説明

水系顔料分散液の製造方法、並びに水系顔料分散液、これを用いた水系顔料インク及びインクジェット記録方法

【課題】 本発明の目的は、インクに用いて印字した際に印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液の製造方法を提供することにある。
【解決手段】 本発明は、高ストラクチャー顔料原末を表面改質するとともに水で分散処理して表面改質型顔料の顔料分散体を調製し、該顔料分散体を少なくとも脱泡処理することを特徴とする水系顔料分散液の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクに用いて印字した際に印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液を製造する方法、詳細には、高ストラクチャー顔料原末を用いて調製した所定の顔料分散体に脱泡処理を施す水系顔料分散液の製造方法、並びに水系顔料分散液、水系顔料インク及びインクジェット記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、水系顔料分散液を用いた水系顔料インク等の分野において、インクを印字した際に高いOD値が得られることから、高ストラクチャー顔料原末を利用した技術が開発されている(特許文献1等)。
【0003】
しかし、高ストラクチャー顔料は、その高ストラクチャー構造故に、複雑且つ微細な顔料粒子内部の細孔にO2、N2、CO2等のガスが気体として入り込み易く且つ抜けにくいものとなっている。
【0004】
これを用いてこのままインク化した際には、経時的にこれらのガスがインク中に放出され吐出不安定を引き起こす要因となり、インクとしての吐出安定性が低下する問題がある。
【0005】
【特許文献1】特開2000−319573号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする問題点は、前述した従来技術における問題点である。
従って、本発明の目的は、インクに用いて印字した際に印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液を製造する方法を提供することにある。
【0007】
また、本発明の他の目的は、印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液並びにこれを用いた水系顔料インク及びインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、鋭意研究した結果、高ストラクチャー顔料原末を用いて得た所定の顔料分散体に対して、特定の処理を施すことにより水系顔料分散液を製造する方法が、前記目的を達成し得ることの知見を得た。
【0009】
本発明は、前記知見に基づきなされたもので、下記1.に示す発明を提供するものである。
1.高ストラクチャー顔料原末を表面改質するとともに水で分散処理して表面改質型顔料の顔料分散体を調製し、該顔料分散体を少なくとも脱泡処理することを特徴とする水系顔料分散液の製造方法。
【0010】
また、本発明は、下記2.〜9.に示す発明をそれぞれ提供するものである。
2.前記脱泡処理は、加熱脱泡処理、加超音波脱泡処理、及び減圧脱泡処理のうちの少なくとも一の処理を含む、前記1記載の水系顔料分散液の製造方法。
【0011】
3.前記脱泡処理は、前記顔料分散体100gあたり、1cm3以上のガスが発生するように行う、前記1又は2記載の水系顔料分散液の製造方法。
【0012】
4.前記高ストラクチャー顔料原末は、そのDBP吸油量が160mL/100g以上である、前記1〜3の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法。
【0013】
5.前記表面改質型顔料が、前記高ストラクチャー顔料原末を酸化処理することで得られる改質顔料である、前記1〜4の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法。
【0014】
6.前記高ストラクチャー顔料原末が、高ストラクチャーカーボンブラックの原末である、前記1〜5の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法。
【0015】
7.前記1〜6の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法を使用して、製造されたことを特徴とする水系顔料分散液。
【0016】
8.前記7記載の水系顔料分散液を少なくとも含むことを特徴とする水系顔料インク。
【0017】
