説明

検査装置及び検査方法

【課題】 比較的少ないデータ量の展開係数を用いて、対象物を検査すること(例えば、対象物の同定やイメージング)。
【解決手段】 前記検出手段13で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換する変換手段14を備える。また、前記ウェーブレット変換における第1の展開係数から、予め記憶され且つ該第1の展開係数に含まれる第2の展開係数を選択する選択手段15を備える。そして、前記第2の展開係数における第1の値と、前記選択手段15で選択された第2の展開係数における第2の値とを比較するための比較手段16を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波を用いて対象物を検査するための検査装置及び検査方法に関する。なお、本明細書では、30GHz以上30THz以下のうち少なくとも一部を含む周波数帯域を有する電磁波のことをテラヘルツ波と呼ぶ。
【背景技術】
【0002】
従来、サンプル(対象物)を透過または反射したテラヘルツ波の時間波形からサンプルの吸収率と屈折率の周波数依存性を調べるために、フーリエ解析が用いられていた。
【0003】
しかしながら、テラヘルツ波の時間波形に含まれる広い周波数帯域において、吸収率と屈折率の周波数依存性は材料毎に特有である。このとき、比較するデータ量が多くなってしまうという問題があった。
【0004】
この問題を解決するために、テラヘルツ波の時間波形に含まれる分光に関する情報を、少ないデータ量に圧縮し、該圧縮したデータから材料の構成成分を特定する方法が、特許文献1に開示されている。特許文献1には、この圧縮方法として、ウェーブレット解析を用いることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−153547号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1には、具体的にどのようにウェーブレット解析を行うかに関しては開示されていない。特に、ウェーブレット展開係数についての開示もない。
【0007】
本発明の目的は、比較的少ないデータ量の展開係数を用いて、対象物を検査(例えば、対象物の同定やイメージング)することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る検査装置(対象物を検査するための検査装置)は、
前記対象物にテラヘルツ波を照射する照射手段と、
前記対象物から得られたテラヘルツ波を検出する検出手段と、
前記検出手段で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換する変換手段と、
前記ウェーブレット変換における第1の展開係数から、予め記憶され且つ該第1の展開係数に含まれる第2の展開係数を選択する選択手段と、
前記第2の展開係数における第1の値と、前記選択手段で選択された第2の展開係数における第2の値とを比較するための比較手段と、を有することを特徴とする。
【0009】
また、別の本発明に係る検査方法(対象物を検査するための検査方法)は、
前記対象物にテラヘルツ波を照射する照射工程と、
前記対象物から得られたテラヘルツ波を検出する検出工程と、
前記検出工程で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換する変換工程と、
前記ウェーブレット変換における第1の展開係数から、予め記憶され且つ該第1の展開係数に含まれる第2の展開係数を選択する選択工程と、
前記第2の展開係数における第1の値と、前記選択工程で選択された第2の展開係数における第2の値とを比較するための比較工程と、を含むことを特徴とする。
【0010】
また、別の本発明に係る抽出方法(特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体から、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数を抽出するための抽出方法)は、
前記参照物体で反射、散乱あるいは透過したテラヘルツ波の時間波形を取得する取得工程と、
前記取得工程で得たテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換する第1の変換工程と、
前記第1の変換工程で得た展開係数のうち、該展開係数の一部をウェーブレット逆変換する逆変換工程と、
前記逆変換工程で得たテラヘルツ時間波形に対してフーリエ変換を行なう第2の変換工程と、を含み、
前記展開係数の一部を変えながら前記逆変換工程と前記第2の変換工程とを繰り返すことを特徴とする。
