説明

水素吸蔵合金の製造方法およびその製造方法から成る水素吸蔵合金

【課題】十分なエネルギー密度や性能が得られる水素吸蔵合金の製造方法およびその製造方法による水素吸蔵合金を提供する。
【解決手段】改質用容器に導入した金属間化合物と原子状炭素供給源材とを、その改質用容器内にて断続的に機械エネルギーを付与してミル処理する。このミル処理では、例えば内部にステンレスボール11a,ミル処理対象物(すなわち、Mg2Ni等の金属間化合物とグラファイトカーボン等の原子状炭素供給源材)11bが導入されシール部材(Oリング)11cによって封止される改質用容器(ステンレスポット)11を備えたボールミルポット10を用いる。そして、前記のボールミルポット10を断続的に回転させることが可能なボールミル装置を用いてミル処理し、金属間化合物の改質を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵合金の製造方法およびその製造方法から成る水素吸蔵合金に関するものであって、電気化学的な水素の吸蔵・放出を可逆的に行うことが可能なものである。
【背景技術】
【0002】
例えばポータブル機器,コードレス機器等の製品の発展に伴い、その電源である電池においては更なる高エネルギー密度化,高性能化が求められ、種々の研究開発が行われてきた。例えば、高密度水素貯蔵媒体の一つとして、安価で高い水素吸蔵能を持つ金属Mg及びMg基水素吸蔵合金が注目されてきたが、そのMg原子とH原子との電気陰性度の差は大きく(Mg原子,H原子の電気陰性度は、それぞれ1.2,2.1)、結合力(H原子がMg原子から受ける強い束縛)の強いイオン結合性水素化物が生成(水素は電子を引き付けH-に、電気陰性度の小さいMgは電子を失ってMg+型の水素化物を生成)されてしまうため、脱水素化が困難および該脱水素化の速度が極めて遅かった。
【0003】
そこで、前記のような水素化物の結合力を緩和するため、合金の多元化や、新たな合金合成法の採用等の多くの試みがなされ、例えばMgMxNiy-x(化学式中のMは希土類元素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素、0.05≦x≦0.4,0.5≦y≦2)で表されるアモルファス構造の水素吸蔵合金であって、その合金表面に高結晶性カーボンを付着させたものや、ボールミルを用いたメカニカルアロイング法により合金化(例えば、ボールにかかる遠心力Fを適宜設定して合金化)させて成るものが知られている(例えば、特許文献1)。
【特許文献1】特開平10−147827号公報(段落[0006]〜[0009]等)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、前記のように結合力を緩和した水素吸蔵合金であっても、十分なエネルギー密度や性能は得られなかった。
【0005】
近年、水素化物の結合力を緩和する方法として、Mg原子の電子欠如を緩和することが検討されている。すなわち、例えば図16に示すように、Mg原子に対し電子供与体として機能する原子を予め結晶格子内に配置(例えば、合金合成時に原子を熱平衡的に配置)し、該Mg原子周辺の電子密度を操作する技術の確立が検討されている。前記のように電子供与体として機能する原子としては、結晶格子内に配置可能で不対電子を有し、その電子供与の可能性がある炭素原子が注目されている。
【0006】
しかしながら、合金合成時に炭素原子を熱平衡的に結晶格子内へ配置する方法の場合、Mg原子に対する炭素固溶が極めて小さく、該結晶格子内への配置が困難(効果的配置が困難)であり、水素吸蔵能を有しない炭化物相が生成される等の恐れがあった。
【0007】
本発明は、前記課題に基づいてなされたものであり、メカニカルアロイング法,電子供与体を改良して、十分なエネルギー密度や性能が得られる水素吸蔵合金の製造方法およびその製造方法による水素吸蔵合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、前記課題の解決を図るために、請求項1記載の発明は、水素吸蔵合金の製造方法に関するものであって、改質容器内に導入した金属間化合物(Mg2Ni等)と原子状炭素供給源材(電子供与体として機能する改質材)とを、その改質用容器内において断続的に機械エネルギーを付与してミル処理することにより、該金属間化合物の格子間に原子状炭素供給源材を導入させることを特徴とする。
