説明

構造体およびその製造方法

【課題】基体表面への生体分子および標識物質などの非特異吸着を防止する能力に優れる構造体、および構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】基体と、該基体の表面に存在する重合体と、からなる構造体であって、前記重合体が、2個または3個のビニル基を持つモノマ−(但し、ビニル基とビニル基は15以上の原子が直列に連なる親水性官能基で連結されている)の重合体からなり、かつ架橋構造を有する構造体、および構造体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、架橋性の重合体を基体上に構成する構造体、および構造体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、マルチビニルモノマーを重合したポリマーを、生体適合材料として使用するための検討がなされている。特に夾雑物の非特異吸着を防止することを目的として、例えば、非特許文献1には、導電性基板上に電解グラフトによってポリエチレングリコールジアクリレート(PEGDA)の重合体を形成し、グラフトポリマー膜を作製する技術が記載されている。また、非特許文献中1では、PEGDAの鎖長を変化させて重合を行う技術が記載されている。
【0003】
さらに、非特許文献2には、原子移動ラジカル重合(ATRP)によって金基板表面にエチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)の重合体による膜を作製する記載があり、膜厚を高くすることによって膜全体の架橋度を向上させている。
【非特許文献1】“Angew.Chem.Int.ED.”2005,44,p.5505から5509
【非特許文献2】“Angew.Chem.Int.ED.”2001,40,p.1510から1512
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1に記載のグラフトポリマー膜は、基板表面のラマンスペクトルにおいてビニル基の存在を示すピークが大きく現れていることから、架橋度が高くない。これは重合体の主鎖密度が低いことに由来するものと考えられる。高い架橋度を持たないことは、非特異吸着防止能の低下を招く。
【0005】
また、非特許文献2においては、使用するマルチビニルモノマーの長さが短いため、いかなる膜厚にしてもアクリル基は一定量残存するため、重合体の親水性の低下が生じる。即ち、非特許文献1同様、高い架橋度を持たないため、非特異吸着防止能が低下する。
【0006】
そこで、本発明は、架橋度が高く、基体表面への生体分子および標識物質などの非特異吸着を防止する能力に優れる重合体を構成する構造体、および構造体の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、基体と、該基体の表面に存在する重合体と、からなる構造体であって、前記重合体が、下記一般式(1)あるいは一般式(2)で表されるマルチビニルモノマーの重合体からなり、かつ架橋構造を有することを特徴とする構造体である。
【0008】
【化1】

【0009】
(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。また、Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
【0010】
また、別の本発明は、基体と重合開始剤とを接触させる工程と、前記重合開始剤と接触させた基体と、下記一般式(1)あるいは一般式(2)
【0011】
【化2】

【0012】
(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。また、Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
で表されるマルチビニルモノマーとを接触させ、リビング重合により重合体を形成する工程と、を有することを特徴とする構造体の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、架橋度が高く、高い非特異的吸着防止能を有する構造体、および構造体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の構造体は、基体と、該基体の表面に存在する重合体と、からなる構造体であって、前記重合体が、下記一般式(1)あるいは一般式(2)で表されるマルチビニルモノマーの重合体からなり、かつ架橋構造を有することを特徴とする構造体である。
【0015】
【化3】

【0016】
(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。また、Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
【0017】
図1に、本発明の構造体の一例を示す。
以下、本発明の構造体を構成する各部について説明する。
(基体)
基体1は、後に説明する一般式(1)または一般式(2)に示されるマルチビニルモノマーの重合体を表面に形成することが可能なものであればよい。
【0018】
このような基体1の表面を構成する材料としては、例えば、アミノ基もしくはチオール基が結合可能である金、銀、銅、白金、アルミニウム等の金属、CdS、ZnS等の半導体、酸化チタン、酸化アルミニウム等の金属酸化物、もしくは、シラノール基が結合可能なガラス、シリコン、酸化チタン、セラミック、もしくは、カルボキシル基が結合可能なセラミック、カーボンなどを用いることが可能である。酸素プラズマ処理、UV処理等により表面を酸化することによりカルボキシル基を提示することが可能なプラスチックなども用いることができる。
【0019】
また、基体1の形状は、平板、曲板、粒子、微小構造体、あるいはマイクロタイタープレートなどいかなる形状でもよい。但し、後に記載するグラフト密度は、平らな基体を前提としたものである。そのため、曲線形の基体表面に関しては、曲率を考慮して重合体の主鎖間の平均長さを計算する。曲線形の基体の適用については後述する。また、基体1は複数の層で形成されていても良い。
【0020】
(重合体)
重合体2は、一般式(1)あるいは、一般式(2)で示されるマルチビニルモノマーのビニル基が重合することによって形成された重合体(グラフトポリマー)であり、架橋構造を有する。
【0021】
【化4】

【0022】
(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
【0023】
その際、ビニル基が結合して主鎖14(以下、グラフトポリマー主鎖と記載する場合もある)が形成され、マルチビニルモノマーの2つのビニル基間に存在する(言い換えればビニル基間をつなぐ)親水性官能基Xは主鎖14間を架橋する架橋スペーサー16となる。
【0024】
親水性官能基Xは、15以上の原子が直列に連なる。即ち、親水性官能基Xが、重合体の主鎖14間の平均長さを超える長さであることにより、基体1の表面に形成される重合体2は高い非特異吸着防止能を有する非特異吸着防止膜となる。なお、一般式(2)などに示されるビニル基が分子内に3以上存在するマルチビニルモノマーを用いる場合は、いずれの2つのビニル基の組み合わせにおいても、その間に15以上の原子が連なることが好ましい。
【0025】
親水性官能基Xは、二官能性化合物あるいは環状化合物の重合体が含まれることが好ましい。ここでの二官能性化合物は、アルキレン基の両端に水酸基、アミノ基、カルボキシル基などを有し、エーテル結合、アミド結合などを形成して、重合体となるものであることが好ましい。より具体的には、エチレングリコール、プロピレングリコール、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、グリシン、β−アラニン、乳酸、ヒドロキシプロピオン酸などが挙げられる。
【0026】
また、ここでの環状化合物は、エーテル結合、エステル結合、あるいはアミド結合と数個のアルキレン基からなるものであり、開環して重合するものである。より具体的には、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、シクロオキサブタン、ブチロラクトン、ピロリドン、カプロラクタム、カルボン酸無水物、エチレンイミン、プロピレンイミンなどが挙げられる。
【0027】
(スペーサー長)
マルチビニルモノマーにおける2つのビニル基間の長さをスペーサー長とする。一方、重合体の主鎖間の平均長さは、グラフト密度から求められる。本発明では、主鎖間の平均長さとスペーサー長との関係について定義する。スペーサー長の範囲は以下のように示される。
【0028】
重合体の主鎖間の平均長さを2r(nm)、重合体の一つの主鎖が占める面積をπrとしたとき、グラフト密度D=(πr)−1(鎖/nm)となる。このとき、スペーサー長SL(X+2)(nm)は2rよりも大きいことが重要である。即ち、
【0029】
【数1】

