説明

樹脂製プーリ

【課題】ベース樹脂として、自己反応型でないため冷蔵保管の必要がないノボラック型フェノール樹脂を用いて、しかも寸法安定性や強度に優れる上、相反する特性である耐熱衝撃性と耐摩耗性とを共に向上することができるため、金属製プーリの代替品として、十分に実用可能な樹脂製プーリを提供する。
【解決手段】ノボラック型フェノール樹脂と、シリカと、平均粒径5μm以上のアルミナとを含有すると共に、前記アルミナの含有割合が5〜20重量%である樹脂組成物を成形し、かつノボラック型フェノール樹脂を硬化させて形成した樹脂製プーリである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のエンジン部品等に用いる樹脂製プーリに関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジン部品等に用いるプーリとしては、従来、金属製プーリが一般的に用いられてきたが、近年の、小型化、軽量化、低コスト化の要求に伴って、前記金属製プーリから、ガラス繊維等の補強繊維で補強した樹脂製プーリへの置き換えが進行しつつある。
また、樹脂製プーリのもとになるベース樹脂としては、前記樹脂製プーリの寸法安定性や強度等を向上することを考慮して、これらの特性に優れた硬化物を形成できることが知られているノボラック型フェノール樹脂、中でも、フェノールとホルムアルデヒドとを、塩基性触媒の存在下や、ホルムアルデヒド過剰の条件下で反応させて合成されるレゾール型フェノール樹脂が、主として用いられている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
レゾール型フェノール樹脂の硬化物は、前記寸法安定性や強度等に優れるだけでなく、フェノールとホルムアルデヒドとを、酸性触媒の存在下で反応させて合成されるノボラック型フェノール樹脂の硬化物に比べて、柔軟性が高く、熱衝撃にも強いことから、特に、金属等のインサート部材を有する樹脂製プーリの耐熱衝撃性を向上して、クラック等が発生するのを防止できるという利点を有している。
【0004】
そして、ガラス繊維等の補強繊維で補強したレゾール型フェノール樹脂の硬化物からなる樹脂製プーリは、寸法安定性や強度の点で、金属製プーリの代替品として、十分な特性を有するまでに至っている。しかし、レゾール型フェノール樹脂は、自己反応型であって、自己反応による硬化を防止するためには、およそ5℃以下という低温での冷蔵保管が必要である上、冷蔵保管したとしても硬化反応は徐々に進行し、使用可能な期間が限られてしまうことから、下記のような様々な問題を生じる。
・ 樹脂製プーリの製造工場内等に、レゾール型フェノール樹脂を保管するための冷蔵設備を設ける必要があり、その分のスペースや資材が必要となる上、製造工場を操業するために要する、電力等のエネルギーの消費量が増大する。
・ 樹脂製プーリのもとになる、ベース樹脂としてレゾール型フェノール樹脂を含む樹脂組成物を、樹脂製プーリの製造工場とは別の場所で製造して、それを製造工場まで輸送することも考えられるが、その際には、輸送中も、樹脂組成物を冷蔵し続けなければならないことから、輸送に要するエネルギーが増大する。
・ レゾール型フェノール樹脂は、先に説明したように、冷蔵保管したとしても、使用可能な期間が短いため、樹脂組成物を輸送できる距離が限られてしまい、例えば、国内で製造した樹脂組成物を、海外の製造工場まで輸送して樹脂製プーリの製造に使用すること等が難しい。
【0005】
そこで、自己反応型でないため、これらの問題を生じるおそれがないノボラック型フェノール樹脂の、殆ど唯一の弱点であった、硬化物の耐熱衝撃性の低さを改善して、樹脂製プーリ用のベース樹脂として使用するために、種々の検討が行われている。
【特許文献1】特開2002−212388号公報(請求項1、第0002欄〜第0004欄、第0005欄〜第0007欄)
【特許文献2】特開2004−92688号公報(第0013欄〜第0021欄)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ノボラック型フェノール樹脂の硬化物の耐熱衝撃性が、レゾール型フェノール樹脂の硬化物に比べて低い原因としては、前記ノボラック型フェノール樹脂の硬化物が、レゾール型フェノール樹脂の硬化物に比べて、硬化反応によって形成される架橋構造の密度、すなわち架橋密度が高く、柔軟性が低いため、雰囲気温度の変化に伴う熱膨張、熱収縮による熱応力の繰り返しによって破損しやすいことが考えられる。
【0007】
