説明

新規生分解性ポリエステルの製造方法

【課題】PHAの効率的商業生産には未だ多くの課題が存在した。本発明の目的は、工業的規模の培養プロセスにおいて、PHA、特に広範な用途が期待できるP(3HB−co−3HH)を高レベルで生産する組換え微生物株を提供すること、およびそれを利用したPHAの製造方法を提供することである。
【解決手段】従来用いられてきたPHB−4株の代わりに、部位特異的変異によってP(3HB)非生産性としたワーテルシア・ユートロファ変異株を種々作製した。これらの変異株を宿主とした形質転換体は従来株よりもPHAを効率よく生産することを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性ポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の商業的生産に有用な、改良された微生物株と、それを利用するPHAの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリヒドロキシアルカン酸(以下PHAと略す)は、広範な微生物によって生成されるポリエステル型有機分子ポリマーである。これらのポリマーは生分解性を有し、熱可塑性高分子であること、また、再生可能資源から産生されることから、環境調和型素材または生体適合型素材として工業的に生産し、多様な産業へ利用する試みが行われている。
【0003】
このポリエステルを構成するモノマー単位は一般名3−ヒドロキシアルカン酸であって、具体的には3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、あるいはよりアルキル鎖の長い3−ヒドロキシアルカン酸が単独重合もしくは共重合することにより、ポリマー分子が形成されている。3−ヒドロキシ酪酸(以下3HBと略す)のホモポリマーであるポリ−3−ヒドロキシ酪酸(以下、P(3HB)と略す)は、1925年にバチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)で最初に発見されたが、このP(3HB)は結晶性が高いため、硬くて脆い性質を持っており、実用的には応用範囲が限られている。この為、この性質の改良を目的とした研究がなされてきた。
【0004】
その中で、3−ヒドロキシ酪酸(3HB)と3−ヒドロキシ吉草酸(3HV)とからなる共重合体(以下P(3HB−co−3HV)と略す)の製造方法が開示されている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。このP(3HB−co−3HV)はP(3HB)に比べると柔軟性に富むため、幅広い用途に応用できると考えられた。しかしながら、実際にはP(3HB−co−3HV)は3HVモル分率を増加させても、それに伴う物性の変化が乏しく、特に柔軟性が向上しないため、シャンプーボトルや使い捨て剃刀の取っ手等、硬質成型体の分野にしか利用されなかった。
【0005】
また、アルキル鎖の炭素数が6〜16の3−ヒドロキシアルカン酸で構成される中鎖PHAはP(3HB)やP(3HB−co−3HV)よりも結晶性が低く、弾力に富むことが知られており(非特許文献1参照)、異なる分野への用途が期待されている。中鎖PHAの製造研究はシュードモナス属のPHA合成酵素遺伝子を、シュードモナス属、ラルストニア属、大腸菌に導入することによって行われてきたが、いずれも生産性が低く工業生産に適したものではなかった(非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4参照)。
【0006】
近年、3HBと3−ヒドロキシヘキサン酸(以下、3HHと略す)との2成分共重合ポリエステル(以下P(3HB−co−3HH)と略す)およびその製造方法について研究がなされている(特許文献3、特許文献4参照)。前記先行文献におけるP(3HB−co−3HH)の製造方法は、土壌より単離されたアエロモナス・キャビエ(Aeromonas caviae)を用いてオレイン酸等の脂肪酸やオリーブオイル等の油脂から発酵生産するものであった。また、P(3HB−co−3HH)の性質に関する研究もなされている(非特許文献5参照)。前記先行文献では炭素数が12個以上の脂肪酸を唯一の炭素源としてアエロモナス・キャビエを培養し、3HH組成が11〜19mol%のP(3HB−co−3HH)を発酵生産している。このP(3HB−co−3HH)は3HH組成の増加にしたがって、P(3HB)の硬くて脆い性質から次第に柔軟な性質を示すようになり、P(3HB−co−3HV)を上回る柔軟性を示すことが明らかにされた。すなわちP(3HB−co−3HH)は3HH組成を変えることで、硬質ポリエステルから軟質ポリエステルまで応用可能な幅広い物性を持つため、テレビの筐体等のように硬さを要求されるものからフィルム等のように柔軟性を要求されるものまで、幅広い分野への応用が期待できる。しかしながら、本製造方法では菌体生産量4g/L、ポリエステル含量30%とポリエステル生産性は低いものであり、本ポリエステルの実用化に向けた生産方法としては未だ不十分と言わざるを得なかったため、実用化に向けて更に高い生産性が得られる方法が探索されてきた。
【0007】
P(3HB−co−3HH)の工業生産を目指した取組みもなされている。アエロモナス・ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila)を用いた培養では、オレイン酸を炭素源とした43時間の流加培養において、菌体生産量95.7g/L、ポリエステル含量45.2%、3HH組成17%のP(3HB−co−3HH)が生産された(非特許文献6参照)。また、アエロモナス・ハイドロフィラを炭素源としてグルコース及びラウリン酸を用いて培養し、菌体生産量50g/L、ポリエステル含量50%を達成した(非特許文献7参照)。しかしながら、アエロモナス・ハイドロフィラはヒトに対して病原性を有することから(非特許文献8参照)、工業生産に適した種とはいえない。また、これらの培養生産では高価な炭素源を使用するため、製造コストの観点より安価な炭素源の利用も求められている。
【0008】
このため、安全な宿主での生産及び生産性の向上を目指した取組みが行なわれた。アエロモナス・キャビエよりポリヒドロキシアルカン酸(PHA)合成酵素遺伝子がクローニングされた(特許文献5、非特許文献9参照)。本遺伝子をワーテルシア・ユートロファ(Wautersia eutropha、旧ラルストニア・ユートロファ)に導入した形質転換体を用いてP(3HB−co−3HH)の生産を行った結果、菌体生産性は4g/L、ポリエステル含量は30%であった。更に本形質転換体を炭素源として植物油脂を用いて培養した結果、菌体生産量4g/L、ポリエステル含量80%が達成された(非特許文献10参照)。更に培養条件の改善により、菌体生産量45g/L、ポリエステル含量62.5%、3HH組成8.1%にまで向上したように、培養方法に関する研究もなされている(特許文献6参照)。
