説明

新規含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物、及びその重合体

【課題】新規な含硫黄化合物、それを用いた高い屈折率と高いアッベ数とを有することのできる硬化物を与える放射線硬化性組成物を提供する。
【解決手段】下記式(1)で示される新規な含硫黄化合物と、エチレン性不飽和基を有する化合物を反応させることにより得られる含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物;その重合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物、及びその重合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、レンズ材料として無機ガラスに代わり、軽量で耐衝撃性が高く大量生産が可能なプラスチックレンズが多く用いられるようになっている。眼鏡レンズの分野においてはプラスチックレンズの割合が9割にも達している。このような光学レンズの分野において、レンズのさらなる軽薄化を目的とし、高屈折率化が進められている。一方、重要な光学特性の一つとしてアッベ数がある。これは光の波長による屈折率差の度合いを表すものであり、アッベ数が高いほど差が小さく良いレンズであると言える。しかしながら、有機材料で屈折率とアッベ数は二律背反の関係にあり、これらを同時に向上させることは困難であった。
【0003】
また、プロジェクションテレビ等に使用されるフレネルレンズ、レンチキュラーレンズ等の光学レンズは、プレス法、キャスト法等の方法により製造されてきた。しかし、これらの方法では、製造時の加熱及び冷却に長時間を必要とするため、生産性が低いという問題があった。
【0004】
このような問題点を解決するために、近年、紫外線硬化性樹脂組成物を用いてレンズを製作することが検討されている。具体的には、レンズ形状の付いた金型と透明樹脂基板との間に紫外線硬化性樹脂組成物を流し込んだ後、透明樹脂基板の側から紫外線を照射し、該組成物を硬化させることによって、短時間でレンズを製造することができる。
近年のプロジェクションテレビやビデオプロジェクターの薄型化及び大型化に伴い、光学レンズを形成するための紫外線硬化性樹脂組成物に対して、高い屈折率を有することや、いわゆる青色抜け(画面が青みを帯びる現象)を防止することや、優れた力学特性を有することや、硬化前に適当な粘度(薄型化及び大型化に適する小さな粘度)を有すること等が要求されている。
【0005】
ここで、光学レンズを形成するための樹脂組成物として、例えば、特定の構造を有するジオール(a)と芳香族有機ポリイソシアネート(b)と水酸基含有(メタ)アクリレート(c)との反応物であるウレタン(メタ)アクリレート(A)、該(A)成分以外のエチレン性不飽和基含有化合物(B)、及び光重合開始剤(C)を含むことを特徴とする樹脂組成物が提案されている(特許文献1)。
【0006】
また、A成分:特定の一般式で表わされるビス(アクリロキシメチル又はメタクリロキシメチル)トリシクロデカン40〜80質量%、B成分:ペンタエリスリトールテトラキス(β−チオプロピオネート)又はペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)10〜50質量%、C成分:ペンタエリスリトールトリアクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート又はジビニルベンゼン10〜40質量%、からなる混合物を重合硬化して得た、屈折率(N20℃)が1.53以上、アッベ数(ν20℃)が40以上である高アッベ数レンズ(特に、眼鏡用レンズ)が提案されている(特許文献2)。
【0007】
しかし、特許文献1、2等の技術を用いても、プロジェクションテレビ等の光学レンズに対する近年の要求、即ち、光学レンズの薄型化による高屈折率の要求と、高アッベ数の要求を共に十分満足させることは困難である。
【0008】
特に、プロジェクションテレビ等の光学レンズを形成するための有機系材料は、一般的に、長波長光よりも短波長光に対する屈折率が高いため、アッベ数が小さいと、長波長光(赤色)に比べ、短波長光(青色光)をより大きく屈折させ、テレビ画面で青色抜け(画面が青みを帯びる現象)が起きるという問題がある。近年主流になりつつある薄型のリアプロジェクションテレビ等においては、光源からフレネルレンズへの光の入射角が鋭角となり、短波長光がさらに顕著に屈折されるため、この青色抜けが大きな問題となっている。
尚、この青色抜けの問題を解消するためにアッベ数を大きくすると、屈折率が急に小さくなり、プロジェクションテレビ等における薄型化を実現することができなくなる。
【0009】
【特許文献1】特開平5−255464号公報
【特許文献2】特開平2−141702号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、前記の従来技術の問題を解決しようとするものであり、新規含硫黄化合物、それを用いた高い屈折率と高いアッベ数とを有することのできる重合体を与える含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物、及びその重合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明者らは、高い屈折率と高いアッベ数とを同時に達成できる化合物を鋭意探索し、特定の構造を有する新規な含硫黄化合物とエチレン性不飽和基を有する化合物とを反応させて得られる含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を見出し、本発明を完成させた。
【0012】
即ち、本発明は下記の新規な含硫黄化合物、含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物、及びその重合体を提供する。
1.下記式(1)で示される含硫黄化合物。
【化3】

