説明

柑橘精油混合物の蒸気及びその抗微生物特性

オレンジの油及びベルガモットの油を含む混合物の蒸気、その製造方法及び抗微生物剤としての使用。該蒸気は、食品の感覚特性に影響を与えることはなく、特に微生物で汚染されている食品に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は精油の混合物の蒸気及びその抗微生物特性に関する。該蒸気は、食品産業、園芸産業及び臨床分野において、新鮮/有機果物、野菜、及びサラダ部門(sector)における用途を有している。
【背景技術】
【0002】
(本発明の背景)
1992〜2006年に、イングランド及びウェールズ地方において、食物を経由した2,274件の食中毒が発生したことが報告されており、そのうちの4%は、調理済みサラダを摂取したことに関連していた。新鮮なサラダ、野菜、又は果物が、環境が原因で汚染され、かつ近年に限っては、動物以外の原因による食物の関連性が、食品伝染疾患と関連しており、汚染されたサラダ、果物、及び野菜の摂取から健康問題が生じ得ることを示している(Little, C. L. 及び Gillespie, I. A.著(2008)「調理済みサラダと健康(Prepared salads and public health)」Journal of Applied Microbiology(近刊)、において報告される通りである)。このことが関心事である理由は、食品市場の有機生産部門が、2億2300万ポンド(約290億円)の小売価格を有し、1990年代〜2000年にかけて毎年30%の増加率を伴う最も早い成長部門のひとつになっているからである。該増加率は15%に低下し始めたが、それはスーパーマーケット供給網の物価の下落に起因すると考えられる。しかし、有機農業行動計画目標(the Organic Action Plan Target)プランが、2010年までには、英国の国産有機生産物の70%に適用されることになり、サラダ、果物、及び野菜の汚染及び収穫後の腐敗を低下させることができるような天然抗菌剤などの、該部門内の進展が求められる(DEFRA (2006)「英国有機栽培野菜市場(The UK organic vegetable market)」(2004〜2005期)を参照されたい。)。
【0003】
抗生物質耐性菌の数は増加しており、抗生物質に代わるものが見出される必要がある。2007年10月〜12月の4半期において、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)血流感染症の症例数は1,087件報告され、これは前4半期に対して0.6%の増加を示している(健康保護局(Health Protection Agency)(2008)「Latest figures show MRSA bloodstream infections plateau」www.hpa.org.ukが利用できる。)。2005年の英国におけるエンテロコッカスspp.菌血症(Enterococcus spp. bacteraemia)の症例数は、7066件報告された;総症例数の28%は、抗生物質耐性であった(健康保護局(Health Protection Agency)(2007)「菌血症」www.hpa.org.uk/cdr/pages/basteraemia.htm#enteroが利用できる。)。バンコマイシン感受性株(vancomycin susceptible strain)感染者の死亡率が45%であるのに対し、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)による死亡率は75%である(Bearman、GML及びWenzel, R.P.著(2005)「菌血症(Bacteraemias)」):「主要な死因(A leading cause of death)」Archives of Medical Research, 36(6)646-659)。このことは米国においても同様である: CDCの米国院内感染サーベイランス(NNIS)に報告された院内感染によるバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染は15年で20倍増加した(米国院内感染サーベイランス(National Nosocomial Infection Surveillance)(2004)「システムレポート、1992年1月〜2004年6月のデータ概要(Systam report, data summary from January 1992 through June 2004)」2004年10月発行、「NNISシステムからの報告(A report from the NNIS System)」、「感染制御のアメリカンジャーナル(American Journal of Infection Control)」(32)470-485)。
【0004】
