説明

水生生物の卵質の遺伝子診断法

【課題】魚類の良質卵関連遺伝子群の網羅的単離方法および単離された遺伝子群を用いた卵質の診断方法を提供することを課題とする。
【解決手段】遺伝子のサブトラクション解析によって、良質卵関連遺伝子群を網羅的に単離し、この遺伝子群を用いたマイクアレイ等を作製することで卵質の診断方法を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類の良質卵関連遺伝子の網羅的な単離方法およびその利用に関するものである。さらに詳しくは、正常卵と不良卵から調整した全RNAあるいはmRNA、またはそれらから逆転写酵素等によって得られた全DNAあるいはcDNAを用いた差分化(サブトラクション)解析を行うことで、良質卵関連遺伝子群(Normal Egg Associated Transcripts:NEAT)を単離し、それらを利用して卵質の診断方法や卵質改善技術を開発することで、増養殖対象魚の安定的・効率的な種苗生産を可能とすることに関する。
【背景技術】
【0002】
日本国内において、消費者ニーズの多様化によって多岐に渡る魚種での種苗生産技術および飼育技術の確立が強く望まれている。また、世界的にも天然資源に依存しない安定的な種苗量産技術および飼育技術の確立が求められている。このため、近年飛躍的に増大した内分泌学的知見をもとに、ホルモンによる養殖対象魚種の人為催熟技術の開発がなされてきた(非特許文献1)。とりわけ、効率的なホルモンの投与方法の開発は著しく、実用化された種々の方法が実際の種苗生産現場で使用されている(非特許文献2)。
【0003】
さらに、魚類のホルモン投与時期においても、事前に親魚の卵径に基づいた採卵成績予測(排卵時間、卵量、卵質)を行う安定的および効率的な採卵方法が提案されている(特許文献1)。この方法では、ホルモン投与時に親魚から一部採取した卵の卵径に基づいて、ホルモン投与から排卵に至るまでの経過時間を調査したり、ホルモン投与により得られる卵量と卵質を調査したりすることで、採卵成績予測データを作成し、作成した採卵成績予測データに基づいて、採卵と人工授精を最適なタイミングで実施できるようにし、また、実際に使用する個体の選定と使用数量の決定を可能にしている。
【0004】
このように多くの養殖対象魚種で人為催熟が可能となったが、催熟によって得られた卵からは、発生・形態異常魚が高頻度で発生する等の生産者にとって新たな問題が生じている。例えば、本発明者らは、我が国の養殖最重要魚種の一つであるニホンウナギにおいて、孵化後10日目の生残個体のうち半数で心臓肥大等のなんらかの形態異常や初期胚の発生異常があることを見いだしている(非特許文献3)。また、マダイの人工種苗では、ほとんどの個体で鼻(鼻孔隔皮)の形成に異常があることが判明している(非特許文献4)。このように良質な種苗が安定的に得られない原因の一つは、これまでの種苗生産技術が産卵などの繁殖特性を指標とした所謂「いかにして養殖対象魚種から卵や精子を得るか」に主眼をおいた技術開発に終始してきた点にある。このため今後は対象魚種の配偶子形成のみならず、得られた卵の質や仔稚魚の質も考慮した技術開発が重要と考えられる。
【0005】
卵質とは、排卵された卵のうちどれぐらいの割合の卵が健康な稚仔魚に育つかを示したもので、得られた卵や仔稚魚の質を科学的に評価するにあたって最も重要な指標となる。一般に、卵が健康な稚仔魚に育つまでには、卵黄形成後の卵が1)正常に卵成熟・排卵し、2)排卵した卵が精子と正常に受精し、3)受精卵が正常な卵割や胚発生を遂げて、最終的に4)仔魚が正常に発育しなければならない。このため、これまで、それぞれの段階を数値化した1)排卵率、2)受精率、3)正常卵割率・孵化率および4)孵化後の正常仔魚生残率等が卵質の診断に用いられてきた。しかし、これらの診断方法は死滅や変異などの表現型に基くため、厳密性や普遍性に欠けるという問題があった。例えば、本発明者らは、ニホンウナギにおいて、これまで卵質の指標として一般的に使用されてきた受精率や孵化率が必ずしも稚仔魚における正常発生率とは相関しないことを明らかにしている(非特許文献3)。そこで、水産増養殖上、卵質を評価するために、より直接的で普遍的な
卵質評価マーカーの単離とそれを用いた診断方法の開発が求められている。
【0006】
近年、ゼブラフィッシュで発生に関わる突然変異体の大規模スクリーニングが行われ、発生異常に係わる原因遺伝子の染色体マッピング、およびその同定が行われてきた。その結果、単離された原因遺伝子の多くが、卵の形成の時に母親の遺伝子から転写され、卵中に蓄えられる母性遺伝子(母性mRNA)であることが明らかとなっている(非特許文献5)。さらに、これら母性遺伝子の質的または量的な異常が、種々の形態異常、例えば前頭部欠落、上顎の形成不全、体節変形などと密接に関連していることがトランスジェニック魚を用いた解析によって見出されている(非特許文献6、7)。したがって、正常発生に関わる母性遺伝子群をスクリーニングできれば、新たな卵質評価マーカーとなりうる良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングすることが可能となる。さらに、得られたcDNAを利用すれば、DNAチップや抗体などの作製が可能となり、被検卵での良質卵関連遺伝子の質的・量的な解析が遺伝子レベルまたはタンパク質レベルで可能となり、それに基づいた卵質診断法の開発が期待できる。
【特許文献1】特開2006−109918号公報
【非特許文献1】足立伸次 成熟・産卵の人為的制御と卵質 月刊海洋 32(2):120−126,2000
【非特許文献2】Yamaguchi S., Kagawa H., Gen K., Okuzawa K., Matsuyama M. Silicone implants for delivery of estradiol−17・ and 11−ketotestosterone to red seabream Pagrus major Aquaculture 239 (1−4), 485−496. 2004
【非特許文献3】黒川忠英、鵜沼辰哉、宇治督、玄浩一郎、野村和晴、田中秀樹、人工生産ウナギ初期仔魚にみられる形態異常 平成18年度日本水産学会大会講演要旨集 262, 2006
【非特許文献4】安楽和彦、舛田知子、川村軍蔵、Ralph R. Mana、人工種苗マダイの鼻孔隔皮形成過程 日本水産学会誌65(3): 501−502, 1999
【非特許文献5】Pelegri F. Maternal factors in zebrafish development. Developmental dynamics 228(3), 535−554. 2003
