説明

正極活物質及びその製造方法

【課題】リチウムイオン二次電池に用いた際の動作電圧や容量の低下を従来より減少させる、正極活物質およびその製造方法を提供する。
【解決手段】リチウムと遷移金属との複合酸化物を含む正極活物質であって、前記複合酸化物は、TLCの減少化率が20〜60%であることを特徴とする。また、前記複合酸化物は、粒子径が0.5〜100μmであり、フッ素化されていることが好ましい。また、この正極活物質の製造方法は正極活物質をフッ素化させる工程を含むものであって、前記複合酸化物は、粒子径が0.5〜100μmのものであり、前記フッ素化の工程は、前記複合酸化物を反応容器内でフッ素化させるものであり、フッ素ガス分圧が1〜200kPa、反応時間が10分〜10日、反応温度が−10〜200℃の条件下で行われることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばリチウムイオン二次電池に用いるのに適した、正極活物質およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、リチウムイオン二次電池は小型化、軽量化ができ、動作電圧が高くまた高エネルギー密度であるため、電子機器のポータブル電源等として広く普及している。このリチウムイオン二次電池に用いられている従来の正極活物質材料としては、現在は主としてLiCoO2であるが、電池容量を大きくしたり材料費低減のために今後はLiNiO2、LiMn24、またはこれらリチウム金属酸化物のCo、Ni、MnサイトをAl、Mg、Ti、B等で置換した化合物、さらには前述の化合物の混合物等が使われるように検討されている。
【0003】
しかし、上記の正極活物質材料のうちLiNiO2を単独で正極に用いた場合、電池容量は大きくなるが、正極板の量産製造においてPVDFバインダーとの混練の際にゲル化し易くなり、混練や塗工性に問題が生じる。これはLiNiO2のpHが他のリチウム金属酸化物に比べて12以上でアルカリ性を示し、PVDFを溶かしたNMP溶液を用いて混練する場合溶けているPVDFがゲル化を生じて良好にPVDFバインダーの分散ができなくなるためである。また、このゲル化したスラリーを用いて塗工したとしても塗工面に活物質の凝集物が付着したり、それによってスジができたりして電池用の極板としては不良となってしまう。そこで従来ではNiの一部をCo、Mnの金属に置換した材料でpHを下げてゲル化を防止したり、LiNiO2にLiCoO2やLi2MnO4を単に混合してゲル化を防止していた。
【0004】
さらにはたとえ極板が製造できたとしてもLiNiO2の正極活物質表面には、不純物としてLi2CO3、LiOHなどの正極活物質原料の残渣であるアルカリ成分が存在する。電池として製造した際にはこれらアルカリ成分が電解液と反応してCO2ガスを発生させる。このことによって電池内部の圧力が増加し、電池の膨れや充放電サイクル寿命へ悪影響を及ぼす結果となる。また場合によっては安全性にも悪影響を及ぼす。
【0005】
上述のガス発生を抑制するため、正極活物質にフッ素ガスを作用させる技術が報告されている(例えば、下記特許文献1)。
また、本出願人らも、正極活物質にフッ素ガスを作用させる技術として、先に下記特許文献2を提案している。
【特許文献1】特開2004−192896号公報
【特許文献2】特開2005−11688号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献1及び上記特許文献2のものは、ガスの発生は減少するものの、過剰に反応させすぎると活物質表面に絶縁性のLiFが生成し、動作電圧や容量の低下をまねく問題がある。
【0007】
そこで、本発明は、特に上述のNiを含む正極材料であって、ゲル化を防止したり、正極活物質残渣であるアルカリ成分を低減し、かつリチウムイオン二次電池に用いた際にLiF等の抵抗成分による容量の低下を従来より減少させたり、または動作電圧の降下の少ない正極活物質およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0008】
本発明は、リチウムと遷移金属との複合酸化物を含む正極活物質であって、前記複合酸化物は、フッ素化によるTLCの減少化率が20〜60%であることを特徴とする。なお、TLC(Total Lithium Carbonate)とは、正極活物質表面に残っている未反応(残留)Li量を、LiCO3として換算した量のことである。
また、前記複合酸化物は、粒子径が0.5〜100μmであり、フッ素化されていることが好ましい。
【0009】
上記構成により、フッ素ガスが活物質表面のアルカリ分(Li2CO3、LiOH)と反応し、アルカリ分が除去された正極活物質を提供できる。したがって、例えば、この正極活物質を用いてリチウムイオン二次電池を組んだ際、電解液との反応が抑えられ、CO2ガス発生を従来のものより極端に減少させることができる。
【0010】