【0009】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記の金属間化合物と原子状炭素供給源材との混合比Mは0.4〜0.5の範囲内であることを特徴とする。
【0010】
請求項3記載の発明は、前記の請求項1または2記載の発明において、前記の金属間化合物はMg基合金であることを特徴とする。
【0011】
請求項4記載の発明は、前記の請求項1乃至3記載の何れかの発明において、前記の原子状炭素供給源材は、グラファイトカーボンであることを特徴とする。
【0012】
請求項5記載の発明は、前記の請求項1乃至4記載の何れかの製造方法により、金属間化合物の格子間に原子状炭素供給源材が配置されて成る水素吸蔵合金であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
以上示したように本発明によれば、原子状炭素供給源材(グラファイトカーボン等の改質材)と高密度水素貯蔵媒体として期待される金属間化合物(Mg基合金等)の被改質対象とをボールミル等の改質用容器に導入し、その容器内にて断続的に機械的エネルギーを付与してミル処理(例えば、インターバル遊星ボールミル法によるミル処理)することにより、改質効果の低減につながる改質時に発生する熱の影響を受けることなく、金属間化合物の格子間に原子状炭素供給源材を導入(例えばMg基合金Mg2Niの四面体格子(Tサイト)に炭素原子もしくはクラスターを導入)し、良好な水素化物生成速度,脱水素化速度が得られ、安定した水素化物の実用化に貢献することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態における合金合成方法およびその製造方法による水素吸蔵合金を図面等に基づいて詳細に説明する。
【0015】
本実施の形態では、高密度水素貯蔵媒体として期待されるMg及びMg基水素吸蔵合金水素化物の特性改善のポイントが、Mgの電子欠如の緩和にある点に着目し、予め電子供与体として機能する炭素原子を格子内に配置し、Mg原子周辺の電子密度を操作する技術の確立を試みたものである。
【0016】
特異な条件を要する上記改質を実現するため、機械エネルギーを駆動源とする新たな固相反応法、すなわち固相反応進行の駆動源として機械エネルギーを活用し、その効果を効率的に発現し得る新たなメカニカルアロイング法(ボールミルを断続的に運転させて行うメカニカルアロイング法;いわゆる「インターバル遊星ボールミル法」)を適用し、電子供与体(改質材)として破砕性に富むグラファイトカーボン等の原子状炭素供給源材を選択する。
【0017】
具体的には、以下に示す方法によりMg基合金の合成・改質、その改質合金の構造解析・表面観察・状態分析、水素化・脱水素化特性の評価を実施することにより、格子内侵入炭素原子がもたらすMg水素化物の結合緩和効果を図4〜図15に示すように検証し、十分なエネルギー密度や性能が得られる合金合成方法およびその方法による水素吸蔵合金を検討した。
【0018】
[Mg基合金の合成と改質]
まず、被改質Mg基合金として、高周波溶解法により合成した金属間化合物Mg2Ni(32メッシュ以下のMg2Ni)を用いた。改質においては、図1に示すように内部にステンレスボール(SUS304製(本実施の形態では、直径15mm,重量14.2g,20個))11a,ミル処理対象物(すなわち、被改質材(Mg基合金等の金属間化合物)と改質材(グラファイトカーボン等の原子状炭素供給源材)11bが導入されシール部材(Oリング)11cによって封止される改質用容器(ステンレスポット)11と、該改質用容器11内にガスを選択的に導入するためのストップバルブ12と、を備えたガス置換機能付のボールミルポット(SUS304製(本実施の形態では、内容積140ml,約0.2MPaのアルゴンガス雰囲気に置換して改質が可能なもの))10を用いた。
【0019】
そして、図2に示すように、前記のボールミルポット10をターンテーブル(それぞれ独立して回転可能な略円盤状のテーブル21a,21bから成るターンテーブル)21上で断続的に回転させることが可能なボールミル(フリッチュ社,P−6型「インターバル遊星ボールミル」;図2中矢印で示すようにボールミルポットを自転および公転させることが可能なミル)を用いてミル処理し、Mg基合金の改質を行って改質合金を得た。
【0020】