【0011】
また、別の本発明に係る抽出方法は、
特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体から、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数を抽出するための抽出方法であって、
前記参照物体で反射、散乱あるいは透過したテラヘルツ波の時間波形を取得する取得工程と、
前記取得工程で得たテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換する第1の変換工程と、
前記ウェーブレット変換における展開係数のうち、該展開係数の一部をウェーブレット逆変換する逆変換工程と、
前記逆変換工程で得たテラヘルツ時間波形に対してフーリエ変換を行なう第2の変換工程と、を含み、
前記展開係数の一部を変えながら前記逆変換工程と前記第2の変換工程とを繰り返すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の装置及び方法(検査装置及び検査方法)によれば、比較的少ないデータ量のウェーブレット展開係数を用いて対象物(サンプル)を検査すること(例えば、対象物の同定やイメージング)ができる。比較的少ないデータ量を扱うことにより、検査スピードを上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施形態に係る検査装置の構成を説明するための模式図である。
【図2】サンプルが無いときと有るときにそれぞれ取得したテラヘルツ波の時間波形と、それぞれをフーリエ変換したものを示す模式図である。
【図3】実施例1と2を説明するための模式図である。
【図4】医薬品のスペクトルを示すための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(検査装置)
本実施形態に係る検査装置(対象物を検査するための検査装置)について、図1(a)を用いて説明する。
【0015】
本実施形態に係る検査装置は、対象物12にテラヘルツ波を照射する照射手段11(例えば、光伝導素子などにより構成)を備える。
【0016】
また、テラヘルツ波が照射された前記対象物12からのテラヘルツ波を検出する検出手段13(例えば、光伝導素子などにより構成)を備える。このとき、前記検出手段13は、対象物12から得られたテラヘルツ波を検出する。即ち、前記対象物12で反射、散乱したテラヘルツ波、あるいは対象物12を透過したテラヘルツ波を検出する。
【0017】
また、前記検出手段13で検出された信号に基づいて得られたテラヘルツ時間波形(例えば、図2(a)の波形のこと。)をウェーブレット変換する変換手段14を備える。このとき、前記変換手段14は、前記検出手段13で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形(例えば、図2(a)の波形のこと。)をウェーブレット変換する。
【0018】
さらに、前記ウェーブレット変換における第1の展開係数(例えば、図3(a)の横軸のこと。)から、予め記憶され(例えば、半導体メモリーに記憶される。)且つ該第1の展開係数に含まれる第2の展開係数(例えば、図3(b)で求めた309番目のウェーブレット展開係数のこと。これは、吸収スペクトルなどの特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体を用いて得た、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数である。)を選択する選択手段15を備える。
【0019】
そして、前記第2の展開係数における第1の値(例えば、図3(b)で求めた309番目のウェーブレット展開係数の場合は、3.17のこと。)と、前記選択手段15で選択された第2の展開係数における第2の値(前記対象物12における309番目のウェーブレット展開係数における値のこと。)とを比較するための比較手段16を備える。
【0020】
これにより、典型的には、比較的少ないデータ量のウェーブレット展開係数を用いて対象物12を検査すること(例えば、対象物の同定やイメージング)ができる。比較的少ないデータ量を扱うことにより、検査スピードを上げることができる。なお、上記検査とは、参照物体(例えば、医薬品)と、該参照物体と同一の種類である別の物体(上記対象物12)と、を比較することを言う。これにより、対象物の同定を行うことができる。
【0021】
このとき、前記比較手段16で得た結果から、前記対象物12が前記参照物体であるかどうかを判定する判定手段17を備えることが好ましい。
