説明

水素ロータリーピストンエンジン

【課題】冷却損失と排気損失とを共に低減し、水素ロータリーピストンエンジンの熱効率を改善する。
【解決手段】水素ロータリーピストンエンジンは、トロコイド状内周面3aを有するローターハウジング3と、トロコイド状内周面3aに頂点が摺接しつつ回転するローター2と、ローター2の外周面2aに形成されたリセス2bと、トロコイド状内周面3aのトロコイド曲線の短軸Zよりもリーディング側に配置されたリーディング側点火プラグ21とを備える。リセス2bは、ローター2が圧縮トップにあるときに短軸Zよりもリーディング側に偏倚して配置されている。リセス2b内で空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気Rを成層化させる高圧水素インジェクタ15が設けられている。リーディング側点火プラグ21は、燃焼行程において、成層化された水素過濃混合気Rに点火し、燃焼させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱効率の改善のために燃焼プロセスが改良された水素ロータリーピストンエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境への関心が高まるなか、排気がクリーンな水素エンジンが注目されている。ロータリーピストンエンジンは、ローターがローターハウジングのトロコイド状内周面に複数の頂点で摺接して複数の作動室を画成しつつ回転するという構造上、吸気室と燃焼室とが分離され、また吸気室にスパークプラグ等の熱源もないため、バックファイア等の異常燃焼が起き難い。そのため、ロータリーピストンエンジンは、レシプロエンジンに比べて、水素エンジンとしての用途に適している。例えば、特許文献1には、気体燃料として水素を採用した水素ロータリーピストンエンジンが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−250024号公報(段落0024)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、水素ロータリーピストンエンジンの燃焼方式は、空気と水素とを予混合した混合気に点火して燃焼させる均質燃焼が通例である。その場合、次のような問題が生じ得る。一般に、水素の燃焼はガソリンよりも速いため、水素エンジンはガソリンエンジンよりも冷却損失が大きい。冷却損失を低減するためにリーン燃焼を行うことが考えられるが、混合気をリーン化すると、燃焼速度が遅くなり、燃焼遅れが生じ、排気損失が増加する。
【0005】
また、ロータリーピストンエンジンは、ローターの回転に起因して、燃焼行程において燃焼室内をローターの回転方向のトレーリング側からリーディング側へ強いスキッシュ流が流れる。このスキッシュ流のため、点火プラグの点火によって生じた火炎は、点火プラグよりもリーディング側には伝播し易いがトレーリング側には伝播し難い。この傾向は、混合気をリーン化して燃焼速度が遅くなるほどより顕著となる。そのため、点火プラグの点火時に点火プラグよりもトレーリング側に存在する混合気は、ローターの回転に伴って点火プラグよりもリーディング側に移動するまで燃焼が開始しない。これによっても混合気の燃焼遅れが生じ、排気損失が増加する。
【0006】
そして、いずれの場合も、混合気をリッチ側に戻すと、排気損失は低減するが、冷却損失が増加する。
【0007】
本発明は、燃料として水素を用いる水素ロータリーピストンエンジンにおける前記のような問題に対処しようとするもので、互いにトレードオフの関係にある冷却損失と排気損失とを共に低減し、もって水素ロータリーピストンエンジンの熱効率を改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、空気過剰率λが1未満のリッチな水素の過濃混合気が、ガソリン、軽油、CNG(圧縮天然ガス)、LPG(液化石油ガス)等の他の燃料の過濃混合気に比べて、燃焼速度が速い点に着目し、かつ、ローターの外周面に形成されているリセスを利用して、このリセスに水素ガスを噴射すれば、リセス内に空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気が生成し、生成した水素過濃混合気の塊がリセス内で一定時間存在し得る、つまり水素過濃混合気が成層化し得ることを