説明

木質バイオマスの可溶化方法

【課題】 木質バイオマスに含まれるセルロース、ヘミセルロース、リグニンを効率的に分別すると共にセルロースのリグニンによる包埋構造を破壊できる木質バイオマスの可溶化方法を提供する。
【解決手段】 木質バイオマス10を、重炭酸イオンを含む水溶液中に混合させ、一定時間浸漬11させた後、この混合物を加熱12して木質バイオマス中のヘミセルロースとリグニン成分を除き、セルロースを取り出すものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木質バイオマスからセルロースを取り出すための木質バイオマスの可溶化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エタノール製造の原料になる植物系バイオマスは、糖・デンプン系バイオマスとセルロース系バイオマスに大別される。
【0003】
エタノール発酵原料として一般的に用いられてきた糖・デンプン系バイオマスは、サトウキビ(ショ糖)、トウモロコシ実部、甘藷(デンプン)に代表される食用に用いられてきた農産物であり、容易にエタノールに転換可能なC6糖分であるデンプンがおよそ70%、ヘミセルロース(C5糖分であるキシロースを含有する)10%、その他20%で構成されている。
【0004】
これに対し、草木に代表されるセルロース系バイオマスは、セルロース(C6糖分であるグルコースの重合体)がおよそ40〜50%、ヘミセルロースが20〜30%、その他としてリグニンが25〜33%の割合で構成されている。
【0005】
セルロース系バイオマスは、デンプン系バイオマスを原料とするアルコール発酵で一般に用いられてきた酵母(Saccharomyces cereviciae)は、C5糖をエタノールに変換できないため、これまで発酵原料としてはC6糖分のみ利用されてきた。
【0006】
収率面でデンプン系バイオマスにおいては問題がないが、C5糖分を比較的多く含むセルロース系バイオマスでは、C6糖しかエタノールに転換されないため、収率の低さが発酵原料としての実用化を妨げる原因となっていた。例えば、既存のアルコール発酵性酵母は、キシロースを利用できないが、キシロース代謝系酵素の遺伝子を導入することによりキシロースを発酵できることが報告されており、発酵効率の向上が図られている。
【0007】
さらにセルロース系バイオマスは、リグニン含量が比較的少なく、柔軟な組織構造をもつソフトバイオマス(籾殻、稲わら、バガス、トウモロコシや麦の葉・茎・鞘、その他草木類;C6(セルロース)45%、C5(ヘミセルロース)30%、リグニン25%)と、リグニン含量が比較的多く、強固な組織構造をもったハードバイオマス(製材廃材、林地残材、建築廃材など;C6(セルロース)40%、C5(ヘミセルロース)27%、リグニン33%)に分けることができる。
【0008】
現在、米国では、ソフトバイオマスとして、トウモロコシの葉、茎、鞘の利用技術が進められてきているが、ソフトバイオマスに比較して、一般に木質バイオマスといわれているハードバイオマスは、その強固な組織構造のため、糖化処理が容易でなく、事業性、経済性を見出すことが困難であるとされている。
【0009】
しかし、バイオマス資源として間伐材や農産物非食部(茎、葉、籾殻)等木質バイオマスを使用することが、その賦存量が多いこと、食料供給に競合しないこと等の理由で有望であると考えられる。
【0010】
これらは、リグノセルロース系の木質バイオマスと称され、上述したように、主に、セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンから構成される。
【0011】
セルロースは、グルコースを構成成分とする単一単糖の結晶性高分子であり、ヘミセルロースは、各種の5単糖(キシロース等)や6単糖(グルコース等)を構成成分とする非晶性高分子である。
【0012】
リグニンは、フェノール性芳香族が複雑に重合した高分子化合物で、セルロースやヘミセルロースと複雑に絡みあって存在する。
【0013】
これらのバイオマスをマテリアル利用する際には、後段での生産物であるエタノールなどの発酵工程の原料となる糖を効率よく回収することが必要である。
【0014】
この糖化工程での効率よい変換(糖化率、糖化速度の向上)を可能にするためには効果的な前処理法が必要となる。
【0015】
