説明

新規な環状化合物、電子輸送材料および有機エレクトロルミネッセンス素子

【課題】アモルファス状態が安定で、電子輸送材料として優れた特性を有する新規化合物を提供する。
【解決手段】特定構造を有するヘキサボラシクロファンに代表される環中にホウ素を含有する環状化合物。本化合物は下記のスキーム1によって合成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な環状化合物とその環状化合物からなる電子輸送材料に関する。また本発明は、新規な環状化合物を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子にも関する。
【背景技術】
【0002】
分子エレクトロニクスの分野や有機エレクトロルミネッセンス素子の開発において、電子移動度が大きな電子輸送材料が必要とされている。そして、これまでに種々の電子輸送材料が提案されている。例えば、以下に示す構造を有するトリス(8−ヒドロキシキノリン)アルミニウム[Alq3]やトリス[3−(3−ピリジル)メシチル]ボラン[3TPYMB:非特許文献1参照]が比較的高い電子移動度を示す材料として広く知られている。3TPYMBは、Alq3に比べて10倍程度の高い電子移動度を示す。
【化1】



【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】D. Tanaka, et al., Jpn. J. Appl. Phys.46, L117 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電子輸送材料としては、アモルファス状態が安定で結晶化しにくい性質を有しているものが好ましい。そのためには、ガラス転移温度(Tg)が高い電子輸送材料を提供することが望ましい。また、Alq3や3TPYMBといった従来知られている電子輸送材料よりもさらに高い電子輸送効率を有する材料を提供することが望ましい。
【0005】
そこで本発明者らは、アモルファス状態が安定で結晶化しにくいうえ、電子輸送材料として優れた特性を有する新規化合物を提供することを目的として検討を進めた。また本発明者らは、分子構造に基づいて化合物のキャリア輸送材料としての有用性を評価する方法を提供することも目的として検討を進めた。さらに本発明者らは、優れた電子輸送材料を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子などの電子デバイスを提供することも目的として検討を進めた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために鋭意検討を進めた結果、本発明者らは、特定の構造を有する環状化合物が安定で電子輸送材料として優れた特性を有することを見出した。また本発明者らは、振電相互作用密度理論に基づく特定の解析を行うことによって、分子構造から化合物のキャリア輸送材料としての有用性を精度良く評価できることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいて、上記の課題を解決する手段として、以下の本発明を提供するに至った。
【0007】
(1) 下記一般式[1]で表される化合物。
【化2】

[一般式[1]において、R1〜R4およびR11〜R15は、各々独立に、水素原子、置換もしくは無置換の直鎖アルキル基、置換もしくは無置換のアリール基、置換もしくは無置換の直鎖アルコキシ基、または置換もしくは無置換の直鎖アルキルチオ基を表す。R1とR2、R3とR4、R11とR12、R12とR13、R13とR14、およびR14とR15は互いに結合して環構造を形成していてもよい。pは1〜7のいずれかの整数であり、nは6〜20のいずれかの整数である。]
(2) 一般式[1]のpが1,2または3である、(1)に記載の化合物。
(3) 一般式[1]のnが6〜16のいずれかの整数である、(1)または(2)に記載の化合物。
(4) 一般式[1]のR1〜R4およびR11〜R15がすべて水素原子である、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の化合物。
(5) 下記の構造を有する化合物1。
【化3】