また、フラクトースを炭素源としてP(3HB−co−3HH)を生産できるワーテルシア・ユートロファも構築されたが、本菌株のポリエステル生産性は低く、実生産に適しているとはいえなかった(非特許文献11参照)。
【0009】
大腸菌を宿主としたP(3HB−co−3HH)生産株も構築された。アエロモナス属のPHA合成酵素遺伝子及びワーテルシア・ユートロファのNADP−アセトアセチルCo―A還元酵素遺伝子等を大腸菌に導入した株が構築された。ドデカンを炭素源として同大腸菌を培養した結果、40.8時間の培養で菌体量79g/L、ポリエステル含量27.2%、3HH組成10.8%という生産性であった(非特許文献12参照)。
【0010】
P(3HB−co−3HH)の生産性向上並びに3HH組成制御を目指して、PHA合成酵素の人為的な改変が行なわれた。アエロモナス・キャビエ由来のPHA合成酵素変異体のなかで、149番目のアミノ酸アスパラギンがセリンに置換された変異体酵素や、171番目のアスパラギン酸がグリシンに置換された変異体酵素は、大腸菌内でのPHA合成酵素活性や3HH組成が向上していることが示された(非特許文献13参照)。また、同酵素の518番目のフェニルアラニンがイソロイシンに置換された変異体酵素や214番目のバリンがグリシンに置換された変異体酵素は大腸菌でのPHA合成酵素活性やポリエステル含量が向上したことが報告されている(非特許文献14参照)。しかし、これらは宿主として特殊な大腸菌を用いており未だポリエステル含量は低い。
【0011】
実用的物性に優れたP(3HB−co−3HH)を大腸菌に産生させるためには基質モノマー供給のための遺伝子をさらに共存させる必要や、または高価な脂肪酸などを培地へ供給させる必要があり、なお、高い生産効率を達成するための妨げになっている。
P(3HB−co−3HH)を高生産性で商業生産するためには、安全性、モノマー基質供給量や原材料の観点から宿主としてワーテルシア・ユートロファのP(3HB)非生産株、すなわちPHB−4株を宿主として使用することがより合理的であると考えられてきたが、更なる生産性向上が求められていた。
【特許文献1】特開昭57−150393号公報
【特許文献2】特開昭59−220192号公報
【特許文献3】特開平5−93049号公報
【特許文献4】特開平7−265065号公報
【特許文献5】米国特許第6143518号明細書
【特許文献6】米国特許第4760022号明細書
【非特許文献1】Madison等、Microbiol.Mol.Biol.Rev.,63:21−53(1999)
【非特許文献2】Matsusaki等、J.Bacteriol.,180:6459−6467(1998)
【非特許文献3】Matsusaki等、Appl.Micrbiol.Biotechnol.,53:401−409(2000)
【非特許文献4】Langenbach等、FEMS Microbiol.Lett.,150:303−309(1997)
【非特許文献5】Doi等、Macromolecules,28:4822−4828(1995)
【非特許文献6】Lee等、Biotechnol.Bioeng.,67:240−244(2000)
【非特許文献7】Chen等、Appl.Microbiol.Biotechnol.,57:50−55(2001)
【非特許文献8】国立感染症研究所 病原体等安全管理規定 別表1付表1(1999)
【非特許文献9】Fukui等、J.Bacteriol.,179:4821−4830(1997)
【非特許文献10】Fukui等、Appl.Microbiol.Biotecnol.,49:333―336(1998)
【非特許文献11】Fukui等、Biomacromolecules,3:618−624(2002)
【非特許文献12】Park等、Biomacromolecules,2:248−254(2001)
【非特許文献13】Kichise等、Appl.Environ.Microbiol.,68:2411−2419(2002)
【非特許文献14】Amara等、Appl.Microbiol.Biotechnol.,59:477−482(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のように、PHAの効率的商業生産には未だ多くの課題が存在した。そこで本発明では、工業的規模の培養プロセスにおいて、PHA、特に広範な用途が期待できるP(3HB−co−3HH)を高レベルで生産する組換え微生物株を提供すること、およびそれを利用したPHAの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らはP(3HB−co−3HH)を商業的に高生産する方法を鋭意研究した結果、従来用いられてきたPHB−4株の代わりに、部位特異的変異によってPHA非生産性とした微生物を宿主として使用することにより、PHAの生産性を向上させることが可能であることを見出した。
これまでの遺伝子組換えを利用したPHA生産では、代表的なP(3HB)非生産株であるワーテルシア・ユートロファPHB−4株(DSM No.541,以下PHB−4株)がその宿主として多く用いられてきた。PHB−4株は、1970年にワーテルシア・ユートロファ(当時名ハイドロゲノモナス)の野生株であるH16株(DSM No.428、以下H16株)から変異剤を用いた突然変異処理によって作製された菌株である(H.G.Schlegel等、Arch.Mikrobiol.71:283−294,(1970))。非特異的な変異剤によって処理された株であるため、目的としたP(3HB)非生産という点だけでなく、その他の遺伝子にも変異が導入されている可能性を否定できない。事実、H.G.Schlegel等によると、PHB−4株は親株H16株と比べて増殖能力やある種の生物活性が劣っており、PHA生産用宿主株として最高の生産能力を発揮できているかどうか不明であった。
【0014】
ワーテルシア・ユートロファにおける染色体遺伝子の部位特異的変異は、York等、Potter等(York等、Journal of Bacteriology、180(1):59−66(2002)、Potter等、Microbiology、151:825(2005))によっても開示されている。しかし、この報告では、ワーテルシア・ユートロファphbC遺伝子破壊株や不活性株をPHA合成酵素遺伝子発現ベクターの宿主株として用いてはおらず、その生産性等は、PHB−4株を宿主とした場合との優劣が不明であった。
【0015】
