説明

植物の茎葉部分および子実へのカドミウム蓄積抑制農業資材、および抑制方法

【課題】チオール基を持つ低分子化合物を肥料や土壌改良剤に添加して調製する農業資材を用いることにより、土壌への投入量が少なく、より土壌環境に与える影響が少ない方法で、農作物へのカドミウムの蓄積を抑制する方法を提供する。
【解決手段】植物の根にグルタチオンをはじめとするチオール基を有する低分子化合物を与え、根圏の状況及び根の生理的な状態を変化させることにより、植物が吸収したカドミウムが植物体の茎葉部分および子実に蓄積することを抑制する。これによって、今後設定されることが予想される農作物中のカドミウム含量の基準値を超えない安全な農作物を市場に提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の根に与えることで、有害物質であるカドミウムが植物の茎葉部分および子実に蓄積することを抑制するチオール基を有する低分子化合物単独、または肥料や土壌改良剤などに添加した農業資材、および当該資材の使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物中に含まれることが望ましくない有害物質の一つにカドミウムがある。カドミウムは人体にとって有害な物質であり、イタイイタイ病の原因物質としても知られている。また、カドミウムは食物を通じて一度、人体に摂取されるとその排泄速度が遅いため、長く体内に留まり、腎機能への影響をはじめとして様々な形でわれわれの健康を害する。
【0003】
このようなカドミウムに対して、近年、食品中のカドミウム含量の基準値を定める国際的な動きがある。食品の国際規格を設定する国際機関のコーデックス委員会では様々な農作物中のカドミウム含量に規制値を設けることが最終局面に入りつつある。ここでは現在の日本国内の法律では規制されていない様々な農作物への規制値の設定が検討されている。このように農作物中のカドミウム含量の基準値が国際的に設定された場合には、それに準じて日本国内においても様々な農作物に基準値が定められる可能性がある。そのため、カドミウム含量の低い安全な農作物を生産するための対策を講じることは急務となっている。
【0004】
これまでに、農作物中のカドミウム含量を低減する方法としては、アルカリ資材を用いて水田中でのイネのカドミウムの吸収を抑制する技術(特許文献1)が開示されている。
【0005】
この方法では、水田に炭酸カルシウムをはじめとする石灰系資材を投入することにより、土壌のpHを高めてアルカリ性にすることで土壌中に存在するカドミウムを不溶化することによって、イネにおけるカドミウムの吸収を抑制している。さらにこの方法では硫酸カルシウムをはじめとする石膏系の資材を併用することにより、イネの生育を促進させている。しかし、この方法では長期にわたって石灰系資材を土壌に投入し続けることで、アルカリ障害が生じて収量が落ちることや、無機質の資材を多用することが土壌中への塩類の蓄積にも繋がり、将来的には環境問題になるおそれもある。
【0006】
また、土壌中に存在するカドミウムを不溶化する方法としてはやアルギン酸またはその塩を含む化学肥料を施用する方法(特許文献2)も開示されている。
【0007】
アルギン酸やその塩を含む物質を用いて、土壌中のカドミウムを不溶化するこの方法では、アルカリ資材を継続的に土壌中に投入する方法と比較した場合、塩類物質の土壌中への蓄積などの問題は軽減される。しかし、土壌中に投入されたアルギン酸がカドミウム以外の2価の陽イオンとも結合して、それらが不溶化して、植物生育に影響を及ぼす可能性がある。また、この方法では水田においてのみその効果が確認されているカドミウムの不溶化技術であり、畑作物については応用が可能であるとしているが、その効果は詳細には検討されていない。
【特許文献1】特開2006-43
【特許文献2】特開2005-231950
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上に述べた従来の発明では、アルカリ資材を投入した場合には、これらの資材が土壌中に高濃度に蓄積することによって土壌のpHが高くなり、農作物を栽培する土壌環境が大きく変化してしまう恐れがあった。また、アルギン酸類を投入した場合には他の陽イオンの吸収に影響が及ぶ恐れがあった。
【0009】
本発明の目的は、チオール基を持つ低分子化合物を単独で、あるいは肥料や土壌改良剤に添加して用いることにより、土壌環境に与える影響が少ない方法で、農作物へのカドミウムの蓄積を抑制する方法を提供することである。グルタチオンは単純な構造を有する有機化合物であるため、多少過剰に土壌中に投入された場合でも、その影響が長期間にわたって残ることは考えにくい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の課題解決手段は植物の根にグルタチオンなどのチオール基を有する低分子化合物を栽培時に使用する肥料や土壌改良剤などに添加することにより与えることで、根圏の状況や根の生理的な状態を変化させることである。このことにより、植物が根より吸収したカドミウムが植物体の茎葉部分および子実に蓄積することを抑制するものである。
【発明の効果】
【0011】
現在、国際機関のコーデックス委員会において様々な農作物中のカドミウム含量の基準値が検討されている。このような国際基準値が設定された場合には、これに準じた形で国内基準値が決定されることが予想される。そのために本発明を応用し、農作物中の茎葉部分及び子実のカドミウム含量を抑制することが可能になれば、新たに設定される基準を満たすことができ、安全な農作物を市場に提供することができる。加えて、本発明で使用するチオール基を有する低分子化合物は有機物であることから、アルカリ資材のように土壌中に蓄積して、土壌環境に悪影響を及ぼす可能性は低い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明を実施するための最良の形態はグルタチオンをはじめとするチオール基を含有する化合物を単独であるいは、一般の化学肥料及び土壌改良剤と混合することにより、農耕地に投入し、根圏および植物の根にそれらを供給することである。投与されたチオール基を持つ物質の影響により、植物体の茎葉部分および子実に蓄積するカドミウムの含量を抑制することが可能になる。実施例においては実験室で確認された本発明の効果について説明する。
【実施例】
【0013】
[実施例1]
アブラナ(品種:農林16号)を、表1にその組成を示す一般的に植物の水耕栽培を行う時に使用する改変ホグランド液を用いて、生育環境が完全に制御できる人工気象器内で水耕栽培した。装置内は16時間の昼間時を模擬して明条件時には、室温24℃、光条件約270μmol・m-2・s-1(5方向から蛍光灯により照射)に、8時間の夜間時を模擬して暗条件時には、室温16℃、光条件0μmol・m-2・s-1に環境設定した。アブラナは畑で栽培される農作物であることから、水耕栽培中はエアーポンプを用いて、水耕液中に空気を供給した。また、今回の水耕栽培では1.5Lの容器を用いて、各容器に4株の植物を栽培した。栽培時に水耕液の交換は週2度行った。カドミウム処理実験には播種後、約4週間上記の方法で水耕栽培した植物を用いた。
【0014】
【表1】

