説明

歯のう蝕罹患リスクの評価方法及び装置並びにプログラム

【課題】 被検者が自らの歯のう蝕罹患リスクを的確に理解し、歯科医との十分なコミュニケーションを図った上で、口腔内環境を最善の状態に維持することができる歯のう蝕罹患リスク評価方法及び装置並びにプログラムを提供すること。
【解決手段】 被検者の口腔から採取した検体の化学物性の測定値及び被検者に関する情報等を入力する入力手段と、前記化学物性の測定値、被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報から、前記被検者に特有のステファンカーブを演算により求めるステファンカーブ作成手段と、前記作成されたステファンカーブにおいて脱灰作用と再石灰化作用の境界となるラインを求める手段とを備えた。これにより被検者の脱灰作用と再石灰化作用の関係が一目で、面積割合として示されるため、被検者は自己の口腔内の状態をより確実に認識することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯のう蝕罹患リスクの評価方法及び装置並びにプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、口腔の健康状態を診断するために、被検者の口腔を歯科医が直接視診し、歯のう蝕罹患状態の検査を行っていた。この歯科健康診断は例えば一般的には6ヵ月毎に定期的に行われることにより、おおよその被検者は複雑な治療を必要とするう蝕が形成される前にこれを発見して、被検者は簡単な治療を受けるだけでその口腔環境を整えることができる。また、別の歯の検診方法として、特許文献1に記載されるように、被検者の口腔から検体を採取しこの検体の化学物性を測定して測定データを取得し、コンピュータを使ってデータベース化された情報と比較検討し、歯のう蝕のリスクを評価するやりかたがある。
【特許文献1】特開2004−065438号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところが、被検者の口腔がう蝕に対してどの程度の抵抗力を有しているか、つまり、被検者の歯のう蝕罹患リスク(一般的に、Caries Activity Testとよばれている)には個人差がある。このため、より長い周期で、例えば1年に一回口腔の健康診断を行うだけで十分である人もいれば、より短い周期で、例えば1年に数回口腔環境の健康診断を行う必要のある人もいる。
【0004】
一方、被検者が掛かりつけの歯科医を決めている場合には、過去の履歴からある程度の歯のう蝕罹患リスクを判断することが可能であるが、初めて診断する被検者の歯のう蝕罹患リスクは、視診だけでは経験を積んだ歯科医にも被検者のう蝕罹患リスクまで的確に判断することは難しかった。それゆえに、歯科医は患者に対して短い期間内に再診を促すことがあるが、患者はこれに応じるのが煩わしいという状況が生じていた。
【0005】
また、コンピュータを使って歯から取得した検体の化学物性の測定値をデータベース化された情報と比較検討し、歯のう蝕のリスクを評価する方法においても評価結果が完全に理解されにくいという不具合もあった。
【0006】
本発明は上述の事柄を考慮に入れて成されたものであって、その目的は、被検者が自らの歯のう蝕罹患リスクを的確に理解し、歯科医との十分なコミュニケーションを図った上で、口腔環境を最善の状態に維持することができる歯のう蝕罹患リスク評価方法及び装置並びにプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記目的を達成するため、被検者の口腔から採取した検体の化学物性の測定値及び被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報を入力する入力手段と、前記化学物性の測定値、被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報から、前記被検者に特有のステファンカーブを演算により求めるステファンカーブ作成手段と、前記作成されたステファンカーブにおいて脱灰作用と再石灰化作用の境界となるラインを求める手段とを備えたことを特徴とするものである。
【0008】