そこで本発明者等は、ワーテルシア・ユートロファ H16株の染色体上に存在するP(3HB)合成酵素遺伝子phbCを塩基配列の相同組換えを用いて部位特異的に破壊し、P(3HB)非生産という性質のみが野生株と異なる宿主用株を種々作製した。
これらのphbC遺伝子破壊株を宿主とし、P(3HB−co−3HH)合成酵素遺伝子発現プラスミドを導入することにより、従来よりも飛躍的に生産性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
即ち、第一の本発明は、
(1)部位特異的変異により微生物が本来有しているポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のみを不活性化した微生物を宿主として用い、外因性のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を導入して得られた形質転換体を培養することを特徴とする生分解性ポリエステルの製造方法、
(2)生分解性ポリエステルが3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸とのモノマー単位で構成されることを特徴とする上記記載の製造方法、
(3)微生物がワーテルシア・ユートロファである上記記載の製造方法、
(4)微生物がワーテルシア・ユートロファ H16株である上記記載の製造方法、
(5)宿主が配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部の塩基を欠失、置換又は挿入した変異株である上記記載の製造方法、
(6)宿主が配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部のBglIIからBclI間を欠失させた株である上記記載の製造方法、
(7)宿主が配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部のSacIからSacI間を欠失させた株である上記記載の製造方法、
(8)宿主が配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の319番目のアミノ酸であるシステインをアラニンに変異させた株である上記記載の製造方法、
(9)宿主が配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の107番目のアミノ酸であるトリプトファンをコードするコドンをストップコドンに変異させた株である上記記載の製造方法、
(10)宿主が配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を完全に欠失させた株である上記記載の製造方法、
に関する。
第二の本発明は、
(11)配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のBglIIからBclI間を欠失させることによってポリヒドロキシアルカン酸非生産性となった変異株、
(12)配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のSacIからSacI間を欠失させることによってポリヒドロキシアルカン酸非生産性となった変異株、
(13)配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の107番目のアミノ酸であるトリプトファンをコードするコドンをストップコドンに変異させることによってポリヒドロキシアルカン酸非生産性となった変異株、
(14)上記記載の変異株を用いて得られた形質転換体、
に関する。
第三の本発明は、
(15)上記記載の変異株を宿主として用い、外因性のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を導入して得られた形質転換体を培養することを特徴とする生分解性ポリエステルの製造方法、
(16)生分解性ポリエステルが3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸をモノマー単位で構成されることを特徴とする上記記載の生分解性ポリエステルの製造方法、
に関する。
【0017】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明における生分解性ポリエステルとは、以下の一般式:
【0018】
【化1】

【0019】
(式中、R及びRは炭素数1以上であるアルキル基を表し、ポリマー中同一でも異なっていてもよい。mおよびnは該ポリマーを構成するモノマー単位数を表し、1以上の整数である)で表される3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位とする重合体であり、3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシヘプタン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、3−ヒドロキシノナン酸、3−ヒドロキシデカン酸、3−ヒドロキシウンデカン酸、3−ヒドロキシドデカン酸、3−ヒドロキシトリデカン酸、3−ヒドロキシテトラデカン酸、3−ヒドロキシペンタデカン酸、3−ヒドロキシヘキサデカン酸からなる群より選択されるモノマー単位の2種以上から構成される共重合ポリマーが好ましい。より好ましくは、3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸とのモノマー単位で構成される共重合ポリマーであるP(3HB−co−3HH)である。
【0020】
本発明で用いる宿主用微生物は、PHA合成酵素遺伝子を生物種として原初的にその染色体DNA等に有する微生物であれば特に制限なく使用することができ、別の炭素源が利用できるように改変された微生物、基質モノマーの生成や取り込み能が改変された微生物、または生産を増大するように改変された微生物を含む。例としては、Wautersia eutropha(分類学上、Ralstonia eutropha、Cupriavidus necatorと同一)、Aeromonas caviae、Alcaligenes latus、Pseudomonas aeruginosa、Pseudomonas putida等の細菌類が含まれる。安全性及び生産性の観点から好ましくはWautersia eutrophaであり、より好ましくはWautersia eutropha H16株である。
【0021】
