説明

新規細胞膜透過ペプチド

【課題】良好な細胞膜透過を示すペプチドを提供し、効率的な薬物輸送を実現する。
【解決手段】長さが12アミノ酸以上であり、80%以上のアミノ酸残基がヒスチジン残基である、膜透過ペプチドを提供。更に蛋白の細胞外への産生方法であって、前記ペプチドをコードするポリヌクレオチドと、目的蛋白をコードするポリヌクレオチドとを結合させてベクターに組み込んで細胞に導入し、細胞内で融合蛋白を発現させ、細胞膜を介して融合蛋白を細胞外に放出させる方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒスチジン残基を豊富に含む、細胞膜透過ペプチドに関する。さらに本発明は、かかるペプチドを利用した細胞膜を介する物質輸送などにも関する。
【背景技術】
【0002】
塩基性アミノ酸であるアルギニンやリジンが豊富に含まれたペプチドは、生理的条件下で比較的良好な細胞膜透過を示し、薬物輸送キャリアーとしての用途が考えられている(非特許文献1〜7)。
【0003】
しかしながら、効率的な薬物輸送などを実現するためには、さらに良好な細胞膜透過を示すペプチドの探索が必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Dennison, S.R. et al. Biochem. and Biophy. Res. Comm. 363, 178 (2007)
【非特許文献2】Futaki, S. Advanced Drug Delivery Rev. 57, 547 (2005)
【非特許文献3】Kameyama, S. et al. Mol. Pharm. 3, 174 (2006)
【非特許文献4】Futaki, S. et al. J. Biol. Chem. 276, 5836 (2001)
【非特許文献5】Futaki, S. et al. J. Molec. Recognition 16, 260 (2003)
【非特許文献6】Moosic, J.P. et al. Vaccine 129, 517 (1983)
【非特許文献7】Nakase, I. et al. Advanced Drug Delivery Reviews 60, 598 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のものよりも良好な細胞膜透過を示すペプチドを得ることが本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、ヒスチジン残基を豊富に含むペプチドが非常に良好な膜透過を示すことを見出し、本発明を完成させるに至った。したがって、本発明は以下のものを提供する。
【0007】
(1)長さが12アミノ酸以上であり、80%以上のアミノ酸残基がヒスチジン残基である、膜透過ペプチド。
(2)90%以上のアミノ酸残基がヒスチジン残基である(1)に記載のペプチド。
(3)すべてのアミノ酸残基がヒスチジン残基である(1)に記載のペプチド。
(4)長さが12〜数十アミノ酸である(3)に記載のペプチド。
(5)長さが14〜数十アミノ酸である(4)に記載のペプチド。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチドと、細胞内に輸送すべき物質とを含む構築物。
(7)ペプチドが(4)または(5)に記載のものである、(6)に記載の構築物。
(8)輸送すべき物質が薬剤である(6)または(7)に記載の構築物。
(9)輸送すべき物質が蛋白である(6)または(7)に記載の構築物。
(10)物質を細胞内に輸送する方法であって、下記工程を含む方法:
細胞内に輸送すべき物質と、(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチドを結合させて構築物を得て、次いで、
得られた構築物を細胞に導入する。
(11)ペプチドが(4)または(5)に記載のものである、(10)に記載の方法。
(12)輸送すべき物質が薬剤である(10)または(11)に記載の方法。
(13)輸送すべき物質が蛋白である(10)または(11)に記載の方法。
