説明

構造体からの剥落物落下防止工法

【課題】対象構造体表面の下地処理作業を軽減できると共に、当該構造体表面が湿潤状態の場合や作業環境が低温である場合でも、当該構造体表面との固定力を長期にわたって安定的に確保でき、漏水を構造体と樹脂シートの間で系外に排出し、トンネル空間内や高架橋のコンクリート等の下に落下させず、さらには作業時間を短縮することが可能な構造体からの剥落物落下防止工法を提供する。
【解決手段】繊維束を3軸以上に配置した多軸組布に樹脂を含浸し、開口率が50〜80%である樹脂含浸多軸組布を、アンカーにより、樹脂シートを介して構造体に固定することを特徴とする構造体からの剥落物落下防止工法である。好ましくは、該樹脂含浸多軸組布の目開きは、6〜13mmの丸棒が通過可能に形成されていることを特徴とする。より好ましくは、該アンカーは、樹脂製パッキンを介して、該樹脂含浸多軸組布を構造体に固定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造体からの剥落物の落下を防止する工法に関し、特に、鉄道、道路等のトンネル内の覆工コンクリート、レンガ、ブロック、高架橋のコンクリート等の構造体からの剥落物の落下を防止するために使用され、搬入および固定作業が容易で、導水性に優れた、樹脂含浸多軸組布を用いた構造体からの剥落物落下防止工法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道、道路等のトンネル内の覆工コンクリート、レンガ、ブロックや橋梁等のコンクリートを用いた構造体においては、経年劣化や地震などにより、その一部が剥落するという事故が発生している。
【0003】
このような構造体を補修する方法として、炭素繊維やアラミド繊維をエポキシ樹脂、アクリル樹脂等で接着するシ―ト工法や、繊維で構成されたネット状物をアンカーで壁面に固定しモルタルを吹付ける工法などが提案されている。
【0004】
特許文献1には、構造体表面を下地処理し、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂を使用して、繊維シートを含浸硬化させ、貼り付ける工法が提案されている。しかし、本工法は構造体の表面が湿潤状態にあるなど構造体の表面状態によっては構造体表面と繊維シートとの間の必要な接着力を確保できない場合がある。また寒冷時には熱硬化性樹脂の硬化時間が長いため、短時間施工を要求される工事には適用することができない場合がある。さらに、その硬化体の水密性が高いために、構造体からの背面水圧、凍結融解あるいは水蒸気の膨張圧により、繊維シートが剥離する場合がある。また目視による構造体劣化進行の観察が困難であるので、構造体の劣化状況の観察や剥離片の発生を発見することが難しい。
【0005】
特許文献2には組布の片面に粘着剤層を形成し、粘着力でコンクリートに貼り付ける工法が述べられているが、構造体の表面状態が悪いと貼り付けること自体が不可能である。また、正常に貼り付けることができたとしても、粘着剤が劣化すれば、剥落片の落下防止性能が低下し、さらには組布そのものが剥離落下する恐れもある。また、特許文献3には格子状のプラスチック素材または繊維強化プラスチック素材の片面に粘着剤層を形成し、粘着力でコンクリートに貼り付ける工法が述べられているが、この場合も上記に述べた問題を含んでいる。
【0006】
特許文献4には構造体に組布を設置した後、モルタルを吹付け、塗りこめることにより、剥落片の落下を防止する工法が提案されている。しかし、組布を構造体に取り付ける工程に労力と時間を要し、短時間での施工性に問題がある。さらにこの場合も、目視による構造体劣化進行の観察が困難であるので、構造体の劣化状況の観察や剥離片の発生を発見することが難しい。
【0007】
特許文献5にはFRP格子筋をアンカーボルトで固定する工法が開示されているが、一般的にFRP格子筋は、構造体表面の凹凸や剥落片などにより傷つき易く、破断する可能性が高い。これを回避するためには、繊維束を太くすると共に、含浸させる樹脂量を多くする必要がある。このため、FRP筋の曲げ剛性が高くなり、構造体の表面に凹凸がある場合や半径の小さな曲面に沿って格子筋を固定することが困難となる。さらに、当然のことながらFRP格子筋を小径に巻き取ることが不可能であるので、工事現場への搬入も困難となる。
