説明

新規ペプチド及びその使用

【課題】本発明は、ペプチドを使用した酵素の検出方法の提供を目的とする。
【解決手段】
本発明は、以下の(a)〜(c)の工程を含む酵素量測定方法である。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と第1ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(c)該酵素と該ペプチドの結合体に該酵素の基質を接触させ、該酵素活性を測定する工程、
あるいは、
本発明は、以下の(a)〜(d)の工程を含む酵素量測定方法。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と特異的に結合する第2ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(c)該酵素と第1及び第2ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(d)第1又は第2ペプチドの存在量を測定する工程、

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ペプチドとその使用に関する。より具体的には、酵素活性に影響を与えるペプチドと該ペプチドを使用した酵素の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内では数多くの分子が様々な重要な機能を担っているが、酵素もその中の1つである。例えば、癌関連ガラクトース転移酵素(galactosyltransferase associated with tumor:GAT)は、その血中濃度が卵巣癌の発症と相関があることが知られており、卵巣癌の早期発見への応用が期待されている。また、アスパラギン酸プロテアーゼであるカテプシンEは、癌や自己免疫性疾患との関連性が指摘されている。カテプシンEは、TRAIL(TNF-related apoptosis-inducing ligand)を切断して癌細胞をアポトーシスへと誘導することが報告されており(非特許文献1)、癌の発症に重要な役割を担っていることが示唆されている。さらに、カテプシンEをノックアウトしたマウス由来のマクロファージでは、主要なリソソーム性膜蛋白質であるLAMP-1、LAMP-2などが細胞内に蓄積してリソソーム性pHが顕著に上昇し、マクロファージの免疫反応に関係する様々な機能が障害されていることが報告されている(非特許文献2) 。GATやカテプシンEのように疾患との関連性が指摘されている酵素の活性をうまく調節することができれば、疾患の治療あるいは予防法の開発に大きく貢献することとなる。
【0003】
GATやカテプシンEなどの疾患関連酵素は、その存在量の多少が疾患に罹患している徴候となる場合もあり、疾患の早期発見のためのメルクマールになり得る。生体試料などに含まれる酵素の量を測定する場合、対象の酵素活性を直接測定する方法や抗体などを利用して検出する方法などが用いられている。酵素量の測定は、試料中に存在する酵素そのものの量を知る必要がある場合の他、酵素の存在量が他の物質の存在量の間接的な指標となる場合、あるいは、生体内においては、何らかの疾患の発症及び進行の指標となるような場合に行われることが多い。
酵素の存在量を知るためにその活性を直接測定する方法は、酵素の基質や検出方法に工夫を凝らし測定感度を高めることで微量に存在する酵素を検出することが可能であり、最も一般的に利用されている。また、抗体を使用して酵素を検出する方法として、ELISA法などが知られており、特異性の高い抗体を利用することで、高い精度で目的酵素の量を評価することが可能となる。これらの酵素検出方法は、すでにその方法論が確立しており、通常は、これらの方法を利用することである程度の目的を達成することができる。
【0004】
ところで、生体試料、例えば、血液など夾雑物が多数存在する試料中の特定の酵素の量を正確に測定するには、その酵素に対してより特異的な検出方法が必要となってくる。また、検出対象の酵素が試料中に微量にしか存在しない場合には、より感度の高い検出方法が望まれる。特に、生体試料中に存在する疾患関連酵素の量を検出するためには、さらに改善されたより高感度な酵素量測定方法の開発が必要である。
抗体を利用して酵素などのタンパク質を検出する方法は、特異性の高い抗体を使用する限り精度が高く有効な方法であるが、特異性の高い抗体の調製は、それほど容易なことではない。サンドイッチELISA法に使用するためには、異なるエピトープに対する特異的な抗体が2種類以上必要となるため、抗体の調製にはさらに時間と費用が必要となってくる。
【0005】