【0015】
上記のような方法で栽培した植物に水耕液中にカドミウムを塩化カドミウムの形で添加することにより植物体のカドミウム処理を行った。今回の実験ではカドミウム処理濃度は10μMとし、処理期間は2日間とした。カドミウムの長距離輸送を行う維管束組織におけるカドミウム濃度が処理開始2日後にはほぼ平衡に達したことから今回の実験ではカドミウムの処理期間を2日とした(非特許文献1、2)。チオール基を持つ低分子化合物がカドミウムの移行・蓄積に与える影響を調べる処理区ではグルタチオン、システイン、ジチオトレイトールをそれぞれ1mMの濃度で水耕液中に添加して、カドミウム処理実験を行った。
【非特許文献1】Nakamura et al., (2008) Soil Sci. Plant Nutr. 54: 118-127
【非特許文献2】Nakamura et al., (2005) In Sulfur Transport and Assimilation in Plants in the Post Genomic Era, edited by K. Saito, DeKok-I. Stulen, M.J. Hawkesford, E. Schnug, A. Sirko, H. Rennenberg, Backhuys Publishers, Leiden, p229-232
【0016】
カドミウム処理を行った植物は収穫後、植物体を地上部(shoot)、すなわち茎葉部分及び子実を表す、と地下部(root)、すなわち根を表す、に分けてそれぞれのカドミウム含量の測定をした。地下部のサンプルは根に非特異的に付着した水耕液の成分を洗い流すために、水道水、0.1M硝酸、蒸留水の順に根を浸して洗浄した。洗浄後の地下部のサンプルおよび地上部のサンプルは乾熱器(105℃)で2日間十分な乾燥を行い、水分を蒸発させた。乾燥後のそれぞれのサンプルの重量を測定後、乳棒、乳鉢を用いて、各サンプルの粉砕をした。その後、マイクロウェーブ分解装置(ETHOS-1600、マイルストーンゼネラル社)を使用して、各サンプル中に含まれる有機物を分解した。この分解の操作は粉砕した各サンプルのそれぞれ約0.3g(総重量が0.3g以下の場合は全量)に硝酸5ml、過酸化水素水1mlを添加することによって行った。回収した分解液を10mlにメスフラスコを用いて定容した。
【0017】
回収した液のカドミウム濃度はICP発光分析装置(IRIS Advantage ICAP)により測定した。各処理区における植物体の地上部・地下部のカドミウム濃度を表2に示す。
【0018】
【表2】