【非特許文献6】Dosch R., Wagner DS., Mintzer KA., Runke G., Wiemelt AP., Mullins MC. Maternal control of vertebrate development before the midblastula transition: mutants from the zebrafish I. Developmental cell 6(6), 771−780.2004
【非特許文献7】Wagner DS., Dosch R., Mintzer KA., Wiemelt AP., Mullins MC. Maternal control of development at the midblastula transition and beyond: mutants from the zebrafish II. Developmental cell 6(6), 781−790.2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、種苗生産現場では人為催熟によって得られた稚仔魚の形態異常が大きな問題となっており、解決すべき緊急課題となっている。しかし、魚類の形態異常の発症メカニズムは様々な因子が関与していることから非常に複雑であり、発症のメカニズムは未
だ解明されていない。特に、魚類の胚発生または形態形成と密接に関連していると考えられている母性遺伝子に関する解明は未だ、遅々として進んでいない。
【0008】
他方、もし魚類の正常発生に関与する母性遺伝子群が明らかにされれば、当該遺伝子群の機能解析を通じて、母性遺伝子群による胚発生や形態形成の分子機構の詳細がより一層明らかにされる。さらに、これにより得られる知見の活用によって、例えば増養殖対象魚種において、母性遺伝子の異常によって引き起こされる発生・形態異常の発症メカニズムの研究やそれを用いた卵質の診断法などの開発にも利用できる可能性があり、人為催熟技術や種苗生産技術等において幅広い利用が期待できる。
【0009】
このような状況を鑑みて、本発明は、魚類の良質卵関連遺伝子群の網羅的単離方法および単離された遺伝子群を用いた卵質の診断方法を提供することを課題としている。より詳細には、魚類の良質卵に関連する母性遺伝子群を網羅的・効率的に単離し、非検査卵について、関連遺伝子群の遺伝子レベルまたはタンパク質レベルでの定性検査や発現量の定量によって、被検卵について卵質を簡便に診断できる新たな方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために、個別飼育に基づく魚類の仔魚の発生・形態異常率測定法を開発し、この方法を用いて各親魚から得られた卵から生じる種々の発生・形態異常を解析してきた。そして、それら解析から親魚ごとに発生・形態異常の種類が異なること、また、発生・形態異常が見られた不良卵を異なる雄由来の精子と受精させても同様の異常が生じることを見いだし、発生・形態異常が出現する不良卵では、胚発生や形態形成に重要な母性遺伝子が有効に機能していないことを示唆した。このような研究背景をもとで鋭意検討した結果、正常卵と不良卵を用いた遺伝子のサブトラクション解析によって、良質卵関連遺伝子群の網羅的な単離ができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は産業上有用な下記第1から第13の発明を包含するものである。
【0012】
第1には、良質卵に存在する母性遺伝子を網羅的にクローニングする方法によって、正常な胚発生または形態形成を示す卵に存在する魚類の良質卵関連遺伝子群(Normal
Egg Associated Transcripts: NEAT)を網羅的にクローニングする方法を提供する。
【0013】
第2には、良質卵に存在する母性遺伝子を網羅的にクローニングする方法が、正常卵と不良卵から調整した全RNAあるいはmRNA、またはそれらから逆転写酵素等によって得られた全DNAあるいはcDNAを用いた差分化(サブトラクション)解析によるものである、正常な胚発生または形態形成を示す卵に存在する魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法を提供する。
【0014】
第3には、正常卵由来の遺伝子ライブラリーと不良卵由来の遺伝子を用いたサブトラクション法が採用される第1または第2に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法を提供し、第4には、PCRを用いるディファレンシャル・ディスプレイ法が採用される第1または第2に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法を提供する。
【0015】
第5には、ディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法が採用される第1または第2に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法を提供し、第6には、第1から第5のいずれかに記載の方法によりクローニングされる魚類の良質卵関連遺伝子群も提供する。
【0016】
第7には、魚類の良質卵関連遺伝子によってコードされるタンパク質であって、第1から第5のいずれかに記載の方法によりクローニングされるクローンから産生される組換えタンパク質または未受精卵から精製されたタンパク質である、魚類の良質卵関連遺伝子によってコードされるタンパク質を提供し、第8には、第6に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群をプローブとすることを特徴とするマイクロアレイを提供する。
【0017】
また、第9には、第7に記載のタンパク質に対する抗体を提供し、第10には、第8に記載のマイクロアレイ、定量的RT−PCR法またはノーザンブロット法のいずれかを用いて、被検卵における良質卵関連遺伝子群を定性的または定量的に解析する方法を提供する。
【0018】
第11には、第9に記載の抗体を用いて、良質卵関連遺伝子群のタンパク質の発現レベルを定量的に解析する方法を提供し、第12には、第8に記載のマイクロアレイ、定量的RT−PCR法またはノーザンブロット法のいずれかを用いて、人為催熟の過程における遺伝子の動態をモニタリングし、良質卵を合理的に生産するための卵質改善法をスクリーニングする方法を提供する。
さらに、第13には、第9に記載の抗体を用いて、人為催熟の過程におけるタンパク質の動態をモニタリングし、良質卵を合理的に生産するための卵質改善法をスクリーニングする方法を提供する。
【発明の効果】
【0019】