前記のようにボールミルポットを断続的に回転させて改質を行う方法(いわゆるインターバルボールミル法)とは、ミル処理過程で発生する熱で被改質対象の改質効果が低減しないようにする(熱の発生を抑制する)ため、ミル処理過程でボールミルポットの回転を休止する期間(以下、ミル処理休止期間)を設ける新たな手法である。例えば、ミル回転数(ボールミルポットの回転数)0〜200rpmでは処理時間5時間に対し15分休止させ、200rpm超のミル回転数では処理時間0.5時間に対し15分休止させる。このミル処理休止期間の設定は、例えば前記の具体例を基準にして適宜変更(例えば、改質用容器内が高温にならないように設定)可能である。
【0021】
改質処理パラメータとしては、(1)改質材であるグラファイトカーボン粉末と被改質材であるMg2Niとのモル混合比(グラファイト/Mg2Ni;以下、Rと称する(Rは1.0以下、改質材,被改質材の仕込み量は総量で5g一定))、(2)ミル回転数(100〜600rpm)、及び(3)ミル処理時間(ミル処理休止期間を除く実質的に要した改質時間(100時間以内))を選択して検討した。なお、改質材であるグラファイトカーボン粉末には、予め10%硝酸中の煮沸処理により活性化処理を施した。
【0022】
[改質合金の構造解析・表面観察・状態分析]
改質合金の構造解析,表面観察,状態分析は、粉末X線回折装置(以下、XRDと称する;Cu・Kα,マックサイエンス製,M21X−SRA),透過電子顕微鏡(以下、TEMと称する;日本電子製,JEOL2000−FX),走査電子顕微鏡(以下、SEMと称する;日本電子製,JSM−6100),光電子分光装置(以下、XPSと称する;島津製作所製,ESCA−3400),熱分析装置(以下、TG−DTAと称する;セイコー電子製,TG−DTA300)により実施した。なお、TEM試料は、超薄切片法(ライヘルト製のULTRACUT・Eを用いた方法)により作製した。
【0023】
[水素化・脱水素化特性の評価]
水素化・脱水素化特性の評価は、電気化学的手法及びジーベルツ法により実施した。前記の電気化学的手法では、改質合金への水素の吸蔵・放出過程を充電・放電過程として評価し、その評価条件は試験温度298K,濃度6MのKOH電解液,充電(水素化)100A/kg×11.5時間(理論容量の115%充電),放電(脱水素化)10A/kg,放電終止電位−0.65V(vs.Hg/HgO)とした。
【0024】
前記のジーベルツ法(7N水素を使用)においては、図3に示すような熱平衡論的評価(水素圧力−組成等温線(PCT曲線))、速度論的評価(固溶体α相生成速度(以下、例えば573Kでの生成速度をα573Kと称する))、α相から水素化物β相の生成速度(以下、前記同様に例えば573Kでの生成速度をα−β573Kと称する)、不定比固溶体γ相までの水素化速度(以下、前記同様に例えば573Kにおいてβ相+0.2MPaのγ相生成速度をβ+0.2573Kと称する)、ターボポンプ排気下でのα相及びβ相それぞれからの脱水素化量の測定(以下、前記同様に例えば573Kにおいてα相から20秒排気した際の脱水素量(Mg2Ni単位質量当たりの水素の割合mass%で表示)としてα20・573と称する)を行った。
【0025】
なお、前記の評価温度は533〜653Kとした。また、評価対象である改質合金を活性化処理するため、573Kにおいて約1.5MPa水素による水素化,真空排気による脱水素化を10回繰り返し実施した。
【0026】
[改質に伴うグラファイトカーボンおよび合金構造の変化に関する検証結果]
図4,図5は、XPS,XRDによる改質材グラファイトカーボン及び被改質材Mg2Niの状態・構造変化の検証結果を示すものである。図4に示す結果から、グラファイトカーボンπ電子由来のXPSピークは、改質によりσ結合位置へとシフトしたことが読み取れる。
【0027】
また、図5(a)に示す結果から、改質によってグラファイトカーボン由来のXRDピークが消失すると共に、Mg2Niのピークがブロード化し、改質合金の微細化,非晶質化が進行したことを読み取れる。なお、改質合金の表面をSEMにより観察したところ、微粉化が確認できた。さらに、前記の改質合金の格子定数を精密測定したところ、図5(b)に示すようにMg2Ni(六方晶構造)のa軸,c軸ともに、ミル処理時間に応じて増大したことが確認できた。
【0028】
前記のXPS,XRDによる検証結果から、ミル処理過程でグラファイトカーボン及びMg2Niが破砕・微粉化すると共に、グラファイトカーボンの炭素原子が被改質材Mg2Ni格子内に対し原子状炭素あるいはクラスターとして侵入固溶することが判明した。
