説明

斜面の表土変位量算出方法及び防災情報システム

【課題】自宅裏の斜面崩壊予知を一般住民がインターネットを通じて行えるようにする。
【解決手段】
斜面の勾配をθとすると、
K={(断面形状係数α×tanθ)×(緩み層厚D×緩み係数δ×X+平面形状係数β×雨量P×Y)−(樹種係数λ×樹齢係数μ+土塊の摩擦係数τ)}・・・式1で表
せる係数モデルを用いて地質構造係数Xと水文係数Yを、過去2回の降雨履歴を基に、表土変位量算出モデルを作成し、将来の雨量に対する斜面の不安定度Kを二乗して表土変位量ε求める手段をインターネットで提供し、一般住民が雨量情報に対する自宅裏の斜面の表土変位量ε推定することを可能にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膨大な数の一般斜面における急傾斜危険箇所の斜面監視をソフト的に行う斜面の表土変位量算出方法及び防災情報システムに関する。
【背景技術】
【0002】
我が国の急傾斜危険箇所は50万を数え、その対策として、これまで高額な防止工事を多くの箇所で実施してきた。しかし危険個所数は膨大であり、安全策とは言え、際限なく工事を行う現在の対策手法は費用対効果が極めて悪く、少子高齢化が進む今日、財政難により現在の対策手法を継続することは極めて難しいため、今後はソフト的な対応を余儀なくされよう。従い、その受け皿となるソフトによる防災関連技術の開発が急務である。
【0003】
これまでの技術全般を見ると、斜面の評価を行う上で斜面の安定性の検討は不可欠であり、その検討方法として土質力学的な手法による、式2で表される非特許文献1による静的な検討である分割法が唯一の手段であった。
Σ{c×L+(W×cosα−u×L)×tanφ}/ΣW×sinα=F・・式2
本式は、評価対象斜面の粘着力c×Lと(W×cosα−u)×内部摩擦角φを足した全すべり抵抗力をW×sinαの全すべり力で割って求めた安全率Fを算出する力学モデルである。本力学モデルは地質調査により、すべり面位置や地下水位などの情報が判明した地すべり地における検討で一般に使用されるが、諸条件が不明な一般斜面において標記手法は適応できない。
【0004】
前記問題を解決する方法として、分割法の一般斜面への適応方法の研究がこれまで行われてきたが、この不確定要素の算定方法は未だに見つからない。また防災カルテなどによる斜面の危険度を点数で表す方法もあるが、おおむね危険度のランク分けが行われるものの、では次回にどの斜面が崩れるかを充てることはできない。またハザードマップも用意されてはいるが、危険斜面を表示したもので、直接の避難情報とはならない。
【0005】
不確定要素の問題を統計的な手法で解消しようとする方法が特許文献1に記載されている。本方法はさまざまな土質常数を仮定して、コンピュータで降雨による浸透流解析を行い、土の強度の粘着力cと内部摩擦角φにばらつきを与えて、予測雨量に基づいて破壊確率の時間変化率を算出して、危険度を求めている。本方法の基本式も同じ式2の分割法であり、浸透流解析により地下水位の変化を求めて動的な解析に適用しようとしている。しかし動的な変化は、式2の構成要素自体への影響があり、たとえば、時間的な土塊の緩みや亀裂の形成過程で、透水係数自体が大きく変化し、すべり面の強度自体も変化するために、このような動的な変化が予測精度に与える影響が不明である。
【0006】
斜面の安定性評価の代わりに情報通信システムの高度化で補って土砂災害の軽減を計ろうとする技術が特許文献2に記載されている。本手法は土砂災害が予想される状況において、住民情報を含む関連情報を一元的に管理して、これらの情報を行政機関及び住民が共有することで、迅速に避難ができるような体制作りを目指している。しかし本方法の問題は緊急時に重要な情報と不要な情報が混在するので、当事者にとっての情報の重要度を判別する方法が確立されないかぎり信頼できる防災システムとは言えない。
【0007】
当事者にとっての重要な情報は住宅裏の斜面などの崩壊の前兆現象であるが、斜面監視装置で危険を察知し避難する方法がある。しかし現存の斜面監視装置である非特許文献1に記載の伸縮計などは鋭敏すぎて取り扱いが難しく専門家による維持管理が必要であるため、一般の斜面で使用できない。この点を改善するために特許文献3では本願出願人に関わる特許第4006732号に示す簡易な斜面監視装置が考案されたものの、現実の危険斜面数は50万箇所と多いため、設置箇所を1/10の5万箇所程度に絞り込む必要がある。
