説明

有機金属錯体、その製造方法、該有機金属錯体溶液組成物、液晶素材、および、液晶素子、ならびに、非破壊読み出し可能メモリー素子

【課題】中心にある強磁性金属の有する最外殻d電子のスピン転移を利用した機能を発現する新規な有機金属錯体、およびその用途を提供する。
【解決手段】下記化学式で示される有機金属錯体、これを用いた液晶素材。


上記式中、Mは強磁性金属原子を表し、R1〜R31は、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基などを、Xは1〜4価のカウンターアニオンを表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属原子を中心にして複素環化合物が結合した新規有機錯体化合物、該有機金属錯体溶液組成物、この新規有機錯体化合物からなる液晶素材、この液晶素材を含有する液晶材料を用いた液晶素子、および、非破壊読み出し可能メモリー素子に関し、さらにはこれらの用途に利用したときに分子デバイスとして機能する新規有機金属錯体に関する。
【背景技術】
【0002】
ある種の有機金属錯体は、金属イオン特有の電子スピン状態を変えることあるいは有機金属錯体に電荷を印加することで、その状態が変わり、その状態の変化を利用した新たな機能を利用することかできる可能性を有していることから、種々の有機金属錯体が合成され、その機能について検討されてきた。
【0003】
こうした金属有機錯体のエネルギー状態を変化させると、金属有機錯体中に含有される金属の最外殻にあるd電子の電子スピン状態は、通常は、低スピン状態から高スピン状態にスピン転移する。スピン転移が起こると、錯体の色、金属有機錯体の電子状態が変化するだけでなく、金属有機錯体の構造にも変化が生じることが知られており、たとえば、光誘起スピン転移化合物では、中心金属イオンのスピン状態の変化に伴い、中心金属イオンと配位子ドナー原子との結合距離が0.2Å程度変化する。
【0004】
このような構造の変化は、金属有機錯体についての電気双極子の配列制御によりもたらされる金属有機錯体の誘電特性を観測することにより測定することができる。
ところで、液晶性、スピン転移性およびスイッチング機能の機能を併せ持つ有機金属錯体はこれまで知られていなかった。
【0005】
前述したようなスピン転移による構造の変化に着目して構造相転移に由来した金属錯体を合成し、これに液晶性を付与することができれば、これらの機能を併せ持つ新しい化合物を合成できる可能性がある。そして、このような化合物を合成できれば、新しい分子デバイスの開発へと発展する可能性が高い。
【0006】
たとえば、Inorg. Chem. 2001, 40, 3025-3033(非特許文献1)には、本発明で規定する化合物に類似した構造を有する有機金属錯体が開示されている。
しかしながら、この非特許文献1で開示されている化合物は、外部からの熱エネルギーを中心金属するためのエネルギーの受容体となる長鎖状の構造を有していないために、外部からの熱エネルギーを取り込むことができず、金属有機錯体の中心金属原子を高いエネルギー状態にすることができない。このためにこの非特許文献に開示されている金属有機錯体は液晶性等の特性は有していない。
【非特許文献1】Inorg. Chem. 2001, 40, 3025-3033
【非特許文献2】WOLFGANG HENKE and STEFAN KREMER,Inorganica Chimica Acta, 65 (1982) LllS-L117
【非特許文献3】Hiroki Oshio, Hartmut Spiering, Vadim Ksenofontov, Franz Renz and Philipp Gu1tlich, Inorg. Chem. 2001, 40, 1143-1150
【非特許文献4】FUSAO TAKUSAGAWA, PAULOS G. YOHANNES and KRISTIN BOWMAN MERTES, Inorganica Chimica Acta, 114 (1986) 165-169
【非特許文献5】John S. Judge and W. A. Baker, Jr.,Inorganica Chimica Acta j 1:l 1 /me, 1967
【非特許文献6】BY JOHN G. SCHMIDT, WALLACE S. BREY, JR, AND CARL, STOUFER ,Inorganic Chemistry Vol. 6, No. 2, February 1967
【非特許文献7】Ana B. Gaspar, M. Carmen Mun, Virginie Niel and Jose´ Antonio Real,Inorg. Chem. 2001, 40, 9-10
【非特許文献8】John S. Judge and W. A. Baker, Jr., Inorganica Chimica Acta j 1:l 1 /me, 1967
【非特許文献9】S. KREMER, W. HENKE and D. REINEN, Inorg. Chem. 1982, 21, 3013-3022
【非特許文献10】Ana Galet, Ana Bele´n Gaspar, M. Carmen Mun and Jose´ Antonio Real, Inorganic Chemistry, Vol. 45, No. 11, 2006 44134
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規な有機金属錯体を提供することを目的としている。
すなわち、本発明は枝分かれした長鎖アルキル基を導入することにより、液晶性およびスピン転移性を併せ持ち、かつスイッチング機能を有し、液晶や非破壊読み出し可能メモリーとして応答可能な新規有機金属錯体を提供することを課題としている。
【0008】
また、本発明は、液晶素材などとして利用可能な新規な有機金属錯体を提供することを目的としている。
さらに本発明は、上記有機金属錯体からなる液晶素材を提供することを目標としている。
【0009】
また、本発明は、上記液晶素材を使用した液晶素子、メモリー素子などの各種素子を提供することを目的としている。
さらに、本発明は、上記のような液晶素子などを製造する際に使用することができる液晶インクを提供することを目的としている。
【0010】
さらに、本発明は、液晶素子および非破壊読み出し可能メモリー素子に利用したときに分子デバイスとして機能する新規有機金属錯体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の有機金属錯体は、下記式(1)で示される。
【0012】
【化1】

ただし、式(1)中、Mは強磁性金属原子を表し、R1〜R3のうち少なくとも1つは、
炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、R21〜R23のうち少なくとも1つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、その他のR1〜R31は、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表し、Xは1〜4価のカウンターアニオンを表し、nはXの個数であって、Xの価数×nの値は2である。
【0013】
すなわち、本発明は、上記式(1)で示される強磁性金属原子を中心とする有機金属錯体(硬質構造部)に、外側に伸びる長鎖アルキル基など(軟質構造部)を所定の位置に植設することにより、この軟質構造部を、有機金属錯体の外部からの熱エネルギーの受容体として作用させて、たとえば加熱などにより加えられる熱エネルギーを硬質構造部を介して有機金属錯体に中心に位置する強磁性金属原子に供給して、この強磁性金属原子の有するd電子を高スピン状態に引き上げて、たとえばスイッチング材料やメモリ材料などとして利用しようとするものである。
【0014】
ちなみに、本発明者は、上記化合物(1)で示される化合物のR1〜R30がすべて水素
原子である化合物は、液晶性などの機能を有していないことは既に確認している。
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のMで表される強磁性金属原子が、二価の鉄原子、二価のニッケル原子、および、二価のコバルト原子よりなる群から選ばれるいずれかの強磁性金属原子であることが好ましい。
【0015】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のMで表される強磁性金属原子が、二価のコバルト原子であることが好ましい。
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のR2が、炭素数が4〜30の炭化水素オキ
シル基であり、R22は炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R31が、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニト
ロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基であることが好ましい。
【0016】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のR2が、炭素数が4〜30の炭化水素オキ
シル基であり、R22が炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、R1、R3、R21およびR23が、水素原子であることが好ましい。
【0017】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のR2が、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水
素オキシル基であり、R22が、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基であり、R1、R3〜R21およびR23〜R31が、水素原子であることが好ましい。
【0018】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のカウンターアニオンXが、ハライド、テトラハロボレート、ヘキサハロホスフィン、テトラアリールボレート、テトラアルキルボレートおよびパークロレートよりなる群から選ばれる少なくとも1種のアニオンであることが好ましい。
【0019】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のカウンターアニオンXが、F-、Cl-、Br-、I-、テトラフルオロボレート、テトラクロロボレート、テトラブロモボレート、テトラヨードボレート、パークロレート、ヘキサフルオロホスフィン、ヘキサクロロホスフィン、ヘキサブロモホスフィンおよびテトラフェニルボレートからなる群から選ばれる少なくとも1種のアニオンであることが好ましい。
【0020】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)中のカウンターアニオンXが、テトラフルオロボレートであることが好ましい。
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)で示される有機金属錯体が、下記式(2)で示
される有機金属錯体であることが好ましい。
【0021】
【化2】

式(2)中、R2およびR22は炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基を表し、
Xは1価のカウンターアニオンを表す。
【0022】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)で示される有機金属錯体が、下記式(3)で示される有機金属錯体であることが好ましい。
【0023】
【化3】