【0008】
特許文献6には構造体の経年劣化が観察可能で、かつロール状に巻き取り可能な組布が提案されているが、形状が二軸の格子状である。二軸では引き抜き試験を行うと、正方形あるいは長方形の格子が菱形または平行四辺形に変形して伸張する。そのためにトンネルを想定した場合、剥離片を受止め得たとしても、垂れ下がり距離が大きくなり建築限界を侵し、十分な内空断面積の確保が難しいという欠点を有している。
【0009】
特許文献7にはコンクリート構造体に経年劣化の目視観察を可能にする空隙を有する組布を提案しているが、この工法は埋め込みアンカーで組布を固定するとともに透明の樹脂で接着する工法である。この場合は、特許文献1と同様に構造体の表面が湿潤状態にあるなど構造体の表面状態によっては構造体表面と繊維シートとの間の必要な接着力を確保できない場合がある。また、その硬化体の水密性が高いために、構造体からの背面水圧、凍結融解あるいは水蒸気の膨張圧により、組布が剥離する場合がある。
【0010】
特許文献8には超高分子量ポリエチレン製の多軸の不織布または織布の交点部分を熱可塑性樹脂で接着した45度カンチレバー法で10cm以上100cm以下の硬さを有する織布を構造体に熱硬化性樹脂やセメント系モルタルで接着固定する方法が提案されている。この場合も、特許文献1と同様に構造体の表面が湿潤状態にあるなど構造体の表面状態によっては構造体表面と織布との間の必要な接着力を確保できない場合がある。また、その硬化体の水密性が高いために、構造体からの背面水圧、凍結融解あるいは水蒸気の膨張圧により、織布が剥離する場合がある。
【特許文献1】特開2003−213624号公報
【特許文献2】特開2006−16703号公報
【特許文献3】特開2006−291668号公報
【特許文献4】特開2005−97882号公報
【特許文献5】特開2006−9266号公報
【特許文献6】特開2004−293150号公報
【特許文献7】特開2001−355343号公報
【特許文献8】特開2004−132015号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
剥離物落下防止工法には、施工性、安全性、耐久性・保守管理の観点から、次のような条件を満たすことが要求される。
(1)施工性
・施工時間の短縮:鉄道では終電から始発までの間など、短時間施工が可能であること。
・施工水準の容易性:特に選ばれた作業員でなくても一定の施工水準を確保できる施工技術の容易性。
・不陸対応性:構造体表面に存在する多少の凸凹形状にも対応可能であること。
・導水性:漏水を構造体と樹脂シートの間で系外に排出し、トンネル空間内や高架橋のコンクリート等の下に落下させないこと。
【0012】
(2)安全性
・剥離抵抗性:覆工コンクリートの剥離片の落下荷重に耐える強度を有するとともに、その荷重による変位量が建築限界を侵さないこと。
・湿潤面接着性:漏水面でも付着強度を確保できること。
・耐火性:道路、鉄道を問わず、特にトンネル等の閉鎖空間では利用者の避難に必要な時間確保のため、不燃性又は自己消火性を有する材料が好ましいこと。
・非導電性:鉄道等のトンネルの場合、動力線や信号線などの短路を防止、あるいは万一組布が剥落した場合でも電動モーターの等の短路が起こらないこと。
【0013】
(3)耐久性・保守管理
・品質の安定:腐食等の劣化に強いこと。
・保守管理:構造体の劣化状況の観察や剥離片の発見が容易であること。また、施工後の再補修が容易であること。
【0014】
上記条件に鑑み、本発明の主な目的は、対象構造体表面の下地処理作業を軽減できると共に、仮に当該構造体表面が湿潤状態の場合や作業環境が低温である場合でも、当該構造体表面と組布との固定力を長期にわたって安定的に確保でき、さらには作業時間を短縮することが可能な構造体からの剥落物落下防止工法を提供することである。
【0015】
また、構造体の劣化の進行が観察可能であり、仮に、組布に剥落片がぶら下がっている場合には、例えば、その部分の組布を切断し、剥落片を除去、剥落部の断面修復を行った後、組布をパッチワーク的に取り付けるなど、補修作業を容易に行うことが可能な構造体からの剥落物落下防止工法を提供することである。
