説明

斑点米カメムシ忌避物質

【課題】斑点米カメムシ忌避物質の提供。
【解決手段】式(I):


(I)[式中、RはH、C1−6アルキル、COC1−6アルキル、COOHまたはアリールであり、X、Y、Zは独立して水素またはC1−3アルキルである]で示される化合物を含む、カメムシ忌避剤、該化合物を用いるカメムシの忌避方法、ならびにいくつかの式(I)の化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カメムシの忌避剤および忌避方法、ならびにカメムシの忌避化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、カメムシによる農作物の被害が急増している。特に、斑点米カメムシはイネ種子のデンプン質を消化液で溶かして吸汁する。このとき吸汁された部分は雑菌が繁殖しやすく、吸汁痕の周辺が渇変し、斑点米となる。斑点米が収穫米に混入していると見た目、食感ともに悪くなり、米の商品価値が低下する。そのことから斑点米カメムシは稲作における重要害虫とされている。近年のカメムシの多発生の要因としては、除草されていない休耕田などの面積が増加していることが挙げられる。これにより斑点米カメムシはイネが出穂するまでの間でも繁殖しやすくなり、水田への飛来数が増えていると考えられる。
【0003】
カメムシ、特に斑点米カメムシの被害への対策としては、殺虫剤の散布や畦畔上の雑草の刈り払いなどが挙げられる。他所から次々と飛来するカメムシを防除するには、これらの対策を頻繁に行う必要がある。カメムシへの対策としては、殺虫剤を含む農薬を散布する方法もある。殺虫剤としては、一般的に有機リン剤のMEP(フェニトロチオン)、PAP(フェントエート)または合成ピレスロイド剤のエトフェンプロックス、シラフルオフェン、あるいはネオニコチノイド系の化合物などが有効とされている(非特許文献1等参照)。しかし、殺虫剤を含む農薬の散布は人体や生態系への影響が懸念される。除草剤の散布も同様に人体や生態系への影響が懸念される。さらに近年は減農薬農業の必要性が叫ばれている。また雑草の刈り払いはカメムシの越冬、繁殖場所を減らす意味があり重要であるが、除草作業は重労働であるうえ、除草時期を間違えると逆に田畑にカメムシを追い込む危険性がある。
【0004】
このような事情から、殺虫剤、除草剤、あるいは除草に代わる新たなカメムシの防除方法およびそれに用いるカメムシ忌避剤の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】松崎沙和子・武衛和雄 著 都市害虫百科 朝倉書店(1993年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、安全で簡便、かつ有効なカメムシの忌避あるいは防除物質を見出すこと、これを用いてカメムシを忌避あるいは防除すること、そしてかかる物質を製造するための方法を開発することであった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、イネ科植物からエンドファイトを分離し、その代謝産物中にカメムシ忌避活性を有する化合物を同定し、その誘導体が高いカメムシ忌避活性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は下記(1)〜(8)を提供する。
(1)式(I):
【化1】

(I)
[式中、RはH、C1−6アルキル、COC1−6アルキル、COOHまたはアリールであり、X、Y、Zは独立して水素またはC1−3アルキルである]で示される化合物を含む、カメムシ忌避剤;
(2)化合物が、式(II):
【化2】

(II)
[式中、RはCOC1−3アルキル]で示される化合物である(1)記載のカメムシ忌避剤;
(3)カメムシが斑点米カメムシである(1)または(2)記載の忌避剤;
(4)式(I):
【化3】

(I)
[式中、RはH、C1−6アルキル、COC1−6アルキル、COOHまたはアリールであり、X、Y、Zは独立して水素またはC1−3アルキルである]で示される化合物をカメムシに適用することを特徴とする、カメムシの忌避方法;
(5)化合物が、式(II):
【化4】

(II)
[式中、RはCOC1−3アルキル]で示される化合物である(4)記載のカメムシの忌避方法;
(6)カメムシが斑点米カメムシである(4)または(5)記載のカメムシの忌避方法;
(7)式(II):
【化5】