本発明の有機金属錯体は、−270℃から130℃の温度に昇温して測定したときの該有機金属錯体の磁化率、および、130℃から−270℃の温度に降温して測定したときの該有機金属錯体の磁化率が、ヒステリシス曲線を形成することを特徴とする。
【0024】
本発明の有機金属錯体は、前記有機金属錯体を−270〜130℃に加熱して上記式(1)で示される有機金属錯体を構成する金属原子が最外殻に有するd電子をスピン転移させて該有機金属錯体分子が配向した有機金属錯体になることが好ましい。
【0025】
また、本発明の有機金属錯体は、上記有機金属錯体が充填された液晶素子に−270〜230℃の温度で、−10,000Vcm-1〜10,000Vcm-1の範囲内の電圧を印加したときの透過光光量がヒステリシス曲線を形成することが好ましい。
【0026】
本発明の有機金属錯体は、上記有機金属錯体が、上記透過光光量のヒステリシス曲線を利用したスイッチング機能を有することが好ましい。
本発明の有機金属錯体は、下記式(4)で示される配位子と、強磁性金属化合物とを反応させることにより製造することができる。
【0027】
【化4】

上記式(4)中、R1〜R3のうちの少なくとも一つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、その他のR1〜R12は、それぞれ
独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表す。
【0028】
本発明の有機金属錯体の製造方法において、前記強磁性金属化合物が、二価の鉄原子を有する化合物、二価のニッケル原子を有する化合物、および、二価のコバルト原子を有する化合物よりなる群から選ばれるいずれかの強磁性金属原子含有化合物であることが好ましい。
【0029】
本発明の有機金属錯体の製造方法では、前記式(4)中、R2が、炭素数が4〜30の
炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R12が、それぞれ独立に、水素原子であるこ
とが好ましい。
【0030】
本発明の有機金属錯体の製造方法では、前記式(4)中、R2が、炭素数が8〜22の
脂肪族炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R12が、それぞれ独立に、水素原子で
あることが好ましい。
【0031】
本発明の有機金属錯体の製造方法では、前記式(4)で表わされる配位子が、4’−ヒドロキシ−2,2’:6’,2”−ターピリジンに、長鎖アルキル基もしくは長鎖アルコキシル基を導入することにより得られることが好ましい。
【0032】
本発明の有機金属錯体溶液組成物は、
(A)上記有機金属錯体、および
(B)有機金属錯体を溶解可能な有機溶媒
が溶解されてなることを特徴としている。
【0033】
本発明の有機金属錯体溶液組成物は、
前記有機金属錯体溶液組成物を形成する有機溶媒の沸点が、50〜100℃の範囲内にある有機溶媒であることが好ましい。
【0034】
また、本発明の有機金属錯体溶液組成物は、
前記有機金属錯体溶液組成物を形成する有機溶媒が、アルコール、ケトンおよびハロゲン化炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶媒であることが好ましい。
【0035】
また、本発明の有機金属錯体溶液組成物は、前記有機溶媒が、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、アセトン、メチルエチルケトン、クロロホルム、ジクロロエタンおよびテトラクロロエタンからなる群から選ばれる少なくとも1種である有機溶媒であることが好ましい。
【0036】
本発明の有機金属錯体溶液組成物は、前記有機溶媒を、有機金属錯体1重量部に対して10〜100,000,000重量部の量で用いることが好ましい。
本発明の液晶素子または非破壊読み出し可能メモリー素子用のインクまたはコーティング剤は、前記有機金属錯体溶液組成物からなることが好ましい。
【0037】
本発明の液晶素材は、上記有機金属錯体を含有することを特徴としている。
本発明の液晶素子は、上記液晶素材を含有することを特徴としている。
本発明の液晶素子は、クロスニコル位に配置された二枚の偏光板の間に、電圧を印加可能にされた透明電極が表面に配置された二枚の透明基板を、該透明電極が対峙するとともに、液晶材料が挟持される間隙を形成して配置した液晶セルに、上記液晶素材を含有する液晶材料を充填してなることを特徴としている。
【0038】
本発明の液晶素子は、上記液晶素子に液晶材料を充填するに際して、上記液晶素子用のインクまたはコーティング剤を用いて塗布することが好ましい。
本発明の液晶素子は、上記液晶素子用のインクまたはコーティング剤を用いて透明基板に塗布することが好ましい。
【0039】
本発明の液晶素子は、上記液晶素子用のインクを用いて、インクジェット法により透明基板に塗布することが好ましい。
本発明の液晶素子は、上記液晶素子において、液晶素材の少なくとも1分子が、一つの
デバイスを形成していることが好ましい。
【0040】
本発明の非破壊読み出し可能メモリー素子は、上記有機金属錯体を含有することを特徴としている。
また、本発明の非破壊読み出し可能メモリー素子は、上記非破壊読み出し可能メモリー素子において、有機金属錯体素材の少なくとも1分子が、一つのデバイスを形成している
ことが好ましい。
【0041】
本発明の非破壊読み出し可能メモリー素子は、上記非破壊読み出し可能メモリー素子用のインクまたはコーティング剤を基板に塗布して形成されてなることが好ましい。
また、本発明の非破壊読み出し可能メモリー素子は、上記非破壊読み出し可能メモリー素子用のインクをインクジェット法により基板に塗布して形成されてなることが好ましい。
【発明の効果】
【0042】
本発明の有機金属錯体は、強磁性金属原子に結合しているヘテロ環を有する環状構造部の外周に炭素数の大きな鎖状構造を導入することにより、この炭素数の大きな鎖状構造が外部エネルギーの受容部となって、外部熱エネルギーを環状構造を介して本発明の有機金属錯体の中心に位置する強磁性金属原子に供給することができる。このようにして外部から強磁性金属原子に供給されたエネルギーは、強磁性金属原子の有する電子を励起させ、強磁性金属原子の最外殻d電子がスピン転移可能な状態になる。
【0043】
そして、こうしてスピン転移可能なまでに高いエネルギー状態にされた最外殻d電子が、隣接する強磁性金属原子中にある最外殻d電子との間でスピン転移することにより、本発明の有機金属錯体の最外殻d電子が上記のようにスピン転移することにより、この有機金属錯体分子は、隣接する有機金属錯体分子に対して配向し、液晶素材として使用することができる。
【0044】
本発明の液晶素材は、メモリー効果を有し、この現象を利用することにより、メモリー機能およびスイッチング機能を有するようになる。
しかも、有機金属錯体を配向させるためには、有機金属錯体に加熱などにより外部から熱エネルギーを付与して強磁性金属原子が最外殻に有するd電子のスピン転移が起こればよいので、従来の液晶素子のように、たとえば一ピクセルに充填された液晶材料全体を、配向膜などを用いて一定方向に配向させることを特に必要とするものではなく、有機金属錯体の配向状態を分子単位で変えることが可能になる。従って、本発明の有機金属錯体を使用することにより、一分子毎の配向状態を制御することにより、究極には一分子を一デバイスとして使用することが可能になる。すなわち、本発明の有機金属錯体は、液晶素子または非破壊読み出し可能メモリー素子の用途に利用したときに分子デバイスとして機能することができる。
【0045】
そして、本発明の有機金属錯体の有するメモリー効果を利用して、一分子を一デバイスとして使用することにより一分子からなる一デバイスに一つの情報を書き込み、これを読み出すことが可能である。この特性を利用することにより非常に小型で大容量の非破壊読み出し可能メモリーを形成することができる。
【0046】
このように本発明の有機金属錯体を液晶素材として使用して液晶素子を形成する場合に、本発明の有機金属錯体が有機溶媒に可溶であるとの特性を利用すると有利である。即ち、本発明の有機金属錯体を低沸点極性溶媒、たとえば沸点が30〜85℃程度の有機極性溶媒に非常に低濃度で溶解した液晶インクを調製し、この液晶インクを用いてジェットプリンターで微細量毎塗布することにより、非常に少量の有機金属錯体を一単位とするドットを形成することができ、この一ドットに含まれる極微量の有機金属錯体を一デバイスとして使用することにより、非常に小型で大容量の液晶素子を形成することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0047】
次に本発明の有機金属錯体について詳細に説明する。
本発明の有機金属錯体は、下記式(1)で表すことができる。
【0048】
【化5】