上記のように、本発明に係わる良質卵関連遺伝子群の網羅的単離によって、増養殖対象魚種の被検卵におけるそれら遺伝子群の遺伝子レベルまたはタンパク質の発現レベルが、正常卵のそれの範囲内に含まれるのか否かについて、正確かつ簡便に診断することができる。このため、本発明に係わる診断方法を用いることで、被検卵が健康な稚仔魚に育つ卵であるかどうかを未受精卵の段階で診断できるという効果を奏する。さらに、母性遺伝子群の卵への蓄積は卵黄形成の初期から始まることから、非常に早い段階で親魚が生産する卵の質についても評価できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、魚類の良質卵関連遺伝子の網羅的な単離方法およびそれを利用した卵質の診断方法を提供するものである。そこで、本発明に係わる良質卵関連遺伝子群の単離方法および、その方法によって単離された遺伝子を利用する卵質の診断方法について説明する。
【0021】
<良質卵関連遺伝子の網羅的の単離方法>
本発明に係わる良質卵関連遺伝子の単離方法は、魚類の発生や形態形成に関与する母性遺伝子を、正常卵と不良卵とのサブトラクション解析によって単離・同定する方法である。従って、少なくとも単離方法を含んでいればよく、その他の具体的な工程、材料、条件等は下記に限定されるものではない。
なお、本実施の形態では主にニホンウナギ由来の良質卵関連遺伝子群をあげて説明しているが、本発明の対象とする魚種はニホンウナギに限られるものではない。例えば、マダイ等のスズキ目、ヒラメ等のカレイ目、マイワシ等のニシン目、トラフグ等のフグ目、サケ科魚類等が挙げられる。具体的にはトラフグ、ブリ、カンパチ、チョウザメ、マイワシ、サケ科魚類等が挙げられる。
【0022】
ここで、本発明の「良質卵」とは、正常な胚発生または形態形成を示す正常卵のことをいう。また、本発明の「不良卵」とは、異常な胚発生または形態形成において異常を示す卵のことをいう。
本発明の「良質卵関連遺伝子」とは、魚類の卵質に関与する遺伝子群のうち、正常な胚
発生や形態形成に係わる母性遺伝子群のことをいい、正常卵には存在するが不良卵には存在しない遺伝子群、正常卵および不良卵のいずれにも存在するが、正常卵にのみ発現する遺伝子群や、正常卵にのみ発現量が多い遺伝子群等をさす。
【0023】
本発明に係わる良質卵関連遺伝子群は、対象とする魚類の稚仔魚で発生・形態異常がみられなかった未受精卵から得られるDNA、RNAのことをいい、mRNA自体や、それに逆転写酵素等を用いてmRNAから得られるcDNAであってもよい。また、魚類のゲノムDNA中に含まれる形態、例えばイントロン等の非コード配列を含むDNA等であってもよい。さらに、遺伝子配列情報をもとに、該配列を持つポリヌクレオチドをDNA合成機等によって化学合成したものや、合成ポリヌクレオチド受託サービスを利用して取得したものであってもよい。
【0024】
本発明に係わる良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法としては、従来公知の方法を利用することが可能である。例えば、正常卵cDNAライブラリーとビオチン化標識した不良卵由来のmRNAを用いたサブトラクション法によって魚類の発生や形態形成に係わる母性遺伝子を網羅的にクローニングすることで、良質卵関連遺伝子群を単離する方法を用いることができる。正常卵由来の遺伝子ライブラリーに用いる遺伝子や、サブトラクション法に用いる不良卵由来の遺伝子としては、mRNA以外にDNA、cDNA、RNAのいずれも用いることができる。なお、遺伝子ライブラリーの構築に用い得る公知の方法としては、いずれの方法も用いることができるが、例えば、正常卵から調整したmRNAから逆転写反応によって得られたcDNAを用いたリンカープライマー法等に従って構築することができる。
【0025】
本発明のサブトラクション法には、公知のいずれの方法も用いることができるが、発現量の差のある遺伝子を網羅的に単離するという点において、わずかな発現量の差のある分子でも単離できる高効率なサブトラクション法を用いることが好ましい。
この高効率なサブトラクション法として、例えば近年、Koboriらによって開発された、ある状態Aの細胞から調整したcDNAライブラリーと、それとは異なる状態Bの細胞由来のmRNAを用いることで、両者に共通の不必要な遺伝子を効率的に除外し、わずかな発現量の差のある分子でも単離できるという「高効率cDNAサブトラクション法」(参考文献1、参照)等を用いることが好ましい。
[参考文献1] Kobori M., Ikeda Y., Nara H., Kato M., Kumegawa M., Nojima H., Kawashima
H. Genes to Cells, 3:459−475, 1998
【0026】
また、上記の単離方法に特に限定されるものではなく、ディファレンシャル・ディスプレイ法やディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法等による正常卵と不良卵とのサブトラクション解析方法であればよい。例えば、ディファレンシャル・ディスプレイ法のように、サンプルから抽出した全RNAやmRNA等に対し、各種プライマーを用いてPCR反応を行い、正常卵と比較して不良卵で、その発現が顕著に異なる遺伝子のDNA増幅断片を取得する方法によっても良質卵関連遺伝子群の単離が可能である。
【0027】
本発明では例えば、ニホンウナギ由来の上記良質卵関連遺伝子群を用いて、他の増養殖対象魚種からニホンウナギ良質卵関連遺伝子群と相同性を有する遺伝子をクローニングすることが可能である。この場合のクローニング方法としても、従来の公知の方法を利用することが可能であり、特に限定されるものではない。
【0028】
ゲノムDNAの少なくとも一部がデータベース化している魚種では、上記ニホンウナギ良質卵関連遺伝子群の塩基配列またはアミノ酸配列に基づいて相同性のある塩基配列をデータベースより検索することができる。例えば、汎用されている相同性アルゴリズムであ
るBLASTによる塩基配列の相同性検索を好適に用いることができる。
【0029】
ゲノムDNAがデータベース化されていない魚種の場合には、本発明で得られたニホンウナギ良質卵関連遺伝子群のcDNAを用いて、それぞれの魚種で作製された適当なcDNAライブラリーまたはゲノムライブラリーをスクリーニングすることにより、異なる魚種由来の相同遺伝子を単離することができる。また、本発明で単離された遺伝子の塩基配列の情報に基づいて設計された合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いて、PCR反応によりcDNAライブラリー、ゲノムライブラリー等から遺伝子を単離することができる。
【0030】
本発明では、上記良質卵関連遺伝子にコードされるタンパク質またはそのペプチドに対する抗体を用いて他の魚種から相同性を有する遺伝子をクローニングすることもできる。
