水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法
【課題】石膏と下水汚泥焼却灰,乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥から、水酸化アルミニウムが析出することなく、製造時にアンモニアも生成することなく、廃液の処理も容易であり、簡便に安価に水酸アパタイトを主成分とする吸着材を製造する方法、及び、耐酸性があり、吸着効果が高く、水、土壌汚染対策に有効な吸着材を得る。
【解決手段】下水汚泥焼却灰,乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液中で攪拌した後濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13〜14.9に保持しつつ、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、アルカリ溶液中のリン酸と石膏を反応させて、水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材を製造する。
【解決手段】下水汚泥焼却灰,乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液中で攪拌した後濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13〜14.9に保持しつつ、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、アルカリ溶液中のリン酸と石膏を反応させて、水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材を製造する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石膏と下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥を用いた水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法、およびこの方法から得られる環境中の水・土壌中の重金属類を吸着する吸着材に関するものである。さらに、詳述すると、本発明は石膏として廃石膏を用いることが可能で、埋立処分されている廃棄物の中で、処分量が極めて多く社会問題化している、石膏ボード廃棄物と下水汚泥焼却灰あるいは下水汚泥を活用できる吸着材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水酸アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)はリン酸カルシウム化合物のなかでも、特定の無機イオンに対してイオン交換を伴った吸着性に富むことで知られている。水酸アパタイト結晶は常圧で水溶液中の鉛、カドミウム、フッ素、スズ、ウランあるいは、希土類元素であるイットリウム、ランタンを選択的に吸着する性質を有しており、水質浄化材および土壌浄化材としても活用が試みられている。
【0003】
水酸アパタイトを多量に合成する目的においては、従来から硝酸カルシウムとリン酸アンモニウム塩を混合したアルカリ性水溶液混合法が用いられており、これはJarchoが報告している(非特許文献1)。最近では古田が石膏廃棄物から水酸アパタイトを製造する方法として、上記Jarchoの方法の硝酸カルシウムの代わりに石膏(硫酸カルシウム)を用いて水酸アパタイトを製造する方法を提案している(特許文献1、非特許文献2)。建築物の解体に伴って排出される石膏ボード廃棄物は、その大部分が埋立処分されており、この石膏ボード廃棄物を用いる方法は、画期的な方法ではある。
【0004】
【特許文献1】特開2004−284890号公報
【非特許文献1】1976、J.of Material Sci., 11, p.2027-2030
【非特許文献2】1998、J. Mater. Chem., 8, 2803-2806
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらの方法ではリン酸源として薬品のリン酸アンモニウム塩を使用することから、原料のコストが高価である。
【0006】
さらに、アンモニアを含む塩を使用した水熱合成過程で溶液中のアンモニア成分が空気中に揮散するため大規模製造するためには作業安全性、周辺環境への配慮が必要となり、密閉、換気等の設備コストがかかるという問題もある。
【0007】
また、現在リン酸の原料としてのリン鉱石が世界的に枯渇しつつあり、この現状を考えると、リサイクルされたリン酸原料を用いた新たな合成法の開発が望まれている。例えば、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に含まれるリンを利用することができれば、この問題を解決することができる。
【0008】
建築物の解体に伴って排出される石膏ボード廃棄物は、年間100万t以上排出され(2001年度推計)、その大部分が埋立処分されている。一方下水汚泥焼却灰も、年間70万t以上(2001年度)が埋立処分されており、両者とも量的に大きいことから、近年の廃棄物処分場の受け入れ容量を圧迫する要因になっている。石膏ボード廃棄物と下水汚泥焼却灰,乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥を用いて吸着材を合成することができれば、石膏ボード廃棄物や下水汚泥および下水汚泥焼却灰の有効利用を促進するとともに、安価な環境浄化資材を提供することができる。
【0009】
しかしながら、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液で抽出したリン酸含有抽出溶液をそのまま用い、石膏と混合して反応させて水酸アパタイトを得ようとすると、下記のような問題が生じる。
【0010】
石膏とリン酸との反応過程において石膏がアパタイト結晶化する際に石膏から硫酸イオンが分離生成し、原理的にpHは低いほうへ変化する。このpHの低下により、リン酸含有抽出溶液中にアルミニウムイオンが多量に共存している場合には、pH低下過程で同時に水酸化アルミニウムが析出し、その後の水酸アパタイト結晶との分離が困難になるのである。
【0011】
また、反応終了後に水酸アパタイトを固液分離した廃液中にアルミニウムイオンが多く含まれる場合、通常中性近くまで中和し、水酸化アルミニウムの形で沈殿処理するが、水酸化アルミニウムの沈殿は含水量が高く、一般に脱水・分離作業が容易ではない。
【0012】
他方、得られる水酸アパタイトについては、従来方法で生成した水酸アパタイト結晶はpH5.5以下の弱酸性環境下では不安定であり、酸性土壌に添加した場合には短期間で分解する可能性もあり、耐酸性を向上する必要がある。
【0013】
そこで、本発明は、石膏と下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥から、水酸化アルミニウムが析出することなく、製造時にアンモニアも生成することなく、また、廃液の処理も容易であり、簡便に安価に水酸アパタイトを主成分とする吸着材を製造する方法、及び、耐酸性があり、吸着効果が高く、水、土壌汚染対策に有効な吸着材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる目的を達成するための請求項1に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、下水汚泥焼却灰をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、アルカリ溶液中のリン酸と石膏を反応させるようにしている。
【0015】
また、請求項2に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、アルカリ溶液中のリン酸と石膏を反応させるようにしている。
【0016】
廃棄物である下水汚泥焼却灰をアルカリ溶液で撹拌することにより、下水汚泥焼却灰中に含まれるリンをアルカリ溶液中にリン酸として抽出することができる。そして、当該リン酸と石膏を上記条件下で反応させることにより、水酸化アルミニウムの析出を防いで、高純度且つ高収率で安価に水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材を得ることができる。
【0017】
また、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥を用いた場合にも、下水汚泥焼却灰を用いた場合と同様にリンを抽出することが可能であるから、これらを用いても、本発明の水酸アパタイト結晶を同様な方法により得ることが可能である。
【0018】
さらに、請求項3に記載したように、石膏として廃石膏を用いることが好ましい。したがって、廃石膏をリサイクルすることができ、低コスト化を図ることができる。
【0019】
請求項4に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、アルカリ溶液は1.5〜3.0mol/Lの範囲の濃度とした水酸化カリウム溶液であり、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量にしている。
【0020】
アルカリ溶液を1.5〜3.0mol/Lの範囲の濃度とした水酸化カリウム溶液を用いることで、反応開始時のpHを13〜14.9とし、かつ反応終了時のpHを12以上に保持することができるので、水酸化アルミニウムが析出し難くなる。また、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)とすることにより、リン酸を効率よく抽出することができる。さらに、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比を水酸アパタイト化学量論比となる10:6とすることで、未反応石膏を残すことなく、水酸アパタイト結晶を生成することができる。
【0021】
請求項5に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、アルカリ溶液は0.1〜3.0mol/Lの範囲の濃度とした水酸化カリウム溶液であり、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量であり、石膏投入時に、石膏投入モル量の0.3〜1倍モル量相当の水酸化カリウムを更に添加して、水熱反応開始時のpHを13〜14.9に保持するようにしている。
【0022】
石膏投入時に、石膏投入モル量の0.3〜1倍モル量相当の水酸化カリウムを添加することにより、反応開始時のpHが13〜14.9となり、反応終了時のpHを12以上に保持することができる。したがって、水酸化アルミニウムの析出を防いで、高収率で高純度な水酸アパタイト結晶を得ることが可能になる。
【0023】
請求項6に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜5いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、反応終了後吸着材を固液分離して得られた高温の廃液に硫酸を加えpH3以下に調整し、その後冷却させることでカリミョウバンを析出させ、廃液中のアルミニウムイオンおよび硫酸イオンを分離する廃液処理過程を含むようにしている。
【0024】
カリミョウバンは溶解度の温度依存性が高く、80℃では710g/L溶解し、一方20℃では59g/Lしか溶解できない(図2)。そこで、反応終了後に溶液が高温のうちに吸着材を固液分離し、得られた高温のままの廃液に硫酸を投入し、pH3以下に中和した後、冷却過程でカリミョウバン(AlK(SO4)2)を沈降させることにより、温度が低下するに従って、液相中から効率的にミョウバンを析出させることが可能で、これにより廃液処理が容易となる。
【0025】
請求項7に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜6いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、アルカリ溶液として反応終了後に吸着材を固液分離して得られた廃液を用いるようにしている。
【0026】
液相中のアルミニウム濃度は、非晶質の水酸化アルミニウムの溶解度に制限される。したがって、反応終了後に吸着材を固液分離して得られたアルミニウムを含む廃液を下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのリン抽出に用いることで、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのアルミニウムの新たな溶出量を低減でき、処理が必要となる最終廃液の量を削減して、アルミニウムを含む沈殿物であるカリミョウバンの発生量を低減できる。さらに、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥の溶出過程で使用する水酸化カリウムの使用量も削減することができる。
【0027】
さらに、上記の製造方法により得られる請求項8に記載の発明は、水と接するとアルカリ性を呈する水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材に関する。この吸着材は水と接するとアルカリ性を呈する水酸アパタイト結晶を主成分としているので、酸性雰囲気中でも容易に分解せず、吸着効果を持続できる。
【0028】
