説明

標識されたR−メバロン酸の製造方法

【課題】生体内で重要な生理活性物質であるR−メバロン酸を標識した、標識R−メバロン酸を効率的、且つ安価に製造することのできる製造方法を提供する。
【解決手段】前記製造方法は、標識された酢酸又はその塩に、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素を、無細胞系で作用させることを特徴とし、従来法と比較して、安価に標識R−メバロン酸を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標識されたR−メバロン酸(以下、標識R−メバロン酸と称することがある)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メバロン酸は、重要な生理活性物質群であり多くの生命維持に必須のテルペノイドと呼ばれる物質群の生合成中間体である。メバロン酸は、天然型のR−メバロン酸と、非天然型であるS−メバロン酸が知られている。メバロン酸の製造においては、多くの場合、発酵法では天然型が得られ(特許文献1、特許文献2)、化学合成方法では天然型と非天然型の等量混合物であるラセミ体が得られる。また、メバロン酸は無水状態では容易に脱水して分子内エステル化(ラクトン化)し、メバロノラクトンとなるが、水溶液ないしアルカリ水溶液中で容易に水と反応してメバロン酸ないしメバロン酸塩となる。
【0003】
R−メバロン酸の製造方法としては、発酵生産等の生物細胞を利用する方法、化学合成法、天然物からの抽出方法等があげられる。この内、化学合成法は安価な原料が入手可能であれば最も安く提供可能であると考えられる。しかし、一般に化学合成ではラセミ体が得られることから光学分割が必要となるなどR−メバロン酸の工業的な製造方法としては利用されていない。また、天然物に存在するR−メバロン酸としては、人を含む動物の血中や尿中に広く存在することが知られている。しかしながら、その存在濃度は数μg/Lと低いため、これらを原料として大量に抽出し、工業的に利用するには不十分な状況である。
【0004】
メバロン酸の発酵生産方法に関しては、サッカロマイコプシス・フィブリゲラ(Saccharomycopsis fibuligera)を用いる方法(特許文献3)、培地成分としてカゼイン由来のペプトン及びコーン・スティープ・リカーを用いる方法(特許文献4)、ML−236Bに耐性を有するサッカロマイコプシス・フィブリゲラ(Saccharomycopsis fibuligera)を用いる方法(特許文献2)等が知られている。
【0005】
一方、標識R−メバロン酸は化学合成品が試薬用途として非常に高価な価格で供給されるのみであったが、メバロン酸生産菌に標識化合物を取り込ませ培養物中に標識されたR−メバロン酸を蓄積させることにより標識R−メバロン酸を提供する方法が提供され工業利用されている(特許文献5)。しかし、発酵法による標識R−メバロン酸の製造方法は微生物の発酵条件を厳密に管理する必要があるなど手間がかかることや、高価な13−グルコース等のラベル化原料を大量に必要とする等、効率やコストの点で問題があった。
【0006】
R−メバロン酸は多くの生物の生命維持に必須な生理活性物質であると共に、有用なカロチノイド、植物ホルモン、ユビキノン等の各種テルペノイドの生合成中間体でもある。R−メバロン酸からテルペノイドへの生合成は全てイソペンテニル二リン酸を経由して生合成されることが知られている。イソペンテニル二リン酸の生合成は長い間メバロン酸経路のみから生合成されると信じられて来たが、瀬戸、葛山らにより、動物細胞、植物細胞の細胞質、カビ・酵母等の真菌や古細菌に存在するメバロン酸を経由する経路(メバロン酸経路)以外に、多くの真正細菌や植物の色素体に存在するメチルエリスリトールリン酸(MEP)経路を経由して生合成されることが明らかとなった(非特許文献1)。
【0007】
一方、テルペノイドは、炭素数5のイソプレン単位を基本骨格に持つ一群の有機化合物の総称であり、イソペンテニルピロリン酸(IPP)の重合によって生合成される。このイソペンテニルピロリン酸(IPP)は、動物や酵母などの真核生物ではアセチルCoAからメバロン酸を経由して生合成されることが証明されている。
【0008】
テルペノイドは(C5H8)nの不飽和炭化水素以外に、それらの酸化還元生成物(アルコール、ケトン、酸等)、炭素の脱離した化合物などが多くの植物及び動物体内に見いだされている。テルペノイドは、炭素数によりヘミテルペン(C5)、モノテルペン(C10)、セスキテルペン(C15)、ジテルペン(C20)、セスタテルペン(C25)、トリテルペン(C30)、テトラテルペン(C40、カロチノイド)及びその他のポリテルペンに分類することができる。アブシジン酸、幼若ホルモン、ジベレリン、フォルスコリン、ホルボールなど生理活性を示す化合物も多い。また、構造の一部にイソプレン構造を有する複合テルペンとしてクロロフィル、ビタミンK、ユビキノン、tRNA等があり、これらも有用な生理活性を示す。
【0009】
例えば、テルペノイドの一種であるユビキノンは、電子伝達系の必須成分として、生体内で重要な機能を果たしており、心疾患に効果のある医薬品として使用されている他、欧米では健康食品としての需要が増大している。また、ビタミンKは血液凝固系に関与する重要なビタミンであり、止血剤として利用されている他、最近では骨代謝への関与が示唆され、骨粗鬆症治療への応用が期待されており、フィロキノンとメナキノンは医薬品として許可されている。
【0010】
また、ユビキノンやビタミンK類には船体や橋脚等の建造物への貝類の付着阻害作用が在り、貝類付着防止塗料への応用が期待される。更に、カロチノイドには抗酸化作用があり、β−カロチン、アスタキサンチン、クリプトキサンチン等、がん予防や免疫賦活活性を有するものとして期待されているものもある。このように、テルペノイドには生体にとって有用な物質が含まれているが、これらの化合物は全て基本骨格単位であるイソペンテニルピロリン酸(IPP)を経由して生合成されることが知られている。
【0011】
メバロン酸経路は、既に説明したように動物や酵母などの真核生物に存在し、メバロン酸の産生は3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA(以下、HMG CoAと称することがある)還元酵素が律速酵素であると考えられているため(非特許文献2)、酵母においてHMG CoA還元酵素を高発現させて細胞内のメバロン酸レベルを上げることによりカロチノイドの生産性を向上させる試みがなされている(非特許文献3)。また、13Cで標識されたメバロン酸の微生物合成も報告されており(特許文献5)、テルペノイドに係わるメタボローム研究への活用が期待される。
【0012】
【特許文献1】特開平2−215389号公報
【特許文献2】特開平3−210174号公報
【特許文献3】特開昭63−216487号公報
【特許文献4】特開平2−215389号公報
【特許文献5】特開平2005−269982号公報
