説明

時計遺伝子のDNAメチル化による概日リズム制御機構のレポーターアッセイ系

【課題】 本発明は、時計遺伝子のDNAメチル化による発現抑制を調節可能な物質のスクリーニングに適した樹立細胞系を提供し、当該細胞系を用いたレポーターアッセイ法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明において、Bmal1プロモーター下流にレポーター遺伝子を含むレポータープラスミドを用いて形質転換されたリンパ系癌細胞株であって、Bmal1プロモーターにより転写されるレポーター遺伝子を安定的に保持している樹立細胞株が提供され、当該樹立細胞株を含む培地に被検物質を添加し、レポーター蛋白の発光又は蛍光強度を経時的に観察することで時計遺伝子のDNAメチル化に起因する概日リズム障害改善剤のスクリーニングが可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計遺伝子のDNAメチル化による概日リズム制御機構をモニターするためのレポーターアッセイ法および当該レポーターアッセイ法に用いる樹立細胞株に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝性の睡眠障害に加えて、社会の24時間化に伴う様々な睡眠障害が社会的問題となっている。概日リズム睡眠障害と呼ばれる一連の睡眠障害の発症には、時計遺伝子によって構成されている体内時計が関係しているものと考えられているが、その詳細なメカニズムに関しては不明である。
睡眠障害の治療法としては、特別な装置を必要とする高照度光療法や、ビタミンB12(非特許文献1)、メラトニン製剤(特許文献1)の投与が一般的である。
また、睡眠薬としては、ベンゾジアゼピン系の薬剤(非特許文献2)が一般に用いられており、長短時間型から、短時間型、中間型、長時間型まで様々な半減期の薬剤が開発されている。しかしながら、これらの睡眠薬による睡眠障害の治療法は、対処療法的なものであり、根本的に睡眠障害を治療することは困難である。また、夢遊症状等の副作用を伴う場合も多く、その使用法には細心の注意が必要である。最近、ノシセプチン受容体の作動薬としての作用を有する4-オキソイミダゾリジン-2-スピロピペリジン誘導体に概日リズム睡眠障害治療効果が期待されている(特許文献2)が、まだ研究開発途上であり副作用も懸念される。
天然成分や飲食品からの睡眠改善剤の研究開発も盛んで、茶葉由来のテアミンを用いるもの(特許文献4)、内因性のメラトニン分泌効果を有する発酵ホエーなどのホエー類を添加するもの(特許文献5)の他、高麗人参エキス(非特許文献3)、イクラ油に含まれるフォスファチジルコリン(非特許文献4)などを用いた睡眠改善剤が提案されている。これらは、いずれも飲食品用に用いられている素材に由来しているため、安全性も高く、日常的に摂取可能であるといえるが、その詳細な睡眠改善効果や作用メカニズムも十分な解明がなされておらず、効果に関しても大きな個人差があると考えられる。
このように、従来の治療方法は、そのほとんどは作用メカニズムが不明であるか、又は体内時計の位相を調節することにより生体リズムを正常化させようとするものであり、体内時計の周期の異常に起因する障害の根本的な治療法とはなっていない。
【0003】
一方、概日リズムは、体内時計によって制御されており、近年、時計遺伝子と呼ばれる一連の遺伝子群によって体内時計のリズムが刻まれていることが明らかとなってきた。体内時計は、生体リズムの位相調節と周期長の調節という2つの機能を有している。概日リズムの位相調節に関しては、時計遺伝子の発現が、少なくとも細胞培養系においては、多くの液性因子によって誘導されることから、生体においても、多くの調節因子が存在しているものと推測される(非特許文献5)。
最近の概日リズム関連遺伝子を用いたノックアウト実験などの結果から、生物時計調節の中心となる遺伝子がBmal1遺伝子であることがほぼ確立してきている(非特許文献6)。
従来から、Bmal1遺伝子プロモーター中の「RORE」配列と外来のSV40プロモーター、そしてルシフェラーゼ遺伝子を含むプラスミドを一過性発現可能に導入したNIH3T3細胞を用いた培養細胞レベルでのレポーターアッセイが、哺乳類における生体内でのBmal1遺伝子を介した概日リズムを再現できることが知られていた(非特許文献7)。しかしながら、このような従来の培養細胞によるレポーターアッセイ法では、細胞内でのプラスミドの状態が不安定であり、培地中に被検物質を添加した状態で細胞の培養を続けてその影響を正確に測定することはできなかった。
【0004】