この装置においては、前記ステファンカーブと前記境界ラインから、脱灰領域の面積と再石灰化の領域の面積を演算によりそれぞれ求める領域面積算出手段と、前記領域面積算出手段により算出された領域面積をその被検者についてのう蝕罹患リスクの評価として出力する評価出力手段とを備えることもできる。これにより被検者の脱灰作用と再石灰化作用の関係が一目で、面積割合として示されるため、被検者は自己の口腔の状態をより確実に認識することが可能になる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、被検者の検体を測定した結果から、演算によって被検者個人のステファンカーブを作成し、その被検者についての歯のう蝕罹患リスクが評価されるので、ユーザは一見して、自身の歯がむし歯にかかり易いかどうかの判断をすることができる、という効果が得られる。
【0010】
また、検診を行う歯科医にとっても、短時間で手軽に被検者のステファンカーブを得ることができるため、ステファンカーブを作成するために長時間を費やして検体を採取し、測定し、しかも測定値の経時的変化を観察する必要はなく、迅速な歯の検査を行うことができるという効果が獲られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0012】
まず歯のう蝕罹患リスクを評価するためのステファンカーブについて説明する。図1は一般的なステファンカーブの例を示す。これは、歯のう蝕罹患リスクに関係する歯垢の酸性度の度合いの経時的変化をグラフで表したものである。このグラフは、縦軸に酸性、中性、アルカリ性を意味するpH(ペーハー)値を取り、横軸に時間を取って、食事などをした場合の被検者の歯の表面の歯垢の酸性の度合いを経時的に表している。このステファンカーブの表すものは、通常の、何も食べないとき(時間帯)は、口腔は唾液によって清浄にされており、そのときは唾液のpH値であるpH7付近(個人差はある)に保たれている(図1の「P1」)。この状態の下で食事(おやつなどを含む)を摂ると、食物に含まれる糖類等により口腔が急速に酸性化し、短時間で、その被検者にとっての最高の酸性度に達する(図1の「P2」)。食事が終了すると、唾液による清浄作用が行われて口腔は徐々に中和されて行き(図1の「P3」)、所定の時間が経過すると元の中性の状態に戻る(図1の「P4」)。図1に示されたグラフは、被検者の歯垢中のpH値を直接、時間をかけて測定して得られたグラフであり、この事例では、食事をしていないとき(安静時)の唾液のpHがP1=7.0付近であり、食事後に最高の酸性度に到達したときのpHがP2=4.3付近であることが分る。
【0013】
そして、食事をしてから歯垢中のpH値は下がり(酸性に変化する)、再び元の状態に戻るまでに約40分を要していることも分る。また、このステファンカーブにおいて、pH値がP1からP2へ変化する途中におけるpHが5.5(図1中の境界ラインP5)付近で脱灰が始まり、この脱灰は点P2で最も激しくなる。ここで、「脱灰」とは、食物に含まれる炭水化物が細菌(むし歯菌)により代謝されることにより酸が作られ、その結果プラークのpHが低くなり歯の表層下からミネラルイオンが溶け出す(すなわち、歯のカルシウム成分が溶け出す)ことをいう。逆に、上述のように中和作用が進行する間では、唾液による浄化作用、緩衝作用が働き、口腔内プラークのpH値が徐々に元に戻り、pH5.5を上側に抜けたあたり(図1中の境界ラインP5)から歯の再石灰化が起こり、溶け出したカルシウムなどが再び結晶化する。口腔内では、上記のような変遷を経て、食事を摂る度に歯の脱灰と再石灰化が繰り返される。
【0014】
本実施の形態では、歯のう蝕罹患リスク評価装置に適切なるデータを入力することにより装置内での演算処理により上記ステファンカーブを作成する。
【0015】
図2は本実施の形態に係る歯のう蝕罹患リスク評価装置(以下、単に「評価装置」という)1の構成を示すブロック図である。図2において、2は被検者、3は被検者2の口腔から採取した検体の化学物性を測定する測定器である。4は測定器3により得られた測定結果、すなわち測定値およびその他のデータが入力される入力部、5はステファンカーブを作成するための元となるデータが格納されたステファンカーブ用フォーム格納部、6は入力部4から入力されたデータを基にステファンカーブを演算により求めるステファンカーブ演算部、7はステファンカーブ演算部6により得られたステファンカーブをステファンカーブ用フォームの上に描画するステファンカーブ作成部、8はステファンカーブ作成部において得られたステファンカーブにおいて歯の脱灰が行われていると認定される領域と歯の再石灰化が行われていると認定される領域を演算により求める脱灰・再石灰化領域演算部、9は上記ステファンカーブ演算部6および脱灰・再石灰化領域演算部8において演算処理に用いられるデータを格納する演算用データ格納部である。また、10はステファンカーブ作成部7において作成されたステファンカーブまたは脱灰・再石灰化領域を表示する表示部、11はステファンカーブ作成部7において作成されたステファンカーブまたは脱灰・再石灰化領域をプリントアウトなどの方法で出力する出力部、12はステファンカーブ作成部7において作成されたステファンカーブまたは脱灰・再石灰化領域演算部8で得られた結果を表示部10または出力部11へ切り替え出力する切替部である。
