説明

新規枯草菌変異株

【課題】野生株に対してゲノムの大領域が欠失した枯草菌変異株、及び当該枯草菌変異株を用いた目的遺伝子産物の製造方法の提供。
【解決手段】枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、枯草菌168株のゲノム上における以下の領域のうちのいずれか1が欠失したゲノム構造を有する枯草菌変異株:(a)ybbU- ybfI領域;(b)ydjM-cotA領域;(c)yefA-yesX領域;(d)yfiB-yfiX領域;(e)yhcE-yhcU領域;(f)yhaU-yhaL領域;(g)yjbX-yjlB領域;(h)xkdA-ykcC領域;(i)bpr-ylmA領域;(j)flgB-cheD領域;(k)ynfF-ppsA領域;(l)yoxC-yobO領域;(m)spoVAF-spoIIAA領域;(n)spoIIIAH-yqhV領域;(o)ytvB-ytqB領域;(p)yteA-ytaB領域;(q)yuaJ-yugO領域;(r)yusJ-mrgA領域;(s)gerAA-yvrI領域;(t)yvaM-yvbK領域;(u)araE-yveK領域;(v)yvdE-yvcP領域;(w)gerBA-ywsC領域;(x)ywrK-ywqM領域;(y)spoIIID-ywoB領域;(z)slp-ylaF領域;(aa)licH-sigY領域;(ab)yqeF-yrhK領域;(ac)yuzE-yukJ領域;及び(ad)yncM-yndN領域。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な枯草菌変異株、及び当該枯草菌変異株を用いた目的遺伝子産物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業的生産は、アルコール飲料や味噌、醤油等の食品類をはじめとし、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質、抗生物質、糖質、脂質、タンパク質等、その種類は多岐に渡っており、またその用途についても食品、医薬品、洗浄剤、化粧品等の日用品、或いは各種化成品原料に至るまで幅広い分野に広がっている。
【0003】
こうした微生物による有用物質の工業生産においては、その生産性の向上が重要な課題の一つであり、その手法として、突然変異等の遺伝学的手法による生産菌の育種が行われてきた。特に最近では、微生物遺伝学、バイオテクノロジーの発展により、遺伝子組換え技術等を用いたより効率的な生産菌の育種が行われるようになっている。さらに、近年のゲノム解析技術の急速な発展を受けて、対象とする微生物のゲノム情報を解読し、これらを積極的に産業に応用しようとする試みもなされている。
【0004】
近年、枯草菌については、枯草菌ゲノムに存在する約4100種類の遺伝子の破壊株が網羅的に研究され、271個の遺伝子が成育に必須であることが指摘されている(非特許文献1)。また、枯草菌等の胞子形成初期に関わる遺伝子やプロテアーゼ遺伝子、又は細胞壁或いは細胞膜中のテイコ酸へのD−アラニン付加に関わる遺伝子、更にはサーファクチンの生合成或いは分泌に関わる遺伝子を単独に欠失又は不活性化した菌株が構築されている(特許文献1〜8参照)。
【0005】
枯草菌についてはまた、ゲノムの大領域あるいは遺伝子を欠失させた変異株の網羅的解析により、各種酵素の生産性に優れた変異株が見出されている。この研究で得られた枯草菌変異株の1つであるMGB874株は、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168(枯草菌168株)に由来し、そのゲノムの合計874 kbが削除された変異株であるが、野生株である168株に比較して、タンパク質の分泌生産性が有意に向上している(特許文献9)。
【0006】
一方、ゲノムの大領域欠失にも係らず野生型と比較して同等以上の遺伝子産物生産性を維持している微生物はロバスト性が低いため、遺伝子産物合成メカニズムの解析において、その解析をより容易にできるという特徴がある。例えば、上記MGB874株は874 kbもの長大な遺伝子の破壊株であり、遺伝子産物合成メカニズム解析のためのモデルとして有望である。
【0007】
しかしながら、目的遺伝子産物の工業的生産における更なる生産性の向上のために、生産性がより向上した枯草菌変異株が求められている。また、生物の遺伝子産物合成メカニズムのより詳細な解析のためには、野生型と同等の遺伝子産物の生産性を有しながら、一方で野生型と比較してできるだけ多くのゲノムを欠失した変異株が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭58-190390号公報
【特許文献2】特開昭61-1381号公報
【特許文献3】国際公開第89/04866号パンフレット
【特許文献4】特表平11-509096号公報
【特許文献5】特許第3210315号公報
【特許文献6】特表2001-527401号公報
【特許文献7】特表2002−520017号公報
【特許文献8】特表2001−503641号公報
【特許文献9】特開2007-130013号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】K. Kobayashi et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 100, 4678-4683, 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、野生株に対してゲノムの大領域が欠失した枯草菌変異株、及び当該枯草菌変異株を用いた目的遺伝子産物の製造方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168(枯草菌168株)に由来し、168株のゲノムの大領域が欠失した枯草菌変異株において、さらなるゲノム領域を欠失させることを試みた。その結果、野生株と比較してゲノムの大領域を欠失しているMGB874からさらにゲノムの大領域を欠失させた場合でも、なお生存能を維持し得る変異株を得ることに成功した。さらに本発明者らは、当該変異株に目的産物をコードする遺伝子を組み込むことにより、当該目的産物の生産性により優れた組換え枯草菌変異株を取得することに成功した。
【0012】
すなわち、本発明は、枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域からさらにゲノム領域を欠失させたゲノム構造を有する枯草菌変異株に係るものである。
本発明はまた、上記枯草菌変異株に目的遺伝子産物をコードする遺伝子が発現可能に導入された組換え枯草菌に係るものである。
本発明はまた、上記組換え枯草菌を用いる目的遺伝子産物の製造方法に係るものである。
【0013】
一態様において、本発明は、以下を提供する。
(1)枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、枯草菌168株のゲノム上における以下の(a)〜(ad)で示される領域のうちのいずれか1が欠失したゲノム構造を有する枯草菌変異株:
(a)ybbU-ybfI領域;
(b)ydjM-cotA領域;
(c)yefA-yesX領域;
(d)yfiB-yfiX領域;
(e)yhcE-yhcU領域;
(f)yhaU-yhaL領域;
(g)yjbX-yjlB領域;
(h)xkdA-ykcC領域;
(i)bpr-ylmA領域;
(j)flgB-cheD領域;
(k)ynfF-ppsA領域;
(l)yoxC-yobO領域;
(m)spoVAF-spoIIAA領域;
(n)spoIIIAH-yqhV領域;
(o)ytvB-ytqB領域;
(p)yteA-ytaB領域;
(q)yuaJ-yugO領域;
(r)yusJ-mrgA領域;
(s)gerAA-yvrI領域;
(t)yvaM-yvbK領域;
(u)araE-yveK領域;
(v)yvdE-yvcP領域;
(w)gerBA-ywsC領域;
(x)ywrK-ywqM領域;
(y)spoIIID-ywoB領域;
(z)slp-ylaF領域;
(aa)licH-sigY領域;
(ab)yqeF-yrhK領域;
(ac)yuzE-yukJ領域;及び
(ad)yncM-yndN領域。
(2)前記(a)〜(ad)で示される領域が、下記の配列番号で示される一対のオリゴヌクレオチドセットにより挟み込まれる領域である、(1)記載の枯草菌変異株:
(a) 配列番号51と配列番号52;
(b) 配列番号53と配列番号54;
(c) 配列番号55と配列番号56;
(d) 配列番号57と配列番号58;
(e) 配列番号59と配列番号60;
(f) 配列番号61と配列番号62;
(g) 配列番号63と配列番号64;
(h) 配列番号65と配列番号66;
(i) 配列番号67と配列番号68;
(j) 配列番号69と配列番号70;
(k) 配列番号71と配列番号72;
(l) 配列番号73と配列番号74;
(m) 配列番号75と配列番号76;
(n) 配列番号77と配列番号78;
(o) 配列番号79と配列番号80;
(p) 配列番号81と配列番号82;
(q) 配列番号83と配列番号84;
(r) 配列番号85と配列番号86;
(s) 配列番号87と配列番号88;
(t) 配列番号89と配列番号90;
(u) 配列番号91と配列番号92;
(v) 配列番号93と配列番号94;
(w) 配列番号95と配列番号96;
(x) 配列番号97と配列番号98;
(y) 配列番号99と配列番号100;
(z) 配列番号101と配列番号102;
(aa) 配列番号103と配列番号104;
(ab) 配列番号105と配列番号106;
(ac) 配列番号107と配列番号108;
(ad) 配列番号109と配列番号110。
(3)枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、前記(f)、(j)及び(m)で示される3領域が少なくとも欠失したゲノム構造を有する、(2)に記載の枯草菌変異株。
(4)(1)〜(3)のいずれか1に記載の枯草菌変異株に目的遺伝子産物をコードする遺伝子が発現可能に導入された組換え枯草菌。
(5)目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域から選ばれる1以上の領域が作動可能に結合された、(4)記載の組換え枯草菌。
(6)転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が結合された、(5)記載の組換え枯草菌。
(7)分泌シグナル領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1kbの上流領域由来のものである、(6)記載の組換え枯草菌。
(8)転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号1で示される塩基配列の塩基番号1〜659の塩基配列からなるDNA断片、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列、又は当該塩基配列のいずれかと70%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、上記いずれかの塩基配列からなるDNAとストリンジェントの条件でハイブリダイズするDNA断片若しくは当該塩基配列のいずれかの一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片である、(6)記載の組換え枯草菌。
(9)目的遺伝子産物が異種タンパク質又はポリペプチドである、(4)〜(8)のいずれか1に記載の組換え枯草菌。
(10)(4)〜(9)のいずれか1に記載の組換え枯草菌を用いる目的遺伝子産物の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、各種遺伝子産物の生産性に優れた枯草菌変異株が提供される。当該枯草菌変異株を用いることによって、生産性に優れた各種酵素やその他の有用物質の工業的生産が実現できる。当該枯草菌変異株はまた、高い遺伝子産物産生能を有する一方、ゲノム量が小さく細胞内機構がより単純化されていることから遺伝子産物合成機構におけるロバスト性がより低いため、各種遺伝子産物の産生メカニズム等の解明に有用な生物材料となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】枯草菌のゲノム上から所定の領域を欠失させる方法の一例を示す模式図。
【図2】選択マーカー遺伝子カセットDNA断片の作製手順を示す模式図。
【図3】枯草菌ゲノムから外来薬剤耐性遺伝子を除去する手順を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において塩基配列及びアミノ酸配列の同一性はLipman-Pearson法 (Science,227,1435,1985)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0017】
本発明の枯草菌変異株を構築するための親微生物には、枯草菌変異株MGB874株が用いられる。MGB874株は、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168(枯草菌168株)を野生株とし、そのゲノムの大量域、すなわちprophage6 (yoaV-yobO)領域、prophage1 (ybbU-ybdE)領域、prophage4 (yjcM-yjdJ)領域、PBSX (ykdA-xlyA)領域、prophage5 (ynxB-dut)領域、prophage3 (ydiM-ydjC)領域、spb (yodU-ypqP)領域、pks (pksA-ymaC)領域、skin (spoIVCB-spoIIIC)領域、pps (ppsE-ppsA)領域、prophage2 (ydcL-ydeJ)領域、ydcL-ydeK-ydhU領域、yisB-yitD領域、yunA-yurT領域、cgeE-ypmQ領域、yeeK-yesX領域、pdp-rocR領域、ycxB-sipU領域、SKIN-Pro7 (spoIVCB-yraK)領域、sbo-ywhH領域、yybP-yyaJ領域及びyncM-fosB領域を欠失させたものである(前記特許文献9)。これらの欠失領域はまた、表1に示す一対のオリゴヌクレオチドセットにより挟み込まれる領域として表すことができる。
【0018】
【表1】