そこで、ノボラック型フェノール樹脂の硬化物に柔軟性を付与するために、エラストマーを添加したり、前記ノボラック型フェノール樹脂の数平均分子量等を調整して、硬化後の架橋密度を調整したりすることが検討されている。しかし、これらの手法を採用して柔軟性が付与された硬化物からなる樹脂製プーリは、耐摩耗性が低く、特に、前記樹脂製プーリを組み込んだ自動車が未舗装道路を走行した際等のダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃等によって摩耗しやすいという新たな問題を生じる。
【0008】
つまり、樹脂製プーリの耐熱衝撃性を向上するためには、硬化物の弾性率が、できるだけ低いことが求められるのに対し、耐摩耗性を向上するためには、逆に、硬化物の弾性率が、できるだけ高いことが求められることになり、相反するこれらの特性を、共に向上するための材料開発は、極めて困難であると言える。
例えば、先に説明した特許文献2の実施例では、レゾール型フェノール樹脂にシリカを添加して、樹脂製プーリの耐摩耗性を向上させているが、シリカを、前記特許文献2に記載された含有割合の範囲で、ノボラック型フェノール樹脂に添加して樹脂製プーリを製造したとしても、レゾール型フェノール樹脂の場合と同様の高い耐摩耗性と、高い耐熱衝撃性とを両立させることはできない。
【0009】
本発明の目的は、ベース樹脂として、自己反応型でないため冷蔵保管の必要がないノボラック型フェノール樹脂を用いて、しかも寸法安定性や強度に優れる上、相反する特性である耐熱衝撃性と耐摩耗性とを共に向上することができるため、金属製プーリの代替品として、十分に実用可能な樹脂製プーリを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ノボラック型フェノール樹脂と、シリカと、平均粒径5μm以上のアルミナとを含有すると共に、前記アルミナの含有割合が5〜20重量%である樹脂組成物からなることを特徴とする樹脂製プーリである。
アルミナの平均粒径は60μm以下であるのが好ましい。また、シリカは、球状シリカであるのが好ましく、前記球状シリカの平均粒径は10〜30μmであるのが好ましい。樹脂組成物における、シリカとアルミナの合計の含有割合は30〜50重量%であるのが好ましい。
【0011】
樹脂組成物は、補強繊維を含有しているのが好ましく、前記補強繊維の含有割合は20〜40重量%であるのが好ましい。さらに、ノボラック型フェノール樹脂としては、数平均分子量Mn1が850以下である第1のノボラック型フェノール樹脂と、数平均分子量Mn2が850を超える第2のノボラック型フェノール樹脂とを併用するのが好ましく、樹脂組成物における、ノボラック型フェノール樹脂の含有割合は20〜40重量%であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ベース樹脂として、自己反応型でないため冷蔵保管の必要がないノボラック型フェノール樹脂を含む樹脂組成物に、ダスト雰囲気において樹脂製プーリを摩耗させる砂埃の主成分であり、しかも、一般に、不純物を含む砂埃よりも硬いため、それ自体が摩耗して摩耗粉になりにくい上、逆に、接触した砂埃を粉砕したり摩耗したりする作用をするシリカと、それよりも、さらに硬いアルミナとを含有させているため、前記樹脂組成物からなる樹脂製プーリの耐摩耗性を、飛躍的に向上することができる。
【0013】
例えば、ガラス繊維等の補強繊維で補強した樹脂製プーリにおいては、補強繊維間に露出した樹脂の部分が、ダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃によって選択的に摩耗されることで、摩耗が急速に進行するため、耐摩耗性が低く、早期に摩耗してしまう。これに対し、シリカとアルミナとを含有させた樹脂組成物からなる本発明の樹脂製プーリでは、補強繊維間に露出した樹脂が、前記シリカとアルミナとによって補強されて、選択的な摩耗が抑制されるため、耐摩耗性が向上すると考えられる。
【0014】
したがって、本発明によれば、シリカとアルミナとの併用によって、樹脂製プーリの耐摩耗性を高いレベルに維持しながら、例えば、先に説明したように、エラストマーを添加したり、ノボラック型フェノール樹脂の数平均分子量を調整したりすることで、前記樹脂製プーリに、良好な耐熱衝撃性を付与すること、つまり、相反する特性である、高い耐摩耗性と、高い耐熱衝撃性とを両立させることが可能となる。
【0015】
なお、アルミナ単独、シリカ単独では、本発明と同じ効果を得ることはできない。例えば、シリカ単独では、前記シリカよりも硬いアルミナを含まない分、樹脂を補強する効果が十分に得られないため、耐摩耗性が不足する。