【0016】
入力部4はキーボード、音声入力装置、或いは文字読取装置など種々のデータ入力装置により構成される。また、本実施の形態においては、入力部4に測定装置の出力部を直結して、有線、無線などの方法で測定値を送付することも可能である。ステファンカーブ用フォーム格納部5はROMなどの読み出し専用メモリからなり、ステファンカーブが描かれる前のグラフの基本体のデータが格納される。また、ステファンカーブ用フォーム格納部5はフラッシュメモリから構成されていてもよい。ステファンカーブ演算部6、ステファンカーブ作成部7および脱灰・再石灰化領域演算部8はCPU或いはマイコンなどのデータ処理手段から構成され、それぞれステファンカーブを求め、作成するための演算規則、或いは脱灰・再石灰化領域を求めるための演算規則にしたがって演算処理を実行する。演算用データ格納部9はROMなどの読み出し専用メモリからなり、上記ステファンカーブ演算部6、ステファンカーブ作成部7および脱灰・再石灰化領域演算部8が処理実行を行うための演算規則などのアルゴリズムを格納する。演算用データ格納部9はフラッシュメモリから構成されていてもよい。
【0017】
上記構成を有する評価装置1の動作について以下説明する。
【0018】
本発明の実施に当ってはまず被検者の口腔から検体を採取し、その化学成分を測定する一方、被検者に関する情報や食事傾向などの情報を取得する。ここで、被検者の情報には、その被検者の氏名、年齢などが含まれる。被検者の食事傾向などの情報には被検者1日に摂取する食事の回数、歯みがきをするに当ってフッ化物の使用状況などの情報が含まれ、これらの情報は被検者からのアンケート或いは問診などの聞き取り調査により得られる。
【0019】
被検者から採取する検体としては、口腔の唾液、或いは歯垢が含まれる。検体の化学成分測定の第1は、被検者が食事をしていないとき(時間帯)の唾液(安静時唾液という)についてのpH値の測定である。この安静時唾液の検査において試薬が青色であればpH7.0であり、本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でもプラークpH7.0の値を与える。試薬が緑色であればpH6.0であり、この場合は本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でプラークpH6.75の値を与える。試薬が黄色であればpH5.0であり、この場合は本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でプラークpH6.5の値を与える。試薬が緑色、黄色の場合は実際のpH値よりも中性に近い値が与えられているが、これは、プラークpHが緩衝されているからである。
【0020】
ここで、プラークpHとは、歯面や歯肉表面に堆積し付着した歯垢その他の沈着物のpHを意味し、本実施の形態において安静時唾液の環境下にあるプラークpHを「A」とする。「緩衝」とは、化学的な傾向や度合いを和らげるように働く作用を意味し、本明細書では、酸性に傾いた歯垢を中和させようとする作用を指す。
【0021】
化学成分測定の第2は、被検者が食事をした後における最高の酸性度を割り出すためのカリオスタット検査である。これはむし歯菌検査の一種で、検体として歯垢を採取し、48時間37℃で培養しそのpH値を求めるものである。このカリオスタット検査において試薬が濃青色であればpH7.2であり、この場合は本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でプラークpH7.0の値を与える。試薬が緑色であればpH5.4であり、この場合は本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でもプラークpH5.4の値を与える。試薬が黄緑色であればpH4.7であり、この場合は本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でもプラークpH4.7の値を与える。試薬が黄色であればpH4.0であり、この場合は本実施の形態のステファンカーブのグラフの縦軸上でプラークpH4.0の値を与える。試薬が濃青色の場合は実際のpH値である7.2よりも酸性に近い値である7.0が与えられているが、これは、ベースとなるpH値が7.0とされているからである。本実施の形態においてカリオスタット検査におけるプラークpHを「B」とする。