見出して、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、前記目的を達成するため、本発明に係る水素ロータリーピストンエンジンは、トロコイド状内周面を有するローターハウジングと、前記内周面に頂点が摺接しつつ回転するローターと、前記ローターの外周面に形成されたリセスと、前記内周面のトロコイド曲線の短軸よりもリーディング側に配置された点火プラグとを備える水素ロータリーピストンエンジンであって、前記リセスは、前記ローターが圧縮トップにあるときに前記短軸よりもリーディング側に偏倚して配置され、前記リセス内で空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気を成層化させる手段が設けられ、前記点火プラグは、燃焼行程において、前記成層化された水素過濃混合気に点火し、燃焼させることを特徴とする。
【0010】
このような構成によれば、点火プラグの点火によって、リセス内で成層化された空気過剰率λが1未満のリッチな水素過濃混合気が燃焼される。この水素過濃混合気は燃焼速度が相対的に速く、かつリセス内で成層化されていると共に、リセス内にはトレーリング側からリーディング側へ流れる強いスキッシュ流によって絶えず空気が供給される。そのため、燃焼は専らリセス内のみで行われ、かつリセス内のみで短期に終了する。燃料の局在化により、均質燃焼のように燃焼室の全部を使って燃焼が行われるのではなく、燃焼室の一部だけを使って燃焼が行われるから、燃焼によって高温度となる燃焼室の範囲が狭くなり、放熱の壁の面積が減り、冷却損失が低減する。しかも、燃焼速度が速く、燃焼が短期に終了するから、排気損失も増加しない。よって、冷却損失と排気損失との両方の低減が図られ、水素ロータリーピストンエンジンの熱効率が改善する。
【0011】
本発明のより具体的な構成として、前記水素過濃混合気を成層化させる手段は、吸気行程又は圧縮行程にある作動室に接するローターのリセスに向けて水素ガスを噴射する水素インジェクタであるものを挙げることができる。
【0012】
このような構成によれば、従来普通に使用される水素インジェクタを用いて、ローターのリセスに直接水素ガスを噴射することにより、前記リセス内で空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気を成層化させることができる。そして、吸気行程で噴射する場合は、作動室の圧力が相対的に低いから、水素を高圧で噴射しなくてもよいという利点がある。一方、圧縮行程で噴射する場合は、噴射から点火までの時間が相対的に短いから、点火時における水素過濃混合気の成層化の程度が高いという利点がある。
【0013】
本発明のより具体的な構成として、前記水素過濃混合気の空気過剰率λが0.5〜0.8であるものを挙げることができる。
【0014】
このような構成によれば、空気過剰率λが0.5〜0.8の範囲は、水素過濃混合気の燃焼速度が他の燃料の過濃混合気の燃焼速度よりも特に速くなる範囲なので、そのような空気過剰率の水素過濃混合気を燃焼させることによって、冷却損失及び排気損失の低減の度合いがより一層大きくなり、水素ロータリーピストンエンジンの熱効率のより一層の改善が図られる。
【0015】
本発明のさらに具体的な構成として、前記リセスを構成する壁面の断熱度が前記リセス外のローターの外周面の断熱度よりも高められているものを挙げることができる。
【0016】
このような構成によれば、水素過濃混合気の燃焼によって高温度となる部分の熱伝達率(熱伝達係数)αが小さくなるので、冷却損失のより一層の低減が図られる。
【0017】
本発明のさらに具体的な構成として、前記点火プラグは、前記ローターが圧縮トップにあるときに、前記リセスとオーバーラップする位置に配置されているものを挙げることができる。
【0018】
このような構成によれば、圧縮トップ近傍で点火される点火プラグの点火によってリセス内の水素過濃混合気が確実に燃焼される。
【0019】
本発明のさらに具体的な構成として、前記点火プラグの点火時期は、圧縮トップ以後であるものを挙げることができる。
【0020】