【0030】
の範囲にあることで、重合体の主鎖の自由度を有したまま、マルチビニルモノマーの重合が可能となる。前記条件を用いて重合することにより、基体上に構築された重合体の架橋度は高くなる。その結果、重合体は高いサイズ排除特性を有することが可能となる。また、重合後のビニル基の残存率も減少する。また、重合時のマルチビニルモノマーの濃度を可能な限り下げることによって、さらに残存ビニル基を減少させることができる。
【0031】
また、図2中の曲線は、式1から描かれる、本発明におけるグラフト密度Dに対するスペーサー長SL(X+2)の下限値である。即ち、本発明では、図2中の曲線よりも上の範囲にあるスペーサー長を有するマルチビニルモノマーが使用される。
【0032】
好ましくは、図2中の曲線によって示されるグラフト密度におけるスペーサー長よりも1nm以上長いスペーサー長を有するマルチビニルモノマーが適用される。より好ましくは、図2中の曲線によって示されるグラフト密度におけるスペーサー長よりも2nm以上長いスペーサー長を有するマルチビニルモノマーが適用される。それらの適用は、重合体全体の自由度を高くし、膜の非特異吸着防止能をさらに向上させる。
【0033】
また、基体が曲線形である場合は、重合体の膜厚によって必要なスペーサー長は上下する。例えば、基体が微粒子であって、重合体を含めた微粒子構造体の半径が、基体微粒子の半径の(1+r)倍(rは基体微粒子の半径に対する重合体の膜厚の比である。)であるとき、必要なスペーサー長は図2に示されるSL(X+2)の(1+r)倍となる。例えば、直径200nmの微粒子に対して10nmの膜厚の重合体を微粒子表面に作製する場合は、図2のSL(X+2)よりも21%長いスペーサー長を有するマルチビニルモノマーが必要である。
【0034】
(マルチビニルモノマーの原子数)
次に、図2のスペーサー長の範囲をマルチビニルモノマーの親水性官能基Xの長さ(原子数)に当てはめると、以下のように示される。
【0035】
まず、各々の原子間距離から考える。スペーサーにおける各原子間結合長の平均値をBAVEとすると、親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数CL(原子)について以下のような式が成り立つ。
【0036】
【数2】