また、上記の製造方法により得られる請求項9に記載の発明は、水酸アパタイト結晶の組成がシリカ含有水酸アパタイトである吸着材に関する。この吸着材の主成分である水酸アパタイト結晶はシリカを含有しているので、各種陽イオンを多量にイオン交換除去することができ、特に、Mn2+、Zn2+、Cd2+をより多く吸着する優れた吸着特性を有するなど優れた陽イオン交換特性を有している。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、水酸アパタイトの合成に、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいはされた下水汚泥と廃石膏という2つの廃棄物を原料として用いることができ、安価に水酸アパタイトを得ることが可能である。また、これら両廃棄物のリサイクルを促進することで、廃棄物埋立処分量を低減することが期待できる。
【0030】
また、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥のアルカリ抽出液をそのまま原料として用いるため、従来のような下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのリンの分離抽出に必要なアルミニウムの分離処理を行う必要がない。
【0031】
さらに、廃液の処理において、水熱合成後溶液が依然高温であることを利用し、溶液に硫酸を加え、溶解度の温度依存性の高いカリミョウバンを析出させることで、新たな加熱用エネルギーを加えずとも溶液中のアルミニウムおよび硫酸イオンを効率的に除去することが可能である。
【0032】
また、反応終了後に吸着材を固液分離して得られたアルミニウムを含む廃液を下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのリン抽出に用いることで、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのアルミニウムの新たな溶出量を低減でき、最終的に処理が必要となる廃液の量を削減して、アルミニウムを含む沈殿物であるカリミョウバンの発生量を低減できる。下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥のリン酸抽出過程で使用する水酸化カリウムの使用量も削減することができる。
【0033】
本発明により得られた水酸アパタイト結晶は水と接触すると弱アルカリ性を呈する性質があり、一般に重金属溶出が顕在化しがちな酸性土壌中に添加してもより安定して存在することができる。
【0034】
また製造過程でアンモニア塩を用いないことから、水熱合成過程を非密閉条件下で行うことも可能で、アンモニアが気散することがないため、作業安全性の確保および周辺環境へ影響低減ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
本発明は、新たに、下水汚泥焼却灰中に含まれるリンを抽出して活用する方法を提供する。本発明においては、水酸アパタイトを合成する際のリン酸源として下水汚泥焼却灰を用いるものである。下水汚泥焼却灰にはリンが高濃度に含まれており、その含有量は酸化物P2O5換算で10〜30重量%程度といわれている。
【0036】
焼却灰からリン酸を抽出する技術としては、これまで酸またはアルカリで抽出する方法が試みられている。酸を用いる方法については、重金属等の有害物質も同時に溶出することが指摘されている。一方アルカリを用いてリン抽出する方法については、重金属の溶出量が、酸抽出と比較して小さいという利点がある。しかしいずれの方法でも抽出物にリン酸とともに多量のアルミニウムイオンが含まれるため、そのままでは抽出液からの生成物はリン酸アルミニウムとなり、産業上の再利用は難しいとされている。
【0037】
本発明では従来産業上の再利用が難しいとされる下水汚泥焼却灰のアルカリ溶出液をアパタイト結晶生成原料として活用することで、製造コストのローコスト化を図るものである。また、石膏として石膏廃棄物を用いれば、石膏廃棄物処分と下水汚泥焼却灰処分の両方の処分引き受け費用を製造コストへ転稼することにより、さらに生産事業の採算性を向上させることができる。
【0038】
本発明においては、下水汚泥焼却灰にアルカリ溶液を加え、攪拌して、アルカリ溶液でリン酸を抽出する。攪拌は、通常少なくとも1時間、好ましくは、3〜12時間行う。攪拌後、固液分離し、リン酸を含むアルカリ溶液を得ることができる。アルカリ溶液としては水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウム等のアルカリ水酸化物の溶液が挙げられる。
【0039】
水酸化カリウムの代わりに水酸化ナトリウムを用いることで、リンを抽出することは不可能ではない。しかし、カリウムイオンのイオン半径(0.133nm)はカルシウムのイオン半径(0.099nm)より大きいのに対して、ナトリウムのイオン半径(0.095nm)はこれより小さいことから、ナトリウムイオンは容易に水酸アパタイト合成過程において固溶した形態で、水酸アパタイト中の結晶格子中に入り込む性質がある。このため液相中のナトリウムイオンが増加すると、水酸アパタイト結晶の純度が低下するとともに、結晶化速度も低下することから、本発明におけるアルカリ抽出には水酸化カリウムを使うことが望ましい。
【0040】
アルカリ溶液は通常0.1〜3.0 mol/lのものが用いられるが、高濃度のものが好ましい。例えば、水酸化カリウム溶液であれば、0.5〜3.0mol/lが好ましく、さらに好ましくは、1.0〜2.0mol/lである。濃度が低いと抽出できるリン酸の量が少なくなるので、好ましくない。濃度を高くすればリン酸の抽出量は多くなるが、1mol/lを超えるとあまり差はなくなるので、薬品の投入量と抽出されたリン酸量のバランスから、適宜選択すればよい。但し、あまり濃度が高いと石膏との反応時にアルカナイト(K2SO4)が生成するので好ましくない。このような条件でリン酸の抽出を行い、抽出時のpHを12〜14程度とすることが好ましい。尚、一般的な下水汚泥焼却灰を用いたリン酸抽出液(アルミニウム濃度0.5mol/l以下)の場合は、水酸化カリウム溶液の濃度を1.5mol/l以上とすることで、反応開始時のpHを13以上とすることができ、反応終了時にpH12以上とすることができる。したがって、この場合には、後に説明する水酸化カリウムの追加添加をせずとも、水酸化アルミニウムが析出しない。ただし、リン酸抽出液のアルミニウム濃度が約0.7mol/l以上になると、pH12でも水酸化アルミニウムが析出する虞がある。このような場合には、後に説明する水酸化カリウムの追加添加を行うことで、水酸化アルミニウムの析出を確実に防いで、生成する水酸アパタイト結晶の純度を高めることができる。
【0041】
また、抽出における下水汚泥焼却灰に対するアルカリ溶液の比は、固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)が好ましい。この固液比の範囲で良好にリン酸を抽出することができるが、この範囲を超えてもリン酸の抽出は可能であり、この範囲に限られるものではない。
【0042】
このようにして抽出して得られた溶液のリン酸の濃度を測定し、この溶液にCa/Pモル比が好ましくは10/6(水酸アパタイト化学量論比)となるように石膏を加える。このモル比は10/6でなくとも、未反応石膏を残さない観点からリン酸過剰条件であればよく、範囲で示すとすれば、10/6〜10/10程度範囲であればよい。
【0043】
本発明において、石膏としては、石膏ボード廃棄物、脱硫石膏などの廃石膏を用いることができ、リサイクル、コストの観点から好ましいが、通常の市販石膏粉末などあらゆる石膏を用いることができる。
【0044】
石膏を加えた後、40〜100℃、好ましくは45℃〜95℃、さらに好ましくは70〜95℃で、6〜48時間、好ましくは12〜24時間水熱反応を行う。尚、水熱反応時間を1時間としても水酸アパタイト結晶は生成されるが、水酸アパタイト生成をおおむね完了させるためには6時間以上水熱反応を行うことが好ましく、水酸アパタイト生成を十分に完了させるためには12〜24時間水熱反応を行うことが好ましい。ここで、一般的に高温のほうが反応速度は速くなり、100℃を超える温度であっても加圧容器を用いて反応させれば合成は可能であることから、100℃を超える温度で合成を行うことを否定するものではない。また大気圧条件下において,溶液が沸騰した条件下(100℃付近)でも合成は可能であるが、この場合は沸騰により失われる水分を補給する必要がある。尚、石膏とリン酸との反応は、反応時開始時の溶液のpHが13〜14.9、好ましくはpH13〜13.5で反応終了時のpHが12以上に保たれなければならない。一般に下水汚泥焼却灰溶出液のアルミニウム濃度は最大10g/L程度と考えられ、水熱反応開始時のpHが13未満では水熱反応後pHが低下してこれを12以上に保つことができず、水酸化アルミニウム(Al(OH)3)が析出する恐れがあり、一方、pH14.0を超えると液相中のカリウム濃度が高いため、生成物の純度が低下し、不純物としてアルカナイト(K2SO4)が生成する恐れがある。pHが13〜14.0好ましくはpH13〜13.5であれば、水酸化アルミニウムやアルカナイト(K2SO4)をほとんど含有しない水酸化アパタイトが得られる。上記のようにpHの値を保てば、溶液の組成は水酸化アルミニウム(Al(OH)3)に対して依然として不飽和(溶存状態)であり、この操作により、水酸化アルミニウムの析出を防止でき、生成された水酸アパタイト成分だけを固液分離することができる。
【0045】
前に述べたように、反応過程において硫酸が分離生成するためpHは低下していく。そこで、反応時に反応終了までpH12の範囲に保つには、反応開始時には、溶液のpHは13より大きい必要がある。アルカリ抽出時のアルカリ溶液のpHが高く、反応によりpHが低下しても反応終了時にpHを12以上に保持できる場合は、そのまま、石膏を加えて水熱反応を行うことができる。しかしながら、例えば0.1〜1mol/Lの範囲の濃度の水酸化カリウム溶液で抽出した場合のように抽出溶液の初期pHが低い場合は、さらにここで、分離する硫酸イオン量を上回る量のアルカリを液中に再度添加し、液相のpHをさらに上昇させた後、水熱反応を行う。水熱反応後、pHは低下するが、アルカリを再度添加するため、この反応溶液は下水汚泥焼却灰をアルカリ抽出した時のpHよりも値が高く保たれ、水熱反応中の水酸アルミニウムの飽和度を、アルカリ抽出時のアルカリ溶液よりも常に低く保つことが可能となる。この場合のアルカリの添加モル量は、石膏投入モル量の0.2倍以上で好ましくは0.3〜1倍程度である。
【0046】
また、上記のように抽出溶液の初期pHが低い場合でなくとも、アルカリを液中に再度添加してもよい。アルカリ溶液中にFe、Zn等の両性金属イオンが多量に含まれている場合は、水熱反応に伴うpHの低下によって、これらの沈殿が形成される。この場合もアルカリを再添加することにより、これらの水酸化物の生成物中への混入を抑止することが可能である。
【0047】
さらに、リン酸溶液中のアルミニウム濃度が不明な場合、アルカリを液中に再度添加することにより、簡単・確実にpHを上記の水酸化アルミニウムが沈殿しない範囲に維持でき、分析作業や試行実験の要らないメリットもあり、好ましい方法である。
【0048】
図1の工程図に本発明の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法の一例を示す。
【0049】
反応の化学式は、アルカリ抽出液組成をリン酸塩の形で代表すれば以下のようになる。
【0050】
10CaSO4:2H2O + 6K3PO4 → Ca10(PO4)6(OH)2 +9K2SO4 + H2SO4
【0051】
なお、本発明の方法において反応時のpHはpH12〜14.9程度であり、このような非常に高いアルカリ条件における水熱反応により、実際に水酸アパタイト結晶が生成可能であることについては、過去に報告例が無く、未知の事実である。
【0052】
このようにして得られる水酸化アパタイトは、高いアルカリ性条件で生成するため、一般の水酸アパタイトと異なり、水と接触するとアルカリ性を呈する。一般の水酸アパタイトは中性の物質であり、pH5.5以下の環境では容易に分解してしまうが、本発明の方法で得られる水酸アパタイトは、酸性雰囲気中でも容易に分解せず、吸着効果を持続できると考えられる。従って、一般に重金属溶出が顕在化しがちな酸性土壌中に添加してもより安定して存在することができる。
【0053】
また、本発明の方法により得られた水酸アパタイトは、分析結果からは、組成としてシリカ(SiO2)が4.7〜5.0重量%含まれており、本発明品はシリカ含有水酸アパタイトである。
【0054】
水熱反応後、水酸アパタイトを濾過分離したアルカリ溶液(残液)は、コスト削減のため複数回繰り返してアルカリ抽出に使用することも可能である。アルカリ溶液として水酸化カリウム溶液を用いた場合には、リン酸抽出時の液量の約60体積%相当量が最終的に残液となり、この分はアルカリ抽出に再利用できる。この時の液量損失は主にリン酸抽出後に分離した下水汚泥焼却灰中に残留する水分量である。また、液相中のアルミニウム濃度は、非晶質の水酸化アルミニウムの溶解度に制限される。したがって、残液を下水汚泥焼却灰からのリン抽出に用いることで、下水汚泥焼却灰からのアルミニウムの新たな溶出量を低減でき、処理が必要となる最終廃液の量を削減して、アルミニウムを含む沈殿物であるカリミョウバンの発生量を低減できる。さらに、残液に不足分の水酸化カリウム溶液を加えて用いることができるので、下水汚泥焼却灰の溶出過程で使用する水酸化カリウムの使用量も削減することができる。
【0055】
