核磁気共鳴法のための細胞標識試薬とその用途
【課題】細胞や組織を標識し、核磁気共鳴法を用いて移植後の細胞や組織を非侵襲的に検出するための試薬を提供する。
【解決手段】CF3基を有するアミノ酸あるいはペプチドからなる核磁気共鳴イメージング(MRI)用の細胞標識試薬。
【解決手段】CF3基を有するアミノ酸あるいはペプチドからなる核磁気共鳴イメージング(MRI)用の細胞標識試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核磁気共鳴信号を利用して細胞や組織をイメージングするために有効な材料および方法に関するものであり、特に再生医療や細胞治療、移植治療の際に、移植細胞や臓器を体外から非侵襲的に観察するために有効な材料および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白血病の際に行われる骨髄移植や臍帯血移植に代表される細胞治療や生体肝移植などの移植治療は、先端医療として現在盛んに行われている。加えて再生医学の発展により、ES細胞から分化させた細胞やさまざまな種類の幹細胞を患者に投与して治療する細胞治療法も現実味を帯びてきた(非特許文献1)。
【0003】
細胞治療、移植治療において、移植細胞や組織が体内でどのような位置に分布・存在しているのかを非侵襲的に可視化して捉える技術は、移植細胞や組織の動態や分化過程、機能などを知る上で、非常に重要である(非特許文献2)。そのひとつの手段として期待されているのが、核磁気共鳴イメージング(Magnetic Resonance Imaging:MRI)を用いて、移植細胞や組織を非侵襲的に体内追跡する技術であり、MRトラッキング(Magnetic Resonance Tracking)法とも呼ばれる新しい技術である(非特許文献3)。
【0004】
MR(Magnetic Resonance)画像は生体内の水分子の水素原子核に由来するMR信号を検出して画像化したものであるが(非特許文献2)、通常のMR画像法では、移植細胞と非移植細胞を見分けることは難しい。そこでMR信号の緩和時間を変化させる造影剤を用いて、移植細胞を磁気標識する手段が用いられている。MR信号の信号強度が減少すれば、MR画像では黒く見え、逆に、信号強度が相対的に増強するとMR画像では白く見える画像化が行われている。MRトラッキング法のための細胞標識試薬として、現在最も使われているのは、MRIの陰性造影剤として普及している超常磁性酸化鉄(Super Paramagnetic Iron Oxide : SPIO)、超常磁性を示す酸化鉄粒子で径が小さいUSPIO (Ultra-Small Super Paramagnetic Iron Oxide)、酸化鉄の単結晶であるMIO (Monocrystalline Iron Oxide)などである(特許文献1,非特許文献4,5,6)。
【0005】
特許文献1を含む磁気造影剤は、すべて常磁性鉄を主成分としており、いくつかの問題点が指摘されている。たとえば、超常磁性酸化鉄による細胞標識は、移植後に生体内に多量に存在する酸素を活性化させるなど、毒性を示す可能性は否定できない。移植細胞が死亡した後に、細胞外に出た鉄粒子が比較的長期間、残存する点も欠点である。さらに、陰性造影剤であるため、もともとMR信号が低い骨組織などでの追跡には不向きである。また、本来、MRで検出されるはずの代謝産物のMR信号まで減弱させてしまう。これらの問題を解決するために、新たな細胞標識剤の開発が強く望まれており、とりわけ安全で高感度な陽性の標識剤の登場が待たれている。
【0006】
なお、poly-L-lysineが細胞導入剤として知られているが(特許文献1)、poly-L-lysineそのものはMR信号をもたず、本発明とは全く異なる材料である。
【非特許文献1】再生医療 Vol1, No.2, 2002 特集 21世紀の再生医療最前線[肝臓・膵臓]
【非特許文献2】犬伏俊郎:“MR(核磁気共鳴)分子・細胞画像−生体内幹細胞の無侵襲追跡技術−”, 月刊バイオインダストリー, 21, pp. 36-42 (May 2004)
【非特許文献3】J.W.M. Bulte, S.-C. Zhang, P. Van Gelderen, V. Herynek, E.K. Jordan, I.D. Duncan and J.A. Frank: “Neurotransplantation of magnetically labeled oligodendrocyte progenitors: magnetic resonance tracking of cell migration and myelination”, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96, 22, pp. 15256-15261 (Dec. 1999).
【非特許文献4】J.W.M.Bulte, T. Duglas, B. Witwer, S.-C. Zhang, B.K. Lewis, P. van Gelderen, H. Zywicke, I.D. Duncan and J.A. Frank: “Monitoring stem cell therapy in vitro using magnetodendrimers as a new class of celler MR contrast agent”, Acad. Radiol. 9 (suppl. 2), pp. S332-S335 (Aug. 2002)
【非特許文献5】J.A. Frank, H. Zywicke, E.K. Jordan E, J. Mitchell, B.K. Lewis, B. Miller, H. Bryant, J.W.M. Bulte: “Magnetic intracellular labeling of mammalian cells by combining (FDA-approved) superparamagnetic iron oxide MR contrast agents and commonly used transfection agents”, Acad. Radiol. 9 (suppl. 2), 484-487 (Aug. 2002)
【非特許文献6】M. Hoehn, E. Kustermann, J. Blunk, D. Wiedermann, T. Trapp, S. Wecker, M. Focking, H. Arnold, J. Hescheler, B.K. Fleischmann, W. Schwint and C. Buhrle: “Monitoring of implanted stem cell migration in vivo: Magnetic resonance imaging investigation of experimental stock in rat”, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 99, 25, pp. 16267-16272 (Dec. 2002)
【特許文献1】W000/71169
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細胞や組織を標識し、核磁気共鳴法を用いて移植後の細胞や組織を非侵襲的に検出するための試薬、とくに陽性造影剤を提供し、再生医療や細胞治療、移植治療に寄与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
現在のMR画像は、生体内の水分子の水素原子核に由来するMR信号を検出して画像化したものであり、現在用いられている常磁性鉄を主成分とする造影剤は、水素原子核に由来するMR信号を減弱させることで造影効果を発揮している。本発明者らは、陽性造影剤としてフッ素に着目し、従来の水素原子核に由来するMR信号ではなく、フッ素原子核に由来するMR信号を利用することで、陽性造影剤を作製すべきであるという認識に基づき、鋭意研究し本発明に到達した。本発明の核磁気共鳴法のための細胞標識試薬は、フッ素によるMR信号を利用しており、このフッ素は19Fである。19FがMR信号をもつことは周知の事実であるが、感度が低く現状では実用化は遠い。本発明では19F そのものではなく、C(19F)3をアミノ酸あるいはペプチドのアミノ基などに結合させることで、強い19FのMR信号を得られ、かつ細胞毒性の少ない試薬ができることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、MR追跡用の陽性造影剤である標識試薬及び該標識試薬を利用した細胞治療法を提供するものである。
1. CF3基を有するアミノ酸あるいはペプチドからなる核磁気共鳴イメージング(MRI)用の細胞ないし組織の標識試薬。
2. 前記アミノ酸がリジンおよび/またはアルギニンである項1に記載の標識試薬。
3. 前記ペプチドがリジンおよび/またはアルギニンを含む項1に記載の標識試薬。
4. 前記ペプチドがポリリジンである項1記載の標識試薬。
5. 前記ペプチドがポリアルギニンである項1記載の標識試薬。
6. 蛍光標識物質をさらに結合させた項1〜5のいずれかに記載の標識試薬。
7. 項1〜6のいずれかに記載の標識試薬で移植される細胞ないし組織を標識し、移植後に核磁気共鳴法を用いて非侵襲的に標識細胞ないし標識組織を検出することを特徴とする細胞治療法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、フッ素MRを利用し、移植後の細胞や組織を体外から非侵襲的に観察するための試薬が提供でき、これまでの常磁性鉄では利用できなかった陽性信号を利用することを可能とする。さらに、常磁性鉄は、細胞や組織が本来もっているMR信号まで減弱させてしまうが、本発明は、細胞や組織のもつMR信号の検出を可能とする。本発明は、陽性造影剤である故に、移植細胞の生死や機能などを示すMR信号の検出を可能にする。さらに、MR信号がもともと弱く、これまでは観察ができなかった骨組織などでの移植細胞の観察が可能になる。
