説明

有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極用分散液、および有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法

【課題】 湿式塗工法により、工程の短縮とランニングコストの大幅な改善を行い、さらに、高導電性で、仕事関数が高い陽極を製造することができる有機EL素子の陽極用分散液、およびこの分散液で製造される陽極を提供することを目的とする。
【解決手段】 有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極を形成するための分散液であって、酸化インジウム錫粉末と、カーボンナノファイバーとを含むことを特徴とする、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極用分散液である。また、基材20、陰極10、発光層30、および陽極40をこの順に備える有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法であって、基材の極上に形成された発光層上に、上記有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機EL素子という)の陽極用分散液、および有機EL素子の陽極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機EL素子は、発光効率や耐久性の向上などに伴い、様々な分野に利用され始めており、特に、照明器具やディスプレイの用途への応用展開が急速に進んでいる。
【0003】
図1に、有機EL素子の断面構造の一例を示す。図1は、トップエミッション型の例である。図1のように、有機EL素子1は、基材20上に、有機分子からなる発光層40を、一対の陰極30と陽極10の間にサンドイッチした多層構造で構成され、通常、陽極10は封止剤50で封止される。有機EL素子1は、陰極30と陽極10に電界を印加することにより、発光層40に、陰極30から電子を、陽極10から正孔を注入して、発光層40で電子と正孔の再結合を起こさせ、この再結合エネルギーによって基底状態の有機分子を励起状態にする。この励起有機分子が再び基底状態に戻る際のエネルギーが光として放出される。
【0004】
従来、陽極には、透明性と導電性の観点からインジウムドープ錫(ITO)が用いられている。このITOを用いた陽極の透明性、正孔注入性、劣化防護性を改善するために、カーボンナノチューブを含むバッファ層を、陽極と発光層の間に配置する方法が検討されている(特許文献1)。
【0005】
しかしながら、カーボンナノチューブを含むバッファ層を、陽極と発光層の間に配置する方法では、陽極を作製するために、真空成膜法の1種であるRFプラズマスパッタを使用する(特許文献1の第0022段落)。この真空成膜法は、一般に、大型の真空成膜装置を維持・運転するため、多大なコストを必要とし、また成膜に時間がかかる。
【0006】
また、ITOの面抵抗等の改善を目的として、透明導電層と、ネット状であり、その開口部が不規則なパターンを有する形状である補助電極とを有する電極も検討されている(特許文献2)。
【0007】
しかしながら、上記電極は、補助電極を形成した後、透明電極を形成するため(特許文献2の第0085段落)、工程数が多く、煩雑である。また、補助電極をネット状にするため、銀ナノワイヤや単相カーボンナノチューブで形成した導電性パターンに銅の電解めっきをしており(特許文献2の第0175、0187段落等)、さらに工程数が多く、煩雑な上に、一般に、めっき法は、煩雑な工程や廃液の発生が予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平2002−313582号公報
【特許文献2】特開2010−177615号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来の上記問題を解決したものであり、陽極の形成に真空成膜法を用いず、湿式塗工法により、工程の短縮とランニングコストの大幅な改善を行い、さらに、高導電性で、仕事関数が高い陽極を製造することができる有機EL素子の陽極用分散液を提供することを目的とする。この陽極用分散液で製造された陽極は、有機EL素子の輝度を高くすることが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下に示す構成によって上記課題を解決する有機EL素子の陽極用分散液、および有機EL素子の陽極の製造方法に関する。