水熱反応後、残液を複数回繰り返してアルカリ抽出に使用しても、最終的には、溶存成分を分離処理する必要がある。通常、アルミニウムイオンはpHを中性にすることで、ゼロ価の水酸化アルミニウムとなり、沈殿するが、この沈殿物は含水量が大きく、脱水・分離が容易ではない。本発明においては、水熱反応後の溶液が依然高温であることを利用し、反応終了後に溶液が高温のうちに吸着材を固液分離し、得られた高温のままの廃液に硫酸を投入し、pH3以下に中和した後、冷却過程でカリミョウバン(AlK(SO4)2)を沈降させる。カリミョウバンは溶解度の温度依存性が高く、80℃では710g/L溶解し、一方20℃では59g/Lしか溶解できない(図2)。このため温度が低下するに従い、液相中から効率的にカリミョウバンを析出させることが可能で、これにより廃液処理が容易となる。この過程を組み合わせることについては、アパタイト生成の水熱反応時のエネルギーをそのまま使うため新たな加熱用エネルギーを必要としないという利点がある。
【0056】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上記実施形態では、下水汚泥焼却灰からリン抽出を行うようにしているが、リンを含む下水汚泥由来の原料であれば、これに限られるものではなく、例えば、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理、例えば、低酸素雰囲気下で熱処理された下水汚泥等を用いてリン抽出を行うことも可能である。
【0057】
また、下水汚泥を乾燥・固化あるいは炭化させた素材を使用し、石炭と混ぜて燃焼させて発電するバイオ発電システムでは、燃料に含まれるリンの含有率が高く、石炭との混焼の結果、発生する石炭灰中のリン含有量も増加する。石炭灰の現在の主なリサイクル用途はセメント原料であるが、石炭灰中のリン含有量が増加すると、石炭灰を利用したセメントの硬化性能が低下する。このため、石炭灰のリサイクルを考慮した場合、混焼時の下水汚泥加工燃料の投入量を大きく増やすことは困難であるが、下水汚泥中のリンの濃度を低減できれば、この下水汚泥を加工したバイオマス燃料中のリン濃度も低減でき、石炭灰のリサイクルの点から有利である。そこであらかじめ本発明の手法を用いてリンの濃度を低減した下水汚泥を用いることで、結果として石炭灰のリン濃度の増加を抑制でき、その最大の利用用途であるセメント材料としての品質の低下(リン濃度上昇による硬化性能の低下)を抑止することができる利点がある。また火力発電所の多くで脱硫石膏が排出されていることから、発電所近傍で下水汚泥からリンを抽出し、そのリンと脱硫石膏から水酸アパタイト吸着材を製造し、リン抽出後の下水汚泥を発電所のバイオマス燃料として活用すれば、石膏や、リン抽出後の下水汚泥の輸送コストを大幅に低減することができると考えられる。したがって、本発明により、非常に安価にアパタイト吸着材を得ることができ、且つ、炭化燃料のリン含有量を低下させることで当該炭化燃料使用後の石炭灰のリン濃度の含有量も低下させて高品質なセメント材料を提供できるという経済的にも非常に利点の大きなシステム(図15)を提供することができる。
【0058】
尚、図15においては、下水汚泥からアパタイトを合成しているが、下水汚泥を乾燥・固化あるいは炭化した素材と石炭火力発電所の脱硫石膏を用いて、本手法により水酸アパタイトを主成分とする吸着材を生成することによっても、下水汚泥を乾燥・固化あるいは炭化した素材のリン含有量を低減できるため、石炭灰のリン濃度増加に関する問題を解決することができ、上記と同様の利点を発揮する。
【実施例】
【0059】
以下実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
原料となる石膏ボード廃棄物は、国内の中間処理業者から発生した紙分離処理後の廃石膏を用いた。石膏廃棄物のX線回折結果を図3に示す。石膏廃棄物は、大部分が2水石膏であるが、微量に無水石膏、半水石膏が含まれていた。XRF(蛍光X線)分析結果を表1に示す。石膏主成分の他にSiO2を10重量%、Al2O3を2.8重量%含有していた。尚、本実施例において、X線回折測定にはフィリップス(株)PW3020(管球Cu, 出力40kV,50mA, 波長CuKα,1.54056Å, 回折角度2θ=2゜〜60゜, スキャンスピード 1゜/分)を、XRF測定には島津製作所(株) XRF1500を用い、石膏試料は全て粉体プレス法で定量した。
【0061】
一方、下水汚泥焼却灰は、国内の下水処理場から発生したものを用いた。下水汚泥焼却灰のXRF分析結果を表2に示す。下水汚泥焼却灰の主成分はSiO2 30重量%、 Al2O3 15重量%、 P2O5が28重量%、CaOが10重量%含まれていた。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
次に、下水汚泥焼却灰に、0.5mol/L、1mol/L、2mol/Lの水酸化カリウム溶液をそれぞれ固液比(L/S)で5(リットル/kg)の割合で混合し、振とう器で200rpmで6時間室温で溶出操作を実施した。振とう後、濾過分離して得られた溶液をICP分析した。陽イオン成分については、島津製作所(株)ICPS-8100、陰イオン成分については東ソー(株)IC-2001(陰イオン成分)により分析した。結果を表3に示す。溶液からは、リン酸とアルミニウムが多量に溶出しており、0.5mol/Lと1mol/Lではリン酸の濃度に大きく差があるが、1mol/Lと2mol/Lでは、溶出するリン酸濃度にあまり大きな違いがないことから、この結果からは薬品の投入量と抽出されたリン酸量のバランスを考えた場合、水酸化カリウム濃度は1mol/Lが適当と判断される。
【0065】
【表3】
【0066】
投入する石膏の量は液相中のリン酸に対して、1.67倍とし、水酸化アルミニウムの沈殿を防ぐために上記の抽出溶液1Lに対して0.5molの水酸化カリウムを更に投入することとした。水酸化カリウムの再投入量に関しては、化学式からは、投入した石膏のモル数の0.2倍以上投入すれば、pHの低下を防止出来ることになるが、一度水熱反応中に水酸化アルミニウムが生成すると、加速度的にpHが下降してしまうことから、水質組成をアルミニウムに対して十分不飽和にしておく必要がある。上記の1mol/Lの濃度で抽出した溶液を例にとると、水酸化アルミニウムの沈殿が生成しないpHを維持するために必要な水酸化カリウムの量はこの溶液1Lに対して最大0.1mol程度であるが、他の共存成分による影響を考慮すれば,添加量は理論量よりもかなり多くすることが望ましく、そのため1Lに対して理論量の約5倍相当量の0.5molの水酸化カリウム添加量を設定した。
【0067】
この時点で水酸化カリウムを添加することに関して、アルカリ溶出液の溶存成分の化学組成分析結果を元に、水熱合成後のpHと水酸アパタイト(HAP)生成量、水酸化アルミニウム沈殿量を熱力学平衡理論を用いた地球化学モデルにより計算した結果を表4に示す。0.5mol/L濃度溶出液と、1.0mol/L溶出液については、水酸化カリウムを添加しない場合には水熱合成後のpHが顕著に低下し、水酸化アルミニウムが顕著に沈殿するという計算結果となった。一方、水酸化カリウムを添加した場合には、水酸化アルミニウムは沈降せず、水酸アパタイト成分だけを選択的に生成することが出来ることが計算より確認された。
【0068】
【表4】
【0069】
この計算結果から、各溶液に石膏(リン酸の10/6モル比相当量)とKOHを1Lあたり0.5mol加え、80℃の温度で24時間、120rpmの速度で振とうし、その後濾過により固液分離し、得られた固相を純水で洗浄した。なお、これらの試料の水熱反応開始時のpH値(実測)は13.9〜14.9、終了時のpH値は12.9〜13.8程度であった。
【0070】
この固相のX線回折波形を図4に示す。図中黒丸が水酸アパタイトのピークであり、得られた3試料ともに、合成物は水酸アパタイト結晶を主成分としていることが確認された。また、2mol/Lのアルカリ溶出液からの合成物については、別にアルカナイト(K2SO4)のピークも確認され、2mol/Lの条件下では、アルカナイトが固相中に混入していることが判明した。また、これらの波形からは石膏のピークは確認されず、石膏中のカルシウムが完全に水酸アパタイト結晶の形に変化していることが明らかになった。また波形中にギブサイト(Al(OH)3)のピークは確認されなかった。
【0071】
また得られた固相のXRF分析結果を表5に示す。尚、得られた固相のXRF分析は、ガラスビード定量分析法により行った。合成物はいずれもカルシウム及びリンを主成分としていることが確認された。本発明品には不純物としてカリウムとアルミニウムが含まれている。アルミニウムに関しては合成物に含まれる量は原料として用いた石膏廃棄物中に含まれていたアルミニウム総量と同等あるいは、やや少ない量となっており、このことは、合成過程において、水酸化カリウムを再添加することにより、汚泥焼却灰抽出液中に高濃度に含まれていたアルミニウムイオンが固相に沈殿すること抑止できていることを示している。また分析結果からは,組成としてシリカ(SiO2)が4.7〜5.0重量%含まれており、この発明品はシリカ含有水酸アパタイトであることが判明した。このシリカは,原料の廃石膏中に含まれていた成分が水熱合成過程で結晶中に残存したものと考えられる。
【0072】
この表から水酸アパタイトとしての純度は0.5mol/Lの条件が最も高いが、リンの抽出効率からくる合成物の生産効率を加味すると水酸化カリウム濃度 1mol/L条件がもっとも実用に適していると判断できる。
【表5】
【0073】
次に、抽出液に石膏を投入後に水酸化カリウムを追加添加することによる効果について、合成物をXRF分析により調査した結果を図8に示す。尚、図8の測定結果は表5の場合とは異なる廃石膏試料を原料として実施した結果である。図8において、(a)は0.5mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加せずに合成した合成物、(b)は0.5mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加して合成した合成物、(c)は1.0mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加せずに合成した合成物、(d)は1.0mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加して合成した合成物の結果を示している。尚、水酸化カリウムの添加量は1Lあたり0.5molとした。水酸化カリウムを追加添加することにより、合成物中のCaOとP2O5の合計含有量がKOH−0.5mol/L条件の抽出液を使用した場合には54重量%から71重量%に、KOH−1.0mol/L抽出液を使用した場合には47重量%から64重量%に増加し、合成物中の水酸アパタイト含有量が増加していることが確認された。また、水酸化カリウムを追加添加することにより、合成物中のカリウムの含有量が低下し、さらにアルミニウム(Al2O3)の含有量もKOH−0.5mol/L条件の抽出液を使用した試料で9.9重量%が2.8重量%に、KOH−1.0mol/L条件抽出液を使用した試料で11.5重量%から5.9重量%に低下することが確認された。したがって、水酸アパタイトを純度よく高収率で生成するためには、水酸化カリウムを追加添加した方が良いことが判明した。
【0074】
また、水酸アパタイト結晶の合成に必要な時間と最適な温度条件について調査した結果を図9に示す。縦軸のX線回折最大ピーク高さ(カウント数)は得られた水酸化アパタイト結晶をX線回折により測定した際の水酸化アパタイト結晶の最大ピーク値であり、水酸アパタイト結晶の生成量の指標となる値である。また、●は合成温度を40℃とした場合、○は合成温度を95℃とした場合の結果である。水酸アパタイト結晶は両温度条件共に合成開始後1時間程度で生成し始め、合成開始後6時間までは両温度条件共にX線回折最大ピーク高さの上昇が見られ、それ以降は、45℃条件ではピーク高さはほぼ一定に、95℃条件では若干上昇する傾向が見られた。したがって、1時間程度の合成時間で水酸アパタイト結晶が得られるが、合成をおおむね完了させるためには6時間程度必要であり、十分に合成を完了させるためには12〜24時間程度の合成時間とするのが好ましいことが判明した。また、合成温度は40℃〜95℃にすれば十分に水酸アパタイト結晶が得られるが、より多くの水酸アパタイト結晶を得るためには95℃に近い合成温度とするのが好ましいことが判明した。
【0075】
[吸着性能試験]
次に、この合成物の吸着性能を比較・確認するために、鉛、カドミウム、フッ素を対象に吸着性能試験を実施した。
【0076】
比較対象とした試料は、水酸アパタイト高純度試薬(和光純薬製)、市販の類似成分を有する骨炭末、リン酸水素二アンモニウムと石膏ボード廃棄物(本発明品に用いたものと同一品)を水熱反応させて生成した水酸アパタイト(従来法による合成品)と前記のように本発明の方法により合成した3試料(発明品)である。
【0077】
鉛(硝酸鉛塩溶液)と、カドミウム(硝酸カドミウム塩)溶液には1g/Lの割合で吸着物試料を添加し、フッ素(フッ化ナトリウム塩)溶液に対しては2g/Lの割合で添加した。溶液の初期濃度は鉛とカドミウムは50ppm、フッ素は20ppmに調製し、初期pHを5.8〜6.3に調整後、振とう速度120rpmで室温で6時間振とうし、振とう後の濾液を分析した。分析は鉛とカドミウム濃度はICP(島津製作所ICP−8100)、フッ素濃度はイオンクロマトグラフ(東ソーIC−2001)で行った。
【0078】
結果を図5〜7に示す。鉛に関しては、水酸アパタイト高純度試薬や、骨炭を投入した場合には5〜15ppm以上残存しているのに対して、本発明の方法で合成した吸着物質は残存量が0.07〜0.15ppmであり、本発明の方法で合成した試料の方が他試料より優れた吸着性を示した。また、カドミウムに対しても、高純度試薬、骨炭、従来法と比較して本発明品の吸着性能は優れていた。文献(1992、Gypsum&Lime、236、3−11)によれば「シリカ含有水酸アパタイトは水酸アパタイトよりも各種陽イオンを多量にイオン交換除去すること」、「特に、Mn2+、Zn2+、Cd2+をより多く吸着する優れた吸着特性を有すること」が確認されており、本発明品がシリカ含有水酸アパタイトであることが、本発明品の陽イオン吸着性が高純度試薬・骨炭よりも優れている主な要因であると推定される。また、フッ素に対しても本発明品は、従来法による水酸アパタイトとほぼ同程度の吸着性を示した。
