説明

水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物

【課題】
経時による褐変を抑制された水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物。
【解決手段】
水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物に水溶性還元剤を配合することにより、経時による褐変を抑制し、安定化された水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経時による褐変を抑制された、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物に関する。さらに詳しくは、水溶性還元剤を用いることにより、経時による褐変を抑制し、安定性を向上させた水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
蚕から吐き出される繭糸は、結晶性の高いフィブロインと非結晶性のセリシンという2種類のタンパク質から構成され、セリシンは2本のフィブロインを取り囲むように膠着して存在している。このうち、精練によってセリシンを取り除いたフィブロインを主体とする繊維がいわゆる絹糸であり、古くから衣料用材料として用いられてきた。また、フィブロインは保湿作用、放湿作用、メラニン色素合成阻害作用、紫外線吸収作用、皮膚細胞生育促進効果、創傷治癒効果などの優れた性質から、食品、医薬品、医薬部外品、化粧品などへの応用もさかんである。一方セリシンは、従来何ら価値のないものとして廃棄されてきたが、近年、保湿作用、抗酸化作用、皮膚炎症防止作用、チロシナーゼ活性阻害作用、コラーゲン産生促進作用、大腸癌抑制作用、皮膚癌抑制作用など優れた性質を有することが明らかになってきた。これに伴い、食品、医薬品、医薬部外品、化粧品などへの応用が試みられ、その一部は実用化されている。
【0003】
これらシルクタンパク質は、通常、加水分解などにより一旦水溶液として回収した後、目的に応じて、液状、ゲル状、膜状、粉末状、スポンジ状など、さまざまな形状に加工され、食品、医薬品、医薬部外品、化粧品などとして提供される。しかしながら、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物は、経時的に、特に高温条件下、光照射条件下において褐変を起こすという安定性上の問題があった。
【0004】
一般的に、褐変が起こる反応機構には酵素的褐変反応と非酵素的褐変反応がある。水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物の褐変が起こる反応機構は完全には解明されていないが、非酵素的褐変反応の一種であるアミノ−カルボニル反応によるものであると考えられる。繭糸は、フィブロイン及びセリシンの二つのタンパク質から成る純粋に近いタンパク質繊維であるが、その他にも炭水化物やロウ質物、無機成分等を少量含んでいる。繭層繊維は約1.5%の糖を含み、大部分がセリシン中に存在すること、セリシンのセリン残基にグルコースがグルコシド結合で結合していることが明らかになっている。つまり、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物中にはグルコースがセリン残基に結合しているセリシンが含有されているため、アミノ−カルボニル反応が起こると考えられる。このために水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物の褐変が生じると考えられる。
【0005】
この褐変反応に影響する因子としては、温度(加熱温度及び時間、貯蔵温度及び時間)、成分組成(反応物、水分量)、pH、酸素量、共存物質(SH基等の還元性物質等)等が知られている。その中でも特に、水分活性、共存物、温度、pHが重要である。例えば[非特許文献1]によれば、水分活性を0.4以下にすること、また金属との共存で褐変促進作用がある場合があるためこれを除くこと、温度の制御が最も有効な抑制手段であり温度を10℃以下とすること、等により褐変を抑制できることが記載されている。しかしながら、一般に含水組成物、例えば皮膚外用剤や食品等の水分活性をこのレベルまで脱水すること、さらに製造工程を考慮すると温度を10℃以下に保つことは困難である。また、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物の場合には、金属封鎖剤(キレート剤)を共存させても、褐変の抑制は達成されなかった。