このような構成によれば、ノッキングを防止しつつ高いトルクを得ることができ、燃費の向上が図られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、従来、使用されることが少なかった水素の過濃混合気を成層化して燃焼させるという均質燃焼とは異なる新しい燃焼プロセスを採用することにより、均質燃焼の場合には互いにトレードオフの関係にある冷却損失と排気損失とを共に低減することができ、水素ロータリーピストンエンジンの熱効率を大幅に改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施形態に係るロータリーピストンエンジンの概要を示す斜視図である。
【図2】前記ロータリーピストンエンジンのローターハウジング及びローターの正面図である。
【図3】ローターが圧縮トップ近傍にあるときの燃焼室及びその周辺の部分断面図である。
【図4】リセス内で成層化された水素過濃混合気にトレーリング側から空気が供給されることを示す、(a)は燃焼室に接するローターの外周面の平面図、(b)は燃焼室及びその周辺の部分断面図である。
【図5】水素と他の燃料との燃焼速度の違いを示すグラフである。
【図6】水素の過濃混合気と水素の希薄混合気との燃焼速度の違いを示すグラフである。
【図7】均質燃焼と成層燃焼との違いを示す、(a)は均質燃焼の場合の燃焼室の温度分布図、(b)は成層燃焼の場合の燃焼室の温度分布図、(c)は燃焼室の表面座標と冷却損失との関係を示すグラフである。
【図8】均質燃焼と成層燃焼との冷却損失の違いを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面に基いて本発明の実施形態を説明する。なお、本実施形態は例示に過ぎず、本発明はこの実施形態に何等限定されるものではない。
【0024】
本実施形態において、本発明は、図1及び図2に示す水素ロータリーピストンエンジン1に適用されている。このエンジン1は、2つのローター2を備えた2ローター型エンジンであり、インターミディエイトハウジング4の両側に、フロント側(図1の右側)及びリヤ側(図1の左側)の2つのローターハウジング3及び2つのサイドハウジング5がこの順に積層され、一体化されることによって構成されている。
【0025】
なお、図1では、フロント側のローターハウジング3及びサイドハウジング5は、内部を示すために一部が切り欠かれている。また、リヤ側のサイドハウジング5は、内部を示すためにローターハウジング3から分離されている。また、図中の符号Xは、出力軸としてのエキセントリックシャフト6(図2参照)の回転軸心を示す。
【0026】
前記ロータハウジング3の平行トロコイド曲線で描かれるトロコイド状内周面3aと、前記サイドハウジング5の内側面5aと、前記インターミディエイトハウジング4の側面4aとによって、ローター収容室7が形成されている。ローター収容室7は、図2に示すように、回転軸心Xの方向から見て繭のような略楕円形状を呈している。なお、図中の符号Yは、トロコイド状内周面3aのトロコイド曲線の長軸を示し、符号Zは、短軸を示す。
【0027】
前記ローター収容室7にローター2が回転自在に収容されている。ローター2は、回転軸心Xの方向から見て各辺の中央部が外側に膨出する略三角形状をしたブロック体からなる。図中の符号2aは、後述する作動室8に接するローター2の外周面(フランク面)を示す。各フランク面2aには、エンジン1の圧縮比を調整するための窪みであるリセス2bが形成されている。リセス2bは、フランク面2aの長手方向の中央部分よりもローター2の回転方向のリーディング側に偏倚して配置されている。
【0028】
ローター2の3つの頂点には、図示略のアペックスシールが備えられ、これらのアペックスシールがローターハウジング3のトロコイド状内周面3aに当接することにより、前記ローターハウジング3のトロコイド状内周面3aと、前記ローター2のフランク面2aと、前記サイドハウジング5の内側面5aと、前記インターミディエイトハウジング4の側面4aとによって、ローター収容室7の内部に3つの作動室8が画成されている。
【0029】
図示されていないが、ローター2は、ローター2の中央部に設けられた内歯車(ローターギア)とサイドハウジング5に設けられた外歯車(固定ギア)とが噛合しつつ、インターミディエイトハウジング4及びサイドハウジング5を貫通するエキセントリックシャフト6に対して遊星回転運動をするように支持されている。
【0030】