9.前記7記載の水系顔料分散液又は前記8記載の水系顔料インクを使用することを特徴とするインクジェット記録方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、インクに用いて印字した際に印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液の製造方法が提供される。また、本発明によれば、印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液、水系顔料インク及びインクジェット記録方法がそれぞれ提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明について、その好ましい実施形態に基づき詳細に説明する。
(水系顔料分散液の製造方法)
本発明に係る水系顔料分散液の製造方法は、既述の通り、高ストラクチャー顔料原末を表面改質するとともに水で分散処理して表面改質型顔料の顔料分散体を調製し、該顔料分散体を少なくとも脱泡処理することを特徴とする。
【0020】
本発明は、上記の構成からなるため、印字する前に予め顔料中に取り込まれたガスを有効に系外に放出することができ、インクとして使用した際の吐出安定性が改善され、これにより印刷物の高OD値(optical density:反射濃度値、本明細書内ではOD値と記載する)と高い吐出安定性を両立することができる。
【0021】
本発明の製造方法に係る脱泡処理は、インクとして使用した場合に特に吐出安定性が向上する点から、加熱脱泡処理、加超音波脱泡処理、及び減圧脱泡処理のうちの少なくとも一の処理を含むことが好ましい。
【0022】
加熱脱泡処理は、加熱温度を好ましくは40℃以上100℃以下、より好ましくは60℃以上100℃以下として行うこと、また、その処理時間を好ましくは1時間以上、より好ましくは3時間以上で行うことが望ましい。
【0023】
加超音波脱泡処理は、超音波周波数を好ましくは25KHz以上、より好ましくは100KHz以上として行うこと、また、その処理時間を好ましくは15分以上、より好ましくは30分以上で行うことが望ましい。
【0024】
減圧脱泡処理は、減圧条件を好ましくは100mmHg以下、より好ましくは50mmHg以下として行うこと、また、その処理時間を好ましくは15分以上、より好ましくは30分以上で行うことが望ましい。
【0025】
また、本発明の製造方法に係る脱泡処理は、インクとして使用した場合に特に吐出安定性が向上する点から、顔料分散体100gあたり、1cm3以上、特に2cm3以上のガスが発生するように行うことが好ましい。この際のガス発生量は、顔料分散体を透明パックに初期的に空気の無い状態に密閉し、これを脱泡処理した際に発生する空気をシリンジ等を用いて分取することにより測定することができる。
【0026】
本発明の製造方法に用いられる高ストラクチャー顔料原末は、従来からインクにおいて高OD値の印刷物を得るために用いられている複雑且つ微細な粒子内部構造を有する通常の高ストラクチャー顔料原末である限り、特に制限されるものではないが、特にインク化後のインクジェット印字の際、インク中の単位顔料量当たりのO.D.値や黒の色相(ニュートラルで深味のある)の点から、DBP吸油量(ジブチルフタレートを用いた吸油量:本明細書内ではDBP吸油量と記載する)が好ましくは160mL/100g以上、より好ましくは180mL/100g以上であるものが好ましい。
【0027】
更に好ましくは、高ストラクチャー顔料原末は、一次粒子径(顔料原末の一次粒子径の平均値の範囲)11〜18nm、BET比表面積が少なくとも180m2/g、DBP吸油量が少なくとも180mL/100g、DBP吸油量(mL/100g)あたりの該BET比表面積(m2/g)が0.75〜1.3の顔料原末である。この顔料原末を用いることにより、上記印字効果と同様であり、更に単位顔料量当たり深みのある高いO.D.値が得られるという効果が得られる。特に高ストラクチャー顔料原末が高ストラクチャーカーボンブラックの原末である場合に、上記効果が顕著である。
【0028】
高ストラクチャー顔料原末の一次粒子経の範囲は、11〜18nmであることが好ましく、15〜18nmであると一層好ましい。この範囲よりも大きい一次粒子径のものを用いると、この範囲内のものと比べ、調製されたインクの沈降率が、急激に数〜数10倍上昇し、目詰まりや長期保存による変質を起こし易くなってしまう。一方、この範囲よりも小さい一次粒子径のものを用いると、インクの沈降率に問題はないが、粘度が高くなってしまい改質顔料の製造やインクの印刷が困難になってしまう。
【0029】
高ストラクチャー顔料原末のDBP吸油量(mL/100g)あたりのBET比表面積(m2/g)は、0.75〜1.3であることが好ましく、0.9〜1.1であると一層好ましい。