【0022】
(抽出手段)
この構成において、典型的には、前記特徴的なスペクトル部分に関連するウェーブレット展開係数を抽出するための抽出手段を有することが好ましい。この抽出手段により、予め記憶する前記特徴的なスペクトル部分を持つスペクトルのある物の該特徴的なスペクトル部分に関連するウェーブレット展開係数の係数位置と値を抽出する。
【0023】
また、この場合、抽出手段を用いて、前記対象物についても特徴的なスペクトル部分に関連するウェーブレット展開係数を抽出し、この抽出したウェーブレット展開係数の値と、前記予め記憶しておいたウェーブレット展開係数の値を比較してもよい。
【0024】
前記抽出手段は、例えば、前記変換手段によるウェーブレット変換により分解されたウェーブレット展開係数の或る基準で選択された一部をゼロに置き換えてウェーブレット逆変換を行なう。そして、該ウェーブレット逆変換で得られたテラヘルツ時間波形に対してフーリエ変換を行ない、前記特徴的なスペクトル部分に変化を与えるウェーブレット展開係数を見つけ出す。
【0025】
また、特徴的なスペクトルとの相関(影響度合い)の大きいウェーブレット展開係数を抽出しても良い。これは、特徴的なスペクトルとの相関の大きいウェーブレット展開係数の有無により、ウェーブレット逆変換により取得した時間波形が特徴的なスペクトルを有するか否かが決まる、という性質を利用する手法である。
【0026】
前記比較や抽出が好適に行われる様に、前記変換手段は、例えば、テラヘルツ波形と相関の高いマザーウェーブレットを用い、かつ前記特徴的なスペクトル部分がウェーブレット展開係数の一部に関連付けられる様にテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換する。
【0027】
前記装置を用いて、対象物が特徴的なスペクトル部分を持つスペクトルのある物であるかどうかを判定し、この判定に基づいて対象物をスクリーニングするスクリーニングシステムを構築することができる。
【0028】
(検査方法)
また、別の本実施形態に係る検査方法(対象物を検査するための検査方法)は、次のa)からe)の各工程を含む。
a)対象物12にテラヘルツ波を照射する照射工程11。
b)テラヘルツ波が照射された前記対象物12からのテラヘルツ波を検出する検出工程13。あるいは、前記対象物12で反射、散乱あるいは透過したテラヘルツ波を検出する検出工程13。
c)前記検出工程13で検出された信号に基づいて得られたテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換する変換工程14。あるいは、前記検出工程13で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換する変換工程14。
d)前記変換工程14で得た第1の展開係数から、予め記憶した第2の展開係数(特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体を用いて得た、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数。)を選択する選択工程15。
e)前記選択工程15で選択したウェーブレット展開係数の値と、前記変換工程14で得られたウェーブレット展開係数の値のうちの前記抽出したウェーブレット展開係数と同じ係数位置のものの値を比較する比較工程16。あるいは、前記予め記憶した第2の展開係数における第1の値と、前記選択工程15で選択された第2の展開係数における第2の値とを比較するための比較工程16。
【0029】
前記比較工程16で得た結果から、前記対象物12が前記参照物体であるかどうかを判定する判定工程を含むことが好ましい。
【0030】
(抽出工程)
また、前記変換工程でのウェーブレット変換により分解されたウェーブレット展開係数の一部をゼロに置き換えてウェーブレット逆変換を行なう抽出工程を含むことが好ましい。このとき、該ウェーブレット逆変換で得られたテラヘルツ時間波形に対してフーリエ変換を行ない、前記特徴的なスペクトル部分に変化を与えるウェーブレット展開係数を見つけ出す。
【0031】
前記抽出工程では、例えば、しきい値以上或いはしきい値以下のウェーブレット展開係数の値をゼロに置き換えて、ウェーブレット逆変換などの前記処理を実行し、しきい値を変化させる毎に該処理を実行する。このことで前記特徴的なスペクトル部分に変化を与えるウェーブレット展開係数を見つけ出す。
【0032】