【非特許文献1】ルーマー、M(Rohmer,M.)「イン・コンプレヘンシブ・ナチュラル・プロダクト・ケミストリー、第2巻、イソプレノイズ・インクルーディングカロテノイド・アンド・ステロイド(In Comprehensive Natural Products Chemistry、Vol.2:Isoprenoids Including Carotenoids and Steroids)」(オランダ)、バートン,D(Barton,D.)、ナカニシ,K(Nakanishi,K)編、エルスバー社(Elsevier:Amsterdam)1999年、p.45−67
【非特許文献2】「モレキュラー・バイオロジー・オブ・ザ・セル(Molecular Biology of the Cell)(米国)1994年、第5巻、p.655
【非特許文献3】三沢ら、「カロチノイド研究談話会講演要旨集」1997年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、効率的で安価に標識R−メバロン酸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、鋭意検討を重ねた結果、標識された酢酸又はその塩に、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)、HMG CoA合成酵素及びHMG CoA還元酵素を用いて、無細胞系で作用させることで、前記目的を達成し得ることを見出し、本発明に至った。
【0015】
従って、本発明は、標識された酢酸又はその塩に、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素を、無細胞系で作用させることを特徴とする標識R−メバロン酸の製造方法に関する。
本発明による標識R−メバロン酸の製造方法の好ましい態様においては、前記アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素が、赤パンカビ(Neurospora crassa)由来であり、特には、赤パンカビ(Neurospora crassa)からクローニングした遺伝子の遺伝子組み換えにより得られる。
本発明による標識R−メバロン酸の製造方法の好ましい態様においては、前記赤パンカビ(Neurospora crassa)が、FGSC2489株である。
本発明による標識R−メバロン酸の製造方法の別の好ましい態様においては、前記無細胞系に、(a)コエンザイムA、(b)還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、及び/又は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、並びに(c)アデノシン3リン酸、を添加することを特徴とし、更には、前記無細胞系に、マグネシウム塩、及び/又はマンガン塩を添加することを特徴とする。
また本発明は、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素を含む酵素カクテルにも関する。
本発明による酵素カクテルの好ましい態様においては、(a)コエンザイムA、(b)還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、及び/又は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、並びに(c)アデノシン3リン酸、を含有することを特徴とし、更には、マグネシウム塩、及び/又はマンガン塩を含有することを特徴とする。
【0016】
本明細書において、「無細胞系」とは、基質に酵素を作用させ目的の生成物を産生する反応が、細胞内で行われるものではなく、細胞の存在しない系で行われることを意味する。しかし、実質的に目的の生成物の産生に影響を与えない程度の細胞が混入していることを排除するものではない。
【0017】
また、本明細書において、「酵素カクテル」とは、基質から目的の生成物を産生させる酵素の混合物を意味する。この酵素の混合物には、基質から目的の化合物を合成するために必要な酵素が含まれていればよい。また酵素反応の補助因子や金属が必要な場合はこれを提供するための塩類が含まれていてもよい。更に酵素反応に影響を与えない不純物が含まれていてもかまわない。
【0018】
また、本明細書において、「1から数個の塩基が欠失、置換、付加及び/又は挿入されている」とは、例えば1〜20個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、更に好ましくは1〜5個の任意の数の塩基が欠失、置換、付加及び/又は挿入されていることを意味する。本明細書においては、「1から数個のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入されている」とは、例えば1〜20個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、更に好ましくは1〜5個の任意の数のアミノ酸が欠失、置換、付加及び/又は挿入されていることを意味する。
【0019】
また、本明細書において「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる」とは、DNAをプローブとして使用し、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味し、具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNA又は前記DNAの断片を固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0MのNaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍程度のSSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウムよりなる)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNAを挙げることができる。
【0020】
ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning:A Laboratory Manual,2nd Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY.,1989.(以下、モレキュラークローニング第二版と称する)等に記載されている方法に準じて行うことができる。ストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができるDNAとしては、プローブとして使用するDNAの塩基配列と一定以上の相同性を有するDNAが挙げられ、相同性は、例えば60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上、もっとも好ましくは98%以上である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、標識された原料から、高いモル効率で、安価で且つ比較的容易に、標識されたR−メバロン酸を大量に製造する方法を提供することができる。また、1−13−酢酸又はその塩を用いることで1,3,5−13−メバロン酸を、2−13−酢酸又はその塩を用いることで2,4,(3−CH)−13−メバロン酸を、13−酢酸又はその塩を用いることで13−メバロン酸を、選択的に調製することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明で使用するアセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)、HMG CoA合成酵素、及び、HMG CoA還元酵素は、例えば、天然に存在する酵素を用いることが可能である。例えば、メバロン酸経路を持っている動物又は真核生物などの酵素を使用することができる。具体的には、真核生物である酵母や赤パンカビの細胞抽出液に含まれる前記の酵素を使用することもでき、それらの酵素を精製して使用することもできる。更には、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)、HMG CoA合成酵素、及び、HMG CoA還元酵素をコードする遺伝子を用いて、遺伝子工学的に得られる遺伝子組換えにより得られる酵素を使用することもできる。例えば、遺伝子組み換えにより、酵素遺伝子をベクターに組み込み、そのベクターを用い大腸菌などの宿主細胞を形質転換して、組換え体を得ることができる。そしてその組換え体により、大量に発現された酵素を用いることができる。更に、ベクターを宿主細胞に形質転換せずに、細胞外で酵素を発現させることも可能である。
【0023】
本発明の製造方法において使用することのできる組換えにより得られる酵素は、以下のような手順で取得可能である。まず、A)アセチルCoA合成酵素をコードするDNAの取得、B)アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)をコードするDNAの取得、C)HMG CoA(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA)合成酵素をコードするDNAの取得、及びD)HMG CoA還元酵素をコードするDNAの取得、を行い次に、E)前記A〜D)の酵素タンパク質をコードするDNAを有する形質転換体の作製及びこれら計4種の前記酵素タンパク質をコードするDNAを有する計4種の形質転換体での前記酵素タンパク質の発現、を行う。得られた酵素を用いて、F)4種の酵素を含む酵素カクテルの作用による、標識された酢酸又はその塩から標識R−メバロン酸の生産を行う。
【0024】
具体的には、例えば、以下の手順により、本発明に用いることのできる酵素を調製することができる。すなわち、それぞれの酵素をコードするDNAの取得A)〜D)は、赤パンカビ(Neurospora crassa)菌体からRNAキットを用いてtotal RNAを抽出し、続いて均一な超常磁性高分子ポリマービーズを用い、mRNAの3’末端に存在するpoly(A)+残基とビーズ表面の残基との水素結合を形成することを利用してmRNAを精製する。高分子ビーズとしてはDynal社のDynabeads Oligo(dT)25などを使用することができる。
【0025】
次に、逆転写酵素反応によりcDNAを得、遺伝子特異的配列プライマーと市販のPCRキットを用い、各酵素のタンパク質をコードするオープンリーディングフレーム(以下、ORFと称する)を含むDNA断片を取得する。市販のPCRキットとしてはNTECH社製Advantage HF2などが使用することができる。
【0026】
PCRはプロトコールに従って実施し、得られたDNAはTA cloning vectorに組み込み、配列を確認する。
【0027】
次に、E)の4種の酵素タンパク質をコードするDNAを有する形質転換体の作成、及び前記酵素タンパク質をコードするDNAを有する形質転換体での前記酵素タンパク質の発現を行う。配列を確認したORFを含むDNA断片をpQE30ベクターに組み込み、大腸菌株等を用いて形質転換を行う。形質転換菌株に、例えば、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(以下、IPTGと称する)を1mM(終濃度)添加し、プロモーターを活性化して、目的タンパク質の生産を誘導する。菌体回収後、リゾチームを添加し、超音波破砕処理により可溶性画分を調製し、10%ポリアクリルアミドゲルのSDS−PAGE(CBB染色)にて目的タンパク質の生産を確認する。
【0028】
大腸菌を形質転換体とした遺伝子組み換えを行い、メバロン酸の生合成に関与する酵素を発現させることにより、大過剰量の酵素を取得することが可能である。そのため、大腸菌を破砕して、可溶性画分を粗酵素液として、基質に作用させても、充分な反応生成物を合成させることができる。もちろん、この粗酵素液を常法により精製し、作用させることも可能である。これらの酵素の大過剰量の発現は、ベクターにより大腸菌を形質転換するのみでも可能である場合もある。しかし通常は形質転換体に、(IPTG)等を添加し、タンパク質の生産を誘導することが好ましい。大過剰量のタンパク質の発現は、10%ポリアクリルアミドゲルのSDS−PAGEで電気泳動し、CBB染色することにより、目視により確認することができる。
【0029】
前記のように取得した、F)4種(アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)、HMG CoA合成酵素、HMG CoA還元酵素)の酵素カクテルを用いて、標識された酢酸から標識R−メバロン酸の生産を行う。
【0030】
前記アセチルCoA合成酵素遺伝子は、実質的にアセチルCoA合成酵素、すなわち基質として酢酸又は酢酸塩とコエンザイムA(CoA−SH)及びATPからアセチルCoAを生成する反応を触媒する活性をもつ酵素タンパク質をコードするDNA配列であればよい。例えば、赤パンカビ(Neurospora crassa)FGSC2489株由来のアセチルCoA合成酵素遺伝子である配列番号2の塩基配列、あるいは配列番号2において1〜数個の塩基配列が欠失、置換、付加及び/又は挿入されている塩基配列であって、アセチルCoA合成酵素を機能させるために必要な配列をすべてコードする塩基配列、あるいは配列番号2の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる塩基配列であって、アセチルCoA合成酵素を機能させるのに必要な配列をすべてコードする塩基配列を含む。更に本発明は、これらの遺伝子を常法により発現させることにより生成する酵素タンパク質を提供するものである。また、酵素反応に、コエンザイムAやATP(アデノシン3リン酸)等の補助因子、マグネシウム(Mg)塩、及び/又は、マンガン(Mn)塩等の塩類が必要であれば必要量添加してもよい。
