説明

殺菌対象系における微生物障害の防止方法

【課題】 殺菌対象系の殺菌対象物から単離した単離菌のバイオフィルム形成能を簡易的に、より短期間で正確に定量的に評価でき、当該単離菌に有効な工業用殺菌剤を殺菌対象系に添加して微生物障害を防止する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 殺菌対象系の殺菌対象物から単離した菌の懸濁液を培地とともに疎水性材料からなるマイクロチューブに採取し、貧栄養条件下で静置培養した後、バイオフィルムの有無を評価した結果に基づいて、バイオフィルムを形成する単離菌を識別し、バイオフィルムを形成する単離菌に対して有効な工業用殺菌剤を殺菌対象系に添加することを特徴とする殺菌対象系における微生物障害の防止方法により、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、各種工業用水、工業用製品等における微生物に由来する各種障害を的確に予防、抑制する微生物障害の防止方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、紙パルプ製造工程水や各種工業用冷却水、海水冷却水等の工業用水系において、細菌や真菌等の微生物に由来するスライムが発生し、生産品の品質低下や熱交換効率の低下などによる障害が知られている。また、多くの工業用製品、例えば金属加工油剤、繊維油剤、ペイント類、紙塗工液、ラテックス、糊剤等では、微生物による腐敗や汚染が発生し、製品を汚損する等の障害が発生している。
【0003】
これらの微生物による障害を防止するために、イソチアゾロン類、ジチオール類、ハロゲン化酢酸エステル類、ブロモニトロ化合物等の工業用殺菌剤、静菌剤、防腐剤等(以下「工業用殺菌剤」という。)が使用されている。従来、これらの工業用殺菌剤は、微生物障害を防止すべき系の微生物数を低減または増殖抑制させることを第一の指標として選択・処理されてきた。
【0004】
しかしながら、実際の製造現場、例えば、紙パルプ工業の抄紙工程においては、工業用殺菌剤の添加により、細菌等の微生物数が低下したにも関わらずスライムによるトラブルが多発したり、逆に微生物数が高いにも関わらずスライムによるトラブルが発生しないという、矛盾も多く経験されてきた。その一因として、耐性菌の出現や、当該水系に存在する微生物の種類により、スライムを形成する能力が異なることが考えられる。
【0005】
かかる観点から、特定の工程から検知されたスライム原因微生物と潜在性スライム原因微生物の両方に対して生育阻止作用又は殺菌作用を有する薬剤を添加することを特徴とするスライム発生防止方法(特許文献1参照)、工業用水系から採取した微生物サンプルから単離した菌をそれぞれセルロース繊維を含む液体培地中で培養して、スライムの形成状態を観察し、このスライム形成に関与する微生物に対して有効な殺菌剤を前記工業用水系に添加することを特徴とする工業用水系のスライム形成防止方法(特許文献2参照)、従来の生菌数測定法に代わって白水処理剤に対する抵抗性微生物の種類および発生源を、微生物DNAの塩基配列による微生物相解析とその存在比率から特定し、予め集積した薬剤検索データベースによって選定した発生源処理剤を発生源に対して添加するスライム抑制方法(特許文献3)が提案されている。
【0006】
しかし、特許文献1および3に記載の発明は、その評価に煩雑な工程や高額な機器等が必要になるという問題点が、また、特許文献2に記載の発明は、培地にパルプ繊維を加えて振とう培養しているため、振とうにより生じる液体の流動やパルプ繊維による影響により、生成したスライムは剥離しやすく、評価結果にばらつきを生じる問題点があった。
【0007】
一方、微生物が外的攻撃から身を守るため、細胞外に分泌生産される高分子物質(Extracellular Polymeric Substances; EPS)により、いわゆるバイオフィルムを形成することが知られている。このバイオフィルムは、一般に複数種からなる微生物群集から形成されており、例えば、バイオフィルムを形成した緑膿菌では抗生物質に対する耐性が浮遊細胞に比べて数百倍も上昇することが報告されている。また、感染性微生物に関するバイオフィルム研究や遺伝学的研究のためのメメカニズムの解明等を目的として、試験管あるいは多穴型マイクロプレートを用いて病原性微生物を静置培養し、容器内表面に接着している細胞を色素で染色後、溶媒に溶解してその吸光度を測定することにより、バイオフィルム形成能力を定量的に判定する方法が紹介されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0008】
