核酸アプタマーおよびそのスクリーニング方法
【課題】アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法を提供し、該方法は、(a)原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する工程、(b)平板の表面に核酸を非共有結合を介して固定する工程、(c)工程(a)で得られた探針で、工程(b)で得られた平板の表面を走査する工程、(d)工程(c)において、該平板の表面から遊離して該探針に捕捉された核酸を回収する工程、(e)工程(d)で得られた核酸について該標的物質に対する結合力を測定する工程、および(f)工程(e)で測定した結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、工程(b)〜(e)を繰り返す工程を含む。
【解決手段】本発明は、原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法を提供し、該方法は、(a)原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する工程、(b)平板の表面に核酸を非共有結合を介して固定する工程、(c)工程(a)で得られた探針で、工程(b)で得られた平板の表面を走査する工程、(d)工程(c)において、該平板の表面から遊離して該探針に捕捉された核酸を回収する工程、(e)工程(d)で得られた核酸について該標的物質に対する結合力を測定する工程、および(f)工程(e)で測定した結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、工程(b)〜(e)を繰り返す工程を含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸アプタマーおよび核酸アプタマーのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アプタマーとは、標的物質と特異的に結合する核酸分子やペプチドをいう。これまでに、有機化合物、タンパク質、核酸、細胞、細胞組織、微生物などの標的物質に対する種々のアプタマーが知られている。核酸アプタマーは、抗体のような特異的な分子認識が可能な生体物質として、薬剤などへの応用が期待されている。核酸アプタマーは、試験管内で化学的に、しかも短時間で合成可能であり、免疫原性もほとんどないか全くない点が抗体にはない利点である。
【0003】
目的とする標的物質と特異的に結合する核酸アプタマーを得る方法はSELEX法として知られている。通常、ランダム配列の巨大ライブラリから親和性クロマトグラフィーの原理を用いてスクリーニングを行う。しかし、1回のスクリーニングで得られる核酸の標的物質に対する結合力や特異性は十分でないため、スクリーニングで得られた核酸のライブラリからさらにスクリーニングを繰り返す必要がある。通常、スクリーニングを繰り返す回数は、標的物質にも依存するが、数回から十数回である。このため、十分な結合力と特異性を有する核酸アプタマーを得るためには、多くの労力と時間を要する。
【0004】
ところで、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope;AFM)を用いると、探針と試料との間に作用する力を検出することができる。探針はカンチレバーとも呼ばれ、このカンチレバーを試料に近づけていくと、カンチレバーと試料との間に生じる微弱な力の作用によりカンチレバーがたわみ、このたわみ量を光てこ方式により検出する。光てこ方式とは、半導体レーザーをカンチレバー背面に照射し、反射したレーザー光を上下左右に4分割された光センサーで検出する方法である。このカンチレバーのたわみ量と探針・試料間の距離との関係をプロットしたフォースカーブを解析することにより探針・試料間に作用する力や、試料の硬さに関する情報を得ることができる。また、検出したたわみ量は試料台にフィードバックされ、たわみ量が一定になるように試料台の高さを制御しながら、試料表面に沿って水平方向にカンチレバーを走査することにより、試料表面の形状を知ることができる。AFMは、大気中や液体中、高温や低温などの様々な環境下で、導体、絶縁体などの試料の区別なく使用できる。生体試料などを自然に近い状態で用いることも可能である。これらの特徴から、AFMは新規バイオセンシングのツールとして期待されている(非特許文献1および2)。
【0005】
本発明者らは、核酸アプタマーを得るためのSELEX法において、親和性クロマトグラフィーに代えて、AFMを用いるスクリーニング方法を試みた(非特許文献3)。すなわち、5’末端をビオチン化した1本鎖DNAをアビジンを介してAFMの探針(カンチレバー)に固定し、このカンチレバーを用いて、標的物質としてトロンビンを固定した金板表面を走査した。カンチレバーに固定した1本鎖DNAの中にアプタマーが存在すれば、アプタマーは、大量のトロンビン上の走査の過程で漏れなく確実に、アビジン・ビオチン間の結合力よりも上回るアプタマー・トロンビン間の結合力により、カンチレバーから遊離して金板上に捕捉されると考えられる。そこで、カンチレバーに捕捉された1本鎖DNAを回収し、増幅して、さらにカンチレバーに固定して、同様の操作を繰り返した。この結果、得られる1本鎖DNAのトロンビンとの結合力は、スクリーニング操作を繰り返すごとに上昇すること、すなわちアプタマーがスクリーニングされていることを見出した。
【0006】
しかし、非特許文献3に記載の方法では、AFMカンチレバーに固定できる1本鎖DNAの数が少ないことから、高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを得るためには、従来のSELEX法と同様、数回以上のスクリーニングが必要であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T. Katoら、「In vitro selection of DNA aptamers which bind to cholic acid」、Biochimica et Biophysica Acta、2000年、第1493巻、p. 12-18
【非特許文献2】V. Dupresら、「Probing molecular recognition sites on biosurfaces using AFM」、Biomaterials、2007年、第28巻、p. 2393-2402
【非特許文献3】宮地ら、「原子間力顕微鏡を用いたDNA amtamerの選抜」、日本化学会第88春季年会講演予稿集、社団法人日本化学会、平成20年3月12日、4A4−32
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法において、原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定し、かつ探針で走査する平板の表面に核酸を固定することによって、高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供できることを見出し、本発明を完成した。この方法により、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーが得られる。
【0010】
本発明は、原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法を提供し、該方法は、(a)原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する工程、(b)平板の表面に核酸を非共有結合を介して固定する工程、(c)工程(a)で得られた探針で、工程(b)で得られた平板の表面を走査する工程、(d)工程(c)において、該平板の表面から遊離して該探針に捕捉された核酸を回収する工程、(e)工程(d)で得られた核酸について該標的物質に対する結合力を測定する工程、および(f)工程(e)で測定した結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、工程(b)〜(e)を繰り返す工程を含む。
【0011】
1つの実施態様では、上記核酸アプタマーは、DNAアプタマーである。
【0012】
1つの実施態様では、上記標的物質は、アミノ酸、ペプチドまたはタンパク質である。
【0013】
1つの実施態様では、上記標的物質は、ロイシンである。
【0014】
1つの実施態様では、上記平板は、金板である。
【0015】
1つの実施態様では、上記工程(b)は、(b1)平板の表面にアビジンを固定する工程、(b2)ビオチンを末端に有する核酸を調製する工程、(b3)工程(b1)で得られた平板の表面に工程(b2)で得られた核酸を固定する工程を含む。
【0016】
1つの実施態様では、上記工程(c)は、メチオニンを含有する溶液中で行われる。
【0017】
1つの実施態様では、上記結合力は、表面プラズモン共鳴法により測定した前記標的物質に対する解離定数である。
【0018】
ある実施態様では、上記一定値は、1.55×10−6M以下である。
【0019】
本発明は、上記方法により得られるDNAアプタマーを提供し、該DNAアプタマーは、表面プラズモン共鳴法により測定されるL−ロイシンに対する解離定数が1.55×10−6M以下を示す。
【0020】
本発明は、配列番号3に記載の塩基配列の1位から64位までの塩基配列またはその相補配列、および配列番号4に記載の塩基配列の1位から26位までの塩基配列またはその相補配列からなる群から選択される少なくとも1つの塩基配列を有するDNAアプタマーを提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供することができる。本発明によれば、核酸アプタマーをバイオセンサーのセンサー素子やドラッグデリバリーシステムのターゲッティング分子として応用できる可能性が広がる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の方法の概略を示す模式図である。