【非特許文献1】現代の食品化学 並木満夫ら編 三共出版(株)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような現状に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物において起こり得る経時的褐変を、シルクタンパク質が有する優れた性質を何ら阻害することなく、有効に抑制された含水組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物に水溶性還元剤を配合することにより、該含水組成物において起こり得る経時的褐変を抑制し、安定性を向上させることができることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物に水溶性還元剤を配合することを特徴とする、経時による褐変を抑制された水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物である。
水溶性シルクタンパク質としては、セリシンであることが好ましい。
水溶性還元剤は、亜硫酸、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、チオ硫酸およびチオ硫酸塩からなる群より選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
含水組成物の形態は、皮膚外用剤であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物において起こり得る経時的褐変を、シルクタンパク質が有する優れた性質を何ら阻害することなく有効に抑制することができ、従って、保存安定性に優れた含水組成物を提供することができる。
【0010】
本発明の含水組成物は、水溶性シルクタンパク質を含有する食品、医薬品、医薬部外品、化粧品など各種含水組成物として、またはその原料として使用でき、その安定性を向上させることができるため極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明においてシルクタンパク質とは、繭糸を構成する2種類のタンパク質であるフィブロインおよびセリシンの総称として用いるものとする。このうち非結晶性のセリシンは水溶性であり、繭糸や生糸を熱水で煮沸処理することにより水中に溶出させることができる。このとき、必要に応じて酸、アルカリまたは酵素を併用してセリシンを部分加水分解してもよい(したがって本発明においてセリシンという場合、非加水分解セリシンの他に、加水分解セリシンをも包含するものである)。この溶出液を分離精製することにより、高純度のセリシン水溶液を得ることができる。ここで用いられる分離精製法は特に限定されるものでなく、例えば、塩析、有機溶媒沈殿、等電点沈殿、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、逆浸透、透析など公知の方法を単独で、あるいは組み合わせて用いることができる。さらに、熱風乾燥、減圧乾燥、凍結乾燥などにより乾燥し、固体としてもよい。
【0012】
なお、より過酷な条件で酸、アルカリ、または酵素を作用させることにより、セリシンのみならずフィブロインをも加水分解することが可能であり、セリシンおよびフィブロインの混合水溶液を得ることができる。
【0013】
一方、セリシンを溶出させて残るフィブロインは結晶性が高く、本来、水不溶性であるが、中性塩水溶液で処理して分子間の水素結合を弱めることにより、中性塩水溶液に溶解させることができる。次いで透析により脱塩することにより、高純度のフィブロイン水溶液を得ることができる。ただし、脱塩したものはフィブロイン分子同士の接触により再度水素結合が形成されて水溶液がゲル化したり、さらに多くの水素結合が形成されてフィブロインが析出したりする虞があるため、取り扱いに注意を要する。
【0014】
また、上記フィブロイン溶解液、あるいは高純度のフィブロイン水溶液に、酸、アルカリ、または酵素を作用させて、フィブロインを部分加水分解してもよい(したがって、本発明において水溶性フィブロインという場合、非加水分解水溶性フィブロインの他に、加水分解水溶性フィブロインをも包含するものである)。さらに、熱風乾燥、減圧乾燥、凍結乾燥などにより乾燥し、固体としてもよい。加水分解によりフィブロインの水溶性が増すため、固体として回収されたものであっても、容易に含水組成物に含有させることができる。
【0015】
以上より明らかなように、本発明において水溶性シルクタンパク質とは、水溶性フィブロインおよび水溶性セリシン(単にセリシンという場合もある)の総称として用いられ、これらは単独であっても混合物の状態であっても構わない。水溶性フィブロインと水溶性セリシンの機能性は比較的似ているが、それらのアミノ酸組成を比較すると、水溶性セリシンのアミノ酸組成はヒトの皮膚角質層にあるNMF(天然保湿因子)に非常によく似ており吸湿性や保湿性に優れていること、さらにはフィブロインと比較して水溶液とした際の安定性が優れており、取り扱いが容易であることから、水溶性セリシンが好ましい。
【0016】