また、特徴的なスペクトルとの相関(影響度合い)の大きいウェーブレット展開係数を抽出しても良い。これは、特徴的なスペクトルとの相関の大きいウェーブレット展開係数の有無により、ウェーブレット逆変換により取得した時間波形が特徴的なスペクトルを有するか否かが決まる、という性質を利用する手法である。
【0033】
また、抽出工程では、指定する係数位置の範囲のウェーブレット展開係数の値をゼロに置き換えて前記処理を実行し、該範囲を変化させる毎に該処理を実行することで前記特徴的なスペクトル部分に変化を与えるウェーブレット展開係数を見つけ出すこともできる。
【0034】
前記方法は、更に、次の様な保存工程と復元工程を含むことができる。保存工程では、前記比較工程で前記対象物が前記特徴的なスペクトル部分を持つスペクトルのある物であると判定したとき、信号成分を殆ど含まずノイズを表現しているウェーブレット展開係数の値をゼロもしくは小さい値に置き換える。そして、情報圧縮されたウェーブレット展開係数を保存する。復元工程では、前記保存工程で保存した、情報圧縮されたウェーブレット展開係数をウェーブレット逆変換し、前記対象物のテラヘルツ時間波形を復元する。この復元工程で復元した前記対象物のテラヘルツ時間波形に基づき、吸収率や屈折率などを求めて、対象物のイメージングを実行するイメージング工程を実行することもできる。この復元したテラヘルツ時間波形は、SN比が良くない高速に取得したデータを用いても、SN比が向上したものとできる。よって、高速に、良好なイメージングを実行することが可能となる。
【0035】
(抽出方法)
また、別の本発明の実施形態について説明する。
【0036】
特徴的なスペクトル部分(あるいは指紋スペクトル)に関連するウェーブレット展開係数を適当な方法で抽出する。この適当な方法は、ウェーブレット展開係数の変化が特徴的なスペクトル部分の変化をもたらすか否かを見て、もたらすウェーブレット展開係数を抽出すると言う方法を採る。すなわち、候補としてのウェーブレット展開係数をゼロにして、ウェーブレット逆変換し、これで得られたテラヘルツ時間波形をフーリエ変換する。そして、このフーリエ変換して得たスペクトルにおいて、特徴的なスペクトル部分が変化しているか否かを判定し、変化をもたらしたウェーブレット展開係数を目標のウェーブレット展開係数として抽出する。
【0037】
また、別の本実施形態に係る抽出方法(特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体から、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数を抽出するための抽出方法。)は、次の様な工程を有する。
【0038】
この方法は、取得工程と、変換工程と、抽出工程とを有する。前記取得工程では、特徴的なスペクトル部分を持つスペクトルのある対象物からのテラヘルツ波の時間波形を取得する。前記変換工程では、前記取得工程で得られたテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換する(第1の変換工程)。前記抽出工程では、特徴的なスペクトル部分を持つスペクトルのある物の該特徴的なスペクトル部分に関連するウェーブレット展開係数を抽出する。また、抽出工程では、前記変換工程でのウェーブレット変換により分解されたウェーブレット展開係数の一部をゼロに置き換えてウェーブレット逆変換を行なう(逆変換工程)。そして、該ウェーブレット逆変換で得られたテラヘルツ時間波形に対してフーリエ変換を行なう(第2の変換工程)。そして、前記展開係数の一部を変えながら前記逆変換工程と前記第2の変換工程とを繰り返す。これにより、前記特徴的なスペクトル部分に変化を与えるウェーブレット展開係数を見つけ出す。
【実施例】
【0039】
次に、特徴的なスペクトル部分を持つスペクトルの例である、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を用いた検査装置及び方法の具体的な実施例について、説明する。なお、特徴的な吸収スペクトルは、テラヘルツ領域では指紋スペクトルと呼ばれることもある。指紋スペクトルを得る場合、典型的には、30GHz以上30THz以下の範囲内の0.1THz以上10THz以下の周波数の成分を含むテラヘルツ波を用いる。
【0040】
以下の実施例では、高速にデータ取得したテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換によりウェーブレット展開係数に分解し、ウェーブレット展開係数のうち、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を抽出する方法について説明する。そして、この特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を用いて、サンプルが特徴的な吸収スペクトルのある物質であるかどうかを判定する検査装置及び方法について説明する。