【図2】L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力を示すヒストグラム(a)および(b)、ならびにその平均値を示すグラフ(c)である。
【図3】L−ロイシンまたはL−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力の平均値を示すグラフである。
【図4】SPRセンサーチップへのL−ロイシンの固定手順を示す模式図である。
【図5】L−ロイシンを固定したSPRセンサーチップにLA−1をインジェクトした場合のSPRシグナルの経時変化を示すセンサーグラム(a)およびLA−1の濃度とSPRシグナルの平衡値との関係を示すグラフ(b)である。
【図6】L−ロイシンを固定したSPRセンサーチップにLB−1をインジェクトした場合のSPRシグナルの経時変化を示すセンサーグラム(a)およびLB−1の濃度とSPRシグナルの平衡値との関係を示すグラフ(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明で用いる原子間力顕微鏡(AFM)とは、走査型プローブ顕微鏡の一種で、探針と試料との原子間に作用する力を検出して画像を得る顕微鏡をいう。例えば、セイコーインスツル株式会社製、オリンパス株式会社製、株式会社島津製作所製の原子間力顕微鏡が挙げられる。
【0024】
本発明でいう核酸アプタマーとは、標的物質と特異的に結合する核酸分子をいう。核酸アプタマーの標的物質との結合力は、後述するように一定値を示す必要がある。核酸アプタマーとしては、例えば、DNAアプタマー、RNAアプタマーが挙げられるが、安定性の観点からDNAアプタマーが好ましい。核酸の塩基配列の長さは特に制限されないが、好ましくは20〜100塩基である。図1に示すように、2次構造として、ヘアピン型、バルジ型、G−カルテット型などをとるものが知られているが、2次構造は特に制限されない。
【0025】
原子間力顕微鏡(AFM)の探針(以下、カンチレバーということがある)の材質は特に制限されない。金または金コーティングされた材料が好ましい。金の単分子結晶は、チオール基やジスルフィド基を持つ分子と特異的に結合して、単分子膜を形成する(自己組織化膜形成)。
【0026】
原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する方法は、平板の表面に核酸を固定する方法(以下で詳述)で作用する力よりも強い力で固定できる方法であればよい。例えば、共有結合を介して固定する方法が挙げられる。共有結合を介して固定する方法としては、例えば、架橋剤を用いる方法が挙げられる。架橋剤としては、例えば、DTSSP(3,3’−ジチオビス[スルホスクシンイミジルプロピオネート])、SPDP(N−スクシンイミジル 3−[2−ピリジルジチオ]プロピオネート)、EMCS(N−(6−マレイミドカプロイロキシ)スクシンイミド)が挙げられる。
【0027】
本発明で用いる標的物質は特に制限されない。無機物と有機物とを問わない。有機物としては、例えば、有機化合物、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、核酸、脂質、糖が挙げられる。細胞、細胞組織、微生物などであってもよい。
【0028】
本発明で用いる平板は、核酸を固定できればよく、材質も特に制限されない。好ましくは平板であり、金または金コーティングされた材料が好ましい。
【0029】
平板の表面に核酸を固定する方法は、上記の原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する方法で作用する力よりも弱い力で固定できる方法であればよく、好ましくは非共有結合を介して固定する方法である。非共有結合を介して固定する方法としては、例えば、イオン結合を介して固定する方法、分子間力を介して固定する方法が挙げられる。好ましくは、分子間力を介して固定する方法である。分子間力を介して固定する方法としては、例えば、抗体・抗原間の結合力を介して固定する方法、リガンド・受容体間の結合力を介して固定する方法、アビジン・ビオチン間の結合力を介して固定する方法が挙げられる。
【0030】
アビジン・ビオチン間の結合力を介して固定する方法は、好ましくは、平板の表面にアビジンを固定する工程、ビオチンを末端に有する核酸を調製する工程、アビジンを固定した平板の表面にビオチンを末端に有する核酸を固定する工程を含む。
【0031】
アビジンとしては、例えば、卵白由来のアビジン、ストレプトマイセス属細菌由来のストレプトアビジンが挙げられる。
【0032】
平板の表面にアビジンを固定する方法としては、例えば、架橋剤を用いる方法が挙げられる。架橋剤としては、例えば、DTSSP、SPDP、EMCSが挙げられる。
【0033】
ビオチンを末端に有する核酸を調製する方法は特に制限されない。例えば、核酸を化学合成し、5’末端または3’末端にビオチンを共有結合させる方法が挙げられる。あるいは予めビオチンを5’末端に有するプライマーを調製し、このプライマーを用いてPCR法などにより核酸を合成する方法が挙げられる。
【0034】
アビジンを固定した平板の表面にビオチンを末端に有する核酸を固定する方法は特に制限されない。例えば、ビオチンを末端に有する核酸の溶液にアビジンを固定した平板を浸漬する方法が挙げられる。ビオチンを末端に有する核酸の溶液中の核酸の濃度としては、1μMが好ましい。
【0035】
標的物質を固定した探針で、核酸を固定した平板の表面を走査する方法は特に制限されない。例えば、大気中で走査する方法、液体中で走査する方法が挙げられる。生理学的条件を考慮すると、液体中で走査する方法が好ましい。スクリーニングの効率を上げる観点から、標的物質と類似する構造を有する物質を含有する溶液中で走査する方法がより好ましい。例えば、標的物質がロイシンの場合には、ロイシンと類似する構造を有するメチオニンを溶液中に含有させることがより好ましい。また、例えば、標的物質がバリンの場合には、バリンと類似する構造を有するアラニンとイソロイシンとを溶液中に含有させることがより好ましい。
【0036】
核酸を固定した平板の表面から遊離して標的物質を固定した探針に捕捉された核酸を回収する方法は特に制限されない。例えば、PCR法が挙げられる。
【0037】
得られた核酸について、標的物質に対する結合力を測定する方法は特に制限されない。例えば、AFM法により測定する方法、解離定数を表面プラズモン共鳴(SPR)法により測定する方法が挙げられる。結合力の解析に加えて速度論的解析もできる点でSPR法が好ましい。
【0038】
本発明では、結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、上記工程を繰り返す。一定値としては、結合力がSPR法により解離定数として測定される場合、好ましくは2×10−6M以下、より好ましくは1.55×10−6M以下である。
【0039】
上記方法によりDNAアプタマーを得ることができる。このようにして得られた本発明のDNAアプタマーは、例えば、配列番号3または4に記載の塩基配列またはその相補配列を有する。本発明のDNAアプタマーは、SPR法により測定されるL−ロイシンに対する解離定数が1.55×10−6M以下を示す。
【実施例】
【0040】
以下に、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。なお、以下の実施例において、%は%(w/v)を表す。
【0041】
実施例1:AFMカンチレバーへのL−ロイシンの固定
AFM(セイコーインスツル株式会社製)のカンチレバー(Bio−lever;金コーティング;ばね定数:0.03N/m;共振周波数:37kHz;レバーの長さ:60μm;レバーの高さ:7μm)をオゾン発生装置(和研薬株式会社製)内に1時間静置して、カンチレバー表面上の有機物を除去した。このカンチレバーを、4mg/mLのDTSSP(3,3’−ジチオビス[スルホスクシンイミジルプロピオネート];PIERCE社製)溶液100μLに浸漬し、室温にて30分間遮光静置した後、超純水10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子中のジスルフィド結合(S−S)が切れて形成されたチオール基(−SH)がカンチレバー表面の金単分子結晶と結合する。次いで、リン酸緩衝液(PBS;100mMリン酸,150mMNaCl;pH7.5)にて調製した20mg/mLのL−ロイシン(ナカライテスク株式会社製)溶液100μLに浸漬し、室温にて1時間遮光静置した後、フォールディング緩衝液(50mM Tris−HCl,300mM NaCl,30mM KCl,5mM MgCl2)10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子末端のスクシンイミド基がL−ロイシン分子中のアミノ基と結合する。このようにして、L−ロイシンを固定したAFMカンチレバーを調製した。
【0042】
実施例2:金板表面への1本鎖DNAの固定(ラウンド1スクリーニング)
(2本鎖DNAライブラリの作製)
60塩基のランダム配列を有する1本鎖DNAの混合液(N60溶液)を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。
【0043】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 1μL
P1プライマー(配列番号1) 2μL
P2プライマー(配列番号2) 2μL
dNTPs(各2mM) 5μL
10×緩衝液 5μL
蒸留水 3.5μL
ポリメラーゼ 0.5μL
計 50μL
dNTPs(各2mM)、10×緩衝液およびポリメラーゼは、Expand Long Template PCR System(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)のものを用いた。
【0044】
<反応条件>
95℃:1分→95℃:2分→(95℃:15秒→72℃:30秒)×20→72℃:10分→4℃
【0045】