【0031】
前記アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)遺伝子は、実質的にアセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)、すなわち基質として二分子のアセチルCoAからアセトアセチルCoAを生成する反応を触媒する活性をもつ酵素タンパク質をコードするDNA配列であればよい。例えば、赤パンカビ(Neurospora crassa)FGSC2489株由来のアセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)遺伝子である配列番号6の塩基配列、あるいは配列番号6において1〜数個の塩基配列が欠失、置換、付加及び/又は挿入されている塩基配列であって、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)遺伝子を機能させるために必要な配列をすべてコードする塩基配列、あるいは配列番号6の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる塩基配列であって、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)遺伝子を機能させるのに必要な配列をすべてコードする塩基配列を含む。更に本発明は、これらの遺伝子を常法により発現させることにより生成する酵素タンパク質を提供するものである。
【0032】
前記HMG CoA合成酵素遺伝子は、実質的にHMG CoA合成酵素、すなわち基質としてアセトアセチルCoAとアセチルCoAからHMG CoAを生成する反応を触媒する活性をもつ酵素タンパク質をコードするDNA配列であればよい。例えば、赤パンカビ(Neurospora crassa)FGSC2489株由来のHMG CoA合成酵素遺伝子である配列番号10の塩基配列、あるいは配列番号10において1〜数個の塩基配列が欠失、置換、付加及び/又は挿入されている塩基配列であってHMG CoA合成酵素遺伝子を機能させるために必要な配列をすべてコードする塩基配列、あるいは配列番号10の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる塩基配列であって、HMG CoA合成酵素遺伝子を機能させるのに必要な配列をすべてコードする塩基配列を含む。更に本発明は、これらの遺伝子を常法により発現させることにより生成する酵素タンパク質を提供するものである。
【0033】
前記HMG CoA還元酵素遺伝子は、実質的にHMG CoA還元酵素、すなわちHMG CoA及び、NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)又はNADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチ)からメバロン酸を生成させる反応を触媒する活性をもつ酵素タンパク質をコードするDNA配列であればよい。例えば、赤パンカビ(Neurospora crassa)FGSC2489株由来のHMG CoA還元酵素である配列番号14の塩基配列、あるいは配列番号14において1〜数個の塩基配列が欠失、置換、付加及び/又は挿入されている塩基配列であって、HMG CoA還元酵素を機能させるために必要な配列をすべてコードする塩基配列、あるいは配列番号14の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる塩基配列であって、HMG CoA還元酵素を機能させるのに必要な配列をすべてコードする塩基配列を含む。更に本発明は、これらの遺伝子を常法により発現させることにより生成する酵素タンパク質を提供するものである。また、酵素反応に、NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)、及び/又は、NADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)等の補助因子が必要であれば必要量添加してもよい。
【0034】
本発明で使用することのできるアセチルCoA合成酵素遺伝子、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)遺伝子、HMG CoA合成酵素遺伝子、HMG CoA還元酵素遺伝子は、いかなる生物由来であっても構わないが、真核生物であるアカパンカビ由来が好ましい。アカパンカビから目的の遺伝子の取得は、常法によるが概要は以下の通りである。
【0035】
1)アカパンカビのゲノム情報データベースから目的の遺伝子を抽出し、得られた配列情報を基にプライマーを合成する。
2)アカパンカビ細胞からcDNAライブラリ(ゲノムライブラリ)を調製する。
3)cDNAライブラリ(ゲノムライブラリ)からプライマーを用いて目的の遺伝子を含む配列を取得する。
以上の操作を以下の4種の酵素遺伝子、すなわちアセチルCoA合成酵素遺伝子、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)遺伝子、HMG CoA合成酵素遺伝子、HMG CoA還元酵素遺伝子について行う。
【0036】
得られた4種類の酵素遺伝子を含むDNA断片はそれぞれプラスミドベクター(発現ベクター)に組み込み、得られたプラスミドベクターで宿主(例えば大腸菌)を形質転換する。形質転換した宿主を常法で培養し、得られた菌体を遠心分離等により集菌後破砕し粗酵素溶液とする。この粗酵素溶液を、そのまま本発明の製造方法に使用することもできる。また、粗酵素溶液は必要に応じて精製可能である。また、本発明で使用することのできる酵素遺伝子を発現させる大腸菌等の宿主が目的の酵素タンパク質を活性のある形で発現させることができず、封入体等を形成するような場合は、活性発現可能なペプチドをコードする遺伝子と融合させた形で発現させてもよい。
【0037】
前記宿主細胞は、特に限定されないが、大腸菌、枯草菌、放線菌、パン酵母、アカパンカビ等取り扱いが容易な菌株が好ましい。例えば、大腸菌の菌株としては、JM109株、DHα株、XL1−blue株、HB101株などのK−12株由来やBL21などのB株由来の大腸菌を用いることができる。更に宿主細胞として、昆虫細胞、植物細胞、動物細胞などを用いることも可能である。
【0038】
発現ベクターとしては、前記宿主である大腸菌、パン酵母等において自立複製可能ないしは染色体中への組込みが可能で、外来タンパク質の発現効率の高いものが好ましい。前記DNAを発現させるための発現ベクターは前記微生物中で自立複製可能であると同時に、プロモーター、リボソーム結合配列、前記DNA及び転写終結配列より構成された組換えベクターであることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。
【0039】
