説明

時計部品、及び当該時計部品を備えた時計

【課題】摩擦摺動部、及び切替部の耐磨耗性、及び潤滑性を飛躍的に向上させ、無注油で時計の長期間の使用が可能となる時計部品の提供。
【解決手段】電子制御式機械時計の三番車7は、上下のホゾ部分が輪列受および地板2に組み込まれた受石50で受けられている。三番車7は、三番カナ71と、三番車7の下部位置に設けられる下ホゾ72とを備える。受石50は、中央にホゾ穴51が形成されたルビー等により構成されている。三番カナ71、及び下ホゾ72の表面は、複合メッキ73により皮膜されている。複合メッキ73は、電気メッキ処理により皮膜されたニッケルメッキ74と、ニッケルメッキ74上にポリアクリル酸等の分散剤を用いて無配向に形成されたカーボンナノチューブ層75とを備える。したがって、三番カナ71、及び下ホゾ72と、ホゾ穴51とは、カーボンナノチューブ層75を介して摺動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計部品、及び当該時計部品を備えた時計に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、通常の電気メッキ浴、あるいは化学メッキ浴に不溶性の微粒子を混入して金属と共に共析させることにより、金属メッキに微粒子を混入させた複合メッキが知られている。複合メッキでは、金属メッキ、及び微粒子を選択することにより、硬度、耐摩耗性、潤滑性などに優れたメッキを皮膜することができる(例えば、特許文献1参照)。
特許文献1に記載の複合メッキでは、硫酸ニッケルと塩化ニッケルを主成分とするワット浴に、光沢剤、ポリアクリル酸、及びカーボンナノチューブを混合することで複合メッキ液を調整して電気メッキ処理を施すことにより、金属メッキとしてのニッケルメッキに、微粒子としてのカーボンナノチューブを混入させ、高硬度、かつ表面が平滑な複合メッキを皮膜することができる。
【0003】
ところで、従来、電池やゼンマイなどのエネルギーを利用して指針を運針させる時計が知られている。このような時計には、他の時計部品と接触して摺動する摩擦摺動部、または時計の動作に応じて他の時計部品との接触状態を切り替える切替部を有する時計部品が利用されている。
ここで、摩擦摺動部、及び切替部には、他の時計部品と点接触するため磨耗しやすいので、耐磨耗性、及び潤滑性を付与するべく時計専用の油を注油している。
【0004】
図7は、無電解ニッケルメッキの注油有り、無しにおけるメッキとアルミナ球との磨耗試験結果である。
本試験は、ボールオンプレート往復揺動式摩擦摩耗試験機にて測定を行ったものである。本試験における試料としては、メッキ下地板(高炭素鋼材、硬さ:Hv=700、表面粗さ:Ra=5nm)に、無電解メッキ処理によりメッキ厚を20μmとしてニッケルメッキを皮膜したものを用いている。また、対磨耗物としては、アルミナ(Al2O3)球(硬さ:Hv=1500)を用いている。
【0005】
本試験における試験条件としては、荷重:200g(30kg/mm2)、ストローク:2Hz(0.5秒/回)、ストローク長さ:10mm、トータル時間:1400秒として行った。なお、この条件にて行った試験は、時計部品における三番カナの下ホゾと受石との摺動に換算すれば、2ヶ月間の耐久試験に相当する。
図7は、前述した試験条件の下、縦軸に摩擦係数、横軸にストローク回数をとり、試料と、対磨耗物との接触面に注油を行った場合における試験結果をグラフE、試料と、対磨耗物との接触面に注油を行わなかった場合における試験結果をグラフFとして示した図である。
【0006】
接触面に注油を行った場合には、グラフEに示すように、摩擦係数は、ストローク回数が増加しても0.1付近で安定している。
一方、接触面に注油を行わなかった場合には、グラフFに示すように、ストローク回数が0〜300回付近において、摩擦係数が0.6付近まで急激に上昇する。そして、これ以降は、ストローク回数が増加するとともに、摩擦係数が0.6付近まで徐々に上昇している。
ストローク回数が0〜200回付近において、摩擦係数が0.6付近まで急激に上昇しているのは、他の時計部品との接触により一時的に大きな力がかかり、接触面のメッキが削れて粗くなっているためであると考えられる。そして、これ以降は、ストローク回数が増加するとともに、接触面のメッキが削れることにより発生した削りかすが接触面に付着して摩擦係数が上昇していると考えられる。