【0029】
図6は、グラファイトカーボン添加(図6(a))・無添加(図6(b))状態で改質し種々の温度(533K〜723K)で熱処理した後(および熱処理前)のXRDプロファイルを示すものである。図6に示す結果から、ミル処理過程における機械エネルギーの付与によって格子ひずみが生じたMg2NiのXRDピークは、533Kでの熱処理により回折位置が高角側にシフトすると共にシャープ化し、改質合金が格子収縮を伴い回復・再結晶したことを読み取れる。前記の格子の収縮は、格子内侵入炭素原子の移動を意味するものである。
【0030】
一方、573Kから753Kまでの熱処理においては、ピークが更にシャープ化したものの、そのピークシフトは殆ど観られなかった。また、753Kでの熱処理では、新たなMgNi3X(X≒1.0)カーバイドの生成を示すピークと、熱処理過程でのMgの二次酸化に起因する微弱な酸化物ピークが観られた。ここで、インターバルミリング法を適用することにより、Mg基合金にとって有効な水素吸蔵サイト環境の一つである「ひずみのある格子」を効率的に獲得できることが確認された。
【0031】
図7は、前記の改質合金(R=0.5、ミル回転数200rpm、10時間の改質)のTG−DTAプロファイルを示すものであり、二つのブロードな発熱ピークが観られた。図7中の533K付近のピークP1はMg2Ni相の回復・再結晶に起因し、723K付近のピークP2はカーバイドの生成及び一部Mgの酸化に起因するものである。なお、ブロードな発熱ピークは、緩やか構造変化及びカーバイド生成反応の進行を意味するものである。
【0032】
以上示した結果から、改質合金の格子環境は、温度によって変化することが判明した。すなわち、723Kまでの温度範囲ではMg2Ni相の回復・再結晶の進行及び格子内侵入固溶炭素原子の格子間移動が進行し、723K以上では新たなカーバイド相の生成が進行することを判明した。
【0033】
図8は、前記の改質合金(R=0.5、ミル回転数200rpm、10時間の改質)の改質状態(図8(a)〜(d))および723Kでの熱処理後の状態(図8(e)〜(g))を示すTEM観察結果である。まず、図8(a)〜(d)に示す結果から、Mg2Niが微細化・非晶化し、僅かに結晶領域が残存していることを読み取れる。また、図8(e)〜(g)に示す結果から、20nm程度の微細なMgNi3Xカーバイドが存在していることを読み取れる。
【0034】
ここで、前記の熱処理後のカーバイド生成において、改質材/被改質材モル混合比Rを種々変化させた場合を観察したところ、図9に示すようにR=0.3以下ではカーバイド生成が観られなかったが、R=0.4〜0.5以上ではカーバイド生成が観られた。
【0035】
[電気化学的手法による改質効果の検証結果]
過大な格子ひずみの導入や多大なカーバイドの生成は、負の改質効果を惹起させ得ることが知られている。そこで、以下に示すように、改質材グラファイトカーボン由来のXRDピークの消失、及び被改質材Mg2Niピークのブロード化を改質の指標とし、熱による負の影響を極力避けるためにミル回転数を200rpmとし、改質材/被改質材モル混合比R=0.3〜0.5を対象に改質効果の検証を行った。
【0036】
まず、前記の改質合金(R=0.5、ミル回転数200rpm、5,10,または30時間の改質)において、電気化学的水素化・脱水素化特性の評価を行い、格子内侵入炭素原子による特徴的な特性改善の効果を観察したところ、図10の放電過程の電位−時間曲線に示すように、改質合金の脱水素化反応過程にて過電圧の時間変化を伴わない特異な電位平坦領域(電位プラトー)が観られた。前記のカーバイド相生成が認められないR=0.3の場合の改質合金の結果から、過大な格子ひずみの導入は負に改質効果として作用することが読み取れる(図10(a))。
【0037】
また、R=0.5の場合においては、微量のカーバイド生成が観られるものの、正の改質効果が大きいことを観察できた(図10(b))。なお、図10中の電位プラトーは、いずれも放電開始から十数分経過した後に観察されており、時間依存性の無い活性化過電圧あるいは抵抗過電圧の関与は小さいことが読み取れる。
【0038】
このことから、物質移動(すなわち固相内水素の反応界面への移動・供給)の難易度に起因する拡散過電圧の関与が大きく、その改善を意味し、改質合金内での水素移動が速やかになることを判明した。