【0041】
後述する本発明の実施例は、テラヘルツ領域に特徴的な吸収スペクトルを持つサンプルの検査に係り、ここではそのサンプルの一つとしてフォトニック結晶を例に説明する。使用したフォトニック結晶は、テラヘルツ領域に2つの特徴的な吸収スペクトルが存在するものである。
【0042】
以下ではフォトニック結晶を用いた例について説明するが、本発明は、一般に、指紋スペクトルを持つ材料について適用することができる。例えば、医薬品(シメチジン、メフェナム酸、クロルプロパミド、ランソプラゾール)、ホルモン分子(プロゲステロン、ドーパミン、アセチルコリン、エステリオール)、環境ホルモン(アミトロール、ベンゾフェノン)、糖類(マルトース、グルコース)等にも適用できる。例として、シメチジンとメフェナム酸の指紋スペクトルを図4(a)、(b)にそれぞれ示す。これらの例では、0.1THz付近から2.5THz付近の周波数の領域に特徴的な吸収スペクトルを持つことが分かる。
【0043】
(実施例1)
図1(b)は、実施例1の構成の概略図である。
【0044】
テラヘルツ波照射手段1は、発生したテラヘルツ波をサンプル2に照射する。また、テラヘルツ波検出手段3は、サンプルを透過したテラヘルツ波を検出する。そして、パソコン4は、テラヘルツ波検出手段3で検出した信号を取り込む。
【0045】
テラヘルツ波照射手段1としては、光伝導素子を用いてテラヘルツ波を発生させる手段を使用することができる。また、テラヘルツ波検出手段3についても、光伝導素子を用いてテラヘルツ波を検出する手段を使用することができる。ここで使用した光伝導素子では、周波数が0.1THz以上2.5THz以下の範囲のテラヘルツ波を発生、検出することができる。
【0046】
光伝導素子を用いたテラヘルツ波の発生・検出方法は、THz−TDS(テラヘルツ時間領域分光法)として知られており、テラヘルツ波検出手段3で得られる信号はテラヘルツ波の時間波形である。テラヘルツ波の時間波形は、ステージからなる遅延系(図1(b)に明示せず)を走査することによって得られるが、SN比を向上させるため、ステージをゆっくり走査して、ステージ各点での信号を積算することが行なわれる。そのため、テラヘルツ波の時間波形を取得するのには時間を要する。
【0047】
或いは、まず、ステージを高速に走査する。このとき、データを取得する各点において、平均化するために取得するデータ点数の比較的少ない(SN比の良くない)テラヘルツ波の時間波形を高速に取得することになる。次に、このデータ点数の比較的少ないテラヘルツ波の時間波形を繰り返し取得する。そして、これらのテラヘルツ波の時間波形を足し合わせて平均化し、ノイズを除去する(SN比を向上させる)ことも行なわれている。この場合、テラヘルツ波の時間波形を繰り返し測定するので、平均化して最終的にSN比の良いテラヘルツ波の時間波形にするのには時間を要する。
【0048】
従来は、測定したサンプルに特徴的な吸収スペクトルがあるかどうかを判定するためには、この様にして時間をかけて測定したSN比の良いテラヘルツ波の時間波形をフーリエ変換し、スペクトル分布を比較することが行われる。しかし、この方法は、周波数範囲が広いため、比較されるべきデータ量が多くなり応用上実際的でない。この様に従来の方法は、フーリエ変換に使用するためのテラヘルツ波の時間波形を取得するのに時間がかかる。また、測定したサンプルに特徴的な吸収スペクトルがあるかどうかを判定するために使用する比較されるべきデータ量が多くなってしまう。
【0049】
そこで、本発明では高速に取得したテラヘルツ波の時間波形でも、測定したサンプルに特徴的な吸収スペクトルがあるかどうかを判定することができる様にする。すなわち、例えば、遅延系のステージを高速に走査して、データ点数の比較的少ない(SN比の良くない)テラヘルツ波の時間波形を短時間に取得し、そのデータをパソコン4に取り込み、ウェーブレット変換する手段5(変換手段)でウェーブレット展開係数に分解する。テラヘルツ時間波形と相関の高いマザーウェーブレットを使用することで、信号成分であるテラヘルツ波とノイズを比較的容易に分離することができる。「相関の高い」とは、できるだけ少ない数のウェーブレット展開係数で表せる様にテラヘルツ時間波形と似た形状を持つことを意味する。ここでは、テラヘルツ波の時間波形のデータの点数LsはLs=4096(=212)点のものを使用し、マザーウェーブレットはCoiflet4を用いた。また、ウェーブレット展開係数の数を決めるレベルは、この場合の最大数であるlogLs=12を使用した。