また、バイオフィルムが、上記の工業用水系や工業用製品の微生物障害の要因であることも知られている(例えば、特許文献4参照)。したがって、バイオフィルムを形成する微生物を特定し、この微生物に有効な工業用殺菌剤を殺菌対象系に添加することが、直接的かつ的確にスライム障害を防止することができる点で好ましい。
【0009】
かかる観点から、実験室レベルで実際の工業用水系等に生じるバイオフィルムを再現する方法が提案されている。
たとえば、ステンレス製の容器に40メッシュの316ステンレス鋼製ワイヤーメッシュスクリーンのクーポンのラックに、培地と合成冷却水タワー水を入れ、冷却タワーから単離したバイオフィルム産生微生物の共同体を用いて、バイオフィルムを生じさせること、この方法を用いて各種酵素の活性を評価することが提案されている(特許文献5参照)。かかる公報の段落番号0031には、この方法を用いてバイオフィルムを生じさせるには7日から10日間が必要であったことが記載されている。
【0010】
また、バイオリアクター(連続流れ式攪拌タンク反応容器)を用いて、工業用プロセス水系に通常見出される微生物である Pseudomonas fluorescene を用いて、ガラス表面およびステンレススチール表面上で72時間を要して室温でバイオフィルムを形成させる方法およびこの方法を用いてバイオ分散剤の評価方法が提案されている(特許文献6参照)。
【0011】
さらに、寒天などの接種された増殖培地の上に配置された切片(ガラスまたはステンレススチール)上でバイオフィルムを培養する方法およびかかるバイオフィルム切片を使用して、バイオフィルムに対する殺菌剤の効力を定性的に評価する方法が提案されている(特許文献7参照)。かかる公報の段落番号0012には、この方法は、実験室の基本的な装置を利用し、高速(48時間)かつ単純、さらに再現性があることが記載されている。また、段落番号0020には、バイオフィルムを形成するためには適当な時間が必要であり、それは2週間までであること、好ましい時間は2〜3日であることが記載されている。
【0012】
【特許文献1】特許第3073855号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平9−57275号公報(特許請求の範囲、段落番号0007、実施例1)
【特許文献3】特開2003−20598号公報(特許請求の範囲、段落番号0010)
【特許文献4】特開平6−327495号公報(段落番号0002、0007参照)
【特許文献5】特開平6−262165号公報(特許請求の範囲、実施例1〜15)
【特許文献6】特開平10−80689号公報(段落番号0020、実施例1〜3)
【特許文献7】特開2003−502063号公報(特許請求の範囲、段落番号0007、0012、0019、0020、0030、0033)
【非特許文献1】日本農芸化学編/学会センター刊、定期刊行物「化学と生物」Vol.41(2003)No.1.32〜36頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来法においては、単離菌のバイオフィルム形成に2〜10日間の時間が必要となる。実際の現場で発生するバイオフィルムを形成する単離菌をより短期間で正確に識別できれば、その単離菌に有効な工業用殺菌剤を適用することにより、スライム障害を的確に予防、抑制できるので好ましい。
よって、この発明は、殺菌対象系の殺菌対象物から単離した単離菌のバイオフィルム形成能を簡易的に、より短期間で正確に定量的に評価でき、当該単離菌に有効な工業用殺菌剤を殺菌対象系に添加して微生物障害を防止する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明の発明者らは、かかる課題を解決するために各種微生物のバイオフィルム形成能を簡易的に、より短時間で実験室レベルにおいて正確に再現することができる方法について、鋭意研究した結果、殺菌対象系から採取した工業用水やスライム等から菌を単離して当該単離菌を貧栄養下の条件で、疎水性材料からなるチューブ内で培養することにより、極めて短期間(24時間以内)に当該チューブ内壁に一定の確実性をもってバイオフィルムが形成されることを見出した。さらに、この方法を利用して、簡便により短期間で再現性のある工業用殺菌剤のスクリーニングができる事実も見出した。かかる事実と、実際の各種工業用水、工業製品中でのスライム障害防除効果との相関性を確認し、この発明を完成させた。
【0015】