染色体上の遺伝子を部位特異的に変異する方法は当業者に周知である。代表的な方法としてはトランスポゾンと相同組換えの機構を利用した方法(Ohman等、J.Bacteriol.,162:1068−1074(1985))や相同組換えの機構によって起こる部位特異的な組み込みと第二段階の相同組換えによる脱落を原理とした方法(Noti等、Methods Enzymol.,154:197−217(1987))などがあり、また、Bacillus subtilis由来のsacB遺伝子を共存させて、第二段階の相同組換えによって遺伝子が脱落した微生物株をシュークロース耐性株として容易に単離する方法(Schweizer、Mol.Microbiol.,6:1195−1204(1992)、Lenz等、J.Bacteriol.,176:4385−4393(1994))も利用することができるが、染色体上のPHA合成酵素遺伝子を不活性化できればその方法は特に制限されない。
【0022】
以下に、PHA合成酵素遺伝子(phbC)を特異的に不活性化する方法を、Wautersia eutropha H16株を例に挙げてより具体的に例示する。
まず、変異断片を作製する。Wautersia eutropha H16株のPHA合成酵素遺伝子はこれまで多数の研究者により解析され、その319番目のアミノ酸であるシステイン残基(以下C319)が活性中心であることが明らかになっている(York等、Journal of Bacteriology、180(1):59−66(2002))。従って、このPHA合成酵素遺伝子を不活性化するには、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部の塩基を欠失、置換又は挿入すること、より具体的には、C319を含む適当な遺伝子断片を欠失させること、塩基の挿入や欠失によって以後のアミノ酸配列を変化させるフレームシフトを起こさせること、又は319番目のアミノ酸であるシステインを別のアミノ酸に変異させること(例えば、システインをアラニンに変異させるC319A変異)等、PHA合成酵素活性発現に重要なアミノ酸残基を置換させること等が挙げられる。すなわち、例えばPHA合成酵素活性中心部分の塩基配列を含まないDNA断片との置換や、配列番号24で示すDNAの制限酵素BglII部位−BclI部位間の欠失、制限酵素SacI部位間の欠失、或いはストップコドンの導入や配列番号24の完全な欠失等によりPHA合成酵素遺伝子を不活性化することができる。また、染色体上に存在する配列番号24の約10塩基上流のリボソーム結合配列(SD配列)を改変することによってもPHA合成酵素遺伝子の不活性化は可能である。
配列番号24で示すDNAにおいて、制限酵素BglII部位は195番目のアミノ酸辺りに、BclI部位は513番目のアミノ酸辺りに存在する。また、SacI部位は260番目のアミノ酸辺りと450番目のアミノ酸辺りに存在する。
上記ストップコドンの導入は、例えば、配列番号24で示すアミノ酸配列の107番目のアミノ酸であるトリプトファンをコードするコドンをストップコドンに変異させること(W107*変異)等が挙げられる。
【0023】
変異断片の上流配列と下流配列は、染色体上の遺伝子と相同組換えを起こすために必要な相同配列であって、一般的にはその長さが長いほど組換え頻度は高くなるが、相同組換えさえ起こればよく、その長さは任意に設定できる。上記相同配列は、通常50bp以上、好ましくは500bp以上あればよい。
【0024】
変異断片には遺伝子置換の際に選択マーカーとなる遺伝子を付加することができる。選択マーカーとなる遺伝子は例えばカナマイシン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシン、アンピシリン等の抗生物質の耐性遺伝子や各種の栄養要求性を相補する遺伝子等が使用できる。Wautersia eutropha H16株で行う場合にはカナマイシンの耐性遺伝子が好適である。
さらにそれらに加えて、第二段階の相同組み換えによってマーカー遺伝子が脱落した微生物株の選択を容易にするための遺伝子が付加できる。そのような遺伝子としてはBacillus subtilis由来のsacB遺伝子が例示できる(Schweizer、Mol.Microbiol.,6:1195−1204(1992))。この遺伝子が発現している微生物株はシュークロースを含む培地で生育できないことが知られており、シュークロースを含む培地での生育により、第二段階の相同的組換えによってこの遺伝子を失った株を選択することが容易となる。
【0025】
これらで構成された変異断片は、宿主微生物株中で自律複製不可能なベクターに接続することによって遺伝子変異用のプラスミドが作製される。ワーテルシア属やシュードモナス属等で利用できるこのようなベクターには、例えば、pUCベクター、pBluescriptベクター、pBR322ベクターあるいはそれらと同じ複製起点を持つベクター等が挙げられる。さらには、接合伝達を可能にするmob、oriTなどのDNA配列を共存させることも可能である。
【0026】
このような構成で作製された遺伝子変異用のプラスミドは、エレクトロポレーション法や接合伝達法などの公知の方法によりWautersia eutropha H16株に導入することができる。
次に、相同組換えによって染色体上にプラスミドが挿入された株の選択を行う。選択は遺伝子変異用プラスミドに共存させた選択用の遺伝子に基づいた方法によって行うことができる。カナマイシン耐性遺伝子を用いた場合にはカナマイシンを含む培地で生育してきた株から選ぶことができる。
【0027】
次の段階で第二の相同組換えによって染色体上からマーカー遺伝子を含む領域が脱落した株を選択する。挿入時に利用した選択用の遺伝子に基づいて、例えばカナマイシンを含む培地で生育できなくなった株を選択してもよいが、sacB遺伝子を遺伝子変異用プラスミドに共存させている場合は、シュークロースを含む培地で生育してくる株から容易に選択できる。遺伝子が変異していることの確認には、PHA生産能の有無を簡易的に調べるNilered染色法、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、DNA塩基配列の決定など、公知の方法が使用できる。以上のようにしてWautersia eutropha H16株のPHA合成酵素遺伝子(phbC)が不活性化された株を取得することができる。
【0028】
次に、上記の方法等により作製した宿主用株にPHA合成酵素発現プラスミドを導入する方法を説明する。
本発明で用いる外因性のPHA合成酵素遺伝子は各種のPHA蓄積生物に由来する遺伝子のうち生分解性ポリエステルを蓄積させるものであればどのようなものでもよい。そのような遺伝子としては例えば、Aeromonas caviae(非特許文献9)、Nocardia corallina(GenBankアクセッション番号AF019964)、Pseudomonas aeruginosa(Timm 等、Eur.J.Biochem.、209:15−30(1992))、Pseudomonas oleovorans(Huisman等、J.Biol.Chem.,266:2191−2198(1991))、Thiocystis violaceae(Liebergesell等、Appl.Microbiol.Biotechnol.,38:493−501(1993))などから単離されているPHA合成酵素遺伝子がある。
