板状蛍光体とそれを使用したディスプレイ
【課題】厚さ方向にはナノサイズであるが、面方向には十分な広がりの粒径をもった板状体の結晶体であって、低速の電子線や真空紫外線のような、比較的弱い励起電磁波によっても高い輝度の発光をするもの、特に使用中に環境から水分を再吸着しても発光特性が実質上低下しないものを提供し、それによって、次世代パネルディスプレイに対する要求を満たす。
【解決手段】K2O・Al2O3・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトを、希土類金属の可溶性塩の水溶液に浸漬して、ゼオライト中のK+と希土類金属の3価または2価のイオンとのイオン交換を行なったのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、200〜900℃の温度で焼成する。蛍光スペクトルのピークは、希土類金属としてEuを用いたものは610nm(赤色)、Tbを用いたものは540nm(緑色)、Tmを用いたものは453nm(青色)。
【解決手段】K2O・Al2O3・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトを、希土類金属の可溶性塩の水溶液に浸漬して、ゼオライト中のK+と希土類金属の3価または2価のイオンとのイオン交換を行なったのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、200〜900℃の温度で焼成する。蛍光スペクトルのピークは、希土類金属としてEuを用いたものは610nm(赤色)、Tbを用いたものは540nm(緑色)、Tmを用いたものは453nm(青色)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼオライトの希土類金属イオン交換によって得られる、板状の結晶体である蛍光体と、その製造方法に関する。本発明はまた、この板状蛍光体がその特性を発揮する塗膜の形成方法に関する。本発明はさらに、この蛍光体の三原色(RGB)の組み合わせを使用したディスプレイにも関する。
【背景技術】
【0002】
ゼオライトは、その細孔内に、発光中心となる希土類元素をイオン交換により均一に分散させることが容易であることから、ゼオライトを母結晶ないし原料に用いた蛍光体が、多数知られている。希土類金属のイオンを、ゼオライトキャビティに混入した配位子と錯体を形成させ、この配位子を希土類金属の発光輻射線より低い波長範囲において励起電磁線を吸収できるように、電子構造に関して選定し、かつ、配位子のトリプレットレベルを希土類金属の放射レベルより上にすることが開示された(特許文献1)。ゼオライト中の水分の存在は、励起を妨げるので、ゼオライトのイオン交換をしたのち、焼成して水分を駆逐することにより、蛍光体として機能するようになる。
【0003】
希土類元素としてはさまざまなものが使用可能であるが、とくにユーロピウムEuが有用である。しかし、ゼオライトは、蛍光体の製造時に失った水分を環境から再度取り込み、その結果として、蛍光体は蛍光を発する機能を失う。そこで、この機能を維持させるため、ゼオライトに水分が再吸着しないような手段が考えられている。たとえば、ビピリジンのような有機化合物をEuとの錯体として、Y−ゼオライトの内部に位置させるということが試みられた(非特許文献1)。EuやTbのイオンを含むゼオライトに、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化ニオブ、酸化タンタルなどの遷移金属酸化物を加えたものも提案された(特許文献2)。
【0004】
蛍光性能の維持という、上記の目的を達する技術としては、ゼオライト単結晶に発光マトリックス用金属酸化物、具体的にはスズ、亜鉛またはインジウムの酸化物に、発光中心用希土類金属との複合体を担持させたものもある(特許文献3)。発明者らの一部は、フォージャサイト型ゼオライトをEu3+でイオン交換したのち、焼成してなる蛍光体を開示した(特許文献4)。均一な粒子形状を有し、粒径の制御が容易であり、粒径が小さくても強い発光が得られる蛍光体を得るため、アルミノシリケート系非晶質マトリクス中に、セラミックスの結晶微粒子を分散させた複合体の提案もある(特許文献5)。
【0005】
フィールドエミッションディスプレイ用の蛍光体に代表される、いわゆる次世代蛍光材料には、高解像度、高発光効率に加えて、低速電子線で励起できるという特性が要求される。この目的には、ナノサイズの蛍光体が適当であるが、従来の蛍光体を単にナノサイズ化すると、表面積の増大に伴う発光強度の減少が避けられない。この問題を解決する途は、蛍光体を厚さ方向にだけナノサイズであって、面方向には大きな板状体にすることであるが、既知の方法では、所望の板状蛍光体を製造することはできない。従来の酸化物系または硫化物系の蛍光体を製造する方法は、固相反応法やフラックス法であって、これらの方法で、結晶形態や粒径を制御することは困難である。
【0006】
これまで板状の蛍光体として知られているのは、ホウ酸塩系のa(M11−xM2x)2O3・B2O3(M1はY,LaまたはGd、M2はEu,TbまたはCe、0.005≦x≦0.2、0.5≦a≦2)の組成式により表される化合物であるが(特許文献6)、得られる蛍光体粒子は、最大径1〜5μm、厚さ0.05〜0.5μmとのことであるが、形態や粒径の制御は容易でない。
【特許文献1】特開平05−194941
【特許文献2】特表平11−504064
【特許文献3】特開2003−246981
【特許文献4】特開2005−048107
【特許文献5】特開2005−314573
【特許文献6】特開2002−309245
【非特許文献1】Journal of Luminescence 72−74(1997)532−534
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の中心的な目的は、ゼオライトを母体とし、これに希土類元素をイオン交換してなる蛍光体において、厚さ方向にはナノサイズであるが、面方向には用途に従って十分な広がりの粒径をもった板状体であるもの、とくに使用中にゼオライトが環境から水分を再吸着しても発光特性が実質上低下しないものと、その製造方法を提供することにある。