(II)
[式中、RはCOC1−6アルキルである]で示される化合物の製造方法であって、下記工程:
(a)Biscogniauxia属の菌を培養し;
(b)培養液を有機溶媒にて抽出し;
(c)有機抽出画分から3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オールを得て;次いで
(d)上記(c)で得られた3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オールの8位の水酸基をエステル化する
を特徴とする製造方法;
(8)Biscogniauxia属の菌が、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に受領番号NITE AP−796として受領された菌である、(7)記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、安全で簡便、かつ有効なカメムシの忌避あるいは防除物質、これを用いるカメムシの忌避あるいは防除方法、そしてかかる物質を製造するための方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明のカメムシ忌避剤の忌避活性測定装置の概略を示す図である。
【図2】図2は、本発明のカメムシ忌避剤の忌避活性を調べた結果を示す図である。図中のcompound 1、compound 2、compound 3、compound 4はそれぞれ明細書中の誘導体1、誘導体2、誘導体3、誘導体4である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、1の態様において、式(I):
【化6】

(I)
[式中、RはH、C1−6アルキル、COC1−6アルキル、COOHまたはアリールであり、X、Y、Zは独立して水素またはC1−3アルキルである]で示される化合物を含む、カメムシ忌避剤を提供する。
【0012】
本発明のカメムシ忌避剤の有効成分である化合物は上式(I)で示される化合物である。本発明の好ましい式(I)の化合物はRがCOC1−6アルキルであり、Xがメチル、YおよびZが水素である化合物、すなわち式(II):
【化7】