次いで、反応液50μLに6×サンプル緩衝液(30%グリセロール,0.25%ブロモフェノールブルー,1mM EDTA)10μLを混合し、混合液を9%のポリアクリルアミドゲル中で電気泳動した。電気泳動用緩衝液には、TBE緩衝液(10mM Tris−HCl,10mMホウ酸,2mM EDTA)を用いた。電気泳動したゲルを0.1%のエチジウムブロミド溶液に浸漬し、エチジウムブロミド溶液から取り出したゲルに365nmのUVを照射して、約80〜120塩基対の長さの2本鎖DNAを含有するゲルを切り出した。切り出したゲルから常法に従い2本鎖DNAを精製し、TE緩衝液(10mM Tris−HCl,1mM EDTA;pH=8.0)100μLに溶解して、2本鎖DNA溶液を調製した。
【0046】
(ビオチンを末端に有する1本鎖DNAライブラリの作製)
上記2本鎖DNA溶液を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。ビオチンを5’末端に有するビオチン化P1プライマーは、ライフテクノロジーズジャパン株式会社に委託して作製した。
【0047】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 1μL
ビオチン化P1プライマー(配列番号1) 2μL
dNTPs(各2mM) 5μL
10×緩衝液 5μL
蒸留水 36.5μL
ポリメラーゼ 0.5μL
計 50μL
dNTPs(各2mM)、10×緩衝液およびポリメラーゼは、Expand Long Template PCR System(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)のものを用いた。
【0048】
<反応条件>
95℃:1分→95℃:2分→(95℃:15秒→72℃:30秒)×45→72℃:10分→4℃
【0049】
次いで、反応液にエタノールを混合して沈殿を生じさせ、沈殿を70%エタノールで洗浄した後、TE緩衝液45μLに溶解して、1本鎖DNA溶液を調製した。
【0050】
(金板表面への1本鎖DNAの固定)
スライドガラス(松浪硝子工業株式会社製)に、377partA(エポキシ樹脂;Epoxy Technology社製)150μLと377partB(硬化剤;Epoxy Technology社製)150μLとの混合液5μLを滴下し、次いで金蒸着ウエハ(株式会社SUMCO製)を接着させた。これをマッフル炉(株式会社デンケン製)に入れ、150℃にて1時間加熱してエポキシ樹脂を固めた後、自然冷却した。スライドガラスからウエハを剥がして、金表面を有するスライドガラスを金板として得た。
【0051】
この金板に、20mMの酢酸緩衝液(pH5.0)にて調製した4mg/mLのDTSSP溶液100μLを丁寧に滴下し、次いで金板を室温にて30分間遮光静置した後、超純水10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子中のジスルフィド結合(S−S)が切れて形成されたチオール基(−SH)が金板表面の金単分子結晶と結合する。この金板に、PBSにて調製した1mg/mLのストレプトアビジン(SIGMA社製)溶液100μLを丁寧に滴下し、次いで金板を室温にて1時間遮光静置した後、PBS10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子末端のスクシンイミド基がストレプトアビジン分子中のアミノ基と結合する。この金板に、フォールディング緩衝液にてOD(260nm)=0.4となるように調製した1本鎖DNA溶液100μLを丁寧に滴下し、次いで金板を室温にて1時間遮光静置した後、Tween20を0.01%含むフォールディング緩衝液10mL、次いでフォールディング緩衝液10mLで洗浄した。このようにして、1本鎖DNAを固定した金板を作製した。
【0052】
実施例3:AFMのカンチレバーによる金板表面の走査(ラウンド1スクリーニング)
以下の走査条件で常法に従い、実施例1で調製したAFMカンチレバーを用いて、実施例2で作製した金板の表面を走査し、AFMカンチレバーと金板表面との間に作用する力(L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力)を測定した。結果を図2(a)に示す。
【0053】
<走査条件>
AFM:コンタクトモード、FCM(Force Curve Mapping)測定モード
分解能:20μm×20μm→512×512画素
走査周波数:1Hz
走査溶液:フォールディング緩衝液にて調製した100mMメチオニン(ナカライテスク株式会社製)溶液
【0054】
実施例4:AFMカンチレバーに捕捉された1本鎖DNAの回収(ラウンド1スクリーニング)
実施例3の走査を終了したカンチレバーを、0.01%Tween20を含むフォールディング緩衝液10mLで洗浄し、次いで1%DMSOを含むTE緩衝液200μLに浸漬し、98℃にて5分間加熱した後、氷上にて5分間冷却した。溶液を回収し、溶液にエタノールを混合して沈殿を生じさせ、沈殿を70%エタノールで洗浄した後、TE緩衝液20μLに溶解して、1本鎖DNA溶出液を得た。
【0055】
実施例5:ラウンド2スクリーニング
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例4で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2〜4と同様にして、1本鎖DNA溶出液を得た。
【0056】
実施例6:ラウンド3スクリーニング
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例5で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2〜4と同様にして、1本鎖DNA溶出液を得た。L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力を測定した結果を図2(b)に示す。
【0057】
実施例7:ラウンド4スクリーニング
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例6で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2〜4と同様にして、1本鎖DNA溶出液を得た。
【0058】
実施例5、6および7において測定した、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の平均値を図2(c)に示す。図2(c)に示すように、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の平均値は、実施例2〜4(ラウンド1)、実施例5(ラウンド2)および実施例6(ラウンド3)とスクリーニングのラウンドが進むにしたがって、それぞれ66.2pN、89.5pNおよび134.8pNと増加したが、実施例7(ラウンド4)ではラウンドが進んだにもかかわらず129.0pNと減少した。最終的に、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の平均値として最も高い値は、実施例6(ラウンド3)において、実施例5(ラウンド2)で得られた1本鎖DNA溶出液を用いた場合の134pNであった。このように、L−ロイシンに対する高い結合力を有する1本鎖DNAがわずか2ラウンドのスクリーニングで得られることがわかった。したがって、本発明の方法は、従来のSELEX法に比べてスクリーニングのラウンド数を大幅に減少させることができる。
【0059】
実施例8:実施例5(ラウンド2スクリーニング)で得られた1本鎖DNAの評価
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例5で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2と同様にして、1本鎖DNAを固定した金板を作製した。
【0060】
(L−ロイシンに対する結合力の評価)
走査溶液としてフォールディング緩衝液にて調製した100mMメチオニン溶液の代わりにフォールディング緩衝液を用いたこと以外は実施例3と同様の走査条件で常法に従い、実施例1で調製したL−ロイシンを固定したAFMカンチレバーを用いて、上記作製した金板の表面を走査し、AFMカンチレバーと金板表面との間に作用する力(L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力)を測定した。結果を図3に示す。L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力は、67.2pNであった。
【0061】
(L−メチオニンに対する結合力の評価)
L−ロイシンの代わりにL−メチオニンを用いたこと以外は実施例1と同様にして、L−メチオニンを固定したAFMカンチレバーを調製した。
【0062】
走査溶液としてフォールディング緩衝液にて調製した100mMメチオニン溶液の代わりにフォールディング緩衝液を用いたこと以外は実施例3と同様の走査条件で常法に従い、上記調製したL−メチオニンを固定したAFMカンチレバーを用いて、上記作製した金板の表面を走査し、AFMカンチレバーと金板表面との間に作用する力(L−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力)を測定した。結果を図3に示す。L−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力は、16.6pNであった。
【0063】
図3に示すように、実施例5で得られた1本鎖DNAを固定した金板を用いた場合、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の方が、L−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力よりも大きかった。このことから、実施例5では、L−ロイシンに対する高い特異的結合力を有する1本鎖DNAが得られたものと考えられる。
【0064】
実施例9:実施例5(ラウンド2スクリーニング)で得られた1本鎖DNAの単離および塩基配列解読
(1本鎖DNAの単離)
鋳型DNA溶液として実施例5で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてPCR反応を行った。
