説明

歯の製造方法

【課題】製造する歯の数及び形態を制御することが可能で、特有の細胞配置を保持した歯の製造方法を提供する。
【解決手段】支持担体の内部に、少なくともいずれか一方が歯胚由来である間葉系細胞及び上皮系細胞のいずれか一方のみから実質的になる第1の細胞集合体と、いずれか他方のみから実質的になる第2の細胞集合体とを接触させて配置する配置工程と、前記第1及び第2の細胞集合体を前記支持担体の内部で培養する培養工程とを含む歯の製造方法であって、前記上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体を、エナメル結節を構成する細胞領域を、目的とする歯の数と同一の数で含むものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯の製造方法に関し、特に細胞を用いた歯の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯は、最外層にエナメル質、その内層に象牙質という硬組織を有し、さらにその内側に象牙質を産生する象牙芽細胞、中心部に歯髄を有し、齲蝕や歯周病等によって失われることがある器官である。一般に歯の損失については、生命に対する危惧が少ないと考えられているため、現在は主として入れ歯やインプラントにより補うことが多い。しかしながら、歯の有無は外見や食べ物の味覚に大きく影響し、また健康維持や質の高い生活を維持するという観点から歯の再生技術の開発への関心が高まって来た。
歯は、胎児期の発生過程の誘導によって形成され、複数の細胞種によって構築された機能単位であり、器官や臓器と同じであると考えられている。そのため歯は、成体内の造血幹細胞や間葉系幹細胞のような幹細胞から細胞種が発生する幹細胞システムによって発生するのではなく、現在、再生医療によって進められている幹細胞の移入のみ(幹細胞移入療法)では歯を再生することができない。また、歯の発生過程で特異的に発現する遺伝子を同定し、歯胚を人為的に誘導することによる歯の再生も考えられているが、遺伝子を特定しただけでは、歯の再生を完全に誘導することができない。
そこで、近年、単離された歯胚細胞を用いて歯胚を再構成させて、この再構成歯胚を移植することによる歯の再生を中心とした検討が行われている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、歯胚から単離された上皮系細胞や間葉系の歯嚢細胞などの細胞を、生体吸収性の担体と共にラットの腹腔内に移植することで歯様の組織が再生されることが開示されている。
また、非特許文献2には、継代された培養細胞による上皮−間葉相互作用が実現可能な系とし、コラーゲンゲルによる共培養が有効であると記載されている。
歯胚の再生方法としては、例えば、特許文献1には、歯胚細胞を、線維芽細胞増殖因子等の生理活性物質の存在下で培養することが記載されている。また、特許文献2には、歯胚細胞及びこれらの細胞に分化可能な細胞のうち少なくとも1種類を、フィブリンを含む担体と一緒に培養することが提案されており、ここでフィブリンを含む担体は、歯胚の目的形状のものを使用して、特有の形態を有する「歯」を形成すると記載されている。
【0004】
特許文献3及び4には、6ヶ月のブタの下顎骨から、象牙質を形成する歯髄由来の間葉系細胞とエナメル形成に寄与する上皮系細胞とを含む歯胚との細胞混合物を、ポリグリコール酸−ポリ酢酸共重合体からなる生分解性ポリマーを固化させた担体(Scaffold)に播種して、動物の体内へ移植し、歯を形成する方法が開示されている。ここで担体は、歯胚の目的形状のものを使用して、特有の形態を有する「歯」を形成すると記載されている。
一方、特許文献5には、骨の欠損又は損傷を有する患者を治療するための歯の再生方法を開示している。この方法によれば、ポリグリコール酸メッシュ担体に間葉系細胞を播種した後に、上皮系細胞をコラーゲンと共に重層する又は上皮細胞シートで包むことによって、骨が形成される。なお、特許文献5では、骨の形状を構築するために担体を用いている。
【非特許文献1】J. Dent. Res., 2002, Vol.81(10), pp.695-700
【非特許文献2】「歯および歯胚由来細胞を用いた再生医療とその可能性」、再生医療 日本再生医療学会雑誌、2005年、Vol.4(1), pp.79-83
【特許文献1】特開2004−331557号公報
【特許文献2】特開2004−357567号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第2002/0119180号公報
【特許文献4】米国特許出願公開第2004/0219489号公報
【特許文献5】国際公開第2005/014070号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記技術はいずれも細胞や細胞因子等を用いて歯胚の再構築を行っているが、歯としての充分な機能を発現しうる特徴的な細胞配置や方向性を再現するものではない。また、組織を構成している複数の細胞を単に単離して培養しただけでは、特有の細胞配置を備えた組織を再構築することが困難であった。
要求される歯の数は状況により異なる。培養により歯を作製するには時間がかかるため、当初より目的とする数に対して過不足なく作製することが効率面から求められる。
【0006】
本発明は、製造する歯の数を制御することが可能で、特有の細胞配置を保持した歯の製造方法を提供することを目的とし、該目的を達成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するための具体的手段は以下の通りである。
(1) 支持担体の内部に、少なくともいずれか一方が歯胚由来である間葉系細胞及び上皮系細胞のいずれか一方のみから実質的になる第1の細胞集合体と、いずれか他方のみから実質的になる第2の細胞集合体とを接触させて配置する配置工程と、前記第1及び第2の細胞集合体を前記支持担体の内部で培養する培養工程とを含み、前記上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体が、エナメル結節を構成する細胞領域を、目的とする歯の数と同一の数で含むものである歯の製造方法である。
(2) 前記第1の細胞集合体を調製する第1の調製工程と、前記第2の細胞集合体を調製する第2の調製工程とを、前記配置工程の前に含むことを特徴とする前記(1)に記載の歯の製造方法である。