【0079】
また、上記カドミウム吸着試験における、振とう終了時の液相のpHを計測したところ、他の試料が5.9〜6.7と中性であるのに対して、本発明の方法で合成した試料のpH値は7.8〜8.2と弱アルカリ性であった。また本発明品(1mol/Lの合成条件)を固液比10(L/kg)相当量を純水中に入れ、6時間振とう後の平衡pHの値は10.2であり、アルカリ性を示した。本発明品がアルカリ性を示すことは,一般にアルカリ性領域で溶解度が小さくなる重金属の溶出を抑制するには好ましい性質である。
【0080】
次に、発明品と比較品(試薬水酸アパタイト、骨炭)の種々のフッ素濃度におけるフッ素吸着量から等温吸着線を作成し、発明品と比較品のフッ素吸着性能を検討した。尚、等温吸着線は以下のようにして得た。吸着材を2g/L投入し、フッ素イオン初期濃度を1mg/L、5mg/L、20mg/L、125mg/Lとして、室温で6時間、振とう速度120rpmでバッチ試験を行い、バッチ試験終了時の液相の濃度をイオンクロマトグラフ(東ソーIC−2001)で測定して、この濃度を平衡濃度とした。吸着量は吸着材を入れない対照試験の液相中の濃度値と、吸着材を入れた試験の濃度値の差から求め、これを吸着材投入量(g)あたりの吸着量としてプロットした。結果を図10に示す。図10において、●は試薬水酸アパタイト(水酸アパタイト高純度試薬(和光純薬製))、○は骨炭、▲は石膏ボードを用いて本発明の方法により合成した発明品、△は脱硫石膏を用いて本発明の方法により合成した発明品の結果を示している。発明品の吸着性能は、試薬水酸アパタイトと比較して非常に高いことが確認された。また、発明品と骨炭とを比較すると、フッ素濃度が0.1〜1mg/Lの濃度範囲では吸着量にそれほど大差が無いが、1mg/L以上の濃度範囲では比較品より優れた吸着性能を有し、特に、10〜100mg/Lの範囲では骨炭に比べて吸着性能が非常に優れていることが明らかとなった。
【0081】
次に、発明品を土壌中に添加したときの吸着能について、長期のカラム吸着試験を行った。結果を図11に示す。カラムは、外径18mm長さ30.5cmのサイズとし、カラムへの充填物は豊浦標準砂に発明品あるいは比較品を砂(70g)に対して100:8の比で添加したものを用いた。カラム入り口より、2mg/Lのフッ素イオンを含んだ水溶液を流通させ、カラム通過後の排水の濃度を定期的に測定した。流速の指標である空間速度(単位時間通過流量/カラム充填物体積)は地下水の浸透、即ち、水の流れの非常に遅い条件下での吸着現象を模擬するため0.089hr−1(=2.1day−1)の低流量に設定した。図中横軸は、発明品あるいは比較品投入量1gあたりの累積処理水量(L)である。また、図中にはフッ素に関する地下水の浄化目標値である地下水環境基準値0.8mg/Lを記載した。尚、比較品としては骨炭(●)を、発明品として脱硫石膏を用いて本発明の方法により合成したもの(○)、石膏ボードを用いて本発明の方法により合成したもの(△)を用いた。この試験結果から、カラムからの排水が0.8mg/Lに到達するまでの累積処理水量を比較すると、発明品は骨炭より累積処理水量が多く、脱硫石膏から合成した発明品は、骨炭の1.2倍(1.5L/g),石膏ボードから合成した発明品は、骨炭の1.6倍(1.9L/g)の水を処理できることが確認された。したがって、フッ素に汚染された土壌の浄化材および,フッ素を多く含む物質を含む廃棄物処分場の化学的バリア材とて、発明品は極めて有効であることが示された。
【0082】
最後に、発明品から溶出するフッ素、ホウ素、カドミウム、セレン、六価クロム、砒素、鉛の濃度を環境庁告示46号法による溶出試験により確認した。結果を表6に示す。いずれの元素の溶出濃度も土壌環境基準値を下回っており、本発明品の環境上の安全性が確認された。また平衡時の水のpHは10程度であり、本発明品がアルカリ性を呈することがこの試験結果からも示された。
【0083】
【表6】
【0084】
以上の結果から、今回生成したアパタイトはシリカ含有水酸アパタイトであり、環境浄化材として既存品と同等あるいはより優れた吸着能を有することともに、アルカリ性の性質を有することが示された。
【0085】
[残液の再利用検討]
水酸アパタイト合成後に固液分離して得られる液体(以下、残液と呼ぶ)を再使用できるか否かの検討を行った。残液には、下水汚泥焼却灰に水酸化カリウム1.0mol/L溶液を用いて得られたリン酸抽出液を使用して水酸アパタイト合成を行い、その後に固液分離して得られた液体を用いた。残液60体積%に対して1.0mol/L濃度の水酸化カリウム溶液を40体積%混合し、その中に固液比1:5の割合で下水汚泥焼却灰を入れ、室温で200rpmで6時間振とうして溶出操作を行った。抽出後の溶液に1Lあたり0.5molの水酸化カリウムを追加添加して、その中に石膏を88g/L入れ、温度80℃で24時間反応させた。反応操作終了後、固液分離して残液(2回目)を得た。さらに、この残液(2回目)を、上記と同様の操作で下水汚泥焼却灰のリン酸の抽出に用いた。
【0086】
残液再利用時の水酸化カリウムの使用量は、残液を利用しない場合には合計1.5mol/L量であるが、残液を利用した場合には0.9mol/L量となり、水酸化カリウム使用量を実質4割削減することができる。また、実験操作時の計量結果から、リン酸抽出時の液量の約60体積%相当量が最終的に残液となっており、この時の液量損失は主に下水汚泥焼却灰中に残留する水分量である。このため、再利用時の残液60体積%比率での混合は、実際に発生した残液のほとんどを再利用していることを意味する。
【0087】
図12に(a)初回(残液不使用)リン酸抽出時、(b)1回使用済み残液使用によるリン酸抽出時、そして(c)2回使用済み残液使用のリン酸抽出時にそれぞれ測定した下水汚泥焼却灰から新規に溶出したアルミニウムの濃度を示す。この図から、残液を利用したリン酸抽出過程の採用により、下水汚泥焼却灰からのアルミニウム溶出量を低減できることが明らかとなった。
【0088】
図13に使用済み残液を用いた溶出液から合成した試料のXRD測定結果を示す。(a)は水酸化カリウム溶出液を用いた合成試料、(b)は残液(60体積%)利用溶出液を用いた合成試料の測定結果である。使用済み残液を用いた溶出液中には硫酸イオンが高濃度で含まれるため、XRD波形にはシゲナイト(KCa(SO4)2:H2O)ピークがあり、生成物中に当該鉱物が若干量含まれていることが確認された。一方、二水石膏や半水石膏の石膏成分のピークについては完全に消滅しており、合成過程で石膏の結晶の分解が完全に行われたことが確認された。さらに水酸アパタイトのピーク部分の波形の形状やピーク高さは、残液を用いずに合成した試料の波形とほぼ一致しており、この結果から残液を用いても水酸アパタイト結晶の生成には何ら影響がないことが示された。
【0089】
[下水汚泥焼却灰と乾燥下水汚泥を用いた場合のリン抽出率比較]
下水汚泥焼却灰と乾燥下水汚泥について、水酸化カリウム溶液を用いたリンの抽出操作による固相中のリン含有量変化の測定結果(XRF分析結果)を図14に示す。(a)は下水汚泥焼却灰(処理前)、(b)は下水汚泥焼却灰(0.5mol/L水酸化カリウム処理)、(c)は下水汚泥焼却灰(1mol/L水酸化カリウム処理)、(d)は下水汚泥焼却灰(2mol/L水酸化カリウム処理)、(e)は乾燥下水汚泥(処理前)、(f)乾燥下水汚泥(pH12条件での抽出(0.5〜1mol/L水酸化カリウム処理に相当))の測定結果を表している。尚、乾燥下水汚泥は脱水ケーキをさらに乾燥(風乾)したものとした。水酸化カリウム溶液によるリンの抽出操作により、下水汚泥焼却灰や乾燥下水汚泥中のリンの含有量が減少することが確認された。また、リンの抽出率(溶出量/処理前含有量)は下水汚泥焼却灰で12〜36%、乾燥下水汚泥で34%であり、乾燥下水汚泥を用いてもアルカリ溶液による抽出操作により高い効率でリンを抽出することができることが明らかとなった。上記の結果から下水汚泥焼却灰を原料とする場合と同様なプロセスで、乾燥下水汚泥(通常は脱水ケーキの形態)を原料に、水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材を製造することが可能であることがわかった。尚、下水汚泥はできるだけ乾燥させておくことで、使用するアルカリ溶液の量を削減できる。また、炭化処理することにより、さらなる減容化を図って、アルカリ溶液の量の削減を図ることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明により、石膏ボード廃棄物や下水汚泥焼却灰あるいは下水汚泥の有効利用を促進することができるとともに、安価に水酸アパタイトを主成分とする吸着材を提供することが出来る。また、本発明の吸着材は環境浄化資材として有用である。また、土壌汚染対策法の施行に伴い、汚染土壌中に含まれる重金属を安定化する資材のニーズが高くなっていることから、本発明による吸着材はこのような土壌汚染対策に対して活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の吸着材の製造方法の一例を示す工程図である。
【図2】カリミョウバンの溶解度曲線である。
【図3】実施例で用いた石膏ボード廃棄物のX線回折の結果である。
【図4】実施例で得られた吸着材のX線回折の結果である。
【図5】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた時に残存する鉛濃度を示すグラフである。
【図6】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた時に残存するカドミウム濃度を示すグラフである。
【図7】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた時に残存するフッ素濃度を示すグラフである。
【図8】水酸化カリウムを追加添加した試料と追加添加しなかった試料のXRF測定結果を示す図である。
【図9】水熱反応時間と水酸アパタイト結晶生成量の関係を示す図である。
【図10】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた場合のフッ素の等温吸着線を示す図である。
【図11】実施例のテストにおける、フッ素の長期カラム吸着試験結果を示す図である。
【図12】使用済み残液を用いたリン酸抽出操作後の溶液中において、下水汚泥焼却灰から新たに溶出したアルミニウム濃度を示す図である。
【図13】使用済み残液を用いたリン酸溶出液により合成された試料をXRD測定した結果を示す図である。
【図14】アルカリ処理前後の下水汚泥焼却灰と乾燥下水汚泥のリン含有量の変化を示す図である。
【図15】リン回収型の下水汚泥炭化燃料化システムを示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、石膏と下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥を用いた水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法、およびこの方法から得られる環境中の水・土壌中の重金属類を吸着する吸着材に関するものである。さらに、詳述すると、本発明は石膏として廃石膏を用いることが可能で、埋立処分されている廃棄物の中で、処分量が極めて多く社会問題化している、石膏ボード廃棄物と下水汚泥焼却灰あるいは下水汚泥を活用できる吸着材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水酸アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)はリン酸カルシウム化合物のなかでも、特定の無機イオンに対してイオン交換を伴った吸着性に富むことで知られている。水酸アパタイト結晶は常圧で水溶液中の鉛、カドミウム、フッ素、スズ、ウランあるいは、希土類元素であるイットリウム、ランタンを選択的に吸着する性質を有しており、水質浄化材および土壌浄化材としても活用が試みられている。
【0003】
水酸アパタイトを多量に合成する目的においては、従来から硝酸カルシウムとリン酸アンモニウム塩を混合したアルカリ性水溶液混合法が用いられており、これはJarchoが報告している(非特許文献1)。最近では古田が石膏廃棄物から水酸アパタイトを製造する方法として、上記Jarchoの方法の硝酸カルシウムの代わりに石膏(硫酸カルシウム)を用いて水酸アパタイトを製造する方法を提案している(特許文献1、非特許文献2)。建築物の解体に伴って排出される石膏ボード廃棄物は、その大部分が埋立処分されており、この石膏ボード廃棄物を用いる方法は、画期的な方法ではある。
【0004】
【特許文献1】特開2004−284890号公報
【非特許文献1】1976、J.of Material Sci., 11, p.2027-2030
【非特許文献2】1998、J. Mater. Chem., 8, 2803-2806
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、これらの方法ではリン酸源として薬品のリン酸アンモニウム塩を使用することから、原料のコストが高価である。
【0006】
さらに、アンモニアを含む塩を使用した水熱合成過程で溶液中のアンモニア成分が空気中に揮散するため大規模製造するためには作業安全性、周辺環境への配慮が必要となり、密閉、換気等の設備コストがかかるという問題もある。
【0007】