【0008】
(6) (1)〜(5)のいずれか1項に記載の化合物からなる電子輸送材料。
(7) (1)〜(5)のいずれか1項に記載の化合物を含む組成物。
(8) (1)〜(5)のいずれか1項に記載の化合物を用いた電子デバイス。
(9) (1)〜(5)のいずれか1項に記載の化合物を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子。
(10) 化合物の分子構造に対して振電相互作用密度解析を行うことにより振電相互作用定数を得て、その振動相互作用定数の小ささにより化合物のキャリア輸送材料としての有用性を評価することを特徴とする、化合物の評価方法。
(11) 振動相互作用を引き起こすモードの数の少なさも考慮してキャリア輸送材料としての有用性を評価することを特徴とする(10)に記載の化合物の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の化合物は、アモルファス状態が安定で結晶化しにくいうえ、電子輸送材料として優れた特性を有する化合物である。また、この化合物を用いた本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子などの電子デバイスは、高効率であり、消費電力や発熱量を抑えることができ、長寿命化も実現することができる。さらに、本発明の評価方法によれば、化合物の分子構造に基づいて、その化合物のキャリア輸送材料としての有用性を精度良く簡便に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】Alq3と8−Hqの振電相互作用定数を示すグラフである。
【図2】Alq3と8−Hqの差電子密度を示す図である。
【図3】3TPYMBと3−Mpの振電相互作用定数を示すグラフである。
【図4】3TPYMBと3−Mpの差電子密度を示す図である。
【図5】化合物1の振電相互作用定数を示すグラフである。
【図6】化合物1の差電子密度を示す図である。
【図7】HOMOとLUMOの軌道準位を示す図である。
【図8】電流−電圧特性を示す図である。
【図9】消費電力を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明の内容について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様や具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
[一般式[1]で表される化合物]
本発明の化合物は、一般式[1]で表される構造を有する。
【化4】

【0013】
一般式[1]において、R1〜R4およびR11〜R15は、各々独立に、水素原子、置換もしくは無置換の直鎖アルキル基、置換もしくは無置換のアリール基、置換もしくは無置換の直鎖アルコキシ基、または置換もしくは無置換の直鎖アルキルチオ基を表す。
直鎖アルキル基は、炭素数1〜20の直鎖アルキル基であることが好ましく、炭素数1〜12の直鎖アルキル基であることがより好ましく、炭素数1〜6の直鎖アルキル基であることがさらに好ましく、炭素数1〜3の直鎖アルキル基(すなわちメチル基、エチル基、n−プロピル基)であることがさらにより好ましい。
アリール基は、炭素数6〜22のアリール基であることが好ましく、炭素数6〜18のアリール基であることがより好ましく、炭素数6〜14のアリール基であることがさらに好ましく、炭素数6〜10のアリール基(すなわちフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基)であることがさらにより好ましい。
直鎖アルコキシ基は、炭素数1〜20の直鎖アルコキシ基であることが好ましく、炭素数1〜12の直鎖アルコキシ基であることがより好ましく、炭素数1〜6の直鎖アルコキシ基であることがさらに好ましく、炭素数1〜3の直鎖アルコキシ基(すなわちメトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基)であることがさらにより好ましい。
直鎖アルキルチオ基は、炭素数1〜20の直鎖アルキルチオ基であることが好ましく、炭素数1〜12の直鎖アルキルチオ基であることがより好ましく、炭素数1〜6の直鎖アルキルチオ基であることがさらに好ましく、炭素数1〜3の直鎖アルキルチオ基(すなわちメチルチオ基、エチルチオ基、n−プロピルチオ基)であることがさらにより好ましい。
直鎖アルキル基、アリール基、直鎖アルコキシ基および直鎖アルキルチオ基に対する置換基としては、アルキル基とアリール基を挙げることができる。また、置換基であるアルキル基とアリール基は、さらにアルキル基やアリール基で置換されていてもよい。
【0014】
一般式[1]において、R1とR2、R3とR4、R11とR12、R12とR13、R13とR14、およびR14とR15は互いに結合して環構造を形成していてもよい。
xとRx+1(xは1,3,11〜14)が互いに結合して環構造を形成している場合、その環構造は単環構造であってもよいし、多環構造であってもよい。単環構造である場合は、4〜12員環からなるものであることが好ましく、5〜10員環からなるものであることがより好ましく、5〜7員環からなるものであることがさらに好ましい。多環構造である場合は、これらの単環構造が2つ以上融合した環骨格からなるものを挙げることができ、融合する複数の環は互いに同一であっても異なっていてもよい。また、環構造はRxやRx+1が結合しているベンゼン環と共役系を形成するものであることが好ましい。RxとRx+1が互いに結合して多環構造を形成している場合は、少なくともRxやRx+1が結合しているベンゼン環と直接融合している環構造がベンゼン環と共役系を形成するものであることが好ましく、すべての環構造がベンゼン環と共役系を形成するものであることがより好ましい。RxとRx+1が互いに結合して形成する単環構造の具体例として、ベンゼン環、ピリジン環、チオフェン環などを挙げることができ、好ましい例としてベンゼン環を挙げることができる。RxとRx+1が互いに結合して形成する多環構造の具体例として、ナフタレン環、フェナントレン環、アントラセン環などを挙げることができ、好ましい例としてナフタレン環を挙げることができる。RxとRx+1が互いに結合して形成する環構造には、置換もしくは無置換のアルキル基や、置換もしくは無置換のアリール基がさらに置換していてもよい。
1〜R4のうち、少なくとも1つは水素原子であることが好ましく、少なくとも2つが水素原子であることがより好ましい。例えば、R1〜R4のすべてが水素原子であってもよい。
【0015】
一般式[1]において、pは1〜7のいずれかの整数であり、2〜5のいずれかの整数であることが好ましく、2〜4のいずれかの整数であることがより好ましく、2または3であることがさらに好ましい。
一般式[1]において、nは6〜20のいずれかの整数であり、6〜16のいずれかの整数であることが好ましく、6〜10のいずれかの整数であることがより好ましく、6〜8のいずれかの整数であることがさらに好ましい。また、nは偶数であっても奇数であってもよいが、偶数を選択することがより好ましい。
pとnの組み合わせは任意に設定することが可能である。例えば、pが1である場合は、nが6である化合物、nが7である化合物、nが8である化合物、nが10である化合物、nが12である化合物、nが14である化合物、nが16である化合物などを例示することができる。例えば、pが2である場合は、nが6である化合物、nが7である化合物、nが8である化合物、nが10である化合物、nが12である化合物、nが14である化合物、nが16である化合物などを例示することができる。例えば、pが3である場合は、nが6である化合物、nが7である化合物、nが8である化合物、nが10である化合物、nが12である化合物、nが14である化合物、nが16である化合物などを例示することができる。例えば、pが4である場合は、nが6である化合物、nが7である化合物、nが8である化合物、nが10である化合物、nが12である化合物、nが14である化合物、nが16である化合物などを例示することができる。
【0016】
一般式[1]で表される化合物中には、R1がp×n個存在するが、それらのR1はすべて同一である。同様に、p×n個存在するR2〜R4も、それぞれすべて同一である。また、一般式[1]で表される化合物中には、R11がn個存在するが、それらのR11はすべて同一である。同様に、n個存在するR12〜R15も、それぞれすべて同一である。
一般式[1]で表される化合物の分子量は、984以上であることが好ましく、1440以上であることがより好ましく、1777以上であることがさらに好ましい。また、一般式[1]で表される化合物の分子量は、12412以下であることが好ましく、2354以下であることがより好ましく、1898以下であることがさらに好ましい。
【0017】
一般式[1]で表される化合物は、n個の構造単位が環を形成するように結合した環状化合物である。一般式[1]で表される好ましい化合物例として、以下の化合物を挙げることができる。
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが6である化合物1(下記の構造を有するHexaboracyclophane)
【化5】