精油(EO)それ自体、及びその抗微生物特性が広く見直されており、スパイス、ハーブ及び精油などの天然植物性化合物が、食中毒細菌の増殖を阻害することは公知である(Tassou, C. C. 及び Nychas, G. J. E. の文献(1995) 「培養液及びモデル食品系におけるグラム陽性菌及びグラム陰性菌に対するマスチックガム(Pistacia lentiscus var.chia)の精油の抗微生物活性(Antimicrobial activity of the essential oil of mastic gum(Pistacia lentiscus var. chia)on Gram positive and Gram negative bacteria in broth and in Model Food System)」International Biodeterioration and Biodegradation, 36, (3-4) 411-420, Smith-Palmer, Stewart 及びFyfeの文献 (1998) 「5つの主要な食品媒体病原菌に対する植物精油の抗微生物特性(Antimicrobial properties of plant essential oils and essences against five important food-borne pathogens)」Letters in Applied Microbiology, 26, (2)118-122, Tassou, C., Koutsoumanis, K. 及び Nychas, G. J. E.の文献 (2000) 「はっか精油による栄養ブロスにおける腸炎菌と黄色ぶどう球菌の阻害(Inhibition of Salmonella enteritidis and Staphylococcus aureus in nutrient broth by mint essential oil)」Food Research International, 33,(3-4) 273-280, Inouye, S., Takizawa, T. 及び Yamaguchi Hの文献、(2001) 「気体状態での接触による気道病原体に対する精油及びその主成分の抗細菌活性(Antibacterial activity of essential oils and their major constituents against respiratory tract pathogens by gaseous contact)」Journal of Antimicrobial Chemotherapy,47, 565-573, Burt, S.の文献(2004) 「精油:その抗微生物特性及び食品における潜在用途-概論(Essential oils: their antibacterial properties and potential applications in foods-a review)」International Journal of Food Microbiology, 94, 223-253 及び Lanciotti,R.,Gianotti,A., Patrignani, F.,Belletti, N.,Guerzoni. M.E.及び Gardini, F.の文献(2004) 「最少加工果物のシェルフライフ及び安全性改善のための天然芳香化合物の利用(Use of natural aroma compounds to improve shelf-life and safety of minimally processed fruits)」Trends in Food Science, Technology15,(3-4) 201-208)。しかし、精油蒸気の抗微生物特性は比較的調査されていない。
【0005】
柑橘類の精油/蒸気及びそれらの成分は、FDAによって「Generally Recognised As Safe(安全食物認定)」(GRAS)として認められ、臨床分野及び食品分野の両方において使用し得ることを示唆している。予備調査では、蒸気形態のベルガモット、レモン及びオレンジのみが、カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobater jejuni)、大腸菌O157(Escherichia coli O157)、リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)、バチルス・セレウス(Bacillus cereus)、及び黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を含む、グラム陽性菌及びグラム陰性菌の範囲の細菌に対して抗微生物特性を有することを示した((K. Fisherらの文献(2007) 「レモン、オレンジ及びベルガモット精油の存在下におけるインビトロ及び食品中のアルコバクター・ブツレリの3種の株の生存及びその成分(The Survival of three strains of Arcobacter butzleri in the presence of lemon, orange and bergamot essential oils and their components in vitro and on