【特許文献1】特開2002−070029
【特許文献2】特開2003−247238
【特許文献3】特許第4006732号
【非特許文献1】土質工学会編「土質工学ハンドブック」土質工学会出版1982年版
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明が解決しようとする技術的課題は、現状の斜面評価の際のさまざまな不確定な問題を解消し、客観的な斜面評価方法を確立することと、
【0009】
危険斜面数約50万の内、斜面変位量が一定量以上の危険度の高い斜面を抽出して、斜面監視装置を設置する環境を整えることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
現在使われている非特許文献1による分割法は土質力学的な安定検討であり、十分な地質調査が行われ、地下水位や土質常数が判明した斜面で使用される。従い地質調査が行われない一般斜面の分割法による安定検討には使用できない。そこで本発明は、
斜面の表土の不安定度Kを、
断面形状係数α×斜面の表土底面の傾斜角θ(度)の正接関数で示される地形量Gと、斜面の表土厚さD(m)×緩み係数δ×地質構造係数Xに、平面形状係数β×雨量P×水文係数Yで求めた重心移動量Δhを加えた地質量Q、との積からなる不安定総量から、
樹種係数λ×樹齢係数μで表す植生量S+表土を構成する土塊間の摩擦係数τで求めた安定総量を、差し引いた
K={(α×tanθ)×(D×δ×X+β×P×Y)−(λ×μ+τ)}・・・式1で求め、
過去の崩壊事例から不安定度K=斜面の表土変位量ε(cm)として、測定不可能な地質構造係数Xと水文係数Yを過去2回の表土変位量ε1、ε2を推定することで、連立式によりX、Yを求め、表土変位量算出モデルを作成することで将来の雨量に対する斜面の表土変位量εを予測することを可能とした。
【0011】
前記不確定数X、Yが決定されると、式1に基づき今後の雨量に対する不安定度K並びに表土変位量εが一義的に求まるので、本式を組み込んだプログラムを、インターネット上のウェブサーバ内のメモリーに書き込み、一般利用者がウェブを通じて本ソフトを起動させて、既存の地理情報データベースの上に、評価対象斜面の位置情報並びに地形や植生など斜面の各データを入力しておけば、あとは自動的に近傍の雨量情報を参照して当該斜面の表土変位量εを計算し、その結果をリアルタイムにパソコンやデジタル放送を通じてテレビ画面に表示する。
【発明の効果】
【0012】
上記に示す方法で個別斜面ごとに表土変位量算出モデルを作成し、あらかじめそれぞれの雨量−表土変位量ε(cm)関係図を出力しておくと、豪雨当日時刻までの雨量Pに基づいて本図よりその時点の表土変位量εを推定することができる。このため気象庁発表の今後の雨量予測を見て避難時刻も事前におよその見当を付けることができる。
【0013】
本技術により雨量に対応した表土変位量εがcm単位で推定できるので同一雨量条件で評価対象斜面の危険度順位を付けて推定5万ヶ所の危険斜面を割り出すことができ、危険斜面の斜面監視装置を設置する環境が整うことになる。
【0014】
上記に基づき推定5万箇所の要監視斜面の判別を行って、これに斜面監視装置を付けた場合は、斜面の変位量が直接分かるので、さらに推定約5千箇所の危険斜面の判別が可能となる。斜面監視装置から得られる点としての実測データは本防災情報システムの検証に使用し、面としての表土変位量算出の精度を向上させる。このように本技術による表土変位量算出モデルと斜面監視装置とを組み合わせることで、点と面の多重的な避難警戒システムが構築され、全体としての安全性を高めることができる。これらの継続的な観測資料はその後の対策のための重要な基礎資料となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明である表土変位量算出モデルはこれまでの土質力学モデルと異なる、構造モデルを基に構築された係数モデルによる斜面の表土変位量算出方法を発明し、行政と住民との協同下で本係数モデルの使用を可能にするための防災情報システムを提供する。
【0016】