ただし、前記式(1)において、Mは強磁性金属原子を表す。したがって、本発明において、前記式(1)で表される有機金属錯体の中心金属Mは、強磁性金属原子である、鉄原子、コバルト原子、またはニッケル原子であることが好ましく、さらに2価のコバルト原子であることが特に好ましい。
【0049】
また式(1)において、R1〜R3のうち少なくとも1つは、炭素数が4〜30の炭化水
素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表す。
さらに、式(1)において、R21〜R23のうち少なくとも1つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、その他のR1〜R31
、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表す。
【0050】
そして、本発明において、R2が炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、R22
が炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R31が、それぞれ独立
に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基である化合物が好ましい。このような化合物は、容易に合成できるとともに、化合物の立体構造に無理がなく、また、立体障害が生じにくく、本発明において好適である。
【0051】
さらに、式(1)において、R2は、炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、
22は炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、R1、R3、R21およびR23は、水素原子であることが好ましい。
【0052】
さらに、式(1)において、R2は、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基で
あり、R22は、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基であり、R1、R3〜R21およびR23〜R31は、水素原子であることが特に好ましい。このような化合物は、上記と同様に、容易に合成できると共に、化合物の立体構造に無理がなく、また、立体障害が生じにくく、本発明において好適である。
【0053】
また、式(1)において、Xは1〜4価のカウンターアニオンを表し、nはXの個数であって、Xの価数×nの値は2である。したがって、式(1)において、nは、Xが1価の場合は2であり、Xが2価の場合は1である。
【0054】
前記式(1)で表される有機金属錯体のカウンターアニオンXとしては、ハライド、テトラハロボレート、ヘキサハロホスフィン、テトラアリールボレート、テトラアルキルボレートおよびパークロレートを挙げることができる。
【0055】
そして、本発明において、カウンターアニオンXは、F-、Cl-、Br-、I-、テトラフルオロボレート、テトラクロロボレート、テトラブロモボレート、テトラヨードボレート、パークロレート、ヘキサフルオロホスフィン、ヘキサクロロホスフィン、ヘキサブロモホスフィンおよびテトラフェニルボレートであることが好ましい。
【0056】
このカウンターアニオンXは、単独であるいは組み合わせて使用することができる。
さらに、式(1)において、カウンターアニオンXは、テトラフルオロボレートであることが特に好ましい。
【0057】
本発明の有機金属錯体は、前記式(1)で示される有機金属錯体が、下記化学式(2)で示される有機金属錯体であることが好ましい。
【0058】
【化6】

ただし、前記式(2)中、R2およびR22は炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシ
ル基を表し、Xは1価のカウンターアニオンを表す。
【0059】
さらに、上記式(1)で示される有機金属錯体においては、下記式(3)で示される有機金属錯体であることが特に好ましい。
【0060】
【化7】

<有機金属錯体の合成>
本発明の有機金属錯体は、下記化学式(4)で示される配位子と、金属化合物とを反応させることにより合成することができる。
【0061】
【化8】

ただし、前記式(4)中、R1〜R3のうちの少なくとも一つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、その他のR1〜R12は、
それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表す。特に本発明では、R2
は、炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であることが好ましい。
【0062】
また、式(4)中、R2は、炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、その他の
1〜R12は、それぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸
基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表す。本発明
においては、R1〜R12は、それぞれ独立に、水素原子であることが好ましい。
【0063】
さらに、前記式(4)で示される配位子においては、R2は炭素数が8〜22の脂肪族
炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R12は、それぞれ独立に、水素原子であるこ
とが特に好ましい。
【0064】
また、本発明においては、前記式(4)で示される配位子としては特に制限はないが、たとえば、4’−ヒドロキシ−2,2’:6’,2”−ターピリジン(以下、「terpy-OH」ともいう。)に5−デシル−1−ブロモヘプタデカン、1−ブロモ−2−エチルヘキサン、1−ブロモ−2−ブチルオクタン、1−ブロモ−2−ヘキシルデカン、1−ブロモ−2−オクチルドデカンおよび1−ブロモ−2−デシルテトラデカンを導入した化合物などが挙げられる。
【0065】
上記のような式(4)で表される配位子と結合する金属は、強磁性金属原子を有する化合物であり、具体的には、鉄含有化合物、ニッケル化合物、コバルト化合物が挙げられる。特に、本発明においては、前記金属化合物は、二価のコバルト化合物を使用することが好ましく、さらにCo(BF42が特に好ましい。
【0066】
すなわち、本発明の有機金属錯体は、たとえば、以下に示す合成方法によって合成される。
【0067】
【化9】