ローター2は、3つのアペックスシールがロータハウジング3のトロコイド状内周面3aに摺接しつつ、エキセントリックシャフト6の偏心輪6aの周りを自転し、かつ、回転軸心Xの周りを自転と同じ方向に公転する(単にローター2の回転というときは、この自転及び公転を含めたローター2の遊星回転を意味する)。このローター2の回転に伴い、3つの作動室8がトロコイド状内周面3aに沿って周方向に移動し、各作動室8において、吸気、圧縮、燃焼及び排気の各行程が行われ、発生するトルクがローター2を介してエキセントリックシャフト6から出力される。
【0031】
図2において、ローター2は、矢印で示すように、時計回りに回転する。ローター収容室7は、長軸Yより左側(図2においていう。以下同様)の部分が概ね吸気行程と排気行程の領域となり、右側の部分が概ね圧縮行程と燃焼行程の領域となる。
【0032】
ローター収容室7の長軸Yより左側の部分で短軸Zより上側には、インターミディエイトハウジング4の側面4a及びサイドハウジング5の内側面5aに吸気ポート11,12,13が開口している。エンジン1の低回転領域では第1吸気ポート11のみから吸気され、中回転領域では第2吸気ポート12からも吸気され、高回転領域ではさらに第3吸気ポート13からも吸気される。これにより、エンジン1の全運転領域に亘って効率よく吸気が行われる。
【0033】
ローター収容室7の長軸Yより左側の部分で短軸Zより下側には、インターミディエイトハウジング4の側面4a及びサイドハウジング5の内側面5aに排気ポート10…10が開口している。このように、このエンジン1ではサイド排気方式が採用され、吸気ポート11〜13による吸気のオープンタイミングと、排気ポート10…10による排気のオープンタイミングとがオーバーラップしないように設定されている。これにより、吸気行程に持ち込まれる残留排ガスが低減され、混合気がリーンであっても燃焼安定性が向上する。
【0034】
ロータハウジング3の長軸Yより右側の部分には、作動室8(燃焼室)に燃料としての水素を直接噴射する高圧水素インジェクタ15が短軸Z上に備えられている。インジェクタ15は図外の高圧水素タンクにつながっており、噴射圧及び噴射時間が制御可能に構成されている。また、同じくロータハウジング3の長軸Yより右側の部分には、短軸Zよりもリーディング側にリーディング側点火プラグ21が配置されている。リーディング側点火プラグ21は、ローター2が圧縮トップ(圧縮上死点:TDC)の近傍にあるときに点火される。
【0035】
図2において、左上の作動室8は吸気行程にある。吸気工程では、吸気ポート11〜13から作動室8に空気が吸気される。次いで、ローター2の回転に伴い圧縮行程に移行すると、作動室8の容積が小さくなり空気が圧縮される。次いで、右側の作動室8(燃焼室)のように、ローター2が圧縮トップ近傍にあるときに、高圧水素インジェクタ15から高圧の水素ガスが噴射され、その後、リーディング側点火プラグ21が点火される。これにより、水素が燃焼して燃焼行程に移行する。次いで、ローター2の回転に伴い排気行程に移行すると、左下の作動室8のように、排ガスが排気ポート10…10から排出される。
【0036】
以上のような構成を基本として、本実施形態に係るエンジン1は、次のような特徴を有している。
【0037】
前述したように、リセス2bは、フランク面2aの長手方向の中央部分よりもリーディング側に偏倚して配置されているため、図3に示すように、ローター2が圧縮トップないし圧縮トップ近傍にあるときには、リセス2bは、短軸Zよりもリーディング側に偏倚して配置されることになる。これにより、ローター2が圧縮トップ近傍にあるときに、高圧水素インジェクタ15から水素ガスが噴射されると、噴射された水素ガスはリセス2bに入り、短軸Zよりもリーディング側に移動する。
【0038】
なお、リセス2bが短軸Zよりもリーディング側に偏倚して配置されるとは、リセス2bの全部が短軸Zよりもリーディング側にある場合だけでなく、リセス2bの長手方向の中心が短軸Zよりも所定距離だけリーディング側にずれた位置に配置されている場合を含む。
【0039】
前記高圧水素インジェクタ15は、圧縮行程にある作動室8に接するローター2のリセス2bに向けて水素ガスを噴射するので、前記インジェクタ15は、リセス内2bで空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気を成層化させる手段として機能する。つまり、高圧水素インジェクタ15から噴射され、リセス2bに入った水素ガスは、空気過剰率λが1未満のリッチな水素過濃混合気Rの塊となってリセス2b内で一定時間成層化される。そして、この成層化された水素過濃混合気Rが短軸Zよりもリーディング側に移動して、リーディング側点火プラグ21に接近することになる。