また、現在リン酸の原料としてのリン鉱石が世界的に枯渇しつつあり、この現状を考えると、リサイクルされたリン酸原料を用いた新たな合成法の開発が望まれている。例えば、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に含まれるリンを利用することができれば、この問題を解決することができる。
【0008】
建築物の解体に伴って排出される石膏ボード廃棄物は、年間100万t以上排出され(2001年度推計)、その大部分が埋立処分されている。一方下水汚泥焼却灰も、年間70万t以上(2001年度)が埋立処分されており、両者とも量的に大きいことから、近年の廃棄物処分場の受け入れ容量を圧迫する要因になっている。石膏ボード廃棄物と下水汚泥焼却灰,乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥を用いて吸着材を合成することができれば、石膏ボード廃棄物や下水汚泥および下水汚泥焼却灰の有効利用を促進するとともに、安価な環境浄化資材を提供することができる。
【0009】
しかしながら、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液で抽出したリン酸含有抽出溶液をそのまま用い、石膏と混合して反応させて水酸アパタイトを得ようとすると、下記のような問題が生じる。
【0010】
石膏とリン酸との反応過程において石膏がアパタイト結晶化する際に石膏から硫酸イオンが分離生成し、原理的にpHは低いほうへ変化する。このpHの低下により、リン酸含有抽出溶液中にアルミニウムイオンが多量に共存している場合には、pH低下過程で同時に水酸化アルミニウムが析出し、その後の水酸アパタイト結晶との分離が困難になるのである。
【0011】
また、反応終了後に水酸アパタイトを固液分離した廃液中にアルミニウムイオンが多く含まれる場合、通常中性近くまで中和し、水酸化アルミニウムの形で沈殿処理するが、水酸化アルミニウムの沈殿は含水量が高く、一般に脱水・分離作業が容易ではない。
【0012】
他方、得られる水酸アパタイトについては、従来方法で生成した水酸アパタイト結晶はpH5.5以下の弱酸性環境下では不安定であり、酸性土壌に添加した場合には短期間で分解する可能性もあり、耐酸性を向上する必要がある。
【0013】
そこで、本発明は、石膏と下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥から、水酸化アルミニウムが析出することなく、製造時にアンモニアも生成することなく、また、廃液の処理も容易であり、簡便に安価に水酸アパタイトを主成分とする吸着材を製造する方法、及び、耐酸性があり、吸着効果が高く、水、土壌汚染対策に有効な吸着材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かかる目的を達成するための請求項1に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、下水汚泥焼却灰をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、アルカリ溶液中のリン酸と石膏を反応させるようにしている。
【0015】
また、請求項2に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、アルカリ溶液中のリン酸と石膏を反応させるようにしている。
【0016】
廃棄物である下水汚泥焼却灰をアルカリ溶液で撹拌することにより、下水汚泥焼却灰中に含まれるリンをアルカリ溶液中にリン酸として抽出することができる。そして、当該リン酸と石膏を上記条件下で反応させることにより、水酸化アルミニウムの析出を防いで、高純度且つ高収率で安価に水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材を得ることができる。
【0017】
また、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥を用いた場合にも、下水汚泥焼却灰を用いた場合と同様にリンを抽出することが可能であるから、これらを用いても、本発明の水酸アパタイト結晶を同様な方法により得ることが可能である。
【0018】
さらに、請求項3に記載したように、石膏として廃石膏を用いることが好ましい。したがって、廃石膏をリサイクルすることができ、低コスト化を図ることができる。
【0019】
請求項4に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、アルカリ溶液は1.5〜3.0mol/Lの範囲の濃度とした水酸化カリウム溶液であり、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量にしている。
【0020】
アルカリ溶液を1.5〜3.0mol/Lの範囲の濃度とした水酸化カリウム溶液を用いることで、反応開始時のpHを13〜14.9とし、かつ反応終了時のpHを12以上に保持することができるので、水酸化アルミニウムが析出し難くなる。また、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)とすることにより、リン酸を効率よく抽出することができる。さらに、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比を水酸アパタイト化学量論比となる10:6とすることで、未反応石膏を残すことなく、水酸アパタイト結晶を生成することができる。
【0021】
請求項5に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、アルカリ溶液は0.1〜3.0mol/Lの範囲の濃度とした水酸化カリウム溶液であり、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量であり、石膏投入時に、石膏投入モル量の0.3〜1倍モル量相当の水酸化カリウムを更に添加して、水熱反応開始時のpHを13〜14.9に保持するようにしている。
【0022】
石膏投入時に、石膏投入モル量の0.3〜1倍モル量相当の水酸化カリウムを添加することにより、反応開始時のpHが13〜14.9となり、反応終了時のpHを12以上に保持することができる。したがって、水酸化アルミニウムの析出を防いで、高収率で高純度な水酸アパタイト結晶を得ることが可能になる。
【0023】
請求項6に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜5いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、反応終了後吸着材を固液分離して得られた高温の廃液に硫酸を加えpH3以下に調整し、その後冷却させることでカリミョウバンを析出させ、廃液中のアルミニウムイオンおよび硫酸イオンを分離する廃液処理過程を含むようにしている。
【0024】
カリミョウバンは溶解度の温度依存性が高く、80℃では710g/L溶解し、一方20℃では59g/Lしか溶解できない(図2)。そこで、反応終了後に溶液が高温のうちに吸着材を固液分離し、得られた高温のままの廃液に硫酸を投入し、pH3以下に中和した後、冷却過程でカリミョウバン(AlK(SO4)2)を沈降させることにより、温度が低下するに従って、液相中から効率的にミョウバンを析出させることが可能で、これにより廃液処理が容易となる。
【0025】
請求項7に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法は、請求項1〜6いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法において、アルカリ溶液として反応終了後に吸着材を固液分離して得られた廃液を用いるようにしている。
【0026】
液相中のアルミニウム濃度は、非晶質の水酸化アルミニウムの溶解度に制限される。したがって、反応終了後に吸着材を固液分離して得られたアルミニウムを含む廃液を下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのリン抽出に用いることで、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのアルミニウムの新たな溶出量を低減でき、処理が必要となる最終廃液の量を削減して、アルミニウムを含む沈殿物であるカリミョウバンの発生量を低減できる。さらに、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥の溶出過程で使用する水酸化カリウムの使用量も削減することができる。
【0027】
さらに、上記の製造方法により得られる請求項8に記載の発明は、水と接するとアルカリ性を呈する水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材に関する。この吸着材は水と接するとアルカリ性を呈する水酸アパタイト結晶を主成分としているので、酸性雰囲気中でも容易に分解せず、吸着効果を持続できる。
【0028】
また、上記の製造方法により得られる請求項9に記載の発明は、水酸アパタイト結晶の組成がシリカ含有水酸アパタイトである吸着材に関する。この吸着材の主成分である水酸アパタイト結晶はシリカを含有しているので、各種陽イオンを多量にイオン交換除去することができ、特に、Mn2+、Zn2+、Cd2+をより多く吸着する優れた吸着特性を有するなど優れた陽イオン交換特性を有している。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、水酸アパタイトの合成に、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいはされた下水汚泥と廃石膏という2つの廃棄物を原料として用いることができ、安価に水酸アパタイトを得ることが可能である。また、これら両廃棄物のリサイクルを促進することで、廃棄物埋立処分量を低減することが期待できる。
【0030】
また、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥のアルカリ抽出液をそのまま原料として用いるため、従来のような下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのリンの分離抽出に必要なアルミニウムの分離処理を行う必要がない。
【0031】
さらに、廃液の処理において、水熱合成後溶液が依然高温であることを利用し、溶液に硫酸を加え、溶解度の温度依存性の高いカリミョウバンを析出させることで、新たな加熱用エネルギーを加えずとも溶液中のアルミニウムおよび硫酸イオンを効率的に除去することが可能である。
【0032】
また、反応終了後に吸着材を固液分離して得られたアルミニウムを含む廃液を下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのリン抽出に用いることで、下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥からのアルミニウムの新たな溶出量を低減でき、最終的に処理が必要となる廃液の量を削減して、アルミニウムを含む沈殿物であるカリミョウバンの発生量を低減できる。下水汚泥焼却灰、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥のリン酸抽出過程で使用する水酸化カリウムの使用量も削減することができる。
【0033】
本発明により得られた水酸アパタイト結晶は水と接触すると弱アルカリ性を呈する性質があり、一般に重金属溶出が顕在化しがちな酸性土壌中に添加してもより安定して存在することができる。
【0034】
また製造過程でアンモニア塩を用いないことから、水熱合成過程を非密閉条件下で行うことも可能で、アンモニアが気散することがないため、作業安全性の確保および周辺環境へ影響低減ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
本発明は、新たに、下水汚泥焼却灰中に含まれるリンを抽出して活用する方法を提供する。本発明においては、水酸アパタイトを合成する際のリン酸源として下水汚泥焼却灰を用いるものである。下水汚泥焼却灰にはリンが高濃度に含まれており、その含有量は酸化物P2O5換算で10〜30重量%程度といわれている。
【0036】
焼却灰からリン酸を抽出する技術としては、これまで酸またはアルカリで抽出する方法が試みられている。酸を用いる方法については、重金属等の有害物質も同時に溶出することが指摘されている。一方アルカリを用いてリン抽出する方法については、重金属の溶出量が、酸抽出と比較して小さいという利点がある。しかしいずれの方法でも抽出物にリン酸とともに多量のアルミニウムイオンが含まれるため、そのままでは抽出液からの生成物はリン酸アルミニウムとなり、産業上の再利用は難しいとされている。
【0037】
本発明では従来産業上の再利用が難しいとされる下水汚泥焼却灰のアルカリ溶出液をアパタイト結晶生成原料として活用することで、製造コストのローコスト化を図るものである。また、石膏として石膏廃棄物を用いれば、石膏廃棄物処分と下水汚泥焼却灰処分の両方の処分引き受け費用を製造コストへ転稼することにより、さらに生産事業の採算性を向上させることができる。
【0038】
本発明においては、下水汚泥焼却灰にアルカリ溶液を加え、攪拌して、アルカリ溶液でリン酸を抽出する。攪拌は、通常少なくとも1時間、好ましくは、3〜12時間行う。攪拌後、固液分離し、リン酸を含むアルカリ溶液を得ることができる。アルカリ溶液としては水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウム等のアルカリ水酸化物の溶液が挙げられる。
【0039】