第1段階として、2−デシルテトラデカノールおよびトリフェニルホスフィンを乾燥クロロホルムに溶かした溶液中に臭素を加え、一晩室温で撹拌して、化合物(i)である2−デシル−1−ブロモテトラデカンを得る。
【0068】
第2段階として、2−デシル−1−ブロモテトラデカンに、塩化アリルマグネシウムを乾燥テトラヒドロフラン(THF)に溶かした溶液を加えて反応させ、化合物(ii)を得る。
【0069】
第3段階として、化合物(ii)に、水素化ホウ素ナトリウムを乾燥ジグリムに溶かした溶液を加え、次いで(C252O・BF3を乾燥ジグリムに溶かした溶液を加えて撹拌した。ここへ、水酸化ナトリウムおよび過酸化水素を加えて化合物(iii)を得る。
【0070】
第4段階として、第1段階と同様の操作で化合物(iv)を得る。
第5段階として、炭酸カリウムの存在下に、化合物(iv)およびterpy-OHを乾燥ジメチルホルムアミド(DMF)のような極性良溶媒中で反応させて、本発明の有機金属錯体に用いられる配位子である化合物(v)を得る。このとき、長鎖アルキル基のアルキル基の炭素数は、得られる有機金属化合物を液晶素材として使用する際の液晶の作動温度を適正化するとともに、合成が容易であることから、4〜30の範囲内にあることが好ましく、さらに8〜22の範囲内にあることがより好ましい。
【0071】
第6段階として、化合物(v)およびCo(BF42・6H2Oを、たとえば、クロロ
ホルム/メタノール混合溶媒のような極性溶媒の存在下で反応させることにより、本発明の有機金属錯体である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2を製造することができる。
【0072】
なお、上記反応例は、本発明の有機金属錯体の合成の一例を示すものであり、本発明の有機金属錯体は、上記の合成方法に限らず、種々の公知の方法を使って合成することができる。
【0073】
<有機金属錯体の物性>
前述のようにして得られた本発明の有機金属錯体の物性について、以下に述べる測定方法を用いて検討した。本発明の有機金属錯体のうち、[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2を用
いた一例について説明する。
【0074】
DSC
本発明の有機金属錯体は、示差走査熱量計(DSC)より、3種類の結晶相(K1、K2、K3)をとりうる多形構造であることが分かる。前処理をしない場合、本発明の有機金
属錯体は、ほとんどK2結晶相のみの構造からなり、288Kで、スメクチックA相と呼
ばれる液晶相(SA相)に転移する。一度昇温した後、急激に冷却するとK1結晶相が形成され、278Kで液晶相(SA相)に転移する。また、一度昇温した後、徐々に冷却した
場合では、K1結晶相およびK2結晶相が混在して形成されるが、K1結晶相と比べてK2結晶相の方が形成されやすい。このK1結晶相およびK2結晶相の混在した相を加熱すると、まず、K1結晶相が278Kで液晶相(SA相)への相転移が起こり、次いで、K2結晶相
から液晶相(SA相)への相転移が288Kで起こるが、同時にこの液晶相(SA相)から別の結晶相であるK3結晶相への緩和も起こることが観測される。K3結晶相は296Kで液晶相(SA相)に相転移する。そして、更に加熱していくと、523Kで、液晶相(SA相)から完全に等方性液体相になる。この温度が、融点であり、いわゆる透明点である。等方性液体相が現れた後も更に加熱を続けると、有機金属錯体は徐々に分解する。
【0075】
DSC測定におけるピークの発現はスキャン速度に関係することを図2に示す。2K/minの速度で測定した場合には、10K/minや40K/minの速度で測定した場合と比べ、1回目の昇温および降温過程、ならびに2回目の昇温および降温過程のいずれも液晶相転移に起因する発熱ピークおよび吸熱ピークが顕著に観測される。しかしながら、10K/minの速度で測定した場合、2K/minの速度で測定した場合と比べ、各々2つずつ観測される発熱ピークおよび吸熱ピークが一部重なり、40K/minの速度で測定した場合には、これらの2つのピークは完全に重なる。すなわち、10K/minおよび40K/minの速度で測定した場合、液晶相転移の速度がスキャン速度に対応することができないことを示している。
【0076】
光学模様
本発明の有機金属錯体は、ターピリジン骨格に枝分かれした長鎖アルキル鎖を導入したことにより、液晶相転移の起こる温度を調節し、スピン転移と液晶相転移とが同じ温度で起きるように設計したものである。すなわち、本発明の有機金属錯体は、液晶相転移に伴
ってスピン状態変化を起こす。したがって、有機金属錯体が固体状態の時に、中心金属原子Mは低スピン状態であり、液晶状態の時に、中心金属原子Mは高スピン状態にある。
【0077】
すなわち、本発明の有機金属錯体の一例である上記[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2につ
いてみると、この[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2においては、前述したように、約278
〜296Kの温度において、この有機金属錯体が結晶から液晶に相転移されると共に、この相転移と同時に最外殻のd電子のスピン転移(S=1/2⇔S=3/2)も高スピン状態に転移することが示されている。
【0078】
このような相転移と最外殻のd電子の高スピン転移とが同時に起こることにより、この有機金属錯体は、スメクチックA(SA相)相を呈する。図1はこのスメクチックA(SA相)相を示している。スメクチックA相(SA相)において、有機金属錯体の中心金属原
子のスピン状態は高スピン状態にあり、有機金属錯体が常誘電性になったことを示している。このSA相は523Kまで観測され、これ以上の温度になると、完全に融解して等方
性液体相になる。
【0079】
粉末X線回折(PXRD)
本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2について300Kの
温度条件下で測定したPXRDパターンを図5に示す。広角領域(2θ=19.6°;面間隔d=4.5Å)には、非晶質部分(軟質部分)に起因するブロードなピーク(ハロー)が観測され、小角領域(2θ=4.0°)には、結晶質部分(硬質部分)に起因する4つの回折パターンが1:1/2:1/3:1/4の比で観測される。この4つの反射は各々、本発明の有機金属錯体のラメラ相の構造の(001)、(002)、(003)、(004)面を表し、該格子面から計算される面間隔dは23.9Åである。
【0080】
このPXRDパターンから明らかなように、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2は、液晶相を呈する温度付近においては、強磁性金属原子を中心とするヘテロ環構造によって形成される結晶質な部分と、この周囲に結合した炭化水素基などによって形成される非晶質な部分とが共存しており、そして、このような結晶構造を有する有機金属錯体に一定の熱エネルギーを加えて、この熱エネルギーをエネルギー受容体である軟質部分を構成する炭化水素基に吸収させて、ヘテロ環構造を介して中心にある強磁性金属原子Mを励起して高スピン状態にすることによる配向状態を形成することにより、本発明の有機金属錯体を液晶素材として使用することが可能になる。
【0081】
磁化率の温度依存性
本発明の有機金属錯体の磁化率の温度依存性を図6に示す。100Kにおいてχm
T値は0.50cm3Kmol-1であり、本発明の有機金属錯体は低スピン状態にある。昇温過程では、100〜200Kの温度範囲においてχmT値はほとんど変わらないが、288K付近で曲線の傾きが高磁化率に急峻に転じ、400Kになると、χmT値は1.73cm3Kmol-1となる。すなわち、昇温過程において、磁化率の変化する変曲点付近で低スピンから高スピンへのスピン転移が起きている。また、降温過程では、400Kから292Kの温度範囲にかけてχmT値は徐々に減少していくが、284Kにおいて急激に減少する。このとき高スピン状態から低スピン状態にスピン転移が起きており、昇温過程および降温過程における磁化率と温度との関係は、いわゆるヒステリシスループ(ΔT=4K)を描くことが分かる。この変曲点付近の拡大図(点線で囲った図)は、磁化率の変化を微分した図であるが、昇温過程と降温過程とで異なった磁化率の変化の履歴を示す、ヒステリシス現象を示した図である。すでに上述したように、昇温過程では270〜300Kの温度範囲において、K1結晶相からスメクチックA相(SA相)相への相転移、K2結晶相からスメクチックA相(SA相)相への相転移、ならびに、K3結晶相からスメクチックA相(SA相)相への相転移の3種類の相転移が起こり、降温過程では284KでスメクチックA相(SA相)相からK2結晶相およびK3結晶相への相転移、268KでスメクチックA相(SA相)相からK1結晶相への相転移が起こる。本発明の有機金属錯体のうち、たとえば、ターピリジンを配位子に有するコバルト(II)化合物は、S=1/2⇔S=3/2のスピンクロスオーバー挙動を示すが、結晶相から液晶相への相転移に併せて、低スピンから高スピン状態へのスピン転移が一部起こり(50%以上)、その後、スピンクロスオーバー現象が続くと考えられる。
【0082】
なお、低スピン状態にある270K以下では、有機金属錯体の長鎖アルキル鎖は動かないため、強磁性金属原子Mとヘテロ環との距離は短く、加熱により長鎖アルキル鎖が融け、スピン転移現象が起こると、強磁性金属原子Mとヘテロ環との距離が長くなる。
【0083】
なお、この拡大図に併せて記載されているDSCサーモグラムは、スピン転移現象が、液晶相転移に直接的に関係していることを示している。すなわち、昇温過程においては、急峻にピークが立ち上がる288K付近で発熱ピークが観測され、降温過程においては、急峻にピークの減少する284K付近で吸熱ピークが観測されており、磁化率の変化する変曲点付近で相転移が起きていることを示している。
【0084】
この本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2が示す磁化率の
ヒステリシスを利用することにより、本発明の有機金属錯体の一分子の磁化率のヒステリシス曲線上の変化を検知することにより、この有機金属錯体1分子を1ビットとして利用することが可能であり、本発明の有機金属錯体を分子レベルで用いた分子メモリーとして機能させることが可能であり、この特性を利用することにより本発明の有機金属錯体は、非常に高密度で情報を記録する情報記録材料として利用することができる。
【0085】
<液晶素材>
本発明の液晶素材は、上記式(1)で表わされる有機金属錯体からなる。
本発明の液晶素材の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2について、温度と状態と
の関係を図3に示す。
【0086】
前述した通り、本発明の有機金属錯体は、3種類の結晶相(K1、K2、K3)を含む多
形構造をとっている。このうち、前処理をしない場合に形成されるK2結晶相は、288
Kで、スメクチックA相と呼ばれる液晶相(SA)に転移する。一度昇温した後、急激に
冷却した場合に形成されるK1結晶相は、278Kで液晶相(SA)に転移する。一方、一度昇温した後、徐々に冷却した場合に形成されるK1結晶相およびK2結晶相の混在した相は、液晶相(SA)への相転移と、液晶相(SA)からK3結晶相への緩和を起こしながら
、296Kで完全に液晶相(SA)に相転移する。そして、更に加熱を続けると、523
Kで完全に等方性液体相に相転移する。
【0087】
前述したように、本発明の液晶素材の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2は、約
278〜296Kから523Kの温度範囲でスメクチックA(SA)相を呈することから
、この[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2を液晶素材として使用することが可能である。
【0088】
本発明の液晶素材は、上記詳述のような構造を有しており、この特異的構造に起因して、配向状態が形成され、さらに、この配向状態が液晶素材である有機金属錯体の中心にある強磁性金属原子の最外殻d電子のスピン状態によって形成されることから、本発明の液晶素材(液晶化合物)1分子を、1ピクセルとして動作させることが可能である。
【0089】
本発明の液晶素材を用いた液晶素子は、たとえば図7に模式的に示される液晶セルに本発明の液晶材料を充填することにより得られる。
図8に示されるように、本発明の液晶素材を用いた液晶素子を形成するに際しては、ク
ロスニコル位に配置された二枚の偏光板12-1,12-2の間に、一方の面に透明電極14-1,14-2が配置された二枚の透明基板13-1,13-2を、液晶材料を充填するための一定の間隙が形成
されるように、透明電極14-1,14-2が対峙するように配置した液晶セル19を形成する。液
晶セルは、上記の透明電極14-1,14-2との間に液晶素材あるいは有機金属錯体溶液組成物20が充填されて、この液晶素材あるいは有機金属錯体溶液組成物に電界を印加できるよう
に形成されている。
【0090】
こうして形成された液晶セルの間隙に上記液晶材料を充填して配向させることにより液晶素子を形成することができる。
なお、透明電極14-1,14-2を有する透明基板13-1,13-2を用いて一定の幅の間隙を形成するために、図7に示すように、スペーサー16を使用することもできる。このスペーサーは、通常は、液晶材料に対して反応性のない無機粒子、たとえば酸化ケイ素の微細粒子などを使用することができる。
【0091】
液晶セル19の間隙に液晶材料を充填する方法としては種々の方法を採用することができるが、本発明では、液晶素材の少なくとも一部が低沸点の有機溶媒に溶解した液晶インク(液晶コーティング組成物)を調製して、これを塗布することにより充填する方法が有利である。
【0092】
ここで使用する有機溶媒としては、沸点が通常は50〜100℃、好ましくは50〜80℃の有機溶媒であって、溶解する液晶素材と反応性を有していない有機化合物を使用することができる。このような有機溶媒の例として、メタノール、エタノール、n−プロパノールおよびイソプロパノールなどのアルコール類;アセトンおよびメチルエチルケトンなどのケトン類;クロロホルム、ジクロロエタンおよびテトラクロロエタンなどのハロゲン化炭化水素を挙げることができる。これらの有機溶媒は単独であるいは組み合わせて使用することができる。
【0093】
このような有機溶媒を用いて液晶インクを形成する場合、液晶化合物1重量部に対して、通常は10重量部〜100,000,000重量部の範囲内の量、好ましくは10重量部〜100,000重量部の範囲内の量の有機溶媒を使用する。こうして得られた液晶インクは、低粘度であるとともに、有機溶媒を容易に除去することができるので、たとえばスピンコートなどのコーティング手段を用いて効率的に液晶インクを塗布することができる。殊に、上記のようにして得られた液晶インクは、微少量をインクジェット法により所定の位置に正確に塗布することができることから、液晶材料の充填にインクジェットプリンターを使用できるとの利点がある。インクジェットプリンターを用いて上記液晶インクを液晶セル内に充填するに際しては、一方の透明基板、たとえば図8で示すと、付番13-2で示される透明基板と、付番14-2で示される透明電極を取り除いて隔壁17で区画されたピクセルを有するセルを形成し、各セルにインクジェットプリンターから一定量の液晶インクを吐出させた後、有機溶媒を除去して、次いで透明電極14-2付きの透明基板13-2を配置することにより、液晶素子を形成することができる。
【0094】
本発明で使用する液晶素材は、所定の温度にすることにより、該液晶素材の中心にある強磁性金属原子が高スピン状態になり、最外殻d電子を高スピン状態にすることにより、隣接する液晶素材の分子に対して自発的に配向することから、本発明では液晶セルに分子を配向させるための配向膜を形成することを特に必要とするものではないが、効率的に配向を行うために、液晶セル内に配向膜を配置することもできる。
【0095】
また、本発明の液晶素材は、液晶化合物一分子が一デバイスを形成することができるものであることから、上述の式(1)で表わされる有機金属錯体以外の液晶化合物を特に加える必要はないが、たとえば、液晶素子の駆動温度の幅を調整する目的、視野角の拡大を
目的として、他の液晶化合物を配合することもできる。
【0096】
本発明において、上記式(1)で表わされる液晶素材と共に使用することができる液晶化合物としては、
(+)4'-(2"-メチルブチルオキシ)フェニル-6-オクチルオキシナフタレン-2-カルボン酸
エステル、
4'-デシルオキシフェニル-6-((+)-2"-メチルブチルオキシ)ナフタレン-2-カルボン酸エステル、
下記式で表わされるキラルスメクチックC相を呈する化合物
【0097】
【化10】