(14)ペプチドが金属と錯体を形成している、(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチド、(6)〜(9)のいずれかに記載の構築物、または(10)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(15)ペプチドが(4)または(5)に記載のものである、(6)〜(9)のいずれかに記載の構築物、または(10)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(16)蛋白の細胞外への産生方法であって、下記工程を含む方法:
(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチドをコードするポリヌクレオチドと、蛋白をコードするポリヌクレオチドとを結合させてベクターに組み込んで細胞に導入し、次いで、
細胞内で融合蛋白を発現させ、細胞膜を介して融合蛋白を細胞外に放出させる。
(17)ペプチドが(4)または(5)に記載のものである、(16)に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のペプチドは非常に効率的な膜透過を示すので、本発明のペプチドに薬物を結合させることにより、効率的な薬物輸送を実現することができる。また、本発明のペプチドのヒスチジン残基と金属との間で錯体を形成させておけば、金属の種類に応じて特定のpHにて細胞に薬物を輸送することも可能である。さらに、本発明のペプチドと精製すべき物質を結合させて金属キレートカラムに適用し、各種物質を効率よく精製することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、本発明のペプチドの細胞膜透過率をオクタアルギニン(取り込み割合を1とする)と比較して示したグラフである。左パネルはヒトマクロファージ由来細胞株RAW264を用いた場合を示し、右パネルはヒト肝がん由来細胞株HepG2を用いた場合を示す。
【図2】図2は、本発明のペプチドの細胞膜透過性を既知の細胞膜透過ペプチドの細胞膜透過性と比較したグラフである。既知の細胞膜透過ペプチドのデータは、戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)研究終了報告書 研究課題「細胞を標的とする送達ペプチド:機能解析と制御」 二木史郎(京都大学)から引用した。
【図3】図3は、ヒスチジン残基からなる本発明のペプチドをオクタアルギニン(取り込み割合を1とする)と比較して示したグラフである。細胞はヒト肝がん由来細胞株HepG2を用いた。
【図4】図4は、本発明のペプチドの細胞膜透過率をオクタアルギニン(取り込み割合を1とする)と比較して示したグラフである。
【図5】図5は、緑色蛍光タンパク質に本発明のペプチド(配列9)を付加した融合タンパク質(分子量:約70kDa)の細胞膜透過を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、長さが数アミノ酸以上、好ましくは12アミノ酸以上で、構成アミノ酸の半数以上がヒスチジンであるペプチドを提供する。このような本発明のペプチドは、優れた細胞膜透過性を有する。
【0011】
本発明のペプチドの構成アミノ酸はヒスチジンが豊富であり、好ましくは構成アミノ酸残基の約80%以上がヒスチジン残基であり、より好ましくは構成アミノ酸残基の約90%以上がヒスチジン残基であり、さらに好ましくはすべての構成アミノ酸残基がヒスチジン残基である。
【0012】
本発明のペプチドの長さは12アミノ酸以上、好ましくは14アミノ酸以上、より好ましくは16アミノ酸以上である。したがって、本発明のペプチドの長さは、例えば、12アミノ酸〜数十アミノ酸、好ましくは14アミノ酸〜数十アミノ酸、より好ましくは16アミノ酸〜数十アミノ酸の範囲であってもよい。ここで、数十アミノ酸とは、13〜100未満の範囲の任意のアミノ酸数を意味する。
【0013】
本発明のペプチドの特に好ましい例として、すべての構成アミノ酸残基がヒスチジン残基であり、長さが12アミノ酸〜数十アミノ酸、好ましくは14アミノ酸〜数十アミノ酸であり、例えば長さが12アミノ酸〜30アミノ酸、40アミノ酸、50アミノ酸、60アミノ酸または70アミノ酸等であってもよく、また例えば長さが14アミノ酸〜30アミノ酸、40アミノ酸、50アミノ酸、60アミノ酸または70アミノ酸等であってもよい。
【0014】
