説明

板状材料の破断ひずみ特定方法

【課題】伸びフランジ成形を行う際にフランジ端部に発生する破断ひずみを正確に特定することができる方法を提供する。
【解決手段】板端部に切欠き6が形成された板状試験片1をサイドベンド試験機にセットし、板面内の引張および曲げを与えて破断させ、破断部のひずみとひずみ勾配とひずみ集中とを測定する。荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と、板端部に沿うひずみ集中とを変えた2種類以上の板状試験片1を用いてデータを収集し、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数あるいはひずみ勾配とひずみ集中とのマップとして特定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス加工される金属板のような板状材料の破断ひずみ特定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車用部品の製造には、予め切断された鋼板等の板状材料(ブランク)をプレス加工する工程が含まれる。このプレス加工の際に板状材料には曲げや引張りなどの応力が作用し、その応力が材料の持つ破断限界値を超えると破断を生ずる。このため従来は現物通りの試作品を製作し、実際にプレス加工を行って破断の有無を確認していたが、この方法では新規部品を製作したり新規材料を採用したりする場合に、長期間にわたる試行錯誤を要することが多い。
【0003】
そこで最近では部品形状をコンピュータに入力し、コンピュータ上でプレス加工のシミュレーションを行うことにより、破断の有無を予測する技術が実用化されている。この方法によれば現物を製作する必要がないため、破断を生じない形状や材質への変更を短期間で行うことができる。特にプレス加工のうち、板状材料の絞り成形や張り出し成形に関しては、FLD(フォーミング・リミット・ダイヤグラム)法と呼ばれる解析手法が確立されており、既に実用レベルに達している。
【0004】
しかし、図1に示すように板状材料をプレス加工してフランジ部を持つ形状に成形する場合には、フランジ部に均一伸び以上の大変形が生ずることとなり、従来のFLD法によっては解析することができない。このような成形を伸びフランジ成形と称し、破断発生部位は成形時に引き伸ばされる側のフランジ端部である。しかし単純引張りを加えた場合の発生応力が板状材料の破断限界値である引張強度を超えた場合にも、フランジ端部には破断が生じない傾向があり、従来手法によっては伸びフランジ成形における破断の有無を正確に予測することができなかった。
【0005】
そこで本出願人は伸びフランジ成形における成形限界(限界ひずみ)を把握するために、伸びフランジ割れの試験装置を開発した。この試験装置はサイドベンド試験機と呼ばれ、特許文献1に示されるとおり、板端部に円弧状の切欠きを備えた板状試験片を一対の腕部の先端に固定し、外力によりこれらの腕部を押し広げて板状試験片に曲げと引張りとを同時に加える機構のものである。この試験装置を用いれば、破断を生じたときの板端部のひずみ(破断ひずみ)を求めることができる。また板状試験片に形成する円弧状の切欠きの曲率半径Rを変化させることにより、板端部に沿うひずみ集中が破断ひずみに与える影響を把握することもできる。
【0006】
しかしその後の研究により、材質および板端部に沿うひずみ集中が同一であるにもかかわらず、破断ひずみが変動する場合があることが判明した。このため、伸びフランジ成形における破断ひずみを正確に特定することができる技術が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−172609号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って本発明の目的は、伸びフランジ成形を行う際にフランジ端部に発生する破断ひずみを正確に特定することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためになされた第1の発明は、荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中とを変えた2種類以上の板状試験片に、板面内の引張および曲げを与えて破断させ、破断部のひずみとひずみ勾配とひずみ集中とを測定し、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数として特定することを特徴とするものである。
【0010】