【0039】
図11は、グラファイトカーボン添加(図11(a))・無添加(図11(b))状態で改質し種々の温度で熱処理した改質合金において、電気化学的水素化・脱水素化特性の評価を行った結果を示すものである。まず、図11(b)に示す結果から、グラファイトカーボン無添加(R=0)では、熱処理による回復・再結晶の進行により放電容量(脱水素化量)が大きく減少し、改質効果が失われたことを読み取れる。
【0040】
一方、図11(a)に示す結果から、グラファイトカーボンを添加して改質した場合(R=0.5)では、回復・再結晶後(573K)の状態においても電位平坦領域が観られ、速やかな脱水素化を可能とする環境が維持されていることが読み取れる。
【0041】
[ジーベルツ法による改質効果の検証結果]
図12は、グラファイトカーボン添加(図12(a))・無添加(図12(b))状態で改質し種々の温度(533K〜653K)で熱処理した改質合金(R=0または0.5、ミル回転数200rpm、10時間の改質)において、平衡論的立場から改質効果をジーベルツ法により検証した結果(PCT曲線)を示すものである。
【0042】
まず、図12(a)に示すように、改質材を添加して改質した場合は、ひずみ導入によりヒステリシスはやや増大したが、いずれの温度で熱処理しても改質合金のプラトー圧は上昇(水素化物生成エンタルピーΔHの絶対値が減少、格子エンタルピー(すなわち、水素−金属結合)が緩和されたことに相当)し、水素化物が不安定な状態へ移行することを読み取れる。また、最大吸蔵量から、グラファイトカーボン改質による水素吸蔵能への影響が少ないことを読み取れる。なお、グラファイト改質合金のプラトー傾斜は多少大きく、熱力学的環境の異なるサイト、例えば炭素原子の格子内存在状態は、少なくとも一部が不均質な状態であることを意味する。
【0043】
ここで、水素化反応に関しては、前述したように固溶体α相から金属間化合物β相の生成へと進行し、脱水素化反応はその逆反応となることが判っている(図3参照)。また、前述したように、改質合金の構造は、熱処理温度により変化し、電気化学水素化・脱水素化特性も同時に変化することが判っている。そこで、以下に示すように、測定対象最高温度である653Kまでの範囲で、順次低温からの測定を実施した後、再び低温に戻して測定を実施し、微細構造変化による特性変化の検証を行った。
【0044】
図13は、グラファイトカーボン添加・無添加状態で改質した改質合金(R=0または0.5、ミル回転数200rpm、10時間の改質)において、種々の水素化速度(α573K,α−β573K,β+0.2573K,α653K,α−β653K,β+0.2653K)を測定した結果を示すものである。
【0045】
図13に示す結果から、生成速度α573KにおいてR=0.5の場合の数値がR=0の場合の数値を下回る以外は、生成速度α−β573K,β+0.2573K,α653K,α−β653K,β+0.2653Kのうち何れもR=0.5の場合の数値が高く優れた改質合金であることを読み取れる。
【0046】
なお、図13(a)に示すように、ミル処理による改質時の格子ひずみ導入効果に起因して速いR=0での生成速度α573であっても、熱処理温度を上昇させて653Kを経過した後には大きく低下し、その効果を失うことが読み取れる。一方、図13(c)に示すように、R=0.5での生成速度β+0.2573Kにおいては、熱処理温度を上昇させて653Kを経過した後においても、変化は殆どなく該生成速度が維持されることを読み取れる。このような現象が起こる理由として、前記の格子ひずみが機械的に導入されるものではなく、Mg2Ni格子中の炭素原子の振る舞いが、特性の発現・維持、特にβ水素化物の特性に大きく係わっているためと考えられる。
【0047】
脱水素化速度においては、いずれの熱処理温度においてもR=0.5での生成速度比較的高く優れた改質合金であることを確認した。そこで、α及びβ相までの最大吸蔵量をそれぞれ100とし、その90%を吸蔵するまでに要する時間(以下、t90と称する)を指標とした吸蔵速度を測定すると共に、脱水素化速度(量)を測定し、それら測定結果を表1に示した。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示す結果から、熱処理温度653K、R=0.5の場合のα及びβ相生成速度(t90)は、改質材グラファイトカーボンを用いないR=0の場合の生成速度と比較するとそれぞれ約72倍、1.8倍であり、改善効果があることを読み取れる。また、R=0.5の場合の脱水素化速度α20・573(熱処理温度653K経過後)及びβ180・653も、R=0の場合の脱水素化速度と比較するとそれぞれ約1.2倍、3.2倍であり、改善効果があることを読み取れる。