【0037】
原子間結合の標準的な長さは、C−C単結合:0.154nm、C−N単結合:0.149nm、C−O単結合:0.143nmである。また、上記結合の標準的な結合角は109.28度であるため、各々の平均結合長に0.816(=cos[(180−109.28)/2]°)を乗したものが有効な結合長となる。(有効数字3桁、以下同様)
【0038】
例えば、C−C単結合の繰返しにより親水性官能基が構成される場合、式2のBに0.126(=0.154×0.816)を代入することにより得られる。その結果、グラフト密度Dに対する原子数CLの下限値は、図3中の曲線のようになる。即ち、本発明では、図3中の曲線よりも上の範囲にある親水性官能基Xを有するマルチビニルモノマーが使用される。
【0039】
モノビニルモノマーから得られる通常のポリマーブラシのグラフト密度は、大気中において乾燥した膜中の重合体の密度と乾燥膜厚から算出できる(Macromol.Rapid Commun.2003,24,1074−1078に記載)。また、トルエン中の重合体の膨潤膜厚と重合体の伸びきり鎖長からグラフト密度を求めることも可能である(Macromolecules 2000,33,5602−5607およびMacromolecules 2000,33,5608−5612に掲載)。
【0040】
以上の方法によれば、後述するリビングラジカル重合を用いたポリマーブラシのグラフト密度は、0.17から0.7鎖/nmである。とりわけ、メチルメタクリレート(MMA)やヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)のような側鎖の小さいモノビニルモノマーを用いる場合は、0.5から0.7鎖/nm程度のグラフト密度の高いポリマーブラシが得られている。しかしながら、ポリエチレングリコールメタクリレートのようなマクロモノマー、あるいは2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンのような大きな側鎖を有するモノビニルモノマー(分子量200以上)を用いた場合、ポリマーブラシのグラフト密度は0.17から0.4鎖/nmとなっている(例えば、Langmuir.2005 21(13)5980−5987.あるいはBiomacromolecules 2005,6,1759−1768.などに記載)。
【0041】
本発明において使用されるマルチビニルモノマーは、2つのビニル基間のスペーサー長が重合体主鎖間の平均長さよりも長いことを特徴とする。そのため、1つ目のビニル基が反応するときには、それ以外のビニル基とスペーサーは大きな側鎖となり、分子量は200を超えるものとなる。よって、本発明においては、マルチビニルモノマーの架橋度を上げるためには、少なくとも0.4鎖/nmにおける重合体主鎖間の平均長さを上回るスペーサーを用いる必要があると考えられる。
【0042】
重合体のグラフト密度は、架橋スペーサー部分を切断した後、上記の方法により求めてもよい。しかしながら、式2あるいは図3によれば、上記理由に基づいて重合体のグラフト密度を0.4鎖/nmと仮定したとき、親水性官能基Xが15原子鎖長以上を有するマルチビニルモノマーが該当する。即ち、親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数が15以上であれば、スペーサー長が重合体の主鎖間の平均長さよりも長いために、未反応のビニル基の結合が制限されにくいと考えられる。そのため、各々のマルチビニルモノマーが架橋されやすく、残存ビニル基の割合が少なくなる。
【0043】
一方、親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数が15よりもはるかに短いマルチビニルモノマー(例えば、CL<12)を使用したときは、上記と異なる現象が起こる。即ち、一端のビニル基が結合すると、スペーサー長が短いために他端のビニル基と重合体主鎖が接触しにくくなると考えられる。前記他端のビニル基が反応できない間に、他のマルチビニルモノマーが結合することで、前記の他端のビニル基は結合できなくなり、未架橋の状態となる。そのため、各々のマルチビニルモノマーが架橋されにくく、残存ビニル基の割合が多くなる。
【0044】
さらに、親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数が、15に近く15より少ないマルチビニルモノマー(例えば、CL=12から14)を使用した場合には、非常に稀なケースとして、上記2例とは全く異なる現象が起こると考えられる。スペーサー長および重合体主鎖間の平均長さがほぼ等しい長さにあるため、一端のビニル基が結合した後、直ちに他端のビニル基が隣接した重合体主鎖に結合することが考えられる。重合体の伸張は速く、架橋度も高くなるが、重合体主鎖および重合体全体の自由度が損なわれることが予想される。そのため、各々のマルチビニルモノマーが極めて架橋されやすく、重合体による膜の残存ビニル基の割合が極めて少なくなるが、そのような膜の非特異吸着防止能は低いと考えられる。
【0045】
好ましくは、図3中の曲線によって示されるグラフト密度における原子数よりも6原子以上長いマルチビニルモノマーを適用する。即ち、親水性官能基Xが21原子鎖長以上のマルチビニルモノマーを用いることにより、重合体全体の自由度を高くし、膜の非特異吸着防止能を向上させる。より好ましくは、図3中の曲線によって示されるグラフト密度における原子数よりも15原子以上長いマルチビニルモノマーを適用する。即ち、親水性官能基Xが30原子鎖長以上のマルチビニルモノマーを用いることにより、重合体全体の自由度を高くし、膜の非特異吸着防止能をさらに向上させる。
【0046】
一方、架橋構造の網目の大きさが、非特異吸着を防止したい分子よりも大きくなり過ぎると、吸着を招く恐れがある。そのため、親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数があまりに長いマルチビニルモノマー(例えば、100原子数以上)は、本発明に適さない場合もある。
【0047】
図3中の曲線は、C−C単結合が連なったスペーサーの場合の下限値であり、C−N単結合あるいはC−O単結合を有する場合は、その結合数に応じて下限値が上昇する。上記の3つの単結合よりも長い結合は数多く存在し、親水性を有するものもある。例えば、P−O単結合、S−O単結合などがあるが、そのような結合を含む場合は、結合距離と結合角を考慮して使用できる親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数の下限値を決めることができる。
【0048】
(親水性マルチビニルモノマー)
マルチビニルモノマーが有する親水性官能基Xは、親水性を示し、酸素原子あるいは窒素原子を含むものであることが好ましい。
ここで、本発明において、「親水性」とは、に対する接触角が60°以下を示すものであり、好ましくは、40°以下を示すものである。
【0049】
ユニット毎の親水性の定義としては、以下のような前例がある。水素結合アクセプター(HBA;hydrogen bond acceptor)数が6以上であるか、水素結合ドナー(HBD;hydrogen bond donor)数が5以上であるか、あるいは該スペーサー1分子あたりのHBA数およびHBD数の総計が9以上の化合物である。またこれらの条件を2つもしくは全て満たすような化合物であってもよい。好ましくは、HBA数は9以上であり、HBD数は6以上である。(特許文献:国際公開番号WO2004/025297)
【0050】
ここで、水素結合アクセプター数(HBA数)とは、含まれる窒素原子(N)と酸素原子(O)の総数であり、水素結合ドナー数(HBD数)とは、含まれるNHとOHの総数である(C.A.Lipinski et al.,Advanced Drug Delivery Reviews 23(1997)3−25)。
本発明においては、前記一般式(1)あるいは一般式(2)で示されるマルチビニルモノマーのスペーサーXが、前記HBA数およびHBD数を満たすものであっても良い。
【0051】
Xの代表例としては、親水性が高く、かつ、最も汎用的に使用されているエチレングリコール重合体(以下、PEGと称す)などが挙げられる。
PEGの構造式を考慮すると、
AVE=(0.154×1+0.143×2)/3×0.816=0.120
である。
式2に代入することにより、PEGを側鎖に有するマルチビニルモノマーを使用したときの原子数CLが式3で示される。
【0052】
【数3】