かくして、この発明によれば、殺菌対象系の殺菌対象物から単離した菌の懸濁液を培地とともに疎水性材料からなるマイクロチューブに採取し、貧栄養条件下で静置培養した後、バイオフィルムの有無を評価した結果に基づいて、バイオフィルムを形成する単離菌を識別し、バイオフィルムを形成する単離菌に対して有効な工業用殺菌剤を殺菌対象系に添加することを特徴とする殺菌対象系における微生物障害の防止方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
この発明によると、殺菌対象系の殺菌対象物から単離した単離菌のバイオフィルム形成能を簡易的に、より短期間で正確に定量的に評価できるとともに、当該単離菌に有効な工業用殺菌剤の種類、添加時期および添加量を選択して、殺菌対象系に適用実施することにより、各種工業用水、工業用製品等における微生物に由来する各種障害を的確に防止することができるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
この発明における殺菌対象系とは、微生物に由来するスライムにより各種の障害が発生する対象系を意味し、例えば、紙パルプ製造工程水、各種工業用冷却水、海水冷却水等の工業用水系、各種廃水ならびに金属加工油剤、繊維油剤、ペイント類、紙塗工液、ラテックス、糊剤等の工業用製品およびこれらの工業用製品を使用する工程等が挙げられる。
これらの殺菌対象系から採取した殺菌対象物としては、各種工業用水もしくは工業用製品または微生物由来の付着物をいう。
【0018】
この発明において、単離菌は、これらの各種工業用水もしくは工業用製品または微生物由来の付着物を希釈した後、まず、各種微生物を培養する際に慣用されている公知の培地、例えば普通寒天培地、アスパラギン・グルコース寒天培地、ブイヨン寒天培地、ツァペック氏寒天培地、デンプン寒天培地、卵寒天培地、ワックスマン寒天培地、ゼラチン寒天培地などに接種し、常法に従い、培養条件を保つことにより増殖、培養し、得られたコロニーを培養後、培地上に発生したコロニーから、必要に応じ顕微鏡等を用いて、各微生物を識別し、それを別々に採取することにより得られる。その後、単離菌は、例えばバイオログ用懸濁液に懸濁させ、培地とともに疎水性材料からなるマイクロチューブに採取する。
【0019】
この発明において用いられる培地としては、ブイヨン培地、ツァペック培地、デンプン培地、L培地、スタンダード培地等の公知の培地が挙げられ、菌種によって選択される。 次工程において貧栄養下で静置培養するためには、当該培地は、滅菌水または蒸留水で、5倍〜100倍、好ましくは、10倍〜50倍に希釈された希釈培地であるのが好ましい。また、短期間にバイオフィルムを形成させるためには、ツァペック培地またはL培地の希釈物を用いるのが好ましい。
単離菌の懸濁液と培地との総量は、50〜200μl程度、好ましくは50〜100μl程度であり、懸濁液は総量の0.1〜10重量%程度、好ましくは0.5〜1重量%程度である。
【0020】
この発明で用いられるマイクロチューブを構成する疎水性材料の「疎水性」とは、ガラスやステンレスに比較してより疎水性を有することを意味する。このような材料としては、例えば、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン等の熱可塑性樹脂が挙げられる。そのメカニズムは明らかではないが、経験的にガラスやステンレスに比較して、短期間で再現性のあるバイオフィルムを形成することができる。
【0021】
この発明は、少量の殺菌対象物でバイオフィルムを形成することを特徴とする。
マイクロチューブとしては、公知のものを使用することができ、多検体の試料を一括して評価できる点で、多穴型マイクロプレートを用いるのが特に好ましい。日本ベクトン・ディッキンソン株式会社や株式会社パーキンエルマージャッパンから市販されているマイクロチューブやマイクロプレートを好適に使用できる。
【0022】
この発明において「貧栄養条件」とは、実質的に培地が希釈され、希釈前の培地と比較して、貧栄養の状態であることを意味する。前工程の説明で記載したように、貧栄養条件を、滅菌水または蒸留水で5倍〜100倍に希釈した希釈培地を用いることにより設定するのが好ましい。
静置培養の条件としては、短期間にバイオフィルムの有無を評価できる点で、20〜50℃が好ましく、殺菌対象系の条件に合わせる意味で、温度条件を殺菌対象系の温度条件に設定してもよい。
【0023】
また、培養時間は、12〜72時間程度、好ましくは24時間程度である。なお、振とう培養した場合には、液体の流動により生成したバイオフィルムが剥離して、評価結果にばらつきが生じることがあるため好ましくない。