(3) 前記第1の細胞集合体及び前記第2の細胞集合体の少なくとも一方が単一細胞集合物であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の歯の製造方法である。
(4) 前記培養工程を他の動物細胞の存在下に行うことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の歯の製造方法である。
(5) 前記培養工程を、歯周組織が形成されるまで継続することを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の歯の製造方法である。
(6) 前記上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体が、ソニックヘッジホッグ遺伝子(以下、Shhと略記する)発現細胞で構成されたShh発現領域を更に含むことを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか1項に記載の歯の製造方法である。
(7) 前記ソニックヘッジホッグ遺伝子発現領域の数を、目的とする歯の形態に応じて決定することを特徴とする前記(6)に記載の歯の製造方法である。
(8) 前記ソニックヘッジホッグ遺伝子発現細胞が、上皮系細胞であることを特徴とする前記(6)又は(7)に記載の歯の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、製造する歯の数を制御することが可能で、特有の細胞配置を保持した歯の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の歯の製造方法は、支持担体の内部に、少なくともいずれか一方が歯胚由来である間葉系細胞及び上皮系細胞のいずれか一方のみから実質的になる第1の細胞集合体と、いずれか他方のみから実質的になる第2の細胞集合体とを接触させて配置する配置工程と、前記第1及び第2の細胞集合体を前記支持担体の内部で培養する培養工程とを含み、前記上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体(以下、上皮系細胞集合体)が、エナメル結節を構成する細胞領域を、目的とする歯の数と同一の数で含むものである。
第1及び第2の細胞集合体の緊密な接触状態によって細胞間相互作用を効果的に再現することができ、内側に象牙質、外側にエナメル質、歯冠、歯根、歯髄、歯周組織など歯に特有の層構造を有する歯を製造することができる。
【0010】
本発明において「エナメル結節」とは、歯胚を構成する上皮組織のうち間葉組織との境界面にある内エナメル上皮の中心部で、周辺部より肥厚化している細胞集団を意味する。また、エナメル結節は、自分自身と周囲の組織を編成させて器官の発生・分化を調節する細胞集団である「シグナルセンター」であり、Shh、p21、Wnt10b、Edar等の複数の遺伝子を発現していることを特徴としている。
【0011】
エナメル結節は歯の形成誘導のシグナルセンターであることから、これを構成する細胞領域を目的とする歯の数と同一の数で含む上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体と、間葉系細胞のみから実質的になる細胞集合体(以下、間葉系細胞集合体)と、を接触配置させて再構成歯胚を形成し、その再構成歯胚を培養することにより、目的とする数の歯を製造することができる。
製造する歯の数を制御することができることにより、歯の製造を効率的に行うことができる。また、歯の製造に適した支持担体の大きさ、使用する間葉系細胞又は歯胚間葉組織に分化可能な細胞の細胞数等の選択が容易になる。
【0012】
更に、前記上皮系細胞集合体は、エナメル結節を構成する細胞領域とソニックヘッジホッグ遺伝子(以下、Shh)発現細胞から構成されたShh発現領域とを含んでいてもよい。前記上皮系細胞集合体が、エナメル結節を構成する細胞領域とShh発現領域とを備えることにより、作製する歯の数と歯の形態とを任意に制御することができる。歯の形態は切歯と臼歯などでは大きく異なっており、歯としての特徴的な細胞配置を有することに加えて、求められる形態を有する歯を作製することができる意義は大きい。
【0013】
本発明における「歯」とは、内側に象牙質及び外側にエナメル質の層を連続して備えた組織をいい、特に歯冠や歯根を有する方向性を備えた組織をいう。歯の方向性は、歯冠や歯根の配置によって特定することができる。歯冠や歯根は、形状や組織染色などに基づいて目視にて確認することができる。歯冠とは、エナメル質と象牙質の層構造を有する部分をいい、歯根にはエナメル質の層は存在しない。歯冠の数は歯の形態によって異なり、臼歯などでは複数の歯冠が融合して全体としての歯が形成されている。
象牙質及びエナメル質は、当業者には、組織染色などによって形態的に容易に特定することができる。また、エナメル質は、エナメル芽細胞の存在によって特定することができ、エナメル芽細胞の存在は、アメロジェニン、あるいはその遺伝子の発現の有無によって確認することができる。一方、象牙質は、象牙芽細胞の存在によって特定することができ、象牙質芽細胞の存在は、デンチンシアロプロテイン、あるいはその遺伝子の発現の有無によって確認することができる。アメロジェニン及びデンチンシアロプロテインの確認はこの分野で周知の方法によって容易に実施することができ、例えば、in situ ハイブリダイゼーション、抗体染色等をあげることができる。
【0014】
また本発明において「歯周組織」とは、歯の主として外層の形成された歯槽骨及び歯根膜をいう。歯槽骨及び歯根膜は、当業者には、組織染色などによって形態的に容易に特定することができる。
なお、本発明において「間葉系細胞」とは、間葉組織由来の細胞を意味し、「上皮系細胞」とは上皮組織由来の細胞を意味する。
【0015】
本発明において「歯胚」及び「歯芽」は、後述する発生段階に基づいて区別されたものに特に言及する場合に用いられる表現である。この場合の「歯胚」とは、将来歯になることが決定付けられた歯の初期胚であり、歯の発生ステージで一般的に用いられる蕾状期(Bud stage)から鐘状期(Bell stage)までの段階であり、特に歯の硬組織としての特徴である象牙質、エナメル質の蓄積が認められない組織である。「歯芽」とは、本発明で用いられる「歯胚」の段階移行の、歯の硬組織の特徴である象牙質、エナメル質の蓄積が始まった段階から歯が歯肉から萌芽して一般的に歯としての機能を発現する前の段階の組織をいう。