最近、タンパク質に特異的に結合し、当該タンパク質の活性に影響を与えるペプチド群の調製方法として、in−vitro−virus(IVV)法が報告された(非特許文献3、特許文献1)。この方法を使用した、分子淘汰操作によれば、カテプシンEなどの特定の酵素に特異的に結合し、かつ、その活性を上方又は下方に制御することができるペプチド群を調製することができる(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−275149
【特許文献2】特開2007−332085
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kawakuboら,Cancer Res.67,10869−10878 2007
【非特許文献2】Yanagawaら,J.Biol.Chem 282,1851−1862 2007
【非特許文献3】Nemotoら,FEBS Lett.414,405−408 1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、酵素を迅速かつ高感度に検出する方法を提供する。
さらに、本発明は、疾患との関連が示唆されているカテプシンEと結合し、その活性を調節(促進又は阻害)するペプチドを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記事情に鑑み、任意の酵素に特異的に結合するペプチドを使用した簡便で高感度な酵素検出方法を見出した。また、本発明者らは、カテプシンEと結合し、その活性を特異的に促進、あるいは、阻害するペプチド分子を見出した。これらの知見に基づいて本発明が完成された。
これまでに、微量に存在する酵素などの生体分子を検出する方法として、抗体を利用したELISA法あるいはサンドイッチELISA法が使用されてきた。この方法は、抗体を利用することから検出対象分子に対する特異性が非常に高く、正確な量の測定を可能にする方法として、優れている。しかしながら、この方法は、抗体の性質(特異性や親和性)によって検出結果が大きく影響されやすい。また、ELISA法で利用可能な検出対象に特異性の高い抗体を作製することは、時間、費用、手間が掛かり、容易なことではなく、親和性に関しても、通常、〜nM程度の結合強度の抗体を得るのが限界でそれ以上に強い結合親和性を有する抗体の作製は極めて困難である。
本発明者らは、in−vitro−virus(IVV)法を利用した、分子淘汰操作により、検出対象である酵素に特異的に結合するペプチドを使用することで、ELISA法に比較して、より簡便で高感度に酵素量の測定が可能になることを見出した。そして、カテプシンEの活性を有効に調節するペプチドをも見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、
以下の(a)〜(c)の工程を含む酵素量測定方法である。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と第1ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(c)該酵素と該ペプチドの結合体に該酵素の基質を接触させ、該酵素活性を測定する工程、
【0011】
あるいは、本発明は、
以下の(a)〜(d)の工程を含む酵素量測定方法である。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と特異的に結合する第2ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(c)該酵素と第1及び第2ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(d)第1又は第2ペプチドの存在量を測定する工程、
【0012】
また、本発明は、配列番号1〜35のアミノ酸配列を含むカテプシンE結合ペプチドを使用した、上記酵素量測定方法である。
【0013】
本発明は、配列番号1〜11のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド、及びこれらのペプチド(配列番号1〜11のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド)を有効成分として含有するカテプシンE阻害剤である。さらに、本発明は、配列番号12〜23のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性促進ペプチド、及びこれらのペプチド(配列番号12〜23のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド)を有効成分として含有するカテプシンE活性化剤である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、試料中に存在する任意の酵素活性を迅速かつ高感度に測定することができる。