【0007】
【特許文献1】特開2006−28636号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、時計部品に時計専用の油を注油した場合であっても、長期間の使用や低温環境下においては、油の劣化が進み摩擦抵抗が大きくなり、ひいては、消費エネルギーが増大して時計が停止してしまうなどの問題がある。
また、摩擦摺動部、及び切替部は、前述したように、他の時計部品との点接触により一時的に大きな力がかかるので、接触面が削れて粗くなったり、接触面が削れることにより発生した削りかすが接触面に付着したりすることによっても、摩擦抵抗が大きくなる場合がある。
【0009】
このため、摩擦摺動部、及び切替部に、無電解ニッケルメッキに熱処理を施した高硬度メッキや、無電解ニッケルメッキにテフロン(登録商標)を含有させた潤滑メッキなどが皮膜されているが、このようなメッキを皮膜した場合であっても、長期間の使用においては前述したように摩擦抵抗が大きくなってしまうため、定期的な分解洗浄と注油が不可欠であるという問題がある。
【0010】
本発明の目的は、摩擦摺動部、及び切替部の耐磨耗性、及び潤滑性を飛躍的に向上させ、無注油で時計の長期間の使用が可能となる時計部品、及び当該時計部品を備えた時計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、時計部品の摩擦摺動部、または切替部に、金属メッキにカーボンナノチューブを複合させた複合メッキを皮膜することにより、摩擦係数を低減させて耐磨耗性、及び潤滑性を飛躍的に向上させることができることを突き止め、定期的な分解洗浄と注油を行わなくとも時計の長期間の使用を可能とする本発明を創作したものである。
【0012】
具体的には、本発明の時計部品は、他の時計部品と接触して摺動する摩擦摺動部、または時計の動作に応じて他の時計部品との接触状態を切り替える切替部を有する時計部品であって、前記摩擦摺動部、または前記切替部の接触面には、金属メッキにカーボンナノチューブを混入した複合メッキが皮膜されることを特徴とする。
【0013】
このような構成によれば、時計部品の摩擦摺動部、または切替部の接触面には、金属メッキにカーボンナノチューブを混入した複合メッキが皮膜されるので、摩擦摺動部、または切替部の接触面における摩擦係数を低減させて耐磨耗性、及び潤滑性を飛躍的に向上させることができ、定期的な分解洗浄と注油を行わなくとも時計の長期間の使用を可能とすることができる。
【0014】
本発明では、前記金属メッキは、ニッケルメッキであることが好ましい。
このような構成によれば、ニッケルは、電気メッキ処理に好適な金属であるので、電気メッキ処理により容易に時計部品に複合メッキを皮膜することができる。また、ニッケル金属で皮膜することにより、時計部品の金属を防錆することができる。
【0015】
本発明では、前記ニッケルメッキは、電気メッキ処理により皮膜されることが好ましい。
このような構成によれば、電気メッキ処理により、摩擦摺動部、または切替部の接触面
における細かい凹凸を覆うように皮膜しているので、摩擦係数を低減させて耐磨耗性、及び潤滑性を向上させることができる。
【0016】
本発明では、前記ニッケルメッキは、膜厚が2μm以上、20μm以下であることが好ましい。
すなわち、ニッケルメッキの膜厚が2μmより薄い場合には、ニッケルメッキにカーボンナノチューブを十分に混入することができないので、時計部品に複合メッキを皮膜することができない。一方、ニッケルメッキの膜厚が20μmより厚い場合には、ニッケルメッキの膜厚のばらつきが大きくなり、時計部品として必要な寸法精度を維持することができない。したがって、ニッケルメッキは、膜厚が2μm以上、20μm以下であることが好適である。
【0017】
本発明では、前記カーボンナノチューブは、長さが10μm以上、20μm以下であることが好ましい。
金属メッキ皮膜の表面近傍のカーボンナノチューブは、その一部分が金属メッキ皮膜中に埋め込まれ、残りが金属メッキ被膜の表面に露出してカーボンナノチューブ層が形成された状態になっている。そして、複合メッキは、このカーボンナノチューブ層が形成されることにより、摩擦摺動部、または切替部の接触面における耐磨耗性、及び潤滑性を向上させている。
【0018】