歯胚は、図1に示されるように個体発生の過程で、蕾状期、帽状期、鐘状前期及び後期の各ステージを経て行われる。ここで、蕾状期では、上皮系細胞が間葉系細胞を包むように陥入し(図1(A)及び(B)参照)、鐘状前期及び鐘状後期に至ると、上皮系細胞部分が外側のエナメル質となり、間葉系細胞部分が内部に象牙質を形成するようになる(図1(C)及び(D)参照)。従って、上皮系細胞と間葉系細胞との細胞間相互作用によって歯胚が形成する。
本発明における間葉系細胞及び上皮系細胞は、歯胚を形成する又は形成する可能性がある上記蕾状期から鐘状後期までのもの(以下、単に「歯胚」という)であればよく、細胞の分化段階の幼若性と均質性の観点から蕾状期から帽状期からのものであることが好ましい。
【0016】
また「細胞集合体」とは、細胞が密集した状態をいい、組織の状態であっても、単一細胞の状態であってもよい。また「実質的になる」とは、対象となる細胞以外のものをできるだけ含まないことを意味する。各々の細胞集合体は、組織自体若しくはその一部、又は単一細胞の集合体とすることができるため、いずれか一方が単一細胞で構成された細胞集合体であってもよく、共に単一細胞で構成された細胞集合体であってもよいが、本発明によって組織の再構成を効率よく達成するためには、共に単一細胞で構成されていることが好ましい。
【0017】
本発明においては、第1及び第2の細胞集合体を構成する細胞の数は、動物の種類や、支持担体の種類、硬さ、大きさ及び作製する歯の数や形態によって異なるが、細胞集合体1個あたり、一般に101〜108個、好ましくは10〜108個とすることができる。
【0018】
本発明の製造方法における配置工程では、支持担体の内部に第1の細胞集合体と第2の細胞集合体とを接触させて配置する。
上記配置工程では、上記第1及び第2の細胞集合体を、細胞の接触状態を保持可能な支持担体の内部に配置するので、それぞれの細胞集合体を構成する細胞が、他の細胞集合体を構成する細胞と混合することがない。このように上記配置工程では、各細胞集合体を混合することなく配置するので、細胞集合体の間に境界線が形成される。このような配置形態を、本明細書中では適宜「区画化」と表現する。
【0019】
ここで、前記上皮系細胞集合体と間葉系細胞集合体は、間葉系細胞及び上皮系細胞から実質的に構成されるように、別個の調製工程(第1の細胞調製工程及び第2の細胞調製工程)によって調製されることが好ましい。
本製造方法で用いられる間葉系細胞及び上皮系細胞は、生体内での細胞配置を再現して特有の構造及び方向性を有する歯を効果的に形成するために、少なくともいずれか一方が歯胚に由来するものであればよいが、確実に歯を形成させるためには、間葉系細胞及び上皮系細胞のいずれもが共に歯胚由来であることが最も好ましい。
【0020】
歯胚以外に由来する間葉系細胞としては、生体内の他の間葉系組織に由来する細胞であり、好ましくは、血液細胞を含まない骨髄細胞や間葉系幹細胞、さらに好ましくは口腔内間葉系細胞や顎骨の内部の骨髄細胞、頭部神経堤細胞に由来する間葉系細胞、前記間葉系細胞を生み出しうる間葉系前駆細胞やその幹細胞等を挙げることができる。
また、歯胚以外に由来する上皮系細胞としては、生体内の他の上皮系組織に由来する細胞であり、好ましくは、皮膚や口腔内の粘膜や歯肉の上皮系細胞、さらに好ましくは皮膚や粘膜などの分化した、例えば角化した、あるいは錯角化した上皮系細胞を生み出しうる未熟な上皮系前駆細胞、たとえば非角化上皮系細胞やその幹細胞等を挙げることができる。
【0021】
本発明で用いる歯胚及び他の組織は、哺乳動物の霊長類、例えばヒト、サルなど、有蹄類、例えば豚、牛、馬など、小型哺乳類の齧歯類、例えばマウス、ラット、ウサギなどの種々の動物の顎骨等から採取することができる。歯胚及び他の組織の採取は、通常、組織の採取で用いられる条件をそのまま適用すればよく、無菌状態で取り出し、適当な保存液に保存、または培養すればよい。なお、ヒトの歯胚としては、第3大臼歯いわゆる親知らずの歯胚の他、乳歯、胎児歯胚を挙げることができるが、自家組織の利用との観点から、親知らず歯胚を用いることが好ましい。また、他の組織としては、例えば、口腔内の粘膜や舌、歯肉、骨髄、皮膚、胎盤、羊膜、胎児組織などから採取することができる。
【0022】
この歯胚又は他の組織からの間葉系細胞及び上皮系細胞の調製は、まず周囲の組織から単離された歯胚又は他の組織を、形状に従って間葉組織及び上皮組織に分けることによって行われる。
このとき、歯胚組織は顕微鏡下で構造的に見分けることが可能であるため、解剖用ハサミやピンセット等で切断、あるいは引き剥がすことによって容易に分離することができる。また、歯胚組織からの歯胚間葉組織及び歯胚上皮組織の分離は、その形状に従って注射針、タングステンニードル、ピンセット等で切断、あるいは引き剥がすことにより容易に行うことができる。歯胚以外の組織においても歯胚組織と同様に行なうことができる。
【0023】
また、エナメル結節を構成する細胞領域は、歯胚上皮組織からその形状に従って注射針、タングステンニードル、ピンセット等で切断、あるいは引き剥がすことにより容易に分離することができる。
好ましくは、周囲組織から歯胚細胞を容易に分離するため及び/又は歯胚組織から上皮組織及び間葉組織を分離するために、酵素を用いてもよい。このような用途に用いられる酵素としては、ディスパーゼ、コラーゲナーゼ、トリプシン等を挙げることができる。
【0024】
間葉系細胞及び上皮系細胞は、それぞれ間葉組織及び上皮組織から単一細胞の状態まで調製してもよい。調製工程において、単一の細胞に容易に分散可能とするために、酵素を用いてもよい。このような酵素としては、ディスパーゼ、コラーゲナーゼ、トリプシン等を挙げることができる。間葉組織からの間葉系細胞の分離には、コラーゲナーゼとトリプシンで同時に処理し、最終的にDNase処理をすることが好ましい。このときDNase処理を行うのは、酵素処理により一部の細胞がダメージをうけ、細胞膜が溶解したときに溶液中に放出されるDNAによって細胞が凝集し細胞の回収量が低下することすることを防ぐためである。
【0025】
また、本発明における上皮系細胞集合体の調製方法としては、(1)エナメル結節を構成する細胞領域を含む歯胚上皮組織をそのまま用いる方法、(2)歯胚上皮組織からエナメル結節を構成する細胞領域以外の周辺組織を取り除いた部分組織を用いる方法、(3)エナメル結節を含まない歯胚上皮組織又は該歯胚上皮組織由来の細胞と、エナメル結節を構成する細胞領域又は該細胞領域に由来する細胞からなる細胞凝集塊と、を共存させる方法、(4)歯胚に分化可能な歯胚以外の上皮系細胞と、エナメル結節を構成する細胞領域又は該細胞領域に由来する細胞からなる細胞凝集塊と、を共存させる方法等を挙げることができる。ここで(3)、(4)の方法においては、エナメル結節を構成する細胞領域又は該細胞領域に由来する細胞からなる細胞凝集塊を、目的とする歯の数に応じた数で共存させることもできる。