【0053】
さらに、PEGユニット数をULPEG(unit)とすると、CL=3ULPEG+1より、
【0054】
【数4】

【0055】
となる。
また、図4中の曲線は、式4から描かれる、本発明におけるグラフト密度Dに対するスペーサー長ULPEGの下限値である。即ち、図4中の曲線よりも上の範囲にあるPEGユニット数を有するマルチビニルモノマーを使用する。
【0056】
本発明において使用できるPEG含有マルチビニルモノマーとしては、ポリエチレングリコールジビニルエーテル、ポリエチレングリコールジアリルエーテル、ポリエチレングリコールジイソプロペニルエーテル、ポリエチレングリコールジアクリレート、ポリエチレングリコールジメタクリレートが挙げられるが、以上に限定されない。
【0057】
好ましくは、4ユニット以上のPEGを適用する。PEGが4ユニット以上であれば、一方のビニル基が結合しても、側鎖が長いことで未反応のビニル基の自由度が制限されにくいため、未反応のビニル基の反応効率が上昇する。また、PEGが4ユニット以上である場合、重合体の主鎖と側鎖の割合を考慮すると、重合体化したときに親水性となりやすい。
【0058】
好ましくは、6ユニット以上のPEGを適用する。即ち、図4中の曲線によって示されるグラフト密度におけるユニット数よりも2ユニット以上長いスペーサーを用いることにより、重合体全体の自由度を高くし、非特異吸着防止能を向上させる。より好ましくは、9ユニット以上のPEGを適用する。即ち、図4中の曲線によって示されるグラフト密度におけるユニット数よりも5ユニット以上のPEGを用いることにより、重合体全体の自由度を高くし、非特異吸着防止能をさらに向上させる。
【0059】
また、X内に部分的にPEGを有するものもマルチビニルモノマーとして使用できる。例えば、エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体、エチレングリコールとテトラメチレングリコールとの共重合体、エチレングリコールとエチレンイミンとの共重合体、エチレングリコールとプロピレンイミンとの共重合体、エチレングリコールとテトラメチレンイミンとの共重合体、エチレングリコールとグリセロールとの共重合体、エチレングリコールとトリメチロールプロパンとの共重合体、エチレングリコールとペンタエリスリトールとの共重合体、エチレングリコールとトリエタノールアミンとの共重合体、エチレングリコールとトリス(2−アミノエチル)アミンとの共重合体、あるいは、上記化合物の誘導体などをX内に含むものが挙げられるが、以上に限定されない。
【0060】
上記と同様に、エチレンイミン重合体をX内に有するものもマルチビニルモノマーとして使用できる。例えば、エチレンイミン重合体、エチレンイミンとエチレングリコールとの共重合体、エチレンイミンとプロピレングリコールとの共重合体、エチレンイミンとテトラメチレングリコールとの共重合体、エチレンイミンとプロピレンイミンとの共重合体、エチレンイミンとテトラメチレンイミンとの共重合体、エチレンイミンとグリセロールとの共重合体、エチレンイミンとトリメチロールプロパンとの共重合体、エチレンイミンとペンタエリスリトールとの共重合体、エチレンイミンとトリエタノールアミンとの共重合体、エチレンイミンとトリス(2−アミノエチル)アミンとの共重合体、あるいは、上記化合物の誘導体などをX内に含むものが挙げられるが、以上に限定されない。
【0061】
また、X内に陽イオンあるいは陰イオンを含むマルチビニルモノマーも使用することができる。
陽イオンを含むマルチビニルモノマーを使用することにより、陽イオンを表面に帯びた分子の吸着を電荷的な反発で防止することができる。また、陰イオンを含むマルチビニルモノマーを使用しても、同様に陰イオンを表面に帯びた分子の吸着を防止することができる。
【0062】
陽イオン含有マルチビニルモノマーとしては、アミン含有化合物、四級アンモニウムイオン含有化合物などが挙げられるが、以上に限定されない。
また、陰イオン含有マルチビニルモノマーとしては、カルボキシルイオン含有化合物、ホスフェイトイオン含有化合物、サルファイトイオン含有化合物などが挙げられるが、以上に限定されない。
【0063】
好ましくは、X内に両性イオンを含むマルチビニルモノマーを使用することができる。
マルチビニルモノマー分子内に陽イオンおよび陰イオンを有することにより、非特異吸着を効率的に防止することができる。既に、モノメタクリレートモノマーでは、ベタイン含有化合物、ホスホリルコリン含有化合物などがリビングラジカル重合され、非特異吸着防止効果があることが知られている。
【0064】
両性イオン含有マルチビニルモノマーとしては、ベタイン含有化合物、ホスホリルコリン含有化合物、アミノ酸が連結してできた化合物などが挙げられるが、以上に限定されない。ベタインとは、正電荷と負電荷を同一分子内の隣り合わない位置に持ち、正電荷をもつ原子には解離しうる水素原子が結合しておらず(四級アンモニウム、スルホニウム、ホスホニウムなどのカチオン構造をとる)、分子全体としては電荷を持たない化合物(分子内塩)の総称である。
【0065】
また、アシッドホスホオキシポリエチレングリコールモノメタクリレートおよびジエチルアミノエチルモノメタクリレートを混合してできるメタクリロイルポリエチレングリコールアシッドホスフェイトジエチルアミノエチルメタクリレートハーフ塩のように、酸塩基反応によって生じるマルチビニルモノマーも本発明において使用することができる。
【0066】
尚、上記に挙げたもののうち、複数のマルチビニルモノマーを混合して重合することにより重合体を形成しても構わない。また、上記のマルチビニルモノマーと所望のモノビニルモノマーを混合することにより重合体を形成しても構わない。
【0067】
(架橋構造)
マルチビニルモノマーを使用してリビング重合を行う場合、マルチビニルモノマーの側鎖が架橋スペーサーとなって自然に架橋構造が構築される。これは、リビング重合が、ポリマーの成長末端が常に重合活性であり(livingであり)、鎖の長さのそろったポリマーが得られる、という特徴を持つためである。しかし、架橋度についてはモノマーの鎖長とグラフト密度により大きく変化する。架橋度は、重合されたマルチビニルモノマーの全ビニル基に対して、残存ビニル基の割合を求めることによって明確になる。残存ビニル基の割合は、後に示す分光学的手法によって求められる。本発明の重合体は、重合体中の残存ビニル基が15%以下であることが好ましい。残存ビニル基が15%以上であれば、表面の反応活性が高いため、基体表面への生体分子および標識物質などの非特異吸着が起こるからである。
【0068】
より好ましくは、残存ビニル基が2%から15%である。残存ビニル基が2%以下である場合、重合体の主鎖間の平均長さ、およびマルチビニルモノマーの架橋スペーサー長が同程度の長さであることが考えられる。重合体の伸張は速く、架橋度も高くなるが、重合体主鎖および重合体全体の自由度が損なわれると考えられる。その結果、基体表面への生体分子および標識物質などの非特異吸着が起こる場合がある。残存ビニル基が2%から15%の間にある重合体であれば、より高い非特異吸着防止能を有すると考えられる。
【0069】
重合体の膜厚は、基体表面からのポリマーの結合による膜厚として一般的な範囲であれば、いかなる厚さでも良い。好ましくは、乾燥膜厚で0.5nm以上である。0.5nm未満である場合、サイズ排除効果が得られず、非特異吸着が起こりやすい場合がある、あるいは、重合開始剤の大きさによっては、重合体が不在となる場合がある。
【0070】
さらに好ましい膜厚は、0.5nm以上10nm以下である。本発明の重合体によって構築される膜は、膜内の多くが架橋構造である。つまり、三次元的な架橋構造を有するため、基体に対して縦方向に伸張するだけのモノビニルモノマーのグラフト膜と比較すると極薄い膜厚でもサイズ排除効果を有する。このことは、多くのバイオセンサで有利に用いられる。例えば、表面プラズモン共鳴(SPR)や局在表面プラズモン共鳴(LSPR)、あるいは磁気センサにおいては、素子表面が最も感度の高い部分である。しかし、このようなバイオセンサにおいて非特異吸着を防止することは必須である。そのため、従来は数十nmから数百nmの膜厚を必要とする。本発明を使用すれば、高い感度の部分のロスを最小限とし、非特異吸着を効率的に防止することができる。
【0071】
本発明の構造体の製造方法は、
(i)基体と重合開始剤とを接触させる工程と、
(ii)前記重合開始剤と接触させた基体と、下記一般式(1)あるいは一般式(2)で表されるマルチビニルモノマーとを接触させ、リビング重合により重合体を形成する工程と、を有することを特徴とする構造体の製造方法である。
【0072】
【化5】

