説明

新規な肉組織の鮮度判定方法

【課題】本発明は、刺身など生食用の肉の、高鮮度域での十分な識別性能を有する肉組織、特に魚介類の肉組織の鮮度測定法を提供することを課題とする。
【解決手段】下記の式、
T値(%)=100×((TMP+TH)/(TPP+TMP+TH))
[式中、TMPはチアミン−1−リン酸を表し、THは遊離チアミンを表し、TPPはチアミン−2−リン酸を表す]
より、総チアミン含量に占めるTMPとTHの割合を算出し、得られたT値から肉組織、特に魚介類の肉組織の鮮度を判定する、鮮度判定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肉組織、特に魚介類の肉組織の鮮度の判定方法に関する。より詳細には本発明は、魚介類等の肉組織中に含まれるチアミン及びそのリン酸エステルを測定することにより魚介類等の肉組織の鮮度を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肉組織、特に魚介類の肉組織の鮮度評価については、核酸関連物質(K値)(特許文献1)、解糖反応による乳酸の生成、pHの低下、硬直指数、酸化還元電位(特許文献2)等、種々の方法が提案されている。これら方法はいずれも死後硬直と深く関連し、鮮度指標として有効であるが、刺身など生食するような高鮮度域での識別に関しては十分ではなかった。
【0003】
一方、養殖魚におけるチアミン(ビタミンB1)の栄養的必要性はよく知られているが、その関連化合物の死後変化はほとんど明らかにされていない。例えば特許文献3には血中ビタミンB1の量を測定し、その量を老化の指標として用いているが、関連物質であるビタミンB1のリン酸エステル等に関する記載はない。
【0004】
特許文献4はビタミン分析装置を記載しているが、専らビタミンB1とB2を同時に1つの装置で測定することに着目しており、ビタミンB1の関連物質は酵素処理によりまとめてビタミンB1とし、個別に測定すべき対象として記載されていない。
【0005】
また、生物学的サンプル中のチアミン含量を測定する方法等については、特許文献5が、混合物質におけるビタミンの微生物学的測定のための方法及びキットを開示しているが、チアミンモノリン酸への言及はなく、また、チアミンとその関連化合物との関係を対象としていない。
【0006】
以上のように、魚介類の鮮度測定方法は数種あったものの、刺身など生食するような高鮮度域での識別に関しては十分ではなかった。一方、チアミン(ビタミンB1)の測定方法も存在するが、そうした方法を魚介類の鮮度測定に用いることを示唆する文献はない。また、魚介類におけるチアミン(ビタミンB1)の栄養的必要性は知られているが、その死後変化はほとんど明らかにされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許4291381号公報
【特許文献2】特開2002-207025号公報
【特許文献3】特開平10-187264号公報
【特許文献4】特開2010-44035号公報
【特許文献5】特表2008-507964号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の問題に鑑み、新規な肉組織の鮮度判定方法を提供すること、特に上記問題点を克服した魚介類の肉組織の鮮度判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記従来技術の問題点を克服するために鋭意研究した結果、各種養殖魚の組織の冷蔵中におけるチアミン及びそのリン酸エステルの動態を調べ、それらチアミン関連化合物の量的関係を明らかにした。この知見に基づき、チアミン及びそのリン酸エステルの量的関係を、魚肉の鮮度指標として用いることができ、該量的判定に基づいて鮮度を判定することができることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明者らが、養殖魚組織の冷蔵中のチアミン関連化合物の動態を調べたところ、肝臓、血合肉及び普通肉のいずれにおいても、冷蔵日数の経過と共に、チアミン−2−リン酸(TPP)は有意に減少し、チアミン−1−リン酸(TMP)は増加した後に減少し、遊離チアミン(TH)は有意に増加した。一方、この間の総チアミン(T−TH、すなわちTPP+TMP+TH)含量には有意の差がないことを見出した。このことから、チアミン関連化合物の量的関係を示した下記式のT値(%)と冷蔵日数との関係からT値が、魚介類の鮮度判定の指標とし得ることを見出した。