【0026】
特に、製造する歯の数を確実に制御する観点から、上記(1)、(3)及び(4)の方法が好ましく、(3)及び(4)の方法においてエナメル結節を構成する細胞領域に由来する細胞からなる細胞凝集塊を用いる方法がより好ましい。
【0027】
なお、本発明において細胞集合体を構成する細胞は、それぞれ充分な細胞数を得るために、配置工程に先立って予備的な培養を経たものであってもよい。間葉系細胞及び上皮系細胞の培養は、一般に動物細胞の培養に用いられる温度等の条件をそのまま用いることができる。
【0028】
培養に用いられる培地としては、一般に動物細胞の培養に用いられる培地、例えばダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)等を用いることができ、細胞の増殖を促進するための血清を添加するか、あるいは血清に代替するものとして、例えばFGF、EGF、PDGF等の細胞増殖因子やトランスフェリン等の既知血清成分を添加してもよい。なお、血清を添加する場合の濃度は、そのときの培養状態によって適宜変更することができるが、通常10%とすることができる。細胞の培養には、通常の培養条件、例えば37℃の温度で5%CO2濃度のインキュベーター内での培養が適用される。また、適宜、ストレプトマイシン等の抗生物質等を添加したものであってもよい。
【0029】
本発明においては、前記上皮系細胞集合体が、Shh発現細胞で構成されたShh発現領域を更に含むことが好ましい。
また、本発明においては、前記Shh発現領域の数を、目的とする歯の形態に応じて決定することが好ましい。
【0030】
上皮系細胞集合体がエナメル結節を構成する細胞領域に加えてShh発現領域を更に含むことにより、エナメル質と象牙質とを有する側に、Shh発現領域による新たな歯冠の形成を誘導することができる。更に、前記上皮系細胞集合体がShh発現領域を2つ以上含むことにより、Shh発現領域の数に応じて2以上の歯冠の形成を誘導することができる。すなわち上皮系細胞集合体に含まれるShh発現領域を任意な数にすることにより、任意な数の歯冠を有する歯を、エナメル結節を構成する細胞領域の数と同数で形成させることができる。歯の形態は切歯と臼歯などでは大きく異なっているが、歯冠の形成を制御することによって、作製する歯の形態を任意に制御することが可能となる。ここで、Shh発現領域には、Shhを発現しているエナメル結節を構成する細胞領域も含まれる。
【0031】
更に、本発明においては、Shh発現細胞が上皮系細胞であることが好ましい。また、前記上皮系細胞は、歯胚由来の上皮系細胞又は歯胚へ分化可能な上皮系細胞を用いることがより好ましい。Shh発現細胞として上皮系細胞を用いることにより、歯冠の数を制御する活性を有するほか、Shh発現細胞自身が歯胚を形成する細胞へ分化することが可能となる。
【0032】
Shhから産生される蛋白質は、発生における最も重要なモルフォゲンとして、四肢や脳脊髄正中線構造や上皮・間葉相互作用により発生するほとんどの器官系の形態形成を調節し、器官形成初期の上皮細胞で発現することが知られている。マウスにおけるShhの遺伝子配列はGenbank NM009170として入手可能である。
【0033】
また、本発明におけるShh発現細胞は、当業者には公知の方法で作製することができる。例えば、Shh全長を含むDNA断片を適当なウィルスベクターに組み込み、これを上皮系細胞をはじめとする幅広い細胞種に導入して作製することができる。一般の細胞はShh遺伝子を発現していないため、Shh発現ベクターを導入して誘導できる発現量があればShh発現細胞として充分である。Shh発現細胞においては、Shh遺伝子とGreen fluorescence protein(GFP)遺伝子とを融合した遺伝子を当該細胞に発現させて、フローサイトメーターで解析した場合、Shh発現ベクターを導入していない細胞に比べて、蛍光強度が100倍以上であることが好ましい。
【0034】
また、細胞におけるShhの発現量は、Shh特異的プライマーペアを用いてm−RNAの発現量を求めることで確認することができる。Shh特異的プライマーペアとしては、公知のものを用いることができる。
【0035】
本発明において前記Shh発現領域はShh発現細胞から構成される細胞凝集塊として上皮系細胞集合体に含まれることがより好ましい。これにより、形成される歯の形態制御をより確実に行うことができる。Shh発現細胞の細胞凝集塊は、Shh発現細胞を遠心によって凝集させて調製することもできるし、また、Shh発現細胞の懸濁液を培養プレートの表面に滴下し、培養プレートの上下を逆さまにして培養を行うハンギングドロップ法で細胞塊として調製することもできる。また固化可能な担体内部に細胞懸濁液を注入することで作製することも出来る。Shh発現細胞の細胞凝集塊を高密度で任意の大きさに制御して歯胚の再構成に用いることが好ましいことから、細胞凝集塊外部に担体成分などが付着しない方法で調製することが好ましく、ハンギングドロップ法で細胞凝集塊として調製することが好ましい。
本発明においては、Shh発現細胞の細胞凝集塊を構成する細胞の数は、大きさ及び作製する歯の数や形態によって異なるが、細胞集合体1個あたり、一般に1〜10個、好ましくは10〜10個とすることができる。
【0036】
本発明で用いられる支持担体としては、細胞を内部で培養可能なものであればよく、好ましくは、上記培地との混合物である。このような支持担体としては、コラーゲン、フィブリン、ラミニン、細胞外マトリクス混合物、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸(PLA)、乳酸/グリコール酸共重合体(PLGA)、セルマトリクス(商品名)、メビオールゲル(商品名)、マトリゲル(商品名)等を挙げることができる。これらの支持担体は、細胞を内部に配置したときに配置した位置をほぼ維持可能な程度な硬さを有するものであればよく、ゲル状、繊維状、固体状のものを挙げることができる。ここで、細胞の位置を維持可能な硬さとは、通常、三次元培養として適用される硬さ、即ち、細胞の配置を保持できると共に増殖による肥大化を阻害しない硬さであればよく、容易に決定することができる。例えば、コラーゲンの場合、最終濃度2.4mg/mlの濃度での使用が適切な硬さを提供する。