本発明のペプチドを構成するヒスチジン以外のアミノ酸残基はいずれのアミノ酸残基であってもよく、天然アミノ酸残基、非天然アミノ酸残基、修飾アミノ酸残基、あるいは合成アミノ酸残基であってもよい。アミノ酸の合成や修飾は当業者が適宜行いうることである。好ましくは、本発明のペプチドを構成するヒスチジン以外のアミノ酸残基は、アルギニン、リジンなどの塩基性アミノ酸残基、あるいはヒスチジンと類似の特性を有するアミノ酸残基である。
【0015】
本発明のペプチドは、Fmoc固相合成法などの公知のペプチド合成法により調製することができる。あるいは本発明のペプチドは、遺伝子組み換え法によっても調製することができる。
【0016】
上述のごとく、本発明のペプチドは細胞膜透過性が高く、従来から膜透過性が高いことが知られているペプチドと比較しても約2倍〜40倍以上の細胞膜透過性を示す(図2参照)。そのため、本発明のペプチドを用いれば、細胞膜を介した物質輸送において、従来の同種の方法と比較して遙かに効率的な物質輸送を行うことができる。
【0017】
本発明のペプチドを用いた細胞への物質輸送について説明する。先ず、本発明のペプチドと輸送すべき物質とを結合させて構築物を得る。したがって、輸送すべき物質を本発明のペプチドのいずれの残基に結合させてもよいが、一般的には本発明のペプチドのN末端またはC末端に結合させる。本発明のペプチドと輸送すべき物質を直接結合させてもよく、スペーサーなどを用いて結合させてもよい。結合は、共有結合、イオン結合、疎水結合、吸着などであってよく、特に限定はない。また、細胞内に導入された後に本発明のペプチドが脱離するような結合様式を採用することもできる。このような結合は当業者が適宜行うことができる。
【0018】
輸送すべき物質としては特に限定はないが、例えば、生理活性物質、薬剤、酵素その他の蛋白であってもよい。
【0019】
次に、得られた構築物を目的とする細胞に導入する。本発明のペプチドは、動物細胞であれば特に制限なく広範な種類の細胞に適用可能であるが、付着系細胞株が好ましい。本発明のペプチドは様々な癌細胞の細胞膜に対しても高い透過性を示すので、癌細胞へのドラッグデリバリーにも有用である。細胞への構築物の導入条件も当業者に公知であるか、あるいは当業者が容易に決定することができる。細胞への構築物の導入時の温度やpHも広範囲に設定することができる。例えば、室温で中性付近の条件下で、本発明のペプチドを用いて細胞への構築物の導入を行ってもよく、培養中の細胞に構築物を導入してもよい。
【0020】
さらに、本発明のペプチドを遺伝子組み換え法に用いて、目的物質を細胞外に産生させることもできる。本発明のペプチドをコードするポリヌクレオチドと、蛋白やペプチドなどの目的物質をコードするポリヌクレオチドとを結合させてベクターに組み込んで細胞に導入し、細胞内で融合蛋白を発現させ、細胞膜を介して融合蛋白を細胞外に放出させることができる。
【0021】
さらに、ヒスチジンは、そのイミダゾール基と銅、亜鉛、ニッケル、コバルトなどの金属との間で錯体を形成するので、本発明のペプチドも金属錯体を形成する。酸性条件下ではヒスチジンと金属イオンとの間の配位結合が解離し、本発明のペプチドは正電荷を帯びた形となるので、膜透過性を発揮する。しかも、ヒスチジンと金属イオンとの間の配位結合の解離が起こるpHは、金属の種類によって異なる。したがって、本発明のペプチドと金属をとの間に錯体を形成させておけば、所望のpH条件において物質を膜透過させることができる。
【0022】
例えば、腫瘍組織では腫瘍細胞が無秩序な増殖を行う結果、低酸素条件となり、乳酸発酵が起こり、低pH環境となる。そこで、低pH条件で配位結合の解離が起こる金属と本発明のペプチドとの錯体を用いると、腫瘍組織特異的なドラッグデリバリーが可能となる。
【0023】
本発明のペプチドのさらなる用途として、金属キレートカラムを用いた蛋白の精製への利用がある。本発明のペプチドと目的蛋白との融合蛋白を金属キレートカラムに適用して吸着させ、適当な溶離条件にて目的蛋白を溶出することができる。
【0024】
以下に実施例を示して本発明を具体的かつ詳細に説明するが、実施例はあくまでも例示説明であり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0025】
異なる数のアルギニン残基とヒスチジン残基を含んだArg−Hisハイブリッドペプチド(配列1〜15、配列表の配列番号:1〜15)をFmoc固相合成法により化学合成し、C末端をアミド化修飾、N末端をテトラメチルローダミン(TAMRA)蛍光色素で標識した。合成したペプチドの配列を以下に記す。