リグノセルロース系バイオマスを効率よく加水分解し糖化するには、リグニン除去、セルロースの結晶化度の低下、および糖化反応比表面積の増大等のための前処理が必要となる。
【0016】
これら前処理法としては、物理的、化学的あるいは生物的方法等さまざまな方法が検討されている。
【0017】
実用化技術として、1)希硫酸法、2)希硫酸+熱水法、3)蒸煮爆砕法がある。
【0018】
1)希硫酸法
希硫酸として通常0.5〜1.5%濃度の硫酸を使用し、木質バイオマスを混合させ165〜183℃で3〜12分間処理する。希硫酸処理はセルロースの結晶化度を下げ、次工程の糖化を容易にする。
【0019】
2)希硫酸/熱水法
希硫酸法の改良法で、希硫酸法のみでは、ほとんどのリグニンが残留するという問題があったため、それを固液分離後、熱水洗浄することで本問題を解決する。
【0020】
この方法によれば、セルロース結晶中にリグニン成分が含まれないため、糖化工程の収率が高くなる。通常、0.1%濃度以下の硫酸で処理後、140℃で固液分離後、同じく140℃の熱水で洗浄する。
【0021】
3)蒸煮爆砕法
蒸煮爆砕法は、1木材のパルプ化のために考案されたもので、素材を耐圧容器中で高温・高圧(200℃以上)の水蒸気によって短時間蒸煮する蒸煮工程の後、急激に大気圧下に放出して、断熱膨張により急速に100℃以下に冷却する爆砕工程からなる。
【0022】
蒸煮工程では高圧条件により試料内に高温高圧水が浸透する効果と、その高温高圧水による各種水熱反応が期待される。爆砕工程では急激な減圧により、内部に浸透した水蒸気が膨張することによる破砕効果と、壁面への衝突による物理的な破砕効果が得られ、試料を微細化することができる。
【0023】
【特許文献1】特開2005−117942号公報
【特許文献2】特開2005−229822号公報
【特許文献3】特開2005−229821号公報
【特許文献4】特開2000−185300号公報
【特許文献5】特開2000−9410号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
しかしながら、上記の方法は何れも高温・高圧を必要とし、また木質でも木材である場合には硫酸での可溶化が必要で、コスト的にも装置材料としても極めて高価なものとなっていた。
【0025】
さらに硫酸を使用した場合には糖化・発酵工程のためpHを中和する必要があり、環境面や二次廃棄物の問題があった。
【0026】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、木質バイオマスに含まれるセルロース、ヘミセルロース、リグニンを効率的に分別すると共にセルロースのリグニンによる包埋構造を破壊できる木質バイオマスの可溶化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、木質バイオマスを、重炭酸イオンを含む水溶液中に混合させ、一定時間浸漬させた後、この混合物を加熱して木質バイオマス中のヘミセルロースとリグニン成分を除き、セルロースを取り出すことを特徴とする木質バイオマスの可溶化方法である。
【0028】
請求項2の発明は、重炭酸イオンを含む水溶液の重炭酸イオン濃度が、100mg/L以上である請求項1記載の木質バイオマスの可溶化方法である。
【0029】
請求項3の発明は、上記混合物の加熱温度が50℃以上で少なくとも1時間以上この温度を維持する請求項1又は2記載の木質バイオマスの可溶化方法である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、木質バイオマスを、重炭酸イオンを含む水溶液に浸漬させた後、加熱することで、木質バイオマスを可溶化できるという優れた効果を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0032】
図1は、本発明の木質バイオマスの可溶化方法の概略を示したものである。
【0033】
先ず木質バイオマス10として、針葉樹(松、杉、ひのき等のウッドチップ或いはおがくず(水分15.0%))100gを、重曹(NaHCO3 、濃度1,000mg/L)に一定時間(1〜24時間)浸漬11した後、50℃、24時間加熱処理12を行うことで、重炭酸イオンを含む水溶液中に、リグニン1.6g、C5糖(ヘミセルロース)8.2gが溶出した液体13と、セルロース33.8g、リグニン26.0g、C5糖(ヘミセルロース)15.1gの固体14とに分別される。
【0034】