【0065】
次いで、反応液にエタノールを混合して沈殿を生じさせ、沈殿を70%エタノールで洗浄した後、TE緩衝液20μLに溶解して、1本鎖DNA溶液を調製した。
【0066】
次いで、以下の反応液組成でライゲーション反応を16℃にて6時間以上行った。
【0067】
<反応液組成>
pTA2 vector(東洋紡績株式会社製) 1μL
1本鎖DNA溶液 4μL
I液(DNA Ligation Kit Ver.2.1;タカラバイオ株式会社製) 5μL
計 10μL
【0068】
次いで、反応液10μLを大腸菌コンピテントセル(Nova blue;タカラバイオ株式会社製)100μLと混合し、混合液で常法に従い大腸菌を形質転換した。形質転換体は、50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地上でスクリーニングした。
【0069】
次いで、得られた大腸菌の形質転換体から、常法のアルカリSDS法に従い、プラスミドを抽出した。プラスミド抽出液に等量の13%ポリエチレングリコール溶液を混合して沈殿を生じさせ、沈殿をTE緩衝液50μLに溶解して、プラスミド溶液を調製した。
【0070】
次いで、得られたプラスミドがインサートを有しているか否かを確認するために、得られたプラスミド溶液を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。
【0071】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 0.4μL
P1プライマー(配列番号1) 0.4μL
P2プライマー(配列番号2) 0.4μL
dNTPs(各2mM) 1.0μL
10×緩衝液 1.0μL
蒸留水 6.78μL
ポリメラーゼ 0.02μL
計 10μL
dNTPs(各2mM)、10×緩衝液およびポリメラーゼは、Expand Long Template PCR System(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)のものを用いた。
【0072】
<反応条件>
95℃:2分→(95℃:15秒→72℃:30秒)×20→72℃:10分→4℃
【0073】
次いで、実施例2と同様にして、反応液10μLに6×サンプル緩衝液2μLを混合し、混合液を9%のポリアクリルアミドゲル中で電気泳動した。電気泳動したゲルを0.1%のエチジウムブロミド溶液に浸漬し、エチジウムブロミド溶液から取り出したゲルに365nmのUVを照射して、約80〜120塩基対の長さの2本鎖DNAの有無を確認した。このようにして、インサートを有しているプラスミドクローンをスクリーニングした。
【0074】
(1本鎖DNAの塩基配列解読)
インサートを有しているプラスミドクローンについて、プラスミド溶液を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。
【0075】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 1μL
M13 Rvプライマー(タカラバイオ株式会社製) 1μL
DTCS Quick Start Master Mix(BECKMAN社製) 4μL
蒸留水 4μL
計 10μL
【0076】
次いで、得られた反応液についてBECKMAN CEQ8000(BECKMAN社製)を用いて塩基配列解読を行った。解読したクローンLA−1(64mer)およびLB−1(26mer)の塩基配列をそれぞれ配列番号3および4に示す。
【0077】
LA−1は、内部に「GGGGTGGGG」の配列を含んでおり、Gカルテット構造(図1参照)の存在が示唆される。
【0078】
実施例10:実施例9で単離した1本鎖DNAのSPR法による評価
(SPRセンサーチップへのL−ロイシンおよびL−メチオニンの固定)
25mMホウ酸緩衝液(pH8.0)にて調製した10mg/mLのL−ロイシン溶液50μLとDMSOにて調製した15mg/mLのEMCS(N−(6−マレイミドカプロイロキシ)スクシンイミド;株式会社同仁化学研究所製)溶液50μLとを混合し、室温にて遮光下、1.5時間反応させた。この反応液100μLに50mMのホウ酸緩衝液(pH8.0)900μLを混合して、1mg/mLのL−ロイシン−EMCS溶液を調製した。
【0079】
同様にして、1mg/mLのL−メチオニン−EMCS溶液を調製した。
【0080】
次いで、以下の固定手順に従い、SPR測定装置Biacore 3000(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)のセンサーチップにL−ロイシンまたはコントロールとしてL−メチオニンを固定した。この固定においては、図4に示すように、1本鎖DNAがL−ロイシンと十分相互作用できるように、SPRセンサーチップとL−ロイシンとの間にシスタミンおよびEMCSを介在させた。
【0081】
<固定手順>
1.EDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩;GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)とNHS(N−ヒドロキシスクシンイミド;GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)との等量混合液100μLを流速10μL/分でインジェクトした(SPRセンサーチップへのNHSの固定)。
2.500mMシスタミン溶液70μLを流速5μL/分で3回インジェクトした(NHSへのシスタミンの結合)。
3.超純水にて調製した100mMジチオスレイトール(DTT)溶液300μLを流速10μL/分でインジェクトした(シスタミンの還元)。
4.1mg/mLのL−ロイシン−EMCS溶液またはL−メチオニン−EMCS溶液30μLを流速5μL/分で10回インジェクトした(シスタミンへのL−ロイシン−EMCSまたはL−メチオニン−EMCSの結合)。
【0082】
SPRセンサーチップへの固定量は、L−ロイシンでは252RU、およびL−メチオニンでは167RUであった。
【0083】
(実施例9で単離した1本鎖DNAの表面プラズモン共鳴法による評価)
実施例9で単離したLA−1およびLB−1の溶液の濃度をTE緩衝液にて1μMに調整し、この溶液20μLを、L−ロイシンを固定したSPRセンサーチップに流速5μL/分でインジェクトした。同様にして、0.5および0.4μMに調整した溶液をインジェクトした。結果をそれぞれ図5および6に示す。
【0084】
図5(b)に示すように、LA−1については、解離定数KD=1.33×10−7という値が得られた。図6(b)に示すように、LB−1については、KD=1.55×10−6という値が得られた。これらの値は、アミノ酸のような小分子に対するアプタマーとして機能するには、十分であると考えられる。なお、L−メチオニンを固定したSPRセンサーチップを用いた場合には、LA−1またはLB−1とL−メチオニンとの結合を示すSPRシグナルは得られなかった(データを示さず)。このように、2回のスクリーニングによってDNAアプタマーを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供することができる。本発明によれば、核酸アプタマーをバイオセンサーのセンサー素子やドラッグデリバリーシステムのターゲッティング分子として応用できる可能性が広がる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸アプタマーおよび核酸アプタマーのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アプタマーとは、標的物質と特異的に結合する核酸分子やペプチドをいう。これまでに、有機化合物、タンパク質、核酸、細胞、細胞組織、微生物などの標的物質に対する種々のアプタマーが知られている。核酸アプタマーは、抗体のような特異的な分子認識が可能な生体物質として、薬剤などへの応用が期待されている。核酸アプタマーは、試験管内で化学的に、しかも短時間で合成可能であり、免疫原性もほとんどないか全くない点が抗体にはない利点である。
【0003】
目的とする標的物質と特異的に結合する核酸アプタマーを得る方法はSELEX法として知られている。通常、ランダム配列の巨大ライブラリから親和性クロマトグラフィーの原理を用いてスクリーニングを行う。しかし、1回のスクリーニングで得られる核酸の標的物質に対する結合力や特異性は十分でないため、スクリーニングで得られた核酸のライブラリからさらにスクリーニングを繰り返す必要がある。通常、スクリーニングを繰り返す回数は、標的物質にも依存するが、数回から十数回である。このため、十分な結合力と特異性を有する核酸アプタマーを得るためには、多くの労力と時間を要する。
【0004】
ところで、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope;AFM)を用いると、探針と試料との間に作用する力を検出することができる。探針はカンチレバーとも呼ばれ、このカンチレバーを試料に近づけていくと、カンチレバーと試料との間に生じる微弱な力の作用によりカンチレバーがたわみ、このたわみ量を光てこ方式により検出する。光てこ方式とは、半導体レーザーをカンチレバー背面に照射し、反射したレーザー光を上下左右に4分割された光センサーで検出する方法である。このカンチレバーのたわみ量と探針・試料間の距離との関係をプロットしたフォースカーブを解析することにより探針・試料間に作用する力や、試料の硬さに関する情報を得ることができる。また、検出したたわみ量は試料台にフィードバックされ、たわみ量が一定になるように試料台の高さを制御しながら、試料表面に沿って水平方向にカンチレバーを走査することにより、試料表面の形状を知ることができる。AFMは、大気中や液体中、高温や低温などの様々な環境下で、導体、絶縁体などの試料の区別なく使用できる。生体試料などを自然に近い状態で用いることも可能である。これらの特徴から、AFMは新規バイオセンシングのツールとして期待されている(非特許文献1および2)。