ところで、Bmal1遺伝子をはじめとする時計遺伝子は、プロモーター領域のDNAメチル化により発現制御されているが、ヒトBmal1遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化異常と血液腫瘍の悪性度との相関関係が指摘され、ヒトBmal1遺伝子のプロモーター領域のメチル化による遺伝子不活性化によって概日性リズムが乱れることで血液悪性腫瘍が引き起こされる可能性が示唆されている(非特許文献8)。よってBmal1遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化によるリズム障害の発生メカニズムを解明することは、単に概日リズム障害による睡眠障害の改善目的だけではなく、血液悪性腫瘍発生メカニズムの解明にもつながり、ひいてはその予防、治療にも大いに役立つ。
しかしながら、レポーター遺伝子ノックインマウスやレポーター遺伝子を安定的に保持している樹立細胞を用いる従来のレポーターアッセイ法では、用いられる細胞は基本的には正常であるためDNAメチル化によるリズム障害モデル系とはならない。
すなわち、従来の概日リズム障害の治療法スクリーニングの手法は、正常な個体もしくは細胞を用いた、正常な時計遺伝子発現における生体リズムを基にした検索であり、癌などのように時計遺伝子がDNAメチル化により不活化された場合の治療法の開発には適さなかった。
したがって、時計遺伝子のDNAメチル化による発現制御機構をモニターできるレポーターアッセイ法およびそのための細胞系の樹立が強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平8−502259号公報
【特許文献2】WO2003/010168
【特許文献3】WO2003/063907
【特許文献4】WO2005/097101
【特許文献5】WO2005/097101
【特許文献6】特開2009−183197号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「概日リズム睡眠障害の臨床」千葉茂、本間研一 編、新興医学出版社、2003
【非特許文献2】「睡眠障害の対応と治療ガイドライン、内山真 編、じほう、2002」
【非特許文献3】Young Ho Rhee,et al.,Psychopharmacology,101,p.486-488(1990)
【非特許文献4】日比野英彦、Food Style21,Vol.7,No.3,p.50-53(2003)
【非特許文献5】Curr Biol 2000,10:1291-4
【非特許文献6】Cell,2000,103,1009-1017
【非特許文献7】Nature,2002,418,534-539
【非特許文献8】Caner Res.,2009,69,8447-8454
【非特許文献9】Mol.Cell.Biol.,2008,28,3477-3488
【非特許文献10】Neuron,2004,43,527-537
【非特許文献11】Bioscience Rep.,2010,in press
【非特許文献12】Methods in Enzymol.,2005,393,269-288
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、時計遺伝子のDNAメチル化による発現抑制を調節可能な物質のスクリーニングに適した樹立細胞系を提供し、当該細胞系を用いたレポーターアッセイ法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
生物時計調節の中心と考えられているBmal1遺伝子(非特許文献6)における概日リズムをもった転写調節は、ルシフェレース遺伝子を用いたレポーターアッセイにより培養細胞レベルで検出することが可能である(非特許文献7)が、このような従来の培養細胞によるレポーターアッセイ法では、細胞内でのプラスミドの状態が不安定であり、培地中に被検物質を添加した状態で細胞の培養を続けてその影響を正確に測定することはできなかった。
そこで、本発明者らは以前、このような従来型のBmal1遺伝子のプロモーター領域などの特定領域に一過的に作用する物質又は遺伝子の探索を意図するレポーターアッセイ法とは異なり、概日リズム形成サイクル自体に長期間にわたって作用し、その周期を早めたり遅くしたりする物質を探索するためのレポーターアッセイ系を構築し、特許出願している(特願2009−175576号)。具体的には、まず、マウスBmal1遺伝子プロモーター中の「RORE」配列及び転写開始部位を含む領域(−202〜+27位)にレポーターとなるルシフェラーゼ遺伝子を繋いだレポータープラスミド(図1)を作製してNIH3T3細胞株に導入し、安定に概日リズムを刻みながらルシフェラーゼを生産する細胞株を樹立した。そして、当該細胞株に種々の物質を作用させて、そのルシフェレース活性をモニターするアッセイ系である。当該レポーターアッセイ系は、Bmal1プロモーター領域の転写調節部位に作用して、概日リズム周期の調節をする物質の発見にとってきわめて有効である。しかし、使用している細胞系は正常細胞由来であって、時計遺伝子DNAはメチル化されておらず、基本的に正常な概日リズムを刻むため、時計遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化によるリズム障害を引き起こす物質の解明や、当該概日リズム障害の改善のための物質の探索に用いることはできない。