【0050】
次に、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を抽出する手段6(抽出手段)における抽出方法について述べる。ウェーブレット変換により得られたウェーブレット展開係数をそのまま(各ウェーブレット展開係数の値を何も変えずに)ウェーブレット逆変換すると、ウェーブレット変換する前のテラヘルツ波の時間波形が得られる。しかし、ここでは次のような操作を行なう。まず、ゼロに近い値(比較的小さい値)にしきい値を設定する。そして、例えば、設定したしきい値と同じか、それよりも小さいウェーブレットの展開係数を用いてウェーブレット逆変換する。すなわち、設定したしきい値よりも大きい値をゼロに置き換えて、値を持つ(ゼロに置き換えられなかった)ウェーブレットの展開係数を用いてウェーブレット逆変換する。そして、ウェーブレット逆変換により得られた波形をフーリエ変換する。
【0051】
同様に、設定したしきい値の値を少し大きくして同じ処理を行なう。しきい値の値を少しずつ大きくして、フーリエ変換によるスペクトルの変化を見ていくと、しきい値の値が変わったときに特徴的な吸収スペクトルに大きな変化、例えば、特徴的な吸収スペクトルが消える、あるいは現れる、といったことが起きる場合がある。そのときの、前後のしきい値に対応するウェーブレット展開係数の差を算出すると、特徴的な吸収スペクトルに大きな変化を与えているウェーブレット展開係数を見つけ出すことができる。この様にして見つけた、特徴的な吸収スペクトルに大きな変化を与えているウェーブレット展開係数の位置と値をメモリーに保存しておく。
【0052】
図2(a)は、サンプルのないときのテラヘルツ波の時間波形である参照波形(破線)と、テラヘルツ領域に特徴的な吸収スペクトルを持つフォトニック結晶をサンプルにしたときのテラヘルツ波の時間波形(実線)を示したものである。
【0053】
図2(b)は、これらの波形をそれぞれフーリエ変換したときのスペクトルを示したものである。1THz付近と1.6THz付近に落ち込みのあるスペクトルが、フォトニック結晶をサンプルとしたときのテラヘルツ波の時間波形をフーリエ変換したもの(実線)で、吸収スペクトルのないスペクトルが、参照波形をフーリエ変換したもの(破線)である。
【0054】
図3(a)は、フォトニック結晶をサンプルにしたときのテラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換したときのウェーブレット展開係数の一部を図示したものである。前述した様に、マザーウェーブレットはCoiflet4を使用し、レベルはlog Ls=12(信号のデータの点数Ls=4096)を使用した。図3(a)における縦軸の5と−5付近にある四角で囲った領域は、絶対値が同じ値のしきい値を少しずつ変化させていったとき、その変化前後のウェーブレット展開係数の差を模式的に図示したものである。もし、絶対値が同じ値のしきい値を変化させた前後のスペクトルに差があれば、そのスペクトルの変化は、この四角で囲った領域に含まれるウェーブレット展開係数によるものである。そのため、しきい値をいろいろと変化させてこの四角で囲った領域を変化させ、その中に含まれるウェーブレット展開係数を抽出することで、ウェーブレット展開係数とスペクトルの変化の関係を調べることができる。しきい値の変化の幅が大きければこの領域に含まれるウェーブレット展開係数は複数になることもある。しきい値の変化の幅を小さく取ることによって、四角で囲った領域を小さくすることができ、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の数を絞り込むことができる。特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の数は、データ処理速度の向上の観点からは少なければ少ないほど都合がよい。
【0055】
前記フォトニック結晶について、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数をこの様にして調べた結果、ウェーブレット展開係数309番目の値が、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数であることが分かった。特徴的な吸収スペクトルがあるときは展開係数309番目の値は3.17であるが、この値をゼロにすると特徴的な吸収スペクトルの吸収スペクトルは劇的に消滅する。図3(b)の実線は、展開係数309番目の値が3.17のときで、特徴的な吸収スペクトルがあるときのスペクトルを表している。
【0056】