【0011】
T値(%)=100×((TMP+TH)/(TPP+TMP+TH))
この指標T値について、種々の魚を調べたところ、肝臓、血合肉及び普通肉のいずれにおいても、組織による差があるものの、冷蔵が進み鮮度が低下するにつれてT値(%)は上昇した。
【0012】
以上のことから、本発明によれば、養殖魚の栄養成分(チアミン関連化合物)の死後変化の量的関係から上記T値(%)を算出し、新たな鮮度判定指標として適用することができる。
【0013】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 肉組織中のチアミン、及び1以上のそのリン酸エステルを測定することを含む、肉組織の鮮度判定方法。
[2] 肉組織中のチアミン、チアミン−1−リン酸及びチアミン−2−リン酸を測定することを含むによる、[1]の肉組織の鮮度判定方法。
[3] 下記の式、
T値(%)=100×((TMP+TH)/(TPP+TMP+TH))
[式中、TMPはチアミン−1−リン酸を表し、THは遊離チアミンを表し、TPPはチアミン−2−リン酸を表す]
より、総チアミン含量に占めるTMPとTHの割合を算出し、得られたT値から肉組織の鮮度を判定する、[1]又は[2]の方法。
【0014】
[4] チアミン、及び1以上のそのリン酸エステルを分離及び測定するために、高速液体クロマトグラフィー法(HPLC)及び蛍光光度分析を用いる、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5] T値が低いときに、鮮度が高いと判定する、[1]〜[4]のいずれかの方法。
[6] 肉組織が魚介類の肉組織である、[1]〜[5]のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、通常の鮮度判定に留まらず、魚体にATPが残存するような高鮮度域での鮮度判定が可能になる。これは従来法であるK値と本発明のT値との関係を比較することにより実証したものである。
【0016】
本発明の方法を用いてチアミン及びそのリン酸エステルの量を測定することにより、魚介類、獣肉、畜肉、家禽肉を含む肉、特に生鮮食品に用いる肉の鮮度を判定することができ、特に高鮮度の魚の判定をすることが可能となる。
【0017】
また、本発明の提供する式に従い、鮮度の判定方法を確立すること及び本発明の方法を実施する測定装置を開発することができる。
【0018】
本発明の方法は対象動物種の種類を問わず、その鮮度を簡便に測定することができる。また、本発明の方法は凍結解凍等、魚介類の状態を問わずに、その鮮度を測定することができる。
【0019】
本発明の方法は、適当な基準となるT値を定めることにより、数値で判定が可能となるため、当業者の熟練を要することなく客観的指標に基づき魚介類の鮮度を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】魚類組織におけるチアミンの代謝及び関連酵素の関係を示した図である。
【図2】各養殖魚種のチアミン関連化合物測定部位と冷蔵日数の関係を示す図である。
【図3】ブリ組織における各種チアミン含量を示す図である。
【図4】ブリの各組織の冷蔵保存中のチアミン関連化合物の経時変化を示す図であり、図4Aはブリの肝臓を、図4Bは血合肉を、図4Cは普通肉を5℃で所定日数冷蔵した場合のチアミンの変動を示す。
【図5】飼育条件の異なるカンパチ及びマサバの普通肉の冷蔵保存中のチアミン関連化合物の経時変化を示す図であり、図5Aが市販飼料を与えたカンパチ普通肉の結果を示し、図5Bはチアミン添加飼料を与えたカンパチ普通肉の結果を示し、図5Cはマサバ普通肉の結果を示す。
【図6】ブリの各組織(図6A)及びマサバの普通肉(図6B)のT値と冷蔵日数の関係を示す図である。