一方、アルミナ単独では、前記アルミナの、ノボラック型フェノール樹脂の硬化物に対する親和性、分散性が、シリカに比べて低いことから、その含有割合を増加させるほど、ダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃の衝突によって脱落するアルミナの割合が増加して、却って、樹脂製プーリの耐摩耗性が低下し、逆に、脱落を防止するために含有割合を減少させると、アルミナによる、樹脂を補強する効果が十分に得られないため、やはり樹脂製プーリの耐摩耗性が低下する。
【0016】
これに対し、本発明の樹脂製プーリにおいては、アルミナの含有割合を、先に説明したように5〜20重量%とすることで、前記アルミナの脱落を抑制しながら、シリカとアルミナとを併用することで、アルミナによる、樹脂を補強する効果を、シリカによって補って、例えば、補強繊維間に露出した樹脂を、強固に補強して、樹脂製プーリの耐摩耗性を向上することができるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の樹脂製プーリは、ノボラック型フェノール樹脂と、シリカと、平均粒径5μm以上のアルミナとを含有すると共に、前記アルミナの含有割合が5〜20重量%である樹脂組成物からなることを特徴とするものである。本発明において、アルミナの平均粒径が5μm以上に限定されるのは、平均粒径が、前記範囲未満の微細なアルミナは、ダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃が衝突した際に、樹脂製プーリの表面から脱落しやすく、アルミナが脱落して摩耗を防止する効果が低下することと、脱落したアルミナが研摩材として作用して、樹脂製プーリの表面の摩耗を促進することと、アルミナが脱落することそれ自体とが相まって、樹脂製プーリの耐摩耗性が低下するためである。
【0018】
アルミナの平均粒径は60μm以下であるのが好ましい。平均粒径が、前記範囲を超える大きなアルミナは、樹脂組成物の、成形時の流動性を低下させて、特に、射出成形によって、樹脂組成物の充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造するのを難しくするおそれがある。また、射出成形等に使用する金型の、樹脂組成物との接触面の摩耗を早めたりするおそれもある。さらに、設備への負荷が大きく、金型や成形機のスクリュー、シリンダの摩耗が大きくなるおそれもある。
【0019】
これに対し、平均粒径が前記範囲内にあるアルミナは、樹脂製プーリの表面から脱落しにくいため、樹脂製プーリの耐摩耗性を向上する効果に優れる上、樹脂組成物の、成形時の流動性を低下させるおそれがないため、前記充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造することができる。また、射出成形等に使用する金型の、樹脂組成物との接触面の摩耗を早めたりするおそれもない。さらに、設備への負荷を小さくして、金型や成形機のスクリュー、シリンダの摩耗を抑制することもできる。なお、アルミナの平均粒径は、以上で説明した各特性のバランスを考慮すると5〜40μmであるのが好ましい。
【0020】
また、本発明において、アルミナの含有割合が、樹脂組成物の総量の5〜20重量%に限定されるのは、含有割合が5重量%未満では、前記アルミナを添加したことによる、樹脂製プーリの表面に露出した樹脂を補強して、耐摩耗性を向上する効果が得られないためである。また、20重量%を超える場合には、ダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃が衝突した際に、樹脂製プーリの表面から脱落するアルミナの割合が増加すると共に、前記脱落したアルミナが研摩材として作用して、樹脂製プーリの表面の摩耗をさらに促進して、却って、樹脂製プーリの耐摩耗性が低下するためである。
【0021】
また、アルミナは、ノボラック型フェノール樹脂の約3倍の比重を有することから、前記範囲を超えて多量に添加した場合には、樹脂製プーリとしたことによる軽量化のメリットが得られないという問題も生じる。なお、アルミナの含有割合は、以上で説明した各特性のバランスを考慮すると7.5〜10重量%であるのが好ましい。
シリカとしては、球状、不定形等の種々の形状を有するシリカが、いずれも使用可能であるが、特に、球状シリカが好ましい。また、球状シリカの平均粒径は10〜30μm、特に15〜25μmであるのが好ましい。
【0022】