【0030】
高ストラクチャー顔料原末の種類としては、特に制限なく、高ストラクチャーである、イエロー、マゼンタ、シアン等のカラー顔料原末や、ブラック顔料原末等が挙げられる。本発明においては、中でも、高ストラクチャーカーボンブラックの原末を用いることが好ましい。
【0031】
高ストラクチャー顔料原末を用いて表面改質型顔料の顔料分散体を調製するには、高ストラクチャー顔料原末を表面改質するとともに水で分散処理する。
【0032】
高ストラクチャー顔料原末の表面改質処理としては、長期保存安定性の良好な水系顔料インクが調製できる点から、酸化処理が好ましく挙げられる。
【0033】
酸化処理としては、例えば、次のような方法がある。空気接触による酸化法、窒素酸化物、オゾンとの反応による気相酸化法、硝酸、過マンガン酸カリウム、重クロム酸カリウム、亜塩素酸、過塩素酸、次亜ハロゲン酸塩、過酸化水素、臭素水溶液、オゾン水溶液等の酸化剤を用いる液相酸化法等である。
また、プラズマ処理等により高ストラクチャー顔料原末の表面を改質してもよい。
【0034】
特に好ましい方法は、次亜ハロゲン酸塩を用いて高ストラクチャー顔料原末を湿式酸化する方法である。次亜ハロゲン酸塩の具体例には次亜塩素酸ナトリウムや次亜塩素酸カリウムが挙げられ、反応性の点から次亜塩素酸ナトリウムが特に好ましい。
【0035】
次亜ハロゲン酸やその塩を酸化剤として用いることにより、高ストラクチャー顔料原末の表面は酸化されてラクトン基、カルボキシル基等が導入される。反応性の点から次亜塩素酸ナトリウムの水溶液が一層好ましい。次亜ハロゲン酸やその塩の使用量は高ストラクチャー顔料原末のBET比表面積の大きさで調整する。BET比表面積が小さくなるほど次亜ハロゲン酸やその塩の量を少なくし、BET比表面積が大きくなるほど次亜ハロゲン酸やその塩の量を多くする。比表面積が小さくなるほど次亜ハロゲン酸と反応する活性点が少なくなり、比表面積が大きくなるほど次亜ハロゲン酸と反応する活性点が多くなるからである。活性点以上の次亜ハロゲン酸を加えても反応に支障はないが、無駄な次亜ハロゲン酸を使用することになり、更に余分な脱塩操作が必要になる。活性点以下の次亜ハロゲン酸量で反応を行なうと目標とするラクトン基量、カルボキシル基量に到達せず沈降率が悪くなってしまう。例えば、前記次亜ハロゲン酸やその塩中の有効塩素濃度とカーボンブラックの表面積とに着目し、検討した結果、カーボンブラックの表面積(m2)あたりに0.6×10-4〜1.5×10-4モルの塩素量の次亜ハロゲン酸やその塩で酸化することにより、良好な酸化処理ができることが分かった。
【0036】
高ストラクチャー顔料原末を水に懸濁させた工程では、酸化工程を適切に行うために、高ストラクチャー顔料原末を充分に水に混合してなじませることが重要である。負荷の高い分散機や高速攪拌機などを用いることができる。またあらかじめ水溶性溶剤を用い、高ストラクチャー顔料原末に溶剤を浸透させたり、水−水溶性溶剤の混合系での分散処理をすることができる。
【0037】
高ストラクチャー顔料原末の酸化処理・分散または粉砕する製造工程では、分散機または粉砕機としてボールミル、アトライター、フーロジェットミキサー、インペラーミル、コロイダルミル、サンドミル(例えば、「スーパーミル」、「アジテーターミル」、「ダイノーミル」、「ビーズミル」の商品名で市販のもの)等を用いることができる。ミル媒体を必ずしも用いなくてもよいが、用いた方がよく、直径0.6〜3mmのミル媒体を例示できる。前記ミル媒体としては、ガラスビーズ、ジルコニアビーズ、磁性ビーズ、ステンレス製ビーズ等を用いることができ、この酸化しつつ分散工程での処理条件としては、10〜70℃で3〜10時間、回転数=500rpm以上で行なわれることが好ましい。反応温度が高いほうが反応は進行しやすいが、温度が高くなると次亜ハロゲン酸塩が分解してしまうので反応は40〜60℃が好ましい。
【0038】
得られた分散液をミル媒体とともに、粗大粒子を取り除くため、100〜500メッシュの金網で濾過することができる。
【0039】
金網で濾別した濾液の脱塩は、例えば限外濾過膜により電導度が約1.5mS/cmとなるまで行なうことができる。1.5mS/cm以上で脱塩を終了するとNaCl等の不純物がインク中に含まれてしまい保存安定性が悪くなってしまうおそれがある。
【0040】
更に、脱塩後、遠心分離機やフィルターを用いて、1μm以上の粗大粒子を取り除くことができる。粗大粒子は沈降しやすく沈降率が増加し、インクジェットプリンタのインク噴出ノズルの目詰まりを起こしてしまうおそれがあるため、取り除くことが重要である。
【0041】