【0040】
従来普通に使用される水素インジェクタ15を用いて、ローター2のリセス2bに直接水素ガスを噴射することにより、リセス2b内で空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気Rを成層化させることができる。
【0041】
前記リーディング側点火プラグ21は、高圧水素インジェクタ15から水素ガスが噴射された後、点火するので、前記点火プラグ21は、燃焼行程において、リセス2b内で成層化された水素過濃混合気Rに点火し、燃焼させることになる。
【0042】
水素過濃混合気Rは、ガソリン、軽油、CNG、LPG等の他の燃料の過濃混合気に比べて燃焼速度が速い。しかも、水素過濃混合気Rは、リセス2b内で成層化されている。さらに、図4に示すように、リセス2b内にはトレーリング側からリーディング側へ流れる強いスキッシュ流によって絶えず空気が供給される。そのため、リーディング側点火プラグ21の点火によって生じた燃焼は、主にリセス2b内のみで行われ、かつリセス2b内のみで短時間のうちに終了する。燃料の局在化により、均質燃焼のように燃焼室の全部を使って燃焼が行われるのではなく、燃焼室の一部だけを使って燃焼が行われるから、燃焼によって高温度となる燃焼室の範囲が狭くなり、放熱の壁の面積が減り、冷却損失が低減する。しかも、燃焼速度が速く、燃焼が短時間のうちに終了するから、排気損失も増加しない。よって、冷却損失と排気損失との両方の低減が図られ、水素ロータリーピストンエンジン1の熱効率が改善する。
【0043】
図5に、4種類の気体、すなわち、水素、エチレン、プロパン、メタンについて、当量比と層流燃焼速度との関係を示す。図示した当量比の略全範囲で、水素の燃焼速度は他の気体の燃焼速度よりも速い。しかも、エチレン、プロパン、メタンは、当量比が1〜1.1(λ=0.9〜1)付近で燃焼速度が最大になるのに対し、水素は、当量比が1.6(λ=0.63)付近で燃焼速度が最大になる。そのため、水素の燃焼速度と他の気体の燃焼速度との差は、当量比が1.2〜2(λ=0.5〜0.8)の範囲において開く一方である。
【0044】
このことから、前記水素過濃混合気Rの空気過剰率λは、1未満のうちでも、0.5〜0.8であることが好ましい。つまり、空気過剰率λが0.5〜0.8の範囲は、水素過濃混合気Rの燃焼速度が他の燃料の過濃混合気の燃焼速度よりも特に速くなる範囲なので、そのような空気過剰率の水素過濃混合気Rを燃焼させることによって、冷却損失及び排気損失の低減の度合いがより一層大きくなり、水素ロータリーピストンエンジン1の熱効率のより一層の改善が図られるからである。
【0045】
水素過濃混合気Rの空気過剰率λを1未満に調整したり、0.5〜0.8の範囲に調整したりすることは、例えば、高圧水素インジェクタ15の噴射圧や噴射時間を制御することにより達成される。その場合、高圧水素インジェクタ15の噴射圧を例えば10MPaとすると良好な結果が得られる。
【0046】
図6に、空気過剰率λが0.9(当量比1.1)の水素過濃混合気と、空気過剰率λが2.05(当量比0.49)の水素希薄混合気との燃焼速度の違いを示す。これから明らかなように、水素希薄混合気は、燃焼速度が遅いため、燃焼遅れが生じ、排気損失が増加するのに対し、水素過濃混合気は、燃焼速度が速いため、燃焼遅れが生じず、排気損失の増加が抑制される。なお、図示した水素過濃混合気と水素希薄混合気とでは点火時期が異なっており、水素過濃混合気はノッキング防止のため点火時期を圧縮トップ以後にリタードしてある。
【0047】
冷却損失は、S/N比を小さくすることにより低減することができる。また、冷却損失は、式「Qw=Aα(T−Tw)」に従って算出することができる。ここで、Qwは冷却損失、Aは燃焼室の壁の面積、αは熱伝達率(熱伝達係数)、Tは燃焼温度、Twは燃焼室の壁の温度である。
【0048】