なお、ここで支持担体は、第1及び第2の細胞集合体が担体内部で成育することができる程度の厚みを有すればよく、目的とする組織の大きさ等によって適宜設定することができる。
【0037】
また、支持担体は、細胞の接触状態を保持可能であればよいが、ここでいう「接触状態」とは、各細胞集合体において、また細胞集合体間において、確実に細胞相互作用させるために高密度の状態であることが好ましい。
高密度の状態とは、組織を構成する際の密度と同等程度であることをいい、例えば、細胞集合体の場合、細胞配置時で5×107〜1×109個/ml、細胞の活性を損なわずに確実に細胞相互作用させるため好ましくは1×108〜1×109個/ml、最も好ましくは2×108〜8×108個/mlの密度をいう。このような細胞密度に細胞集合体を調製するには、細胞を遠心によって凝集させ沈殿化することが細胞の活性を損なわずに簡便に高密度化できるため好ましい。このような遠心は、細胞の生存を損ねない300〜1200×g、好ましくは500〜1000×gの遠心力に該当する回転数で3〜10分間おこなえばよい。300×gよりも低い遠心では、細胞の沈殿が不十分となって細胞密度が低くなる場合があり、一方、1200×gよりも高い遠心では細胞が損傷を受ける場合があるため、それぞれ好ましくない。
【0038】
遠心分離によって高密度の細胞を調製する場合には、通常、細胞遠心分離するために用いられるチューブ等の容器に単一細胞の懸濁液を調製した後に遠心分離し、沈殿物としての細胞を残して上清をできるだけ取り除けばよい。このときに使用されるチューブ等の容器は、上清を完全に除去する観点から、シリコーンコートされたものであることが好ましい。
【0039】
遠心分離による沈殿物とした場合には、沈殿物をそのまま支持担体の内部に配置すればよい。このとき、目的とする細胞以外の成分(例えば、培養液、緩衝液、支持担体等)は、細胞の容量と等量以下であることが好ましく、目的とする細胞以外の成分を含まないことを最も好ましい。このような高密度の細胞集合体では、細胞が緊密に接触しており、細胞間相互作用が効果的に発揮される。
【0040】
組織の状態で使用する場合には、酵素処理等を行って、対象となる細胞以外の結合組織等を除去することが好ましい。目的とする細胞以外の成分が多い場合、例えば細胞の容量と等量以上になると、細胞間相互作用が充分に発揮されないため、好ましくない。
【0041】
また、第1の細胞集合体と第2の細胞集合体との接触は密接であるほど好ましく、第1の細胞集合体に対して第2の細胞集合体を押し付けて配置することが特に好ましい。また、第1の細胞集合体と第2の細胞集合体の周囲を培養液、酸素透過を阻害しない固形物で包み込むことも、細胞集合体同士の接触を密接にするのに有効であり、粘度の異なる溶液に密度の高い細胞懸濁液を入れて配置させ、溶液をそのまま固化することも、細胞の接触の保持を容易に達成できるため、好ましい。
【0042】
支持担体がゲル状、あるいは溶液状等の場合には、配置工程の後に支持担体を固化する固化工程を設けてもよい。固化工程によって、支持担体内部に配置された細胞が支持担体内部に固定化される。支持担体の固化には、一般に用いた支持担体の固化条件をそのまま適用すればよい。例えば支持担体にコラーゲン等の固化可能な化合物を用いた場合には、通常適用される条件で、例えば培養温度下で数分〜数十分間静置させることにより、固化することができる。これにより、支持担体内部における細胞間の結合を固定化できると共に、強固なものにすることができる。
【0043】
本発明の製造方法における培養工程では、第1の細胞集合体及び第2の細胞集合体を支持担体内部で培養する。この培養工程では、互いに緊密に接触された第1の細胞集合体及び第2の細胞集合体によって細胞間相互作用が効果的に行われて、組織、即ち歯が再構成される。
培養工程は、支持担体によって第1の細胞集合体と第2の細胞集合体との接触状態が維持されて行われればよく、第1及び第2の細胞集合体を有する支持担体単独による培養であっても、他の動物細胞の存在下での培養であってもよい。
培養期間としては、支持担体内部に配置された細胞数及び細胞集合体の状態、更には培養工程の実施条件によって異なるが、一般に、1〜300日、エナメル質を外側に有し、象牙質を内側に有する歯を形成するためには、好ましくは1〜120日、迅速に提供可能とする観点からは、好ましくは1〜60日とすることができる。更に歯周組織を備えた歯とするためには、一般に1〜300日、好ましくは1〜60日とすることができる。
【0044】
支持担体のみによる培養とした場合には、動物細胞の培養に用いられる通常の条件下での培養とすることができる。ここでの培養は、一般に動物細胞での培養条件をそのまま適用すればよく、前述した条件をそのまま適用することができる。また培養には、哺乳動物由来の血清を添加してもよく、またこれらの細胞の増殖や分化に有効であることが既知の各種細胞因子を添加してもよい。このような細胞因子としては、FGF、BMP等を挙げることができる。
また、組織や細胞集合体のガス交換や栄養供給の観点から器官培養を用いることが好ましい。器官培養では、一般に、動物細胞の増殖に適した培地上に多孔性の膜をフロートさせ、その膜上に支持担体で包埋された細胞集合体を置いて培養を行う。ここで用いられる多孔性の膜は、0.3〜5μm程度の孔を多数有した膜であることが好ましく、具体的にはセルカルチャーインサート(商品名)、アイソポアフィルター(商品名)を挙げることができる。
【0045】
他の動物細胞の存在下での培養の場合には、動物細胞からの各種サイトカイン等の作用を受けて、早期に特有の細胞配置を有する歯を形成することができるので、好ましい。このような他の動物細胞の存在下での培養は、単離細胞や培養細胞を用いて生体外での培養によって行ってもよい。
【0046】
また、第1及び第2の細胞集合体を有する支持担体を生体へ移植して生体内で培養を行うことが、歯及び/又は歯周組織の形成を早期に行うことができるため、特に好ましい。この場合、支持担体と共に第1及び第2の細胞集合体が生体内へ移植される。
この用途に利用可能な動物は、哺乳動物、例えばヒト、豚、マウス等を好ましく挙げることができ、歯胚組織と同一の種に由来するものであることが更に好ましい。ヒト歯胚組織を移植する場合には、ヒト、又は免疫不全に改変したヒト以外の他の哺乳動物を用いることが好ましい。このような生体内成育に好適な生体部位としては、動物細胞の器官や組織をできる限り正常に発生させるためには、腎臓皮膜下、腸間膜、皮下移植等が好ましい。