得られた分散液のpH調整や、酸化によって得られた水溶性酸性基の中和をすることができる。このような塩基性物質としてはアルカリ金属の水酸化物(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム及び水酸化リチウム等)、アンモニア(水)、各種のアミン化合物を挙げることができる。
【0042】
好ましいアミン化合物には水溶性の揮発アミン、アルカノールアミン等が挙げられる。具体的には、炭素数1〜3のアルキル基で置換された揮発性アミン(例えばメチルアミン、トリメチルアミン、ジエチルアミン、プロピルアミン);炭素数1〜3のアルカノール基で置換されたアルカノールアミン(例えば、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリイソプロパノールアミン等);炭素数1〜3のアルキル基及び炭素数1〜3のアルカノール基で置換されたアルキルアルカノールアミン等が挙げられる。
【0043】
高ストラクチャー顔料原末を表面処理して得られた表面改質型顔料は、その平均粒子径が150〜250nmであることが好ましい。
【0044】
高ストラクチャー顔料原末のDBP吸油量あたりの比表面積(比表面積/DBP吸油量)の値が前述した範囲内にあるもの、及び、顔料原末の一次粒子径に対する平均粒子径(前記表面改質型顔料の粒子径の平均値)の比(平均粒子径/一次粒子径)の値が後述する範囲内にあるものを用いて調製された水系顔料インクは印字濃度に優れる所望の沈降率とOD値とを共に満たすために点で有用である。特に高ストラクチャー顔料原末が高ストラクチャーカーボンブラックの原末である場合には、深みのある黒の濃い印字濃度で印刷することができる一方、この範囲から外れた顔料原末で調製されたインクは、浅い黒色であり、深みのある黒に印刷できない。
【0045】
高ストラクチャー顔料原末の一次粒子径に対する、表面改質型顔料の平均粒子径の比は、一次粒子の凝集した顔料凝集塊一つあたりに含まれる、凝集している一次粒子の平均数に相当するものである。前記一次粒子径に対する平均粒子径の比が8.5以上の表面改質型顔料に調製することが好ましい。前記一次粒子径に対する平均粒子径の比が8.5〜15.0であると一層好ましく、9.0〜12.0であるとなお一層好ましい。
【0046】
一次粒子経が前記範囲の顔料原末で調製された水系顔料インクは、表面改質型顔料の平均粒子径が150〜250nmであっても沈降率が低く、インクジェットプリンタのインク噴出ノズルの目詰まりを惹き起しにくく、また沈降、変質等を生じにくく、実用的に数年間の長期保存安定性を有する。
【0047】
(水系顔料分散液)
本発明の水系顔料分散液は、前述した水系顔料分散液の製造方法を使用して、製造されたことを特徴とする。即ち、本発明の水系顔料分散液は、高ストラクチャー顔料原末を表面改質するとともに水で分散処理して表面改質型顔料の顔料分散体を調製し、該顔料分散体を少なくとも脱泡処理して得られたものである。
【0048】
本発明の水系顔料分散液は、かかる構成からなるため、インクに用いて印字した際に印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することができる。
【0049】
本発明の水系顔料分散液に含まれる、高ストラクチャー顔料原末の表面を改質した表面改質型顔料は、分散剤なしに分散及び/または溶解が可能な顔料である。このため、本発明の水系顔料分散液は、前記表面改質型顔料に水を添加及び/または濃縮して所望の顔料濃度になるように調整して得ることができる。また、本発明の水系顔料分散液には、必要に応じて、後述する任意の水溶性有機溶剤や防腐剤等の添加物を加えることもできる。
【0050】
表面改質型顔料としては、酸化処理により高ストラクチャー顔料原末の表面に少なくともラクトン基とカルボキシル基が導入された改質顔料が好ましい。この場合、高ストラクチャー顔料原末重量に対するラクトン基が500μmol/g以上、同じくカルボキシル基が700μmol/g以上であることが好ましい。ラクトン基やカルボキシル基は親水性官能基であるので、この表面改質型顔料と水との相互作用が強まり、表面改質型顔料同士の静電的な斥力が働く。この親水性官能基が多いほど、斥力が大きくなって水に分散し易くなる結果、沈降し難くなる。
【0051】
本発明に用いられる表面改質型顔料は、その沈降率が低いものであり、例えば、平均粒子径が150〜250nmと大きい場合であっても沈降率が30%以下のものである。尚、沈降率は下記のように測定することができる。
以下では、表面改質型顔料として表面改質型カーボンブラックを用いた例を示す。
【0052】