【0022】
化学成分測定の第3は、唾液緩衝能検査である。これは唾液の検査により、食事の後に酸性に変化した唾液が時間の経過とともに元の安静時唾液のpH値に戻る速さ(復帰能力、或いは回復能力)を求めるものである。この唾液緩衝能検査において試薬が赤紫色であれば唾液緩衝能は「6」とされる。試薬が橙赤色であれば唾液緩衝能は「4」とされる。本実施の形態において唾液緩衝能検査における値を「C」とする。
【0023】
次に上述したような、被検者の1日に摂取する食事の回数がデータとして用いられる。この食事にはおやつを食べる場合も含まれる。そして、食事の回数が3回以下であるときは食事を摂る時刻を7時、13時、19時であるとする。食事の回数が4回であるときは食事を摂る時刻を7時、13時、16時、19時であるとする。食事の回数が5回であるときは食事を摂る時刻を7時、10時、13時、16時、19時であるとする。食事の回数が6回以上であるときは食事を摂る時刻を7時、10時、13時、16時、19時、22時であるとする。
【0024】
また被検者の情報として年齢がチェックされ、年齢が15歳未満であればまだ乳歯或いは幼若永久歯を有するとしてクリティカルpH6.2が設定される。また、年齢が15歳以上であれば永久歯を有するとしてクリティカルpH5.7が設定される。ここで、クリティカルpHとは、口腔内の中性/酸性度が変化する中で歯の脱灰と再石灰化の作用が起こるための境界となるpHをいう。本実施の形態においてクリティカルpH値を「D」とする。
【0025】
このクリティカルpHは被検者のフッ化物の使用状況により変化し、フッ化物を使用する場合はクリティカルpHが改善される方向に変化する。そのため、被検者の情報としてフッ化物を高頻度で(家と歯科のいずれにおいても)使用する場合(頻度レベル3とする)はクリティカルpHの改善値として0.6が設定される。フッ化物を家もしくは歯科で使用する場合(頻度レベル2とする)はクリティカルpHの改善値として0.4が設定される。フッ化物を時々使用する場合(頻度レベル1とする)はクリティカルpHの改善値として0.2が設定される。そして、フッ化物を使用しない場合(頻度レベル0とする)はクリティカルpHの改善値は設定されず0のままである。或る被検者にとってクリティカルpHの改善値が設定されたということは、設定されなかった場合よりも口腔内の状態がより歯が脱灰しにくく、且つ再石灰化し易い状態であるということなる。本実施の形態においてクリティカルpHの改善値を「E」とする。
【0026】
以上のデータは評価装置1の入力部4から入力される。入力のし方としては上述したように、キーボードを使って入力する方法と、化学成分の測定値であるプラークpHなどは直接測定器から伝送入力する方法とがある。
【0027】
各種データを受け取った評価装置1では、ステファンカーブ演算部6が演算用データ格納部9からステファンカーブ演算のためのデータを読み出して演算処理を実行する。この演算処理動作では、まず安静時唾液のpH値が解析され、pH7.0の入力に対してはプラークpH7.0の値を演算により与える。また、pH6.0の入力に対しては演算によりプラークpH6.75の値を与える一方、pH5.0の入力に対しては演算によりプラークpH6.5の値を与える。一人の被検者については上記3種類の入力のうち1つが入力されるから、上記演算により求められた1つの値がプラークpH、すなわち、「A」となり後に作成されるステファンカーブのベースラインとなる。
【0028】
次に、ステファンカーブ演算部6はプラークpH値「B」を演算により求める。この場合はpH7.2の入力に対してはプラークpH7.0の値を演算により求めプラークpH値「B」とする。カリオスタット値pH5.4の入力に対してはプラークpH5.4の値を演算により求めプラークpH値「B」とする。またカリオスタット値pH4.7の入力に対してはプラークpH4.7の値を演算により求めプラークpH値「B」とする。カリオスタット値pH4.0の入力に対してはプラークpH4.0の値を演算により求めプラークpH値「B」とする。以上の演算により、ステファンカーブのベースライン(グラフの最上段を形成するライン)とボトムライン(グラフの最下段を形成するライン)が決定される。
