説明

水溶性亜鉛を含むカキ肉エキスの製造方法

【課題】カキ肉に含まれる亜鉛を水溶性の形態とし、体内に吸収されやすい亜鉛を含有するカキ肉エキスを得る。
【解決手段】生カキ肉を1時間熱水抽出し、熱水抽出液とカキ肉残渣を得た。熱水抽出液を加熱濃縮し、エタノールを加えてカキ肉エキスを得た。一方、乾燥させたカキ肉残渣に塩酸を加え、pHを4以下に維持して酸可溶性画分を抽出し、中和して沈澱物を得た。この沈澱物を乾燥して亜鉛濃度約98,000ppmの固形分得た。この固形分を塩酸液に投入して溶解し、前記のエタノールを添加して得たカキ肉エキスを加えて撹拌、中和してドラムドライヤーで乾燥して固形物を得た。この固形物を粉砕して水溶性亜鉛を含有する粉末状のカキ肉エキスを得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体に必須の微量金属である亜鉛を水溶性亜鉛の形態とした亜鉛の形態を多様化させたカキ肉エキスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛やマンガンの欠乏が味覚異常や成長異常を引き起こすこともあり、近年微量ミネラルが重要であることが広く認識され、関心が高まっている。
微量ミネラルを効率よく補給することは、生活習慣病などの疾病を予防するために重要である。
【0003】
カキは、種々の栄養素を豊富に含んだ完全栄養食品であり、カキ肉エキスを錠剤化した健康食品が数多く市販されている。これらの健康食品は、栄養素を抽出するために、カキ肉を水、または熱水で抽出したエキスであり、タウリン、グリコーゲンなどの水溶性のものが多く含まれている。一方、亜鉛を初めとするミネラルは、水或いは熱水抽出によっては抽出されなかった。
【0004】
亜鉛については、特許文献1(特許3429726号公報)に示されるように、カキ肉を熱水抽出してエキスを抽出した後の残渣に酸を添加してpHを2〜4の酸性に調整し、固液分離をおこなって得た抽出液を中和して不溶性画分を沈澱させることによって亜鉛を大量に含むカキ肉エキスを得た。また、この方法によって得られたカキ肉エキス中の亜鉛は、分子量3000〜5000の位置にあるペプチドと結合していることが確認され、体内に吸収されやすい形態でカキ肉エキス中に存在しているものである。
【特許文献1】特許3429726号公報
【特許文献2】特許3267962号公報
【特許文献3】特許3559487号公報
【特許文献4】特許3358386号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
亜鉛等のミネラルは無機質であるため吸収されにくく、一般に摂取量の20〜30%程度が体内に吸収されるにすぎない。従って、単にミネラル含有補助食品を摂取しても、体内に吸収されずに排出されてしまい意味がなく、体内に吸収される形態での亜鉛の摂取が重要である。
亜鉛は、腸にある亜鉛吸収因子(Zinc Transporter)と結合することによって体内に吸収されるものであるが、亜鉛の吸収力が低下する原因としては、この亜鉛吸収因子の減少や吸収阻害物質の影響が挙げられる。
亜鉛吸収因子は複数種類あり、亜鉛の形態に対応した因子が存在すると考えられ、ある亜鉛吸収因子が機能しなくなると、その因子に対応した形態の亜鉛が吸収されなくなる。
【0006】
このようなことから、単一の形態の亜鉛を補給するだけでは、その形態に対応した吸収因子が減少したり、吸収阻害をうけたりすると、亜鉛の吸収が低下すると考えられる。つまり、亜鉛を補給する上で重要なことは、様々な形態の亜鉛を摂取することである。複数の形態の亜鉛が含まれていれば、特定の形態の亜鉛に対応した吸収因子が機能しなくなっても他の形態に対応した亜鉛吸収因子が亜鉛を吸収するので、吸収の阻害を受けた分を補うことができ、トータルとして必要な亜鉛の量の吸収が可能である。