表面改質型カーボンブラック濃度5重量%、グリセリン10重量%、ジエチレングリコール−モノ−n−ブチルエーテル10重量%に調製した液30gを沈降管に封入し、11000Gの重力加速度で10分間遠心分離処理を行う。その上澄み液4gを精秤し、1Lメスフラスコで希釈する。この希釈液を5mLホールピペットに量り取り、100mLメスフラスコで希釈する。この液の500nm波長における吸光度W1を測定する。同様に遠心処理前の調製液を希釈したときの吸光度W0を測定し、
沈降率(%)=〔1−(吸光度値W1)/(吸光度値W0)〕×100
の計算式により沈降率を算出する。
【0053】
表面改質型カーボンブラックを用い、上記の条件で得られた沈降率は、30%未満の低い値を示す。このことにより、表面改質型顔料を含有する水系顔料分散液および水系顔料インクは数年間の長期保存後も変質しにくく安定である。またインクジェットプリンタに使用した場合、インクジェットプリンタのインク噴出ノズルの目詰まりを惹き起さず、スムーズに印字できる。また、より好ましい沈降率は25%以下である。一方、前記範囲を超える沈降率を示す表面改質型顔料を用いた水系顔料インクは、目詰まりや長期保存による沈降を起こしてしまうおそれがある。
【0054】
表面改質型カーボンブラック濃度を0.001重量%に調製した液の500nmでの吸光度が、0.47以上であることが好ましい。吸光度がこの範囲である表面改質型カーボンブラックを水系顔料インクに用いると、深みのある黒で印刷される。吸光度がこの範囲外の表面改質型カーボンブラックを用いると、茶色を帯びた黒色で印刷されてしまう。
【0055】
表面改質型カーボンブラックの製造方法としては、例えば、ファーネス法により調製されたカーボンブラック原末を水に懸濁させた液に、次亜ハロゲン酸または/及び次亜ハロゲン酸塩の水溶液を加え酸化処理を行い、直径0.6〜3mmのミル媒体とともに分散機で攪拌し、100〜500メッシュの金網で濾別し、濾液を限外濾過膜により脱塩する工程を少なくとも有しているというものである。
【0056】
カーボンブラック原末は、公知のカーボンブラックの製造方法で製造されたものであり、ファーネス法で得られたカーボンブラック、チャンネル法で得られたカーボンブラック等が挙げられる。ファーネス法は、約2000℃迄の高温に耐え得るレンガで内張りされた特殊な燃焼炉に燃料(ガスや油)と空気とを導入し、完全燃焼させ1400℃以上の高温雰囲気を形成した上で液状の原料油を連続的に噴霧し熱分解させる。炉内後段で生成したカーボンブラックを含む高温ガスに水を噴霧し反応を停止させた後、バッグフィルターでカーボンブラックと排ガスとに分離するという原末調製方法である。
【0057】
(水系顔料インク)
本発明の水系顔料インクは、前述した水系顔料分散液を少なくとも含むことを特徴とする。本発明の水系顔料インクは、かかる構成からなるため、印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することができる。
【0058】
特に、本発明の水系顔料インクは、水系顔料分散液における前記表面改質型顔料として表面改質型カーボンブラックを含有することで、鮮明で深みのある黒で濃く綺麗に印刷することを可能にし、更に保存安定性がよく、長期間保存しても沈降を生じにくくなる。
【0059】
表面改質型顔料は、一般には水系顔料インク全量に対して、0.1〜30重量%、好ましくは1〜20重量%の範囲で含有される。表面改質型顔料の含有量が0.1重量%未満では印字又は筆記濃度が不十分となる場合があり、また20重量%を超える場合には水系顔料インクの粘度が急激に高くなり、インクの吐出時の安定性が低下する恐れがある。
【0060】
また、本発明の水系顔料インクは、更に記録媒体へのインクの塗布量が1mg/cm2であるときの浸透時間が1秒未満であるような浸透性を有することが好ましい。塗布量が1mg/cm2での浸透時間が1秒未満である水系顔料インクとは、具体的には、例えば360dpi(ドット/インチ)×360dpiの面積に50ngの水系顔料インクを塗布した場合に、印刷面を触ってもインクで汚れなくなるまでの時間が1秒未満である水系顔料インクを指す。
【0061】
このような浸透性を有する水系顔料インクは、水溶液の表面張力が小さくなる水溶性有機溶剤や界面活性剤の浸透促進剤を添加して、記録媒体への濡れ性を向上することで浸透性を早めることができる。水溶性有機溶剤としては、エタノール、プロパノール等の低級アルコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ類、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のカルビトール類、1,2−ヘキサンジオ−ル、1,2−オクタンジオール等の1,2−アルキルジオール類が挙げられる。中でも、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル等のグリコールブチルエーテル系の水性有機溶剤が、優れた浸透性を与える意味で特に好ましい。