【図7】カンパチ刺身について、従来法によるK値(図7A)と、本発明の方法を用いて算出したT値(図7B)とを比較した結果を示す図である。
【図8】店舗・販売日の異なる市販カンパチ刺身の総チアミン含量を示す図である。
【図9】店舗・販売日の異なる市販カンパチ刺身のT値(%)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明においては、鮮度判定にチアミン及びそのリン酸エステルを利用する。
チアミンとは別名ビタミンB1とも称される化合物である。また、チアミンのリン酸エステルは、主としてチアミン−1−リン酸及びチアミン−2−リン酸を表す。また、チアミン及びそのリン酸エステルをチアミン関連化合物と言う場合がある。本明細書において、チアミン−1−リン酸、チアミン一リン酸、チアミンモノリン酸はいずれも同義語として用い、場合によりこれをTMPと表す。また、チアミン−2−リン酸、チアミン二リン酸、チアミンピロリン酸、コカルボキシラーゼはいずれも同義語として用い、場合によりこれをTPPと表す。また、本明細書において、遊離チアミンとは遊離した状態のチアミンをいい、場合によりこれをTHと表す。さらに、総チアミンとは、TMP、TPP、及びTHを合わせたものであり、場合によりこれをT−THと表す。
【0022】
本発明の鮮度判定方法は、主に魚介類の肉組織を対象とするが、これに限定されるものではなく、どのような動物種にも用いることができる。好ましくは、食用に供される動物を対象とする。一例として該方法は、魚介類、獣肉、畜肉、家禽の肉、牛肉、豚肉、鶏肉、魚介類の卵、鶏卵等にも用いることができる。
【0023】
これらの対象動物の特定の組織を試料として採取し、該試料中のチアミン及びそのリン酸エステルを測定する。組織とは、一定の細胞群が集まったものをいい、本発明においては、一般に肉と呼ばれる組織、内臓組織、生殖組織等を試料として用いる。肉とは一般には動物の皮下組織及び筋肉組織をいい、筋肉を主とする普通肉(普通筋肉)及び魚類における血合い肉が含まれる。本発明においては、一般に肉と呼ばれる組織、内臓組織、生殖組織を含めて肉組織という。これは、食用として扱われる組織を肉ということがあり、この場合、食用として扱われる組織には内臓組織や生殖組織も含まれるからである。魚類において、好ましくは、普通肉、血合い肉、肝臓等の内臓を主として試料として用いる。
【0024】
採取する試料の量は限定されず、0.1g〜10gの上記組織を試料として用いればよい。
【0025】
チアミン、チアミン−1−リン酸及びチアミン−2−リン酸は公知の方法を用いて測定することができる。例えば、チアミン、チアミン−1−リン酸及びチアミン−2−リン酸を対象となる組織から抽出し、TMP、TPP、及びTHを互いに分離して、それぞれを個別に測定すればよい。
【0026】
抽出方法としては、対象の肉組織を適当な条件下でホモジェナイズし、遠心分離後に上清から有機溶媒により抽出すればよい。この際、好ましくは操作を氷冷下で行う。また、肉組織には大量のタンパク質が含まれているため、試料からタンパク質を除くことが好ましい。除タンパクは公知の種々の方法により行なうことができるが、例えばタンパク質の変性等による除タンパクがある。該方法は、過塩素酸、トリクロロ酢酸、メタリン酸等の酸を試料に添加し、又はアセトン、アセトニトリル、メタノール、エタノール糖の有機溶媒を試料に添加し、タンパク質を変性させ、変性したタンパク質をフィルター処理又は遠心分離により除くことにより達成することができる。その他、限外ろ過、ゲルろ過、透析、超遠心等により物理的に除タンパクしてもよい。その後、処理試料を遠心分離し、上清をジエチルエーテルを含むエーテル類、アセトン、アセトニトリル、酢酸エチル、ヘキサン等の溶媒を用いて、チアミン関連化合物を抽出すればよい。抽出したチアミン関連化合物は、チオクロム化法(ブロムシアン法)を用いてチオクロムに変換する。すなわち、チアミンには特有の蛍光がないことから、チアミンをアルカリ条件下でブロムシアンやフェリシアン化カリウム等の酸化剤を加えてチオクロムとして、蛍光検出器を用いて検出できるようにする(特開昭60−89750号公報)。抽出し、チオクロムに変換したチアミン関連化合物について、TMP、TPP及びTHを分離するには、クロマトグラフィーを用いることができ、HPLCが好ましい。
