説明

有機ハロゲン類の分離方法および低揮発性有機ハロゲン類濃度の測定方法ならびにダイオキシン類濃度の測定方法

【課題】排ガスなどの被測定ガス中のダイオキシン類濃度と高い濃度相関性を示す有機ハロゲン類を選択的に分離できるようにし、被測定ガス中の前記有機ハロゲン類濃度を測定して、ダイオキシン類濃度を正確に求めるようする。
【解決手段】被測定ガスを第1又は第2の吸着筒4、5に導入し、表面積10〜240m/gの吸着剤に吸着温度50〜200℃で接触させて、被測定ガス中に含まれる有機ハロゲン類のうち、低揮発性有機ハロゲン類を選択的に吸着し、ついで低揮発性有機ハロゲン類を吸着剤から脱着し、脱着ガスを熱分解装置8で分解し、分解ガス中のハロゲン化水素濃度を分析装置9で計測し、この値をデータ処理装置10に送り、低揮発性有機ハロゲン類濃度を求め、これからダイオキシン類濃度を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃焼炉などからの排ガスや大気などの被測定ガスに含まれる低揮発性有機ハロゲン類を選択的に分離し、この低揮発性有機ハロゲン類濃度を測定し、さらにこの濃度から被測定ガス中のダイオキシン類濃度を迅速、簡便に求める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
廃棄物等の焼却排ガス中の未燃分から、300〜500℃の温度域において煤塵中の鉄や銅が触媒となり、ダイオキシン類が生成する反応をデノボ合成という。この合成プロセスが廃棄物焼却過程から排出されるダイオキシン類の主な生成プロセスであると考えられている。
【0003】
そのプロセスの例を図5に示す。クロロメタン等の低分子未燃分が重合を繰り返して高分子化していき、2,3,7,8−TeCDD等のダイオキシン類となると考えられている。ダイオキシン類に至るまでの物質は前駆体と呼ばれており、その大部分は有機ハロゲン類(主に塩素化物)である。
【0004】
ところで、排ガス中のダイオキシン類濃度を測定する公定方法は、JIS K0311 に規定されているが、この測定方法では、測定結果が求まるまでに1ヶ月程度の時間を要し、排ガス中のダイオキシン類濃度の瞬時の測定や連続的な測定には全く役に立たない。
【0005】
このため、このような問題点を解決するためのダイオキシン類濃度の迅速な測定方法が検討されており、排ガス中の有機ハロゲン類濃度とダイオキシン類濃度の相関関係を求め、この相関関係に従ってダイオキシン類濃度を迅速に測定する方法が検討されている。
本出願人は、このような測定方法として、既に特許第3458076号を提案している。この方法は、全有機ハロゲン類を採取、定量して、その値からダイオキシン類濃度を推定できるようにしたものである。
【0006】
一方、渡辺らは、有機ハロゲン類の測定において、表面積の小さい吸着剤(10m/g)を用いて低揮発性有機ハロゲン類を選択的に採取することにより、低揮発性有機ハロゲン類とダイオキシン類との相関性が高まることを見出した(第13回廃棄物学会研究発表会講演論文集 2002,pp772−774)。この研究での低揮発性有機ハロゲン類とは、炭素数が12から20の化合物である。
【0007】
しかしながら、渡辺らの研究方法では、低揮発性有機ハロゲン類濃度とダイオキシン類濃度との相関性は、その相関係数が0.4〜0.6程度で低く、低揮発性有機ハロゲン類濃度からダイオキシン類濃度を十分な正確度で推定することができない不具合がある。
【特許文献1】特許第3458076号公報
【非特許文献1】第13回廃棄物学会研究発表会講演論文集 2002,pp772−774
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
よって、本発明における課題は、被測定ガス中のダイオキシン類濃度と高い濃度相関性を示す有機ハロゲン類を選択的に分離できるようにし、被測定ガス中の前記有機ハロゲン類濃度を測定して、ダイオキシン類濃度を正確に求めることができるようすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決するために、