移植による成育期間としては、移植時の大きさと発生させる歯の大きさによって異なるが、一般に、3〜400日とすることができる。例えば、腎臓皮膜下への移植期間は移植する培養物の大きさと作製する歯の大きさによっても異なるが、歯の作製と移植先で発生させる歯の大きさの観点から7〜60日間であることが好ましい。
【0047】
生体への移植を行う前に、生体外での培養(前培養)を行ってもよい。この前培養によって細胞間の結合と第1及び第2の細胞集合体同士の結合を強固にして、細胞間相互作用をより強固にすることができるため好ましい。その結果、全体の成育期間を短縮することができる。
前培養の期間は短期であっても長期であってもよい。長期間、例えば3日以上、好ましくは7日以上とした場合には、歯胚から歯芽に段階移行させることができ、その結果、移植後に歯ができるまでの期間を短縮することもできるため好ましい。前培養の期間としては、例えば腎臓皮膜下へ移植を行う場合の器官培養として、好ましくは1〜7日とすることが効率よく歯を再生するために好ましい。
【0048】
本発明の製造方法によって製造された歯は、内側に象牙質、外側にエナメル質という歯としての特有の細胞配置(構造)を有するものであり、また好ましくは、更に歯の先端(歯冠)と歯根という方向性も備えているものである。少なくともこのような特有の細胞配置、好ましくは細胞配置に加えて方向性を有することによって、歯としての機能も発揮できるものである。このため、歯の代替物として広く利用することが可能である。特に、自家の歯胚や組織に由来した間葉系細胞及び上皮系細胞を用いた場合には、拒絶反応による問題を回避しつつ使用することができる。また一般に移植抗原が適合した他人の歯胚に由来する細胞を用いる場合にも拒絶反応による問題を回避することが可能である。
【0049】
さらに本発明では、培養期間を延長させることによって、歯そのものに加えて、歯を顎骨上で支持し、固定化する歯槽骨や歯根膜などの歯周組織も形成させることができる。この結果、移植後に実用可能な歯を提供することが可能である。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、実施例中の%は、特に断らない限り、質量基準である。
【0051】
[参考例]
(歯胚間葉系細胞と歯胚上皮系細胞の調製)
歯の形成を行うために、歯胚の再構築を行った。この実験モデルとしてマウスを用いた。
C57BL/6Nマウス(日本クレアから購入)の胎齢14.5日、胚仔から下顎切歯歯胚組織を顕微鏡下で常法により摘出した。下顎切歯歯胚組織をCa2+,Mg2+不含リン酸緩衝液(PBS(−))で洗浄し、PBS(−)に最終濃度1.2U/mlのディスパーゼ II (Roche, Mannheim, Germany)を添加した酵素液で室温にて12.5分間処理した後、10%FCS(JRH Biosciences, Lenexa, KS)を添加したDMEM(Sigma, St. Louis, MO)で3回洗浄した。さらにDNase I溶液(Takara, Siga, Japan)を最終濃度70U/mlになるよう添加し歯胚組織を分散させ、25G注射針(Terumo, Tokyo, Japan)を用いて外科的に歯胚上皮組織と歯胚間葉組織を分離した。
【0052】
歯胚間葉系細胞は、上記により得られた歯胚間葉組織をPBS(−)で3回洗浄し、0.25%トリプシン (Sigma)、50U/mlのコラーゲナーゼ I (Worthington)を含むPBS(−)で37℃、10分間処理した。10%FCS添加DMEMで、細胞を3回洗浄した後、細胞に最終濃度70U/mlのDNase I(Takara)を添加して、ピペッティングにより単一の歯胚間葉系細胞を得た。
【0053】
一方、歯胚上皮系細胞は、上記により得られた歯胚上皮組織をPBS(−)で3回洗浄し、PBS(−)に最終濃度100U/mlのコラーゲナーゼ I(Worthington, Lakewood, NJ)を溶解した酵素液で37℃にて20分間の処理を2回繰り返した。遠心分離によって沈殿回収した細胞を、さらに0.25% トリプシン (Sigma)−PBS(−)で37℃、5分間処理した。10%FCS添加DMEMで、細胞を3回洗浄した後、細胞に最終濃度70U/mlのDNase I溶液を添加して、ピペッティングにより単一の歯胚上皮系細胞を得た。
【0054】
(再構成歯胚の作製)
シリコングリースを塗布した1.5mLマイクロチューブ(Eppendorf, Hamburg, Germany)に、10%FCS(JRH Biosciences) 添加DMEM(Sigma)で懸濁した歯胚上皮系細胞を入れ、遠心分離(580×g)により細胞を沈殿として回収した。遠心後の培養液の上清をできる限り除去し、再度遠心操作を行い、実体顕微鏡で観察しながら細胞の沈殿周囲に残存する培養液を GELoader Tip 0.5−20μL (eppendorf) を用いて完全に除去し、再構成歯胚作製に用いる細胞を準備した。
【0055】
(再構成歯胚の作製)
次に、上記で調製された歯胚上皮系細胞及び歯胚間葉系細胞を用いて、歯胚再構築を行った。
シリコングリースを塗布した1.5mLマイクロチューブ(Eppendorf, Hamburg, Germany)に、10%FCS(JRH Biosciences)添加DMEM(Sigma)で懸濁した歯胚上皮系細胞、あるいは歯胚間葉系細胞を入れ、遠心分離(580×g)により細胞を沈殿として回収した。遠心後の培養液の上清をできる限り除去し、再度遠心操作を行い、実体顕微鏡で観察しながら細胞の沈殿周囲に残存する培養液を GELoader Tip 0.5−20μL(eppendorf)を用いて完全に除去し、再構成歯胚作製に用いる細胞を準備した。
シリコングリースを塗布したペトリディッシュに、2.4mg/mlの濃度に上記培養液で調製したCellmatrix type I-A(Nitta gelatin, Osaka, Japan)を30μL滴下してコラーゲンゲル溶液のドロップ(ゲルドロップ)を作製した。この溶液に、歯胚間葉系細胞の遠心後の沈殿を、0.1−10μLのピペットチップ(Quality Scientific plastics)を用いて、0.2−0.3μLアプライして、細胞集合体としての細胞凝集塊を作製した。次いで、先に作製した歯胚間葉系細胞の細胞凝集塊に接するように、歯胚上皮系細胞を同様の方法によりアプライして細胞凝集塊を作製し、両者が互いに密接するようにして再構成歯胚を作製した。
【0056】
これを、図2を参照して説明する。
