説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】鉄損特性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】一次再結晶焼鈍後二次再結晶焼鈍前に、もしくは二次再結晶焼鈍後純化焼鈍前に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を、鋼板に線状および/または点列状に塗布する。引き続き行われる二次再結晶焼鈍もしくは純化焼鈍は、焼鈍温度1050℃以上で行う。例えば、このような処理を行うことで、鋼板表面に、圧延方向に対して60〜90°の角度を有する方向に、SiOおよびFeとSiとの複合酸化物からなる線状および/または点列状の侵入部を有することとなり、磁区細分化効果が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の鉄心材料に好適な方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電圧変換用の大型変圧器や柱状変圧器にはそのエネルギーロスを低減するために方向性電磁鋼板が使用されている。方向性電磁鋼板は、Goss方位と呼ばれる{110}〈001〉方位を有する粒のみを異常粒成長させることで、磁化容易軸である〈001〉方位を一方向に配向させ、鉄損と呼ばれるエネルギーロスを低減している。鉄損は低いほど好ましく、〈001〉方位の配向度を改善するだけでなく、磁区細分化と称される処理を鋼板に施すことでさらなる低鉄損化をはかっている。
上記磁区細分化処理方法としては、〈001〉方位の配向している圧延方向とほぼ垂直に物理的な溝や歪を導入させる方法が一般的である。例えば、特許文献1には、突起を有するロールで圧下する方法が、特許文献2には、プラズマ照射により熱歪を導入する方法が、特許文献3および4には、レーザ照射により熱歪を導入する方法が、特許文献5には、化学的にエッチングする方法がそれぞれ開示されている。
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、電磁鋼板の硬度が比較的高いために、ロールに設けた突起の磨耗や破損が著しく、実用的ではない。
特許文献2〜4に記載の方法では、磁区細分化処理後に焼鈍を施すと歪が除去され磁区細分化効果が消滅する。このため、最終的に焼鈍を行う小型変圧器などの巻き鉄心には不向きである。特許文献5に記載の方法では、エッチングを施さない領域をマスキングする必要があること、およびマスキングを除去する工程も必要であることなど工程が複雑となり、大幅なコスト増加を余儀なくされる。
このように、磁区細分化による鉄損低減策には大きな課題があった。
【0004】
一方、特許文献6には、仕上げ焼鈍された鋼板表面に各種酸化物(Ti、Sb、Sr等の酸化物)を塗布し、焼付処理を行い、鋼板に鋼成分あるいは鋼組織と異なる侵入体を形成する方法が開示されている。特許文献7には、鏡面状態となる鋼板表面に特定の金属粉末または金属の化合物を塗布した後に焼鈍し、鋼成分とは異なる侵入帯を形成する方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献6および7では、純化焼鈍後に酸化物や金属粉末を塗布、焼付する必要があるため、工程が増えることにより製造コストが上昇するという問題がある。
【特許文献1】特公昭62−53579号公報
【特許文献2】特公平07−72300号公報
【特許文献3】特公昭58−26405号公報
【特許文献4】特公昭58−26406号公報
【特許文献5】特開昭63−76819号公報
【特許文献6】特開昭61−139678号公報
【特許文献7】特開平8−269555号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記問題を有利に解決するためになされたもので、鉄損特性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するため、方向性電磁鋼板の磁区細分化処理を行うことを基本としさらに改良を加えることを中心に鋭意研究を行った。その結果、磁区細分化処理として酸化物を利用することで磁区細分化効果が発揮できることを見出した。
【0008】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]鋼板表面に、線状および/または点列状の侵入部を有する方向性電磁鋼板であり、
前記侵入部は、圧延方向に対して60〜90°の角度をなす方向に形成され、かつ、SiOおよびFeとSiとの複合酸化物からなることを特徴とする方向性電磁鋼板。
