標的物の分解方法及び分解装置
【課題】分解対象となる標的物を微小領域において簡易に分解することができる標的物の分解方法及び分解装置を提供する。
【解決手段】分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法及び分解装置において、標的物と微粒子とを共存させた上で微粒子を高エネルギー状態にし、高エネルギー状態となった微粒子から標的物へのエネルギー移動により、微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することによって、標的物を微小領域において簡易に分解することができる。
【解決手段】分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法及び分解装置において、標的物と微粒子とを共存させた上で微粒子を高エネルギー状態にし、高エネルギー状態となった微粒子から標的物へのエネルギー移動により、微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することによって、標的物を微小領域において簡易に分解することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分解対象となる標的物を微小領域において分解する標的物の分解方法及び分解装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分解対象となる標的物を分解、除去する方法として、例えば、真空中または大気中における放電プラズマによる標的物の分解方法が知られている。これは、放電プラズマにより大気中の分子を電離や解離させることで正極性イオン、負極性イオン及び電子を発生させ、これにより空気中の窒素酸化物(NOx)、揮発性有機化合物(VOC)、ウイルス、細菌等の有害物質を分解、除去する方法である。
【0003】
また、例えば特許文献1には、有機公害物質吸着性、有機公害物質分解性、マイクロウエーブ吸収性の中の少なくとも1種類の性質を有する物質、又はこれら物質の組み合わせからなり、これら3種類の性質を具備する有機公害物質処理系に、大気中に存在する有機公害物質を常温で接触させることによって吸蔵させ、次いで空気流通下にマイクロウエーブ照射によって処理系を加熱する有機公害物質処理方法が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、母材上に、仕事関数の比較的大きい、紫外線及び/又は放射線の照射により光電子を放出する物質を薄膜上に付加した光電子放出材により、気体中の微粒子を荷電して、捕集、除去し、清浄化気体を得る方法が記載されている。
【0005】
一方、標的物を分解、除去する方法として、膜で仕切られた構造物、例えば細胞の内部において標的物を除去する方法が知られている。例えば、細胞中または溶液中で、あるタンパク質分子またはDNA、RNA分子の機能を調べる場合、その分子を分解除去して機能の発現の有無を測定することがある。その場合、標的物を含む混在物が分散した溶液中で、ある標的物を除去するときは、標的物と親和性を持つように表面を修飾した微粒子を導入し、この微粒子を遠心作用などの方法を用いて溶液から除去することによって同時に標的物も除去する。
【0006】
【特許文献1】特開平9−75670号公報
【特許文献2】特開平4−152296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、放電プラズマによる標的物の分解方法は、空間と時間を制御しながらプラズマを生成することが困難であり、また、混在物の中である特定の標的物のみを分解することも困難である。また、通常の放電プラズマ生成領域は大きさ(〜1mm)3以上であり、この領域が小さいほど標的物分解の選択性は向上するが、例えば(1nm)3〜(〜100nm)3レベルの微小領域での標的物の簡易な分解方法はあまり知られていない。
【0008】
また、特許文献1及び特許文献2の方法でも、例えば(1nm)3〜(〜100nm)3レベルの微小領域での標的物の分解は困難である。
【0009】
さらに、標的物と親和性を持つように表面を修飾した微粒子を導入し、この微粒子を遠心作用などにより溶液から除去する方法では、遠心作用による微粒子除去の方法が適さない系、例えば細胞などの膜構造物内部のような微小領域においてはこの方法を用いることが困難である。
【0010】
本発明は、分解対象となる標的物を微小領域において簡易に分解することができる標的物の分解方法及び分解装置である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法であって、前記標的物と微粒子とを共存させた上で前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解する。
【0012】
また、前記標的物の分解方法において、生成する前記高エネルギーの領域は微小な領域であることが好ましい。
【0013】
また、前記標的物の分解方法において、前記微粒子の表面近傍に前記標的物を存在させた上で、前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を選択的に分解することが好ましい。
【0014】
また、前記標的物の分解方法において、前記微粒子に電磁波、音波及び超音波のうちの少なくとも1つを照射することによって、前記微粒子を高エネルギー状態にすることが好ましい。
【0015】
また、前記標的物の分解方法において、前記電磁波は、レーザーであることが好ましい。
【0016】
また、前記標的物の分解方法において、前記微粒子は、金属微粒子であることが好ましい。
【0017】
また、本発明は、分解対象となる標的物を分解する標的物の分解装置であって、前記標的物と微粒子とを共存させるための収容部と、前記微粒子を高エネルギー状態にするためのエネルギー供給手段と、を有し、前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解する。
【0018】
また、前記標的物の分解装置であって、さらに、前記収容部中の前記標的物と前記微粒子とを分散させるための分散手段を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法及び分解装置において、標的物と微粒子とを共存させた上で微粒子を高エネルギー状態にし、高エネルギー状態となった微粒子から標的物へのエネルギー移動により、微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することによって、標的物を微小領域において簡易に分解することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本明細書において「高エネルギー状態」とは通常の状態から少しでも高いエネルギー状態にあることをいう。これは、微粒子を構成する原子、分子の振動回転励起、電子の励起、電子の集団励起、また励起状態の緩和による熱エネルギー、また高エネルギーを有する微粒子の構成粒子やそのイオン、または電子、ラジカル、さらにはプラズマ状態などが含まれる。またこれらのエネルギーが周囲の溶媒に緩和し、溶媒自体が高エネルギー状態になった場合や常温常圧では存在しない物質状態や高圧状態も含む。また、「表面近傍」とは具体的には微粒子表面から外部または内部に100nm以下、好ましくは10nm以下、より好ましくは1nm以下の範囲のことをいう。
【0021】
本発明の実施形態に係る標的物の分解装置の一例の概略を図1に示し、その構成について説明する。分解装置1は、エネルギー供給手段であるレーザー発生装置10と、集光手段であるレンズ12と、収容部であるセル14と、分散手段である撹拌子16と、を備える。
【0022】
さらに詳細に説明すると、分解装置1において、例えば有底四角筒状のセル14の内底部に撹拌子16を備え、セル14の開口部26の図1における上方にレンズ12が配置され、レンズ12の図1における上方にはレーザー発生装置10が配置されている。
【0023】
次に、本実施形態に係る標的物の分解方法及び分解装置1の動作について図1に基づいて説明する。まず、微粒子18と標的物20とを含む反応液22が準備され、セル14に入れられる。このとき、微粒子18は、反応液22に分散された状態であるが、標的物20は反応液22中に溶解されている状態であっても、溶解せずに分散されている状態であってもよいが、溶解されている状態であることが、分解効率の向上を図れる等の点から好ましい。
【0024】
その後、反応液22を撹拌子で撹拌しながら、レーザー発生装置10から発せられるレーザー24がレンズ12により集光され、セル14中の反応液22に照射される。レーザー24が所定の強度、所定の時間、微粒子18と標的物20とが共存した反応液22に照射されると、微粒子18は高エネルギー状態となり、高エネルギー状態となった微粒子18から標的物20へのエネルギー移動により、微粒子18の表面近傍に存在する標的物20が分解される。分解効率、位置選択性等の向上のために、反応液22にレーザー24を照射するときにレーザー24をレンズ12等の集光手段により反応液22中で集光させることが好ましい。
【0025】
本実施形態において使用される微粒子としては、金属微粒子、非金属微粒子、高分子微粒子等が挙げられる。また、微粒子中には、レーザー等を吸収する有機色素等を含有させて複合微粒子としてもよい。さらに、標的物と親和性を持たせるために微粒子の表面を修飾してもよい。
【0026】
金属微粒子としては、典型金属、遷移金属の微粒子であれば特に制限はないが、例えば、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Sc、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Hf、Ta、W、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Re、ランタノイド、アクチノイド等の遷移金属、Zn、Cd、Hg、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、As、Sb、Bi等が挙げられる。遷移金属の中では、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbであることがより好ましく、Au、Ag及び白金族(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)等の貴金属であることが酸化されにくいこと等の点からさらに好ましく、Au、Ptが特に好ましい。また、Au、Pt等の表面プラズモン共鳴やバンド間遷移等の光吸収が強く起こるような金属微粒子も好ましい。また、Au、Ag、Cu等の表面プラズモン共鳴帯が可視領域にある金属微粒子もさらに好ましい。また、GaAs、GaTe、CdSe等の複合金属の微粒子であってもよい。
【0027】
非金属微粒子としては、有機色素、有機顔料等の有機化合物、無機顔料等の無機化合物等の微粒子が挙げられる。
【0028】
高分子微粒子としては、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ラテックス等の微粒子が挙げられる。また、高分子微粒子中に有機色素、有機顔料等の有機化合物、無機顔料等の無機化合物等を含有させたり、光吸収の大きな基を化学的に結合させたりしてもよい。
【0029】