前記構造モデルは図1に示すような角度を変えられる傾斜台(符号1)に、底面にすべり止めの付いた幅1m高さ0.8m〜1.5mの積み木(符号2)を複数並べて乗せて互いに細くて切れやすいひも(符号4)でつないで少しずつ傾けていくと、30°を越えると最も高い積み木2の重心線(符号3)が外れて一部の積み木(符号2)が不安定化し下方に倒れようとするが、初期の段階では倒れようとする力が弱く、ひも(符号4)を介して前後の積み木(符号2)が支えることができる。さらに傾斜を強めると、倒れようとする力は徐々に大きくなり、前後の積み木(符号2・2)も次第に不安定化し複数の積み木(符号2・・)が傾いて不安定部(符号5)を形成し、さらに傾斜させると、倒れようとする力が増大し、積み木(符号2)間をつなぐひも(符号4)は力に耐えきれず切断して、積み木はバラバラになり台からすべり落ちる状況を自然斜面に適用している。
【0017】
【表1】

【0018】
前記の構造モデルの各要素は図2に示す係数モデルで数値化することができる。すなわち同図の左側の天秤に乗る不安定総量は、傾斜台(符号1)の角度の正接関数と積み木(符号2)の高さ(m)との積で求まり、一方安定総量は、積み木(符号2)をつなぐひも(符号4)の強さと、積み木(符号2・2)間の摩擦抵抗で決まることになり、これを一般斜面に適用すると、積み木(符号2)の高さは地質量Qで表され、傾斜台(符号1)の角度は緩み層底面の角度θの地形量である。そして、図2の右側の天秤に乗る安定総量は、ひも(符号4)の密度とその強さは表1に示す樹齢係数μと樹種係数λの積で表した植生量Sと、積み木(符号2)の摩擦抵抗は表1に示す土塊周囲の摩擦係数τである。
【0019】
植生と斜面安定との関係は、樹木の根は土塊をつなぎ止める作用として評価され、丈夫な根を広くはるマツ及び広葉樹は抑止力が大きいが、灌木は弱い。植林からなる針葉樹は根の発達が悪いので、広葉樹と灌木の中間に位置している。また根は幹の大きさに比例するので、幹が太くそして高いほど、土塊抑止力が大きいと言える。樹種係数λは、裸地を0として灌木の最大クラスと植林した針葉樹の生育状況の悪い樹種を1とし、広葉樹の最大クラスを3にしている。これらの係数は、過去の樹種の違いによる被害程度の違いを参考に決定した。
【0020】
摩擦抵抗τの値は、過去の崩壊事例から土質の違いによる被害程度の違いを参考にして決定し、表1で示すように表土が2で、風化土が3、軟岩が5と考えて良い。
【0021】
以上の係数モデルで斜面のバランスを表現している。降雨に伴いΔhの増加により、天秤が左側に傾き、バネが破壊して天秤が左に傾倒した状態が表土の崩壊である。このような係数モデルでの斜面崩壊機構は一般の人にも理解しやすく、必要なデータも容易に集めることができるので住民参加型の斜面防災システムとし適している。
【0022】
上記各要素を詳しく説明するならば、このため植物による表土崩壊抑止力としての植生量Sは、樹種係数λと樹齢係数μの積で表すことができる。
【0023】
前記表土(符号15)の安定性は、評価対象斜面の形状と、表土(符号15)などの土性や物性に基づく摩擦係数τで決まる。地形の影響については凸型の地形は孤立し不安定であり、凹型は力が周囲に分散しやすいので安定しているので、地形量Gは表1に示す断面形状係数αと表土底面の傾斜角θの正接関数の積で表すことができる。
【0024】
雨量Pによる斜面への影響は、表土の重心位置を高める作用として働くが、水の集まり具合は、地形や水文構造の影響を受けるので、表1に示す平面形状係数βや、地下水供給などの水文係数Yで、雨量Pを補正する必要がある。
【0025】
上記の係数は、斜面の体質とも言える地形・地質要素であり植生量Sを除いて数十年程度では変化しない。
【0026】
これに対して豪雨などでクリープが増大し地層が緩み、崩れやすくなる場合がある。このような地層の緩み程度は、豪雨によるダメージの程度や、その後の圧密作用による強度の回復具合で変化するので体調的な要素であると言える。基盤岩が緩んで表土が形成されるのであるが、その緩みの程度の違いが斜面安定に与える影響は大きく、このため、緩み度すなわち緩み係数δを適切に設定する作業は重要であり、その目安として表1に示す値が考えられる。
【0027】
緩み係数δは、岩盤の場合は0.1、風化土の場合は0.5、斜面の傾斜に相応の表土が形成され、クリープはないかもしくは数cm以下の場合は、標準と考えて緩み係数δは1とする。そしてクリープ量が5cm前後の根曲がりが目立つ場合は、1.5とし、さらにクリープ量が7cmを越える地表に段差などを生じたり、樹木の倒れや枯死などの場合は最大の2に設定する。初期設定としてはある程度大まかでよい。クリープが累積するような場合はクリープ量に応じて細かく調整することが望ましい。表1はこれまでの崩壊地の現地調査を参考に決定した。本表に基づいて簡易貫入試験などで決定することもできる。