また上記の課題を解決するためになされた第2の発明は、荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中とを変えた2種類以上の板状試験片に、板面内の引張および曲げを与えて破断させ、破断部のひずみとひずみ勾配とひずみ集中とを測定し、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中とのマップとして特定することを特徴とするものである。
【0011】
いずれの発明においても、板状試験片として、板端部に深さが0〜100m、先端Rが0〜500m、切欠き底から他端部までのリガメント長さが1〜500mmの切欠きを形成したものを用いることが好ましい。
【0012】
いずれの発明においても、破断部のひずみを、板状試験片の表面に形成した線または点または凹凸のパターン変化あるいは端部の板厚変化から求めることができ、また破断部のひずみを、板状試験片の表面に形成した1mm以下の凹凸の、試験前後の位置の相関から求めることができる。
【0013】
またいずれの発明においても、破断部のひずみと破断部から1〜100mmの距離の位置におけるひずみの差を、その距離で割ることにより、ひずみ勾配とひずみ集中とを求めることができる。
【0014】
なお第1の発明において、破断ひずみεfを、εf=a+bX+dX+gYの関数(Xはひずみ勾配、Yはひずみ集中、a〜hは定数)で表わすことができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、伸びフランジ成形を行う際におけるフランジ端部の破断ひずみを、板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中との関数として、あるいはマップとして正確に特定することができる。このため、伸びフランジ成形を伴うプレス加工により製造される部品についても、実物を作成することなく、コンピュータ上でプレス加工のシミュレーションを行って、破断の有無を正確に予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】伸びフランジ成形の説明図である。
【図2】サイドベンド試験機の平面図である。
【図3】サイドベンド試験機の平面図である。
【図4】各種の板状試験片を示す平面図である。
【図5】板端部に沿うひずみ集中の一例を示すグラフである。
【図6】板端部から内部方向のひずみ勾配の一例を示すグラフである。
【図7】ひずみ集中とひずみ勾配の関係を示す模式図である。
【図8】試験後の円弧状の切欠き部分の拡大図である。
【図9】鋼種Aについての破断ひずみを表すマップである。
【図10】鋼種Bについての破断ひずみを表すマップである。
【図11】鋼種Cについての破断ひずみを表すマップである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明を更に詳細に説明する。
本発明では、実際の部品製造に用いられる板状材料と同一材料から板状試験片1を作成し、サイドベンド試験機を用いて破断試験を行う。サイドベンド試験機は図2に示すようにくの字状に屈曲させた2枚のアーム2をX状にクロスさせ、各アーム2の中間点を軸3によりベース4に枢着した構造である。板状試験片1はこれらのアーム2の先端部間にセットされる。これらのアーム2の他端はベース4から突出しており、図3に示すように油圧シリンダー5によってこれらのアーム2の他端を押し広げると、板状試験片1が平面内で引き伸ばされながら曲げられ、伸びフランジ成形と同様の変形を再現することができる。
【0018】
板状試験片1の板端部には図4に示すように先端Rを備えた切欠き6が形成されており、この切欠き6を外側に向けてアーム2に板状試験片1をセットする。破断は切欠き6の部分で発生するので、ベース4の後方に配置したカメラ7によって破断時の挙動を撮影する。また図示されていないが、アーム2の上方位置にもカメラがセットされており、破断時の挙動を撮影することができるようになっている。なお実際のプレス機でプレス加工を行う場合のひずみ速度は0・01から1/secの範囲であるから、サイドベンド試験機により板状試験片1の与えるひずみ速度は0・1/sec前後とすることが好ましい。
【0019】
本発明では図4に示すように、切欠き6の深さ、先端R、切欠き底から他端部までのリガメント長さなどを変化させた2種類以上の板状試験片1を用い、サイドベンド試験機による破断試験を行う。これらの寸法を変化させることにより、荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中とを変えることができる。
【0020】
ここでひずみ集中とは、板端部に沿うひずみ分布を表わす尺度であり、図5に示すように破断起点部のひずみと板端部に沿って離れた位置におけるひずみとの差を、それらの間の距離で割った値である。またひずみ勾配とは、板端部から内部方向のひずみ分布を表わす尺度であり、図6に示すように破断起点部のひずみとその点から内側に離れた位置におけるひずみとの差を、それらの間の距離で割った値である。図7に両者の関係を模式的に示した。