【0027】
HPLCは、逆相又は順相クロマトグラフィーにより行う。カラムとしてはシリカゲル、アルミナやスチレン-ジビニルベンゼン共重合体、ポリメタクリレート等のポリマーゲルを担体とし、アミノプロピル基(NH2)、オクタデシルシリル基(C18)、オクチル基(C8)、ブチル基(C4)、トリメチル基(C3)等の基を有するカラムを用いることができる。この中でもシリカゲルを担体とし、アミノプロピル基(NH2)が好ましい。用いるカラムのサイズはサンプルとしてアプライする試料の容積にもよるが、例えば内径4〜6mm、長さ2.5〜30cmのものを用いればよい。HPLC分析の際の移動相は、UV吸収のないもの又は少ないものを用いる。このようなものとして、アセトニトリル、メタノール、テトラヒドロフラン等が挙げられるが、UV吸収がないという点でアセトニトリルが好ましい。HPLC分析の際の試料の注入量は、試料の種類や用いるカラムにより適宜決定することができるが、数十μL〜数百μL、例えば、10μL〜200μL、好ましくは10μL〜100μLである。分離したチアミン関連化合物は、蛍光検出器により測定すればよい。この際の、励起波長は約375nm、測定波長は約430nmである。
【0028】
チアミン関連化合物のHPLCによる定量は、例えばIshiiらの方法(Analytical Biochemistry 第97巻, 第1号, 1979年8月, 第191-195頁)に基づいて行うことができる。
【0029】
本発明において、魚介類の肉等の鮮度は以下のように判定する。すなわち、上記測定方法により、対象組織中のTMP、TPP及びTHを定量する。
【0030】
魚介類組織におけるチアミン及びそのリン酸エステルの死後変化は以下のようになる。動物の死後、血液による酸素の供給がなくなると、ATPの供給が停止するため、チアミンピロフォスホキナーゼの作用が止まり、THからTPPへの合成が停止する。また、冷蔵期間を通して該組織におけるT−THは一定である。従って、チアミナーゼの作用と比べ、チアミンピロフォスファターゼ及びチアミンモノフォスファターゼが強く作用すると考えられる。このため、チアミナーゼ作用の弱い魚介類におけるTPPは、TMPを通してTHへと分解され、THとして蓄積される。総チアミン(T−TH、すなわちTPP+TMP+TH)含量に有意な差がないことはこのようにして説明され得る。これらのチアミン及び関連化合物の関係を図1に示す。
【0031】
従って、式
T値(%)=100×((TMP+TH)/(TPP+TMP+TH))
によりT値を算出し、該T値を判定指標として魚介類の肉組織の鮮度を判定することができる。式中、TH、TMP及びTPPは、それぞれ採取試料中のチアミンの定量値、チアミン-1-リン酸の定量値及びチアミン-2-リン酸の定量値を表す。
【0032】
T値は魚介類の死後上昇し、T値が低いほど鮮度が高いと判断することができる。鮮度の異なる種々の肉についてT値を測定し、鮮度とT値を関連付けることにより、T値について適当な基準値を定め、当該基準値以下のT値を有する組織を、十分な鮮度の肉と判定することができる。前記基準となるT値は、普通肉、血合肉、肝臓等の内臓等、対象とする組織に対してそれぞれの値を適宜定めることができる。また、基準値を複数定め、段階的に鮮度を評価することもできる。
【0033】
一例として、例えば、生食用に適する魚介類のT値を測定し、該T値を生食に適するT値として定めることができる。また、出荷可能なT値、煮魚にできるT値、焼き魚にするT値、賞味に適さないT値等を定め、当該T値以下である場合に、出荷に適する、煮魚に適する、焼き魚に適する、賞味に適する等の判断することができる。またある対象組織のT値の経時変化を予め測定しておき、当該組織を有する食材の賞味期限の算定の一指標とし、賞味期限の判断に用いることもできる。生食に適する魚刺身のT値として、65%以下、60%以下、55%以下、50%以下、好ましくは40%以下、さらに好ましくは30%以下が例示できる。また、当該生食に適する魚刺身のT値は、個体差や出荷単位等によるばらつきを考慮して、一定範囲以下、例えば65〜50%以下、50%〜40%以下、40%〜30%以下と設定することもできる。