【0029】
次にステファンカーブ演算部6は唾液緩衝能のデータから、ステファンカーブのグラフの傾きを求める。この動作によりステファンカーブのグラフの傾きが、傾き=6、傾き=4、傾き=2のいずれかが決定される。
【0030】
次にステファンカーブ演算部6は被検者の年齢データからクリティカルpHを求める。この動作では、被検者の年齢が15歳未満であればクリティカルpH6.2が演算により与えられる。また、被検者の年齢が15歳以上であればクリティカルpH5.7が演算により与えられる。さらにこのようにして与えられたクリティカルpHには修正が加えられる。すなわち、被検者のフッ化物の使用頻度レベルが3である場合はクリティカルpH改善値として0.6が与えられる。また、被検者のフッ化物の使用頻度レベルが2である場合はクリティカルpH改善値として0.4が与えられ、被検者のフッ素系改善剤の使用頻度レベルが1である場合はクリティカルpH改善値として0.2が与えられる。なお、被検者のフッ素系改善剤の使用頻度レベルが0である場合はクリティカルpH改善値は0である。
【0031】
そして、ステファンカーブ演算部6は、
(クリティカルpH)−(クリティカルpH改善値)=クリティカルpH修正値
すなわち、D−Eの演算を行い、上記クリティカルpH修正値を最終的に脱灰・再石灰化の境界ラインとして採用する。一例として、被検者が15歳以上であり、フッ化物の使用頻度レベルが「2」である場合は、クリティカルpH修正値は、
5.7−0.4=5.3
である。
【0032】
以上の演算結果はステファンカーブ演算部6からステファンカーブ作成部7へと送付される。ステファンカーブ作成部7はステファンカーブ演算部6からの演算結果を入力する一方でステファンカーブフォーム格納部5からステファンカーブが描かれる前のグラフの基本体のデータを入力しステファンカーブを描画作成する。
【0033】
図3はステファンカーブ作成部7において作成されたステファンカーブを表す図である。このステファンカーブは、被検者が1日に6回食事をするものとした例について作成されたものであるが、もし被検者が1日に3回しか食事をしない場合は図3のグラフ中には3個のステファンカーブブロックが表示される。このステファンカーブは直線の組み合わせから構成され、図1に示す正規のステファンカーブとは形状が異なるが、直線で表すほうがコンピュータによる演算処理が単純化でき、速く演算処理ができることによる。図3に示されたステファンカーブのグラフ中で示されたA〜Eの符号は上述の説明で与えられたA〜Eに対応する。例えばAは安静時のプラークpHである。なお、唾液緩衝能の値「C」は図3においてはステファンカーブの傾きとして表される。
【0034】
このステファンカーブが作成されることにより、歯科医および被検者にとっては、検査対象となった歯の状態について判定が可能であり、歯のう蝕罹患リスクを評価することができる。しかし、ステファンカーブに対して歯の脱灰と再石灰化の状況を対比させると、より一層良好に歯の状態について判定が可能である。
【0035】
そのため、上述したように作成されたステファンカーブに対して脱灰・再石灰化領域演算部8が脱灰領域と再石灰化領域の面積を演算によって求める。図3において符号Lで示された線が脱灰作用と再石灰化作用の境界となる境界ラインであり、図1の境界ラインP5に相当する。上記脱灰領域と再石灰化領域の面積を求めるに当り、一定の演算条件を設定する。すなわち、各食事に際して唾液のpHが最も酸性化(Bに達すること)してから中和作用が開始されるまでに30分を要するものとする。これにより、例えば7時の食事では7時30分に中和が開始されることになり、13時の食事では13時30分に中和が開始されるものとする。
【0036】
図4は上記面積演算処理を解説する図である。この実施の形態においては脱灰領域と再石灰化領域をそれぞれ三角形エリアと四角形エリアに分割して個々に面積を出し、その後脱灰領域と再石灰化領域別個に書くエリアの面積を加算する。図4において、a,b,c,・・・・,k,l,mはステファンカーブにおける再石灰化領域を三角形エリアと四角形エリアに分けた各エリアを示す。他方、o,p,q,・・・・,x,y,zはステファンカーブにおける脱灰領域を三角形エリアと四角形エリアに分けた各エリアを示す。
【0037】
まず、図4におけるステファンカーブの傾斜線(6本ある)のグラフの式を求めると次の通りである。
7時: y=Cx+i
10時: y=Cx+ii
13時: y=Cx+iii
16時: y=Cx+iv