【0021】
切欠き6の深さと先端Rは板端部に沿うひずみ集中を左右するファクターであり、切欠き6の深さが深く、先端Rが小さいほど板端部に沿うひずみ集中が大きくなる。また切欠き6の深さとリガメント長さ(切欠き底から他端部までの距離)は板端部から内部方向のひずみ勾配を左右するファクターであり、リガメント長さが短いほどひずみ勾配が大きくなる。
【0022】
実用的な板状試験片1としては、切欠き6の深さが0〜100m、先端Rが0〜500m、切欠き底から他端部までのリガメント長さが1〜500mmの切欠きを形成したものを用いる。これらの数値の上限を超えるサイズの試験片を用いるためには巨大なサイドベンド試験機が必要となり、実用性に欠けるからである。なお切欠き6の深さは0であっても差し支えない。
【0023】
板状試験片1の表面には、予め線または点を一定間隔で印刷したり、微細な凹凸を一定間隔で形成したりしておく。図8は板状試験片1の表面に1mm間隔の格子状の線を印刷した例を示しているが、試験前後の寸法変化を検出することができるものであればその形態は任意である。図8は円弧状の切欠き部分の拡大図であり、試験前には碁盤目状の等間隔であった格子線がサイドベンド試験を行った後には図示のように切欠き側が拡がるように変形したことを示している。本発明では、荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中とを変えた複数種類の板状試験片1に、板面内の引張および曲げを与えて破断させたうえ、破断部のひずみと、板端部から内部へのひずみ勾配と、板端部に沿うひずみ集中とを測定する。
【0024】
各点におけるひずみの絶対値は、板状試験片1の表面に形成した線または点または凹凸のパターン変化、端部の板厚変化から求めることができ、また板状試験片1の表面に形成した1mm以下の凹凸の、試験前後の位置の相関から求めることができる。そして破断部のひずみと破断部から1〜100mmの距離の位置におけるひずみの差を、その間の距離で割ることにより、ひずみ勾配とひずみ集中とを求めることができる。上限を100mmとしたのは、それ以上離れた位置におけるひずみが破断ひずみに与える影響は無視することができるからである。
【0025】
本発明ではこのようにして得られた破断部のひずみと、ひずみ勾配と、ひずみ集中とに基づいて、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数として特定する。この関数としては、例えばεf=a+bX+dX+gYの形の関数(εfは破断ひずみ、Xはひずみ勾配、Yはひずみ集中、a〜hは定数)を用いることができる。また、破断ひずみεfをひずみ勾配Xとひずみ集中Yとのマップとして特定することも可能であり、両者は数学的には等価である。
【0026】
例えば、図4に示した内からタイプ1〜タイプ5の5種類の板状試験片1を選択し、サイドベンド試験機にセットしてサイドベンド試験を行ったところ、鋼種Aについて、表1に示す測定結果が得られた。これらの測定結果を基にして、εf=a+bX1.5+cY1.5の関数のa、b、cを決定することができる。この場合にはa=0.389、b=5.26、c=−5.93となる。
【0027】
【表1】

【0028】
図9は上記した鋼種Aについての破断ひずみεfとひずみ勾配Xとひずみ集中Yとの関係を3次元のマップとして表示したもので、縦軸がひずみの大きさ、横軸がひずみ集中Y、奥行き方向の軸がひずみ勾配Xである。破断ひずみは曲面として表示されており、0.4〜0.5の部分(C)と、0.3〜0.4の部分(D)と、0.3〜0.2の部分(E)とが表示されている。
【0029】
図9のマップ中の点Pはひずみ勾配とひずみ集中の何れもがゼロの点であり、切欠き部分のない板状試験片を単純引張りしたときの破断ひずみを示すものである。点Qはひずみ勾配がゼロであるがひずみ集中のある点であり、切欠き部分を持つ板状試験片を単純引張りしたときの破断ひずみを示す。点Rはひずみ勾配があるがひずみ集中のない点であり、切欠き部分のない板状試験片を面内曲げしたときの破断ひずみを示す。このときに破断ひずみが最大となる。また点Sは切欠き部分を持つ板状試験片を面内曲げしたときの破断ひずみを示す。
【0030】
このマップに示されるように、ひずみ集中によって当然ながら破断ひずみは低下するが、逆にひずみ勾配は大きくなるほど破断ひずみは増加する。これは、ひずみ勾配が大きくなると板端部から僅かに内側ではひずみが急速に減少するため、破断が進展しにくいためと考えられる。従来はこのように破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数あるいはこれと等価なマップとして把握した例はなく、点Pと点Qを結ぶ曲線上のひずみを破断ひずみとしていた。このために冒頭に記したように伸びフランジ成形における破断ひずみを正確に特定することができなかったのであるが、本発明によれば破断ひずみを正確に特定することが可能となった。