【0034】
本発明の判定方法にあっては、一の部位又は組織から取得した試料に留まらず、複数の部位又は組織から取得した試料中のチアミン関連化合物を測定し、対象魚介類の鮮度を総合的に判定することができる。
【0035】
さらに、本発明はチアミン関連化合物を測定し、魚介類の鮮度判定を行うためのキット又は装置をも包含する。該キットは、チアミン関連化合物を抽出し、HPLCを用いて検出するための試薬を含む。また、該装置は分離用カラムを含む、HPLC装置、蛍光検出器等を含む。
【実施例】
【0036】
以下の実施例は、例示のみを意図し、何ら本発明の技術的範囲を限定することを意図するものではない。特に断らない限り、試薬は、市販されているか、又は当技術分野で慣用の手法、公知文献の手順に従って調製する。
【0037】
実施例1 チアミンとそのリン酸エステルの分析
HPLC分析は以下の手順で行った。なお、本方法は主としてIshiiらの方法(Analytical Biochemistry 第97巻, 第1号, 1979年8月, 第191-195頁に準拠しつつ一部を改変したものである。
【0038】
魚(肝臓、筋肉など)の試料の調製
試料0.5gをガラスホモゲナイザー容器に秤取する。これを1.5mLの5%トリクロロ酢酸(TCA)で処理し、テフロンホモゲナイザーに供する。氷冷下で約1,200rpmにて2分攪拌処理後、残渣をさらに1.5mLの5%TCAで処理し、容器を洗浄後、約1分ホモゲナイズし、さらに残渣を1.5mLの5%TCAで、容器を洗浄後、約30秒ホモゲナイズする。ホモジェネートを遠沈管に入れ遠心分離(約4℃、13,000rpm,16,000×g、15分)する。上清(約3.5mL)を10mL容丸底供栓試験管に取得し、同容量のエチルエーテルを添加する。これを約1分振盪し、水層とエーテル層に分離する。分離困難であればさらに遠心分離操作を適宜行う。3,000rpm、5分にて遠心分離後にパスツールピペットを用いて上層であるTCAを除去する。下層にさらに同容量のエチルエーテルを加え、30秒振盪する。再度、パスツールピペットを用いて上層であるTCAを除去する。下層にさらに同容量のエチルエーテルを加える。以下同操作を2回繰返す。下層をヒートブロック(39℃、30分)にて加温しエーテルを除去する。これに超純水を加え、5mLメスフラスコにて5mLの抽出液とする。
【0039】
チアミン及びリン酸エステル標準液
測定に用いるチアミン及びリン酸エステルの標準液を以下の手順で調製する。以下は2nmol〜10nmol/5mLの調製例である。
(1)チアミン(TH)については、チアミン塩酸塩(MW 337.27)を67.454mg秤取する、
(2)次にチアミン−1−リン酸(TMP)はチアミン−1−リン酸(MW416.82)を83.364mg秤取する、
(3)チアミン−2−リン酸(TPP)はコカルボキシラーゼ(MW460.77)を92.154mg秤取する、
上記(1)、(2)、(3)で秤取した標品を合わせて超純水に溶解し、全容を200mLにする。200mL(1mM標準溶液)にはTHが337.27μg/mL、TMPが416.82μg/mL、TPPが460.77μg/mL含まれることとなる。これを2mL取得し5% TCA溶液を加え、200mLの10μM標準溶液とする。この10μM標準溶液ではTHが3.3727μg/mL、TMPが4.1682μg/mL、TPPが4.6077μg/mL含まれることとなる。この標準溶液を0.2mL(2nmol)、0.4mL(4nmol)、0.6mL(6nmol)、0.8mL(8nmol)、1.0mL(10nmol)取得し、丸底共栓試験管(10mL容)に採取する。さらに5%TCA溶液を加え、3mLの定容とする。これに同容量のエチルエーテルを加え、30秒振盪する。上層はパスツールピペットでTCAを除去する。下層は同容量のエチルエーテルを加え、以下の操作を3回繰返す。すなわち、ヒートブロックにて39℃、30分、加温しエーテルを除去する。これに超純水を加え5mL(5mLメスフラスコ)の標準液とする。