(II)
[式中、RはCOC1−6アルキルである]で示される化合物である。上記の好ましい式(II)の化合物のうち、さらに好ましい化合物はRがCOC1−3アルキルである化合物である。
【0013】
本明細書においてC1−6アルキルとは炭素数1〜6個のアルキル基を表し、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチルおよびヘキシル基、ならびにそれらの幾何異性体を包含する。またC1−3アルキルとは炭素数1〜3個のアルキル基を表し、メチル、エチルおよびプロピル、ならびにそれらの幾何異性体を包含する。
【0014】
合成農薬は作物や土壌への汚染や、人畜を含む環境への残留が問題となっている。そこで本発明においては天然物中のカメムシ忌避物質に着目した。さらに忌避物質の使用は殺虫物質と比べて生態系への影響も少ないと考えられる。また、次々と飛来してくるカメムシに対し、逐一殺虫剤などで防除・駆除するよりも忌避剤を用いてその流入を抑制・防止する方が効果的で、作業効率高いと考えられる。今回の発明では、天然由来の物質を検索するにあたって植物と共生している微生物にも着目した。その結果、イネ科植物に共生しているエンドファイト(植物内で相利共生的に生活している微生物)がカメムシの忌避物質3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オール(式(II)においてR=Hである化合物)を産生することを見出した。実施例にて説明するように、このエンドファイトはイネ科のエノコログサから分離されたものである。3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オールはそれ自体カメムシ忌避活性を有するが、その誘導体にさらに高い忌避活性を有するものが見出された。
【0015】
本明細書においてカメムシとは、半翅目・異翅亜目に属する昆虫をいう。このような昆虫には、例えばカメムシ科、カスミカメ科、ナガカメムシ科、ヘリカメムシ科の昆虫が包含される。カメムシはあらゆる農作物を吸汁し、被害を及ぼす。したがって、本発明のカメムシ忌避剤の適用範囲はあらゆる農作物を吸汁するあらゆるカメムシであり、穀類(イネ、ムギ、アワ、ヒエなど)を吸汁するカメムシ(例:アオクサカメ、クロカメムシ、ミナミアオカメムシ、コバネヒョウタンナガカメなど)、果樹類(ミカン、ナシ、リンゴ、モモ、サクランボなど)を吸汁するカメムシ(例:クサギカメ、チャバネアオカメ、ツヤアオカメなど)、野菜類(ナス、トマト、キュウリ、キャベツ、ハクサイなど)を吸汁するカメムシ(例:ナガメやホソヘリカメ、ホオヅキヘリカメなど、ダイズなどのマメ類を吸汁するカメムシ(例:ホソヘリカメムシ、イチモンジカメムシ、アオクサカメムシ、ブチヒゲカメムシなど)などが包含される。特に本発明の忌避剤は、斑点米カメムシに対して好ましく適用される。斑点米カメムシは約60種が知られており、アカヒゲホソミドリカスミカメ、クモヘリカメムシ、アカスジカスミカメ、クモヘリカメムシ、ミナミアオカメムシなどが挙げられるが、本発明のカメムシ忌避剤の適用範囲はこれらのカメムシに限定されない。
【0016】
本発明のカメムシ忌避剤の剤形はいずれのものであってもよく、固形(粒状、粉末など)、液状(溶液、懸濁液など)、半固形(ペーストなど)であってもよい。本発明のカメムシ忌避剤の適用様式・手段は、カメムシを忌避させることができればいずれの様式・手段であってもかまわないが、例えば、植物に散布または塗布する、例えば、噴霧器を用いて植物に噴霧する、適切な手段にて植物近辺に設置または散布する、例えば、フェルトやスポンジ等に染みこませたものを植物近傍に設置する、あるいは本発明のカメムシ忌避剤をボトルなどに入れて植物近傍に設置して蒸散させる、本発明のカメムシ忌避剤を染み込ませたシートを植物が栽培されている地面に設置する,地上数10センチに張り巡らせたヒモにつるす,植物の茎葉に直接掛ける等の様式・手段が例示される。本発明の忌避剤の好ましい適用様式・手段は植物や地面に直接薬剤が触れない等の様式・手段である。
【0017】
本発明のカメムシ忌避剤の適用量は、カメムシを忌避させることができればいずれの適用量であってもよいが、好ましくは、植物自体、および周囲の環境、人畜に害を及ぼさない程度の適用量とする。このような適用量としては、急性毒性試験から得られるLD50値,慢性毒性試験から得られる無毒性量から算出される量などが例示される。本発明のカメムシ忌避剤の好ましい適用量は、毒性試験や実際のフィールドでの効果を考慮して決定することができる。
【0018】
本発明のカメムシ忌避剤を単独で用いてもよく、あるいは他の薬剤、例えば、生物忌避剤、殺生物剤、防虫剤、除虫剤、殺虫剤などと併用してもよい。
【0019】
本発明は、もう1つの態様において、式(I)で示される化合物をカメムシに適用することを特徴とする、カメムシの忌避方法を提供する。好ましい式(I)の化合物、該方法の適用範囲、適用様式、該方法における忌避剤の適用量は上で説明したとおりである。
【0020】
本発明は、さらなる態様において、式(II)で示される化合物の製造方法を提供する。該方法は、Biscogniauxia属の菌を培養し;培養液を有機溶媒にて抽出し;有機抽出画分から3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オール(以下、「MFP」と略称)を得て;次いで、前行程で得られたMFPの化合物の8位の水酸基をエステル化することを特徴とする。