さらに、水溶性セリシンの好ましい平均分子量としては3,000〜200,000であり、より好ましい平均分子量としては5,000〜50,000である。平均分子量が3,000未満であると水溶性セリシンの有する様々な作用効果が低下する虞がある。平均分子量が200,000を越えると適宜用いられる皮膚外用剤原料、食品原料との混合性が不良となる虞がある。また、水溶性セリシンはその構成アミノ酸としてセリンを20〜40モル%含有するものが好ましく、24〜35モル%含有するものがより好ましい。セリン含有量が20モル%未満であると、セリシンの有用な作用効果が低下する虞がある。水溶性セリシンは天然物由来のものであることから(セリン含有量32モル%前後)、セリン含有量は最大でも40モル%である。
【0017】
本発明の含水組成物としては、上記水溶性シルクタンパク質を水に溶解した状態で含有するものであれば特に限定されない。最も単純な含水組成物は、水溶液シルクタンパク質の単独水溶液であり、各種製品の原料となり得るものである。また、水溶性シルクタンパク質の濃度を高めることにより、ゲル、あるいは膜を得ることができる。これらは、医用材料や化粧用材料、環境適合材料、機能性材料としての用途が期待される。さらに、任意成分を適宜配合し、最終製品として提供される食品、医薬品、医薬部外品、化粧品などであることもできる。なかでも、製品としてその外観が重要な要素であり、褐変することにより製品のイメージが大きくダウンしてしまうことから、皮膚外用剤であることが好ましい。皮膚外用剤として具体的には、化粧水、乳液、美容液、入浴剤、油/水型の乳化化粧料、水/油型の乳化化粧料、クリーム、クレンジングクリーム、パック剤、洗浄料、ファンデーションなどの化粧料など、医薬部外品あるいは化粧品に属する製品を挙げることができる。
【0018】
水溶性シルクタンパク質の含有量は、含水組成物の形態や目的によって適宜調整することができる。例えば水溶液の場合、水溶性シルクタンパク質の分子量や水溶液の温度によっても異なるが、水溶性シルクタンパク質の含有量は0.0001〜50重量%であることが好ましく、より好ましくは0.001〜30重量%である。含有量が0.0001重量%未満の場合は含水組成物の褐変は認識できない程度であり、許容範囲とみなせる。含有量が50重量%を越えると、使用条件によっては粘度が増大し、水溶液としての取り扱いの容易さを損なうこととなる。
【0019】
また、皮膚外用剤の場合の含有量は、皮膚外用剤全量に対して0.0001〜20重量%であることが好ましく、より好ましくは0.001〜5重量%である。含有量が0.0001重量%未満であると水溶性シルクタンパク質の作用効果が十分に得られない虞がある。含有量が20重量%を越えると作用効果に顕著な差が認められないばかりか、製剤安定性が低下する虞がある。
【0020】
本発明は、上記含水組成物に水溶性還元剤を配合することにより、該含水組成物において起こり得る経時的褐変を抑制しようとするものである。
本発明において用いられる水溶性還元剤としては、亜硫酸、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、チオ硫酸およびチオ硫酸塩等からなる群より選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。塩として具体的には、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸カリウム、亜硫酸カルシウム、亜硫酸アンモニウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸水素カリウム、亜硫酸水素カルシウム、亜硫酸水素アンモニウム、亜硫酸水素バリウム、チオ硫酸ナトリウム、チオ硫酸カリウム、チオ硫酸カルシウム、チオ硫酸アンモニウム、チオ硫酸バリウム等を挙げることができる。なかでも、食品添加物として用いられる亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、塩の種類としてはナトリウム塩、カリウム塩が好ましく、製造コストを考慮すると亜硫酸ナトリウムが特に好ましい。
【0021】
水溶性還元剤の配合量は、その種類や、水溶性シルクタンパク質の含有量によって異なるが、含水組成物全量に対して、0.03〜2重量%であることが好ましく、より好ましくは0.05〜0.5重量%である。配合量が0.03重量%未満であると、高温で長期保存した時の褐変抑制効果が不十分となる。配合量が2重量%を越えると、効果に顕著な差が認められないばかりか、安定性が低下する虞がある。
【0022】