このため、カーボンナノチューブの長さが10μmより短い場合には、カーボンナノチューブ層を十分に形成することができないので、摩擦摺動部、または切替部の接触面における耐磨耗性、及び潤滑性を十分に向上させることができない。また、カーボンナノチューブの長さが20μmより長い場合には、摩擦摺動部、または切替部の接触面における耐磨耗性、及び潤滑性を向上させることは可能であるが、カーボンナノチューブの長さに応じただけの耐磨耗性、及び潤滑性を付与することができないので、ニッケルメッキにカーボンナノチューブを無駄に混入することとなる。したがって、カーボンナノチューブは、長さが10μm以上、20μm以下であることが好適である。
【0019】
本発明では、前記複合メッキは、分散剤を用いて皮膜され、前記カーボンナノチューブは、前記金属メッキに無配向に混入されることが好ましい。
ここで、分散剤とは、通常の電気メッキ浴、あるいは化学メッキ浴に不溶性の微粒子を混入して複合メッキを皮膜する際、メッキ浴中の微粒子を分散させるものであり、例えば、ポリアクリル酸などを採用することができる。
したがって、このような構成によれば、分散剤を用いることにより金属メッキ被膜の表面に露出して無配向のカーボンナノチューブ層が形成されるので、摩擦摺動部、または切替部の接触面は、いずれの方向においても均一な摩擦係数を有することができる。
【0020】
本発明では、前記カーボンナノチューブは、前記金属メッキに対する含有量が0.05wt%以上、1wt%以下であることが好ましい。
すなわち、カーボンナノチューブの金属メッキに対する含有量が0.05wt%より少ない場合には、摩擦摺動部、または切替部の接触面における耐磨耗性、及び潤滑性を向上させることは可能であるが、定期的な分解洗浄と注油を行わなくとも時計の長期間の使用を可能とするまでに摩擦係数を低減させることはできない。また、カーボンナノチューブの金属メッキに対する含有量が1wt%より多い場合には、分散剤の含有も増え、メッキ密着不良、メッキ付き不良、メッキ割れとなる。さらに、摩擦係数の低減が飽和するので、ニッケルメッキにカーボンナノチューブを無駄に混入することとなる。したがって、カーボンナノチューブは、金属メッキに対する含有量が0.05wt%以上、1wt%以下であることが好適である。
【0021】
本発明では、前記摩擦摺動部は、時計用輪列部品のカナ、及びホゾであることが好ましい。
このような構成によれば、時計用輪列部品のカナ、及びホゾは、他の時計部品と回転摺動して時計の指針を運針させる部品であり、時計の通常使用時には一方向に回転摺動しているので、時計部品の中でも特に磨耗しやすい部品であるので本発明が好適である。
【0022】
本発明では、前記切替部は、針合わせ機構を構成するオシドリ、及びカンヌキであることが好ましい。
このような構成によれば、針合わせ機構を構成するオシドリ、及びカンヌキは、時計の使用者が時刻合わせを行うときに接触状態を切り替える部品であり、時計部品の中でも特に磨耗しやすい部品であるので本発明が好適である。
【0023】
本発明の時計は、前述した時計部品を備えることを特徴とする。
このような構成によれば、前述した時計部品と同様の作用および効果を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
[電子制御式機械時計の全体構成]
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態に係る電子制御式機械時計の概略を示す平面図、図2〜図3は、その要部の断面図である。
図1〜図3において、電子制御式機械時計は、ゼンマイ1a、香箱歯車1b、香箱真1cおよび香箱蓋1dからなる香箱車1を備えている。ゼンマイ1aは、外端が香箱歯車1b、内端が香箱真1cに固定されている。香箱真1cは、地板2に支持され、角穴車4と一体で回転するようになっている。
【0025】
角穴車4は、時計方向には回転するが反時計方向には回転しないように、こはぜ3と噛み合っている。この角穴車4は、図示しない竜頭に接続された巻真31を操作することにより、キチ車32、丸穴車33、角穴中間車34を介して回転され、香箱真1cを回転してゼンマイ1aを巻き上げるように構成されている。従って、巻真31、キチ車32、丸穴車33、角穴中間車34、角穴車4によってゼンマイ1aにエネルギーを蓄積する巻上げ部30が構成されている。