(1)有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極を形成するための分散液であって、酸化インジウム錫粉末と、カーボンナノファイバーとを含むことを特徴とする、有機EL素子の陽極用分散液。
(2)基材、陰極、発光層、および陽極をこの順に備える有機EL素子の陽極の製造方法であって、
基材の陰極上に形成された発光層上に、上記(1)記載の有機EL素子の陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする、有機EL素子の陽極の製造方法。
(3)基材、陽極、発光層、および陰極をこの順に備える有機EL素子の陽極の製造方法であって、
基材上に、上記(1)記載の有機EL素子の陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする、有機EL素子の陽極の製造方法。
(4)上記(2)または(3)記載の製造方法で製造された、有機EL素子の陽極。
(5)上記(4)記載の陽極を含む、有機EL素子。
【発明の効果】
【0011】
本発明(1)によれば、仕事関数が高い有機EL素子の陽極を湿式塗工法で製造することができる。酸化インジウム錫粉末は、透明で、導電性が高い。一方、カーボンナノファイバーは、仕事関数が、酸化インジウム錫粉末より高く、酸化インジウム錫粉末間で導電パスを形成することができる。酸化インジウム錫粉末と、カーボンナノファイバーとを共存させることにより、導電性が高く、仕事関数の高い陽極を製造することができ、この陽極は、有機EL素子を高輝度にすることが可能である。
【0012】
本発明(2)によれば、トップエミッション型有機EL素子を高輝度にする陽極を、簡便に低コストで製造することができる。本発明(3)によれば、ボトムエミッション型有機EL素子を高輝度にする陽極を、簡便に低コストで製造することができる。また、本発明(4)によれば、高輝度の有機EL素子を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】トップエミッション型有機EL素子の断面構造の一例である。
【図2】ボトムエミッション型有機EL素子の断面構造の一例である。
【図3】カーボンナノファイバーの電解酸化処理装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施形態に基づいて具体的に説明する。なお、%は特に示さない限り、また数値固有の場合を除いて質量%である。
【0015】
〔有機EL素子の陽極用分散液〕
本発明の有機EL素子の陽極用分散液は、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極を形成するための分散液であって、酸化インジウム錫粉末(以下、ITO粉末という)と、カーボンナノファイバーとを含むことを特徴とする。
【0016】
ITO粉末は、少量の酸化スズを含有する酸化インジウムからなる粉末であり、有機EL素子の陽極に、透明導電性を付与する。このITO粉末は、Sn/In組成比が、0.01〜0.15の範囲内であると、導電性の観点から好ましい。また、ITO粉末の平均粒径は、0.01〜0.1μmであると、好ましい。0.01μm未満では、分散液中で凝集し易く、ITO粉末のハンドリングが悪くなり易く、0.1μmを超えると、有機EL素子の陽極の微細構造を制御しにくくなる。ITO粉末の比表面積は、20〜60m/g以上が好ましい。20m/g以下では、有機EL素子の陽極の微細構造を制御しにくくなり、60m/g以上では、分散液中で凝集しやすくなる。さらに、ITO粉末の圧密体の体積抵抗値が0.01Ω・cm以下であると、良好な導電性を発揮することができる。
【0017】
ここで、Sn/In組成比は、ITO粉末を、アルカリ熔融法(In定量の場合は炭酸ナトリウムと共に、Sn定量の場合には過酸化ナトリウムと共に熔融)によりアルカリと固溶させ、得られた塩を、冷却後に、蒸留水に溶解して水溶液とする。この水溶液を用いて、高周波プラズマ発光分光分析(ICP)により、InとSnをそれぞれ定量する。また、ITO粉末の平均粒径は、透過型電子顕微鏡写真(倍率10万倍)を観察して求める(n=50)。比表面積は、BET法で測定する。ITO粉末の圧密体の体積抵抗値は、試料粉末を円筒ドーナツ状のPP製絶縁ジグに入れ、開口部の両端を円筒の真鍮電極によって100kgf/cmで加圧し、真鍮電極間の抵抗値をデジタルマルチメーターによって測定し、この測定値から算出する。
【0018】