food)」Letters in Applied Microbiology, 44, (5) , 495-499、及び K. Fisher, C.A. Phillips の文献(2006) 「インビトロ及び食品システムにおける、カンピロバクター・ジェジュニ、大腸菌O157、リステリア・モノサイトゲネス、エレウス菌、黄色ブドウ球菌の生存に対する、レモン、オレンジ及びベルガモット精油の効果及びそれらの成分(The effect of lemon, orange and bergamot essential oils and their components on the survival of Campylobacter jejuni, Escherichia coli O157, Listeria monocytogenes, Bacillus cereus and Staphylococcus aureus in vitro and in food systems)」Journal of Applied Microbiology 101(6), 1232-1240)。
【0006】
「食品科学及び技術の傾向(Trends in Food Science & Technology)」19巻、2008年3月3日発行、156〜164頁(Katie Fisher 及び Carol Phillipsの文献「食品中精油の抗微生物的利用の可能性: 柑橘はその答えか(Potential antimicrobial uses of essential oils in food:is citrus the answer?)」)中に、精油の食物への抗微生物的使用可能性についての論評がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
(発明の要旨)
本発明者らは、抗生物質耐性株を含むグラム陽性菌及びグラム陰性菌の範囲に対して抗微生物性を有し、かつ細菌芽胞に対する活性を有する、柑橘精油の混合物の蒸気を発見した。該蒸気は食品に使用することができ、かつ感覚の変化が生じることはない。また、該蒸気を使用して微生物に汚染されている食品を制御することもできる。
【0008】
該蒸気は、表面(生鮮食品の表面など)に作用して、病原菌による汚染を減少させる。
本明細書における用語「抗微生物性」とは、「微生物の増殖を破壊する又は阻害することできる」という意味であることが理解される。該微生物は、細菌、ウイルス、リケッチア、酵母、又は真菌でもよい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第一の態様により、オレンジの油及びベルガモットの油を含む混合物の蒸気を提供する。「オレンジの油(oil of orange)」又は「オレンジ油(orange oil)」とは、スィートオレンジ(Citrus sinensis)を意味する。「ベルガモットの油(oil of bergamot)」又は「ベルガモット油(bergamot oil)」とは、シトラス・ベルガミア(Citrus bergamia)を意味する。
【0010】
一実施態様において、該混合物は、オレンジ油及びベルガモット油からなる。換言すれば、オレンジ油及びベルガモット油が、該混合物のわずか二種類の構成成分である。
好適には、オレンジ油及びベルガモット油は、該混合物中に容積比1:1の割合で存在する。
【0011】
一実施態様において、該蒸気は下記成分を含む:メタノール、エタノール、アセトン、イソプロパノール、フルオロ酢酸アミン、トリメチルシリルフルオリド、ジメチルシランジオール、3-ヘプタノン、酢酸ブチル、n-オクタナール、p-シメン、リモネン、α-ピネン、α-フェランドレン、カンフェン、ツジェン(thujene)、βピネン、ミルセン、カレン、ノナナール、ノナノール、シトラール、リナロール、1-フルオロドデカン、ベルガモール、及びイソ酪酸リナリルである。概して、該蒸気のガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)は、以下の通りである:
【表1】

【0012】
驚くべきことに、当該油単独での抗微生物特性と比較すると、当該油の混合物の蒸気は、相乗的抗微生物特性を有することが見出された。さらに、該混合物の蒸気が食品に曝露される場合、該蒸気は食物の味覚又は嗅覚に影響を及ぼさない。従って、該蒸気は食物を損なうことなく抗微生物効果を有する食品防腐剤として有用である。さらに、該蒸気は比較的高い温度(例えば25℃〜50℃の温度)において効果的である。従って、該蒸気は温室における抗微生物剤としても有用であり得る。
【0013】
本発明の別の態様により、オレンジの油及びベルガモットの油を含む混合物の蒸気の製造方法を提供する。該製造方法は、該混合物を加熱することを含む。該混合物は、約30〜約50℃の温度に加熱してもよい。好適には、該混合物を10分〜20分間加熱する。好ましくは、該混合物を15分間加熱する。上記方法により、先に記載した蒸気を製造することができる。
【0014】
一実施態様において、該液体混合物(すなわち蒸発前のもの)は、GC/MSにより、下記主要成分を有する:
【表2】

【0015】
本発明の別の態様により、抗微生物剤としての先に記載された蒸気の使用を提供する。
一実施態様において、該蒸気は細菌に対する抗微生物性を有するものである。一実施態様において、該細菌は抗生物質耐性菌である。別の実施態様において、該細菌はグラム陽性菌又はグラム陰性菌である。
【0016】
一実施態様において、前記細菌が、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)、エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)、アルコバクター・ブツレリ(Arcobacter butzleri)、カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobater jejuni)、大腸菌(Escherichia coli)、リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)、クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、及びMRSAから選択される。該エンテロコッカス・フェシウム菌は、エンテロコッカス・フェシウムNCTC 07171、及び/又はエンテロコッカス・フェシウムNCTC 12202であってもよい。該エンテロコッカス・フェカリス菌は、エンテロコッカス・フェカリスNCTC 12697、及び/又はエンテロコッカス・フェカリスNCTC 12203である。エンテロコッカス・フェシウムNCTC 12202及びエンテロコッカス・フェカリスNCTC 12203は、抗生物質耐性菌の例である。
【0017】
さらなる実施態様において、該細菌は有芽胞菌である。該蒸気は、芽胞の増殖を破壊又は阻害することができ、同様に該有芽胞菌に対する抗微生物性を有するものである。一実施態様において、該芽胞はクロストリジウム・ディフィシル及び/又はバチルス・セレウスの芽胞である。
【0018】
一実施態様において、該細菌は食物に存在する。好適には、該蒸気は食物の加工、包装、及び/又は貯蔵中に使用される。一実施態様において、該食物はサラダ、野菜、及び/又は果物である。該食物に抗微生物効果をもたらすのに十分な時間、例えば、約30秒〜約1時間、さらに詳細には、約30秒〜約30分間、よりさらに詳細には、約30秒〜約5分間、該食物を該蒸気に曝してもよい。典型的には、該食物は約30秒〜約1分間該蒸気に曝される。好ましくは、該食物は約45秒間該蒸気に曝される。
【0019】
一実施態様において、該蒸気は、真菌類に対する抗微生物性を有するものである。一実施態様において、該真菌類は、クロカビ(Aspergillus niger)(例えば、ATCC 9642)、ペニシリウム・クリゾゲヌム(Penicillium chrysogenum)(例えば、ATCC 10106)、及びアルテルナリア・アルテルネート(Alternaria alternate)(例えば、CABI 127255)から選択される。
【0020】
一実施態様において、該蒸気は、食品産業環境において空気及び/又は装置を衛生的にするため使用される。
別の実施態様において、該蒸気は、臨床環境において空気及び/又は装置を衛生的にするため使用される。
【0021】
一実施態様において、該蒸気は、表面を衛生的にするため使用される。該表面を、約1時間〜約48時間、好ましくは、約2時間〜約36時間、より好ましくは、約5時間〜約24時間、かつ最も好ましくは約24時間、該蒸気に曝露してもよい。
【0022】
本発明の別の態様により、植物病原菌に対する抗微生物剤としての先に述べた蒸気の使用を提供する。一実施態様において、該蒸気は、農作物の栽培を植物病原菌から防御するために、温室で使用される。該植物病原菌は、例えば、細菌、真菌、又はカビであってもよい。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(発明の説明)
本発明の混合物は、ベルガモット(シトラス・ベルガミア)の油、及びオレンジ(スィートオレンジ)の油を含む。一実施態様において、ベルガモットの油及びオレンジの油が混合物の唯一の構成成分である。一実施態様において、該油は容積比1:1の割合で存在する。該混合物の蒸気は、混合物15mg/l(空気1リットルにつき15mgの油)を約15分間加熱することによって製造してもよい。下記技術を用いて、該混合物由来の蒸気を15分蓄積させた後の空気中の主要成分をヘッドスペースGC/MS法で分析した。
【0024】
50mlのシリンジを使用して、空気を該ヘッドスペースから抽出し、10mlの水に溶解させた;250℃のインジェクター温度を有するGC/MS装置:TurboMass(Perkin Elmer社製)内に、1μlを注入した。(スプリット注入 50:1)。使用するキャピラリーカラムは、Zebron ZB-5(カラム長さ30mかつ内径0.25mm)であって、使用するキャリアガスは、流量1ml/分のヘリウムであった。初期温度40℃で3分間、勾配温度8℃/分、最終温度240℃で2分間、これを合計30分間実施した。GC/MS検出:電子衝撃(EI)イオン化システム、イオン化エネルギー70eV(M/z範囲50〜450Da)、スキャン間隔0.55秒、インタースキャン遅延0.15秒、溶媒遅延(solvent delay)3分。NIST05及びAMDIS32ライブラリを使用して同定した。