【0028】
このような地層の緩みはさらに地層を緩める要因となるので、表土変位量εは不安定度の二乗になることが予想されるが、これまでの崩壊事例の数値検証から得られたデータではおおむね正しい。従い不安定度K=表土変位量εと考えてよい。
【0029】
平均的な体質の場合、一度ダメージを受けると地表付近の土砂が徐々に下方に移動するクリープ現象を生じ、表土に緩みを生じ、斜面の体力が低下する。緩み度すなわち体力が回復するのに数年かかり、数年以内に再び豪雨に見舞われたりすると、ダメージは累積し、加速度的な体力の低下に比例してクリープが増大する結果、危険斜面が形成される。クリープ程度は斜面の亀裂の拡大度合いや、新しい段差の形成度合いや、樹木の生育度合いに比例している。
【0030】
前記クリープを生じている斜面は急傾斜地全体のおよそ十分の一程度の+斜面(符号7)と推定され、さらにクリープ量が大きい全国で5万箇所の++斜面(符号8)の一群内から出現する(符号9)。そして毎年崩壊するのは全国約5千箇所の+++で示す危険斜面内から毎年約5百箇所出現すると考えられる。このように斜面の病状と体力を指標として斜面を分類したのが、図3の急傾斜地崩壊危険個所の階層分布モデルである。
【0031】
前記斜面の体力はクリープを引き起こし、クリープが原因で樹木の生育障害を生じる。クリープ量が毎年数cm以下の++斜面では、樹木は根曲がりを生じながらも少しずつ成長できるが、クリープ量が毎年数5cmを越える+++斜面になると、根が切断されて樹木は成長できず灌木林や多年草しか生育できなかったり、地表に段差や亀裂などを生じたりする。
【0032】
雨量が少ない年が続いて緩み度は次第に減少すれば、+や++の斜面ではその後、樹木の生長が再開して斜面の体調は徐々に改善する場合もある。数十年間豪雨が無い場合は、樹木の補強効果により斜面は安定化に向かう。ただし一度+++に陥った場合は少ない降雨量でも不安定化するので、回復は難しく、そのような斜面は数年先に崩壊する可能性が大となる。
【0033】
前記斜面の状況をモデル化したのが図2であるが、モデル化の際に目に見えない地質構造係数Xや同じく降雨の影響程度を決める水文係数Yの決定方法が問題である。本案件の解決方法として、式1の右辺である表土変位量εを上記の樹木の生育状況などで、過去の豪雨履歴と通年雨量との2回の降雨条件におけるε1、ε2を推定して、式1を連立させてXとYを決定することで解決した。
【0034】
係数モデルに使用する表土厚さD(m)は簡易貫入試験で求めることが望ましいが、簡易な方法としてバールなどで探ってもよく、また重心位置を考慮して1/tanθ(m)と仮定してもよい。Dの誤差はXの値で調整されるので予測精度に与える影響はさほど大きくはないことが理由である。以上で評価対象斜面の式1の右辺はすべて既知となり、雨量Pに対する表土変位量εが計算できる。
【0035】
要因が複雑に絡み合う自然現象を取り扱う近似的な手法として本係数モデルは有効である。目に見える要因を計数化して、基本的な斜面の体質とも言える評価をまず求め、植生や地表の様子から体調を求め、あと解明不可能な様々な自然現象をX、Y二つのブラックボックス化して調整し、実際の斜面を係数モデルで再現している。本手法によりこれまで不可能であった、一般斜面の不確定問題を解決した。
【0036】
本係数モデルを使用して斜面の表土変位量算出し雨量Pに対する表土変位量εの関係をグラフ化して、その年の警戒に当たる。ただし初期の推定値は、過去のデータに基づくものでその結果算出された変位量はある程度の誤差を持っている。しかしその後の降雨に対しては、評価対象斜面に設置した簡易な三角測量杭間の長さを測定するなどにより表土変位量εが検証できるので、地質構造係数X、水文係数Yを現状に合うように修正することで、その後の予測精度は向上する。
【0037】
上記作業分担については図4に示すように、前記符号10に示す航空測量や机上での基礎調査から雨量−変位量図出力まで県、市町村など行政が担当し、一方符号11に示す現地調査は行政の委託を受けた研究者や専門家の指導の下、国・県の経済支援の基、原則として住民側が行う。この中心となるのが自主防災組織であり、同組織は、現地調査に基づいて緩み度や表土変位量εの推定を行い、地質構造係数Xと水文係数Yを推算して評価対象斜面の表土変位量算出モデルの作成をコンサルタントや大学の指導を受け行政と住民が協同で行う。