【0024】
この発明において、バイオフィルムの評価は、静置培養した後、染色液を用いてバイオフィルムを染色し、目視で行なってもよいが、マイクロチューブ内を純水等で洗浄、乾燥し、染色されたバイオフィルムを溶媒に溶解させ、得られた溶液の吸光度を測定することにより行うのが、より客観的な定量評価ができる点で好ましい。染色液は、菌種や用いた培地などにより適宜選択され、クリスタルバイオレット、メチレンブルーなどの塩基性色素が好適に使用できる。また、染色されたバイオフィルムを溶解するための溶媒としては、ジメチルスルホキシド、アルコール類等の色素を溶解する溶媒であれば特に限定されない。吸光度の測定において、その波長は染色液の種類により適宜設定すればよく、例えば染色液として、クリスタルバイオレットを使用した場合には、波長を590nmに設定すればよい。用いる測定機器は特に限定されないが、マイクロプレートリーダーなどで測定するのが簡便で好ましい。
上記のように、バイオフィルムを形成する単離菌を識別した後、当該単離菌に対して有効な工業用殺菌剤を添加することにより、殺菌対象系における微生物障害を防止することができる。
【0025】
この発明において、バイオフィルムを形成する単離菌を殺菌するために有効な殺菌剤の選択は、公知のスクリーニング方法、例えば、工業用殺菌剤を添加した後の生菌数を測定することにより適宜選択することができる。なお、より正確に有効な殺菌剤を選択するためには、バイオフィルムを形成する単離菌の懸濁物に複数種の工業用殺菌剤を既知量で個別に添加した後、得られた複数の懸濁液を個別に培地とともに疎水性材料からなるマイクロチューブに採取し、貧栄養条件下で静置培養した後、バイオフィルムの有無により、有効な工業用殺菌剤を選定する方法が好ましい。
【0026】
添加する工業用殺菌剤としては、特に限定されず公知の殺菌剤が使用できる。たとえば、有機窒素硫黄系殺菌剤としては、メチレンビスチオシアネート、エチレンビスチオシアネート等のアルキレンビスチオシアネート;5−クロル−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、4,5-ジクロロ−2−n−オクチル−イソチアゾリン−3−オン、2−n−オクチル−イソチアゾリン−3−オン、1,2−ベンゾイソチアゾリン−3−オン等の3−イソチアゾロン系化合物、3−イソチアゾロン系化合物と金属塩とのコンプレックス;クロラミンT、N,N−ジメチル−N’−(フルオロジクロルメチルチオ)−N’−フェニルスルファミド等のスルホンアミド系化合物;2−(チオシアノメチルチオ)ベンゾチアゾール、2−メルカプトベンゾチアゾールナトリウム等のチアゾール系化合物等が挙げられる。
【0027】
有機ブロム系殺菌剤としては、2−ブロモ−2−ニトロプロパン−1,3−ジオール、1,1-ジブロモ−1−ニトロ−2−プロパノール、2,2-ジブロモ−2−ニトロ−1−エタノール、1,1-ジブロモ−1−ニトロ−2−アセトキシエタン、1,1-ジブロモ−1−ニトロ−2−アセトキシプロパン、2−ブロモ−2−ニトロ−1,3-ジアセトキシ−プロパン、トリブロモニトロメタン等の有機ブロモニトロ系化合物;2,2−ジブロモ−3−ニトリロプロピオンアミド、2−ブロモ−2−ブロモメチル−グルタロニトリル等の有機ブロムシアノ系化合物;1,2−ビス−(ブロモアセトキシ)−エタン、1,2−ビス−(ブロモアセトキシ)−プロパン、1,4−ビス−(ブロモアセトキシ)−2−ブテン、1,2,3,−トリスブロモアセトキシプロパン等の有機ブロム酢酸エステル又はアミド類;有機ブロモスルホン系化合物としてビストリブロモメチルスルホン等があげられる。
【0028】
有機窒素系殺菌剤としては、1−ブロモ−3−クロロ−5,5−ジメチルヒダントイン、1,3−ジブロモ−5,5−ジエチルヒダントイン、1,3−ジブロモ−5−メチル−5−ブチルヒダントイン、1−ブロモ−3−クロロヒダントイン等のヒダントイン化合物;5−クロロ−2,4,6−トリフルオロイソフタロニトリル、5−クロロ−2,4−ジフルオロ−6−メトキシイソフタロニトリル等のイソフタロニトリル化合物;ヘキサヒドロ−1,3、5−トリエチル−s−トリアジン、ヘキサヒドロ−1,3、5−トリス−(2−ヒドロキシエチル)−s−トリアジン等のs−トリアジン系化合物;α−クロロベンズアルドキシム、ジクロログリオキシム等のハロゲン化オキシム系化合物;ジクロロイソシアネート、ジクロロイソシアヌール酸ナトリウム、トリクロロイソシアヌール酸等の塩素化イソシアヌール酸系化合物;塩化ベンザルコニウム等の第4級アンモニウム化合物;N−(2−ヒドロキシプロピル)−アミノメタノール、2−(ヒドロキシメチルアミノ)エタノール等のアミノアルコール系化合物;2−ピリジンチオールナトリウムオキシド等が挙げられる。