微粒子の平均粒径としては、微粒子の溶液中での高い分散性が望ましい等の点から、100μm以下であることが好ましく、1nm〜100nmの範囲であることがより好ましく、5nm〜20nmであることがさらに好ましい。金属微粒子の平均粒径が1nmより小さいと、照射レーザー等の波長が短波長になる傾向があり、操作が煩雑になる可能性がある。また、微粒子の平均粒径の大きさによって標的物の分解反応を起こさせる領域を制御できるため、微粒子の平均粒径は分解の目的等に応じて選択すればよい。なお、微粒子の平均粒径は、例えば、大塚電子製の光散乱測定装置等を用いて測定することができる。
【0030】
金属微粒子の製造方法としては、水等の液体中で金属プレート表面をレーザー照射またはマイクロ波照射によりアブレーションするSF−LAS法(Surfactant-free laser ablation in solution)、界面活性剤を添加した水等の液体中で金属プレート表面をレーザー照射またはマイクロ波照射によりアブレーションするSC−LAS法(Surfactant-controlled laser ablation in solution)、化学的に還元する方法、溶液中で放電する方法等が挙げられ、特に制限はない。金属微粒子に界面活性剤を添加することにより、金属微粒子を安定化させることができ、製造において操作が容易となる等のため、好ましい。
【0031】
界面活性剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系、両性の界面活性剤を使用することができる。通常は、界面活性剤の溶解度、溶媒中の金属微粒子の安定化力等の点からドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が使用される。
【0032】
本実施形態において分解の対象となる標的物としては、特に制限はない。標的物としては、例えば、生体高分子、細胞等の膜仕切り構造物、ダイオキシンやPCB等の環境物質等が挙げられる。
【0033】
生体高分子とは、生体内で合成される高分子化合物であり、例えば、タンパク質、DNA,RNA等の核酸、多糖等である。
【0034】
反応液22に使用される溶媒としては、微粒子18を均一に分散することができ、標的物20を均一に分散あるいは溶解させることができればよく特に制限はないが、水や一般的な有機溶媒を使用することができる。水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、地下水、イオン交換水等の純水、超純水等が挙げられるが、分解効率を向上させるためには不純物が少ない方がよく、通常はイオン交換水等の純水、超純水が用いられる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール系溶媒;ベンゼン、トルエン等の芳香族系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;n−ヘキサン、n−ヘプタン等の直鎖飽和炭化水素系溶媒;シクロヘキサン等の環状飽和炭化水素系溶媒;アセトニトリル等を用いることができる。この中で、適用範囲が広いことから水、アルコール系溶媒が好ましく、水がより好ましい。
【0035】
反応液22中の微粒子18の濃度は、微粒子18を懸濁、分散できる程度の濃度であれば特に制限はないが、通常、0.1μg/mL〜1000μg/mLの範囲である。反応液中の金属微粒子の量に対する標的物の量は、特に制限はない。
【0036】
標的物と微粒子とを共存させるための収容部であるセル14としては特に制限はないが、通常、石英、ガラス等の材質のものが使用される。収容部はセル14の代わりにガラス、シリコン、アクリル等の有機高分子、サファイヤやアルミナ等の無機物等の基板であってもよい。
【0037】
本実施形態では微粒子を高エネルギー状態にするために標的物にレーザーを照射しているが、標的物を高エネルギー状態にするための手段であれば特に制限はなく、例えば、マイクロ波、可視光、紫外光、赤外光、X線、γ線等の電磁波あるいは音波(弾性波)等を照射すればよい。電磁波としては、マイクロ波、可視光、紫外光、赤外光が好ましく、レーザーであってもよい。また、音波としては超音波が好ましい。
【0038】
前述したように「高エネルギー状態」とは、通常の状態から少しでも高いエネルギー状態にあることをいうが、例えば、波長532nmのパルスレーザー光を照射した場合は、微粒子がレーザー光を1光子吸収して通常の状態から5eV程度以上高い状態となる。
【0039】
反応液22中でのレーザー24等の集光領域は、(1μm)3〜(1mm)3の範囲、好ましくは(1μm)3〜(0.2mm)3の範囲であることが好ましい。装置上の制約から集光領域は(1μm)3程度より小さく絞ることは困難であり、集光領域が(1mm)3程度より大きい範囲であると、分解効率が低下する場合がある。また、レーザー24等の照射はパルス状であってもよいし、連続的であってもよい。
【0040】
反応液22に照射されるレーザー24等の強度は、微粒子18が高エネルギー状態となり効率よく標的物20が分解される強度であれば特に制限はないが、パルスレーザーの場合、100μJ/パルス〜100mJ/パルスの範囲であることが好ましく、5mJ/パルス〜20mJ/パルスの範囲であることがより好ましい。連続波レーザー(CWレーザー)の場合は、0.1mW〜10Wの範囲であることが好ましい。レーザー24の強度が大きいと標的物20の分解効率が高くなるが、レーザー24の照射強度が100μJ/パルスより低いと、標的物20の分解が進行しない場合があり、100mJ/パルスより大きいと、集光領域の大きさによっては、溶媒自体が誘電破壊する場合があり、さらには容器(セル)が損傷する場合がある。レーザー24等の強度を高くすると標的物20の分解量が多くなるため、レーザー強度の調整により標的物20の分解量を制御することができる。
【0041】
反応液22にレーザー24等を照射する時間は、分解の対象である標的物20の分解性等に応じて決めればよく、特に制限はないが、通常1パルス幅の時間〜100分の範囲、好ましくは、1パルス幅の時間〜10分の範囲である。パルスレーザーの場合、パルス周波数は特に制限はないが、好ましくは5Hz〜20Hzの範囲である。
【0042】
反応液22に照射されるレーザー24等の波長としては、微粒子18の種類に応じて効率よく高エネルギー状態となる波長を選択すればよく特に制限はないが、例えば、微粒子18として金属微粒子を使用する場合、金属微粒子の表面プラズモン共鳴波長付近の波長であること、金属微粒子が大きな吸収係数を有する波長であること、金属微粒子のバンド間遷移付近の波長であること等が好ましい。ここで、大きな吸収係数とは、100M−1cm−1以上の強度の吸収であることが好ましい。例えば、微粒子18が金微粒子の場合はその表面プラズモン共鳴波長付近の532nmの波長を用いることが好ましい。微粒子18が白金微粒子の場合のように、可視領域に特に強い吸収を有さない場合は、どの波長のレーザーを用いてもよい。微粒子18がレーザー24等を吸収しない場合、あるいはレーザー24の吸収効率が低い場合には、前述したように微粒子18中に、レーザー24等を吸収する有機色素等を含有させてもよい。
【0043】
使用されるレーザー24の種類としては、照射するレーザーの波長に応じて選択すればよく特に制限はないが、例えば、半導体レーザー、固体レーザー、気体レーザー、色素レーザー、エキシマレーザー等を使用することができる。
【0044】
なお、反応液22に照射されるレーザー24は、セル14の開口部を通して照射されることが好ましい。セル14を通して照射されると、レーザー24の強度によっては、セル14自体がレーザーによりスパッタされ損傷を受けてしまう可能性がある。また、このため、セル14は透明な材質であることが好ましい。レーザー24の照射は、例えば図1に示すように、セル14の上面の開口部26を通して行われる。
【0045】
反応液22の温度は、標的物が効率的に分解される温度であれば特に制限はないが、0℃〜100℃の範囲、通常は10℃〜30℃の室温である。
【0046】
本実施形態に係る分解方法において、レーザー等の照射時に反応系を特に加圧する必要はなく、分解は通常は常圧下で行われる。なお、必要に応じて反応系を0.2MPa〜100MPaの範囲に加圧してもよい。
【0047】
セル14に入れられた反応液22は、撹拌子16や撹拌羽根等の分散手段により反応液22内の微粒子18及び標的物20が撹拌、分散されることが好ましい。また、撹拌の他に分散手段として超音波を用いて分散することもできる。撹拌、分散することによりレーザーを反応液全体に均一に照射することができる。微粒子18及び標的物20が撹拌子16等の分散手段を使用しなくても自然に分散している場合には分散手段は使用しなくてもよい。
【0048】
このように、微粒子18と標的物20とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子に照射することによって、高エネルギー状態になった微粒子18からの周囲へのエネルギー移動により標的物20が分解される。エネルギー移動の形態としては、熱エネルギー、高エネルギーを有する微粒子18の構成粒子、またはそのイオンや電子等が考えられる。レーザー照射で金微粒子を高エネルギー状態にする場合を例に説明すると、金微粒子の表面プラズモン共鳴によりレーザー光を吸収した電子のエネルギーが金微粒子の格子の振動エネルギーに緩和し、固体状態の金微粒子が溶解を始める。溶液状態になった金微粒子はさらに蒸発して原子状になる。このようにして高エネルギー状態の金微粒子表面から放出された金原子、金クラスター、金イオン、電子、ラジカル等の高エネルギー粒子が金微粒子表面近傍に存在する標的物を分解すると考えられる。また、放出された電子はレーザーの強い電場で加速され、これが周囲の金原子や溶媒分子と衝突してこれをイオン化し、ここから放出された電子がさらに次の分子と衝突し、雪崩のようにプラズマ状態等の高エネルギー状態に移行する。これらの高エネルギー粒子は微粒子表面から数10nm以下の微粒子表面近傍に存在すると考えられるので、分解される標的物も微粒子表面近傍に存在するものに限られる。
【0049】
通常、水等の溶媒に高強度のレーザーを照射すると、レーザーの集光領域(例えば、(1μm)3以上)内の全てがプラズマ状態等になるが、本実施形態に係る方法では、レーザーの集光領域内の全てがプラズマ状態等になるわけではなく、レーザー集光領域内に存在する微粒子の近傍がプラズマ状態等になる。また、微粒子の平均粒径の大きさ及び照射レーザー強度等によってプラズマ状態等になる領域を制御することができるため、微粒子の平均粒径及び照射レーザー強度等を分解の目的等に応じて選択すれば、標的物の分解反応を起こさせる領域を制御することができる。
【0050】
図1では微粒子18と標的物20とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子18に照射し、標的物20を分解する例について説明したが、その他にも例えば図2に示すように、微粒子18と標的物20と非標的物28とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子18に照射し、標的物20を選択的に分解することもできる。
【0051】
この場合は、微粒子18と標的物20と非標的物28とを溶媒に分散、溶解させる前あるいは分散、溶解させた後に、微粒子18の表面または標的物20の状態を変化させる等により、選択的に標的物20を微粒子18の表面近傍に存在させた上で、レーザー24等を微粒子18に照射し、標的物20を選択的に分解することができる。上述したように、本実施形態では、高エネルギー粒子は微粒子表面近傍にほとんどが存在すると考えられるので、分解される標的物も微粒子表面近傍に存在するものに限られ、選択的に標的物20を微粒子18の表面近傍に存在させることにより、標的物20を選択的に分解することができ、微粒子18の表面近傍にほとんど存在しない非標的物28はほとんど分解されない。