【0029】
また、目的とする酵素活性が失われない範囲内でアミノ酸配列が改変するように、PHA合成酵素遺伝子の塩基配列の一部を改変したものも使用することができる。例えば、非特許文献13に記載されている、149番目のアミノ酸のアスパラギンがセリンに置換されたアエロモナス・キャビエ由来であるPHA合成酵素遺伝子(N149S変異体遺伝子)、171番目のアミノ酸のアスパラギン酸がグリシンに置換されたアエロモナス・キャビエ由来であるPHA合成酵素遺伝子(D171G変異体遺伝子)、または、上記の2つのアミノ酸置換が組み合わされたアエロモナス・キャビエ由来であるPHA合成酵素遺伝子等を好ましく用いることができる。上記の遺伝子はプロモーターおよび/またはリボソーム結合部位を有し得るが、必ずしも必要ではない。
【0030】
PHA合成酵素遺伝子を発現させるベクターはそれぞれ宿主内で自律的複製が可能なベクターであれば、どのようなベクターであっても使用することができる。例えば広宿主域ベクターであるpJRD215やpBBR1やそれらの誘導体を用いることができる。
本発明において、PHA合成酵素遺伝子を発現させるベクターが宿主内で安定して保持されるように、par領域を含有させてもよい。
また、PHA合成酵素遺伝子を発現ベクターで導入する代わりに、phbC遺伝子を不活性化した株の染色体、メガプラスミド等に前述の相同組換えの機構を利用して外因性のPHA合成酵素遺伝子を組み込むことも可能である。
【0031】
発現ベクターは、エレクトロポレーション法や接合伝達法などの公知の方法により宿主用株に導入することができる。
選択マーカーとしては例えばカナマイシン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシン、アンピシリン等の抗生物質の耐性遺伝子や各種の栄養要求性を相補する遺伝子等が使用できる。pJRD215やpBBR1を用いた発現ベクターをWautersia eutrophaに導入する場合には、カナマイシンの耐性遺伝子が好適である。
ポリエステル生産確認の簡易法としては、Nileredを用いた染色法を利用できる。すなわち、組換え菌が生育する寒天培地にNileredを加え、組換え菌を1〜7日間培養し、組換え菌が赤変するか否かを観察することにより、ポリエステル生産の有無を確認できる。
【0032】
本発明において、本発明の微生物を炭素源存在下で増殖させることにより、微生物体内に生分解性ポリエステルを蓄積させることができる。炭素源としては、糖、油脂または脂肪酸等を用いることができる。炭素源以外の栄養源として、窒素源、無機塩類、そのほかの有機栄養源を任意に用いることができる。
糖としては、例えばシュークロース、フラクトース等の炭水化物が挙げられる。油脂としては、炭素数が10以上である飽和・不飽和脂肪酸を多く含む油脂、例えばヤシ油、パーム油、パーム核油等が挙げられる。脂肪酸としては、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、ラウリン酸、オレイン酸、パルミチン酸、リノール酸、リノレン酸、ミリスチン酸等の飽和・不飽和脂肪酸、あるいはこれら脂肪酸のエステルや塩等の脂肪酸誘導体が挙げられる。
窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス等が挙げられる。
無機塩類としては、例えばリン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。
そのほかの有機栄養源としては、例えばグリシン、アラニン、セリン、スレオニン、プロリン等のアミノ酸;ビタミンB1、ビタミンB12、ビタミンC等のビタミン等が挙げられる。
【0033】
培養温度は、その菌が生育可能な温度であればよいが、20℃から40℃が好ましい。培養時間は、特に制限はないが、1〜10日間程度で良い。
得られた該培養菌体に蓄積されたポリエステルは公知の方法により回収することができる。例えば次のような方法により行うことができる。培養終了後、培養液から遠心分離器等で菌体を分離し、その菌体を蒸留水およびメタノール等により洗浄し、乾燥させる。この乾燥菌体から、クロロホルム等の有機溶剤を用いてPHAを抽出する。このPHAを含んだ有機溶剤溶液から、濾過等によって菌体成分を除去し、そのろ液にメタノールやヘキサン等の貧溶媒を加えてPHAを沈殿させる。さらに、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去し、乾燥させてPHAを回収することができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、産業用発酵課程においてポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を高生産できる組換え微生物株が提供され、高純度のポリヒドロキシアルカン酸(PHA)が簡便かつ大量に、しかも安価に製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下に実施例で本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら制限されるものではない。なお全体的な遺伝子操作は、Molecular Cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press、(1989))に記載されているように行うことができる。また、遺伝子操作に使用する酵素、クローニング宿主等は、市場の供給者から購入し、その説明に従い使用することができる。なお、酵素としては、遺伝子操作に使用できるものであれば特に限定されない。
【0036】
(実施例1)遺伝子置換用プラスミドの作製
pUC19に新たに制限酵素部位を付与するため、配列番号1の合成DNAを用いてHindIII部位をNotI部位に、更に配列番号2と配列番号3の合成DNAを用いてSacI部位をSwaIに変換したベクターpNS2Xを作製した。続いて、プラスミドpMT5071(Tsuda、GENE,207:33−41(1998))を制限酵素BamHIで処理してクロラムフェニコール耐性遺伝子を除去し、代わりにpJRD215由来のカナマイシン耐性遺伝子を配列番号4と配列番号5を用いてBamHI断片としてPCR増幅させた断片を挿入してpMT5071−Kmを得た。このプラスミドをNotIで切断し、oriT+Km+sacB遺伝子を含む約5.7kbのDNA断片を単離し、pNS2XのNotI部位に挿入してpNS2X−sacBを作製した。