【0019】
本発明である、水耕液中にチオール基を有する化合物を添加した処理区では地上部に蓄積するカドミウムの濃度が対照区に比べて、表2に示すように約13-33%に減少している。この結果より、チオール基を持つ低分子化合物はカドミウムの地上部への移行の抑制効果を持つことが確認できた。グルタチオンやシステインなどで処理をした場合、根に蓄積するカドミウムの濃度はこの処理の影響を殆ど受けていない。この結果より、グルタチオンやシステインなどの物質は植物体内でカドミウムの地上部への移行を抑制する機能を持っていることがわかる。また、この時、同時に測定した植物の地上部に含まれるカドミウムと同様の2価の重金属元素である、マンガン、亜鉛、鉄など蓄積濃度は処理の影響を受けていなかった。その結果よりこのグルタチオンやシステインによるカドミウムの地上部へ移行の抑制はカドミウムに対して選択的に効果があることがわかる。各処理区における植物体の地下部におけるカドミウム蓄積濃度を比較するとジチオトレイトールはグルタチオンやシステインとは異なるメカニズムが機能し、地上部へのカドミウムの移行・蓄積を抑制している。
【0020】
[実施例2]
イネ(品種:日本晴)を、表3にその組成を示すイネ水耕栽培用に開発され、一般的に使用される改変木村氏B液を用いて、生育環境が完全に制御できる人工気象器内で水耕栽培した。装置内は16時間の昼間時を模擬して明条件では室温30℃、光条件を約270μmol・m-2・s-1(5方向からの蛍光灯照射)に8時間の夜間時を模擬して暗条件では室温25℃、光条件を0μmol・m-2・s-1に環境設定した。今回の水耕栽培では3Lの容器を用いて、各容器に3株の植物を栽培した。栽培時は水耕液の交換は週1度行った。また、水耕液のpH調整は毎日行った。カドミウム処理実験には播種後、約4週間、上記の方法で水耕栽培した植物を用いた。
【0021】
【表3】

【0022】
上記のような方法で栽培したイネに水耕液中にアブラナの場合と同様にカドミウムを塩化カドミウムの形で添加して、植物体のカドミウム処理を行った。今回の実験ではカドミウムの処理濃度は10μMに、処理期間は2日間とした。チオール基を持つ化合物のカドミウムの移行・蓄積に与える影響を調べる処理区では水耕液中にグルタチオンを1mMの濃度で添加して、実験を行った。カドミウム処理後、植物体中のカドミウム含量を測定するまでの操作手順はアブラナで行ったものと同様である。表4に各処理区における地上部・地下部のカドミウム含量を示す。
【0023】
【表4】