一例を挙げると、じょく創患者への治療法において、複数種の亜鉛(ポラプレジンクおよびグルコン酸亜鉛)を用いたほうが良い治療結果が得られたという報告がある。
【0007】
一方、亜鉛の吸収阻害因子としてはフィチン酸や食物繊維が知られているが、これらは日常の食事に多量に含まれているものであり、食事から排除することは不可能といってよい。
フィチン酸による亜鉛の吸収の阻害を緩和する方法として金属キレート剤(EDTA等)を適量用いることが知られており、金属キレート以外によって亜鉛の吸収阻害を緩和することも亜鉛補給において重要であると考えられる。
以上のことから亜鉛の補給を効率的におこなうためには、以下の2点を考慮する必要がある。
(1)複数の形態の亜鉛を摂取する。
(2)吸収阻害因子の影響を受けにくい形態の亜鉛を摂取する。
以上のことから、本発明は、カキ肉からエキスを抽出するにあたり、水溶性の亜鉛を多く含み、微量ミネラルが体内に効率よく吸収されると共に亜鉛の吸収阻害因子の影響を受けにくい形態の亜鉛を含有するカキ肉エキスの製法の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
生カキ肉を熱水抽出してエキスを抽出した後の残渣に酸を添加してpHを2〜4に調整し、固液分離をおこなって得た抽出液を中和して得た不溶性画分を、熱水抽出して得たエキスと混合して酸を加えてpHを3以下とした後、中和して乾燥することによって水溶性亜鉛を含むカキ肉エキスを得るものである。
【0009】
溶液を酸性にするには、塩酸、硫酸、リン酸などの無機酸やクエン酸、酢酸などの有機酸が使用でき、酸の種類は制限されない。
カキ肉はpH緩衝作用を有するので、pHを4以下にまで下げないと、溶液を酸性に保つことができず、酸可溶性画分の抽出が効率よくおこなわれない。
抽出時間は、少なくとも1時間以上、好ましくは24時間である。
【0010】
抽出温度は、特に制限されないが、室温で行うことが好ましい。低温では抽出効率が低下し、逆に、高温ではカキ肉が加水分解を起こし不要な成分まで抽出されるので好ましくない。
【0011】
この抽出液にアルカリを加えてpH7前後に中和する。抽出液のpHを7前後に調整すると沈澱が生成され、不溶性画分が得られる。この不溶性画分を加熱濃縮、または、遠心分離などで回収する。更にこの不溶性画分を水で洗浄した後に加熱乾燥してカキ肉エキスを得る。抽出液から分離される固体分は、2〜5重量%程度である。得られたカキ肉エキスは、乾燥重量で、亜鉛を3〜14重量%を含有する。
【0012】
生カキ肉に直接酸を作用させて酸可溶性画分を抽出してもよいが、カキの内臓に含まれる重金属、クロロフィル関連化合物、不要なたんぱく質などが抽出されたり、有害な物質を含有している可能性があるので、カキ肉を熱湯処理してもよい。また、熱水抽出などの処理工程を経た後のカキ肉を利用することも可能である。
【0013】
カキ肉の熱水抽出物に亜鉛画分を混合し、塩酸等の酸でpHを3以下に調整する。この工程で亜鉛画分が水溶性化し、(乾燥前)エキス中に含まれるアミノ酸やたんぱく質などと反応する。その後アルカリで中和し、ドラムドライやスプレードライ等の一般的な乾燥方法で乾燥・粉砕してパウダーを得る。この乾燥パウダー中の亜鉛は、一部が水溶性化した状態に維持されており、微量ミネラルとして体内に吸収されやすい状態である。
たんぱく質等をより高濃度に含有する抽出物を得る目的で、カキ肉を熱水抽出し、抽出液にエタノールを添加して得た沈殿物からなるカキ肉エキス(特公平4−63672号公報参照)を用いてもよい。
【発明の効果】
【0014】