【0025】
該結果を表1に示す。
【表3】

【0026】
また、液体形態の精油混合物にGC/MS分析を行った。該結果を表2に示す。
表2-(リナロールに対する)3回の反復分析に基づく同定ピーク及び半定量化の集計表
【表4】

注記:
=関連標準物質を用いた化合物に関してのみ利用できる実際の濃度
**=リナロール標準に基づく推定濃度(「リナロール当量」として公知)。同一濃度の各化合物は、質量分析計において異なる応答係数を有し、従って濃度が推定されるであろう。
【0027】
抗微生物剤として使用する場合、該蒸気に曝される食物を、例えば45秒間、蒸気の蓄積に曝露してもよい。この処置により汚染病原菌が著しく減少する。
ここで本発明を、以下の実施例に示すが、これらは限定されないものとして解釈される。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
一夜培養(108)の増殖を阻害する能力を測定するために、ディスク拡散法を用いて、ベルガモット(シトラス・ベルガミア)の油とオレンジ(スィートオレンジ)の油との混合物(容積比1:1の割合)の蒸気のスクリーニングを行った。阻止域を測定した(直径cm)。
【0029】
該混合物は、下記のものに対して阻害を示した:エンテロコッカス・フェシウム:2.15cm、エンテロコッカス・フェカリス:2.18cm、アルコバクター・ブツレリ:4.07cm、カンピロバクター・ジェジュニ:1.48cm、大腸菌:0.5cm、リステリア・モノサイトゲネス:2.05cm、クロストリジウム・ディフィシル:2.34cm、及び芽胞:3.53、黄色ブドウ球菌:1.25cm、及びバチルス・セレウス芽胞:3.97cmである。
【0030】
以下の全ての実験を、E.フェシウム及びE.フェカリスに対して行った。これは、E.フェシウム及びE.フェカリスは、糞便汚染指標種であって、それらのバンコマイシン耐性株(vancomycin resistant strain)(VRE)は、見過ごせない院内感染であることが理由である。被験微生物には、エンテロコッカス・フェカリスNCTC 12697、エンテロコッカス・フェシウムNCTC 07171、バンコマイシン耐性株エンテロコッカス・フェカリスNCTC 12203、エンテロコッカス・フェシウム NCTC 12202が含まれる。
【0031】
(実施例2)
ベルガモット(シトラス・ベルガミア)とオレンジ(スィートオレンジ)との混合物(容積比1:1の割合)由来の当該蒸気の最小阻止量(MID)を、蒸気チャンバ法を用いて確定した(Inouye, S., Takizawa, T. 及び Yamaguchiの文献(2001)「気体状態での接触による気道病原体に対する精油及びその主成分の抗細菌活性(Antibacterial activity of essential oils and their major constituents against respiratory tract pathogens by gaseous contact)」Journal of Antimicrobial Chemotherapy, 47, 565-573)。各抗微生物剤の一定分量(0.1ml)を2倍希釈して(1600、800、400、200、100及び50mg/L)、直径3cmのフィルターペーパーディスク(高速蒸発)上へ置いた。該ディスク及び接種した平板培地(培養させた約108の細胞0.1mlを塗抹)を、1.3Lの密封されたビーカー内に置き、25℃、37℃、かつ50℃で24時間インキュベートした。MIDは、細菌の増殖を阻害する最小濃度であった。対照は、ペーパーディスクを用いない蒸気チャンバであった。
【0032】
概して、該精油混合蒸気は、E.フェシウムに対して400mg/lのMID、かつE.フェカリスに対して100mg/lのMIDで有効であって、25℃又は37℃よりも50℃においてより大きな阻害を示した。このことは、該混合物が最も効果的になる温度によれば、園芸用温室において該蒸気を使用することが一例として挙げられる。
【0033】
(実施例3)
実施例2と同一の方法により、バンコマイシン耐性E.フェシウム及びバンコマイシン耐性E.フェカリスに対して、MIDを確定した。
バンコマイシン耐性株E.フェカリスの増殖を阻害するために必要であるMIDは、該感受性株の増殖を阻害するために必要であるMIDと同じであったが、E.フェシウムバンコマイシン耐性株を阻害するのに必要であるMIDは、400mg/Lから200mg/Lに減少した。このことは当該蒸気が、抗生物質耐性株の増殖を阻害するという点でより優れているものではないとしても、同程度のものであることを示している。
【0034】
(実施例4)