【0052】
選択的に標的物20を微粒子18の表面近傍に存在させる方法としては、例えば、溶液のpH、標的物20のイオン状態等を変化させる等により、標的物を微粒子の表面に選択的に吸着させる方法、あるいは標的物と親和性を持つように微粒子の表面を修飾する方法、微粒子と親和性を持つように標的物の表面を修飾する方法、その他適当な手法により標的物と微粒子表面とを化学的に結合(イオン結合、共有結合、配位結合、金属結合、水素結合、ファンデルワールス結合等)させる方法、微粒子の表面付近に標的物が入り込むように収着させる方法、担体表面上に微粒子及び標的物を担持させる方法等が挙げられる。また、前述した金属微粒子中の界面活性剤の種類によって標的物との親和性を制御することもできる。
【0053】
また、ここでは、微粒子18と標的物20とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子に照射し、標的物20を分解する例について説明したが、微粒子と標的物とをシリコン、アルミナ、酸化チタン等の担体上に共存担持させるなどの方法もある。また細胞などの外部と内部が膜などで仕切られている構造物に対しては微粒子を構造物の内部に入れ、その内容物の選択的分解または構造物自体を選択的に分解する方法もある。
【0054】
微粒子による標的物の分解は、例えば、レーザー等を照射した後の反応液を、紫外可視吸収スペクトル、赤外吸収スペクトル、核磁気共鳴スペクトル等を測定することにより、あるいは高速液体クロマトグラフィ、ガスクロマトグラフィ、電気泳動等により確認することができる。
【0055】
このように、本実施形態に係る標的物の分解方法により発生する、高エネルギー微粒子によるプラズマ等では空間及び時間の制御が容易である。すなわち、本実施形態に係る標的物の分解方法によれば、放電プラズマと比較して非常に微小な領域、例えば(1nm)3〜(〜100nm)3レベルの微小領域に限定されたプラズマ等を発生させることができる。これによって微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することができる。また、レーザー等を用いて微粒子を高エネルギー状態にした場合、プラズマ等を1fsec〜100nsecのナノオーダの精度で生成できるため標的物分解の時間制御も放電プラズマに比較して精度が非常に高い。
【0056】
また、膜構造物、例えば細胞などの内部に微粒子を封入し、この微粒子をレーザー等で高エネルギー状態にすることにより、この微粒子の近傍にある標的物、例えば細胞内部であればタンパク質やDNA、RNAなどを選択的に分解することができる。この場合、微粒子表面近傍のみにプラズマ状態等が生成するため他の領域の混在物を破壊することはない。
【0057】
また、金属微粒子の場合、レーザー等の照射によりプラズマ状態等の高エネルギー状態に移行し、微粒子表面近傍の標的物を分解した後、レーザー等の照射を停止すると再凝集して元の金属の微粒子になる。すなわち本実施形態に係る標的物の分解方法は、金属微粒子を使用した場合には再利用可能な方法である。よって、レーザー等を金属微粒子に何度照射してもよく、金属微粒子の量に対して分解可能な標的物の量は特に制限はない。
【0058】
本実施形態に係る標的物の分解方法及び分解装置は、分析全般の用途、医療用途、またタンパク質またはDNA、RNA分子の機能調査の用途等において使用することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
<DNAの金微粒子による分解>
界面活性剤で安定化されていない金微粒子をSF−LAS(surfactant-free laser ablation in solution)法(例えば、特開2003−286509号公報、及び、F. Mafune, J. Kohno, Y. Takeda, T. Kondow and H. Sawabe:J.Phys.Chem.B, 105, (2001), 5114-5120等を参照)により作製した。10−13Mの濃度のM13ssDNA 25μLと1.0Mの濃度の塩化カルシウム水溶液10μLと界面活性剤の入っていない金微粒子とを分散させた溶液(1.4nM)25μLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度17mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から0,10,30,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、アガロースゲル電気泳動によりDNAをその大きさにより分離し、DNA分解の程度を検出した。
【0061】
レーザー照射(17mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図3に示す。泳動は上から下に向けて行った。M13ssDNAのバンドを矢印で示す。レーン1から4はそれぞれ0,10,30,50分間レーザー照射したものを示す。5倍量のM13ssDNAを参照のためにレーン5に示す。図4に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はM13ssDNAの検出量をレーザー照射時間0分時のM13ssDNAの量を基準にした値で示す。このように、金微粒子へのレーザー照射によって、反応液中に共存するM13ssDNAが分解したことがわかる。
【0062】
(比較例1)
1.0Mの濃度の塩化カルシウム水溶液10μLを使用しなかった以外は、実施例1と同様の条件でDNAの分解を行った。Ca2+がないと分解は起こらなかった。Ca2+イオンをはじめとする多価陽イオンはDNA分子のリン酸部分と結合して、DNAの負電荷を中和し溶液中のDNAを中和する働きを持っている。中和されたDNAは金微粒子の表面に吸着することによりレーザー照射によるDNAの分解効率が高まると考えられる。
【0063】
(実施例2)
<リゾチームの金微粒子による分解(その1)>
1mg/mLの濃度のリゾチーム溶液300mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度17mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりリゾチームの泳動バンドの濃さを測定し、リゾチームの分解量の定量を行った。
【0064】
(比較例2)
金微粒子を使用しなかった以外は、実施例2と同様の条件で反応液にレーザーを照射した。
【0065】
実施例2及び比較例2のレーザー照射(17mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図5に示す。泳動は上から下に向けて行った。リゾチームのバンドを矢印で示す。レーン1から5は金微粒子を共存させた実施例2の場合、レーン6から10は金微粒子を共存させなかった比較例2の場合をそれぞれ示す。それぞれ10,20,30,40,50分間レーザー照射した。図6に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はリゾチームの検出量をレーザー照射時間10分時のリゾチームの量を基準にした値で示す。黒い四角は金微粒子を共存させた場合、黒い丸は金微粒子を共存させない場合をそれぞれ示す。このように、金微粒子を共存させた場合にだけ、レーザー照射によりリゾチームのバンドの強さが小さくなっており、高エネルギー金微粒子によりリゾチームの分解が起こったことを確認した。
【0066】
(実施例3)
レーザー照射強度を34mJ/パルスとした以外は、実施例2と同様の条件で反応液にレーザーを照射した。
【0067】
(比較例3)
金微粒子を使用しなかった以外は、実施例3と同様の条件で反応液にレーザーを照射した。
【0068】
実施例3及び比較例3のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図7に示す。泳動は上から下に向けて行った。リゾチームのバンドを矢印で示す。レーン1から5は金微粒子を共存させた実施例3の場合、レーン6から9は金微粒子を共存させなかった比較例3の場合をそれぞれ示す。実施例3は10,20,30,40,50分間、比較例3は10,20,30,50分間それぞれレーザー照射した。図8に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はリゾチームの検出量をレーザー照射時間10分時のリゾチームの量を基準にした値で示す。黒い丸は金微粒子を共存させた場合、黒い四角は金微粒子を共存させない場合をそれぞれ示す。
【0069】
このように、金微粒子を共存させた場合にだけ、レーザー照射によりリゾチームのバンドの強さが小さくなっており、高エネルギー金微粒子によりリゾチームの分解が起こったことを確認した。また、実施例2(図6)と実施例3(図8)とを比較することにより、レーザー強度が大きい方がリゾチームの分解効率が高いことが分かる。
【0070】
(実施例4)
<リゾチームの金微粒子による分解(その2)>
1mg/mLの濃度のリゾチームタンパク質溶液300mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLと1Mのバッファー30mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度34mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から0,10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりリゾチームの泳動バンドの濃さを測定し、リゾチームの分解量の定量を行った。分解反応はバッファーにより反応液のpHを2通り変えて行った。1つはバッファーとしてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を使用して、反応液のpH=11.0に調整した。もう1つはバッファーとしてリン酸を使用して、反応液のpH=6.8に調整した。
【0071】
実施例4のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図9に示す。泳動は上から下に向けて行った。リゾチームのバンドを矢印で示す。レーン1から6はpH=11.0にした場合、レーン7から12はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。0,10,20,30,40,50分間レーザー照射した。図10に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はリゾチームの検出量をレーザー照射時間0分時のリゾチームの量を基準にした値で示す。黒い丸はpH=11.0にした場合、黒い四角はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。
【0072】
このように、pH=11.0の場合の方が、pH=6.8の場合に比べて、リゾチームの分解がより進行していることがわかる。リゾチームの等電点は11.0付近であるため、反応液のpHを11.0に調整した場合にはリゾチームの持つ総電荷量が0に近くなる。一方、反応液のpHを6.8にした場合にはリゾチームは反応液中で電荷を帯びている。そのため反応液のpHが11.0の場合にはリゾチームが金微粒子の表面に吸着し、高エネルギー金微粒子による分解効率が高くなったと考えられる。