【0050】
以上示した本実施の形態によれば、該改質効果が新たなカーバイド生成を生じない温度まで維持可能であり、また安定した水素化・脱水素化特性を達成するための活性化前処理が極めて容易となる。
【0051】
前述の改質に伴う構造変化、熱影響による構造変化と改質合金の電気化学的水素化・脱水素化特性、ジーベルツ特性の推移に基づき、改質効果発現について以下に示すように考察した。
【0052】
まず、改質による構造及び特性において、該改質によって被改質材Mg2Ni相が微細化・非晶化し、同時にグラファイトカーボン原子の格子内侵入固溶により格子が膨張して、水素化・脱水素化特性が改善される。改質合金の環境温度が573Kに到ると、大きなひずみを持つMg2Niは回復・再結晶し、同時に固溶炭素原子の移動が生じて格子が収縮するものの、改質効果は維持される。さらに、環境温度が723Kの温度に到ると、新たにMgNi3Xカーバイドが生成し改質効果は低減する傾向になる。
【0053】
なお、Mg2Ni合金の水素吸蔵を担う四面体サイト(Tサイト)は、図14に示すように3タイプに分類することができる。Mgが3個,Niが1個のA3Bと、Mgが2個,Niが2個のA22と、Mgが1個,Niが3個のAB3と、のタイプである。サイト空隙率は、大きなMg原子を多数含むMg3Niサイトが最大となることから、A3Bサイトは炭素原子・クラスターの受け入れに適している。また、水素束縛力は、MgNi3が最も弱いことから、AB3サイトは水素移動に有利である。つまり、炭素原子・クラスターは、まず空隙率が高く、炭素原子・クラスターの受け入れが容易なA3Bサイトを中心に優先侵入し、機械エネルギー付与によるひずみ発生と共に格子が膨張する。この際、隣接サイトでは水素の束縛が緩和され、例えば図15(a)に示すように水素移動の容易なパスサイト,吸蔵サイトとして機能する。
【0054】
前記の環境温度が上昇すると、ひずみ緩和と共に侵入炭素原子の一部が原子・格子の熱振動により残された第2の隣接サイト(A22サイト)等に移動し、これにより格子が収縮する傾向となるが、例えば図15(b)に示すように隣接サイトが持つ水素束縛緩和の効果,有効な水素移動パスとしての機能は共に維持され、特性の大きな低下にはつながらない。
【0055】
前記の環境温度が更に高温(例えば、723K付近) になった場合には、激しい格子振動・原子振動は受け入れ困難なAB3サイトへの炭素原子移動を誘発し、緻密な構造へと本サイトは移行して、有効な貯蔵サイトとしての機能や、移動パスとしての機能を失ってしまう。これにより、例えば図15(c)に示すように改質効果の低減や特性の低下が起こる。なお、AB3(MgNi3)サイトの格子構造は、MgNi3Xの単位格子と同一構造を有している。
【0056】
前記のように、改質合金の構造変化と水素化・脱水素化特性との相関に対する整合ある解釈、そして新たなカーバイド相生成に対する結晶学的裏づけを与える考察は、新たな「インターバル遊星ボールミル法」等によるMg基水素吸蔵合金の改質効果が、「Mg水素化物の結合緩和を、予めMgに対し電子供与体として機能する原子を格子内に配置すること、Mg原子周辺の電子密度を改善すること」によって達成されていることを、証明するものである。
【0057】
以上示した、本実施の形態によれば、グラファイトカーボンを改質材とし、その改質材と被改質材とが導入された容器を断続的に回転させて改質(インターバル遊星ボールミル法による改質)を行うことにより、Mg基合金Mg2Niの四面体格子(Tサイト)に炭素原子もしくはクラスター導入が可能となる。
【0058】
また、前記のように容器を断続的に回転させて改質(例えば、Mg2Niを対象とする改質では、好ましくは改質材/被改質材混合比M=0.4〜0.5、ミル回転数200rpm、改質時間約10時間)することにより、改質効果の低減につながる改質時に発生する熱の影響を軽減することが可能となる。
【0059】