【0021】
使用するBiscogniauxia属の菌はMFPを産生するものであればよく、好ましくは、受領番号NITE AP−796として独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に2009年8月13日に受領されている菌株(本明細書においてH−s 259菌と称する)である。培養条件は液体培養、固体培養いずれであってもよく、大量生産の観点から液体培養が好ましい。培養条件は当業者に公知の糸状菌の培養条件を用いることができる。培養装置等のも当業者が適宜選択できる。H−s 259菌を液体培養する場合には、麦芽浸出培地で20〜28℃で10〜20日間静置培養してもよい。
【0022】
得られた培養物を、例えばアセトン、酢酸エチル、n−ヘキサン等の有機溶媒(あるいは有機溶媒の混合物)にて抽出し、有機抽出画分を得る。これらの操作は当業者に公知である。得られた有機抽出画分からの、MFPの精製・単離もまた当業者に公知の手段・方法を用いて行うことができる。例えば、アセトン、酢酸エチル、n−ヘキサンなどの有機溶媒、あるいはそれらの混合物を溶出溶媒として用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、MFPを精製・単離してもよい。
【0023】
得られたMFPの8位の水酸基を当業者に公知の手段・方法によりエステル化して、本発明の式(II)の化合物を得ることができる。本発明の式(II)の化合物の製造方法は上記方法に限定されず、当業者に公知の方法により合成することができる。MFPの化学合成法も当業者に公知である。
【0024】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、実施例はあくまでも例示説明であり、本発明を限定するものと解釈してはならない。
【実施例1】
【0025】
実施例1:エンドファイトの分離および同定
鳥取大学構内各所で採取したイネ科野草を採取した。葉部、葉鞘部を5mm程度の切片となるよう切断した。これらの切片をクリーンベンチ内で100%のエタノールに1分浸し、植物組織表面のワックスを溶かした。次いで3〜5%の次亜塩素酸ナトリウム溶液内で1〜5分撹拌し、表面を殺菌した。これを滅菌水で3回洗い、滅菌したカミソリで細かく刻み、プラスチックシャーレ中に調製した糸状菌探索用の麦芽固体培地(水1Lに対し麦芽エキス50g、グルコース30g、ペプトン3g、寒天20g、ストレプトマイシン50mg)に置床した。これを24℃で培養した。植物組織の切り口付近から生育してきた菌を順次新しい麦芽固体培地に植え替え、菌が単一になったところで麦芽斜面培地(水1Lに対し麦芽エキス50g、グルコース30g、ペプトン3g、寒天20g)に分離した。
【0026】
分離したエンドファイトを麦芽浸出培地に接種し、24℃で7日間培養した。培養後吸飲濾過により濾液と菌体に濾別し、それぞれから抽出物を得た。これらの抽出物について、実施例2で説明する忌避活性試験を行い、忌避活性の強いものを探索した。その結果、鳥取大学構内で採取したエノコログサから分離されたエンドファイトの培養濾液に、特に強い忌避活性を見出した。このエンドファイトをH−s 259菌と命名した。
【0027】
H−s 259菌を麦芽寒天培地およびPDA寒天培地に接種し、24℃で7日間培養したところ、白い綿毛状の菌叢を呈し、胞子の形成は見られなかった。H−s 259菌からDNAを抽出し、rDNAのITS領域について配列決定を行った。決定された配列についてDDBJのBLASTによるホモロジー検索を行ったところ、子のう菌亜門の核菌綱にBiscogniauxia atropunctataに対して92%の相同性が確認され、H−s 259菌をBiscogniauxia atropunctataの一菌株と同定した。H−s 259菌は、2009年8月13日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に受領され、受領番号NITE AP−796を与えられた。
【実施例2】
【0028】
実施例2:H−s 259菌の産生する忌避物質の同定
H−s 259菌を麦芽浸出培地10Lに接種し、24℃で14日間静置培養した。この培養濾液を酢酸エチルを用いて抽出し、抽出物を得た。この抽出物について、忌避活性を指標として精製を進めた。溶出溶媒としてアセトン、n−ヘキサンを用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィーで抽出物を分画し、n−ヘキサン中10%アセトンで溶出したフラクションに非常に強い忌避活性が見られた。このフラクションをn−ヘキサン中含水酢酸エチルを溶出溶媒としてシリカゲルフラッシュカラムクロマトグラフィーにかけ、強い忌避活性を示したフラクションをシリカゲル薄層クロマトグラフィーで分画し、強い忌避活性が見られたフラクションを得た。これをHPLCにて分取し、無色油状化合物(化合物A)を得た。化合物AはUV(254nm)照射下で蛍光を発した。化合物Aの機器分析データを表1、表2に示す。H NMRおよび13C NMRにはJOEL JMN−ECP500 NMRスペクトロメーターを、質量分析にはJOEL AX−505HAスペクトロメーターを、HPLCにはShimadzu SPD−6A液体クロマトグラフィーを用いた。
【表1】