・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが1であり、nが6である化合物2
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが1であり、nが8である化合物3
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが1であり、nが10である化合物4
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが1であり、nが12である化合物5
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが1であり、nが14である化合物6
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが1であり、nが16である化合物7
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが8である化合物8
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが10である化合物9
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが12である化合物10
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが14である化合物11
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが16である化合物12
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが3であり、nが6である化合物13
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが3であり、nが8である化合物14
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが3であり、nが10である化合物15
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが3であり、nが12である化合物16
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが3であり、nが14である化合物17
・R1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが3であり、nが16である化合物18
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが1であり、nが6である化合物19
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが1であり、nが8である化合物20
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが1であり、nが10である化合物21
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが1であり、nが12である化合物22
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが1であり、nが14である化合物23
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが1であり、nが16である化合物24
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが2であり、nが6である化合物25
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが2であり、nが8である化合物26
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが2であり、nが10である化合物27
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが2であり、nが12である化合物28
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが2であり、nが14である化合物29
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが2であり、nが16である化合物30
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが3であり、nが6である化合物31
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが3であり、nが8である化合物32
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが3であり、nが10である化合物33
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが3であり、nが12である化合物34
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが3あり、nが14である化合物35
・R1〜R4およびR13〜R15が水素原子であり、R11とR12が互いに結合して−CH=CH−CH=CH−となってベンゼン環を形成しており、pが3であり、nが16である化合物36
【0018】
[一般式[1]で表される化合物の合成]
一般式[1]で表される化合物の合成法は特に制限されない。一般式[1]で表される化合物の合成は、既知の合成法や条件を適宜組み合わせることにより試みることができる。
【0019】
例えば、下記のスキーム1にしたがって合成を試みることができる。スキーム1では、一般式[1]のR1〜R4およびR11〜R15が水素原子であり、pが2であり、nが6である化合物1の合成経路を示しているが、他の一般式[1]で表される化合物の合成も同様に試みることができる。
【化6】