【0031】
本発明に係わるタンパク質またはそのペプチドは、上記良質卵関連遺伝子に全部または一部をコードされるタンパク質またはペプチドであればよい。また、上記アミノ酸配列において、1個またはそれ以上のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ魚類の正常発生に係わるタンパク質も含むことができる。
【0032】
さらに、上記良質卵関連遺伝子を宿主細胞に導入して、そのタンパク質を細胞内に発現させた状態のものも含み、上記良質卵関連遺伝子によってコードされるタンパク質として、未受精卵または生殖腺等の天然資源から単離・精製された状態のものも含む。また、他のタンパク質やポリペプチドとつながった融合タンパク質や化学合成なされたタンパク質であってもよい。
【0033】
なお、これらのタンパク質は、良質卵関連遺伝子の網羅的なスクリーニング法と同様に、良質卵関連遺伝子にコードされるタンパク質の網羅的なスクリーニング法に用いることができる。例えば、2次元電気泳動等の生化学的な手法によって、良性卵由来のタンパク質と不良卵由来のタンパク質とにおける差のあるタンパク質を明らかにして、それらを単離・精製すること等が挙げられる。
【0034】
得られた組み換え体タンパク質や精製タンパク質を用いれば、これらを認識する抗体を調整することが可能となる。本発明の良質卵関連遺伝子がコードされるタンパク質に対する抗体は、周知の方法で作製することができる。例えば、ポリクローナル抗体は、合成または精製した本発明のタンパク質もしくはその一部のペプチドをウサギやラット等の動物に免疫し、一定期間後に血液を採取することで調整することが可能となる。他方、モノクローナル抗体は、上記タンパク質もしくはペプチドで免疫した動物の抗体産生細胞と骨腫細胞とを融合させ、目的の抗体を産生するハイブリドーマを単離し、該細胞から抗体を調整することが可能である。
【0035】
<良質卵関連遺伝子群を用いた診断方法>
本発明に係わる診断方法は、魚類未受精卵における発生や形態形成に係わる母性遺伝子群が、正常範囲内になるか否かを、遺伝子レベルやタンパク質レベルで質的または量的に診断する方法であって、診断にあたり、少なくとも遺伝子レベルやタンパク質レベルを測定できる過程や工程を含んでいればよく、その他の具体的な工程、材料、条件等は以下の記載に限定されるものではない。
【0036】
本診断方法において、良性卵関連遺伝子群の遺伝子レベルを定性または定量を行う場合、増養殖対象魚から未受精卵を採取した後、該試料から核酸を抽出する操作を行う。この試料から核酸を抽出する方法としては、例えばグアニジン・塩化セシウム超遠心法、フェノール・クロロホルム法、など任意の抽出方法を使用することができる。また、オリゴ(
dT)カラムを用いて、全RNAからpoly A+RNA選択することでmRNAを調整してもよい。得られた核酸の量が微量な場合は、必要に応じてPCR反応によって核酸を増幅する操作を行ってもよい。
【0037】
上記単離方法によって得られた試料を用いて、良質卵関連遺伝子群の定性検査や発現量の定量を行うことができる。これには例えば、マイクロアレイ法、定量的RT−PCR法、ノーザンブロット法、およびそれらの組み合わせを含む当業者であれば容易かつ確実な方法を使用することができる。
【0038】
本発明の実施例で示すように、例えば、マイクロアレイ法を用いる定性的または定量的な解析によって、良質卵関連遺伝子群の診断が可能である。ここで、「定性的」というのは、遺伝子の発現の有無をさし、「定量的」というのは、遺伝子の発現量のことをさす。
マイクロアレイ法を用いる場合には、まず、サブトラクション解析によって得られたニホンウナギ良質卵関連遺伝子群をスポットしたマイクロアレイガラスを作製する。次に、正常な発生を示す未受精卵(良質卵)および発生・形態異常がみられた未受精卵(不良卵)から抽出した全RNAまたはmRNA等を用いて、Cy3またはCy5等の検出可能な標識物質でラベルを行う。マイクロアレイガラスと標識したプローブのハイブリダイゼーションによって、良性卵関連遺伝子群の定性検査や発現量の定量ができる(参考文献2、参照)。
[参考文献2] DNA マイクロアレイ実験マニュアル、林崎良英 監修、2001 (羊土社);DNAチップ実験まるわかり、佐々木博己、青柳一彦 編、2004 (羊土社);DNA Microarrays−A Practical Approach− Ed. Mark Schene, Oxford University Press 1999
【0039】
具体的には、マイクロアレイに固定した良質卵関連遺伝子群の塩基配列を有するプローブと、蛍光物質や放射線物質などで標識した被検卵に含まれるターゲットとなる遺伝子とを、マイクロアレイ上でハイブリダイズさせることで、ハイブリダイズしたターゲット遺伝子が、各スポットからの蛍光シグナルや放射線シグナルなどとして検出される。この検出したシグナル強度をコンピューターで定性的または定量的に解析することにより、被検卵における良質卵関連遺伝子群の遺伝子発現や含量プロファイルを測定することができる。
【0040】
また、定量的RT−PCR法を用いることができる。定量的RT−PCR法は、SYBER Green等を用いたインタカレーター法、TaqManプローブ法、サイクリングプローブ法等の従来公知の方法を用いることができる。定量的RT−PCR法に用いるプライマーは、対象となる遺伝子を特異的検出できるものであれば特に制限されるものではないが、20〜30塩基からなり、エクソンーイントロンをまたぐ形で設計されたオリゴヌクレオチドが好ましい。その塩基配列は、良質卵関連遺伝子群の塩基配列情報によって決定し、それら配列を有するプライマーの作製はDNA合成機によって可能である。
【0041】
さらに、ノーザンブロット法を用いることができる。まず、本発明で単離された良質卵関連遺伝子群を放射性同位体、蛍光物質、ビオチン等の検出可能な標識物質でラベルする。次に、未受精卵から抽出した全RNAまたはmRNAを含む試料をアガロース電気泳動で分離した後、ナイロン膜やニトロセルロース膜等の支持体へ転写する。試料を転写した支持体と標識したプローブとのハイブリダイゼーションを行うことで、良性卵関連遺伝子群の定性検査や発現量の定量が解析できる。
【0042】
これらの良質卵関連遺伝子群を定性的または定量的に解析する方法を用いて、人為催熟の過程における遺伝子の動態をモニタリングし、良質卵を合理的に生産するための卵質改
善法をスクリーニングすることができる。