【0073】
(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。また、Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
【0074】
本発明の構造体の製造方法について、図5を用いて説明する。
(i)の工程では、基体に、一般式(1)または(2)に示されるマルチビニルモノマーの重合を開始させる重合開始剤を接触させる。これにより、図5のように、重合開始剤3を基体1の表面に固定する。
(ii)の工程では、(i)の工程で得られた基体1と、一般式(1)または(2)に示されるマルチビニルモノマーとを接触させ、リビング重合させることによって重合体を形成する。
重合法としては、リビング重合の中でもリビングラジカル重合であることが好ましい。以下にリビングラジカル重合法の詳細を記載する。
【0075】
(リビングラジカル重合)
一般的に、リビングラジカル重合は、合成されるポリマーの分子量分布が小さく、かつ基体上に高密度にポリマー層をグラフト化することができる。よって、適当な鎖長のマルチビニルモノマーのリビングラジカル重合により、基体上の開始点に各々のビニル基が反応し、基体上に高密度な架橋膜を設けることが可能となる。リビングラジカル重合法としては、以下の重合のいずれかを利用した方法などを挙げることができる。
(1)有機ハロゲン化物などを開始剤とし、遷移金属錯体を触媒とする原子移動ラジカル重合(Atom Transfer Radical Polymerization:ATRP)。
(2)ニトロキシド化合物などのラジカル捕捉剤を用いるニトロキシド媒介重合(Nitroxide Mediated Polymerization:NMP)。
(3)ジチオカルバメイトなどのラジカル捕捉剤を用いる光イニシエーター重合。
【0076】
本発明においてはいずれの方法により構造体を製造してもよいが、制御の容易さなどから原子移動ラジカル重合を利用するのが好ましい。
【0077】
(原子移動ラジカル重合)
リビングラジカル重合が原子移動ラジカル重合の場合、化学式1から3に示すような有機ハロゲン化物、又は化学式4に示すようなハロゲン化スルホニル化合物を重合開始剤として用いることができる。
【0078】
【化6】

【0079】
原子移動ラジカル重合開始剤が導入された基体を反応溶媒に加えた後、マルチビニルモノマー、遷移金属錯体を添加し、反応系を不活性ガスで置換して原子移動ラジカル重合を行う。これによって、グラフト密度を一定に保持しながら重合を進行させることができる。つまり、重合をリビング的に進行させ、重合体を基体上にほぼ均等に成長させることができる。
【0080】
反応溶媒としては、特に限定されないが、例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、ピリジン、水、メタノール、エタノール、プロパノ−ル、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、シクロヘキサノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、イソプロピルセロソルブ、ブチルセロソルブ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸エチル、トリオキサン、テトラヒドロフラン等を使用することができる。これらは単独で使用しても良いし、又は2種以上を併用しても良い。
【0081】
不活性ガスとして、窒素ガスやアルゴンガスを使用することができる。
使用する遷移金属錯体はハロゲン化金属とリガンドからなる。ハロゲン化金属の金属種としては、原子番号22番のTiから30番のZnまでの遷移金属が好ましく、更に、Fe、Co、Ni、Cuが好ましい。その中でも、塩化第一銅、臭化第一銅が好ましい。
【0082】
リガンドとしては、ハロゲン化金属に配位可能であれば特に限定されないが、例えば、2,2’−ビピリジル、4,4’−ジ−(n−ヘプチル)−2,2’−ビピリジル、2−(N−ペンチルイミノメチル)ピリジン、(−)−スパルテイン、トリス(2−ジメチルアミノエチル)アミン、エチレンジアミン、ジメチルグリオキシム、1,4,8,11−テトラメチル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカン、1,10−フェナントロリン、N,N,N’,N’’,N’’−ペンタメチルジエチレントリアミン、ヘキサメチル(2−アミノエチル)アミン等を使用することができる。
【0083】
遷移金属錯体の添加量は、マルチビニルモノマーに対して、0.001から10重量%、好ましくは0.05から5重量%であることが好ましい。
重合終了後、基体を前記した反応溶媒で十分に洗浄して、重合体がグラフト化された構造体を得ることができる。
【0084】
(ニトロキシド媒介重合)
リビングラジカル重合がニトロキシド媒介重合である場合、化学式5から7に示すようなニトロキシド化合物を重合開始剤として用いることができる。
【0085】
【化7】