【表2】

【0029】
これらの結果から、化合物Aを3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オール(MFPと略称)と同定した。MFPの構造式を以下に示す。
【化8】

【0030】
マルシラホシカメムシを用いてMFPの忌避活性を調べた。忌避活性の試験方法を以下に説明する。
(a)供試虫
屋外で採取したマルシラホシカメムシは、餌となるスズメノカタビラやオシヒバなどのイネ科植物を植えたデシケーターに入れ、室温で飼育した。
【0031】
(b)試験装置の組み立て
直径9cmのポリ塩化ビニル管とプラスチックシャーレ(1.5x9cm)のフタを用意した。ポリ塩化ビニル管は真っ直ぐに2cm、4cmの高さで輪切りにした。黒画用紙と濾紙を直径9cmの円形に切り抜いたものを用意した。
(b−1)試験装置上部の組み立て
2cmに切ったポリ塩化ビニル管の内壁にカメムシの頭皮を防止するためにシリコングリースを薄く塗った。試験管(φ1cm)の口をガスバーナーで熱し、プラスチックシャーレの端から1cmの位置に押しつけて穴を開けた。濾紙も端から1cmの位置に直径1cmの穴を開けた。この濾紙を穴が重なるようにプラスチックシャーレの上に敷き、シリコングリースを塗っておいたポリ塩化ビニル管を置いた。そして光が入らないようにプラスチックシャーレの壁にビニールテープを数回巻いた。
(b−2)試験装置下部の組み立て
黒画用紙をプラスチックシャーレに敷き、4cmに切ったポリ塩化ビニル管を置いた。そして光が入らないようにプラスチックシャーレの壁にビニールテープを数回巻いた。
試験装置上部と下部を組合せ、隙間ができないことを確認してから使用した。試験装置の構造を図1に示す。
【0032】
(c)忌避活性試験法
0.5x4cmに切った濾紙の切片をφ1x3.5cmのサンプル管に挿し、アセトンに溶解させたサンプル50μLをシリンジ等を使って滴下し染み込ませた。コントロールとしてアセトンのみを50μL滴下したものも用意し、この二つを30分風乾させてアセトンを除去した。その後、サンプルと濾紙が入ったサンプル管を試験装置の穴に挿した。次に、シリコングリースを塗ったφ3.5x1cmのシャーレ中に取り分けておいたマルシラホシカメムシ20匹、試験装置の穴と穴との間に逆さまにして置き、シャーレを除去せずに試験装置を人工気象器内の中央に入れた。人工気象器内の温度を10℃に設定し、ライトをすべて付けた状態にしておいた。3分間待ってカメムシを安定させ後、シャーレを除去して試験を開始した。1試験30分のサイクルで両方のサンプル管に入っている虫の数と外に出ている虫の数を記録した。この操作を4回繰り返した。また、条件をそろえるため、サンプル投与側とコントロール側の穴を交互に変えて試験した。忌避度は下式により算出した。
忌避度={[(C/C+T)X100]−50}X2
C:コントロールのサンプル管に入った虫の数
T:サンプル投与側のサンプル管に入った虫の数
4回の試験の平均忌避度と標準誤差を算出した。なお、試験終了後にサンプル管内に入っていない虫の数は無視した。
【0033】
ナフタレンとMFPの忌避活性を表3に示す。ナフタレンは0.5mgでは強い忌避活性を示すが、0.1mgでは全く忌避活性を示さなかった。MFPは0.1mgでも忌避度50を超える強い忌避活性を示した。MFPは0.5mgでもナフタレンよりも強い忌避活性を示した。これらの結果、および各化合物の分子量を考慮すると、MFPはポジティブコントロールであるナフタレンよりも強い忌避活性を有していることがわかった。
【表3】