カーボンナノファイバーは、直径が1〜1000nmで、アスペクト比が5以上のものをいい、有機EL素子の陽極の仕事関数を高くし、ITO粉末間で導電パスを形成することができる。このカーボンナノファイバーは、直径が1〜100nmで、アスペクト比が10〜1000であると好ましい。また、カーボンナノファイバーは、X線回折測定によるグラファイトの[002]面の面間隔が、0.35nm以下であると好ましい。上記直径とアスペクト比のカーボンナノファイバーは、溶媒中で均一に分散し易く、陽極形成後に相互に十分な接触点を形成し、ITO粉末間で良好な導電パスを形成することができる。X線回折測定によるグラファイト層の[002]面の面間隔が上記範囲内であるカーボンナノファイバーは結晶性が高いため電気抵抗が小さく、高導電性の陽極を得ることができる。さらに、カーボンナノファイバーの圧密体の体積抵抗値が1.0Ω・cm以下であると、良好な導電性を発揮することができる。
【0019】
ここで、直径は、透過型電子顕微鏡写真(倍率10万倍)を観察して求めた平均直径である(n=50)。アスペクト比は、透過型電子顕微鏡写真(倍率10万倍)を観察して、(長さ/直径)を計算して求める(n=50)。X線回折測定は、CuKα線により行う。カーボンナノファイバーの圧密体の体積抵抗値は、ITO粉末の場合と同様である。
【0020】
カーボンナノファイバーは、仕事関数が5.5〜6.0eVであると、有機EL素子の陽極の仕事関数を高くすることができる。ここで、気相成長法等で作製されたままのカーボンナノファイバーは、仕事関数が4.9eVであるが、後述する酸化剤を使用する電解酸化処理により、仕事関数を高くすることができる。なお、ITO粉末の仕事関数は、5.0eVである。これらの仕事関数は、テックサイエンス製走査型ケルビンプローブで測定する。
【0021】
また、カーボンナノファイバーは、気相成長法で作製され、触媒が、Fe、Ni、Co、Mn、Cu、Mg、AlおよびCaの酸化物からなる群より選ばれる1種または2種以上の系であると、好ましい直径、アスペクト比、グラファイト層の[002]面の面間隔のカーボンナノファイバーを得られ易いので、好ましい。
【0022】
なお、一酸化炭素を主な原料ガスとした気相成長法によって製造されたカーボンナノファイバーを用いると、本発明の効果をより発揮することができる。この一酸化炭素を主な原料ガスとした気相成長法によって製造されたカーボンナノファイバーは、表面が親水性であるため分散性に優れ、かつ透明性も優れている。また、一酸化炭素を主な原料ガスとした気相成長法によって製造されたカーボンナノファイバーは、トルエン着色透過量を95%以上にすることができ、有機EL素子の耐久性を向上させることができる。ここで、トルエン着色透過量の測定は、JISK6218−4「ゴム用カーボンブラック−付随的特性−第4部:トルエン着色透過度の求め方」に準拠して行う。
【0023】
仕事関数が5.5〜6.0eVであるカーボンナノファイバーは、例えば、以下のようにして製造することができる。原料となるカーボンナノファイバー(以下、原料ファイバーという)は、特に限定されないが、上述のように、一酸化炭素を主な原料ガスとした気相成長法によって製造されたカーボンナノファイバーを用いると、好ましい。
【0024】
原料ファイバーに、酸化剤を使用する電解酸化処理を行うことにより、仕事関数を高くすることができる。図3に、原料ファイバーの電解酸化処理装置の模式図を示す。図3に示すように、電解酸化処理装置100は、液槽140を隔膜130で仕切り、陽極110と陰極120は、隔壁130を隔てて備えられる。また、陽極110側には陽極液111が、陰極120側には陰極液121が、それぞれ貯留される。そして、陽極液111と陰極液121は、隔膜130を介して流通可能になっている。また、陽極液111は、均一に電解酸化処理を行うために、攪拌機150により撹拌される。
【0025】
陽極110および陰極120には、白金めっきをしたチタンの網状体を使用する。陽極液111は、硫酸(HSO)又は硝酸(HNO)等のオキソ酸を主成分とし、1価の銀イオン、2価のコバルトイオン又は3価のセリウムイオン等の酸化種を含む。この酸化種は、電解酸化により、強力な酸化種として機能するレドックス種である。陰極液121には、オキソ酸のみを用いる。また、隔壁130には、多孔質アルミナやイオン交換膜を使用することが好ましいが、その他バイコールガラス、フッ素系樹脂膜(商品名;Nafion)等であっても良い。
【0026】
酸化種が一価の銀イオンである場合について説明すると、陽極10では、以下の反応式(1):
Ag → Ag2+ + e (1)
のように、Agが電気化学的に酸化する。ここで発生するAg2+が、カーボンナノファイバー表面を酸化し、Agに戻る。
【0027】
一方、陰極20では、以下の反応式(2)〜(4):
HNO + 2H + 2e → HNO + HO (2)
HNO + H + e → NO↑ + HO (3)
2NO + O2 → 2NO↑ (4)