[2]前記[1]において、前記侵入部は、幅:5〜500μm、深さ:0.5〜30μm、線間隔もしくは点列間隔:1〜30mmであることを特徴とする方向性電磁鋼板。
[3]質量%で、C:0.08%以下、Si:2.0〜8.0%、Mn:0.005〜1.0%、を含有する鋼スラブを熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍を施し、次いで、鋼板に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を、線状および/または点列状に塗布し、次いで、焼鈍温度:1050℃以上で二次再結晶焼鈍を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
[4]質量%で、C:0.08%以下、Si:2.0〜8.0%、Mn:0.005〜1.0%、を含有する鋼スラブを熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍、二次再結晶焼鈍を施し、次いで、鋼板に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を線状および/または点列状に塗布し、次いで、焼鈍温度:1050℃以上で純化焼鈍を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
[5]前記[3]または[4]において、鋼板に酸化物を塗布するにあたり、線状および/または点列状に濃淡をつけて全面に塗布することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
[6]前記[3]〜[5]のいずれかにおいて、前記鋼スラブが、さらに、質量%で、Ni:0.010〜1.50%、Cr:0.01〜0.50%、Cu:0.01〜0.50%、P:0.005〜0.50%、Sn:0.005〜0.50%、Sb:0.005〜0.50%、Bi:0.005〜0.50%の中から選ばれる少なくとも1種以上を含有することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0009】
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。
【0010】
ここで、先に挙げた従来技術(特許文献6および7)と本発明との違いについて、下記に記載しておく。
特許文献6および7に記載の技術により形成される侵入体は金属による合金層や拡散物からなるものである。これに対して、本発明の侵入部を形成する酸化物は、SiO2等の鋼板中のSi、Feによる酸化物であり、特許文献6および7とは形成される物が異なる。また、本発明では、鋼板中のSi、Feと結合する酸素を供給するために酸化物を塗布するが、特許文献6および7の酸化物中の酸素にはこのような目的はない。さら、特許文献6では、鋼板表面に形成されたグラス被膜上に各種金属の酸化物を塗布しているが、本発明はグラス被膜のない鋼板表面に直接塗布するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、適切な酸化物を最適に塗布することで、磁区細分化効果により低鉄損の方向性電磁鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の完成に至った経緯を以下の実験に基づいて具体的に説明する。
前述したように、発明者らは磁気特性の向上について、磁区細分化処理に着目し検討を進めた。
【0013】
質量%で、C:200ppm、Si:3.33%、Mn:0.120%、Sol.Al:65ppm、N:35ppm、S:16ppm、Cr:0.048%、Sb:0.050%を含む鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1200℃でスラブ加熱した後、熱間圧延により2.4mmの厚さに仕上げ、その後、1025℃で60秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延により0.30mmの厚さに仕上げた。さらに、900℃、10秒の均熱条件で、乾燥窒素雰囲気下での一次再結晶焼鈍を施した後、900℃、50時間、NとArの1:1混合雰囲気で保定する二次再結晶焼鈍を施した。次いで、酸化物としてSnOもしくはAlを、7mm間隔でロールの軸方向に溝がついたゴムロールを用いて、鋼板表面に塗布した。塗布液は水に対して20質量%の割合で前記酸化物を懸濁させている。溝付きのロールで塗布することで、前記酸化物が鋼板の幅方向(圧延方向に対して90°の方向)に沿って筋状に厚く塗布され、この厚く塗布された部分の間隔はゴムロールの溝間隔と一致し7mm間隔となった。なお、それ以外の箇所、すなわちゴムロールの溝間に相当する部分の鋼板表面は前記酸化物が薄く塗布された。次いで、1100℃で10時間、H雰囲気で保定する純化焼鈍を施し、前記酸化物や鋼板上の残物を水洗および酸洗にて除去した後、平坦化焼鈍を乾燥雰囲気下で行った。なお、平坦化焼鈍では同時にコーティングの塗布焼付けも行った。
