説明

析出強化型耐熱鋼

【課題】JIS SUH660よりもNi量が低量でコストが安価であり、一方において強度がより高強度で、しかもη相の析出が抑制され、経年変化に対して優れた特性を有する析出強化型耐熱鋼を提供する。
【解決手段】析出強化型耐熱鋼の組成を、質量%でC:0.005〜0.2%,Si:2%以下,Mn:1.6〜5%,Ni:15〜20%未満,Cr:10〜20%,Ti:2超〜4%,Al:0.1〜2%,B:0.001〜0.02%以下,更にNi/Mn:3〜10,Ni+Mn:18〜25%未満,Ti/Al:2〜20,残部Feおよび不可避的不純物の組成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種内燃機関、自動車用エンジン、蒸気タービン、熱交換器、加熱炉等の耐熱性が要求される部品、特に耐熱ボルト用素材として最適な析出強化型耐熱鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種熱機関の高効率化、高出力化のために、燃焼温度、廃棄ガス温度、蒸気温度が上昇する傾向が一層高まっており、これに応じて耐熱鋼における強度特性向上の要求も高まっている。前記の耐熱用途として用いられる耐熱鋼として、従来、700℃までの温度での使用に対してγ′析出型鉄基超合金であるJIS SUH660が多く使用されてきたが、各種熱機関の高効率化、高出力化に伴い、強度不足が懸念される。また、SUH660は長時間の使用によりη相(NiTi)の析出を招き、これによって強度および延性が低下してしまう問題も有している。さらにSUH660は高価なNiを多量に含んでおり、コストが高くなってしまうという問題がある。
【0003】
尚、本発明に関連する先行技術として下記特許文献1と特許文献2に開示されたものがある。
特許文献1には「耐熱ボルト」についての発明が開示されている。この特許文献1に開示のものは、化学成分の配合と加工方法を適正化することで、冷間加工を加えても、その後の高温・高応力下におけるη相の析出を抑制でき、リラクゼーション特性に優れた耐熱ボルトを得ることを目的としたものである。しかし、そこには本願の特徴であるMnを積極的に含有させることで冷間加工後の時効強化量を増加させることや、NiとMnの総量やその比率を規定することで、冷間加工性と高温強度バランスを良くすることについて言及はない。
【0004】
特許文献2には「耐熱ステンレス鋼」についての発明が示されている。この特許文献2に開示のものは、γ′相とη相の析出量と形態を制御することで、高温域におけるばねの高温引張強さ、高温へたり性に優れた耐熱高強度ステンレス鋼を提供することを目的としたものである。しかし、そこには本願の特徴であるNiとMnの総量および比率を規定することで、Ni量を低減させコスト増加を抑えると同時に、冷間加工性と高温強度バランスを良くすることについて言及はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−158943号公報
【特許文献2】特開2000−109955号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は以上のような事情を背景とし、SUH660よりもNi量が低量でコストが安価であり、また強度的にはSUH660よりも高強度であって、しかもη相の析出が抑制された析出強化型耐熱鋼を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
而して請求項1の析出強化型耐熱鋼は、質量%でC:0.005〜0.2%,Si:2%以下,Mn:1.6〜5%,Ni:15〜20%未満,Cr:10〜20%,Ti:2超〜4%,Al:0.1〜2%,B:0.001〜0.02%以下,残部Feおよび不可避的不純物の組成を有し、更にNi/Mn:3〜10,Ni+Mn:18〜25%未満,Ti/Al:2〜20であることを特徴とする。
【0008】
請求項2のものは、請求項1において、質量%でCu:5%以下,N:0.05%以下であることを特徴とする。
【0009】
請求項3のものは、請求項1,2の何れかにおいて、質量%でMg:0.03%以下,Ca:0.03%以下であることを特徴とする。
【0010】
請求項4のものは、請求項1〜3の何れかにおいて、質量%でMo:2%以下,V:2%以下,Nb:2%以下であることを特徴とする。
【0011】