【0038】
本防災情報システムは、急傾斜対策だけでなく汎用斜面防災システムとして、土石流発生危険渓流、道路鉄道などの路線、ダム湖周辺の斜面や、ODA事業などでも使用できる。このような全国の様々な斜面情報は評価対象斜面の緯度経度情報(符号13)や範囲情報(符号14)ともに、インターネット上のウェブサーバ内のデータベースに既存の地理情報データベースとともに入力しておくと、評価対象斜面の近傍の雨量情報(符号12)を自動的に参照してリアルタイムで表土変位量εが算出される。これらの処理された斜面情報は色別の危険度地図情報とともにインターネットや家庭用デジタル放送で画面上に表示され、自宅にいながら全国の被害予想図をモニターできる。ウエーブサイト上の危険度別の地図情報は、任意の年数を経た将来の降雨状況を予測することにも利用し、インターネットで接続されたパソコン画面から入力すると、大まかではあるが即座に将来の表土変位量予測図が表示される総合的な防災情報システムの構築が可能となる。
【実施例1】
【0039】
斜面の表土変位量算出方法及び防災情報システムは住民参加型の急傾斜地避難警戒システムを構築する場合、その効果を最大限に発揮する。以下に急傾斜地での実施例を示す。
【0040】
これまで一律の工事対象となっていた全国の50万の危険箇所を対象にして、レーザーなど航空測量などの電磁波の反射率の違いから、植生を比較分析し、また地理情報システム(GIS)により地形を分析して自動で基本データを作成する。GISが未整備な地域においては通常の地形図を用い、検討単位となる斜面は地形と植生の違いから任意の形状に区分し、図5示す基準点Oの緯度経度情報(符号13)と、N、NE、E、SE、S、SW、W、NWの八方位線と中心からの距離の検討斜面の範囲情報(符号14)などで範囲を表す。
【0041】
通常の監視体制としては、本表土変位量算出モデルによりクリープを生じている推定5万箇所を+の不安定斜面(符号7)に選定して、警戒レベルを1ランク上げて斜面監視装置を設置する。この5万箇所への対応策として、重点監視と里山や植林の手入れや管理を積極的に行って樹木の生育を早めることである。さらに斜面監視装置の観測結果に基づいて、百分の一の約5千箇所のクリープ変動量が5cmを越える++の危険斜面(符号8)箇所を絞り込み、この5千箇所を対象として警戒レベルをさらに1ランク上げて、データロガーを設置し、変動記録に応じてクリープ変動量が5cmを越え、増加している+++の特別危険斜面(符号9)を特定する。この+++の特別危険斜面(符号9)に対して順次地質調査や対策工事を行う。
【0042】
図4に示す監視体制における参照雨量(符号12)は、連続雨量もしくは有効雨量のいずれかを選び、降雨量数十mmから数百mmの間で、雨量に対する降雨量−表土変位量εグラフと、戸別の入力データと避難場所や知人の電話番号及び避難上の注意事項などを1枚の用紙に各戸別に出力し、これを透明の防水ビニールシートなどに入れ、居間や寝室のわかりやすい場所に懐中電灯とともに置いて警戒に当たる。
【0043】
戸別の降雨量−表土変位量εグラフは、自主防災組織の各斑でも同じものを保管し、班長及び補助者は班内の状況を把握するとともに、あらかじめ班員で決定しておいた基準変位量に基づいて、自主防災班として住民支援を行う。その際、各戸の人員構成や、災害弱者の有無により避難場所及び避難経路を、住民間の協議であらかじめ決めておき、緊急時には各戸は自主的に避難する。また自主防災組織は、インターネット等である程度の広域雨量や他地区の状況も把握し、自治体との連絡や必要な支援を要請するなど、自治体との連絡調整を行う。
【0044】
一つの表土の崩壊が発生した場合、崩壊が周囲へと波及することは普通に見られる。一つの表土(符号15)の崩壊が縦断的に及ぼす影響を判定し、崩壊範囲を決定する手順を示すのが図6である。表土の崩壊の判定は各単位斜面の表土変位量εが10cmを越えた場合に崩壊と判定し、下方土塊への影響を表土変位量εの値が9cmを越えたセンチ数を下部の表土変位量εに加算して、次々と下側に崩壊区域の判定を行う。図6は地形の平面形状が直線型の標準地形の場合であり、この場合だとdの表土の崩壊に伴い、10cm−9cm=1cmをeへの影響値としてeのε1の9cmにプラスするとeのε2は10cmとなるので図中eで示す表土は崩壊と判定される。さらにfへの影響値は同じく10cm−9cm=1cmとなり、fのε1である8cmにプラスするとfのε2は9cmとなり崩壊しない。また上部への影響は予想した崩壊層厚dmの数値d(m)を1、2、3のようにそのままcmにして、上部の表土変位量に加算して同様に検討していく。