【0008】
本発明の付随的な目的は、上記のような板状の蛍光体を含有し、厚さ方向にはナノサイズで蛍光体が存在するが、面方向には高い被覆率をもって蛍光体が存在する塗膜を形成する方法を提供することにある。これにより、低速の電子線や真空紫外線のような、比較的弱い励起電磁波によっても高い輝度の発光をする蛍光面が実現する。
【0009】
本発明のさらに発展した目的は、本発明の蛍光体において、蛍光スペクトルのピークがそれぞれ赤、緑および青の波長領域にあるものを組み合わせてなる、RGBディスプレイを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の板状蛍光体は、K2O・Al2O3・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトに、少なくとも20%の交換率でイオン交換を行なって希土類元素のイオンを分散させてなり、電子線または紫外線で励起されて蛍光を発する板状蛍光体である。
【0011】
この板状蛍光体を製造する本発明の方法は、上記の「リンデQ」型ゼオライトを希土類金属の可溶性塩の水溶液に浸漬して、ゼオライト中のK+と希土類金属の3価または2価のイオンとのイオン交換を行なって、少なくとも20%の交換率で希土類金属のイオンを存在させたのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、200〜900℃の温度で焼成することからなる。焼成したものは粉末状態であり、粉砕することなく使用可能である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の蛍光体を特徴づけるものは、リンデQ型ゼオライトを母体として選択したことにある。リンデQ型ゼオライトは、六角板状の結晶形態を有し、厚さ10〜200nm、径0.5〜10μm、アスペクト比5以上のものが容易に合成できる。高度に扁平で、厚さ方向にナノサイズである結晶形態のゼオライトを使用することにより、比較的低速な電磁波により励起することができるだけでなく、微細化にともなう発光性能の低下を回避することができる。
【0013】
このゼオライトはまた、イオン交換容量が大きく、発光中心となる希土類金属のイオンを大量に含むことができるから、高い輝度の蛍光体を得ることが容易である。本発明の蛍光体に関して特筆すべき利点は、後記する実施例に見るように、製造時に焼成して蛍光性能を発揮させた後は、ゼオライトが環境中の水分を再吸着しても、その蛍光性能が実質上低下を見ないことである。本発明の蛍光体は、製造時は焼成により脱水した状態にあるところ、使用状態においては環境からの水分を取り込んで発光強度が低下するのではないかと思われたが、実質上影響がないことが確認された。
【0014】
従来の固相反応で製造した蛍光体は、焼成後に粉砕する必要があったが、本発明の蛍光体は前記のように焼成状態で粉末であるから、粉砕する必要がない。粉砕は、粒子表面の荒れを招き、それに起因する乱反射のために発光強度が減少することが避けられなかったが、本発明によれば、そのような不利益はない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の板状蛍光体において発光中心となる希土類金属は、ユーロピウムEu、テルビウムTb、サマリウムSm、ツリウムTm、セリウムCeなどの中から、所望する発光色に従って選択する。希土類金属のイオンとしてEu3+を選べば、蛍光のピーク波長が610nmである、赤色に発光する蛍光体が得られる。Tb3+を選べば、蛍光のピーク波長が540nmである、緑色に発光する蛍光体が得られる。また、Tm3+を選べば、蛍光のピーク波長が453nmである青色に発光する蛍光体が得られる。これらを組み合わせることによって、本発明の蛍光体から、RGB三色のディスプレイを構成することができる。
【0016】
希土類金属の可溶性塩としては、硝酸塩、塩化物、酢酸塩、硫酸塩などを挙げることができ、入手の容易なものを選んで使用すればよい。ゼオライト中のK+と希土類金属イオンとのイオン交換は、適宜の濃度をもつ可溶性塩の水溶液にゼオライトを浸漬し、100℃未満の温度に数〜数十時間保持することにより、容易に行なえる。イオン交換率は、蛍光体に実用的な輝度の発光を起こさせるためには、上記のように少なくとも20%が必要であるが、60%を超える高いイオン交換率の領域では、交換率を増大させても発光エネルギーが飽和する傾向が見られ、増大の意味が乏しくなる。到達するイオン交換率は、可溶性塩の濃度にほぼ比例するから、所望のイオン交換率に対して適切な濃度の水溶液を使用すべきである。
【0017】
希土類金属イオンに対して、賦活成分としてGd3+を添加することによって、本発明の板状蛍光体の発光強度を高めることができる。ただし、Gd3+の添加量を増すと、製品蛍光体が不安定になる傾向がみられるから、限界がある。
【0018】
イオン交換後は、濾過、水洗、乾燥をする。100℃以下の温度で乾燥したイオン交換体の発光特性はきわめて低く、実用的でない。これは、希土類金属イオンに配位している水により、励起エネルギーが吸収されるためである。そこで、乾燥後、本発明においても、イオン交換試料を焼成して水分を駆逐することにより、発光特性を向上させる。従来の(ゼオライト+希土類金属イオン)からなる蛍光体においては、焼成によってゼオライト構造を破壊し、非晶質にするか、さもなければ、より緻密で吸水性を示さないアルミノケイ酸塩構造とすることが行なわれていた。
【0019】
しかし、このような変化は、結晶形態の変化をも引き起こし、板状の蛍光体を得るという目的に合致しない。そこで本発明では、希土類金属イオンの配位水を確実に離脱させることができる200℃以上であって、結晶形態の変化は生じない900℃以下の温度において焼成を行なう。
【0020】