インビトロでの増殖の低下を、ブレインハートインフュージョン(BHI)ブロス(初期接種菌液106細胞、25℃又は37℃又は50℃のいずれかにおける混合物のMID)で増殖した菌株(耐性及び感受性)に対して測定した。試料を様々な時間間隔で採取し、BHI寒天上に播き、かつ37℃で24時間インキュベートした。対照は、当該蒸気の非存在下での増殖であった。
【0035】
48時間後、50℃及びpH7.5又はpH9.5における該蒸気の実験では、抗生物質感受性株に対して増殖は検出不可能であった。結果として、10logの増殖低下を示し、該増殖低下は、2時間から4時間の間に顕著であった(p=0.001)。該蒸気のみが耐性菌の増殖を4.5log阻害した。
また、本実施例は、温室などの高温を伴う環境で該混合物の蒸気を使用する一例、及び抗生耐性株を阻害する蒸気の能力を示す。
【0036】
(実施例5)
低温におけるディフューザーの使用を、より広い空間(600Lの密閉ユニット)において評価した。5mg/l、10mg/l、15mg/l、及び30mg/lの濃度のベルガモット(シトラス・ベルガミア)とオレンジ(スィートオレンジ)との容積比1:1の混合物をヒートディフューザー又はファンディフューザー(AMPHORA社製, UK)のいずれかを用いて拡散させた。pH5.5、7.5又は9.5に調整したBHI寒天平板培地に、一夜培養したE.フェカリス若しくはE.フェシウムバンコマイシン耐性株又は感受性株(107cfu/ml)0.1μlを塗抹して、37℃又は25℃で24時間、ユニットに入れ、阻害を評価した。
【0037】
ファンディフューザーを介したすべての濃度、及びヒートディフューザーを介した5mg/l、 10mg/l、30mg/lでは、増殖に影響を及ぼさなかった。ヒートディフューザーと15mg/lの混合物との組合せは、完全阻害は観察されなかったが、増殖を低下させた。ヒートディフューザーを使用すると、該混合蒸気は低温で有効な抗微生物剤になり、必要とされる油の量も50mg/lから15mg/lに減少した。このことは、食品/臨床分野において、ルーム/設備を衛生的にし(特に、該混合蒸気は芽胞に対して効果的であることが示されている)、かつ食物を加工/包装する時の抗微生物剤として使用されることを示している。
【0038】
(実施例6)
BHIブロスにE.フェカリス若しくはE.フェシウムバンコマイシン耐性株又は感受性株(106cfu/ml)を接種し、かつヒートディフューザーにより拡散されている該EO混合物15mg/lを有する蒸気チャンバ内で、37℃又は25℃でインキュベートすることによって、インビトロでの増殖評価を行った。最初の1時間は15分毎に、次いで8時間は1時間毎に、さらに24時間、サンプルを摂取した。これらをBHI寒天培地の上に播いて37℃で24時間インキュベートした。対照は、EO混合物を添加しないでディフューザーを使用したものであった。48時間にわたる総菌株の増殖低下は、約0.5log cfu/mlであった。
【0039】
(実施例7)
生鮮食品の実施例としてのレタス及びキュウリを用いたオンフード蒸気モデル。
2cm×2cm四角形のアイスバーグレタス及びキュウリの皮を採取し、競合するミクロフローラを取り除くために30分間紫外線下に置いた。該サンプルを、BHIブロスで105又は108 cfu/mlに希釈した50μlの一夜培養物に接種し、20分間乾燥させた。接種された食品サンプルを、600Lの蒸気チャンバ内に置き、チャンバ内で蒸気を15分間蓄積させた後、15、30、45及び60秒間、25℃でヒートディフューザーを介して、15mg/lのオレンジ/ベルガモット混合蒸気(容積比1:1のオレンジ/ベルガモット)に曝した。次いで、食品サンプルを10mlのPBS溶液に入れ、30秒間消化させ、BHI寒天上に播いて培養し、24時間37℃でインキュベートした。また、初期紫外線殺菌処理をした後の非接種のサンプルを10mlのPBS溶液に入れて消化させ、かつ播いて残留汚染レベルを評価した。
【0040】
該レタス及びキュウリにおける抗生物質耐性株と感受性株との両方の汚染の低下は、15秒、30秒及び60秒と比較すると、45秒で有意により大きいものだった。レタスにおける105cfu/ml及び108cfu/mlからの45秒での低下は、下記の通りである:抗生物質感受性E.フェシウム1.4及び4.4Log(10)/ml、E.フェカリス2.37及び3.85Log(10)cfu/ml、並びに抗生物質耐性株E.フェシウム2.28及び3.8Log(10)cfu/ml、E.フェカリス2.03及び3.99Log(10)cfu/mlである。キュウリにおける、45秒間の曝露による105/ml及び108/mlからの汚染低下は、下記の通りである:抗生物質感受性E.フェシウム1.58及び3.69Log(10)cfu/ml、E.フェカリス1.05及び4.14Log(10)cfu、並びに抗生物質耐性株E.フェシウム2.06及び3.78Log(10)cfu/ml、並びにE.フェカリス2.02及び3.95Log(10)cfu/mlである。
【0041】
該結果は、該蒸気が低温で抗生物質株と感受性株との両方に対して45秒で生鮮食品の表面の汚染レベルを低下させるという点で効果的であり、従って、該蒸気が生鮮食品の加工/包装における用途を有していることを示している。