また、本発明の正極活物質は、上記複合酸化物がフッ素化されたものであるので、正極活物質表面のアルカリ分同様に、複合酸化物自体もフッ素ガスと反応し、Li(Ni/Co/Mn)O2-xxのような、酸素原子の一部がフッ素原子に置き換わった結晶構造の物質となる。このような構造は電子分布の歪みが少なく、酸素脱離を生じにくい結晶構造上、熱的な安定性が高く、充放電時における正極活物質構造の崩壊が少ない。そのため、サイクル特性やレート特性に優れた正極活物質を提供できる。
【0011】
また、例えば、単独のLiNiO2は正極活物質の中でも最も塗工性が悪いが、フッ素ガスとの反応でアルカリ分が除去された結果、このLiNiO2への良好な塗工が実現できる。
【0012】
本発明は、リチウムと遷移金属との複合酸化物を含む正極活物質をフッ素化させる工程を含む正極活物質の製造方法であって、前記複合酸化物は、粒子径が0.5〜100μmのものであり、前記フッ素化の工程は、前記複合酸化物を反応容器内でフッ素化させるものであり、フッ素ガス分圧が1〜200kPa、反応時間が10分〜10日、反応温度が−10〜200℃の条件下で行われることを特徴とする。前記フッ素化の工程は、前記反応容器自体を回転させて、前記反応容器中の前記複合酸化物を攪拌する工程をさらに含むことが好ましいが、バッチ式の密閉形反応容器を用いても同様な正極活物質が得られる。なお、フッ素化条件についてはフッ素ガス濃度・時間・温度が上記条件よりも小さいと、目的の効果が小さくなり、フッ素ガス濃度・時間・温度が上記条件よりも大きいと、活物質表面に絶縁性のLiFが生成し、動作電圧や容量の低下をまねくことになる。
【0013】
上記構成により、設定されたフッ素化条件範囲においては複合酸化物に含まれるアルカリ分と反応し、過剰な反応が起こることはないので、例えばLiFのような動作電圧や容量の低下をまねく絶縁物質の生成が極めて小さい正極活物質の製造方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に、本発明の実施形態に係る正極活物質及びその製造方法の一例について説明する。本発明の実施形態に係る正極活物質は、リチウムと遷移金属との複合酸化物を含むものである。なお、遷移金属としては、Co、Ni、Mn等が挙げられる。複合酸化物としては、LiCoO2、LiNiO2、LiMn24等が挙げられ、その他鉄リン酸化合物のオリビン系のリチウム複合酸化物でも同様の効果が得られるが、本発明の正極活物質として特に好ましい複合酸化物は一般式;LiNixCoyMnz2(式中、xは0.4≦x≦1.0、好ましくは0.7≦x≦1.0、yは0≦y≦0.2、好ましくは0≦y≦0.16、zは0≦z≦0.4、好ましくは0≦z≦0.2を示す。但し、x+y+z=1を示す。)で表わされるリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物であるとフッ素原子との相乗効果が高く、サイクル特性、負荷特性等の電池性能を更に向上させることができる点で特に好ましい。
【0015】
上記複合酸化物は、TLCの減少化率が20〜60%(30〜40%がより好ましい)、粒子径が0.5〜100μm(10〜50μmがより好ましい)であり、表面に存在するアルカリ分がフッ素化されているものである。なお、TLCの減少化率が上記条件よりも小さいと、アルカリ分の除去が不十分となるためCO2ガスの発生やスラリーゲル化による塗工性の問題を生じ、TLCの減少化率が上記条件よりも大きいと、活物質のフッ素化が進み過ぎて却って、LiF等の抵抗成分の増大による動作電圧や容量の低下をまねく結果となる。また粒子径が上記条件範囲から外れた場合は、電極塗工面のスジ引きや電池内部短絡を生じ、電池製造上の不具合が著しい。
【0016】
本発明の実施形態に係る正極活物質の製造方法は、リチウムと遷移金属との複合酸化物(粒子径が0.5〜100μm)を含む正極活物質をフッ素化させる工程を含むものである。
【0017】
リチウムと遷移金属との複合酸化物のフッ素化は、反応容器内で、フッ素ガス分圧が1〜200kPa(5〜50kPaがより好ましい)、反応時間が10分〜10日(1時間〜1日がより好ましい)、反応温度が−10〜200℃(0〜100℃がより好ましい)の条件下で行われる。反応容器はバッチ式の密閉形反応容器反応容器が用いられる。このとき反応容器自体を回転させて、前記反応容器中の前記複合酸化物を攪拌する工程をさらに含むことが好ましい。
【0018】
なお、上記目的のフッ素化については複合酸化物を予め電極板状にしたもの(複合酸化物を金属箔に塗布したもの)を作製してからフッ素化し、正極活物質や正極板を製造してもよい。
【0019】
本実施形態によれば、例えば、リチウムイオン二次電池に用いた際の動作電圧や容量の低下を従来より減少させる、正極活物質およびその製造方法を提供することができる。
【実施例】
【0020】
以下に、実施例を用いて本発明を具体的に説明する。
(実施例1〜68)