【0019】
本発明において提供される新規な枯草菌変異株は、上記枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、さらにゲノム領域を欠失させたゲノム構造を有する。具体的には、本発明の枯草菌変異株は、枯草菌168株のゲノム上における表2に示す欠失領域のうちの少なくとも1を、枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から欠失させたゲノム構造を有する。上記欠失領域としては、表2−1〜表2−2に示される遺伝子領域及び当該領域に相当する領域が挙げられる。
【0020】
【表2−1】

【0021】
【表2−2】

【0022】
枯草菌168株の全塩基配列及び遺伝子は既に報告されており、またインターネット公開されている(Nature, 390, 249-256, 1997及びBSORF Bacillus subtilis Genome Database [http://bacillus.genome.jp/], GenBank: AL009126.2 [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/38680335])。当業者は、これらの情報源から得た枯草菌168株のゲノム情報、例えばGenBank: AL009126.2 [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/38680335]に基づいて、MGB874株のゲノムから欠失させるべき上記表2に示した遺伝子領域を見出すことができる。ここで、欠失させるべき遺伝子領域は、公開されている枯草菌168株の遺伝子の塩基配列に対して1又は複数個の塩基における天然又は人工的に引き起こされた欠失、置換、挿入、付加等の変異を含み得る塩基配列を有し得る。変異し得る塩基の個数の範囲は、枯草菌168株のゲノムとの対応関係が認識できる限り特に限定されないが、例えば、枯草菌168株のゲノム領域の塩基配列に対して50%以上の同一性、好ましくは60%以上の同一性、より好ましくは70%以上の同一性、さらに好ましくは80%以上の同一性、さらにより好ましくは90%以上の同一性、なお好ましくは95%以上の同一性を有する範囲が挙げられる。上記「付加」には、塩基配列の一末端及び両末端への塩基の付加が含まれる。
【0023】
あるいは、表2に示す欠失領域としては、表2に示す一対のオリゴヌクレオチドセットにより挟み込まれる領域が挙げられる。すなわち、本発明の枯草菌変異株は、枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、表2に示す一対のオリゴヌクレオチドセットにより挟み込まれる領域の少なくとも1を欠失させたゲノム構造を有する。上記表2に示す一対のオリゴヌクレオチドセットにより挟み込まれる領域とは、例えば、その領域の一方の端が表2−1〜表2−2に示す第一オリゴヌクレオチドの塩基配列及びその相補配列に隣接し、且つ他方の端が表2−1〜表2−2に示す第二オリゴヌクレオチドの塩基配列及びその相補配列に隣接する領域である。
【0024】
本発明の枯草菌変異株はまた、枯草菌168株から直接、prophage6 (yoaV-yobO)領域、prophage1 (ybbU-ybdE)領域、prophage4 (yjcM-yjdJ)領域、PBSX (ykdA-xlyA)領域、prophage5 (ynxB-dut)領域、prophage3 (ydiM-ydjC)領域、spb (yodU-ypqP)領域、pks (pksA-ymaC)領域、skin (spoIVCB-spoIIIC)領域、pps (ppsE-ppsA)領域、prophage2 (ydcL-ydeJ)領域、ydcL-ydeK-ydhU領域、yisB-yitD領域、yunA-yurT領域、cgeE-ypmQ領域、yeeK-yesX領域、pdp-rocR領域、ycxB-sipU領域、SKIN-Pro7 (spoIVCB-yraK)領域、sbo-ywhH領域、yybP-yyaJ領域及びyncM-fosB領域、ならびに表2−1〜表2−2に示した欠失領域のうちの少なくとも1を欠失させることによって、作製することができる。
【0025】
本発明の枯草菌変異株の例としては、下記表3−1及び表3−2に示される枯草菌変異株が挙げられる。
【0026】
【表3−1】