【0009】
ところで、白血病細胞等においてはBmal1遺伝子がプロモーター領域のDNAメチル化により発現抑制されていることが知られており,当該領域のメチル化度と腫瘍の悪性度との間に相関関係があることが報告されている(非特許文献8)。本発明者らは、この知見をもとに、ヒト白血病細胞RPMI8402のゲノム配列中のBmal1遺伝子のプロモーター領域を詳細に検討した結果、当該プロモーター領域が高度にDNAメチル化されていることを確認した。また、RPMI8402細胞を周知のDNA脱メチル化剤である5-aza-2’-dCTP(シグマ社)で処理することによりBmal1遺伝子の発現が回復し、概日リズムも回復することを見出した。これらの結果は、RPMI8402細胞では、Bmal1遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化によりBmal1遺伝子発現が抑制され、その結果概日リズムが失われていることを示唆している。
そこで、前記レポータープラスミドと同様に、細胞内の概日リズム転写をモニターするために必要最小限のヒトBmal1遺伝子プロモーター領域(非特許文献11、特許文献6)をルシフェレース遺伝子に接続して作製したレポータープラスミド(図1)を、RPMI8402細胞に導入して当該プラスミドが安定的に保持されるような細胞株を樹立した。この樹立した細胞株においては概日リズムを刻まないことを確認し、当該樹立細胞株における脱メチル化処理による転写リズムへの影響を検討した。樹立細胞株を5-aza-2’-dCTP存在下で培養すると、内在性Bmal1遺伝子プロモーター領域の脱メチル化によるBmal1遺伝子の発現が観察されると共に、レポーター遺伝子の概日リズム発現が観察された(図4)。
以上の結果より、本樹立細胞株を用いてルシフェレース活性をモニターすることにより、RPMI8402細胞の内在Bmal1遺伝子の転写を介した生物リズムを簡便かつ的確に知ることが可能となり、ヒトリンパ球組織特異的な概日リズムに対する影響を評価することも可能となった。また、DNAメチル化によりBmal1遺伝子が発現抑制されているような場合の、多様な物質の概日リズムに対する影響を評価することが可能となった。
以上の知見を得たことで、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を含むものである。
〔1〕 Bmal1プロモーター下流にレポーター遺伝子を有するレポータープラスミドを用いて形質転換されたリンパ系癌細胞株であって、Bmal1プロモーターにより転写されるレポーター遺伝子を安定的に保持している樹立細胞株。
〔2〕 リンパ系癌細胞株がヒト白血病細胞RPMI8402であって、レポータープラスミドとしてヒトBmal1プロモーターの「RORE」を含む-201〜+24の領域にルシフェラーゼ遺伝子が繋がれたレポータープラスミドを用いる、前記〔1〕に記載の樹立細胞株。
〔3〕 時計遺伝子のDNAメチル化に起因する概日リズム障害改善剤をスクリーニングする方法であって、前記〔1〕又は〔2〕に記載の樹立細胞株を含む培地に被検物質を添加する工程、及びレポーター蛋白の発光又は蛍光強度を経時的に測定し概日リズムを刻むか否かを判定する工程を含む方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、Bmal1遺伝子をはじめとする時計遺伝子プロモーター領域がDNAメチル化により抑制制御されている樹立細胞株であって、かつ当該抑制機構を解除して概日リズムの回復を評価可能なレポーター遺伝子を安定的に保持しているリンパ系癌由来樹立細胞株が提供できた。
本発明の樹立細胞株を用いることにより、これまで観測不可能であった時計遺伝子のDNAメチル化による体内時計の周期異常に起因する概日リズム障害の根本的な治療法を検索することが可能となり、また、薬剤のリンパ球組織特異的リズムに及ぼす影響を推定することも可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】レポータープラスミドの構築 マウス及びヒトBmal1プロモーター領域の遺伝子地図中でのRORE(白)ならびにSAF-A結合配列(灰)の位置を示す。ROREを含むヒトBmal1プロモーターにおける-201〜+24の領域をプラスミドpGL3-dLucのルシフェレース遺伝子上流に挿入した。