【0031】
なお図10は別の鋼種Bについて作成した破断ひずみのマップであり、図11はさらに別の鋼種Cについて作成した破断ひずみのマップである。これらの図において、破断ひずみが0.6〜0.7の部分を(A)、0.5〜0.6の部分を(B)、0.4〜0.6の部分を(C)、0.3〜0.4の部分を(D)、0.3〜0.2の部分を(E)、0.1〜0.2の部分を(F)、0〜0.1の部分を(G)として表示した。このように材質が異なれば破断ひずみの絶対値は当然ながら変化するが、破断ひずみを表す曲面の形状はほぼ同一となる。
【0032】
本発明によれば、上記したように複数の板状試験片を製作しサイドベンド試験を行うだけで、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数あるいはマップとして正確に特定することができる。このため本発明を利用すれば、従来は不可能であった伸びフランジ成形における破断の有無を、コンピュータ上で正確に予測することが可能となる。
【0033】
また、サイドベンド試験ではなく、上記したような複数の板状試験片や板状試験片中心に円や楕円や切り欠き状の穴を開けた試験片を用いた引張り試験でも、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数あるいはマップとして正確に特定することができる。さらに、これらの試験片を用いて、円錐ポンチや円柱ポンチや円筒ポンチによる穴広げ試験でも、断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数あるいはマップとして正確に特定することができる。
【0034】
なお、本発明では「ひずみ」を破断の指標としたが、長さ、曲率、開口量、応力、力やこれらの組合せを指標とすることも可能である。
【符号の説明】
【0035】
1 板状試験片
2 アーム
3 軸
4 ベース
5 油圧シリンダー
6 切欠き
7 カメラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中とを変えた2種類以上の板状試験片に、板面内の引張および曲げを与えて破断させ、破断部のひずみとひずみ勾配とひずみ集中とを測定し、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中との関数として特定することを特徴とする板状材料の破断ひずみ特定方法。
【請求項2】
荷重印加時に発生する板端部から内部へのひずみ勾配と板端部に沿うひずみ集中とを変えた2種類以上の板状試験片に、板面内の引張および曲げを与えて破断させ、破断部のひずみとひずみ勾配とひずみ集中とを測定し、破断ひずみをひずみ勾配とひずみ集中とのマップとして特定することを特徴とする板状材料の破断ひずみ特定方法。
【請求項3】
板状試験片として、板端部に深さが0〜100m、先端Rが0〜500m、切欠き底から他端部までのリガメント長さが1〜500mmの切欠きを形成したものを用いることを特徴とする請求項1または2記載の板状材料の破断ひずみ特定方法。
【請求項4】
破断部のひずみを、板状試験片の表面に形成した線または点または凹凸のパターン変化あるいは端部の板厚変化から求めることを特徴とする請求項1または2記載の板状材料の破断ひずみ特定方法。
【請求項5】
破断部のひずみを、板状試験片の表面に形成した1mm以下の凹凸の、試験前後の位置の相関から求めることを特徴とする請求項1または2記載の板状材料の破断ひずみ特定方法。
【請求項6】
破断部のひずみと破断部から1〜100mmの距離の位置におけるひずみの差を、その距離で割ることにより、ひずみ勾配とひずみ集中とを求めることを特徴とする請求項1または2記載の板状材料の破断ひずみ特定方法。
【請求項7】
破断ひずみεfを、εf=a+bX+dX+gYの関数(Xはひずみ勾配、Yはひずみ集中、a〜hは定数)で表わすことを特徴とする請求項1記載の板状材料の破断ひずみ特定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−140046(P2011−140046A)
【公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−2683(P2010−2683)
【出願日】平成22年1月8日(2010.1.8)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】