【0045】
前記、崩壊の波及は図7に示す平面形状係数β(符号16)で修正を行うこととし、前項の表土の崩壊が周囲に及ぼす影響値を計算する場合に、直線型斜面の場合は平面形状係数β(符号16)の1/2すなわち1を縦断に及ぼす影響値にかける。尾根型斜面の場合の平面形状係数β(符号17)の1/2である0.5を、縦断的に及ぼす影響値にかける。また同様に谷型斜面の場合は、平面形状係数β(符号18)の1/2である1.5を縦断的に及ぼす影響値にかける。一例として表土層厚を2mと仮定すれば、cへの影響は2cmとなり、5cm+2cm=7cmとなり図7中の表土cは崩壊しない。
【0046】
尾根型斜面の場合を図8に示すが、各尾根型斜面の表土(符号24)うちdのε1は10cmであり尾根型斜面の表土eへの影響値は{10cm−9cm}×平面形状係数β(符号17)の0.5=0.5cmとなり、従って表土eのε2は9cm+0.5cm=9.5cmとなり、判定基準の10cmを越えないからeの表土は崩壊しない。また図7同様に図8中の表土d上部のcも崩壊しない。
【0047】
谷型斜面の場合についても同様に検討し、図9に示すように、その平面形状係数β(符号18)は3であるので、3×0.5=1.5をaからiまでの各谷型斜面の表土(符号25)の影響値を補正すると、図9に示すように、d〜fまでの斜線部分の表土が崩壊する。なお図7同様に図9中の表土d上部のcは崩壊しない。
【0048】
崩壊地側方への影響は、側方の表土変位量ε1に、上方への影響の2/3程度を加算し、同様に崩壊経路(符号19)に沿って崩壊判定を行って崩壊範囲の決定を行ない、防護対象物件(符号20)への被害を予測する。なお(符号31a)は直線型斜面を表し、(符号31b、31c)はそれぞれ尾根型斜面と谷型斜面を表す。
【0049】
単位斜面の取り方は様々であるが、基本的には表土厚さDmの7倍程度とし、幅はその2/3程度とする。また層厚を無視して地形と植生を合わせて単位斜面に分ける方法も考えられるが、1単位の長さが数十mに及ぶ場合は、各影響度を1/3程度に低減する。また長さが百mを越えると、周囲への拡大は通常、考慮しない。細かく分けることは、実際の崩壊形態に近づくが、後の追跡調査が大変なので、その辺は状況に応じて単位斜面の規模を使い分ける。大きく分けた場合は、確率的な予想となる。この場合、表土底面の傾斜角θのばらつきを考慮して斜面の表土変位量を算出する。
【0050】
以上の計算は雨量Pを参照した時点で自動的に行われ、降雨量に応じたほぼリアルタイムでの被災範囲予測図がインターネット上のパソコンの画面に表示される。この際に崩壊と判定された斜面の崩積土塊の体積と、雨量から求まる推定含水比により土石流発生を自動的に判定して、その到達予想範囲も画面上に表示する。
【0051】
豪雨後に安全を確認した後、自主防災組織を中心とした調査チームは、崩壊跡地の有無や樹木の転倒など地表変位に伴う兆候を観察し、バールなどを地面に押し込んで緩み度を調べ、簡易な三角測量杭間の距離を計測するなどで斜面の状況を調べる。これらの調査結果に基づき、データを修正して、次の降雨に備える。緩み度が大きいと斜面は少しの雨でも崩壊するために本作業は重要である。
【0052】
その後、降雨によるダメージが無ければ、緩み度は1年で半分、数年で8割方自動的に回復するシステムとする。新たに表土変位量ε等が生じた場合は、自動的に当初の緩み係数に新たな変位量(ε)/3.33333(ただし1以上)の値をかけて、新しい緩み量とし、これで求めた緩み量を次回の変位量の算定に使用する。ε=4cmの場合は、1.2倍、ε=5cmの場合は、1.5倍、ε=6cmの場合は、1.8倍、7cm以上はすべて最大の2倍とする。なおこれらの緩み量の算出は自動で行われるが、現状に合わないと判断された場合は手動で修正する必要がある。このとき同時にX、Yの設定も見直す必要がある。
【0053】
また新たな表層土塊の表土変位量εが数cm以上生じた場合、自動的に樹木の成長率は半分程度になり、4〜5cm以上の場合は成長は停止させる。そして変位量が数cm以内に収まった場合、所定の樹木成長率を用いて樹齢係数μが自動的に更新されるようにする。ただしこのような緩み程度は個々の斜面で異なるので、地元による毎年最低1回は住民が簡易な三角測量杭間の距離を計測するなどで緩みの回復状況や樹齢が適正かどうかを確認する必要がある。