【0086】
ニトロキシド媒介重合開始剤が導入された基体を反応溶媒に加えた後、マルチビニルモノマーを添加し、反応系を不活性ガスで置換してニトロキシド媒介重合を行う。これによって、グラフト密度を一定に保持しながら重合を進行させることができる。つまり、重合をリビング的に進行させ、重合体を基体上にほぼ均等に成長させることができる。
【0087】
反応溶媒としては特に限定されないが、前記した同様の溶媒を使用することができる。また、それらを単独で使用しても良いし、又は2種以上を併用しても良い。
不活性ガスとして、窒素ガスやアルゴンガスを使用することができる。
重合終了後、基体を前記した反応溶媒で十分に洗浄して、重合体がグラフト化された構造体を得ることができる。
【0088】
(光イニシエーター重合)
リビングラジカル重合が光イニシエーター重合である場合、化学式8に示すようなN,N−ジチオカルバミン系化合物を重合開始剤として用いることができる。
【0089】
【化8】

【0090】
光イニシエーター重合開始剤が導入された基体を反応溶媒に加えた後、マルチビニルモノマーを添加し、反応系を不活性ガスで置換して光照射することによって光イニシエーター重合を行う。これによって、グラフト密度を一定に保持しながら重合を進行させることができる。つまり、重合をリビング的に進行させ、重合体を基体上にほぼ均等に成長させることができる。
【0091】
反応溶媒としては特に限定されないが、前記した同様の溶媒を使用することができる。また、それらを単独で使用しても良いし、又は2種以上を併用しても良い。
不活性ガスとして、窒素ガスやアルゴンガスを使用することができる。
【0092】
照射する光の波長は、使用する光イニシエーター重合開始剤の種類によって異なる。化学式9に例示する光イニシエーター重合開始剤を有する基体表面にグラフト化する場合、反応系に300nmから600nmの波長を示す光を照射することによって光イニシエーター重合が良好に進行する。
【0093】
重合温度は、副反応を防止するため、室温あるいはそれ以下の温度であることが好ましい。ただし、同様の効果が得られる範囲においてこの温度領域に限定されるわけではない。
重合終了後、基体を前記した反応溶媒で十分に洗浄して、重合体がグラフト化された構造体を得ることができる。
【0094】
(重合体の評価方法)
本発明において、基体表面は重合体によって改質される。よって、基体の表面を分析する、あるいは、基体表面に構築された重合体を部分的に分解したものを分析することにより、重合体が評価できる。
【0095】
重合体の親水性は、例えば水に対する接触角を測定することで評価できる。
重合体の架橋度は、赤外線吸収(IR)分光法、X線光電子分光(XPS)法などの方法により、反応したマルチビニルモノマーのうち未反応のC−C二重結合の割合を分析することで評価できる。とりわけ、赤外高感度反射(Infrared Reflection−Absorption Spectroscopy、以下IR−RAS)法は、基体上の薄膜を高感度に分析することが可能である。IR−RAS法は偏光の反射を検出することによって一般的に薄膜の配向を分析する手法であるが、本発明における重合体に関しては、数nmから数十nmの乾燥膜厚に対して比例したピークが得られることがわかっている。そのため、残存ビニル基を測定する手段としては有用である。その際、マルチビニルモノマーがアクリレートあるいはメタクリレートであれば、カルボニル基由来のピークを内部標準とすることで、残存ビニル基の定量が可能である。その具体例は実施例に示す。
また、重合体の歪みと応力の関係をレオメータなどで分析することで架橋構造であるか否かを評価できる。
【0096】
重合体の密度の評価方法は、例えば以下のように評価できる。乾燥膜厚をエリプソメトリーを用いて測定し、かつ、重合体構築前後の基体の重量を測定する。架橋スペーサーを切断し、重合体を基体から切断後、重合体の主鎖の分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で測定する。以上の測定から得られる乾燥膜厚、重合体の主鎖の分子量および分子数から、密度が評価できる。
【0097】
重合体の構築に使用されたマルチビニルモノマーの長さおよび種類は、核磁気共鳴(NMR)分光法、赤外線吸収(IR)分光法、X線光電子分光(XPS)法、あるいは飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)などの組合せにより評価することができる。また、原子力間顕微鏡(AFM)との組合せで評価することも可能である。
【0098】
重合体へのタンパクの非特異吸着防止効果については、蛍光観察、蛍光測定、ELISA(Enzyme−Linked ImmunoSorbent Assay)、放射免疫測定(RIA)、SPR、LSPR、水晶振動子マイクロバランス(QCM)などによって評価することが可能である。
【実施例】
【0099】
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
実施例1
(金薄膜基板上にATRP開始剤を導入する工程)
SIAkit Au(厚さ0.3mm、大きさ12mm×10mm、ビアコア株式会社製)の金薄膜基板を蓋付容器に入れ、前記容器を超音波洗浄を行った。蓋付容器中にはアセトン、イソプロピルアルコール、超純水を順次入れることで洗浄した。金薄膜基板を窒素パージにて乾燥後、UV/O洗浄装置 UV−1(サムコ株式会社製)中にセットし、120℃、10分の条件でUV/O洗浄を行った。再び金薄膜基板と超純水を蓋付容器に入れ、超音波洗浄を行った。
【0100】
蓋付容器にエタノール10ml、さらに化学式9で示される11−メルカプト−ウンデシル 2−ブロモ−2−メチル−プロピオン酸エステル(株式会社ナード研究所製)3.5mgを加え、ATRP開始剤溶液を作製した。洗浄された金基板薄膜をエタノールに洗い流した後、蓋付容器に入れ、ロータリーインキュベーターにて撹拌した。さらに、エタノールで一夜洗浄することで、ATRP開始剤で自己組織化単分子膜(Self Assembly Monolayer,以下SAM)が形成された金薄膜基板を作製した。尚、窒素パージにて乾燥後、SAMの乾燥膜厚をエリプソメーター M−2000(J.A.Woollam社製)で測定すると、1.86±0.08nmであった。但し、前記基板は乾燥せずに次段階の重合プロセスで使用する溶媒にて洗い流した後、重合用の反応容器に入れることが好ましい。
【0101】
【化9】