【0024】
本発明である、水耕液中にチオール基を有する低分子化合物を添加した場合、イネの地上部に蓄積するカドミウムの濃度は対照区に比べて、表4に示すように約60%に減少していた。アブラナと比較するとその効果は少ないもののイネにおいてもグルタチオンはカドミウムの地上部への移行の抑制効果を持つことが確認できた。イネの場合もアブラナの時と同様に地下部のカドミウム蓄積濃度には顕著な現象は見られなかったことから、地上部へのカドミウムの移行が抑制されていることが考えられる。
【0025】
本発明である、グルタチオンをはじめとするチオール基を持つ低分子化合物を植物体に根より投与することにより、カドミウムの地上部への移行が抑制されることをアブラナ、イネの例を用いて説明したが、この方法は、アブラナと同様の遺伝的形質を持つキャベツをはじめとするアブラナ科植物、またムギをはじめとするイネ科植物には応用が可能である。また、多く維管束組織を持つ高等植物では、導管を経由してのカドミウムの地上部への移行が起こっていることが推察されるため、これらのチオール基を持つ化合物が機能することによりカドミウムの地上部への移行が抑制されると考える。そのため、その他の農作物にもこの発明を応用して、地上が可食部となる農作物の栽培にこの発明の技術を用いれば、それらの作物中の茎葉部分および子実に蓄積するカドミウムの量を抑制することが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
それ自身を単独で用いることや、一般的な化学肥料や土壌改良剤にチオール基を持つ低分子化合物を添加することで、地上部を可食部とする農作物中のカドミウム蓄積量を軽減することができ、市場により安全な農作物を提供することができる。さらには緩効性肥料に当該チオール基を持つ低分子化合物を添加することで、個々の農作物が最もカドミウムを吸収しやすい時期にこれらの物質の効果により可食部分である茎葉部分および子実へのカドミウムの蓄積をより効果的に抑制することができれば、より安全な農作物を市場に持続的に提供することができる。
【0027】
また、本発明の中に記載されているチオール基を持つ物質のひとつであるグルタチオンは土壌中でトリクロロクロロエチレンなどの有害な有機化合物を微生物が分解するのを効率化することが知られている(特許文献3)。グルタチオンを利用して、植物がカドミウムを地上部に蓄積するのを抑制する場合には、土壌中の有害な有機化合物の除去の効果も併せて存在する。
【特許文献3】特開2003-154382

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の根から与えることにより、植物の茎葉部分および子実へのカドミウムの蓄積を抑制することができるグルタチオン、システイン、ジチオトレイトールなどのチオール基を持つ低分子化合物(一般的には分子量1,000以下)、またはそれらを添加した肥料及び、土壌改良剤である農業資材。
【請求項2】
農耕地に施用後、植物が水分や栄養分を吸収する場である根圏に存在するチオール基を持つ化合物の濃度範囲が、10μM以上になる請求項1に記載の農業資材。
【請求項3】
請求項1あるいは請求項2に記載された農業資材を用い、植物体の茎葉部分および子実へのカドミウムの蓄積を抑制する方法。
【請求項4】
アブラナをはじめとするアブラナ科植物、イネをはじめとするイネ科植物に効果的で、更には維管束組織を有する高等植物全般に応用して、植物体の茎葉部分および子実へのカドミウムの蓄積を抑制することが可能な請求項1、請求項2に記載の農業資材、請求項3に記載の方法。


【公開番号】特開2010−30939(P2010−30939A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−193344(P2008−193344)
【出願日】平成20年7月28日(2008.7.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年2月12日 公立大学法人秋田県立大学主催の「平成19年度(2007年)度卒業論文発表会」において文書をもって発表
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】