【0011】
ポリリジンにCF3を結合させた場合は、ポリリジンがすみやかに細胞に取り込まれるので、培養液中に添加するだけで生細胞を磁気標識することが可能である。
【0012】
ポリリジンCF3やポリアルギニンCF3のアミノ基などの一部に、さらに蛍光物質や色素物質を付加させた場合は、MR信号と蛍光もしくは色素による二重標識が可能となる。たとえば、蛍光物質を付加することで、蛍光顕微鏡を用いて、培養細胞に対する標識効率を簡単に判定することを可能にする。
【0013】
アミノ酸、ペプチドは生体内に存在する物質であるため安全性が高く、分解除去されるため、常磁性鉄のように長期にわたって生体内に存在することはなく、安全な標識試薬を供給可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明におけるフッ素は19Fであり、Positron Emission Tomographyに用いられる18Fではない。また、標識するフッ素は19Fそのものではなく、C(19F)3(以下、単にCF3と記載する)である。
【0015】
本発明の細胞標識試薬は、アミノ酸またはペプチドにCF3基を導入することにより製造することができる。
【0016】
CF3基の導入は、例えばトリフルオロアセチル基(CF3CO)や、トリフルオロメタンスルホニル基(CF3SO2)をアミノ酸またはペプチドのアミノ基などに導入する方法や、CF3基を置換基として有するアリール基、アラルキル基、アリールカルボニル基、アリールスルホニル基などを用いる方法が挙げられる。CF3を導入するための好ましい基としては、例えば下記式(1):
【0017】
【化1】
【0018】
(式中、R1はアルキレン基(例えばCH2,CH(CH3)などの炭素数1〜6の直鎖又は分枝を有するアルキレン基)、COまたはSO2を示す。R2は同一または異なって、CF3,OCF3またはSCF3を示す。Rは同一または異なって、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、シアノ基、アルカノイル基、アルカノイルアミノ基、ジアルキルアミノ基、チオール基またはアルキルチオ基を示す。mは1〜5の整数、nは0〜4の整数を示す(但し1≦m+n≦5)。)
で表される基が挙げられる。
【0019】
これらの基は、アミノ酸、ペプチドのαアミノ基または、側鎖のアミノ基(リジンないしオルニチン)、グアニジノ基(アルギニン)、イミダゾリル基(ヒスチジン)、チオール基(システイン)、水酸基(セリン、スレオニン)などに直接またはリンカーを介して導入することができる。
【0020】
アミノ酸に関してはいずれもアミノ基を有するので、CF3基を有するアミノ酸を合成可能である。ペプチドとはアミノ酸がアミド結合してできた重合体であり、2以上のアミノ酸が連結されたオリゴペプチド及びポリペプチドを広く包含する。CF3を有する置換基は、N末端のαアミノ基に導入してもよいが、側鎖の基、特にアミノ基あるいはグアニジノ基に導入するのがよく、特にリジンのアミノ基に導入するのが好ましい。CF3基は、アミノ酸の複数の側鎖に導入するのが、標識効率の点から望ましく、例えばCF3基はペプチド中のアミノ酸の10%以上に導入するのが望ましい。好ましいペプチドとしては、poly-L-lysine, poly-D-lysine, poly-L-arginine, poly-D-arginine、poly-DL-lysineが挙げられる。培養液中に添加するだけで標識可能な点から、poly-L-lysineが好ましい。
【0021】
ペプチド、特にpoly-L-lysineの分子量は、特に限定されないが、分子量5000以下のものが好ましく、例えば分子量1000〜4000のペプチド(特にpoly-L-lysine)が比較的強いフッ素信号が得られるのでより好ましい。
【0022】
ペプチドの側鎖アミノ基などへのCF3の結合は、標識試薬あたり1個からアミノ基の100%に結合させても良い。しかし、CF3の割合が少ないとフッ素MR信号が弱くなり、多いと水に対する溶解度が低下するので、好ましくは全アミノ酸の20-80%程度、より好ましくは40-60%程度、特に50%前後であることが望ましい。
【0023】
C(19F)3結合ペプチドの側鎖アミノ基などへ、さらに蛍光物質を結合させる場合は、標識試薬あたり1個からアミノ基の50%に結合させても良いが、好ましくは全アミノ酸の5-20%が、より好ましい。蛍光物質としては、FITC 、DAPI、ローダミン、Cy3、Cy3.5、Cy5、Cy5.5、Cy7などが挙げられ、好ましくはFITCである。
【0024】
本発明の標識試薬を用いて培養細胞を標識する場合は、そのまま培養液に加えても良いし、ウイルスエンベロープや脂質などの導入剤を用いて標識しても良い。
【0025】
本発明の標識試薬の使用量は、標識の対象となる細胞やCF3結合アミノ酸/ペプチドの種類により異なる。例えば標識試薬としてCF3基を有するpoly-L-lysineを使用して培養細胞を標識する場合には、1-100 μg/mlの範囲の量を好ましく使用できる。CF3基を有するpoly-L-lysine以外の標識試薬の使用量は、CF3基を有するpoly-L-lysineの場合を参考にして、当業者であれば容易に決定できる。
【0026】
本発明において標識の対象となる細胞とは、動物細胞を意味し鳥類、魚類、は虫類、両生類、昆虫の他、例えばほ乳類などの細胞が挙げられ、特にヒト、サル、ラット、マウス、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ウサギ等に由来する細胞が含まれる。それらの細胞としては、分化した細胞である体細胞、それらに分化する前駆細胞、さらには前駆細胞を生み出す未分化な幹細胞、胚性幹細胞が含まれる。未分化な細胞には、癌細胞に由来する細胞も含まれる。
本発明では、上記の体細胞で構成される組織あるいは体細胞を含む組織も標識の対象となる。
【0027】
ここで、標識対象となる組織としては、軟骨組織、骨組織、骨髄組織、心筋組織、神経組織、筋肉組織、消化管組織、内分泌組織、リンパ組織、呼吸器組織、泌尿器・生殖器組織等が例示される。
【0028】
細胞治療とは、宿主において欠損または不足している機能を補う細胞、宿主において欠損または不足している組織や器官を再生する細胞、あるいは欠損または不足している物質を供給する細胞などを宿主に投与する治療法である。
【0029】
したがって、体細胞としては、ニューロン、グリア細胞、心筋細胞、筋細胞、インスリン分泌細胞、肝細胞、骨細胞、軟骨細胞、血液細胞、骨髄細胞、臍帯血細胞、血管内皮細胞、腸管上皮細胞、網膜色素細胞、メラノサイト、皮膚細胞、角膜細胞、毛根細胞などが含まれる。
【0030】
未分化な幹細胞としては、胎性幹細胞、造血幹細胞、骨髄幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、などが含まれる。
【0031】
移植治療とは、宿主において欠損または不足している細胞や組織や器官を宿主に投与する治療法である。
【0032】
本発明によれば、すべての細胞治療、移植治療において、宿主に投与された後、投与された細胞の位置や組織の位置をフッ素信号を用いた核磁気共鳴画像法により、観察することが可能である。
【0033】
宿主には、標識された細胞や組織が投与または移植される対象が含まれ、実験の対象となる動物、処置の対象になる動物、処置の対象になるヒト、治療の対象になるヒト、およびそれらの組織、器官が含まれる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないのは言うまでもない。
実施例1
[CF3を結合したペプチドの作製]
CF3をアミノ酸あるいはペプチドを構成するアミノ酸のアミノ基に結合させる方法をポリリジンを用いて行った。
【0035】
合成された標識候補化合物の構造は、1HのNMRを測定することによって確認された。スペクトルから得られたケミカルシフトを基に得られた化合物の構造式を図1に示す。
実施例2
[至適分子量の決定とCF3の結合割合の検討]
化合物の名称は、便宜上下記のように示す。分子量(MW)の表記は化合物全体のMWではなく、使用した原料のpoly-L-lysineを示す。lysineの側鎖に存在するアミノ基をp−トリフルオロメトキシベンジル(「CF3」と略す場合がある)やFITCで修飾した。
【0036】
(i) PLK-CF3 MW 1000〜4000
PLK(MW 1000-4000)にアミノ基総数の50%をp−トリフルオロメトキシベンジルで修飾
(ii) PLK-CF3 MW 5000〜15000
PLK(MW 5000-15000)にアミノ基総数の50%の割合でp−トリフルオロメトキシベンジルを修飾
(iii) PLK-CF3 MW 15000〜30000
PLK(MW 15000-30000)にアミノ基総数の50%の割合でp−トリフルオロメトキシベンジルを修飾
(iv) PLK-CF3+FITC MW 1000-4000+FITC
(i)に、さらアミノ基の10%を蛍光ラベル化剤FITC(Fluorescein-4-isothiocyanate)で修飾
化合物の構造は、核磁気共鳴装置(磁場強度:6.34 tesla、開口径:5.4 cm、JNM-GX 270、JEOL社製)により、1Hの核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance;NMR)スペクトルにより確認した。また、19FのNMRスペクトルから、19Fの信号の強度を測定した。さらに、19FとFITCの修飾割合と水への溶解度の関係を調べた。