【0102】
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてノナエチレングリコールジアクリレート(NEGDA、EG数9ユニット)を重合する工程)
SAM形成基板を反応用シュレンク管に入れ、壁面に当たらないよう固定した。次いで、シュレンク管を氷水中に浸し、2,2’−ビピリジル93mg、化学式10で示されるNEGDAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステルA−400)7.6gを加え、メタノール/超純水(4/1=w/w)を加えて全量を30mlとした。シュレンク管内にシリンジで窒素を封入することにより反応系内を窒素置換した。臭化第一銅 39mgを加え、さらに窒素置換した後、23℃にてATRPを開始した。24時間反応後、大気に暴露することによって反応を終了させることによって、構造体を得た。
【0103】
【化10】

【0104】
反応終了後、前記構造体およびメタノールを蓋付容器に入れ、ロータリーインキュベーターにて一夜洗浄した。同様に超純水で一夜洗浄した。窒素パージにて乾燥後、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、0.7±0.1nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、25±2°であった。
【0105】
(重合体のタンパク吸着測定)
SPRを原理とするBiacoreX(GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社製)にてタンパク吸着測定を行った。得られたNEGDAの重合体を用いてSIAkit Au付属の方法によりセンサーチップを作製し、規定の方法によりBiacoreXに挿入した。リン酸緩衝液(pH7.4)にて規定の方法により基板表面や流路を洗浄後、20μl/minの流速でセンサーグラムを開始した。シグナルが平坦になったことを確認後、タンパク溶液をインジェクトし、2分間流した。タンパク溶液としては、4%BSA(Bovine Serum Albumin)溶液、1%BIgG(Bovine ImmunoglobulinG)溶液を用いた。各々のタンパク溶液40μLを流し終えて5分後のシグナルと流す前のシグナルの差を測定し、3回測定した平均をタンパク吸着量とした。結果を図6および図7に示す。吸着量はRU単位で示されるが、1RU≒1pg/mmである。
【0106】
実施例2
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてテトラエチレングリコールジメタクリレート(TEGDMA、EG数4ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式11で示されるTEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステル4G)1.01gを加えることでATRPを8時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、4.5±0.2nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、35±1°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0107】
【化11】

【0108】
実施例3
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてヘキサエチレングリコールジメタクリレート(HEGDMA、EG数6ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、化学式12で示されるNEGDAモノマーの代わりにHEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製)1.24gを加えることでATRPを7時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、7.3±0.2nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、32±2°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0109】
【化12】

【0110】
実施例4
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてノナエチレングリコールジメタクリレート(NEGDMA、EG数9ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式13で示されるNEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステル9G)1.61gを加えることでATRPを14時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、4.1±0.3nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、25±3°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0111】
【化13】

【0112】
実施例5
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてポリエチレングリコールジメタクリレート(PEGDMA、EG数23ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式14で示されるPEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステル23G)3.41gを加えることでATRPを24時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、5.2±0.1nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、20±3°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0113】
【化14】

【0114】
実施例6
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてエトキシ化グリセリントリアクリレート(EG総数9ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式15で示されるエトキシ化グリセリントリアクリレートモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名A−GLY−9E)7.8gを加えることでATRPを24時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、2.2±0.1nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、30±3°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0115】
【化15】

【0116】
実施例7
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてエトキシ化グリセリントリアクリレート(EG総数20ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式16で示されるエトキシ化グリセリントリアクリレートモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名A−GLY−20E)13.6gを加えることでATRPを所定時間24時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、2.3±0.2nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、21±3°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0117】
【化16】

【0118】
実施例8
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いて両性イオン含有マルチビニルモノマーを重合する)
アシッドホスホオキシポリエチレングリコールモノメタクリレート(ユニケミカル株式会社製、商品名Phosmer PE、EG数4から5ユニット)1当量、およびジエチルアミノエチルモノメタクリレート1当量を混合し、酸塩基反応により化学式17で示されるメタクリロイルポリエチレングリコールアシッドホスフェイトジエチルアミノエチルメタクリレートハーフ塩(以下、PEDM)を生じさせる。
【0119】
【化17】

【0120】
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに前記PEDMを加えることでATRPを所定時間行う。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、吸着防止に必要な膜厚が得られる。また、水に対する接触角を測定すると、吸着防止には妥当な接触角が得られる。さらに、タンパク吸着測定を行うと、既存膜に比べて低い吸着量が確認される。
【0121】
比較例1
(洗浄された金薄膜基板をスキムミルク溶液で処理する)
実施例1と同様に金薄膜基板を洗浄後、蓋付容器に1%スキムミルクのリン酸緩衝液(pH7.4)10mlを入れた。洗浄された金基板薄膜を超純水で洗い流した後、蓋付容器に入れ、ロータリーインキュベーターにて1時間撹拌した。さらに、超純水で一夜洗浄することで、表面がスキムミルク処理された金薄膜基板を作製した。尚、窒素パージにて乾燥後、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0122】
比較例2
(洗浄された金薄膜基板をトリエチレングリコールウンデカンチオール(TEG−UT)溶液で処理する)
実施例1と同様に金薄膜基板を洗浄後、蓋付容器に1μM TEG−UTのエタノール溶液10mlを入れた。洗浄された金基板薄膜をエタノールで洗い流した後、蓋付容器に入れ、ロータリーインキュベーターにて1時間撹拌した。さらに、エタノールで一夜洗浄することで、表面がTEG−UT処理によってSAM形成された金薄膜基板を作製した。尚、窒素パージにて乾燥後、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0123】
比較例3
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてエチレングリコールジメタクリレート(EGDMA、EG数1ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式18で示されるEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステル1G)0.60gを加えることでATRPを6時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、9.5±0.3nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、85±6°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0124】
【化18】

【0125】
比較例4
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてジエチレングリコールジメタクリレート(DEGDMA、EG数2ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式19で示されるDEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステル2G)0.36gを加えることでATRPを3時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、4.5±0.2nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、64±3°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0126】
【化19】

【0127】
比較例5
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてトリエチレングリコールジメタクリレート(TrEGDMA、EG数3ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式20で示されるTrEGDMAモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名NKエステル3G)0.86gを加えることでATRPを3時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、23.2±0.1nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、44±2°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図7に示す。
【0128】
【化20】