【0026】
香箱歯車1bの回転は、図3にも示すように、二番車6へ伝達された後、増速されて三番車7へ、三番車7から秒針車8および四番車9へ、さらに四番車9から順次増速されて五番車10、六番車11、ロータ12へと伝達される。そして、二番車6には筒カナ6aを介して図示しない分針が固定され、秒針車8には秒針が固定されている。また、筒カナ6aには日の裏車38を介して筒車6bが接続され、この筒車6bに時針が固定されている。
なお、詳しくは後述するが、各車6〜11およびロータ12は、輪列受14や二番受15と地板2とで支持されている。また、各車6〜11によって、ゼンマイ1aの機械エネルギーを指針(時針、分針、秒針)に伝達する輪列13が構成されている。
【0027】
この電子制御式機械時計は、図1に示すように、ロータ12およびコイルブロック21,22から構成される発電機20を備えている。ロータ12は、ロータ磁石12a、ロータカナ12b、ロータ慣性円板12cを備えている。このうち、ロータ慣性円板12cは、香箱車1からの駆動トルク変動に対しロータ12の回転数変動を少なくするためのものである。
コイルブロック21,22は、各コア23にコイル24をそれぞれ巻線して構成されたものである。各コア23は、ロータ12に隣接して配置されるコアステータ部23aと、コイル24が巻回されるコア巻線部23bと、互いに連結されるコア磁気導通部23cとが一体に形成されて構成されている。
【0028】
以上の電子制御式機械時計では、発電機20からの交流出力は、昇圧整流、全波整流、半波整流、トランジスタ整流等からなる整流回路を通して昇圧、整流されて平滑用コンデンサに充電され、このコンデンサからの電力で発電機20の回転を制御する図示しない回転制御回路を作動させている。なお、回転制御回路としては、発振回路、分周回路、回転検出回路、回転数比較回路、電磁ブレーキ制御手段等を含む集積回路(IC)によって構成され、発振回路には水晶振動子が用いられる。
【0029】
また、分針および時針を合わせる針合わせ操作は、竜頭(図示省略)を引き出して巻真31を軸方向に移動し、オシドリ40、クリックバネ41、カンヌキ42の作用によってつづみ車35を小鉄車36側に移動して噛み合わせ、この小鉄車36から日の裏中間車37、日の裏車38を介して筒カナ6aおよび筒車6bを回転させることで行われる。従って、竜頭、巻真31、つづみ車35、小鉄車36、日の裏中間車37、日の裏車38、オシドリ40、クリックバネ41、カンヌキ42により、針合わせ機構44が構成されている。
【0030】
[輪列13の支持構造]
各車6〜11は、図3に示すように、輪列受14と、地板2との間に回転自在に支持されている。具体的には、各車6〜11の上下のホゾ部分が輪列受14、及び地板2に組み込まれた各受石で受けられている。
例えば、図4は、三番車7が受石50にて支持される部分の拡大図である。
三番車7は、図4に示すように、秒針車8(図3)の歯車と当接する三番カナ71と、三番車7の下部位置に設けられる下ホゾ72とを備える。三番カナ71は、炭素鋼が使用され、硬度は、Hv600から800程度で熱処理される。下ホゾ72は、熱処理された後、表面粗さRa=5nm程度の鏡面に仕上げられる。
受石50は、三番車7を回転自在に支持するものであり、中央にホゾ穴51が形成されたルビー等により構成されている。
【0031】
本実施形態では、摺動摩擦部を有する時計部品として前述した三番車7の支持構造を例示して説明する。
図5は、摩擦摺動部としての三番カナ71、及び下ホゾ72と、ホゾ穴51との接触状態を示す模式図である。
三番カナ71、及び下ホゾ72の表面、すなわち、ホゾ穴51との接触面は、図4、及び図5に示すように、複合メッキ73により皮膜されている。この複合メッキ73は、電気メッキ処理により皮膜されたニッケルメッキ74と、ポリアクリル酸等の分散剤を用いてニッケルメッキ74の表面に露出して無配向に形成されたカーボンナノチューブ層75とを備える。
したがって、三番カナ71、及び下ホゾ72と、ホゾ穴51とは、図5に示すように、カーボンナノチューブ層75を介して摺動する。
【0032】
ここで、ニッケルメッキ74は、膜厚が2μm以上、20μm以下となるように皮膜される。
また、カーボンナノチューブ層75は、長さが10μm以上、20μm以下であるカーボンナノチューブ75Aから形成される。また、カーボンナノチューブ75Aは、ニッケルメッキ74に対する含有量が0.5wt%である。
