説明

有機磁性材料及びその製造方法

【課題】産業上の実現性が高い有機磁性材料を提供する。
【解決手段】本発明に係る有機磁性材料は、端に化学修飾が施され、この端を含む対面する2つの端の間で磁気的な非対称性が与えられた磁性グラフェン1からなるものである。端は、ジグザグ端であることが好ましい。化学修飾は、一方側の端の末端基がCH基又はN基のいずれか又は両方であり、他方側の端の末端基がCH基又はNH基のいずれか又は両方である状態にするものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機元素からなる磁性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の一般的な磁性材料は、鉄、コバルト等の磁性元素、又はネオジウム等の磁性希土類元素からなるものである。これらの元素は重元素であるため、これらから製造される磁性材料は重くならざるを得ない。また、特にコバルトやネオジウムは、地球資源的に存在量が少なく、高価なものである。
【0003】
そこで、軽量で存在量が豊富な炭素、水素、窒素等の有機元素から磁性材料を製造することが望まれており、その研究開発が進められている。例えば、非特許文献1において、炭素フラーレンを重合することにより、常温で自発磁化が生ずることが示されている。また、非特許文献2において、グラファイトにプロトン粒子をイオン打ち込みすることにより、常温で自発磁化が生ずることが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nature誌 413巻 716頁
【非特許文献2】Physical Review Letters誌 91巻 論文番号227201
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記先行技術に係る有機材料からなる磁性材料は、再現性(収率)が極めて低いという問題を有する。また、イオン打ち込み等のプロセスを必要とするため、製造コストが多大となる問題もある。これらのことから、産業上の実現性が極めて低いものである。
【0006】
そこで、本発明は、産業上の実現性が高い有機磁性材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題の解決を図るものであり、グラフェンの対面する第1及び第2の端の少なくとも一方に、前記第1及び第2の端の間で磁気的な非対称性を生ずる化学装飾が施された磁性グラフェンからなる有機磁性材料である。
【0008】
グラフェンの一方の端に、対面する他方の端とは異なる化学修飾を施すことにより、1つの分子の中で磁気的な非対称性を有する磁性グラフェンを生成することができる。このような磁性グラフェンを複数生成し、各磁性グラフェンの磁束方向を揃えることにより、1つの磁性材料を製造することができる。このように製造された磁性グラフェン及び磁性材料は、常温で自発磁化を生じ、強磁性又はフェリ磁性を有する。このような現象は、グラフェンの極めて高い電子移動度が1つの要因となって生ずると推測される。また、グラフェンの生成、端への化学修飾、磁性グラフェンの磁束方向の統一等の作業は、比較的容易且つ安価な手法により実現することができ、その再現性、収率も高い。
【0009】
また、前記端は、ジグザグ端であることが好ましい。
【0010】
グラフェンの端は、ジグザグ端又はアームチェア端となるが、ジグザグ端では局在する非結合π電子が存在し、エッジ状態と称される弱いながらも磁性を有する状態となる。そのため、上記磁気的な非対称性を、アームチェア端よりも容易且つ強く生じさせることができる。
【0011】
また、前記化学修飾は、前記端のうちどちらか一方の端の末端基をCH基とし、他方の端の対応する部分の末端基をCH基とするか、他方の端の対応する部分の末端基をNH基とするものであることが好ましい。
【0012】
これにより、1つのグラフェン分子に磁気的な非対称性を生じさせることができる。
【0013】
また、前記磁性グラフェンは、分子量が500〜50000であることが好ましい。
【0014】
上記範囲の分子量であれば、生成される磁性グラフェンがナノメータサイズとなる。ナノメータサイズの磁性グラフェンにおいては、上記のような端の構造による効果が特に強く現れる。また、ナノメータサイズであれば、化学合成による量産も可能で収率も高い。
【0015】
また、本発明は、一方の端を第1の末端基群とし、他方の端を前記第1の末端基群に対して磁気的な非対称性を生ずる第2の末端基群とする化学修飾が施された磁性グラフェンから磁性材料を製造する方法であって、目標分子量よりも大きい分子量の大分子量グラフェンを生成する第1の工程と、前記大分子量グラフェンの端を前記第2の末端基群にする修飾を行う第2の工程と、前記第2の工程において修飾された前記大分子量グラフェンを前記目標分子量となるように破砕し、該破砕により生成されたグラフェンの新たに現れた端を前記第1の末端基群にする修飾を行う第3の工程とを備えるものである。