などを挙げることができる。
さらに、上記のキラルスメクチックC相を呈する化合物以外の化合物で上記式(1)で表わされる有機金属錯体と共に液晶素材を構成することができる液晶化合物の例としては、
【0098】
【化11】

のようなシッフ塩基系液晶化合物;
【0099】
【化12】

のようなアゾキシ系液晶化合物;
【0100】
【化13】

のような安息香酸系液晶化合物;
【0101】
【化14】

のようなシクロヘキサンカルボン酸エステル系液晶化合物;
【0102】
【化15】

のようなジフェニル系液晶化合物;
【0103】
【化16】

のようなターフェノール系液晶化合物;
【0104】
【化17】

のようなシクロヘキシル系液晶化合物;
および
【0105】
【化18】

のようなピリジン系液晶化合物などに代表されるネマチック系の液晶化合物をはじめとして、さらに、塩酸コレステリン、ノナン酸コレステリンおよびオレイン酸コレステリン等のコレステリック系の液晶化合物ならびにスメクチック系の液晶組成物を挙げることができる。
【0106】
なお、本発明で使用することができる他の液晶化合物は、その化合物自体が液晶性を示さないが、液晶性を示す化合物とともに使用することによって、全体として液晶性を示すようになる化合物であってもよい。
【0107】
さらに、本発明においては、上記のような液晶化合物に加えて、さらに、電導性付与剤、寿命向上剤など、通常の液晶化合物とともに使用される添加剤が配合されていてもよい。
【0108】
また、本発明では、液晶素子に形成される液晶材料を充填するための間隙を確保するために、液晶材料中に粒子状のスペーサー、短繊維状のスペーサーを配合することもできる