2.上記1に記載の含硫黄化合物と、エチレン性不飽和基を有する化合物を反応させることにより得られる含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物。
3.前記エチレン性不飽和基が、(メタ)アクリロイル基である上記2に記載の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物。
4.下記式(1−1)で示される化合物からなる群から選択される上記2又は3に記載の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物。
【化4】

(式中、Rは水素またはメチル基を表す。)
5.上記2〜4のいずれかに記載の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を重合させることにより得られる重合体。
【発明の効果】
【0013】
本発明の新規な含硫黄化合物は、これを原料として製造される含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物に高屈折率及び高アッベ数を与えることができる。
本発明の新規な含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物は、高屈折率で、高アッベ数を有し、特に高屈折率と、高アッベ数を要求される光学的用途に好適な材料である。
本発明の重合体は、上記含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を重合させて得られ、高屈折率と高アッベ数とを同時に達成できる、光学的用途に好適な硬化物を与える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の新規な含硫黄化合物、含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物、及びその重合体について具体的に説明する。
【0015】
I.含硫黄化合物
本発明の含硫黄化合物は下記式(1)で示される。
【化5】

上記式(1)で示される含硫黄化合物は、高い硫黄含有率と脂環式部位を有しているため、これを用いて製造される含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を重合させてなる重合体を高屈折率かつ高アッベ数にすることができる。
上記式(1)で示される化合物は実施例1に記載の方法で製造することができる。
【0016】
II.含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物
本発明の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物は、上記式(1)で示される含硫黄化合物を出発原料の一方とし、エチレン性不飽和基を有する化合物を他方の出発原料とする化合物である。本発明の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を重合させてなる重合体は、高屈折率かつ高アッベ数を有する。
【0017】
他方の出発原料であるエチレン性不飽和基含有化合物が有するエチレン性不飽和基としては、(メタ)アクリロイル基、ビニル基、N−ビニル基、アリル基、等が挙げられ、(メタ)アクリロイル基であることが好ましい。
エチレン性不飽和基含有化合物としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸の誘導体等が好ましく、(メタ)アクリル酸クロライド、(メタ)アクリルエチルイソシアネートが特に好ましい。
【0018】
本発明の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物としては、下記式(1−1)で示される化合物が好ましい。
【化6】

(式中、Rは水素またはメチル基を表す。)
【0019】
II.重合体
本発明の重合体は、上記含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物に放射線を照射することにより得られる。
ここで放射線とは、赤外線、可視光線、紫外線、X線、電子線、α線、β線、γ線等をいう。紫外線を1000〜5000mJ/cm照射することにより硬化物が得られる。
【0020】
上記式(1−1)で示される本発明の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を重合させて得た本発明の重合体は、屈折率が1.640(波長589.3nm)であり、複屈折がなく、アッベ数は42.1であり、高屈折率と高アッベ数とを同時に満たす材料である。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。尚、特に断らない限り、「%」及び「部」は、「質量%」及び「質量部」を意味する。
【0022】
<含硫黄化合物の合成>
実施例1
(1)中間体(エキソ−3,5−ジチアトリシクロ[5.2.1.0]デス−8−エン−4−オン)の合成
【化7】