【0020】
一般式[1]で表される化合物の別の合成法として、以下のスキーム2に示す合成経路を試みることもできる。
【化7】

【0021】
一般式[1]で表される化合物のさらに別の合成法として、以下のスキーム3に示す合成経路を試みることもできる。
【化8】

【0022】
合成した一般式[1]で表される化合物は、精製し単離してから特定の用途に供してもよいが、用途によっては単離することなく用いてもよい。本発明は、一般式[1]で表される化合物と一般式[1]では表されない化合物をともに含む組成物も包含するものである。なお、合成した一般式[1]で表される化合物の精製は、カラムクロマトグラフィー法などの既知の精製法を適宜選択して行うことができる。
【0023】
[キャリア輸送材料の評価方法]
本発明の評価方法によれば、化合物の分子構造に基づいて、その化合物のキャリア輸送材料としての有用性を評価することができる。本発明の評価方法は、振電相互作用密度理論に基づくものであり、その理論を新たな観点にたって応用することにより構築されたものである。
【0024】
振電相互作用(vibronic interaction)は、電子状態と振動状態の間の相互作用であり、vibronicはvibrational とelectronic の合成語である。振動モードi (振動数ωi 、規準座標Qi )との振電相互作用は次式で記述される。
【数1】

ここでVi は振電相互作用定数(VCC)とよばれ、次式で定義される。
【数2】

ここでH は、核間ポテンシャルを含む電子ハミルトニアン、Ψ(R0) は電気的に中性な分子の平衡核配置におけるイオン化状態の電子波動関数である。電子状態の属する既約表現をΓe とすると、電子状態に縮退が無い場合にはΓe × Γe = A1であるので、全ての全対称振動モードはゼロでない振電相互作用を持ち得る。なお、縮退がある場合には、Jahn-Teller効果が発現する。
【0025】
振電相互作用(1)を含む分子ハミルトニアンは
【数3】

と書くことができる。ここでE0 はR0でのイオン化状態のエネルギーである。(3)式第4項の負号は、(2)式の積分が負となる向きに振動モードをとり、その絶対値を改めてViと置いたことによる。本発明では振動モードの向きをこのように取ることにする。ハミルトニアン(3)はdisplaced harmonic oscillatorのそれであり、エネルギーは
【数4】

となり、第3項が再配列エネルギーに対応する。本発明は、この再配列エネルギーではなく、より基本的な振電相互作用定数に基づいて検討するものである。振電相互作用は、電子と振動との間に非弾性散乱を引き起こし、移動度低下やエネルギー散逸(発熱)の原因となる。従って、振電相互作用定数を制御することができれば、キャリア移動度の向上や発熱の抑制が可能になると考えられる。
【0026】
振電相互作用定数(2)は次のように変形することができる。
【数5】

ここでΔρ(r)=ρ±(r)―ρ0(r)はイオン化状態(電子輸送材料であればアニオン状態)と中性状態の差電子密度であり、υi (r)は電子-核Coulomb相互作用ポテンシャルを規準座標Qiで微分したものの一電子部分である。
【数6】