【0109】
<コーティング剤組成物>
本発明のコーティング剤組成物は、有機金属錯体溶液組成物を含有することを特徴としている。
【0110】
<用途>
本発明のインクまたはコーティング剤組成物をインクジェット法やスピンコート法を用いて基材に塗布することにより、非破壊読み出し可能メモリーが好適に製造される。
【0111】
本発明のメモリーデバイスは図8に示すようにソース電極およびドレイン電極が形成された絶縁基板(シリコン基板)の表面に、緩衝層(Buffer layer)を介して本発明の有機金属錯体の極薄層を形成する。この有機金属錯体の極薄層は、上述した有機金属錯体を有機溶媒に溶解もしくは分散させた有機金属錯体溶液組成物を、たとえばスピンコートなどの薄膜化技術を利用して塗布し、溶媒を除去することにより形成することができる。このとき極薄層を本発明の有機金属錯体が単分子で配向するようにコーティング剤組成物の粘度を充分に低くする。このように、たとえば高速スピンコーティングにより本発明の有機金属錯体をコーティングすることにより、分子の向きが一定方向に揃った極薄層を形成することができる。こうして形成された有機金属錯体からなる極薄膜の表面にゲート電極を配置して、電場をかけることにより、極薄膜中の有機金属錯体を構成する強磁性金属の最外殻d電子を高スピン状態にすることができる。こうして有機金属錯体中の強磁性金属の最外殻d電子が高スピン状態になることにより、有機金属錯体が配位し、図9に示すように、極薄膜中にある有機金属錯体の状態が変化する。この変化によって、たとえば図8に示すようなメモリーデバイスにおいては、ソース電極とドレイン電極との間に電位差が生じこの電位差を検知することにより、この有機金属錯体からなる薄膜層をメモリーデバイスとして使用することができる。また、図9に示すように配向状態によって変化する光の透過性、光の波長変化を検知することによってもこの有機金属錯体からなる薄膜層をメモリーデバイスとして使用することができる。
【0112】
特に本発明の有機金属錯体は、有機金属錯体中にある強磁性金属の最外殻d電子のスピン状態を変えることにより、最終的には、この有機金属錯体の一分子の隣接する分子に対する状態、たとえば、配向状態を変えることができるので、一分子を一デバイスとして機能させることができる。
【0113】
なお、上記のような有機金属錯体を用いたデバイスにおける電極を有する基板としては、としては、公知のITOガラスなどが例示される。
〔実施例〕
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、実施例および比較例で用いた配位子の構造、有機金属錯体の諸特性は次のようにして測定した。
(1)核磁気共鳴法(1HNMR)
装置:AVANCE SERIES DPX 400(ブルカー社製)
測定条件
内部基準:テトラメチルシラン
周波数:400MHz
(2)磁化率測定
装置:Quantum Design MPMS−5s(Quantum Design 社製)
測定条件
測定方法:ゼラチンカプセルの中に試料を入れた後、そのカプセルをストローの中に入れ、試料棒の端に取り付けた。
(3)赤外分光法
装置:JASCO FT−IR−410(日本分光製)
測定条件
測定方法:KBr(ディスク)法
(4)粉末X線回折(PXRD)測定
装置:X線回折装置リガクRint(リガク社製)
測定条件
X線源:CuKα
測定方法:測定は、前記X線回折装置に温度制御可能な加熱板(自作)を付けて行った。また、所定の温度下に試料を戴置した後、5分以内に測定を行った。
(5)示差走査熱量(DSC)測定
装置:示差走査熱量計DSC−50(SHIMADZU社製)
昇降速度:10K/分
【0114】
[実施例1]
〔1〕2−デシル−1−ブロモテトラデカンの合成
トリフェニルホスフィン(7.76g,29.61mmol)を乾燥クロロホルム(8
0ml)に溶かし、0℃に冷却した。ここへ臭素(1.5ml、29.5mmol)を40分かけてゆっくりと滴下し、更に30分撹拌した。次いで、2−デシル−1−テトラデカノール(10ml、23.74mmol)を20分かけてゆっくりと滴下し、一晩室温で撹拌した。その後、エバポレーターで溶媒を蒸発させ、残留物をペンタンで洗い、ろ過した。エバポレーターでペンタンを蒸発させ、透明な油状の液体を得た。シリカゲルカラムクロマトグラフィーを行い(展開溶媒:ペンタン)、分離した最初のフラクションをエバポレーターで濃縮して、油状の液体を得た。1HNMRより、2−デシル−1−ブロモテトラデカンであると同定した。
収量:8.29g(83.6%)
【0115】
〔2〕4−デシル−1−ヘキサデセンの合成
二口フラスコを乾燥させ、ここに塩化アリルマグネシウム(18.16ml)を加え、還流した。その後、2−デシル−1−ブロモテトラデカン(3.79g、9.08mmol)の乾燥THF(10ml)溶液を滴下し、24時間還流した。室温まで冷却した後、氷(30g)へ注ぎ、10%硫酸水溶液(6.8ml)を加えた。この溶液をエーテルで抽出し、有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させ、エバポレーターで溶媒を蒸発させて目的物を得た。1HNMRより、4−デシル−1−ヘキサデセンであると同定した。
収量:2.6g(75.6%)
【0116】
〔3〕4−デシル−1−ヘキサデカノールの合成
二口フラスコを乾燥させ、ここへ水素化ホウ素ナトリウム(0.078g,2.06mmol)、乾燥ジグリム(3ml)を加えた。ここに〔2〕で得られた4−デシル−1−ヘキサデセン(2.6g,6.87mmol)の乾燥ジグリム(2ml)溶液を滴下した。次いで、BF3・O(C252(0.35ml,2.75mmol)の乾燥ジグリム(2ml)溶液を15分以上かけて滴下した。このとき、気体が発生した。室温で1時間撹拌した後、水(1ml)を加え、水素が発生し終わるまで撹拌した。次に、水酸化ナトリウム水溶液(3.0M,1.2ml)を加え、30〜50℃に加熱し、過酸化水素水を加えて白い固体を析出させた。1時間撹拌した後、氷水中に注いだ。これをエーテルで抽出し、有機層を硫酸マグネシウムで乾燥し、エバポレーターで溶媒を蒸発させて目的物を得た。1HNMRより、4−デシル−1−ヘキサデカノールであると同定した。
収量:2.23g(81.9%)
【0117】
〔4〕5−デシル−1−ブロモヘプタデカンの合成
上記〔1〕の同様の合成方法で合成した。
〔5〕C12C10C5-terpyの合成
二口フラスコを乾燥させ、ここにterpy-OH(0.57g,2.29mmol)、炭酸カリウム(0.63g,4.58mmol)および乾燥DMF(70ml)を加え、80℃で1時間撹拌した。その後、5−デシル−1−ブロモヘプタデカン(1.57g,3.43mmol)を加え、100℃で一晩撹拌した。反応終了後、エバポレーターで溶媒を蒸発させ、残留物をクロロホルムに溶かして、これを5%炭酸カリウム水溶液、水の順で洗い、有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させ、エバポレーターで溶媒を蒸発させた。次に、この残留物について、シリカゲルカラムグラフィーを行い(展開溶媒:クロロホルム)、最初のフラクションをすべて捨てた。その後、展開溶媒をメタノールに替え、薄層板の原点付近に残っているターピリジン骨格を有する成分すべてを回収した。ろ液をエバポレーターで濃縮し、液体と固体状の化合物を得た。これをヘキサンで洗い、固体を除去し、油状の目的物を得た。1HNMRより、下記式(V)で表されるC12C10C5-terpyであると同定した。
【0118】
【化19】

〔6〕[Co(C12C10C5-terpy)2] (BF4)2の合成
前記〔5〕で得られた配位子C12C10C5-terpyをクロロホルム/メタノール混合溶媒(30ml)に溶かし、Co(BF42・6H2Oのメタノール溶液(15ml)を滴下した。10分攪拌した後、エバポレーターで3分の1程度の量になるまで濃縮し、析出した茶色の固体をろ取した。
【0119】
得られた茶色固体について元素分析を行った。結果を以下に示す。
計算値:C,67.78%;H,8.80%,N,5.65%
測定値:C,67.83%;H,8.82%;N,5.72%
上記の結果から、得られた茶色固体が下記式(vi)で表される構造を有する[Co(C12C10C5-terpy)2] (BF4)2であると同定した。
【0120】
【化20】

[実施例2]
【0121】
【化21】

〔1〕C4C2C1-Brの合成
トリフェニルホスフィン(7.76g,29.61mmol)を乾燥クロロホルム(80ml)に溶かし、0℃に冷却した。ここに臭素 (1.5ml,29.5mmol)を40分かけてゆっくりと滴下し、更に30分撹拌した。次いで、2−エチル−1−ヘキサノール(10ml)を20分かけてゆっくりと滴下し、一晩室温で撹拌した。その後、エバポレーターで溶媒を蒸発させ、残留物をペンタンで洗い、ろ過した。エバポレーターでペンタンを蒸発させ、透明な油状の液体を得た。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行い(展開溶媒:クロロホルム)、最初のフラクションをエバポレーターで濃縮し、油状の液体を得た。
【0122】
得られた油状の液体について、1HNMRを測定した。結果を以下に示す。
1HNMR(CDCl3):δ=0.88(tt,6H),1.25−1.65(m),3.46(d,2H)
上記の結果から、得られた油状の液体が、前記式(1)で表されるC4C2C1-Brであると
同定した。
【0123】
〔2〕C4C2C1-terpyの合成
二口フラスコを乾燥させ、ここにterpy-OH(0.57g,2.29mmol)、炭酸カリウム(0.63g,4.58mmol)および乾燥DMF(70ml)を加え、80℃
で1時間撹拌した。その後、C4C2C1-Br(1)(3.43mmol)を加え、100℃で
一晩撹拌した。反応終了後、エバポレーターで溶媒を蒸発させ残留物をクロロホルムに溶かして、5%炭酸カリウム水溶液、次いで、水で洗い、有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させ、エバポレーターで溶媒を蒸発させた。次に、この残留物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行い(展開溶媒:クロロホルム)、最初のフラクションをすべて捨てた。その後、展開溶媒をメタノールに替え、薄層板の原点付近に残っているターピリジン骨格を有する成分すべてを回収した。ろ液をエバポレーターで濃縮し、液体と固体状の化合物を得た。これをヘキサンで洗い、固体を除去し、油状の液体を得た。
【0124】
得られた油状の液体について、1HNMRを測定した。結果を以下に示す。
1HNMR(CDCl3):δ=0.93(tt,6H),1.23−1.60(m),1.79(m,1H),4.12(d,2H),7.33(td,2H),7.85(td,2H),8.01(s,2H),8.62(d,2H),8.69(d,2H)
上記の結果から、得られた油状の液体が、前記式(2)で表されるC4C2C1-terpyであると同定した。
【0125】
〔3〕[Co(C4C2C1-terpy)2](BF4)2の合成
配位子C4C2C1-terpy(2)をクロロホルム/メタノール混合溶媒(30ml)に溶かし、Co(BF42・6H2Oのメタノール溶液(15ml)を滴下した。10分攪拌した後、エバポレーターで3分の1程度の量になるまで濃縮し、析出した茶色の固体をろ取し、コバルト(II)錯体[Co(C4C2C1-terpy)2](BF4)2を得た。
【0126】
得られた茶色固体について元素分析を行った。結果を以下に示す。
計算値:C,57.82%;H,5.70%,N,8.80%
測定値:C,57.80%;H,5.82%;N,8.84%
上記の結果から、得られた茶色固体が下記式(3)で表される構造を有する[Co(C4C2C1-terpy)2](BF4)2であると同定した。
【0127】
【化22】

[実施例3]
〔1〕C6C4C1-Br
実施例2〔1〕において、2−エチル−1−ヘキサノールを2−ブチル−1−オクタノ−ルに替えた以外は、実施例1〔1〕と同様にして、C6C4C1-Brを合成した。
【0128】
〔2〕C6C4C1-terpyの合成
実施例2〔2〕と同様の方法で、C6C4C1-terpyを合成した。
下記式(4)で示されるC6C4C1-terpyであると同定した。
【0129】
【化23】