【0005】
本発明者らは、核酸アプタマーを得るためのSELEX法において、親和性クロマトグラフィーに代えて、AFMを用いるスクリーニング方法を試みた(非特許文献3)。すなわち、5’末端をビオチン化した1本鎖DNAをアビジンを介してAFMの探針(カンチレバー)に固定し、このカンチレバーを用いて、標的物質としてトロンビンを固定した金板表面を走査した。カンチレバーに固定した1本鎖DNAの中にアプタマーが存在すれば、アプタマーは、大量のトロンビン上の走査の過程で漏れなく確実に、アビジン・ビオチン間の結合力よりも上回るアプタマー・トロンビン間の結合力により、カンチレバーから遊離して金板上に捕捉されると考えられる。そこで、カンチレバーに捕捉された1本鎖DNAを回収し、増幅して、さらにカンチレバーに固定して、同様の操作を繰り返した。この結果、得られる1本鎖DNAのトロンビンとの結合力は、スクリーニング操作を繰り返すごとに上昇すること、すなわちアプタマーがスクリーニングされていることを見出した。
【0006】
しかし、非特許文献3に記載の方法では、AFMカンチレバーに固定できる1本鎖DNAの数が少ないことから、高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを得るためには、従来のSELEX法と同様、数回以上のスクリーニングが必要であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T. Katoら、「In vitro selection of DNA aptamers which bind to cholic acid」、Biochimica et Biophysica Acta、2000年、第1493巻、p. 12-18
【非特許文献2】V. Dupresら、「Probing molecular recognition sites on biosurfaces using AFM」、Biomaterials、2007年、第28巻、p. 2393-2402
【非特許文献3】宮地ら、「原子間力顕微鏡を用いたDNA amtamerの選抜」、日本化学会第88春季年会講演予稿集、社団法人日本化学会、平成20年3月12日、4A4−32
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法において、原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定し、かつ探針で走査する平板の表面に核酸を固定することによって、高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供できることを見出し、本発明を完成した。この方法により、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーが得られる。
【0010】
本発明は、原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法を提供し、該方法は、(a)原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する工程、(b)平板の表面に核酸を非共有結合を介して固定する工程、(c)工程(a)で得られた探針で、工程(b)で得られた平板の表面を走査する工程、(d)工程(c)において、該平板の表面から遊離して該探針に捕捉された核酸を回収する工程、(e)工程(d)で得られた核酸について該標的物質に対する結合力を測定する工程、および(f)工程(e)で測定した結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、工程(b)〜(e)を繰り返す工程を含む。
【0011】
1つの実施態様では、上記核酸アプタマーは、DNAアプタマーである。
【0012】
1つの実施態様では、上記標的物質は、アミノ酸、ペプチドまたはタンパク質である。
【0013】
1つの実施態様では、上記標的物質は、ロイシンである。
【0014】
1つの実施態様では、上記平板は、金板である。
【0015】
1つの実施態様では、上記工程(b)は、(b1)平板の表面にアビジンを固定する工程、(b2)ビオチンを末端に有する核酸を調製する工程、(b3)工程(b1)で得られた平板の表面に工程(b2)で得られた核酸を固定する工程を含む。
【0016】
1つの実施態様では、上記工程(c)は、メチオニンを含有する溶液中で行われる。
【0017】
1つの実施態様では、上記結合力は、表面プラズモン共鳴法により測定した前記標的物質に対する解離定数である。
【0018】
ある実施態様では、上記一定値は、1.55×10−6M以下である。
【0019】
本発明は、上記方法により得られるDNAアプタマーを提供し、該DNAアプタマーは、表面プラズモン共鳴法により測定されるL−ロイシンに対する解離定数が1.55×10−6M以下を示す。
【0020】
本発明は、配列番号3に記載の塩基配列の1位から64位までの塩基配列またはその相補配列、および配列番号4に記載の塩基配列の1位から26位までの塩基配列またはその相補配列からなる群から選択される少なくとも1つの塩基配列を有するDNAアプタマーを提供する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供することができる。本発明によれば、核酸アプタマーをバイオセンサーのセンサー素子やドラッグデリバリーシステムのターゲッティング分子として応用できる可能性が広がる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の方法の概略を示す模式図である。
【図2】L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力を示すヒストグラム(a)および(b)、ならびにその平均値を示すグラフ(c)である。
【図3】L−ロイシンまたはL−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力の平均値を示すグラフである。
【図4】SPRセンサーチップへのL−ロイシンの固定手順を示す模式図である。
【図5】L−ロイシンを固定したSPRセンサーチップにLA−1をインジェクトした場合のSPRシグナルの経時変化を示すセンサーグラム(a)およびLA−1の濃度とSPRシグナルの平衡値との関係を示すグラフ(b)である。
【図6】L−ロイシンを固定したSPRセンサーチップにLB−1をインジェクトした場合のSPRシグナルの経時変化を示すセンサーグラム(a)およびLB−1の濃度とSPRシグナルの平衡値との関係を示すグラフ(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明で用いる原子間力顕微鏡(AFM)とは、走査型プローブ顕微鏡の一種で、探針と試料との原子間に作用する力を検出して画像を得る顕微鏡をいう。例えば、セイコーインスツル株式会社製、オリンパス株式会社製、株式会社島津製作所製の原子間力顕微鏡が挙げられる。
【0024】
本発明でいう核酸アプタマーとは、標的物質と特異的に結合する核酸分子をいう。核酸アプタマーの標的物質との結合力は、後述するように一定値を示す必要がある。核酸アプタマーとしては、例えば、DNAアプタマー、RNAアプタマーが挙げられるが、安定性の観点からDNAアプタマーが好ましい。核酸の塩基配列の長さは特に制限されないが、好ましくは20〜100塩基である。図1に示すように、2次構造として、ヘアピン型、バルジ型、G−カルテット型などをとるものが知られているが、2次構造は特に制限されない。
【0025】
原子間力顕微鏡(AFM)の探針(以下、カンチレバーということがある)の材質は特に制限されない。金または金コーティングされた材料が好ましい。金の単分子結晶は、チオール基やジスルフィド基を持つ分子と特異的に結合して、単分子膜を形成する(自己組織化膜形成)。
【0026】
原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する方法は、平板の表面に核酸を固定する方法(以下で詳述)で作用する力よりも強い力で固定できる方法であればよい。例えば、共有結合を介して固定する方法が挙げられる。共有結合を介して固定する方法としては、例えば、架橋剤を用いる方法が挙げられる。架橋剤としては、例えば、DTSSP(3,3’−ジチオビス[スルホスクシンイミジルプロピオネート])、SPDP(N−スクシンイミジル 3−[2−ピリジルジチオ]プロピオネート)、EMCS(N−(6−マレイミドカプロイロキシ)スクシンイミド)が挙げられる。
【0027】
本発明で用いる標的物質は特に制限されない。無機物と有機物とを問わない。有機物としては、例えば、有機化合物、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、核酸、脂質、糖が挙げられる。細胞、細胞組織、微生物などであってもよい。
【0028】
本発明で用いる平板は、核酸を固定できればよく、材質も特に制限されない。好ましくは平板であり、金または金コーティングされた材料が好ましい。
【0029】
平板の表面に核酸を固定する方法は、上記の原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する方法で作用する力よりも弱い力で固定できる方法であればよく、好ましくは非共有結合を介して固定する方法である。非共有結合を介して固定する方法としては、例えば、イオン結合を介して固定する方法、分子間力を介して固定する方法が挙げられる。好ましくは、分子間力を介して固定する方法である。分子間力を介して固定する方法としては、例えば、抗体・抗原間の結合力を介して固定する方法、リガンド・受容体間の結合力を介して固定する方法、アビジン・ビオチン間の結合力を介して固定する方法が挙げられる。
【0030】
アビジン・ビオチン間の結合力を介して固定する方法は、好ましくは、平板の表面にアビジンを固定する工程、ビオチンを末端に有する核酸を調製する工程、アビジンを固定した平板の表面にビオチンを末端に有する核酸を固定する工程を含む。
【0031】
アビジンとしては、例えば、卵白由来のアビジン、ストレプトマイセス属細菌由来のストレプトアビジンが挙げられる。