【0037】
その結果、化合物のアミノ基を100%、p−トリフルオロメトキシベンジルで修飾すると水に不溶性になった(表1)。そこで、p−トリフルオロメトキシベンジルで修飾するアミノ基の割合を変えて検討した(表1)。アミノ基の50%をp−トリフルオロメトキシベンジルで修飾し、50%をFITCで 修飾した条件では、水に可溶であった。以下の実験には、19Fでの修飾はアミノ基の50%、FITCで修飾する場合は、アミノ基の10%となるように合成した化合物を用いた。
【0038】
【表1】
【0039】
合成した化合物から得られた19FのNMR信号を図2に示す。分子量が1000-4000のPLKに19Fを修飾した条件では、シャープでかつ単一なピークをもつ信号が得られた(図2A)。しかし、PLKの分子量が大きくなるにつれて19Fの信号の強度の低下が認められた(図2Bおよび図2C)。また、分子量が1000-4000の場合、FITCを修飾することによる19F信号強度の低下は、分子量による影響よりも少なく、極めてわずかにとどまった(図2D)。この結果から、分子量1000-4000が望ましいことを示している。
実施例3
[培養細胞への標識の検討]
アストロサイト(ATCC;CRL-2541)およびミクログリア(ATCC;CRL-2468)のセルラインを用いた。アストロサイトのセルライン(ATCC;CRL-2541)は、生後8日のマウスの小脳に由来し、いくつかの短い突起を持っている不死化された接着系細胞である。培養液は、4mM L-glutamine, 1.5g/L sodium bicarbonate, 4.5g/L glucoseを添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM; Gibco BLR, UK)を基本培地とし、10% normal calf serum (Dainippon Pharm Co., Osaka, Japan)と抗生物質(penicillinとstreptomycin ; Ncalai Co., Osaka, Japan)を加えた。37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0040】
ミクログリアのセルライン(ATCC;CRL-2468)は、生後10日のマウスの脳に由来し、食作用活性を示す不死化された接着系細胞である。培養液は、4mM L-glutamine, 1.5g/L sodium bicarbonate, 4.5g/L glucoseを添加したDulbecco’s modified Eagle’s mediumを基本培地とし、20% LADMAC conditioned Media (produced from the LADMAC cell line (CRL-2420), 10% normal calf serumと抗生物質(penicillinとstreptomycin)を加えた。37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0041】
PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に2 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトおよびミクログリアの培養液に20μg/mlの濃度に溶解し、各細胞の培養dishの培養液と置換した。液量は2 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0042】
投与22 時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため培養液を吸取り、細胞を2 ml の生理食塩水加10 mMリン酸緩衝液(pH 7.4;PBS(-))で3回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドを加えた0.1Mリン酸緩衝液(pH 7.4)を2 ml加え、室温で10分間固定した。固定後に固定液を吸い出し、2 mlのPBS(-)で3回洗浄した。乾燥を防ぐためにdish内を1 mlのPBS(-)で満たし、共焦点レーザースキャン顕微鏡で観察した。
【0043】
その結果、 PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを培養液に加えるだけで、細胞が標識された(図3)。共焦点レーザー顕微鏡でFITC蛍光の局在を調べた結果、アストロサイト(図3A)、ミクログリア(図3B)のいずれの細胞においても、FITCの蛍光は主として細胞内に検出された。
実施例4
[培養細胞への最適標識条件の検討]
PLK-CF3 MW 1000-4000の最適投与条件を調べるための方法として19Fの簡便な定量法がないため間接的な方法ではあるが、修飾したFITCを追跡することにより検討した。
【0044】
投与濃度は、5、10、20、40、80μg/mlとした。投与濃度の検討における投与時間は、アストロサイトでは36時間、ミクログリアでは16時間とした。投与時間の検討では、投与濃度を20 μg/mlと一定とし、アストロサイトの場合は、2、4、8、24、45時間、ミクログリアは2、4、10、24、48時間とした。
【0045】
アストロサイトあるいはミクログリアを35 mm glass base (φ12) dishに70〜80%コンフルエントとなるように培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に2 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトおよびミクログリアの培養液に20μg/mlの濃度に溶解し、各細胞の培養dishの培養液と置換した。液量は2 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0046】
一定時間培養した後、培養液を吸取り細胞を2 mlの生理食塩水加10 mMリン酸緩衝液(pH 7.4;PBS(-))で3回洗浄した。ついで細胞をdishに固定することを目的として、室温で30分乾燥させた。その後、2 mlのPBS(-)を加えて細胞を20分間浸した。20分後にPBS(-)を吸い出し、4%パラホルムアルデヒドを加えた0.1Mリン酸緩衝液(pH 7.4)を2 ml加え、室温で10分間固定した。固定後に固定液を吸い出し、2 mlのPBS(-)で3回洗浄した。乾燥を防ぐためにdish内を一定量のPBS(-)で満たし、倒立型蛍光顕微鏡高感度冷却CCDカメラシステム(IX 70,OLYMPUS社製)で観察した。取り込み用ソフトウエア(Meta Morph)を用いて、同一視野における明視野の微分干渉画像とFITC画像をコンピュータに取り込んだ。FITC画像は蛍光強度を比較するために、光の照射時間と画像の階調(画像の濃淡)を一定にした。さらに、明視野の画像上にFITCの画像を重ね合わせた画像(overlay images)も取り込んだ。
【0047】
取り込んだ画像は、Adobe PhotoshopTM6.0とScion Image用いて画像解析を行い、細胞面積あたりの蛍光強度を次の式を用いて数値化した。
【0048】
蛍光強度=(蛍光粒子の面積)×(蛍光強度)/(細胞面積)
その結果、投与時間を一定にした場合、蛍光強度は濃度依存的に高くなった(図4)。80 μg/ml以上では、細胞表面に蓄積している化合物の割合が増加していた(図4E)。
【0049】
蛍光観察画像を解析した結果を図5に示した。単位細胞面積あたりの蛍光強度は、投与濃度が5 μg/mlから80 μg/mlまで、濃度依存的に増加した。
【0050】
表2にアストロサイトに投与したPLK-CF3+FITCの各濃度における1視野あたりに占める細胞面積を示す。5 μg/mlから80 μg/mlまでは、細胞面積に有意差は認められなかった。
【0051】
【表2】
【0052】
図6に、投与濃度を20 μg/mlとし、投与時間を変化させてPLK-CF3 MW 1000-4000 + FITCをアストロサイトに投与した場合の蛍光観察の結果を示した。投与濃度を一定(20 μg/ml)にした条件下においては、蛍光強度は時間依存的に高くなった(図6)。また、ミクログリアに投与した場合の蛍光観察画像を解析した結果を図7に示した。蛍光画像を画像解析すると、アストロサイトでもミクログリアでも、投与時間が2時間から24時間までは、単位細胞面積あたりの蛍光強度は、時間依存的に増加した。24時間以上の投与では蛍光強度はほぼ一定となる傾向が認められた。
実施例5
[培養細胞への標識持続時間の検討の検討]
標識持続時間を検討する方法として、PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCで標識したアストロサイトの蛍光が消失するまで追跡した。投与条件は、投与時間を24h、投与濃度40μg/mlとした。
【0053】
アストロサイトを60 mm culture dish(Asahi Techno Co., Tokyo, Japan)に70〜80% コンフルエントとなるように培養した。2皿のアストロサイトを1組とし、実験を行った。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に2 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトの培養液に40μg/mlの濃度に溶解し、アストロサイトの培養dishの培養液と置換した。液量は4 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0054】