〔3〕[Co(C6C4C1-terpy)2](BF4)2の合成
実施例2〔3〕において、配位子C4C2C1-terpyをC6C4C1-terpyに替えた以外は、実施例2〔3〕と同様にして、C6C4C1-terpyを合成した。
【0130】
得られた化合物について元素分析を行った。結果を以下に示す。
計算値:C,60.74%;H,6.61%,N,7.87%
測定値:C,60.69%;H,6.59%;N,7.87%
上記の結果から、得られた化合物が下記式(5)で表される構造を有する[Co(C6C4C1-terpy)2](BF4)2であると同定した。
【0131】
【化24】

[実施例4]
〔1〕C8C6C1-Br
実施例2〔1〕において、2−エチル−1−ヘキサノールを2−ヘキシル−1−デカノールに替えた以外は、実施例2〔1〕と同様にして、C8C6C1-Brを合成した。
〔2〕C8C6C1-terpyの合成
実施例2〔2〕と同様の方法で、C8C6C1-terpyを合成した。
【0132】
得られた化合物について、1HNMRを測定した。結果を以下に示す。
1HNMR(CDCl3):δ=0.90(tt,6H),1.10−1.62(m),1.82(m,1H),4.11(d,2H),7.33(td,2H),7.85(td,2H),8.01(s,2H),8.62(d,2H),8.69(d,2H)
上記の結果から、得られた化合物が、下記式(6)で表されるC8C6C1-terpyであると同定した。
【0133】
【化25】

〔3〕[Co(C8C6C1-terpy)2](BF4)2の合成
実施例2〔3〕において、配位子C4C2C1-terpyをC8C6C1-terpyに替えた以外は、実施例2〔3〕と同様にして、C8C6C1-terpyを合成した。
【0134】
得られた化合物について元素分析を行った。結果を以下に示す。
計算値:C,63.11%;H,7.35%,N,7.12%
測定値:C,62.72%;H,7.35%;N,7.20%
上記の結果から、得られた化合物が下記式(7)で表される構造を有する[Co(C8C6C1-terpy)2](BF4)2であると同定した。
【0135】
【化26】

[実施例5]
〔1〕C10C8C1-Br
実施例2〔1〕において、2−エチル−1−ヘキサノールを2−オクチル−1−ドデカノールに替えた以外は、実施例2〔1〕と同様にして、C10C8C1-Brを合成した。
〔2〕C10C8C1-terpyの合成
実施例2〔2〕と同様の方法で、C10C8C1-terpyを合成した。
【0136】
得られた化合物について、1HNMRを測定した。結果を以下に示す。
1HNMR(CDCl3):δ=0.87(tt,6H),1.10−1.62(m),1.84(m,1H),4.10(d,2H),7.33(td,2H),7.85(td,2H),8.01(s,2H),8.62(d,2H),8.69(d,2H)
上記の結果から、得られた化合物が、下記式(8)で表されるC10C8C1-terpyであると
同定した。
【0137】
【化27】

〔3〕[Co(C10C8C1-terpy)2](BF4)2の合成の合成
実施例2〔3〕において、配位子C4C2C1-terpyをC10C8C1-terpyに替えた以外は、実施
例2〔3〕と同様にして、C10C8C1-terpyを合成した。
【0138】
得られた化合物について元素分析を行った。結果を以下に示す。
計算値:C,64.86%;H,8.24%,N,6.48%
測定値:C,64.63%;H,7.88%;N,6.64%
上記の結果から、得られた化合物が下記式(9)で表される構造を有する[Co(C10C8C1-terpy)2](BF4)2であると同定した。
【0139】
【化28】

[実施例6]
〔1〕C12C10C1-Br
実施例2〔1〕において、2−エチル−1−ヘキサノールを2−デシル−1−テトラデカノールに替えた以外は、実施例2〔1〕と同様にして、C12C10C1-Brを合成した。
〔2〕C12C10C1-terpyの合成
実施例2〔2〕と同様の方法で、C12C10C1-terpyを合成した。
【0140】
得られた化合物について、1HNMRを測定した。結果を以下に示す。
1HNMR(CDCl3):δ=0.87(tt,6H),1.10−1.60(m),1.83(m,1H),4.22(d,2H),7.33(td,2H),7.84(td,2H),8.01(s,2H),8.61(d,2H),8.68(d,2H)
上記の結果から、得られた化合物が、下記式(10)で表されるC12C10C1-terpyであると同定した。
【0141】
【化29】

〔3〕[Co(C12C10C1-terpy)2](BF4)2の合成の合成
実施例2〔3〕において、配位子C4C2C1-terpyをC12C10C1-terpyに替えた以外は、実施例2〔3〕と同様にして、C12C10C1-terpyを合成した。
【0142】
得られた化合物について元素分析を行った。結果を以下に示す。
計算値:C,66.52%;H,8.73%,N,5.97%
測定値:C,66.31%;H,8.55%;N,5.97%
上記の結果から、得られた化合物が下記式(11)で表される構造を有する[Co(C12C10C1-terpy)2](BF4)2であると同定した。
【0143】
【化30】

[実施例7]
実施例1で製造した[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2を1重量部採り、沸点が64.7℃
であるメタノール1000重量部に投入して攪拌して溶解させて本発明の液晶インクを調製した。
【0144】
この液晶インクをインクジェットプリンターのインクジェットインクとして使用して、図7に示す構造を有する液晶セル中に液晶素材を充填した後、溶媒として使用したメタノールを除去し、ITO製の透明電極付き透明基板を配置してクロスニコル位置に配置した二枚の偏光板の間に挟んで液晶素子を製造した。
【0145】
この液晶素子に充填された液晶素材は、昇温、降温過程を経ることによりコバルト原子の最外殻d電子のスピン状態を変えることにより、液晶素材を配向させ、温度により、発現する液晶相を観察した。
【0146】
すなわち、液晶素子の液晶セルの透明電極間に電圧を印加して、この液晶素子の光学的特性を測定した。結果を図3に示す。
上記のように本発明の有機金属錯体である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2は、278〜
296Kから523Kの範囲内においてスメクチックA(SA)相を呈する。
【0147】
この有機金属錯体の磁化率の温度依存性を図6に示す。
これらの特性を利用して、この化合物を液晶材料として使用することができ、さらに磁化率の変化履歴を利用してメモリー材料として使用することができる。
【0148】
しかもこれらは分子単位で起こる現象なので、本発明の化合物を使用することにより、一分子を一デバイスとして利用することができる。
この実施例で使用した[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2の長鎖アルキル基が結合していな
い下記の化合物を合成して上記と同様に特性を測定したが、液晶性は示さなかった。
【0149】
【化31】

【産業上の利用可能性】
【0150】
本発明の有機金属錯体は、液晶性、スピン転移性およびスイッチング機能を併せ持つため、液晶パネルなどとして有用である。また、究極的には1個の分子に1ビットの情報を記憶させることができると考えられることから、分子メモリーとして革新的なナノデバイスへと発展することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0151】
【図1】図1は、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2の光学模様を示す図である。
【図2】図2は、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2のDSCサーモグラムを示す図である。
【図3】図3は、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2の液晶相転移温度と融点を示す図である。
【図4】図4は、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2の固体状態において3種類の多形構造を有することを示す図である。
【図5】図5は、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2の粉末X線回折(PXRD)パターンを示す図である。
【図6】図6は、本発明の有機金属錯体の一例である[Co(C12C10C5-terpy)2](BF4)2の磁化率の温度依存性を示す図であり、インセットは変曲点付近の磁化率の変化を微分したものとDSCサーモグラムを対応させた図である。
【図7】図7は、本発明の有機金属錯体を液晶素材として使用する際の液晶素子の一例を示す断面を模式的に示す図である。
【図8】図8は、本発明の有機金属錯体を用いたメモリーデバイスの一例を示す断面を模式的に示す図である。
【図9】図9は、本発明の有機金属錯体を構成する強磁性金属原子の最外殻d電子のスピン状態を変化させたときの、有機金属錯体の状態変化の例を示す図である。
【符号の説明】
【0152】
10・・・液晶素子
12−1,12−2・・・偏光板
13−1,13−2・・・透明基板
14−1,14−2・・・透明電極
16・・・スペーサー
17・・・隔壁
19・・・液晶セル
20・・・液晶素材あるいは有機金属錯体溶液組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示される有機金属錯体;
【化1】