板状の蛍光体は、それぞれの結晶が、厚さ方向にはナノサイズであって、面方向にはある程度の広い面積を占めるものであるから、各結晶粒子を基材の面に平行に配向させた塗膜を形成した状態で使用することが好ましい。このような塗膜は、本発明に従う、つぎのような適用方法を選択することにより実現する。すなわち、本発明の板状蛍光体を適宜のビヒクルに分散させて形成した塗料を、板状体が基材の面に沿って配向される塗布手段を用いて塗布し、厚さ方向にナノサイズの板状蛍光体が存在する塗膜を得るという塗膜形成方法を採用すればよい。板状の結晶を基材の面に沿って配向される手段としては、刷毛塗りやドクターブレードを用いた塗布がある。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の蛍光体は、厚さがナノサイズであるため、低速の電子線による励起で高い発光効率が期待できる。板状の結晶形状は、基材への塗布性が高く、塗膜は、多少の屈曲にも耐える。板状の結晶を配向させた塗膜は光隠蔽性が高いという利点があるから、各種のスクリーンの形成に有用である。このようなわけで本発明の蛍光体は、次世代パネルディスプレイとされるフィールドエミッションディスプレイへの利用が期待される。塗布性と隠蔽性が高いことは、もちろん、蛍光塗料の高性能化を図るうえでも好都合に利用できる。
【実施例1】
【0022】
粒径約1μm、厚さ約100nmの六角板状結晶形態を有するK型リンデQゼオライト(以下、「リンデQ」と略称する)を製造した。このリンデQそれぞれ8gに、異なる濃度(0.01,0.02,0.03,0.04,0.05,0.10または0.15mol/dm3)の塩化ユーロピウムEuCl3水溶液をそれぞれ60mL加え、90℃に24時間保持して、イオン交換処理をした。濾過、洗浄後、乾燥し、得られたイオン交換試料を800℃または1000℃で1時間加熱することにより、焼成試料とした。
【0023】
イオン交換試料のEu3+イオン交換率をしらべ、EuCl3水溶液の濃度との関係をプロットして、図1のグラフを得た。このグラフから、イオン交換率は、イオン交換処理に使用した溶液の濃度に比例することが確認された。なお、イオン交換率は、試料を酸分解し、誘導プラズマ発光分析装置によりEuおよびKを定量することによって算出した。
【0024】
イオン交換試料を熱分析にかけた。得られたTG−DTA曲線を図2に示す。イオン交換してないリンデQは、250℃付近に脱水にもとづくと見られる吸熱ピークと、1100℃付近に結晶化に伴う発熱ピークが見られるのに対し、Eu3+で交換したイオン交換試料は、吸熱ピークはあるものの、発熱ピークは見られなかった。これは、焼成により構造が変化したことを示唆している。
【0025】
イオン交換率45%のイオン交換試料を400℃、800℃または1000℃で焼成した焼成試料について、X線回折分析を行なって図3のチャートを得た。リンデQは300℃に加熱すると構造分解するといわれているが、Eu3+で45%イオン交換したものは、800℃に加熱しても安定であって、六角板状の結晶構造が観察された。いっぽう、1000℃に加熱した場合、リンデQの結晶構造は失われ、カリオフィライトが生成したことがわかった。イオン交換率と熱的安定性との関係についていえば、交換率22%のイオン交換試料は、400℃の加熱では安定であったが、18%のものは不安定であった。この事実から、おおよそ20%以上のイオン交換率にすれば、加熱に対して安定になるといえる。
【0026】
800℃または1100℃で焼成したものについて、走査型電子顕微鏡で観察した。800℃焼成のものの写真を、図4に示す。上記した、六角板状の結晶形態が、この写真から確認できる。1100℃に加熱した場合は、結晶形態が失われ、焼結状態に近いものとなっていた。
【0027】
蛍光特性をしらべるため、Eu3+イオン交換率の異なる800℃焼成試料について、励起波長395nmで励起して、蛍光スペクトルを得た。結果は図5に示すとおりで、610nmにピークがあり、赤色に発色していることがわかる。波長365nmの紫外線ランプを照射すると、目視でも赤色光を見ることができた。その蛍光スペクトルを、市販の赤色蛍光体であるY2O2S:Eu3+のそれと比較すると、ピーク波長が若干ずれている(本発明は上記のように610nm、市販品は620nm)ことから、両者は、色味が少し異なる赤色であるということになる。
【0028】
Eu3+イオン交換率の違いでみると、22%よりも45%の方が、ピーク強度が高く、Eu3+の存在量の増加が発光強度の増加をもたらしていることがわかる。しかし、イオン交換率64%の発光強度は、45%のものとほとんど変らなかった。これは濃度消光のためと考えられる。
【0029】
つぎに、蛍光波長610nmにおける励起スペクトルとして、図6の結果を得た。このデータから、610nmの蛍光発光を得るための励起波長としては、395nmが適切であることが確認できた。
【0030】
Eu3+イオン交換率45%、800℃焼成試料を、常温で相対湿度58%の環境に置き、水分を再吸着させた。そのときの覆水挙動を、図7に示す。8時間程度の水分再吸着で、ほぼ飽和に近い水分が取り込まれ、最大で約16%の重量増加が見られることがわかった。この水分を再吸着した蛍光体の、励起波長395nmにおける蛍光スペクトルを、800℃焼成直後のものと比較して、図8に示す。ピーク強度に大きな差はなく、本発明の蛍光体においては、水分の存在が蛍光作用にあまり影響しないことがわかった。この事実は、焼成によって、Eu3+が再水和しない狭い結晶の原子位置に移動したことを示唆する。
【実施例2】
【0031】
希土類元素を利用した蛍光体においては、たとえばYの一部をGdで置き換えることにより、発光強度が増大することが知られている。そこで、本発明の蛍光体においても、Eu3+の一部をGd3+で置き換えることによる賦活効果が期待された。そこで試みたところ、この期待が正しいことが確認された。
【0032】
EuCl3の濃度0.1mol/dm3の水溶液30mLと、GdCl3の濃度0,0.00025,0.0005,0.001,0.002,0.01または0.1mol/dm3の水溶液30mLとを混合し、リンデQの4gに加えた。実施例1と同様に、イオン交換、濾過、洗浄および乾燥を経て、800℃に1時間加熱する焼成処理を行なった。イオン交換試料について、実施例1と同様に分析を行なって、イオン交換率とイオン交換処理に使用した溶液の濃度との関係をしらべ、表1の結果を得た。
【0033】
表 1
【0034】
実施例1における、Eu3+イオン交換溶液とイオン交換量との間にみられた比例関係が、Gd3+に関しても確認された。希土類元素は各元素の化学的挙動が類似しているので、リンデQのイオン交換においても、Eu3+とGd3+とは同様な挙動をし、イオン交換選択性には差がないことがわかる。Eu3+とGd3+とのイオン交換溶液の合計濃度が0.2mol/dm3に達すると、イオン交換は飽和に近いレベルに達する。