【0014】
以上により得られた試料について、JIS C2550に記載の方法にて磁気測定を行った。塗布した酸化物と、鉄損W17/50(50Hzの周波数で1.7Tに励磁したときの鉄損)との関係を図1に示す。図1より、塗布する酸化物の違いにより鉄損が大きく異なり、SnOを用いた試料の鉄損の方が、Alを用いた試料の鉄損より小さい、すなわち、鉄損特性が良好であることが明らかとなった。
【0015】
以上の結果を基に、次に、鉄損が大きいAlを用いた試料と鉄損が小さいSnOを用いた試料の外観を調査した。なお、外観の調査は目視により行った。その結果、Alを用いた試料は表層一面が金属光沢を保った外観であった。一方、SnOを用いた試料は金属光沢面に、ほぼ7mm間隔で灰色の線状領域が認められた。さらにこの領域は鋼板面に対して凹形状となり、溝のような形状を成していた。この灰色の線状領域の組成を調査した結果、SiOおよびFeSiOである事が判明した。これらの結果から、SnOを用いた試料において鉄損が低くなったのは、灰色の線状領域形成により現れた磁区細分化効果によるものと推測される。
【0016】
このように高温焼鈍を行う前に、鋼板表面に塗布する酸化物としてある種の酸化物を選択し、かつ、酸化物を線状に厚く塗布することで、磁区細分化効果が発揮できる理由については以下のように考えられる。
鋼板に酸化物を塗布して焼鈍を行った場合、酸化物中の酸素が鋼板中に存在するSiやFeと結合しそれらの酸化物を形成することがある。これは、熱力学的には塗布した酸化物よりもSiやFeの酸化物の方が標準生成自由エネルギーが低く安定である場合に起こるといえる。この観点から、前記のSnOはSiOやSi−Fe系の酸化物よりも標準生成自由エネルギーが高く、SnOの酸素が脱離して鋼中のSiやFeと結合し酸化物を形成する傾向にある。一方で、前記のAlは標準生成自由エネルギーが非常に低く安定であることから鋼中のSiやFeとは反応しないといえる。また、前記実験においては、酸化物を溝付きロールで塗布したため、ロールの溝に該当する箇所では厚く塗布されている。SnOを用いた場合、この厚く塗布された領域ではSiやFeの酸化物が形成され、それ以外の箇所では塗布された酸化物の量が少ないためにSiやFeの酸化物が形成しなかった、もしくは、形成したが微量(鋼板への侵入深さが小さい)であったと考えられる。
そして、このようなSiやFeの酸化物が線状または点列状に鋼板に侵入して鋼板表面に侵入部が形成されることで、鉄と生成したSiやFeの酸化物との界面のうち圧延方向と垂直な面、もしくはそれに近い面に磁極が生じ、反磁界効果にて磁区細分化され、その効果により鉄損が低減したと考えられる。また、この領域が溝のような凹形状を成していたことや、それ以外の領域ではSiやFeの酸化物の存在を確認できなかったことは、その後の洗浄等で、それら酸化物の一部ないしは全部が除去されたためであると推測される。
【0017】
上記結果および知見をもとに上記以外の酸化物について、磁区細分化効果を検証したところ、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物にも前記のSnO2と同様の効果が得られた。
【0018】
以上より、本発明では、鋼板表面の酸化物形成を利用して磁区細分化効果を得るものとし、鋼板に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を、線状および/または点列状に塗布し、次いで、1050℃以上の温度で焼鈍することで、鋼板表面に線状および/または点列状の侵入部を形成することとする。そして、前記侵入部は、圧延方向に対して60〜90°の角度をなす方向に形成され、SiOおよびFeとSiとの複合酸化物からなることとする。
【0019】
鋼板表面に形成される侵入部の延びる方向が、圧延方向に対して60°未満であると磁区細分化効果を十分発揮できず鉄損減少代が小さい。一方、幾何学的な対称性から前記角度は90°までである。すなわち角度100°は80°と等価である。よって、侵入部は圧延方向に対して60°以上90℃以下の角度をなす方向に形成する。