【0054】
各係数の取り方を表1に示す。データは10b 3u30 L1 などで表し、電算内部で数値処理を行う。植生はc型や複数のbsなどと表記する。地形は2i(ニイ・アイ)型など、摩擦係数τの値はL1(エル・イチ)型など、大きく緩んでいる場合はL2(エル・ニイ)型などと呼ぶ。なおこれらの係数は、今後の調査や、地形区や地質区や気候区によっては多少変更する場合がある。
【0055】
このようにして毎回データを自動または手動で更新していくことで、将来予測精度を向上させることが可能になる。すなわちパソコン画面上で今後の経過年数と将来予測雨量Pを入力すれば、瞬時に樹齢など修正されて経過年数後の危険度予測図が得られる。本機能は防災計画を目的とした植生評価システムとして利用できる。これにより樹木の評価が数値で表されるので、里山の管理を行った場合の費用対効果判定も簡単にできる。このため行政側の対応は地元住民への減免や助成などの経済支援を講じることで効率の良い住民参加型の急傾斜対策を講じることが可能となる。
【実施例2】
【0056】
斜面の表土変位量算出方法及び防災情報システムは住民参加型のみならず、広がりを持った土石流監視用や、同じく路線の斜面監視システムとしても有効である。以下に路線監視用としての実施例を示す。
【0057】
道路管理システムでの実施例としては路線単位及び土木事務所など管轄区域全体の路線を一元的に管理する方法が考えられる。まず路線単位に地形図と航空写真を基に机上調査を実施し、予察図を作成する。予察図に基づき、第一次現地調査を実施し、本斜面変位量算出システムのデータを入力する。単位斜面ごとの降雨量−表土変位量εグラフを作成し、第二次現地調査を行い、全体の調整及び部分的なデータ修正を行う。このときに注意箇所を指摘し、必要であれば、簡易貫入試験など第三次現地調査計画を立案し、必要な個所に斜面警報装置の設置計画を提案する。基本的に毎年1回、データの見直しを行い、多量の降雨があった注意箇所の点検を行い、推定変位量の検証を行う。斜面監視装置を適切に配置した後は、道路面付近の巡視のみで、変位量の検証が可能になり、調査費など人件費の大幅な削減につながる。この斜面監視装置が設置された段階で危険な斜面が把握されるので、その部分を雨量通行規制の対象としたり、地質調査を行ったりして、後日対策工事のための基礎資料とする。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本斜面変位量算出方法により樹木が健全に生育できる環境を人工的に作ることが可能となり、その植生による斜面崩壊防止効果により、将来に向けてハード対策経費を大きく削減することができる。
【0059】
森林の育成は防災対策だけでなく環境対策としても優れ、CO2削減や森林資源の有効活用が可能となり、地域産業の振興に役立つ。海面上昇による臨界平野の水没危機が言われる今、山間部に安全で快適な生活空間確保され、将来省エネ型の自立した産業立地の基盤が形成される。
【0060】
世界的に温暖化対策や環境保護が言われる今、森林を育てる本斜面変位量算出方法は世界にも受け入れられると考えられ、特に我が国同様に、豪雨災害は深刻なアジアモンスーン各国やヨーロッパ山岳地帯における警戒システムとして使用される可能性があり、今後の我が国の一技術輸出型産業としての展開が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】表土変位量算出の基本的な概念を示す構造モデル図である。
【図2】構造モデルを数値化した係数モデル図である。
【図3】急傾斜地崩壊危険個所の階層分布モデル図である。
【図4】基本的な作業の流れを示す図である。
【図5】検討斜面の位置及び範囲の表し方を示す図である。
【図6】直線型平面形状の崩壊拡大の断面検討図を示す。
【図7】周囲への崩壊拡大の平面検討図を示す。
【図8】尾根型斜面の崩壊拡大の断面検討図を示す。
【図9】谷型斜面の崩壊拡大の断面検討図を示す。
【符号の説明】
【0062】
1 傾斜台
2 積み木
3 重心線
4 ひも
5 不安定部
6 安定斜面
7 一降雨期間に数cmクリープ変動を生じる不安定斜面
8 一降雨期間のクリープ変動量が5cmを越える危険斜面
9 一降雨期間のクリープ変動量が5cmを越え増加している特別危険斜面
10 行政が担当
11 地元が担当
12 参照雨量
13 緯度経度情報
14 範囲情報
15 直線型斜面の表土