【0023】
ノルボルナジエン(3.66g、19.9mmol)、ジイソプロピルキサントゲンジスルフィド(13.5g、25mmol)及びアゾイソブチロニトリル(AIBN;2g、25mmol)の溶液を、トルエン(500mg)中で24時間還流した。この混合物を室温まで冷却し、減圧下に溶媒を除去した。得られた粗生成物をヘキサンで再結晶し、無色の結晶を得た(収量:3.78g、収率:41%)。
【0024】
融点:105-107°C
IR(KBr,ncm−1):3066(アルケンC−H),2942−2996(アルキルC−H),1639(C=O)
H−NMR(CDCl,δ,ppm):2.13(dt,1H,CH−CH−CH)、2.16(dt,1H,CH−CH−CH)、3.04(m,2H,CH−CHCH−CS)、3.86(dd,2H,CH−S)、6.17(t,2H,CH=CH)
13C−NMR(CDCl,δ,ppm):199.6(C=O)、136.7(C=C)、52.0(C−S)、50.1(CH−CCH−CH)、42.6(CH
元素分析:計算値:COS:C;52.14、H;4.38
実測値:C;52.15、H;0.15
【0025】
(2)含硫黄化合物(2−{エキソ−3,5−ジチアトリシクロ[5.5.1.02,6]デクチル−4−オン−8−スルファニル}エタンチオール)の合成
【化8】

【0026】
α,α’−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN;67mg、0.41mmol)の乾燥テトラヒドロフラン(THF;8mL)溶液に、窒素雰囲気下で、1,2−エタンジチオール(2.90g、30.8mmol)を加えた。次いで、この溶液を65℃に加熱し、上記(1)で製造した中間体(3.78g、20.5mmol)の乾燥THF(41mL)溶液を、滴下漏斗によって滴下した。この溶液を65℃で1時間撹拌した後、この混合物を濃縮した。得られた粗生成物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって精製した(溶出液:エーテル/ヘキサン=1/1)し、白色粉末を得た(収量:2.56g、収率:45%)。
【0027】
H−NMR(CDCl,δ,ppm):1.52(m,1H,CH−CH−CH)、1.73(m,1H,SH)、1.91(m,2H,CHS−CH−CH)、2.23(m,1H,CH-CH-CH)、2.38(m,1H,CH−CHCH−CH)、2.45(m,1H,CHS−CHCH−CH)、2.75(m,4H,CH−CH−SH)、2.84(m,1H,S−CHCH−CH)、4.04(d,2H,CH−SCO−S−CH)
【0028】
<含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物の製造>
実施例2
2−{エキソ−3,5−ジチアトリシクロ[5.5.1.02,6]デクチル−4−オン−8−スルファニル}エチルチオメタクリレート(化合物(1−1))の合成
【化9】

【0029】
攪拌機、冷却器及び窒素導入管を備えた反応容器に、実施例1で製造した含硫黄化合物(1.68g、6.03mmol)と、重合開始剤としてフェノチアジンを入れ、乾燥THF(65mL)を加えた溶液に、窒素雰囲気下でトリエチルアミン(2.92g、28.9mmol)を加えた。次いで、この溶液を0℃まで冷却し、メタクリル酸クロライド(2.7g、26.0mmol)の乾燥THF(20mL)溶液を滴下漏斗によって滴下した。この溶液を室温で24時間撹拌した後、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で反応を停止した。この混合物を希釈水で希釈し、クロロホルムで抽出した。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥し、濾過し、濃縮した。粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーによって精製し(溶出液:エーテル/ヘキサン=1/3)、無色のオイルを得た(収量:1.49g、収率:71%)。
【0030】
H−NMR(CDCl,d,25°C):1.51(m,1H,CH−CH−CH)、1.91(m,2H,CHS−CH−CH)、1.98(m,3H,CH=CCH)、2.22(dd,1H,CH−CH−CH)、2.44(t,2H,CH-CHCH−CHS,CHS−CHCH−CHS)、2.71(m,2H,CHS−CH−CHS)、2.99(m,1H,CHS−CHCH−CH)、3.12(m,2H,COS−CH−CH)、4.10(m,2H,S−CHCH−CHCH−S)、5.63(m,1H,CH=CCH)、6.08(s,1H,CH=CCH
【0031】
<重合体の製造>
実施例3
実施例2で合成した化合物(1−1)のクロロホルム溶液(0.5mol/L)にラジカル重合開始剤であるAIBNを添加し、ラジカル重合させることによって重合体を製造した。重合はスムーズに進行し、白色粉末が得られた(硫黄含量:37重量%)。得られた重合体はクロロホルム、テトラクロロメタン及びクロロベンゼンに溶解した。
【0032】
実施例4
実施例2で合成した化合物(1−1)のクロロホルム溶液の濃度を及び1.0mol/Lとした以外は実施例3と同様にして重合体を得た。
【0033】
実施例3及び4で得られた重合体の分子量及び収率を、表1に示す。
【表1】