正極活物質LiNiMnCoO2(Ni:Mn:Co=8:1:1)およびLiNiO2各々10gを別々にステンレス製反応容器に入れ、容器内を真空排気した後、それぞれ下記の表1および表2に示す所定量の分圧のフッ素ガスを導入し、正極活物質を攪拌しながら反応させた。なお、下記表1及び表2には、それぞれ後述する比較例1〜17、比較例18〜34も合わせて示している。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
<TLC(アルカリ分)測定方法>
TLCは以下に示す測定方法により求めた。
(1) 正極活物質5〜20gを精秤し(Ag)ビーカーに投入、そこに50g(精秤)の水を加え(Bg)、5分攪拌(水洗)後、静置して上澄み液をろ過する。
(2) (1)で水洗浄した正極活物質に再度50g(精秤)の水を加え(Cg)、5分攪拌後ろ過する。
(3) (1)、(2)で回収したろ液を合わせ、軽く混合した後、中和滴定のために60g程度(精秤)を取り分ける(Dg)。
(4) 0.1mol/lHCl標準液投入量(Eml)から、下記計算式にてTLCを算出する。
F(g)=E/1000×0.1/2×73.89(Li2CO3分子量)
G(g)=A×D/(B+C)
TLC(%)=F(g)/G(g)×100
【0024】
<二次電池の作成>
上記フッ素化処理されたLiNiMnCoO2あるいはLiNiO295wt%に、アセチレンブラック2wt%、PVDF3wt%を十分混合し、成型して40mm×40mmの正極電極を作成した。また負極にはリチウム金属を用い、電解液にはLiPF6を1mol/dm3を含むエチレンカーボネートとジエチルカーボネートの混合溶媒(混合体積3:7)を用いた。このようにして調整した正極と負極の間に、ポリエチレンフィルムからなるセパレータを配し、実施例1〜68の非水電解液二次電池(リチウムイオン二次電池)を作製した。
【0025】
(比較例1〜34)
正極電極を作製するに当たり、比較例1のLiNiMnCoO2および比較例18のLiNiO2にはフッ素化を行わずに、また比較例2〜17のLiNiMnCoO2および比較例19〜34のLiNiO2には表1および表2に示す条件にてフッ素化を行い、実施例1〜68と同様にして非水電解液二次電池を作製した。
【0026】
<二次電池性能評価試験>
上記のようにして作製されたリチウムイオン二次電池について、温度25℃のもとcut off電位上限4.3V、下限2.0V、電流密度1.0mA/cm2として充放電試験を行った。なお充放電試験において、1〜3サイクルは0.2Cで充放電し、4サイクル目では0.2Cで充電させてから2Cで放電させ、1サイクル目の放電容量に対する4サイクル目の放電容量の比率をレート特性の指標とした。また1サイクル目に対する10サイクル目の放電容量の比率をサイクル特性の指標とした。結果を表1および表2に示す。
【0027】
表1および表2より、実施例の正極を用いるとアルカリ分が減少し、かつレート特性およびサイクル特性が向上することもわかった。また正極板作製時における正極活物質の塗工性も改善が認められた。
【0028】
したがって、リチウムイオン二次電池に用いた際の動作電圧や容量の低下を従来より減少させる、正極活物質を提供できたことがわかる。
【0029】
なお、本発明は、特許請求の範囲を逸脱しない範囲で設計変更できるものであり、上記実施形態や実施例に限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムと遷移金属との複合酸化物を含む正極活物質であって、
前記複合酸化物は、フッ素化によるTLC(Total Lithium Carbonate)の減少化率が20〜60%であることを特徴とする正極活物質。
【請求項2】
前記複合酸化物は、粒子径が0.5〜100μmであることを特徴とする請求項1に記載の正極活物質。
【請求項3】
前記複合酸化物は、一般式;LiNixCoyMnz2(式中、xは0.4≦x≦1.0、yは0≦y≦0.2、zは0≦z≦0.4を示す。但し、x+y+z=1を示す。)で表わされるリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物である請求項1又は2記載に記載の正極活物質。
【請求項4】
リチウムと遷移金属との複合酸化物を含む正極活物質をフッ素化させる工程を含む正極活物質の製造方法であって、
前記複合酸化物は、粒子径が0.5〜100μmのものであり、
前記フッ素化の工程は、前記複合酸化物を反応容器内でフッ素化させるものであり、フッ素ガス分圧が1〜200kPa、反応時間が10分〜10日、反応温度が−10〜200℃の条件下で行われることを特徴とする正極活物質の製造方法。


【公開番号】特開2006−286240(P2006−286240A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−101258(P2005−101258)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000222842)東洋炭素株式会社 (198)
【出願人】(502318560)エス・イー・アイ株式会社 (12)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】