発現ベクターとしては、例えば、pBTrp2、pBTac1、pBTac2(いずれもベーリンガーマンハイム社より市販)、pKK233−2(Pharmacia社製)、pSE280(Invitrogen社製)、pGEMEX−1(Promega社製)、pQE−8(QIAGEN社製)、pQE−30(QIAGEN社製)、pKYP10(特開昭58−110600)、pKYP200〔Agricultural Biological Chemistry,48,669(1984)〕、pLSA1〔Agric.Biol.Chem.,53,277(1989)〕、pGEL1〔Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82,4306(1985)〕、pBluescriptII SK+、pBluescriptII SK(−)(Stratagene社製)、pTrS30(FERMBP−5407)、pTrS32(FERM BP−5408)、pGEX(Pharmacia社製)、pET−3(Novagen社製)、pTerm2(US4686191、US4939094、US5160735)、pSupex、pUB110、pTP5、pC194、pUC18〔gene,33,103(1985)〕、pUC19〔Gene,33,103(1985)〕、pSTV28(宝酒造社製)、pSTV29(宝酒造社製)、pUC118(宝酒造社製)、pPA1(特開昭63−233798号公報)、pEG400〔J.Bacteriol.,172,2392(1990)〕等を例示することができる。
【0040】
プロモーターとしては、宿主である大腸菌、パン酵母等の細胞中で発現することができるものであればいかなるものでもよい。例えば、trpプロモーター(Ptrp)、lacプロモーター(Plac)、Pプロモーター、Pプロモーター、PSEプロモーター等の、大腸菌やファージ等に由来するプロモーター、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーター等を挙げることができる。またPtrpを2つ直列させたプロモーター(Ptrpx2)、tacプロモーター、letIプロモーター、lacT7プロモーターのように人為的に設計改変されたプロモーター等も用いることができる。
【0041】
リボソーム結合配列としては、宿主である放線菌細胞中で発現することができるものであればいかなるものでもよいが、シャイン−ダルガノ(Shine−Dalgarno)配列と開始コドンとの間を適当な距離(例えば6〜18塩基)に調節したプラスミドを用いることが好ましい。
【0042】
組換えベクターの導入方法としては、前記宿主である大腸菌、パン酵母等の細胞へDNAを導入する方法であればいずれも用いることができ、例えば、カルシウムイオンを用いる方法〔Proc.Natl.Acad.Sci.USA,69,2110(1972)〕、プロトプラスト法(特開昭63−2483942号公報)、又はGene,17,107(1982)やMolecular & General Genetics,168,111(1979)に記載の方法等を挙げることができる。
【0043】
発現ベクターで形質転換された宿主細胞を培養することによって、各酵素を取得することができる。例えば、大腸菌の場合について記載すると、大腸菌は通常用いられるL培地、YT培地、M9−CA培地などで培養すればよい。発現ベクターは薬剤耐性遺伝子を持っていることが多いので、それに対応する薬剤を適当な濃度になるように添加することが望ましい。酵素をコードする遺伝子を発現させる場合には、その上流のプロモーターを適当な方法で働かせて発現誘導を行えばよい。例えば、IPTGやインドールアクリル酸(IAA)などを添加して、発現を誘導することができる。
【0044】
培養によって得られた、菌体から目的の酵素を取得するためには、慣用の技術、例えば、細胞のリゾチーム処理、超音波破砕、遠心分離、各種クロマトグラフィーなどを用いることができる。目的の酵素は可溶性の場合と、膜結合型の水不溶性の場合がある。目的の酵素が可溶性画分に得られた場合は、そのまま酵素液として使用可能である。またその可溶性画分を各種クロマトグラフィー、例えば、アフィニティークロマトグラフィー、ゲル濾過、イオン交換クロマトグラフィーなどで精製することができる。目的の酵素が、膜結合型の水不溶性であった場合、例えばHMG CoA還元酵素はカビや哺乳類等の真核生物では膜結合部位を持つ水に不溶性酵素であることが知られているが、この場合は、ポラコウスキーら(T.Polakowski,U.Stahl,C.Lang(1998)Appl.Microbiol.Biotechnol.)が、報告しているように膜結合部位は活性に関与しないことから、遺伝子工学的に膜結合部位を除去したものを水溶性酵素として調製することも本発明の範囲である。すなわち、目的の酵素が、不溶性顆粒を形成し不溶性となった場合は、グアニジンや尿素で可溶化し、そのまま又は各種クロマトグラフィーで精製し、リフォールディングさせて、酵素液として使用することができる。
【0045】
次に得られた各酵素を用いて、標識された酢酸又はその塩から標識されたメバロン酸を無細胞系で産生する。反応容量は、特に限定されるものではなく、少量で作用させることも可能であるし、工業用に大量に反応を行わせることもできる。
【0046】
酵素は、前記の宿主細胞から得られた可溶性画分をそのまま用いてもよいし、精製したものを用いてもよい。基質としては、標識された酢酸又はその塩を用い、酵素液を作用させる。酵素は、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)、HMG CoA合成酵素、HMG CoA還元酵素の順に順次作用させてもよい。また、全ての酵素を混合した酵素カクテルとして作用させることも可能であり、それによって、酵素反応で生成した反応物が次の酵素反応の基質となって効率的に反応が進む結果、最終産物が蓄積してくるために、好ましい。
【0047】
なお、前記酵素カクテルに、補助因子として、
(a)コエンザイムA、
(b)NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)、及び/又は、NADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)、並びに
(c)ATP(アデノシン3リン酸)、
を添加することが好ましい。これらの補助因子は、細胞の抽出液などに含まれており、酵素を発現させた宿主細胞の抽出液を酵素カクテルとして使用する場合は、添加しなくてもよいが、これらの補助因子を含有させることで、酵素カクテルに基質のみを添加した場合でも確実に反応生成物を得ることができる。
【0048】
更に、前記酵素カクテルは、マグネシウム(Mg)塩、及び/又は、マンガン(Mn)塩を添加することが好ましい。これらの無機塩は、細胞の抽出液などに含まれており、酵素を発現させた宿主細胞の抽出液を酵素カクテルとして使用する場合は、添加しなくてもよいが、無機塩が少ない場合は、これらの無機塩を含有させることで、ATPが関与する反応を更に進行させることができる。