【実施例3】
【0034】
実施例3:MFP誘導体の合成
下記の誘導体を合成した。
【化9】

誘導体1(式(II)においてR=COCH
【化10】

誘導体2(式(II)においてR=COC
【化11】

誘導体3(式(II)においてR=COC
【化12】

誘導体4(式(II)においてR=COC
【0035】
(1)MFPの調製
500mL容三角フラスコに200mLの麦芽浸出培地を調製した。H−s 259菌をこの培地50本に接種し、24℃で14日間静置培養した。培養終了後、ろ液と菌体にろ別した。この培養ろ液10Lを6M塩酸でpH2付近に調整した。これを酢酸エチルで3回抽出し、抽出液を得た。抽出液に無水硫酸ナトリウムを加えて一晩放置して脱水した。これを減圧下で濃縮し、ろ液抽出物を得た。この抽出物をアセトンに溶解し、Daisogel IR−60を30.5g加えた。抽出物をゲルに吸着させ、これをDaisogel IR−60(φ88/125μm)のカラム(φ6.2×72cm)にのせシリカゲルドライカラムクロマトグラフィーを行った。溶出溶媒として0、5、10、20、30、100%(v/v)のアセトンを含むn−ヘキサンを用いた。溶媒はそれぞれ8L流し、溶出液を減圧下で濃縮した。10%フラクション200mgをアセトンに溶解し、1gのセライトを加え窒素気流下濃縮して吸着させた。これをWakogel FC−40(φ20−40cm)のカラム(φ3×39cm)にのせてシリカゲルフラッシュカラムクロマトグラフィーを行った。溶出溶媒として0、5、10、20、30、100%(v/v)酢酸エチルを含むn−ヘキサンを含水にしたものを用いた。溶媒はそれぞれ200mL流し、10mLずつ20本の試験管に分取し、これを減圧下で濃縮した。得られた各フラクションについて50%酢酸エチルを含むn−ヘキサンを展開溶媒としてシリカゲル薄層クロマトグラフィーを行った。UV(254nm)照射下で類似するスポットをもつフラクションをまとめ、20%フラクション1−9にMFPを得た。またアッセイ用として純度の高いMFPを得るためにHPLCで分取した。保持時間29分のフラクションを酢酸エチルで抽出し、純度の高いMFPを得た。HPLCの条件を表4に示す。
【表4】


【0036】
(2)誘導体1の合成
MFP(10.1mg)をピリジン500μLに溶解し、無水酢酸500μLを添加し、室温で一晩反応させた。氷を入れた蒸留水をスターラーで撹拌しながら6M塩酸でpH2に調整し、反応液を滴下し1時間撹拌した。撹拌後、酢酸エチルで3回抽出した。抽出後、酢酸エチル層を1M炭酸水素ナトリウムで洗浄した後、少量の飽和食塩水で3回洗浄した。洗浄後、無水硫酸ナトリウムを加え一晩放置した。翌日減圧濃縮し、Rf値0.27を示す無色の油状物質である誘導体1(8.9mg)を得た。
誘導体1のNMRデータおよびMSデータを表5に示す。
【表5】

【0037】
(3)誘導体2の合成
MFP(9.5mg)をドライアセトン1mLに溶解し、スターラーで撹拌した。そこに、ピリジン(2N,11.3mg)を加え、塩化プロピオニル(2N,12.9mg)を滴下し、一晩室温で撹拌しながら反応させた。翌日、酢酸エチルで3回抽出した。抽出後、酢酸エチル層を1M炭酸水素ナトリウムで洗浄した後、少量の飽和食塩水で3回洗浄した。洗浄後、無水硫酸ナトリウムを加え一晩放置した。翌日減圧濃縮し、抽出物(8.1mg)を30%酢酸エチルを含むn−ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲル薄層クロマトグラフィーで分画し、各フラクションを得た。Rf値0.61のフラクションを含水酢酸エチルで抽出し、誘導体2(7.6mg)を得た。
誘導体2のNMRデータおよびMSデータを表6に示す。
【表6】

【0038】
(4)誘導体3の合成
MFP(9.7mg)をドライアセトン1mLに溶解し、スターラーで撹拌した。そこに、ピリジン(4N,22.6mg)を加え、塩化ブチリル(4N,29.8mg)を滴下し、一晩室温で撹拌しながら反応させた。翌日、酢酸エチルで3回抽出した。抽出後、酢酸エチル層を1M炭酸水素ナトリウムで洗浄した後、少量の飽和食塩水で3回洗浄した。洗浄後、無水硫酸ナトリウムを加え一晩放置した。翌日減圧濃縮し、抽出物(10.6mg)を30%酢酸エチルを含むn−ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲル薄層クロマトグラフィーで分画し、各フラクションを得た。Rf値0.57のフラクションを含水酢酸エチルで抽出し、誘導体3(4.0mg)を得た。
誘導体3のNMRデータおよびMSデータを表7に示す。
【表7】