【0062】
また、界面活性剤としては、脂肪酸塩類、アルキル硫酸エステル塩類等のアニオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンフェニルエーテル等のノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤等を用いることができる。中でも、ノニオン性界面活性剤が低起泡性であることから特に好ましく、更にはアセチレングリコール系ノニオン性界面活性剤が、優れた浸透性を与える意味で特に好ましい。
【0063】
これらの浸透促進剤は、水溶性有機溶剤または界面活性剤単独、あるいは併用して、20℃におけるインクの表面張力が45mN/m以下、好ましくは40mN/m以下に調整して添加することが望ましい。
【0064】
本発明の水系顔料インクは、例えばインクジェット記録方法に用いた場合にインクを吐出するノズル先端のインク乾燥防止のために、保湿剤を添加することができる。保湿剤としては、水溶性かつ吸湿性の高い材料から選ばれ、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール1,6−ヘキサンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、ペンタエリスリトール等のポリオール類、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、ε−カプロラクタム等のラクタム類、尿素、チオ尿素、エチレン尿素、1,3−ジメチルイミダゾリジノン類等の尿素類、マルチトール、ソルビトール、グルコノラクトン、マルトース等の糖類を用いることができる。これらの保湿剤の使用量は特に限定されないが、一般には水系顔料インク全量に対して0.5〜50重量%の範囲である。
【0065】
本発明の水系顔料インクは、上述した以外にも必要に応じて、一般的な定着剤、pH調整剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、防腐剤、防黴剤のような添加剤を含んでいてもよい。
【0066】
特に、表面改質型カーボンブラックを含有する水系顔料インクは深みのある黒で濃く綺麗に印刷することを可能にする。例えば、表面改質型カーボンブラック濃度5重量%、グリセリン10重量%、ジエチレングリコール−モノ−n−ブチルエーテル10重量%に調製した顔料分散体に脱泡処理を施した水系顔料分散液を含む水系顔料インクを、1mg/cm2塗布した場合、そのインク層をマクベス濃度計で測定した反射濃度値(OD値)は、少なくとも1.4である。
【0067】
また、上記配合比で調製した水系顔料インクで印刷すると、L*a*b*表色系でのL*値が47以下、b*値が0.7〜0となり、L*a*b*表色系がこの範囲のものであれば、印刷したとき、青み乃至赤みを帯びておらず、肉眼での観察程度では見分けできない程度に同等で、深みのある黒である。更に前記の表面改質型カーボンブラックの(比表面積/DBP吸油量)の比値が前記範囲内にあり小さいほど、また水系顔料インクの吸光度と反射濃度値とが前記範囲内にあり大きいほどL*値とb*値とが小さく良好である。
【0068】
本発明の水系顔料インクは、筆記具用、スタンプ用等のような各種のインクとしても用いられる。特に、水性ボールペン等の筆記用インク組成物として使用した場合に記録・筆記特性が良好で筆跡ムラのない筆記ができ、また、速記した場合に文字がかすれることはない。本発明の水系顔料インクは、インクの液滴を吐出し、前記液滴を記録媒体に付着させて記録を行うインクジェット記録用インクとして、更に好適に使用することができる。
【0069】
(インクジェット記録方法)
本発明のインクジェット記録方法は、前述した水系顔料分散液又は前述した水系顔料インクを使用することを特徴とする。本発明のインクジェット記録方法によれば、かかる構成からなるため、印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することができる。
【0070】
本発明のインクジェット記録方法は、インクを微細なノズルより液滴として吐出して、その液滴を記録媒体に付着させるいかなる方式も使用することができる。
【0071】
その幾つかを説明する。先ず静電吸引方式がある。この方式には、ノズルとノズルの前方に置いた加速電極の間に強電界を印可し、ノズルからインクを液滴状で連続的に噴射させ、インク滴が偏向電極間を飛翔する間に印刷情報信号を偏向電極に与えて記録する方式、あるいはインク滴を偏向することなく印刷情報信号に対応して噴射させる方式がある。
【0072】