侵入部の幅が5μm未満だと磁区細分化効果が発揮されない場合がある。一方、500μm超の場合は前記侵入部自体が磁気特性を劣化させる場合がある。よって、侵入部の幅は5〜500μmが好ましい。
侵入部の深さが0.5μm未満だと磁区細分化効果が発揮されない場合がある。一方、30μm超の場合はヒステリシス損失を増加させ鉄損が劣化することがある。よって、深さは0.5〜30μmが好ましい。
侵入部の間隔が1mm未満の場合は磁気特性が劣化する場合がある。一方、30mm超では磁区細分化効果が発揮されないことがある。よって、間隔は1〜30mmが好ましい。
なお、侵入部が、SiOならびにFeとSiとの複合酸化物の一部または略全部が除去され、凹形状となった場合でも同様な効果が発揮される。
【0020】
次に、本発明における鋼の化学成分の限定理由は以下の通りである。
C:0.08%以下
Cは0.08%を超えると、磁気時効の起こらない50ppm以下に低減することが困難になる。よって、0.08%以下とする。
【0021】
Si:2.0〜8.0%
Siは鋼の比抵抗を高め、鉄損を改善させるために必要な元素であるが、2.0%未満では効果がない。一方、8.0%を超えると鋼の加工性が劣化し、圧延が困難となる。よって2.0%以上8.0%以下とする。
【0022】
Mn:0.005〜1.0%
Mnは熱間加工性を良好にするために必要な元素であるが、0.005%未満では効果がない。一方、1.0%を超えると製品板の磁束密度が低下する。よって、0.005%以上1.0%以下とする。
【0023】
なお、その他の窒化物形成元素であるTi、Nb、B、V等についてそれぞれ20ppm以下に低減することも鉄損の劣化を防ぎ、良好な加工性を確保する上で有効である。
【0024】
Ni:0.010〜1.50%、Cr:0.01〜0.50%、Cu:0.01〜0.50%、P:0.005〜0.50%、Sn:0.005〜0.50%、Sb:0.005〜0.50%、Bi:0.005〜0.50%の中から選ばれる少なくとも1種以上
熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるためにNiを含有させることができる。含有量が0.010%未満であると磁気特性の向上量が小さく、1.50%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する場合がある。よって、含有する場合は、0.010%以上1.50%以下とする。
鉄損を低減させる目的で、Cr:0.01〜0.50%、Cu:0.01〜0.50%、P:0.005〜0.50%を含有させることができる。また、磁束密度を向上させる目的で、Sn:0.005〜0.50%、Sb:0.005〜0.50%、Bi:0.005〜0.50%を含有させることができる。上記は単独または複合して含有させることができるが、それぞれの含有量が前記した各下限値より少ない場合には鉄損向上効果がなく、前記した各上限値を超えると二次再結晶粒の発達が抑制され磁気特性が劣化する場合がある。
【0025】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板は、上記化学成分範囲に調整された鋼スラブを、熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍を施し、次いで、鋼板に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を、線状および/または点列状に塗布し、次いで、焼鈍温度:1050℃以上で二次再結晶焼鈍を施す。もしくは、上記化学成分範囲に調整された鋼スラブを熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍を施し、二次再結晶焼鈍を施した後、次いで、鋼板にFe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を線状および/または点列状に塗布し、次いで、焼鈍温度:1050℃以上で純化焼鈍を施す。
上記基本的な製造方法に加え、好適な条件として、鋼板に酸化物を塗布するにあたり、線状および/または点列状に濃淡をつけて全面に塗布する。
【0026】
上記成分を有する溶鋼は通常の造塊法、連続鋳造法でスラブを製造してもよいし、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接鋳造法で製造してもよい。スラブは通常の方法で加熱して熱間圧延するが、鋳造後加熱せずに直ちに熱延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延してもよいし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。熱間圧延前のスラブ加熱温度は、Al、N、S、Seを低減したインヒビター成分を含まない成分系の場合は、従来必須であったインヒビターを固溶させるための高温焼鈍を必要としないことから、1250℃以下の低温とすることがコストの面で望ましい。インヒビター成分を含む場合は固溶の観点から1400℃超の加熱を必要とする場合がある。