振電相互作用密度(vibronic coupling density)は(5)式の被積分関数で定義される。
【数7】

(5)式と(7)式より振電相互作用密度の空間積分
【数8】

が振電相互作用定数を与える。したがって振電相互作用が生じるためには、差電子密度Δρの分布とポテンシャル導関数υi の分布が上手く重なりあうことが必要である。振電相互作用密度は負の値も取るため、振電相互作用密度の相殺が起こりうる。そのような振電相互作用密度の相殺は、差電子密度が対称的に分布している場合に起こる。このため、振電相互作用密度の相殺をねらった分子設計を行うことにより、振電相互作用を抑制することが可能である。
【0027】
振電相互作用密度解析では、波動関数の質が重要である。式(5)の導出の仮定においてHellamnn-Feynman の定理を用いているが、通常のLCAO 近似波動関数は、一般にHellmann-Feynman の定理を満たさない。これは基底関数の中心が原子位置に固定されており、変分されていないことによる。Hellmann-Feynman の定理を成立させるために、基底関数にその導関数を加える方法やfloating 基底を用いる方法を採用しうる。
【0028】
本発明者らは、電子輸送材料として有用であることが知られているAlq3と3TPYMBに対して上記の振電相互作用密度解析を行った(詳細については後掲の実施例参照)。その結果、2つの化合物とも振電相互作用定数はπ共役系としては小さいことが確認された。また、2つの化合物の振電相互作用定数を比較すると、Alq3よりも3TPYMBの方がさらに小さいことが確認された。振電相互作用定数の最大値を比較すると、ホール輸送材料として広く用いられているN,N’−ビス(3−メチルフェニル)−N,N’−ジフェニル−[1,1’−ビフェニル]−4,4’−ジアミン[TPD]と比較してAlq3は2倍程度、3TPYMBは同程度であった。これらの傾向は、これらの化合物のキャリア移動度の傾向と一致している。このため、キャリア輸送材料を評価する際には、振電相互作用密度解析における振電相互作用定数が小さいほど、化合物のキャリア移動度が大きくてキャリア輸送材料としての有用性が高いことが裏付けられた。
【0029】
以上の知見に基づいて、化合物の分子構造に対して振電相互作用密度解析を行うことにより振電相互作用定数を得て、得られた振電相互作用定数の小ささにより、その化合物のキャリア輸送材料としての有用性を評価することを特徴とする本発明の評価方法が提供される。振電相互作用定数が小さいほど、化合物のキャリア輸送材料としての有用性が高いものと評価することができる。評価に際しては、振動相互作用を引き起こすモードの数の少なさも考慮することができる。すなわち、振動相互作用を引き起こすモードの数が少なければ、化合物のキャリア輸送材料としての有用性はさらに高いものと評価することができる。振動相互作用を引き起こすモードの数は、分子の大きさ(分子量)との関係を考慮しながら評価することが好ましい。一般に分子が大きくなれば、振動相互作用を引き起こすモードの数も多くなる傾向にあるが、分子が大きいにもかかわらず振動相互作用を引き起こすモードの数が少なければ、それだけキャリア輸送材料としての有用性が高いものと評価することができる。
【0030】
本発明者らは、Alq3の配位子(構成フラグメント)である8−ヒドロキシキノリン[8−Hq]と、3TPYMBの配位子(構成フラグメント)である3−メシチルピリジン[3−Mp]に対しても上記の振電相互作用密度解析を行ってさらに検討を行った。その結果、差電子密度の分布と振電相互作用定数の相対的な大小の傾向は、Alq3とその配位子である8−Hqでよく似た傾向を示し、振電相互作用定数の値はAlq3よりも8−Hqが約1.5倍大きいことが確認された。このことから、分子内に等価なフラグメントが複数存在すると、差電子密度がより非局在化して小さくなり、結果として振電相互作用定数が小さくなることが判明した。一方、3TPYMBとその配位子である3−Mpについては、差電子密度の分布も振電相互作用定数の相対的な大小の傾向も大きく異なっていた。3−Mpではピリジン環上に大きな差電子密度が認められたのに対して、3TPYMBではホウ素原子上で大きく、配位子上では小さな差電子密度しか認められなかった。このことから、3TPYMBではホウ素原子上に差電子密度が局在化して、配位子上での振電相互作用が小さくなった結果、振電相互作用定数が小さくなったことが判明した。
【0031】
【化9】