のように、硝酸が電気分解し、NOガスが発生する。
【0028】
原料ファイバーに電解酸化処理を行うと、原料ファイバー表面が親水化し、仕事関数が高くなる。詳細には、電解酸化処理によって、原料ファイバーと、周囲の酸素、窒素、水分等が反応して、原料ファイバー表面に、カルボニル基、カルボキシル基、ヒドロキシル基等の極性官能基が形成され、原料ファイバー表面が親水化し、これらの極性官能基の存在により仕事関数が高くなると、考えられる。
【0029】
電解酸化処理を適度に行うと、カーボンナノファイバーの仕事関数が増加するが、電解酸化処理が弱すぎると、カーボンナノファイバーの仕事関数を十分に高くすることができない。一方、電解酸化処理が強すぎると、カーボンナノファイバーの結晶に欠陥を増加させてしまい、カーボンナノファイバーの仕事関数が減少してしまう。適度な電解酸化処理条件の一例は、陽極の酸化種のモル濃度が0.1〜1.5Mであり、オキソ酸のモル濃度が2〜8Mであり、温度は、25〜120℃であり、カーボンナノファイバーの含有量は、陽極液とカーボンナノファイバーの合計100質量部に対して、10〜50質量部である。一方、陰極のオキソ酸のモル濃度が2〜8Mである。また、電流密度は0.1〜2A/cmである。
【0030】
次に、電解酸化処理が終了した陽極液を濾過し、カーボンナノファイバーを取り出した後、カーボンナノファイバーに対して、質量で10倍のイオン交換水で、カーボンナノファイバーを洗浄する。洗浄後のカーボンナノファイバーを、50℃で10時間乾燥して、仕事関数が、5.5〜6.0eVであるカーボンナノファイバーを得ることができる。なお、この電解酸化処理で、カーボンナノファイバーの触媒の少なくとも一部を除去することができる。
【0031】
ITO粉末は、ITO粉末とカーボンナノファイバーの合計100質量部に対して、80〜95質量部であると、陽極の導電性の観点から好ましく、一方、カーボンナノファイバーは、ITO粉末とカーボンナノファイバーの合計100質量部に対して、20〜5質量部であると、陽極の仕事関数の観点から好ましい。
【0032】
陽極用分散液は、ITO粉末と、カーボンナノファイバーに加えて、溶媒を含有する。溶媒の種類は限定されず、例えば、水系、アルコール系、ケトン系、エステル系などの溶媒を用いることができる。分散性の観点から、溶媒としては、水、エタノール、イソプロパノール(IPA)、シクロヘキサノン、酢酸エチル、N−メチルピロリドン(NMP)、酢酸ブチル、メチルイソブチルケトンが好ましい。
【0033】
溶媒の含有量は、陽極用分散液:100質量部に対して、50〜99質量部であると、好ましい。この含有量が50質量部以上であればITO粉末とカーボンナノファイバーを溶媒中に、十分に分散できる。一方、この含有量が99質量部以下であれば、陽極として十分な導電性が得られる。
【0034】
陽極用分散液は、本発明の目的を損なわない範囲で、更に必要に応じ、慣用の各種添加剤を含有させることができる。このような添加剤としては、分散剤、レベリング剤、粘度調整剤、消泡剤、硬化触媒、酸化防止剤等が挙げられる。
【0035】
陽極用分散液は、上述の成分を、常法により、ペイントシェーカー、ボールミル、サンドミル、セントリミル、三本ロール等によって混合し、ITO粉末、カーボンナノファイバー等を分散させ、作製することができる。無論、通常の攪拌操作によって作製することもできる。なお、予め、ITO粉末と、カーボンナノファイバーを、それぞれ、別途、分散媒に分散させ、ITO分散液、カーボンナノファイバー分散液とした後、混合する方法も好ましい。
【0036】
また、陽極用分散液は、バインダー成分を含有させて、陽極用組成物として使用することができる。バインダー成分としては、例えば、ポリビニルアルコール樹脂、塩ビ−酢ビ樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂等が挙げられる。
【0037】
バインダー成分の含有量は、陽極用組成物:100質量部に対して、5〜60質量部であると、陽極用組成物の塗工性、陽極の密着性の観点から、好ましい。
【0038】
〔有機EL素子の陽極の製造方法(トップエミッション型)〕
本発明の有機EL素子の陽極の製造方法は、
基材、陰極、発光層、および陽極をこの順に備える有機EL素子の陽極の製造方法であって、
基材の陰極上に形成された発光層上に、上記陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする。
【0039】
図1に、トップエミッション型有機EL素子の断面構造の一例を示す。図1に示すように、有機EL素子1は、基材20上に陰極30、発光層40、および陽極10をこの順に備え、通常、陽極10上には、封止材50が形成される。