第二の方式は、小型ポンプでインク液に圧力を加え、ノズルを水晶振動子等で機械的に振動させることにより、強制的にインク滴を噴射させる方式である。噴射したインク滴は噴射と同時に帯電させ、インク滴が偏向電極間を飛翔する間に印刷情報信号を偏向電極に与えて記録する。
【0073】
第三の方式は、圧電素子を用いる方式であり、インクに圧電素子で圧力と印刷情報信号を同時に加え、インク滴を噴射・記録させる方式である。
【0074】
第四の方式は、熱エネルギーの作用によりインクを急激に体積膨張させる方式であり、インクを印刷情報信号に従って微小電極で加熱発泡させ、インク滴を噴射・記録させる方式である。
【0075】
以上のいずれの方式も本発明の水系顔料インクを用いたインクジェット記録方法に使用することができる。
【0076】
また、本発明によれば、少なくとも前述した水系顔料インクを用いて記録が行われることにより、優れた記録物を得ることができる。この記録物は、本発明の水系顔料インクを用いることにより高い印字濃度を示す。
【0077】
以下に、本発明の実施例及び試験例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、かかる実施例により何等制限されるものではない。
【0078】
(1)高ストラクチャー顔料原末)
ファーネス法で調製した下記物性を有するカーボンブラック原末について各々下記3種を用いる。
【0079】
(1)
一次粒子径 :15nm
BET比表面積:185m2/g
DBP吸油量 :200mL/100g
BET比表面積/DBP吸油量:0.93
(2)
一次粒子径 :15nm
BET比表面積:185m2/g
DBP吸油量 :160mL/100g
BET比表面積/DBP吸油量:1.15
(3)
一次粒子径 :15nm
BET比表面積:200m2/g
DBP吸油量 :150mL/100g
BET比表面積/DBP吸油量:1.33
【0080】
(2)顔料分散体の調製)
前記カーボンブラック原末200gを、イオン交換水1500gに加え、ディゾルバーで攪拌しながら50℃まで昇温した。その後、次亜塩素酸ナトリウム2220g(有効塩素濃度12%)水溶液を50〜60℃で3.5時間かけて滴下し、滴下終了直後に直径3mmのガラスビーズを加え、50℃で30分間攪拌し、表面改質型カーボンブラックが含まれている反応液を得た。この反応液を400メッシュ金網でろ過し、ガラスビーズ及び未反応カーボンブラックと反応液とを分別した。
【0081】
分別して得た反応液に水酸化ナトリウム5%水溶液を加えpH=7.5に調整した後、限外濾過膜で電導度が1.5mS/cmになるまで脱塩及び精製し、更に表面改質型カーボンブラック濃度が17重量%になるまで濃縮した。この濃縮液を遠心分離機にかけ、粗大粒子を取り除き、0.6μmフィルターで濾過を行った。得た濾液にイオン交換水を加え、表面改質型カーボンブラックを濃度15重量%になるまで希釈し、所定の顔料分散体を得た。
【0082】
ここで得られた表面改質型カーボンブラックを60℃で15時間乾燥し、そのカーボンブラックを用い、熱分解ガスクロマト装置HP5890A(ヒューレットパッカード社製)を使用して、358℃でラクトン基、650℃でカルボキシル基が分解して生じる二酸化炭素を測定した。測定値からカーボンブラックのラクトン基及びカルボキシル基存在量を換算した。その結果は、次に示す通りである。
【0083】
(1)
ラクトン基存在量:531(μmol/g)
カルボキシル基存在量:715(μmol/g)
(2)
ラクトン基存在量:553(μmol/g)
カルボキシル基存在量:772(μmol/g)
(3)
ラクトン基存在量:592(μmol/g)
カルボキシル基存在量:803(μmol/g)
【0084】
また、0.065重量%の表面改質型カーボンブラック濃度に調整した水溶液を粒度分析計MICROTRAC9340−UPA(マイクロトラック社製)を用いて測定した。その結果は、次に示す通りである。
【0085】
(1)
平均粒子径:175nm
平均粒子径/一次粒子径:11.7
(2)
平均粒子径:160nm
平均粒子径/一次粒子径:10.7
(3)
平均粒子径:120nm
平均粒子径/一次粒子径:8.0
【0086】
(3)脱泡処理:水系顔料分散液の作製)
得られた顔料分散液に対して、下記条件にて脱泡処理を施し、水系顔料分散液を得た。
1.加熱処理条件 :A 70℃×5時間
B 40℃×1時間
2.超音波処理条件 :100KHz×1時間
3.減圧脱気処理条件:30mmHg×1時間
また、脱泡処理の際に発生するガス量(顔料分散体100gあたりの発生ガス量:cm3)を、透明パックに空気の無い状態で密閉したものから脱泡処理後に発生したガス量をシリンジ等で分取することにより測定した。