その後、固体14をセルラーゼ(酵素)で処理することでセルロースからグルコース26.1gが得られる。得られたグルコースは、アルコール発酵に用いる。
【0035】
またセルロース分を抽出した固体14や液体12に残ったリグニンは、アリルエーテル結合の開列によって低分子化するため、有機溶媒や希アルカリに可溶となり、C5糖と容易に分別できる。
【0036】
このように、本発明は、木質バイオマスに、重曹などの重炭酸イオンを含む水溶液中にバイオマスを混合させ、一定時間(1〜24時間)浸漬させた後、この混合物を加熱(50〜180℃)することでバイオマス中のヘミセルロースとリグニン成分を除き、セルロースを取り出せるようにしたものである。
【0037】
木質バイオマスと混合させる重炭酸イオン濃度が100mg/L以上で、好ましくは1,000mg/L以下とし、加熱温度が50〜180℃で少なくとも数分〜24時間、この温度を維持することで可溶化を行なうものである。
【0038】
本発明の可溶化処理は、木質系資源に含まれる成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)を効率的に分別するとともに、セルロースのリグニンによる包埋構造を破壊して、セルロースの酵素による糖化性を増大するための前処理である。
【0039】
すなわち、重炭酸イオン水溶液中での浸漬で、木質中構造へ重炭酸イオンが先ず進入する。その後の加熱処理は、50〜180℃の温水、水蒸気で木材チップを適当な時間処理して、ヘミセルロース、リグニンを化学的に分解し破壊する。
【0040】
木質バイオマスとして木材チップを処理すると、ヘミセルロース中のアセチル基が遊離し、ヘミセルロースは部分加水分解を受けて低分子化して水に可溶になる。
【0041】
リグニンは、アリルエーテル結合の開裂によって低分子化し、かなりの部分が有機溶媒や希アルカリに可溶となる。リグニンの変質によりセルロースが露出して酵素の反応性が増大する。
【0042】
この処理によって低分子化したヘミセルロース、リグニンをそれぞれ分別し、その有効利用を図ると共に、セルロースは酵素での加水分解及び発酵によって微生物タンパクやアルコール等に変換することが出来、木材成分の総合利用プロセスが可能となる。
【0043】
また本発明の処理で得られる繊維中のセルロースを、牛や山羊が摂取した場合、それらを消化することが可能なことから、この繊維を粗飼料として活用することもできる。
【0044】
この重炭酸イオン水溶液の濃度、浸漬時間、加熱温度、加熱時間は、
濃度条件:炭酸水素ナトリウム100〜10,000mg/L
浸漬条件:1〜24時間
温度条件:50〜180℃
加熱時間:15分〜24時間
とすることで、
糖回収率:20〜90%以上
とすることが可能となる。
【0045】
例えば、木材チップを炭酸水素ナトリウム濃度10,000mg/Lの重炭酸イオン水溶液中に1時間浸漬し、その後121℃、15分加熱処理することで、66.7%の糖回収率とすることができる。
【0046】
次に得られたセルロースとヘミセルロースとリグニンの利用について説明する。
【0047】
セルロースの糖化と発酵生産:
微生物や各種酵素を用いることにより、セルロースをブドウ糖に加水分解し、アルコール、有機酸あるいはタンパク質に変換することができる。
【0048】
例えば、エタノール発酵では以下の式にしたがい、炭素を6個持つ単糖類(C6糖)からエタノールとCO2 が生成する。
【0049】
6126 → 2C25OH + 2CO2
でんぷん系資源を用いたエタノール生産は既に実用化されている。現実には100%の変換は不可能であるが、工業的には90%の収率で変換される。
【0050】
へミセルロースの利用:
本処理した木質バイオマスを水で抽出すると、キシランの加水分解物であるキシロオリゴ糖がおよそl5〜20%の収率で得られる。
【0051】
この水抽出液は、種々の不純物や着色物質を含むので、これらを吸着剤やイオン交換樹脂で除去して、キシロオリゴ糖を精製する。また、これを還元して、キシロオリゴ糖アルコールに変えると、耐熱性、耐酸性、耐アルカリ性などが向上し、利用法が広がる。
【0052】
キシロオリゴ糖は難消化性で、低カロリー食品である。また、老化防止の機能をもつ腸内細菌であるビフィズス菌を選択的に増殖させるという報告もある。菓子類、ジャム、飲料、佃煮、清酒などに使用することができる。
【0053】
リグニンの利用:
水でキシロオリゴ糖を抽出した後、残渣繊維を希アルカリで抽出すると、およそl2〜20%の収率でリグニンが得られる。