請求項1にかかる発明は、被測定ガスを吸着剤に吸着温度50〜200℃で接触させて、被測定ガス中に含まれる有機ハロゲン類のうち、低揮発性有機ハロゲン類を選択的に吸着し、ついで低揮発性有機ハロゲン類を吸着剤から脱着することを特徴とする有機ハロゲン類の分離方法である。
【0010】
請求項2にかかる発明は、低揮発性有機ハロゲン類は、その沸点が100℃以上であるものであることを特徴とする請求項1記載の有機ハロゲン類の分離方法である。
【0011】
請求項3にかかる発明は、脱着温度を300℃以上とすることを特徴とする請求項1記載の有機ハロゲン類の分離方法である。
【0012】
請求項4にかかる発明は、吸着剤の表面積が10〜240m/gであることを特徴とする請求項1記載の有機ハロゲン類の分離方法である。
【0013】
請求項5にかかる発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の分離方法によって得られた低揮発性有機ハロゲン類の濃度を定量することを特徴とする低揮発性有機ハロゲン類濃度の測定方法である。
【0014】
請求項6にかかる発明は、請求項5記載の測定方法によって得られた低揮発性有機ハロゲン類濃度と、別途測定された被測定ガス中のダイオキシン類濃度との相関関係を求めておき、この相関関係に基づいて前記低揮発性有機ハロゲン類濃度から被測定ガス中のダイオキシン類濃度を推定することを特徴とするダイオキシン類濃度の測定方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、吸着温度を50〜200℃とすることで、被測定ガス中の沸点が100以上の低揮発性有機ハロゲン類が選択的に吸着される。この吸着された低揮発性有機ハロゲン類は、その濃度と被測定ガス中のダイオキシン類濃度との相関性が高く、相関係数が0.99程度となる。このため、被測定ガス中の低揮発性有機ハロゲン類濃度を計測することで、ダイオキシン類濃度を正確に知ることができる。
したがって、被測定ガス中のダイオキシン類濃度を迅速にかつ正確に求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1は、本発明に分離方法および測定方法に用いられる測定装置の一例を示すものである。
この測定装置1では、予めダスト、水分を除去した被測定ガスが無機ハロゲン類除去装置2に送られ、ここで被測定ガス中の無機ハロゲン類、例えば塩化水素、塩素ガス等が除去される。
無機ハロゲン類除去装置2には、粒径0.4〜1mm程度の銀等の金属粒子や金属銀を担持したプラスチック、セラミックからなる粒子あるいはフィルターを充填した除去筒などが用いられる。
【0017】
無機ハロゲン類除去装置2から導出された被測定ガスは、第1の切替弁3を介して第1の吸着筒4または第2の吸着筒5に送られる。
第1の切替弁3は、被測定ガスの流路を切り替えて第1の吸着筒4または第2の吸着筒5に被測定ガスを流すとともに、後述する脱着用ガスの流路を切り替えて第1の吸着筒4または第2の吸着筒5に流すためのものである。
【0018】
第1の吸着筒4または第2の吸着筒5内には、表面積(BET法による測定値)が10〜240m/g、好ましくは90〜110m2/gの炭素系、好ましくはグラファイト系の吸着剤が充填されている。吸着剤の表面積が10m/g未満では低揮発性有機ハロゲン類の吸着が困難であり、240m/gを越えると吸着した低揮発性有機ハロゲン類の脱着が困難となる。活性炭やゼオライトでは表面積が大き過ぎ、樹脂系では加熱に弱い。
【0019】
被測定ガスは、第1の吸着筒4に導入され、吸着剤に吸着されるが、その際の吸着温度は、50〜200℃、好ましくは90〜110℃、さらに好ましくは100℃とされる。
吸着温度をこの温度範囲にするには、吸着筒4、5の外側に温度調節用のヒータを設けて加熱し、吸着剤をこの温度範囲内に保ち、被測定ガスをこの温度範囲内に加温して導入する方法などがある。