【0039】
(5)誘導体4の合成
MFP(11.5mg)をドライアセトン1mLに溶解し、スターラーで撹拌した。そこに、ピリジン(3N,18.9mg)を加え、塩化ブチリル(3N,33.7mg)を滴下し、一晩室温で撹拌しながら反応させた。翌日、酢酸エチルで3回抽出した。抽出後、酢酸エチル層を1M炭酸水素ナトリウムで洗浄した後、少量の飽和食塩水で3回洗浄した。洗浄後、無水硫酸ナトリウムを加え一晩放置した。翌日減圧濃縮し、抽出物(24.5mg)を30%酢酸エチルを含むn−ヘキサンを展開溶媒とするシリカゲル薄層クロマトグラフィーで分画し、各フラクションを得た。Rf値0.57のフラクションを含水酢酸エチルで抽出し、誘導体4(7.4mg)を得た。
誘導体4のNMRデータおよびMSデータを表8に示す。
【表8】

【0040】
これらのNMRスペクトルおよびMSスペクトルのデータから、合成した誘導体1〜4の化学構造の正しさを確認した。
【実施例4】
【0041】
実施例4:本発明の化合物の忌避活性
実施例3にて合成した誘導体1〜4、MFP、ナフタレンについて、実施例2で説明したようにマルシラホシカメムシを用いて忌避活性を調べた。結果を図2に示す。誘導体1、誘導体2、誘導体3はMFPよりも忌避活性が強かった。誘導体1が最も高い忌避活性を示し、次いで誘導体2、誘導体3、MFPの順で忌避活性が低くなった。これらの結果から、8位の水酸基がエステル化されると忌避活性が強くなる傾向が認められた。このことから8位の水酸基は忌避活性に必須でないことがわかった。しかし、誘導体4はMFPより忌避活性が弱いことから水酸基がベンゾイル化されると忌避活性が弱くなる傾向が認められた。0.1μmolの投与量においても誘導体1の忌避活性が特に強かったのは、揮発性が高いからではないかと考えられる。
【実施例5】
【0042】
実施例5:フィールドにおける適用例
厚手の丈夫な濾紙片(1x5cm)に誘導体1のアセトン溶液(2mg/L)を1枚当たり0.1mLを染みこませた。この濾紙片の一端に小さな穴を空け、細い針金を通し輪にした。これを1m当たり4本程度の登熟初期のイネの茎葉に掛けて斑点米カメムシの防除を図った。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、農業分野、特に野菜や果樹の栽培分野、ならびに農薬分野、特に害虫の忌避剤の製造分野において利用可能である。
【受託番号】
【0044】
受領番号NITE AP−796
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に2009年8月13日に受領されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】

(I)
[式中、RはH、C1−6アルキル、COC1−6アルキル、COOHまたはアリールであり、X、Y、Zは独立して水素またはC1−3アルキルである]で示される化合物を含む、カメムシ忌避剤。
【請求項2】
化合物が、式(II):
【化2】

(II)
[式中、RはCOC1−3アルキル]で示される化合物である請求項1記載のカメムシ忌避剤。
【請求項3】
カメムシが斑点米カメムシである請求項1または2記載の忌避剤。
【請求項4】
式(I):
【化3】

(I)
[式中、RはH、C1−6アルキル、COC1−6アルキル、COOHまたはアリールであり、X、Y、Zは独立して水素またはC1−3アルキルである]で示される化合物をカメムシに適用することを特徴とする、カメムシの忌避方法。
【請求項5】
化合物が、式(II):
【化4】

(II)
[式中、RはCOC1−3アルキル]で示される化合物である請求項4記載のカメムシの忌避方法。
【請求項6】
カメムシが斑点米カメムシである請求項4または5記載のカメムシの忌避方法。
【請求項7】
式(II):
【化5】

(II)
[式中、RはCOC1−6アルキルである]で示される化合物の製造方法であって、下記工程:
(a)Biscogniauxia属の菌を培養し;
(b)培養液を有機溶媒にて抽出し;
(c)有機抽出画分から3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オールを得て;次いで
(d)上記(c)で得られた3−(4−メチル−フラン−3−イル)−プロパン−1−オールの8位の水酸基をエステル化する
を特徴とする製造方法。
【請求項8】
Biscogniauxia属の菌が、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に受領番号NITE AP−796として受領された菌である、請求項7記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−51902(P2011−51902A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199587(P2009−199587)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.平成21年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会講演要旨集」に掲載2.平成21年3月28日 社団法人 日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会」において発表
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】