ここで、「遺伝子の動態をモニタリングする」とは、ある人為催熟を施した時の良質卵関連遺伝子群の蓄積量や蓄積されている分子種を明らかにすることをいう。正常な胚発生や形態形成に係わる母性遺伝子は、卵形成の過程で卵内に蓄積される。天然の親魚では、これら母性遺伝子群の蓄積が正常に進行するため、得られた卵は正常な胚発生や形態形成を示すものと考えられる。他方、ホルモン投与等の人為催熟を行った親魚は、天然と比較して母性遺伝子群の蓄積に量的な偏り等が生じるため、結果としてなんらかの形態異常が発症しているものと思われる。これらを比較することで、ある人為催熟を施した時の良質卵関連遺伝子群の蓄積量や蓄積されている分子種を明らかにすることができる。このように、「遺伝子の動態をモニタリングする」ことは、実施した催熟技術の有効性を科学的に明らかにする上で重要である。
【0043】
また、「良質卵を合理的に生産するための卵質改善法」とは、上記の「遺伝子の動態をモニタリングする」ことによって明らかになった実施した催熟技術の有効性を利用して、例えば蓄積がうまくいかなかった分子種について、人為催熟時の種々のパラメーター(例えばホルモンの投与量、投与期間、投与時期等)を変化させることで、これら分子種を正常なレベルにもっていき、結果的によりより良質卵の生産を可能する方法のことをいう。
【0044】
良性卵関連遺伝子がコードするタンパク質の定量を行う場合には、増養殖対象魚から未受精卵を採取した後、該試料からタンパク質を抽出する操作を行う必要がある。この操作にあたり、例えば、ホモジナイザーによる抽出法など任意の抽出方法を使用することができる。
【0045】
抽出操作を行った試料を用いて、上記良質卵関連遺伝子群がコードするタンパク質の発現量の定量を行うことができる。例えば、これら遺伝子がコードするタンパク質に対する特異的なポリクローナル抗体、モノクローナル抗体等を用いた固層酵素免疫測定法(ELISA)、酵素免疫測定法(EIA)、放射免疫測定法(RIA)、ウエスタンブロット法、およびそれらの組み合わせを含む本分野で周知の任意の方法を使用することができる。
【0046】
具体的には、抗体を用いた測定系によって、被検卵における良質卵関連遺伝子から合成されたタンパク質量を定量し、その値が正常卵の範囲内に含まれるのか否かについて、正確かつ簡便に判断するという定量的な解析によって、被検卵が正常な発生や形態形成をするか否かをタンパク質レベルで明らかにすることができる。ここで、「定量的」というのは合成されたタンパク質量を調べることをさす。
【0047】
例えば、ELISA法を用いて良質卵関連遺伝子群のタンパク質レベルの診断が可能である。まず、良質卵関連遺伝子群をコードするタンパク質に対するポリクローナル抗体を吸着させたELISA用プレートを作製する。次に、被検卵をホモジナイズした後、遠心分離によって上清を回収し、タンパク質を含む試料を作製する。この試料を作製したELISA用プレートに添加し、1次抗体および2次抗体(酵素標識された抗免疫グロブリン)と反応させる。反応後、ELISAプレートを洗浄し、酵素に対する基質を用いて発色させ、マイクロプレートリーダーによってタンパク質量を定量する。このようにして、被検卵内における良質卵関連遺伝子群のタンパク質レベルが測定することができる。なお、2次抗体の標識として用いられる酵素としては、例えばアルカリホスファターゼをあげることができるが、これに限定されるものではない。
【0048】
さらに、ウエスタンブロット法による解析も可能である。すなわち、被検卵から調整した試料をアクリルアミドゲルによる電気泳動で分離した後、ニトロセルロース膜やPVDF膜などに転写し、放射性物質や蛍光物質等の検出可能な標識物質でラベルされた抗体を
用いて良質卵関連遺伝子群のタンパク質レベルでの発現量の定量が可能となる。
【0049】
これらの良質卵関連遺伝子群のタンパク質の発現レベルを定量的に解析する方法を用いて、人為催熟の過程におけるタンパク質の動態をモニタリングし、良質卵を合理的に生産するための卵質改善法をスクリーニングすることができる。
ここで、「タンパク質の動態をモニタリングする」とは、ある人為催熟を施した時の母性遺伝子由来のタンパク質の合成を明らかにすることをいう。卵形成の過程で卵内に蓄積された良質卵関連遺伝子群は、発生の過程でタンパク質に翻訳されて、正常な胚発生や形態形成に関与すると考えられる。天然の親魚では、これら母性遺伝子由来のタンパク質の合成が正常に進行するため、得られた卵は正常な胚発生や形態形成を示すものと考えられる。他方、ホルモン投与等の人為催熟を行った親魚は、天然と比較して母性遺伝子由来のタンパク質の合成が不完全であり、その結果としてなんらかの発生・形態異常を発症しているものと思われる。これらを比較することで、ある人為催熟を施した時の母性遺伝子由来のタンパク質の合成を明らかにすることができる。このように、「タンパク質の動態をモニタリングする」ことは、実施した催熟技術の有効性を科学的に明らかにする上で重要である。
【0050】
また、「良質卵を合理的に生産するための卵質改善法」とは、上記の「タンパク質の動態をモニタリングする」ことによって明らかになった実施した催熟技術の有効性を利用して、例えば蓄積がうまくいかなかった分子種について、人為催熟時の種々のパラメーター(例えばホルモンの投与量、投与期間、投与時期等)を変化させることで、これら分子種を正常なレベルにもっていき、結果的によりより良質卵の生産を可能する方法のことをいう。
【0051】
この出願の発明におけるその他の定義等については、以下の発明の実施形態において詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出展を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学および分子生物的技術は、参考文献3、4等に記載されている。
[参考文献3] Sambrook and Maniatis, in Molecular Cloning−A Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, New
York, 1989
[参考文献4] Ausubel FM., Brent R., Kingston RE., Moore DD., Seidman JG., Smith JA., Struhl K., Current Protocols in Molecular Biology, John Willy & Sons, New York, 1995
【実施例1】
【0052】
<遺伝子の単離方法>
1−1:サンプル
愛知県水産試験場より譲渡された実験用のニホンウナギを用いて、下記の方法(参考文献5、参照)によって人為催熟を行った。
[参考文献5] Ohta H., Kagawa H., Tanaka H., Okuzawa K., Iinuma N., Hirose K., Fish Physiology and Biochemistry, 17:163−169, 1997
【0053】