【0020】
このような吸着温度条件においては、被測定ガス中の有機ハロゲン類のうち、低揮発性有機ハロゲン類が選択的に吸着され、高揮発性有機ハロゲン類が吸着されずにそのまま第1の吸着筒4から第2の切替弁6を経て系外に排出される。
この発明において、低揮発性有機ハロゲン類とは、その沸点が100℃以上である有機ハロゲン類を呼称し、高揮発性有機ハロゲン類とは、その沸点が100℃未満である有機ハロゲン類を呼称するものとする。
【0021】
図2は、ダイオキシン類およびその前駆体の分子量と沸点との関係を示したものである。上述の図5に示したデノボ合成が進行すると、鎖状の有機ハロゲン類はベンゼン環を形成し、それに伴って分子量が多くなり、沸点が高くなって100℃を越える。
【0022】
吸着温度が50℃未満では、高揮発性有機ハロゲン類が気化せずに吸着剤に吸着してしまい、さらには被測定ガス中に残留する水分が凝縮して吸着剤に吸着する可能性がある。
吸着温度が240℃を越えると低揮発性有機ハロゲン類が気化してしまい、十分に吸着剤に吸着されず、回収率が低下する。
【0023】
第1の吸着筒4の吸着剤が破過する寸前に、第1および第2の切替弁3、6を切り替えて、第2の吸着筒5に被測定ガスを流し、第1の吸着筒4には、脱着用ガス源7からの窒素、アルゴン、ヘリウムなどの脱着用ガスを第1の切替弁3を介して送り込み、ここに吸着されている低揮発性有機ハロゲン類を吸着剤から脱着する。
【0024】
この際の脱着温度は、300℃以上、望ましくは400〜450℃とされる。300℃未満の場合、低揮発性有機ハロゲン類の脱着が不十分となり、500℃を越えると吸着剤が劣化する。また、ダイオキシン類の沸点もおよそこの温度域であり、吸着した低揮発性有機ハロゲン類のほとんどが気化する温度でもある。
【0025】
第1の吸着筒4からの脱着ガスは熱分解装置8に送られ、ここで、酸素ガス、空気などの酸素含有ガスが添加されて加熱分解される。
熱分解装置8は、石英などからなる燃焼チューブを備え、この燃焼チューブの外側に配されたヒータにより、チューブ内に送り込まれた脱着ガスと酸素含有ガスとの混合ガスを700〜1000℃程度に加熱して燃焼させ、脱着ガス中の低揮発性有機ハロゲン類を分解して、ハロゲン化水素、二酸化炭素、水等とするものである。
【0026】
熱分解装置8からの熱分解ガスは、分析装置9に送られ、ここで熱分解ガス中のハロゲン化水素濃度が定量分析される。
分析装置9には、ガスクロマトグラフ、液体クロマトグラフ、電量滴定分析装置、電気伝導度測定装置、イオン電極分析装置、赤外分光分析装置、プラズマ発光分析装置などが用いられるが、なかでもASTM D5808に準拠している電量滴定分析装置が好ましい。
また、電量滴定分析装置では、分析の度に検量線を作成する必要がなく、簡易、迅速に自動的に高精度で定量が可能である。
【0027】
分析装置9によって計測されたハロゲン化水素濃度の測定値は、データ処理装置10に送られ、ここでハロゲン化水素濃度に基づいて低揮発性有機ハロゲン類濃度が演算され、さらにダイオキシン類濃度が演算される。
【0028】
第2の吸着筒5の吸着剤が破過寸前になると、第1および第2の切替弁3、6を切り替えて、第2の吸着筒5に脱着用ガスを流し、同様の操作を行い、第1の吸着筒4に再び被測定ガスを流す。
以下、同様の操作を繰り返すことで、被測定ガス中のダイオキシン類濃度を連続的に測定できる。
【0029】
このような分離測定方法では、被測定ガスから分離された低揮発性有機ハロゲン類濃度と被測定ガス中のダイオキシン類濃度との相関性が極めて高いものとなる。
図3は、被測定ガスを吸着温度25℃と100℃とで、吸着、分離して定量した低揮発性有機ハロゲン類濃度と、同じ被測定ガス中のJIS K0311に定めた公定法によるダイオキシン類濃度との相関関係を示すものである。
【0030】
ここで、被測定ガスには一般廃棄物焼却施設からの排ガスを用い、吸着剤には表面積100m/gのグラファイト系吸着剤を使用し、吸着用ガスには窒素を用い、脱着温度は450℃で行った。