【0049】
また、ATPの持つエネルギーはADPとリン酸に分解することにより酵素反応に利用されるため、酵素カクテルのATP濃度が減少し、ADP濃度が上昇する。この解決手段として再度ADPからATPを生成させるための逆反応を触媒する高エネルギー化合物、例えばフォスフォエノールピルビン酸やポリリン酸等を添加してもよい。
【0050】
本発明で使用する基質である標識された酢酸又はその塩は、同位体で標識されているものであればいかなるものでもよい。目的物である標識R−メバロン酸の標識率(標識されたR−メバロン酸の全R−メバロン酸に対する比率)は、原料に用いた酢酸又は酢酸塩の標識率に限りなく等しくなるため、酢酸又はその塩の標識率を実質的に100%とすれば、R−メバロン酸の標識率を実質的に100%とすることが可能である。
【0051】
標識に使用する核種は酢酸を構成する炭素(C)、水素(H)及び酸素(O)のいずれか1種でも、2種あるいは3種でも良い。使用目的に応じてダブル標識体やトリプル標識体を調製してもよい。また、放射性同位体で標識された化合物を使用しても、安定同位体で標識された化合物を使用してもよく、また、放射性同位体と安定同位体の両方で標識された化合物を調製してもよい。標識に使用する核種は、安定性が良いことから、H(D、デューテリウム)、H(T、トリチウム)、13C、14C、17O及び18Oからなる群から選択される一種以上が好ましいが、その他の同位体でもよい。但し、安定同位体(D、13C、17O、18O等)の場合は、使用制限がほとんどなく産業上の利用が容易であるのに対し、放射性同位体(T、14C等)の場合は、厳密に管理することが必要であるためコスト高になる傾向にある。従来、検出感度は、放射活性を測定する放射性同位体の方が、安定同位体に比べてはるかに高いとされてきたが、最近の質量分析装置や核磁気共鳴装置等の発達により、安定同位体の検出感度及び分解能が共に改良され、安全性を含めて安定同位体の産業価値が高まっている。
【0052】
また、基質濃度は、酵素が作用することができる濃度であれば特に限定されるものではないが、0.01〜50mg/mLであり、より好ましくは0.03〜12mg/mL、更に好ましくは0.1〜3.0mg/mL、最も好ましくは0.2〜1.5mg/mLである。
【0053】
酵素濃度も、それぞれの酵素が作用することができる濃度であれば特に限定されるものではないが、0.02〜50mg/mLであり、より好ましくは0.05〜10mg/mL、更に好ましくは0.1〜5.0mg/mL、最も好ましくは0.2〜2.5mg/mLである。但し、アセチルCoA合成酵素は他の酵素の1〜20倍、好ましくは2〜10倍使用することが好ましい。
【0054】
補助因子も、酵素が作用することができる濃度であれば特に限定されるものではないが、(a)コエンザイムAは0.05〜50mg/mLであり、より好ましくは0.15〜20mg/mL、更に好ましくは0.5〜5.0mg/mL、最も好ましくは1.0〜2.5mg/mLであり、(b)NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)、及び/又は、NADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)は0.1〜100mg/mLであり、より好ましくは0.3〜30mg/mL、更に好ましくは1.0〜10mg/mL、最も好ましくは2〜20mg/mLであり、(c)ATP(アデノシン3リン酸)は2.0〜100mg/mLであり、より好ましくは4.0〜80mg/mL、更に好ましくは7.0〜50mg/mL、最も好ましくは10〜30mg/mLである。
【0055】
マグネシウム(Mg)塩、及び/又は、マンガン(Mn)塩濃度も、酵素が作用することができる濃度であれば特に限定されるものではないが、0.2〜25mg/mLであり、より好ましくは0.5〜10mg/mL更に好ましくは1.0〜5.0mg/mL、最も好ましくは1.5〜3mg/mLである。
【0056】
反応温度も、酵素が作用することができる温度範囲であれば、特に限定されるものではないが、好ましくは0〜80℃であり、より好ましくは10〜60℃であり、最も好ましくは20〜40℃である。
【0057】

反応のpHも、酵素が作用することができる範囲であれば、特に限定されるものではないが、好ましくはpH4〜9であり、より好ましくはpH5〜8.5であり、最も好ましくはpH6〜8である。
【0058】
反応時間も、特に限定されるものではないが、好ましくは1〜48時間であり、より好ましくは2〜36時間であり、最も好ましくは4〜24時間である。反応時間が長すぎても反応自体は問題ないが、腐敗のおそれがあるため、48時間以上の反応時間は好ましくない。
【0059】
反応を終了した後、産生した標識R−メバロン酸は通常の酸性有機物の抽出方法に従って抽出することができる。すなわち、反応液を有機酸ないし無機酸を用いてpH1.0〜4.0とした後、酢酸エチル、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、酢酸ブチル、アセトン等の有機溶媒を用いて抽出する。また、必要に応じて、反応液に塩化ナトリウム等の電解質を溶解させてもよい。更に、抽出液(有機溶媒相)中に含有する水分を減らす必要があれば、無水硫酸ナトリウム等で脱水してもよい。得られた抽出液から蒸留や減圧下で抽出溶媒を留去する。なお、メバロン酸は有機溶媒で抽出すると容易に分子内エステル化(ラクトン化)しメバロノラクトンとして存在するので、メバロノラクトンと等モル量の水酸化ナトリウム等のアルカリを用いて中和することによりメバロン酸とすることができる。但し、メバロノラクトンもメバロン酸の1形態であるため、メバロノラクトンの形態のまま利用することが可能な場合は、中和しなくともよい。
【0060】
また、精製する場合は、抽出液を、シリカゲルクロマト等のカラムクロマトグラフィーに吸着させ、ヘキサン/酢酸エチル等の溶媒を用いて溶出することで精製することが可能である。また、蒸留により直接精製することも可能である。また、適当な溶媒を用いることにより結晶化することも可能である。
【0061】
本発明の製造方法により得ることのできる、「R−メバロン酸」は、下記の一般式(I)の化合物である。
【化1】

また、「R−メバロン酸」は、前記のように有機溶媒中で、脱水して容易に分子内エステル化(ラクトン化)しメバロノラクトンとなるが、メバロノラクトンは、下記の一般式(II)の化合物である。
【化2】

【実施例】
【0062】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、実施例で示した遺伝子組換え実験は、特に言及しない限りモレキュラークローニング第二版に記載の方法(以下、常法と称する)を用いて行った。
【0063】
《実施例1》
(A)アセチルCoA合成酵素(以下、ACSと称することがある)をコードするDNAの取得