本実施形態では、前述したように、燃料の局在化により、燃焼室の一部だけを使って燃焼が行われるから、燃焼によって高温度となる燃焼室の範囲が狭くなり、放熱の壁の面積が減る。具体的には、例えば、水素過濃混合気Rの燃焼温度Tが1500K、これと接する燃焼室の壁の温度Twが200℃とすると、(T−Tw)は比較的大きい値であるが、この値が適用される放熱の壁の面積は、燃焼室の壁の全面積ではなく、燃焼室の壁の一部の面積にすぎない。一方、例えば、空気の圧縮だけで昇温する燃焼室の他の部分の温度Tが800K、これと接する燃焼室の壁の温度Twが80℃とすると、(T−Tw)は比較的小さい値であり、この値が燃焼室の壁の残りの面積に適用される。よって、総合すると、トータルの冷却損失が低減する。
【0049】
図7(a)に、水素を均質燃焼させた場合の燃焼室の温度分布、図7(b)に、水素を成層燃焼させた場合の燃焼室の温度分布を示す。これから明らかなように、均質燃焼では、燃焼室の全部を使って燃焼が行われるので、温度の上昇が燃焼室の略全範囲に広がっており、温度が相対的に高い範囲(図中のハッチング部分)が相対的に広いのに対し、成層燃焼では、燃焼室の一部だけを使って燃焼が行われるので、温度の上昇がリーディング側点火プラグ21よりもリーディング側の狭い範囲に限られており、温度が相対的に高い範囲(図中のハッチング部分)が相対的に狭い。これにより、図7(c)に示すように、成層燃焼は、均質燃焼に比べて、燃焼室の大部分の範囲で冷却損失が低減している。よって、総合すると、成層燃焼は、トータルの冷却損失が低減する。
【0050】
図8に示すように、水素を成層燃焼させた場合は、均質燃焼させた場合に比べて、冷却損失が16%改善した。
【0051】
本実施形態では、リセス2bを構成する壁面の断熱度を、リセス2b外のローター2のフランク面2aの断熱度よりも高めることが好ましい。つまり、水素過濃混合気Rの燃焼によって高温度となる部分の熱伝達率αが小さくなり、冷却損失のより一層の低減が図られるからである。
【0052】
リセス2bを構成する壁面の断熱度を高める方法は、特に限定されないが、例えば、図3に符号2cで示したように、断熱材をリセス2bを構成する壁面に敷設することが挙げられる。断熱材2cは、特に限定されないが、例えばセラミックス等が耐熱性の観点から好ましい。
【0053】
本実施形態では、リーディング側点火プラグ21は、ローター2が圧縮トップにあるときに、リセス2bとオーバーラップする位置に配置されていることが好ましい。これにより、圧縮トップ近傍で点火されるリーディング側点火プラグ21の点火によってリセス2b内の水素過濃混合気Rが確実に燃焼されるからである。
【0054】
本実施形態では、リーディング側点火プラグ21の点火時期は、圧縮トップ以後であることが好ましい。これにより、ノッキングを防止しつつ高いトルクを得ることができ、燃費の向上が図られるからである。
【0055】
例えば、点火時期をATDC(圧縮トップ後)5°とすると、燃焼はATDC5〜30°の間で完了し、良好な結果が得られる。
【0056】
本実施形態では、水素過濃混合気Rの空気過剰率λは1未満、好ましくは、0.5〜0.8であるが、燃焼室全体の空気過剰率λは、エンジン1の運転状態に応じて、2〜3、好ましくは2.2〜2.6のリーン状態に調整される。その場合、例えば、スロットル弁を常に全開とし(WOT)、吸気量を一定として、低負荷時は水素過濃混合気Rの量、つまり高圧水素インジェクタ15から噴射する水素ガス量を相対的に少なくし、高負荷時は水素過濃混合気Rの量、つまり高圧水素インジェクタ15から噴射する水素ガス量を相対的に多くする。
【0057】
水素過濃混合気Rの量を増減調整することは、例えば、高圧水素インジェクタ15の噴射圧や噴射時間を制御することにより達成される。その場合、高圧水素インジェクタ15の噴射圧を例えば10MPaとすると良好な結果が得られる。
【0058】
本実施形態の特徴を以下にまとめる。
【0059】
本実施形態に係る水素ロータリーピストンエンジン1は、従来、使用されることが少なかった水素の過濃混合気を成層燃焼させるという新しい燃焼コンセプトによるものであり、その新コンセプトは、空気過剰率λが1未満のリッチな水素過濃混合気Rの燃焼速度が速いということと、もともと圧縮比を調整するためにローター2のフランク面2aに形成されているリセス2bを利用して、水素過濃混合気Rをリセス2b内に閉じ込め、水素過濃混合気Rの一定時間の成層化を実現させるということから着想され、完成されたものである。これにより、レシプロエンジンに劣らない熱効率が達成され、本発明者等の検討によれば、本実施形態に係る水素ロータリーピストンエンジン1の熱効率は45%以上に改善する。この新しい燃焼コンセプトは、例えば燃料電池に比べて、ロバスト性の面でも価格の面でも劣らない、今後のエンジンのコア技術になり得るものである。