なお、このような複合メッキ73は、特開2006−28636号公報に記載されている方法等で皮膜することができる。
【0033】
また、切替部を有する時計部品としては、前述した針合わせ機構44(図1)におけるオシドリ40、及びカンヌキ42が例示できる。
具体的には、図1に示すように、オシドリ40のカンヌキ42との接触面40Aは、前述した複合メッキ73により皮膜されている。
【0034】
図6は、カーボンナノチューブの含有量水準を振った、電気ニッケルカーボンナノチューブ複合メッキとアルミナ球との磨耗試験結果である。
本試験は、ボールオンプレート往復揺動式摩擦摩耗試験機にて測定を行ったものである。本試験における試料としては、メッキ下地板(高炭素鋼材、硬さ:Hv=700、表面粗さ:Ra=5nm)に、電気メッキ処理により、メッキ厚を20μmとしてカーボンナノチューブを混入した複合メッキを皮膜したものを用いている。この複合メッキに混入するカーボンナノチューブの長さは、10μm以上、20μm以下としている。また、対磨耗物としては、アルミナ(Al2O3)球(直径:4.762mm、表面粗さ:Ra=5nm、硬さ:Hv=1500)を用いている。
【0035】
本試験における試験条件としては、荷重:200g(30kg/mm2)、ストローク:2Hz(0.5秒/回)、ストローク長さ:10mm、トータル時間:1400秒として行った。なお、この条件にて行った試験は、時計部品における三番カナ71の下ホゾ72と受石50との摺動に換算すれば、2ヶ月間の耐久試験に相当する。
図6は、前述した試験条件の下、縦軸に摩擦係数、横軸にストローク回数をとり、カーボンナノチューブ75Aのニッケルメッキ74に対する含有量を0wt%、0.05wt%、0.1wt%、及び0.5wt%とした場合を、それぞれグラフA、グラフB、グラフC、及びグラフDとして示した図である。なお、全ての場合において、接触面に注油は行われていない。
【0036】
本実施形態では、金属板を研磨し、電気メッキ処理によりニッケルメッキを皮膜しているため、カーボンナノチューブ75Aの含有量を0wt%、すなわち、複合メッキではなく、通常のニッケルメッキを皮膜した場合のグラフAは、前述した無電解メッキ処理によりニッケルメッキを皮膜した場合のグラフF(図7)と比較して低い摩擦係数となっている。しかしながら、ストローク回数が0〜500回付近においては、摩擦係数が0.5付近に急激に上昇する部分が存在している。
【0037】
これに対して、カーボンナノチューブ75Aの含有量を0.05wt%、0.1wt%、及び0.5wt%とした場合には、グラフB、グラフC、及びグラフDに示すように、摩擦係数が急激に上昇する部分が存在していない。さらに、カーボンナノチューブ75Aの含有量を増加させるごとに摩擦係数が減少し、カーボンナノチューブ75Aの含有量が0.5wt%に達すると、前述した無電解メッキ処理によりニッケルメッキを皮膜し、接触面に注油を行った場合のグラフE(図7)と略同じ摩擦係数である0.1付近で安定している。
【0038】
なお、カーボンナノチューブ75Aの側面における摩擦係数は、ほぼ0.1であるので、これ以上にカーボンナノチューブ75Aの含有量を増加させた場合であっても摩擦係数が大きく減少することはなく、例えば、カーボンナノチューブ75Aの含有量を1wt%としてもカーボンナノチューブ75Aの含有量を0.5wt%とした場合と同程度の摩擦係数である。したがって、ニッケルメッキ74にカーボンナノチューブ75Aを無駄に混入することがないように、カーボンナノチューブ75Aの含有量は、1wt%以下とすることが好ましい。
【0039】
[実施形態の効果]
本実施形態に係る電子制御式機械時計によれば、次のような効果がある。
(1)三番カナ71、及び下ホゾ72の接触面には、複合メッキ73が皮膜されるので、摩擦係数を低減させて耐磨耗性、及び潤滑性を飛躍的に向上させることができ、定期的な分解洗浄と注油を行わなくとも電子制御式機械時計の長期間の使用を可能とすることができる。これは、複数のカーボンナノチューブ75Aの側面がホゾ穴51内の周面と多点接触しながら滑りあう構成となり、三番カナ71及び下ホゾ72におけるニッケルメッキ74の表面がホゾ穴51内の周面と直接こすれあうことがなくなったためである。そして、カーボンナノチューブ75Aの側面が多点接触しながら滑りあう状態は、カーボンナノチューブの先端が摺動方向になびきながら弾性変形していくことによって生じるものである。また、カーボンナノチューブは、金属よりも機械的な強度が大きいので、圧潰されにくい。よって、電子制御式機械時計の長期間の使用を可能とすることができる。