投与24時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため、4 mlのPBS(-)で3回洗浄した後、4 mlの新しいアストロサイト培養液を入れた。1組のアストロサイトのうち、1dishは蛍光観察用とし、別のdishは継代用に供した。蛍光観察用dishは、固定操作は行わず、倒立型蛍光顕微鏡を用いて、同一視野における明視野とFITCの画像をコンピュータに取り込んだ。このデータを投与1日目のデータとして記録した。
【0055】
継代用dishは、4 ml のPBS(-)で1回洗浄した後、1 mlの0.125% トリプシン溶液(Nacalai, Osaka, Japan)を加え、37℃、5%CO2 環境下に1分間静置した。ついで、ピペッティングで細胞を遊離し、1 mlのアストロサイト培養液の入った15 mlの遠心管にトリプシン液とともに細胞を回収した。1000 gで1分間遠心し、細胞を沈殿させた後、上清を吸引除去した。3 mlの培養液を加え、ピペッティングで細胞を混和した後、50 μlをとり、2%トリパンブルーを等量加えて、細胞計算盤で細胞数を計測した。遠心管の細胞は、細胞数を1 dishあたり1×105となるように、培養液を4ml 入れた2皿の60 mm dishに継代培養した。
【0056】
投与4日後(継代3日後)、投与7日後、投与10日後、投与12日後に同様の操作を行い、画像データを記録した。
【0057】
その結果、投与1 日後においては、細胞質内や細胞表面からFITC蛍光が観察された(図8A)。投与4日目では、主として細胞質内にFITC蛍光が観察された(図8B)。投与7日後(図8C)、10日後(図8D)とFITC蛍光は減少し、12日後にはほとんど蛍光が認められなかった(図8E)。
実施例6
[培養細胞への 細胞毒性の検討]
軟骨幹細胞を35 mm glass base (φ12) dishに70〜80%コンフルエントとなるように培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に種々の濃度になるように溶解した。ついで、軟骨幹細胞に溶解し24時間反応させ、毒性を検討した。その結果、いずれの細胞も、80 μg/mlまでは生存率に変化はなかった(図9)。
実施例7
[模擬組織に移植した標識培養細胞からのフッ素MR信号の検出]
100 mm culture dishにアストロサイトを70〜80% コンフルエント(約1.5×106個)となるように4つのdishに培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に8 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトの培養液に40μg/mlの濃度に溶解し、アストロサイトの培養dishの培養液と置換した。液量は10 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。また、陰性コントロールとして、非投与のdishを1皿用意した。
【0058】
投与24時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため、4 mlのPBS(-)で3回洗浄した後、2 mlの0.125%トリプシン溶液を加え、37℃、5%CO2 環境下に1分間静置した。50 μlをとり、2%トリパンブルーを等量加えて、細胞計算盤で細胞数を計測した。遠心管の細胞は1000 gで1分間遠心し、細胞を沈殿させた後、200 μlのPBS(-)を加えピペッティングにより細胞を混和し、さらにあらかじめ温めておいた200 μlの2% 寒天溶液と混合した。寒天が凝固する前に測定用ガラスチューブに充填した。
【0059】
動物実験用のMRI装置(磁場強度:7 tesla、開口径:40cm、INOVA-300 Varian社製)で19Fの信号を測定した。
【0060】
その結果、17分の測定で明瞭なフッ素信号の検出に成功した(図10)。軟骨幹細胞でも同様の結果を得た。
実施例8
[ラットに移植した標識培養細胞からのフッ素MR信号の検出]
100 mm culture dishにアストロサイトあるいは軟骨幹細胞を70〜80% コンフルエント(約1.5×106個)となるように4つのdishに培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に8 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトの培養液に40μg/mlの濃度に溶解し、アストロサイトの培養dishの培養液と置換した。液量は10 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。また、陰性コントロールとして、非投与のdishを1皿用意した。
【0061】
投与24時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため、4 mlのPBS(-)で3回洗浄した後、2 mlの0.125%トリプシン溶液を加え、37℃、5%CO2 環境下に1分間静置した。50 μlをとり、2%トリパンブルーを等量加えて、細胞計算盤で細胞数を計測した。遠心管の細胞は1000 gで1分間遠心し、細胞を沈殿させた後、200 μlのPBS(-)を加えピペッティングにより細胞を混和した。アストロサイトはそのまま頭蓋に移植した。軟骨幹細胞は、移植用のゲルに混和したのち、削った頭蓋骨病変部に移植した。
【0062】
動物実験用のMRI装置(磁場強度:7 tesla、開口径:40cm、INOVA-300 Varian社製)で19Fの信号を測定した
その結果、アストロサイト(図11A)も軟骨幹細胞(図11B)も移植部位に一致して、明瞭な画像を得ることに成功した。
実施例9
[ラットに移植した標識培養細胞から検出したフッ素MR信号の経時間的変化]
ラット脳に移植した標識軟骨幹細胞(570万個)を経時間的に追跡した。その結果、移植後、少しづつ信号は減少するものの、少なくとも1週間の観察が可能であった(図12)。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】合成した化合物の構造式。
【図2】合成した化合物の19F信号 A:PLK-CF3 MW 1000-4000 B:PLK-CF3 MW 1000-4000+FITC C:PLK-CF3 MW 5000-15000 D:PLK-CF3 MW 15000-30000
【図3】アストロサイトおよびミクログリアにおけるFITCの細胞内の局在 A:アストロサイト B:ミクログリア
【図4】PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを投与36時間後におけるアストロサイトの蛍光観察画像A:5 μg/ml; B:10 μg/ml; C:20 μg/ml; D:40 μg/ml; E:80 μg/ml
【図5】アストロサイトに投与したPLK-CF3+FITCの濃度と単位細胞面積あたりの蛍光強度(画像解析)
【図6】アストロサイトにPLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを20 μg/ml投与した場合の投与時間の影響(蛍光観察画像)A:2時間 B:4時間 C:8時間 D:24時間 E:45時間
【図7】ミクログリアにPLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを20 μg/ml投与した場合の投与時間と蛍光強度
【図8】アストロサイトにPLK-CF3+FITCを40μg/ml、24時間投与した場合の標識持続時間 A:1日後 B:4日後 C:7日後 D:10日後 E:12日後
【図9】軟骨幹細胞に色々な濃度のPoly-lysine-CF3を一晩加えた後の細胞生存率。80 μg/mlまでは生存率に変化はなかった。
【図10】アストロサイトに導入(600万個)後、模擬組織でフッ素MR画像を撮影。左からプロトン(1H)信号、フッ素信号(19F)そして通常のMR画像を示す。下段はそれぞれをMR画像上に重ね合わせて示した。
【図11】ラット頭蓋骨に移植した アストロサイト(A)および軟骨幹細胞(B, C)のフッ素MR画像。青く見えるのがフッ素信号。Bの矢印で軟骨幹細胞の移植部位を示す。アストロサイトは800万個、軟骨幹細胞は600 万個を移植した。
【図12】ラット脳に移植した標識軟骨幹細胞(570万個)を経時間的に追跡。A; 当日。B; 3日後。C; 7日後。D; 21日後。
【技術分野】
【0001】
本発明は、核磁気共鳴信号を利用して細胞や組織をイメージングするために有効な材料および方法に関するものであり、特に再生医療や細胞治療、移植治療の際に、移植細胞や臓器を体外から非侵襲的に観察するために有効な材料および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白血病の際に行われる骨髄移植や臍帯血移植に代表される細胞治療や生体肝移植などの移植治療は、先端医療として現在盛んに行われている。加えて再生医学の発展により、ES細胞から分化させた細胞やさまざまな種類の幹細胞を患者に投与して治療する細胞治療法も現実味を帯びてきた(非特許文献1)。
【0003】
細胞治療、移植治療において、移植細胞や組織が体内でどのような位置に分布・存在しているのかを非侵襲的に可視化して捉える技術は、移植細胞や組織の動態や分化過程、機能などを知る上で、非常に重要である(非特許文献2)。そのひとつの手段として期待されているのが、核磁気共鳴イメージング(Magnetic Resonance Imaging:MRI)を用いて、移植細胞や組織を非侵襲的に体内追跡する技術であり、MRトラッキング(Magnetic Resonance Tracking)法とも呼ばれる新しい技術である(非特許文献3)。