【0060】
前記実施形態の変形例を以下に説明する。
【0061】
前記実施形態では、リセス内で空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気を成層化させる手段として、圧縮行程にある作動室に接するローターのリセスに向けて水素ガスを噴射する高圧水素インジェクタが用いられたが、これに代えて、吸気行程にある作動室に接するローターのリセスに向けて水素ガスを噴射する水素インジェクタを用いてもよい。吸気行程で噴射する場合は、作動室の圧力が相対的に低いから、水素を高圧で噴射しなくてもよいという利点がある。一方、圧縮行程で噴射する場合は、噴射から点火までの時間が相対的に短いから、点火時における水素過濃混合気の成層化の程度が高いという利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、水素ロータリーピストンエンジンの技術分野において、広範な産業上の利用可能性が期待される。
【符号の説明】
【0063】
1 水素ロータリーピストンエンジン
2 ローター
2a ローター外周面(フランク面)
2b リセス
2c 断熱材
3 ローターハウジング
3a トロコイド状内周面
4 インターミディエイトハウジング
4a インターミディエイトハウジング側面
5 サイドハウジング
5a サイドハウジング内側面
6 エキセントリックシャフト
7 ローター収容室
8 作動室
10 排気ポート
11〜13 吸気ポート
15 高圧水素インジェクタ
21 リーディング側点火プラグ
22 トレーリング側点火プラグ
R 水素過濃混合気
X 回転軸心
Y 長軸
Z 短軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロコイド状内周面を有するローターハウジングと、
前記内周面に頂点が摺接しつつ回転するローターと、
前記ローターの外周面に形成されたリセスと、
前記内周面のトロコイド曲線の短軸よりもリーディング側に配置された点火プラグとを備える水素ロータリーピストンエンジンであって、
前記リセスは、前記ローターが圧縮トップにあるときに前記短軸よりもリーディング側に偏倚して配置され、
前記リセス内で空気過剰率λが1未満の水素過濃混合気を成層化させる手段が設けられ、
前記点火プラグは、燃焼行程において、前記成層化された水素過濃混合気に点火し、燃焼させることを特徴とする水素ロータリーピストンエンジン。
【請求項2】
前記水素過濃混合気を成層化させる手段は、吸気行程又は圧縮行程にある作動室に接するローターのリセスに向けて水素ガスを噴射する水素インジェクタであることを特徴とする請求項1に記載の水素ロータリーピストンエンジン。
【請求項3】
前記水素過濃混合気の空気過剰率λは0.5〜0.8であることを特徴とする請求項1又は2に記載の水素ロータリーピストンエンジン。
【請求項4】
前記リセスを構成する壁面の断熱度が前記リセス外のローターの外周面の断熱度よりも高められていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の水素ロータリーピストンエンジン。
【請求項5】
前記点火プラグは、前記ローターが圧縮トップにあるときに、前記リセスとオーバーラップする位置に配置されていることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の水素ロータリーピストンエンジン。
【請求項6】
前記点火プラグの点火時期は、圧縮トップ以後であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の水素ロータリーピストンエンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−44301(P2013−44301A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−183729(P2011−183729)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】