【0032】
平板の表面にアビジンを固定する方法としては、例えば、架橋剤を用いる方法が挙げられる。架橋剤としては、例えば、DTSSP、SPDP、EMCSが挙げられる。
【0033】
ビオチンを末端に有する核酸を調製する方法は特に制限されない。例えば、核酸を化学合成し、5’末端または3’末端にビオチンを共有結合させる方法が挙げられる。あるいは予めビオチンを5’末端に有するプライマーを調製し、このプライマーを用いてPCR法などにより核酸を合成する方法が挙げられる。
【0034】
アビジンを固定した平板の表面にビオチンを末端に有する核酸を固定する方法は特に制限されない。例えば、ビオチンを末端に有する核酸の溶液にアビジンを固定した平板を浸漬する方法が挙げられる。ビオチンを末端に有する核酸の溶液中の核酸の濃度としては、1μMが好ましい。
【0035】
標的物質を固定した探針で、核酸を固定した平板の表面を走査する方法は特に制限されない。例えば、大気中で走査する方法、液体中で走査する方法が挙げられる。生理学的条件を考慮すると、液体中で走査する方法が好ましい。スクリーニングの効率を上げる観点から、標的物質と類似する構造を有する物質を含有する溶液中で走査する方法がより好ましい。例えば、標的物質がロイシンの場合には、ロイシンと類似する構造を有するメチオニンを溶液中に含有させることがより好ましい。また、例えば、標的物質がバリンの場合には、バリンと類似する構造を有するアラニンとイソロイシンとを溶液中に含有させることがより好ましい。
【0036】
核酸を固定した平板の表面から遊離して標的物質を固定した探針に捕捉された核酸を回収する方法は特に制限されない。例えば、PCR法が挙げられる。
【0037】
得られた核酸について、標的物質に対する結合力を測定する方法は特に制限されない。例えば、AFM法により測定する方法、解離定数を表面プラズモン共鳴(SPR)法により測定する方法が挙げられる。結合力の解析に加えて速度論的解析もできる点でSPR法が好ましい。
【0038】
本発明では、結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、上記工程を繰り返す。一定値としては、結合力がSPR法により解離定数として測定される場合、好ましくは2×10−6M以下、より好ましくは1.55×10−6M以下である。
【0039】
上記方法によりDNAアプタマーを得ることができる。このようにして得られた本発明のDNAアプタマーは、例えば、配列番号3または4に記載の塩基配列またはその相補配列を有する。本発明のDNAアプタマーは、SPR法により測定されるL−ロイシンに対する解離定数が1.55×10−6M以下を示す。
【実施例】
【0040】
以下に、実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。なお、以下の実施例において、%は%(w/v)を表す。
【0041】
実施例1:AFMカンチレバーへのL−ロイシンの固定
AFM(セイコーインスツル株式会社製)のカンチレバー(Bio−lever;金コーティング;ばね定数:0.03N/m;共振周波数:37kHz;レバーの長さ:60μm;レバーの高さ:7μm)をオゾン発生装置(和研薬株式会社製)内に1時間静置して、カンチレバー表面上の有機物を除去した。このカンチレバーを、4mg/mLのDTSSP(3,3’−ジチオビス[スルホスクシンイミジルプロピオネート];PIERCE社製)溶液100μLに浸漬し、室温にて30分間遮光静置した後、超純水10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子中のジスルフィド結合(S−S)が切れて形成されたチオール基(−SH)がカンチレバー表面の金単分子結晶と結合する。次いで、リン酸緩衝液(PBS;100mMリン酸,150mMNaCl;pH7.5)にて調製した20mg/mLのL−ロイシン(ナカライテスク株式会社製)溶液100μLに浸漬し、室温にて1時間遮光静置した後、フォールディング緩衝液(50mM Tris−HCl,300mM NaCl,30mM KCl,5mM MgCl2)10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子末端のスクシンイミド基がL−ロイシン分子中のアミノ基と結合する。このようにして、L−ロイシンを固定したAFMカンチレバーを調製した。
【0042】
実施例2:金板表面への1本鎖DNAの固定(ラウンド1スクリーニング)
(2本鎖DNAライブラリの作製)
60塩基のランダム配列を有する1本鎖DNAの混合液(N60溶液)を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。
【0043】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 1μL
P1プライマー(配列番号1) 2μL
P2プライマー(配列番号2) 2μL
dNTPs(各2mM) 5μL
10×緩衝液 5μL
蒸留水 3.5μL
ポリメラーゼ 0.5μL
計 50μL
dNTPs(各2mM)、10×緩衝液およびポリメラーゼは、Expand Long Template PCR System(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)のものを用いた。
【0044】
<反応条件>
95℃:1分→95℃:2分→(95℃:15秒→72℃:30秒)×20→72℃:10分→4℃
【0045】
次いで、反応液50μLに6×サンプル緩衝液(30%グリセロール,0.25%ブロモフェノールブルー,1mM EDTA)10μLを混合し、混合液を9%のポリアクリルアミドゲル中で電気泳動した。電気泳動用緩衝液には、TBE緩衝液(10mM Tris−HCl,10mMホウ酸,2mM EDTA)を用いた。電気泳動したゲルを0.1%のエチジウムブロミド溶液に浸漬し、エチジウムブロミド溶液から取り出したゲルに365nmのUVを照射して、約80〜120塩基対の長さの2本鎖DNAを含有するゲルを切り出した。切り出したゲルから常法に従い2本鎖DNAを精製し、TE緩衝液(10mM Tris−HCl,1mM EDTA;pH=8.0)100μLに溶解して、2本鎖DNA溶液を調製した。
【0046】
(ビオチンを末端に有する1本鎖DNAライブラリの作製)
上記2本鎖DNA溶液を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。ビオチンを5’末端に有するビオチン化P1プライマーは、ライフテクノロジーズジャパン株式会社に委託して作製した。
【0047】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 1μL
ビオチン化P1プライマー(配列番号1) 2μL
dNTPs(各2mM) 5μL
10×緩衝液 5μL
蒸留水 36.5μL
ポリメラーゼ 0.5μL
計 50μL
dNTPs(各2mM)、10×緩衝液およびポリメラーゼは、Expand Long Template PCR System(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)のものを用いた。
【0048】
<反応条件>
95℃:1分→95℃:2分→(95℃:15秒→72℃:30秒)×45→72℃:10分→4℃
【0049】
次いで、反応液にエタノールを混合して沈殿を生じさせ、沈殿を70%エタノールで洗浄した後、TE緩衝液45μLに溶解して、1本鎖DNA溶液を調製した。
【0050】
(金板表面への1本鎖DNAの固定)
スライドガラス(松浪硝子工業株式会社製)に、377partA(エポキシ樹脂;Epoxy Technology社製)150μLと377partB(硬化剤;Epoxy Technology社製)150μLとの混合液5μLを滴下し、次いで金蒸着ウエハ(株式会社SUMCO製)を接着させた。これをマッフル炉(株式会社デンケン製)に入れ、150℃にて1時間加熱してエポキシ樹脂を固めた後、自然冷却した。スライドガラスからウエハを剥がして、金表面を有するスライドガラスを金板として得た。
【0051】
この金板に、20mMの酢酸緩衝液(pH5.0)にて調製した4mg/mLのDTSSP溶液100μLを丁寧に滴下し、次いで金板を室温にて30分間遮光静置した後、超純水10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子中のジスルフィド結合(S−S)が切れて形成されたチオール基(−SH)が金板表面の金単分子結晶と結合する。この金板に、PBSにて調製した1mg/mLのストレプトアビジン(SIGMA社製)溶液100μLを丁寧に滴下し、次いで金板を室温にて1時間遮光静置した後、PBS10mLで洗浄した。この過程で、DTSSP分子末端のスクシンイミド基がストレプトアビジン分子中のアミノ基と結合する。この金板に、フォールディング緩衝液にてOD(260nm)=0.4となるように調製した1本鎖DNA溶液100μLを丁寧に滴下し、次いで金板を室温にて1時間遮光静置した後、Tween20を0.01%含むフォールディング緩衝液10mL、次いでフォールディング緩衝液10mLで洗浄した。このようにして、1本鎖DNAを固定した金板を作製した。
【0052】
実施例3:AFMのカンチレバーによる金板表面の走査(ラウンド1スクリーニング)
以下の走査条件で常法に従い、実施例1で調製したAFMカンチレバーを用いて、実施例2で作製した金板の表面を走査し、AFMカンチレバーと金板表面との間に作用する力(L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力)を測定した。結果を図2(a)に示す。
【0053】
<走査条件>
AFM:コンタクトモード、FCM(Force Curve Mapping)測定モード
分解能:20μm×20μm→512×512画素
走査周波数:1Hz
走査溶液:フォールディング緩衝液にて調製した100mMメチオニン(ナカライテスク株式会社製)溶液
【0054】
実施例4:AFMカンチレバーに捕捉された1本鎖DNAの回収(ラウンド1スクリーニング)