【表3−2】

【0027】
上記で定義した枯草菌168株のゲノム領域に加えて、その他の領域を欠失したゲノム構造を有する枯草菌変異株も、本発明の枯草菌変異株に含まれる。欠失させるべきその他の領域としては、例えば、生育必須遺伝子を除く遺伝子領域及び非コード領域等の、ゲノム上から欠失しても菌の生存能力が維持され、且つ上述した目的遺伝子産物の生産能を低下させない領域が好ましい。
【0028】
上述の欠失させるべき領域を枯草菌ゲノム上から欠失させる方法としては、特に限定されないが、例えば図1に示す方法を適用することができる。
すなわち、いわゆるSOE−PCR法(Gene,77,61 (1989))によって調製される欠失用DNA断片を挿入した欠失用プラスミドを用いた2重交差法によって、欠失させるべき領域を枯草菌ゲノム上から欠失させる。本方法で用いる欠失用DNA断片には、欠失させるべき領域の上流に隣接する約0.1〜3kb断片(上流断片と称する)と、同じく下流に隣接する約0.1〜3kb断片が結合したDNA断片(下流断片と称する)とを連結したDNA断片を用いることができるが、目的領域の欠失を確認するためには、当該上流断片と下流断片の間にクロラムフェニコール耐性遺伝子などの薬剤耐性マーカー遺伝子断片を結合させたDNA断片が好適に用いられる。
【0029】
まず、1回目のPCRによって、欠失させるべき領域の上流断片A及び下流断片B、並びに必要に応じて薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cmの3断片を調製する(図1)。この際、上流及び下流断片の調製のためには、結合対象となるDNA断片の末端10〜30塩基対の配列を付加したプライマーを設計する。例えば、上流断片A、薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cm、及び下流断片Bをこの順で結合させる場合、上流断片Aの下流末端に位置する(アニールする)プライマーにおける5’末端に、薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cmの上流側10〜30塩基に相当する配列を付加し(図1、プライマーDR1)、また下流断片Bの上流末端に位置する(アニールする)プライマーにおける5’末端に、薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cmの下流側10〜30塩基に相当する配列を付加する(図1、プライマーDF2)。このように設計したプライマーセットを用いて上流断片A及び下流断片BをPCRで増幅した場合、増幅された上流断片A’の下流側には薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cmの上流側に相当する領域が付加されることとなり、増幅された下流断片B’の上流側には薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cmの下流側に相当する領域が付加されることとなる。
【0030】
次に1回目のPCRで調製した上流断片A’、薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cm、及び下流断片B’を混合して鋳型とし、上流断片の上流側に位置する(アニールする)プライマー(図1、プライマーDF1)及び下流断片の下流側に位置する(アニールする)プライマー(図1、プライマーDR2)からなる1対のプライマーを用いて2回目のPCRを行う。この2回目のPCRにより、上流断片A、薬剤耐性マーカー遺伝子断片Cm、及び下流断片Bをこの順で結合した欠失用DNA断片Dを増幅することができる(図1)。
【0031】
あるいは、上流断片及び下流断片を結合した欠失用DNA断片を増幅した後、当該欠失用DNA断片を薬剤耐性マーカー遺伝子を含むプラスミドに挿入することで、上流断片及び下流断片に加えて薬剤耐性マーカー遺伝子断片を有する欠失用DNA断片を調製することができる。
【0032】
更に、上述の方法などによって得られる欠失用DNA断片を、通常の制限酵素とDNAリガーゼを用いて宿主菌内で増幅されないプラスミドDNA、又は温度感受性プラスミド等、容易に除去できるプラスミドDNAに挿入することによって、欠失導入用プラスミドを構築する。宿主菌内で増幅されないプラスミドDNAの例としては、例えば枯草菌を宿主とする場合、pUC18、pUC118、pBR322などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0033】
次いで、欠失用プラスミドによる宿主菌の形質転換をコンピテントセル形質転換法(J. Bacteriol. 93, 1925 (1967))などの通常行われる手法によって行い、プラスミドに挿入された上流断片及び下流断片と、それらのゲノム上の相同領域との間での2重交差の相同組換えによって欠失用プラスミドが宿主菌ゲノムDNA内に融合することにより、欠失させるべき領域が薬剤耐性マーカー遺伝子に置き換えられた形質転換体が得られる(図1)。形質転換体の選択は、欠失用DNA断片中に存在するクロラムフェニコール耐性遺伝子などのマーカー遺伝子による薬剤耐性を指標に行えばよい。例えば、枯草菌をSPI培地(0.20%硫酸アンモニウム、1.40%リン酸水素二カリウム、0.60%リン酸二水素カリウム、0.10%クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50%グルコース、0.02%カザミノ酸(Difco)、5mM硫酸マグネシウム、0.25μM塩化マンガン、50μg/mlトリプトファン)において37℃で、生育度(OD600)の値が1程度になるまで振盪培養する。振盪培養後、培養液の一部を9倍量のSPII培地(0.20%硫酸アンモニウム、1.40%リン酸水素二カリウム、0.60%リン酸二水素カリウム、0.10%クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50%グルコース、0.01%カザミノ酸(Difco)、5mM硫酸マグネシウム、0.40μM塩化マンガン、5μg/mlトリプトファン)に接種し、更に生育度(OD600)の値が0.4程度になるまで振盪培養することで、枯草菌のコンピテントセルを調製する。次いで調製したコンピテントセル懸濁液(SPII培地における培養液)100μLに上記DNA断片を含む溶液(上記SOE−PCRの反応液)5μLを添加し、37℃で1時間振盪培養後、抗生物質(クロラムフェニコール等)を含むLB寒天培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaCl、1.5%寒天)に全量を塗沫する。37℃における静置培養の後、生育したコロニーを形質転換体として分離する。形質転換体のゲノムDNAを抽出し、これを鋳型DNAとしたPCRにより、目的の領域削除が行われていることを確認することができる。ゲノムDNAの抽出は、斉藤と三浦(Saito & Miura)の方法[Saito & Miura Biochem. Biophys. Acta. 72, 619-629 (1963)]、あるいは、市販のゲノムDNA抽出キット、例えば、UltraClean Microbial DNA Isolation Kit(MO BIO Laboratories, Inc.)を用いて行うことができる。
【0034】
かくして得られた形質転換体から、さらに、ゲノムDNAに挿入された外来薬剤耐性マーカー遺伝子を除去する。除去の手順としては、特に限定されないが、SOE−PCR法(Gene,77,61 (1989))により調製されるDNA断片を用いた2段階相同組換え法を用いることができる(図3参照)。以下にその手順を説明する。
【0035】
はじめに、第1相同組換えのためのDNA断片(供与体DNA)を調製する。調製の方法としては、特に限定されないが、上述したSOE−PCR法、及びプラスミド上で所望の断片を結合させる方法等が挙げられる。供与体DNAとしては、例えば、除去すべき外来薬剤耐性マーカー遺伝子領域(すなわち、欠失された領域)の上流に隣接する約0.1〜3kb断片(上流断片)及び同じく下流に隣接する約0.1〜3kb断片が順に結合したDNA断片(下流断片)と、当該外来薬剤耐性マーカー遺伝子下流領域のDNA断片とが結合した断片を用いることができる。好適には、当該下流断片とマーカー遺伝子下流領域断片との間に、相同組換えの指標となる別のマーカー遺伝子等が挿入されたDNA断片が用いられる(図3)。
【0036】