【0040】
チオクロム化法(ブロムシアン法)によるHPLC分析試料の調製
チオクロム化法を用いて、以下の手順によりHPLC分析用の試料を調製する。抽出液又は標準液を1.6mL秤取し、0.20mLの0.3M BrCNを加え、約30秒攪拌する。次いで0.20mLの1.5M NaOHを加え、約30秒攪拌する。これをミリポアフィルター(0.45μm)に通し、ろ過した後、HPLC分析用のろ液(供試量10μL〜40μL)を得る。なお、本手順に用いた0.3M BrCN溶液はBrCN(MW 105.9)を31.77mg/mL水溶液として調製したものであり、実験毎に調製する。また本手順に用いた1.5M NaOH溶液は、NaOH(MW 40)を1.5M NaOH水溶液として調製したものである。
【0041】
HPLCによる分析
カラム移動相等の調製
本発明に用いるカラム移動相等を以下の手順で調製する。90mMリン酸水素カリウム緩衝液(pH8.40)の調製にあっては、(1) 90mMリン酸水素二カリウム(K2HPO4, MW174.18)を取得して15.6762g/1,000mL溶液とし、(2) 90mMリン酸二水素カリウム(KH2PO4, MW136.09)を取得して1.2248g/100mL溶液とし、上記(1)1,000mLに対して(2)を用いてpHを8.40に調整する。
【0042】
カラム移動相の調製にあっては、アセトニトリル:90mMリン酸水素カリウム緩衝液(pH8.40)(60:40、v/v)混合液を、超音波器で約20分間脱気後使用する。
【0043】
カラム洗浄用液の調製と送液時間は次のとおりである。すなわち洗浄用液は、アセトニトリル:超純水(60:40、v/v)混合液を、超音波器で約20分間脱気して調製する。これを流速1.5mL/min.の条件で約90分〜100分送液することにより、分析終了後、カラムを洗浄する。
【0044】
カラムはLiChroCART(登録商標)250-4(Merck製) LiChrospher100 NH2(5μm)を用いた。
【0045】
HPLC装置は、LC-10AD(SHIMADZU)を用い、蛍光分析装置は、RF-550(SHIMADZU)を用いた。
【0046】
カラムに移動相を流し、安定させた後、試料を注入し、測定した。蛍光測定における、励起波長及び測定波長は、それぞれ、375nm及び430nmであった。
【0047】
実施例2 養殖魚類を用いたチアミン関連化合物による鮮度判定
供試魚として、宮崎県内の市販飼料で養われたブリ(平均体重1.32kg)、カンパチ(平均体重0.74〜1.14kg)及びマサバ(平均体重0.59kg)を用いた。また、天然のカタクチイワシも用いた。処理の手順を図2に示す。また、カンパチについてはチアミン添加飼料で養われた個体も供試魚として用いた。チアミン添加飼料は、市販飼料100g当たりに1%の市販の総合ビタミン剤を添加した飼料とし、取上日の4日前から3日間連続で供試魚に与えた。これらの魚より普通肉(背側普通筋肉)、血合肉及び肝臓を5℃又は-20℃で、0〜9週間保存し、遊離チアミン(TH)、チアミン−1−リン酸(TMP)及びチアミン−2−リン酸(TPP)を実施例1に記載のHPLC法にて経時的に測定した。この際、肝臓は個体別にすり潰し分析回数に応じて小分けした。また、血合肉及び普通肉は個体別に取り出し、分析回数に応じて切り分けた。一度の分析に用いた試料は0.5gであった。カタクチイワシは魚体全体を用いてチアミン関連化合物を測定した。
【0048】
さらに、宮崎市内のデパート及びスーパーで販売されている宮崎産及び鹿児島産のカンパチ刺身を入手し、これらの刺身肉(普通肉)中のチアミン関連化合物も測定した。
【0049】
表1−1に、供試魚(カンパチ、ブリ、サバ、カタクチワシ)の体重、比肝重値等を示す。なお、表1−1に示すように、カンパチは市販飼料で養ったもの(カンパチ-1)、餌止めのもの(カンパチ-2)、チアミン添加飼料(カンパチ-3)で養ったものを用いた。餌止めは、6日間行った(取上日の6日前から無給餌で飼育した)。また、表1−2に、市販刺身用カンパチ切り身の入手日、購入店舗及び産地を示す。
【0050】
【表1−1】