平均粒径が、前記範囲を超える大粒径の球状シリカや、不定形のシリカは、樹脂組成物の、成形時の流動性を低下させて、特に、射出成形によって、樹脂組成物の充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造するのを難しくするおそれがある。また、射出成形等に使用する金型の、樹脂組成物との接触面の摩耗を早めたりするおそれもある。また、前記大粒径のシリカや不定形のシリカ、あるいは、平均粒径が、前記範囲未満の微小な球状シリカは、樹脂組成物中で凝集を生じやすく、凝集を生じて均一に分散されない場合には、樹脂を補強して、樹脂製プーリの耐摩耗性を向上する効果が不十分になるおそれがある。
【0023】
これに対し、平均粒径が、前記範囲内にある球状シリカは、粒径が小さいことと、球状で、その表面が滑らかであることとが相まって、樹脂組成物の、成形時の流動性を低下させるおそれがないため、前記充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造することができる。また、射出成形等に使用する金型の、樹脂組成物との接触面の摩耗を早めたりするおそれもない。しかも、前記球状シリカは、樹脂組成物中で凝集を生じにくく、均一に分散されるため、樹脂製プーリの耐摩耗性を向上する効果にも優れている。
【0024】
シリカは、アルミナとの合計の含有割合が、樹脂組成物の総量の30〜50重量%、特に35〜45重量%となるように、アルミナの含有割合を勘案した上で、その含有割合を設定するのが好ましい。シリカとアルミナの合計の含有割合が、前記範囲未満では、前記シリカおよびアルミナによる、樹脂を補強して、樹脂製プーリの耐磨耗性を向上する効果が十分に得られないおそれがある。
【0025】
一方、シリカとアルミナの合計の含有割合が、前記範囲を超える場合には、相対的に、ノボラック型フェノール樹脂の含有割合が少なくなるため、樹脂組成物の、成形時の流動性が低下して、特に、射出成形によって、樹脂組成物の充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造するのが難しくなるおそれがある。
また、成形後の樹脂製プーリにおいて、バインダとして機能するノボラック型フェノール樹脂の硬化物の量が不足するため、ダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃が衝突した際に、特にアルミナが、樹脂製プーリの表面から脱落する割合が増加すると共に、前記脱落したアルミナが研摩材として作用して、樹脂製プーリの表面の摩耗をさらに促進して、樹脂製プーリの耐摩耗性が低下するおそれもある。
【0026】
ノボラック型フェノール樹脂としては、数平均分子量Mn1が850以下である第1のノボラック型フェノール樹脂と、数平均分子量Mn2が850を超える第2のノボラック型フェノール樹脂とを併用するのが好ましい。数平均分子量が異なる前記2種のノボラック型フェノール樹脂を併用することで、先に説明したように、硬化反応によって形成される架橋構造の架橋密度を調整して、硬化物に柔軟性を付与し、それによって樹脂製プーリに、良好な耐熱衝撃性を付与することが可能となる。
【0027】
つまり、数平均分子量Mn2が850を超える第2のノボラック型フェノール樹脂は、数平均分子量Mn1が850以下である第1のノボラック型フェノール樹脂に比べて鎖長が長いことから、架橋点の数が同じである場合に、隣り合う架橋点間の距離が長くなる可能性が大きいため、硬化物の架橋密度を低下させるために機能する。
そのため、前記第2のノボラック型フェノール樹脂を、第1のノボラック型フェノール樹脂と併用すると共に、両ノボラック型フェノール樹脂の重量比を調整することによって、硬化物の架橋密度を任意の範囲に調整して、硬化物の柔軟性を向上させて、樹脂製プーリに、良好な耐熱衝撃性を付与することができる。
【0028】
また、数平均分子量Mn1が850以下である第1のノボラック型フェノール樹脂は、数平均分子量Mn2が850を超える第2のノボラック型フェノール樹脂に比べて、加熱によって溶融したり流動したりしやすいため、前記第1のノボラック型フェノール樹脂を、第2のノボラック型フェノール樹脂と併用することによって、樹脂組成物の、成形時の流動性を向上させて、樹脂組成物の充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造できるという利点もある。
【0029】