【0015】
本発明の方法によれば、ELISA法で通常使用される抗体に変えて、調製が容易なペプチドを使用するため、従来のELISA法と比較してより簡便に酵素量の測定を行うことができる。
【0016】
本発明のカテプシンE活性促進ペプチド又はカテプシンE活性阻害ペプチドを用いることで、カテプシンEの活性を効果的に調節することができる。そのため、これらのペプチドを利用したカテプシンE関連疾患の検査薬、治療剤等の開発が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1に、本発明の実施形態の1例を示す。
【図2】KYS−1(カテプシンE特異的基質)とペプチドA(配列番号1)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した脾臓組織抽出物及び胃粘膜細胞抽出物中の酵素活性を測定した結果を示す。Aは、組織抽出物の遠心上清に対する測定結果であり、Bは遠心をせずに白濁状態で測定した結果を示す。
【図3】3200−v(カテプシンE及びDに対する基質)とペプチドA(配列番号1)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した脾臓組織抽出物及び胃粘膜細胞抽出物中の酵素活性を測定した結果を示す。Aは、組織抽出物の遠心上清に対する測定結果であり、Bは遠心をせずに白濁状態で測定した結果を示す。
【図4】KYS−1(カテプシンE特異的基質)とペプチドB(配列番号2)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した脾臓組織抽出物及び胃粘膜細胞抽出物中の酵素活性を測定した結果を示す。Aは、組織抽出物の遠心上清に対する測定結果であり、Bは遠心をせずに白濁状態で測定した結果を示す。
【図5】3200−v(カテプシンE及びDに対する基質)とペプチドB(配列番号2)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した脾臓組織抽出物及び胃粘膜細胞抽出物中の酵素活性を測定した結果を示す。Aは、組織抽出物の遠心上清に対する測定結果であり、Bは遠心をせずに白濁状態で測定した結果を示す。
【図6】KYS−1(カテプシンE特異的基質)及び3200−v(カテプシンE及びDに対する基質)とペプチドA(配列番号1)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した血清中の酵素活性を測定した結果を示す。
【図7】3200−v(カテプシンE及びDに対する基質)とペプチドB(配列番号2)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した血清中の酵素活性を測定した結果を示す。
【図8】「通常型」の測定方法において、活性促進ペプチドと活性阻害ペプチドを使用した場合の比較検討結果を示す。KYS−1(カテプシンE特異的基質)とペプチドC(配列番号12;活性促進型)(A)及びペプチドA(配列番号1;活性阻害型)を用いて、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した血清中の酵素活性を測定した。
【図9】「超特異性型」によるカテプシンEの測定結果を示す。KYS−1を基質として、第1ペプチドにペプチドA(配列番号1)を、第2ペプチドにペプチドC(配列番号12)を使用し、野生型マウス(W)とカテプシンE欠損マウス(KO)から調製した血清中の酵素活性を測定した。レーン1とレーン2は、第1ペプチド及び第2ペプチド共に使用した結果で、レーン3とレーン4は、第2ペプチドのみを使用した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、試料中に存在する酵素量を迅速かつ簡便に測定することができる高感度な方法を提供する。
本発明を使用することができる試料は、測定対象酵素がある程度精製された試料の他、血液などの夾雑物が多数含まれている生体内試料などが含まれ、特に限定されるものではない。また、本発明の適用対象となる酵素は、従来技術においてその活性測定方法が確立されているものであれば、特に限定されるものではない。本発明は、例えば、酸化還元酵素、キナーゼなどの転移酵素、ヌクレアーゼ、アミラーゼ、ペプチダーゼ(あるいは、プロテアーゼ)などの加水分解酵素、デカルボキシラーゼなどのリアーゼ、ラセマーゼやエピメラーゼなどの異性化酵素及びリガーゼなど、各種酵素の試料中の存在量の検出に使用することができる。また、本発明は、活性測定法が確立している酵素であればいかなる酵素であってもその存在を迅速、簡便かつ高感度に検出することができる。特に本発明の測定法の対象として好ましい酵素は、カテプシンなどのプロテアーゼ又はペプチダーゼである。