水酸化カリウムの代わりに水酸化ナトリウムを用いることで、リンを抽出することは不可能ではない。しかし、カリウムイオンのイオン半径(0.133nm)はカルシウムのイオン半径(0.099nm)より大きいのに対して、ナトリウムのイオン半径(0.095nm)はこれより小さいことから、ナトリウムイオンは容易に水酸アパタイト合成過程において固溶した形態で、水酸アパタイト中の結晶格子中に入り込む性質がある。このため液相中のナトリウムイオンが増加すると、水酸アパタイト結晶の純度が低下するとともに、結晶化速度も低下することから、本発明におけるアルカリ抽出には水酸化カリウムを使うことが望ましい。
【0040】
アルカリ溶液は通常0.1〜3.0 mol/lのものが用いられるが、高濃度のものが好ましい。例えば、水酸化カリウム溶液であれば、0.5〜3.0mol/lが好ましく、さらに好ましくは、1.0〜2.0mol/lである。濃度が低いと抽出できるリン酸の量が少なくなるので、好ましくない。濃度を高くすればリン酸の抽出量は多くなるが、1mol/lを超えるとあまり差はなくなるので、薬品の投入量と抽出されたリン酸量のバランスから、適宜選択すればよい。但し、あまり濃度が高いと石膏との反応時にアルカナイト(K2SO4)が生成するので好ましくない。このような条件でリン酸の抽出を行い、抽出時のpHを12〜14程度とすることが好ましい。尚、一般的な下水汚泥焼却灰を用いたリン酸抽出液(アルミニウム濃度0.5mol/l以下)の場合は、水酸化カリウム溶液の濃度を1.5mol/l以上とすることで、反応開始時のpHを13以上とすることができ、反応終了時にpH12以上とすることができる。したがって、この場合には、後に説明する水酸化カリウムの追加添加をせずとも、水酸化アルミニウムが析出しない。ただし、リン酸抽出液のアルミニウム濃度が約0.7mol/l以上になると、pH12でも水酸化アルミニウムが析出する虞がある。このような場合には、後に説明する水酸化カリウムの追加添加を行うことで、水酸化アルミニウムの析出を確実に防いで、生成する水酸アパタイト結晶の純度を高めることができる。
【0041】
また、抽出における下水汚泥焼却灰に対するアルカリ溶液の比は、固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)が好ましい。この固液比の範囲で良好にリン酸を抽出することができるが、この範囲を超えてもリン酸の抽出は可能であり、この範囲に限られるものではない。
【0042】
このようにして抽出して得られた溶液のリン酸の濃度を測定し、この溶液にCa/Pモル比が好ましくは10/6(水酸アパタイト化学量論比)となるように石膏を加える。このモル比は10/6でなくとも、未反応石膏を残さない観点からリン酸過剰条件であればよく、範囲で示すとすれば、10/6〜10/10程度範囲であればよい。
【0043】
本発明において、石膏としては、石膏ボード廃棄物、脱硫石膏などの廃石膏を用いることができ、リサイクル、コストの観点から好ましいが、通常の市販石膏粉末などあらゆる石膏を用いることができる。
【0044】
石膏を加えた後、40〜100℃、好ましくは45℃〜95℃、さらに好ましくは70〜95℃で、6〜48時間、好ましくは12〜24時間水熱反応を行う。尚、水熱反応時間を1時間としても水酸アパタイト結晶は生成されるが、水酸アパタイト生成をおおむね完了させるためには6時間以上水熱反応を行うことが好ましく、水酸アパタイト生成を十分に完了させるためには12〜24時間水熱反応を行うことが好ましい。ここで、一般的に高温のほうが反応速度は速くなり、100℃を超える温度であっても加圧容器を用いて反応させれば合成は可能であることから、100℃を超える温度で合成を行うことを否定するものではない。また大気圧条件下において,溶液が沸騰した条件下(100℃付近)でも合成は可能であるが、この場合は沸騰により失われる水分を補給する必要がある。尚、石膏とリン酸との反応は、反応時開始時の溶液のpHが13〜14.9、好ましくはpH13〜13.5で反応終了時のpHが12以上に保たれなければならない。一般に下水汚泥焼却灰溶出液のアルミニウム濃度は最大10g/L程度と考えられ、水熱反応開始時のpHが13未満では水熱反応後pHが低下してこれを12以上に保つことができず、水酸化アルミニウム(Al(OH)3)が析出する恐れがあり、一方、pH14.0を超えると液相中のカリウム濃度が高いため、生成物の純度が低下し、不純物としてアルカナイト(K2SO4)が生成する恐れがある。pHが13〜14.0好ましくはpH13〜13.5であれば、水酸化アルミニウムやアルカナイト(K2SO4)をほとんど含有しない水酸化アパタイトが得られる。上記のようにpHの値を保てば、溶液の組成は水酸化アルミニウム(Al(OH)3)に対して依然として不飽和(溶存状態)であり、この操作により、水酸化アルミニウムの析出を防止でき、生成された水酸アパタイト成分だけを固液分離することができる。
【0045】
前に述べたように、反応過程において硫酸が分離生成するためpHは低下していく。そこで、反応時に反応終了までpH12の範囲に保つには、反応開始時には、溶液のpHは13より大きい必要がある。アルカリ抽出時のアルカリ溶液のpHが高く、反応によりpHが低下しても反応終了時にpHを12以上に保持できる場合は、そのまま、石膏を加えて水熱反応を行うことができる。しかしながら、例えば0.1〜1mol/Lの範囲の濃度の水酸化カリウム溶液で抽出した場合のように抽出溶液の初期pHが低い場合は、さらにここで、分離する硫酸イオン量を上回る量のアルカリを液中に再度添加し、液相のpHをさらに上昇させた後、水熱反応を行う。水熱反応後、pHは低下するが、アルカリを再度添加するため、この反応溶液は下水汚泥焼却灰をアルカリ抽出した時のpHよりも値が高く保たれ、水熱反応中の水酸アルミニウムの飽和度を、アルカリ抽出時のアルカリ溶液よりも常に低く保つことが可能となる。この場合のアルカリの添加モル量は、石膏投入モル量の0.2倍以上で好ましくは0.3〜1倍程度である。
【0046】
また、上記のように抽出溶液の初期pHが低い場合でなくとも、アルカリを液中に再度添加してもよい。アルカリ溶液中にFe、Zn等の両性金属イオンが多量に含まれている場合は、水熱反応に伴うpHの低下によって、これらの沈殿が形成される。この場合もアルカリを再添加することにより、これらの水酸化物の生成物中への混入を抑止することが可能である。
【0047】
さらに、リン酸溶液中のアルミニウム濃度が不明な場合、アルカリを液中に再度添加することにより、簡単・確実にpHを上記の水酸化アルミニウムが沈殿しない範囲に維持でき、分析作業や試行実験の要らないメリットもあり、好ましい方法である。
【0048】
図1の工程図に本発明の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法の一例を示す。
【0049】
反応の化学式は、アルカリ抽出液組成をリン酸塩の形で代表すれば以下のようになる。
【0050】
10CaSO4:2H2O + 6K3PO4 → Ca10(PO4)6(OH)2 +9K2SO4 + H2SO4
【0051】
なお、本発明の方法において反応時のpHはpH12〜14.9程度であり、このような非常に高いアルカリ条件における水熱反応により、実際に水酸アパタイト結晶が生成可能であることについては、過去に報告例が無く、未知の事実である。
【0052】
このようにして得られる水酸化アパタイトは、高いアルカリ性条件で生成するため、一般の水酸アパタイトと異なり、水と接触するとアルカリ性を呈する。一般の水酸アパタイトは中性の物質であり、pH5.5以下の環境では容易に分解してしまうが、本発明の方法で得られる水酸アパタイトは、酸性雰囲気中でも容易に分解せず、吸着効果を持続できると考えられる。従って、一般に重金属溶出が顕在化しがちな酸性土壌中に添加してもより安定して存在することができる。
【0053】
また、本発明の方法により得られた水酸アパタイトは、分析結果からは、組成としてシリカ(SiO2)が4.7〜5.0重量%含まれており、本発明品はシリカ含有水酸アパタイトである。
【0054】
水熱反応後、水酸アパタイトを濾過分離したアルカリ溶液(残液)は、コスト削減のため複数回繰り返してアルカリ抽出に使用することも可能である。アルカリ溶液として水酸化カリウム溶液を用いた場合には、リン酸抽出時の液量の約60体積%相当量が最終的に残液となり、この分はアルカリ抽出に再利用できる。この時の液量損失は主にリン酸抽出後に分離した下水汚泥焼却灰中に残留する水分量である。また、液相中のアルミニウム濃度は、非晶質の水酸化アルミニウムの溶解度に制限される。したがって、残液を下水汚泥焼却灰からのリン抽出に用いることで、下水汚泥焼却灰からのアルミニウムの新たな溶出量を低減でき、処理が必要となる最終廃液の量を削減して、アルミニウムを含む沈殿物であるカリミョウバンの発生量を低減できる。さらに、残液に不足分の水酸化カリウム溶液を加えて用いることができるので、下水汚泥焼却灰の溶出過程で使用する水酸化カリウムの使用量も削減することができる。
【0055】
水熱反応後、残液を複数回繰り返してアルカリ抽出に使用しても、最終的には、溶存成分を分離処理する必要がある。通常、アルミニウムイオンはpHを中性にすることで、ゼロ価の水酸化アルミニウムとなり、沈殿するが、この沈殿物は含水量が大きく、脱水・分離が容易ではない。本発明においては、水熱反応後の溶液が依然高温であることを利用し、反応終了後に溶液が高温のうちに吸着材を固液分離し、得られた高温のままの廃液に硫酸を投入し、pH3以下に中和した後、冷却過程でカリミョウバン(AlK(SO4)2)を沈降させる。カリミョウバンは溶解度の温度依存性が高く、80℃では710g/L溶解し、一方20℃では59g/Lしか溶解できない(図2)。このため温度が低下するに従い、液相中から効率的にカリミョウバンを析出させることが可能で、これにより廃液処理が容易となる。この過程を組み合わせることについては、アパタイト生成の水熱反応時のエネルギーをそのまま使うため新たな加熱用エネルギーを必要としないという利点がある。
【0056】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上記実施形態では、下水汚泥焼却灰からリン抽出を行うようにしているが、リンを含む下水汚泥由来の原料であれば、これに限られるものではなく、例えば、乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理、例えば、低酸素雰囲気下で熱処理された下水汚泥等を用いてリン抽出を行うことも可能である。
【0057】
また、下水汚泥を乾燥・固化あるいは炭化させた素材を使用し、石炭と混ぜて燃焼させて発電するバイオ発電システムでは、燃料に含まれるリンの含有率が高く、石炭との混焼の結果、発生する石炭灰中のリン含有量も増加する。石炭灰の現在の主なリサイクル用途はセメント原料であるが、石炭灰中のリン含有量が増加すると、石炭灰を利用したセメントの硬化性能が低下する。このため、石炭灰のリサイクルを考慮した場合、混焼時の下水汚泥加工燃料の投入量を大きく増やすことは困難であるが、下水汚泥中のリンの濃度を低減できれば、この下水汚泥を加工したバイオマス燃料中のリン濃度も低減でき、石炭灰のリサイクルの点から有利である。そこであらかじめ本発明の手法を用いてリンの濃度を低減した下水汚泥を用いることで、結果として石炭灰のリン濃度の増加を抑制でき、その最大の利用用途であるセメント材料としての品質の低下(リン濃度上昇による硬化性能の低下)を抑止することができる利点がある。また火力発電所の多くで脱硫石膏が排出されていることから、発電所近傍で下水汚泥からリンを抽出し、そのリンと脱硫石膏から水酸アパタイト吸着材を製造し、リン抽出後の下水汚泥を発電所のバイオマス燃料として活用すれば、石膏や、リン抽出後の下水汚泥の輸送コストを大幅に低減することができると考えられる。したがって、本発明により、非常に安価にアパタイト吸着材を得ることができ、且つ、炭化燃料のリン含有量を低下させることで当該炭化燃料使用後の石炭灰のリン濃度の含有量も低下させて高品質なセメント材料を提供できるという経済的にも非常に利点の大きなシステム(図15)を提供することができる。
【0058】
尚、図15においては、下水汚泥からアパタイトを合成しているが、下水汚泥を乾燥・固化あるいは炭化した素材と石炭火力発電所の脱硫石膏を用いて、本手法により水酸アパタイトを主成分とする吸着材を生成することによっても、下水汚泥を乾燥・固化あるいは炭化した素材のリン含有量を低減できるため、石炭灰のリン濃度増加に関する問題を解決することができ、上記と同様の利点を発揮する。
【実施例】
【0059】
以下実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
原料となる石膏ボード廃棄物は、国内の中間処理業者から発生した紙分離処理後の廃石膏を用いた。石膏廃棄物のX線回折結果を図3に示す。石膏廃棄物は、大部分が2水石膏であるが、微量に無水石膏、半水石膏が含まれていた。XRF(蛍光X線)分析結果を表1に示す。石膏主成分の他にSiO2を10重量%、Al2O3を2.8重量%含有していた。尚、本実施例において、X線回折測定にはフィリップス(株)PW3020(管球Cu, 出力40kV,50mA, 波長CuKα,1.54056Å, 回折角度2θ=2゜〜60゜, スキャンスピード 1゜/分)を、XRF測定には島津製作所(株) XRF1500を用い、石膏試料は全て粉体プレス法で定量した。
【0061】
一方、下水汚泥焼却灰は、国内の下水処理場から発生したものを用いた。下水汚泥焼却灰のXRF分析結果を表2に示す。下水汚泥焼却灰の主成分はSiO2 30重量%、 Al2O3 15重量%、 P2O5が28重量%、CaOが10重量%含まれていた。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