【0016】
さらに、トンネルのコンクリート覆工からのにじみ漏水あるいは、レンガ覆工に見られる目地からの漏水のような面状の漏水は線導水工法による対応が困難であるが、構造体に透明シートとともに組布を取付ける方法で、面導水(構造体とシートの間を通して漏水を排水)が簡易に行える構造体からの剥落物落下防止工法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、請求項1に係る発明は、繊維束を3軸以上に配置した多軸組布に樹脂を含浸し、開口率が50〜80%である樹脂含浸多軸組布を、アンカーにより、樹脂シートを介して構造体に固定することを特徴とする構造体からの剥落物落下防止工法である。
【0018】
請求項2に係る発明では、請求項1に記載の構造体からの剥落物落下防止工法において、該樹脂含浸多軸組布の目開きは、6〜13mmの丸棒が通過可能に形成されていることを特徴とする。
【0019】
請求項3に係る発明では、請求項1又は2に記載の構造体からの剥落物落下防止工法おいて、該アンカーは、樹脂製パッキンを介して、該樹脂含浸多軸組布を構造体に固定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
請求項1に係る発明により、繊維束を3軸以上に配置した多軸組布に樹脂を含浸し、開口率が50〜80%である樹脂含浸多軸組布を用いることにより、作業環境に適した柔軟性及び剛性を実現することが可能となる。柔軟性においては、構造体の表面にある凹凸に沿って組布を配置固定でき、また、外径が7.5〜20cm程度の小径円筒体に巻き付け、ロール状態とすることで、組布の製造又は保管、工事現場への搬入、さらには作業時の組布の配置作業が容易となる。また、剛性においては、該ロール状態の組布を解しながら構造体表面にある凹凸に沿って組布を配置する際に、組布が構造体表面に密着し、組布の配置作業を円滑に行うことが可能となる。
【0021】
また、樹脂含浸多軸組布を樹脂シートを介して構造体に固定するため、組布のみの場合と比較し、剥落片の落下荷重に対する耐久強度を高くできる上、面導水を行うことも可能となる。
【0022】
請求項2に係る発明により、樹脂含浸多軸組布の目開きは、6〜13mmの丸棒が通過可能に形成されているため、組布を損傷することなく6mm以上13mm以下の外径を有するアンカーボルトを使用することが可能となる。これにより、組布の耐久性を高めると共に、コンクリート等で構成される構造体からの剥落片に対しても、アンカーにより十分な保持力を発揮させることが可能となる。
【0023】
請求項3に係る発明により、アンカーは、樹脂製パッキンを介して、樹脂含浸多軸組布を構造体に固定するため、組布を損傷することなく、組布を構造体に固定することが可能となる。また、剥落片により組布が構造体表面に平行又は垂直方向に引っ張られた場合でも、該パッキンにより該組布を面的に保持しているため、組布の移動を抑制すると共に、組布の破損を防止することが可能となる。さらに、鉄道トンネルの場合のような列車通過に伴う気圧変化などのように、樹脂含浸組布が受ける繰り返し負荷を緩衝して、経年による疲労破断を防止することも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の構造体からの剥落物落下防止工法について詳細に説明する。
本発明の構造体からの剥落物落下防止工法は、繊維束を3軸以上に配置した多軸組布に樹脂を含浸し、開口率が50〜80%である樹脂含浸多軸組布を、アンカーにより、樹脂シートを介して構造体に固定することを特徴とする。
【0025】
剥離落下物を支える樹脂含浸多軸組布の軸方向の数が多いほど、組布であるネットが荷重を受けた際の変形を小さくし、かつ破断時の荷重がより大きくなり、剥離物の落下防止性能が高い。理想的には剥離物を中心に、軸数の多い組布ほど好ましいが、一方において、多軸組布の生産では軸数が多くなると、急激に量産技術が難しくなり、組布の製造価格も高くなるため、図1のような2軸組布よりも、図2の3軸組布又は図3の4軸組布のように、現実的には軸数は3または4が好ましい。
【0026】