第1のノボラック型フェノール樹脂は、第2のノボラック型フェノール樹脂を併用したことによる、硬化物の架橋密度を任意の範囲に調整して、硬化物の柔軟性を向上させて、樹脂製プーリに、良好な耐熱衝撃性を付与する効果を向上することを考慮すると、先に説明した、硬化物の架橋密度を調整するメカニズムから明らかなように、あまり鎖長が短すぎないのが好ましく、数平均分子量Mn1は、前記範囲内でも750以上であるのが好ましい。前記第1のノボラック型フェノール樹脂としては、数平均分子量Mn1が850以下である、2種以上のノボラック型フェノール樹脂を併用しても良い。
【0030】
また、第2のノボラック型フェノール樹脂は、第1のノボラック型フェノール樹脂を併用したことによる、樹脂組成物の、成形時の流動性を向上させて、樹脂組成物の充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造することを考慮すると、あまり分子量が大きすぎないのが好ましく、数平均分子量Mn2は、前記範囲内でも1150以下、特に1050〜1150であるのが好ましい。前記第2のノボラック型フェノール樹脂としては、数平均分子量Mn2が850を超える、2種以上のノボラック型フェノール樹脂を併用しても良い。
【0031】
第1のノボラック型フェノール樹脂と、第2のノボラック型フェノール樹脂とは、任意の割合で配合することができるが、例えば、第2のノボラック型フェノール樹脂として、数平均分子量Mn2が、前記範囲内でも小さめで、鎖長が短いため、架橋密度を低下させる効果が小さい樹脂を使用する場合には、その割合を多めに設定し、逆に、第2のノボラック型フェノール樹脂として、数平均分子量Mn2が、前記範囲内でも大きめで、差長が長いため、架橋密度を低下させる効果が大きい樹脂を使用する場合には、その割合を少なめに設定するのが好ましい。
【0032】
具体的には、例えば、数平均分子量Mn1が750〜850である第1のノボラック型フェノール樹脂P1と、数平均分子量Mn2が950以上、1050未満である第2のノボラック型フェノール樹脂P2とを組み合わせる場合、両者の重量比P1/P2を、P1/P2=35/65〜65/35の範囲とするのが好ましく、45/55〜55/45の範囲とするのがさらに好ましい。
【0033】
また、数平均分子量Mn1が750〜850である第1のノボラック型フェノール樹脂P1と、数平均分子量Mn2が1050〜1150である第2のノボラック型フェノール樹脂P2とを組み合わせる場合には、両者の重量比P1/P2を、P1/P2=40/60〜70/30の範囲とするのが好ましく、50/50〜60/40の範囲とするのがさらに好ましい。
【0034】
第1および第2のノボラック型フェノール樹脂の重量比を、前記範囲内とすることにより、両ノボラック型フェノール樹脂を硬化させて形成される硬化物の架橋密度を、好ましくは、前記硬化物中の、樹脂分のみの単位体積中に含まれる、架橋点のモル数で表して0.25mol/cm3以下の範囲に調整して、樹脂製プーリに、良好な耐熱衝撃性を付与することができる。
【0035】
なお、本明細書では、前記架橋密度ρ′(mol/cm3)を、樹脂分、つまりノボラック型フェノール樹脂と、硬化剤とを含み、シリカ、アルミナ、強化繊維等の、他の成分を含まない測定用のサンプル組成物を硬化させて得た硬化物の貯蔵弾性率Ε′(MPa)と、ガラス転移温度Tg(℃)とを測定した結果から、式(1):
ρ′=Ε′/3ΦRT′ (1)
〔式中、Φは、硬化反応によって形成される架橋構造の形成具合によって決まる計数で、ここでは1とする。また、Rは気体定数(=8.3143J/K・mol)、T′は基準温度(=Tg+40℃)を示す。〕
によって求めた値でもって表すこととする。
【0036】
ノボラック型フェノール樹脂の含有割合(前記第1および第2のノボラック型フェノール樹脂を併用する場合は、その合計の含有割合)は、樹脂組成物の総量の20〜40重量%、特に25〜35重量%であるのが好ましい。ノボラック型フェノール樹脂の含有割合が、前記範囲未満では、樹脂組成物の、成形時の流動性が低下して、特に、射出成形によって、樹脂組成物の充てん不良やガス焼け等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造するのが難しくなるおそれがある。
【0037】
また、成形後の樹脂製プーリにおいて、バインダとして機能するノボラック型フェノール樹脂の硬化物の量が不足するため、ダスト雰囲気において、舞い上がった砂埃が衝突した際に、特にアルミナが、樹脂製プーリの表面から脱落する割合が増加すると共に、前記脱落したアルミナが研摩材として作用して、樹脂製プーリの表面の摩耗をさらに促進して、樹脂製プーリの耐摩耗性が低下するおそれもある。
【0038】