【0035】
このイオン交換試料についても、実施例1と同様に、TG−DTA曲線を調べた。結果を、図7に示す。すべての試料について、90℃付近と170℃付近において重量減少を伴う吸熱ピークが現れており、それぞれ物理吸着水とゼオライト水の脱水に起因するものと考えられる。また、各試料とも、940℃付近から緩やかな発熱反応が認められ、ゼオライト構造の分解によるものと解される。このことから、リンデQにみられた構造の熱的安定性は、Gdの共存によって変化しないことがわかった。
【0036】
800℃焼成試料についてのX線回折チャートを、図8に示す。前記したようにGdを含まないもの(No.1)の構造安定性はここでも確認されたが、Gd3+が多量に存在するNo.7は、構造が熱的に不安定になる傾向が見られる。各資料の電子顕微鏡写真は、どの場合もリンデQの六角板状の結晶形態が保たれていることを示した。
【0037】
この蛍光体について、励起波長395nmおよび250nmにおける蛍光スペクトルをしらべた。Eu3+・Gd3+イオン交換体の焼結試料も、Eu3+イオン交換体のそれと同様に610nmに蛍光ピークがみられ、赤色に発光していることが確認された。励起波長250nmの場合の蛍光スペクトルを、図9に示す。このスペクトルでは、波長615nm付近の発光ピークの幅が広がり、積分強度の増加が認められた。とくに、短波長側のショルダー部の強度が大きくなっている。
【実施例3】
【0038】
実施例1において、塩化ユーロピウムEuCl3の水溶液に代えて、濃度0.1mol/dm3の塩化テルビウムTbCl3の水溶液を使用したほかは同様に操作して、Tb3+交換ゼオライトを製造した。大気雰囲気で同じく800℃に1時間加熱して、本発明の蛍光体を得た。その結晶構造をX線回折により確認したところ、リンデQゼオライトの結晶構造が維持されていた。蛍光特性を分光光度計により測定し、励起波長370nmにおいて、540nmの発光(緑色)が認められた。蛍光スペクトルを、図10に示す。
【実施例4】
【0039】
実施例1において、塩化ユーロピウムEuCl3の水溶液に代えて、濃度0.1mol/dm3の酢酸ツリウムTm(CH3CO2)3の水溶液を使用したほかは、同様な操作を行なって、Tm3+交換ゼオライトを製造した。大気雰囲気で同じく800℃に1時間加熱して、本発明の蛍光体を得た。その結晶構造をX線回折により確認したところ、この場合も、リンデQゼオライトの結晶構造が維持されていた。蛍光特性を分光光度計により測定し、励起波長360nmにおいて、453nmの発光(青色)が認められた。蛍光スペクトルを、図11に示す。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施例1のデータであって、イオン交換処理に使用したEuCl3水溶液の濃度とEu3+イオン交換率との関係を示すグラフ。
【図2】本発明の実施例1のデータであって、Eu3+イオン交換試料のTG−DTA曲線。
【図3】本発明の実施例1のデータであって、焼成試料についてのX線回折チャート。
【図4】本発明の実施例1のデータであって、800℃焼成試料についての走査型電子顕微鏡写真。
【図5】本発明の実施例1のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長395nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【図6】本発明の実施例1のデータであって、本発明の蛍光体の蛍光波長610nmにおける励起スペクトル。
【図7】本発明の実施例2のデータであって、Eu3+・Gd3+イオン交換試料のTG−DTA曲線。
【図8】本発明の実施例2のデータであって、800℃焼成試料についてのX線回折チャート。
【図9】本発明の実施例2のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長250nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【図10】本発明の実施例3のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長370nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【図11】本発明の実施例3のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長360nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼオライトの希土類金属イオン交換によって得られる、板状の結晶体である蛍光体と、その製造方法に関する。本発明はまた、この板状蛍光体がその特性を発揮する塗膜の形成方法に関する。本発明はさらに、この蛍光体の三原色(RGB)の組み合わせを使用したディスプレイにも関する。
【背景技術】
【0002】
ゼオライトは、その細孔内に、発光中心となる希土類元素をイオン交換により均一に分散させることが容易であることから、ゼオライトを母結晶ないし原料に用いた蛍光体が、多数知られている。希土類金属のイオンを、ゼオライトキャビティに混入した配位子と錯体を形成させ、この配位子を希土類金属の発光輻射線より低い波長範囲において励起電磁線を吸収できるように、電子構造に関して選定し、かつ、配位子のトリプレットレベルを希土類金属の放射レベルより上にすることが開示された(特許文献1)。ゼオライト中の水分の存在は、励起を妨げるので、ゼオライトのイオン交換をしたのち、焼成して水分を駆逐することにより、蛍光体として機能するようになる。
【0003】
希土類元素としてはさまざまなものが使用可能であるが、とくにユーロピウムEuが有用である。しかし、ゼオライトは、蛍光体の製造時に失った水分を環境から再度取り込み、その結果として、蛍光体は蛍光を発する機能を失う。そこで、この機能を維持させるため、ゼオライトに水分が再吸着しないような手段が考えられている。たとえば、ビピリジンのような有機化合物をEuとの錯体として、Y−ゼオライトの内部に位置させるということが試みられた(非特許文献1)。EuやTbのイオンを含むゼオライトに、酸化モリブデン、酸化タングステン、酸化ニオブ、酸化タンタルなどの遷移金属酸化物を加えたものも提案された(特許文献2)。