実施例3の走査を終了したカンチレバーを、0.01%Tween20を含むフォールディング緩衝液10mLで洗浄し、次いで1%DMSOを含むTE緩衝液200μLに浸漬し、98℃にて5分間加熱した後、氷上にて5分間冷却した。溶液を回収し、溶液にエタノールを混合して沈殿を生じさせ、沈殿を70%エタノールで洗浄した後、TE緩衝液20μLに溶解して、1本鎖DNA溶出液を得た。
【0055】
実施例5:ラウンド2スクリーニング
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例4で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2〜4と同様にして、1本鎖DNA溶出液を得た。
【0056】
実施例6:ラウンド3スクリーニング
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例5で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2〜4と同様にして、1本鎖DNA溶出液を得た。L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力を測定した結果を図2(b)に示す。
【0057】
実施例7:ラウンド4スクリーニング
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例6で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2〜4と同様にして、1本鎖DNA溶出液を得た。
【0058】
実施例5、6および7において測定した、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の平均値を図2(c)に示す。図2(c)に示すように、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の平均値は、実施例2〜4(ラウンド1)、実施例5(ラウンド2)および実施例6(ラウンド3)とスクリーニングのラウンドが進むにしたがって、それぞれ66.2pN、89.5pNおよび134.8pNと増加したが、実施例7(ラウンド4)ではラウンドが進んだにもかかわらず129.0pNと減少した。最終的に、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の平均値として最も高い値は、実施例6(ラウンド3)において、実施例5(ラウンド2)で得られた1本鎖DNA溶出液を用いた場合の134pNであった。このように、L−ロイシンに対する高い結合力を有する1本鎖DNAがわずか2ラウンドのスクリーニングで得られることがわかった。したがって、本発明の方法は、従来のSELEX法に比べてスクリーニングのラウンド数を大幅に減少させることができる。
【0059】
実施例8:実施例5(ラウンド2スクリーニング)で得られた1本鎖DNAの評価
実施例2において、鋳型DNA溶液としてN60溶液の代わりに実施例5で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は、実施例2と同様にして、1本鎖DNAを固定した金板を作製した。
【0060】
(L−ロイシンに対する結合力の評価)
走査溶液としてフォールディング緩衝液にて調製した100mMメチオニン溶液の代わりにフォールディング緩衝液を用いたこと以外は実施例3と同様の走査条件で常法に従い、実施例1で調製したL−ロイシンを固定したAFMカンチレバーを用いて、上記作製した金板の表面を走査し、AFMカンチレバーと金板表面との間に作用する力(L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力)を測定した。結果を図3に示す。L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力は、67.2pNであった。
【0061】
(L−メチオニンに対する結合力の評価)
L−ロイシンの代わりにL−メチオニンを用いたこと以外は実施例1と同様にして、L−メチオニンを固定したAFMカンチレバーを調製した。
【0062】
走査溶液としてフォールディング緩衝液にて調製した100mMメチオニン溶液の代わりにフォールディング緩衝液を用いたこと以外は実施例3と同様の走査条件で常法に従い、上記調製したL−メチオニンを固定したAFMカンチレバーを用いて、上記作製した金板の表面を走査し、AFMカンチレバーと金板表面との間に作用する力(L−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力)を測定した。結果を図3に示す。L−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力は、16.6pNであった。
【0063】
図3に示すように、実施例5で得られた1本鎖DNAを固定した金板を用いた場合、L−ロイシンと1本鎖DNAとの結合力の方が、L−メチオニンと1本鎖DNAとの結合力よりも大きかった。このことから、実施例5では、L−ロイシンに対する高い特異的結合力を有する1本鎖DNAが得られたものと考えられる。
【0064】
実施例9:実施例5(ラウンド2スクリーニング)で得られた1本鎖DNAの単離および塩基配列解読
(1本鎖DNAの単離)
鋳型DNA溶液として実施例5で得られた1本鎖DNA溶出液を用いたこと以外は実施例1と同様にしてPCR反応を行った。
【0065】
次いで、反応液にエタノールを混合して沈殿を生じさせ、沈殿を70%エタノールで洗浄した後、TE緩衝液20μLに溶解して、1本鎖DNA溶液を調製した。
【0066】
次いで、以下の反応液組成でライゲーション反応を16℃にて6時間以上行った。
【0067】
<反応液組成>
pTA2 vector(東洋紡績株式会社製) 1μL
1本鎖DNA溶液 4μL
I液(DNA Ligation Kit Ver.2.1;タカラバイオ株式会社製) 5μL
計 10μL
【0068】
次いで、反応液10μLを大腸菌コンピテントセル(Nova blue;タカラバイオ株式会社製)100μLと混合し、混合液で常法に従い大腸菌を形質転換した。形質転換体は、50μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地上でスクリーニングした。
【0069】
次いで、得られた大腸菌の形質転換体から、常法のアルカリSDS法に従い、プラスミドを抽出した。プラスミド抽出液に等量の13%ポリエチレングリコール溶液を混合して沈殿を生じさせ、沈殿をTE緩衝液50μLに溶解して、プラスミド溶液を調製した。
【0070】
次いで、得られたプラスミドがインサートを有しているか否かを確認するために、得られたプラスミド溶液を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。
【0071】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 0.4μL
P1プライマー(配列番号1) 0.4μL
P2プライマー(配列番号2) 0.4μL
dNTPs(各2mM) 1.0μL
10×緩衝液 1.0μL
蒸留水 6.78μL
ポリメラーゼ 0.02μL
計 10μL
dNTPs(各2mM)、10×緩衝液およびポリメラーゼは、Expand Long Template PCR System(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社製)のものを用いた。
【0072】
<反応条件>
95℃:2分→(95℃:15秒→72℃:30秒)×20→72℃:10分→4℃
【0073】
次いで、実施例2と同様にして、反応液10μLに6×サンプル緩衝液2μLを混合し、混合液を9%のポリアクリルアミドゲル中で電気泳動した。電気泳動したゲルを0.1%のエチジウムブロミド溶液に浸漬し、エチジウムブロミド溶液から取り出したゲルに365nmのUVを照射して、約80〜120塩基対の長さの2本鎖DNAの有無を確認した。このようにして、インサートを有しているプラスミドクローンをスクリーニングした。
【0074】
(1本鎖DNAの塩基配列解読)
インサートを有しているプラスミドクローンについて、プラスミド溶液を鋳型DNA溶液として用いて、以下の反応液組成および反応条件でPCR反応を行った。
【0075】
<反応液組成>
鋳型DNA溶液 1μL
M13 Rvプライマー(タカラバイオ株式会社製) 1μL
DTCS Quick Start Master Mix(BECKMAN社製) 4μL
蒸留水 4μL
計 10μL
【0076】
次いで、得られた反応液についてBECKMAN CEQ8000(BECKMAN社製)を用いて塩基配列解読を行った。解読したクローンLA−1(64mer)およびLB−1(26mer)の塩基配列をそれぞれ配列番号3および4に示す。
【0077】
LA−1は、内部に「GGGGTGGGG」の配列を含んでおり、Gカルテット構造(図1参照)の存在が示唆される。
【0078】
実施例10:実施例9で単離した1本鎖DNAのSPR法による評価
(SPRセンサーチップへのL−ロイシンおよびL−メチオニンの固定)
25mMホウ酸緩衝液(pH8.0)にて調製した10mg/mLのL−ロイシン溶液50μLとDMSOにて調製した15mg/mLのEMCS(N−(6−マレイミドカプロイロキシ)スクシンイミド;株式会社同仁化学研究所製)溶液50μLとを混合し、室温にて遮光下、1.5時間反応させた。この反応液100μLに50mMのホウ酸緩衝液(pH8.0)900μLを混合して、1mg/mLのL−ロイシン−EMCS溶液を調製した。
【0079】
同様にして、1mg/mLのL−メチオニン−EMCS溶液を調製した。
【0080】
次いで、以下の固定手順に従い、SPR測定装置Biacore 3000(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)のセンサーチップにL−ロイシンまたはコントロールとしてL−メチオニンを固定した。この固定においては、図4に示すように、1本鎖DNAがL−ロイシンと十分相互作用できるように、SPRセンサーチップとL−ロイシンとの間にシスタミンおよびEMCSを介在させた。