【0042】
(実施例8)
キュウリ及びレタスを、当該混合蒸気に15分間蓄積させた後、15mg/Lの該蒸気に45秒間曝露させ、最小28人の参加者からなる感覚審査員(sensory panel)を利用することによって、トライアングル強制選択法を実施して、該審査員が該蒸気に曝された食物と該蒸気に曝されなかった対照とを判別できるかどうかを確かめた(p=0.05に設定して有意にαリスクを計算した)。
レタスとキュウリとのαリスクはそれぞれ0.62528と0.5157であって、処理された食物と非処理の食物との味の有意差はなかった。このことは、生鮮食品に該混合蒸気を使用しても味には影響を及ぼさないことを示している。
【0043】
(実施例9)
真菌類スクリーニングを下記の通り行った。
a) ベルガモット(シトラス・ベルガミア)とオレンジ(スィートオレンジ)との容積比1:1の割合の混合物の該抗微生物性蒸気を、クロカビ(ATCC 9642)、ペニシリウム・クリゾゲヌム(ATCC 10106)及びアルテルナリア・アルテルネート(CABI 127255)の集菌後の病原菌に対する芽胞及び菌糸体の増殖に対して、ディスク拡散法を用いてスクリーニングした。すべての微生物に対して菌糸体増殖の100%阻害が観察され、増殖阻害は、各芽胞に対して、それぞれ5.97、5.46及び6.22(cm)であった。
【0044】
b) より大きい空間600Lにおいて、15分間該蒸気の15mg/Lの気体に曝露される場合、菌糸体増殖阻害は、ペニシリウム・クリゾゲヌムが44%、及びクロカビ及びアルテルナリア・アルテルネートがそれぞれ67%及び34%である。
従って、本発明による蒸気は、増殖性細胞及び芽胞の両方に対して有効な抗真菌剤である。従って、該蒸気は、食物栽培(温室)、加工、及び貯蔵における用途を有し、集菌後の病原菌由来の真菌汚染及び製造損失を防ぐ。
【0045】
(実施例10)
MRSAスクリーニングを下記の通りに行った。
ベルガモット(シトラス・ベルガミア)とオレンジ(スィートオレンジ)との容積比1:1の割合の混合物の当該抗微生物性蒸気を、ディスク拡散法を用いてMRSA(NCTC 13297)に対してスクリーニングし、2.7cmの阻止域を得た。
従って、本実施例は、本発明の蒸気が抗生物質耐性微生物に対して効果的であるという更なる証拠を提供する。
【0046】
(実施例11)
表面調査を下記の通りに行った。
スチールディスク(直径2cm)に、バンコマイシン感受性若しくはバンコマイシン耐性E.フェシウム又はE.フェカリス、或いはMRSAの20μlの一夜培養物を接種して20分間乾燥させた。次いでディスクを600Lの蒸気チャンバ内に置き、ベルガモット(シトラス・ベルガミア)とオレンジ(スィートオレンジ)との容積比1:1の割合の混合物由来の該蒸気の空気15mg/lに、ヒートディフューザーを介して、様々な時間間隔(15分、1、2、4、15及び24時間)曝した。次いで該ディスクを、5gのガラスビーズ(ディスクの接種面をビーズに接触させたもの)及び10mlのPBSを含有する、覆いをした50mlのビーカー内に置き、1分間150rpmで振盪させた。次いでPBS溶液を、BHI寒天上に螺旋状に播いて、プレートを24時間37℃でインキュベートし、生菌数を測定した。対照は、オレンジ/ベルガモット精油混合蒸気に曝露されなかった表面であった。
【0047】
該結果は、該蒸気を24時間曝露した後に、バンコマイシン感受性E.フェカリス、バンコマイシン感受性E.フェシウム、バンコマイシン耐性E.フェシウム、バンコマイシン耐性E.フェカリス及びMRSAが、それぞれ3.14、1.45、1.99、1.81及び1.78 Log(10)低下して最も効果的であることを示した。
従って、本発明の蒸気は、24時間に渡って、医療分野及び食品分野において、抗生物質耐性菌と抗生物質感受性菌との両方に対する表面の細菌負荷を99%〜99.9%減少させることができる。
【0048】
(作用機構)
抗生物質感受性E.フェシウム及びE.フェカリスに対して、該混合蒸気の作用機構に関する予備的研究を行った。細胞を、15mg/lの該混合蒸気にヒートディフューザーを介して37℃で1時間曝露する前と後に評価した。該作用機構法には下記方法が含まれる:
・NPNアッセイによる膜透過性の評価
・ルミネセンスFLAA-1KTアッセイキット(Sigma社、英国)を用いた細胞内及び細胞外ATP濃度の測定
・3,3-ジプロピルチアカルボシアニン及びカルボキシフルオレセイン二酢酸スクシンイミジルエステル蛍光(carboxyflurescein diacetate succinimidyl ester florescence)をそれぞれ用いた、膜電位及び細胞内pH測定値に対する該混合蒸気の影響
・細胞の形態変化を評価するための透過型電子顕微鏡(TEM)の使用。
【0049】