【0051】
【表1−2】

【0052】
表1−1のカンパチ、ブリ、マサバ組織の入手時のチアミン及びそのリン酸エステル含量測定値を表2−1に、含有割合測定値を表2−2に、それぞれ示す。
【0053】
【表2−1】

【0054】
【表2−2】

【0055】
表2の刺身用カンパチ切り身中の入手時のチアミン及びそのリン酸エステルの含量測定値を表3−1に、それらの含有割合測定値を表3−2に、それぞれ示す。
【0056】
【表3−1】

【0057】
【表3−2】

【0058】
表3−3、3−4及び3−5に、市販の飼料を用いたカンパチの肝臓、普通肉を5℃又は-20℃で保存した場合の、チアミン関連化合物の動態を示す。表3−3には、5℃保存カンパチ肝臓におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表3−4には5℃保存カンパチ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表3−5には-20℃保存カンパチ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、それぞれ示す。
【0059】
【表3−3】

【0060】
【表3−4】

【0061】
【表3−5】

【0062】
表4−1及び4−2に、餌止めしたカンパチの肝臓及び普通肉を5℃で保存した場合の、チアミン関連化合物の動態を示す。表4−1には5℃保存カンパチ肝臓におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表4−2には5℃保存カンパチ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、それぞれ示す。
【0063】
【表4−1】

【0064】
【表4−2】

【0065】
表5−1、5−2及び5−3に、チアミン添加飼料を用いたカンパチの肝臓、普通肉を5℃又は-20℃で保存した場合の、チアミン関連化合物の動態を示す。表5−1には5℃保存カンパチ肝臓におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表5−2には5℃保存カンパチ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表5−3には−20℃保存カンパチ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、それぞれ示す。
【0066】
【表5−1】

【0067】
【表5−2】

【0068】
【表5−3】

【0069】
表6−1、6−2及び6−3に、ブリの肝臓、普通肉を5℃又は-20℃で保存した場合の、チアミン関連化合物の動態を示す。表6−1には5℃保存ブリ肝臓におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表6−2には5℃保存ブリ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表6−3には5℃保存ブリ血合肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表6−4には−20℃保存ブリ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、それぞれ示す。
【0070】
【表6−1】

【0071】
【表6−2】

【0072】
【表6−3】

【0073】
【表6−4】

【0074】
表7−1及び7−2に、サバの普通肉を5℃又は-20℃で保存した場合の、チアミン関連化合物の動態を示す。表7−1には5℃保存サバ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、表7−2には−20℃保存サバ背側普通筋肉におけるチアミンリン酸エステルの動態を、それぞれ示す。
【0075】
【表7−1】

【0076】
【表7−2】

【0077】
表8−1及び8−2に、カタクチイワシを5℃又は-20℃で保存した場合の、チアミン関連化合物の動態を示す。表8−1には5℃保存カタクチイワシにおけるチアミンリン酸エステルの動態を、表8−2には−20℃保存カタクチイワシにおけるチアミンリン酸エステルの動態を、それぞれ示す。
【0078】
【表8−1】