(2)複合メッキ73は、金属メッキとしてニッケルメッキ74を選択しているので、電気メッキ処理により容易に時計部品に複合メッキ73を皮膜することができる。また、ニッケル金属で皮膜することにより、時計部品の金属を防錆することができる。
(3)ニッケルメッキ74は、電気メッキ処理により皮膜されているので、大量の時計部品に複合メッキを皮膜することができる。また、電気メッキ処理により、三番カナ71、及び下ホゾ72の接触面における細かい凹凸を覆うように皮膜しているので、摩擦係数を低減させて耐磨耗性、及び潤滑性を向上させることができる。
【0040】
(4)ニッケルメッキ74は、膜厚が2μm以上、20μm以下であるので、ニッケルメッキ74にカーボンナノチューブ75Aを十分に混入することができ、時計部品として必要な寸法精度を維持することができる。
(5)カーボンナノチューブ75Aは、長さが10μm以上、20μm以下であるので、カーボンナノチューブ層75を十分に形成することができ、ニッケルメッキ74にカーボンナノチューブ75Aを無駄に混入することもない。
(6)分散剤を用いることによりニッケルメッキ74の表面に露出して無配向のカーボンナノチューブ層75が形成されるので、三番カナ71、及び下ホゾ72の接触面は、いずれの方向においても均一な摩擦係数を有することができる。
【0041】
(7)カーボンナノチューブ75Aは、ニッケルメッキ74に対する含有量が0.5wt%であるので、定期的な分解洗浄と注油を行わなくとも電子制御式機械時計の長期間の使用を可能とするまでに摩擦係数を低減させることができ、ニッケルメッキ74にカーボンナノチューブ75Aを無駄に混入することもない。
(8)電子制御式機械時計は、複合メッキ73が接触面に皮膜された三番カナ71、及び下ホゾ72を備えるので、定期的な分解洗浄と注油を行わなくとも電子制御式機械時計の長期間の使用を可能とすることができる。
【0042】
[実施形態の変形]
なお、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、前記実施形態では、摺動摩擦部を有する時計部品として三番車7の支持構造を例示し、三番カナ71、及び下ホゾ72の接触面に複合メッキ73を皮膜していたが、他の車の支持構造であってもよく、要するに、摩擦摺動部を有する時計部品に複合メッキを皮膜すればよい。
さらに、前記実施形態では、切替部を有する時計部品として、針合わせ機構44におけるオシドリ40、及びカンヌキ42を例示し、オシドリ40のカンヌキ42との接触面40Aに複合メッキ73を皮膜していたが、他の針合わせ機構における時計部品であってもよく、要するに、切替部を有する時計部品に複合メッキを皮膜すればよい。
【0043】
また、前記実施形態では、金属メッキは、ニッケルメッキ74を選択していたが、他の金属メッキを選択してもよく、さらには、合金メッキなどを選択してもよい。
また、前記実施形態では、複合メッキ73は、電気メッキ処理により摩擦摺動部の接触
面に皮膜していたが、無電解メッキ処理により皮膜してもよい。
また、前記実施形態では、ニッケルメッキ74は、膜厚が2μm以上、20μm以下であったが、これ以外の膜厚であってもよく、要するに、摩擦摺動部、または切替部の接触面に複合メッキを皮膜することができればよい。さらに、寸法精度を向上させるために厚く皮膜してから研磨してもよい。
【0044】
また、前記実施形態では、カーボンナノチューブ75Aは、長さが10μm以上、20μm以下であったが、これ以外の長さであってもよく、要するに、摩擦摺動部、または切替部の接触面に複合メッキを皮膜することができればよい。
また、前記実施形態では、カーボンナノチューブ層75は、分散剤を用いることによりニッケルメッキ74の表面に露出して無配向に形成されていたが、配向があるように形成されていてもよく、要するに、カーボンナノチューブ層が形成されていればよい。
【0045】