請求項5のものは、請求項1〜4の何れかにおいて、固溶化熱処理が施された後、5〜80%の加工率での冷間加工が行われて成形された後、時効処理が施されるものであることを特徴とする。
【発明の作用・効果】
【0012】
Mnは、オーステナイトを安定化する働きに加えて、積層欠陥エネルギーを低下させ冷間加工後の転位密度を増加する。そのため、冷間加工後の時効処理に際しγ′相の析出サイトを多くする働きを有する。
これに応じて本発明では、Mn量を多くすることでマトリックス(オーステナイト)が固溶強化され、γ′析出後、マトリックス中のNi量が減少しても、Mnが固溶しているためマトリックスの強度が保たれ、その結果本発明ではNiの含有量を少なくしているにも拘らず、耐熱鋼の強度(高温強度)が一層高強度化する。
【0013】
本発明において、Tiもまたγ′相の構成成分であり、この意味でTiの含有量を多くすると耐熱鋼を高強度化することができるが、一方でTi量を多くし過ぎるとη相が析出し易くなる。即ち耐熱鋼の使用中にη相が析出して特性を劣化させてしまう。
そこで本発明ではTiとAlの比率を適正に規定することでη相の析出を抑制しており、経年変化し難い材料となしている。
【0014】
以上のように本発明は、従来から広く使用されているSUH660のNi量が24〜27%と多量であるのに対し、鋼のNi量を15〜20%未満と低量化しており、そのことによってコスト低減を図っている。
但しNiはオーステナイトを安定化する元素であり、従って単にNi量を少なくしただけであるとオーステナイトを不安定化してしまう。
そこで本発明では、同じくオーステナイト安定化元素であるMnの含有量を多くし、Niの低量化をMn含有量を多くすることで補っている。
【0015】
次に本発明における各化学成分の添加及び添加量の限定理由につき以下に説明する。
C:0.005〜0.2%
CはCrおよびTiと結合して炭化物を形成することで母材の高温強度を高めるのに有効な元素であって、このためには0.005%以上を含有させる必要がある。
しかし過剰に含有させると炭化物の生成量が多くなりすぎ、耐食性を劣化し、また、合金の靭性を低下するのでC含有量の上限は0.2%とする。
【0016】
Si:2%以下
Siは合金の溶解精錬時に脱酸材として有効であり、適量の存在は合金の耐酸化性を高めるのでこれを含有させることができる。
しかし多量に含有させると合金の靭性を劣化し、加工性を損なうので含有量を2%以下とする。
【0017】
Mn:1.6〜5%
MnはNiと同様にオーステナイトを形成する元素であって、合金の耐熱性を向上する。
1.6%未満では延性および冷間加工後の高温強度が低下してしまうため、含有量の下限を1.6%とする。好ましくは1.8%である。
5%を超えてMnを含有させると強化相であるγ′相:Ni(Al,Ti)の形成を妨げ、高温強度が低下するので、上限を5%とする。好ましくは3%である。
【0018】
Ni:15〜20%未満
NiはMnと同様にオーステナイトを形成する元素であって、合金の耐熱性および耐食性を向上し、また強化相であるγ′相:Ni(Al,Ti)を形成して高温強度を確保するために重要な元素である。15%未満ではオーステナイトを安定化することができず、合金の高温強度が低下するので、含有量の下限を15%とする。好ましくは17%である。
20%以上Niを含有させるとコストが高くなるので含有量の上限を20%未満とする。好ましくは19%である。
【0019】
Cr:10〜20%
Crは合金の高温酸化および腐食に対する抵抗性を確保するために必須の元素であって、そのためには10%以上含有させる必要がある。
しかし20%を超えてCrを含有させると、σ相が析出して合金の靭性が低下するとともに高温強度が低下するので、Crの含有量の上限を20%とする。
【0020】
Ti:2超〜4%
TiはAlと同様にNiと結合して高温強度を向上させるのに有効なγ′相を形成する元素である。但しその含有量が2%以下であるとγ′相の析出による強化能が低下してしまい、十分な高温強度を確保できない。そのため含有量の下限を2%超とする。
一方過剰に含有させると合金の加工性が損なわれ、またη相:NiTiが析出しやすくなり、合金の高温強度、延性を劣化させるので含有量の上限を4%とする。
【0021】
Al:0.1〜2%
AlはNiと結合してγ′相:Ni(Al,Ti)を形成させる最も重要な元素であり、その含有量が少なすぎるとγ′相の析出が不十分となり、高温強度が確保できない。そのため含有量の下限を0.1%とする。好ましくは0.2%である。更に好ましくは0.5%超である。一方過剰にAlを含有させると合金の加工性が損なわれるので、含有率の上限を2%とする。好ましくは1%未満である。