【0073】
(実施例5)
<BSAの金微粒子による分解>
1mg/mLの濃度のBSA(Bovine Serum Albumin)溶液300mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLと1Mのバッファー30mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度34mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から0,10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりBSAの泳動バンドの濃さを測定し、BSAの分解量の定量を行った。分解反応はバッファーにより反応液のpHを2通り変えて行った。1つはバッファーとしてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を使用して、反応液のpH=11.0に調整した。もう1つはバッファーとしてリン酸を使用して、反応液のpH=6.8に調整した。
【0074】
実施例5のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図11に示す。泳動は上から下に向けて行った。BSAのバンドを矢印で示す。レーン1から6はpH=11.0にした場合、レーン7から12はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。0,10,20,30,40,50分間レーザー照射した。図12に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はBSAの検出量をレーザー照射時間0分時のBSAの量を基準にした値で示す。黒い四角はpH=11.0にした場合、黒い丸はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。
【0075】
このように、pH=6.8の場合の方が、pH=11.0の場合に比べて、BSAの分解がより進行していることがわかる。BSAの等電点は4.9付近であるため、反応液のpHを6.8に調整した場合にはBSAの持つ総電荷量が0に近くなる。一方、反応液のpHを11.0にした場合にはBSAは反応液中で電荷を帯びている。そのため反応液のpHが6.8の場合にはBSAが金微粒子の表面に吸着し、高エネルギー金微粒子による分解効率が高くなったと考えられる。
【0076】
(実施例6)
<BSA、リゾチームの金微粒子による選択的分解>
1mg/mLの濃度のBSA(Bovine Serum Albumin)溶液150mLと1mg/mLの濃度のリゾチームタンパク質溶液150mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLと1Mのバッファー30mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度34mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動により泳動バンドの濃さを測定し、リゾチーム、BSAの分解の程度を検出した。分解反応はバッファーにより反応液のpHを2通り変えて行った。1つはバッファーとしてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を使用して、反応液のpH=11.0に調整した。もう1つはバッファーとして酢酸を使用して、反応液のpH=4.9に調整した。
【0077】
実施例6のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図13に示す。泳動は上から下に向けて行った。BSAのバンドを矢印A、リゾチームのバンドを矢印Bで示す。レーン1から5はpH=11.0にした場合、レーン6から10はpH=4.9にした場合をそれぞれ示す。10,20,30,40,50分間それぞれレーザー照射した。図14に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はBSA、リゾチームの検出量をレーザー照射時間10分時のBSA、リゾチームの量をそれぞれ基準にした値で示す。白い丸はpH=11.0にした場合のBSA、白い四角はpH=4.9にした場合のBSA、黒い丸はpH=11.0にした場合のリゾチーム、黒い四角はpH=4.9にした場合のリゾチームをそれぞれ示す。
【0078】
このように、反応液のpHを11.0にした場合は、等電点の近いリゾチームが金微粒子表面に吸着するため、リゾチームが選択的に高エネルギー金微粒子により分解されていることがわかる。一方、反応液のpHを4.9にした場合は、等電点の近いBSAが金微粒子表面に吸着するため、BSAが選択的に分解されていることがわかる。
【0079】
(実施例7)
<表面修飾金微粒子の例>
GTR(還元型グルタチオン)で表面を修飾した金微粒子を作製した。5×10−3M/EtOHの塩化金酸液100mLと5×10−1M/EtOHのグルタチオン液1mLとを混合し、これを激しく5分間混合した。この溶液に0.2Mテトラヒドロほう酸ナトリウム液を25mL添加し、金イオンを還元することにより、GTR表面修飾金微粒子を形成させた。この後、遠心による再沈殿と水による洗浄とを繰り返し、未反応のGTRやテトラヒドロほう酸ナトリウムを除去した。このGTR表面修飾金微粒子を水溶液に分散した。この系を使用すれば、液中に存在する、GTRとの選択結合性の高いGST(グルタチオンSトランスフェラーゼ)が強く金微粒子の表面に結合するため、レーザー等の照射によりGSTを高い選択性をもって分解することができる。具体的にはGTR表面修飾金微粒子の5mg/mLの分散水溶液10μLに対して、1μgのGSTと1μgのBSAとを添加し、1Mのバッファー(Tris)を1μL加え、溶液のpHを7.0にした。この溶液を遠心分離して金微粒子を沈殿させ、その上清を採取した。超音波にて沈殿した金微粒子50μgを水溶液10μLに再分散させ、ここに5×10−1MのGTR液1μLを添加し、金微粒子表面に結合したGSTを溶出し、溶液を採取した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりGSTとBSAとを検出した。
【0080】
この電気泳動の写真を図15に示す。SDSゲルの染色は銀染色法で行った。BSAのバンドを矢印A、GSTのバンドを矢印Bで示す。レーン1と2は参照のためにそれぞれBSA、GSTのみを泳動した。レーン3と4は金微粒子分散溶液にGSTのみを添加してGTRによる溶出の前後のもの、レーン5と6はGSTとBSAを同時に金微粒子分散溶液に添加したものに対してGTRによって溶出した前後のものを示す。見やすくするためGSTのバンドを点線黒丸で示す。金微粒子に結合したGSTがGTRにより溶出されていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の実施形態に係る標的物の分解装置の構成の一例を示す図である。
【図2】本発明の実施形態に係る標的物の分解装置において、微粒子と標的物と非標的物とを溶媒に分散、溶解させて、標的物を選択的に分解する例を示す図である。
【図3】本発明の実施例1におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図4】本発明の実施例1におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図5】本発明の実施例2、比較例2におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図6】本発明の実施例2、比較例2におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図7】本発明の実施例3、比較例3におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図8】本発明の実施例3、比較例3におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図9】本発明の実施例4におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図10】本発明の実施例4におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図11】本発明の実施例5におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図12】本発明の実施例5におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図13】本発明の実施例6におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図14】本発明の実施例6におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図15】本発明の実施例7におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【符号の説明】
【0082】
1 分解装置、10 レーザー発生装置、12 レンズ、14 セル、16 撹拌子、18 微粒子、20 標的物、22 反応液、24 レーザー、26 開口部、28 非標的物。
【技術分野】
【0001】
本発明は、分解対象となる標的物を微小領域において分解する標的物の分解方法及び分解装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分解対象となる標的物を分解、除去する方法として、例えば、真空中または大気中における放電プラズマによる標的物の分解方法が知られている。これは、放電プラズマにより大気中の分子を電離や解離させることで正極性イオン、負極性イオン及び電子を発生させ、これにより空気中の窒素酸化物(NOx)、揮発性有機化合物(VOC)、ウイルス、細菌等の有害物質を分解、除去する方法である。
【0003】
また、例えば特許文献1には、有機公害物質吸着性、有機公害物質分解性、マイクロウエーブ吸収性の中の少なくとも1種類の性質を有する物質、又はこれら物質の組み合わせからなり、これら3種類の性質を具備する有機公害物質処理系に、大気中に存在する有機公害物質を常温で接触させることによって吸蔵させ、次いで空気流通下にマイクロウエーブ照射によって処理系を加熱する有機公害物質処理方法が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、母材上に、仕事関数の比較的大きい、紫外線及び/又は放射線の照射により光電子を放出する物質を薄膜上に付加した光電子放出材により、気体中の微粒子を荷電して、捕集、除去し、清浄化気体を得る方法が記載されている。
【0005】
一方、標的物を分解、除去する方法として、膜で仕切られた構造物、例えば細胞の内部において標的物を除去する方法が知られている。例えば、細胞中または溶液中で、あるタンパク質分子またはDNA、RNA分子の機能を調べる場合、その分子を分解除去して機能の発現の有無を測定することがある。その場合、標的物を含む混在物が分散した溶液中で、ある標的物を除去するときは、標的物と親和性を持つように表面を修飾した微粒子を導入し、この微粒子を遠心作用などの方法を用いて溶液から除去することによって同時に標的物も除去する。
【0006】
【特許文献1】特開平9−75670号公報