【0029】
有機硫黄系殺菌剤としては、3,3,4,4−テトラクロロテトラヒドロチオフェン−1,1−ジオキシド、4,5−ジクロロ−1,2−ジチオール−3−オン等があげられる。また、その他の公知の殺菌剤としては、グルタルジアルデヒド、過酸化水素、次亜塩素酸塩、次亜臭素酸塩等が挙げられる。
これらの工業用殺菌剤の添加量は、実際の殺菌対象系に添加する添加量であり、通常、0.1〜500mg/リットルの範囲から選択される。
【実施例】
【0030】
この発明を以下の試験例によりさらに詳しく説明するが、これらの試験例によりこの発明が限定されるものではない。
【0031】
試験例1(貧栄養下条件での静置培養によるバイオフィルム形成能試験)
A製紙会社抄紙工程の循環系白水の1次スクリーンに付着したスライムから単離した菌を用いて、通常のL培地および純水で10倍希釈したL培地を使用して静置培養することにより、バイオフィルム形成能を試験した。
【0032】
(試験方法)
採取スライムを希釈してスタンダード培地で培養した。得られたコロニーを無作為に4個採取し、BUG培地(BiOLOG UNIVERSAL GROUTH AGAR:前培養培地)に単離した。単離生育した菌をさらにBUG培地に植え継いだ。一晩培養したコロニーから菌体をバイオログ用懸濁液に懸濁させた。
【0033】
96穴マイクロタイタープレート(FALCON353911:96ウェル、U底、蓋なし、ポリ塩化ビニル製)の各ウェルに、通常のL培地と純水で10倍希釈したL培地(滅菌済み)を各100μl注ぎ、そこへ上記菌体懸濁液1μlを各培地に添加した。その後、乾燥を防止するため、マイクロタイタープレートをガラス製のシャーレに入れ、37℃に調節した高温槽で静置培養した。24時間後、各ウェルの培地を除去し、純水で洗浄した後、70℃に調整した高温槽で5〜10分間乾燥させた。次いで、各ウェルに1%クリスタルバイオレット溶液(溶媒:エチルアルコール)を100μl加え、室温で20分間放置しバイオフィルムを染色した。その後、各ウェルのクリスタルバイオレット溶液を除き、各ウェルの内壁の染色状態を目視で観察し、バイオフィルム(BF)の有無を判断した。一方、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を各ウェルに100μl加え、室温で5分間放置し、クリスタルバイオレットで染色されたバイオフィルムを溶解させた。その後、得られた溶液の590nmにおける吸光度(abs) を測定した。なお、吸光度が1.0absを越える場合には、溶液を任意にDMSOで希釈して、吸光度を再測定した。得られた結果を、単離菌ごとに表1に示す。
【0034】
L培地の組成は以下のとおりである。
L培地(Lennox培地)の組成:Bacto-Tryptone 10g
Bacto-Yeast extract 5g
NaCl 5g
ブドウ糖 1g
蒸留水 1000ml
pH 7.2
【0035】
【表1】

【0036】
注)得られた吸光度から次の基準でバイオフィルム形成能を判定した。
吸光度:0.67abs未満 −(形成能なし)
0.67以上1.33abs未満 ±
1.33abs以上 +(形成能あり)
【0037】
(考察)
表1および上記の判定基準から、純水で10倍希釈したL培地の貧栄養条件下で、単離菌を静置培養することにより、微量の試料により短期間でバイオフィルムが形成されることがわかる。
【0038】
実施例1(殺菌対象系における微生物障害の腐敗対策試験)
B製紙会社の外添サイズ液循環系において2,2−ジブロモ−2−ニトロエタノールを7.5mg/リットル、15分間を1日に6回添加していたが、微生物腐敗による変色と沈殿物が発生し障害となっていた。そこで、外添サイズ液の正常品と異常品をそれぞれ入手して単離し、各々のスライム形成能を調査した上で代表的な菌に対する薬剤効果を調べた。その結果を踏まえ、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンと2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンとの重量比3:1の混合物を2.5mg/リットル、15分間を1日に6回当該外添サイズ液循環系に添加したところ、微生物腐敗による変色と沈殿物がなくなり、微生物腐敗を防止することが出来た。試験方法と試験結果を下記に示す。
【0039】
(試験方法)