【図2】ヒト白血病細胞RPMI8402におけるBmal1プロモーター領域のメチル化 ヒト白血病細胞RPMI8402におけるBmal1プロモーター領域のメチル化状態を、Bisulfiteシーケンスによる独立した4クローン解析により示す。メチル化されうるCpGヌクレオチド(縦線)、メチル化シトシン(黒)、非メチル化シトシン(白)で示した。
【図3】DNAの脱メチル化によるBmal1遺伝子発現誘導 RPMI8402細胞を2μM 5-aza-2’-dCTP存在下48時間処理後(+)のActinおよびBmal1遺伝子の発現(RT-PCR)を示す。
【図4】5-aza-2’-dCTPによる概日リズム調節 本発明の樹立細胞株(CPT-K stable clone 3)の2μM 5-aza-2’-dCTPと発光基質ルシフェリンを含む培地中での化学発光測定結果を示す。発光は10分毎に1分間測定。 2μM 5-aza-2’-dCTP存在下(Aza-dCTP)、ならびに不存在下(対照)の化学発光量の経時変化を示す。図中、灰色の曲線は実際の測定された値を、黒色の曲線は最小二乗法によりフィッティングしたグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.概日リズムとBmal1遺伝子について
体内時計の調節に係わる主要な因子としては、体内時計の刻みを促進するBmal1遺伝子とClock遺伝子、抑制因子として働くCry遺伝子とPeriod遺伝子の4種類がある。
これら遺伝子群のうちで、Bmal1遺伝子をノックアウトしたマウスでは、行動のリズムが全く見られなくなり、まるで生物リズムが全く破壊された様に振舞う。他の時計遺伝子PeriodやCry等の単一遺伝子ノックアウトマウスでは活動周期に異常が観察されるのみであり、Bmal1遺伝子は単一遺伝子の破壊において行動リズム形成を全く示さなくなる唯一つの遺伝子である。さらにBmal1遺伝子ノックアウトマウスでは時計中枢である視交叉上核(SCN)において時計遺伝子Period1およびPeriod2の発現がほぼ完全に抑えられている。以上のことより、生物時計調節の中心となるのがBmal1遺伝子であると考えられている(非特許文献6)。
Bmal1遺伝子プロモーター領域中のROREは、RORαおよびREV-ERBα認識配列とも呼ばれ、RORαおよびREV-ERBαが結合することで、それぞれBmal1遺伝子プロモーター活性を活性化および抑制することが知られている(非特許文献10)が、最近、本発明者らは、マウスBmal1遺伝子プロモーターの下流領域の「SAF-A結合領域(-27〜+266位)」にSAF-A蛋白が結合して形成する核マトリックス構造によりBmal1遺伝子の転写を制御するという概日リズムの調節機構を解明した(非特許文献11、特許文献6)。
【0014】
2.レポータープラスミドの構築及び当該レポータープラスミドを保持したリンパ系癌細胞由来細胞株の樹立
本発明において用いるレポータープラスミドは、細胞内のBmal1遺伝子の転写制御が正常に働き概日リズムに係わる全ての時計遺伝子の発現が正常に行われたことをモニターするためのものである。本発明実施例では、非特許文献7において、Bmal1遺伝子プロモーターの特定領域に作用する物質の探索に用いられたプラスミドであるpGL3-dLuc(非特許文献7)を利用し、そのルシフェレース遺伝子上流に、ヒトBmal1プロモーター領域の「RORE」を含む-201〜+24の領域を挿入して作製した(図1)。ここで用いたヒトBmal1プロモーターの特定領域は、Bmal1プロモーター活性を示す最小単位であって好ましいが、当該領域を含み概日リズムプロモーター活性を示す領域、例えばSAF-A結合領域を除くヒトBmal1プロモーターの全長を用いてもよい。ヒトBmal1プロモーター領域の-201〜+24領域に代えて、マウスBmal1プロモーター領域の-202〜+27領域もしくはそれを含むマウスBmal1プロモーター領域、又は他の哺乳動物由来の相同の領域を用いてもよい。なお、その際ヒトBmal1プロモーター領域の塩基配列は、公共の塩基配列データベース、例えばGenBankのID: NC_000011.9より、マウスBmal1プロモーター領域の塩基配列は、同ID: NC_000073.5より入手できる。また、レポーター遺伝子としてはルシフェラーゼ遺伝子に代え、GFP遺伝子などの蛍光遺伝子を用いてもよい。