【0032】
以上の知見から、差電子密度が分子を構成するフラグメント内の特定の原子上に局在化していて、なおかつ、分子全体で見たときに差電子密度が等価なフラグメントに非局在化するような分子であれば、振電相互作用密度が低くて、好ましいキャリア輸送材料となりうることを見出した。すなわち、特定の構造を有するフラグメントから構成されていて、なおかつ、そのフラグメントが複数結合して対称性のある分子構造を形成している化合物が、好ましいキャリア輸送材料となりうることを見出した。上記の一般式[1]で表される構造を有する化合物は、窒素原子上に差電子密度が局在化しやすいフラグメントを有しており、なおかつ、当該フラグメントが複数結合して分子サイズが大きくて対称性が高い環状構造を形成している点で、電子輸送材料としての有用性が高い材料系となっている。
【0033】
一般式[1]で表される化合物のうち、上記の化合物1について振電相互作用密度解析による評価法を実施したところ、アニオン状態では差電子密度は6つのホウ素原子上に等価に局在して小さな値となることが確認された(図6参照)。また、化合物1は高い対称性を有することから電子と相互作用する振動モードの数が少なくて、振電相互作用密度がAlq3や3TPYMBよりもかなり低いことが確認された(図5参照)。さらに、化合物1に対して非平衡Green関数法を用いた計算解析を行った結果、Alq3や3TPYMBよりも高い電流値と低い消費電力を示すことも判明した(図8,9参照)。また、化合物1のHOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)とLUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)の軌道準位を計算した結果、電子輸送層の材料として適していることが確認された(図7参照)。
【0034】
一般式[1]で表される化合物1以外の材料についても、化合物1と同様に本発明にしたがって評価することができる。また、その評価を通して一般式[1]で表される化合物の電子輸送材料としての有用性も裏付けられる。一般式[1]で表される化合物は、十分な分子サイズを有しているため、ガラス転移温度が高くてアモルファス状態が安定に存在しうるものである。
本発明によれば、一般式[1]以外の系についても、特に制限なく分子設計して評価することができる。
【0035】
[電子デバイス]
一般式[1]で表される本発明の化合物や、上記の評価方法により電子輸送材料として有用であることが判明した化合物は、電子輸送機能を利用する様々な用途に用いることができる。例えば、有機エレクトロルミネッセンス素子や電子写真用感光体などを含む電子デバイスへ好ましく適用することができる。
【0036】
典型的な有機エレクトロルミネッセンス素子は、ガラスなどの透明基板上にITOなどの陽極、ホール注入層、ホール輸送層、発光層、電子輸送層、電子注入層、陰極が積層された構造を有する。一般式[1]で表される本発明の化合物や、上記の評価方法により電子輸送材料として有用であることが判明した化合物は、電子輸送層や電子注入層の材料として用いることができ、特に電子輸送層の材料として好適に用いることができる。本発明の化合物は、陰極から電子注入層を経由して電子輸送層に注入される電子を効率良く発光層へ輸送することができる。このため、発光層における電子とホールの再結合効率を上げて、消費電力と発熱量を抑えながら高い発光効率を実現することができる。また、それによって有機エレクトロルミネッセンス素子の長寿命化も実現することができる。
なお、有機エレクトロルミネッセンス素子などの電子デバイスには、公知の技術や公知の技術から容易に想到しうる様々な改変を必要に応じて加えることができる。
【実施例】
【0037】
以下に実施例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0038】
Alq3とその配位子である8−Hq、3TPYMBとその配位子である3−Mp、および化合物1について、振電相互作用密度解析を行って振電相互作用定数を求めた。電子状態計算は、1階導関数を加えた6−31Gを基底関数としてHartree-Fock法により行った。詳しくは、中性状態の構造最適化と振動解析についてはB3LYP/3-21G レベルで計算し、平衡構造は安定構造とし、アニオン状態の一点計算はUB3LYP/3-21G レベルで計算した。Alq3とその配位子である8−Hqの振電相互作用定数を図1に示し、差電子密度(|Δρ|=0.003a.u.)を図2に示す。また、3TPYMBとその配位子である3−Mpの振電相互作用定数を図3に示し、差電子密度(|Δρ|=0.003a.u.)を図4に示す。さらに、本発明の化合物1の振電相互作用定数を図5に示し、差電子密度を図6に示す。差電子密度を示す図2、4、6において、黒色は電子密度の増加を示し、白色は電子密度の減少を示している。
【0039】
振電相互作用定数の最大値は、Alq3が2×10-4a.u.であってビフェニル、フルオレン、カルバゾールより低く、3TPYMBが1.2×10-4a.u.であってTPDカチオンと同程度であった。本発明の化合物1の振電相互作用定数の最大値は1.6×10-4a.u.であるが、その他の振電相互作用定数は10-5a.u.オーダーであった。図1、3、5を比較すると、化合物1全体の振電相互作用定数は、Alq3や3TPYMBよりも小さい。一方、振電相互作用を引き起こすモードの数は、Alq3が150、3TPYMBが86、化合物1が46であった。化合物1は、Alq3や3TPYMBよりも分子サイズが大きくて振動モードも多いが、対称性が高いために振電相互作用を引き起こすモードの数はAlq3や3TPYMBよりも少なく、結果として振電相互作用定数も低くなっている。
【0040】
Alq3、3TPYMB、化合物1のそれぞれのHOMO、LUMOの軌道準位をB3LYP/3-21G レベルで計算し、結果を図7に示した。Mg:Ag電極のFermi準位は、Mg:Ag合金の仕事関数の逆符号である(P.A.Lane, et al., Appl. Phys. Lett. 90, 023511 (2007))。化合物1のHOMO、LUMOの軌道準位は3TPYMBよりも低いことは、Alq3を発光層としたときの電子輸送性能とホールブロッキング性能は化合物1の方が高いことを示している。
【0041】
Alq3、3TPYMB、化合物1について、単一分子伝導計算による電流−電圧特性の計算を行った。ここでは、単一のAlq3、3TPYMB、化合物1分子がバルクのAlq3、3TPYMB、化合物1に接合されていて、電極のFermi準位は分子のHOMOの軌道準位と一致していると仮定した。また、温度は298K、電極−分子間のtransfer積分τは0.5eVとした。結果は図8に示す通りであった。また、消費電力の比較を行った結果を図9に示す。化合物1は最も電子輸送効率が高くて発光効率を高めうるものである。
【0042】
以上から明らかなように、一般式[1]で表される化合物1は、電子移動材料として知られているAlq3や3TPYMBよりも振電相互作用定数が小さい。また、高い対称性を有していることから、Alq3や3TPYMBよりも全対称モードの数が少ない。化合物1は、振電相互作用が弱く、消費電力が低くて、大きな電流値を示すうえ、電子輸送材料に適したHOMO、LUMOの軌道準位を有するものである。優れた電子輸送性能とホールブロッキング性能を有する化合物1は、電子輸送材料に極めて適している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式[1]で表される化合物。
【化1】