【0027】
次いで、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。良好な磁性を得るためには、熱延板焼鈍温度は800℃以上1150℃以下が好ましい。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると熱延でのバンド組織が残留して、整粒の一次再結晶組織を得にくく、二次再結晶組織の改善効果が得られない場合がある。熱延板焼鈍温度が1150℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化するため、同様に、一次再結晶組織をより整粒化する効果が得られない場合がある。
【0028】
熱延板焼鈍後、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷延を施し最終板厚とした後、一次再結晶焼鈍を行う。冷間圧延の温度を100〜300℃に上昇させて行うこと、および冷間圧延の途中で100〜300℃の範囲での時効処理を1回または複数回行うことが、磁気特性を向上させる点から有効である。
一次再結晶焼鈍は、脱炭を必要とする場合には雰囲気を湿潤雰囲気とするが、脱炭を必要としない場合は乾燥雰囲気で行っても良い。一次再結晶焼鈍後は、浸珪法によってSi量を増加させる技術を併用してもよい。
その後、鋼板表面にFe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物の少なくとも1種以上を線状に塗布する。好ましくは、線状に濃淡をつけて全面に塗布する。これら酸化物は焼鈍分離効果を有するため、選択した酸化物のみを塗布すれば良いが、従来、焼鈍分離剤として使用されているMgOに混合しても良い。MgOに混合する場合には、MgOを含む全焼鈍分離剤中、10質量%以上を前記選択した酸化物とする必要がある。なお、前記酸化物、もしくはその酸化物を含む焼鈍分離剤の塗布量は、焼鈍後における前記侵入部の幅:5〜500μm、深さ:0.5〜30μm、線間隔もしくは点列間隔:1〜30mmとなるよう適宜調整することが好ましい。また、塗布方法は特に問わない。例えば、溝が付与されたロールを有する塗布機で塗布したり、鋼板上の酸化物を生成させたい場所以外にマスキングを施し、その上から前記焼鈍分離剤を全面に塗布したりするなどの方法があげられる。
【0029】
この酸化物の鋼板表面への塗布は、一次再結晶焼鈍後、二次再結晶焼鈍前に行う。または、二次再結晶焼鈍と純化焼鈍とを別々に施す場合には、二次再結晶焼鈍前でも純化焼鈍前でもどちらでも構わないが、二次再結晶状態を厳密に制御する必要がある場合は、二次再結晶焼鈍後、純化焼鈍前に塗布することが好ましい。いずれにしても、鋼板表面へ酸化物を塗布した後の焼鈍においては、1050℃以上の温度まで昇温させる焼鈍とする必要がある。このような高温焼鈍を行うことにより、塗布した酸化物の酸素が脱離し、鋼板中のSiおよびFeと結合して、SiOならびにFeとSiとの複合酸化物が形成される。また、上述した理由により、線状もしくは点列状の塗布部分は圧延方向に対して60〜90°の角度に配列される事が必要である。
【0030】
二次再結晶焼鈍は、二次再結晶を発現させる観点から750℃以上で行うことが好ましく、二次再結晶を完了させるために800℃以上の温度で5時間以上保持させることがより好ましい。ただし、前記酸化物を塗布した後に行う二次再結晶焼鈍では、1050℃以上で行う必要がある。
純化焼鈍は鋼中の不純物元素を低減するために、1000℃以上で1時間以上保定することが磁気特性向上のため好ましい。ただし、前記酸化物を塗布した後に行う純化焼鈍では、1050℃以上で行う必要がある。
【0031】
二次再結晶焼鈍後(もしくは純化焼鈍後)には、残存した酸化物や還元された金属を除去するため、水洗やブラッシング、酸洗を行うことが有効である。さらに、平坦化焼鈍により張力を付加して形状を矯正することが鉄損低減のために有効である。
【0032】