従来のカキ肉エキスに含まれる水溶性亜鉛は、亜鉛全体の約30%であったのに対し、本発明の方法によって製造したカキ肉エキスでは、水溶性亜鉛の割合は約52%である。このうちの約54%は新規な形態の水溶性亜鉛である。このように、本発明によって得られる亜鉛の形態が従来のカキ肉エキスの製法によって得られたものに比較して多様化しており、特定の亜鉛吸収因子が機能不全になったり、また、吸収が阻害されても、他の形態の亜鉛が存在するため不足分を補填することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
実施例1
図1の工程図に示すように、生カキ肉1,600kgに対して水4,000kg加え、約90℃で1時間熱水抽出し、ろ過によって熱水抽出液4,800kgとカキ肉残渣800kgを得た。熱水抽出液を加熱濃縮することによってBrix37の濃縮した熱水抽出液480kgを得た。これにエタノール433Lを加えて沈殿を生じさせ、カキ肉エキス沈澱物408kgを得た。
【0016】
一方、熱水抽出した後のカキ肉残渣800kgを加熱して乾燥させ、乾燥カキ肉300kgを得た。この乾燥カキ肉に水2,046kgと塩酸69kgを加え、pHを4以下に維持して約18時間静置して酸可溶性画分を抽出して抽出液1,600kgを得た。この酸性抽出液に水酸化ナトリウムを約30kg加えて中和した。中和することによって生じた沈澱物15kgを得た。この沈澱物を加熱乾燥して亜鉛濃度約98,000ppmの固形分3.76kgを得た。
【0017】
この固形分を35%塩酸9.6kgに水を加えて希釈した液に投入して溶解した。これに前記の生カキ肉の熱水抽出物にエタノールを添加して得られたカキ肉エキス408kgを加えて攪拌した。このときのpHは1.18であった。
水酸化ナトリウム約8.16kgを加えて中和した後、ドラムドライヤーで水分を除去して固形物を得た。この固形物を粉砕して水溶性亜鉛を含有する粉末状のカキ肉エキス139.7kgを得た。
この粉末状のエキスから複数のサンプルを取り、亜鉛含有量を原子吸光光度法で測定した。また、水溶性亜鉛の割合を以下に記載の方法で測定した。その結果を表1に示す。
【0018】
<水溶性亜鉛の測定方法>
サンプル1gに対して20倍量の水を加え、1500rpmで10分間遠心分離し、上清中の亜鉛量を原子吸光光度計で測定し、サンプル全体の亜鉛量で割って水溶性亜鉛の割合を算出した。
【0019】
【表1】

【0020】
実施例2
実施例1で得られた酸性抽出液を乾燥せずに液体の状態のもの4.52kgに塩酸2.72kgを加え、さらに実施例1と同様に生カキ肉の熱水抽出エキス85kgを加えて攪拌した。このときのpHは1.6であった。これに水酸化ナトリウム約2.5kgを加えて中和した後、ドラムドライヤーにて乾燥した。乾燥後粉砕して粉末状の水溶性亜鉛含有カキ肉エキス20.12kgを得た。
この粉末状のカキ肉エキスからサンプルをとり、亜鉛含有量を原子吸光光度法で測定した。また、水溶性亜鉛の割合を前記の方法で測定した。その結果を表2に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
<ラットにおける水溶性亜鉛画分の亜鉛吸収におよぼす影響試験>
亜鉛をフィチン酸と結合させて不溶化し、その吸収を著しく低下させた。フィチン酸はEDTA以上の金属キレート作用があるが、食品添加物として様々な用途で多くの加工食品に使用されている。この亜鉛の吸収阻害物質であるフィチン酸を同時に摂取する状態を想定し、カキ肉エキスに含まれる亜鉛の形態の違いに基づく亜鉛の栄養有効性を検定した。
【0023】
<試験方法>
カキ肉エキスに含まれる亜鉛の形態の違いによる亜鉛の栄養有性について以下の方法で試験した。
4週齢のWistar雄性ラットを用いた。飼料中の亜鉛濃度を20ppmとし、フィチン酸濃度を0.2%、0.5%、1.0%として与えた。亜鉛源として、(a)硫酸亜鉛、(b)従来のカキ肉エキス亜鉛、(c)本発明によるカキ肉エキスに含まれる水溶性亜鉛の3種類を用いた。
