5との間に印加する。これにより、ガス流路2中で電極4及び電極5で挟まれるプラズマ生成領域に放電が起こる。この放電は誘電体被覆層(円筒管1)を通して行われるため誘電体バリア放電である。この誘電体バリア放電によって、ガス流路2中を流れるプラズマガスが電離されてプラズマ(大気圧非平衡マイクロプラズマ)が発生する。
【0020】
大気圧非平衡マイクロプラズマによって生成されるヘリウム励起種の放射は、ガス流路2中を通って試料ガスが存在する部位まで到達し、その試料ガス中の試料成分分子をイオン化する。こうして生成された試料イオンは、バイアス電極8に印加されているバイアス交流電圧の作用により、イオン収集電極9で電子を授受する。これにより、生成された試料イオンの量、つまりは試料成分の量に応じたイオン電流が電流アンプ22に入力され、電流アンプ22はこれを増幅して検出信号として出力する。このようにして、この放電イオン化電流検出器では、導入された試料ガスに含まれる試料成分の量(流量)に応じた検出信号が出力される。
【0021】
従来の装置では、バイアス電極8には数十〜200V程度の直流電圧が印加されるが、本実施例の装置では、バイアス電極8に交流電圧を印加することにより電荷(正イオン又は負イオン)を収集するのが大きな特徴である。
【0022】
試料ガスに由来する電荷を収集するためにバイアス電極8に交流電圧を印加することの効果を検証するために、放電イオン化電流検出器を検出器としたGCを用いて実測を行った。その実測結果について説明する。図2は、バイアス電極8に、DC電圧(+170V)、交流電圧として正弦波A(30kHz、150Vp-p)、正弦波B(40kHz、200Vp-p)、正弦波C(60kHz、300Vp-p)の4種類のバイアス電圧を印加して得られたクロマトグラムを重ねて描画した図である。装置の円筒管1は内径2.5mm×肉厚0.7mmの石英管であり、プラズマガスはHeを40ccmの流量で流した。また、励起用高圧電源11による低周波交流電圧は15kHz、6kVp-pの正弦波高電圧とした。
【0023】
図2のクロマトグラムから分かるように、時刻2分において試料溶媒であるn−ヘキサンが出現し、時刻6.9分に目的試料としての標準物質であるドデカンが現れている。データ取得直前にクロマトグラムのゼロ調整を行っており、バックグラウンドはバイアスDC電圧印加時に0.7V、正弦波A〜正弦波C印加時には0.1Vであった。したがって、ベースラインの低下に比べて標準物質ドデカンの感度低下は十分に小さい。
【0024】
図3は図2の実測例における各クロマトグラムをDC電圧印加時の標準物質ドデカンの感度で以て規格化して再表示したものである。この図3を見れば、本発明による正弦波A〜正弦波C印加時に比較して、DC電圧を印加したときには、試料溶媒のピークのテーリングの影響が強く出ていることを示している。正弦波A〜正弦波Cにおけるテーリング抑制効果には殆ど差がなく、この範囲であればほぼ同等の効果が得らるということができる。
【0025】
図4は、C6のn−ヘキサンを溶媒として炭素数が1だけ多いヘプタンを溶質とした試料を実測したクロマトグラムである。このような場合には、n−ヘキサンのピーク位置とヘプタンのピーク位置とが近いので、ヘプタンのピークは量が遙かに多いn−ヘキサンのピークのテーリングに乗ってしまっていることが分かる。このようなn−ヘキサンのピークとヘプタンのピークの感度をそれぞれ求め、DC印加時と正弦波印加時とにおける試料溶媒の感度抑制の効果をn−ヘキサンとヘプタンの選択比で以て比較した。その結果のまとめを図5に示す。本発明のようにバイアス電圧を交流電圧にした場合には実効的に感度が下がるため、試料に対する感度は当然下がるが、それ以上に試料溶媒に対する感度の低下度合いが大きい。その結果、n−ヘキサンに対するヘプタンの選択比は大きく改善していることが分かる。したがって、本発明によれば、Cが1個のみ離れている状態であっても、溶媒のテーリングの影響を軽減して目的試料のピークの高さや形状を正確に把握し、定量分析精度の向上を図ることが可能であることが分かる。
【0026】
なお、図1に示した構成では、バイアス電極8とイオン収集用電極とを円筒形状としてガス流に沿って並べて配置していたが、両電極8、9を対向配置としたり同軸配置としたりしてもよい。
【0027】
また、バイアス電極8に印加する交流電圧波形は正弦波に限らず、三角波、矩形波等の異なる形状の波形であってもよい。即ち、重要なことは、その電圧の極性を交互に反転させることである。
【0028】
また、上記実施例は本発明の一例であり、上記記載の点以外においても、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0029】
1…円筒管
2…ガス流路
3、4、5…プラズマ生成用電極
6…反跳電極
7…絶縁体
8…バイアス電極
9…イオン収集電極
10…試料導入管
11…励起用高圧電源
20…イオン電流検出部
21…バイアス交流電源
22…電流アンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)少なくとも1つの表面が誘電体で被覆された一対の放電用電極と、該放電用電極に周波数が1kHz〜100kHzの範囲である低周波交流電圧を印加する電圧印加手段と、を含み、前記低周波交流電圧の印加により前記放電用電極間に生起される放電により所定ガスからプラズマを発生させる放電生起手段と、
b)前記プラズマの作用によってイオン化された試料ガス中の試料成分に由来するイオン電流を検出するための、イオン収集用電極及びバイアス電圧印加用電極から成る一対の検出用電極、並びに、前記バイアス電圧印加用電極に前記低周波交流電圧よりも高い周波数の交流バイアス電圧を印加する電圧印加手段、を含むイオン電流検出手段と、
を備えることを特徴とする放電イオン化電流検出器。
【請求項2】
請求項1に記載の放電イオン化検出器を検出器として用いたことを特徴とするガスクロマトグラフ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−3070(P2013−3070A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−136969(P2011−136969)
【出願日】平成23年6月21日(2011.6.21)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】