【0004】
蛍光性能の維持という、上記の目的を達する技術としては、ゼオライト単結晶に発光マトリックス用金属酸化物、具体的にはスズ、亜鉛またはインジウムの酸化物に、発光中心用希土類金属との複合体を担持させたものもある(特許文献3)。発明者らの一部は、フォージャサイト型ゼオライトをEu3+でイオン交換したのち、焼成してなる蛍光体を開示した(特許文献4)。均一な粒子形状を有し、粒径の制御が容易であり、粒径が小さくても強い発光が得られる蛍光体を得るため、アルミノシリケート系非晶質マトリクス中に、セラミックスの結晶微粒子を分散させた複合体の提案もある(特許文献5)。
【0005】
フィールドエミッションディスプレイ用の蛍光体に代表される、いわゆる次世代蛍光材料には、高解像度、高発光効率に加えて、低速電子線で励起できるという特性が要求される。この目的には、ナノサイズの蛍光体が適当であるが、従来の蛍光体を単にナノサイズ化すると、表面積の増大に伴う発光強度の減少が避けられない。この問題を解決する途は、蛍光体を厚さ方向にだけナノサイズであって、面方向には大きな板状体にすることであるが、既知の方法では、所望の板状蛍光体を製造することはできない。従来の酸化物系または硫化物系の蛍光体を製造する方法は、固相反応法やフラックス法であって、これらの方法で、結晶形態や粒径を制御することは困難である。
【0006】
これまで板状の蛍光体として知られているのは、ホウ酸塩系のa(M11−xM2x)2O3・B2O3(M1はY,LaまたはGd、M2はEu,TbまたはCe、0.005≦x≦0.2、0.5≦a≦2)の組成式により表される化合物であるが(特許文献6)、得られる蛍光体粒子は、最大径1〜5μm、厚さ0.05〜0.5μmとのことであるが、形態や粒径の制御は容易でない。
【特許文献1】特開平05−194941
【特許文献2】特表平11−504064
【特許文献3】特開2003−246981
【特許文献4】特開2005−048107
【特許文献5】特開2005−314573
【特許文献6】特開2002−309245
【非特許文献1】Journal of Luminescence 72−74(1997)532−534
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の中心的な目的は、ゼオライトを母体とし、これに希土類元素をイオン交換してなる蛍光体において、厚さ方向にはナノサイズであるが、面方向には用途に従って十分な広がりの粒径をもった板状体であるもの、とくに使用中にゼオライトが環境から水分を再吸着しても発光特性が実質上低下しないものと、その製造方法を提供することにある。
【0008】
本発明の付随的な目的は、上記のような板状の蛍光体を含有し、厚さ方向にはナノサイズで蛍光体が存在するが、面方向には高い被覆率をもって蛍光体が存在する塗膜を形成する方法を提供することにある。これにより、低速の電子線や真空紫外線のような、比較的弱い励起電磁波によっても高い輝度の発光をする蛍光面が実現する。
【0009】
本発明のさらに発展した目的は、本発明の蛍光体において、蛍光スペクトルのピークがそれぞれ赤、緑および青の波長領域にあるものを組み合わせてなる、RGBディスプレイを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の板状蛍光体は、K2O・Al2O3・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトに、少なくとも20%の交換率でイオン交換を行なって希土類元素のイオンを分散させてなり、電子線または紫外線で励起されて蛍光を発する板状蛍光体である。
【0011】
この板状蛍光体を製造する本発明の方法は、上記の「リンデQ」型ゼオライトを希土類金属の可溶性塩の水溶液に浸漬して、ゼオライト中のK+と希土類金属の3価または2価のイオンとのイオン交換を行なって、少なくとも20%の交換率で希土類金属のイオンを存在させたのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、200〜900℃の温度で焼成することからなる。焼成したものは粉末状態であり、粉砕することなく使用可能である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の蛍光体を特徴づけるものは、リンデQ型ゼオライトを母体として選択したことにある。リンデQ型ゼオライトは、六角板状の結晶形態を有し、厚さ10〜200nm、径0.5〜10μm、アスペクト比5以上のものが容易に合成できる。高度に扁平で、厚さ方向にナノサイズである結晶形態のゼオライトを使用することにより、比較的低速な電磁波により励起することができるだけでなく、微細化にともなう発光性能の低下を回避することができる。
【0013】
このゼオライトはまた、イオン交換容量が大きく、発光中心となる希土類金属のイオンを大量に含むことができるから、高い輝度の蛍光体を得ることが容易である。本発明の蛍光体に関して特筆すべき利点は、後記する実施例に見るように、製造時に焼成して蛍光性能を発揮させた後は、ゼオライトが環境中の水分を再吸着しても、その蛍光性能が実質上低下を見ないことである。本発明の蛍光体は、製造時は焼成により脱水した状態にあるところ、使用状態においては環境からの水分を取り込んで発光強度が低下するのではないかと思われたが、実質上影響がないことが確認された。
【0014】
従来の固相反応で製造した蛍光体は、焼成後に粉砕する必要があったが、本発明の蛍光体は前記のように焼成状態で粉末であるから、粉砕する必要がない。粉砕は、粒子表面の荒れを招き、それに起因する乱反射のために発光強度が減少することが避けられなかったが、本発明によれば、そのような不利益はない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の板状蛍光体において発光中心となる希土類金属は、ユーロピウムEu、テルビウムTb、サマリウムSm、ツリウムTm、セリウムCeなどの中から、所望する発光色に従って選択する。希土類金属のイオンとしてEu3+を選べば、蛍光のピーク波長が610nmである、赤色に発光する蛍光体が得られる。Tb3+を選べば、蛍光のピーク波長が540nmである、緑色に発光する蛍光体が得られる。また、Tm3+を選べば、蛍光のピーク波長が453nmである青色に発光する蛍光体が得られる。これらを組み合わせることによって、本発明の蛍光体から、RGB三色のディスプレイを構成することができる。