該調査は、該蒸気が細胞透過性を32〜40倍増大させ、E.フェシウム及びE.フェカリスそれぞれにおいて、細胞膜電位を35〜12.61 a.u.及び45〜14.97 a.u.から低下させることを示した。該細胞透過性の増大及び膜電位の低下は、E.フェカリス及びE.フェシウムの両方において、およそ35pmol/mgのタンパク質から検出不能なレベルへの細胞内ATPの低下をもたらす。このことは、E.フェシウムの細胞内pH値のpH6.34から5.32への低下、かつE.フェカリスの細胞内pH値のpH 6.51から4.25への低下に関連する。該細胞には、膜の識別の喪失及び細長い形状になるなどの形態変化が起こる。
【0050】
理論に束縛されることなく、当該結果は、微生物に対する柑橘類混合物蒸気の作用可能な態様の一つが、細胞膜の透過性を増大させることによるものであることを示している。
本発明は、添付の特許請求の範囲内において改変され得ることが理解されるであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オレンジの油及びベルガモットの油を含む、混合物の蒸気。
【請求項2】
前記オレンジ油及びベルガモット油が、前記混合物中に容積比1:1の割合で存在する、請求項1記載の蒸気。
【請求項3】
前記蒸気が、GC/MSにより下記主要成分を有する、請求項1又は2記載の蒸気:
【表1】


【請求項4】
オレンジの油及びベルガモットの油を含む混合物の蒸気の製造方法であって、該混合物を30〜50℃の温度に10分〜20分間加熱することを含む、前記製造方法。
【請求項5】
前記混合物を15分間加熱する、請求項4記載の方法。
【請求項6】
請求項4又は5記載の方法で製造される、請求項1〜3のいずれか1項記載の蒸気。
【請求項7】
抗微生物剤としての、請求項1〜3又は6のいずれか1項記載の蒸気の使用。
【請求項8】
前記蒸気が、細菌に対する抗微生物性を有するものである、請求項7記載の使用。
【請求項9】
前記細菌が、抗生物質耐性菌である、請求項8記載の使用。
【請求項10】
前記細菌が、グラム陽性菌又はグラム陰性菌である、請求項8記載の使用。
【請求項11】
前記細菌が、エンテロコッカス・フェシウム、エンテロコッカス・フェカリス、アルコバクター・ブツレリ、カンピロバクター・ジェジュニ、大腸菌、リステリア・モノサイトゲネス、クロストリジウム・ディフィシル、黄色ブドウ球菌、MRSAから選択される、請求項8記載の使用。
【請求項12】
前記エンテロコッカス・フェシウム菌が、エンテロコッカス・フェシウムNCTC 07171及び/又はエンテロコッカス・フェシウム NCTC 12202である、請求項11記載の使用。
【請求項13】
前記エンテロコッカス・フェカリス菌が、エンテロコッカス・フェカリスNCTC 12697及び/又はエンテロコッカス・フェカリスNCTC 12203である、請求項11記載の使用。
【請求項14】
前記細菌が、有芽胞菌である、請求項8記載の使用。
【請求項15】
前記蒸気が、前記芽胞の増殖を破壊する又は阻害することができる、請求項14記載の使用。
【請求項16】
前記有芽胞菌が、クロストリジウム・ディフィシル及び/又はバチルス・セレウスである、請求項14又は15記載の使用。
【請求項17】
前記蒸気が、真菌類に対する抗微生物性を有するものである、請求項7〜16のいずれか1項記載の使用。
【請求項18】
前記細菌及び/又は真菌類が食物に存在する、請求項8〜17のいずれか1項記載の使用。
【請求項19】
前記蒸気が、前記食物を加工、包装及び/又は貯蔵する間に使用される、請求項18記載の使用。
【請求項20】
前記食物が、サラダ、野菜及び/又は果物である、請求項18又は19記載の使用。
【請求項21】
前記食物が、前記蒸気に30秒〜1分間曝される、請求項18、19又は20記載の使用。
【請求項22】
前記食物が、前記蒸気に45秒間曝される、請求項21記載の使用。
【請求項23】
前記蒸気が、食品産業環境において空気及び/又は装置を衛生的にするため使用される、請求項7〜17のいずれか1項記載の使用。
【請求項24】
前記蒸気が、臨床環境において空気及び/又は装置を衛生的にするため使用される、請求項7〜17のいずれか1項記載の使用。
【請求項25】
前記蒸気が、表面を衛生的にするため使用される、請求項23又は24記載の使用。
【請求項26】
前記蒸気が、植物病原菌に対する抗微生物性を有するものである、請求項7記載の使用。
【請求項27】
前記蒸気が、温室で使用される、請求項26記載の使用。
【請求項28】
実質的に実施例に関して本明細書中に記載されているものとしての蒸気。
【請求項29】
実質的に実施例に関して本明細書中に記載されているものとしての使用。

【公表番号】特表2011−521937(P2011−521937A)
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−511086(P2011−511086)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際出願番号】PCT/GB2009/001345
【国際公開番号】WO2009/144465
【国際公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(510314138)ザ ユニバーシティ オブ ノースアムプトン (1)
【Fターム(参考)】