鋼板を積層して使用する場合には、鉄損を改善するために、鋼板表面に絶縁コーティングを施すことが有効である。鉄損低減のために絶縁コーティングは鋼板に張力を付与するものであることが好ましい。また、良好な打抜き性の確保を重視する場合には樹脂を含有する有機コーティングが好ましく、溶接性を重視する場合には半有機や無機コーティングを適用することが好ましい。また、CVDやPVDにより無機物を鋼板表層に蒸着させることも、著しい鉄損低減効果があるため好ましい。
【実施例1】
【0033】
質量%で、C:420ppm、Si:3.16%、Mn:0.082%、Cr:0.05%を含む鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1230℃でスラブ加熱した後、熱間圧延により2.2mmの厚さに仕上げ、その後、1025℃で25秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延により0.27mmの厚さに仕上げた。
さらに、900℃、2分間の均熱条件で、湿潤雰囲気下での一次再結晶焼鈍を施した後、表1に示す酸化物を30質量%含有し残部がMgOからなる焼鈍分離剤を5mm間隔でロールの軸方向に溝がついたゴムロールを用いて鋼板の片面のみ塗布した。
次いで、900℃で50時間保定する二次再結晶焼鈍を施した。なお、この二次再結晶焼鈍は、前記保定の後、1200℃で5時間保定する純化焼鈍工程も含んでいる。さらに、平坦化焼鈍を行った。
得られた鋼板について、前記ロールの溝に相当する鋼板部分をFT−IR(フーリエ変換赤外分光装置)で調査したところ、SiOと表1に示すFe−Si複合酸化物が生成していた。また、これら酸化物は、間隔はロールの間隔と同様に5mm(圧延方向に対して90°)、表1に示す幅および深さで鋼板への侵入部を形成していた。なお、これら(一部)の製品では、侵入部において凹形状を示していた。
ひき続き、リン酸アルミニウム、スチレン樹脂、ホウ酸を主成分としたコーティングを塗布焼付けして製品とした。
以上により得られた製品について、磁気特性を測定し、評価した。なお、製品の磁気測定はJIS C2550に記載の方法で行い、得られた鉄損W17/50を表1に上記条件と併せて示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1より、本発明例では良好な磁気特性が得られていることが分かる。
【実施例2】
【0036】
表2示す成分を含む鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1200℃でスラブ加熱した後、熱間圧延により1.8mmの厚さに仕上げ、その後、1075℃で25秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延により0.20mmの厚さに仕上げた。
次いで、950℃、10秒の均熱条件で、乾燥窒素雰囲気下での一次再結晶焼鈍を施した後、SnO2を7mm間隔でロールの軸方向に溝がついたゴムロールを用いて両面塗布し、コイル状に巻き取った後、1100℃、30時間、H雰囲気下で保定する二次再結晶焼鈍を施した。
次いで、塗布酸化物等を水洗にて除去した後、平坦化焼鈍を行った。
得られた鋼板について、実施例1と同様の方法で、形成された侵入部を調査した。その結果、SiOと表2に示すFe−Si複合酸化物が生成していた。また、これら酸化物は間隔はロールの間隔と同様に7mm(圧延方向に対して90°)、表2に示す幅および深さで鋼板への侵入部を形成していた。
続いて、CVDによりTiNを表面に成膜して製品とした。
以上より得られた製品について、実施例1と同様の方法にて鉄損W17/50の磁気特性を測定し評価した。結果を表2に併せて示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2より、本発明例では良好な磁気特性を得られていることが分かる。
【実施例3】
【0039】
質量%で、C:180ppm、Si:3.28%、Mn:0.11%、Se:52ppm、N:32ppm、Cr:0.04%を含む鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1450℃でスラブ加熱した後、熱間圧延により2.6mmの厚さに仕上げ、その後、1025℃で25秒の熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延により1.4mmの厚さに仕上げた。
次いで、1000℃、50秒の中間焼鈍を施した後、200℃の温間圧延を施して0.23mmの板厚に仕上げた。