【0129】
比較例6
(ATRP開始剤によるSAM表面に、ATRP法を用いてエトキシ化グリセリントリアクリレート(EG総数3ユニット)を重合する)
実施例1と同様に、金薄膜基板上にATRP開始剤を導入後、NEGDAモノマーの代わりに化学式21で示されるエトキシ化グリセリントリアクリレートモノマー(新中村化学工業株式会社製、商品名A−GLY−3E)4.63gを加えることでATRPを所定時間24時間行った。洗浄後、窒素パージにて乾燥し、重合体の乾燥膜厚を上記同様に測定すると、5.6±0.3nmであった(但し、SAMの膜厚を除く)。また、水に対する接触角を測定すると、45±3°であった。さらに、タンパク吸着測定を行った結果を図6および図7に示す。
【0130】
【化21】

【0131】
実施例9
(重合体のIR−RAS分析)
実施例2、比較例4および比較例5の重合体について、反応時間を変化させることにより得られた膜厚の異なる重合体のIR−RAS分析結果を図8に示す。図8(a)に実施例2、図8(b)に比較例4、図8(c)に比較例5の重合体のIR−RAS分析結果である。さらに、カルボニル基由来のピークを内部標準とすることで、残存ビニル基を定量した結果を図9に示す。
【0132】
図9においては、カルボニル基由来の1730cm−1付近のピーク面積を横軸に示し、残存ビニル基由来の1290cm−1付近と1320cm−1付近のピーク面積の和を縦軸に示した。また、モノマーをスピンコートした薄膜のIR−RAS分析を行ったところ、ピーク面積比([1290cm−1]+[1320cm−1])/[1730cm−1]≒0.2であることを元に、各重合体の残存ビニル基を定量した。その結果を表1に示す。
【0133】
【表1】

【0134】
比較例4の重合体に比べ、実施例2の重合体については残存ビニル基が少ないことがわかる。比較例5の重合体は、残存ビニル基の割合は非常に低い。重合されたマルチビニルモノマーの全ビニル基のうち、残存ビニル基は2%以下である。これは他のマルチビニルモノマーと比較すると非常に稀なケースである。重合体の伸張は速く、架橋する割合も高くなるが、重合体の主鎖および重合体全体の自由度が損なわれると考えられる。
【0135】
また、実施例3、実施例4の重合体については、実施例2の重合体と同程度の残存ビニル基量を示した。比較例3の重合体については、比較例4以上の残存ビニル基量を示した。このとき、重合されたマルチビニルモノマーの全ビニル基のうち、残存ビニル基は15%以上である。このことから、比較例5を除けば、残存ビニル基を抑制することがタンパク吸着の防止能を高めることに繋がると考えられる。
【0136】
以上の結果より、重合されたマルチビニルモノマーの全ビニル基のうち、残存ビニル基が15%以下の重合体が、高いタンパク吸着防止能を有すると考えられる。好ましくは、残存ビニル基が2%から15%の間にある重合体が、より高いタンパク吸着防止能を有すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0137】
本発明の構造体を、例えば、遺伝子検査、生化学検査、免疫検査などの検体検査の反応場および流路に用いれば、検体に含まれる夾雑物の非特異吸着を防止することができる。また、注射器、カテーテルなどの医療デバイスの表面を重合体で覆うことにより、体内の異物反応を抑制することができる。
【0138】
さらに、本発明の標的物質検出素子を造影剤など医療イメージング用の分子プローブに用いれば、体内の異物反応を抑制するだけでなく、分子プローブの分散性を高めることが可能である。また、カメラ、ビデオカメラ、白内障治療用挿入器具等のレンズ表面を重合体で覆うなど、材料表面の曇りや汚れを防止する目的で本発明を有効に用いることができる。上記応用群の一例として、磁気バイオセンサに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0139】
【図1】本発明の構造体の一例を示す図である。
【図2】本発明におけるグラフトポリマーのグラフト密度およびスペーサー長の関係を示す図である。
【図3】本発明におけるグラフトポリマーのグラフト密度および親水性官能基Xにおいて直列に連なる原子数の関係を示す図である。
【図4】本発明の実施例におけるグラフトポリマーのグラフト密度およびPEG鎖長の関係を示す図である。
【図5】本発明の構造体の製造方法の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施例におけるタンパク吸着測定結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例におけるタンパク吸着測定結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例および比較例におけるIR−RAS分析結果を示す図である。
【図9】本発明の実施例および比較例におけるIR−RAS分析の解析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0140】
1 基体
2 重合体
3 重合開始剤
14 重合体の主鎖
16 架橋スペーサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、該基体の表面に存在する重合体と、からなる構造体であって、前記重合体が、下記一般式(1)あるいは一般式(2)で表されるマルチビニルモノマーの重合体からなり、かつ架橋構造を有することを特徴とする構造体。
【化1】

(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。また、Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
【請求項2】
前記Xが、二官能性化合物あるいは環状化合物の重合体を含むことを特徴とする請求項1に記載の構造体。
【請求項3】
前記Xが、4ユニット以上のポリエチレングリコールを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の構造体。
【請求項4】
前記重合体中のビニル基の数が、前記マルチビニルモノマーの全ビニル基の数の15%以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の構造体。
【請求項5】
基体と重合開始剤とを接触させる工程と、前記重合開始剤と接触させた基体と、下記一般式(1)あるいは一般式(2)
【化2】

(式中、R、R’、R’’は水素原子あるいはメチル基を示す。また、Xは15以上の原子が直列に連なる親水性官能基を示す。)
で表されるマルチビニルモノマーとを接触させ、リビング重合により重合体を形成する工程と、を有することを特徴とする構造体の製造方法。
【請求項6】
前記リビング重合がリビングラジカル重合であることを特徴とする請求項5に記載の構造体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−57549(P2009−57549A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−202343(P2008−202343)
【出願日】平成20年8月5日(2008.8.5)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】