【0019】
本発明の酵素測定法は、測定対象である酵素と特異的に結合するペプチドを使用して実施することができる。本発明で使用されるペプチドは、測定対象と特異的に結合するものであればいかなるものであっても利用可能であり、配列情報等が既知であれば、該技術分野における当業者によって、容易に製造することができる。例えば、測定対象の酵素と結合することが既知のペプチドであれば、その配列情報に基づいて、化学合成などにより製造可能である。また、測定対象の酵素と結合するペプチドを新規に調製する場合には、例えば、in−vitro−virus(IVV)法(例えば、特開2004−275149号、Nemotoら,FEBS Lett.414,405−408 1997などを参照のこと)により作製されたペプチドライブラリーの中から、該酵素と親和性を基準にした分子淘汰によって目的のペプチドを製造することができる。さらに、測定対象の酵素活性に影響を及ぼすペプチド(例えば、測定対象の酵素活性を促進するペプチド)を所望する場合には、SF−link法(特開2005−168411)などを組み合わせることで取得することができる。
【0020】
本発明の実施形態の1つは、以下の(a)〜(c)の工程を含む酵素量測定方法である。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と第1ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(c)該酵素と該ペプチドの結合体に該酵素の基質を接触させ、該酵素活性を測定する工程、
本実施形態は、例えば、測定対象酵素をカテプシンEとした場合、図1Aのように示すことができる(本実施形態をここでは「通常型」と称する)。測定対象の酵素に特異的に結合するペプチドに測定対象酵素を結合させる(工程(a))。その後、測定対象酵素とペプチドの結合体(以下、「酵素−ペプチド結合体」と記載する)と試料中に存在する夾雑物(例えば、血液サンプルであれば、血球成分や、血清アルブミンなどのタンパク質成分など)を分離(又は除去)し、酵素−ペプチド結合体のみを取得する(工程(b))。ここで、酵素−ペプチド結合体と夾雑物を分離(又は除去)する場合、例えば、予めペプチドを担体に固定し(ペプチドと担体との固定は、ペプチドと酵素を結合させる前の段階で行うのが望ましい)、夾雑物をバッファー等で洗浄することによって、ペプチドを担体に固定したまま、夾雑物を洗い流すことができる。ここで、担体としては、夾雑物を洗い流す前のいずれかの段階においてペプチドを固定することができるものであれば如何なるものであってもよく、例えば、磁気ビーズ、プレート(例えば、細胞培養用のウェルを有するプレートなど)などが利用可能である。磁気ビーズを使用する場合、予めペプチドを磁気ビーズに結合させたものを、測定対象酵素が含まれる試料中に添加し、ペプチドと測定対象酵素との結合を行わせる(工程(a))。ペプチドと測定対象酵素を結合させるための条件、例えば、試料溶液のpH、温度、結合時間などは、測定対象酵素に依存して異なるが、これらの条件決定のための予備的な実験を行うことで、当業者であれば容易に決定することができる。次に、磁力などを利用して磁気ビーズ上に固定されている酵素−ペプチド結合体を適当なバッファーで洗浄等行い、夾雑物を洗い去る(工程(b))。夾雑物から分離した酵素−ペプチド結合体に、該酵素の基質を接触させ、適当な方法により酵素活性を測定する(工程(c))。以上のステップを行うことによって、試料中に存在する測定対象酵素の活性を特異的に測定することが可能となる。また、担体としてプレートを使用した場合には、プレートに結合したペプチドに測定対象酵素を結合させることにより、酵素をプレート上に固定し、プレート上を適当なバッファー等で洗浄することで、酵素をプレート上に固定したまま夾雑物を洗い流すことができる。
【0021】
本実施形態で使用するペプチドは、上述のin−vitro−virus(IVV)法などの公知の技術を利用して作製することができる。検出対象酵素と特異的に結合するペプチドであれば、如何なるペプチドであっても使用することができる。従って、そのアミノ酸構成や長さは特に限定されるものではないが、長さについては、例えば、アミノ酸残基数として、5〜100、あるいは、5〜50程度のペプチドが好ましい。また、「通常型」の測定法に使用されるペプチドについては、測定対象の酵素活性を促進(活性化)するものであれば、より好ましい。すなわち、測定対象の酵素が活性促進ペプチドと結合することで、活性化され、酵素活性の検出感度が増大する(図1A及び図8を参照)。その結果、該活性促進ペプチドの結合定数自体はそれほど高くない場合であっても、酵素活性が増大することから、酵素活性の測定感度を高めることが可能となる。