19時: y=Cx+v
22時: y=Cx+vi
ここで、i,ii,・・・,v,viは次の通りである。
7時: i=B−7.5C
10時: ii=B−10.5C
13時: iii=B−13.5C
16時: iv=B−16.5C
19時: v=B−19.5C
22時: vi=B−22.5C
【0038】
上記i,ii,・・・・,viの算出方法について7時の場合について説明する。7時のグラフの式は
y=Cx+i
である。この式において、x=7.5のときy=Bである(座標の(7.5,B)を参照)。よって、次の式が成り立つ。
B=7.5C+i
これより、
i=B−7.5C
となる。その他10時以下の式についても同様にして算出される。
【0039】
以上から、7時から10時にかけての各エリアの面積は次のようにして求められる。
エリアaの面積:これは四角形エリアであるから、
a={A−(D−E)}×(7−0)
エリアbの面積:これも四角形エリアであるから、
b={A−(D−E)}×{10−(A−i)/C}
エリアhの面積:これは三角形エリアであるから、
h={A−(D−E)}×《{(A−i)/C}−[{(D−E)−i}/C]》×1/2
以上のエリアa、b、c、は再石灰化領域に属する。
次に、
エリアoの面積:これは四角形エリアであるから、
o={(D−E)−B}×0.5
エリアuの面積:これは三角形エリアであるから、
u={(D−E)−B}×[{(D−E)−i}/C−7.5]×1/2
以上のエリアo、uは脱灰領域に属する。
【0040】
以下同様にして各エリアの面積を求めると、エリアa〜zの面積は次の通りである。
a={A−(D−E)}×(7−0)
b={A−(D−E)}×{10−(A−i)/C}
c={A−(D−E)}×{13−(A−ii)/C}
d={A−(D−E)}×{16−(A−iii)/C}
e={A−(D−E)}×{19−(A−iv)/C}
f={A−(D−E)}×{22−(A−v)/C}
g={A−(D−E)}×{24−(A−vi)/C}
h={A−(D−E)}×《{(A−i)/C}−[{(D−E)−i}/C]》×1/2
i={A−(D−E)}×《{(A−ii)/C}−[{(D−E)−ii}/C]》×1/2
j={A−(D−E)}×《{(A−iii)/C}−[{(D−E)−iii}/C]》×1/2
k={A−(D−E)}×《{(A−iv)/C}−[{(D−E)−iv}/C]》×1/2
l={A−(D−E)}×《{(A−v)/C}−[{(D−E)−v}/C]》×1/2
m={A−(D−E)}×《{(A−vi)/C}−[{(D−E)−vi}/C]》×1/2
o={(D−E)−B}×0.5
p={(D−E)−B}×0.5
q={(D−E)−B}×0.5
r={(D−E)−B}×0.5
s={(D−E)−B}×0.5
t={(D−E)−B}×0.5
u={(D−E)−B}×[{(D−E)−i}/C−7.5]×1/2
v={(D−E)−B}×[{(D−E)−ii}/C−10.5]×1/2
w={(D−E)−B}×[{(D−E)−iii}/C−13.5]×1/2
x={(D−E)−B}×[{(D−E)−iv}/C−16.5]×1/2
y={(D−E)−B}×[{(D−E)−v}/C−19.5]×1/2
z={(D−E)−B}×[{(D−E)−vi}/C−22.5]×1/2
【0041】
以上のようにして、全部のエリアについての面積が求められる。これらのエリアのうち、エリアa〜mは再石灰化領域に属する。エリアo〜zは脱灰領域に属するから再石灰化領域および脱灰領域それぞれの合計面積を算出して対比すると図5のような円グラフが作成される。脱灰・再石灰化領域演算部8はこの円グラフを出力して、被検者の歯の状態を表示する。ステファンカーブ作成部において作成されたステファンカーブ、或いは脱灰・再石灰化領域演算部8において作成された円グラフは切替部12において切り替えられ、表示部10または出力部11に出力される。
これにより、歯科医或いは被検者は歯の状態を視覚的にとらえて判断することができ、今後の歯の手入れ、むし歯の予防、或いはそのためのアドバイスに役立てることができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
一般に口腔内プラークのpHの変化を経時的に測定して得られていたステファンカーブを、所定項目の測定値および被検者に関する情報を入力することにより作成し、簡易に口腔内の状態を判定し得るとともに、歯の手入れ、むし歯の予防、或いはそのためのアドバイスに役立てることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】歯のう蝕罹患リスク評価に用いられるステファンカーブの一例を示すグラフ図である。