【特許文献2】特開平4−152296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、放電プラズマによる標的物の分解方法は、空間と時間を制御しながらプラズマを生成することが困難であり、また、混在物の中である特定の標的物のみを分解することも困難である。また、通常の放電プラズマ生成領域は大きさ(〜1mm)3以上であり、この領域が小さいほど標的物分解の選択性は向上するが、例えば(1nm)3〜(〜100nm)3レベルの微小領域での標的物の簡易な分解方法はあまり知られていない。
【0008】
また、特許文献1及び特許文献2の方法でも、例えば(1nm)3〜(〜100nm)3レベルの微小領域での標的物の分解は困難である。
【0009】
さらに、標的物と親和性を持つように表面を修飾した微粒子を導入し、この微粒子を遠心作用などにより溶液から除去する方法では、遠心作用による微粒子除去の方法が適さない系、例えば細胞などの膜構造物内部のような微小領域においてはこの方法を用いることが困難である。
【0010】
本発明は、分解対象となる標的物を微小領域において簡易に分解することができる標的物の分解方法及び分解装置である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法であって、前記標的物と微粒子とを共存させた上で前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解する。
【0012】
また、前記標的物の分解方法において、生成する前記高エネルギーの領域は微小な領域であることが好ましい。
【0013】
また、前記標的物の分解方法において、前記微粒子の表面近傍に前記標的物を存在させた上で、前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を選択的に分解することが好ましい。
【0014】
また、前記標的物の分解方法において、前記微粒子に電磁波、音波及び超音波のうちの少なくとも1つを照射することによって、前記微粒子を高エネルギー状態にすることが好ましい。
【0015】
また、前記標的物の分解方法において、前記電磁波は、レーザーであることが好ましい。
【0016】
また、前記標的物の分解方法において、前記微粒子は、金属微粒子であることが好ましい。
【0017】
また、本発明は、分解対象となる標的物を分解する標的物の分解装置であって、前記標的物と微粒子とを共存させるための収容部と、前記微粒子を高エネルギー状態にするためのエネルギー供給手段と、を有し、前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解する。
【0018】
また、前記標的物の分解装置であって、さらに、前記収容部中の前記標的物と前記微粒子とを分散させるための分散手段を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法及び分解装置において、標的物と微粒子とを共存させた上で微粒子を高エネルギー状態にし、高エネルギー状態となった微粒子から標的物へのエネルギー移動により、微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することによって、標的物を微小領域において簡易に分解することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本明細書において「高エネルギー状態」とは通常の状態から少しでも高いエネルギー状態にあることをいう。これは、微粒子を構成する原子、分子の振動回転励起、電子の励起、電子の集団励起、また励起状態の緩和による熱エネルギー、また高エネルギーを有する微粒子の構成粒子やそのイオン、または電子、ラジカル、さらにはプラズマ状態などが含まれる。またこれらのエネルギーが周囲の溶媒に緩和し、溶媒自体が高エネルギー状態になった場合や常温常圧では存在しない物質状態や高圧状態も含む。また、「表面近傍」とは具体的には微粒子表面から外部または内部に100nm以下、好ましくは10nm以下、より好ましくは1nm以下の範囲のことをいう。
【0021】
本発明の実施形態に係る標的物の分解装置の一例の概略を図1に示し、その構成について説明する。分解装置1は、エネルギー供給手段であるレーザー発生装置10と、集光手段であるレンズ12と、収容部であるセル14と、分散手段である撹拌子16と、を備える。
【0022】
さらに詳細に説明すると、分解装置1において、例えば有底四角筒状のセル14の内底部に撹拌子16を備え、セル14の開口部26の図1における上方にレンズ12が配置され、レンズ12の図1における上方にはレーザー発生装置10が配置されている。
【0023】
次に、本実施形態に係る標的物の分解方法及び分解装置1の動作について図1に基づいて説明する。まず、微粒子18と標的物20とを含む反応液22が準備され、セル14に入れられる。このとき、微粒子18は、反応液22に分散された状態であるが、標的物20は反応液22中に溶解されている状態であっても、溶解せずに分散されている状態であってもよいが、溶解されている状態であることが、分解効率の向上を図れる等の点から好ましい。
【0024】
その後、反応液22を撹拌子で撹拌しながら、レーザー発生装置10から発せられるレーザー24がレンズ12により集光され、セル14中の反応液22に照射される。レーザー24が所定の強度、所定の時間、微粒子18と標的物20とが共存した反応液22に照射されると、微粒子18は高エネルギー状態となり、高エネルギー状態となった微粒子18から標的物20へのエネルギー移動により、微粒子18の表面近傍に存在する標的物20が分解される。分解効率、位置選択性等の向上のために、反応液22にレーザー24を照射するときにレーザー24をレンズ12等の集光手段により反応液22中で集光させることが好ましい。
【0025】
本実施形態において使用される微粒子としては、金属微粒子、非金属微粒子、高分子微粒子等が挙げられる。また、微粒子中には、レーザー等を吸収する有機色素等を含有させて複合微粒子としてもよい。さらに、標的物と親和性を持たせるために微粒子の表面を修飾してもよい。
【0026】
金属微粒子としては、典型金属、遷移金属の微粒子であれば特に制限はないが、例えば、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Sc、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Hf、Ta、W、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Re、ランタノイド、アクチノイド等の遷移金属、Zn、Cd、Hg、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、As、Sb、Bi等が挙げられる。遷移金属の中では、Au、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt、Cu、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Mo、W、Ta及びNbであることがより好ましく、Au、Ag及び白金族(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)等の貴金属であることが酸化されにくいこと等の点からさらに好ましく、Au、Ptが特に好ましい。また、Au、Pt等の表面プラズモン共鳴やバンド間遷移等の光吸収が強く起こるような金属微粒子も好ましい。また、Au、Ag、Cu等の表面プラズモン共鳴帯が可視領域にある金属微粒子もさらに好ましい。また、GaAs、GaTe、CdSe等の複合金属の微粒子であってもよい。
【0027】
非金属微粒子としては、有機色素、有機顔料等の有機化合物、無機顔料等の無機化合物等の微粒子が挙げられる。
【0028】
高分子微粒子としては、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ラテックス等の微粒子が挙げられる。また、高分子微粒子中に有機色素、有機顔料等の有機化合物、無機顔料等の無機化合物等を含有させたり、光吸収の大きな基を化学的に結合させたりしてもよい。
【0029】
微粒子の平均粒径としては、微粒子の溶液中での高い分散性が望ましい等の点から、100μm以下であることが好ましく、1nm〜100nmの範囲であることがより好ましく、5nm〜20nmであることがさらに好ましい。金属微粒子の平均粒径が1nmより小さいと、照射レーザー等の波長が短波長になる傾向があり、操作が煩雑になる可能性がある。また、微粒子の平均粒径の大きさによって標的物の分解反応を起こさせる領域を制御できるため、微粒子の平均粒径は分解の目的等に応じて選択すればよい。なお、微粒子の平均粒径は、例えば、大塚電子製の光散乱測定装置等を用いて測定することができる。
【0030】
金属微粒子の製造方法としては、水等の液体中で金属プレート表面をレーザー照射またはマイクロ波照射によりアブレーションするSF−LAS法(Surfactant-free laser ablation in solution)、界面活性剤を添加した水等の液体中で金属プレート表面をレーザー照射またはマイクロ波照射によりアブレーションするSC−LAS法(Surfactant-controlled laser ablation in solution)、化学的に還元する方法、溶液中で放電する方法等が挙げられ、特に制限はない。金属微粒子に界面活性剤を添加することにより、金属微粒子を安定化させることができ、製造において操作が容易となる等のため、好ましい。
【0031】
界面活性剤としては、アニオン系、カチオン系、ノニオン系、両性の界面活性剤を使用することができる。通常は、界面活性剤の溶解度、溶媒中の金属微粒子の安定化力等の点からドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が使用される。
【0032】
本実施形態において分解の対象となる標的物としては、特に制限はない。標的物としては、例えば、生体高分子、細胞等の膜仕切り構造物、ダイオキシンやPCB等の環境物質等が挙げられる。
【0033】
生体高分子とは、生体内で合成される高分子化合物であり、例えば、タンパク質、DNA,RNA等の核酸、多糖等である。
【0034】
反応液22に使用される溶媒としては、微粒子18を均一に分散することができ、標的物20を均一に分散あるいは溶解させることができればよく特に制限はないが、水や一般的な有機溶媒を使用することができる。水としては、特に制限はなく、例えば、水道水、地下水、イオン交換水等の純水、超純水等が挙げられるが、分解効率を向上させるためには不純物が少ない方がよく、通常はイオン交換水等の純水、超純水が用いられる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール系溶媒;ベンゼン、トルエン等の芳香族系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;n−ヘキサン、n−ヘプタン等の直鎖飽和炭化水素系溶媒;シクロヘキサン等の環状飽和炭化水素系溶媒;アセトニトリル等を用いることができる。この中で、適用範囲が広いことから水、アルコール系溶媒が好ましく、水がより好ましい。
【0035】
反応液22中の微粒子18の濃度は、微粒子18を懸濁、分散できる程度の濃度であれば特に制限はないが、通常、0.1μg/mL〜1000μg/mLの範囲である。反応液中の金属微粒子の量に対する標的物の量は、特に制限はない。