一方、図3(b)の破線は展開係数309番目の値をゼロにしたときのスペクトルであり、スペクトルが劇的に消滅している様子が分かる。従って、この様にまず、特徴的な吸収スペクトルのあるサンプルについて、予め特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の位置と値を調べておく。そして、未知のサンプルについて、同じマザーウェーブレットを使用して同じウェーブレット変換を行ない、予め調べておいた係数位置の特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の値を取り出す。その値が特徴的な吸収スペクトルのある物の値とほぼ同じ値かどうかを比較手段7で調べることによって、サンプルの検査を行なうことができる。
【0057】
検査によって、未知のサンプルが特徴的な吸収スペクトルのあるサンプルであると判断した場合にのみ、ノイズを表現しているウェーブレット展開係数の値をゼロもしくは小さい値に置き換えて、ウェーブレット展開係数をパソコンのメモリーに保存すればよい。こうすることで、特徴的な吸収スペクトルのあるサンプルかどうかの検査と、ノイズ除去、情報圧縮が同時に実現できる。この保存した、情報圧縮されたウェーブレット展開係数をウェーブレット逆変換すれば、ノイズの除去された特徴的な吸収スペクトルを持つテラヘルツ波の時間波形を復元することができる。これに基づき、SNの良い対象物のイメージングなどを実現することができる。
【0058】
なお、本実施例ではサンプル2を透過したテラヘルツ波をテラヘルツ波検出手段3で検出する構成としたが、サンプル2で反射または散乱したテラヘルツ波をテラヘルツ波検出手段3で検出するような構成としてもよい。また、マザーウェーブレットとしてCoiflet4を使用したが、テラヘルツ時間波形と相関の高いマザーウェーブレットが存在すれば他のマザーウェーブレットを使用してもよい。さらに、ウェーブレットの展開レベルも、上記例ではlogLs=12(Lsは信号のデータの点数)を使用したが、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を見つけ出すことができれば、レベルは12より小さい値でもよい。
【0059】
先に述べた医薬品、ホルモン、糖類などの指紋スペクトルを持つ材料に本ウェーブレット変換を用いた検査装置及び方法を適用することもできる。
【0060】
(実施例2)
実施例2は、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の位置と値を、実施例1のようなしきい値を使わずに求めるものである。実施例1ではしきい値を使用して特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を求めたが、これは、テラヘルツ波の時間波形とマザーウェーブレットとの相関度すなわちウェーブレット展開係数の大きさに着目した方法といえる。実施例2では、ウェーブレット展開係数における周波数(すなわち係数の位置)に着目して、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の位置と値を見つけていく。
【0061】
図3(c)において、ウェーブレット展開係数は位置の値が大きくなればなるほど波の周波数は高くなる。そのため図3(c)において、500付近の位置にあるウェーブレット展開係数と100付近の位置にあるウェーブレット展開係数では、500付近にあるウェーブレット展開係数の方が、波に含まれる周波数は高い。そこで、ウェーブレット展開係数の値ではなくウェーブレット展開係数の位置を指定して、その位置のウェーブレット展開係数の値をゼロにしてウェーブレット逆変換を行ない、その後、フーリエ変換で特徴的な吸収スペクトルの変化があるかどうかを調べる。このとき、ゼロにするウェーブレット展開係数の位置は1つでもよいし、例えば550から600の位置にある全てのウェーブレット展開係数の値をゼロにする様に、位置の範囲で指定してもよい。或いは、指定する範囲も一ヵ所だけでなく複数の範囲を指定してもよい。いずれにしても、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数をこのような手順で絞り込んでいき、特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数を見つけ出す。
【0062】
実施例2では特徴的な吸収スペクトルに関連するウェーブレット展開係数の位置と値を見つけ出す方法が実施例1とは異なるが、その他については実施例1と同じである。
【0063】
(その他の実施例)