【0040】
基材は、当業者に公知のものでよく、特に限定されない。基材としては、ガラス基板が挙げられる。
【0041】
陰極30、発光層40は、当業者に公知のものでよく、特に限定されない。例えば、陰極としては、AlLi膜が、発光層としては、ルブレン5重量%をドープしたトリス(8−キノリノラト)アルミニウムが挙げられる。
【0042】
基材20上に、陰極30および発光層40を形成する方法は、特に限定されず、真空成膜法等の当業者に公知の方法でよいが、陰極30は、例えば、金属ナノ粒子を含む組成物を用いて、湿式塗工法により成膜を行う方が好ましい。
【0043】
陽極用分散液を塗布する湿式塗工法は、スプレーコーティング法、ディスペンサーコーティング法、スピンコーティング法、ナイフコーティング法、スリットコーティング法、インクジェットコーティング法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、またはダイコーティング法のいずれかであることが好ましいが、これに限られるものではなく、あらゆる方法を利用できる。
【0044】
ここでの塗布は、焼成後の陽極の厚さが、好ましくは0.1〜3.0μmとなるようにする。続いて、この陽極を、好ましくは、50〜350℃の温度で、5〜60分間、乾燥する。このようにして陽極を製造する。
【0045】
〔有機EL素子の陽極の製造方法(ボトムエミッション型)〕
次の本発明の有機EL素子の陽極の製造方法は、
基材、陽極、発光層、および陰極をこの順に備える有機EL素子の陽極の製造方法であって、
基材上に、上記陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする。
【0046】
図2に、ボトムエミッション型有機EL素子の断面構造の一例を示す。図2に示すように、有機EL素子2は、基材21上に陽極11、発光層41、陰極31が形成され、通常、陰極31上に封止材51が形成される。陽極11は、発光層41と陰極31を形成する前に、基材21上に、陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥して製造される。
【0047】
基材は、上述のとおりである。基材21上に、陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥して、陽極11を製造する方法は、上述の発光層40上に、陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥して陽極10を製造する方法と同様である。
【0048】
この後、有機EL素子を製造するためには、基材21上に形成した陽極11上に、発光層41、および陰極31をこの順に形成する。発光層41、陰極31は、上述のとおりである。
【0049】
また、形成した陽極11上に、発光層41および陽極31を形成する方法は、特に限定されず、真空成膜法等の当業者に公知の方法でよいが、陰極31は、例えば、金属ナノ粒子を含む組成物を用いて、湿式塗工法により成膜を行う方が好ましい。
【0050】
上記の2種の製造方法で製造された陽極により、高輝度の有機EL素子を提供することができる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0052】
〔実施例1〕
《陽極用分散液の製造》
Co、Mg酸化物を触媒にし、一酸化炭素を主な原料ガスとして気相成長法によって合成されたカーボンナノファイバー(以下、CNFという)を使用した。
【0053】
使用したCNFのアスペクト比は、10〜1000であり、X線回折測定によるグラファイトの[002]面の面間隔は、0.339〜0.344nmであり、圧密体の体積抵抗率は、0.05〜0.08Ω・cmであった。また、一酸化炭素を原料とする場合のトルエン着色透過率は、98〜99%であった。CNFの平均直径は、透過型電子顕微鏡写真(倍率10万倍)を観察して求めた(n=50)。アスペクト比は、透過型電子顕微鏡写真(倍率10万倍)を観察して、(長さ/直径)を計算して求めた(n=50)。X線回折測定は、CuKα線により行った。CNFの圧密体の体積抵抗値は、試料粉末を円筒ドーナツ状のPP製絶縁ジグに入れ、開口部の両端を円筒の真鍮電極によって100kgf/cmで加圧し、真鍮電極間の抵抗値をデジタルマルチメーターによって測定し、この測定値から算出した。トルエン着色透過量の測定は、JISK6218−4「ゴム用カーボンブラック−付随的特性−第4部:トルエン着色透過度の求め方」に準拠して行った。
【0054】