一方、ノボラック型フェノール樹脂の含有割合が、前記範囲を超える場合には、相対的に、シリカおよびアルミナの含有割合が少なくなるため、前記シリカおよびアルミナによる、樹脂を補強して、樹脂製プーリの耐磨耗性を向上する効果が十分に得られないおそれがある。
ノボラック型フェノール樹脂は、先に説明したように自己反応型ではないため、樹脂組成物には、射出成形後に硬化反応させるための硬化剤を含有させる。硬化剤としては、ノボラック型フェノール樹脂を硬化反応させることができる種々の硬化剤が使用可能であり、特に、ヘキサメチレンテトラミンが好ましい。硬化剤の割合は、ノボラック型フェノール樹脂の総量100重量部に対して12〜20重量部であるのが好ましい。
【0039】
樹脂組成物には、補強繊維、滑剤、エラストマー等を含有させることもできる。このうち、補強繊維としては、無機または有機の、種々の補強繊維を用いることができ、特に、無機繊維が好ましい。無機繊維としては、ガラス繊維、ボロン繊維、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、無機系ウィスカー等を挙げることができ、特に、ガラス繊維が、製造および入手が容易で安価である上、補強効果に優れるため好ましい。また、ガラス繊維としては、その平均繊維径が6〜20μm程度、平均繊維長が1〜6mm程度で、ノボラック型フェノール樹脂の補強に多用されているチョップドストランド等が好ましい。
【0040】
補強繊維の含有割合は、樹脂組成物の総量の20〜40重量%、特に20〜30重量%であるのが好ましい。補強繊維の含有割合が、前記範囲未満では、前記補強繊維を含有させたことによる補強効果、すなわち、樹脂製プーリの寸法安定性や強度を向上する効果が得られないおそれがある。また、補強繊維の含有割合が、前記範囲を超える場合には、樹脂製プーリの相手部材であるベルト等を傷つける、いわゆるベルト攻撃性が強くなるおそれがある。
【0041】
滑剤としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粉末等の、潤滑性に優れたフッ素樹脂の粉末が好ましい。また、滑剤としてのフッ素樹脂の粉末は、その平均粒径が、10μm以下であるのが好ましい。平均粒径が10μm以下の微細なフッ素樹脂粉末は、樹脂製プーリの表面に、より均一に分散させることができる。そのため、フッ素樹脂粉末を少量添加するだけで、樹脂製プーリの表面に良好な滑り性を付与することができる。なお、フッ素樹脂粉末の平均粒径は、小さいほど好ましいが、あまりに小さすぎると、却って、分散性が低下して、凝集等を生じやすくなり、樹脂製プーリの表面に均一に分散できないおそれがある。そのため、樹脂製プーリの表面に良好な滑り性を付与できないおそれがある。したがって、フッ素樹脂粉末の平均粒径は、1μm以上であるのが好ましい。
【0042】
フッ素樹脂粉末等の滑剤の含有割合は、樹脂組成物の総量の0.5〜5重量%、特に0.5〜3重量%であるのが好ましい。滑剤の含有割合が、前記範囲未満では、前記滑剤を含有させたことによる、樹脂製プーリの表面に、良好な滑り性を付与する効果が得られないおそれがある。また、滑剤の含有割合が、前記範囲を超える場合には、前記滑剤の多くが、ノボラック型フェノール樹脂の硬化物よりも耐熱性の低い、フッ素樹脂粉末等であるため、樹脂製プーリの耐熱性が低下するおそれがある。
【0043】
本発明の樹脂製プーリのもとになる樹脂組成物には、以上で説明した各成分に加えて、例えば、顔料等の着色剤や、成形後の樹脂製プーリの、型からの離型を容易にするための離型剤等の各種添加剤を、周知の含有割合の範囲で添加することもできる。
本発明の樹脂製プーリは、前記各成分を含む樹脂組成物を、射出成形機のシリンダ内で加熱、溶融した後、あらかじめ、ノボラック型フェノール樹脂の硬化温度以上に加熱した金型の、プーリの形状に対応した型窩内に注入して、ノボラック型フェノール樹脂を硬化反応させる等して製造することができる。また、先に説明したように、樹脂製プーリが、金属等のインサート部材(例えば軸受等)を有する場合は、金型の型窩内に設けた保持部に、前記インサート部材を保持させた状態で、同様に、樹脂組成物を型窩内に注入してノボラック型フェノール樹脂を硬化反応させることによって、インサート部材と一体化した樹脂製プーリを製造することができる。
【0044】
射出成形に使用する金型としては、シリンダで溶融した樹脂組成物を型窩内に注入するゲートが、フィルムゲート(特に、プーリの全周に亘って連続したフィルムゲート)、もしくはリングゲートである金型が好ましい。前記フィルムゲート等を有する金型を用いることによって、先に説明したように多量のシリカ、アルミナ、補強繊維等を含み、流動性の低い樹脂組成物を用いて、樹脂組成物の充てん不良やウェルドライン等の成形不良のない、良好な樹脂製プーリを製造することができる。