【0004】
MR(Magnetic Resonance)画像は生体内の水分子の水素原子核に由来するMR信号を検出して画像化したものであるが(非特許文献2)、通常のMR画像法では、移植細胞と非移植細胞を見分けることは難しい。そこでMR信号の緩和時間を変化させる造影剤を用いて、移植細胞を磁気標識する手段が用いられている。MR信号の信号強度が減少すれば、MR画像では黒く見え、逆に、信号強度が相対的に増強するとMR画像では白く見える画像化が行われている。MRトラッキング法のための細胞標識試薬として、現在最も使われているのは、MRIの陰性造影剤として普及している超常磁性酸化鉄(Super Paramagnetic Iron Oxide : SPIO)、超常磁性を示す酸化鉄粒子で径が小さいUSPIO (Ultra-Small Super Paramagnetic Iron Oxide)、酸化鉄の単結晶であるMIO (Monocrystalline Iron Oxide)などである(特許文献1,非特許文献4,5,6)。
【0005】
特許文献1を含む磁気造影剤は、すべて常磁性鉄を主成分としており、いくつかの問題点が指摘されている。たとえば、超常磁性酸化鉄による細胞標識は、移植後に生体内に多量に存在する酸素を活性化させるなど、毒性を示す可能性は否定できない。移植細胞が死亡した後に、細胞外に出た鉄粒子が比較的長期間、残存する点も欠点である。さらに、陰性造影剤であるため、もともとMR信号が低い骨組織などでの追跡には不向きである。また、本来、MRで検出されるはずの代謝産物のMR信号まで減弱させてしまう。これらの問題を解決するために、新たな細胞標識剤の開発が強く望まれており、とりわけ安全で高感度な陽性の標識剤の登場が待たれている。
【0006】
なお、poly-L-lysineが細胞導入剤として知られているが(特許文献1)、poly-L-lysineそのものはMR信号をもたず、本発明とは全く異なる材料である。
【非特許文献1】再生医療 Vol1, No.2, 2002 特集 21世紀の再生医療最前線[肝臓・膵臓]
【非特許文献2】犬伏俊郎:“MR(核磁気共鳴)分子・細胞画像−生体内幹細胞の無侵襲追跡技術−”, 月刊バイオインダストリー, 21, pp. 36-42 (May 2004)
【非特許文献3】J.W.M. Bulte, S.-C. Zhang, P. Van Gelderen, V. Herynek, E.K. Jordan, I.D. Duncan and J.A. Frank: “Neurotransplantation of magnetically labeled oligodendrocyte progenitors: magnetic resonance tracking of cell migration and myelination”, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96, 22, pp. 15256-15261 (Dec. 1999).
【非特許文献4】J.W.M.Bulte, T. Duglas, B. Witwer, S.-C. Zhang, B.K. Lewis, P. van Gelderen, H. Zywicke, I.D. Duncan and J.A. Frank: “Monitoring stem cell therapy in vitro using magnetodendrimers as a new class of celler MR contrast agent”, Acad. Radiol. 9 (suppl. 2), pp. S332-S335 (Aug. 2002)
【非特許文献5】J.A. Frank, H. Zywicke, E.K. Jordan E, J. Mitchell, B.K. Lewis, B. Miller, H. Bryant, J.W.M. Bulte: “Magnetic intracellular labeling of mammalian cells by combining (FDA-approved) superparamagnetic iron oxide MR contrast agents and commonly used transfection agents”, Acad. Radiol. 9 (suppl. 2), 484-487 (Aug. 2002)
【非特許文献6】M. Hoehn, E. Kustermann, J. Blunk, D. Wiedermann, T. Trapp, S. Wecker, M. Focking, H. Arnold, J. Hescheler, B.K. Fleischmann, W. Schwint and C. Buhrle: “Monitoring of implanted stem cell migration in vivo: Magnetic resonance imaging investigation of experimental stock in rat”, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 99, 25, pp. 16267-16272 (Dec. 2002)
【特許文献1】W000/71169
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細胞や組織を標識し、核磁気共鳴法を用いて移植後の細胞や組織を非侵襲的に検出するための試薬、とくに陽性造影剤を提供し、再生医療や細胞治療、移植治療に寄与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
現在のMR画像は、生体内の水分子の水素原子核に由来するMR信号を検出して画像化したものであり、現在用いられている常磁性鉄を主成分とする造影剤は、水素原子核に由来するMR信号を減弱させることで造影効果を発揮している。本発明者らは、陽性造影剤としてフッ素に着目し、従来の水素原子核に由来するMR信号ではなく、フッ素原子核に由来するMR信号を利用することで、陽性造影剤を作製すべきであるという認識に基づき、鋭意研究し本発明に到達した。本発明の核磁気共鳴法のための細胞標識試薬は、フッ素によるMR信号を利用しており、このフッ素は19Fである。19FがMR信号をもつことは周知の事実であるが、感度が低く現状では実用化は遠い。本発明では19F そのものではなく、C(19F)3をアミノ酸あるいはペプチドのアミノ基などに結合させることで、強い19FのMR信号を得られ、かつ細胞毒性の少ない試薬ができることを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、MR追跡用の陽性造影剤である標識試薬及び該標識試薬を利用した細胞治療法を提供するものである。
1. CF3基を有するアミノ酸あるいはペプチドからなる核磁気共鳴イメージング(MRI)用の細胞ないし組織の標識試薬。
2. 前記アミノ酸がリジンおよび/またはアルギニンである項1に記載の標識試薬。
3. 前記ペプチドがリジンおよび/またはアルギニンを含む項1に記載の標識試薬。
4. 前記ペプチドがポリリジンである項1記載の標識試薬。
5. 前記ペプチドがポリアルギニンである項1記載の標識試薬。
6. 蛍光標識物質をさらに結合させた項1〜5のいずれかに記載の標識試薬。
7. 項1〜6のいずれかに記載の標識試薬で移植される細胞ないし組織を標識し、移植後に核磁気共鳴法を用いて非侵襲的に標識細胞ないし標識組織を検出することを特徴とする細胞治療法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、フッ素MRを利用し、移植後の細胞や組織を体外から非侵襲的に観察するための試薬が提供でき、これまでの常磁性鉄では利用できなかった陽性信号を利用することを可能とする。さらに、常磁性鉄は、細胞や組織が本来もっているMR信号まで減弱させてしまうが、本発明は、細胞や組織のもつMR信号の検出を可能とする。本発明は、陽性造影剤である故に、移植細胞の生死や機能などを示すMR信号の検出を可能にする。さらに、MR信号がもともと弱く、これまでは観察ができなかった骨組織などでの移植細胞の観察が可能になる。
【0011】
ポリリジンにCF3を結合させた場合は、ポリリジンがすみやかに細胞に取り込まれるので、培養液中に添加するだけで生細胞を磁気標識することが可能である。
【0012】
ポリリジンCF3やポリアルギニンCF3のアミノ基などの一部に、さらに蛍光物質や色素物質を付加させた場合は、MR信号と蛍光もしくは色素による二重標識が可能となる。たとえば、蛍光物質を付加することで、蛍光顕微鏡を用いて、培養細胞に対する標識効率を簡単に判定することを可能にする。
【0013】
アミノ酸、ペプチドは生体内に存在する物質であるため安全性が高く、分解除去されるため、常磁性鉄のように長期にわたって生体内に存在することはなく、安全な標識試薬を供給可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明におけるフッ素は19Fであり、Positron Emission Tomographyに用いられる18Fではない。また、標識するフッ素は19Fそのものではなく、C(19F)3(以下、単にCF3と記載する)である。
【0015】
本発明の細胞標識試薬は、アミノ酸またはペプチドにCF3基を導入することにより製造することができる。
【0016】