次いで、調製された供与体DNAをコンピテントセル形質転換法などの通常行われる手法によって形質転換体に導入し、形質転換体ゲノムDNAの当該上流断片及び外来薬剤耐性マーカー遺伝子下流領域に相当する領域との間に相同組換えを起こさせる(第1相同組換え)。所望の相同組換えが生じた形質転換体は、供与体DNA中に挿入した別のマーカー遺伝子による薬剤耐性を指標に選択することができる。第1相同組換えが適切に生じた形質転換体のゲノムDNAでは、上流断片、下流断片、必要に応じて別のマーカー遺伝子、外来薬剤耐性マーカー遺伝子下流領域、及び下流断片が順番に配置している(図3参照)。このような配置を有するゲノムDNAにおいては、上記2つの下流断片同士の間で自然誘発的に相同組換えが起こり得る(ゲノム内相同組換え)。このゲノム内相同組換えによって、当該2つの下流断片の間に位置していた領域が欠失することにより、外来薬剤耐性マーカー遺伝子が形質転換体ゲノムから除去される。目的通りにゲノム内相同組換えを起こした形質転換体は薬剤に対する耐性能を失っているため、薬剤感受性となった菌株を選択することで目的の形質転換体を得ることができる。得られた菌株からゲノムDNAを抽出し、PCR法などによって目的遺伝子の欠失を確認することができる。
【0037】
目的の欠失株を選択する際、薬剤耐性から感受性に変化した菌株を直接選択することは難しく、またゲノム内での相同組換えは約10-4以下の低い頻度で生じるものと考えられる。そこで、目的欠失株を効率的に取得するためには薬剤感受性株の存在比率を高める方法やある条件下で致死に働く遺伝子を利用して目的欠失株を選択する方法などの工夫を施すことが望ましい。
【0038】
薬剤感受性株の濃縮方法としては、例えばアンピシリンなどのペニシリン系抗生物質が、増殖細胞に対して殺菌的に作用し、一方、非増殖細胞には作用しないことを利用した濃縮法(Methods in Molecular Genetics, Cold Spring Harbor Labs, (1970))などが挙げられる。アンピシリンなどによる濃縮を行う場合、例えばテトラサイクリンやクロラムフェニコールなどの様に宿主細胞に対して静菌的に作用する薬剤に対する耐性遺伝子の欠失に関して有効である。こうした静菌的作用の薬剤を適量含む適当な培地において、当該薬剤耐性遺伝子を保持する耐性株は増殖可能であり、当該薬剤耐性遺伝子を欠失した感受性株は増殖も死滅もしない。この様な条件下において適当な濃度のアンピシリンなどのペニシリン系抗生物質を添加して培養を行うと、増殖しようとする耐性株が死滅する一方、感受性株はアンピシリンなどの作用を受けず、結果として感受性株の存在比率が高まることになる。この様な濃縮操作を行った培養液を適当な寒天培地に塗抹、培養し、出現したコロニーのマーカー薬剤に対する耐性の有無をレプリカ法などによって確認することにより、効率的に感受性株を選択することが可能となる。
【0039】
あるいは、目的欠失株の選択方法として、ある条件下で働く致死遺伝子を利用することもできる。致死遺伝子としては例えば、chpA遺伝子(リボヌクレアーゼをコードする遺伝子)及びccdB遺伝子(DNAジャイレースの阻害剤をコードする遺伝子)等の細胞増殖阻害タンパク質をコードする遺伝子等を利用することができる。イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)の存在下において発現誘導するspacプロモーターなどの発現誘導型プロモーターの下流にchpA遺伝子等致死遺伝子を連結し、供与体DNA中の2つの下流断片の間に挿入しておくことでchpA遺伝子等致死遺伝子を必要に応じて発現させることができる。したがって、第1相同組換えで生じた形質転換体をIPTGが含まれる培地で培養することにより、chpA遺伝子等の致死遺伝子が発現する細胞は死滅し、第2相同組み換え工程でchpA遺伝子等の致死遺伝子を脱落した細胞は増殖し生育することができるため、コロニー形成の有無を指標として所望の形質転換体を選択することができる(図3参照)。
【0040】
以上のようにして、ゲノム上の所定の領域を単独で欠失したゲノム構造を有する枯草菌変異株を作製することができる。複数の領域を欠失したゲノム構造を有する枯草菌変異株は、上記工程を繰り返すことにより得ることができるが、いわゆる、LP(lysis of protoplasts)形質転換方法によって作製することもできる。LP形質転換法は、「T. Akamatsu及びJ. Sekiguchi, “Archives of Microbiology”, 1987年, 第146巻, p.353-357」及び「T. Akamatsu及びH. Taguchi, “Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry”, 2001年, 第65巻,第4号, p.823-829」を参照することで利用することができる。
【0041】
斯くして得られた本発明の枯草菌変異株は、親株である枯草菌変異株MGB874株と比較してゲノムの大領域を欠失しているにもかかわらず、その生存能を維持している。また、本発明の枯草菌変異株は、親株と比較して同等以上の遺伝子産物生産能を有する。従って、本発明の枯草菌変異株は、遺伝子産物産生能を有する一方、ゲノム大領域の欠失によりゲノム量が小さいために細胞内機構がより単純化されているので、各種遺伝子産物の産生メカニズム等の解明に有用な生物材料となり得る。また、本発明の枯草変異株に目的遺伝子産物をコードする遺伝子を発現可能に導入することにより、当該目的遺伝子産物の生産性が向上した本発明の組換え枯草菌を得ることができる。
【0042】
本明細書において、微生物へ遺伝子を「発現可能に導入する」とは、当該微生物内で当該遺伝子が発現され得るようにその遺伝子を導入することをいう。例えば、適切な位置に目的の遺伝子が組み込まれた発現ベクターや、転写開始制御領域や翻訳開始領域等の制御領域と連結された目的遺伝子を含むベクターを、一般的な形質転換法を用いて微生物に取り込ませることによって、当該微生物へ目的遺伝子を「発現可能に導入する」ことができる。あるいは、微生物ゲノム上の制御領域の下流に、目的遺伝子を含むDNA断片と当該制御領域下流に相同な領域とを結合させたDNA断片を直接組み込むことによって、当該遺伝子を本発明の枯草菌変異株へ発現可能に導入することができる。上記に例示したような細胞へ遺伝子を発現可能に導入するための種々の手法は、当業者に周知である。
【0043】
したがって、一態様において、本発明の枯草菌変異株に導入される目的遺伝子産物をコードする遺伝子は、その上流に当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始領域並びに分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域と作動可能に連結されていることが好ましい。より好ましくは、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、更に好ましくは、分泌シグナルペプチド領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1kbの上流領域であるものが、目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流に作動可能に連結されている。
【0044】
本明細書において、転写開始制御領域、翻訳開始領域、又は分泌シグナルと遺伝子との「作動可能な連結」とは、上記制御領域が遺伝子の転写又は翻訳を誘導し得るように、又は遺伝子にコードされたタンパク質又はペプチドが分泌シグナルの働きにより分泌されるように、連結されていることをいう。上記制御領域又は分泌シグナルと遺伝子との「作動可能な連結」の手順は、当業者に周知である。
【0045】