【実施例】
【0045】
《実施例1》
下記の各成分を、ヘンシェルミキサーを用いて混合し、85℃に加熱した熱ロールによって混練してシート化した後、粉砕して樹脂組成物を調製した。
(成分) (重量部)
・ 第1のノボラック型フェノール樹脂 16.5
(数平均分子量Mn1=800)
・ 第2のノボラック型フェノール樹脂 13.5
(数平均分子量Mn2=1100)
・ アルミナ 10.0
・ 球状シリカ(平均粒径20μm) 29.0
・ ガラス繊維 20.0
(平均繊維径10μm、平均繊維長250μm)
・ フッ素樹脂粉末 2.0
〔平均粒径10μmダイキン工業(株)製のルブロン(登録商標)L−2〕
・ 顔料、離型剤その他 9.0
アルミナとしては、平均粒径が1.5μm、4μm、5.9μm、35μm、および60μmの5種を、個別に使用した。なお、シリカおよびアルミナの平均粒径は、レーザー回折/散乱式粒度分布測定装置〔(株)堀場製作所製のLA−920〕を用いて、レーザー回折法によって測定した。
【0046】
また、第1および第2のノボラック型フェノール樹脂の数平均分子量は、高速液体クロマトグラフ〔東ソー(株)製のHLC−802A〕に、カラムとして東ソー(株)製のTSK−GelカラムG3000H8(×1本)、G2000H8(×2本)およびG1000H8(×1本)を装てんして測定した。
前記第1のノボラック型フェノール樹脂P1と、第2のノボラック型フェノール樹脂P2との重量比P1/P2は55/45であった。また、樹脂分、つまり2種のノボラック型フェノール樹脂と、硬化剤とを含み、シリカ、アルミナ、強化繊維等の、他の成分を含まない測定用のサンプル組成物を硬化させて得た硬化物の貯蔵弾性率Ε′(MPa)と、ガラス転移温度Tg(℃)とを測定した結果から、先に説明した式(1)によって求められた架橋密度ρ′は0.24mol/cm3であった。
【0047】
次に、図1に示す樹脂製プーリ1の、プーリ本体11の形状に対応した型窩を有すると共に、前記型窩の、プーリ本体11の中心部に対応する位置に、ボールベアリング2の外輪21を保持する保持部を設けた、プーリの全周に亘って連続したフィルムゲートを有する金型を用意し、前記金型を、射出成形機にセットして170℃に加熱すると共に、前記樹脂組成物を、射出成形機のホッパに供給した。
【0048】
そして、金型の保持部に、外輪21、ボール22、内輪23、保持器24、およびシール25、26からなるボールベアリング2をセットして型締めした状態で、シリンダ内で軟化させた樹脂組成物を、型窩内に注入、充てんすると共に硬化させて、外周面に、溝11aを有するプーリ本体11を成形し、樹脂製プーリ1を製造した。
《耐摩耗性試験》
実施例1で製造した、アルミナの平均粒径の異なる5種の樹脂製プーリの耐摩耗性を、日本工業規格JIS K7204:1999「プラスチック−摩耗輪による摩耗試験方法」に則って測定したテーバー摩耗量(mm3)に基づいて評価した。
【0049】
《耐熱衝撃性試験》
実施例1で製造した、アルミナの平均粒径の異なる5種の樹脂製プーリの耐熱衝撃性を評価すべく、前記樹脂製プーリを−40℃で30分間、冷却し、次いで+120℃で30分間、加熱する処理を1サイクルとして、それを2000サイクル繰り返した後、プーリ本体にクラックが発生したか否かを観察した。そして、クラックが全く発生していなかったものを耐熱衝撃性極めて良好(◎)、クラックがわずかに発生したものの、実用上、差し支えない程度であったものを耐熱衝撃性良好(○)、クラックが多発したものを耐熱衝撃性不良(×)として評価した。
【0050】
《成形性試験》
実施例1で製造した、アルミナの平均粒径の異なる5種の樹脂製プーリの、成形直後のプーリ本体に、充てん不良やガス焼け当の成形不良が発生したか否かを観察した。そして、前記成形不良が全く発生していなかったものを成形性極めて良好(◎)、成形不良がわずかに見られたものの、実用上、差し支えない程度であったものを成形性良好(○)、成形不良によって使用できなかったものを成形性不良(×)として評価した。
【0051】
耐摩耗性試験の結果を図2および表1、耐熱衝撃性試験、成形性試験の結果を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