Neurospora crassa FGSC2489株菌体からTakara社製EASYPrepRNAキットを用いて添付の説明書に従いtotal RNAを抽出し、続いてDYNAL社製のDYNABEADSを用い、添付の説明書に従って、mRNAの精製を行った。このmRNAから逆転写酵素反応によりcDNAライブラリを得た。
【0064】
遺伝子特異的配列プライマー
Fwd:5‘−ATGCATGCATGTCTGGCAGCACCGTTCCT−3’(制限酵素サイト:SphI)〔配列番号3〕
Rev:5‘−ATCTGCAGTTACTGGCGCTGCGCGTGGAC−3’(制限酵素サイト:PstI)〔配列番号4〕
【0065】
cDNAライブラリを鋳型に、前記のプライマーを用いてCLONTECH社製Advantage HF2 キットを用いてPCRを行い、ORFを含むDNA断片を取得した。
PCRは添付の説明書に従って反応液量50μL volumeで行った。条件は92℃ 3分処理後、92℃ 45秒、50℃ 45秒、68℃ 2.5分を30サイクル、最後に68℃ 5分で行った。得られたDNAはTAcloning vectorに組み込み、配列を確認した。配列を〔配列番号2〕に示した。
【0066】
《実施例2》
(B)アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)(以下、ACATと称することがある)をコードするDNAの取得
Neurospora crassa FGSC2489株菌体から実施例1と同様な操作によりcDNAを得た。
【0067】
遺伝子特異的配列プライマー
Fwd:5‘−ATGGATCCATGTCTACCGGTCTTCCCTCC−3’(制限酵素サイト:BamHI)〔配列番号7〕
Rev:5‘−ATCTGCAGTTACTGCAAGTTTTCGATAAC−3’(制限酵素サイト:PstI)〔配列番号8〕
【0068】
cDNAライブラリを鋳型に、前記のプライマーを用いてCLONTECH社製Advantage HF2キットを用いてPCRを行い、ORFを含むDNA断片を取得した。
PCRは添付の説明書に従って反応液量50μL volumeで行った。条件は92℃ 3分処理後、92℃ 45秒、50℃ 45秒、68℃ 2.5分を30サイクル、最後に68℃ 5分で行った。得られたDNAはTAcloning vectorに組み込み、配列を確認した。配列を〔配列番号6〕に示した。
【0069】
《実施例3》
(C)HMG CoA合成酵素(以下、HMGSと称することがある)をコードするDNAの取得
Neurospora crassa FGSC2489株菌体から実施例1と同様な操作によりcDNAを得た。
【0070】
遺伝子特異的配列プライマー
Fwd:5‘−ATGGATCCATGGCTACCCGTCCCCAGAAC−3’(制限酵素サイト:BamHI)〔配列番号11〕
Rev:5‘−ATCTGCAGTTAAGCCTTGATGGAGTATGT−3’(制限酵素サイト:PstI)〔配列番号12〕
【0071】
cDNAライブラリを鋳型に、前記のプライマーを用いてCLONTECH社製Advantage HF2キットを用いてPCRを行い、ORFを含むDNA断片を取得した。
PCRは添付の説明書に従って反応液量50μL volumeで行った。条件は92℃ 3分処理後、92℃ 45秒、50℃ 45秒、68℃ 2.5分を30サイクル、最後に68℃ 5分で行った。得られたDNAはTAcloning vectorに組み込み、配列を確認した。配列を〔配列番号10〕に示した。
【0072】
《実施例4》
(D)HMG CoA還元酵素(以下、ΔHMGRと称することがある)をコードするDNAの取得
Neurospora crassa FGSC2489株菌体から実施例1と同様な操作によりcDNAを得た。
【0073】
遺伝子特異的配列プライマー
Fwd:5‘−TTGGATCCATGGAGTACATGAAGCCCACC−3’(制限酵素サイト:BamHI)〔配列番号15〕
Rev:5‘−ATCTGCAGTCAGCGACGCGAACGCTCGAC−3’(制限酵素サイト:PstI)〔配列番号16〕
【0074】
cDNAライブラリを鋳型に、前記のプライマーを用いてCLONTECH社製Advantage HF2キットを用いてPCRを行い、ORFを含むDNA断片を取得した。
PCRは添付の説明書に従って反応液量50μL volumeで行った。条件は92℃ 3分処理後、92℃ 45秒、50℃ 45秒、68℃ 2.5分を30サイクル、最後に68℃ 5分で行った。得られたDNAはTAcloning vectorに組み込み、配列を確認した。配列を〔配列番号14〕に示した。
なお、N.crassa FGSC2489株菌体から抽出したtotal RNAに含まれるHMG CoA還元酵素をコードするORFは膜結合領域を含むことから、ORFの1から663アミノ酸残基までをコードする部分を膜結合領域として除き、664から1173アミノ酸残基までを可溶性タンパク質として設計した。なお、設計した遺伝子は、発現のために翻訳開始コドンATGを導入した。
【0075】
《実施例5》
(E)酵素タンパク質をコードするDNAを有する形質転換体、計4種の作製と前記酵素タンパク質をコードするDNAを有する計4種の形質転換体での前記酵素タンパク質の発現
配列を確認したACSをコードするDNA断片をSphI及びPstIサイトを用いて、ACATをコードするDNA断片をBamHI及びPstIサイトを用いて、HMGSをコードするDNA断片をBamHI及びPstIサイトを用いて、ΔHMGRをコードするDNA断片をBamHI及びPstIサイトを用いてpQE30ベクターに組み込んだ。これらの発現ベクターにより、常法に従い大腸菌JM109株の形質転換を行った。得られた形質転換大腸菌を2倍濃度のYT培地を用いて37℃、4時間培養後、1mMのIPTG(終濃度)添加して更に18℃、20時間培養し、目的タンパク質の生産を誘導した。遠心分離により菌体回収後リゾチームと超音波破砕処理により可溶性画分を調製し、10%ポリアクリルアミドゲルのSDS−PAGE(CBB染色)にて目的タンパク質の生産を確認した。電気泳動のマーカーはBiorad社製Low markerを用いた。マーカーの分子量は大きいほうから、97kDa、66kDa、45kDa、31kDa、21kDa、14kDaを示す。
【0076】
pQE30ベクターに組み込み発現させた目的タンパク質は、アセチルCoA合成酵素が74kDa、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)が41kDa、HMG CoA合成酵素が50kDa、HMG CoA還元酵素が54kDa付近にそれぞれ確認することができた。
なお、得られた目的タンパク質は、アセチルCoA合成酵素の配列を〔配列番号1〕に、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)の配列を〔配列番号5〕に、HMG CoA合成酵素の配列を〔配列番号9〕に、HMG CoA還元酵素の配列を〔配列番号13〕に示した。