【0079】
【表8−2】

【0080】
図3に、ブリ組織における各種チアミン含量を示す。測定値は、3尾の平均値である。これは表2−1の測定値をグラフ化したものである。普通肉と比べ、肝臓及び血合肉のT−THは多く、しかもそのほとんどがTPPで、TMPとTHは僅かにすぎなかった。普通肉ではT−TH含量は劣るものの、THが比較的多かった。
【0081】
図4にブリの肝臓、血合肉及び普通肉のチアミン関連化合物の動態を示す。図4A(上段、中段、下段)は、ブリの肝臓をすり潰してミンチにして、5℃で所定の日数にわたり冷蔵保存した場合のチアミン関連化合物の動態を示す。これは上記表6−1の測定値をグラフ化したものである。ブリの肝臓では、T−THは冷蔵期間を通して有意差はなかったものの、TPPは経日的に有意に減少、TMPは増加した後に減少、THは有意に増加した。図4B(上段、中段、下段)は、ブリの血合肉を、所定の日数にわたり冷蔵保存した場合のチアミン関連化合物の動態を調べた結果を示す。これは上記表6−3の測定値をグラフ化したものである。血合肉においても、T−THが2日目で多かったものの、冷蔵期間を通して大差はなく、TPPは経日的に有意に減少、TMPは有意に増加した後に有意に減少、THは有意に増加した。図4C(上段、中段、下段)は、ブリの普通肉を所定の日数にわたり冷蔵保存した場合の関連化合物の動態を調べた結果を示す。これは上記表6−2の測定値をグラフ化したものである。普通肉においても、肝臓、血合肉と同様な傾向がみられた。
【0082】
図5にカンパチ及びマサバの普通肉のチアミン関連化合物の動態を示す。図5Aに、市販飼料を与えたカンパチの普通肉、図5Bにチアミン添加飼料を与えたカンパチの普通肉、図5Cにマサバの普通肉を5℃で冷蔵保存した場合のチアミン関連化合物の動態を示す。図5Aは、上記表3−4の測定値をグラフ化したものである。図5Bは、上記表5−2の測定値をグラフ化したものである。図5Cは、上記表7−1の測定値をグラフ化したものである。図5に示されるようにカンパチ及びマサバ組織においても、ブリと同様な経時変動がみられた。
【0083】
図6は、上記測定値に基づいて算出した、ブリの各組織(図6A)及びマサバの普通肉(図6B)のT値と冷蔵日数の関係を示す。ブリについては、0日目では肝臓、血合肉及び普通肉のいずれも、組織による差がみられるものの、冷蔵日数が進むにつれてどの組織についてもT値が上昇した。マサバ普通肉も、ブリと同様に、冷蔵日数が進むにつれT値が上昇した。
【0084】
図7は、同一の対象組織としてカンパチ刺身について、本発明の方法を用いて算出したT値(図7B)と、従来法であるK値(図7A)とを比較した結果を示す。このように、市販カンパチ刺身を用いて、従来技術において最も実用的とされている鮮度指標であるK値と本発明のT値とを比較したところ、K値で12.3%と判定された刺身のT値は67%であった。このように本発明の鮮度測定法の客観的有効性も実証した。
【0085】
図8は店舗・販売日の異なる市販カンパチ刺身の総チアミン含量を示し、図9は店舗・販売日の異なる市販カンパチ刺身のT値(%)を示したものである。
【0086】
これらは、各種魚体を用いて測定したチアミン関連化合物の動態の結果を踏まえて、宮崎市内のデパート及びスーパーの3店舗で販売されているカンパチ刺身のT値(%)を調べ、鮮度との関連を調べたものである。3店舗より10日間に3回、同一日のほぼAM11時頃、それぞれ3パックを購入し、個別に分析した。その結果、総チアミン含量は、販売店による、また、同一店でも販売日による有意な差がみられるものの、T値はほとんど13から27%の範囲にとどまった。いずれも鮮度のよい刺身であり、本発明の判定方法の有効性が示された。
【0087】
以上のことから、養殖魚のチアミン及びそのリン酸エステルの死後変化の量的関係から上記T値(%)が、新たな鮮度判定指標として適用できることを示した。またこのT値に基づく、本発明の鮮度測定法の有効性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明が提供する新たな鮮度判定方法及び指標は、食品産業、流通産業や試験研究機関ならびに、上記に利用可能な装置製造企業において利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肉組織中のチアミン、及び1以上のそのリン酸エステルを測定することを含む、肉組織の鮮度判定方法。
【請求項2】
肉組織中のチアミン、チアミン−1−リン酸及びチアミン−2−リン酸を測定することを含むによる、請求項1記載の肉組織の鮮度判定方法。
【請求項3】
下記の式、
T値(%)=100×((TMP+TH)/(TPP+TMP+TH))
[式中、TMPはチアミン−1−リン酸を表し、THは遊離チアミンを表し、TPPはチアミン−2−リン酸を表す]
より、総チアミン含量に占めるTMPとTHの割合を算出し、得られたT値から肉組織の鮮度を判定する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
チアミン、及び1以上のそのリン酸エステルを分離及び測定するために、高速液体クロマトグラフィー法(HPLC)及び蛍光光度分析を用いる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
T値が低いときに、鮮度が高いと判定する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
肉組織が魚介類の肉組織である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−57990(P2012−57990A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−199371(P2010−199371)
【出願日】平成22年9月6日(2010.9.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:平成22年度日本水産学会春季大会(日本農学大会水産部会) 主催者名:社団法人日本水産学会 開催日:平成22年3月26日〜30日(発表日:平成22年3月28日) 刊行物名:平成22年度日本水産学会春季大会(日本農学大会水産部会)講演要旨集 発行日:平成22年3月26日 掲載頁:157頁(講演番号938)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人水産総合研究センター、「カタクチイワシ資源の高度利用による地域活性化計画」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【出願人】(391011700)宮崎県 (63)
【Fターム(参考)】