例えば、本発明の枯草菌変異株に導入される目的遺伝子産物をコードする遺伝子は、その構造遺伝子が、特開2000−210081号公報や特開平4−190793号公報等に記載されているバチルス(Bacillus)属細菌、すなわちKSM-S237株(FERM BP-7875)、又はKSM-64株(FERM BP-2886)由来のセルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始領域及び分泌シグナルペプチド領域が目的遺伝子産物と作動可能に連結されていることが望ましい。より具体的には、配列番号1で示される塩基配列の塩基番号1〜659の塩基配列、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列からなるDNA断片、当該塩基配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つ遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を有するDNA断片、又は上記いずれかの塩基配列からなるDNAとストリンジェントの条件でハイブリダイズし且つ遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を有するDNA、或いは上記いずれかの塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなり且つ遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を有するDNA断片が、目的遺伝子産物の構造遺伝子と作動可能に連結されていることが望ましい。尚、ここで、上記塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片とは、上記塩基配列の一部、好ましくは数個(例えば、1〜50個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜10個)の塩基を欠失しているが、遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を有するDNA断片を意味する。また此処で言うストリンジェントな条件とは、例えば[Molecular cloning-a Laboratory manual 2nd edition(Sambrookら、1989)]に記載の条件等が挙げられる。例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M塩化ナトリウム、0.015Mクエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5%SDS、5×デンハート及び100mg/mLニシン精子DNAを含む溶液にプローブとともに65℃で8〜16時間恒温し、ハイブリダイズさせる条件が挙げられる。
【0046】
導入する目的遺伝子産物をコードする遺伝子は特に限定されず、内在性の遺伝子であっても、異種遺伝子であってもよい。例えば、導入する遺伝子としては、収縮タンパク質、輸送タンパク質、シグナルタンパク質、生体防御タンパク質、受容体タンパク質、構造タンパク質、遺伝子調節タンパク質、酵素、及び貯蔵タンパク質等のタンパク質をコードする遺伝子、ならびに機能性RNA等のノンコーディングRNAをコードする遺伝子が挙げられる。
【0047】
一態様において、導入する遺伝子は、異種タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子である。異種タンパク質又はポリペプチド遺伝子としては、洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断、研究などの各種分野において有用なあらゆるタンパク質又はポリペプチド、例えば、酵素、生理活性ペプチド、マーカー、シグナル伝達物質、構造タンパク質、各種調節などをコードする遺伝子が挙げられる。また、上記酵素としては、機能別に列挙すると、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase/Synthetase)等が挙げられるが、好適にはセルラーゼ、α−アミラーゼ、プロテアーゼ等の加水分解酵素が挙げられる。
【0048】
セルラーゼとしては、例えば、多糖加水分解酵素の分類(Biochem. J., 280, 309, 1991)中でファミリー5に属するセルラーゼが挙げられ、中でも微生物由来、好ましくはBacillus属細菌由来のセルラーゼが好適に挙げられる。より具体的な例として、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるBacillus属細菌KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ、又は、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるBacillus属細菌KSM-64株(FERM BP-2886)由来のアルカリセルラーゼ、或いは、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるセルラーゼ、又は配列番号2又は配列番号4で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるアルカリセルラーゼが挙げられる。
【0049】
α−アミラーゼの具体例としては、微生物由来のα−アミラーゼが挙げられ、好ましくはBacillus属細菌由来の液化型アミラーゼが好適に挙げられる。より具体的な例として、配列番号5で示されるアミノ酸配列からなるBacillus属細菌KSM-K38株(FERM BP-6946)由来のアルカリアミラーゼ、或いは当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるアミラーゼ、又は配列番号5で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるアルカリアミラーゼが挙げられる。
【0050】
プロテアーゼの具体例としては、微生物由来、好ましくはBacillus属細菌由来のセリンプロテアーゼや金属プロテアーゼ等が好適に挙げられる。より具体的な例として、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるバチルス クラウジ(Bacillus clausii)KSM-KP43株(FERM BP-6532)由来のアルカリプロテアーゼ、或いは当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるプロテアーゼ、又は配列番号6で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなるアルカリプロテアーゼが挙げられる。
【0051】
本明細書において、「1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列」には、1〜50個、好ましくは1〜30個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜10個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列が含まれ、上記「付加」には、アミノ酸配列の一末端及び両末端へのアミノ酸の付加が含まれる。
【0052】
別の一態様において、導入する遺伝子は、ノンコーディングRNAをコードする遺伝子である。ノンコーディングRNAは、DNAから転写された後タンパク質に翻訳されないRNAである。ノンコーディングRNAとしては、機能性RNA,例えば、制御配列を含む非翻訳領域、tRNA、rRNA、mRNA型ncRNA(mRNA−like non−coding RNA)、snRNA(small nuclear RNA)、snoRNA(small nucleolar RNA)、miRNA(microRNA)、stRNA(Small Temporal RNA)、siRNA(short−interfering RNA)等が挙げられる。これらのノンコーディングRNAは、細胞の発現制御、発生、分化、その他生命活動に関わる多種多様なメカニズムを担っており、研究、医療、診断、創薬、品種改良や農薬生産等の農業、水産及び畜産分野、化学品製造等において利用可能である。
【0053】
本発明の組換え枯草菌を用いた目的遺伝子産物の生産は、当該菌株を同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養し、培養終了後、当該目的遺伝子産物を採取、及び必要に応じて精製することにより行えばよい。そして、後記実施例に示すように、目的遺伝子産物の生産性は、親株である枯草菌変異株MGB874株を用いた場合と比較して、その向上が達成されている。
【実施例】
【0054】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。
【0055】
実施例で使用したプライマーを表4に記載し、その塩基配列を表5−1〜表5−7に記載する。
【0056】
【表4】