【0037】
(実施例2)phbC遺伝子を含む断片のクローニング
Wautersia eutropha H16株の染色体上のphbC遺伝子を不活性化させるため、まずその上流(プロモーター側)及び下流(phbA側)遺伝子を含むphbCA(Swa)断片3.1kbをクローニングした。染色体DNAを鋳型とし、配列番号6と配列番号7で示されるプライマーを用いてPCR反応を行った。PCR条件は(1)95℃で2分、(2)96℃で10秒、(3)55℃で10秒、(4)68℃で3分、(2)から(4)を25サイクル、(5)68℃で5分であり、ポリメラーゼとしてはTaKaRa LA Taq(タカラバイオ製)を用いた。得られた断片をpNS2XのSwaI部位にサブクローニングしpNS2X−phbCA(Swa)を作製した。
【0038】
(実施例3)phbC不活性化断片の調製
前述したようにphbC酵素の活性中心は319番目のアミノ酸であるシステインとされている。従って不活性化は、1)BglIIからBclI間の欠失、2)SacI間の欠失、3)C319A変異導入、4)W107*変異導入、5)phbC遺伝子の完全欠失、の5種類で行った。以下にそれぞれの作製方法を示す。
1)BglII及びBclI間の欠失
phbC遺伝子の中で、BglII部位は195番目のアミノ酸辺りに、またBclI部位は513番目のアミノ酸辺りに存在する。従って実施例2のpNS2X−phbCA(Swa)をBglII及びBclIで切断し、そのまま連結反応を行って中間部分が欠失したクローンpNS2X−phbCA(ΔB)を得た。
2)SacI間の欠失
phbC遺伝子の中でSacI部位は260番目のアミノ酸辺りと450番目のアミノ酸辺りに存在する。従って実施例2のpNS2X−phbCA(Swa)をSacIで切断し、そのまま連結反応を行って中間部分が欠失したクローンpNS2X−phbCA(ΔS)を得た。
3)C319A変異導入
York等によれば、319番目のアミノ酸であるシステインをアラニンに変換するとphbC酵素活性が消失する。従って、配列番号6と配列番号8を用いてphbCA(Swa)の前半部分を増幅させ、配列番号9と配列番号7を用いてphbCA(Swa)の後半部分を増幅させた。その後、2つの増幅断片を混合し、オーバーラップPCRを行った。増幅した断片をSwaIで切断し、pNS2XのSwaI部位に挿入してpNS2X−phbCA(C319A)を得た。
4)W107*変異導入
Wautersia eutrophaのP(3HB)非生産変異株であるPHB−4株のphbC遺伝子の塩基配列を決定したところ、107番目のアミノ酸であるトリプトファン(TGG)がストップコドン(TAG)に置換されており、その後の蛋白合成が行われていない可能性が高いことが分かった。従ってこの変異と同じ変異を導入することによってphbC遺伝子の不活性化を行った。すなわち、PHB−4株の染色体DNAを鋳型とし、配列番号6と配列番号7で示したプライマーを用いてPCRを行った。鋳型が異なる点以外は実施例2と同条件である。その後、SwaIで切断し、pNS2XのSwaI部位に挿入してpNS2X−phbCA(W107*)を得た。
5)phbC遺伝子の完全欠失
phbC遺伝子のATGコドンから下流側phbA遺伝子のATGコドン直前までを正確に欠失させた変異体断片は以下のようにして作製した。配列番号6と配列番号10でプロモーターを含む断片をPCRで増幅させた。また配列番号11と配列番号7でphbA遺伝子のATGコドンからの一部をPCRで増幅させた。それぞれの断片をSwaI及びBspHIで切断後、pNS2XのSwaI部位に挿入してpNS2X−phbCA(d−phbC)を得た。
【0039】
(実施例4)変異phbC遺伝子導入用プラスミドの構築
実施例3で構築したpNS2X−phbCA(ΔB)、pNS2X−phbCA(ΔS)、pNS2X−phbCA(C319A)、pNS2X−phbCA(W107*)、pNS2X−phbCA(d−phbC)をそれぞれSwaIで処理し、それぞれから変異導入SwaI断片を調製した。その断片を実施例1で作製したpNS2X−sacBのSwaIに挿入し、pNS2X−sacB−phbCA(ΔB)、pNS2X−sacB−phbCA(ΔS)、pNS2X−sacB−phbCA(C319A)、pNS2X−sacB−phbCA(W107*)、pNS2X−sacB−phbCA(d−phbC)をそれぞれ構築した。
【0040】
(実施例5)変異phbC遺伝子導入株の作製
実施例4で構築した5種類の変異phbC遺伝子導入用プラスミドで大腸菌S17−1株(ATCC47005)を形質転換し、Wautersia eutropha H16株とNutrient Agar培地(Difco社製)上で混合培養して接合伝達を行った。
250mg/Lのカナマイシンを含むシモンズ寒天培地(クエン酸ナトリウム2g/L、塩化ナトリウム5g/L、硫酸マグネシウム・7水塩0.2g/L、リン酸二水素アンモニウム1g/L、リン酸水素二カリウム1g/L、寒天15g/L、pH6.8)上で生育してきた菌株を選択して、プラスミドがWautersia eutropha H16株の染色体上に組み込まれた株を取得した。この株をカナマイシンを含まないNutrient Broth培地(Difco社製)で2世代培養した後、15%のシュークロースを含むNutrient Agar培地上に希釈して塗布し、生育してきた菌株を選択してカナマイシン感受性且つP(3HB)非生産株を取得した。さらにPCR或いは塩基配列の解析を行い、phbC遺伝子が目的通り変異導入されていることを確認した。これにより、BglII及びBclI間の欠失変異株としてΔB1133株、SacI間の欠失変異株としてΔS13123株、C319A変異株としてC7株、W107*変異株としてP3株、phbC遺伝子の完全欠失変異株としてd1株をそれぞれ作製した。
【0041】
(実施例6)プラスミドベクターpCUP2の作製
本実施例において、PHA合成酵素遺伝子を導入するプラスミドベクターとしては、Wautersia属細菌にて使用可能なものであれば特に制限はない。本実施例にて作製したプラスミドベクターは、Cupriavidus metallidurans CH34株が保有するメガプラスミド(pMOL28)の複製開始領域(配列番号12)及び配列番号13に記載のpar領域を含んでいる。
具体的な作製手順としては、まず、Cupriavidus metallidurans CH34株からDNA Purification Kit(Promega社製)を使用し、メガプラスミドを含むDNAを調製、このDNAを鋳型に、配列番号14及び15に記載のプライマーを用いてPCR法によって約4kbpの配列番号12及び13の配列を含むDNA領域を増幅した。PCR条件は(1)98℃で2分、(2)98℃で30秒、(3)55℃で30秒、(4)72℃で5分、(2)から(4)を30サイクル、(5)72℃で5分であり、ポリメラーゼとしてはTaKaRa Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いた。増幅断片を大腸菌用のクローニングベクターpCR−Blunt2−TOPO(Invitrogen社製)にクローニングした。