【0022】
本発明のさらなる実施形態は、以下の(a)〜(d)の工程を含む酵素量測定方法である。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と特異的に結合する第2ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(c)該酵素と第1及び第2ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(d)第1又は第2ペプチドの存在量を測定する工程、
本実施形態は、例えば、測定対象酵素をカテプシンEとした場合、図1Bのように示すことができる(本実施形態をここでは「超特異性型」と称する)。測定対象の酵素に特異的に結合するペプチド(第1ペプチドとする)に測定対象酵素を結合させる(工程(a))。次に、該酵素に特異的な他のペプチド(第2ペプチドとする)を該酵素に結合させる(工程(b))。第1ペプチド及び第2ペプチドと測定対象酵素を結合させるための条件、例えば、試料溶液のpH、温度、結合時間などは、測定対象酵素に依存して異なるが、これらの条件決定のための予備的な実験を行うことで、当業者であれば容易に決定することができる。その後、測定対象酵素と第1及び第2ペプチドと結合体(以下、「酵素−第1及び第2ペプチド結合体」と記載する)と試料中に存在する夾雑物を分離し、酵素−第1及び第2ペプチド結合体のみを取得する(工程(c))。ここで、酵素−第1及び第2ペプチド結合体と夾雑物との分離は、上記「通常型」の場合と同様に、予め第1ペプチドを担体に固定し(第1ペプチドと担体との固定は、第1ペプチドと酵素を結合させる前の段階で行うことが望ましい)、夾雑物をバッファー等で洗浄することによって行うことができる。また、酵素と第1及び第2ペプチドの結合体と夾雑物との分離のために行う洗浄は、第1ペプチドと酵素を結合させた後の段階、又は、第2ペプチドをさらに結合させた後の段階、あるいは、その両方の段階において行うことができる。
【0023】
本実施形態で使用するペプチドも、「通常型」で使用されるペプチドと同じものを使用することができるが、「超特異性型」においては、好ましくは、結合力が強く、測定対象酵素の異なる部位に結合する2つのペプチドを使用することが望ましい。このようなペプチドは、測定対象の酵素活性を促進するペプチドはもちろんのこと、酵素活性になんら影響を及ぼさないペプチド、あるいは、酵素活性を抑制するペプチドであっても使用することができる。「超特異性型」の実施における夾雑物の除去は、第1又は第2ペプチドのいずれかを担体に結合させて行うことができる。この場合、担体に結合していない方のペプチドの存在量を測定することで、測定対象酵素の存在量を評価することができる。ペプチドの存在量は、適当な標識を予めペプチドに結合させておき、この標識から得られるシグナルを測定することで評価することができる。ここで使用可能な標識としては、例えば、化学発光物質を基質とするような、HRP(Horse Radish Peroxidase)、ALP(Alkaline Phosphatase)などの他、蛍光標識などの公知の物質を使用することができる。
【0024】
本発明は、任意の酵素の存在量を測定するための、迅速かつ高感度な方法として、あらゆる分野の試験又は研究において使用可能な方法である。例えば、細胞内アスパラギン酸プロテアーゼであるカテプシンEは、癌や自己免疫性疾患との関連性が指摘されており(Kawakuboら,Cancer Res.,67,10869−10878 2007)、これらの疾患に罹患していることが疑われる者の血中カテプシンE濃度を評価することは、癌や自己免疫疾患の診断や治療における適切な指針を与えるものと期待されている。そこで、本発明の実施形態として、さらに、カテプシンEの高感度測定法を提供する。
本発明の方法を使用してカテプシンEの量を測定するためには、カテプシンEに特異的に結合するペプチドが必要となる。そのようなペプチドとしては、例えば、特開2007−332085号公開公報中の〔表2−1〕、〔表3−1〕に記載されるアミノ酸配列からなるペプチドの他、本願明細書に添付される配列表の配列番号1〜配列番号35に示されるアミノ酸配列を挙げることができる。これらのペプチドは、IVV法を利用した分子淘汰操作によって取得することができる(例えば、特開2007−332085などを参照のこと)。これらのペプチドのうち、配列番号12〜配列番号23及び配列番号32〜配列番号35に示されるペプチドは、カテプシンEの活性を促進することができるため、本発明の実施形態の「通常型」の実施において好適に使用することができる。