【表1】

【0026】
pH6.0とpH7.4の二つの条件下において、上記15種類のペプチド配列の細胞内取り込みをフローサイトメーターにより定量した。細胞株はヒトマクロファージ由来細胞:RAW264(理研細胞バンク:RCB0535)およびヒト肝臓癌細胞:HepG2(理研細胞バンク:RBC1886)であった。両細胞株ともに、6ウェルマルチプレートに5.0x10個/ウェル(9.6cm2)の細胞密度になるように播種し、10μMの各ペプチドを含んだ細胞培地(pH6.0またはpH7.4に調整済み)中で、24時間、37℃、5% CO濃度の条件でインキュベートした。その後、細胞培地を除去し、10mMリン酸緩衝液にて細胞を洗浄後、0.05%トリプシン(5.3mM EDTA含有)によって細胞をプレートから剥離させた。細胞を遠心分離機にて500g x 5分の条件で回収し、500uLのFACSバッファー(フローサイトメトリー用の緩衝液=2%ウシ胎児血清を含んだ10mMリン酸緩衝液)で懸濁した後に、フローサイトメトリーにて細胞内蛍光(TAMRA由来赤色蛍光)強度を測定することで、各ペプチド配列の細胞膜透過効率を評価した。
【0027】
実験結果を図1に示す。上記実験で用いた全ペプチド配列に対して、pH6.0とpH7.4の両条件における細胞膜透過効率の比較を行った。配列1(既知のオクタアルギニン)と比較すると、pH6.0およびpH7.4の両条件、ならびにRAW264とHepG2の両細胞株において、配列9(16個のヒスチジン残基からなるペプチド)が極めて高い細胞膜透過効率を示すことが明らかとなった。配列1に対する配列9の相対的な細胞膜透過効率は、RAW264に対しては3.13倍(pH7.4)と2.35倍(pH6.0)、HepG2に対しては5.95倍(pH7.4)と5.55倍(pH6.0)であった(図1)。
【0028】
配列9のペプチドおよび配列1のペプチドの細胞膜透過効率を、HepG2細胞を用いてpH6.0および7.4にて測定した結果と、既知の細胞膜透過ペプチドの細胞膜透過効率のデータ( チャイニーズハムスター卵巣細胞:CHO‐K1細胞を用いてpH7.4 で測定)を比較した結果を図2に示す。なお、比較に用いた既知の細胞膜透過ペプチドは以下のとおりである。
【表2】

【0029】
本発明のペプチド(配列9、16個のヒスチジン残基からなるペプチド)は、配列1および既知の細胞膜透過ペプチドと比較して、著しい細胞膜透過効率を示した。配列9のペプチドは、HIV Tat(48−60)と比較して約40倍、FHV coat(35−49)と比較して約2倍の細胞内導入効率を有することがわかった。
【実施例2】
【0030】
16個のヒスチジン残基からなるペプチドが最も良好な膜透過性を示したので、様々な長さのヒスチジン残基からなるペプチドの膜透過性について検討した。異なる数のヒスチジン残基を含んだペプチド(配列1、9、16〜24、配列表の配列番号:1、9、16〜24)をFmoc固相合成法により化学合成し、C末端をアミド化修飾、N末端をテトラメチルローダミン(TAMRA)蛍光色素で標識した。合成したペプチドの配列を以下に記す。
【表3】

【0031】
実験は、HepG2細胞を用いて実施例1と同様にして行った。結果を図3に示す。pH6.0、7.4の両条件において、ヒスチジン残基が12個またはそれ以上になると膜透過性が顕著に上昇した。ヒスチジン残基が12個のペプチド(配列19)の膜透過性はオクタアルギニン(配列1)の約2.8倍(pH7.4)および約1.2倍(pH6.0)であった。ヒスチジン残基が14個のペプチド(配列20)の膜透過性はオクタアルギニン(配列1)の約3.2倍(pH7.4)および約3.4倍(pH6.0)であった。ヒスチジン残基が16個のペプチド(配列9)の膜透過性はオクタアルギニン(配列1)の約5.3倍(pH7.4)および約4.7倍(pH6.0)であった。ヒスチジン残基が18個〜24個のペプチド(配列21〜24)の膜透過性はヒスチジン残基が16個のペプチド(配列9)とほぼ同じで、いずれのpHにおいてもオクタアルギニン(配列1)の約4.5倍〜約4.9倍であった。
【実施例3】
【0032】