【0036】
標的物と微粒子とを共存させるための収容部であるセル14としては特に制限はないが、通常、石英、ガラス等の材質のものが使用される。収容部はセル14の代わりにガラス、シリコン、アクリル等の有機高分子、サファイヤやアルミナ等の無機物等の基板であってもよい。
【0037】
本実施形態では微粒子を高エネルギー状態にするために標的物にレーザーを照射しているが、標的物を高エネルギー状態にするための手段であれば特に制限はなく、例えば、マイクロ波、可視光、紫外光、赤外光、X線、γ線等の電磁波あるいは音波(弾性波)等を照射すればよい。電磁波としては、マイクロ波、可視光、紫外光、赤外光が好ましく、レーザーであってもよい。また、音波としては超音波が好ましい。
【0038】
前述したように「高エネルギー状態」とは、通常の状態から少しでも高いエネルギー状態にあることをいうが、例えば、波長532nmのパルスレーザー光を照射した場合は、微粒子がレーザー光を1光子吸収して通常の状態から5eV程度以上高い状態となる。
【0039】
反応液22中でのレーザー24等の集光領域は、(1μm)3〜(1mm)3の範囲、好ましくは(1μm)3〜(0.2mm)3の範囲であることが好ましい。装置上の制約から集光領域は(1μm)3程度より小さく絞ることは困難であり、集光領域が(1mm)3程度より大きい範囲であると、分解効率が低下する場合がある。また、レーザー24等の照射はパルス状であってもよいし、連続的であってもよい。
【0040】
反応液22に照射されるレーザー24等の強度は、微粒子18が高エネルギー状態となり効率よく標的物20が分解される強度であれば特に制限はないが、パルスレーザーの場合、100μJ/パルス〜100mJ/パルスの範囲であることが好ましく、5mJ/パルス〜20mJ/パルスの範囲であることがより好ましい。連続波レーザー(CWレーザー)の場合は、0.1mW〜10Wの範囲であることが好ましい。レーザー24の強度が大きいと標的物20の分解効率が高くなるが、レーザー24の照射強度が100μJ/パルスより低いと、標的物20の分解が進行しない場合があり、100mJ/パルスより大きいと、集光領域の大きさによっては、溶媒自体が誘電破壊する場合があり、さらには容器(セル)が損傷する場合がある。レーザー24等の強度を高くすると標的物20の分解量が多くなるため、レーザー強度の調整により標的物20の分解量を制御することができる。
【0041】
反応液22にレーザー24等を照射する時間は、分解の対象である標的物20の分解性等に応じて決めればよく、特に制限はないが、通常1パルス幅の時間〜100分の範囲、好ましくは、1パルス幅の時間〜10分の範囲である。パルスレーザーの場合、パルス周波数は特に制限はないが、好ましくは5Hz〜20Hzの範囲である。
【0042】
反応液22に照射されるレーザー24等の波長としては、微粒子18の種類に応じて効率よく高エネルギー状態となる波長を選択すればよく特に制限はないが、例えば、微粒子18として金属微粒子を使用する場合、金属微粒子の表面プラズモン共鳴波長付近の波長であること、金属微粒子が大きな吸収係数を有する波長であること、金属微粒子のバンド間遷移付近の波長であること等が好ましい。ここで、大きな吸収係数とは、100M−1cm−1以上の強度の吸収であることが好ましい。例えば、微粒子18が金微粒子の場合はその表面プラズモン共鳴波長付近の532nmの波長を用いることが好ましい。微粒子18が白金微粒子の場合のように、可視領域に特に強い吸収を有さない場合は、どの波長のレーザーを用いてもよい。微粒子18がレーザー24等を吸収しない場合、あるいはレーザー24の吸収効率が低い場合には、前述したように微粒子18中に、レーザー24等を吸収する有機色素等を含有させてもよい。
【0043】
使用されるレーザー24の種類としては、照射するレーザーの波長に応じて選択すればよく特に制限はないが、例えば、半導体レーザー、固体レーザー、気体レーザー、色素レーザー、エキシマレーザー等を使用することができる。
【0044】
なお、反応液22に照射されるレーザー24は、セル14の開口部を通して照射されることが好ましい。セル14を通して照射されると、レーザー24の強度によっては、セル14自体がレーザーによりスパッタされ損傷を受けてしまう可能性がある。また、このため、セル14は透明な材質であることが好ましい。レーザー24の照射は、例えば図1に示すように、セル14の上面の開口部26を通して行われる。
【0045】
反応液22の温度は、標的物が効率的に分解される温度であれば特に制限はないが、0℃〜100℃の範囲、通常は10℃〜30℃の室温である。
【0046】
本実施形態に係る分解方法において、レーザー等の照射時に反応系を特に加圧する必要はなく、分解は通常は常圧下で行われる。なお、必要に応じて反応系を0.2MPa〜100MPaの範囲に加圧してもよい。
【0047】
セル14に入れられた反応液22は、撹拌子16や撹拌羽根等の分散手段により反応液22内の微粒子18及び標的物20が撹拌、分散されることが好ましい。また、撹拌の他に分散手段として超音波を用いて分散することもできる。撹拌、分散することによりレーザーを反応液全体に均一に照射することができる。微粒子18及び標的物20が撹拌子16等の分散手段を使用しなくても自然に分散している場合には分散手段は使用しなくてもよい。
【0048】
このように、微粒子18と標的物20とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子に照射することによって、高エネルギー状態になった微粒子18からの周囲へのエネルギー移動により標的物20が分解される。エネルギー移動の形態としては、熱エネルギー、高エネルギーを有する微粒子18の構成粒子、またはそのイオンや電子等が考えられる。レーザー照射で金微粒子を高エネルギー状態にする場合を例に説明すると、金微粒子の表面プラズモン共鳴によりレーザー光を吸収した電子のエネルギーが金微粒子の格子の振動エネルギーに緩和し、固体状態の金微粒子が溶解を始める。溶液状態になった金微粒子はさらに蒸発して原子状になる。このようにして高エネルギー状態の金微粒子表面から放出された金原子、金クラスター、金イオン、電子、ラジカル等の高エネルギー粒子が金微粒子表面近傍に存在する標的物を分解すると考えられる。また、放出された電子はレーザーの強い電場で加速され、これが周囲の金原子や溶媒分子と衝突してこれをイオン化し、ここから放出された電子がさらに次の分子と衝突し、雪崩のようにプラズマ状態等の高エネルギー状態に移行する。これらの高エネルギー粒子は微粒子表面から数10nm以下の微粒子表面近傍に存在すると考えられるので、分解される標的物も微粒子表面近傍に存在するものに限られる。
【0049】
通常、水等の溶媒に高強度のレーザーを照射すると、レーザーの集光領域(例えば、(1μm)3以上)内の全てがプラズマ状態等になるが、本実施形態に係る方法では、レーザーの集光領域内の全てがプラズマ状態等になるわけではなく、レーザー集光領域内に存在する微粒子の近傍がプラズマ状態等になる。また、微粒子の平均粒径の大きさ及び照射レーザー強度等によってプラズマ状態等になる領域を制御することができるため、微粒子の平均粒径及び照射レーザー強度等を分解の目的等に応じて選択すれば、標的物の分解反応を起こさせる領域を制御することができる。
【0050】
図1では微粒子18と標的物20とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子18に照射し、標的物20を分解する例について説明したが、その他にも例えば図2に示すように、微粒子18と標的物20と非標的物28とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子18に照射し、標的物20を選択的に分解することもできる。
【0051】
この場合は、微粒子18と標的物20と非標的物28とを溶媒に分散、溶解させる前あるいは分散、溶解させた後に、微粒子18の表面または標的物20の状態を変化させる等により、選択的に標的物20を微粒子18の表面近傍に存在させた上で、レーザー24等を微粒子18に照射し、標的物20を選択的に分解することができる。上述したように、本実施形態では、高エネルギー粒子は微粒子表面近傍にほとんどが存在すると考えられるので、分解される標的物も微粒子表面近傍に存在するものに限られ、選択的に標的物20を微粒子18の表面近傍に存在させることにより、標的物20を選択的に分解することができ、微粒子18の表面近傍にほとんど存在しない非標的物28はほとんど分解されない。
【0052】
選択的に標的物20を微粒子18の表面近傍に存在させる方法としては、例えば、溶液のpH、標的物20のイオン状態等を変化させる等により、標的物を微粒子の表面に選択的に吸着させる方法、あるいは標的物と親和性を持つように微粒子の表面を修飾する方法、微粒子と親和性を持つように標的物の表面を修飾する方法、その他適当な手法により標的物と微粒子表面とを化学的に結合(イオン結合、共有結合、配位結合、金属結合、水素結合、ファンデルワールス結合等)させる方法、微粒子の表面付近に標的物が入り込むように収着させる方法、担体表面上に微粒子及び標的物を担持させる方法等が挙げられる。また、前述した金属微粒子中の界面活性剤の種類によって標的物との親和性を制御することもできる。
【0053】
また、ここでは、微粒子18と標的物20とを溶媒に分散、溶解させてレーザー24等を微粒子に照射し、標的物20を分解する例について説明したが、微粒子と標的物とをシリコン、アルミナ、酸化チタン等の担体上に共存担持させるなどの方法もある。また細胞などの外部と内部が膜などで仕切られている構造物に対しては微粒子を構造物の内部に入れ、その内容物の選択的分解または構造物自体を選択的に分解する方法もある。
【0054】
微粒子による標的物の分解は、例えば、レーザー等を照射した後の反応液を、紫外可視吸収スペクトル、赤外吸収スペクトル、核磁気共鳴スペクトル等を測定することにより、あるいは高速液体クロマトグラフィ、ガスクロマトグラフィ、電気泳動等により確認することができる。
【0055】
このように、本実施形態に係る標的物の分解方法により発生する、高エネルギー微粒子によるプラズマ等では空間及び時間の制御が容易である。すなわち、本実施形態に係る標的物の分解方法によれば、放電プラズマと比較して非常に微小な領域、例えば(1nm)3〜(〜100nm)3レベルの微小領域に限定されたプラズマ等を発生させることができる。これによって微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することができる。また、レーザー等を用いて微粒子を高エネルギー状態にした場合、プラズマ等を1fsec〜100nsecのナノオーダの精度で生成できるため標的物分解の時間制御も放電プラズマに比較して精度が非常に高い。
【0056】
また、膜構造物、例えば細胞などの内部に微粒子を封入し、この微粒子をレーザー等で高エネルギー状態にすることにより、この微粒子の近傍にある標的物、例えば細胞内部であればタンパク質やDNA、RNAなどを選択的に分解することができる。この場合、微粒子表面近傍のみにプラズマ状態等が生成するため他の領域の混在物を破壊することはない。
【0057】
また、金属微粒子の場合、レーザー等の照射によりプラズマ状態等の高エネルギー状態に移行し、微粒子表面近傍の標的物を分解した後、レーザー等の照射を停止すると再凝集して元の金属の微粒子になる。すなわち本実施形態に係る標的物の分解方法は、金属微粒子を使用した場合には再利用可能な方法である。よって、レーザー等を金属微粒子に何度照射してもよく、金属微粒子の量に対して分解可能な標的物の量は特に制限はない。