本発明の水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物は、用途に応じてその他の成分を適宜配合し、皮膚外用剤として用いることができる。このようなその他の成分としては、化粧品、医薬部外品、医薬品等に用いられる各種の配合成分、例えば、油剤(炭化水素類、エステル油、エーテル油、高級脂肪酸、高級アルコール等)、保湿剤(グリセリン、1,3−ブチレングリコール、ヒアルロン酸等)、増粘剤、皮膜形成剤、脂肪酸、界面活性剤、粉体、粘土鉱物、無機塩、抗酸化剤、防腐剤、色素、紫外線吸収剤、香料等が挙げられる。
【0023】
また、皮膚外用剤と同様に、水溶性シルクタンパク質を含有する組成物は、用途に応じてその他の成分を適宜配合し、食品としても用いることができる。このようなその他の成分としては、うどん、そうめん等の麺類、お粥、清涼飲料、ゼリー状飲料等の飲料、その他の一般的な飲食品類に用いられる各種の成分、例えば、穀類、甘味料、ミネラル、ビタミン、ゲル化剤、酸味料、香料、乳化香料、着色料、油脂、食物繊維、オリゴ糖、糖アルコール、果汁等が挙げられる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものでない。
【0025】
[水溶性シルクタンパク質の調製]
蚕繭をバシルス属酵母(Bacillus licheniformis)由来の細菌性アルカリプロテアーゼを用いてpH8.0、55℃で1時間処理し、セリシンを部分加水分解して溶出させる。溶出液を減圧濃縮し、次いで2倍溶量のエタノールを添加してセリシンを析出させた後、濾別、乾燥し、セリシンを主成分とする水溶性シルクタンパク質を得た。なお、この水溶性シルクタンパク質の平均分子量は約13,000で、アミノ酸組成としてセリンを35モル%含有していた。
【0026】
[シルクタンパク質水溶液の調製]
前記水溶性シルクタンパク質5gを精製水95gに溶解し、シルクタンパク質水溶液とした。
【0027】
[試験例1]
シルクタンパク質水溶液20、40、または60重量%(水溶性シルクタンパク質;1、2、または3重量%に相当);亜硫酸ナトリウム0、0.05、0.1、0.5、または1重量%;メチルパラベン0.23重量%;および精製水残量よりなる含水組成物を調製し、50mlのガラス製容器に50ml充填して密閉した。次いでこれを50℃で4週間保存した。保存後のサンプルについて、5℃で4週間保存したサンプルを標準品として、以下の評価基準で色調の変化を評価した。結果を表1に示す。
◎ 標準品と比較して全く変化なし
○ 標準品と比較して僅かに差異が認められる
△ 標準品と比較して差異が認められる
× 標準品と比較して著しく差異が認められる
【0028】
【表1】

【0029】
[試験例2]
次に、皮膚外用剤として化粧水の例を示す。また、化粧水として使用される弱酸性域でpHを変化させた場合の褐変抑制効果を評価した。表2および表3に示す組成の含水組成物を調製し(それぞれ実施例:a1〜a11および比較例:b1〜b11とする)、50mlのガラス製容器に50ml充填して密閉した。なお、これらの含水組成物は、25℃で精製水または緩衝液に全ての成分を順次添加して、混合、均一化することにより調製した。次いでこれを50℃で4週間保存した。保存後のサンプルについて、5℃で4週間保存したサンプルを標準品として、試験例1と同様の評価基準で色調の変化を評価した。結果を表2および表3に示す。
【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
[試験例3]
更に、皮膚外用剤として美容液の例を示す。表4に示す組成の含水組成物(それぞれ実施例:c1〜c4および比較例:d1〜d4とする)を調製し、50mlのガラス製容器に50ml充填して密閉した。なお、これらの含水組成物は、精製水にキサンタンガム、カルボキシビニルポリマーを均一に溶解した後、残りの成分を順次添加して、混合、均一化することにより調製した。次いでこれを50℃で4週間保存した。保存後のサンプルについて、5℃で4週間保存したサンプルを標準品として、試験例1と同様の評価基準で色調の変化を評価した。結果を表4に示す。
【0033】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性シルクタンパク質を含有する含水組成物に水溶性還元剤を添加することよりなる、経時による褐変を抑制された含水組成物。
【請求項2】
水溶性シルクタンパク質が、セリシンである、請求項1に記載の含水組成物。
【請求項3】
水溶性還元剤が、亜硫酸、チオ硫酸又はそれらの塩類、亜硫酸水素塩、から選択される少なくとも一種であることを特徴とする、請求項1または2に記載の含水組成物。
【請求項4】
皮膚外用剤として用いられる、請求項1に記載の含水組成物。

【公開番号】特開2006−232787(P2006−232787A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−53791(P2005−53791)
【出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】