[一般式[1]において、R1〜R4およびR11〜R15は、各々独立に、水素原子、置換もしくは無置換の直鎖アルキル基、置換もしくは無置換のアリール基、置換もしくは無置換の直鎖アルコキシ基、または置換もしくは無置換の直鎖アルキルチオ基を表す。R1とR2、R3とR4、R11とR12、R12とR13、R13とR14、およびR14とR15は互いに結合して環構造を形成していてもよい。pは1〜7のいずれかの整数であり、nは6〜20のいずれかの整数である。]
【請求項2】
一般式[1]のpが1,2または3である、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
一般式[1]のnが6〜16のいずれかの整数である、請求項1または2に記載の化合物。
【請求項4】
一般式[1]のR1〜R4およびR11〜R15がすべて水素原子である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項5】
下記の構造を有する化合物。
【化2】

【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の化合物からなる電子輸送材料。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の化合物を含む組成物。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の化合物を用いた電子デバイス。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の化合物を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項10】
化合物の分子構造に対して振電相互作用密度解析を行うことにより振電相互作用定数を得て、その振動相互作用定数の小ささにより化合物のキャリア輸送材料としての有用性を評価することを特徴とする、化合物の評価方法。
【請求項11】
振動相互作用を引き起こすモードの数の少なさも考慮してキャリア輸送材料としての有用性を評価することを特徴とする請求項10に記載の化合物の評価方法。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−184200(P2012−184200A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48725(P2011−48725)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「A boron−containing molecule as an efficient electron−transporting material with low−power consumption」
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】