CF3基の導入は、例えばトリフルオロアセチル基(CF3CO)や、トリフルオロメタンスルホニル基(CF3SO2)をアミノ酸またはペプチドのアミノ基などに導入する方法や、CF3基を置換基として有するアリール基、アラルキル基、アリールカルボニル基、アリールスルホニル基などを用いる方法が挙げられる。CF3を導入するための好ましい基としては、例えば下記式(1):
【0017】
【化1】
【0018】
(式中、R1はアルキレン基(例えばCH2,CH(CH3)などの炭素数1〜6の直鎖又は分枝を有するアルキレン基)、COまたはSO2を示す。R2は同一または異なって、CF3,OCF3またはSCF3を示す。Rは同一または異なって、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、シアノ基、アルカノイル基、アルカノイルアミノ基、ジアルキルアミノ基、チオール基またはアルキルチオ基を示す。mは1〜5の整数、nは0〜4の整数を示す(但し1≦m+n≦5)。)
で表される基が挙げられる。
【0019】
これらの基は、アミノ酸、ペプチドのαアミノ基または、側鎖のアミノ基(リジンないしオルニチン)、グアニジノ基(アルギニン)、イミダゾリル基(ヒスチジン)、チオール基(システイン)、水酸基(セリン、スレオニン)などに直接またはリンカーを介して導入することができる。
【0020】
アミノ酸に関してはいずれもアミノ基を有するので、CF3基を有するアミノ酸を合成可能である。ペプチドとはアミノ酸がアミド結合してできた重合体であり、2以上のアミノ酸が連結されたオリゴペプチド及びポリペプチドを広く包含する。CF3を有する置換基は、N末端のαアミノ基に導入してもよいが、側鎖の基、特にアミノ基あるいはグアニジノ基に導入するのがよく、特にリジンのアミノ基に導入するのが好ましい。CF3基は、アミノ酸の複数の側鎖に導入するのが、標識効率の点から望ましく、例えばCF3基はペプチド中のアミノ酸の10%以上に導入するのが望ましい。好ましいペプチドとしては、poly-L-lysine, poly-D-lysine, poly-L-arginine, poly-D-arginine、poly-DL-lysineが挙げられる。培養液中に添加するだけで標識可能な点から、poly-L-lysineが好ましい。
【0021】
ペプチド、特にpoly-L-lysineの分子量は、特に限定されないが、分子量5000以下のものが好ましく、例えば分子量1000〜4000のペプチド(特にpoly-L-lysine)が比較的強いフッ素信号が得られるのでより好ましい。
【0022】
ペプチドの側鎖アミノ基などへのCF3の結合は、標識試薬あたり1個からアミノ基の100%に結合させても良い。しかし、CF3の割合が少ないとフッ素MR信号が弱くなり、多いと水に対する溶解度が低下するので、好ましくは全アミノ酸の20-80%程度、より好ましくは40-60%程度、特に50%前後であることが望ましい。
【0023】
C(19F)3結合ペプチドの側鎖アミノ基などへ、さらに蛍光物質を結合させる場合は、標識試薬あたり1個からアミノ基の50%に結合させても良いが、好ましくは全アミノ酸の5-20%が、より好ましい。蛍光物質としては、FITC 、DAPI、ローダミン、Cy3、Cy3.5、Cy5、Cy5.5、Cy7などが挙げられ、好ましくはFITCである。
【0024】
本発明の標識試薬を用いて培養細胞を標識する場合は、そのまま培養液に加えても良いし、ウイルスエンベロープや脂質などの導入剤を用いて標識しても良い。
【0025】
本発明の標識試薬の使用量は、標識の対象となる細胞やCF3結合アミノ酸/ペプチドの種類により異なる。例えば標識試薬としてCF3基を有するpoly-L-lysineを使用して培養細胞を標識する場合には、1-100 μg/mlの範囲の量を好ましく使用できる。CF3基を有するpoly-L-lysine以外の標識試薬の使用量は、CF3基を有するpoly-L-lysineの場合を参考にして、当業者であれば容易に決定できる。
【0026】
本発明において標識の対象となる細胞とは、動物細胞を意味し鳥類、魚類、は虫類、両生類、昆虫の他、例えばほ乳類などの細胞が挙げられ、特にヒト、サル、ラット、マウス、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ウサギ等に由来する細胞が含まれる。それらの細胞としては、分化した細胞である体細胞、それらに分化する前駆細胞、さらには前駆細胞を生み出す未分化な幹細胞、胚性幹細胞が含まれる。未分化な細胞には、癌細胞に由来する細胞も含まれる。
本発明では、上記の体細胞で構成される組織あるいは体細胞を含む組織も標識の対象となる。
【0027】
ここで、標識対象となる組織としては、軟骨組織、骨組織、骨髄組織、心筋組織、神経組織、筋肉組織、消化管組織、内分泌組織、リンパ組織、呼吸器組織、泌尿器・生殖器組織等が例示される。
【0028】
細胞治療とは、宿主において欠損または不足している機能を補う細胞、宿主において欠損または不足している組織や器官を再生する細胞、あるいは欠損または不足している物質を供給する細胞などを宿主に投与する治療法である。
【0029】
したがって、体細胞としては、ニューロン、グリア細胞、心筋細胞、筋細胞、インスリン分泌細胞、肝細胞、骨細胞、軟骨細胞、血液細胞、骨髄細胞、臍帯血細胞、血管内皮細胞、腸管上皮細胞、網膜色素細胞、メラノサイト、皮膚細胞、角膜細胞、毛根細胞などが含まれる。
【0030】
未分化な幹細胞としては、胎性幹細胞、造血幹細胞、骨髄幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、などが含まれる。
【0031】
移植治療とは、宿主において欠損または不足している細胞や組織や器官を宿主に投与する治療法である。
【0032】
本発明によれば、すべての細胞治療、移植治療において、宿主に投与された後、投与された細胞の位置や組織の位置をフッ素信号を用いた核磁気共鳴画像法により、観察することが可能である。
【0033】
宿主には、標識された細胞や組織が投与または移植される対象が含まれ、実験の対象となる動物、処置の対象になる動物、処置の対象になるヒト、治療の対象になるヒト、およびそれらの組織、器官が含まれる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明するが、本発明がこれら実施例に限定されないのは言うまでもない。
実施例1
[CF3を結合したペプチドの作製]
CF3をアミノ酸あるいはペプチドを構成するアミノ酸のアミノ基に結合させる方法をポリリジンを用いて行った。
【0035】
合成された標識候補化合物の構造は、1HのNMRを測定することによって確認された。スペクトルから得られたケミカルシフトを基に得られた化合物の構造式を図1に示す。
実施例2
[至適分子量の決定とCF3の結合割合の検討]
化合物の名称は、便宜上下記のように示す。分子量(MW)の表記は化合物全体のMWではなく、使用した原料のpoly-L-lysineを示す。lysineの側鎖に存在するアミノ基をp−トリフルオロメトキシベンジル(「CF3」と略す場合がある)やFITCで修飾した。
【0036】
(i) PLK-CF3 MW 1000〜4000
PLK(MW 1000-4000)にアミノ基総数の50%をp−トリフルオロメトキシベンジルで修飾
(ii) PLK-CF3 MW 5000〜15000
PLK(MW 5000-15000)にアミノ基総数の50%の割合でp−トリフルオロメトキシベンジルを修飾
(iii) PLK-CF3 MW 15000〜30000
PLK(MW 15000-30000)にアミノ基総数の50%の割合でp−トリフルオロメトキシベンジルを修飾
(iv) PLK-CF3+FITC MW 1000-4000+FITC
(i)に、さらアミノ基の10%を蛍光ラベル化剤FITC(Fluorescein-4-isothiocyanate)で修飾
化合物の構造は、核磁気共鳴装置(磁場強度:6.34 tesla、開口径:5.4 cm、JNM-GX 270、JEOL社製)により、1Hの核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance;NMR)スペクトルにより確認した。また、19FのNMRスペクトルから、19Fの信号の強度を測定した。さらに、19FとFITCの修飾割合と水への溶解度の関係を調べた。
【0037】
その結果、化合物のアミノ基を100%、p−トリフルオロメトキシベンジルで修飾すると水に不溶性になった(表1)。そこで、p−トリフルオロメトキシベンジルで修飾するアミノ基の割合を変えて検討した(表1)。アミノ基の50%をp−トリフルオロメトキシベンジルで修飾し、50%をFITCで 修飾した条件では、水に可溶であった。以下の実験には、19Fでの修飾はアミノ基の50%、FITCで修飾する場合は、アミノ基の10%となるように合成した化合物を用いた。
【0038】
【表1】
【0039】
合成した化合物から得られた19FのNMR信号を図2に示す。分子量が1000-4000のPLKに19Fを修飾した条件では、シャープでかつ単一なピークをもつ信号が得られた(図2A)。しかし、PLKの分子量が大きくなるにつれて19Fの信号の強度の低下が認められた(図2Bおよび図2C)。また、分子量が1000-4000の場合、FITCを修飾することによる19F信号強度の低下は、分子量による影響よりも少なく、極めてわずかにとどまった(図2D)。この結果から、分子量1000-4000が望ましいことを示している。
実施例3
[培養細胞への標識の検討]