さらに、825℃で30秒の均熱条件、乾燥窒素雰囲気下での一次再結晶焼鈍を施した後、950℃で50時間保定する二次再結晶焼鈍を施した。さらに、Fe23を5mm間隔で溝がついたゴムロールを用いて片面のみ塗布した。ここでロール溝が圧延方向に平行な方向(0°)から垂直な方向(90°)まで10°ずつ異なるロールを用意し、Fe23の濃淡がつく方向を変化させた。その後、1200℃で5時間保定する純化焼鈍を施した。このとき、鋼板にはゴムロールの溝と同じ方向にSiOとクリノフェロシライト(FeSiO3)を主成分とする酸化物が生成し、表3に示す幅および深さで鋼板への侵入部を形成していた。
次いで、平坦化焼鈍を行い、リン酸アルミニウム、スチレン樹脂、ホウ酸を主成分としたコーティングを塗布焼付けして製品とした。
得られた製品について、実施例1と同様の方法で鉄損W17/50の磁気特性を測定した。ロール溝の角度、すなわち、圧延方向と侵入部の延びる方向とのなす角度と、それぞれの角度における鉄損W17/50値を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3より、本発明例では良好な磁気特性を得られることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の方向性電磁鋼板を、例えば、変圧器の鉄心として用いた場合、低鉄損特性が得られるため、変圧器やその他の電気機器などの鉄損が低いことが要求される用途を中心に幅広い用途での使用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】塗布した酸化物について、鉄損W17/50に及ぼす影響を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に、線状および/または点列状の侵入部を有する方向性電磁鋼板であり、
前記侵入部は、圧延方向に対して60〜90°の角度をなす方向に形成され、かつ、SiOおよびFeとSiとの複合酸化物からなることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記侵入部は、幅:5〜500μm、深さ:0.5〜30μm、線間隔もしくは点列間隔:1〜30mmであることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
質量%で、C:0.08%以下、Si:2.0〜8.0%、Mn:0.005〜1.0%、を含有する鋼スラブを熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し最終板厚とした後、
一次再結晶焼鈍を施し、
次いで、鋼板に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を、線状および/または点列状に塗布し、
次いで、焼鈍温度:1050℃以上で二次再結晶焼鈍を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
質量%で、C:0.08%以下、Si:2.0〜8.0%、Mn:0.005〜1.0%、を含有する鋼スラブを熱間圧延し、1回もしくは中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施し最終板厚とした後、
一次再結晶焼鈍、二次再結晶焼鈍を施し、
次いで、鋼板に、Fe酸化物、Mo酸化物、Mn酸化物、Sn酸化物、W酸化物、Ga酸化物、Ge酸化物、Cu酸化物、Cr酸化物、Sb酸化物のうちの少なくとも1種以上を線状および/または点列状に塗布し、
次いで、焼鈍温度:1050℃以上で純化焼鈍を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
鋼板に酸化物を塗布するにあたり、線状および/または点列状に濃淡をつけて全面に塗布することを特徴とする請求項3または4に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記鋼スラブが、さらに、質量%で、Ni:0.010〜1.50%、Cr:0.01〜0.50%、Cu:0.01〜0.50%、P:0.005〜0.50%、Sn:0.005〜0.50%、Sb:0.005〜0.50%、Bi:0.005〜0.50%の中から選ばれる少なくとも1種以上を含有することを特徴とする請求項3〜5のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−111152(P2008−111152A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−294145(P2006−294145)
【出願日】平成18年10月30日(2006.10.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】