【0022】
B:0.001〜0.02%以下
Bは結晶粒界に偏析して粒界を強化し、合金の熱間加工性を改善するので、本合金に含有させることができる。但しその効果が得られるのは含有量が0.001%以上のときである。
一方0.02%を超えて含有させると、かえって熱間加工性が損なわれるので、含有量の上限は0.02%とする。
【0023】
Ni/Mn:3〜10
Ni/Mnが3以下であると、強化相であるγ′相の析出が不十分となり、高温強度が低下するため、Ni/Mnの下限を3とする。好ましくは7である。
Ni/Mnが10を超えると、延性および冷間加工後の高温強度が低下してしまうため、上限を10とする。好ましくは9である。
【0024】
Ni+Mn:18〜25%未満
NiおよびMnは素地であるオーステナイトを形成する元素であり、高温強度を向上する。
Ni+Mnが18%以下では、オーステナイトを安定化することができず、十分な高温強度が得られないので、含有量の下限を18%とする。好ましくは20%である。
Ni+Mnが25%以上であると合金の加工性が損なわれ、また過剰なオーステナイトの安定化により強度低下するので、上限を25%未満とする。好ましくは23%である。
【0025】
Ti/Al:2〜20
Ti/Alが2以下であるとγ′相とマトリックスのミスフィットが低下し、高温強度が低下するので、下限を2とする。好ましくは3である。
Ti/Alが20を超えると合金の加工性が劣化し、長時間使用中にη相の析出を招き、延性が劣化するため上限を20とする。好ましくは11である。更に好ましくは7である。
【0026】
Cu:5%以下
Cuは合金の高温における酸化皮膜の密着性を高める作用があり、それによって耐酸化性を向上させるのでこれを含有させることができる。しかし5%を超えて多量に含有させても耐酸化性が向上しないばかりでなく、合金の熱間加工性を劣化させるので含有量の上限を5%とする。
【0027】
N:0.05%以下
Nはオーステナイトを安定化し、高温強度を向上するため、本発明の合金に含有させることができる。
しかし0.05%を超えて含有させると加工性が著しく損なわれるので上限を0.05%とする。
【0028】
Mg:0.03%以下,Ca:0.03%以下
MgおよびCaはいずれも合金溶製時に脱酸・脱硫作用を有する元素なので、合金に含有させることができる。
しかし、過剰に含有すると熱間加工性を低下させるので含有量の上限を0.03%とする。
【0029】
Mo:2%以下,V:2%以下,Nb:2%以下
Mo,V,Nbはいずれも固溶強化によって合金の高温強度を向上させる元素であるので本発明の合金に含有させることができる。
しかし2%を超えて含有させると、コストが高くなるばかりでなく加工性が損なわれるので、上限を2%とする。
【発明を実施するための形態】
【0030】
次に本発明の実施形態を以下に詳しく説明する。
高周波誘導炉によって表1の化学組成の合金50kg溶製し、それぞれのインゴットを熱間鍛造して直径20mmの棒材を作製した。
この棒材に対し1000℃,1時間加熱後,水冷の条件で固溶化熱処理を施し、以下の引張試験,ミクロ組織観察,冷間加工性の評価を行った。
【0031】
(I)引張試験
上記固溶化熱処理を行った材料に冷間加工を施すことなく700℃,16時間加熱後,空冷の条件で時効処理を施した材料、及び減面率30%の冷間加工後、700℃,16時間加熱後,空冷の条件で時効処理を施した材料のそれぞれを650℃で引張試験した。
引張試験はJIS G O567に準拠して行った。
【0032】
(II)ミクロ組織
上記固溶化熱処理した後、650℃で20日間加熱した後、空冷の条件で時効処理を施した後、倍率5000倍で走査型電子顕微鏡によるミクロ組織観察を行い、η相析出の有無を調査した。
評価はη相の析出が認められない場合を○,η相の析出が認められた場合を×として行った。
【0033】
(III)冷間加工性
上記固溶化熱処理を行った材料から直径6mm,高さ9mmの試験片を切り出し、加工率60%で圧縮試験を行い、割れの有無を観察して冷間加工性についての評価を行った。
ここで冷間加工性は割れが認められない場合を○,割れが認められた場合を×として評価を行った。
これらの結果が表2に示してある。
【0034】
【表1】


【0035】
【表2】


【0036】