16 直線型斜面の平面形状係数β
17 尾根型斜面の平面形状係数β
18 谷型斜面の平面形状係数β
19 崩壊経路
20 防護対象物件
21 a 直線型斜面
22 b 尾根型斜面
23 c 谷型斜面
24 尾根型斜面の表土
25 谷型斜面の表土
D 表土の厚さ
D×δ×X 緩み係数と地質構造係数Xで調整した換算表土高さ
G 地形量
Δh 降雨による表土の重心移動量
K 不安定度
P 雨量
Q 地質量
S 植生量
X 地質構造係数
Y 水文係数
a 断面形状係数
β 平面形状係数
δ 緩み係数
ε 表土変位量
θ 表土表面の傾斜角
λ 樹種係数
μ 樹齢係数
τ 摩擦係数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
斜面の表土の不安定度Kを、
断面形状係数α×斜面の表土底面の傾斜角θ(度)の正接関数で示される地形量Gと、斜面の表土厚さD(m)×緩み係数δ×地質構造係数Xに、平面形状係数β×雨量P×水文係数Yで求めた重心移動量Δhを加えた地質量Q、との積からなる不安定総量から、
樹種係数λ×樹齢係数μで表す植生量S+表土を構成する土塊間の摩擦係数τで求めた安定総量を、差し引いた
K={(α×tanθ)×(D×δ×X+β×P×Y)−(λ×μ+τ)}・・・式1で求め、
過去の崩壊事例から不安定度K=斜面の表土変位量ε(cm)に近くなるように比較演算して各係数を決定した本式を組み込んだプログラムを、インターネット上のウェブサーバで運用し、一般利用者が評価対象斜面の位置情報と地形や植生など斜面のデータをサーバー内のデータベースに登録しておけば、自動的に近傍の雨量情報を参照して式1に基づいてリアルタイムに評価対象斜面の表土変位量εを計算する一般斜面を対象とした表土変位量算出方法。
【請求項2】
前記表土の不安定総量は、斜面の表土底面の傾斜角θ(度)が大であるほど大きく、また斜面の表土厚さが大であるほど大きく、そしてどちらかの値がゼロであれば他方が極大でも不安定総量はゼロなので、斜面の表土の不安定総量を(α×tanθ)×(D×δ×X+β×P×Y)で表す斜面の表土の不安定性の判別方法を特徴とする請求項1に記載の斜面の表土変位量算出方法 。
【請求項3】
前記斜面表土の安定総量は、植生量Sと表土を構成する土塊間の摩擦係数τの和で表されるが、植生量Sに関して考えると、樹木が成長するに従い、根が深く進入して表土を縛り、土を補強するので、その補強度合いは、広葉樹で大きく、草本類で小さく、従い植物による斜面の表土の補強効果を、樹種係数λと樹齢係数μの積からなる植生量Sと、表土を構成する土塊間の摩擦係数τの和(λ×μ+τ)で表す斜面の表土の安定性算出方法を特徴とする請求項1に記載の斜面の表土変位量算出方法。
【請求項4】
前記斜面の表土の不安定総量は、測定可能な斜面の表土の厚さDを基本とするが、緩み係数δや測定不可能な地質構造係数Xからなるその他の要因で補正する必要がある一方、雨量Pに基づく重心移動量Δhも同じく測定不能な水文係数Yで補正する必要があるが、これら測定不能な地質構造係数Xと水文係数Yを求める方法として、条件の異なる過去2回の降雨イベントにおける樹木や地表に現れたダメージから、過去2回の表土変位量ε1、ε2を推定して、連立式によりX、Yを求める不確定値の算出方法を特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の斜面の表土変位量算出方法。
【請求項5】
一般利用者が評価対象斜面のデータを、ウェブサーバ内のデータベースに入力し、同データを毎年半自動で更新することにより、リアルタイム雨量を自動的に参照して雨量P時点の表土変位量εを、既存の地理情報データベース使用して、インターネットや地上デジタル放送を通じて、各戸や自主防災組織並びに地方自治体のパソコンや、テレビ画面に表示する防災情報システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−112035(P2010−112035A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−284245(P2008−284245)
【出願日】平成20年11月5日(2008.11.5)
【特許番号】特許第4404320号(P4404320)
【特許公報発行日】平成22年1月27日(2010.1.27)
【出願人】(301034751)有限会社秋山調査設計 (1)
【Fターム(参考)】