リンパ系癌細胞としては、非特許文献8に記載されるRAJI細胞の他、AKATA細胞を用いることができるが、本実施例では、リンパ系癌細胞として、概日リズムを全く刻まないヒト急性リンパ性白血病細胞(T細胞由来)のRPMI8402株を選択した。本実施例においては、当該RPMI8402株のゲノム遺伝子中のBmal1プロモーター領域は、高密度でメチル化されており(図2)、メチル化DNAからメチル基を脱離させることができる脱メチル化薬剤(例えば、5-aza-2’-dCTP)を作用させた場合には、Bmal1プロモーター活性が回復し、概日リズムを刻むようになることを確認している。
そして、前記レポータープラスミドをRPMI8402株に導入して形質転換RPMI8402細胞を得(非特許文献7の手法に従った)、継代培養を続けて、概日リズムを刻むことなく安定にルシフェラーゼを生産する形質転換RPMI8402細胞株を樹立し、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センターに「CPT-K stable clone 3」の株名で寄託した(受理番号:FERM AP−22006、受理日:2010年8月8月24日)。
なお、リンパ系癌細胞の由来生物種と、レポータープラスミド中のBmal1プロモーター領域の由来生物種は異なってもよいが、同一であることが好ましい。例えばマウス由来のリンパ系癌細胞を用いる場合には、マウスBmal1プロモーター領域の-202〜+27領域をレポーター遺伝子上流に挿入したレポータープラスミドを用いることが好ましい。
【0015】
3.リンパ系癌細胞由来樹立細胞株を用いたレポーターアッセイ法
本発明のリンパ系癌細胞由来樹立細胞株の培養培地中に被検物質を添加し、培養しながらルシフェラーゼの発光強度を経時的にモニターすることにより、当該樹立細胞に内在しているBmal1プロモーター領域のメチル基が外れて、Bmal1プロモーター活性が回復してBmal1遺伝子が発現する。その際に、同時に他の時計遺伝子発現も発現していれば概日リズム発振機構が機能するようになる。すなわち発現したBMAL1タンパクとCLOCKがBMAL1-CLOCK複合体を形成し、PeriodやCryの転写を活性化させる。生成されたPERIODやCRYタンパクが核内移行してBMAL1-CLOCK複合体のPeriodやCry遺伝子に対する転写活性化機能を抑制するためPeriodやCry遺伝子の発現が制御されるという一連の概日リズム形成サイクル(ネガティブフィードバックループ)が機能し始める。当該樹立細胞内で安定してルシフェラーゼを発現しているレポータープラスミド中のヒトBmal1プロモーター中に存在しているRORE配列にはRORαおよびREV-ERBαが結合することにより転写が調節されている。これらRORαおよびREV-ERBα遺伝子も上記のBMAL1,CLOCK,PERIOD,CRYによる概日リズム形成サイクル(ネガティブフィードバックループ)により遺伝子発現が調節されている。すなわち概日リズム形成サイクルが機能することにより、RORαおよびREV-ERBαが概日リズムに関して機能を持つようになり、RORαおよびREV-ERBαにより転写調節されているBmal1プロモーターにより転写されるルシフェラーゼ発光強度も概日リズムを刻み出す。
したがって、当該樹立細胞のルシフェラーゼの発光強度を経時的にモニターすることで、被検物質のBmal1プロモーター領域及び他の時計遺伝子の発現制御DNA領域におけるメチル化による概日リズム抑制機構を解除できる物質がはじめて探索できるようになった。
【0016】
4.スクリーニング方法
DNAメチル化によるリズム障害改善物質のスクリーニング法は、以下の手順で行う。
(1)本発明のリンパ系癌細胞由来樹立細胞株を培養ディッシュに104〜106個、好ましくは105〜106個ずつ播種し、50%血清含有培地で2時間培養して生体リズムをリセットする。
(2)被検物質及び発光基質(例えばルシフェリン)を培地に添加し、37℃で2時間インキュベートする。
(3)室温(25℃)で5日〜10日細胞培養を行いながら、経時的にレポーター蛋白の発光強度又は蛍光強度をモニターする。ルシフェラーゼ発光の場合、典型的には10分毎に1分間測定する。測定値は、最小二乗法によりフィッティング(非特許文献12)することが好ましい。
(4)レポーター蛋白の発光強度の変化が、一定時間経過後に概日リズムを刻むようになった場合に、被検物質がDNAメチル化異常に起因するリズム障害の改善物質であると判定する。
【0017】
5.時計遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化異常に起因する睡眠障害改善剤