人為催熟方法:
ニホンウナギは海水に一定期間馴致後、雌魚にはサケ脳下垂体抽出物(20mg/尾)を毎週1回注射により投与し、卵黄形成を誘導した。これらのウナギの卵径を指標にして卵の成長をモニタリングし、卵径800μm以上の卵を有する個体に排卵誘発ステロイドホルモン(17α,20β−ジヒドロキシ−4−プレグネン−3−オン:DHP)を体重1kg当たり2mg投与することで排卵卵を得た。他方、雄にはヒト胎盤性ゴナドトロピンを毎週1回(1000 IU/kg)、5回投与することで精子を得た。得られた卵と精子は速やかに受精させ、受精卵は22℃の水槽で飼育を行った。
【0054】
人為催熟によって得られた卵は速やかに受精させ、一部をマイクロプレート法(参考文献6、参照)によって解析した。
残りはサブトラクション、cDNAライブラリー作製等に用いた。マイクロプレート法およびその解析としては48穴プレートに、孵化斃死防止剤としてポリエチレングリコール6000を加えた濾過海水を1mlずつ入れ、それぞれにニホンウナギ受精卵を1個ずつ収容し、摂餌開始期まで換水を行わずに22℃で個別飼育をして、その後の孵化率・生残率および接餌開始期(受精後10日目)における形態異常率を実体顕微鏡下で観察した。飼育終了後は、仔魚をホルマリン固定し、顕微鏡下で形態異常の分類(前頭部欠落、上顎の形成不全等)を行い、各ロットにおける各種形態異常の割合を数値化した。
[参考文献6] Unuma T., Kondo S., Tanaka H., Kagawa H., Nomura K., Ohta H, Aquaculture, 241:345−356, 2004
【0055】
1−2:RNAの調整
接餌開始期において、正常な発生を示したロット(図1A)および形態異常(例えば、上顎形成不全)がみられたロット(図1B)の未受精卵から、下記の方法(参考文献7、参照)に記載の方法によって全RNAをそれぞれ抽出した。
[参考文献7] Chomczynski P, Sacchi N., Analytical Biochemistry, 162:156−159,1987
【0056】
RNAの調製方法:
チオシアン酸グアニジンを含む水溶液中でニホンウナギ未受精卵を破砕し、卵内に含まれるRNaseを失活させた。次に、抽出物をフェノール・クロロホルム抽出し、得られた上清をエタノール沈殿することで、全RNAを精製した。
さらに、オリゴ(dT)カラム(Amersham Biotech社)で全RNAからpoly A+ RNA選択操作を2回繰り返すことで得た試料をmRNAとし、正常卵cDNAおよびサブトラクション用cDNAライブラリーの作製に用いた。
【0057】
1−3:正常卵cDNAライブラリーの作製
正常卵から得られたmRNAから、Rous associated virus 2
reverse transcriptase (Takara社)およびSuperScript II reverse transcriptase (Invitrogen社)を用いて逆転写を行った。次に、下記のpAP3neoベクターを用いたリンカープライマー法(参考文献8、参照)に従い、1.0x106pfuの独立したクロー
ンを含み、挿入cDNAの平均鎖長が1.2kbのニホンウナギ正常卵cDNAライブラリーを構築した。
[参考文献8] Fujii T., Tamura K., Copeland NG., Gilbert DJ., Jenkins NA., Yomogida K., Tanaka H., Nishimune Y., Nojima H., Abiko Y., Genomics, 57:94−101,1999
【0058】
リンカープライマー法:
オリゴ(dT)と制限酵素部位を含むプライマー(リンカープライマー)を用いて、mRNAから逆転写酵素によって1本鎖DNAの合成を行った。次に、DNAポリメラーゼIならびにRNaseHによって2本鎖DNAを合成し、T4 DNAポリメラーゼによる5’末端の平滑化、および制限酵素突出端を含むアダプターを付加した。アダプターを付加した2本鎖DNAは適当な制限酵素で切断し、スピンカラムによってcDNAのサイズ分画した後、ベクターに連結し、大腸菌に形質転換させて、正常卵由来の遺伝子ライブラリーを構築した。
【0059】
1−4:サブトラクション用cDNAライブラリーの作製
図2(※Koboriらが方法を示した図に加筆・修正を行ったもの)に概要を示した作製手順によって、良質卵関連遺伝子群を単離するためのサブトラクション用cDNAライブラリーを作製した。
まず、形態異常がみられた未受精卵(不良卵)から調整したmRNA(10μg)を、水銀ランプ下でPHOTOPROBE Biotin(Vector Laboratories社)と反応させビオチン化mRNAを作製した。別途、正常卵由来のmRNAより構築したcDNAライブラリーにヘルパーファージ(R408:Stratagene社)を感染させ、正常卵一本鎖cDNAライブラリーを調整した。一本鎖cDNAライブラリーは、下記に記載の方法に基づいて、ビオチン化した不良卵由来のmRNAとハイブリダイズさせた。
【0060】
ハイブリダイズ方法:
ビオチン化した不良卵由来のmRNA(6μg)を、正常卵一本鎖cDNAライブラリー(0.1μg)およびポリ(A)(2μg:Amersham Biotech)を含むハイブリダイゼーション液(最終濃度:40%脱イオンホルムアミド、50mM HEPES pH7.5、1mM EDTA、0.1% SDS、0.2M NaCl)で42℃、48時間ハイブリダイズさせた後、ストレプトアビジン(Takara社)−フェノール・クロロホルム処理によって、不良卵由来のmRNAとハイブリダイズしなかった一本鎖DNA(ssDNA)を回収した。次に、回収したssDNAとビオチン化した不良卵由来のmRNA(4μg)を用いて、上記と同じ条件で再度ハイブリダイゼーションを行った。
【0061】
ハイブリダイズ後にストレプトアビジン(Takara社)処理を行うことで、不良卵由来のmRNAとハイブリダイズしたクローンを除外した。
他方、不良卵由来のmRNAとハイブリダイズしなかったクローンは、BcaBEST
Dideoxy Sequencing Kit(Takara社)によって二本鎖DNAに転換した後、エレクトロポーション法を用いてコンピテント大腸菌(ElectroMax DH12S: Invitrogen社)に形質転換した。得られたライブラリーは第1次サブトラクション用cDNAライブラリーとし、ランダムに選抜した1152クローンの5’側塩基をMegabase System (Amersham Biotech社)で決定した。