下記表1中の実施例については、各脱泡処理後で顔料分散体100gあたりの発生ガス量がいずれも1cm3以上であった。
【0087】
(4)水系顔料インクの調製)
得られた水系顔料分散液と、下記に示される成分とを混合し、25℃で60分間撹拌した。混合液を5μmのメンブランフィルター(商品名、日本ミリポア・リミテッド製)で濾過して所定の水系顔料インク(インク組成物)を得た。
水系顔料分散液 60重量%
オルフィンE1010 1重量%
トリエチレングリコールモノブチルエーテル 3重量%
1,2−ヘキサンジオール 3重量%
グリセリン 15重量%
トリエタノールアミン 0.5重量%
純水 残量
【0088】
評価試験
各水系顔料インクについて、インクジェットプリンターEM930C(セイコーエプソン株式会社製)に充填し、以下の評価試験を行い、得られた結果を表1に示す。
【0089】
<評価1:連続印字安定性>
常温(25℃)下、連続印字を行い、ドット抜けおよびインクの飛び散りの印字不良の有無を観察した。その結果を以下の基準で評価した。
A:72時間経過時で、ドット抜けまたはインクの飛び散りの発生が10回未満である。
B:72時間経過時で、ドット抜けまたはインクの飛び散りが10〜15回発生した。
C:72時間経過時で、ドット抜けまたはインクの飛び散りが16回以上発生した。
【0090】
<評価2:印字濃度(O.D.値)>
記録媒体として、Xerox 4024(ゼロックス社)、Xerox P(ゼロックス社)、およびHanmer Mill Copy Plus(Hanmer Mill社)の3種紙に、普通紙−きれいモードにて文字およびべた印刷を行った。
得られた印字物3種紙を一般環境で1時間放置した後、ベタ印字部分の印字濃度をO.D.値測定器(GRETAG社製、SPM−50)により測定した。その結果を以下の基準で判定した。
A: O.D.値が1.3以上である場合
B: O.D.値が1.2以上1.3未満である場合
C: O.D.値が1.2未満である場合
【0091】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明は、インクに用いて印字した際に印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料分散液の製造方法及び水系顔料分散液、印刷物の高OD値と高い吐出安定性を両立することのできる水系顔料インク及びインクジェット記録方法として、産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高ストラクチャー顔料原末を表面改質するとともに水で分散処理して表面改質型顔料の顔料分散体を調製し、該顔料分散体を少なくとも脱泡処理することを特徴とする水系顔料分散液の製造方法。
【請求項2】
前記脱泡処理は、加熱脱泡処理、加超音波脱泡処理、及び減圧脱泡処理のうちの少なくとも一の処理を含む、請求項1記載の水系顔料分散液の製造方法。
【請求項3】
前記脱泡処理は、前記顔料分散体100gあたり、1cm3以上のガスが発生するように行う、請求項1又は2記載の水系顔料分散液の製造方法。
【請求項4】
前記高ストラクチャー顔料原末は、そのDBP吸油量が160mL/100g以上である、請求項1〜3の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法。
【請求項5】
前記表面改質型顔料が、前記高ストラクチャー顔料原末を酸化処理することで得られる改質顔料である、請求項1〜4の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法。
【請求項6】
前記高ストラクチャー顔料原末が、高ストラクチャーカーボンブラックの原末である、請求項1〜5の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6の何れかに記載の水系顔料分散液の製造方法を使用して、製造されたことを特徴とする水系顔料分散液。
【請求項8】
請求項7記載の水系顔料分散液を少なくとも含むことを特徴とする水系顔料インク。
【請求項9】
請求項7記載の水系顔料分散液又は請求項8記載の水系顔料インクを使用することを特徴とするインクジェット記録方法。


【公開番号】特開2006−8865(P2006−8865A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−188589(P2004−188589)
【出願日】平成16年6月25日(2004.6.25)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【出願人】(000103895)オリヱント化学工業株式会社 (59)
【Fターム(参考)】