アストロサイト(ATCC;CRL-2541)およびミクログリア(ATCC;CRL-2468)のセルラインを用いた。アストロサイトのセルライン(ATCC;CRL-2541)は、生後8日のマウスの小脳に由来し、いくつかの短い突起を持っている不死化された接着系細胞である。培養液は、4mM L-glutamine, 1.5g/L sodium bicarbonate, 4.5g/L glucoseを添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM; Gibco BLR, UK)を基本培地とし、10% normal calf serum (Dainippon Pharm Co., Osaka, Japan)と抗生物質(penicillinとstreptomycin ; Ncalai Co., Osaka, Japan)を加えた。37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0040】
ミクログリアのセルライン(ATCC;CRL-2468)は、生後10日のマウスの脳に由来し、食作用活性を示す不死化された接着系細胞である。培養液は、4mM L-glutamine, 1.5g/L sodium bicarbonate, 4.5g/L glucoseを添加したDulbecco’s modified Eagle’s mediumを基本培地とし、20% LADMAC conditioned Media (produced from the LADMAC cell line (CRL-2420), 10% normal calf serumと抗生物質(penicillinとstreptomycin)を加えた。37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0041】
PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に2 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトおよびミクログリアの培養液に20μg/mlの濃度に溶解し、各細胞の培養dishの培養液と置換した。液量は2 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0042】
投与22 時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため培養液を吸取り、細胞を2 ml の生理食塩水加10 mMリン酸緩衝液(pH 7.4;PBS(-))で3回洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドを加えた0.1Mリン酸緩衝液(pH 7.4)を2 ml加え、室温で10分間固定した。固定後に固定液を吸い出し、2 mlのPBS(-)で3回洗浄した。乾燥を防ぐためにdish内を1 mlのPBS(-)で満たし、共焦点レーザースキャン顕微鏡で観察した。
【0043】
その結果、 PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを培養液に加えるだけで、細胞が標識された(図3)。共焦点レーザー顕微鏡でFITC蛍光の局在を調べた結果、アストロサイト(図3A)、ミクログリア(図3B)のいずれの細胞においても、FITCの蛍光は主として細胞内に検出された。
実施例4
[培養細胞への最適標識条件の検討]
PLK-CF3 MW 1000-4000の最適投与条件を調べるための方法として19Fの簡便な定量法がないため間接的な方法ではあるが、修飾したFITCを追跡することにより検討した。
【0044】
投与濃度は、5、10、20、40、80μg/mlとした。投与濃度の検討における投与時間は、アストロサイトでは36時間、ミクログリアでは16時間とした。投与時間の検討では、投与濃度を20 μg/mlと一定とし、アストロサイトの場合は、2、4、8、24、45時間、ミクログリアは2、4、10、24、48時間とした。
【0045】
アストロサイトあるいはミクログリアを35 mm glass base (φ12) dishに70〜80%コンフルエントとなるように培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に2 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトおよびミクログリアの培養液に20μg/mlの濃度に溶解し、各細胞の培養dishの培養液と置換した。液量は2 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0046】
一定時間培養した後、培養液を吸取り細胞を2 mlの生理食塩水加10 mMリン酸緩衝液(pH 7.4;PBS(-))で3回洗浄した。ついで細胞をdishに固定することを目的として、室温で30分乾燥させた。その後、2 mlのPBS(-)を加えて細胞を20分間浸した。20分後にPBS(-)を吸い出し、4%パラホルムアルデヒドを加えた0.1Mリン酸緩衝液(pH 7.4)を2 ml加え、室温で10分間固定した。固定後に固定液を吸い出し、2 mlのPBS(-)で3回洗浄した。乾燥を防ぐためにdish内を一定量のPBS(-)で満たし、倒立型蛍光顕微鏡高感度冷却CCDカメラシステム(IX 70,OLYMPUS社製)で観察した。取り込み用ソフトウエア(Meta Morph)を用いて、同一視野における明視野の微分干渉画像とFITC画像をコンピュータに取り込んだ。FITC画像は蛍光強度を比較するために、光の照射時間と画像の階調(画像の濃淡)を一定にした。さらに、明視野の画像上にFITCの画像を重ね合わせた画像(overlay images)も取り込んだ。
【0047】
取り込んだ画像は、Adobe PhotoshopTM6.0とScion Image用いて画像解析を行い、細胞面積あたりの蛍光強度を次の式を用いて数値化した。
【0048】
蛍光強度=(蛍光粒子の面積)×(蛍光強度)/(細胞面積)
その結果、投与時間を一定にした場合、蛍光強度は濃度依存的に高くなった(図4)。80 μg/ml以上では、細胞表面に蓄積している化合物の割合が増加していた(図4E)。
【0049】
蛍光観察画像を解析した結果を図5に示した。単位細胞面積あたりの蛍光強度は、投与濃度が5 μg/mlから80 μg/mlまで、濃度依存的に増加した。
【0050】
表2にアストロサイトに投与したPLK-CF3+FITCの各濃度における1視野あたりに占める細胞面積を示す。5 μg/mlから80 μg/mlまでは、細胞面積に有意差は認められなかった。
【0051】
【表2】
【0052】
図6に、投与濃度を20 μg/mlとし、投与時間を変化させてPLK-CF3 MW 1000-4000 + FITCをアストロサイトに投与した場合の蛍光観察の結果を示した。投与濃度を一定(20 μg/ml)にした条件下においては、蛍光強度は時間依存的に高くなった(図6)。また、ミクログリアに投与した場合の蛍光観察画像を解析した結果を図7に示した。蛍光画像を画像解析すると、アストロサイトでもミクログリアでも、投与時間が2時間から24時間までは、単位細胞面積あたりの蛍光強度は、時間依存的に増加した。24時間以上の投与では蛍光強度はほぼ一定となる傾向が認められた。
実施例5
[培養細胞への標識持続時間の検討の検討]
標識持続時間を検討する方法として、PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCで標識したアストロサイトの蛍光が消失するまで追跡した。投与条件は、投与時間を24h、投与濃度40μg/mlとした。
【0053】
アストロサイトを60 mm culture dish(Asahi Techno Co., Tokyo, Japan)に70〜80% コンフルエントとなるように培養した。2皿のアストロサイトを1組とし、実験を行った。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に2 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトの培養液に40μg/mlの濃度に溶解し、アストロサイトの培養dishの培養液と置換した。液量は4 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。
【0054】
投与24時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため、4 mlのPBS(-)で3回洗浄した後、4 mlの新しいアストロサイト培養液を入れた。1組のアストロサイトのうち、1dishは蛍光観察用とし、別のdishは継代用に供した。蛍光観察用dishは、固定操作は行わず、倒立型蛍光顕微鏡を用いて、同一視野における明視野とFITCの画像をコンピュータに取り込んだ。このデータを投与1日目のデータとして記録した。
【0055】
継代用dishは、4 ml のPBS(-)で1回洗浄した後、1 mlの0.125% トリプシン溶液(Nacalai, Osaka, Japan)を加え、37℃、5%CO2 環境下に1分間静置した。ついで、ピペッティングで細胞を遊離し、1 mlのアストロサイト培養液の入った15 mlの遠心管にトリプシン液とともに細胞を回収した。1000 gで1分間遠心し、細胞を沈殿させた後、上清を吸引除去した。3 mlの培養液を加え、ピペッティングで細胞を混和した後、50 μlをとり、2%トリパンブルーを等量加えて、細胞計算盤で細胞数を計測した。遠心管の細胞は、細胞数を1 dishあたり1×105となるように、培養液を4ml 入れた2皿の60 mm dishに継代培養した。
【0056】
投与4日後(継代3日後)、投与7日後、投与10日後、投与12日後に同様の操作を行い、画像データを記録した。
【0057】