このCNFを、図3に示すような電解酸化処理装置100を用いて、電解酸化処理した。液槽140には、内容積:2000cmのガラス製容器を用いた。陽極110および陰極120には、幅:30mm、長さ:50mm、厚さ:2mmの白金めっきをしたチタンの網状体を使用した。隔壁30には、多孔質アルミナを使用した。陽極液111には、1000gの0.5MのCo2+を含む3Mの硫酸を用いた。ここで、Co2+は、硫酸コバルト(CoSO)として添加した。陰極液121には、200gの3Mの硫酸を用いた。
【0055】
陽極液111を、30℃に加熱した後、攪拌機150で撹拌子ながら、50gのCNFを添加し、電流密度:1.0A/cmで、30分間電解酸化処理を行った。
【0056】
電解酸化処理が終了した陽極液を濾過し、CNFを取り出した後、CNFに対して、質量で10倍のイオン交換水で、CNFを洗浄した。洗浄後のCNFを、50℃で10時間乾燥して、粉末化した。
【0057】
上記の粉末化したCNF:0.5g(5質量部)と、平均粒径30nmのITO粉末:9.5g(95質量部)と、エタノール:190g(1900質量部)を、ペイントシェーカーを用いて混合し、陽極用分散液を製造した。なお、使用したITO粉末を、アルカリ熔融法(In定量の場合は炭酸ナトリウムと共に、Sn定量の場合には過酸化ナトリウムと共に熔融)によりアルカリと固溶させ、得られた塩を、冷却後に、蒸留水に溶解して水溶液とした。この水溶液を用いて、ICPにより、InとSnをそれぞれ定量した結果、Sn/In比は、0.05であった。また、ITO粉末の平均粒径は、透過型電子顕微鏡写真(倍率10万倍)を観察して求めた。
【0058】
得られた陽極用分散液の評価を行った。ガラス基板上に、陽極用分散液を、スピンコートにより1000rpm×60秒で数回成膜を行い、その後、80℃で30分間乾燥を行うことで、膜厚が約300nmの陽極を形成した。得られた陽極の表面抵抗値(単位:Ω/□)を、(比抵抗測定器(ロレスタ:三菱化学社製))により測定した。次に、同じ陽極を用い、仕事関数(単位:eV)をテックサイエンス製走査型ケルビンプローブにより測定した。表1に、これらの結果を示す。
【0059】
《トップエミッション型有機EL素子での評価》
ガラス基板に、スパッタ法で作製したAlLi膜(Li:0.024質量%、残部はAl、厚さ:150nm)を形成した。その上に、電子輸送層(トリス(8−キノリノラト)アルミニウム、厚さ:30nm)、発光層(ルブレン5重量%をドープしたトリス(8−キノリノラト)アルミニウム、厚さ:30nm)、正孔輸送層(N,N’−ジフェニルーN,N’−ジ(m−トリル)ベンジジン、厚さ:30nm)を順次形成した後、陽極用分散液を、スピンコートにより1000rpm×60秒で数回成膜を行い、その後、180℃にて60分焼成を行うことで、膜厚が約300nmの陽極を形成し、有機EL素子を得た。ここで、膜厚の測定は、日立ハイテクノロジーズ製走査型電子顕微鏡(SEM、装置名:S−4300、SU−8000)による断面観察により測定した。他の実施例、比較例においても、膜厚を同様に測定した。
【0060】
得られた有機EL素子の輝度について評価を行った。輝度は、輝度計(トプコン社製、型番:BM−9)で測定した。表1に、結果を示す。
【0061】
〔実施例2〜16〕
表1に記載した組成になるようにしたこと以外は、実施例1と同様にして、陽極用分散液を製造し、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。なお、実施例12で使用したCを原料とするCNFのトルエン着色透過率は、93%であった。
表1に、結果を示す。
【0062】
〔比較例1〕
CNFを添加しない陽極用分散液を作製したこと以外は、実施例1と同様にして、陽極用分散液を作製し、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。表1に、結果を示す。
【0063】
〔比較例2〕
ITO粉末を添加しない陽極用分散液を作製したこと以外は、実施例1と同様にして、陽極用分散液を作製し、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。表1に、結果を示す。
【0064】
〔比較例3〕
スパッタ法で作製したITO膜(厚さ:150nm)を陽極として用いたこと以外は、実施例1と同様にして、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。表1に、結果を示す。
【0065】
【表1】

【0066】
表1からわかるように、実施例1〜17の全てで、陽極の表面抵抗値が低くなり、仕事関数が高くなったため、有機EL素子の輝度が高くなった。これに対して、陽極にCNFを添加しなかった比較例1は、陽極の仕事関数が低いため、有機EL素子の輝度が低かった。また、陽極がCNFのみからなる比較例2は、陽極の透明性が低下したため、有機EL素子の輝度が非常に低くなった。スパッタ法で陽極を作製した比較例3は、陽極の仕事関数が低いため、有機EL素子の輝度が低かった。