さらに、電気化学的脱水素化過程の放電電位曲線では、合金内水素の拡散・反応界面移動が速やかに進行することを示す電位プラトーが得られ、ジーベルツ法による気体水素との反応特性評価により、例えば573Kでのα相,β相水素化物生成速度が、それぞれグラファイトカーボン改質材を用いない場合の72倍,1.8倍に、またα相,β相脱水素化速度がそれぞれ1.2倍,3.2倍に改善される。
【0060】
一般的に、格子ひずみ効果を主とする改質材無添加合金の特性は、熱影響(〜653K)により回復・再結晶化し、その効果が消失するのに対し、本実施の形態によればたとえ高い温度においても維持される。
【0061】
さらにまた、本実施の形態による改質の効果は、Mg2Ni合金結晶中の3種の有効水素吸蔵四面体サイトの環境改善に、侵入グラファイトカーボン原子が効果的電子供与体として機能していることに起因する。加えて、本実施の形態の改質は、合金使用前に不可欠な「活性化」をより迅速に実行することができる。
【0062】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本実施の形態におけるMg基合金の合成・改質に用いたボールミルポット。
【図2】本実施の形態におけるMg基合金の合成・改質方法の概略説明図。
【図3】本実施の形態における熱平衡論的評価(水素圧力−組成等温線(PCT曲線))の概略説明図。
【図4】本実施の形態におけるXPSによる状態・構造変化の検証結果の概略図。
【図5】本実施の形態におけるXRDによる状態・構造変化の検証結果の概略図。
【図6】本実施の形態におけるグラファイトカーボン添加・無添加状態でのXRDプロファイルの概略図。
【図7】本実施の形態における改質合金のTG−DTAプロファイルの概略図。
【図8】本実施の形態における改質合金のTEM観察結果を示す概略図。
【図9】本実施の形態におけるカーバイド生成の観察結果を示す概略図。
【図10】本実施の形態における放電過程の電位−時間曲線図。
【図11】本実施の形態における電気化学的水素化・脱水素化特性の評価結果を示す概略図。
【図12】本実施の形態における改質合金のジーベルツ法による検証結果(PCT曲線)を示す概略図。
【図13】本実施の形態における改質合金種々の水素化速度を示す概略図。
【図14】Mg2Ni合金の水素吸蔵を担う四面体サイト(Tサイト)を示す概略図。
【図15】改質合金のパスサイト,吸蔵サイトを説明するための概略図。
【図16】一般的な水素化物の結合力を緩和する方法の概略説明図。
【符号の説明】
【0064】
10…ボールミルポット
11…改質用容器
12…ストップバルブ
21…ターンテーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
改質用容器に導入した金属間化合物と原子状炭素供給源材とを、その改質用容器内にて断続的に機械エネルギーを付与してミル処理することにより、該金属間化合物の格子間に原子状炭素供給源材を導入させることを特徴とする水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項2】
前記の金属間化合物と原子状炭素供給源材との混合比Mは0.4〜0.5の範囲内であることを特徴とする請求項1記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項3】
前記の金属間化合物はMg基合金であることを特徴とする請求項1または2記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項4】
前記の原子状炭素供給源材は、グラファイトカーボンであることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載の製造方法により、金属間化合物の格子間に原子状炭素供給源材が配置されて成ることを特徴とする水素吸蔵合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−77303(P2006−77303A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−264177(P2004−264177)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(502077416)
【出願人】(504345861)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】