ピペットチップ16で先にゲルドロップ10内に配置された細胞凝集塊12は、ゲルドロップ10内で球体を構成する(図2(B)参照)。この後に他方の細胞凝集塊14を押し込むことによって、球体の細胞凝集塊12がつぶされて、他方の細胞凝集塊14を包むようになることが多い(図2(C)参照)。その後にゲルドロップ10を固化させることにより、細胞間の結合が強固になる(図2(D)参照)。
【0057】
(再構成歯胚の培養)
ゲルドロップ中で作製した再構成歯胚は、CO2インキュベーターに10分間静置してCellmatrix type I-A (Nitta Gelatin)を固化し、10%FCS(JRH) 添加DMEM(Sigma)にセルカルチャーインサート(ポアサイズが0.4ミクロンのPETメンブレン;BD, Franklin Lakes, NJ)が接するようにセットした培養容器のセルカルチャーインサートの膜上に、細胞凝集塊を支持担体である周囲のゲルと共に移して、18−24時間、器官培養した。培養後、周囲のゲルごと8週齢C57BL/6の腎皮膜下に移植して異所的な歯の発生を進行させて、歯を作製した。
【0058】
(組織学的解析)
移植後10日目に周囲の腎組織ごと再構成歯胚を摘出し、4%パラホルムアルデヒド−リン酸緩衝液で6時間固定した後、4.5%のEDTA(pH7.2)で24時間脱灰し、常法によりパラフィン包埋して、10μmの厚さで切片化した。各切片について、組織学的解析のために常法に従い、ヘマトキシリン−エオジン染色を行った。結果を図3に示す。
【0059】
図3に示されているように、間葉系細胞集合体と上皮系細胞集合体とを区画化して密着させることにより、内側に象牙質、外側にエナメル質を有する特有の細胞配置を備えた歯が4本形成されていることがわかる。
【0060】
[実施例1]
(再構成歯胚の作製)
参考例と同様にして、調製した歯胚上皮組織及び歯胚間葉系細胞を用いて、1つの歯胚から分離した上皮組織(エナメル結節を1つ含む)と、他の1つの歯胚から分離した間葉系組織由来の細胞凝集塊とを用いて、参考例と同様にして歯胚再構築を行った。特に上皮組織の歯胚における組織境界面側を、タングステン針を用いて上記細胞凝集塊に密着させた。
参考例と同様にして再構成歯胚を培養し、組織学的解析を行った。組織学的解析では、全切片サンプルの全領域を撮影し、画像解析ソフトウェア(imaris、Zeiss社製)を用いて組織構造を立体的に再構築して観察した。結果を図4に示す。
【0061】
図4に示すように、間葉系細胞集合体とエナメル結節を含む上皮組織とを密着させることにより、内側に象牙質、外側にエナメル質を有する特有の細胞配置を備えた歯が形成されていることがわかる。また、このとき上皮組織はエナメル結節を構成する細胞領域を1つ含んでいるので、1個の歯を作製することができた。
【0062】
[実施例2]
再構成歯胚の作製において、エナメル結節を含む上皮組織を2つ用いて、それぞれの上皮組織を1つの間葉系細胞凝集塊に密着させた以外は、実施例1と同様にして歯を作製し、組織学的解析を行った。尚、各上皮組織は別々の歯胚から分離したものを用いた。結果を図5に示す。
【0063】
図5に示すように、歯胚由来の間葉系細胞からなる細胞集合体に、エナメル結節を含む上皮組織を2つ接触配置して培養することにより、2個の歯を作製できることがわかる。すなわち、エナメル結節を含む上皮組織の数に応じた個数の歯を作製できることがわかる。
【0064】
[実施例3]
再構成歯胚の作製において、歯胚から分離した上皮組織の代わりに、歯胚上皮組織からエナメル結節以外の周辺組織を取り除いた部分組織を2個用いた以外は、実施例1と同様にして歯を製造し、組織学的解析を行った。尚、上記2つの部分組織は、別々の歯胚組織から分離したエナメル結節を含む歯胚上皮組織から、それぞれ組織中心部の肥厚したエナメル結節以外の領域を外科的に取り除いて作製した。結果を図6に示す。
【0065】
図6に示すように、歯胚由来の間葉系細胞からなる細胞集合体に、歯胚上皮組織からエナメル結節以外の周辺組織を取り除いた部分組織を2個接触配置して培養することにより、内側に象牙質、外側にエナメル質を有する特有の細胞配置を備えた歯が形成されていることがわかる。また、接触配置したエナメル結節の数に応じて、歯を2個作製できることがわかる。
【0066】
[実施例4]
(Shh発現細胞塊の作製)
常法により、Mouse Shh cDNA clone(Mouse IMAGE cDNA Clones, EMM1002、Open Biosystemsから購入)を制限酵素(EcoRI及びNotI)で処理してShh全長を含むDNAフラグメント(配列番号1)を得た。これを同じ制限酵素で処理したpMXs-IG vector(参考文献; Exp. Hematol., 2003, Vol.31, pp.1007-1014)へとサブクローニングした。得られたベクターを、FuGENE(商品名、Roche社製)を用いて、メーカ指定の方法でPLAT-E細胞(参考文献; Exp. Hematol., 2003, Vol.31, pp.1007-1014)へと導入した。PLAT-Eを10%FCS添加DMEMに1μg/mLのPuromycin (Sigma)と10μg/mLのBlastcidine (Invitrogen)を添加した培地で培養した。PLAT-Eの培養上清を用いて、C57BL/6Nマウス(日本エスエルシーから購入)の胎齢18.5日、胚仔由来の臼歯歯胚上皮細胞から樹立された細胞株に、前記ベクターを導入した。ベクターを導入した細胞株から、セルソーターEPICS ALTRA(Beckman, Fullerton, CA, USA)を用いてShh発現細胞を取得した。
得られたShh発現細胞について、下記表1に示したShh特異的プライマーペア(センスプライマー:配列番号2、アンチセンスプライマー:配列番号3)を用いて、Shhを発現していることを確認した。
【0067】
【表1】

【0068】
次いで、10%FCS添加DMEM/F12(Sigma)に10μg/mLのインスリンと10μg/mLのトランスフェリン(Sigma)を添加した培地でShh発現細胞の細胞懸濁液を調製し、300個/20μLの濃度の細胞懸濁液をシリコングリースにて縁取りした24穴培養プレートの底に、20μL滴下した。このプレートの上下を反転して、2日間培養し(ハンギングドロップ法)、300個の細胞からなるShh発現細胞塊を作製した。
【0069】
(再構成歯胚の作製)
実施例1と同様にして作製したゲルドロップ中の細胞凝集塊(歯胚由来の間葉系細胞集合体)上に、上記Shh発現細胞塊を押し付けた。更にその上にShh発現細胞塊とエナメル結節が重ならないように、エナメル結節を含む上皮組織を1個だけゲルドロップ中に移した後、組織の歯胚における組織境界面側を、タングステン針を用いて上記細胞凝集塊に密着させて再構成歯胚を作製した。