【0042】
次に、配列番号16及び17に記載のプライマーを用いてPCR法によってpCR−Blunt2−TOPOベクターの2061bp−2702bp領域の両端より外側に向かって増幅反応を行い、DNAリガーゼキット(Ligation High(東洋紡社製))で連結することにより641bpを欠失させたベクターpCUPを作製した(図1)。PCR条件は(1)98℃で2分、(2)98℃で30秒、(3)55℃で30秒、(4)72℃で7分、(2)から(4)を30サイクル、(5)72℃で7分であり、ポリメラーゼとしてはTaKaRa Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いた。
更にプラスミドベクターへの遺伝子挿入を容易にするため、得られたpCUPに制限酵素MunIサイトを導入した。具体的な作製手順としては、まず配列番号18及び19に記載のプライマーを用いてpCUPを鋳型にしてPCRを行い、増幅断片をDNAリガーゼキット(Ligation High(東洋紡社製))で連結し、図2に示されるpCUP2を作製した。PCR条件は(1)98℃で2分、(2)98℃で30秒、(3)55℃で30秒、(4)72℃で5分、(2)から(4)を30サイクル、である。ポリメラーゼとしてはTaKaRa Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いた。このようにして、配列番号12で示されるDNA領域及び配列番号13で示されるDNA領域を含有し、mob遺伝子群及びoriT配列など接合伝達に関与する遺伝子を含有しないプラスミドベクターpCUP2を作製した。
【0043】
(実施例7)P(3HB−co−3HH)合成酵素発現ベクターの構築
アエロモナス・キャビエ由来のN149S/D171G変異体遺伝子断片は、国際公開第2005/098001号パンフレットに記載されているようにPCR法により作製した。次にプロモーター領域の変換を行った。すなわち、H16株の染色体を鋳型とし、配列番号20と配列番号21とでPCRを行い、phbオペロンプロモーター断片(約460bp)を得た。また、N149S/D171G断片を鋳型に配列番号22と配列番号23とでPCRを行い、増幅断片を得た。それぞれの断片をEcoRI及びBspT104Iで切断し、pUC19のEcoRI部位に挿入してEEREP149NS/171DG断片を得た。この断片を実施例6で作製したpCUP2をMunIで切断した部位に挿入して図3に示す発現ベクターpCUP2EEREP149NS/171DGを構築した。
【0044】
(実施例8)形質転換体の作製
実施例7で得られた発現ベクターを導入した各種phbC遺伝子変異株(5種)の形質転換体を電気パルス法により作製した。つまり、遺伝子導入装置はBiorad社製のジーンパルサーを用い、キュベットは同じくBiorad社製のgap0.2cmのものを用いた。キュベットに、コンピテント細胞400μlと発現ベクター20μlを注入してパルス装置にセットし、静電容量25μF、電圧1.5kV、抵抗値800Ωの条件で電気パルスをかけた。パルス後、キュベット内の菌液をNutrient Broth培地(DIFCO社製)で30℃、3時間振とう培養し、選択プレート(Nutrient Agar培地(DIFCO社製)、カナマイシン100mg/L)で、30℃にて2日間培養して、形質転換体を取得した。
【0045】
(実施例9)P(3HB−co−3HH)の生産と精製
種母培地の組成は1w/v% Meat−extract、1w/v% Bacto−Trypton、0.2w/v% Yeast−extract、0.9w/v% NaHPO・12HO、0.15w/v% KHPO、pH6.8とした。
前培養培地の組成は1.1w/v% NaHPO・12HO、0.19w/v% KHPO、1.29w/v%(NHSO、0.1w/v% MgSO・7HO、2.5w/v%パームWオレイン油、0.5v/v%微量金属塩溶液(0.1N塩酸に1.6w/v% FeCl・6HO、1w/v% CaCl・2HO、0.02w/v% CoCl・6HO、0.016w/v% CuSO・5HO、0.012w/v% NiCl・6HOを溶かしたもの。)、5×10−6w/v% カナマイシンとした。
【0046】
ポリエステル生産培地の組成は0.385w/v% NaHPO・12HO、0.067w/v% KHPO、0・291w/v%(NHSO、0.1w/v% MgSO・7HO、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N塩酸に1.6w/v% FeCl・6HO、1w/v% CaCl・2HO、0.02w/v% CoCl・6HO、0.016w/v% CuSO・5HO、0.012w/v% NiCl・6HOを溶かしたもの。)、0.05w/v%BIOSPUREX200K(消泡剤:コグニスジャパン製)、5×10−6w/v% カナマイシンとした。炭素源はパーム核油を分別した低融点画分であるパーム核油オレインを単一炭素源として用い、培養全般を通じ、比基質供給速度が0.08〜0.1(g油脂)×(g正味乾燥菌体重量)−1×(h)−1となるように流加した。
【0047】
実施例8で作製した各種形質転換株のグリセロールストック(50μl)を種母培地(10ml)に接種して24時間培養し、1.8Lの前培養培地を入れた3Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDL−300型)に1.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度30℃、攪拌速度500rpm、通気量1.8L/minとし、pHは6.7〜6.8の間でコントロールしながら28時間培養した。pHコントロールには7%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。
ポリエステル生産培養は6Lの生産培地を入れた10Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDL−1000型)に前培養種母を5.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度28℃、攪拌速度400rpm、通気量3.6L/minとし、pHは6.7から6.8の間でコントロールした。pHコントロールには7%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。培養は約65時間行い、培養終了後、遠心分離によって菌体を回収、メタノールで洗浄、凍結乾燥し、乾燥菌体重量を測定した。