【0057】
【表5−1】

【0058】
【表5−2】

【0059】
【表5−3】

【0060】
【表5−4】

【0061】
【表5−5】

【0062】
【表5−6】

【0063】
【表5−7】

【0064】
〔実施例1〕ゲノム領域の単独欠失株の作製
本実施例では、枯草菌MGB874株のゲノム上の様々な領域を欠失させた変異株を製造した。またそのフローを図1に示した。
【0065】
<R25領域の単独欠失株の作製>
枯草菌変異株MGB874株ゲノム上の表2に示したR25領域を欠失対象領域として、当該領域をMGB874株ゲノムから欠失させた。
【0066】
図1に示すように、MGB874株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、25-DF1(配列番号155)と25-DR1(配列番号157)、及び、25-DF2(配列番号156)と25-DR2(配列番号158)の各プライマーセットを用いて、ゲノム上のR25領域の上流に隣接する0.5kb断片(A)、及び下流に隣接する0.5kb断片(B)をPCRにより増幅した。また、プラスミドpDLT3(Morimoto et al., 2002)を鋳型として、rPCR-CmF(配列番号351)とrPCR-CmR(配列番号352)のプライマーのセットを用いてクロラムフェニコール耐性遺伝子を含む1.0kb断片(Cm)を、PCRによって調製した。得られた3つの増幅DNA断片をSOE−PCR法(例えば、Gene, 77, 61 (1989)参照)によって結合し、結合欠失用DNA断片を作製した。
【0067】
上述のように取得された欠失用DNA断片供与体DNAを用いて、MGB874株を形質転換した。形質転換の条件は、コンピテントセル形質転換方法(例えば、J. Bacteriol. 93, 192 (1967)参照)に従い、1μg以上のPCR産物(欠失用DNA断片供与体DNA)を400μlのコンピテントセルに加え、更に1.5時間培養した。10ppmのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地に塗布し、生育したコロニーを相同組み換え(図1参照)による形質転換体として分離した。取得した株を、MGB874-R25::cm株とした。
【0068】
<その他の各単独欠失株の作製>
上述したR25領域の単独欠失株の作製手順に準じて、R02領域、R07領域、R08領域、R10N領域、R12領域、R13領域、R15領域、R16領域、R20N領域、R21領域、R22領域、R23領域、R25領域、R26領域、R30領域、R31領域、R32領域、R33領域、R34領域、R35領域、R36領域、R37領域、R39領域、R40領域、R41領域、R45領域、R49A領域、R50N領域、R53領域、Rd22領域(まとめてR*領域と称する)の各単独欠失株を作製した。上記のR*領域の単独欠失株を構築する場合、R25領域単独欠失株の作製と同様の方法により、表4および表5−1〜5−7に記載の各領域単独欠失株作製用プライマーセットを用いて欠失用DNA断片を作製し、R*領域の単独欠失株を作製した。
枯草菌変異株MGB874株ゲノムから、R*領域を単独で欠失した株を、MGB874-R*::cm株とした。
【0069】
〔実施例2〕選択マーカー遺伝子カセットの作製
先ず、枯草菌168株aprE遺伝子領域にスペクチノマイシン耐性遺伝子、lacI遺伝子、Pspac-chpA遺伝子を含むDNA断片を挿入した枯草菌168(aprE::spec, lacI, Pspac-chpA, cm)株を以下のように作製した。
【0070】
図2に示すように、枯草菌発現ベクターpO2HCを鋳型として、ベクター中のlacIからspacプロモーターを含む該プロモーター下流のSD配列までの領域を、pO2HC-lacF(配列番号355)及びpO2HC-lacR(配列番号356)のプライマーセットを用いてPCR法により増幅した。また、大腸菌W3110株のゲノムを鋳型として、chpA-F(配列番号358)及びchpA-R(配列番号359)のプライマーセットを用いて、ゲノム中のchpA遺伝子の開始コドンから終止コドンまでの領域をPCR法により増幅した。得られた二つの増幅DNA断片をSOE−PCR法(例えば、Gene, 77, 61 (1989)参照)によって結合し、結合DNA断片を作製した。
次に、上記で作製したDNA断片を制限酵素ApaI及びBamHIで消化し、制限酵素処理断片を得た。同様に、ベクターpAPNC213(スペクチノマイシン耐性遺伝子含有)を制限酵素ApaI及びBamHIで消化し、制限酵素処理断片を得た。こうして得られた制限酵素処理断片を、DNAライゲースを用いて結合した。
得られた環状DNAを用いて枯草菌168株を形質転換した。100μg/mlのスペクチノマイシンを含むLB寒天平板培地で培養して、目的の形質転換体を選択し、168(aprE::spec, lacI, Pspac-chpA)株を構築した。
次に、得られた168(aprE::spec, lacI, Pspac-chpA)株の染色体DNAを鋳型として、APNC-Fプライマー(配列番号357)とchpA-Rプライマー(配列番号359)を用いてPCRによりDNA断片を増幅した(図2参照)。増幅したDNA断片を選択マーカー遺伝子カセットと称する。
【0071】
〔実施例3〕単独領域欠失株のゲノムへの外来配列除去用DNAコンストラクトの挿入
本実施例では、上記で構築した単独領域欠失株MGB874-R25::cm株、および、MGB874-R*::cm株の各ゲノムへ外来配列除去用DNAコンストラクトを挿入した変異株を製造した。本実施例のフローを図3に示した。
【0072】
<R25領域単独欠失株のゲノムへの外来配列除去用DNAコンストラクトの挿入>
R25領域単独欠失株であるMGB874-R25::cm株のゲノムへ外来配列除去用DNAコンストラクトを挿入した変異株を以下のように製造した。図3に示した供与体DNAを表4および表5−1〜5−7に示すプライマーを用いて以下のように構築した。
【0073】
<供与体DNAの作製>
また、枯草菌168株の染色体DNAを鋳型として、欠失対象領域の5’外側領域(断片A)、欠失対象領域の3’外側領域(断片B)の2断片を、それぞれ25-DF1(配列番号155)と25-DR1.2(配列番号316)、及び25-DF2.2(配列番号315)と25-DR2(配列番号158)のプライマーセットを用いてPCRにより増幅した(図3)。また、プラスミドpSM5022 (Mol. Microbiol. 6, 309 ,1992)を鋳型としてCm-F(del)(配列番号353)とCm-R(del)(配列番号354)のプライマーセットを用いてPCRによりクロラムフェニコール耐性遺伝子(断片Cm)を増幅した(図3)。
【0074】
これらPCRによって得られた選択マーカー遺伝子カセット、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及びクロラムフェニコール耐性遺伝子の内部配列(断片‘Cm’)の4断片、並びに、25-DF1(配列番号155)とCm-R(del) (配列番号354)のプライマーセットを用いてSOE−PCR法(Gene, 77, 61 (1989))を行った。これにより、図3に示すように、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)、選択マーカー遺伝子カセット及びクロラムフェニコール耐性遺伝子上流欠失配列(断片‘Cm’)がこの順で配置したDNA断片を取得することができた。本実施例では、このDNA断片を供与体DNAとして使用した。
【0075】
<形質転換>
上述のように取得された供与体DNAを用いて、R25領域単独欠失株(MGB874-R25::cm株)を形質転換した。形質転換の条件は、コンピテントセル形質転換方法(例えば、J. Bacteriol. 93, 192 (1967)参照)に従い、1μg以上のPCR産物(供与体DNA)を400μlのコンピテントセルに加え、更に1.5時間培養し第1相同組み換え(図3)を行った。
【0076】
形質転換体を、組み換えにより導入されたスペクチノマイシン耐性遺伝子を用いて選択した。具体的には、上記形質転換処理後の細胞を100μg/mlのスペクチノマイシンを含むLB寒天平板培地にて、37℃で一晩培養し、コロニーを形成し、生存可能な菌株を取得した。この培養によって、相同組み換えによって供与体DNAが組み込まれてスペクチノマイシン耐性を獲得した枯草菌のみが生育し、コロニーを形成することとなる。
取得した株を、MGB874(R25::R25B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm')株とした。
【0077】
<R*領域単独欠失株のゲノムへの外来配列除去用DNAコンストラクトの挿入>