多軸組布を構成する繊維としては、高強度、高弾性率であって、クリープの小さい耐久性の高い繊維が好ましい。例えば、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、全芳香族ポリエステル繊維、PBO繊維、ビニロン、金属繊維の1種以上から選ばれる。これらの繊維の1種以上とナイロン、ポリエステル繊維、アクリル繊維や綿などが併用されても良い。特に鉄道トンネル等においては、非導電性であり、コンクリートからのアルカリ成分による劣化を受けない耐アルカリガラス繊維が好ましい。
【0027】
多軸組布の引張破断強力は剥離落下物を支えるという観点から重要である。それぞれの軸方向の樹脂含浸された糸束一本あたりの破断強力が500N以上であることが好ましい。ガラス繊維、炭素繊維の場合、多軸組布を構成する糸束が適切な樹脂で適量含浸されていないと、破断強力が発現しない。従って、ガラス繊維、炭素繊維の場合、適切な樹脂と含浸量が重要である。
【0028】
樹脂含浸多軸組布の交点破断強力も重要である。剥落物を支える力は樹脂含浸された多軸組布と構造体との間の固定力に依存する。剥落物の荷重は、その近くに存在する複数個の冶具による固定箇所に分散させる必要がある。樹脂含浸された多軸組布の交点は、物理的に固定されておらず、含浸樹脂で接着されている。荷重を分散させるには、樹脂含浸された多軸織組布の交点破断強力が重要であり、図4及び5に示した交点破断強力試験においては、交点破断の値が45N以上を有することが必要である。交点破断強力がこれより低いと、構造体からの垂れ下がり距離が大きくなる。例えばトンネルの場合、建築限界以上(例えば、20cm以上)に垂れ下がると、列車や自動車にぶつかる恐れがある。また、荷重が近くに存在する複数個の固定箇所に分散しないと、糸束が破断したり、特定の固定点が破壊する恐れがある。
【0029】
なお、図4は、2軸組布を例に、交点破断強力試験に用いる試験片の作成を示したものであり、図4の左図のように組布を切り出すと共に、試験で測定する交点の下側近傍には糸束に切込みを設け、図4の右図の斜視図のような試験片を作成する。次に、図5に示すような試験片を固定冶具により固定し、交点破断強力を測定する。図5の左図は、試験片の下部側を固定するための金属プレートであり、図5の右図は、試験片の上部及び下部を各々の固定冶具(つかみ)で把持した状態を示し、上部及び下部の固定冶具を引き離すように負荷を掛けることで、着目する交点の破断強力を測定する。なお、図5では、測定対象となる交点と上部側固定冶具との距離を75mmに設定し、上部側固定冶具を毎分1mmで上昇させているが、これに限定されるものではない。
【0030】
樹脂含浸多軸組布においては、目開きも重要である。一般に多軸組布を構成する糸束を太くしたり、多軸にすると目開きが小さくなる。目開きは、後述するように組布の柔軟性や剛性を調整する上で、重要な要素であり、さらに、構造体に組布を固定する際にアンカーピンを利用する場合には、目開きが小さいと多軸組布を傷める恐れがある。これらを総合的に考慮すると開口率が50〜80%が好ましく、より好ましくは、6〜13mmの丸棒が通過可能である目開きを有する樹脂含浸多軸組布が望ましい。6〜13mmの外径を有するアンカーボルトを使用することにより、コンクリート等で構成される構造体からの剥落物落下片に対しても、アンカーにより十分な保持力を発揮させることが可能となる。
【0031】
現場で施工する上では、樹脂含浸多軸組布の軟らかさ(柔軟性)も重要である。現場で剥落物落下防止施工する場合、あらかじめ樹脂含浸多軸組布の長さを特定することは困難である。従って、巻き取られた樹脂含浸多軸組布を施工現場に搬入し、施工現場の状況を判断して、組布をはさみ等で切断し、貼り付けられる。そのためには、7.5〜20cmの直径の芯管に巻き取り可能であると、好都合である。
【0032】
一方において、実際の貼り付け作業では、樹脂含浸多軸組布の硬さ(剛性)も重要である。硬すぎると、構造体の表面に凹凸がある場合に、凹凸に追従して施工することが困難となる。逆に硬さが低すぎると、貼り付け作業時に、樹脂含浸多軸組布が自重により垂れ下がり、貼り付け施工の効率が低下する。このようなことから、樹脂含浸多軸組布を水平に1m張り出したときの垂れ下がり距離が20〜40cmの範囲が好ましい。