【0058】
本実施形態に係る標的物の分解方法及び分解装置は、分析全般の用途、医療用途、またタンパク質またはDNA、RNA分子の機能調査の用途等において使用することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
<DNAの金微粒子による分解>
界面活性剤で安定化されていない金微粒子をSF−LAS(surfactant-free laser ablation in solution)法(例えば、特開2003−286509号公報、及び、F. Mafune, J. Kohno, Y. Takeda, T. Kondow and H. Sawabe:J.Phys.Chem.B, 105, (2001), 5114-5120等を参照)により作製した。10−13Mの濃度のM13ssDNA 25μLと1.0Mの濃度の塩化カルシウム水溶液10μLと界面活性剤の入っていない金微粒子とを分散させた溶液(1.4nM)25μLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度17mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から0,10,30,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、アガロースゲル電気泳動によりDNAをその大きさにより分離し、DNA分解の程度を検出した。
【0061】
レーザー照射(17mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図3に示す。泳動は上から下に向けて行った。M13ssDNAのバンドを矢印で示す。レーン1から4はそれぞれ0,10,30,50分間レーザー照射したものを示す。5倍量のM13ssDNAを参照のためにレーン5に示す。図4に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はM13ssDNAの検出量をレーザー照射時間0分時のM13ssDNAの量を基準にした値で示す。このように、金微粒子へのレーザー照射によって、反応液中に共存するM13ssDNAが分解したことがわかる。
【0062】
(比較例1)
1.0Mの濃度の塩化カルシウム水溶液10μLを使用しなかった以外は、実施例1と同様の条件でDNAの分解を行った。Ca2+がないと分解は起こらなかった。Ca2+イオンをはじめとする多価陽イオンはDNA分子のリン酸部分と結合して、DNAの負電荷を中和し溶液中のDNAを中和する働きを持っている。中和されたDNAは金微粒子の表面に吸着することによりレーザー照射によるDNAの分解効率が高まると考えられる。
【0063】
(実施例2)
<リゾチームの金微粒子による分解(その1)>
1mg/mLの濃度のリゾチーム溶液300mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度17mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりリゾチームの泳動バンドの濃さを測定し、リゾチームの分解量の定量を行った。
【0064】
(比較例2)
金微粒子を使用しなかった以外は、実施例2と同様の条件で反応液にレーザーを照射した。
【0065】
実施例2及び比較例2のレーザー照射(17mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図5に示す。泳動は上から下に向けて行った。リゾチームのバンドを矢印で示す。レーン1から5は金微粒子を共存させた実施例2の場合、レーン6から10は金微粒子を共存させなかった比較例2の場合をそれぞれ示す。それぞれ10,20,30,40,50分間レーザー照射した。図6に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はリゾチームの検出量をレーザー照射時間10分時のリゾチームの量を基準にした値で示す。黒い四角は金微粒子を共存させた場合、黒い丸は金微粒子を共存させない場合をそれぞれ示す。このように、金微粒子を共存させた場合にだけ、レーザー照射によりリゾチームのバンドの強さが小さくなっており、高エネルギー金微粒子によりリゾチームの分解が起こったことを確認した。
【0066】
(実施例3)
レーザー照射強度を34mJ/パルスとした以外は、実施例2と同様の条件で反応液にレーザーを照射した。
【0067】
(比較例3)
金微粒子を使用しなかった以外は、実施例3と同様の条件で反応液にレーザーを照射した。
【0068】
実施例3及び比較例3のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図7に示す。泳動は上から下に向けて行った。リゾチームのバンドを矢印で示す。レーン1から5は金微粒子を共存させた実施例3の場合、レーン6から9は金微粒子を共存させなかった比較例3の場合をそれぞれ示す。実施例3は10,20,30,40,50分間、比較例3は10,20,30,50分間それぞれレーザー照射した。図8に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はリゾチームの検出量をレーザー照射時間10分時のリゾチームの量を基準にした値で示す。黒い丸は金微粒子を共存させた場合、黒い四角は金微粒子を共存させない場合をそれぞれ示す。
【0069】
このように、金微粒子を共存させた場合にだけ、レーザー照射によりリゾチームのバンドの強さが小さくなっており、高エネルギー金微粒子によりリゾチームの分解が起こったことを確認した。また、実施例2(図6)と実施例3(図8)とを比較することにより、レーザー強度が大きい方がリゾチームの分解効率が高いことが分かる。
【0070】
(実施例4)
<リゾチームの金微粒子による分解(その2)>
1mg/mLの濃度のリゾチームタンパク質溶液300mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLと1Mのバッファー30mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度34mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から0,10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりリゾチームの泳動バンドの濃さを測定し、リゾチームの分解量の定量を行った。分解反応はバッファーにより反応液のpHを2通り変えて行った。1つはバッファーとしてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を使用して、反応液のpH=11.0に調整した。もう1つはバッファーとしてリン酸を使用して、反応液のpH=6.8に調整した。
【0071】
実施例4のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図9に示す。泳動は上から下に向けて行った。リゾチームのバンドを矢印で示す。レーン1から6はpH=11.0にした場合、レーン7から12はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。0,10,20,30,40,50分間レーザー照射した。図10に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はリゾチームの検出量をレーザー照射時間0分時のリゾチームの量を基準にした値で示す。黒い丸はpH=11.0にした場合、黒い四角はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。
【0072】
このように、pH=11.0の場合の方が、pH=6.8の場合に比べて、リゾチームの分解がより進行していることがわかる。リゾチームの等電点は11.0付近であるため、反応液のpHを11.0に調整した場合にはリゾチームの持つ総電荷量が0に近くなる。一方、反応液のpHを6.8にした場合にはリゾチームは反応液中で電荷を帯びている。そのため反応液のpHが11.0の場合にはリゾチームが金微粒子の表面に吸着し、高エネルギー金微粒子による分解効率が高くなったと考えられる。
【0073】
(実施例5)
<BSAの金微粒子による分解>
1mg/mLの濃度のBSA(Bovine Serum Albumin)溶液300mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLと1Mのバッファー30mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度34mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から0,10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりBSAの泳動バンドの濃さを測定し、BSAの分解量の定量を行った。分解反応はバッファーにより反応液のpHを2通り変えて行った。1つはバッファーとしてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を使用して、反応液のpH=11.0に調整した。もう1つはバッファーとしてリン酸を使用して、反応液のpH=6.8に調整した。
【0074】
実施例5のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図11に示す。泳動は上から下に向けて行った。BSAのバンドを矢印で示す。レーン1から6はpH=11.0にした場合、レーン7から12はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。0,10,20,30,40,50分間レーザー照射した。図12に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はBSAの検出量をレーザー照射時間0分時のBSAの量を基準にした値で示す。黒い四角はpH=11.0にした場合、黒い丸はpH=6.8にした場合をそれぞれ示す。
【0075】
このように、pH=6.8の場合の方が、pH=11.0の場合に比べて、BSAの分解がより進行していることがわかる。BSAの等電点は4.9付近であるため、反応液のpHを6.8に調整した場合にはBSAの持つ総電荷量が0に近くなる。一方、反応液のpHを11.0にした場合にはBSAは反応液中で電荷を帯びている。そのため反応液のpHが6.8の場合にはBSAが金微粒子の表面に吸着し、高エネルギー金微粒子による分解効率が高くなったと考えられる。
【0076】
(実施例6)
<BSA、リゾチームの金微粒子による選択的分解>
1mg/mLの濃度のBSA(Bovine Serum Albumin)溶液150mLと1mg/mLの濃度のリゾチームタンパク質溶液150mLと界面活性剤の入っていない金微粒子を分散させた溶液300mLと1Mのバッファー30mLとを混合し、反応液を作製した。この反応液を底面が1cm×1cmのガラスセルに入れた。これにNd:YAGレーザーの2倍波532nm、強度34mJ/パルス、パルス周波数10Hzのパルスレーザーをセルの開口部から10,20,30,40,50分間照射した。レーザー光はレンズを用いて、(0.1mm)3程度になるように反応液中に集光した。この間、セルの底に長さ10mm、幅1mmの撹拌子を入れて、マグネティックスターラにより溶液を撹拌した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動により泳動バンドの濃さを測定し、リゾチーム、BSAの分解の程度を検出した。分解反応はバッファーにより反応液のpHを2通り変えて行った。1つはバッファーとしてトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)を使用して、反応液のpH=11.0に調整した。もう1つはバッファーとして酢酸を使用して、反応液のpH=4.9に調整した。