Bmal1遺伝子をはじめとする時計遺伝子は、プロモーター領域のDNAメチル化により発現制御されているが、リンパ球系の腫瘍細胞では、Bmal1遺伝子プロモーター領域が異常にDNAメチル化されており、DNAメチル化度と腫瘍の悪性度とは相関関係が指摘されている(非特許文献8)。このような異常なDNAメチル化が白血病患者などの概日リズム障害による睡眠障害を引き起こしていると考えられるから、本発明のレポーターアッセイ系によりスクリーニングされた時計遺伝子のDNAメチル化解除作用のある被検物質は、異常なDNAメチル化に起因する睡眠障害の予防、又は治療用の医薬組成物に用いることができる。
そのような睡眠障害を引き起こす対象の動物は、典型的にはヒトであるが、ヒト等の霊長類、イヌ、ネコなどの愛玩動物、ウシ、ウマなどの家畜動物、マウス、ラットなどの実験動物を含む哺乳類も含まれる。
【実施例】
【0018】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は特にこれら実施例に限定されるものではない。
なお、本発明で使用されている技術的用語は、別途定義されていない限り、当業者により普通に理解されている意味を持つ。本発明の実施例で用いた遺伝子組換え技術、PCR法、その他の手法などの具体的な手順や条件は、特に断らない限り、Sambrook and Russell,Molecular Cloning:A Laboratory Manual,3rd Edition.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Plainview,NY(2001)、Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,New York(1989); D.M.Glover et al.ed.,"DNA Cloning",2nd ed.,Vol.1 to 4,(The Practical Approach Series),IRL Press,Oxford University Press(1995); Ausubel,F.M.et al.,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,New York,N.Y,1995; 日本生化学会編、「続生化学実験講座1、遺伝子研究法II」、東京化学同人(1986);日本生化学会編、「新生化学実験講座2、核酸 III(組換えDNA技術)」、東京化学同人(1992); R.Wu ed.,"Methods in Enzymology",Vol.68(Recombinant DNA),Academic Press,New York(1980); R.Wu et al.ed.,"Methods in Enzymology",Vol.100(Recombinant DNA,PartB) & 101(Recombinant DNA,Part C),Academic Press,New York(1983); R.Wu et al.ed.,"Methods in Enzymology",Vol.153(Recombinant DNA,Part D),154(Recombinant DNA,Part E) & 155(Recombinant DNA,Part F),Academic Press,New York(1987)などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法またはそれらと実質的に同様な方法により行うことができる。
また、本発明で引用した先行文献又は特許出願明細書の記載内容は、本明細書の記載として組み入れるものとする。
【0019】
(実施例1)Bmal1プロモーターにより転写されるルシフェレース遺伝子を安定的に保持しているヒト白血病細胞RPMI8402株の樹立
(1−1)レポータープラスミドの構築
細胞内の概日リズム転写をモニターするために、ヒトBmal1遺伝子のリズミックな発現に必要最小限のプロモーター領域として、「RORE」を含む-201〜+24の領域(非特許文献9)を、プラスミドpGL3-dLuc(非特許文献7)のルシフェレース遺伝子上流に挿入してBmal1レポータープラスミドを作製した(図1)。
【0020】
(1−2)ヒト白血病細胞RPMI8402におけるBmal1プロモーター領域のメチル化の確認
ヒト白血病細胞RPMI8402より遺伝子DNAを抽出し、BisulfiteシーケンスによりBmal1プロモーター領域のメチル化状態を解析した。独立した4クローンのシーケンス結果を図2に示す。図中、縦線はメチル化されうるCpGヌクレオチド、黒丸はメチル化シトシン、そして白丸は非メチル化シトシンを表す。
この図2から、ヒト白血病細胞RPMI8402においては、Bmal1遺伝子プロモーター領域がDNAメチル化されていることが示唆される。