【0033】
多軸組布に適用する樹脂としては、糸束の強度発現率が高く、交点破断強力を高くでき、かつ適当な柔軟性のある樹脂が採用される。具体的には、塩化ビニル樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂などの少なくとも一つから選択される。
【0034】
特に、トンネル内のような閉鎖空間や建築構造体の施工のように、樹脂含浸組布に難燃性が必要な場合、難燃性のある樹脂を適用しても良いし、可燃性樹脂に難燃剤を添加して難燃性を付与しても良い。また、電気絶縁性が必要な場合、絶縁性のある繊維と樹脂を適用することが好ましい。樹脂の含有率は、樹脂含浸組布全体の重量に対して10〜40%の範囲が好ましい。10%以下では、組布を構成する糸束の破断強力が低くなり、また樹脂含浸多軸組布の交点強力が低下するので、剥落物の落下防止能力が低下する。逆に40%以上にしても、破断耐力や交点強力はそれ以上には上がらず、単に重量が増加し、組布が硬くなり、巻き取り、搬入、施工が困難になるだけである。
【0035】
樹脂含浸多軸組布と重ね合わせるシートは、構造体の劣化状況の観察や剥離片の発見が容易な透明の防水性シートが好ましい。また、対象構造体の表面には凸凹がある場合が多いので、樹脂含浸多軸組布をアンカーボルトで固定可能なシートが好ましい。シートの厚さは0.5〜3.0mmが好ましい。さらに、特に、トンネルのような閉鎖空間の場合には、利用者が避難する時間を確保できる程度の難燃性または不燃性を有することが好ましい。シートとして、塩化ビニル、ナイロン、ポリエステル、ウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン樹脂系などから選定される。また短繊維あるいは連続繊維で補強されたシートも有効である。このように、樹脂シート(必要に応じて繊維補強することも可能)を重ね張りすることで、剥離片から組布に加わる荷重を分散させ、保持できる荷重量を増大することが可能であると共に、可視的な面導水することが達成可能となる。
【0036】
固定冶具としては、樹脂含浸組布を構造体に安定的に固定できる物であれば良い。具体的には、金属拡張式アンカーまたは接着式ケミカルアンカーあるいはその併用式の各種アンカーボルトが挙げられる。アンカーボルトの場合、太さは6〜13mmで、長さは30〜200mmの範囲が好ましい。太さが6mm以下では、アンカーボルトの破断強力が不足する。13mm以上では多軸組布の目開きを大きくする必要があり、樹脂含浸組布の破断耐力が低くなり、不都合である。またアンカーボルトの埋め込み長さは30mm以下では樹脂含浸組布の構造体への固定力が不足し、200mm以上は当該樹脂含浸組布で想定する剥落片落下防止範囲ではオーバースペックとなる。また、アンカーを配置する間隔は特に限定されないが、後述の実施例のように35〜50cmの間隔で固定することが望ましい。
【0037】
アンカーボルト近傍での応力集中を緩和するため、ワッシャーを併用する。ワッシャーの直径は樹脂含浸組布の隣接する3〜5個程度の交点を抑えることが可能な面積を有することが好ましい。また、より好ましくは、組布とワッシャーの間に硬化性樹脂を塗布し、硬化させて多軸樹脂含浸組布をより強固に構造体に固定する工法が採用される。
【0038】
さらに、ワッシャーと樹脂含浸組布の間に、前記面積のワッシャーの直径よりも大きい樹脂製パッキンを設置して、不陸を有している構造体に樹脂含浸組布を強力に固定することができる。また鉄道トンネルの場合に列車通過に伴う気圧変化によって樹脂含浸組布が受ける繰り返し負荷を緩衝して、経年による疲労破断を防止できる。この場合、樹脂製パッキンの直径はワッシャーの直径(Lmm)+2×ワッシャーの厚さ(Tmm)以上が好ましい。
【実施例】
【0039】
以下、本発明に係る実施例について説明する。
(樹脂含浸組布の製造)
日本電気硝子株式会社製の耐アルカリ性ガラス繊維(商品名ARG:2170tex)でタテ方向に25mmピッチ, ヨコ方向に25mmピッチの幅100cmの2軸組布(図1参照)を製造し、直径76mmの紙管に巻き取った。
【0040】