得られた乾燥菌体約1gに100mlのクロロホルムを加え、室温で一昼夜攪拌して、菌体内のポリエステルを抽出した。菌体残渣をろ別後、エバポレーターで総容量が約30mlになるまで濃縮後、約90mlのヘキサンを徐々に加え、ゆっくり攪拌しながら、1時間放置した。析出したポリエステルをろ別後、50℃で3時間真空乾燥した。乾燥ポリエステルの重量を測定し、ポリエステル生産量を算出した。その結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
(比較例1)
従来の菌株であるPHB−4株を宿主とし、発現ベクターpJRD149NS/171DG(国際公開第2005/098001号パンフレット)を導入した形質転換体を同様の方法にて培養した。また、同発現ベクターをΔB1133株及びΔS13123株に導入した形質転換体も同様の方法にて培養した。結果を表2に示す。
【0050】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、生分解性ポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の商業的生産に有用な、改良された微生物株と、それを利用するPHAの製造方法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】pCUPの遺伝子及び制限酵素地図。
【図2】pCUP2の遺伝子及び制限酵素地図。
【図3】pCUP2EEREP149NS/171DGの遺伝子及び制限酵素地図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部位特異的変異により微生物が本来有しているポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のみを不活性化した微生物を宿主として用い、外因性のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を導入して得られた形質転換体を培養することを特徴とする生分解性ポリエステルの製造方法。
【請求項2】
生分解性ポリエステルが3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸とのモノマー単位で構成されることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
微生物がワーテルシア・ユートロファである請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
微生物がワーテルシア・ユートロファH16株である請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
宿主が、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部の塩基を欠失、置換又は挿入した変異株である請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項6】
宿主が、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部のBglIIからBclI間を欠失させた株である請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
宿主が、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子内部のSacIからSacI間を欠失させた株である請求項5に記載の製造方法。
【請求項8】
宿主が、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の319番目のアミノ酸であるシステインをアラニンに変異させた株である請求項5に記載の製造方法。
【請求項9】
宿主が、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の107番目のアミノ酸であるトリプトファンをコードするコドンをストップコドンに変異させた株である請求項5に記載の製造方法。
【請求項10】
宿主が、配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を完全に欠失させた株である請求項5に記載の製造方法。
【請求項11】
配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のBglIIからBclI間を欠失させることによって、ポリヒドロキシアルカン酸非生産性となったワーテルシア・ユートロファの変異株。
【請求項12】
配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子のSacIからSacI間を欠失させることによって、ポリヒドロキシアルカン酸非生産性となったワーテルシア・ユートロファの変異株。
【請求項13】
配列番号24に示すポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の107番目のアミノ酸であるトリプトファンをコードするコドンをストップコドンに変異させることによって、ポリヒドロキシアルカン酸非生産性となったワーテルシア・ユートロファの変異株。
【請求項14】
請求項11〜13の何れか1項に記載の変異株を用いて得られた形質転換体。
【請求項15】
請求項11〜13何れか1項に記載の変異株を宿主として用い、外因性のポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子を導入して得られた形質転換体を培養することを特徴とする生分解性ポリエステルの製造方法。
【請求項16】
生分解性ポリエステルが3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸をモノマー単位で構成されることを特徴とする請求項15に記載の生分解性ポリエステルの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−259708(P2007−259708A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−85314(P2006−85314)
【出願日】平成18年3月27日(2006.3.27)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】