【0034】
表1の結果から、モノマー(化合物(1−1))の濃度が高ければ、より分子量の大きい重合体が得られることがわかる。
【0035】
<重合体からなる膜の特性評価>
実施例3で得られた重合体の熱シクロヘキサノン溶液を石英基材上にスピンコーティングして重合体フィルムを作製した。得られた重合体フィルムについて下記特性を評価した。
【0036】
(1)透過率(%)
日立製作所社製のU−3500型自記分光光度計を使用して、上記で得られた硬化膜の透過率(%)をそれぞれ測定した。得られた重合体フィルムのUV−可視透過率スペクトルを図1に示す。得られた重合体フィルムは硫黄含量が高いため350nm付近では透明性が低かったが、可視領域(>360nm)では透明性に優れていた(透過率>90%)。この高い透明性は可視領域に吸収を有するπ−結合を殆ど有しない分子構造によると考えられる。
【0037】
(2)屈折率(n25)の測定
JIS K7105に従い、(株)アタゴ製アッベ屈折計を用いて、25℃における波長589nmでの屈折率を測定したところ、1.640であった。
【0038】
(3)アッベ数νの測定
(株)アタゴ社の多波長アッベ屈折計で求めた、F線(486nm)、C線(656nm)の屈折率はそれぞれ1.651、1.636であった。これらと、上記D線の屈折率と合わせてアッベ数を算出したところ、42.1であった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の新規含硫黄化合物は、これを原料として製造される含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物に高屈折率と高アッベ数とを与えることができる。
本発明の新規含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物は、高屈折率と、高アッベ数が同時に要求される光学用部材の製造材料として好適である。具体的には、光学用部材の例として、高反射材料及び反射防止膜の高屈折率材のコーティング材料や、光導波路、各種レンズ、イメージセンサ用感度向上材料が挙げられる。特に、液晶表示装置のバックライトに使用されるプリズムレンズシートや、プロジェクションテレビ等のスクリーンに使用されるレンズシート(例えば、フレネルレンズシート、レンチキュラーレンズシート等)等の各種レンズシートのレンズ部等の光学部材の材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例3で得られた重合体フィルムのUV−可視透過率スペクトルを示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される含硫黄化合物。
【化1】

【請求項2】
請求項1に記載の含硫黄化合物と、エチレン性不飽和基を有する化合物を反応させることにより得られる含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物。
【請求項3】
前記エチレン性不飽和基が、(メタ)アクリロイル基である請求項2に記載の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物。
【請求項4】
下記式(1−1)で示される化合物からなる群から選択される請求項2又は3に記載の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物。
【化2】

(式中、Rは水素またはメチル基を表す。)
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか1項に記載の含硫黄エチレン性不飽和基含有化合物を重合させることにより得られる重合体。


【図1】
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【公開番号】特開2009−137868(P2009−137868A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−314695(P2007−314695)
【出願日】平成19年12月5日(2007.12.5)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】