外添サイズ液の正常品と異常品(変色と沈殿が生じたもの)をそれぞれ入手し、スタンダード培地を用いて生育してきたコロニーから10個無作為に採取してBUG培地に単離した。各菌種とその割合を表2に示す。
単離菌のうち、代表的な菌種として正常品ではRoseomonas fauriaeを、異常品ではVibrio proteolyticusとChryseobacterium balustinumをそれぞれ用いて試験例1と同様に、純水で10倍希釈したL培地(滅菌済み)を用いて、貧栄養下条件での静置培養によるバイオフィルム形成能試験を実施した。その結果を表3に示す。正常品から検出されたRoseomonas fauriaeはバイオフィルム形成能がほとんどないのに対して、異常品から検出されたVibrio proteolyticusとChryseobacterium balustinumは高いバイオフィルム形成能を有していることが分かった。
【0040】
そこで、pH8.9になるよう純水にホウ酸、塩化カリウム、水酸化ナトリウムを加えて調整した調整物に、正常品から検出されたRoseomonas fauriaeと異常品から検出されたVibrio proteolyticusとChryseobacterium balustinumとをそれぞれ別々に採取した。その後、各種工業用殺菌剤を添加して、30℃で2時間と24時間振とう培養し、各時間における生菌数を測定した。試験結果を表4〜表6に示す。なお、表4は正常品から検出されたRoseomonas fauriaeに対する薬剤効果を、表5は異常品から検出されたVibrio proteolyticusに対する薬剤効果を、表6は異常品から検出されたChryseobacterium balustinumに対する薬剤効果をそれぞれ示す。
【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
【表4】

【0044】
【表5】

【0045】
【表6】

【0046】
(考察)
表4〜表6の試験結果から、2,2−ジブロモ−2−ニトロエタノールでは正常品から検出されたRoseomonas fauriaeに比べ、異常品から検出されたVibrio proteolyticusとChryseobacterium balustinumでは、明らかに同一濃度で薬剤に対する殺菌効果が菌種によって異なり、バイオフィルム形成能の高い菌に対して効き難くなっていることが分かる。
一方、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンと2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンとの重量比3:1の混合物では、Roseomonas fauriae(正常品から検出)、Vibrio proteolyticusとChryseobacterium balustinum(異常品から検出)ともに薬剤に対する殺菌効果がほぼ同じであり、バイオフィルム形成能の高い菌に対しても有効に作用していることが分かる。
【0047】
実施例2(殺菌対象系における微生物障害の防止確認試験)
C製紙会社抄紙工程の白水循環系において1,4−ビス−(ブロモアセトキシ)−2−ブテンを60mg/リットル、20分間を1日に4回添加していたところ、抄紙用具にスライムが付着し、障害が起きていた。白水の性状を調査するとpH5.35、亜硫酸イオン濃度40ppmであった。このスライムから単離した菌を用いてスライム形成能を調査し、形成能の高い菌に対する薬剤選定を実施し、その結果を踏まえて2−ブロモ−2−ニトロ−1,3−ジアセトキシ−プロパンを白水循環系において45mg/リットル、20分間を1日に4回添加したところ、40日操業しても抄紙用具にスライムが全く付着しなくなった。試験方法と試験結果を下記に示す。
【0048】
(試験方法)
抄紙用具に付着していたスライムを希釈してスタンダード培地を用い、生育してきたコロニーから10個無作為に採取してBUG培地に単離し、各単離菌について試験例1と同様に、純水で10倍希釈したL培地(滅菌済み)を用いて、貧栄養下条件での静置培養によるバイオフィルム形成能試験を実施した。その結果を表7に示す。その結果から、Rhizobium radiobacterとBurkholderia vietnamiensisがバイオフィルムの形成能があることが判明した。
そこで、Rhizobium radiobacterとBurkholderia vietnamiensisについて、各種工業用殺菌剤のスクリーニングを行った。
【0049】