(1−3)Bmal1プロモーターにより転写されるルシフェレース遺伝子を安定的に保持している樹立細胞株
前記(1−1)で作製したBmal1レポータープラスミドと共に、抗生物質(Zeocin)耐性マーカー遺伝子を持つpTracer-CMV(Invitrogen社製)をヒト白血病細胞RPMI8402に導入して(非特許文献7に記載の手法による。)組換えRPMI8402細胞を取得し、さらに限界希釈法によるクローニングを2回繰り返し、Bmal1プロモーターにより転写調節されるルシフェレース遺伝子を安定的に保持する細胞株を樹立した。当該樹立細胞株は、独立行政法人 産業技術総合研究所特許生物寄託センターに「CPT-K stable clone 3」の株名で寄託した(受領番号:FERM AP−22006、受領日:2010年8月24日)。
本樹立細胞株においては、ルシフェレース活性をモニターすることにより、RPMI8402細胞の内在Bmal1遺伝子の転写を介した生物リズムを簡便かつ的確に知ることが可能となった。
【0021】
(実施例2)DNAの脱メチル化によるBmal1遺伝子発現誘導
RPMI8402株を用い、Bmal1プロモーター領域DNAを脱メチル化処理するために、2μM 5-aza-2’-dCTP存在下48時間インキュベートした。当該細胞株と共に、処理を施さない樹立細胞株(対照)を用いて、両者のBmal1遺伝子の発現をRT-PCRにより観察した。コントロールとしてはActin遺伝子を用いた(図3)。図3の結果より、RPMI8402細胞のBmal1遺伝子プロモーター領域がDNAメチル化されていることにより転写抑制されており、5-aza-2’-dCTP処理により、RPMI8402細胞内在性のBmal1プロモーター領域のメチル化がはずれ、Bmal1遺伝子の発現が誘導されたと考えられる。さらに本発明の樹立細胞株を用いて実施例(1−2)ならびに実施例2について検討したところ、親株のRPMI8402細胞と同様の結果が得られたことより、本発明の樹立細胞株も親株同様のメカニズムにより、5-aza-2’-dCTP処理により、RPMI8402細胞内在性のBmal1プロモーター領域のメチル化がはずれ、Bmal1遺伝子の発現が誘導されたと考えられる。
【0022】
(実施例3)2μM 5-aza-2’-dCTPによる概日リズム調節
前記実施例1において樹立された樹立細胞株を、約5×105個、35mm培養ディッシュに播種した後、50%血清含有培地で2時間培養により生体リズムをリセットする。その後、2μM 5-aza-2’-dCTPと、発光基質ルシフェリンを含む培地で細胞培養を行い、リアルタイムでレポーター遺伝子による化学発光を測定した。発光は10分毎に1分間測定した。図4として、2μM 5-aza-2’-dCTP存在下(Aza-dCTP)、ならびに対照(対照)の化学発光量の経時変化を示す。実際の測定された値(灰)ならびに最小二乗法によりフィッティングしたグラフ(黒)(非特許文献12)をそれぞれ示す。
図4の結果から見て、5-aza-2’-dCTP処理により、RPMI8402細胞株の内在性のBmal1プロモーター領域のメチル化がはずれたことでBmal1遺伝子の発現が誘導され、RPMI8402細胞株においても概日リズムが正常に戻ったことが観察された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bmal1プロモーター下流にレポーター遺伝子を有するレポータープラスミドを用いて形質転換されたリンパ系癌細胞株であって、Bmal1プロモーターにより転写されるレポーター遺伝子を安定的に保持している樹立細胞株。
【請求項2】
リンパ系癌細胞株がヒト白血病細胞RPMI8402であって、レポータープラスミドとしてヒトBmal1プロモーターの「RORE」を含む-201〜+24の領域にルシフェラーゼ遺伝子が繋がれたレポータープラスミドを用いる、請求項1に記載の樹立細胞株。
【請求項3】
時計遺伝子のDNAメチル化に起因する概日リズム障害改善剤をスクリーニングする方法であって、請求項1又は2に記載の樹立細胞株を含む培地に被検物質を添加する工程、及びレポーター蛋白の発光又は蛍光強度を経時的に測定し概日リズムを刻むか否かを判定する工程を含む方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−60894(P2012−60894A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205366(P2010−205366)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】