【0081】
<固定手順>
1.EDC(1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩;GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)とNHS(N−ヒドロキシスクシンイミド;GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社製)との等量混合液100μLを流速10μL/分でインジェクトした(SPRセンサーチップへのNHSの固定)。
2.500mMシスタミン溶液70μLを流速5μL/分で3回インジェクトした(NHSへのシスタミンの結合)。
3.超純水にて調製した100mMジチオスレイトール(DTT)溶液300μLを流速10μL/分でインジェクトした(シスタミンの還元)。
4.1mg/mLのL−ロイシン−EMCS溶液またはL−メチオニン−EMCS溶液30μLを流速5μL/分で10回インジェクトした(シスタミンへのL−ロイシン−EMCSまたはL−メチオニン−EMCSの結合)。
【0082】
SPRセンサーチップへの固定量は、L−ロイシンでは252RU、およびL−メチオニンでは167RUであった。
【0083】
(実施例9で単離した1本鎖DNAの表面プラズモン共鳴法による評価)
実施例9で単離したLA−1およびLB−1の溶液の濃度をTE緩衝液にて1μMに調整し、この溶液20μLを、L−ロイシンを固定したSPRセンサーチップに流速5μL/分でインジェクトした。同様にして、0.5および0.4μMに調整した溶液をインジェクトした。結果をそれぞれ図5および6に示す。
【0084】
図5(b)に示すように、LA−1については、解離定数KD=1.33×10−7という値が得られた。図6(b)に示すように、LB−1については、KD=1.55×10−6という値が得られた。これらの値は、アミノ酸のような小分子に対するアプタマーとして機能するには、十分であると考えられる。なお、L−メチオニンを固定したSPRセンサーチップを用いた場合には、LA−1またはLB−1とL−メチオニンとの結合を示すSPRシグナルは得られなかった(データを示さず)。このように、2回のスクリーニングによってDNAアプタマーを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、アミノ酸などの低分子に対する高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを提供し、そして高い特異的結合力を有する核酸アプタマーを効率よくスクリーニングする方法を提供することができる。本発明によれば、核酸アプタマーをバイオセンサーのセンサー素子やドラッグデリバリーシステムのターゲッティング分子として応用できる可能性が広がる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法であって、
(a)原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する工程、
(b)平板の表面に核酸を非共有結合を介して固定する工程、
(c)工程(a)で得られた探針で、工程(b)で得られた平板の表面を走査する工程、
(d)工程(c)において、該平板の表面から遊離して該探針に捕捉された核酸を回収する工程、
(e)工程(d)で得られた核酸について該標的物質に対する結合力を測定する工程、および
(f)工程(e)で測定した結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、工程(b)〜(e)を繰り返す工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記核酸アプタマーが、DNAアプタマーである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記標的物質が、アミノ酸、ペプチドまたはタンパク質である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記標的物質が、ロイシンである、請求項1から3のいずれかの項に記載の方法。
【請求項5】
前記平板が、金板である、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(b)が、
(b1)平板の表面にアビジンを固定する工程、
(b2)ビオチンを末端に有する核酸を調製する工程、
(b3)工程(b1)で得られた平板の表面に工程(b2)で得られた核酸を固定する工程
を含む、請求項1から5のいずれかの項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(c)が、メチオニンを含有する溶液中で行われる、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記結合力が、表面プラズモン共鳴法により測定した前記標的物質に対する解離定数である、請求項1から7のいずれかの項に記載の方法。
【請求項9】
前記一定値が、1.55×10−6M以下である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項8または9に記載の方法により得られるDNAアプタマーであって、表面プラズモン共鳴法により測定されるL−ロイシンに対する解離定数が1.55×10−6M以下を示すDNAアプタマー。
【請求項11】
配列番号3に記載の塩基配列の1位から64位までの塩基配列またはその相補配列、および配列番号4に記載の塩基配列の1位から26位までの塩基配列またはその相補配列からなる群から選択される少なくとも1つの塩基配列を有するDNAアプタマー。
【請求項1】
原子間力顕微鏡を用いて核酸アプタマーをスクリーニングする方法であって、
(a)原子間力顕微鏡の探針に標的物質を固定する工程、
(b)平板の表面に核酸を非共有結合を介して固定する工程、
(c)工程(a)で得られた探針で、工程(b)で得られた平板の表面を走査する工程、
(d)工程(c)において、該平板の表面から遊離して該探針に捕捉された核酸を回収する工程、
(e)工程(d)で得られた核酸について該標的物質に対する結合力を測定する工程、および
(f)工程(e)で測定した結合力が一定値を示す核酸アプタマーが出現するまで、工程(b)〜(e)を繰り返す工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記核酸アプタマーが、DNAアプタマーである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記標的物質が、アミノ酸、ペプチドまたはタンパク質である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記標的物質が、ロイシンである、請求項1から3のいずれかの項に記載の方法。
【請求項5】
前記平板が、金板である、請求項1から4のいずれかの項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(b)が、
(b1)平板の表面にアビジンを固定する工程、
(b2)ビオチンを末端に有する核酸を調製する工程、
(b3)工程(b1)で得られた平板の表面に工程(b2)で得られた核酸を固定する工程
を含む、請求項1から5のいずれかの項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(c)が、メチオニンを含有する溶液中で行われる、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記結合力が、表面プラズモン共鳴法により測定した前記標的物質に対する解離定数である、請求項1から7のいずれかの項に記載の方法。
【請求項9】
前記一定値が、1.55×10−6M以下である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項8または9に記載の方法により得られるDNAアプタマーであって、表面プラズモン共鳴法により測定されるL−ロイシンに対する解離定数が1.55×10−6M以下を示すDNAアプタマー。
【請求項11】
配列番号3に記載の塩基配列の1位から64位までの塩基配列またはその相補配列、および配列番号4に記載の塩基配列の1位から26位までの塩基配列またはその相補配列からなる群から選択される少なくとも1つの塩基配列を有するDNAアプタマー。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【公開番号】特開2011−55770(P2011−55770A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−209938(P2009−209938)
【出願日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年3月13日 社団法人 日本化学会発行 「日本化学会第89春季年会(2009) 講演予稿集」に発表、平成21年3月29日 社団法人 日本化学会主催の「日本化学会第89春季年会(2009)」において文書をもって発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 産業技術研究助成事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年3月13日 社団法人 日本化学会発行 「日本化学会第89春季年会(2009) 講演予稿集」に発表、平成21年3月29日 社団法人 日本化学会主催の「日本化学会第89春季年会(2009)」において文書をもって発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 産業技術研究助成事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】
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