【0025】
さらに、本発明には、酵素量測定用キットが含まれる。本キットには、測定対象酵素に特異的に結合する1又は複数のペプチドが含まれ、さらに、該ペプチドを結合するための担体(例えば、プレート(例えば、細胞培養用のウェルを有するプレートなど)、磁気ビーズなど)が含まれる。担体には、予め、ペプチドが結合されていてもよい。測定対象酵素の測定に必要な基質や活性測定用の試薬なども適宜含まれていてもよい。また、本キットは、特定の疾患の罹患の有無などを診断するための診断キットとしても利用可能である。例えば、癌や免疫関連疾患との関連性が指摘されているカテプシンEの測定用キットは、癌診断用キットとしても使用することができる。
【0026】
また、本発明には、配列番号1〜11のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド、及びこれらのペプチド(配列番号1〜11のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド)を有効成分として含有するカテプシンE阻害剤が含まる。さらに、本発明には、配列番号12〜23のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性促進ペプチド、及びこれらのペプチド(配列番号12〜23のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド)を有効成分として含有するカテプシンE活性化剤が含まれる。
本発明の配列番号1〜11のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド、及び、さらに、配列番号12〜23のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性促進ペプチドは、カテプシンEが関連する疾患の治療又は予防剤の開発に使用することができる。また、本発明のカテプシンE活性阻害剤又はカテプシンE活性化剤は、カテプシンEの活性の低下あるいは亢進に起因する疾患の治療又は予防に利用することができる。
以下に実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
1.マウス臓器細胞内に存在するカテプシンEの測定
本発明の酵素量測定方法を用いて、マウス臓器中に存在するカテプシンEの酵素量を「通常型」で測定した。
野生型雄マウス及びコントロールとして、カテプシンEを欠損した雄マウスから、脾臓及び胃の上皮粘膜を各々採取した。採取した脾臓と胃の粘膜上皮をLysis bufferA(20mMリン酸緩衝液(pH7.4)、Triton X−100(最終濃度 0.1%))で抽出し、これらの抽出物をpH4.5の緩衝液で置換した後、カテプシンEの酵素量を測定した。本実施例では、第1ペプチドとして、配列番号1(ペプチドAとする)及び配列番号2(ペプチドBとする)を使用し、カテプシンEの基質として、KYS−1(ペプチド研究所)、また、カテプシンE及びカテプシンDの基質として3200−v(ペプチド研究所)を使用した。
マウスから調製した脾臓細胞抽出物及び胃の上皮粘膜細胞抽出物を反応用緩衝液(50mM酢酸ナトリウム、100mMNaCl pH4.0)を用いて、滴定して、pH4.5にあわせた。この段階で、細胞抽出物は白濁するため、さらに、15,000rpm、5分間遠心し、その上清を得た。酵素活性の測定は、白濁状態のサンプルと遠心後の上清サンプルの両方について行った。
【0028】
ペプチドはTakara Peptide Coating Kit(TAKARA社)を使用し、添付の仕様説明書の記載に従って、96ウェルプレート中に固定化した。ペプチドを固定化したウェルに、白濁状態のサンプルと遠心後の上清サンプルを各々30μlずつ加え、25℃で20分間酵素とペプチドとの結合反応を行わせたのち、未結合の夾雑物を反応用緩衝液で洗浄し、除去した。洗浄後、100μMのKys−1又は3200−v溶液を各ウェルあたり5μlずつ加え、40℃で10分間反応させた後、蛍光イメージャーで測定した。
【0029】
図2〜図5は、各々、ペプチドAとKYS−1、ペプチドAと3200−v、ペプチドBとKYS−1、ペプチドBと3200−v、の組合せにより測定した結果である。各図に示される結果は、ペプチドを入れずに行った一連の操作から得られた数値を0%(バックグラウンドとほぼ同じ値)とし、カテプシンE(40nM)を投入して測定した数値を100%として表示した。