【0054】
このリグニンは燃料に転換可能であり、また、フェノリシスにより熱溶融物質に改質し、紡糸して、窒素気流中1000℃程度で炭素化すると、収率30〜50%で、汎用グレードの強度的性質をもつ炭素繊維が得られる。また、フェノリシスリグニンはホルムアルデヒドと反応させて、木材用接着剤とすることもできる。現在、市販のフェノール樹脂接着剤の性能に匹敵する接着剤が開発されている。
【実施例】
【0055】
以下実施例を説明する。
【0056】
図2は、木材チップ10gを重曹溶液100ml中に15時間浸漬後、50℃で24時間往復振とう処理したときに、液相に溶出する木材由来の有機物のCOD値を測定した結果を示したものである。
【0057】
図2より、重曹濃度100mg/L以上で溶出(COD;5,500mg/L)が起こり。10,000mg/Lで最大値(COD;19,000mg/L)となる。この場合、従来の木材処理技術(硫酸法)に比べてコストの優位性を考慮すると、100〜1,000mg/Lが、より好ましい。
【0058】
図3は、図2の処理により、液相中に溶出するDNA濃度について、測定した結果を示したものである。
【0059】
重曹による溶出は、100mg/Lの濃度以上で確認される。この理由は、炭酸塩のガス化により木質組織構造への物理的作用及び重曹溶液のアルカリ化による脱リグニン反応の相乗効果によって、破壊された木質細胞からDNAが溶出してくるものと考えられる。
【0060】
図4は、木材チップ5.0gを重曹溶液50ml中(重曹濃度0、100、1000、10000、100000mg/L)に24時間浸漬後、121℃、15分処理したときと、50℃、24時間処理したときに、液相中に溶出する酸溶解性リグニン濃度(g/100g木材)を示したものである。
【0061】
図において、50℃、24時間処理(図で見て右側のグラフ)では、1,000mg/Lの重曹濃度で最大のリグニン溶出量(2.4g/100g木材)が得られ、121℃、15分処理(図で見て左側のグラフ)では、10,000mg/Lで最大値のリグニン溶出量(3.8g/100g木材)が得られた。
【0062】
50℃、24時間処理では、10,000mg/Lで、リグニン溶出量が、1,000mg/Lの重曹濃度で処理したときより下がり、121℃、15分処理では、100,000mg/Lで、リグニン溶出量が、10,000mg/Lの重曹濃度で処理したときより下がる結果となった。このことは、重曹が一部溶解しない飽和溶液になっているために下回ったものと思われる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の可溶化処理の概略を示すフロー図である。
【図2】本発明において、重曹濃度に対して、木質バイオマスから液相に溶出する有機物量の関係を示す図である。
【図3】本発明において、重曹濃度に対して、木質バイオマスのDNA溶出量の関係を示す図である。
【図4】本発明において、重曹濃度と加熱処理時間におけるリグニン溶出量の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0064】
10 木質バイオマス
11 一定時間浸漬
12 加熱処理
13 液体
14 固体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木質バイオマスを、重炭酸イオンを含む水溶液中に混合させ、一定時間浸漬させた後、この混合物を加熱して木質バイオマス中のヘミセルロースとリグニン成分を除き、セルロースを取り出すことを特徴とする木質バイオマスの可溶化方法。
【請求項2】
重炭酸イオンを含む水溶液の重炭酸イオン濃度が、100mg/L以上である請求項1記載の木質バイオマスの可溶化方法。
【請求項3】
上記混合物の加熱温度が50℃以上で少なくとも1時間以上この温度を維持する請求項1又は2記載の木質バイオマスの可溶化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−282597(P2007−282597A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−116004(P2006−116004)
【出願日】平成18年4月19日(2006.4.19)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】