pH7.4の条件下において、配列1、9、16〜24の11種類のペプチド配列の細胞内取り込み量を、フローサイトメーターにより定量した。使用した細胞株は、ヒトバーキットリンパ腫細胞:RAJI(理研細胞バンク:RCB1647)、ヒトTリンパ性白血病細胞:Jurkat(理研細胞バンク:RCB0806)、ヒト神経膠腫細胞:U251(理研細胞バンク:RCB0461)、マウスマクロファージ細胞:RAW264(理研細胞バンク:RCB0535)、ヒト肝臓癌細胞:HepG2(理研細胞バンク:RCB1886)、マウス繊維芽細胞:NIH−3T3(理研細胞バンク:RCB2767)、ヒト繊維肉腫細胞:HT1080(理研細胞バンク:RCB1956)およびヒト扁平上皮癌細胞:RERF(理研細胞バンク:RCB0444)であった。それぞれの細胞株を6ウェルマルチプレートに5.0x10個/ウェル(9.6cm)の細胞密度になるように播種し、10μMの各ペプチドを含んだ細胞培地(pH7.4に調整済み)中で、3時間、37℃、5%CO濃度の条件でインキュベートした。その後、細胞培地を除去し、10mMリン酸緩衝液にて細胞を洗浄後、0.05%トリプシン(5.3mM EDTA含有)によって細胞をプレートから剥離させた。細胞を遠心分離機にて500g x 5分の条件で回収し、500μLのFACSバッファー(フローサイトメトリー用の緩衝液=2%ウシ胎児血清を含んだ10mMリン酸緩衝液)で懸濁した後に、フローサイトメトリーにて細胞内蛍光(TAMRA由来赤色蛍光)強度を測定することで、各ペプチド配列の細胞膜透過効率を評価した。
【0033】
結果を図4に示す。本発明のペプチドは、全体的に浮遊系細胞株(RAJIまたはJurkat)に対しては細胞膜を透過しにくく、逆に接着系細胞株(U251,RAW264、HepG2、NIH−3T3、HT1080、RERF)に対しては細胞膜を透過しやすい傾向があることが明らかになった。特に、既存の細胞膜透過ペプチドであるオクタアルギニン(配列1)と比較した場合、本発明のペプチドは、ヒスチジン残基が12個またはそれ以上になると、付着系細胞株に対する細胞膜透過性が顕著に上昇した。ヒスチジン残基が12個のペプチド(配列19)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約5.2倍であった。ヒスチジン残基が14個のペプチド(配列20)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約13.2倍であった。ヒスチジン残基が16個のペプチド(配列9)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約17.1倍であった。ヒスチジン残基が18個のペプチド(配列21)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約9.7倍であった。ヒスチジン残基が20個のペプチド(配列22)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約18.6倍であった。ヒスチジン残基が22個のペプチド(配列23)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約27.6倍であった。ヒスチジン残基が24個のペプチド(配列24)の膜透過性は、最大でオクタアルギニン(配列1)の約23.8倍であった。
【実施例4】
【0034】
緑色蛍光タンパク質であるGFPのC末端部位に、ヒスチジン残基が16個のペプチド(配列9)を付加し、さらに精製を容易に行うために、GFPのN末端部位にはマルトース結合タンパク質(MBP)を付加した状態で、大腸菌に組換えタンパク質を発現させた。この際に使用した発現プラスミドはpMal−c2x、大腸菌株はBL21である。発現により得られた融合タンパク質:MBP−GFP−H16(分子量:約70kDa)は、MBPとアミロースレジンの親和性を利用したアフィニティ精製により精製した。ヒト繊維肉腫細胞:HT1080(理研細胞バンク:RCB1956)をマルチウェルガラスボトムディッシュに5.0x10個/ウェル(0.32cm)の細胞密度になるように播種し、精製により得られた融合タンパク質5μMを含んだ細胞培地(pH7.4に調整済み)中で、3時間、37℃、5% CO濃度の条件でインキュベートした。その後、細胞培地を除去し、10mMリン酸緩衝液にて細胞を洗浄後、再度新しい細胞培地を加え、共焦点レーザー顕微鏡下で細胞内の緑色蛍光を観察・撮影した。