すなわち、 pH5.4になるよう純水にリン酸水素ニナトリウムとクエン酸で調整した調整物に、更に亜硫酸ナトリウムで亜硫酸イオン濃度として40ppmになるように加えた後に、単離菌Rhizobium radiobacterとBurkholderia vietnamiensisをそれぞれ別々に採取した。その後、各種工業用殺菌剤を添加し、40℃で20分間振とう培養して各時間における生菌数を測定した。
【0050】
同時に、96穴マイクロタイタープレート(FALCON353911:96ウェル、U底、蓋なし、ポリ塩化ビニル製)の各ウェルに、純水で10倍希釈したL培地(滅菌済み)を各100μl注ぎ、上記生菌数を測定した後の試料1μlを各培地に添加した。その後、乾燥を防止するため、マイクロタイタープレートをガラス製のシャーレに入れ、37℃に調節した高温槽で静置培養した。24時間後、各ウェルの培地を除去し、純水で洗浄した後、70℃に調整した高温槽で5〜10分間乾燥させた。次いで、各ウェルに1%クリスタルバイオレット溶液(溶媒:エチルアルコール)を100μl加え、室温で20分間放置した。その後、各ウェルのクリスタルバイオレット溶液を除き、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を各ウェルに100μl加え、室温で5分間放置し、クリスタルバイオレットで染色されたバイオフィルムを溶解させた。その後、得られた溶液の590nmにおける吸光度(abs) を測定した。なお、吸光度が1.0absを越える場合には、溶液を任意にDMSOで希釈して、吸光度を再測定した。試験例1と同様の基準でバイオフィルム形成能を判定した。各試験結果を併せて表8および表9に示す。なお、表8はRhizobium radiobacterに対する薬剤効果を、表9はBurkholderia vietnamiensisに対する薬剤効果をそれぞれ示す。
【0051】
【表7】

【0052】
【表8】

【0053】
【表9】

【0054】
(考察)
表8および表9の試験結果から、1,4−ビス−(ブロモアセトキシ)−2−ブテンに比べ2−ブロモ−2−ニトロ−1,3−ジアセトキシ−プロパンが低濃度でバイオフィルムの形成を阻害しているのが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
殺菌対象系の殺菌対象物から単離した菌の懸濁液を培地とともに疎水性材料からなるマイクロチューブに採取し、貧栄養条件下で静置培養した後、バイオフィルムの有無を評価した結果に基づいて、バイオフィルムを形成する単離菌を識別し、バイオフィルムを形成する単離菌に対して有効な工業用殺菌剤を殺菌対象系に添加することを特徴とする殺菌対象系における微生物障害の防止方法。
【請求項2】
殺菌対象系が、紙・パルプの製造工程水系または工業用冷却水系である請求項1に記載の微生物障害の防止方法。
【請求項3】
殺菌対象物が、工業用水、スライムまたは工業製品である請求項1または2に記載の微生物障害の防止方法。
【請求項4】
バイオフィルムを形成する単離菌の懸濁物に複数種の工業用殺菌剤を既知量で個別に添加した後、得られた複数の懸濁液を個別に培地とともに疎水性材料からなるマイクロチューブに採取し、貧栄養条件下で静置培養した後、バイオフィルムの有無により、有効な工業用殺菌剤を選定する請求項1〜3のいずれか1つに記載の微生物障害の防止方法。
【請求項5】
疎水性材料が、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンから選ばれた熱可塑性樹脂である請求項1〜4のいずれか1つに記載の微生物障害の防止方法。
【請求項6】
貧栄養条件を、滅菌水または蒸留水で5〜100倍に希釈した希釈培地を用いることにより設定する請求項1〜5のいずれか1つに記載の微生物障害の防止方法。
【請求項7】
温度25〜50℃で、24時間静置培養する請求項1〜6のいずれか1つに記載の微生物障害の防止方法。
【請求項8】
静置培養した後、染色液を用いてバイオフィルムを染色した後、マイクロチューブ内を洗浄、乾燥し、染色されたバイオフィルムを溶媒に溶解させて、得られた溶液の吸光度を測定することにより、バイオフィルムの有無を評価する請求項1〜7のいずれか1つに記載の微生物障害の防止方法。




【公開番号】特開2006−55693(P2006−55693A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−237314(P2004−237314)
【出願日】平成16年8月17日(2004.8.17)
【出願人】(000154727)株式会社片山化学工業研究所 (82)
【Fターム(参考)】