その結果、投与1 日後においては、細胞質内や細胞表面からFITC蛍光が観察された(図8A)。投与4日目では、主として細胞質内にFITC蛍光が観察された(図8B)。投与7日後(図8C)、10日後(図8D)とFITC蛍光は減少し、12日後にはほとんど蛍光が認められなかった(図8E)。
実施例6
[培養細胞への 細胞毒性の検討]
軟骨幹細胞を35 mm glass base (φ12) dishに70〜80%コンフルエントとなるように培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に種々の濃度になるように溶解した。ついで、軟骨幹細胞に溶解し24時間反応させ、毒性を検討した。その結果、いずれの細胞も、80 μg/mlまでは生存率に変化はなかった(図9)。
実施例7
[模擬組織に移植した標識培養細胞からのフッ素MR信号の検出]
100 mm culture dishにアストロサイトを70〜80% コンフルエント(約1.5×106個)となるように4つのdishに培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に8 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトの培養液に40μg/mlの濃度に溶解し、アストロサイトの培養dishの培養液と置換した。液量は10 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。また、陰性コントロールとして、非投与のdishを1皿用意した。
【0058】
投与24時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため、4 mlのPBS(-)で3回洗浄した後、2 mlの0.125%トリプシン溶液を加え、37℃、5%CO2 環境下に1分間静置した。50 μlをとり、2%トリパンブルーを等量加えて、細胞計算盤で細胞数を計測した。遠心管の細胞は1000 gで1分間遠心し、細胞を沈殿させた後、200 μlのPBS(-)を加えピペッティングにより細胞を混和し、さらにあらかじめ温めておいた200 μlの2% 寒天溶液と混合した。寒天が凝固する前に測定用ガラスチューブに充填した。
【0059】
動物実験用のMRI装置(磁場強度:7 tesla、開口径:40cm、INOVA-300 Varian社製)で19Fの信号を測定した。
【0060】
その結果、17分の測定で明瞭なフッ素信号の検出に成功した(図10)。軟骨幹細胞でも同様の結果を得た。
実施例8
[ラットに移植した標識培養細胞からのフッ素MR信号の検出]
100 mm culture dishにアストロサイトあるいは軟骨幹細胞を70〜80% コンフルエント(約1.5×106個)となるように4つのdishに培養した。PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを蒸留水に8 mg/mlの濃度になるように溶解した。ついで、アストロサイトの培養液に40μg/mlの濃度に溶解し、アストロサイトの培養dishの培養液と置換した。液量は10 mlとした。その後、37℃、5%CO2 環境下で培養した。また、陰性コントロールとして、非投与のdishを1皿用意した。
【0061】
投与24時間後に、取り込まれなかった化合物を除くため、4 mlのPBS(-)で3回洗浄した後、2 mlの0.125%トリプシン溶液を加え、37℃、5%CO2 環境下に1分間静置した。50 μlをとり、2%トリパンブルーを等量加えて、細胞計算盤で細胞数を計測した。遠心管の細胞は1000 gで1分間遠心し、細胞を沈殿させた後、200 μlのPBS(-)を加えピペッティングにより細胞を混和した。アストロサイトはそのまま頭蓋に移植した。軟骨幹細胞は、移植用のゲルに混和したのち、削った頭蓋骨病変部に移植した。
【0062】
動物実験用のMRI装置(磁場強度:7 tesla、開口径:40cm、INOVA-300 Varian社製)で19Fの信号を測定した
その結果、アストロサイト(図11A)も軟骨幹細胞(図11B)も移植部位に一致して、明瞭な画像を得ることに成功した。
実施例9
[ラットに移植した標識培養細胞から検出したフッ素MR信号の経時間的変化]
ラット脳に移植した標識軟骨幹細胞(570万個)を経時間的に追跡した。その結果、移植後、少しづつ信号は減少するものの、少なくとも1週間の観察が可能であった(図12)。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】合成した化合物の構造式。
【図2】合成した化合物の19F信号 A:PLK-CF3 MW 1000-4000 B:PLK-CF3 MW 1000-4000+FITC C:PLK-CF3 MW 5000-15000 D:PLK-CF3 MW 15000-30000
【図3】アストロサイトおよびミクログリアにおけるFITCの細胞内の局在 A:アストロサイト B:ミクログリア
【図4】PLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを投与36時間後におけるアストロサイトの蛍光観察画像A:5 μg/ml; B:10 μg/ml; C:20 μg/ml; D:40 μg/ml; E:80 μg/ml
【図5】アストロサイトに投与したPLK-CF3+FITCの濃度と単位細胞面積あたりの蛍光強度(画像解析)
【図6】アストロサイトにPLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを20 μg/ml投与した場合の投与時間の影響(蛍光観察画像)A:2時間 B:4時間 C:8時間 D:24時間 E:45時間
【図7】ミクログリアにPLK-CF3 MW 1000-4000+FITCを20 μg/ml投与した場合の投与時間と蛍光強度
【図8】アストロサイトにPLK-CF3+FITCを40μg/ml、24時間投与した場合の標識持続時間 A:1日後 B:4日後 C:7日後 D:10日後 E:12日後
【図9】軟骨幹細胞に色々な濃度のPoly-lysine-CF3を一晩加えた後の細胞生存率。80 μg/mlまでは生存率に変化はなかった。
【図10】アストロサイトに導入(600万個)後、模擬組織でフッ素MR画像を撮影。左からプロトン(1H)信号、フッ素信号(19F)そして通常のMR画像を示す。下段はそれぞれをMR画像上に重ね合わせて示した。
【図11】ラット頭蓋骨に移植した アストロサイト(A)および軟骨幹細胞(B, C)のフッ素MR画像。青く見えるのがフッ素信号。Bの矢印で軟骨幹細胞の移植部位を示す。アストロサイトは800万個、軟骨幹細胞は600 万個を移植した。
【図12】ラット脳に移植した標識軟骨幹細胞(570万個)を経時間的に追跡。A; 当日。B; 3日後。C; 7日後。D; 21日後。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
CF3基を有するアミノ酸あるいはペプチドからなる核磁気共鳴イメージング(MRI)用の細胞ないし組織の標識試薬。
【請求項2】
前記アミノ酸がリジンおよび/またはアルギニンである請求項1に記載の標識試薬。
【請求項3】
前記ペプチドがリジンおよび/またはアルギニンを含む請求項1に記載の標識試薬。
【請求項4】
前記ペプチドがポリリジンである請求項1記載の標識試薬。
【請求項5】
前記ペプチドがポリアルギニンである請求項1記載の標識試薬。
【請求項6】
蛍光標識物質をさらに結合させた請求項1〜5のいずれかに記載の標識試薬。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の標識試薬で移植される細胞ないし組織を標識し、移植後に核磁気共鳴法を用いて非侵襲的に標識細胞ないし標識組織を検出することを特徴とする細胞治療法。
【請求項1】
CF3基を有するアミノ酸あるいはペプチドからなる核磁気共鳴イメージング(MRI)用の細胞ないし組織の標識試薬。
【請求項2】
前記アミノ酸がリジンおよび/またはアルギニンである請求項1に記載の標識試薬。
【請求項3】
前記ペプチドがリジンおよび/またはアルギニンを含む請求項1に記載の標識試薬。
【請求項4】
前記ペプチドがポリリジンである請求項1記載の標識試薬。
【請求項5】
前記ペプチドがポリアルギニンである請求項1記載の標識試薬。
【請求項6】
蛍光標識物質をさらに結合させた請求項1〜5のいずれかに記載の標識試薬。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の標識試薬で移植される細胞ないし組織を標識し、移植後に核磁気共鳴法を用いて非侵襲的に標識細胞ないし標識組織を検出することを特徴とする細胞治療法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2007−112736(P2007−112736A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−304834(P2005−304834)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(899000046)関西ティー・エル・オー株式会社 (75)
【出願人】(391048049)滋賀県 (81)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(899000046)関西ティー・エル・オー株式会社 (75)
【出願人】(391048049)滋賀県 (81)
【Fターム(参考)】
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