【0016】
上記製造方法によれば、端への化学修飾と、グラフェンの分子量調整とを効率的に行うことができる。例えば、最初に目標分子量のグラフェンを生成し、その後に各グラフェンに対して第1及び第2の末端基群の化学修飾を行う場合に比べ、作業は格段に容易となる。
【0017】
また、上記製造方法において、前記第3の工程により生成された前記磁性グラフェンを、所定の磁石により磁着させる第4の工程を、更に備えることが好ましい。
【0018】
これにより、磁性グラフェンを高収率で収集すると共に、その磁束方向を効率的に揃えることが可能となる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、グラフェンを用いた有機磁性材料を提供することができる。この有機磁性材料は、軽量且つ安価なものとなる。また、高い再現性、収率を備えるものであり、産業上での高い実現性を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態1に係る磁性グラフェンの分子構造を示す図である。
【図2】本実施の形態1に係る磁性グラフェンのスピン密度分布を示す図である。
【図3】本実施の形態1に係る磁性グラフェンの磁化ヒステリシスを示すグラフである。
【図4】本発明の実施の形態2に係る磁性グラフェンの分子構造を示す図である。
【図5】グラフェンの分子構造を示す図である。
【図6】コロネンの分子構造を示す図である。
【図7】グラフェンのスピン密度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施の形態1
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。図1は、本実施の形態に係る磁性グラフェン1の分子構造を示している。この磁性グラフェン1は、本発明に係る有機磁性材料の構成要素となる。
【0022】
ここで、図5において、コロネン101の分子構造が示されている。また、図6において、グラフェン201の分子構造が示されている。コロネン101は、ベンゼン環が環状に6つ繋がった構造を有する平面分子であり、融点438℃、沸点525℃、分子量300、常温で安定な固体である。図6に示すグラフェン201は、コロネン101を基本構成とし、(図中)横にベンゼン環を順次付加し、16個のベンゼン環で構成されたものである。このグラフェン201の分子構造はC4818(分子量595)であり、その融点は1000℃を超え、常温での格子定数の温度変化は極めて小さく、安定な物質である。
【0023】
上記グラフェン201の常温での磁性は、通常の環状有機材料と同様に、反磁性である。図7は、グラフェン201の分子軌道法によるスピン密度分布を示している。同図において、実線はアップスピンを示し、破線はダウンスピンを示す。これらアップスピン及びダウンスピンは、互い違いに並んでおり、合成したスピンがゼロ、即ちグラフェン201の自発磁化がゼロであることを示している。
【0024】
ここで、図1に示す磁性グラフェン1は、図中上側のジグザグ端10の3つの炭素11,12,13が化学修飾され、2水素化されている。図2は、磁性グラフェン1のスピン密度分布を示している。同図から判るように、2水素化した3つの炭素11,12,13におけるスピン密度は、ゼロである。一方、反対側のジグザグ端20においては、全ての炭素が1水素化されており、これらの炭素のπ電子が残っているため、実線で示すアップスピンと、破線で示すダウンスピンとは交互に配列された状態となる。従って、磁性グラフェン1の分子全体において、3つのアップスピン51,52,53が相殺されずに残ることとなる。これにより、磁性グラフェン1は、対面するジグザグ端10,20の間で磁気的な非対称性が存在するものとなる。
【0025】
図3は、磁性グラフェン1の常温における磁化ヒステリシスを示している。同図に示す例では、飽和磁化が5emu/g、保持力が500エルステッドであり、強磁性を示している。
【0026】
上記のように、グラフェン201の対面するジグザグ端に、非対称な化学装飾を施すことにより、常温で自発磁化を生ずる磁性グラフェン1を生成することができる。そして、複数の磁性グラフェン1を、磁束方向を揃えて集積することにより、1つの磁性材料を製造することができる。
【0027】