【0016】
希土類金属の可溶性塩としては、硝酸塩、塩化物、酢酸塩、硫酸塩などを挙げることができ、入手の容易なものを選んで使用すればよい。ゼオライト中のK+と希土類金属イオンとのイオン交換は、適宜の濃度をもつ可溶性塩の水溶液にゼオライトを浸漬し、100℃未満の温度に数〜数十時間保持することにより、容易に行なえる。イオン交換率は、蛍光体に実用的な輝度の発光を起こさせるためには、上記のように少なくとも20%が必要であるが、60%を超える高いイオン交換率の領域では、交換率を増大させても発光エネルギーが飽和する傾向が見られ、増大の意味が乏しくなる。到達するイオン交換率は、可溶性塩の濃度にほぼ比例するから、所望のイオン交換率に対して適切な濃度の水溶液を使用すべきである。
【0017】
希土類金属イオンに対して、賦活成分としてGd3+を添加することによって、本発明の板状蛍光体の発光強度を高めることができる。ただし、Gd3+の添加量を増すと、製品蛍光体が不安定になる傾向がみられるから、限界がある。
【0018】
イオン交換後は、濾過、水洗、乾燥をする。100℃以下の温度で乾燥したイオン交換体の発光特性はきわめて低く、実用的でない。これは、希土類金属イオンに配位している水により、励起エネルギーが吸収されるためである。そこで、乾燥後、本発明においても、イオン交換試料を焼成して水分を駆逐することにより、発光特性を向上させる。従来の(ゼオライト+希土類金属イオン)からなる蛍光体においては、焼成によってゼオライト構造を破壊し、非晶質にするか、さもなければ、より緻密で吸水性を示さないアルミノケイ酸塩構造とすることが行なわれていた。
【0019】
しかし、このような変化は、結晶形態の変化をも引き起こし、板状の蛍光体を得るという目的に合致しない。そこで本発明では、希土類金属イオンの配位水を確実に離脱させることができる200℃以上であって、結晶形態の変化は生じない900℃以下の温度において焼成を行なう。
【0020】
板状の蛍光体は、それぞれの結晶が、厚さ方向にはナノサイズであって、面方向にはある程度の広い面積を占めるものであるから、各結晶粒子を基材の面に平行に配向させた塗膜を形成した状態で使用することが好ましい。このような塗膜は、本発明に従う、つぎのような適用方法を選択することにより実現する。すなわち、本発明の板状蛍光体を適宜のビヒクルに分散させて形成した塗料を、板状体が基材の面に沿って配向される塗布手段を用いて塗布し、厚さ方向にナノサイズの板状蛍光体が存在する塗膜を得るという塗膜形成方法を採用すればよい。板状の結晶を基材の面に沿って配向される手段としては、刷毛塗りやドクターブレードを用いた塗布がある。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の蛍光体は、厚さがナノサイズであるため、低速の電子線による励起で高い発光効率が期待できる。板状の結晶形状は、基材への塗布性が高く、塗膜は、多少の屈曲にも耐える。板状の結晶を配向させた塗膜は光隠蔽性が高いという利点があるから、各種のスクリーンの形成に有用である。このようなわけで本発明の蛍光体は、次世代パネルディスプレイとされるフィールドエミッションディスプレイへの利用が期待される。塗布性と隠蔽性が高いことは、もちろん、蛍光塗料の高性能化を図るうえでも好都合に利用できる。
【実施例1】
【0022】
粒径約1μm、厚さ約100nmの六角板状結晶形態を有するK型リンデQゼオライト(以下、「リンデQ」と略称する)を製造した。このリンデQそれぞれ8gに、異なる濃度(0.01,0.02,0.03,0.04,0.05,0.10または0.15mol/dm3)の塩化ユーロピウムEuCl3水溶液をそれぞれ60mL加え、90℃に24時間保持して、イオン交換処理をした。濾過、洗浄後、乾燥し、得られたイオン交換試料を800℃または1000℃で1時間加熱することにより、焼成試料とした。
【0023】
イオン交換試料のEu3+イオン交換率をしらべ、EuCl3水溶液の濃度との関係をプロットして、図1のグラフを得た。このグラフから、イオン交換率は、イオン交換処理に使用した溶液の濃度に比例することが確認された。なお、イオン交換率は、試料を酸分解し、誘導プラズマ発光分析装置によりEuおよびKを定量することによって算出した。
【0024】
イオン交換試料を熱分析にかけた。得られたTG−DTA曲線を図2に示す。イオン交換してないリンデQは、250℃付近に脱水にもとづくと見られる吸熱ピークと、1100℃付近に結晶化に伴う発熱ピークが見られるのに対し、Eu3+で交換したイオン交換試料は、吸熱ピークはあるものの、発熱ピークは見られなかった。これは、焼成により構造が変化したことを示唆している。
【0025】
イオン交換率45%のイオン交換試料を400℃、800℃または1000℃で焼成した焼成試料について、X線回折分析を行なって図3のチャートを得た。リンデQは300℃に加熱すると構造分解するといわれているが、Eu3+で45%イオン交換したものは、800℃に加熱しても安定であって、六角板状の結晶構造が観察された。いっぽう、1000℃に加熱した場合、リンデQの結晶構造は失われ、カリオフィライトが生成したことがわかった。イオン交換率と熱的安定性との関係についていえば、交換率22%のイオン交換試料は、400℃の加熱では安定であったが、18%のものは不安定であった。この事実から、おおよそ20%以上のイオン交換率にすれば、加熱に対して安定になるといえる。
【0026】
800℃または1100℃で焼成したものについて、走査型電子顕微鏡で観察した。800℃焼成のものの写真を、図4に示す。上記した、六角板状の結晶形態が、この写真から確認できる。1100℃に加熱した場合は、結晶形態が失われ、焼結状態に近いものとなっていた。
【0027】