さらに、同様のガラス繊維でタテ方向に17.2mmピッチ,±45度方向に15mmピッチの幅100cmの3軸組布(図2参照)を製造し、直径76mmの紙管に巻き取った。
【0041】
さらに、同様のガラス繊維でタテ、ヨコ方向に38.1mmピッチ,±45度に26.9mmピッチの幅100cmの4軸組布(図3参照)を製造し、直径76mmの紙管に巻き取った。
【0042】
上記3種類の巻き取った組布を繰り出し、溶剤に溶解させた塩化ビニル樹脂溶液に連続的に含浸した。表1のように樹脂含浸量を変えて、組布に含浸し、付与して乾燥し、樹脂含浸量の異なる布帛を直径76mmの紙管に巻き取った。
【0043】
(樹脂含浸組布の交点破断強力試験)
上記樹脂含浸組布(2軸組布)から図4に示した形状の糸束試験片を切り出し、図5に示したように鉄板の冶具で固定し、交点破断強力を測定した。結果を表1に示す。なお、3軸組布及び4軸組布については、2軸組布のものより破断強力が大きくなることは明らかであるため、ここでは2軸組布のものを示す。
【0044】
(樹脂含浸組布の柔軟性及び剛性試験)
上記で得られた樹脂含浸組布(3軸組布)を100cm巻き戻し、巻き癖を除去した後、水平の台から張り出して、垂れ下がる高さを測定し、表1に示した。
【0045】
【表1】

【0046】
(構造体からの剥落物落下防止工法に係る引き抜き試験)
本発明の構造体からの剥落物落下防止工法について、引き抜き試験を実施した。引き抜き試験は、「FRPによるトンネル覆工剥落対策マニュアル」(トンネル安全対策工法研究会)記載の「ネット工法の引き抜き試験方法(案)」に基づき実施した。
樹脂を20%含浸した上述の2軸組布(組布1)、3軸組布(組布2)、4軸組布(組布3)を600mm角に切り出し、図6に示すようにタテ600mm、ヨコ600mm、厚さ70mmの溝ふた用コンクリート板の中央に引張金具の連結した160mm角の鋼板(引抜き用鋼板)を仮止めした。さらに樹脂含浸組布を載せ、直径60mmのワッシャーと樹脂製パッキン(ワッシャーと同径)を使用したM10アンカーボルト4本で固定し、試験体とした。
【0047】
図7及び図8に示すように、上記コンクリート板をテンシロン試験機に固定し、変位計を取り付け、ロードセルを介して上部に引き上げて応力−変位の関係を測定する引き抜き試験を行った。測定速度は30mm/分であった。なお、図7及び図8は、図6の引き抜き試験の断面概略図であり、図7は樹脂含浸組布のみを使用し、図8では樹脂含浸組布と(繊維補強)透明シートを使用した例を示す。
【0048】
図7の樹脂含浸組布のみの測定結果を図9に示す。組布の軸数が多くなるほど、応力−変位の関係が直線的となり、かつ最大剥離強力が増大する。2軸樹脂含浸組布は荷重を負担すると、正方形の格子が平行四辺形あるいは、菱形に変形して、変位量が大きくなって、今回の目的に沿わないことが判明した。
【0049】
4軸樹脂含浸組布単独の引き抜き試験結果は、アンカーを350mm間隔で設置した場合、変位量50mmでの数値が130kgf(1274N)を示した。次にアンカーを500mm間隔で設置した場合、変位量50mmでの数値が35kgf(343N)を示し、変位量100mmでの数値が155kgf(1519N)を示している。変位量140mmでは190kgf(1862N)であった。
【0050】
ここで、樹脂含浸組布単独あるいは樹脂含浸組布と透明シートとを積層した場合に、構造体の剥離片が落下防止ネットにかかる荷重について、以下のように概算した。
アンカーボルトの間隔(L(cm))、剥離を想定する厚み(T(cm))、構造体の比重(C(kgf/cm))、及び安全係数(SF=3)とする。
(1)L=35cm×35cm、T=10cm、C=2.3、SF=3の場合
35×35×10×2.3×3=84.5kg
(2)L=35cm×35cm、T=5cm、C=2.3、SF=3の場合
35×35×5×2.3×3=42.3kg
(3)L=50cm×50cm、T=10cm、C=2.3、SF=3の場合
50×50×10×2.3×3=172.5kg
(4)L=50cm×50cm、T=5cm、C=2.3、SF=3の場合
50×50×5×2.3×3=86.25kg
【0051】