その結果、ペプチドAを使用した場合、脾臓組織中のカテプシン活性については、野生型マウス由来のサンプル(W)とカテプシンE欠損マウス由来のサンプル(KO)で比較的良好な測定活性の差が認められた(図2及び図3の「脾臓組織」を参照)。また、白濁したサンプルと上清サンプルによる測定結果もほぼ同様の傾向を示していた。胃粘膜については、カテプシンE欠損型マウス由来のサンプルについても、比較的高い酵素活性の存在が認められた。この点については、胃には、カテプシンEと構造及び機能的類似性の高いペプシンが分泌されているため、用いたペプチドがペプシンと結合した可能性、あるいは、用いた基質がペプシンによって認識された可能性が想定され、その結果、酵素活性として高めの活性が検出されたものと考えられる(図2及び図3の「胃粘膜細胞」を参照)。
ペプチドBについても同様に測定を行った(図4及び図5)。その結果、野生型とカテプシンE欠損型で、酵素活性の相違は認められたものの、ペプチドAの方が良好な結果を示していた。
【0030】
2.マウス血清中に存在するカテプシンEの測定
次に、マウス血清についても上記と同様にしてカテプシンEの酵素量を「通常型」で測定した。血清については、pHを4.5にしても白濁は生じなかったため、遠心等を行わずにそのまま測定を行った。
ペプチドAを使用した場合、基質としてKYS−1及び3200−vのいずれを用いた場合も、カテプシンE欠損マウスの血清中の酵素活性は有意に減少していた。従って、ペプチドAを使用して本発明の活性測定方法を実施した場合、血清に対しても良好な結果を得ることができた(図6)。また、ペプチドBについても、3200−vを使用して測定したところ、カテプシンE欠損マウスの血清中の酵素活性は有意に減少しており、良好な結果が得られた(図7)。各図に示される結果は、ペプチドを入れずに行った一連の操作から得られた数値を0%(バックグラウンドとほぼ同じ値)とし、カテプシンE(40nM)を投入して測定した数値を100%として表示した。
【0031】
3.「通常型」の測定方法において、活性促進ペプチドと活性阻害ペプチドを使用した場合の比較検討
本実施例の1と2は、カテプシンEの活性を阻害するペプチドを使用して、「通常型」によるカテプシンEの酵素量を測定したものであるが、カテプシンEの酵素量を有効に測定することができた。次に、カテプシンEの活性を促進するペプチドを使用して、「通常型」による測定を行った。
活性促進ペプチドとして配列番号12(ペプチドCとする)(ペプチドの促進活性については表1を参照のこと)を使用して、上記と同様にカテプシンEの酵素量を測定した(図8)。基質には、KYS−1を使用した。図8に示される結果は、ペプチドを入れずに行った一連の操作から得られた数値を0%(バックグラウンドとほぼ同じ値)とし、カテプシンE(40nM)を投入して測定した数値を100%として表示した。
その結果、活性促進ペプチドのペプチドCを使用した場合(図8A)の方が、活性阻害ペプチドのペプチドAを使用した場合(図8B)より、カテプシンE欠損マウス血清と野生型マウス血清中の酵素活性の差がより顕著に検出されることが分かった。
従って、「通常型」の測定において、同じ親和性ならば、酵素活性を促進するペプチドを用いると、より高感度な結果が得られると考えられる。
【0032】
4.「超特異性型」によるカテプシンEの測定方法
本実施例では、第1ペプチドにペプチドAを使用し、第2ペプチドにペプチドCを使用した。まず、ペプチドAをTakara Peptide Coating Kit(TAKARA社)を使用し、添付の仕様説明書の記載に従って、96ウェルプレート中に固定化した。ペプチドを固定化した各ウェルに、上記と同様の血清サンプル(野生型マウス由来及びカテプシンE欠損マウス由来)を30μlずつ添加し、25℃で20分間インキュベートして酵素とペプチドを結合させた。その後、未結合の夾雑物を反応用緩衝液で洗浄し、次に、ペルオキシダーゼ標識したペプチドC(0.5ng/μl)を、50μlずつ添加し、室温で20分間のインキュベートによりカテプシンEとペプチドCを結合させた。その後、未結合のペプチドCを反応用緩衝液で洗浄し、ペルオキシダーゼ基質であるQuantaBlu Fluorogenic Peroxidase Substrate(TAKARA社)を100μl添加し、37℃で10分間インキュベート後Ex:360nm、Em:430nmで蛍光を測定した。結果は、カテプシンE(40nM)を使用して測定した結果を100%として表示した(図9)。図に示される結果は、ペプチドを入れずに行った一連の操作から得られた数値を0%(バックグラウンドとほぼ同じ値)とし、カテプシンE(40nM)を投入して測定した数値を100%として表示した。