蛍光特性をしらべるため、Eu3+イオン交換率の異なる800℃焼成試料について、励起波長395nmで励起して、蛍光スペクトルを得た。結果は図5に示すとおりで、610nmにピークがあり、赤色に発色していることがわかる。波長365nmの紫外線ランプを照射すると、目視でも赤色光を見ることができた。その蛍光スペクトルを、市販の赤色蛍光体であるY2O2S:Eu3+のそれと比較すると、ピーク波長が若干ずれている(本発明は上記のように610nm、市販品は620nm)ことから、両者は、色味が少し異なる赤色であるということになる。
【0028】
Eu3+イオン交換率の違いでみると、22%よりも45%の方が、ピーク強度が高く、Eu3+の存在量の増加が発光強度の増加をもたらしていることがわかる。しかし、イオン交換率64%の発光強度は、45%のものとほとんど変らなかった。これは濃度消光のためと考えられる。
【0029】
つぎに、蛍光波長610nmにおける励起スペクトルとして、図6の結果を得た。このデータから、610nmの蛍光発光を得るための励起波長としては、395nmが適切であることが確認できた。
【0030】
Eu3+イオン交換率45%、800℃焼成試料を、常温で相対湿度58%の環境に置き、水分を再吸着させた。そのときの覆水挙動を、図7に示す。8時間程度の水分再吸着で、ほぼ飽和に近い水分が取り込まれ、最大で約16%の重量増加が見られることがわかった。この水分を再吸着した蛍光体の、励起波長395nmにおける蛍光スペクトルを、800℃焼成直後のものと比較して、図8に示す。ピーク強度に大きな差はなく、本発明の蛍光体においては、水分の存在が蛍光作用にあまり影響しないことがわかった。この事実は、焼成によって、Eu3+が再水和しない狭い結晶の原子位置に移動したことを示唆する。
【実施例2】
【0031】
希土類元素を利用した蛍光体においては、たとえばYの一部をGdで置き換えることにより、発光強度が増大することが知られている。そこで、本発明の蛍光体においても、Eu3+の一部をGd3+で置き換えることによる賦活効果が期待された。そこで試みたところ、この期待が正しいことが確認された。
【0032】
EuCl3の濃度0.1mol/dm3の水溶液30mLと、GdCl3の濃度0,0.00025,0.0005,0.001,0.002,0.01または0.1mol/dm3の水溶液30mLとを混合し、リンデQの4gに加えた。実施例1と同様に、イオン交換、濾過、洗浄および乾燥を経て、800℃に1時間加熱する焼成処理を行なった。イオン交換試料について、実施例1と同様に分析を行なって、イオン交換率とイオン交換処理に使用した溶液の濃度との関係をしらべ、表1の結果を得た。
【0033】
表 1
【0034】
実施例1における、Eu3+イオン交換溶液とイオン交換量との間にみられた比例関係が、Gd3+に関しても確認された。希土類元素は各元素の化学的挙動が類似しているので、リンデQのイオン交換においても、Eu3+とGd3+とは同様な挙動をし、イオン交換選択性には差がないことがわかる。Eu3+とGd3+とのイオン交換溶液の合計濃度が0.2mol/dm3に達すると、イオン交換は飽和に近いレベルに達する。
【0035】
このイオン交換試料についても、実施例1と同様に、TG−DTA曲線を調べた。結果を、図7に示す。すべての試料について、90℃付近と170℃付近において重量減少を伴う吸熱ピークが現れており、それぞれ物理吸着水とゼオライト水の脱水に起因するものと考えられる。また、各試料とも、940℃付近から緩やかな発熱反応が認められ、ゼオライト構造の分解によるものと解される。このことから、リンデQにみられた構造の熱的安定性は、Gdの共存によって変化しないことがわかった。
【0036】
800℃焼成試料についてのX線回折チャートを、図8に示す。前記したようにGdを含まないもの(No.1)の構造安定性はここでも確認されたが、Gd3+が多量に存在するNo.7は、構造が熱的に不安定になる傾向が見られる。各資料の電子顕微鏡写真は、どの場合もリンデQの六角板状の結晶形態が保たれていることを示した。
【0037】
この蛍光体について、励起波長395nmおよび250nmにおける蛍光スペクトルをしらべた。Eu3+・Gd3+イオン交換体の焼結試料も、Eu3+イオン交換体のそれと同様に610nmに蛍光ピークがみられ、赤色に発光していることが確認された。励起波長250nmの場合の蛍光スペクトルを、図9に示す。このスペクトルでは、波長615nm付近の発光ピークの幅が広がり、積分強度の増加が認められた。とくに、短波長側のショルダー部の強度が大きくなっている。
【実施例3】
【0038】
実施例1において、塩化ユーロピウムEuCl3の水溶液に代えて、濃度0.1mol/dm3の塩化テルビウムTbCl3の水溶液を使用したほかは同様に操作して、Tb3+交換ゼオライトを製造した。大気雰囲気で同じく800℃に1時間加熱して、本発明の蛍光体を得た。その結晶構造をX線回折により確認したところ、リンデQゼオライトの結晶構造が維持されていた。蛍光特性を分光光度計により測定し、励起波長370nmにおいて、540nmの発光(緑色)が認められた。蛍光スペクトルを、図10に示す。
【実施例4】
【0039】
実施例1において、塩化ユーロピウムEuCl3の水溶液に代えて、濃度0.1mol/dm3の酢酸ツリウムTm(CH3CO2)3の水溶液を使用したほかは、同様な操作を行なって、Tm3+交換ゼオライトを製造した。大気雰囲気で同じく800℃に1時間加熱して、本発明の蛍光体を得た。その結晶構造をX線回折により確認したところ、この場合も、リンデQゼオライトの結晶構造が維持されていた。蛍光特性を分光光度計により測定し、励起波長360nmにおいて、453nmの発光(青色)が認められた。蛍光スペクトルを、図11に示す。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施例1のデータであって、イオン交換処理に使用したEuCl3水溶液の濃度とEu3+イオン交換率との関係を示すグラフ。
【図2】本発明の実施例1のデータであって、Eu3+イオン交換試料のTG−DTA曲線。
【図3】本発明の実施例1のデータであって、焼成試料についてのX線回折チャート。
【図4】本発明の実施例1のデータであって、800℃焼成試料についての走査型電子顕微鏡写真。