【0070】
実施例1と同様にして、再構成歯胚を培養し、歯を作製し、組織学的解析を行った。結果を図7に示す。
【0071】
図7に示すように、間葉系細胞集合体に、エナメル結節からなる細胞集合体に加えて、Shh発現細胞集合体を接触配置して培養することで、エナメル結節の接触部分に加えて、Shh発現細胞集合体の接触部分にも、歯冠の形成が誘導されることがわかる。すなわち、本発明においては作製する歯の形態の制御が可能であることがわかる。また、この場合においてもエナメル結節の個数に応じた個数の歯が形成されていることがわかる。
【0072】
[比較例1]
実施例1における再構成歯胚の作製において、エナメル結節を含む上皮系細胞からなる部分組織の代わりに、エナメル結節を外科的に除去した歯胚由来の上皮系細胞からなる部分組織を2個用いて、それぞれの部分組織が接触しないように間葉系細胞凝集塊に密着させた以外は、実施例1と同様にして歯を作製し、組織学的解析を行った。結果を図8に示す。
【0073】
図8より、歯胚由来の間葉系細胞からなる細胞集合体に、エナメル結節を取り除いた歯胚由来の上皮系細胞からなる細胞を接触配置して培養しても、歯の形成誘導が起こらないことがわかる。
【0074】
以上の結果を模式的に表した概念図(図9)で説明する。
エナメル結節を構成する細胞領域を含む1つの上皮組織と歯胚由来の間葉系細胞集合体から、1個の歯が形成される(図9(A)、実施例1)。また、エナメル結節を構成する細胞領域を含む上皮組織を2つ用いることで2個の歯が形成される(図9(B)、実施例2)。また、歯胚由来の上皮組織からエナメル結節を取り除くと、歯が形成されない(図9(C)、比較例1)。また、歯胚上皮組織からエナメル結節以外の周辺組織を取り除いた部分組織のみを2つ用いた場合も2個の歯が形成される(図9(D)、実施例3)。更に、エナメル結節を構成する細胞領域を含む1つの歯胚由来の上皮組織に加えて、Shh発現細胞集合体を用いることで、歯冠が2つ誘導された1個の歯が形成される(図9(E)、実施例4)。
【0075】
以上より、歯の形成誘導にはエナメル結節を構成する細胞領域からなる細胞集合体が必須であり、間葉系細胞集合体に接触配置したエナメル結節を構成する細胞領域からなる細胞集合体の個数に応じた個数の歯が作製できることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】歯胚の形成を模式的に表した概念図である。
【図2】(A)〜(D)は、本発明の参考例にかかる、歯胚由来間葉系細胞と上皮系細胞を用いた歯胚再構築の手順を概念的に示した図である。
【図3】本発明の参考例に係る断面染色像である。
【図4】本発明の実施例1により得られた歯を3つの異なる断面で撮影した断面染色像である。
【図5】本発明の実施例2により得られた歯を3つの異なる断面で撮影した断面染色像である。
【図6】本発明の実施例3により得られた歯を3つの異なる断面で撮影した断面染色像である。
【図7】本発明の実施例4により得られた歯を2つの異なる断面で撮影した断面染色像である。
【図8】本発明の比較例1により得られた培養後の再構成歯胚の断面染色像である。
【図9】(A)〜(D)は、それぞれエナメル結節を構成する細胞領域の有無及びShh発現領域と歯の形成を示す概念図である。
【符号の説明】
【0077】
10 ゲルパック(支持担体)
12 細胞凝集塊(第1の細胞集合体)
14 細胞凝集塊(第2の細胞集合体)
16 ピペットチップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持担体の内部に、少なくともいずれか一方が歯胚由来である間葉系細胞及び上皮系細胞のいずれか一方のみから実質的になる第1の細胞集合体と、いずれか他方のみから実質的になる第2の細胞集合体とを接触させて配置する配置工程と、
前記第1及び第2の細胞集合体を前記支持担体の内部で培養する培養工程とを含み、
前記上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体が、エナメル結節を構成する細胞領域を、目的とする歯の数と同一の数で含むものである歯の製造方法。
【請求項2】
前記第1の細胞集合体を調製する第1の調製工程と、前記第2の細胞集合体を調製する第2の調製工程とを、前記配置工程の前に含むことを特徴とする請求項1に記載の歯の製造方法。
【請求項3】
前記第1の細胞集合体及び前記第2の細胞集合体の少なくとも一方が単一細胞集合物であることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯の製造方法。
【請求項4】
前記培養工程を他の動物細胞の存在下に行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の歯の製造方法。
【請求項5】
前記培養工程を、歯周組織が形成されるまで継続することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の歯の製造方法。
【請求項6】
前記上皮系細胞のみから実質的になる細胞集合体が、ソニックヘッジホッグ遺伝子発現細胞で構成されたソニックヘッジホッグ遺伝子発現領域を更に含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の歯の製造方法。
【請求項7】
前記ソニックヘッジホッグ遺伝子発現領域の数を、目的とする歯の形態に応じて決定することを特徴とする請求項6に記載の歯の製造方法。
【請求項8】
前記ソニックヘッジホッグ遺伝子発現細胞が、上皮系細胞であることを特徴とする請求項6又は7記載の歯の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−29757(P2008−29757A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−209167(P2006−209167)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年2月1日〜3日 東京理科大学主催の「平成17年度、基礎工学研究科生物工学専攻 修士課程修士論文発表会」において文書をもって発表
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】