(式(1)中、Mは強磁性金属原子を表し、R1〜R3のうち少なくとも1つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、R21〜R23のうち少なくとも1つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、その他のR1〜R31は、それぞれ独立に、水素原子、低級アル
キル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表し、Xは1〜4価のカウンターアニオンを表し、nはXの個数であって、Xの価数×nの値は2である。)。
【請求項2】
前記式(1)中のMで表される強磁性金属原子が、二価の鉄原子、二価のニッケル原子、および、二価のコバルト原子よりなる群から選ばれるいずれかの強磁性金属原子であることを特徴とする請求項1に記載の有機金属錯体。
【請求項3】
前記式(1)中のMで表される強磁性金属原子が、二価のコバルト原子であることを特徴とする請求項1または2に記載の有機金属錯体。
【請求項4】
前記式(1)中のR2は、炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、R22は炭素
数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R31は、それぞれ独立に、水
素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項5】
前記式(1)中のR2は、炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、R22は炭素
数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、R1、R3、R21およびR23は、水素原子であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項6】
前記式(1)中のR2は、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基であり、R22
は、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基であり、R1、R3〜R21およびR23〜R31は、水素原子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項7】
前記式(1)中のカウンターアニオンXが、ハライド、テトラハロボレート、ヘキサハロホスフィン、テトラアリールボレート、テトラアルキルボレートおよびパークロレート
よりなる群から選ばれる少なくとも1種のアニオンであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項8】
前記式(1)中のカウンターアニオンXが、F-、Cl-、Br-、I-、テトラフルオロボレート、テトラクロロボレート、テトラブロモボレート、テトラヨードボレート、パークロレート、ヘキサフルオロホスフィン、ヘキサクロロホスフィン、ヘキサブロモホスフィンおよびテトラフェニルボレートからなる群から選ばれる少なくとも1種のアニオンであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項9】
前記式(1)中のカウンターアニオンXが、テトラフルオロボレートであることを特徴とする請求項1〜8のいずれかの項記載の有機金属錯体。
【請求項10】
前記式(1)で示される有機金属錯体が、下記式(2)で示される有機金属錯体であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の有機金属錯体;
【化2】

(式(2)中、R2およびR22は炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基を表し、
Xは1価のカウンターアニオンを表す。)。
【請求項11】
前記式(1)で示される有機金属錯体が、下記式(3)で示される有機金属錯体であることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の有機金属錯体;
【化3】

【請求項12】
上記有機金属錯体について、−270℃から130℃の温度に昇温して測定したときの該有機金属錯体の磁化率、および、130℃から−270℃の温度に降温して測定したときの該有機金属錯体の磁化率が、ヒステリシス曲線を形成することを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項13】
上記有機金属錯体を−270〜130℃に加熱して上記式(1)で表わされる有機金属錯体を構成する金属原子が最外殻に有するd電子をスピン転移させて該有機金属錯体分子が配向した有機金属錯体になることを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項14】
上記有機金属錯体が充填された液晶素子に−270〜230℃の温度で−10,000
Vcm-1〜10,000Vcm-1の範囲内の電圧を印加したときの透過光光量がヒステリシス曲線を形成することを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項15】
上記有機金属錯体が、上記透過光光量のヒステリシス曲線を利用したスイッチング機能を有することを特徴とする請求項1〜14のいずれかに記載の有機金属錯体。
【請求項16】
下記式(4)で示される配位子と、強磁性金属化合物とを反応させることを特徴とする有機金属錯体の製造方法;
【化4】

(上記式(4)中、R1〜R3のうちの少なくとも一つは、炭素数が4〜30の炭化水素基または炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基を表し、その他のR1〜R12は、それぞ
れ独立に、水素原子、低級アルキル基、低級アルコキシル基、水酸基、ニトロ基およびハロゲン原子よりなる群から選ばれる原子もしくは基を表す。)。
【請求項17】
前記強磁性金属化合物が、二価の鉄原子を有する化合物、二価のニッケル原子を有する化合物、および、二価のコバルト原子を有する化合物よりなる群から選ばれるいずれかの強磁性金属原子含有化合物であることを特徴とする請求項16に記載の有機金属錯体の製造方法。
【請求項18】
前記式(4)中、R2は、炭素数が4〜30の炭化水素オキシル基であり、その他のR1〜R12は、それぞれ独立に、水素原子であることを特徴とする請求項16または17に記載の有機金属錯体の製造方法。
【請求項19】
前記式(4)中、R2は、炭素数が8〜22の脂肪族炭化水素オキシル基であり、その
他のR1〜R12は、それぞれ独立に、水素原子であることを特徴とする請求項16〜18
のいずれかに記載の有機金属錯体の製造方法。
【請求項20】
前記式(4)で表わされる配位子が、4’−ヒドロキシ−2,2’:6’,2”−ターピリジンに、長鎖アルキル基もしくは長鎖アルコキシル基を導入することにより得られることを特徴とする請求項16〜19のいずれかに記載の有機金属錯体の製造方法。
【請求項21】
(A)上記請求項1〜15のいずれかに記載の式(1)で表わされる有機金属錯体、および
(B)有機金属錯体を溶解可能な有機溶媒
が溶解されてなることを特徴とする有機金属錯体溶液組成物。
【請求項22】
上記有機金属錯体溶液組成物を形成する有機溶媒の沸点が、50〜100℃の範囲内にある有機溶媒であることを特徴とする請求項21に記載の有機金属錯体溶液組成物。
【請求項23】
上記有機金属錯体溶液組成物を形成する有機溶媒が、アルコール、ケトンおよびハロゲン化炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶媒であることを特徴とする請求項21または22に記載の有機金属錯体溶液組成物。
【請求項24】
上記有機溶媒が、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、アセトン、メチルエチルケトン、クロロホルム、ジクロロエタンおよびテトラクロロエタンからなる群から選ばれる少なくとも1種である有機溶媒であることを特徴とする請求項21〜23のいずれかに記載の有機金属錯体溶液組成物。
【請求項25】
上記有機溶媒を、有機金属錯体1重量部に対して10〜100,000,000重量部の量で用いることを特徴とする請求項21〜24のいずれかに記載の有機金属錯体溶液組成物。
【請求項26】
請求項21〜25のいずれかに記載の有機金属錯体溶液組成物からなる液晶素子または非破壊読み出し可能メモリー素子用のインクまたはコーティング剤。
【請求項27】
請求項1〜15のいずれかに記載の有機金属錯体を含有することを特徴とする液晶素材。
【請求項28】
請求項27に記載の液晶素材を含有することを特徴とする液晶素子。
【請求項29】
クロスニコル位に配置された二枚の偏光板の間に、電圧を印加可能にされた透明電極が表面に配置された二枚の透明基板を、該透明電極が対峙するとともに、液晶材料が挟持される間隙を形成して配置した液晶セルに、請求項27に記載の液晶素材を含有する液晶材料を充填してなることを特徴とする液晶素子。
【請求項30】
上記液晶素子に液晶材料を充填するに際して、
上記請求項26に記載の液晶素子用のインクまたはコーティング剤が塗布されてなることを特徴とする請求項28または29に記載の液晶素子。
【請求項31】
上記請求項26に記載の液晶素子用のインクまたはコーティング剤が透明基板に塗布されてなることを特徴とする請求項28〜30のいずれかに記載の液晶素子。
【請求項32】
上記請求項26に記載の液晶素子用のインクをインクジェット法により透明基板に塗布されてなることを特徴とする請求項28〜31のいずれかに記載の液晶素子。
【請求項33】
上記液晶素子において、液晶素材の少なくとも1分子が、一つのデバイスを形成してい
ることを特徴とする請求項28〜32のいずれかに記載の液晶素子。
【請求項34】
請求項1〜15のいずれかに記載の有機金属錯体を含有することを特徴とすることを特徴とする非破壊読み出し可能メモリー素子。
【請求項35】
上記非破壊読み出し可能メモリー素子において、有機金属錯体素材の少なくとも1分子
が、一つのデバイスを形成していることを特徴とする請求項34に記載の非破壊読み出し可能メモリー素子。
【請求項36】
上記請求項26に記載の非破壊読み出し可能メモリー素子用のインクまたはコーティング剤を基板に塗布して形成されてなることを特徴とする請求項34または35に記載の非破壊読み出し可能メモリー素子。
【請求項37】
上記請求項26に記載の非破壊読み出し可能メモリー素子用のインクをインクジェット法により基板に塗布して形成されてなることを特徴とする請求項36に記載の非破壊読み出し可能メモリー素子。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−107958(P2009−107958A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−280325(P2007−280325)
【出願日】平成19年10月29日(2007.10.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年8月15日 インターネットアドレス「http://pubs.acs.org/」に発表
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】