表1より、前記5種の樹脂製プーリ1は、いずれも、ベース樹脂として2種のノボラック型フェノール樹脂を併用することで、架橋密度を0.25mol/cm3以下としているため、耐熱衝撃性に優れていることが確認された。
また、表1および図2より、前記5種の樹脂製プーリ1のうち、平均粒径が5μm以上のアルミナを含有させたものは、平均粒径が前記範囲未満のアルミナを含有させたものに比べて、テーバー摩耗量が少ないことから、耐摩耗性にも優れることが確認され、この結果から、アルミナの平均粒径は5μm以上である必要があることが確認された。
【0054】
さらに、表1より、平均粒径が60μm以下のアルミナを含有させたものは、いずれも、成形性にも優れることが確認され、この結果から、アルミナの平均粒径は60μm以下であるのが好ましいことが確認された。
《実施例2》
平均粒径5.9μmのアルミナの含有割合を0重量%、5重量%、7.5重量%、10重量%、20重量%、および39重量%とすると共に、シリカとアルミナの合計の含有割合が、いずれも39重量%となるように、シリカの含有割合を調整したこと以外は、実施例1と同様にして、アルミナの含有割合の異なる6種の樹脂製プーリを製造し、前記樹脂製プーリについて、前記耐摩耗性試験、および耐熱衝撃性試験を行って、その特性を評価した。
【0055】
耐摩耗性試験の結果を図3および表2、耐熱衝撃性試験の結果を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
表2より、前記6種の樹脂製プーリ1は、いずれも、ベース樹脂として2種のノボラック型フェノール樹脂を併用することで、架橋密度を0.25mol/cm3以下としているため、耐熱衝撃性に優れていることが確認された。
また、表2および図3より、前記5種の樹脂製プーリ1のうち、平均粒径が5μm以上のアルミナを5〜20重量%の含有割合で含有させたものは、前記アルミナの含有割合が5重量%未満のもの、および20重量%を超えるものに比べて、テーバー摩耗量が少ないことから、耐摩耗性にも優れることが確認され、この結果から、平均粒径が5μm以上のアルミナの含有割合は5〜20重量%である必要があることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の、実施例で製造した樹脂製プーリの一例を示す断面図である。
【図2】本発明の、実施例1で製造した5種の樹脂製プーリにおける、アルミナの平均粒径と、テーバー摩耗量との関係を示すグラフである。
【図3】本発明の、実施例2で製造した6種の樹脂製プーリにおける、アルミナの含有割合と、テーバー摩耗量との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
1 樹脂製プーリ
11 プーリ本体
11a 溝
2 ボールベアリング
21 外輪
22 ボール
23 内輪
24 保持器
25 シール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノボラック型フェノール樹脂と、シリカと、平均粒径5μm以上のアルミナとを含有すると共に、前記アルミナの含有割合が5〜20重量%である樹脂組成物からなることを特徴とする樹脂製プーリ。
【請求項2】
アルミナの平均粒径が60μm以下である請求項1記載の樹脂製プーリ。
【請求項3】
シリカが、球状シリカである請求項1記載の樹脂製プーリ。
【請求項4】
球状シリカの平均粒径が10〜30μmである請求項3記載の樹脂製プーリ。
【請求項5】
樹脂組成物における、シリカとアルミナの合計の含有割合が30〜50重量%である請求項1記載の樹脂製プーリ。
【請求項6】
補強繊維を含有している請求項1記載の樹脂製プーリ。
【請求項7】
樹脂組成物における、補強繊維の含有割合が20〜40重量%である請求項6記載の樹脂製プーリ。
【請求項8】
ノボラック型フェノール樹脂として、数平均分子量Mn1が850以下である第1のノボラック型フェノール樹脂と、数平均分子量Mn2が850を超える第2のノボラック型フェノール樹脂とを併用している請求項1記載の樹脂製プーリ。
【請求項9】
樹脂組成物における、ノボラック型フェノール樹脂の含有割合が20〜40重量%である請求項1記載の樹脂製プーリ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−315468(P2007−315468A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144475(P2006−144475)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】