次に、下水汚泥焼却灰に、0.5mol/L、1mol/L、2mol/Lの水酸化カリウム溶液をそれぞれ固液比(L/S)で5(リットル/kg)の割合で混合し、振とう器で200rpmで6時間室温で溶出操作を実施した。振とう後、濾過分離して得られた溶液をICP分析した。陽イオン成分については、島津製作所(株)ICPS-8100、陰イオン成分については東ソー(株)IC-2001(陰イオン成分)により分析した。結果を表3に示す。溶液からは、リン酸とアルミニウムが多量に溶出しており、0.5mol/Lと1mol/Lではリン酸の濃度に大きく差があるが、1mol/Lと2mol/Lでは、溶出するリン酸濃度にあまり大きな違いがないことから、この結果からは薬品の投入量と抽出されたリン酸量のバランスを考えた場合、水酸化カリウム濃度は1mol/Lが適当と判断される。
【0065】
【表3】
【0066】
投入する石膏の量は液相中のリン酸に対して、1.67倍とし、水酸化アルミニウムの沈殿を防ぐために上記の抽出溶液1Lに対して0.5molの水酸化カリウムを更に投入することとした。水酸化カリウムの再投入量に関しては、化学式からは、投入した石膏のモル数の0.2倍以上投入すれば、pHの低下を防止出来ることになるが、一度水熱反応中に水酸化アルミニウムが生成すると、加速度的にpHが下降してしまうことから、水質組成をアルミニウムに対して十分不飽和にしておく必要がある。上記の1mol/Lの濃度で抽出した溶液を例にとると、水酸化アルミニウムの沈殿が生成しないpHを維持するために必要な水酸化カリウムの量はこの溶液1Lに対して最大0.1mol程度であるが、他の共存成分による影響を考慮すれば,添加量は理論量よりもかなり多くすることが望ましく、そのため1Lに対して理論量の約5倍相当量の0.5molの水酸化カリウム添加量を設定した。
【0067】
この時点で水酸化カリウムを添加することに関して、アルカリ溶出液の溶存成分の化学組成分析結果を元に、水熱合成後のpHと水酸アパタイト(HAP)生成量、水酸化アルミニウム沈殿量を熱力学平衡理論を用いた地球化学モデルにより計算した結果を表4に示す。0.5mol/L濃度溶出液と、1.0mol/L溶出液については、水酸化カリウムを添加しない場合には水熱合成後のpHが顕著に低下し、水酸化アルミニウムが顕著に沈殿するという計算結果となった。一方、水酸化カリウムを添加した場合には、水酸化アルミニウムは沈降せず、水酸アパタイト成分だけを選択的に生成することが出来ることが計算より確認された。
【0068】
【表4】
【0069】
この計算結果から、各溶液に石膏(リン酸の10/6モル比相当量)とKOHを1Lあたり0.5mol加え、80℃の温度で24時間、120rpmの速度で振とうし、その後濾過により固液分離し、得られた固相を純水で洗浄した。なお、これらの試料の水熱反応開始時のpH値(実測)は13.9〜14.9、終了時のpH値は12.9〜13.8程度であった。
【0070】
この固相のX線回折波形を図4に示す。図中黒丸が水酸アパタイトのピークであり、得られた3試料ともに、合成物は水酸アパタイト結晶を主成分としていることが確認された。また、2mol/Lのアルカリ溶出液からの合成物については、別にアルカナイト(K2SO4)のピークも確認され、2mol/Lの条件下では、アルカナイトが固相中に混入していることが判明した。また、これらの波形からは石膏のピークは確認されず、石膏中のカルシウムが完全に水酸アパタイト結晶の形に変化していることが明らかになった。また波形中にギブサイト(Al(OH)3)のピークは確認されなかった。
【0071】
また得られた固相のXRF分析結果を表5に示す。尚、得られた固相のXRF分析は、ガラスビード定量分析法により行った。合成物はいずれもカルシウム及びリンを主成分としていることが確認された。本発明品には不純物としてカリウムとアルミニウムが含まれている。アルミニウムに関しては合成物に含まれる量は原料として用いた石膏廃棄物中に含まれていたアルミニウム総量と同等あるいは、やや少ない量となっており、このことは、合成過程において、水酸化カリウムを再添加することにより、汚泥焼却灰抽出液中に高濃度に含まれていたアルミニウムイオンが固相に沈殿すること抑止できていることを示している。また分析結果からは,組成としてシリカ(SiO2)が4.7〜5.0重量%含まれており、この発明品はシリカ含有水酸アパタイトであることが判明した。このシリカは,原料の廃石膏中に含まれていた成分が水熱合成過程で結晶中に残存したものと考えられる。
【0072】
この表から水酸アパタイトとしての純度は0.5mol/Lの条件が最も高いが、リンの抽出効率からくる合成物の生産効率を加味すると水酸化カリウム濃度 1mol/L条件がもっとも実用に適していると判断できる。
【表5】
【0073】
次に、抽出液に石膏を投入後に水酸化カリウムを追加添加することによる効果について、合成物をXRF分析により調査した結果を図8に示す。尚、図8の測定結果は表5の場合とは異なる廃石膏試料を原料として実施した結果である。図8において、(a)は0.5mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加せずに合成した合成物、(b)は0.5mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加して合成した合成物、(c)は1.0mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加せずに合成した合成物、(d)は1.0mol/L抽出液を用いて水酸化カリウムを追加添加して合成した合成物の結果を示している。尚、水酸化カリウムの添加量は1Lあたり0.5molとした。水酸化カリウムを追加添加することにより、合成物中のCaOとP2O5の合計含有量がKOH−0.5mol/L条件の抽出液を使用した場合には54重量%から71重量%に、KOH−1.0mol/L抽出液を使用した場合には47重量%から64重量%に増加し、合成物中の水酸アパタイト含有量が増加していることが確認された。また、水酸化カリウムを追加添加することにより、合成物中のカリウムの含有量が低下し、さらにアルミニウム(Al2O3)の含有量もKOH−0.5mol/L条件の抽出液を使用した試料で9.9重量%が2.8重量%に、KOH−1.0mol/L条件抽出液を使用した試料で11.5重量%から5.9重量%に低下することが確認された。したがって、水酸アパタイトを純度よく高収率で生成するためには、水酸化カリウムを追加添加した方が良いことが判明した。
【0074】
また、水酸アパタイト結晶の合成に必要な時間と最適な温度条件について調査した結果を図9に示す。縦軸のX線回折最大ピーク高さ(カウント数)は得られた水酸化アパタイト結晶をX線回折により測定した際の水酸化アパタイト結晶の最大ピーク値であり、水酸アパタイト結晶の生成量の指標となる値である。また、●は合成温度を40℃とした場合、○は合成温度を95℃とした場合の結果である。水酸アパタイト結晶は両温度条件共に合成開始後1時間程度で生成し始め、合成開始後6時間までは両温度条件共にX線回折最大ピーク高さの上昇が見られ、それ以降は、45℃条件ではピーク高さはほぼ一定に、95℃条件では若干上昇する傾向が見られた。したがって、1時間程度の合成時間で水酸アパタイト結晶が得られるが、合成をおおむね完了させるためには6時間程度必要であり、十分に合成を完了させるためには12〜24時間程度の合成時間とするのが好ましいことが判明した。また、合成温度は40℃〜95℃にすれば十分に水酸アパタイト結晶が得られるが、より多くの水酸アパタイト結晶を得るためには95℃に近い合成温度とするのが好ましいことが判明した。
【0075】
[吸着性能試験]
次に、この合成物の吸着性能を比較・確認するために、鉛、カドミウム、フッ素を対象に吸着性能試験を実施した。
【0076】
比較対象とした試料は、水酸アパタイト高純度試薬(和光純薬製)、市販の類似成分を有する骨炭末、リン酸水素二アンモニウムと石膏ボード廃棄物(本発明品に用いたものと同一品)を水熱反応させて生成した水酸アパタイト(従来法による合成品)と前記のように本発明の方法により合成した3試料(発明品)である。
【0077】
鉛(硝酸鉛塩溶液)と、カドミウム(硝酸カドミウム塩)溶液には1g/Lの割合で吸着物試料を添加し、フッ素(フッ化ナトリウム塩)溶液に対しては2g/Lの割合で添加した。溶液の初期濃度は鉛とカドミウムは50ppm、フッ素は20ppmに調製し、初期pHを5.8〜6.3に調整後、振とう速度120rpmで室温で6時間振とうし、振とう後の濾液を分析した。分析は鉛とカドミウム濃度はICP(島津製作所ICP−8100)、フッ素濃度はイオンクロマトグラフ(東ソーIC−2001)で行った。
【0078】
結果を図5〜7に示す。鉛に関しては、水酸アパタイト高純度試薬や、骨炭を投入した場合には5〜15ppm以上残存しているのに対して、本発明の方法で合成した吸着物質は残存量が0.07〜0.15ppmであり、本発明の方法で合成した試料の方が他試料より優れた吸着性を示した。また、カドミウムに対しても、高純度試薬、骨炭、従来法と比較して本発明品の吸着性能は優れていた。文献(1992、Gypsum&Lime、236、3−11)によれば「シリカ含有水酸アパタイトは水酸アパタイトよりも各種陽イオンを多量にイオン交換除去すること」、「特に、Mn2+、Zn2+、Cd2+をより多く吸着する優れた吸着特性を有すること」が確認されており、本発明品がシリカ含有水酸アパタイトであることが、本発明品の陽イオン吸着性が高純度試薬・骨炭よりも優れている主な要因であると推定される。また、フッ素に対しても本発明品は、従来法による水酸アパタイトとほぼ同程度の吸着性を示した。
【0079】
また、上記カドミウム吸着試験における、振とう終了時の液相のpHを計測したところ、他の試料が5.9〜6.7と中性であるのに対して、本発明の方法で合成した試料のpH値は7.8〜8.2と弱アルカリ性であった。また本発明品(1mol/Lの合成条件)を固液比10(L/kg)相当量を純水中に入れ、6時間振とう後の平衡pHの値は10.2であり、アルカリ性を示した。本発明品がアルカリ性を示すことは,一般にアルカリ性領域で溶解度が小さくなる重金属の溶出を抑制するには好ましい性質である。
【0080】
次に、発明品と比較品(試薬水酸アパタイト、骨炭)の種々のフッ素濃度におけるフッ素吸着量から等温吸着線を作成し、発明品と比較品のフッ素吸着性能を検討した。尚、等温吸着線は以下のようにして得た。吸着材を2g/L投入し、フッ素イオン初期濃度を1mg/L、5mg/L、20mg/L、125mg/Lとして、室温で6時間、振とう速度120rpmでバッチ試験を行い、バッチ試験終了時の液相の濃度をイオンクロマトグラフ(東ソーIC−2001)で測定して、この濃度を平衡濃度とした。吸着量は吸着材を入れない対照試験の液相中の濃度値と、吸着材を入れた試験の濃度値の差から求め、これを吸着材投入量(g)あたりの吸着量としてプロットした。結果を図10に示す。図10において、●は試薬水酸アパタイト(水酸アパタイト高純度試薬(和光純薬製))、○は骨炭、▲は石膏ボードを用いて本発明の方法により合成した発明品、△は脱硫石膏を用いて本発明の方法により合成した発明品の結果を示している。発明品の吸着性能は、試薬水酸アパタイトと比較して非常に高いことが確認された。また、発明品と骨炭とを比較すると、フッ素濃度が0.1〜1mg/Lの濃度範囲では吸着量にそれほど大差が無いが、1mg/L以上の濃度範囲では比較品より優れた吸着性能を有し、特に、10〜100mg/Lの範囲では骨炭に比べて吸着性能が非常に優れていることが明らかとなった。
【0081】
次に、発明品を土壌中に添加したときの吸着能について、長期のカラム吸着試験を行った。結果を図11に示す。カラムは、外径18mm長さ30.5cmのサイズとし、カラムへの充填物は豊浦標準砂に発明品あるいは比較品を砂(70g)に対して100:8の比で添加したものを用いた。カラム入り口より、2mg/Lのフッ素イオンを含んだ水溶液を流通させ、カラム通過後の排水の濃度を定期的に測定した。流速の指標である空間速度(単位時間通過流量/カラム充填物体積)は地下水の浸透、即ち、水の流れの非常に遅い条件下での吸着現象を模擬するため0.089hr−1(=2.1day−1)の低流量に設定した。図中横軸は、発明品あるいは比較品投入量1gあたりの累積処理水量(L)である。また、図中にはフッ素に関する地下水の浄化目標値である地下水環境基準値0.8mg/Lを記載した。尚、比較品としては骨炭(●)を、発明品として脱硫石膏を用いて本発明の方法により合成したもの(○)、石膏ボードを用いて本発明の方法により合成したもの(△)を用いた。この試験結果から、カラムからの排水が0.8mg/Lに到達するまでの累積処理水量を比較すると、発明品は骨炭より累積処理水量が多く、脱硫石膏から合成した発明品は、骨炭の1.2倍(1.5L/g),石膏ボードから合成した発明品は、骨炭の1.6倍(1.9L/g)の水を処理できることが確認された。したがって、フッ素に汚染された土壌の浄化材および,フッ素を多く含む物質を含む廃棄物処分場の化学的バリア材とて、発明品は極めて有効であることが示された。
【0082】
最後に、発明品から溶出するフッ素、ホウ素、カドミウム、セレン、六価クロム、砒素、鉛の濃度を環境庁告示46号法による溶出試験により確認した。結果を表6に示す。いずれの元素の溶出濃度も土壌環境基準値を下回っており、本発明品の環境上の安全性が確認された。また平衡時の水のpHは10程度であり、本発明品がアルカリ性を呈することがこの試験結果からも示された。
【0083】
【表6】
【0084】
以上の結果から、今回生成したアパタイトはシリカ含有水酸アパタイトであり、環境浄化材として既存品と同等あるいはより優れた吸着能を有することともに、アルカリ性の性質を有することが示された。
【0085】
[残液の再利用検討]