【図2】本発明の一実施の形態に係る歯のう蝕罹患リスク評価装置の構成を表すブロック図である。
【図3】本実施の形態において得られるステファンカーブの一例を示すグラフ図である。
【図4】本実施の形態において得られたステファンカーブを元に再石灰化領域および脱灰領域の面積を算出するための演算処理を解説する図である。
【図5】本実施の形態において得られたステファンカーブを元に再石灰化領域および脱灰領域の面積を算出し、それぞれの面積を対比して表した円グラフである。
【符号の説明】
【0044】
1 歯のう蝕罹患リスク評価装置
2 被検者
3 測定器
4 入力部
5 ステファンカーブ用フォーム格納部
6 ステファンカーブ演算部
7 ステファンカーブ作成部
8 脱灰・再石灰化領域演算部
9 演算用データ格納部
10 表示部
11 出力部
12 切替部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の口腔から採取した検体の化学物性の測定値及び被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報を入力する入力手段と、
前記化学物性の測定値、被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報から、前記被検者に特有のステファンカーブを演算により求めるステファンカーブ演算手段と、
ステファンカーブの演算結果をもとにステファンカーブのグラフを作成するステファンカーブ作成手段とを備え、
前記ステファンカーブ演算手段は、前記ステファンカーブの演算処理に加えて、作成されたステファンカーブにおいて脱灰作用と再石灰化作用の境界となる境界ラインを求めることを特徴とする歯のう蝕罹患リスク評価装置。
【請求項2】
前記ステファンカーブと前記境界ラインから、脱灰領域の面積と再石灰化領域の面積を演算によりそれぞれ求める脱灰・再石灰化領域演算手段を備え、
前記脱灰・再石灰化領域演算手段により算出された領域面積をその被検者についてのう蝕罹患リスクの評価として出力することを特徴とする請求項1記載の歯のう蝕罹患リスク評価装置。
【請求項3】
検体として、唾液及び歯垢が採取され、安静時唾液のpHの測定値を基にステファンカーブの再石灰化領域のpHの最高値が決定される一方、歯垢のpHの測定値を基にステファンカーブの脱灰領域のpHの最低値が決定されることを特徴とする請求項1記載の歯のう蝕罹患リスク評価装置。
【請求項4】
被検者に関する情報として被検者の年齢が入力され、この被検者の年齢情報により脱灰作用と再石灰化作用の境界となる境界ラインを求める一方、
被検者の食事傾向に関する情報として、1日における被検者の食事の回数が入力され、この食事の回数に応じた数のステファンカーブが作成されることを特徴とする請求項1記載の歯のう蝕罹患リスク評価装置。
【請求項5】
被検者の口腔から採取した検体の化学物性を測定し、
前記化学物性の測定値、被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報から、前記被検者に特有のステファンカーブを演算により求めて作成し、
前記作成されたステファンカーブにおいて脱灰作用と再石灰化作用の境界となる境界ラインを求めて歯のう蝕罹患リスクを評価することを特徴とする歯のう蝕罹患リスク評価方法。
【請求項6】
被検者の口腔から採取した検体の化学物性の測定値、被検者に関する情報、及び被検者の食事傾向に関する情報を取得するステップと、
前記取得した情報から前記被検者に特有のステファンカーブを演算により求めて作成するステップと、
前記作成されたステファンカーブにおいて脱灰作用と再石灰化作用の境界となる境界ラインを求めて歯のう蝕罹患リスクを評価するステップとをコンピュータに実行させることを特徴とする歯のう蝕罹患リスク評価処理プログラム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−308462(P2006−308462A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−132349(P2005−132349)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(504394386)
【Fターム(参考)】