上記剥離片の荷重と図9の引き抜き試験結果を参考に、多軸組布の選択及びアンカーボルトの間隔を適切に選択出来る。例えば、図10に示した模式図のレンガ一層(T=10cm)の落下防止に必要なアンカー間隔は建築限界を50mmに想定した場合、4軸樹脂含浸組布のみの場合は35cm間隔が必要である。建築限界を150mmに想定すると、4軸樹脂含浸組布のみの場合にはアンカー間隔を50cm間隔に広げて1m当りの打ち込みアンカー本数を少なくすることが可能である。
【0052】
また、図8のように、透明シートとして2mm厚の塩化ビニルシートを使用した場合には、アンカー間隔を50cmとした場合でも、樹脂含浸組布のみでアンカー間隔35cmの場合より、同じ変位であってもより高い荷重に耐え得ることが、実験により確認されている。このように、樹脂含浸多軸組布を樹脂シートを介して構造体に固定することで、組布のみの場合と比較し、剥落片の落下荷重に対する耐久強度をより高くできる上、面導水を行うことも可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、対象構造体表面の下地処理作業を軽減できると共に、仮に当該構造体表面が湿潤状態の場合や作業環境が低温である場合でも、当該構造体表面との固定力を長期にわたって安定的に確保でき、さらには作業時間を短縮することが可能な構造体からの剥落物落下防止工法を提供することができる。
【0054】
また、構造体の劣化の進行が観察可能であり、仮に、組布に剥落片がぶら下がっている場合には、例えば、その部分の組布を切断し、剥落片を除去、剥落部の断面修復を行った後、組布をパッチワーク的に取り付けるなど、補修作業を容易に行うことが可能な構造体からの剥落物落下防止工法を提供することができる。
【0055】
さらに、施工時に漏水していなくても雨季に漏水したり、レンガ覆工トンネルに見られる面状に漏水して線導水あるいは止水が困難な箇所に対しても、可視的面導水が可能な構造体からの剥落物落下防止工法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】2軸組布を示す図である。
【図2】3軸組布を示す図である。
【図3】4軸組布を示す図である。
【図4】交点破断強力試験用の糸束試験片を示す図である。
【図5】交点破断強力試験に係る固定冶具並びに該固定冶具の装着の様子を示す図である。
【図6】引き抜き試験に係る試験体取り付け状態の平面図である。
【図7】組布のみによる引き抜き試験の測定状況を示す側断面図である。
【図8】組布と樹脂シートとによる引き抜き試験の測定状況を示す側断面図である。
【図9】引き抜き試験の測定結果を示すグラフである。
【図10】レンガの覆工の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維束を3軸以上に配置した多軸組布に樹脂を含浸し、開口率が50〜80%である樹脂含浸多軸組布を、アンカーにより、樹脂シートを介して構造体に固定することを特徴とする構造体からの剥落物落下防止工法。
【請求項2】
請求項1に記載の構造体からの剥落物落下防止工法において、該樹脂含浸多軸組布の目開きは、6〜13mmの丸棒が通過可能に形成されていることを特徴とする構造体からの剥落物落下防止工法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の構造体からの剥落物落下防止工法において、該アンカーは、樹脂製パッキンを介して、該樹脂含浸多軸組布を構造体に固定することを特徴とする構造体からの剥落物落下防止工法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−235723(P2009−235723A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−81616(P2008−81616)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【出願人】(000183266)住友大阪セメント株式会社 (1,342)
【出願人】(597140110)サカイ産業株式会社 (7)
【出願人】(000108111)セメダイン株式会社 (92)
【Fターム(参考)】