得られた配列の重複について調べると、結果として合計で704の独立したクローンが得られた。これらクローンをNCBIデータベースのtBLASTxによりホモロジー検索した結果、60%が発生・分化、遺伝子の転写、情報伝達系、イオン輸送等に関わる既知の遺伝子と高い相同性を示すものであり、約40%は機能不明または全く未知の遺伝子であることが判明した(図3)。
【0062】
1−5:段階的サブトラクション
第1次サブトラクション用cDNAライブラリーの塩基配列を決定後、350クローンのプラスミドDNAを各々0.1μg集めて1本チューブにまとめた後、Not I処理によって直鎖状DNAを調整した。次に、T7RNAポリメラーゼによって直鎖状DNA
(5μg)からcRNAの合成し、PHOTOPROBE Biotin (Vector Laboratories社)を用いてビオチン化を行った。
【0063】
別途、第1次サブトラクション用cDNAライブラリーにヘルパーファージ(R408:Stratagene社)を感染させ、第1次サブトラクション用一本鎖cDNAライブラリーを調整した。第1次サブトラクション用一本鎖cDNAライブラリー(0.1μg)とビオチン化cRNA(10μg)は、ポリ(A)(2μg:Amersham Biotech)および配列表配列番号1に記載のマスキングオリゴヌクレオチド(120pmol、参考文献9、参照)を含むハイブリダイゼーション液で42℃、48時間ハイブリダイズさせ、反応後はストレプトアビジン(Takara社)処理−フェノール・クロロホルム処理によって、合成cRNAとハイブリダイズしたssDNAクローンを除外した。
[参考文献9] Fujii T., Tamura K., Masai K., Tanaka H., NIshimune Y., Nojima H. EMBO Reports. 3: 367−372, 2002
【0064】
他方、合成cRNAとハイブリダイズしなかった第1次サブトラクション用cDNAライブラリー由来のssDNAクローンは、BcaBEST Dideoxy Sequencing Kit(Takara社)によって二本鎖DNAに転換した後、エレクトロポーション法でコンピテント大腸菌に形質転換した。得られたライブラリーは第2次サブトラクション用cDNAライブラリーとし、ランダムに選抜した1152クローンの5’側塩基をMegabase System (Amersham Biotech社)で決定した。得られた配列の重複について調べると、結果として合計で205の独立したクローンが得られた。
【0065】
第3次サブトラクション用ライブラリーの調整は、上記、サブトラクション用cDNAライブラリーの作製で得られたクローンのうち第2次サブトラクション用ライブラリーの調整に使用しなかった残り354クローンを用いて行った。まず、354クローンのプラスミドDNAを各々0.1μg集めて1本チューブにまとめた後、Not I処理を行った。次に、T7RNAポリメラーゼによって直鎖状DNA(5μg)よりcRNAを合成し、PHOTOPROBE Biotin(Vector Laboratories社)を用いてビオチン化を行った。別途、第2次サブトラクション用cDNAライブラリーにヘルパーファージ(R408:Stratagene社)を感染させることで第2次サブトラクション用一本鎖cDNAライブラリーを調整した。第2次サブトラクション用一本鎖cDNAライブラリー(0.1μg)とビオチン化cRNA(10μg)は、ポリ(A)(2μg:Amersham Biotech)および配列表配列番号1のマスキングオリゴヌクレオチド(120pmol)含む溶液内で42℃、48時間ハイブリダイズさせた。
【0066】
反応後、ストレプトアビジン(Takara社)−フェノール・クロロホルム処理を行うことで、合成cRNAとハイブリダイズしたssDNAクローンを除外した。他方、ビオチン化cRNAとハイブリダイズしなかったクローンは、二本鎖DNAに転換した後、エレクトロポーション法を用いてコンピテント大腸菌に形質転換した。
得られたライブラリーは第3次サブトラクション用cDNAライブラリーとして、ランダムに選抜した1500クローンの5’側塩基を決定した。その結果、103種類の独立したクローンを同定でき、最終的に段階的サブトラクションで正常卵cDNAライブラリーより、1160種類のニホンウナギ良質卵関連遺伝子(eel Normal Egg
Associated Transcripts:eNEAT)が単離できた。単離された1160種類の遺伝子については、塩基配列を配列表配列番号2〜1161に示し、遺伝子配列から類推したアミノ酸配列に対するホモロジー検索や、遺伝子配列に対するホ
モロジー検索の結果を表1に示した。ホモロジー検索はBLAST解析を用いて行い、E−valueが9.9〜1.00E−150のものをDefinitionに示した。
【0067】
【表1】


























































※遺伝子配列に対するホモロジー検索の結果を示したものは、Programでblastnと記載した。
【0068】
なお、上記ニホンウナギの良性卵関連遺伝子群には発生・分化、遺伝子の転写、情報伝達系、イオン輸送等に関わる既知の遺伝子と高い相同性を示すものが40%含まれる一方で、約60%は機能不明または全く未知の遺伝子、またこれまでニホンウナギで同定された既知の遺伝子が約0.5%(6クローン)含まれていた(図4)。この頻度は、段階的サブトラクションを実施することにより、正常卵と不良卵で共通の不必要なcDNAクローンの単離を回避できたことを示すものであった。
【実施例2】
【0069】
<診断方法>
2−1:マイクロアレイ作製
サブトラクション解析によって得られたニホンウナギ良質卵関連遺伝子群を有しているマイクロアレイガラスを開発した。まず、良質卵関連遺伝子群が挿入されたプラスミドベクター(pAP3neo:Takara社)を鋳型にして、exTaqポリメラーゼ(Takara社)を用いたPCR反応によって表1の遺伝子を目的の遺伝子としてそれぞれ増幅した。
増幅された各DNA断片は、MontagePCR96 Plate(Millipore社)を用いて精製した後、最終DNA濃度が100nMになるように調整した。調整した各DNAは、アレイ作製装置(カケンジェネックス製)を用いて、KGスライドグラス上にスポットした。スポットした各DNAは80℃で1時間ベーキングした後、2XSSC−0.2%SDSおよび超純水による洗浄を行い、ニホンウナギ良質卵関連遺伝子マイクロアレイを作製した。
【0070】
本実施例で作製したニホンウナギ良質卵関連遺伝子マイクロアレイは、正常卵と不良卵のサブトラクション解析によって得られた母性遺伝子群を全てディプリケートでスポットしておりその総数は1160種類、2324個である。別途、調整したニホンウナギβアクチンおよびλcontrol template DNA (Takara社)をそれぞれポジティブコントロールおよびネガティブコントロールとして、同一マイクロアレイガラス上にスポットした。