また、本発明は、以下の処理を実行することによっても実現される。即ち、上述した実施形態の機能を実現するソフトウェア(プログラム)を、ネットワーク又は各種記憶媒体を介してシステム或いは装置に供給し、そのシステム或いは装置のコンピュータ(またはCPUやMPU等)がプログラムを読み出して実行する処理である。なお、記憶媒体は、コンピュータに実行させるためのプログラムを格納できるものであれば何でも良い。
【符号の説明】
【0064】
11 照射手段
12 対象物
13 検出手段
14 変換手段
15 選択手段
16 比較手段
17 判定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物を検査するための検査装置であって、
前記対象物にテラヘルツ波を照射する照射手段と、
前記対象物から得られたテラヘルツ波を検出する検出手段と、
前記検出手段で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換する変換手段と、
前記ウェーブレット変換における第1の展開係数から、予め記憶され且つ該第1の展開係数に含まれる第2の展開係数を選択する選択手段と、
前記第2の展開係数における第1の値と、前記選択手段で選択された第2の展開係数における第2の値とを比較するための比較手段と、
を有することを特徴とする検査装置。
【請求項2】
前記第2の展開係数は、特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体を用いて得た、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数であり、
前記比較手段で得た結果から、前記対象物が前記参照物体であるかどうかを判定する判定手段を有することを特徴とする請求項1に記載の検査装置。
【請求項3】
対象物を検査するための検査方法であって、
前記対象物にテラヘルツ波を照射する照射工程と、
前記対象物から得られたテラヘルツ波を検出する検出工程と、
前記検出工程で検出したテラヘルツ波を用いて得た、該テラヘルツ波の時間波形をウェーブレット変換する変換工程と、
前記ウェーブレット変換における第1の展開係数から、予め記憶され且つ該第1の展開係数に含まれる第2の展開係数を選択する選択工程と、
前記第2の展開係数における第1の値と、前記選択工程で選択された第2の展開係数における第2の値とを比較するための比較工程と、を含むことを特徴とする検査方法。
【請求項4】
前記第2の展開係数は、特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体を用いて得た、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数であり、
前記比較工程で得た結果から、前記対象物が前記参照物体であるかどうかを判定する判定工程を含むことを特徴とする請求項3に記載の検査方法。
【請求項5】
請求項3あるいは4に記載の検査方法をコンピュータに実行させるためのプログラムを格納したことを特徴とするコンピュータが読み取り可能な記憶媒体。
【請求項6】
請求項3あるいは4に記載の検査方法をコンピュータに実行させることを特徴とするプログラム。
【請求項7】
特徴的なスペクトル部分を持つ参照物体から、該特徴的なスペクトル部分に関連する展開係数を抽出するための抽出方法であって、
前記参照物体で反射、散乱あるいは透過したテラヘルツ波の時間波形を取得する取得工程と、
前記取得工程で得たテラヘルツ時間波形をウェーブレット変換する第1の変換工程と、
前記ウェーブレット変換における展開係数のうち、該展開係数の一部をウェーブレット逆変換する逆変換工程と、
前記逆変換工程で得たテラヘルツ時間波形に対してフーリエ変換を行なう第2の変換工程と、を含み、
前記展開係数の一部を変えながら前記逆変換工程と前記第2の変換工程とを繰り返すことを特徴とする抽出方法。
【請求項8】
前記逆変換工程は、前記展開係数の一部を指定するときに、しきい値を設定する設定工程を含み、
前記設定されたしきい値以上、或いはしきい値以下の展開係数の値をゼロに置き換えることを特徴とする請求項7に記載の抽出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−160136(P2010−160136A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−260108(P2009−260108)
【出願日】平成21年11月13日(2009.11.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】