水酸アパタイト合成後に固液分離して得られる液体(以下、残液と呼ぶ)を再使用できるか否かの検討を行った。残液には、下水汚泥焼却灰に水酸化カリウム1.0mol/L溶液を用いて得られたリン酸抽出液を使用して水酸アパタイト合成を行い、その後に固液分離して得られた液体を用いた。残液60体積%に対して1.0mol/L濃度の水酸化カリウム溶液を40体積%混合し、その中に固液比1:5の割合で下水汚泥焼却灰を入れ、室温で200rpmで6時間振とうして溶出操作を行った。抽出後の溶液に1Lあたり0.5molの水酸化カリウムを追加添加して、その中に石膏を88g/L入れ、温度80℃で24時間反応させた。反応操作終了後、固液分離して残液(2回目)を得た。さらに、この残液(2回目)を、上記と同様の操作で下水汚泥焼却灰のリン酸の抽出に用いた。
【0086】
残液再利用時の水酸化カリウムの使用量は、残液を利用しない場合には合計1.5mol/L量であるが、残液を利用した場合には0.9mol/L量となり、水酸化カリウム使用量を実質4割削減することができる。また、実験操作時の計量結果から、リン酸抽出時の液量の約60体積%相当量が最終的に残液となっており、この時の液量損失は主に下水汚泥焼却灰中に残留する水分量である。このため、再利用時の残液60体積%比率での混合は、実際に発生した残液のほとんどを再利用していることを意味する。
【0087】
図12に(a)初回(残液不使用)リン酸抽出時、(b)1回使用済み残液使用によるリン酸抽出時、そして(c)2回使用済み残液使用のリン酸抽出時にそれぞれ測定した下水汚泥焼却灰から新規に溶出したアルミニウムの濃度を示す。この図から、残液を利用したリン酸抽出過程の採用により、下水汚泥焼却灰からのアルミニウム溶出量を低減できることが明らかとなった。
【0088】
図13に使用済み残液を用いた溶出液から合成した試料のXRD測定結果を示す。(a)は水酸化カリウム溶出液を用いた合成試料、(b)は残液(60体積%)利用溶出液を用いた合成試料の測定結果である。使用済み残液を用いた溶出液中には硫酸イオンが高濃度で含まれるため、XRD波形にはシゲナイト(KCa(SO4)2:H2O)ピークがあり、生成物中に当該鉱物が若干量含まれていることが確認された。一方、二水石膏や半水石膏の石膏成分のピークについては完全に消滅しており、合成過程で石膏の結晶の分解が完全に行われたことが確認された。さらに水酸アパタイトのピーク部分の波形の形状やピーク高さは、残液を用いずに合成した試料の波形とほぼ一致しており、この結果から残液を用いても水酸アパタイト結晶の生成には何ら影響がないことが示された。
【0089】
[下水汚泥焼却灰と乾燥下水汚泥を用いた場合のリン抽出率比較]
下水汚泥焼却灰と乾燥下水汚泥について、水酸化カリウム溶液を用いたリンの抽出操作による固相中のリン含有量変化の測定結果(XRF分析結果)を図14に示す。(a)は下水汚泥焼却灰(処理前)、(b)は下水汚泥焼却灰(0.5mol/L水酸化カリウム処理)、(c)は下水汚泥焼却灰(1mol/L水酸化カリウム処理)、(d)は下水汚泥焼却灰(2mol/L水酸化カリウム処理)、(e)は乾燥下水汚泥(処理前)、(f)乾燥下水汚泥(pH12条件での抽出(0.5〜1mol/L水酸化カリウム処理に相当))の測定結果を表している。尚、乾燥下水汚泥は脱水ケーキをさらに乾燥(風乾)したものとした。水酸化カリウム溶液によるリンの抽出操作により、下水汚泥焼却灰や乾燥下水汚泥中のリンの含有量が減少することが確認された。また、リンの抽出率(溶出量/処理前含有量)は下水汚泥焼却灰で12〜36%、乾燥下水汚泥で34%であり、乾燥下水汚泥を用いてもアルカリ溶液による抽出操作により高い効率でリンを抽出することができることが明らかとなった。上記の結果から下水汚泥焼却灰を原料とする場合と同様なプロセスで、乾燥下水汚泥(通常は脱水ケーキの形態)を原料に、水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材を製造することが可能であることがわかった。尚、下水汚泥はできるだけ乾燥させておくことで、使用するアルカリ溶液の量を削減できる。また、炭化処理することにより、さらなる減容化を図って、アルカリ溶液の量の削減を図ることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明により、石膏ボード廃棄物や下水汚泥焼却灰あるいは下水汚泥の有効利用を促進することができるとともに、安価に水酸アパタイトを主成分とする吸着材を提供することが出来る。また、本発明の吸着材は環境浄化資材として有用である。また、土壌汚染対策法の施行に伴い、汚染土壌中に含まれる重金属を安定化する資材のニーズが高くなっていることから、本発明による吸着材はこのような土壌汚染対策に対して活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の吸着材の製造方法の一例を示す工程図である。
【図2】カリミョウバンの溶解度曲線である。
【図3】実施例で用いた石膏ボード廃棄物のX線回折の結果である。
【図4】実施例で得られた吸着材のX線回折の結果である。
【図5】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた時に残存する鉛濃度を示すグラフである。
【図6】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた時に残存するカドミウム濃度を示すグラフである。
【図7】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた時に残存するフッ素濃度を示すグラフである。
【図8】水酸化カリウムを追加添加した試料と追加添加しなかった試料のXRF測定結果を示す図である。
【図9】水熱反応時間と水酸アパタイト結晶生成量の関係を示す図である。
【図10】実施例のテストにおける、各吸着材を用いた場合のフッ素の等温吸着線を示す図である。
【図11】実施例のテストにおける、フッ素の長期カラム吸着試験結果を示す図である。
【図12】使用済み残液を用いたリン酸抽出操作後の溶液中において、下水汚泥焼却灰から新たに溶出したアルミニウム濃度を示す図である。
【図13】使用済み残液を用いたリン酸溶出液により合成された試料をXRD測定した結果を示す図である。
【図14】アルカリ処理前後の下水汚泥焼却灰と乾燥下水汚泥のリン含有量の変化を示す図である。
【図15】リン回収型の下水汚泥炭化燃料化システムを示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下水汚泥焼却灰をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13.0〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、前記アルカリ溶液中のリン酸と前記石膏を反応させることを特徴とする水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項2】
乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13.0〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、前記アルカリ溶液中のリン酸と前記石膏を反応させることを特徴とする水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項3】
前記石膏が廃石膏である請求項1又は2に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項4】
前記アルカリ溶液が1.5〜3.0mol/Lの範囲の濃度の水酸化カリウム溶液であり、前記下水汚泥焼却灰、前記乾燥・固化した下水汚泥あるいは前記炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する前記石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量である請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリ溶液が0.1〜3.0mol /Lの範囲の濃度の水酸化カリウム溶液であり、前記下水汚泥焼却灰、前記乾燥・固化した下水汚泥あるいは前記炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する前記石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量であり、石膏投入時に、石膏投入モル量の0.3〜1倍モル量相当の水酸化カリウムを更に添加して、水熱反応開始時のpHを13〜14.9に保持する請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項6】
反応終了後吸着材を固液分離して得られた高温の廃液に硫酸を加えpH3以下に調整し、その後冷却させることでカリミョウバンを析出させ、廃液中のアルミニウムイオンおよび硫酸イオンを分離する廃液処理過程を含む請求項1〜5いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ溶液は、反応終了後に吸着材を固液分離して得られた廃液であることを特徴とする請求項1〜6いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1つに記載の製造方法により得られる、水と接するとアルカリ性を呈する水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1つに記載の製造方法により得られる水酸アパタイト結晶の組成がシリカ含有水酸アパタイトである吸着材。
【請求項1】
下水汚泥焼却灰をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13.0〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、前記アルカリ溶液中のリン酸と前記石膏を反応させることを特徴とする水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項2】
乾燥・固化した下水汚泥あるいは炭化処理された下水汚泥をアルカリ溶液中で攪拌した後、濾過分離して得られた溶液に、石膏を投入し、反応開始時のpHを13.0〜14.9とし、40〜100℃で攪拌して、かつ反応終了時のpHを12以上に保持して、前記アルカリ溶液中のリン酸と前記石膏を反応させることを特徴とする水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項3】
前記石膏が廃石膏である請求項1又は2に記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項4】
前記アルカリ溶液が1.5〜3.0mol/Lの範囲の濃度の水酸化カリウム溶液であり、前記下水汚泥焼却灰、前記乾燥・固化した下水汚泥あるいは前記炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する前記石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量である請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリ溶液が0.1〜3.0mol /Lの範囲の濃度の水酸化カリウム溶液であり、前記下水汚泥焼却灰、前記乾燥・固化した下水汚泥あるいは前記炭化処理された下水汚泥に対するアルカリ溶液の割合が固液比(L/S)で2〜10(リットル/kg)であり、投入する前記石膏の量は、石膏中に含有するCaと濾過分離して得られた溶液中に含有されるPのモル比が10:6となる量であり、石膏投入時に、石膏投入モル量の0.3〜1倍モル量相当の水酸化カリウムを更に添加して、水熱反応開始時のpHを13〜14.9に保持する請求項1〜3いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項6】
反応終了後吸着材を固液分離して得られた高温の廃液に硫酸を加えpH3以下に調整し、その後冷却させることでカリミョウバンを析出させ、廃液中のアルミニウムイオンおよび硫酸イオンを分離する廃液処理過程を含む請求項1〜5いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ溶液は、反応終了後に吸着材を固液分離して得られた廃液であることを特徴とする請求項1〜6いずれか1つに記載の水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1つに記載の製造方法により得られる、水と接するとアルカリ性を呈する水酸アパタイト結晶を主成分とする吸着材。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1つに記載の製造方法により得られる水酸アパタイト結晶の組成がシリカ含有水酸アパタイトである吸着材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−205154(P2006−205154A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−374062(P2005−374062)
【出願日】平成17年12月27日(2005.12.27)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年12月27日(2005.12.27)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
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