表1において、比較例1はJIS SUH660相当材で、Ni量が24.11%で本発明の上限値である20%未満を超えて多量であり、またMn量が0.11%で、本発明の下限値である1.6%よりも少なく、そのためNi/Mnの値の比率が著しく高い。
この比較例1の材料は、Ni量が多いために当然材料コストが高いのに加えて、表2に示しているようにη相が析出しており、更に650℃での引張強さも実施例のものに比べて低い値である。
更にNi/Mnの比率が高いため冷間加工後の引張強さも低い値である。
【0037】
比較例2は、Mnが0.91%で本発明の下限値の1.6%よりも低く、これに応じてNi/Mnの比率が19.81で本発明の上限値の10よりも高い。そのために冷間加工を行った上で時効処理を行ったときの引張強度が、冷間加工なしで時効処理を行ったときの引張強度に対してそれほど差を生じていない。
これはNi/Mnが高いため、冷間加工後の転位密度が低いためである。
【0038】
比較例3は、逆にMn量が6.03%で本発明の上限値よりも高く、またNi/Mnの比率が2.99で本発明の下限値よりも低い。
そのため高温強度が低い値となっている。
比較例4はNi量が少なく、またNi+Mn量が低い。これに応じて高温強度が低くなっている。
【0039】
比較例5は、Alの含有量が本発明の下限値よりも低くγ′相の析出が不十分なため、高温強度の値が低い。
【0040】
比較例6は、Alの量が本発明の上限値よりも高いため、冷間加工性が悪い。
比較例7は、Tiの量が本発明の下限値よりも低く、高温強度の値が低い。
逆に比較例8は、Tiの量が本発明の上限値よりも高く、η相の析出を招くと同時に冷間加工性が悪い。
【0041】
比較例9は、Ni+Mnの量が本発明の下限値よりも低く、高温強度の値が低い。
比較例10は、Mn量,Ni量ともに本発明の上限よりも高くNi+Mnが高いため高温引張強度が低く、且つ冷間加工性が悪い。
【0042】
比較例11はMn量が本発明の上限値よりも高い一方、Ni量が本発明の下限値よりも低く、これに応じてNi/Mnの比率が1.86で、本発明の下限値の3よりも低く、高温強度が不十分である。
比較例12は、逆にNi/Mnの比率が本発明の上限値よりも高く、積層欠陥エネルギーが低いため、冷間加工後の転位密度が低く時効処理後における高温引張強度の値が、冷間加工なしと有りとで殆んど差が生じていない。
【0043】
比較例13はTi/Alの値が低く、十分に高強度化されていない。
一方比較例14はTi/Alの比率が本発明の上限よりも高く、η相の析出が認められた。
これらの比較例に対して、本発明の実施例は全て良好な結果が得られている。
【0044】
以上本発明の実施形態を詳述したがこれはあくまで一例示であり、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた態様で実施可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.005〜0.2%
Si:2%以下
Mn:1.6〜5%
Ni:15〜20%未満
Cr:10〜20%
Ti:2超〜4%
Al:0.1〜2%
B:0.001〜0.02%以下
残部Feおよび不可避的不純物の組成を有し、更に
Ni/Mn:3〜10
Ni+Mn:18〜25%未満
Ti/Al:2〜20
であることを特徴とする析出強化型耐熱鋼。
【請求項2】
質量%で
Cu:5%以下
N:0.05%以下
であることを特徴とする請求項1に記載の析出強化型耐熱鋼。
【請求項3】
質量%で
Mg:0.03%以下
Ca:0.03%以下
であることを特徴とする請求項1,2の何れかに記載の析出強化型耐熱鋼。
【請求項4】
質量%で
Mo:2%以下
V:2%以下
Nb:2%以下
であることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の析出強化型耐熱鋼。
【請求項5】
固溶化熱処理が施された後、5〜80%の加工率での冷間加工が行われて成形された後、時効処理が施されるものであることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の析出強化型耐熱鋼。

【公開番号】特開2012−211385(P2012−211385A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−13836(P2012−13836)
【出願日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】