図3のグラフから、どちらの吸着温度条件においても、低揮発性有機ハロゲン類とダイオキシン類濃度とは正の相関が見られたが、相関性のバラツキは25℃よりも100℃の方が小さかった。
【0031】
また、低揮発性有機ハロゲン類に対するダイオキシン類濃度は25℃での吸着よりも100℃での吸着の方が10倍以上大きかった。これは、有機ハロゲン類に占めるダイオキシン類の割合が、25℃で吸着した場合よりも100℃で吸着した場合の方が10倍以上高いことを示している。
【0032】
図3に示した結果を回帰分析し、相関係数(R)を求めた結果を図4に示す。図4から、25℃で吸着した有機ハロゲン類とダイオキシン類とのRは0.68〜0.73であったが、100℃で吸着した相関係数は0.99であった。これは、100℃での吸着の方が25℃での吸着よりも相関性が高いことを示しており、ダイオキシン類の代替指標としてより有効であることを意味している。
【0033】
以上のように、この分離測定方法によって、被測定ガス中の低揮発性有機ハロゲン類を分離してその濃度を定量することで、被測定ガス中のダイオキシン類濃度を正確に推定することができる。
さらに、この方法では、短時間で簡単な操作によって、現行の公定法によらずともそれに匹敵する精度でダイオキシン類濃度を知ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の分離測定方法に用いられる測定装置の例を示す概略構成図である。
【図2】ダイオキシン類とその前駆体との分子量と沸点の関係を示す図表である。
【図3】本発明での低揮発性有機ハロゲン類濃度とダイオキシン類濃度との相関性を示す図表である。
【図4】本発明での低揮発性有機ハロゲン類濃度とダイオキシン類濃度との相関係数を示す図表である。
【図5】ダイオキシン類のデノボ合成の過程を示す図表である。
【符号の説明】
【0035】
1・・測定装置、4・・第1の吸着筒、5・・第2の吸着筒、7・・脱着用ガス源、8・・熱分解装置、9・・分析装置、10・・データ処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定ガスを吸着剤に吸着温度50〜200℃で接触させて、被測定ガス中に含まれる有機ハロゲン類のうち、低揮発性有機ハロゲン類を選択的に吸着し、ついで低揮発性有機ハロゲン類を吸着剤から脱着することを特徴とする有機ハロゲン類の分離方法。
【請求項2】
低揮発性有機ハロゲン類は、その沸点が100℃以上であるものであることを特徴とする請求項1記載の有機ハロゲン類の分離方法。
【請求項3】
脱着温度を300℃以上とすることを特徴とする請求項1記載の有機ハロゲン類の分離方法。
【請求項4】
吸着剤の表面積が10〜240m/gであることを特徴とする請求項1記載の有機ハロゲン類の分離方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の分離方法によって得られた低揮発性有機ハロゲン類の濃度を定量することを特徴とする低揮発性有機ハロゲン類濃度の測定方法。
【請求項6】
請求項5記載の測定方法によって得られた低揮発性有機ハロゲン類濃度と、別途測定された被測定ガス中のダイオキシン類濃度との相関関係を求めておき、この相関関係に基づいて前記低揮発性有機ハロゲン類濃度から被測定ガス中のダイオキシン類濃度を推定することを特徴とするダイオキシン類濃度の測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−180632(P2008−180632A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−14937(P2007−14937)
【出願日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【出願人】(000217686)電源開発株式会社 (207)
【Fターム(参考)】