また、前記実施形態では、カーボンナノチューブ75Aは、ニッケルメッキ74に対する含有量が0.5wt%であったが、これ以外の含有量であってもよく、要するに、摩擦摺動部、または切替部の接触面に複合メッキを皮膜することができればよい。
また、前記実施形態では、三番カナ71、及び下ホゾ72の接触面に複合メッキ73を皮膜したが、ホゾ穴51の接触面に複合メッキ73を皮膜してもよい。さらに、三番カナ71、及び下ホゾ72の接触面と、ホゾ穴51の接触面との両方に複合メッキ73を皮膜してもよく、この場合には、一方の時計部品の接触面に複合メッキを皮膜した場合と比較して、摩擦摺動部、及び切替部の耐磨耗性、及び潤滑性を、さらに飛躍的に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本実施形態に係る電子制御式機械時計の概略を示す平面図である。
【図2】図1の要部を示す断面図である。
【図3】図1の要部を示す断面図である。
【図4】三番車が受石にて支持される部分の拡大図である。
【図5】摩擦摺動部を有する三番カナ、及び下ホゾと、ホゾ穴との接触状態を示す模式図である。
【図6】カーボンナノチューブの含有量水準を振った、電気ニッケルカーボンナノチューブ複合メッキとアルミナ球との磨耗試験結果である。
【図7】無電解ニッケルメッキの注油有り、無しにおける、メッキとアルミナ球との磨耗試験結果である。
【符号の説明】
【0047】
7…三番車、40…オシドリ、42…カンヌキ、44…針合わせ機構、50…受石、51…ホゾ穴、71…三番カナ、72…下ホゾ、73…複合メッキ、74…ニッケルメッキ、75…カーボンナノチューブ層、75A…カーボンナノチューブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
他の時計部品と接触して摺動する摩擦摺動部、または時計の動作に応じて他の時計部品との接触状態を切り替える切替部を有する時計部品であって、
前記摩擦摺動部、または前記切替部の接触面には、金属メッキにカーボンナノチューブを混入した複合メッキが皮膜されることを特徴とする時計部品。
【請求項2】
請求項1に記載の時計部品において、
前記金属メッキは、ニッケルメッキであることを特徴とする時計部品。
【請求項3】
請求項2に記載の時計部品において、
前記ニッケルメッキは、電気メッキ処理により皮膜されることを特徴とする時計部品。
【請求項4】
請求項3に記載の時計部品において、
前記ニッケルメッキは、膜厚が2μm以上、20μm以下であることを特徴とする時計部品。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の時計部品において、
前記カーボンナノチューブは、長さが10μm以上、20μm以下であることを特徴とする時計部品。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の時計部品において、
前記複合メッキは、分散剤を用いて皮膜され、
前記カーボンナノチューブは、前記金属メッキに無配向に混入されることを特徴とする時計部品。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれかに記載の時計部品において、
前記カーボンナノチューブは、前記金属メッキに対する含有量が0.05wt%以上、1wt%以下であることを特徴とする時計部品。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれかに記載の時計部品において、
前記摩擦摺動部は、時計用輪列部品のカナ、及びホゾであることを特徴とする時計部品。
【請求項9】
請求項1から請求項8のいずれかに記載の時計部品において、
前記切替部は、針合わせ機構を構成するオシドリ、及びカンヌキであることを特徴とする時計部品。
【請求項10】
請求項1から請求項9のいずれかに記載の時計部品を備えることを特徴とする時計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−157912(P2008−157912A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−186784(P2007−186784)
【出願日】平成19年7月18日(2007.7.18)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】