上述したR25領域単独欠失株のゲノムへの外来配列除去用DNAコンストラクトの挿入手順に準じて、図3で説明した方法により表4および表5−1〜5−7に記載のプライマーを使用し、R*領域の単独欠失株であるMGB874-R*::cm株の各ゲノムへ外来配列除去用DNAコンストラクトを挿入した。供与体DNAの作製のための欠失対象領域の5’外側領域(断片A)及び3’外側領域(断片B)の断片の増幅には、各R*領域に対し、それぞれ*-DF1と*-DR1.2、及び*-DF2.2と*-DR2のプライマーセットを用いた(例えば、R21領域の場合、それぞれ21-DF1と21-DR1.2、及び21-DF2.2と21-DR2のプライマーセットを用いた)。
取得した株をMGB874(R*::R*B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)株とした。
【0078】
〔実施例3〕多重領域欠失株の構築
本実施例では、上記で構築した各単独欠失株ゲノムへの外来配列除去用DNAコンストラクト挿入株を利用して、多重領域欠失株を構築した。
【0079】
<MGB874(R25::R25B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)株のゲノム内相同組換え>
MGB874(R25::R25B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)株を、LB液体培地で一晩培養した。培養液を希釈後、1mM IPTGを添加したLB寒天プレートに塗布した結果、コロニー形成が確認された。IPTG含有LB寒天プレート上で生存し、コロニー形成が確認されたこれらの形質転換枯草菌は、ゲノム内相同組み換えによって外来配列除去用DNAコンストラクト及びクロラムフェニコール耐性遺伝子(断片‘Cm’)がゲノムDNAから欠失したものである(図3参照)。
さらに、本実施例では、以上の実験により得られた形質転換枯草菌の単コロニーについて、欠失対象領域(R25領域)の欠失を、表4および表5−1〜5−7に示す25-checkFプライマー(配列番号255)と25-checkRプライマー(配列番号256)を用いて確認した(図3)。本実験で取得された株をRGF880株と命名した。
【0080】
<RGF880株ゲノムからのR21領域の欠失>
RGF880株ゲノムから、表2に示したR21領域を欠失させる実験を行った。
MGB874-R21::cm株のゲノムへ外来配列除去用DNAコンストラクトを挿入して構築した株MGB874(R21::R21B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)のゲノムDNAを抽出し、RGF880株に対して形質転換実験を行った。形質転換の条件は、コンピテントセル形質転換方法(例えば、J. Bacteriol. 93, 192 (1967)参照)に従い、1μg以上のPCR産物(供与体DNA)を400μlのコンピテントセルに加え、更に1.5時間培養した。10ppmのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地に塗布し、生育したコロニーを相同組み換え(図3参照)による形質転換体として分離した。取得した株を、RGF880(R21::R21B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)とした。
【0081】
RGF880(R21::R21B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)株を、LB液体培地で一晩培養した。培養液を希釈後、1mM IPTGを添加したLB寒天プレートに塗布した結果、コロニー形成が確認された。IPTG含有LB寒天プレート上で生存し、コロニー形成が確認されたこれらの形質転換枯草菌は、ゲノム内相同組み換えによって外来配列除去用DNAコンストラクト及びクロラムフェニコール耐性遺伝子(断片‘Cm’)がゲノムDNAから欠失したものである(図3参照)。
さらに、本実施例では、以上の実験により得られた形質転換枯草菌の単コロニーについて、欠失対象領域(R21領域)の欠失を、表4および表5−1〜5−7に示す21-checkFプライマー(配列番号249)と21-checkRプライマー(配列番号250)を用いて確認した(図3)。本実験で取得された株をRGF905株と命名した。
【0082】
<各領域削除株ゲノムからのR*領域の欠失>
RGF880株ゲノムから、R21領域を欠失させる実験と同様の方法により、更に多重欠失株の構築を行った。対象とする領域削除株をRGFx株として、RGFx株ゲノムからR*領域を欠失させる実験を以下のように行った。
【0083】
MGB874-R*::cm株のゲノムへ外来配列除去用DNAコンストラクトを挿入して構築した株MGB874(R*::R*B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)のゲノムDNAを抽出し、領域削除株RGFx株に対して形質転換実験を行った。形質転換の条件は、コンピテントセル形質転換方法(例えば、J. Bacteriol. 93, 192 (1967)参照)に従い、1μg以上のPCR産物(供与体DNA)を400μlのコンピテントセルに加え、更に1.5時間培養した。10ppmのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地に塗布し、生育したコロニーを相同組み換え(図3参照)による形質転換体として分離した。取得した株を、RGFx(R*::R*B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)とした。
【0084】
RGFx (R*::R*B, spec, lacI, Pspac-chpA,‘cm’)株を、LB液体培地で一晩培養した。培養液を希釈後、1mM IPTGを添加したLB寒天プレートに塗布した結果、コロニー形成が確認された。IPTG含有LB寒天プレート上で生存し、コロニー形成が確認されたこれらの形質転換枯草菌は、ゲノム内相同組み換えによって外来配列除去用DNAコンストラクト及びクロラムフェニコール耐性遺伝子(断片‘Cm’)がゲノムDNAから欠失したものである(図3参照)。
さらに、本実施例では、以上の実験により得られた形質転換枯草菌の単コロニーについて、欠失対象領域(R*領域)の欠失を、表4および表5−1〜5−7に示す*-checkFプライマーと*-checkRプライマーを用いて確認した(図3)。
以上の実験を繰り返し、表2に示す本発明の枯草菌変異株を構築した。
【0085】
〔実施例4〕組換え枯草菌の作製および目的遺伝子産物生産性評価
実施例1〜3により作製した本発明の枯草菌変異株RGF916株、RGF933株、RGF1042株、RGF1323株、RGF1334株、RGF1351株、GF1368株、及び、RGF1370に、目的遺伝子産物コードする遺伝子を導入した組換え枯草菌株を作製し、目的遺伝子産物の生産能を評価した。本例では、枯草菌変異株に導入する目的遺伝子産物として、アルカリセルラーゼを使用した。
【0086】
<アルカリセルラーゼ分泌生産評価>
アルカリセルラーゼ分泌生産性評価は以下の様に行った。即ち、バチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000−210081号公報)断片(3.1 kb)がシャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入された組換えプラスミドpHY-S237を、プロトプラスト形質転換法によって各菌株に導入した。これによって得られた組換え菌株を10mLのLB培地で一夜37℃で振盪培養を行い、更にこの培養液0.05mLを50mLの2×L−マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%NaCl、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4−5水和物、15ppmテトラサイクリン)に接種し、30℃にて3日間振盪培養を行った。遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のアルカリセルラーゼ活性を測定し、培養によって菌体外に分泌生産されたアルカリセルラーゼの量を求めた。
【0087】
セルラーゼ活性測定については、1/7.5Mリン酸緩衝液(pH7.4、和光純薬)で適宜希釈したサンプル溶液50μLに0.4mM p-nitrophenyl-β-D-cellotrioside(生化学工業)を50μL加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp−ニトロフェノール量を420nmにおける吸光度(OD420nm)変化により定量した。1分間に1μmolのp-ニトロフェノールを遊離させる酵素量を1Uとした。
【0088】
<結果>
アルカリセルラーゼについて、分泌生産能を表6にまとめた。なお、表6において、各種酵素の分泌生産能は、親株であるMGB874株に各遺伝子を同様に導入した場合の酵素生産量を100としたときの相対値で示している。
【0089】
【表6】