それぞれの電気泳動写真を図1に示した。
【0077】
〔分析例〕
メバロン酸の分析は以下に示す手順で抽出後、脱水環化させてメバロノラクトンの形として、HPLCを用いて行った。
(抽出)メバロン酸を含む水溶液1mLに85%リン酸2滴、無水硫酸ナトリウム0.5g、2−ブタノン2mLを添加し30秒間撹拌後3500rpmで10分間遠心分離した。次に上層である2−ブタノン層1mLを別の試験菅にとり遠心エバポレーターで乾固後、油状の抽出物をイソプロパノール0.1mLに溶解し試料溶液とした。
(HPLC)以下に示す条件により行った。
カラム:ヌクレオジル5N(CH(ドイツ、M.ナーゲル社製)、サイズ直径4.6mm×長さ250mm、40℃
移動層:N−ヘキサン/イソプロパノール=9/1、流速1.5mL/分
検出:示差屈折計〔昭和電工(株)製、SE−61型〕、注入量0.01mL
【0078】
《実施例6》
実施例5で得られたアセチルCoA合成酵素1.64mg、アセトアセチルCoA合成酵素(ケトチオラーゼ)0.115mg、HMG CoA合成酵素0.105mg、HMG CoA還元酵素0.135mgからなる酵素カクテルを用い、基質として13−酢酸ナトリウム0.25mg、補助因子としてコエンザイムA1.535mg、ATP 9.078mg、NADPH4.4mg、無機塩として0.5M MgCl水溶液20μL(最終濃度約20mM)を添加し、最後に、緩衝液として1MTris−HCl(pH7.5)50μL(最終濃度約100mM)及び水400μL加えて、反応容量約0.5mLで、28℃で12時間攪拌して反応した。反応終了後、得られた反応液を前記分析例に従って定量し、メバロノラクトン0.069mgが合成されたことを確認した(酢酸ナトリウムからのモル收率54%)。また、13−R−メバロノラクトンであることは、MS、比旋光度及び13C−NMRで確認した。
《比較例1》
グルコース5g、ポリペプトン0.25g、酵母エキス0.125g、リン酸1カリウム0.05g、硫酸マグネシウム7水塩0.025g、及びアデカノールLG−294を0.025gよりなる50mLの培地Aを作成した。これにSaccharomycopsis fibuligera ADK8107株(FERM BP−2320)を一白金耳接種し、26℃、170rpmで4日間培養し、種培養液とした。次に、培地Aで使用したグルコースに変えて、13−グルコース5gを用い、炭酸カルシウム0.5gを追加する以外は同じ組成の培地Bを作成し、種培養液2mLを接種し、26℃、170rpmで5日間培養を行った。培養終了後、遠心分離により菌体を除き、13−R−メバロン酸を含む培養ろ液41mLを得た。得られた培養ろ液を分析例に従って定量し、メバロノラクトン226mgが合成されたことを確認した(グルコースからのモル收率6.2%)。また、13−R−メバロノラクトンであることはMS、比旋光度及び13C−NMRで確認した。
【産業上の利用可能性】
【0079】
この方法で得られた標識されたR−メバロン酸は、医薬・化粧品・食品分野等に有用なテルペノイドが、どのような生合成経路により合成及び代謝されるかを解明するための研究用試薬として有用であり、標識された各種化合物の合成原料としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】ACS、ACAT、HMGS、ΔHMGRの各酵素の大腸菌での発現を示す図である。レーンMKはマーカーを示し、マーカーの分子量は、97kDa、66kDa、45kDa、31kDa、21kDa、14kDaを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標識された酢酸又はその塩に、アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素を、無細胞系で作用させることを特徴とする標識R−メバロン酸の製造方法。
【請求項2】
前記アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素が、赤パンカビ(Neurospora crassa)由来である、請求項1に記載の標識R−メバロン酸の製造方法。
【請求項3】
前記アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び/又は3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素が、赤パンカビ(Neurospora crassa)からクローニングした遺伝子の遺伝子組み換えにより得られる、請求項1又は2に記載の標識R−メバロン酸の製造方法。
【請求項4】
前記赤パンカビ(Neurospora crassa)がFGSC2489株である、請求項2又は3に記載の標識R−メバロン酸の製造方法。
【請求項5】
前記無細胞系に、
(a)コエンザイムA
(b)還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、及び/又は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、並びに
(c)アデノシン3リン酸、
を添加することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の標識R−メバロン酸の製造方法。
【請求項6】
前記無細胞系に、マグネシウム塩、及び/又はマンガン塩を添加することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の標識R−メバロン酸の製造方法。
【請求項7】
アセチルCoA合成酵素、アセトアセチルCoA合成酵素、3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA合成酵素、及び3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素を含む酵素カクテル。
【請求項8】
(a)コエンザイムA
(b)還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、及び/又は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、並びに
(c)アデノシン3リン酸、
を含有することを特徴とする、請求項7に記載の酵素カクテル。
【請求項9】
マグネシウム塩、及び/又はマンガン塩を含有することを特徴とする、請求項7又は8に記載の酵素カクテル。

【図1】
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【公開番号】特開2008−212044(P2008−212044A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−53032(P2007−53032)
【出願日】平成19年3月2日(2007.3.2)
【出願人】(000000387)株式会社ADEKA (987)
【Fターム(参考)】