【0067】
〔実施例17〕
実施例1と同様にして、陽極用分散液を製造し、評価を行った。
【0068】
《ボトムエミッション型有機EL素子での評価》
ガラス基板に、陽極用分散液を、スピンコートにより1000rpm×60秒で数回成膜を行い、その後、200℃で30分間乾燥を行うことで、膜厚が約300nmの陽極を形成した。その上に正孔輸送層(N,N’−ジフェニルーN,N’−ジ(m−トリル)ベンジジン、厚さ:30nm)、発光層(ルブレン5重量%をドープしたトリス(8−キノリノラト)アルミニウム、厚さ:30nm)、電子輸送層(トリス(8−キノリノラト)アルミニウム、厚さ:30nm)を順次形成した後、スパッタ法で作製したAlLi膜(Li:0.024質量%、残部はAl、厚さ:150nm)を形成した。
【0069】
得られた有機EL素子の輝度を、実施例1と同様にして評価した。表2に、結果を示す。
【0070】
〔実施例18〜19〕
表2に記載した組成になるようにしたこと以外は、実施例17と同様にして、陽極用分散液を製造し、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。表2に、結果を示す。
【0071】
〔比較例4〕
CNFを添加しないこと以外は、実施例17と同様にして、陽極用分散液を形成し、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。表2に、結果を示す。
【0072】
〔比較例5〕
ITO粉末を添加しないこと以外は、実施例18と同様にして、陽極用分散液を形成し、有機EL素子を作製し、有機EL素子の評価を行った。表2に、結果を示す。
【0073】
【表2】

【0074】
表2からわかるように、実施例17〜19の全てで、陽極の表面抵抗値が低く、仕事関数が高くなったため、有機EL素子の輝度が高くなった。これに対して、陽極にCNFを添加しなかった比較例4は、陽極の仕事関数が低い為、有機EL素子の輝度が低かった。また、陽極がCNFのみからなる比較例5は、陽極の透明性が低下したため、有機EL素子の輝度が非常に低くなった。
【符号の説明】
【0075】
1、2 有機EL素子
10、11 陽極
20、21 基材
30、31 陰極
40、41 発光層
50、51 封止材
100 電解酸化処理装置
110 陽極
111 陽極液
120 陰極
121 陰極液
130 隔膜
140 液槽
150 撹拌機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極を形成するための分散液であって、酸化インジウム錫粉末と、カーボンナノファイバーとを含むことを特徴とする、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極用分散液。
【請求項2】
基材、陰極、発光層、および陽極をこの順に備える有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法であって、
基材の陰極上に形成された発光層上に、請求項1記載の有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法。
【請求項3】
基材、陽極、発光層、および陰極をこの順に備える有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法であって、
基材上に、請求項1記載の有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極用分散液を湿式塗工法により塗布した後、乾燥することを特徴とする、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極の製造方法。
【請求項4】
請求項2または3記載の製造方法で製造された、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極。
【請求項5】
請求項4記載の陽極を含む、有機エレクトロルミネッセンス素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−77419(P2013−77419A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215971(P2011−215971)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】