【0090】
表6に示したように、本発明の組換え枯草菌である、RGF916株、RGF933株、RGF1042株、RGF1334株、RGF1351株、RGF1368株、RGF1370株では、MGB874株よりアルカリセルラーゼの分泌生産性が向上していることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、枯草菌168株のゲノム上における以下の(a)〜(ad)で示される領域のうちのいずれか1が欠失したゲノム構造を有する枯草菌変異株:
(a)ybbU- ybfI領域;
(b)ydjM-cotA領域;
(c)yefA-yesX領域;
(d)yfiB-yfiX領域;
(e)yhcE-yhcU領域;
(f)yhaU-yhaL領域;
(g)yjbX-yjlB領域;
(h)xkdA-ykcC領域;
(i)bpr-ylmA領域;
(j)flgB-cheD領域;
(k)ynfF-ppsA領域;
(l)yoxC-yobO領域;
(m)spoVAF-spoIIAA領域;
(n)spoIIIAH-yqhV領域;
(o)ytvB-ytqB領域;
(p)yteA-ytaB領域;
(q)yuaJ-yugO領域;
(r)yusJ-mrgA領域;
(s)gerAA-yvrI領域;
(t)yvaM-yvbK領域;
(u)araE-yveK領域;
(v)yvdE-yvcP領域;
(w)gerBA-ywsC領域;
(x)ywrK-ywqM領域;
(y)spoIIID-ywoB領域;
(z)slp-ylaF領域;
(aa)licH-sigY領域;
(ab)yqeF-yrhK領域;
(ac)yuzE-yukJ領域;及び
(ad)yncM-yndN領域。
【請求項2】
前記(a)〜(ad)で示される領域が、下記の配列番号で示される一対のオリゴヌクレオチドセットにより挟み込まれる領域である、請求項1記載の枯草菌変異株:
(a) 配列番号51と配列番号52;
(b) 配列番号53と配列番号54;
(c) 配列番号55と配列番号56;
(d) 配列番号57と配列番号58;
(e) 配列番号59と配列番号60;
(f) 配列番号61と配列番号62;
(g) 配列番号63と配列番号64;
(h) 配列番号65と配列番号66;
(i) 配列番号67と配列番号68;
(j) 配列番号69と配列番号70;
(k) 配列番号71と配列番号72;
(l) 配列番号73と配列番号74;
(m) 配列番号75と配列番号76;
(n) 配列番号77と配列番号78;
(o) 配列番号79と配列番号80;
(p) 配列番号81と配列番号82;
(q) 配列番号83と配列番号84;
(r) 配列番号85と配列番号86;
(s) 配列番号87と配列番号88;
(t) 配列番号89と配列番号90;
(u) 配列番号91と配列番号92;
(v) 配列番号93と配列番号94;
(w) 配列番号95と配列番号96;
(x) 配列番号97と配列番号98;
(y) 配列番号99と配列番号100;
(z) 配列番号101と配列番号102;
(aa) 配列番号103と配列番号104;
(ab) 配列番号105と配列番号106;
(ac) 配列番号107と配列番号108;
(ad) 配列番号109と配列番号110。
【請求項3】
枯草菌変異株MGB874株のゲノム領域から、前記(f)、(j)及び(m)で示される3領域が少なくとも欠失したゲノム構造を有する、請求項2に記載の枯草菌変異株。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の枯草菌変異株に目的遺伝子産物をコードする遺伝子が発現可能に導入された組換え枯草菌。
【請求項5】
目的遺伝子産物をコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域から選ばれる1以上の領域が作動可能に結合された、請求項4記載の組換え枯草菌。
【請求項6】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が結合された、請求項5記載の組換え枯草菌。
【請求項7】
分泌シグナル領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1kbの上流領域由来のものである、請求項6記載の組換え枯草菌。
【請求項8】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号1で示される塩基配列の塩基番号1〜659の塩基配列からなるDNA断片、配列番号3で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列、又は当該塩基配列のいずれかと70%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、上記いずれかの塩基配列からなるDNAとストリンジェントの条件でハイブリダイズするDNA断片若しくは当該塩基配列のいずれかの一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片である、請求項6記載の組換え枯草菌。
【請求項9】
目的遺伝子産物が異種タンパク質又はポリペプチドである、請求項4〜8のいずれか1項記載の組換え枯草菌。
【請求項10】
請求項4〜9のいずれか1項記載の組換え枯草菌を用いる目的遺伝子産物の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−160686(P2011−160686A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24571(P2010−24571)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】