【0077】
実施例6のレーザー照射(34mJ/パルス)後の電気泳動の写真を図13に示す。泳動は上から下に向けて行った。BSAのバンドを矢印A、リゾチームのバンドを矢印Bで示す。レーン1から5はpH=11.0にした場合、レーン6から10はpH=4.9にした場合をそれぞれ示す。10,20,30,40,50分間それぞれレーザー照射した。図14に、レーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す。横軸はレーザー照射時間を、縦軸はBSA、リゾチームの検出量をレーザー照射時間10分時のBSA、リゾチームの量をそれぞれ基準にした値で示す。白い丸はpH=11.0にした場合のBSA、白い四角はpH=4.9にした場合のBSA、黒い丸はpH=11.0にした場合のリゾチーム、黒い四角はpH=4.9にした場合のリゾチームをそれぞれ示す。
【0078】
このように、反応液のpHを11.0にした場合は、等電点の近いリゾチームが金微粒子表面に吸着するため、リゾチームが選択的に高エネルギー金微粒子により分解されていることがわかる。一方、反応液のpHを4.9にした場合は、等電点の近いBSAが金微粒子表面に吸着するため、BSAが選択的に分解されていることがわかる。
【0079】
(実施例7)
<表面修飾金微粒子の例>
GTR(還元型グルタチオン)で表面を修飾した金微粒子を作製した。5×10−3M/EtOHの塩化金酸液100mLと5×10−1M/EtOHのグルタチオン液1mLとを混合し、これを激しく5分間混合した。この溶液に0.2Mテトラヒドロほう酸ナトリウム液を25mL添加し、金イオンを還元することにより、GTR表面修飾金微粒子を形成させた。この後、遠心による再沈殿と水による洗浄とを繰り返し、未反応のGTRやテトラヒドロほう酸ナトリウムを除去した。このGTR表面修飾金微粒子を水溶液に分散した。この系を使用すれば、液中に存在する、GTRとの選択結合性の高いGST(グルタチオンSトランスフェラーゼ)が強く金微粒子の表面に結合するため、レーザー等の照射によりGSTを高い選択性をもって分解することができる。具体的にはGTR表面修飾金微粒子の5mg/mLの分散水溶液10μLに対して、1μgのGSTと1μgのBSAとを添加し、1Mのバッファー(Tris)を1μL加え、溶液のpHを7.0にした。この溶液を遠心分離して金微粒子を沈殿させ、その上清を採取した。超音波にて沈殿した金微粒子50μgを水溶液10μLに再分散させ、ここに5×10−1MのGTR液1μLを添加し、金微粒子表面に結合したGSTを溶出し、溶液を採取した。その後、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動によりGSTとBSAとを検出した。
【0080】
この電気泳動の写真を図15に示す。SDSゲルの染色は銀染色法で行った。BSAのバンドを矢印A、GSTのバンドを矢印Bで示す。レーン1と2は参照のためにそれぞれBSA、GSTのみを泳動した。レーン3と4は金微粒子分散溶液にGSTのみを添加してGTRによる溶出の前後のもの、レーン5と6はGSTとBSAを同時に金微粒子分散溶液に添加したものに対してGTRによって溶出した前後のものを示す。見やすくするためGSTのバンドを点線黒丸で示す。金微粒子に結合したGSTがGTRにより溶出されていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の実施形態に係る標的物の分解装置の構成の一例を示す図である。
【図2】本発明の実施形態に係る標的物の分解装置において、微粒子と標的物と非標的物とを溶媒に分散、溶解させて、標的物を選択的に分解する例を示す図である。
【図3】本発明の実施例1におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図4】本発明の実施例1におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図5】本発明の実施例2、比較例2におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図6】本発明の実施例2、比較例2におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図7】本発明の実施例3、比較例3におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図8】本発明の実施例3、比較例3におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図9】本発明の実施例4におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図10】本発明の実施例4におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図11】本発明の実施例5におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図12】本発明の実施例5におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図13】本発明の実施例6におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【図14】本発明の実施例6におけるレーザー照射時間と電気泳動のバンド強度との関係を示す図である。
【図15】本発明の実施例7におけるレーザー照射後の電気泳動の写真を示す図である。
【符号の説明】
【0082】
1 分解装置、10 レーザー発生装置、12 レンズ、14 セル、16 撹拌子、18 微粒子、20 標的物、22 反応液、24 レーザー、26 開口部、28 非標的物。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法であって、
前記標的物と微粒子とを共存させた上で前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項2】
請求項1に記載の標的物の分解方法であって、
生成する前記高エネルギーの領域は微小な領域であることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の標的物の分解方法であって、
前記微粒子の表面近傍に前記標的物を存在させた上で、前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を選択的に分解することを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の標的物の分解方法であって、
前記微粒子に電磁波、音波及び超音波のうちの少なくとも1つを照射することによって、前記微粒子を高エネルギー状態にすることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項5】
請求項4に記載の標的物の分解方法であって、
前記電磁波は、レーザーであることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の標的物の分解方法であって、
前記微粒子は、金属微粒子であることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項7】
分解対象となる標的物を分解する標的物の分解装置であって、
前記標的物と微粒子とを共存させるための収容部と、
前記微粒子を高エネルギー状態にするためのエネルギー供給手段と、
を有し、
前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することを特徴とする標的物の分解装置。
【請求項8】
請求項7に記載の標的物の分解装置であって、
さらに、前記収容部中の前記標的物と前記微粒子とを分散させるための分散手段を有することを特徴とする標的物の分解装置。
【請求項1】
分解対象となる標的物を分解する標的物の分解方法であって、
前記標的物と微粒子とを共存させた上で前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項2】
請求項1に記載の標的物の分解方法であって、
生成する前記高エネルギーの領域は微小な領域であることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の標的物の分解方法であって、
前記微粒子の表面近傍に前記標的物を存在させた上で、前記微粒子を高エネルギー状態にし、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を選択的に分解することを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の標的物の分解方法であって、
前記微粒子に電磁波、音波及び超音波のうちの少なくとも1つを照射することによって、前記微粒子を高エネルギー状態にすることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項5】
請求項4に記載の標的物の分解方法であって、
前記電磁波は、レーザーであることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の標的物の分解方法であって、
前記微粒子は、金属微粒子であることを特徴とする標的物の分解方法。
【請求項7】
分解対象となる標的物を分解する標的物の分解装置であって、
前記標的物と微粒子とを共存させるための収容部と、
前記微粒子を高エネルギー状態にするためのエネルギー供給手段と、
を有し、
前記高エネルギー状態となった微粒子から前記標的物へのエネルギー移動により、前記微粒子の表面近傍に存在する標的物を分解することを特徴とする標的物の分解装置。
【請求項8】
請求項7に記載の標的物の分解装置であって、
さらに、前記収容部中の前記標的物と前記微粒子とを分散させるための分散手段を有することを特徴とする標的物の分解装置。
【図1】
【図2】
【図4】
【図6】
【図8】
【図10】
【図12】
【図14】
【図3】
【図5】
【図7】
【図9】
【図11】
【図13】
【図15】
【図2】
【図4】
【図6】
【図8】
【図10】
【図12】
【図14】
【図3】
【図5】
【図7】
【図9】
【図11】
【図13】
【図15】
【公開番号】特開2006−312147(P2006−312147A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−136262(P2005−136262)
【出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(598014814)株式会社コンポン研究所 (24)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(598014814)株式会社コンポン研究所 (24)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]