【0071】
2−2:サンプル
孵化後10日目に奇形率が低い未受精卵(正常卵:K19)および全て奇形であった未受精卵(不良卵:K88)をそれぞれ用いて、これらから、上記実施例1に記載した方法によって全RNAをそれぞれ抽出し、オリゴ(dT)カラム(Amersham Biotech社)を用いて、それぞれからmRNAを調整した。ウナギでは孵化後10日目における奇形率は極めて高いため、正常率が33%を示す卵は卵の質としてはかなり良好と考えられた。これを鋳型として、図5に示すようにCy3またはCy5で標識したcDNAの調整を行い、マイクロアレイ解析を行った。
【0072】
【表2】

【0073】
2−3:解析
合成したCy3標識cDNA(正常卵由来)とCy5標識cDNA(不良卵由来)は混和後、ニホンウナギ良質卵関連遺伝子マイクロアレイとハイブリダイズさせた。ハイブリダイゼーションは、PerfectHhy Hybridization Solution(TOYOBO社)を用いて68℃、18時間行い、反応後は洗浄と乾燥を行い、DNAマイクロアレイの蛍光強度をスキャナー(富士写真フイルム社)で読み取り、不良卵における良質卵関連遺伝子群を質的および量的に解析した。
その結果、正常卵と比較して不良卵において蓄積量が半分以下の遺伝子が17種類あることが示された(表2)。これらは配列番号996、161、1071、481、300、1108、207、525、585、1031、604、575、645、477、741、186および342に示す遺伝子であり、そのほとんどが既知の遺伝子と相同性を示さず、全く新規の機能不明な遺伝子であった。
この結果により、本発明において遺伝子マーカーを用いることで卵の良し悪しを判断できることが初めて示された。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の方法によって、新たな卵質評価マーカーとなりうる良質卵関連遺伝子群が単離できる。これによって、増養殖対象魚の被検卵における良質卵関連遺伝子群が正常卵のそれの範囲内に含まれるのか否かが正確かつ簡便に判定することができる。従って、学術的な利用価値だけでなく、卵質診断技術、人為催熟時の卵質改善技術など、広範な用途に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】サンプルとして用いたニホンウナギの形態異常個体を示した図である。A:正常個体、B:形態異常個体(上顎の形成不全)を示した(実施例1)。
【図2】ニホンウナギの良質卵関連遺伝子の網羅的の単離方法の概略を示した図である(実施例1)。
【図3】第1次サブトラクション用cDNAライブラリーから単離し、塩基配列決定した704クローンのホモロジー検索の結果を示す図である(実施例1)。
【図4】段階的サブトラクションで正常卵cDNAライブラリーより最終的に単離された1160種類の良質卵関連遺伝子のホモロジー検索の結果を示す図である(実施例1)。
【図5】マイクロアレイ解析の概要を示した図である(実施例2)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
良質卵に存在する母性遺伝子を網羅的にクローニングする方法によって、正常な胚発生または形態形成を示す卵に存在する魚類の良質卵関連遺伝子群(Normal Egg Associated Transcripts:NEAT)を網羅的にクローニングする方法。
【請求項2】
良質卵に存在する母性遺伝子を網羅的にクローニングする方法が、正常卵と不良卵から調整した全RNAあるいはmRNA、またはそれらから逆転写酵素等によって得られた全DNAあるいはcDNAを用いた差分化(サブトラクション)解析によるものである、正常な胚発生または形態形成を示す卵に存在する魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法。
【請求項3】
正常卵由来の遺伝子ライブラリーと不良卵由来の遺伝子を用いたサブトラクション法が採用される請求項1または2に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法。
【請求項4】
PCRを用いるディファレンシャル・ディスプレイ法が採用される請求項1または2に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法。
【請求項5】
ディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法が採用される請求項1または2に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群を網羅的にクローニングする方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の方法によりクローニングされる魚類の良質卵関連遺伝子群。
【請求項7】
魚類の良質卵関連遺伝子によってコードされるタンパク質であって、請求項1から5のいずれかに記載の方法によりクローニングされるクローンから産生される組換えタンパク質または未受精卵から精製されたタンパク質である、魚類の良質卵関連遺伝子によってコードされるタンパク質。
【請求項8】
請求項6に記載の魚類の良質卵関連遺伝子群をプローブとすることを特徴とするマイクロアレイ。
【請求項9】
請求項7に記載のタンパク質に対する抗体。
【請求項10】
請求項8に記載のマイクロアレイ、定量的RT−PCR法またはノーザンブロット法のいずれかを用いて、被検卵における良質卵関連遺伝子群を定性的または定量的に解析する方法。
【請求項11】
請求項9に記載の抗体を用いて、良質卵関連遺伝子群のタンパク質の発現レベルを定量的に解析する方法。
【請求項12】
請求項8に記載のマイクロアレイ、定量的RT−PCR法またはノーザンブロット法のいずれかを用いて、人為催熟の過程における遺伝子の動態をモニタリングし、良質卵を合理的に生産するための卵質改善法をスクリーニングする方法。
【請求項13】
請求項9に記載の抗体を用いて、人為催熟の過程におけるタンパク質の動態をモニタリングし、良質卵を合理的に生産するための卵質改善法をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−178402(P2008−178402A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−334860(P2007−334860)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】