以下に、磁性グラファイト1の製造方法例を示す。先ず、グラファイトを出発原料とし、300〜500℃の水蒸気雰囲気で剥離グラファイトを生成する。この剥離グラファイトに断応力をかけ、グラフェン単層又は複層からなるナノグラフェン原料を得る。このナノグラフェン原料の分子の大きさは、10〜100nmである。その後、濃度5%以下の水素を含むアルゴン雰囲気で300℃、5時間の水素化処理を行う。その後、粉砕機により粉体を数nmの大きさまで破砕し、更に200℃、30分の水素化処理を行う。
【0028】
上記のようにして得られた試料の磁化ヒステリシスは、上記図3に示すようになる。最初の5時間の水素化処理により、端が2水素化された比較的大きなグラフェンが得られる。そして、破砕後に行われる第2の水素化により、破砕により現れた端のみが1水素化される。これにより、磁気的に非対称なグラフェンが生成される。
【0029】
また、破砕により得られたナノグラフェンを真空中で550℃に加熱し、試料の上方から方向性のある水素ガスを5cc/分で30分流すことにより、グラフェンの端に2水素化を生じさせてもよい。
【0030】
実施の形態2
図4は、本実施の形態に係る磁性グラフェン301の分子構造を示している。この磁性グラフェン301は、上記実施の形態1に係る磁性グラフェン1において2水素化された3つの炭素11,12,13を、それぞれ窒素311,312,313に置換したものである。このような化学装飾によっても、上記実施の形態1と同様に、スピン密度がアンバランスであり、常温で自発磁化を生ずる磁性グラフェン301を生成することができる。
【0031】
以下に、本実施の形態に係る磁性グラフェン301の製造方法例を示す。上記実施の形態1と同様に、剥離グラファイトを生成した後、水素の替わりにNHガスを導入し、NH基による末端修飾を行う。その後、破砕によりナノグラフェンとし、200℃、30分の水素化処理を行う。これにより得られる試料の磁化ヒステリシスは、およそ2emu/g、保持力はおよそ120エルステッドとなる。
【0032】
尚、本発明は、上記実施の形態に限られるものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能なものである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明によれば、極めて小型、軽量の磁性材料を製造することが可能となる。例えば、磁気テープ、ハードディスク等の記録媒体、リチウムイオン電池の電極、磁気偏光フィルム、常温磁性半導体デバイス等への応用が考えられる。
【符号の説明】
【0034】
1,301 磁性グラフェン
10,20 ジグザグ端
11,12,13 炭素
311,312,313 窒素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラフェンの対面する第1及び第2の端の少なくとも一方に、前記第1及び第2の端の間で磁気的な非対称性を生ずる化学装飾が施された磁性グラフェンからなる有機磁性材料。
【請求項2】
前記第1及び第2の端は、ジグザグ端である、
請求項1記載の有機磁性材料。
【請求項3】
前記化学修飾は、前記端のうちどちらか一方の端の末端基をCH基とし、他方の端の対応する部分の末端基をCH基とするものである、
請求項1又は2記載の有機磁性材料。
【請求項4】
前記化学装飾は、前記端のうちどちらか一方の端の末端基をCH基とし、他方の端の対応する部分の末端基をNH基とするものである、
請求項1又は2記載の有機磁性材料。
【請求項5】
前記磁性グラフェンは、分子量が500〜50000である、
請求項1〜4のいずれか1つに記載の有機磁性材料。
【請求項6】
グラフェンの一方の端を第1の末端基群とし、他方の端を前記第1の末端基群に対して磁気的な非対称性を生ずる第2の末端基群とする化学修飾が施された磁性グラフェンから磁性材料を製造する方法であって、
目標分子量よりも大きい分子量の大分子量グラフェンを生成する第1の工程と、
前記大分子量グラフェンの端を前記第2の末端基群にする修飾を行う第2の工程と、
前記第2の工程において修飾された前記大分子量グラフェンを前記目標分子量となるように破砕し、該破砕により生成されたグラフェンの新たに現れた端を前記第1の末端基群にする修飾を行う第3の工程と、
を備える有機磁性材料の製造方法。
【請求項7】
前記第3の工程により生成された前記磁性グラフェンを、所定の磁石により磁着させる第4の工程、
更に備える請求項6記載の有機磁性材料の製造方法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−232511(P2010−232511A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−79868(P2009−79868)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】