4週間の飼育期間終了後、ラットの肝臓、胸腺、脾臓、腎臓、脛骨、精巣、血清、体毛、小腸、盲腸の組織亜鉛濃度を測定した。小腸は全長を8等分し、小腸上部から下部の順に(1)〜(8)とし、(a),(b),(c)の形態の亜鉛濃度を測定した。小腸(1)は十二指腸、小腸(3)は空腸、小腸(8)は回腸に相当する。
【0024】
<結果>
各臓器中の亜鉛含有量を測定した結果のグラフを図2に示す。縦軸はいずれも臓器中の亜鉛濃度(μg/g)、横軸は飼料中のフィチン酸濃度(重量%)を表す。グラフ中、丸(●)は硫酸亜鉛群、四角(■)は従来のカキ肉エキス群、三角(▲)は水溶性亜鉛群を示す。
【0025】
各種臓器中の亜鉛濃度と飼料中のフィチン酸濃度との関係を、最小二乗法によりy=ax+bの形の一次関数式を求めた。ここで、yは亜鉛濃度、xは飼料中フィチン酸濃度、aは直線の傾き、bはy切片を表す。
aの値が大きいということは、飼料中フィチン酸濃度(x)の変化に対して臓器中の亜鉛濃度(y)の変化が急激に現れることを意味する。試験結果では、亜鉛濃度とフィチン酸濃度の関係の場合、反比例の関係にあり、aが負の値である。
【0026】
飼料中のフィチン酸濃度(x)が高くなるについて臓器における亜鉛濃度(y)が低くなり、フィチン酸による吸収阻害が起こっていることを示している。傾き(a)の絶対値が大きくなれば、それだけフィチン酸の影響を大きく受けていると考えられるので直線の傾き(a)の絶対値で各種亜鉛の有効性を評価した。
表3に各直線の傾きの絶対値を示す。水溶性亜鉛群の値はいずれも他の亜鉛に比較すると小さく、フィチン酸の影響を受けにくいことを示している。また、表3の下段には、硫酸亜鉛の傾きを基準(100%)とし、他の亜鉛群の傾きを百分率で表した。水溶性亜鉛は脛骨、体毛、血清、腸1においては80%前後の値であり、硫酸亜鉛と比較して2割程度の吸収阻害抑制効果が発揮されているといえる。
【0027】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の製法のフロー図。
【図2】ラットの各組織中の亜鉛濃度を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カキ肉をpH4以下の酸性にしてカキ肉の酸可溶性画分を溶出させた抽出液を中和して酸可溶性画分を沈澱分離して得た沈殿物と、カキ肉エキスを混合して酸性にして静置し、中和して沈澱物を分離し、沈澱物を乾燥させる水溶性亜鉛を含むカキ肉エキスの製造方法。
【請求項2】
請求項1において、カキ肉は、生カキ肉の熱水抽出後の残渣である水溶性亜鉛を含むカキ肉エキスの製造方法。
【請求項3】
請求項1または2において、カキ肉エキスは、生カキ肉を熱水抽出した抽出液にエタノールを加えた沈殿物である水溶性亜鉛を含むカキ肉エキスの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3記載のいずれかの方法によって得た水溶性亜鉛を含むカキ肉エキス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−57455(P2010−57455A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−228766(P2008−228766)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【特許番号】特許第4328842号(P4328842)
【特許公報発行日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(394020963)日本クリニック株式会社 (4)
【Fターム(参考)】