【0035】
結果を図5に示す。未処理の細胞からは、非常に弱い自家蛍光が認められるのみであった。一方で、本発明のペプチド(配列9)を付加した融合タンパク質:MBP−GFP−H16(分子量:約70kDa)で処理した細胞からは、明瞭な細胞内蛍光が観察された。このことから、本発明のペプチドを用いることにより、目的のタンパク質を細胞内へ送達することが可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のペプチドは非常に効率的な膜透過を示すので、例えば、効率的な薬物輸送を実現することができる。また、本発明のペプチドのヒスチジン残基と金属との間で錯体を形成させておけば、金属の種類に応じて特定のpHにて細胞に薬物を輸送することも可能である。さらに、本発明のペプチドを金属キレートカラムに適用して各種物質を効率よく精製することもできる。したがって、本発明は、極めて効率的に物質の細胞膜透過を可能ならしめるペプチドを提供するので、医薬分野、研究分野、蛋白の製造の分野などにおいて利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長さが12アミノ酸以上であり、80%以上のアミノ酸残基がヒスチジン残基である、膜透過ペプチド。
【請求項2】
90%以上のアミノ酸残基がヒスチジン残基である請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
すべてのアミノ酸残基がヒスチジン残基である請求項1に記載のペプチド。
【請求項4】
長さが12〜数十アミノ酸である請求項3に記載のペプチド。
【請求項5】
長さが14〜数十アミノ酸である請求項4に記載のペプチド。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のペプチドと、細胞内に輸送すべき物質とを含む構築物。
【請求項7】
ペプチドが請求項4または5に記載のものである、請求項6に記載の構築物。
【請求項8】
輸送すべき物質が薬剤である請求項6または7に記載の構築物。
【請求項9】
輸送すべき物質が蛋白である請求項6または7に記載の構築物。
【請求項10】
物質を細胞内に輸送する方法であって、下記工程を含む方法:
細胞内に輸送すべき物質と、請求項1〜5のいずれかに記載のペプチドを結合させて構築物を得て、次いで、
得られた構築物を細胞に導入する。
【請求項11】
ペプチドが請求項4または5に記載のものである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
輸送すべき物質が薬剤である請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
輸送すべき物質が蛋白である請求項10または11に記載の方法。
【請求項14】
ペプチドが金属と錯体を形成している、請求項1〜5のいずれかに記載のペプチド、請求項6〜9のいずれかに記載の構築物、または請求項10〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
ペプチドが請求項4または5に記載のものである、請求項6〜9のいずれかに記載の構築物、または請求項10〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
蛋白の細胞外への産生方法であって、下記工程を含む方法:
(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチドをコードするポリヌクレオチドと、蛋白をコードするポリヌクレオチドとを結合させてベクターに組み込んで細胞に導入し、次いで、
細胞内で融合蛋白を発現させ、細胞膜を介して融合蛋白を細胞外に放出させる。
【請求項17】
ペプチドが請求項4または5に記載のものである、請求項16に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−100273(P2013−100273A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−228321(P2012−228321)
【出願日】平成24年10月15日(2012.10.15)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】