【図5】本発明の実施例1のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長395nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【図6】本発明の実施例1のデータであって、本発明の蛍光体の蛍光波長610nmにおける励起スペクトル。
【図7】本発明の実施例2のデータであって、Eu3+・Gd3+イオン交換試料のTG−DTA曲線。
【図8】本発明の実施例2のデータであって、800℃焼成試料についてのX線回折チャート。
【図9】本発明の実施例2のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長250nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【図10】本発明の実施例3のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長370nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【図11】本発明の実施例3のデータであって、本発明の蛍光体を、励起波長360nmで励起して得た蛍光スペクトル。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
K2O・Al2O3・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトに、少なくとも20%の交換率でイオン交換を行なって希土類元素のイオンを分散させてなり、電子線または紫外線で励起されて蛍光を発する板状蛍光体。
【請求項2】
希土類元素のイオンがEu3+であり、蛍光のピーク波長が610nm(赤色)である請求項1の板状蛍光体。
【請求項3】
希土類元素のイオンがTb3+であり、蛍光のピーク波長が540nm(緑色)である請求項1の板状蛍光体。
【請求項4】
希土類元素のイオンがTm3+であり、蛍光のピーク波長が453nm(青色)である請求項1の板状蛍光体。
【請求項5】
賦活成分としてGd3+を添加した請求項2の板状蛍光体。
【請求項6】
請求項1に記載した板状蛍光体を製造する方法であって、「リンデQ」型ゼオライトを希土類金属の可溶性塩の水溶液に浸漬して、ゼオライト中のK+と希土類金属の3価または2価のイオンとのイオン交換を行なって、少なくとも20%の交換率で希土類金属のイオンを存在させたのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、200〜900℃の温度で焼成することからなる製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載した板状蛍光体をビヒクルに分散させて形成した塗料を、板状体が基材の面に沿って配向される塗布手段を用いて塗布し、厚さ方向にナノサイズの板状蛍光体が存在する塗膜を得ることからなる板状蛍光体の塗膜形成方法。
【請求項8】
請求項2に記載した赤色の蛍光を発する板状蛍光体、請求項3に記載した緑色の蛍光を発する板状蛍光体、および請求項4に記載した青色の蛍光を発する板状蛍光体を組み合わせてなるRGB発光体。
【請求項9】
請求項8のRGB発光体に対して励起手段を与えて構成したディスプレイ。
【請求項1】
K2O・Al2O3・2SiO2・xH2Oの組成を有し、六角板状の結晶形態をもつ「リンデQ」型ゼオライトに、少なくとも20%の交換率でイオン交換を行なって希土類元素のイオンを分散させてなり、電子線または紫外線で励起されて蛍光を発する板状蛍光体。
【請求項2】
希土類元素のイオンがEu3+であり、蛍光のピーク波長が610nm(赤色)である請求項1の板状蛍光体。
【請求項3】
希土類元素のイオンがTb3+であり、蛍光のピーク波長が540nm(緑色)である請求項1の板状蛍光体。
【請求項4】
希土類元素のイオンがTm3+であり、蛍光のピーク波長が453nm(青色)である請求項1の板状蛍光体。
【請求項5】
賦活成分としてGd3+を添加した請求項2の板状蛍光体。
【請求項6】
請求項1に記載した板状蛍光体を製造する方法であって、「リンデQ」型ゼオライトを希土類金属の可溶性塩の水溶液に浸漬して、ゼオライト中のK+と希土類金属の3価または2価のイオンとのイオン交換を行なって、少なくとも20%の交換率で希土類金属のイオンを存在させたのち、濾過、洗浄、乾燥をへて、200〜900℃の温度で焼成することからなる製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載した板状蛍光体をビヒクルに分散させて形成した塗料を、板状体が基材の面に沿って配向される塗布手段を用いて塗布し、厚さ方向にナノサイズの板状蛍光体が存在する塗膜を得ることからなる板状蛍光体の塗膜形成方法。
【請求項8】
請求項2に記載した赤色の蛍光を発する板状蛍光体、請求項3に記載した緑色の蛍光を発する板状蛍光体、および請求項4に記載した青色の蛍光を発する板状蛍光体を組み合わせてなるRGB発光体。
【請求項9】
請求項8のRGB発光体に対して励起手段を与えて構成したディスプレイ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−69290(P2008−69290A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−250080(P2006−250080)
【出願日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【出願人】(591100563)栃木県 (33)
【出願人】(597065329)学校法人 龍谷大学 (120)
【出願人】(000160407)吉澤石灰工業株式会社 (38)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【出願人】(591100563)栃木県 (33)
【出願人】(597065329)学校法人 龍谷大学 (120)
【出願人】(000160407)吉澤石灰工業株式会社 (38)
【Fターム(参考)】
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