【0033】
5.カテプシンE結合ペプチドの活性測定
本発明のペプチドのカテプシンE活性に及ぼす影響について検討した。
カテプシンEに対する影響は、ペプチド(40nM)とカテプシンE(40nM)を反応用緩衝液95μl中で混合し、そこに100μMの3200−v溶液を5μl加えて40℃で10分間反応させた後、Ex:360nm、Em:430nmで蛍光を測定した。測定結果はペプチド、カテプシンEを入れずに行った一連の操作から得られた数値を0%(バックグラウンドとほぼ同じ値)とし、カテプシンE(40nM)のみを投入して測定した数値を100%として表示した。測定結果を表1に示す。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、微量酵素の正確な検出を可能ならしめるものであるため、各種検査の他、酵素活性が関連する疾患などの診断に利用することができる。さらに、本発明はカテプシンE活性を促進又は阻害するペプチドを提供するもので、カテプシンE関連疾患の検査、治療及び予防に使用される医薬等の開発に寄与するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)の工程を含む酵素量測定方法。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と第1ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(c)該酵素と該ペプチドの結合体に該酵素の基質を接触させ、該酵素活性を測定する工程、
【請求項2】
前記第1ペプチドが前記酵素の活性を促進するペプチドであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
以下の(a)〜(d)の工程を含む酵素量測定方法。
(a)酵素と特異的に結合する第1ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(b)該酵素と特異的に結合する第2ペプチドを該酵素に結合させる工程、
(c)該酵素と第1及び第2ペプチドの結合体以外の夾雑物を除去する工程、
(d)第1又は第2ペプチドの存在量を測定する工程、
【請求項4】
前記第1ペプチド又は第2ペプチドが担体に結合していることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記担体がプレート又は磁気ビーズであることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記酵素がプロテアーゼ又はペプチダーゼであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記酵素がカテプシンであることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記カテプシンがカテプシンEであることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記酵素に特異的に結合するペプチドが配列番号1〜配列番号35で表されるペプチドのいずれかであることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1乃至8のいずれかに記載の方法を実施するための、前記第1ペプチド及び/又は第2ペプチドを含んで成る酵素量測定用キット。
【請求項11】
配列番号1〜11に記載のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性阻害ペプチド。
【請求項12】
請求項11に記載のペプチドを有効成分として含有するカテプシンE阻害剤。
【請求項13】
配列番号12〜23に記載のアミノ酸配列を含むカテプシンE活性促進ペプチド。
【請求項14】
請求項13に記載のペプチドを有効成分として含有するカテプシンE活性化剤。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−115146(P2011−115146A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60658(P2010−60658)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度、文部科学省、「都市エリア(埼玉圏央)」、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】